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初修外国語教育部 初修外国語教育部の今後の展望 教育人間科学部
初修外国語教育部 初修外国語教育部の今後の展望 教育人間科学部 外国語教育小委員会委員長 山本 泰生 1.概観 2006 年度に教養教育改革が行われて以来、初修外国語教育においては、様々 な変化が生じている。別稿「活動報告:初修外国語教育のこれまでの取り組み」 を参照し、その変化の重要な特徴を確認しておこう。 まず、全体的に見て、「中国語への需要の集中傾向」を認めることができる。 初級段階では、2005 年度から 2013 年度までの期間に、各外国語科目を見ると、 二つのグループに分解する「二極分化」的な傾向が現れている。すなわち①比較 的多くのクラスが開かれ、それに応じて多くの受講者を集めている中国語、ドイ ツ語、そして②クラス数・受講者数ともに比較的少ないフランス語、ロシア語、 朝鮮語、イスパニア語である。 これに対して、中級段階では、同じ期間に、初修外国語全体の受講生総数がほ ぼ半減している。また初級段階で見られた「二極分化」ではなく、中国語への「一 極集中」傾向が顕著である。これに対しては、第二の勢力であるドイツ語も、ほ とんど同列には比較できない規模となっている。 また、中国語以外の外国語をみてみると、「受講者数の減少」または「受講者 数の少数固定化」の傾向が続いている。 このような変化を踏まえて、各外国語において求められる取り組みは、もちろ ん各言語によって違いも生じてくるけれども、採用可能な方策や目指すべき方向 性は、どの言語についても、ある程度共通したものがある。 その主なものとして、ここでは、以下のような方策を検討してみたい。 ① クラス規模を適正化する ・ 人数調整の実施 60 ・ 小規模言語の重点的開講 ② 自律的学習を奨励する ・ 授業外学習の支援 ・ 学外の語学検定試験の奨励 ③ 言語が運用される現場との結びつきを強化する ・ SSSV の活用 ・ 留学生との交流、派遣留学の奨励 ・ 講師の招聘、外部機関との連携 2.具体的な取り組み・可能な方策 ① クラス規模の適正化 【人数調整】 受講者数が多くある言語、とくに履修希望者が恒常的に増加傾向にある中国語、 また、受講者数は減少しているものの、同時に複数のクラスを開講する時間帯を もつドイツ語については、受講生の特定クラスへの集中を避け、適切なクラス規 模を維持することが学習効果を向上させることにつながる。人数調整は、限られ た資源で教育効果を上げるための重要な方策であり、すでに本学でも、一部にお いて実施されている。 ドイツ語では、複数のクラスが開講されている特定時間帯について、従来から、 非公式の人数調整を行ってきたが、2010 年度からは、携帯電話を利用した授業 支援システム・エシリスを活用する試みを導入している。同様に中国語でも、2013 年度秋学期より体系的な人数調整システムを導入している。 この結果、中国語に集中していた履修生は、2012 年度から約 500 人が減少し、 ドイツ語、フランス語、ロシア語、イスパニア語に分散・移動していったと考え られる。 61 2012 年 2013 年 ドイツ語 2081 2243 中国語 4537 4062 フランス語 373 417 ロシア語 134 247 朝鮮語 299 251 イスパニア語 59 103 ギリシア語 7 10 ラテン語 14 12 総数 7504 7345 受講生数 【小規模言語の重点的開講】 小規模言語、すなわち、受講者数・開講クラス数の比較的少ないフランス語、 ロシア語、朝鮮語、イスパニア語においては、ある程度以上のクラス規模を維持 することが、学習効果を低下させないために必要である。上記の人数調整を行う ことによって、開講クラス数の多い中国語、ドイツ語から移動する学生が出たと しても、これを受け入れるためには、小規模言語のクラス数を、一定程度以上、 開講しつづける必要がある。この方策は、学生側の履修希望を度外視することに つながることから、各言語の担当教員の間でも、依然、根強い異論がある。 ② 自律的学習の奨励と条件整備 2006 年度の教養教育改革によって中級段階の 1 クラスの単位が「1 単位」から 「2 単位」に変更されて以降、初修外国語の中級段階の履修は減少し、学習者は、 公式の教室内では、限定された時間数しか学習しないことになった。これは、学 習密度を高める努力をしたとしても、学力の定着をより困難にする。初級段階の 学習から、どのようにして中級段階まで進む意欲を喚起し、中級クラスの履修を 勧誘するか。また、改革以前に比べクラス数が半減した中級段階の受講生の学力 を、どうすれば着実に向上させることができるか。この問題は、目下、初修外国 語教育が抱える最大の問題と言ってよい。 リソースに制約があるため、中級クラスの開講数を増加させることによって、 学習意欲を刺激することはできない。この条件下では、「公式の教室内」から外 に目を向けて、「教室の外で」いかに学習させるかを考えるべきである。当面、 次の二つの方策が考えられる。 62 【授業外学習の奨励】 ここでは、とくにコンピュータないしインターネットを基盤とする自律的学習 (ネットラーニング外国語学習システムが重要になる。すでに Web 上では、各 言語を学ぶための無料の学習サイトが多数開設されている。本学でも 2013 年度 9 月に、ネットラーニング外国語学習システム「ATR CALL BRIX」 ・ 「Rosetta Stone」 を導入し、とくに、派遣留学希望者を中心に利用を奨励することを始めている 。 【学外検定試験の奨励】 学外には、英語についてはもちろん、英語以外の多数の言語について、その語学 能力を判定する検定試験が普及しており、社会的にも高く評価されている。日本 国内の団体・機関が実施しているものに限っても、「中国語検定試験(通称:中 検)」「ドイツ語技能検定試験(同:独検)」「実用フランス語技能検定試験(同: 仏検)」「ハングル能力検定試験」「ロシア語能力検定試験」「スペイン語技能 検定(同:西検)」などがある。下の表は、その概要を一覧にまとめたものであ る。なお、ここでは、便宜上、本学で実施されている初修外国語教育の内容水準 に相当すると考えられる級のみを示した 。 63 初修 1 学年に 相当する級 名称(主催団体) 実施時期 検定料 初修 2 学年に 相当する級 中国語検定試験 年3回 準4級 準4級 (一般財団法人・日本中 国語検定協会) (3、6、11 月) 4級 4級 3650 円 3級 3級 4700 円 ドイツ語技能検定試験 年2回 5級 5級 3000 円 (公益財団法人・ドイツ 語学文学振興会) (6、11 月) 4級 4級 4000 円 3級 3級 6000 円 2級 2級 7000 円 年2回 5級 5級 3000 円 (6、11 月) 4級 4級 4000 円 3級 3級 5000 円 実用フランス語技能検 定試験 (公益財団法人・フラン ス語教育振興協会) 3000 円 ハングル能力検定試験 年2回 5級 5級 3000 円 (特定非営利活動法 人・ハングル能力検定協 会) (6、11 月) 4級 4級 3500 円 3級 3級 4500 円 ロシア語能力検定試験 年2回 4級 4級 7000 円 (ロシア語能力検定委 員会) (5、10 月) 3級 3級 8000 円 スペイン語技能検定 年2回 6級 6 級 3000 円 (公益財団法人・日本ス ペイン協会) (6、11 月) 5級 5 級 4000 円 4級 4 級 4,000 円 64 このほか、それぞれの言語使用国の国や関係機関が主催ないし関与して実施され る国際的な検定試験も多数存在している。しかし、これらは一般に、上掲の国内 検定試験の上級レベルのように、本学の初修外国語教育の教育水準より高いレベ ルの語学能力を認定するものであるか、または、当該言語使用国に居住して就学 したり労働するための語学力を認定することを目的としており、本学の初修外国 語教育にそのままの形で利用するためには、困難な点もある。 これまでも、こうした語学検定試験の情報を提供し、受験を奨励することは、学 生の学習意欲を喚起するうえで非常に有効であると考えられてきたが、現在では まだ、個別的・散発的に受験を慫慂する指導にとどまっている。これらの検定試 験を、大学における外国語教育に効果的に接続し・学習効果の向上につなげてい くためには、いくつかの問題があり、制度整備の必要があると思われる。以下、 その問題点を挙げておく。 ・ 外国語によって検定試験の実施回数が異なり、受験機会に違いがあること。 ・ 授業料以外の検定料が必要になること。また検定料に違いがあること。 ・ 取得資格の大学教育への利用方法。外国語科目の単位として認定するか。あ るいは、外国語の履修義務を免除し、その単位を他の科目の履修で代替させるか。 ③ 言語の運用現場との結びつきの強化 長距離移動手段の発達によって世界の各国が近くなり、IT 通信手段の革新によ ってネット空間が飛躍的な発展を遂げた現在では、伝統的な語学授業の既成概念 は時代遅れになっている。すなわち「閉じた教室空間における、一定規模の学習 者集団を対象にした、一人の教師による教授学習の営み」という枠組みを守り続 けることは、あきらかに生産的ではない。 学習者を「閉じた空間」から解放し、言語が実際に運用されている現場に「結び つける」ことは、学習内容の有用性を認識させ、学習内容を定着させ、さらなる 学習への意欲を高めると考えられる。この「学習者と運用現場の接続」の方向へ も、現在、いくつかの方法で模索・試行が行われている。 【SSSV の活用】 「学習者と運用現場の接続」のもっとも直接的な方法は、学習者を現場に連れて 行くことである。JASSO(日本学生支援機構)の支援によるショートステイ・シ 65 ョートヴィジットの形式で短期の海外研修を行い、訪問先国の言語を使ってみる 機会を提供することは、大きな効果がある方法である。 この点では、本学では、すでに 2011 年度から中国語において試行的に実施され ている。これは、交流協定校である大連理工大学の協力をえて、本学の正規科目 として開講される「中国語実習」を、中国現地で集中授業として実施するもので ある。現在では、3 週間、16 名程度の学生を対象に実施され、JASSO の奨学金 が支給されることから、学生の間でも関心が高いプログラムとなっている。 中国のみならず、韓国やロシアのような近隣国は、移動距離・移動時間が短く、 航空運賃も低廉であることから、実施するための障害は比較的少ないと考えられ る。近隣国との間には、さまざまな複雑な問題が生じていることから、こうした 交流は、長期的には、将来の国際関係の安定化に貢献する重要な意義があるだろ う。問題点としては、現地の治安状況に急な変動が起きやすく、緊急事態にきめ 細かく対応できる実施体制を整備する必要があること、JASSO からの奨学金が 支給されるとはいえ、相当の自己負担額が必要になること、などが挙げられる。 このほか、本学では、数年来、教育人間科学部において「グローバルスタディー ツアー」という名称のもとで多くのショートヴィジットプログラムが展開されて いる。派遣先国は、中国、韓国、ロシア、フィリピン、オーストリア、フランス、 パラグアイ等に及んでいる。このうち、オーストリアでは、ウィーン大学サマー スクールにおけるドイツ語コースに学生を参加させ、外国語教育にも好い影響を 及ぼしている 。ただし、この事業については、参加対象学生が教育人間科学部 所属生に限られていることから、全学の初修外国語教育に及ぼす影響や効果は、 ある程度限定されていると見なければならない。 【留学生との交流、派遣留学の奨励】 2013 年度現在、本学には、861 名の留学生が在籍している。そのうち中国語圏か らの留学生は 477 名(中国 471、台湾6)、朝鮮語圏は 137 名(韓国)である。 この二国からの留学生は、私費外国人留学生として、本学に長期にわたって滞在 している者が多いグループである。他方、他の言語使用国からの留学生を見ると、 ドイツ語圏 1 名、フランス語圏 1 名、ロシア語圏 7 名、イスパニア語圏6名であ る 。これらの留学生の多くは、短期滞在の交換留学生であろう。 こうした初修外国語を運用している各国からの留学生と、その言語を学んでいる 学習者との接触の場を設定し、相互の交流を促進することは、留学生にとっても 66 好い影響を及ぼすとともに、初修外国語教育の学習意欲の喚起と学習効果の向上 のために、大きな効果をもつと考えられる。 本学の短期留学国際プログラムである JOY プログラムには例年 30 名以上の学生 が世界各国から来日する。2012 年度秋には、韓国・世宗大学との提携協力のも とに、日本語を学ぶ韓国人学生を招聘する教育プログラムが発足した。また 2013 年秋には、英語による授業で教育する学部教育プログラム=YCCS(YOKOHAMA クリエイティブシティ・スタディーズ 特別プログラム)が開始され、初年度は ロシア語使用者 2 名を含む 7 名の学生が渡日した。このような本学の「キャンパ スのグローバル化」は、初修外国語教育のためにも、豊饒な地盤となるはずであ る。2013 年度秋学期には、JOY プログラムに在籍するドイツ人学生 3 名が、初 級段階ドイツ語の学習者(3 クラスの合同授業)を対象にプレゼンテーションを 行い、派遣元大学を紹介する機会をもった。留学生と言語学習者との接点を数多 く作り、留学生との交流、海外派遣留学への意欲を喚起することによって、初修 外国語教育の教育効果を向上させることは、今後の大きな課題であろう。 【講師の招聘、外部機関との連携】 母語話者である講師等を招聘することも、言語の運用現場との接続のための有効 な方策であろう。2013 年度秋学期には、ロシア語でこの試みが行われた 。 また横浜には、国際都市として、各国の文化機関も多く存在している。フランス 語作業部会では、フランス語の新たな需要を開拓するため、アンスティチュ・フ ランセ横浜(旧 横浜日仏学院)との友好協力関係を基盤として、現在、教養教 育総合科目「フランス文化論」を共同で開講する準備を進めている。 3.まとめ 基本的に、初修外国語教育は、すべての学生の履修する権利を保証する責務を負 っている。この点で、現在の開講クラス数の水準は安定的に維持していく必要が あるが、質的・内容的には、より魅力的・効果的なものにしていく努力が求めら れている。 また、初修外国語教育は、「学生の受講希望に応える」という原則と、「学生に 多様な外国語の学習機会を提供する」という原則との調和を求めなければならな い。クラス人数の調整や、受講生数の少ない語学の潜在的な学習需要の掘り起こ しの努力が必要である。 67 「クラス人数の調整」は、中国語、ドイツ語を対象にすでに始まっており、2014 年度以降は、この 2 言語の間での連携・協力をさらに深めていく予定である。 他方、「潜在的な学習需要の掘り起こし」については、ネットラーニングシステ ム等の活用、学外検定試験の活用等の「自律的学習支援」の方策を引き続き検討 してゆかねばならない。さらに、留学生との交流、派遣留学への支援、学外講師・ 学外機関との連携などの「言語運用現場との接続」も重要である。 近年、学部改編・学内組織の再編が続き、初修外国語教育に責任を負う教員も、 分散的に配置される傾向がある。しかし、グローバル化する現代社会において、 初修外国語教育は、今後、たんなる語学スキルの養成教育にとどまらず、総合的 な「グローバル人財育成」教育の一翼となることが求められていると考える。 こうした中、2013 年度、国際戦略推進機構が発足したことは、まことに意義深 い。それは、第一に、初修外国語教育の計画的な運営に責任をもつ体制が整備さ れたからであり、また第二に、大局的な観点から、外国語教育を総合的な「グロ ーバル人財育成教育」の一環として位置付けることのできる組織が整えられたか らである。 学習意欲を喚起するにも、学習効果を向上させるにも、初修外国語教育の「教室 の中」だけの努力では、限界がある。留学生との交流を促し・派遣留学を慫慂し て、「言語を使う現場」につなげていこうとしても、初修外国語教育の枠の中で の試みには限度がある。これについては、短期留学の派遣・受け入れを担当して きた、旧留学生センター(国際戦略推進機構企画推進部門)教員との連携協力が 不可欠であろう。自主的学習ための、ネットラーニングシステムや学外検定試験 の利用についても、関係の委員会などとの有機的な連携なくしては不可能である。 こうした状況を観ると、従来、一学部内の小さな委員会が担ってきた初修外国語 教育の運営業務は、国際戦略推進機構・基盤教育部門において、より総合的・戦 略的な観点から、「グローバル人材育成教育」の一翼を担う分肢として再編成し ていく必要があると考える。 68