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日本の高校生の家庭英語学習の 実態と日常英語使用経験

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日本の高校生の家庭英語学習の 実態と日常英語使用経験
●東アジア高校英語教育GTEC調査2006報告書
日本の高校生の英語学習
第1章
日本の高校生の家庭英語学習の
実態と日常英語使用経験
東京外国語大学教授 根岸雅史
1.背景
日本で英語教育に関わっている教師であっても、生徒が日常どのような学習をしている
のか、意外と知らないことがある。多くの教師は、自分たち
(または、自分)が高校生だっ
た頃のように生徒も勉強していると漠然と考えているかもしれないが、必ずしもそうとは限
らない。家庭での学習時間や家庭学習の内容などは学校外の活動であり、教師が実はよ
くわかっていないということは少なくない。それゆえ、今の高校生の家庭学習の実態を正
確に把握しておくことは重要である。
また、
「英語」
というものは、
「教科」の一つであると同時に、現実のコミュニケーションの
手段として用いられる「言語」の一つでもある。しかしながら、教室を一歩外に出ると英語
がコミュニケーションの手段として用いられているわけではないという
「外国語としての英
語」環境にある日本では、教室で習っていてもなかなか実際の言語使用経験につながって
いないのではないかという危惧がある。そこで、これについても、今回実態調査を行って
いる。
2.分析方法
家庭学習についての実態調査および英語使用経験についての実態調査を、アンケートに
より実施した。調査対象となったのは、合計3,700人の日本の高校生と4,019人の韓国の高
校生である。この結果を記述統計やクロス集計などにより分析した。
3.分析結果と考察
以下分析結果の中から、特に目についたものを取り上げ、考察する。
1)家庭での英語学習の実態について
英語の宿題と予復習の平均学習時間をみてみると、平日は4割の生徒が「ほとんどしな
─ 14 ─
●東アジア高校英語教育GTEC調査2006報告書
い」
と言っており、やっている場合でも、
「30分程度」か「1時間程度」である(図1-1)
。当然
のことながら、学習時間は英語力(GTEC for STUDENTS*1 のグレード)が高いほど長
くなる傾向にはあるが、上位グループでも3割以上が「ほとんどしない」というのも見過ご
せない事実である(図1-2)。
図1-1
平日の英語の平均学習時間(宿題・予習・復習として)
全体
(n=3,700)
ほとんどしない
30分程度
40.8
32.0
1時間30分程度
2時間以上
1時間程度
無答不明
0.3
20.8
4.2
1.9
(%)
図1-2
平日の英語の平均学習時間(宿題・予習・復習として)
(英語力別)
1時間30分程度
上位
(n=489)
ほとんどしない
30分程度
1時間程度
35.6
30.5
24.5
2時間以上
無答不明
0.0
7.0
2.5
中位
(n=2,079)
35.1
33.9
23.6
0.2
5.0
2.3
下位
(n=1,132)
53.5
29.2
14.0
1.8
0.5
0.9
(%)
*英語力の「上位」はGTEC for STUDENTSのトータル・グレードが5と6、
「中位」はトータル・グレードが3と4、
「下位」は
トータル・グレードが1と2の生徒。
*「2時間以上」は、
「2時間程度」
「2時間30分程度」
「3時間程度」
「4時間以上」の%。
表1-1をみて驚くのは、平日も休日も英語の宿題、予習、復習をほとんどしない生徒が約
4分の1いるということである。他教科に比べ、生徒の中では比較的学習が重視されている
と思われる英語であっても、この程度の学習時間しか確保されていないということは、もう
少し広く認識されてもよいだろう。
次に、家庭での英語学習の方法についての調査結果である(図1-3)
。日本の高校生の家
庭学習は、大半が「宿題と、次の授業の予習」となっている。これに「宿題と試験前の学習
*1 GTEC for STUDENTSのスコア・グレードの詳細は、資料編p.153を参照。
─ 15 ─
第
1
章
日
本
の
高
校
生
の
家
庭
英
語
学
習
の
実
態
と
日
常
英
語
使
用
経
験
●東アジア高校英語教育GTEC調査2006報告書
日本の高校生の英語学習
表1-1
平日と休日の英語の平均学習時間(宿題・予習・復習として)のクロス集計(n=3,700)
(%)
休 日
ほとんどしない
ほとんどしない
30分程度
平
日
30分程度
1時間程度
1時間30分程度
2時間以上
26.0
8.8
4.7
0.5
0.9
3.2
11.7
12.9
2.3
1.8
1時間程度
0.8
0.6
6.9
6.0
6.5
1時間30分程度
0.2
0.2
0.3
0.9
2.7
2時間以上
0.0
0.1
0.0
0.1
1.6
*「2時間以上」は、
「2時間程度」
「2時間30分程度」
「3時間程度」
「4時間以上」の%。
*「無答不明」は除く。
図1-3
家庭での主な英語学習の方法(n=3,700)
宿題と、次の授業の予習
42.5
宿題と、前の授業の復習
5.5
宿題・予習・復習
6.1
宿題・予習・復習をしたうえ、
参考書・問題集などによる自主学習
2.7
23.3
宿題と試験前の学習のみ
10.6
試験前の学習のみ
7.2
自宅では何もしない
1.9
予備校・塾に関連した学習が中心
0
10
20
30
40
50(%)
*無答不明は図から省略した。
のみ」を加えると7割近くになる。宿題以外に英語の勉強をするのは試験の前だけという学
習者を除くと、ほとんどの高校生の家庭での英語学習は予習ということになる。この調査で
は、予習の中身が明確にはなっていないが、図1-1にあるように、英語の平均学習時間と
してはやっている学習者でもほとんどが1時間以内であることから、知らない単語の意味を
─ 16 ─
●東アジア高校英語教育GTEC調査2006報告書
調べる程度で英語の予習が終わっている可能性がある。英語の学習としては、辞書を引く
ということも大切な学習ではあるが、定着のための家庭学習の意義も今後見直されるべき
2)英語使用経験の実態について
図1-4は日韓高校生の国内での英語使用経験率を示すものであるが、日韓の高校生の間
で、明確な違いがみて取れる。なお、この英語使用経験率は、日本と韓国のアンケート項
目から共通している活動のみについてまとめたものである。韓国では、すべての項目にお
いて、過半数の高校生がその活動経験を有しているのに対して、日本では、その経験率は
1割から3割程度にとどまっている。これらの調査項目は、国内での英語使用経験なので、
日韓の高校生とも同じ条件であると考えられるが、このような明確な違いがあるのは、学
校で習った英語を自ら実際に使ってみようとする態度の違いに由来するものと考えられる。
日韓高校生の国内での英語使用経験
〈日本〉
(n=3,700)
〈韓国〉
(n=4,019)
英語で書かれた
説明書を読む
77.6
27.4
教科書以外の英語の本を、
自分から進んで読む
76.1
27.3
テレビ・ラジオでの英語音声
ニュースを聞く
32.0
22.5
英語で日記を書く
20.9
英語で書かれたインターネットの
ホームページやブログなどを読む
40
73.8
79.4
英語でハガキや
カードを書く
58.5
17.9
英語での電子メールやハガ
キ、手紙を受け取って読む
58.2
20
60.8
英字新聞を読む
8.6
60
76.7
18.7
14.1
80
60.6
英語で道を尋ねられて
答える 24.5
100(%)
1
章
ではないだろうか。
図1-4
第
54.1
英語の天気予報を聞く
0
0
20
40
60
80
*韓国では、
「学校外の日常生活で英語を使う場面や活動に関する質問」という形でたずねている。また、日本と韓国で
異なるアンケート項目のため、共通する項目のみ集計した。
*日本:
「
(経験が)ない」
「無答不明」以外の%。韓国:
「
(買ったことがない、したことがない、等)
」
「無答不明」以外の%。
─ 17 ─
100(%)
日
本
の
高
校
生
の
家
庭
英
語
学
習
の
実
態
と
日
常
英
語
使
用
経
験
●東アジア高校英語教育GTEC調査2006報告書
日本の高校生の英語学習
図1-5
日本の高校生の日常での英語使用経験(英語力別)
89.0
歌詞を見ながら英語の歌を聴く
80.1
73.2
84.5
自分の好きな英語の歌を歌う
77.5
69.6
56.6
教科書以外の英語の本を、
自分から進んで読む
28.4
13.0
53.0
英語で書かれた説明書を読む
32.2
22.6
52.6
英語音声の映画を、
日本語の字幕なしで見る
33.5
28.2
47.6
テレビ・ラジオでの
英語音声ニュースを聞く
28.1
17.0
41.7
英語で書かれたインターネットの
ホームページやブログなどを読む
18.8
16.0
37.6
英語で日記を書く
24.3
12.7
36.0
英語で道を尋ねられて答える
23.8
20.7
35.8
英語で電子メールを書く
17.9
8.7
34.8
英語での電子メールやハガキ、
手紙を受け取って読む
18.6
9.5
33.7
英語で手紙を書く
19.8
10.3
33.3
英字新聞を読む
13.9
6.0
32.1
英語でハガキやカードを書く
18.9
12.6
上位(n=489)
21.5
英語の天気予報を聞く
7.6
4.9
中位(n=2,079)
14.1
英語で電話をうける
5.3
3.8
英語で電話をかける
4.8
4.6
下位(n=1,132)
13.9
0
20
40
60
80
*英語力の「上位」はGTEC for STUDENTSのトータル・グレードが5と6、「中位」はトータル・グレードが3と4、
「下位」はトータル・グレードが1と2の生徒。
*「少しある」
「何度もある」の%。
─ 18 ─
100(%)
●東アジア高校英語教育GTEC調査2006報告書
日本の高校生は、
「英語で道を尋ねられて答える」
とか「英語でハガキやカードを書く」
とい
った、そのタスクの遂行に相手が必要な発表技能だけでなく、
「教科書以外の英語の本を、
自分から進んで読む」や「テレビ・ラジオでの英語音声ニュースを聞く」「英語で書かれ
たインターネットのホームページやブログなどを読む」
「英字新聞を読む」
といった、自分
一人でできる技能の経験もほとんどなく、これらは改善の余地がかなりあるものと思われ
る。
図1-5は、英語力別に日本の高校生の日常での英語使用経験率をまとめたものである。
前述したように、日本の高校生の日常での英語使用経験はきわめて限定的である。この図
からわかるのは、日本人の高校生が日常的に行っている英語使用としては、英語の歌を聴
いたり、歌ったりすることくらいであるということだ。
また、グレードとの関係で言えることは、当然のことながら、能力が高いほど経験率は高
くなっているということである。英語の能力が高ければ、英語でいろいろなことをやろうと
してもやりやすいことは想像に難くないだろう。とは言え、英語の歌を聴いたり、歌ったり
ということに関する英語使用経験は、英語力とあまり関係がないことがわかる。これに対
して、
「テレビ・ラジオでの英語音声ニュースを聞く」や「教科書以外の英語の本を、自分か
ら進んで読む」
といったような英語使用経験は、英語力に大きく関わっていると言える。つ
まり、そのタスクの遂行に、どれだけの言語能力が関わっているかが、英語使用経験率に
は影響してくると考えられる。今回の調査対象となった日韓の高校生で言えば、韓国の高
校生の言語使用経験率が日本の高校生よりも高いのは、韓国の高校生のほうが英語力が高
かったためであるとも考えられる。ただし、日本の高校生は、英語力が高くても、韓国の高
校生ほどその能力を実際の言語使用場面で用いていないという点は問題であろう。
4.提言
この調査結果から得られる高校英語教育への提言としては、いくつかのものが考えられ
る。まず、第一に家庭学習の時間に関するものである。これは英語に限ったことではない
かもしれないが、日本では高校生が家庭で学習しなくなっているという事実を踏まえた上
で、何らかの方策が必要となるであろう。また、これに関連して、家庭学習の内容も気に
なるところである。そもそも家庭学習の時間が少ないのであるが、やっていたとしても英
語の場合は、そのほとんどが辞書引きを中心とした予習だけだとすれば、これも問題視さ
れてもよいのではないか。辞書引きは確かに重要な学習活動の一つかもしれないが、それ
─ 19 ─
第
1
章
日
本
の
高
校
生
の
家
庭
英
語
学
習
の
実
態
と
日
常
英
語
使
用
経
験
●東アジア高校英語教育GTEC調査2006報告書
日本の高校生の英語学習
がすべてではないだろう。家庭学習については、何をどの程度どうやってやらせるべきか
について考える必要があるだろう。
第二の提言は、英語使用経験に関するものである。今回の調査結果からは、韓国の高
校生と比較して、日本の高校生の英語使用経験の圧倒的な少なさが際立った。このことの
根本原因については緑川が第5章(p.74∼76)で詳しく分析しているが、少なくとも教師が
生徒に対して、教室で習った英語を教室外で実際に使わせるような働きかけをすること
が重要になるように思われる。確かに、日本は教室を出たら英語がコミュニケーションの
ためには使われていないという外国語としての英語環境であるわけだが、そのような環境
だからこそ、教師が生徒に様々なヒントを示してやる必要がある。また、教師自身が英語
をコミュニケーションの手段として日々使っているという姿は生徒のモデルとなるに違いな
い。さらに、テスト得点に関連付けられたcan-do statementsなどをもとにして、それぞれ
の生徒のレベルに合った英語使用を奨励することも重要となってくるだろう。
ただ、いくらこのように働きかけたとしても、現実の英語使用を可能にする英語力が伴わ
なければ、生徒は挫折してしまうだろう。現実の英語使用場面に目を向けさせると同時に、
しっかりとした英語力を生徒につけてやるべきことは言うまでもない。
「英語力の向上」
と
「現
実の英語使用」
というのは、英語学習の両輪であり、どちらか一方だけでは機能しないだろ
う。今回の調査結果から少なくとも言えることは、英語力が向上するのを待ってから、英語
を実際に使い始めさせるのではなく、できることを探しながら英語力を向上させ、英語力
を向上させながら、次にできるべきことを目指させるということではないだろうか。
─ 20 ─
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