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大容量ミリ波帯インパルス無線技術

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大容量ミリ波帯インパルス無線技術
大容量ミリ波帯インパルス無線技術
Millimeter-wave Impulse Radio Technology
● 林 洋輝 ● 中舍安宏 ● 青田正広 ● 佐藤尚志
あらまし
近年のネットワークトラフィックの増大に伴い,通信伝送路インフラである多重無線
システムにおいても大容量伝送の要求が高まっている。しかし,従来の多重無線システ
ムでは,広帯域な無線周波数の確保が困難であり,また,変復調技術の限界から複数無
線チャネルの装置が必要となるため大型な装置構成となり,実用には取扱性や経済性で
大きな課題があった。
そこで富士通は,広い周波数帯域の確保が可能なミリ波帯で,大気の減衰特性の影響
を受けにくい70 ∼ 80 GHz帯
(E-band)を活用し,原理実証実験で10 Gbpsの無線通信に
成功したインパルス無線技術を駆使して大容量伝送
(伝送容量:3.6 Gbps)と装置の小型
化
(4 L,4.5 kg)
を実現した。
本稿では,E-bandインパルス無線の特徴と主要技術,今回開発した装置の構成と特性,
および適用例について紹介する。
Abstract
With a drastic increase in the amount of network traffic in recent years, there is now
greater demand for large-capacity transmission even in multi-radio systems which
are infrastructure for communication transmission lines. However, with conventional
multiple-radio systems it is difficult to ensure a wide frequency band and in addition
equipment is required for multiple radio channels owing to the limitations of modem
technology, and this means that systems consist of large devices and there is a big
problem in terms of handling and economy before multiple-radio systems can be put
to practical use. Hence, Fujitsu used the millimeter-waveband where it is possible to
ensure a wide frequency band, and in particular the (E-band) 70–80 GHz band, which
is less susceptible to attenuation caused by the atmosphere. We utilized impulse
radio technology that successfully achieved 10 Gb/s radio communication in a proof
of principle experiment, and developed a very compact (4 L, 4.5 kg) large-capacity
transmission device (user data rate: 3.6 Gb/s). This paper introduces the features and
key technology of E-band impulse radio, and the configuration and characteristics of
the device we developed. It also gives some application examples.
706
FUJITSU. 63, 6, p. 706-711(11, 2012)
大容量ミリ波帯インパルス無線技術
ま え が き
モバイル端末の普及,およびコンテンツの情報
使用して,小さい離隔角度でスター型の配置が可
能となる。
従来のアップダウンコンバータによる無線技術
量の増加に伴い,通信ネットワークのトラフィッ
とインパルス無線技術による差異を図-1に示す。
クが爆発的に増大している。通信伝送路を支える
インパルス無線技術は,従来の無線技術で使用し
インフラである多重無線システムにおいても,光
ている変調器(MOD)・復調器(DEM)と,発振
通信同様に伝送容量の大容量化が要求されている。
器(PLO)・ 逓 倍 器(MULT)・ ミ キ サ ー(MIX)
しかし,無線通信の大容量化には,広帯域な無
から成るアップダウンコンバータが不要で構成が
線周波数が必要であり,また,従来の変復調技術
簡単なことから小型化・低消費・低遅延が実現で
では,複数無線チャネルの装置が必要となるため
きる。低消費電力のため,自然エネルギーとの組
大型な装置構成となり,実用には取扱性や経済性
合せも可能であり,環境にやさしいグリーン製品
で大きな課題がある。
として有用である。小型軽量であることからイベ
そこで富士通は,周波数を広帯域に利用できる
ント中継やネットワーク復旧など臨時回線が容易
ミリ波に着目し,ミリ波の中でも,大気の減衰特
に構築できる。
性の影響を受けにくい70 ∼ 80 GHz帯(E-band)
● 主要技術
を活用し,更に変調技術は,搬送波の振幅と位相
に情報を変調させる従来技術(QAM変調など)と
は全く異なる富士通独自のインパルス無線技術を
E-bandの高い周波数でインパルス無線を実現す
る送受信部の主要技術について以下に述べる。
(1)送信インパルス発生技術
開発した。本技術は,総務省の委託研究を活用し
富士通研究所が開発した要素技術を使用した極
て要素技術を開発し,原理実証実験で10 Gbpsの無
短パルス発生技術により入力信号に応じたインパ
(1)−(3)
この成果をベースに電波
ルス信号を生成する。このインパルス信号からフィ
に沿った無線装置として実用化に向けた開
ルタリングによりE-bandのスペクトラムを抽出
線通信に成功した。
(4)
制度
発を行った。その結果,大容量伝送(伝送容量:
3.6 Gbps)と装置の小型化(4 L,4.5 kg)を実現
した。これにより,従来の無線システムでは通信
容量不足から適用が極めて困難であった利用環境
GbE MOD
DEM GbE
MIX
N-HPA BPF
においても無線通信の適用が可能となった。
N-LNA
MIX
MULT
本稿では,今回開発したE-bandインパルス無線
MULT
PLO
の特徴,原理を含めた主要技術,装置構成と諸元,
AGC
PLO
従来の無線技術
およびフィールド実験結果を含めた特性評価,そ
して,適用例について紹介する。
E-bandインパルス無線
● 特徴
周波数が高いミリ波帯は,広帯域の使用が可能
なことから大容量伝送に適した周波数帯である。
特にE-bandは,「大気の窓」と呼ばれH2OやO2に
(5)
無線通信に適している。また,
よる減衰量が少なく
周波数が高いため直進性が高く,他システムから
の干渉を受けにくく,複信方式(71 ∼ 76 GHzと
81 ∼ 86 GHz)により,上り方向/下り方向ともに
大容量伝送(伝送容量:3.6 Gbps)が可能である。
更にアンテナの指向性が高いため,同一周波数を
FUJITSU. 63, 6(11, 2012)
RF受信部
RF送信部
GbE
GbE
PG
W-HPA
BPF
W-LNA
DET
LA
インパルス無線技術
AGC: オートマチックゲインコントローラ
BPF: バンドパスフィルタ
DEM: 復調器
DET: 包絡線検波器
リミッタアンプ
LA:
ミキサー
MIX:
MOD: 変調器
MULT: 逓倍器
N-HPA: ナローバンドハイパワーアンプ
N-LNA: ナローバンドローノイズアンプ
パルスジェネレータ
PG:
W-HPA: ワイドバンドハイパワーアンプ
W-LNA: ワイドバンドローノイズアンプ
図-1 従来の無線技術とインパルス無線技術の差異
707
大容量ミリ波帯インパルス無線技術
し,波束を送信する技術を開発した。
(4)フィルタ技術
(2)受信信号検波技術
インパルス生成によって周波数領域に広がった
アナログ回路技術により広帯域のインパルス信
号を低歪み,かつ低雑音で波束から包絡線検波す
る技術を開発した。
成分からE-bandの波束を低歪みで抽出し,かつ不
要波を除去するためのフィルタ技術を開発した。
インパルス生成から包絡線検波までのインパル
ス無線技術の原理を図-2に示す。
(3)広帯域増幅技術
送信および受信において,送信電力増幅や検波
E-bandインパルス無線装置
に必要な入力信号を得るために,広帯域にわたり
フラットな周波数特性を有する広帯域増幅技術を
● 構成
上記技術を用いてE-bandインパルス無線装置
開発した。
を開発した。装置は以下の(1)∼(5)のブロッ
クから構成される(図 -3 )。
電力
(1)ベースバンド(BB)部
フィルタ通過帯域
(5 GHz)
ユーザインタフェース物理層PHY,フォワード
エラーコレクション(FEC)
,無線フレーム生成,
パルス
監視制御機能から成る。
(2)ミリ波送信部
波束
インパルス生成部,BPF,RF AMP,HPAから
周波数
成る。
(3)ミリ波受信部
データ幅
送
信
側
LNA,RF AMP,包絡線検波器から成る。
(4)Diplexer
短パルス
(5)電源部
~B
波束
-1
インパルス無線装置の主要諸元を表-1に示す。
BPF
ユーザインタフェースは,イーサネット(10Gま
たはG)とCPRI(Common Public Radio Interface)
包絡線
受
信
側
に対応している。イーサネット(10GまたはG)イ
ンタフェースは,L2スイッチ機能を有しており,
VLAN(Virtual LAN)機能もサポートしている。
時間
OAM
(Operation Administration and Maintenance)
は,SNMP(Simple Network Management Protocol)
図-2 インパルス無線技術の原理
アンテナ
ユーザインタフェース
BB部
ミリ波
送信部
イーサネット
または
CPRI
OAM(SNMP)
(LT)
電源
Diplexer
ミリ波
受信部
設定
監視
制御
電源部
図-3 E-bandインパルス無線装置ブロック図
708
FUJITSU. 63, 6(11, 2012)
大容量ミリ波帯インパルス無線技術
表-1 E-bandインパルス無線装置の主要諸元
項 目
仕 様
(1)室内伝播による特性評価
L2スイッチとHDMI(High Definition Multimedia
変復調方式
ON-OFF変調,包絡線検波
周波数帯域
71-76 GHz,81-86 GHz
伝送容量
3.6 Gbps
送信電力※
+17 dBm
伝播距離
∼ 3 km
およびパケット伝送測定器を用いたデータ伝送に
ユーザインタフェース
光 I/F(10G,G,CPRI)
よる複数のギガビットイーサネットパケットを使
OAM
SNMP
ローカルターミナル
用した大容量の伝送実験を行った。その結果,画
※尖頭値
Interface)-イーサネット変換を用いた画像伝送に
よるディスプレイへの表示と,カメラとパソコン
を利用したリアルタイムのストリーミングの伝送,
像の乱れやパケットロスもなく,低遅延で複数の
ギガビットイーサ伝送が確認できた。
(2)屋外伝播による特性評価と環境データ
インパルス無線の試作装置を使用し,約1.2 km
の伝送距離において特性評価を行った。アンテナ
は60 cmφアンテナを使用し,インタフェースは
10ギガビットイーサネットでパケット伝送測定器
により,2.8 Gbpsの伝送容量とした。設置時の方
向調整は,アンテナの利得半値幅が1度以下とタイ
トな角度であるが,実証では比較的簡単に調整が
でき,実用性があることを確認した。また,雨量
計と温度計を設置し,降雨量を測定しながら無線
回線の受信レベルおよびエラーを測定し回線設計
図-4 E-bandインパルス無線装置の外観
値とほぼ合致していることを確認した。
(3)移動基地局との接続評価
移 動 無 線 基 地 局 のBBU(Base Band Unit) と
による監視機能とローカルターミナル(LT)によ
RRH(Remote Radio Head) 間 のCPRI回 線 に イ
る設定・監視・制御機能を有する。
ンパルス無線の試作装置を使用し相互接続評価を
伝送容量は,最大3.6 Gbpsであり,伝播距離は,
回線条件によるが3 km程度まで使用できる。
E-bandインパルス無線装置の外観を図-4に示す。
行った。その結果,BER(Bit Error Rate)劣化
もなく移動基地局のバックホールとして使用でき
ることが確認できた。
インパルス無線装置は,ユーザインタフェースを
適 用 例
含む送受信一体型のAll in oneの屋外仕様であり,
インパルス無線技術の採用によって回路構成が簡
E-bandインパルス無線装置の適用例のイメージ
単になり,小型・軽量・低消費電力の装置を実現
(6)
を図-5に示す。
した。これにより,持ち運びやポールへの設置な
(1)現場中継など
どイージーインスタレーション化を図り,顧客の
イベントなどのライブ中継において,臨時回線
初期設備工事(CAPEX)および運用保守(OPEX)
としてE-bandインパルス無線装置を使用すること
の効率化に貢献できる。アンテナは,伝送距離に
で,中継場所から通信局舎までの光ケーブル敷設
合わせて種々のアンテナから選択する。また,V偏
などが不要となる。更に,大容量伝送により,非
波とH偏波はアンテナをポールへ垂直または水平
圧縮で低遅延のハイビジョン映像信号が伝送可能
に取り付けることで選択できる。
となる。
● 特性評価
インパルス無線の試作装置を使用し,以下の特
性評価を行った。
FUJITSU. 63, 6(11, 2012)
(2)河川・湾の横断
光ファイバの敷設が困難な河川・湾において,
近くに橋などがなく大きく迂回が必要な場合に,
709
大容量ミリ波帯インパルス無線技術
中継車
河川渡し
適用することで,早期に復旧が可能となる。
低消費電力の実現によって,ソーラパネルなど
を使用した自然エネルギーによる自立給電システ
ムにも適用可能である。
む す び
光ネットワ−ク
携帯基地局間通信
ビル間通信
自然エネルギー動作
ミリ波帯を活用したE-bandインパルス通信技術
の開発により,無線による3.6 Gbpsの大容量伝送
が小型の装置で実現できた。これにより,通信ネッ
トワーク内のイーサネット(10GまたはG)あるい
はCPRIといった従来では無線の適用が困難であっ
た通信回線への適用が可能となった。これは無線
光回線の
バックアップ
分
断
の特徴である機動性をネットワーク内に活用でき
孤島
光ネットワ−ク
デジタルデバイド地域
図-5 E-bandインパルス無線装置の適用例のイメージ
E-bandインパルス無線装置を使用することで河
川・湾を横断して高速ネットワークを構築するこ
とが可能となる。
(3)ビル間通信(企業・大学などの構内網)
構内網として,企業・大学・病院などの自営イ
る範囲を拡大することにつながり,ネットワーク
設計の柔軟性向上に貢献できる。今後は,ユーザ
インタフェースの多様化,自然エネルギーによる
自立給電システムとの連携など,適用領域を拡大
すべく製品開発を推進する。
本研究の一部は,総務省委託研究「電波資源拡
大のための研究開発」により実施したものである。
参考文献
(1) 富士通研究所:毎秒10ギガビット超のミリ波帯通信
用送信器を開発.
http://pr.fujitsu.com/jp/news/2008/06/19-3.html
(2) 富士通研究所:世界初!インパルス無線方式で毎秒
ントラネット構築において,公道越えなどで光配
10ギガビット超のミリ波通信に成功.
線工事が困難な場合に,E-bandインパルス無線
http://pr.fujitsu.com/jp/news/2009/06/11-1.html
装置を使用することで道路を横断して高速ネット
ワークを構築することが可能となる。
(4)携帯基地局間通信
携帯基地局のネットワークの構築において,公
(3) 富士通研究所:世界最高出力のミリ波W帯向け窒化
ガリウムHEMT送信用増幅器の開発に成功.
http://pr.fujitsu.com/jp/news/2010/10/4-1.html
(4) 総務省令:第159号告示,平成23年12月13日.
道などの光配線工事が困難な場合やダークファイ
http://www.soumu.go.jp/menu_hourei/
バの準備期間が長い場合に,工期が短いE-bandイ
s_shourei.html
ンパルス無線装置を適用できる。
(5)デジタルデバイド地域
山間部の谷渡しやつづら折り道路により光ファ
イバが敷設困難なところに,工期が短いE-bandイ
ンパルス無線装置を適用できる。
(6)光ネットワークの分断対策
河川・湾などの橋渡しをする光通信路が災害な
どで分断した際に,E-bandインパルス無線装置を
710
(5) ITU-R:Attenuation by atmospheric gases.
Recommendation P.676-9(02.12).
http://www.itu.int/rec/R-REC-P.676-9-201202-I/en
(6) 総務省信越総合通信局:ミリ波高速無線伝送システ
ムに関する調査検討報告書.ミリ波帯高速無線伝送シ
ステムに関する調査検討会,平成22年3月.
http://www.soumu.go.jp/soutsu/shinetsu/sbt/kenkyu/
miriha/02_miriha_zenpen.pdf
FUJITSU. 63, 6(11, 2012)
大容量ミリ波帯インパルス無線技術
著者紹介
林 洋輝(はやし ひろき)
青田正広(あおた まさひろ)
ネットワークプロダクト事業本部海外
ビジネス事業部 所属
現在,海外向け無線機器の方式業務に
従事。
富士通ワイヤレスシステムズ(株)
技術開発センター 所属
現在,ミリ波帯送受信部の開発に従事。
中舍安宏(なかしゃ やすひろ)
佐藤尚志(さとう なおじ)
基盤技術研究所機能デバイス研究部
所属
現在,ミリ波帯デバイスの研究開発に
従事。
富士通ワイヤレスシステムズ(株)
技術開発センター 所属
現在,ミリ波帯無線装置の開発に従事。
FUJITSU. 63, 6(11, 2012)
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