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敵対的買収とその対応についての考察

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敵対的買収とその対応についての考察
経営戦略研究 vol.1
63
敵対的買収とその対応についての考察
企業価値・株主価値向上の観点から
窪 井 悟
Ⅰ はじめに
日本における M&A の件数は 2004 年から毎年史上最高を更新し、2006 年に入ってもそ
の勢いは止まらず、僅かながら前年を上回った。
いわゆるグリーンメール 1 や、不当な株価操縦による株式の高値売り抜けが目立った 80
年代後半や、景気低迷と M&A 関連の制度改革 2 を背景に、産業再生・再編を目的とする
友好的 M&A が増加した 90 年代後半と違い、最近の特徴は、外資・内資を問わず敵対的
買収が当たり前のように行われるようになってきていることである。
本論文では、敵対的買収について企業価値・株主価値の観点から考察し、敵対的買収が
企業価値を毀損する可能性があることを明らかにするとともに、企業の対応方法について
考察し、濫用防止に留意して設計・導入すれば、買収防衛策は企業価値を守るために有効
であることを示す。また、日本においては、敵対的買収防衛策は、経営者の保身目的では
なく、企業価値の向上の観点から導入されていると考えられることを明らかにする。
Ⅱ 企業価値からみた M&A
1.企業価値と株主価値
企業の目的は、長期にわたって繁栄し、企業価値を最大化することにある 3。従って、
M&A の目的も、企業価値の最大化になる。買収側にとっては、M&A を行った結果とし
ての買収側の企業価値が向上するかどうか、即ち、買収した企業の企業価値を向上させる
ことができるかどうか、が買収実施の判断基準となる。被買収側の株主にとっては、買収
1
買収者がターゲットにした企業もしくは関連企業等に高値で買い取らせることを目的に、企業の株式
を買い集めること。ドル紙幣の緑色とブラックメール(脅迫状)を連想させたものである。
2 持株会社解禁(1997 年)、合併制度の簡素化(1997 年)、株式交換・移転制度の導入(1999 年)、会
社分割制度の導入(2001 年)、連結納税制度の導入(2002 年)等。
3 土屋・岡本(2003)p110 を参照。
64
経営戦略研究 vol.1
の対価、すなわち株主価値が買収によりどれだけ向上するかが、買収を受け入れるか否か
の基準となる。
企業価値とは、現時点で企業が生み出すと期待される将来キャッシュフローの合計の現
在価値であると考えられる 4。のれん、ブランドや、従業員・地域社会・取引先等ステー
クホルダーとの良好な関係等も、長期的には全て将来キャッシュフローに反映されると考
えられる。企業価値は、最終的に債権者(負債価値)と株主(株主価値)に帰属するが、
債権者に帰属する部分は契約による一定の値をとることから、企業価値を増大させること
が、結果的に残余価値である株主価値を増大させることになる。企業価値は、一つの絶対
的な値をとるものではなく、正確に測定することは困難であるが、上場会社にとって、ま
た M&A にあたって最も重要なのは、市場が評価する企業価値である。負債価値即ち借
入金額と株式時価総額(株価×株数)を合計したものが、市場が評価する、その会社の企
業価値ということになる(図 1)
。
図 1 企業価値、負債価値、株主価値、時価総額
2.企業価値と M&A
M&A は、買収側にとって株式投資、設備投資、研究開発投資と同じく投資行動のひと
つであり、買収側の企業価値を増大させることが、M&A の最終目的とならなければなら
ない 5。従って、他の投資行動と同じく、M&A の NPV(Net Present Value、現在価値)、
即ち、M&A で獲得するキャッシュフローの現在価値から支払った買収コストを控除した
ものがプラスの M&A 以外は行ってはならないことになる。
M&A によって買収側が獲得する価値は、M&A が行われない場合に買収対象企業が産
み出すキャッシュフローの合計である単体価値と、M&A を実施することにより新たに産
み出されるキャッシュフローの合計であるシナジー価値の 2 種類に分類することができ
る。
M&A において、買い手にとっては NPV が大きくなるほど望ましいが、買い手は売り
4
5
渡辺・井上・佐山(2005)p51 を参照。
渡辺・井上・佐山(2005)p31 ─ 41 を参照。
敵対的買収とその対応についての考察
65
手に売却のインセンティブを与えるため、買収シナジー価値の一部分を買収プレミアムと
して売り手に支払う必要がある。結局、図 2 のように、買収によるシナジー価値を買い手
と売り手が分け合い、双方の NPV がプラスになることが、ウイン・ウインの M&A の条
件になるはずである。
図 2 ウイン・ウインの M&A
3.M&A による企業価値向上効果
企業買収によるシナジー効果として、①規模の経済や垂直統合による生産・流通コスト
の削減、②節税策や借入金活用による財務面の効果、③製品市場における市場支配力の獲
得、④買収企業の非効率な経営者の排除、等が挙げられる 6。また、イベントスタディー
を用いての研究によると、M&A の結果、買収側、被買収側合計で株主価値は増大したと
いう結果が得られている 7。
Ⅲ 敵対的買収の争点
1.誰が何を巡って「敵対」するのか?
敵対的買収(hostile takeover)とは、被買収側の現経営者に対して友好的でない買収、
もしくは、通常は被買収側の取締役会による同意が得られていない買収のことを指す 8。
企業の目的は企業価値の最大化にあり、経営者は、株主より企業価値の最大化を付託さ
6
7
Jensen, M. C. and Rubak, R. S.(1983)p24 ─ 28 を参照。
Bradley, Michael & Desai, Anand & Kim, E. Han(1988)
Jensen, M. C. and Rubak, R. S.(1983)
p5─50、
p3 ─ 40 を参照。
8 藤田(2005)p28 を参照。
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経営戦略研究 vol.1
れていることから、買収提案に対する被買収側経営者の判断基準は、当該提案が企業価値
を生み出すのか、そして、当該提案を受け入れることにより、そうでない場合と比較して、
対象会社の株主が現在もしくは将来にわたって不利益を被らないか、ということになる。
前者は企業価値の創出についての議論であり、後者は、買収価格が企業価値に見合ったも
のであるか、という議論である。以上のように、敵対的買収の争点となるのは、企業価値
である。
2.敵対的買収の争点
敵対的買収は、以下に示すとおり、企業価値および株主価値を絶対的もしくは相対的に
毀損する可能性があり、それらが敵対的買収における争点となり得ると考えられる。
①市場の評価=単体価値か?:通常買収側は、対象企業の直近の株価を基準としてそれ
に一定のプレミアムをのせた価格で買収提案を行うが、株価は短期的には株主価値から乖
離する可能性があるため、買収側の提案価格が妥当かどうかが争点となる可能性がある。
②買収シナジー価値はプラスかマイナスか?:買収側の提案する買収シナジー効果が本
当に実現するのか、もしくは逆に買収により企業価値が毀損される、即ちマイナスの買収
効果が発生する恐れがないのかが、争われる可能性がある。たとえば、買収側の経営力に
疑問がある、買収により、従業員や優良取引先が離反し業務遂行に影響を与える、規模の
不経済が発生する、等の可能性が考えられる。
③買収効果は本物か見せ掛けか?:買収側の提案は、新たな企業価値を創出するものな
のか、それとも従業員や取引先、地域社会などステークホルダーから株主への富の再配分
に過ぎないのか 9 が争点となる可能性がある。ステークホルダー軽視は、その協力・貢献
低下を通じ、長期的には対象企業の価値の毀損につながる可能性があるからである。
④代替案との比較:買収側の提案と、被買収側の対抗提案とでは、どちらがより大きな
企業価値を創造するかが争点となる可能性がある。被買収側経営者が新たな戦略を打ち出
し、買収側提案を上回る企業価値を創出できると提案する、被買収側経営者がホワイトナ
イト 10 を見つけてきて、そのホワイトナイトによる対象会社の買収のほうが、買収側提
案を上回る企業価値を創出すると主張することが考えられる。
3.敵対的買収と日本的経営
日本的経営の特色は、長期にわたるステークホルダーに対するコミットメントにあり、
敵対的買収が起こらないことをその前提としていたと考えることができる 11。また、法人
9
10
Shleifer, A. and R. Summers(1988)を参照。
敵対的買収に対抗して、被買収側経営者に協力してくれる友好的な第三者を「白馬の騎士」になぞら
えてホワイトナイトと言う(渡邊・辺見、2005、p123)。
11 ドーア(2005)p246 ─ 272 を参照。
敵対的買収とその対応についての考察
67
名目説的で、株主主権論を標榜するアメリカと違い、法人実在説的な日本の企業は組織特
殊的な人的資産(個々の組織の内部でのみ価値を持つ知識や能力、ノウハウや熟練)の蓄
積に適しており、これが、日本における製造業の高い国際競争力を実現してきたと考えら
れる 12。また、小佐野(2005)は、敵対的買収の脅威が存在する場合、従業員は企業特殊
的な人的資本形成 13 を行わなくなる可能性があると指摘している。従って、敵対的買収は、
特に日本においては、企業価値を毀損する可能性が高いと考えることができる。
しかしながら、その日本的経営自体が揺らいでいることにも注目すべきである。状況は
固定的なものではなく、今後も変化していくと考えられる。
IV 敵対的買収にどう対応するか
1.TOB 制度とその問題点
敵対的買収の手段としては、通常、市場外公開買付(TOB)という手法がとられる。
株式を市場で買い集めるには相当長期の時間を要するのに加え、買収コストが高くなる恐
れがあるからである。上場会社の株券等を不特定多数の者から大量に市場取引以外の方法
で買い付ける場合、原則として証券取引法の TOB 規制が強制される。これは、市場外取
引は不透明であることから、①株主が十分に投資判断のできる情報開示を担保すること、
ならびに、②買付者は市場価格を上回る価格(プレミアム)を提供するのが普通であり、
株主に平等にプレミアム獲得機会を与えることを担保するためである。
TOB 制度においては、株主・投資家に対する情報提供と熟慮期間の確保、その他株主
が不利益を蒙らないためのルールが定められているが、これだけでは不十分である可能性
がある。なぜなら、買収側には、買収コストを抑えるために情報公開を必要最小限に抑え
るインセンティブと、公開買付期間をできるだけ短く設定するインセンティブが働くと考
えられるからである。敵対的 TOB における公開買付期間は、その上限である 60 日を大
きく下回る 30 日前後というケースが多く(表 1)、期間をできるだけ短くしようとする意
図が見受けられる。
12
13
岩井(2005a、2005b)を参照。
従業員にとってはその企業に勤務しているときしか役に立たないが、その企業の生産性を上昇させる
効果がある人的資本。
68
経営戦略研究 vol.1
表 1 公開買付期間(敵対的買収の場合)②
買収対象
買収者
TOB 発表
TOB 開始
TOB 終了
日本技術開発
夢真ホーディングス
05/7/11
05/7/20
ドンキホーテ
06/1/15
イオン
北越製紙
王子製紙
明星食品
米スティール P
オリジン東秀
発表─終了
開始─終了
05/8/9
30
21
06/1/16
06/2/9
26
25
06/1/30
06/1/31
06/3/31
61
60
06/7/23
06/8/2
06/9/4
44
34
06/10/27
06/10/27
06/11/27
32
32
※イオンは対抗公開買付(友好的買付)である
資料出所:日本経済新聞社
2.企業価値を損なう敵対的買収の類型
株主に対し、十分かつ正確な情報と、買収提案について考慮する十分な時間的余裕が与
えられない場合、①グリーンメール、二段階買収 14 等の強圧的買収を許したり、②経営
陣に代替案を提示する時間的余裕が与えられなかったり、③株主が十分な情報がないまま
に企業価値を損なう買収提案に応じてしまうこと、等を通じ、企業価値が毀損される可能
性が高くなると考えられる 15。
3.被買収側経営者の対応責任
以上のように、十分な情報と考慮期間が与えられない場合、株主は、企業価値及び株主
価値を毀損する敵対的買収を受け入れてしまう可能性があるが、一方、TOB 制度は、十
分な情報提供と考慮期間を保証するには不十分であると言わざるを得ない。従って、被買
収側経営者は、企業価値及び株主価値を守るため、必要な行動をとる責任がある。
被買収側の経営者が敵対的買収に対応する責任があると考えるのは、①経営者の使命は
企業価値の最大化であり、これに大きな影響を与える可能性のある敵対的買収に対応する
ことは当然であり、②買収提案が組織特殊的人的資産やステークホルダーに対して与える
影響等は、被買収側経営者しかわからず、③株主に代わって買収側と交渉することは、実
務上は被買収側経営者しかできない、と考えられるからである。
敵対的買収提案があった場合に被買収側の経営者が果たすべき基本的な役割は、①買収
者に十分な情報開示を要求し説明責任を果たさせる、②買収者と交渉して株主のために十
分な検討期間を確保する、③経営者として買収者の提案を評価し株主に伝える、④提案に
14
最初の買付条件を株主にとって有利に、二段階目の買付条件を不利に(あるいは明確にしないで)設
定するような行為のことをいう。すなわち、最初の買収に応じなければ不利益を被るような状況を作り
出し、株主に売り急がせる買収手法である。
15 企業価値研究会(2005)p32 ─ 34 を参照。
敵対的買収とその対応についての考察
69
反対する場合、経営者として代替案、対抗案を株主に提示する、ことである。そして、以
上の役割を確実に果たすためには、何らかの買収防衛策の導入が必要であると考える。
V 敵対的買収防衛策の理想と現実
1.買収防衛策の条件
企業価値向上、株主価値向上の観点から買収防衛策の条件を考えると、①企業価値を損
なう買収提案を排除する、②企業価値を高める買収提案は排除しない、③買収提案につい
ての判断に株主の意思が十分反映される、④防衛策の導入から発動までの全てのプロセス
において副作用がない、例えば、企業価値を毀損したり特定の株主を優遇したりすること
がない、ことが挙げられる。しかし、実際にはこれらの条件を完全に満たすことは難しい。
特に、経営者の判断には常に経営者が保身目的で行う可能性があることから、買収防衛策
の導入にあたっては、経営者による濫用を防ぐ仕組みが必要であると考えられる。
2.買収防衛策の合理性を確保する条件
経済産業省の私的研究会である企業価値研究会(2005)は、買収防衛策の濫用を防ぎ合
理性を確保するための基準として、①企業価値が毀損される脅威が実際に存在すること、
②防衛策が、
株主が経営陣の提示する対抗策に応じることを強要したり(防衛策の強圧性)、
株主が買収者の提案を受け入れる別途の方策を閉ざしたり(防衛策の排除性)しないこと、
③慎重・適切な意思決定、の 3 つを挙げている。
また、買収防衛策の合理性を高める要件として、①防衛策は平時に導入してその内容を
開示、説明責任を全うする、②防衛策は 1 回の株主総会の決定次第で消却が可能なものと
する、③有事における判断が保身目的にならないよう最大限の工夫をする、ことを挙げて
いる。
敵対的買収についての判例の蓄積が乏しい日本においては、以上の企業価値研究会の基
準に沿って買収防衛策を導入することが現実的かつ望ましいと考えられる。
3.合理的買収防衛策としてのライツプラン
ライツプランは、敵対的買収者が会社の一定比率以上(例えば議決権の 20%)の株式
を取得するトリガー事由が発生した場合に、新株予約権を買収者以外の株主に与え、その
権利を行使させて株式を発行することによって、買収者の議決権比率を低下させる買収防
衛策である。米国ではライツプランが最も合理性のある防衛策として普及・定着している。
日本においても、東京証券取引所が原則として黄金株や複数議決権株式の発行を禁じてい
70
経営戦略研究 vol.1
ることから、上場会社の買収防衛策としてライツプランを導入することが主流になると考
えられる。
完璧な防衛策は存在しないことを前提に、平時において、ライツプランを基本に慎重に
設計した上で、買収防衛策を導入することが望ましいと考える。またその際は、企業価値
に対する考え方とその向上策や、株主への利益還元方針、ステークホルダーとの関わり方
等についても情報を発信し、株主や社会から理解と信頼を得る努力を払うとともに、日常
から IR 活動に積極的に取り組み、株主との良好なコミュニケーションを保つことも必要
であると考えられる。
VI 日本における買収防衛策の導入状況調査
1.調査の目的・方法・対象について
日本における買収防衛策導入状況、並びに防衛策導入企業と未導入企業との間で、コー
ポレートガバナンスへの取り組み状況や財務内容、株式市場の評価において、差違がみら
れるかどうかについて調査を行った。コーポレートガバナンスへの取り組み状況を調査す
るのは、その目的が経営監視を通じて企業価値を向上させることにあるからである。
敵対的買収防衛策の導入状況および、コーポレートガバナンスへの取り組みの調査につ
いては、東京証券取引所が 2006 年 3 月 1 日から提出・開示を義務付けている「コーポレー
トガバナンス報告書」を使用し、第一部市場に上場している 3 月決算会社で、2006 年 10 月
末時点でコーポレートガバナンス報告書を提出している 33 業種 1366 社を調査対象とした。
財務内容および株価については、1366 社のうち、銀行、証券、保険、およびその他金
融を除く 1187 社を対象として、2006 年 3 月末日時点の決算数値と、株価終値を用いた。
2.調査結果
コーポレートガバナンス報告書において、買収防衛策を導入していると記載している企
業は 1366 社中 109 社で、その割合は 109/1365 = 8.0% であるが、親会社が存在し、防衛
策を導入する必要がないと考えられる企業を除くと 8.9% となる(図 3)。
取締役についてみると、取締役人数・社外取締役人数の平均は、ともに防衛策導入企業
が上回り、統計的にも有意な差が認められる(表 2)。特に、防衛策導入企業においては
社外取締役を導入している企業が過半数を占めるのに対し、未導入企業においては 4 割程
度にとどまった。監査役設置会社(1321 社)について監査役数をみると、監査役人数・
社外監査役人数の平均はともに導入企業が上回るが、社外監査役人数については、監査役
数ほど有意な差はみられなかった(表 3)
。
敵対的買収とその対応についての考察
71
図 3 買収防衛策導入割合 表 2 取締役人数、社外取締役人数の比較
東証一部上場 3 月期決算会社(N=1366 社)
平均
中央値
取締役人数
防衛策導入企業
未導入企業
P 値
社外取締役人数
防衛策導入企業
未導入企業
P 値
標準偏差
最小
10.661
9.806
0.0226
10
9
4.302
3.954
4
3
1.073
0.783
0.0224
1
0
1.464
1.285
0
0
最大
31
37
標本数
109
1257
7
12
109
1257
最大
標本数
表 3 監査役人数、社外監査役人数の比較
東証一部上場 3 月期決算会社のうち監査役設置会社(N=1321 社)
平均
中央値
標準偏差
最小
監査役人数
防衛策導入企業
未導入企業
P 値
社外監査役人数
防衛策導入企業
未導入企業
P 値
4.142
3.998
0.0308
4
4
0.761
0.696
3
3
7
7
106
1215
2.566
2.471
0.0725
3
2
0.648
0.620
1
1
5
5
106
1215
72
経営戦略研究 vol.1
次に、コーポレートガバナンスへの取り組み状況について、防衛策導入企業と未導入企
業別にまとめたのが表 4 である。防衛策導入企業は、未導入企業よりも、全般的にコーポ
レートガバナンスに対し積極的に取り組んでいる傾向にあることがわかる。なお、表 4 は、
後述する財務内容・株価の分析と条件を合わせるために、金融を除く 1187 社を対象とし
ているが、金融を含む 1366 社でみても、傾向は殆ど一致している。
表 4 コーポレートガバナンス取り組み状況比較
東証一部上場 3 月期決算会社のうち
銀行・証券等除く (N=1187 社 )
防衛策
導入企業
防衛策
未導入企業
P値
*10%、**5%、
***1%
業績連動型報酬制度
65.1%
40.9%
0.0001***
ストックオプション制度
その他インセンティブ制度
38.7%
29.2%
38.9%
20.8%
0.1279
0.3175
株主総会招集通知の早期発送
50.0%
39.6%
0.0000***
集中日を回避した株主総会の設定
電磁的方法による議決権の行使
その他の株主総会活性化策
39.4%
29.4%
48.6%
40.3%
21.5%
39.4%
0.4786
0.0220**
0.0186**
株主総会活性化取り組み施策数
1.830
1.402
0.0002***
個人投資家定期的説明会
24.5%
19.6%
0.1138
アナリスト機関投資家定期的説明会
海外投資家定期的説明会
IR 資料のホームページ掲載
IR に関する部署 ( 担当者 ) の設置
その他の IR に関する活動
89.6%
23.6%
89.6%
86.8%
11.3%
74.7%
20.7%
94.4%
85.2%
18.3%
0.0003***
0.2448
0.0228**
0.3290
0.0358**
IR に関する取り組み施策数
3.255
3.130
0.1427
ステークホルダー尊重規定
72.6%
60.8%
0.0082***
環境保全・CSR 活動
ステークホルダー情報提供方針
その他のステークホルダー尊重の取組
82.1%
48.1%
6.6%
75.2%
43.7%
11.3%
0.0575*
0.1893
0.0697*
ステークホルダーに関する取り組み施策数
2.094
1.909
0.0328**
表 5 は、金融を除く 1187 社について、防衛策導入企業と未導入企業別の、各種財務指
標を調査した結果である。平均値をみると、唯一 PBR(株価純資産倍率)を除き、防衛
策導入企業は、未導入企業よりも、
「規模」
「収益性」「効率性」「安全性」「株主への利益
分配」
「市場からの評価」いずれについても上回っていることがわかる。しかし、統計的
には、
「ROA」
「株主資本配当率」を除き、有意な差は認められなかった。
敵対的買収とその対応についての考察
73
表 5 財務指標等の比較
東証一部上場 3 月期決算会社のうち
銀行・証券等除く(N=1187 社)
●規模
資産合計(百万円)
売上高・営業収益(百万円)
●収益性
営業利益(百万円)
当期純利益(百万円)
●効率性
使用総資本経常利益率(ROA)(%)
株主資本利益率(ROE)(%)
●安全性
純有利子負債額(百万円)
純有利子負債対株主資本比率(%)
●株主分配
配当性向(%)
株主資本配当率(%)
●市場評価
PBR(倍)
PER(倍)
時価総額(百万円)
防衛策
導入企業
防衛策
未導入企業
P値
*10%、**5%、
***1%
507,176
465,252
495,412
426,346
0.4586
0.3720
34,349
16,985
25,922
14,445
0.1563
0.2931
7.202
7.245
5.991
6.188
0.0190**
0.2182
62,042
40.312
92,034
55.679
0.1492
0.1072
28.985
2.093
26.845
1.841
0.2988
0.0152**
1.975
28.209
384,086
2.014
24.759
305,301
0.3628
0.3354
0.1570
3.解釈
以上から、日本においては、買収防衛策を導入した企業は、買収の脅威に曝されている
からではなく、また、経営者自らの保身目的でもなく、企業価値・株主価値向上のために
防衛策を導入している、と解釈することができる。もしくは、少なくとも、防衛策導入企
業は、企業価値向上策や株主への利益配分強化、ステークホルダー重視の施策等を防衛策
の導入と同時に実施し、
株主や社会の理解を得るべく努力していると考えることができる。
VII おわりに
日本では買収防衛策を導入した企業は少数にとどまっており、ライツプランの発動をめ
ぐって、買収側、被買収側が対立した例もまだない。従って、日本においてはライツプラ
ンの有効性、副作用ともに未だ実証・検証されておらず、今後の敵対的買収案件事例の積
み重ねを待つ必要がある。
だからといって、本格的 M&A 時代にあって、ただ待っているだけで何もしないのは、
企業価値を破壊する可能性がある敵対的買収に対しあまりにも無防備であり、経営者とし
て任務懈怠のそしりを免れないであろう。上場企業の経営者は、常日頃から企業価値の向
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経営戦略研究 vol.1
上に取り組むとともに、その一環として、企業価値を毀損する敵対的買収から企業価値を
守るための方法について研究・準備を進め、得られた結果を、現在の株主及び潜在的株主
である投資家に対し広く開示すること求められると考える。
参考文献
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まで』日本経済新聞社
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