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私の楽しんだ研究など
医学フォーラム 医学フォーラム 「私の歩んできた道」 ―私の楽しんだ研究など― 京都府立医科大学名誉教授 森 本 武 利 《プロフィール》 昭和 年 月 京都府立医科大学卒業 昭和 年 月∼ 年 月 米国 へ出張 ( ) 昭和 年 月∼ 年 月 米国 へ出張 昭和 年 月 京都府立医科大学 教授 平成 年 月 京都府立医科大学 定年退職 平成 年 月 京都府立医科大学 名誉教授 平成 年 月∼平成 年 月神戸女子短期大学 学長 平成 年 月∼平成 年 月神戸女子大学 学長を併任 平成 年 月 神戸女子短期大学 名誉教授 平成 年 月 神戸女子大学 名誉教授 平成 年 月∼平成 年 月立命館大学 非常勤講師 平成 年 月∼ 京都府立大学 非常勤講師 専門分野:人体生理学(水分代謝,体温調節,加齢等) 学会活動等: 日本体力医学会,日本生気象学会,日本臨床生理学会,名誉会員 賞:日本体力医学会賞(平成 年:運動時の水分代謝と暑熱障害予防) 久野寧賞(平成 年:微少循環測定法,年:高張性脱水と皮膚 血流量の調節) , 秩父宮記念スポーツ医・科学奨励賞(平成 年:熱中症予防活動) は じ め に 生理学の実験に最初に携わったのは,回生 の夏,久野 寧先生の発汗の実験である.それ 以降,約 年にわたり研究に従事することがで きた.この間に取り組んだ研究としては, ∼ + ガラス電極による生体液の測定 ∼ の連続測定 循環血 および ∼ 体温調節反応の性差,汗の ( にて) ∼ 血液および体液の日内変動および季節変動 ∼ 運動時の体液調節( にて) ∼ 循環血液量およびヘマトクリット値の連続 医学フォーラム 測定法の開発 ∼ 体液区分間の水分移動と血液量調節機転の 解析 ∼ 自発的脱水の機序および飲水の調節機構の 解析 ∼ 暑熱障害の疫学および熱中症予防 などである.種々の研究を手掛けたが,中心 テーマは,体温調節と水分代謝の関連で,それ ぞれが有機的に結びついて効果的に研究を進め ることができ,いくつかの新知見を得ることが できた. 応用生理学の分野では,暑熱障害の予防につ いて,死亡の危険性のもっとも高い熱中症の予 防キャンペーンを行い,われわれの基礎的な研 究成果の社会還元が出来たと考えている. 年の夏は特に気温が高く,メディアでも連日熱 中症予防と水分補給の重要性が取り上げられた が,そのたびに我々の研究にも意義があったと 感じることができた. この度,自分の歩んできた道を振り返る機会 を頂いたが,今振り返ってみると,どの研究も 楽しい思い出として浮かんでくる.色々手掛け た研究が相互にどのように結びついたかも含め て,振り返って見たい. 発 汗の生理学との出会い() 回生の夏,生理学実習をしていた時に,かね てから 活動の相談に乗って頂いていた,生 理学教室の吉村教授から へ誰か久野 寧先 生の発汗実験を手伝ってくれないかとのお話を 頂いた.久野先生は発汗生理学の世界的な権威 1) 者で,年には著書「 」 を上梓されていた.当時は名古屋大学の名誉教 授で,京都府立医科大学では客員講師として発 汗の生理に関する講義を担当され,その講義に は非常な感銘を受けた.当時抗コリン作用を持 つ自律神経遮断剤(バンサイン)が開発された ので,この薬に制汗作用があるか否かを調べ る,というものであった.そこで一緒に 活 動をしていた同級生の一瀬 進先生(現在木津 川市にて開業)とともに参加させて頂いた.実 験は リットルのガラス瓶 個に塩化カルシウ ムを詰め,この瓶に空気を通して乾燥空気を作 り,この乾燥空気を被験者の胸部に付着させた キャップに通して汗を吸着させ,この空気に含 まれた汗を今度は 字管につめた約 グラム の塩化カルシウムに吸着させ,その重量変化か ら発汗量を測定し,バンサイン投与時の発汗量 を対照時と比較するものであった.生理学教室 の宇佐美講師および助手の先生の指導を受け, 分銅を用いる化学用精密天秤で汗の量を 分以 内に測定する練習をして実験に臨んだ.また水 分を含んだ塩化カルシウムを乾燥させ,次回の 測定の準備をする作業を 回生の夏休みを通じ て行った.この実験から汗の生理学に興味を持 ち,久野先生の「 」を購入 してこれを通読した. 久野先生は,汗の研究成果に対して 年に 文化勲章,年には戦後の文部省科学研究費 医学部門の幹事としての貢献などによって勲一 等瑞宝章を授章されたが,久野先生の謦咳に触 れることが出来たことは非常な幸運であった. + ガラス電極による生体液の測定 (∼年) 年,大学を卒業してインターンを国立京 都病院(現独立行政法人国立病院機構京都医療 センター)で行ったが,生理学教室の吉村教授 + お から電話があり,新しくベックマン社が + イオンに感受性のあるガラス電極を開 よび + 発したので,これを用いて血液などの イオ + イオン濃度を測定してみないかと ンおよび のお話があった.そこで休日と夏休み,さらに 夜間を利用して血液,尿,唾液のイオン活量を 電極で測定し,炎光光度計によって測定した濃 度と比較してその成果を論文2) にまとめた.こ の研究の間,平川千里先生(後岐阜大学内科学 教授)に,研究のイロハから論文の作成まで親 しく指導いただき,研究者としての基礎を養っ ていただいた.またこの論文は大変な反響をよ び,臨床の総合誌である「総合臨床」および 医学フォーラム 「日新医学」から総説の執筆依頼が入った.この 様な経過から,インターン終了後直ちに生理学 教室に入局したが,生理学教室での最初の仕事 が 編の総説3)4) の執筆となった.なお現在,臨 + イオンや + イオ 床検査機器による血液の ンの測定には,クラウンエーテル膜によるイオ ン選択電極法が広く使われている. 循環血 および の連続測定 (∼年) 生理学教室に入って最初に吉村教授から頂い た研究テーマは循環血 および の連続測 定法の開発であった.丁度この頃は血液ガス 分析法がそれまでの 法から電極法へ と転換期を迎え,デンマークの は微量 血液分析装置を 社から,また米国の が メーター社から血液酸 塩基計測システムを発表していた. ガラス電極を用いる際に問題になるのは,ガ ラス膜の電気抵抗が非常に大きくて,正確な測 定には少なくともギガ(の 乗)オーダーの 入力抵抗を持つ計器が必要になる.しかしこの 段階では日本にこの条件を満たす メータは まだ無かった.そこで早稲田大学の電気通信学 科の内山明彦講師(後教授)に指導を頂き,一 緒に秋葉原の電気パーツ屋を回って入力イン ピーダンスの高い真空管を捜し,またようやく 出回りだしていたトランジスターを使ってメー タを組み立てた.ガラス電極は堀場製作所の研究 所から 感受性が高く,電気抵抗の低いガラス のサンプルを分けていただき,径 ミリほどのガ ラス電極を自作した. 電極は,ガラス電 極をセロハン膜で被い,セロハン膜とガラス電極 液で浸し,セロハン膜を通し との間を て拡散する によるの変化から を求め る方法を用いた.しかしセロハン膜は破れやす く安定な測定が困難であったが,米国の 社でテフロン膜が試作されたとの情報が入っ た.その頃 大学へ留学しておられた藤本 守先生(後大阪医科大学学長)にお願いしたと ころ,テフロン膜の薄膜(μ)を手に入れて 送って下さり,これを用いることによって所期 の目的を達することが出来た5).なおこのシス テムを用いて,運動時の呼吸促進の機序に関す る研究に応用した. この実験もほぼ目途がついた頃,吉村教授か ら 大学の 教授が発汗実験を計画 しておられるので,参加しないかとの推薦を頂い た.そこで の の試験を受 け,この で渡米し, 大学で として 年間研究に参加した. 体温調節反応の性差,汗の (∼年) 大学での研究は,体温調節反応の性差 に関する研究で,男女の学生ボランティアを被 験者に,高温環境室の設定温度を から まで変化させ,また湿度を %と %の 条件で実験を繰り返し,体温調節反応の男女差 を解析した.得られた結果は,女性ではより早 く最高発汗レベルに達するため,発汗による体 温調節が必要な高温度範囲では調節能は低いが, それ以下の温度範囲では発汗以外の皮膚血流な どによる体温調節機構が有効に働き,汗による 体液の喪失が低く抑えられることであった6). この論文は体温調節反応の性差に関する初めて の論文として,今日でも引用されている.また この実験を通じて,高温環境下での安全な実験 方法を身につけることができた. 大学での 年目には汗の組成と汗の の関係を解析し, に報告することが出 来た7).これらの実験結果をも含め, から出版された皮膚科学の叢書に,汗腺 の生理学を分担執筆する機会を得た8). 血液および体液の季節変動と日内変動 (∼年) 帰国後はまず体液の季節変動について実験を 行った.これは吉村教授が文部省科学研究費に よる季節生理研究班の班長をしておられ,その 研究の一環として行った.この実験には 名の 学生さんに生理学教室に泊まり込んでもらい, 日ごとに基礎条件で採血し,その血液につい て約 項目の測定を行い,それぞれの数値がど 医学フォーラム の程度の変動をしめすかを解析した.この実験 を夏冬繰り返して変動の大きさを比較したが, いずれの季節でも血清のイオン濃度は変動幅が 小さく厳密に調節され,反対にこれらを調節す るための などホルモンは大きく変動し, これらの変動幅にヒエラルキーが認められるこ とを報告した.またこの時期,文部省科学研究 費による日内リズムに関する研究班に参加し, 血液量および腎機能の日内リズムに関する研究 を行った.これらの実験結果は,久野 寧先生 の米寿の記念出版にまとめて掲載した9). 運 動時の体液調節(∼年) 年,大学紛争の間随分ペースの落ちた研 究を取り戻したいと考えていた時に,カリフォ ルニア大学サンタバーバラ校の か ら として受け入れの話を頂 いた.当時この研究所はスポーツ医学のメッカ で,その後ここでの同僚の内 人がアメリカス ポーツ医学会の会長を務めた.ここでは運動時 の血液性状の変化についてイヌを使って実験を 行った10).ここでは実験予定をリストに入れる と,イヌ用の手術室の手術台にイヌを用意して くれ,看護婦がついてくれて実験を行うことが 出来た.しかしこの実験を通じて強く感じたの は,非常に厳密に調節されている血液およびそ の性状の解析には,最初 の測定で手掛けた ような連続測定法で解析を進めると興味ある結 果が得られるだろうという思いであった. 循環血液量の調節機序の解析 (∼年) 帰国してまず手掛けたのが,脈管内外の水分 移動に重要な役割をもつ膠質浸透圧の連続測定 法の開発であった.色々の方法を試みたが,最 終的には,先端をシールした注射針に μ の小さな穴を数個開け,この針を中空性限外ろ 過膜で被って圧トランスデュサーにつなぎ,血 液膠質浸透圧の変化に応じて移動する水の量を 圧変化として連続的に測定することに成功し た.なおこの測定法の開発には三木健寿先生 (現奈良女子大教授)の貢献が大きかった.次に ヘマトクリット値の連続測定を試みたが,これ は血液のインピーダンス変化より求めた.連続 測定のための電極はプラスチックブロックに ミリの穴をほり,穴の壁面に白金電極を固定し て 型の電極を自作した.インピー ダンス測定のための電気回路は,田中義文先生 (麻酔科名誉教授)が手作りした.血液量の連続 測定には,赤血球を でラベルして 型 のγ検出器を させることによって連続 的に測定し,連続測定したヘマトクリット値を 用いて血漿量も で連続的に求めることが できるようになった.これらの測定器をイヌの 体外循環回路と結び付け,この循環回路中の血 液リザーバーの高さを体外循環回路中のポンプ の速度をコンピューターで制御し,各種のス ピードで輸血ないしは脱血することができる様 になった.このシステムを用いて,血液量を変 化させた際のヘマトクリット値,膠質浸透圧, 血漿量の変化値を,動・静脈血圧と共に 秒ご とに測定しその移動平均値を記録することが可 能になった.このシステムは,当時の亘教授が 科学研究費で購入されたコンピューター: を使わせて頂き,これにラッピング 器を用いて コンバーターでポンプや測定機 器と結び,さらに の のメモリー をフルに使えるよう,機械語でプログラムを組 まれた田中義文先生のご苦労があってこその成 果であった. この実験システムを用いて,体液区分間の水 分移動による血液量調節機転に関する一連の研 究を進めることができた.循環血液量の調節機 転としては,従来教科書ではスターリングによ る毛細血管圧と膠質浸透圧の関与が定説であっ たが,これらに加え血液の %を容れている静 脈系のコンプライアンスの変化が重要な役割を 持つこと,また脱水時には筋肉の細胞内液が動 員され,筋肉が水分の貯蔵庫として重要な役割 をもつことなど,新しい知見を多くの論文とし て発表することができた.またこれらの成果を 総説にまとめて発表したが11),この一連の研究 に参加されたのは,田中義文,三木健寿,能勢 博(信州大学教授) ,重見研司(福井大学教授) , 医学フォーラム 伊藤俊之(京都府赤十字血液センター副所長) ほかの皆さんである. の発汗時と同様に塩分を失い,その結果自発的 脱水が生じること,また食塩水を与えることに より,脱水が回復することを明らかにすること 自発的脱水の機序・飲水の調節機構の ができた. 解析(年以降) 次の実験では,高温による脱水と,飲水によ 体液量の調節には飲水行動が欠かせないが, る脱水回復過程におけるイオンのバランスを測 発汗時には自由に飲水をさせても発汗量に見 定し, %の食塩水では浸透圧利尿のため,水 合った水を飲むことができないことが古くから 道水では水利尿のため水分バランスが負となる 報告され,この現象は自発的脱水とよばれてい こと, %から %の食塩水を補給すること た.久野先生は「 」の中で, によって水分バランスが維持できることなどを その機序としてクロライド皮膚循環説を提唱さ 明らかにした. れていたが,これを実験的に証明したいと考え 食塩による水分平衡の機序をさらに詳細に検 ていた.ところが 年にスポーツ飲料が新 討することを目的に,意識下でラットの血液 しく発売されたが,スポーツ飲料に関する詳細 量,血液のナトリウムイオン濃度を連続的に測 な研究は世界的にも未だ発表されていなかっ 定する方法を開発した.すなわちラットの頸動 た.そこでスポーツ飲料を用いて発汗時の水分 脈および大静脈にカテーテルを挿入し,手術回 代謝について検討した. 復後にカニューラ・シーベルを介し,γ検出器 実験には 回生の学生さんに被験者を依頼 (高感度シンチレータと光電管を用いたものを し, の人工気候室で 時間,体重の ∼% 設計して特注)および 型のナトリ の発汗負荷を行い,発汗負荷後 時間まで水な ウムガラス電極(堀場製作所へ特注)からなる いしはスポーツ飲料を自由に摂取する条件下に 体外循環と結んで,ラットの飲水行動中の血液 水分の摂取量を比較した.その結果,水の自由 量と血液のナトリウム濃度を連続的に測定し 摂取では発汗量の%,スポーツ飲料では% た.その結果,温熱負荷による高張性脱水の の脱水回復が認められた.この実験では,発汗 ラットは,まず水道水を選択的に飲水して血液 後 時間までの経過を追ったことで変化を捕ら のナトリウム濃度を低下させ,ナトリウム濃度 えることができたが,これはセレンディピティ が 以下に低下するとその後は水と食 の つであった.すなわち久野先生の「 塩水を交互に摂取し,飲水行動によって血液量 」に発汗後の自発的脱水は夕食と共 を回復させ,血液量が回復して初めて尿の排泄 に回復するとの記載があったので,発汗後 時 が認められた.すなわちまず血中のナトリウム 間の経過を観察した.その結果,発汗負荷中の 濃度を正常範囲にまで回復させ,ついで等張性 みではあまり変化が認められないが,発汗後 の飲水によって血液量を回復させることが明ら 時間を含めて解析することによって,変化を捕 かになった(図参照) .またこの血液量の連続測 らえることができ,自発的脱水への食塩の関与 定法を用いて飲水後の血液量の増加速度を測定 を実験的に証明した. し,血液量の回復には %食塩水と %の ヒトでのこの結果を確認するために,ラット 糖 混 合 液 が 最 も 効 率 的 で あ る こ と を 示 し, を高温に暴露して約 %の脱水を起こさせ,そ による経口補水液の有用性を実験的に証 の後水道水, %, %の食塩水の自由飲水 明することができた. による体重の回復過程を 時間にわたって観 これら一連の実験によって,発汗時に見られ 察した.その結果,水道水を与えたラットは体 る自発的脱水の機序は血液浸透圧の低下に対す 重の %を回復するに止まったが,食塩水を与 る調節反応で,水分の補給には食塩水による補 えたラットは 時間後には体重を回復した. 給が必要であることを明らかにすることが出来 ラットは唾液塗布により体温調節を行うので人 た.また従来運動時に水を飲むと疲労が増すと 医学フォーラム + ( % ) % % 考えられ,水分摂取は禁じられていたが,脱水 では体温が上昇して熱中症の危険性があるこ と,また脱水が体重の %以上になると運動能 力が低下することなど,従来の常識を変える知 見を報告することが出来,体温調節,運動,飲 水に関する国際シンポジウム等で報告した12)13). これらの研究はスポーツ医学分野での水分代 謝の重要性を実験的に確立した研究として評価 されたが,実験には能勢 博,伊藤俊之の両氏 のほか,大学院学生の杉本英造,森田雅弘,小 椋かなえ,研究生として参加された矢和多多姫 子(奈良佐保短期大学教授) ,奥野 直(神戸女 子大学教授)などの皆さんの献身的な研究が あった. 暑熱障害の疫学・熱中症予防 (年以降∼) 年代後半から 年代にかけて,健康 志向からいわゆるジョギング・ブームがおこっ たが,一方では運動による死亡事故も頻繁に新 聞記事に見られるようになった.なかでも 年の 月 日に行われた福島市民マラソンでは 参加者のうち 名が熱中症で倒れ,名が死亡 したとの新聞記事が掲載された.体温調節を研 究しているものとして,看過できないと考え, データを集めてみると 歳から 歳のグルー プでスポーツ中の事故が多発していた.これを 学会で発表したが,あまり注意を惹かなかった. そこで日本体育協会の診療所長(当時)の川原 貴氏へ問題を提起し,年に日本体育協会内 に研究班が発足した.当時暑さによる障害の呼 び名にも統一したものが無く日射病,熱射病, 熱中症など色々な名前が使われていたので, に準拠して,熱射病または熱中症 (高温環境 下における運動などによる体温上昇) ,日射病 (直射日光による脳温の上昇) ,熱失神(体温調 節反応としての一過性脳血流低下) ,熱けいれ ん(血中塩分の低下による筋けいれん) ,熱疲労 (脱水および脱塩による夏ばて状態)に分類し, 最も重篤で死亡事故に繋がりやすい熱中症をこ 医学フォーラム れら暑熱障害の総称とし用い,予防キャンペー ンをはることを提案し, 「スポーツ活動中の熱 中症予防ガイドブック」を編集した14).このガ イドブックでは,熱中症予防のために必要な事 項を,中学生でも理解できることを目標に,以 下の つのスローガンに纏めた. スポーツ活動中の熱中症予防 ヶ条 )知って防ごう熱中症 )あわてるな,されど急ごう救急処置 )暑いとき,無理な運動は事故のもと )急な暑さは要注意 )失った水と塩分取り戻そう )体重で知ろう健康と汗の量 )薄着ルックでさわやかに )体調不良は事故のもと この 項目に説明を加え,予防のために注意す べき環境温,運動強度,運動時の水分補給の目 安などについて解説を加えた.環境温につて は,ス ケ ー ル を 導 入 す る と と も に, を簡便に測定するための メータ を開発し,いずれもわれわれの教室の研究成果 を中心にまとめた.このガイドブックは大塚製 薬の協力を得て体育指導者や競技団体等に配布 したが,その数は今日までに 回の改訂版を含 めて 万部を超え,現在熱中症という呼称が定 着し,また熱中症予防のための水分補給も定着 してきた. このガイドブックの初版は 年に発行し た.ところがその翌年の 年の夏には非常 な猛暑を経験し,日本の気象観測地点の約半数 近くで最高気温を更新した.この年の熱中症に よる死亡件数は 件にのぼり,熱中症に関す る認識が一気に拡がった.また 名のうち, 従来若年者の運動時に多く見られた死亡事故は 増加を示さず,死亡事故の %が 歳以上の 高齢者に認められた.そこで高齢者における熱 中症予防に関するデータが必要と考え,高齢者 を被験者に体温調節および水分代謝の研究を 行ったが,これには鷹股 亮(現奈良女子大学 教授) ,麻酔科から大学院主科目分担で来られ た八重樫和宏,広瀬宗孝先生らに協力頂いて可 能となった15).また高齢者の水分代謝に関して は,看護学部の木村みさか,岡山寧子両先生と の共同研究をおこない,この分野の研究には現 在も参加している16). 年は非常な猛暑が続いたが,総務省消防 庁の速報値によれば,熱中症で医療機関へ運ば れた人は全国で 人,その内死亡した人は 人とのことである.最終的には厚生労働省 の死亡統計を待たなくてはならないが,年に わたって「熱中症はあくまで事故であり,予防 が可能である」をスローガンに行ってきた熱中 症予防キャンペーンが少しでも役立ったのでは ないかと考えている.現在この熱中症予防ガイ ドブックの英文版を作成し,国際学会等で配布 して熱中症予防を世界的に拡げるべく活動して いる. なお熱中症の疫学および運動と熱中症関連の 研究には,体育分野から研究生として研究に参 加頂いた,中井誠一(京都女子大学教授) ,寄本 明(滋賀県立大学教授) ,芳田哲也(京都工芸繊 維大学准教授)らに負うところが大きく,この 名共著による著書としてその研究成果をまと めることができた17). その他の活動 研究に関連したその他の活動としては,京都 府立医科大学雑誌の編集長を 年より約 年,日本生理学会の欧文誌「 」 および体力医学会の機関誌「体力 科学」の編集委員を約 年にわたって務めた が,すべての論文でいかによりよい論文にする かという視点から査読するように心掛けた. そのほか南極研究に関する科学委員会() 医学部門の日本代表を担当し,また国際生理科 学 連 合,温 熱 生 理 学 委 員 会( )への日本代表として世 界各地での国際会議に出席し,多くの海外の研 究者と親しく交わり,楽しい思い出を作ること ができた. ま と め 手掛けた研究を振り返って見ると,汗の実 の連続 験,ナトリウムガラス電極,と 医学フォーラム 測定が,血液および体液量と循環動態の解析, 体液量と体温調節,発汗時の自発的脱水機序の 解明,飲水行動による体液調節の研究,さらに は熱中症の予防活動へと有機的に結びついて 行った.この間,新しい測定法を開発し,殆ど 同じ分野の研究者がいない問題に取り組めたこ とによって,またいうまでもないが,良い師, 良い同僚,良い後輩に恵まれて,楽しい研究生 活を送ることができた. 現在もなお水分代謝の問題を ∼の研究グ ループと一緒に取り組む機会を得,また熱中症 の予防活動を続けている. その他,年に京都療病院の 代目御雇い 医師ショイベさんのお墓をドイツのグライツへ 訪ねたが,それ以来蒐集してきた資料をまとめ ている.またショイベさんの生まれ故郷のドイ ツ,ツアイツ市の郷土史研究者 氏と 連絡が取ることができ,彼と種々情報交換をす る過程で新しい情報も手に入り,これらをまと めて「京都療病院御雇医師ショイベ」を著書と して発行すべく作業を進めている.現在初校を 終えたところで,年中には出版できる見通 しである. 文 献 ) )吉村寿人,平川千里,森本武利.硝子電極とその 生体液への応用.生化学 )吉村寿人,森本武利.ガラス電極による生体液の + 濃度測定.日本臨床 + 測定. )吉村寿人,森本武利.ガラス電極による 綜合臨床 ) ) ) ) ) Ⅱ ) )川原 貴,森本武利 編.スポーツ活動中の熱中症 予防ガイドブック.日本体育協会, ) ) ) ) ) )森本武利(監修) ,中井誠一,寄本 明,芳田哲也.高 温環境とスポーツ・運動―熱中症の発生と予防対策―. 篠原出版新社,