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全頭検査は世界の非常識か?− BSE の常識を考える

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全頭検査は世界の非常識か?− BSE の常識を考える
畜産システム研究会報
第 29 号: 93−98(2005.6)
全頭検査は世界の非常識か?− BSE の常識を考える
広島大学大学院
三谷克之輔
「世界の非常識」とは実にインパクトのある言
染した牛の脳や脊髄等の危険部位で汚染させられ
葉である。
この言葉に触発されたわけでもないが、
た最大の被害者なのに、加害者として世間から石
BSE の「常識」について少しばかり考えてみたく
もて追われた。
なった。BSE は食べ物を介して伝達するので完全
哀れ牛丼は、牛肉輸入解禁の応援団の先頭に立
な人災である。これを撲滅するのも、拡散するの
ったが、
「牛肉」という言葉がクローズアップされ
も人間の責任である。だから、産、官、学と市民
るとき、
「悪い奴ほど良く眠る」の如く、特定危険
が BSE について共通の認識を常識として持つこ
部位(SRM)は深く地下に潜り、
安らかに寝息をたて
とは重要である。
る。
常識とはもともと共通感覚(コモンセンス)を
哀れ全頭検査は、21 ヵ月齢と 23 ヵ月齢の若い
意味するものであった。全てのものが、身近にあ
牛の BSE を発見するという世界的な功績を残し
った時代は五感を研ぎ澄ますことで情報を処理で
ながらも、EU の検査月齢の「常識」から「逸脱」
き、
「命」を守ることができた。しかし、分業化と
しているがために、
「科学的でない」と攻撃され、
グローバル化が進み、
「科学的知識」が常識におい
せっかくの成果が感染経路の解明に重宝されてい
て尊重されるようになってきた現代では、現場感
る形跡はない。
覚や「命」に対する実感がどこかに忘れ去られて
いく。現代の「常識」は、マスメディアの報道を
2.牛肉輸入解禁問題
通じて、断片的知識からイメージによって編集さ
牛肉輸入解禁問題は、日本の全頭検査の緩和で
れる虚像または半実像であり、あるときはそれが
はなく、アメリカのリスク評価に従って対応する
パニックやバッシングを生むことになる。
のが常識である。食品安全委員会は、日本の BSE
BSE は農場から食卓まで現場の問題であるが、
対策に対するリスク評価の作業をしていたのであ
学者や官僚の多くは現場を知らない。私たちが平
り、米国産牛肉の輸入再開に対するアメリカのリ
和で安心して生きていくためには、市民が協力し
スク評価をしていたわけではない。
て現場の情報を共有し、素直な疑問と共通感覚に
しかし、マスメディアを通じて流される報道か
よって、
「常識」の虚像性を見抜いていく必要があ
らは、米国産牛肉の輸入再開については「食の安
ろう。
全安心、
科学的知見に基づいて誠意ある対応する」
ために食品安全委員会?が検討中であり、それが
1.哀れ肉骨粉
あまりにも拙速であるかの如き印象を与え続けて
肉骨粉、牛丼、全頭検査・・・、BSE 問題を発
きた。そして、22 回に亘る食品安全委員会のプリ
生源としてシンボライズされた3兄弟の言葉が
オン専門調査会のとりまとめ案が発表されるや、
「常識」を背負って巷を闊歩している。これら3
「輸入解禁に向けて一歩前進した。
」
という論調に
兄弟が市民権を得た経緯はいろいろであろうが、
切り替わる。マスメディアの「公共性」とは、一
結果として感染経路不明とされる BSE を語る流
体どこに、何に、誰に責任と使命を果たすことを
行語となり、問題の本質を隠蔽していることに変
言うのであろうか。
わりはない。
今、全頭検査を緩和しなければならない緊急の
哀れ肉骨粉は、人間様の勝手により、BSE に感
国内情勢はない。むしろ全頭検査は政治的理由に
1
畜産システム研究会報
第 29 号: 93−98(2005.6)
より導入されたものではあるが、21 ヵ月齢と 23
自 国 に は BSE は 存 在 し な い と 信 じた い も の
ヵ月齢の若いウシの BSE を確認できたことで科
で あ る 。ドイ ツ は 頑 固に そ う い う態 度 を と っ
学的にも意味のある成果をあげ、広く国民に信頼
た し 、日 本も そ う で あっ た 。そ して 今 、ア メ
されて定着している。
リ カ が そ うで あ る 。 アメ リ カ も BSE に 汚 染
一方、農水省は「米国での BSE 発生に伴う海
さ れ て い ない と 主 張 する の な ら 、種 別 お よ び
外調査について(平成 16 年 1 月 19 日)
」報告し、
年齢別検査結果を公表して世界を納得させ
「米国とカナダで BSE に関する汚染状況に大き
る べ き で あ る 。 サーベイランスは対象を限定し
な相違があるとみなすことは困難であり、今後、
た検査を行うので、検 体 の取 り 方 の ルー ル を 厳
米国において BSE が発生しないという保証はな
密 に 守 ら なけ れ ば 意 味が な い 。例え ば 、BSE
い。
」としている。欧州食品安全庁(EFSA)のリス
感染が疑われるウシについて検査するとき
ク評価においても、アメリカの BSE 対策は不十
に 、 BSE 感 染 と は 思 わ れ な い ウ シ を 意 図 的
分であり、BSE 拡散の危険性を指摘している。国
に 検 査 に 加え た り 、検査 を 逃 れ るウ シ が い る
際専門家による米国の BSE に関する調査報告書
と 、検 査 結果 の 信 頼 性が 低 下 し 、取 り 返 し の
においても、同様の指摘をし、BSE 感染が疑われ
つ か な い こと に な り かね な い 。
る症状の牛、死亡牛および緊急と殺牛については
一 方 、感 染し た ウ シ を食 物 連 鎖 から 確 実 に
30 ヵ月齢以上の全ての牛についてサーベイラン
排除するためのスクリーニング検査では、
スの徹底を勧告している。
EU の よ う に 24 ヵ月齢(30 ヵ月齢)以 上 の全頭
今、問題にしなければならないのは、検査なし
検 査 を 採 用す る か 、日本 の よ う に月 齢 に 関 係
で流通させる部分の日米合意ではなくて、アメリ
な く 全 頭 検査 に す る かは 、EU に お い て も 日
カの BSE 検査の徹底を求めることであり、日米
本 に お い ても 、純 粋 な科 学 的 判 断で あ る と い
が協力して BSE 撲滅のために行動することであ
う よ り も 政治 的 判 断 であ り 、 BSE の発生状況
る。そもそも、BSE で月齢が問われるとすれば、
や経済的理由を考慮して決められる。
検査のための月齢であるのが EU の「常識」では
ないか。日本の全頭検査は国内問題であり、他国
4.全頭検査の意味
BSE 検 査 は 延 髄 の 閂 部分 で 行 わ れる が 、感
からの牛肉輸入のためにこれを緩和する理由も根
拠も全くない。
染してもこの部分に病変が認められるよう
に な る ま でに 時 間 が かか る 。し たが っ て 、若
3.サーベイランスとスクリーニング
い ウ シ の 検査 は「 科 学的 根 拠 」がな い と 言 う
BSE 検 査 は 、検 査 方法 は 同 じ でも 目 的 に よ
の が 、月 齢線 引 き 論 であ る 。し かし 、イ ギ リ
り検査対象や検査対象の範囲が違ってくる。
ス で 見 つ かっ た 20 ヵ 月 齢 の ウ シは 、 発 病 し
サーベイランスとは「調査監視」のことで、主と
た ウ シ で あり 、現 在 の検 査 で あ れば 発 病 前 に
して感 染 症 の 発 生 状 況 を 知 る た め に 実 施 さ
見 つ け る こと が で き たか も し れ ない 。EU の
れ 、 単 に 「 監 視 」 と も 言 わ れ る 。 BSE 発 生
報 告 に よ れば 、発 病 前 3 ヵ 月 ∼ 7 ヵ 月 に 延 髄
が 確 認 さ れて い な い 国で は 、ま ず BSE 感 染
の 閂 部 分 に病 変 が 見 つか る 可 能 性も あ り 、食
が 疑 わ れ るウ シ に つ いて 検 査 を 始め る 。日 本
品 安 全 委 員会 で 山 内 一也 委 員 が「 17 ヵ 月 齢 、
が 最 初 に BSE を 見 つ けた の も 、この サ ー ベ
も し く は 最悪 の シ ナ リオ で い け ば 13 ヵ 月 齢
イランスによってである。その時の目的は、
で 見 つ か る」可 能 性 のあ る こ と を何 度 も 指 摘
「 消 費 者 の安 心 を 確 保す る に は 、陰 性 デ ー タ
さ れ て い るよ う に 、「月 齢 線 引 き論 」自 体 に
の 蓄 積 が 何よ り も 重 要」と 考 え たた め で あ る 。
科 学 的 な 根拠 は な い ので あ る 。
ど の 国 も BSE が 自 国 で発 生 す る まで は 、
日 本 で 見 つか っ た 21 ヵ 月 齢 の ウシ は 、 検
2
畜産システム研究会報
第 29 号: 93−98(2005.6)
査部分の異常プリオン蛋白質の蓄積量は通
幅が大きい。ことに乳牛の肥育雄牛の出荷月齢は
常 の 1/500 か ら 1/1000 と 推 定 さ れて い る か
20 ヵ月齢前後が最も多い。BSE 検 査の 20 ヵ 月
ら 、異 常 プリ オ ン 蛋 白質 の 蓄 積 がか な り 少 な
齢 の 線 引 きは 、こ の 集団 を 真 二 つに 分 断 す る 。
い 段 階 で も発 見 で き たこ と を 示 して い る 。ま
同 じ 集 団 で検 査 を 受 けた も の 、受け な い も の
た 、 21 ヵ 月 齢 の 若 さ で 異 常 が 見 つ か っ た の
に 分 か れ ると き 、消 費者 は ど ち らを 購 入 す る
は 、子 牛 が高 濃 度 の 異常 プ リ オ ン蛋 白 質 を 摂
で あ ろ う か。生 産 者 はど う 対 応 する で あ ろ う
取 し た た めと い う 考 えも あ る が 、こ れ ま で の
か 。生 産 者は き っ と 検査 を 受 け るた め に 出 荷
BSE 感 染 試 験 は 4 ヵ 月 齢 の 子 牛 に BSE 患 畜
月 齢 を 20 ヵ 月 齢 以 上に 延 長 す るで あ ろ う 。
の 脳 を 経 口的 に 投 与 した も の で あり 、生 後 間
ト レ ー サ ビリ テ ィ シ ステ ム の 導 入に も 、日 本
も な い 子 牛で あ れ ば 、少 な い 摂 取量 で 感 染 す
の 生 産・流通 関 係 者 はす ば や く 対応 し た 。個
る 可 能 性 もあ ろ う 。さら に 、こ のウ シ は 著 し
体識別のためにウシの耳につける耳標の装
く 痩 削 の 状態 で あ っ たと い う か ら、子 牛 の と
着 を 全 農 場が 迅 速 に 対応 し た た めに 、耳 標 の
きにひどい下痢をして回腸に炎症があった
生 産 が 間 に合 わ な か った 我 が 国 と、個 体 識 別
こ と が 、異常 プ リ オ ン蛋 白 質 の 体内 へ の 侵 入
を必要としない国との飼養条件の違いにも
を 容 易 に させ た の か もし れ な い 。
目 を や る 必要 が あ る 。生 産 現 場 の事 情 を 知 ら
な い BSE 検 査 の 20 ヵ 月 齢 の 線引 き は 、 生
平成 16 年 6 月 3 日に食料・農業・農村政策審
議会消費・安全分科会家畜衛生部会第2回プリオ
産 ・ 流 通 現場 に も 混 乱を も た ら す。
ン病小委員会で 8 例目と 9 例目の調査報告がなさ
れた。調 査の 結 果 、飼料 原 料 に は肉 骨 粉 は 給
6.まず、感染経路究明の徹底を
与 さ れ て いな い し 、飼料 工 場 に おけ る 肉 骨 粉
BSE は 子 牛 の と き に 感 染 し や す い 。 日 本
の交差汚染の可能性は極めて低いとしてい
の BSE の 原 因 は 、 肉骨 粉 で は なく て 代 用 乳
る 。そ れ では 、ほ ぼ 同じ 時 期 に 生ま れ た 若 い
の原料として使用された粉末油脂か血漿蛋
牛 に BSE が発生した原因は何なのか。21 ヵ月齢
白 の 可 能 性が 高 い と 生産 者 は 考 えて い る 。し
と 23 ヵ月齢の若 い ウ シの 潜 伏 期 間を 考 え る と 、
か し 、BSE 疫 学 調 査 報告 書( 2003.9)で は「 代
代用乳の給与時期に問題があった可能性が
用 乳 使 用 と BSE 発 生 は 関 係 が あ ると は い え
高 い 。肉 骨粉 以 外 の 原因 を 含 め てさ ら に 感 染
な い 」と し、「 交 差 汚染 に よ り 感染 の 起 き た
源 の 検 討 を進 め て い く必 要 が あ る。
可 能 性 が 高い 」と 結 論し た 。疫 学調 査 の 段 階
こ の よ う に日 本 の 全 頭検 査 こ そ 、若 い ウ シ
で は 7 頭 の BSE 感 染 牛 が 確 認 さ れ、 そ の 7
の発生理由や英国やフランスで肉骨粉全面
頭 と も が 同じ 代 用 乳 を給 与 さ れ てい た 。庶 民
使 用 禁 止 後 に BSE が 発 生 (BARB)し て い る
の感覚ではこの代用乳が原因と考えるのは
原因を説明できるかもしれない貴重なデー
自 然 で あ ろ う 。 し か し 、 疫 学 調 査 で は BSE
タである。もっと情報を研究者に公開して、
患 畜 の 出 た7 戸 の 周 辺農 家 を 調 査し て 、集 め
原因解明のために多方面の協力を得るべき
たデータで統計処理をして上記の結論を出
だ 。ま た 、現 在 の 検 査方 法 の 感 度を 向 上 で き
し た 。 7 頭 以 外 は 全 国 ど こ を 探 し て も BSE
る 技 術 も すで に 開 発 され つ つ あ るの で 、さ ら
患 畜 は 確 認さ れ て い ない の に 、周辺 農 家 の 調
に扁桃や回腸などの検査方法を確立して感
査 を し て も全 く 意 味 はな い 。7 頭 を 問 題 に す
染 の 早 い 時期 の 検 査 が可 能 に な れば 、全 頭 検
る の で あ れば 、こ の 時期 に 生 ま れて 代 用 乳 で
査 の 必 要 性は む し ろ 高ま る は ず だ。
哺乳した全国の子牛を対象にする必要があ
5.20 ヵ月齢の線引きは、出荷牛を分断する
る。これほど明らかな誤りのある報告書が、
我 が 国 の BSE 対 策 の 拠 り 所 に さ れて い る 。
日本の肥育牛の出荷月齢は約 16∼36 ヵ月齢と
3
畜産システム研究会報
第 29 号: 93−98(2005.6)
BSE の 感 染 経 路 の 解 明に 蓋 を し たま ま 、全 頭
苦しまないように、病気が伝染しないように、病
検 査 を 緩 和し て 、庶 民に 何 を 信 じよ と 言 う の
気が悪化して食物として使えなくならないように、
で あ ろ う か。
さまざまな祈りをもって病気のトナカイは早めに
人は誰しも不都合なことは隠したいものである。
しかし、
「安全」に関しては、隠すほど事態を悪化
殺す。
私たちは植物や動物の命をいただいて生きてい
させる事例を多く見てきた。
る生物の一種に過ぎないのに、そのことをすっか
個人や組織が、自然や社会の中で生かされてい
り忘れさせる社会になってしまった。しかし、私
るという実感を持てなくて、自分や組織の力だけ
たちもトナカイ遊牧民のように家畜の血の一滴ま
で生きていると思うとき、人は自分や組織のため
で命をいただいていることに変わりはない。それ
に事実を隠蔽する。現代のバラバラになった個人
が分業化で見えなくなっているだけである。危険
と組織を自然や社会につなぐことで、BSE の 問
な部位(SRM)が人の口に入らないように除去す
題 も 解 決 して い く 必 要が あ ろ う 。
ることは緊急対策として重要であるが、SRM の
BSE の 問 題 は 、 畜 産 に 関 係 す る 産 、 官 、
完全除去が非常に困難なことは、英国をはじめ世
学全体で消費者と向き合い解決していくべ
界のそれこそ「常識」的な事実でもある。
き 問 題 で あり 、BSE 患 畜 の 出 た 農家 と そ の 周
Feed for Food! 生物は食物連鎖を通じて有害
辺 に 犠 牲 を強 い て は なら な い 。その こ と が 問
物質を蓄積・濃縮(生物濃縮)していくので、家
題解決を困難にしている大きな要因であり、
畜の飼料から動物性蛋白質を除外して健康食品の
他者への配慮と倫理を守る強さの両立が問
生産をめざしているところもある。草食動物に動
題 解 決 に は欠 か せ な い。こ こ で 、畜 産 に 関 係
物性蛋白質を給与しないという考えが「世界の常
す る 産 と は、畜 産 業 界を 中 心 に する も の で は
識」であったなら BSE が世界中に拡がることは
あ る が 、食品 、医 薬 品、化 粧 品、そ の 他 、ウ
なかった。せめて、安全か経済かの判断が求めら
シの命をいただいて生業としている全ての
れるとき、迷うことなく安全を選択することを常
業界や流通業が、お互いに情報を共有し、
識にしていくことが、根本的な食の安全対策にな
BSE 清浄化のために活動し、支 援 す る仕 組 み を
る。
「ウシの命を大切にすることで、私たちはその
作 る 必 要 があ る 。
命をいただいて生きていける」という常識を実感
として共有していくことが大切である。
7.命をいただく
食物連鎖の頂点に立つ私たちは、植物や動物の
8.生体内における異常プリオン蛋白質の蓄積
命をいただいて生きている。トナカイ遊牧民は、
食の安全・安心のために、BSE 患 畜と 同 じ 時
あの厳寒のツンドラで生きていくために、トナカ
期 に 生 ま れ、 生 後 1 年間 BSE 患 畜 と 同 じ 飼
イを野生のまま放置するでもなく、完全に人間の
料を摂取した可能性のある牛は擬似患畜と
管理下に置くのでもなく、トナカイの野生の生き
し て 直 ち に処 分 さ れ てい る 。ウ シの 生 体 内 に
る力を利用しつつ、トナカイと寄り添って生きて
おける異常プリオン蛋白質の感染経路と蓄
いる。彼らはトナカイの血の一滴まで大切に命を
積 の 推 移 が明 ら か に され て い な いた め 、少 し
いただいて生きている。血が体外に流れ出ないよ
でも感染の可能性のあるものは食物連鎖か
うにトナカイの心臓をナイフで一突きするのが、
ら 排 除 す るた め で あ る。
彼らの殺し方だ。トナカイがいなくなれば彼らも
ウシの生体内における異常プリオン蛋白
生きていけない。だから彼らはトナカイを大切に
質の感染経路と蓄積の時間的推移を明らか
する。とりわけ雌はむやみに殺さない。トナカイ
に す る こ とは 、ウ シ の犠 牲 を 少 なく し 、血 の
が病気かどうかも鋭く見抜き、トナカイが病気で
一滴まで利用している我々が的確な判断を
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畜産システム研究会報
第 29 号: 93−98(2005.6)
し て い く ため に 、緊 急に し て 重 要な 研 究 課 題
意 見 を 研 究に 生 か し て欲 し い も ので あ る 。
BSE 患 畜 や 擬 似 患 畜 につ い て は 、研 究 者 立
である。
異常プリオン蛋白質は酵素で分解されな
会いのもとにプリオン病研究センターに搬
い の で 、免疫 機 能 の ある 小 腸( 回腸 )粘 膜 の
入 し て 、研究 材 料 と して 徹 底 的 に研 究 し 尽 く
パ イ エ ル 板か ら 直 接 取り 込 ま れ 、そ こ に あ る
し た 後 に 焼却 す る こ とが 、ウ シ を供 養 す る こ
正常プリオン蛋白質の構造を異常型に変化
と に な り 、BSE 発生農家と周辺関係者の辛苦に
さ せ な が ら増 加 蓄 積 し、副 交 感 神経 を 経 て 延
報いることにもなる。是非とも実施していただき
髄部分に達する経路と交感神経を経て脊髄
たい。
に 達 す る 経路 が あ る と考 え ら れ てい る 。脊 柱
にある背根神経節はこの後者の経路にあり、
9.BSE リスク評価に現場の情報を
脊 髄 と 同 様に BSE の感染力が高い部分である。
BSE は人間が引き起こしたことなのに、
「原因
英 国 で は 脱骨 し て 部 分肉 に す る とき に 、脊
は分からない」のが当然という態度は無責任極ま
柱に残っている筋肉と脂肪を機械的に回収
りない。
これまで 18 頭
(平成 17 年 5 月 17 日現在)
し て MRM( 機 械 的 回収 肉 )と して 食 用 に 利
の BSE 発生が確認されているのに、原因はわか
用 し て い たが 、こ の MRM に 脊 髄 や背 根 神 経
らないままにされ、英国や EU を参考にしたリス
節 が 混 入 し た こ と が 、 BSE が 人 間 に 感 染 し
クの発生確率を持ち出して、BSE のリスク評価や
た 原 因 の 一 つ と 考 え ら れ て い る 。 BSE で 牛
対策が論じられるのはおかしなことだ。
感染経路
肉 が 危 険 であ る と す れば 、MRM の よ う に 筋
を 論 理 的 に絞 り 込 む 作業 を し な いこ と が 、感
肉 に 脳 、脊髄 、背 根 神経 節 が 物 理的 に 混 入 す
染経路のあらゆる可能性を想定せざるを得
る ケ ー ス が考 え ら れ 、そ の 混 入 防止 の 具 体 的
な い 状 況 を生 み 出 し 、消 費 者 の 不安 は 増 大 し 、
な対策と混入防止を保証するシステムの確
BSE 対 策 に も よ り 厳 し さ が 求 め ら れ る こ と
立 は 、と 畜か ら 小 売 まで の 過 程 で実 施 で き る
に な っ て いく 。
わが国における BSE のリスク評価のためには、
問題である(完全に可能か否かは別にして、
分業の部分でしなければならない責任であ
BSE の感染経路の可能性を具体的に点検してい
る)。
く必要がある。子牛が生まれてから出荷されるま
一 方 、筋 肉の 末 梢 神 経に 異 常 プ リオ ン 蛋 白
でに給与される、代用乳、子牛用飼料、育成用飼
質 が 蓄 積 す る 時 期 と 延 髄 の 検 査 で BSE の感
料、成牛用飼料のどこに BSE 感染牛の危険部位
染が確認される時期との関係については、十分な
(異常プリオン蛋白質)が混入した可能性がある
研究がなされているとは言えない。せめて、BSE
のか、その時期は何時頃か、それに対してどのよ
検 査 の 結 果 か ら 筋肉の末梢神経に異常プリオン
うな防御策がとられたか、その結果、安全性は何
蛋白質が蓄積する時期を推 定 で き る よ う に し
時ごろから期待できるのか、明らかにしていく必
て 欲 し い もの で あ る 。
要がある。
ま た 、ヒ ツジ の ス ク レイ ピ ー で は神 経 系 以
それには現場からの情報が欠かせない。ことに
外 に リ ン パ系 の 感 染 経路 が あ り 、血 液 を 介 し
レンダリングや油脂製造工場、飼料工場などの実
て全身の臓器に異常プリオン蛋白質が運ば
態を知る必要がある。学者や官僚だけでなく全て
れ る が 、 BSE で は 何 故 リ ン パ 系 で の 異 常 プ
の職業人が専門家としての倫理と誇りをもち、そ
リオン蛋白質の増殖が少ないのかについて
れを次世代に引き継いでいけるように環境を整備
も 研 究 さ れて い る こ とと 思 う が 、これ ら BSE
し、安全を保障していくことは、今の時代に求め
に関する研 究 の 進 行 状 況 に つ い て 、 分 か り や
られている最も重要な社会的要請の一つである。
す い 解 説 を定 期 的 に 実施 し 、出 され た 質 問 や
5
畜産システム研究会報
第 29 号: 93−98(2005.6)
10.食の安全は情報の共有から
蔽することを罪とする社会にしていく必要がある。
部分最適化による利益最大化が目標とされる
国会で免責決議でもして、BSE 汚染経路につい
分業化社会の行き着く先は、個人も組織も自己中
て詳細に点検し、これらの情報を産、官、学と市
心主義。その一方で、
「赤信号、皆で渡れば怖くな
民で共有して、
食の安全を考えていこう。
そして、
い」と揶揄されたりもする個の責任の見えない社
肉骨粉を自然の循環の中に安心して戻すことがで
会となった。この荒廃した閉塞状況を打破するに
きるように皆が納得できる対策を講じていくこと
は、現場の情報を共有し、産、官、学と市民のコ
は、
「命」を大切にする第一歩となり、この国に信
ミュニケーションを回復させていくことが必要で
頼を取り戻す道ともなろう。
ある。
食品安全委員会の使命も「情報を共有すること
参考文献
により食の安全を守る」ことにある。リスクコミ
1. 牛プリオン病の科学.
肉用牛研究会会報特別号
ュニケーションとは、環境省によると「化学物質
(2002.10)
2.BSE 問題とこれからの畜産システム.畜産シ
による環境リスクに関する正確な情報を市民、産
業、行政等のすべての者が共有しつつ、相互に意
ステム研究会会報第 26 号(2003.8)
思疎通を図ることです」とある。化学物質を「食
3. 三谷克之輔,
「代用乳使用と BSE 発生は関係
品」に、環境を「健康」に置き換えれば、そのま
があるとはいえない」のは本当か? 畜産シス
ま食の安全に関するリスクコミュニケーションと
テム研究会報 27,127-132.
(2004.2)
しても使えるではないか。いかなる専門家といえ
4.BSE 疫学検討チーム,牛海綿状脳症(BSE)の感
ども、事実の断面しか見ることはできない。現場
染源及び感染経路の調査について.牛海綿状脳
の情報をどのようにして取り入れていくか工夫を
症(BSE)に関する技術検討会(2003.9)
し、リスクコミュニケーションを形骸化しないこ
5. 食品安全委員会プリオン専門調査会第 5 回会
とが大切だ。
合議事録・資料(平成 16 年 2 月 20 日)
今、世間で注目されている「マスメディアと IT
6.食品安全委員会プリオン専門調査会第 15 回会
の融合」も、
「情報の共有」という新しい社会を切
合議事録(平成 16 年 10 月 26 日)
り拓くことに期待をしたい。マスメディアの「公
7.食品安全委員会プリオン専門調査会第 18 回会
共性」とは、マスメディアによる「情報の支配」
合議事録(平成 16 年 12 月 22 日)
を許さないことであり、
「情報の共有性」に対する
8.農水省,米国での BSE 発生に伴う海外調査につ
責任と使命を求めることである。
マスメディアは、
いて(平成16年1月19日)
編集のために切り捨てた情報をインターネットで
9.EFSA Scientific Report on the Assessment of
流すことで情報の透明性を高め、ジャーナリスト
the Geographical BSE Risk of USA(2004).
としての個の責任と編集者としての組織の責任を
10.矢吹寿秀・NHK「狂牛病」取材班,
「狂牛病」
社会に明確に示す必要がある。
どう立ち向かうか.NHK 出版(2002.1)
また、情報の共有のためには、
「寛容な社会」で
11.山内一也,プリオン病の謎に迫る.NHK 出版
あることが求められる。無知で間違いだらけの人
(2002.4)
間なのに、コミュニケーションもなく、無知を恥
12.金子清俊,プリオン病の謎に挑む.岩波書店
じ悔い改めることに寛容でない社会は、ますます
(2003.5)
人の心を閉じさせ、荒廃していくに違いない。誤
13.中村靖彦,牛肉と政治 不安の構図.文春新書
りを責めるよりも、誤りを隠蔽したり、正さない
(2005.3)
ことこそ責められるべきだ。ことに「安全」に関
する情報は、公開することを責任とし、これを隠
6
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