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カタルーニャ自治州の「地区プログラム」

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カタルーニャ自治州の「地区プログラム」
115号 49
58 2013
地理学報告 第
地理学報告 第115
号 47∼
~60 2013
カタルーニャ自治州の「地区プログラム」における
歴史地区の地理的マネジメント
―タラゴナ県 4 都市の比較分析―
竹 中 克 行
(愛知県立大学)
Ⅰ はじめに̶カタルーニャ自治州の地
区プログラム
Ⅱ タラゴナ上手地区
Ⅲ レウス・カルマ地区
Ⅳ カンブリルス歴史地区
Ⅴ ファルセット歴史地区
Ⅵ おわりに̶歴史地区の地理的マネジ
メント
キーワード
キーワード:地区プログラム,歴史地区,地理的マネジメント,カタルーニャ,タラゴナ県
する分野横断的な施策を実現すべき;④公共投資には,
Ⅰ はじめに-カタルーニャ自治州の地区プログラム
Ⅰ はじめに―カタルーニャ自治州の地区プログラム
他の公共投資や民間投資の呼び水となる役割がある;
⑤基礎自治体の都市政策に対する自治州の支援を基本
不動産市場のメカニズムを通じて再生産される都市
とする,行政体間の新たな関係構築が必要;⑥地域全
空間のなかの境界は,資本制経済がもたらす社会的
体を対象とする縦割り型の単年度予算から,対象地域
不平等を論じたハーヴェイ(Harvey,1973)をはじ
を絞った横繋ぎ型のプログラム予算への発想転換が重
め,多くの都市研究が向き合ってきた重要なテーマで
要;⑦地区住民のエンパワーメントは,プロジェクト
ある。都市のセグリゲーションをめぐる研究者の議論
成功の秘訣;⑧新しい政策だけに,経験の蓄積・共有
は,ヨーロッパの多くの国・地域において,社会的公
が必要;⑨プロジェクトの真伨さと透明性を保証する
正の実現を目標とする政策実践と結び合いながら深ま
には,成果評価の仕組みが不可欠;⑩政策立案者は,
ってきた(Van den Berg et al. eds.,2007)。その注
情勢変化に対応して政策枠組みを見直す柔軟性をもつ
目すべき事例に,カタルーニャ自治州(スペイン)が
べき,からなる 10 項目である。
2004 年に打ち出した「地区プログラム」がある。
ネッルによる以上の問題提起をふまえつつ,本稿が
地区プログラムでは,物理的・社会的な衰退状態に
注目するのは,特定エリアに的を定めて,基礎自治体
ある地区の再生を進めるために,基礎自治体が自治州
が自治州の支援を得ながら分野横断的な施策を行うと
とパートナーシップを組み,選定された地区プロジェ
いう,都市・地域政策としてみた地区プログラムの斬
クト に対して経費折半で集中的な投資を行う。地区
新さである。政策分野別に全地域を対象として行われ
プログラムの制度的枠組みやそれを支える政策思想に
る通常の政策とは違って,地区プログラムは,広い地
ついては,竹中(2012)で比較的詳しく論じたので,
域的コンテキストのなかに都市が抱える問題を位置づ
ここでは,本稿のテーマを導くために,政策立案の中
け,各々の実態に合った解決策を見出そうとする。市
心となった地理学者ウリオル・ネッルが行った総括
民参加による議論の活性化をはかりながら,地区が直
(Nel.lo,2012:187-216)を紹介しておく。ネッルは,
面する課題と追求すべき将来像を明確化する共同プロ
地区プログラムの実践から得られた知見について,以
ジェクトの推進役となるのは,現場を熟知する基礎自
下の 10 の論点にまとめている。すなわち,①衰退地
治体である。これに対して自治州は,採択された地区
区の問題に対処するには,市域を大きく凌駕するリー
プロジェクトの予算の半額を負担することで基礎自治
ジョナルな枠組みが不可欠;②問題を抱える地区への
体を資金的に支え,労働省や保健省をはじめとする自
救済ではなく,プロジェクトをもつ地区への支援が重
治州による分野別政策の面からも地区プロジェクトを
要;③縦割り行政の桎梏を乗り越えて,都市を土俵と
サポートする。
1)
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50
カタルーニャ自治州の「地区プログラム」における歴史地区の地理的マネジメント(竹中)
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図 1 事例 4 都市の位置
(資料)カタルーニャ地図院の 50 万分の 1 地形図データを下地に筆者が作成。
もちろん,机上の議論に終始しがちな縦割り型政策
ロジェクト実行組織から入手して基礎資料とし,併せ
から一線を画して,現場主義的な横繋ぎ型の政策を行
て都市計画・遺産保護政策に関する文献資料およびフ
うのは,当事者たるカタルーニャの行政や各種団体に
ィールド調査で得た情報を活用した。ただし,紙幅
とっても,手探りの部分が多い試みである。各地区の
の制約から,フィールド調査結果に関する詳細な記述
性格を読み取って適切な施策に翻訳することで,地区
は控え,各都市に的を絞った別稿に委ねる。掲載す
に内包されたポテンシャルを引き出す地区プログラム
る写真は,すべて筆者自身が撮影したものである。
3)
4)
は,地理的発想にたった政策実践として大きな意義を
もつが,実行にはいかなる困難が伴うのか。
Ⅱ タラゴナ上手地区
Ⅱ タラゴナ上手地区
以上の問題意識から,本稿では,地区プログラムが
開く都市政策の可能性について,地区プロジェクトが
県都タラゴナ(Tarragona)の起源は,古代ローマ
実施されたタラゴナ県 4 都市を事例として,特定エリ
の属州の都タラコにある。タラコの中枢部をなした丘
アに対する地理的マネジメントの観点から考察する。
上に再建された中世都市の範囲が,現在の上手地区
具体的には,タラゴナ,レウス,カンブリルス,ファ
(Part Alta)にあたる。市街地の地下には,夥しい数
ルセットの歴史地区である(図 1)。これらの都市は,
の考古遺跡が残されており,とりわけ,属州フォール
人口規模はもとより,現代の都市空間において歴史地
ムや競技場の遺構を擁する上手地区は,タラゴナのモ
区が有する中心性 やアクセシビリティの面で,各々
ニュメンタルな中心として不動の地位を占める。他方,
異なった特徴をもつ。また,都市計画や遺産保護政策
スペイン屈指の港湾と石油化学コンビナートに経済の
など,歴史地区にかかわる既存の政策枠組みも異なる。
基盤をおく現在のタラゴナにあって,商業・ビジネス
以下では,各地区プロジェクトについて,歴史地区を
の中心をなすのは,ランブラ ・ ノバ通りを基軸とす
取り巻く上述の諸条件をおさえたのち,申請時に提示
る 19 世紀の旧拡張地区である。市域人口の約 4 割は,
された衰退の程度に関する診断指標を確認する。その
郊外の住宅団地や戸建住宅地区に住んでいる。
うえで,重点目標,予算配分,事業実績の各面から地
プロジェクト申請時の診断指標をみると,建物の老
区プロジェクトの立案・実施過程を検証し,地区のも
朽化率や水道未整備率の高さに表れる建造環境の劣化
つポテンシャルがいかに理解され,将来に向けた施策
が,上手地区の問題として際立っている。したがって,
へと具体化されたのかを明らかにする。
地区プロジェクトの重点目標に建造環境の再生を据え
研究を進めるにあたっては,各地区プロジェクトの
たのは,状態の深刻さに鑑みて当然の判断だったとい
申請文書および評価・フォローアップ委員会文書をプ
える。予算配分をみても,自治州が地区プログラム共
2)
地理学報告 第 115 号 2013
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タラゴナ上手地区
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図 2 タラゴナ上手地区の概況
(資料)カタルーニャ地図院の航空写真/ 5 万分の 1 地形図データを下地に筆者が作成。図 3 ∼ 5 も同様。
表 1 地区プロジェクト①:タラゴナ上手地区(2007 ∼ 2013 年)
Ⅰ.地区プロジェクト申請時の診断指標
【土地条件】面積:20ha 標高:43 ∼ 80m
【人口 '06】人口:地区 3,858 人/市域 131,158 人
人口増加率:地区 16.8% /市域 12.2%
従属人口率:地区 33.5% /自治州 30.6%
EU 域外外国人比率:地区 11.4% /自治州 11.0%
【住宅 '01】老朽化率:地区:10.1% /自治州 2.6%
上水道未整備率:地区 7.9% /自治州 0.8%
下水道未整備率:地区 7.3% /自治州 1.5%
昇降機未整備率:地区 84.0% /自治州 54.9%
【社会経済 '01】失業率:地区 13.6% /自治州 10.2%
教育不十分率:地区 66.3% /自治州 65.5%
福祉手当受給者率('05):地区 4.3% /自治州 0.9%
空き店舗率:地区 10.0% /市域 22.0%
Ⅱ.地区プロジェクトの事業概要
【重点目標】①建造環境の再生 ②経 【特徴的な事業】
済・文化・観光の活性化 ③住民の □古代都市を再現する街路舗装
社会的結束の強化
□観光案内看板の整備
【予算配分(千ユーロ)】
□建物共有部修復(ファサード等)
1:公共空間
4,491(37%) □サン・ドゥメナック社会文化施設整
2:建物修復
1,650(14%) 備(市民・訪問者向け)
3:施設整備
346(3%) □商業・飲食業活性化キャンペーン,
4:新技術導入
490(4%) アーティスト活動支援
5:持続可能性
2,519(21%) 【実施体制等】
6:ジェンダーの平等
356(3%) □市住宅・都市事業会社(SMHAUSA)
7:社会経済発展
726(6%) 内にプロジェクトチームを組織。
8:アクセシビリティ 1,609(13%) □ 2012 年 5 月時点で,自治州との清
全体予算
12,187(100%) 算済み金額は 2,294 千ユーロ。
Ⅲ.都市空間に占める歴史地区の位置
【中心性】古代タラコ中枢部の遺跡上に建設された中世都市が上手地区の起源。現在は,タラゴナのモニュメンタルな中心をなすが,
地区内に住む人口も多い。商業・ビジネスの中心は,ランブラ・ノバ通りを基軸とする旧拡張地区に移っている。
【アクセシビリティ】海岸近くの切り立った丘上に立地。地区内には急坂・階段が多く,公共交通は整備されていない。フォン広場に
公共地下駐車場。バルセロナ = バレンシア街道のバイパス化により,地区南辺の通過交通は減少した。
【都市計画】タラゴナ都市整備総合計画('95),上手地区特別計画('90)。
【遺産保護政策】考古学ゾーン(全市域)
,歴史的建造物群(上手地区),地区内の指定文化財 95 件('08)。世界遺産登録('00)され
た 14 遺跡のうち 4 遺跡が地区内に位置する。
(注)診断指標の定義は以下のとおり。
「人口増加率」
:過去 5 年間の増加率;
「従属人口率」
:15 歳未満および 65 歳以上人口が全人口に占める比率;
「老
朽化率」
:廃屋または著しく老朽化した状態にある住宅の比率;
「昇降機未整備率」
:4 階以上の住宅建物のうち昇降機未設置のものが占める比率;
「教育不十分率」:後期中等教育以上の修了資格を有さない者が全人口に占める比率。表 2 ∼ 4 も同様。
(資料)「診断指標」
:地区プロジェクト申請文書(行政文書 T1)
;
「重点目標/予算配分」
:カタルーニャ自治州・地区プロジェクトアトラス(http://
barris.incasol.net)および Nol.lo ed.(2009),
「特徴的な事業/実施体制等」
:地区プロジェクト評価・フォローアップ委員会文書(行政文書 T2)
;
「都
市空間に占める歴史地区の位置」:現地調査にそれぞれもとづく。ただし,標高はカタルーニャ地図院 GIS データによる。
通の枠組みとして設定した 8 分野のうち,
「建物修復」
し か し, 地 区 プ ロ ジ ェ ク ト 実 施 6 年 目 に あ た る
に全予算の 14% を計上している。これは,他の 3 事
2012 年時点の実態をみると,建造環境にかかわる変
例に比べて明らかに高い比率である。全予算の 37%
化として目立つのは,街路舗装の刷新や観光案内看板
に相当する「公共空間」では地上に渡されたケーブ
の設置といったモニュメンタル空間の演出である。更
ル類の地下埋設,同じく 21% を占める「持続可能性」
新された舗石は,現在の街路の軸線に従うのではなく,
には水道システムの更新が盛り込まれた。
古代タラコの空間構造を再現するパターンにデザイン
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52
カタルーニャ自治州の「地区プログラム」における歴史地区の地理的マネジメント(竹中)
されている。その一方で,当初予定されたケーブル埋
設は,錯綜した不動産所有権や建物間口の狭さが障害
となって,ほとんど進んでいない。建物修復では,フ
ァサード再整備に一定の成果がみられるものの,重点
項目の一つだった昇降機設置は,建物の床面積の小さ
さが実施を阻む要因になっている。
そもそも,無数の古代遺跡を擁するタラゴナでは,
遺産保護政策によって市域全体が考古学ゾーンとさ
れ,さらに上手地区は歴史的建造物群にも指定され
ている。地区内には,95 件もの指定文化財が存在
し,2000 年に世界遺産登録された考古遺跡群のうち,
4 遺跡が地区内にある。また,都市計画に関しては,
1990 年に発効した上手地区特別計画が,現在も有効
写真 1 タラゴナ上手地区のオープン工房
地区プロジェクトは,アーティストと商業者・飲食業者の力を横
に繋ぐ役割を担った。写真は 2009 年 9 月の第 5 回オープン工房。
性を保っている。このように,上手地区は既存の政策
による強いコントロールのもとにおかれており,建造
上手地区の魅力をアピールする多彩な企画は,この地
環境の更新事業には,数多くの制度的・技術的制約が
区プロジェクトの大きな特徴をなすといえる。
伴う(竹中,2011)。ケーブル埋設などのために小規
その反面,住民の生活改善に向けた事業は,苦戦を
模な地下工事を行うだけで,発掘調査の実施を余儀な
強いられている。Wi-Fi 環境の構築や成人向け情報教
くされるという現実が,そうした困難を象徴する。
育による情報格差の解消のように,注目すべき取組み
他方,当初わずかの予算しか計上されなかった「施
はある。しかし,高齢者が多い住民の日常生活に直結
設整備」の分野では,大幅な計画変更が加えられた。
する近隣商業の再生などの課題では,モビリティ・マ
とくに,旧サン・ドゥメナック女子修道院の建物を
ネジメントをめぐる利害関係の錯綜もあって,有効策
修復・転用する社会文化施設は,全予算の 43% に当
を打ち出すことが容易でない。市が推進する上手地区
たる 524 万ユーロがつぎ込まれる目玉事業となった。
の歩行者専用化政策に対して,顧客減少を憂う一部の
この施設をめぐっては,市民・訪問者両方に開かれた
商業者・飲食業者は反対の署名集めさえ行った。背景
複合的性格を強調する市に対して,
一部の住民組織が,
には,40m 近い高低差を有する地区の上方に駐車場
観光施設整備のための予算の無駄遣いであると反発し
が整備されておらず,市が 1990 年代末に計画したジ
ている。不信感を増幅している要因に,事業進行の
ャウマ 1 世駐車場も,強固な岩盤が強いる困難な施
大幅な遅れがある。実際のところ,2008 年のリーマ
工と計画の拙さに起因して,現在まで開業にいたって
ンショックを契機とする自治州財政の急激な悪化が影
いないという事情がある。
響して,2012 年 5 月時点で自治州からの交付が済ん
県都タラゴナは,自治州からの交付金の遅滞にもか
でいる事業費は 229 万ユーロにすぎない。
かわらず,独自財源による前倒し執行をある程度行う
とはいえ,商業・飲食業活性化とアーティスト活動
だけの財政力をもっている。しかし,4 千人の人口を
支援の領域では,市民を広くターゲットとする創意に
擁する居住空間にして,考古遺跡が
富んだ事業が展開されている。地区で活動するアーテ
タル空間でもある上手地区において,他の政策との調
ィストの作品を素材としたボードゲームを地区の商業
整をはかりながら,明確な将来像に裏打ちされたプロ
活性化キャンペーンに活用したり,アーティストの仕
ジェクトを実行することは容易でない。
5)
れるモニュメン
事場を市民に開放するオープン工房(写真 1)を地区
商店へのインスタレーションや飲食店での作品展示と
Ⅲ レウス・カルマ地区
Ⅲ レウス・カルマ地区
組み合わせて行う,といった試みがその代表例である。
急坂・階段が多く,公共交通によるアクセスも不十分
レウス(Reus)は,タラゴナの内陸側に隣接する
な上手地区が,単なる商業・サービス業の量的集積の
県下第 2 の都市である。12 世紀に成立した中世都市
面で失った中心性を取り戻すことは容易でない。だか
の市壁は現存しないが,その外側に開かれた周回道路
らこそ,古代遺跡が各所に露出するモニュメンタルな
が都市発展の核となった囲郭都市の存在を象徴してい
空間に価値を見出す多様なアクターの力を横に繋ぎ,
る。これが,レウスでいう狭義の歴史地区であり,近
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レウス・カルマ地区
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図 3 レウス・カルマ地区の概況
表 2 地区プロジェクト②:レウス・カルマ地区(2004 ∼ 2010 年)
Ⅰ.地区プロジェクト申請時の診断指標
Ⅱ.地区プロジェクトの事業概要
【土地条件】面積:17ha 標高:112 ∼ 127m
【人口】人口('02):地区 3,506 人/市域* 91,616 人
【重点目標】①地区へのアクセシビリ 【特徴的な事業】
ティの向上 ②文化施設による求心 □街路の再整備(バリアフリー化,ケー
人口増加率('02):地区 8.9% /市域 6.0%
力の創出 ③居住・商業機能の強化 ブル地下埋設,ゴミ地下回収システム)
従属人口率('01):地区 33.1% /自治州* 31.2%
【予算配分(千ユーロ)】
□駐車場整備と併せた路上駐車抑制
EU 域外外国人比率('01)
:地区 12.9% /自治州* 5.0% 1:公共空間
7,272(44%) □カルマ市民センター(防空壕の復原
【住宅 '01】老朽化率:地区:7.7% /自治州 2.7%
2:建物修復
603(4%) /女性会館の開設(旧洗濯場の再生)
上水道未整備率:地区 1.2% /自治州 0.7%
3:施設整備
2,551(14%) □文化施設整備を目的とする旧繊維工
下水道未整備率:地区 1.0% /自治州 1.5%
4:新技術導入
99(1%) 場「アル・バポ」の取得
昇降機未整備率:地区 78.0% /自治州 54.9%
5:持続可能性
2,886(17%) 【実施体制等】□市役所内で建築・都市
【社会経済 '01】失業率:地区 13.9% /自治州 10.2%
6:ジェンダーの平等
925(6%) 計画担当助役の指揮下にプロジェクト
教育不十分率:地区 70.4% /自治州 65.5%
7:社会経済発展
1,497(9%) チームを組織。
福祉手当受給者率:地区 2.0% /自治州 1.0%
8:アクセシビリティ
733(4%) □助役を核とする集中体制による分野
空き店舗率:地区 24.1% /市域 26.5%
全体予算
16,566(100%) 横断性の確保。
Ⅲ.都市空間に占める歴史地区の位置
【中心性】カルマ地区は,中世に起源をもつ囲郭都市(第Ⅰ環の内側)の西側に 18 世紀に形成された労働者地区。商業の中心たる旧
囲郭都市に対して周縁的な位置を占めるが,現在の都市計画では,広義の中心部(第Ⅱ環の内側)に含められている。
【アクセシビリティ】地形は平坦。基幹街路をなす第Ⅰ環と第Ⅱ環に両側を挟まれている。地区プロジェクト実施前は,路上駐車の多
い狭隘な街路ゆえに,地区外からの人の往来が限られていた。地区の外縁を市営バスの路線が通る。
【都市計画】レウス都市整備総合計画('99)。
【遺産保護政策】レウス建築・歴史芸術・自然遺産保護特別計画('05)。地区内の保護対象エリア 3 箇所,指定文化財 4 件。
(資料)「診断指標」:行政文書 R1;「特徴的な事業/実施体制等」:行政文書 R2。*印はカタルーニャ統計院のデータ。他は表 1 に同じ。
代以降,商業都市として名を覇せたレウスにあって,
身移民の増加,老朽化した住宅,不十分な教育水準と
商業集積のもっとも厚いエリアにあたる。蒸留酒や
いった実態を伺い知ることができる。カタルーニャに
繊維を基幹産業とする 18 世紀以降の工業化は,囲郭
住む外国人は,2000 年の 18 万人(人口比 2.9%)か
都市の外側に初期の産業地区たるカルマ地区(Barri
ら 2010 年の 120 万人(同 16.0%)へと劇的に増加し,
del Carme)を生み出した。カルマ地区は,形成時期
モロッコや南米をはじめとする EU 域外からの移民が
からみると 4 事例地区で最も新しいが,レウスの空
大部分を占めている。そうしたなかでカルマ地区は,
間構造を都市の発展過程に対応する 3 つの円環でと
移民の集中が早くから顕在化したエリアといえる。
らえる現在の都市計画は,カルマ地区を含め,20 世
衰退状態からの脱却に向けた地区プロジェクトの戦
紀初頭までに市街化された第Ⅱ環の内側を中心部とし
略は,地区へのアクセシビリティの向上と求心力の創
ている(Takenaka,2012)。
出を基軸に据えた。予算配分で大きな比率を占めるの
プロジェクト申請時の診断指標からは,EU 域外出
は,727 万ユーロが計上された「公共空間」の領域で
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54
カタルーニャ自治州の「地区プログラム」における歴史地区の地理的マネジメント(竹中)
ある。その使途は,既存街路の延長や小広場の創出を
含む街路の再整備である。狭い街路が縦横に走るカル
マ地区では,路上駐車の列が建物の前を塞ぎ,傷みの
激しい舗装や歩道の段差が高齢者や乳母車の移動を困
難にしていた。そうした問題を前に地区プロジェクト
が取り組んだのは,歩道の段差を排した路面の単一プ
ラットフォーム化,ポールや植込みによる歩車分離,
地下駐車場の整備と併せた路上駐車の抑制からなる街
路の一体的整備である。さらに,
「持続可能性」に計
上された予算は,街路再整備と一体のゴミ地下回収シ
ステム構築に大部分充てられた。これによって,ゴミ
収集車の進入もままならない狭い街路上の集積コンテ
写真 2 女性会館内に再生された旧洗濯場の空間
ナを撤去するとともに,ゴミの効率的な分別収集が可
小規模な展示や集会に活用されている。写真は,昔の洗い場の中
でカルマ地区の将来像を議論するワークショップ(2012 年 9 月)
の様子。パネリストらの背後に洗い場を囲っていた壁がみえる。
能となった。
街路再整備は,地区住民のモビリティに対する障害
の除去のみを目的とするものではない。アクセシビリ
ールをもった居住人口が自ずから形成され,新規店舗
ティの向上に適切な施設配置が組み合わされば,カル
の立地にも繋がるという,ある種の自信に支えられた
マ地区を全市民に開かれた存在へと変える大きな力に
都市政策の考え方である。
なるからである。これが,
「施設整備」の予算による
カタルーニャ自治州の地区プログラムは,各プロジ
カルマ市民センター開設の意義である。地下に駐車場,
ェクトの実施期間として当初 4 年間を想定していた。
上階に社会住宅を配置した市民センターは,参加・交
しかし,カルマ地区のように,従前から検討されてい
流の場として,すでに地区住民はもとよりレウス市民
た衰退地区対策をもとに地区プログラム施行初年度に
による広範な利用に供されている。南隣には「ジェン
応募した場合でさえ,都市整備総合計画との擦り合わ
ダーの平等」の予算によって整備された女性会館がた
せや不動産収用交渉に時間がかかり,2 年間のプロジ
つ。その一角は,旧洗濯場を再生・転用した多目的ス
ェクト実施期間延長を申請している。施設整備関係で
ペースになっており,市民センター地下の防空壕とと
最大の目玉事業と目される「アル・バポ」も,地区プ
もに,地区の歴史的記憶と結ばれた遺産として活用さ
ロジェクトで実現できたのは不動産収用までであり,
れている(写真 2)。また,将来の利用に向けて市が
舞台芸術を核とする文化施設の開設といったソフト事
取得した旧繊維工場「アル・バポ」にも,カルマ地区
業は,積み残しとなった。とはいえ,地区プロジェク
の中心性を高める役割が期待されている。
トの対象として,都市計画や遺産保護政策の枠組みの
以上のように,商業集積の中心たる旧囲郭都市の活
もとで幾重にも施策が打たれている旧囲郭都市ではな
気が届きにくい,中心のなかの周辺ともいうべきカル
く,中心部に位置しながら存在感の薄いカルマ地区を
マ地区の状況に対して,地区プロジェクトが提示した
あえて選んだことは,限られた予算から着実に成果を
基本的な解決策は,物理的・心理的な風通しの確保と
上げるための戦略として,評価に値するだろう。
施設配置による求心力の創出だった。そこでは,比較
的少数の戦略的事業に多面的な意義づけを与えること
Ⅳ カンブリルス歴史地区
Ⅳ カンブリルス歴史地区
で,自治州の求める分野横断性の要請に応えるという,
巧みなプロジェクト構築が行われている。
カンブリルス(Cambrils)は,古代ローマ時代の
他方,地区プログラムがもう一つの目標としていた
アウグストゥス街道に起源をもつバルセロナ = バレ
居住・商業機能の強化に関しては,住宅共有部分の再
ンシア街道を軸として,12 世紀に成立した都市であ
整備や商業活性化キャンペーンといった直接的な事業
る。面積 10ha の歴史地区は,かつての囲郭都市の範
にほとんど予算を割いていない。むしろ,地区プロジ
囲におおむね対応し,中心広場たるスペイン広場の南
ェクトの最終報告書(行政文書 R2)から読み取れる
辺を街道が通っていた。この街道は,1960 年代に歴
のは,地区を中心とする交流が活発化し,社会住宅整
史地区の南を抜けるルートに付け替えられ,現在では,
備などの条件が整えば,若年層を含む多様なプロフィ
市の北方を自動車道が走っている。1950 年代まで人
地理学報告 第 115 号 2013
53
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カンブリルス歴史地区
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図 4 カンブリルス歴史地区の概況
表 3 地区プロジェクト③:カンブリルス歴史地区(2006 ∼ 2012 年)
Ⅰ.地区プロジェクト申請時の診断指標
【土地条件】面積:10ha 標高:16 ∼ 29m
【人口 '05】人口:地区 1,919 人/市域* 26,209 人
人口増加率:地区 6.45% /市域 31.4%
従属人口率:地区 29.7% /自治州 30.6%
EU 域外外国人比率:地区 16.7% /自治州 9.9%
【住宅 '01】老朽化率:地区:4.1% /自治州 2.7%
上水道未整備率:地区 0.01% /自治州 0.7%
下水道未整備率:地区 0.01% /自治州 1.5%
昇降機未整備率:地区 60.9% /自治州 54.9%
【社会経済 '01】失業率:地区 11.6% /自治州 10.2%
教育不十分率:地区 74.0% /自治州 65.5%
福祉手当受給者率:地区 0.6% /自治州 0.9%
空き店舗率:地区 32.9% /市域 39.0%
Ⅱ.地区プロジェクトの事業概要
【重点目標】①建造環境の劣化過程 【特徴的な事業】
の反転 ②住民の社会的関係性強化 □街路の再整備(バリアフリー化,緩
③商業空間としての地区の機能強化 やかな歩車分離,ライフライン更新)
【予算配分(千ユーロ)】
□社会的ネットワークの強化(市民団
1:公共空間
3,996(34%) 体との連携,記憶の蒐集,児童向け事業)
2:建物修復
380(3%) □商業・飲食業活性化(街頭・公設市
3:施設整備
3,728(32%) 場でのイベント,回遊性の強化)
4:新技術導入
209(2%) □「平和の記憶」(児童・成人向け教育)
5:持続可能性
919(8%) 【実施体制等】
6:ジェンダーの平等
140(1%) □市役所内にプロジェクトチームを組
7:社会経済発展
827(7%) 織し,助役が政治的に統率。
8:アクセシビリティ 1,616(14%) □コーディネータとして地域発展の専
全体予算
11,815(100%) 門家を配置し,機動的な活動を展開。
Ⅲ.都市空間に占める歴史地区の位置
【中心性】古代ローマ時代に由来する街道を軸として歴史地区が形成される。1950 年代以降における宅地・観光開発の結果,象徴的
な中心たる歴史地区と余暇・観光産業で賑わう港地区の 2 核構造が顕在化。歴史地区にあった市庁舎は,両地区の中間点に移転。
【アクセシビリティ】地形は平坦。街道のルート付替えにより,地区内の通過交通は大幅に減少したが,旧道にあたるウスピタル通り
は自動車優先のデザイン。アルフォルジャ川沿いが主たる外来者の主たる駐車スペース。低頻度ながら川沿いをバス路線が通る。
【都市計画】カンブリルス都市整備計画('06)。
【遺産保護政策】地区内の指定文化財 5 件。
(資料)「診断指標」:行政文書 C1;「特徴的な事業/実施体制等」:行政文書 C2。*印はカタルーニャ統計院のデータ。他は表 1 に同じ。
口 5 千人に満たなかったカンブリルスは,以後,地
ていた。そうしたなか,かつて多くの若年層が鉄道駅
中海岸を中心とする全国的な観光ブームとセカンドハ
近くの拡張地区へ転出した歴史地区では,地区内に従
ウス建設により,急激な人口増加を経験する。この過
来から住む人口の高齢化が深刻化する。若年層の減少
程で,小規模な漁業集落だった港地区は,夥しい数の
は移民の流入で埋め合わされ,地区人口に占める EU
飲食店・商店が蝟集する観光エリアへ変化した。現在
域外外国人の比率は 16.7% に達した。また,住宅の
のカンブリルスは,歴史地区と港地区の 2 核構造で
老朽化は,歴史地区としては深刻な部類に入らないが,
特徴づけられている。スペイン広場にあった市庁舎は,
放置による悪化が懸念された。
1990 年代に両地区の中間点に移設された。
こうした状況のなかで策定された地区プロジェクト
プロジェクトが申請された 2007 年は,1990 年代
は,建造環境の劣化を食い止めることを重点目標の一
末以来の全国的な不動産ブームの末期にあたり,カン
つに据えている。ただし,その方法として選択したの
ブリルスは,宅地開発による高率の人口増加を経験し
は,建物の修復への直接的な補助ではなく,むしろ,
54
56
カタルーニャ自治州の「地区プログラム」における歴史地区の地理的マネジメント(竹中)
街路を中心とする公共空間整備への集中的投資であ
る。このため,全予算の 3 分の 1 を占める「公共空間」
に関する事業のうち,およそ半額がライフラインの更
新を含む街路再整備に充てられ,さらに「アクセシビ
リティ」の予算による街路のバリアフリー化で補完さ
れた。公共空間とともに高い比率を占める「施設整備」
の領域では,国指定文化財である市壁の有効活用を進
める「ラ・ムラリャ(市壁)市民センター」のほか,
「リ
ィモ塔共同利用施設」「フォルン・ダル・タリェロ経
済活性化センター」「外国語学習センター」など,市
民利用を目的とする数多くの新規施設を計画した。
しかし,2 年の延長期間を含む 6 年間の実施期間が
写真 3 市民が集まるカンブリルス歴史地区の祭り
終了し,自治州からの未交付金の清算を残すのみとな
祭りの日,歴史地区の狭い街路は,張り子人形の行進と市民が一
体化した祝祭空間へと変化する。写真は 2012 年 9 月のカミ聖母祭。
った 2012 年末時点で,地区プロジェクトの実績をみ
ると,当初の計画から重点の置き方が少なからず変化
友人関係を通じて交流のある近隣都市からの訪問者で
したことに気づく。それを端的に示すのは,施設整備
あり,港地区に
に関する計画の大幅な縮小・順延である。実際,予定
ほとんどみられない。たしかに,地区プロジェクトは,
されていた施設整備のうち,ラ ・ ムラリャ市民センタ
文化観光の強化による観光客の季節的集中の緩和を唱
ーと外国語学習センターに関する事業は実行に移され
えてはいる。しかし,実際に優先実施されたのは,地
ず,市民団体の共同利用を目的とするリィモ塔でも,
区の地下に残された防空壕を調査・修復し,スペイン
買取後の施設整備が進んでいない。
内戦の記憶を
他方,一見して変化を実感できるのは,街路再整備
育的性格の濃い事業である。それを支えるのは,ロー
である。地区内の多くの街路が歩道の段差をなくした
カルな文化遺産を住民・市民の一体感を育てる共有財
単一プラットフォーム型の路面として再生され,方形
産ととらえる発想ではないだろうか。
植木鉢の配置によって,緩やかな歩車分離がはかられ
この地区に関する評価・フォローアップ委員会の資
た。結果として,自動車を機械的に排除することなく,
料(行政文書 C2)は,各事業の予算執行額を明示し
歩行者にとっての歴史地区の回遊性向上を実現してい
ていないが,全体的な傾向として,ハード整備中心の
る。ただし,かつての街道ルートにあたるウスピタル
計画からソフト事業重視へと重心を移しながら実施さ
通りは,自動車交通量が相対的に多いため,今のとこ
れたことは間違いない。そのさいに,市役所内のプロ
ろ従来の街路デザインに留め置かれている。
ジェクトチームに地域発展の専門家として外部から採
この地区プロジェクトについて,実施過程で明瞭に
用されたコーディネータが,優れた行動力とコミュニ
なったもう一つの特徴は,歴史地区を中心に活動する
ケーション能力を発揮して果たした役割は大きい。
れる外国人観光客の姿は,ここでは
る見学ルートを整備するといった,教
各種市民団体の協力を得ながら,住民の社会的ネット
ワークを強化する取組みである。その典型例は,住民
Ⅴ ファルセット歴史地区
Ⅴ ファルセット歴史地区
自身が提供した写真による生活景の写真展,地区の長
老や移民による語りのビデオ録画,地区の生活環境を
フ ァ ル セ ッ ト(Falset) は, タ ラ ゴ ナ の 西 方 約
題材に取った児童の屋外学習などにみることができ
40km の中山間部に位置する小都市である。良質ワイ
る。住民参加を重視した事業のあり方は,商業活性化
ンの産地として知られるプリウラット郡の郡都にあた
の面にも表れている。移民の出身地のレシピを紹介す
るが,人口は 3 千人に満たない。歴史地区は,丘上
る公設市場のキャンペーン活動やスペイン広場での子
の城を核として発達した中世都市の範囲にあたり,市
ども向けの遊戯イベントは,日々の買い物の場として
域人口の約半分を占めている。地区の中心をなすクア
歴史地区の活気を回復しようと試みる。
ルテラ広場に面して市庁舎がたつ。地区の南側は,夏
9 月上旬のカミ聖母大祭りなど,祭りの時期が来る
季に干上がる川の浸食作用で深く抉られており,城の
と,カンブリルス歴史地区は,大勢の参加者・見物人
周りを中心に急坂が多い。レウスと繋がる街道は,隘
で賑わう(写真 3)。大部分はカンブリルス市民か親戚・
路をなす歴史地区の東辺で交通ストレスを生じていた
6)
地理学報告 第 115 号 2013
55
57
ファルセット歴史地区
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図 5 ファルセット歴史地区の概況
表 4 地区プロジェクト④:ファルセット歴史地区(2009 年∼)
Ⅰ.地区プロジェクト申請時の診断指標
【土地条件】面積:10ha 標高:336 ∼ 379m
【人口 '08】人口:地区 1,252 人/市域 2,807 人
人口増加率:地区 1.0% /市域 8.2%
従属人口率:地区 35.9% /自治州 31.0%
EU 域外外国人比率:地区 11.1% /自治州 11.2%
【住宅 '01】老朽化率:地区:3.5% /自治州 2.6%
上水道未整備率:地区 0.2% /自治州 0.8%
下水道未整備率:地区 0.2% /自治州 1.5%
昇降機未整備率:地区 89.5% /自治州 54.9%
【社会経済 '01】失業率:地区 9.0% /自治州 10.2%
教育不十分率:地区 71.6% /自治州 65.5%
福祉手当受給者率:地区 0.9% /自治州 0.9%
空き店舗率:地区 11.7% /市域 10.3%
Ⅱ.地区プロジェクトの事業概要
【重点目標】①歴史性・親しみやすさ 【特徴的な事業】
を重視した公共空間の整備 ②観光 □街路の舗石再整備(傷みの目立つ石
活性化の促進 ③市民活動の活性化 畳やコンクリート舗装から人工石材を
【予算配分(千ユーロ)
】
使った単一プラットフォームへ)
1:公共空間
1,591(49%) □「涸れ川」の浄化・整備
2:建物修復
96(3%) □市民館・共同利用施設の用地取得
3:施設整備
631(20%) □観光案内看板の設置
4:新技術導入
12(0.4%) □商業活性化プロモーション活動
5:持続可能性
23(0.7%)【実施体制等】
6:ジェンダーの平等
20(0.6%)
7:社会経済発展
341(11%)
8:アクセシビリティ
492(15%)
全体予算
3,230(100%)
□市役所内にプロジェクトチームを組
織し,助役が政治的に統率。
□ 2012 年 11 月時点で,自治州との清
算済金額は 26 千ユーロ。
Ⅲ.都市空間に占める歴史地区の位置 【中心性】中世の城を核として市街地が形成される。歴史地区を中心とする中心集落が市域内で唯一の市街地をなし,歴史地区のみで,
市域人口の約半分を占める。市庁舎のたつクアルテラ広場が中心広場。経済の基盤はワイン醸造業を中心とする農産物加工業にある。
【アクセシビリティ】地区南を涸れ川が流れ,丘上にたつ城の周りは急坂になっている。国道のバイパス化により,通過交通は大幅に
減少。地区内の街路は狭く,一部に階段もあるため,居住者以外の車の進入は少ない。市内の公共交通機関はない。
【都市計画】ファルセット都市整備計画('08)。
【遺産保護政策】上記都市整備計画中で遺産保護特別計画を策定。地区内の指定文化財 17 件。
(資料)「診断指標」
:行政文書 F1;「特徴的な事業/実施体制等」:行政文書 F2。他は表 1 に同じ。
が,近年のバイパス整備によって大幅に改善した。
トを申請したことには,自治州による地区プログラム
プロジェクト申請時の診断指標に明らかなように,
の部分修正が関係している。従来,地区プロジェクト
ファルセット歴史地区の建造環境は,昇降機設備のな
予算は,基礎自治体と自治州による 50% ずつの折半
い住宅が多いことを除けば,比較的良好な状態に保た
を原則としていたが,財政力の弱い小規模自治体に対
れている。失業率や福祉手当受給者の比率は,自治州
しては,自治州が 75% まで負担できることになった
の平均ないしそれ以下であり,不十分な教育水準も,
からである。採用されたファルセット歴史地区のプロ
高齢者が多い地区人口の年齢構成を反映するものと考
ジェクトは総額 323 万ユーロで,うち 242 万ユーロ
えられる。ファルセットの場合,人口・経済・施設配
が自治州からの交付金で賄われる。ファルセット市の
置のいずれの観点からみても,歴史地区が中核的な位
年間予算は,リーマンショック前の 2008 年次で 370
置を占めているといえる。
万ユーロ,経済危機が深まった 2012 年次で 268 万ユ
ファルセット市が 2009 年になって地区プロジェク
ーロである。地区プロジェクトの予算は,他の 3 事
56
58
カタルーニャ自治州の「地区プログラム」における歴史地区の地理的マネジメント(竹中)
例地区の 2 ∼ 3 割にすぎないが,自治体財政にとっ
ては非常に大きなインパクトをもっている。
地区プロジェクトは,歴史性と親しみやすさを重視
した公共空間の整備を重点目標に掲げ,「公共空間」
に全予算の半分を充当した。その内容は,街路舗装の
再整備が中心で,これに涸れ川の浄化・整備などが組
み合わさる。
「アクセシビリティ」に関する事業も,
街路再整備に伴うバリアフリー化の費用を賄うための
ものである。予算の 20% を占める「施設整備」では,
市民団体共同利用施設,ファルセット博物館,市独自
の観光案内所などの開設を予定した。
しかし,自治州の手厚い補助によって成り立ってい
写真 4 ファルセット歴史地区における舗石の張替え
たプロジェクトは,実施段階になると,その資金的基
傷みは目立つが石畳の残るノウ通り(左)と人工石材で単一プラッ
トフォームに転換されたダル通り(右)。2013 年 5 月撮影。
盤の弱さを曝け出してしまう。ファルセット歴史地区
のプロジェクトが動き出すと同時に,自治州の財政状
若干の事業が実施に移されている。こうした取組みに
況が急激に悪化し,2012 年末段階で支払済の交付金
対しては,ファルセット商業者組合が協力姿勢を示し,
がわずか 3 万ユーロ足らずという,極端な事態に陥
商業活性化の面でも,ワインの赤を地色とするエコバ
ったからである。似通ったことはタラゴナ上手地区の
ックの製作・頒布といった試みを地区プロジェクトの
プロジェクトでも発生しているが,ファルセットの場
枠組みで行っている。
合には,自治州の拠出比率がより高いことに加え,交
しかし,活発な市民団体との連携が成果をあげてい
付金の遅滞に対して,市の側に予算を前倒し執行しつ
るカンブリルス歴史地区のプロジェクトに比べて,フ
づけるだけの財政的な余力がない。
ァルセットでは,市民サイドの組織力が明らかに不足
このため,ファルセット歴史地区のプロジェクトの
している。スポーツ,演劇,エクスカーションといっ
実績について,現時点で評価を下すのは難しい。しか
た個別テーマで繋がる同好会的な既存団体に対して,
し,厳しい予算的制約のなかでこれまでに実施された
市民の横の繋がりを活性化させようと試みる有志は,
事業から,若干の指摘を行うことは可能と思われる。
2013 年春,「ファルセット住民・友の会」を立ち上げ
施設整備に関しては,共同利用施設の用地取得と若年
た。すでに 2 年間の期間延長が決まった地区プロジ
層サポートオフィスのインフラ整備が行われただけ
ェクトの今後の展開は,そうした市民組織の実力如何
で,事実上の棚上げ状態になっている。これに対して,
で大きく変わってくるであろう。
街路再整備の面では進
がみられ,一部の街路は,人
工石材を使った単一プラットフォーム型の路面に変わ
Ⅵ おわりに-歴史地区の地理的マネジメント
Ⅵ おわりに―歴史地区の地理的マネジメント
った(写真 4)。問題は,重点目標の一つをなす観光
活性化にとって,この事業がいかなる意味をもつかで
カタルーニャ自治州が 2004 ∼ 2010 年に採択した
ある。再整備前の街路の一部には,傷みが目立つとは
計 143 件の地区プロジェクトのなかで,本稿が焦点
いえ石畳が敷かれていた。このため,小規模な歴史都
を当てた歴史地区(旧市街)は,62 件と大きな割合
市には石畳がふさわしいという考えから,バルセロナ
を占める(竹中,2012)。近現代市街地(31 件)や
やレウスで流行った再整備手法の機械的な踏襲を批判
住宅団地(19 件)と比べたとき,同じ衰退地区でも,
する声もある。同様の批判は,河床をコンクリート
歴史地区には居住,商業・サービス,市民・文化活動,
化した涸れ川の浄化・整備にも向けられている。事業
観光など,さまざまな空間利用が折り重なって展開し
正当化の論理としては,歩きやすい道や維持管理の容
ているという特性がある。しかも,居住と観光という
易な河川とすることの利点が主張されているが,議論
両極が象徴する日常性とモニュメンタル性の間には,
の背後には,歴史地区のアピールやその視覚表象をめ
しばしば,空間利用をめぐるコンフリクトが存在する。
ぐる認識の食違いが存在するのではないか。
そのことを前提に,歴史地区のポテンシャルをいかに
他方,観光活性化に直接かかわる領域では,地区内
解釈し,将来像を導くべきかという課題に対しては,
各所にモニュメントの説明パネルが設置されるなど,
各地区を取り巻く条件次第で非常に異なった解があり
7)
地理学報告 第 115 号 2013
57
59
(2009 年)というように,1 ∼ 2 年の時間差をおいて
表 5 地区プロジェクトが推進する空間利用
地区プロジェクトに取り組んだ。今回の研究で直接の
タラゴナ
レウス
カンブリ
ルス
ファル
セット
○
◎
◎
○
商業・サービス
○
○
○
○
ーム型路面のような事業の内容や手法にみられる類似
市民・文化活動
○
◎
○
△
点は,先行プロジェクトが後に続くプロジェクトに与
○
―
△
◎
えた影響を示唆する。
空間利用
居
観
住
光
(凡例)◎:重点的に推進する ○:推進する △:考慮する
―:とくに考慮せず
(資料)筆者作成。
調査テーマにしたわけではないが,単一プラットフォ
もちろん,そうした学習過程のすべてが積極的に評
価すべきものであるとはかぎらない。たとえば,レウ
ス ・ カルマ地区のプロジェクトは,公共空間,施設整
える。
備,持続可能性など,いくつもの分野を組み合わせる
地区プログラムのこれまでの実績と経験からは,上
ことで,市民センターの整備に多面的な意味づけを行
述の課題についてどのような知見を得ることができる
った。しかし,その後の地区プロジェクトには,特定
だろうか。これを述べて本稿の締め括りとする。
のハード事業を実現するために,事業経費を多くの予
まず注目すべきは,地区プロジェクトが歴史地区の
算項目に分散させ,自治州の求める分野横断性を形式
いかなる空間利用を促進したかである(表 5)。4 都
的に充足したにすぎないと推測される事例もある。ま
市の比較からは,プロジェクトの立案・実施にかかわ
た,単一プラットフォーム型の路面といった整備手法
ったアクターらが各歴史地区のポテンシャルを見極め
についても,先行事例で確立されたモデルが各地区の
る力量を有していただけでなく,実施過程を通じてそ
特性に関する熟慮を経ることなくコピーされるとすれ
れを向上させたことが示唆される。とくに,市民全体
ば,望ましいことではない。
にとっての地区のアクセシビリティを改善し,市民・
最後に,明確な方向性をもった地区プロジェクトを
文化活動の拠点づくりを求心力創出に繋げようと試み
展開するうえでは,プロジェクト立案者の資質・能力
たレウスでは,地区の将来像をめぐって,相当に明確
のほかに,都市政策全体への地区プロジェクトの組込
なビジョンが共有されていたのではないか。また,既
みという制度設計の問題が深くかかわっていることを
存の市民団体の力を再認識し,施設整備よりも住民の
指摘しておきたい。自治州からの交付金が遅滞するな
社会的ネットワーク強化に向けたソフト事業に資源を
かで,独自財源による事業の前倒しが可能なタラゴナ
傾注したカンブリルスの事例も注目に値する。
は,一見,地区プロジェクトの遂行において有利な条
これに対して,ファルセットでは,地区プロジェク
件を備えているようにみえる。しかし,現実には,上
トで観光活性化を意識しながら,中山間地域の小規模
手地区を対象化した都市計画の特別計画や厳格な遺産
都市として育てるべき歴史地区の魅力については,未
保護政策といった施策の網の目が張り巡らされている
だ議論が熟していないように思われる。ただし,地区
なか,県都ゆえの複雑な行政組織を地区プロジェクト
内には,市民社会のエンパワーメントを目指した活動
のために動員することは容易でない。反対に,ファル
が芽生えており,行政との協働が奏功すれば,地区プ
セットのような小規模自治体では,地区プロジェクト
ロジェクトの今後の展開を通じて,大きな成果が生ま
に対する既存の制度・計画の縛りは強くないが,財政
れる可能性はある。評価の難しいのがタラゴナの場合
面での自治州への過度の依存がプロジェクトの資金的
であろう。古代ローマ時代の遺跡上にたつ上手地区は,
基盤を脆弱なものとしている。
観光のみならず,先にあげた空間利用すべてが一定水
こうしてみると,都市政策のなかに地区プロジェク
準以上で拮抗する関係にある。そのことを前提として,
トを組み込む制度設計の工夫として,衰退エリアを抱
都市計画や遺産保護政策との整合性をとりながら,明
えながらもすでに手厚い施策の対象とされている旧囲
確な将来像にもとづいたプロジェクトを編み出すこと
郭都市を外し,その外縁に位置するカルマ地区に焦点
は至難の技といわざるをえない。
を当てたレウスの選択は,周到に練られたものだった
他方,冒頭で言及したネッルは,地区プログラム全
ことがわかる。また,タラゴナの 3 分の 1 程度の財
体としての経験の蓄積・共有の重要性を強調している。
政規模しかもたないカンブリルスは,観光化の波を被
本稿で取り上げた 4 都市は,レウス・カルマ地区(2004
らなかった歴史地区に的を絞って,タラゴナ上手地区
年)を皮切りとして,カンブリルス歴史地区(2006 年),
とほぼ同額のプロジェクトを実施した。政策ツールは,
タラゴナ上手地区(2007 年),ファルセット歴史地区
各々の予算規模にふさわしい対象設定が行われて,初
58
60
カタルーニャ自治州の「地区プログラム」における歴史地区の地理的マネジメント(竹中)
めて高い効力を発揮するということを,実感させる事
va per la cohesió social. Barcelona: Generalitat de Catalunya.
例といえよう。
現代都市において歴史地区が担うべき役割を明確に
Nel.lo, Oriol (2012): Ordenar el territorio: La experiencia de
Barcelona y Cataluña. Valencia: Tirant Humanidades.
意識し,その実現に向けたプロジェクトを都市の全体
Takenaka, Katsuyuki (2010): Entre la remodelación y la con-
構想に位置づける。地区プログラムの経験は,地理的
servación: Hacia una renovación integral del centro his-
発想にたった都市政策のマネジメントについて,多く
tórico de Tarragona. Mediterranean World, XX: 111-132.
のことを教えてくれるのではないか。
竹中克行(2011):建造環境に埋め込まれた遺産の保護・活用
をめぐる問題̶̶タラゴナ(スペイン)上手地区の再生.
都市地理学,6:19-34。
注
1) 以下,自治州の政策としての「地区プログラム」に対して,
竹中克行(2012)
:スペイン・カタルーニャの「地区プログラム」
が推進するパートナーシップの都市政策̶̶地中海都市の
同プログラムのもとで採用された各地区の施策パッケージ
衰退地区再生.小林浩二・大関泰宏編著『拡大 EU とニュ
を「地区プロジェクト」または単に「プロジェクト」とよ
ーリージョン』原書房,133-144。
Takenaka, Katsuyuki (2012): Recuperación del núcleo histó-
んで区別する。
2) 本稿では,現地の慣例に倣って,都市システムのなかで各
都市が有するポジションのみならず,都市内の地区が都市
空間のなかで有する求心力を指して,
「中心性(centralitat)」
という用語を使っている。
3) 4 事例地区における地区プロジェクトの実施状況について
rico de Reus como espacio de centralidad. Mediterranean
World, XXI: 89-112.
竹中克行(2013):変化に介在する「地理」̶̶編集されつづ
ける地中海都市カンブリルスのかたち.JunCture, 4:1429。
は,以下にあげる各氏へのインタビュー調査で詳細な情報
Van den Berg, Leo; Braun, Erik and van der Meer, Jan eds.
を得た。タラゴナ:市住宅・都市事業会社取締役,ジョル
(2007): National policy responses to urban challenges in
ディ・ディアス氏(Jordi Dies)/地区プロジェクト総合
Europe. Aldershot/Burlington: Ashgate.
コーディネータ,アステラ・ピニョル氏(Estela Piñol);
レウス:市建築・都市計画局,ピラール・カルバッサ氏
(Pilar Carbassa);カンブリルス:地区プロジェクト・コ
ーディネータ,ムンサラット・バンドレイ氏(Montserrat
Vendrell)
;ファルセット:市地区プロジェクト担当官,マ
リア・テレサ・コルソ氏(Maria Teresa Corzo)。
4) タラゴナについては Takenaka(2010),竹中(2011),竹
中(2012),レウスについては Takenaka(2012),カンブ
リルスについては竹中(2013)を併せて参照されたい。
5) 旧市街・周辺住民組織副会長キメット・カステイビ氏(Quimet Castellví)へのインタビュー調査による。
6) カンブリルスまちなか事業者組合副会長,セルジ・リョレ
ンテ氏(Sergi Llorente)へのインタビュー調査による。
7) ファルセットを拠点に活動するジャーナリスト,アントニ・
オレンサンス氏(Antoni Orensanz)およびファルセット
研究センター所長,アントン・ビダル氏(Anton Vidal)
へのインタビュー調査による。
行政文書
T1: Ajuntament de Tarragona: Projecte d’Intervenció Integral
de la Part Alta de Tarragona per la quarta convocatòria
de la llei de barris. Abril de 2007.
T2: Ajuntament de Tarragona: Pla Integral de la Part Alta
de Tarragona. 5ª C.A.S. 22 de maig de 2012.
R1: Ajuntament de Reus: Projecte d’Intervenció Integral al
Barri del Carme 2005-2008. Octubre de 2004.
R2: Ajuntament de Reus: Projecte d'Intervenció Integral al
Barri del Carme de 5eus 200-200. Memòria Ànal. Març
2011.
C1: Ajuntament de Cambrils: Projecte d’Intervenció Integral
del Barri del Nucli Antic de la Vila DPSOLÀHG LQ
2006).
C2: Ajuntament de Cambrils: Informe de l’estat de les actuacions en el Pla de Millora Integral del Barri Antic de
Cambrils. 8 de febrer de 2012.
文 献
文 献
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