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BOOK REVIEW A テーマ書評シリーズ――籵 顧客参加型の商品開発 にブロックのままではなく,それらを使った 「遊び方」として商品化している。汽車の形を した「トレインシリーズ」や,人形の形をした 「レゴフィギュア」 ,映画配給会社ルーカスフィ 顧客参加型の商品開発 ルムと提携した「スターウォーズシリーズ」と いった商品がヒットしてきた。こういったヒッ 及川 直彦 ト商品の一つが,1998 年に米マサチューセッ ツ工科大学(MIT)と共同で開発された,レ ●株式会社電通コンサルティング ディレクター・代表取締役社長 ゴブロックを使ってロボットを組み立てること ができる「マインドストーム」である。 この「マインドストーム」の発売直後には, ★ はじめに 「マインドストーム」の顧客たちがロボットを 多くの業界において市場の成熟化が進んでお 制御するソフトウェアを勝手に改良し,次々と り,それまで売れてきた自社の商品の部分的な オリジナルのロボットを開発するという現象が 改善だけでは,なかなか「売れる商品」がつく 起こった。レゴは,当初はこのような顧客たち れないと悩んでいる企業が数多く見受けられる。 の書き換えに対して,自らの事業モデルをコン そして,顧客にとってイノベーティブな(革新 トロールできなくなるとして戸惑ったが,その 的な)提供価値を持つ商品をつくることが,こ 後,むしろ奨励する姿勢に転換し,そういった ういった悩みを持つ企業の課題となっている。 改良をしたソフトを顧客どうしが披露できるイ しかしながら,イノベーティブな提供価値を ベントを開催したり,顧客どうしが自律的に集 創造するために,企業は商品開発をどのように まる会合を支援したりするようになった。さら 強化すればよいのか。多くの実務家は,その際 に,そういった改良を行っている顧客 4 名を にまず「自社の力」を強化するアプローチ,た 「事実上の社員」として,2006 年発売の次世代 とえば「企業内の商品開発者の提供価値の構想 版の商品開発チームに加えた。日経ビジネス 力を高めて,顧客や競合他社が予想もしなかっ (2010 年 5 月 24 日号)のインタビューに対して, たユニークな提供価値を創造しよう」といった レゴの開発担当者のポール・スミス・マイヤー 方法を思い浮かべるであろう。 氏は,「メーカーが大規模な市場調査をし,商 しかしながら,このようなアプローチは,本 品開発をし,大量販売をする作業も必要だ。だ 当に有効なのだろうか。それ以外の視点はない が,それだけではつかみきれない市場が,世界 だろうか。たとえば,自社内にない資源の一つ に広がっている。」とコメントしている。 こういった隠れた市場を開拓するヒントを顧 である「顧客の力」を活用するアプローチはな 客から探るために,レゴはさらに「顧客の力」 いだろうか。 を活用する仕組みづくりを模索している。 日経ビジネス(2010 年 5 月 24 日号)の「4 億人が遊ぶ最強玩具『レゴ』−ヒット商品は素 2005 年に,パソコン上で顧客が自在にレゴブ 人に学ぶ」は,玩具メーカーのレゴや無印良品 ロックを組み立てた作品をデザインし,商品化 ブランドの商品を企画・販売する良品計画が, する「レゴ・ファクトリ」(後に「デザイン・ バイ・ミー」に解消)というソフトウェアを開 「顧客の力」を活用して商品開発をしている事 発し,このソフトウェアと同様の機能をインタ 例を紹介している。 ーネットのウェブサイトを経由して提供する レゴは,プラスチックのレゴブロックを,単 107 JAPAN MARKETING JOURNAL 118 ● テーマ書評シリーズ 「LEGO CUSSO(レゴ空想)」というサービス おいて実施してきた定量・定性の調査や,いく を 2008 年に日本で立ち上げている。日経ビジ つかの企業が着手しているネット・コミュニテ ネス(2010 年 5 月 24 日号)には,日本人のフ ィ上の発言の分析も,広い意味では「顧客の力」 リーデザイナー永橋渉氏が潜水探査船「しんか を,前者は「調査の対象」として,後者は「観 い 6500」をベースに考案した「しんかい探検 察の対象」として活用している。しかしながら, セット」というアイディアが, 「LEGO CUSSO」 これらの従来型のアプローチと,上記のレゴや 上で 1,000 人以上の会員から購入意志を示す投 良品計画の事例で採られている新たなアプロー 票を獲得し,現在レゴ本社において商品化に向 チ(本論では以後「顧客参加型の商品開発」と けたデザインなどが検討されている様子が紹介 呼ぶ)の間には,質的な違いがありそうである。 されている。 それでは,どのような点において違いがあるの だろうか。 良品計画も,「LEGO CUUSSO」と類似した サービス「くらしの良品研究所」を提供してい ★ 「顧客参加型の商品開発」とは る。「住まいのかたち」「そうじを楽しく」「緑 のあるくらし」など,顧客の生活場面に応じた レゴや良品計画の事例で採られているような 提案型のコンテンツが用意され,これらのコン 「顧客参加型の商品開発」について取り扱った テンツと連動したアンケートにより,顧客の暮 議論は, 実務家にも読まれている文献として らしに対する思いや要望を把握し,新たな商品 は,Tapscott and Williams(2006),Prahalad の開発のヒントを発見し,さらに,そのヒント and Krishnan(2008) ,Kotler et al.(2010)に に触発された商品のアイディアを顧客に提示し, おけるものが代表的であろう。 顧客の要望と擦り合わせながら商品を開発する Tapscott and Williams(2006)は,生産者 サービスである。たとえば,「そうじを楽しく」 と消費者の間の境目が曖昧になっている状況に というテーマのアンケートから,「気付いた時 着目し「プロサンプション」という概念を提唱 にいつでも取り出せてさっと掃除ができる」と した。たとえば,ショールームに飾られている いうニーズを発見し,そこから「すぐに取り出 自動車は,顧客が自分なりにカスタマイズでき せて,目につくところに美観を損なわずに自立 るような形で売られているが,この場合,商品 できるフローリングモップ」というアイディア の中核的な部分は企業が決めていて,顧客が変 を着想し,このアイディアに対応した商品のラ 更できるのは限られた周辺的な部分にすぎない フスケッチを数種類ウェブサイト上に提示して が,そういったカスタマイズとは異なり,商品 顧客に投票してもらい,人気が高かった商品を の創出に顧客が積極的かつ継続的に関わる 商品化に向けて開発していく,といったプロセ (where customers participate in the creation スが展開されている。 日経ビジネス(2010 年 products in an active and ongoing way)形態 5 月 24 日号)のインタビューに対して,良品 を「プロサンプション」としている。Tapscott 計画の社長の金井政明氏は,「顧客の声は,商 and Williams(2006)によると,こういった形 品開発のシーズでしかない,そのタネを顧客と 態は,ソフトウェア(例:リナックス)やイン 何度もキャッチボールすることで,本当に欲し ターネット・サービス(例:セカンドライフ) い商品に育てていくんです。1 回聞くだけの一 といった業界で先駆的な事例が見られたが,自 方通行では,本当に必要な商品かどうかは,判 動車メーカーの BMW が次世代型テレマティ 断できません。」とコメントしている。 ックス(カーナヴィゲーション)を開発したプ これまで多くの企業が商品開発のプロセスに ● JAPAN MARKETING JOURNAL 118 ロジェクトや,靴メーカーのフルヴォーグ 108 顧客参加型の商品開発 している。Prahalad and Krishnan(2008)は, (Fluevog)が顧客から募ったデザインを商品 化する「オープンソース・フットウェア」を構 顧客のニーズへの対応力において「マス・カス 築した事例などのように,従来型の業界にも事 タマイゼーション」からさらに進化した形態と 例が登場し始めていると指摘している。 して「プラットフォーム」を位置づけていると いえよう。 Prahalad and Krishnan(2008)は, インタ ーネットサービス提供会社のグーグルが提供し Kotler et al.(2010)は,Prahalad and ている 「iGoogle(自分の好みに合わせて自由 Krishnan(2008)が提唱した「プラットフォ にカスタマイズできるグーグルのホームペー ーム」を通じた「共同創造」を「未来のマーケ ジ)」のように,顧客自身が,自らの体験を共 ティング」を物語る重要な概念の一つと位置づ 同創造する(cocreate)ことによって価値を創 けている。そして,今後,ソフトウェア企業な 造することができる「プラットフォーム」の概 どに限らず,多くの業界において,(1)企業が 念に着目した。そして,企業が「プラットフォ 「プラットフォーム」 ,すわなち(提供した後も) ーム」を通じて「その瞬間において個別化され さらにカスタマイズできる包括的な商品を提供 た顧客体験(one consumer experience at a する (2)ネットワークの中にいる個々の顧客 time)」を提供することによって価値を創造し, に,自らのユニークなアイデンティティに合致 そのために(自社単独では十分な範囲や規模が するように「プラットフォーム」をカスタマイ 担保できないため)複数の他社から,しばしば ズさせる (3)ネットワークにいる個々の顧客 国境を越えて資源を調達する価値創造のモデル からフィードバックを求め,個々の顧客によっ を提案した。これは,自動車メーカーのフォー て取り組まれたカスタマイズを自らの中に取り ドの「T 型」に代表される従来型の価値創造の 込むことによって「プラットフォーム」を拡充 モデル,すなわち,顧客すべてに同じ仕様や色 させていくという三段階のプロセスが,企業が の商品を提供し,その生産のための資源を自社 「共同創造」を活用する際の鍵となるであろう と提要している。 内で抱え込むモデルとは「180 度の転換」とな これらの議論と,先に紹介したレゴや良品計 るとは論じている。 この「プラットフォーム」の概念は,たとえ 画の事例を照応させると,「顧客参加型の商品 ば自動車メーカーが多くの色の選択肢から顧客 開発」は,企業が「顧客の力」を活用しながら に好みのものを選ばせたり,パソコン製造・販 商品開発を行う際に,以下のような特徴を持っ 売会社のデルが多くのコンポーネントの選択肢 ているものと言えるのではないだろうか。 から顧客が求める独自の商品を組み立てさせた りする「マス・カスタマイゼーション」の概念 A. 企業と顧客の関係の双方向性・継続性:企 と近いように見える。しかしながら,Prahalad 業から顧客への一方向的で単発の依頼ではなく, and Krishnan(2008)は,こういった従来型 企業と顧客の間のコミュニケーション環境を介 の「マス・カスタマイゼーション」は,しばし した,双方向的で,継続的な関係が想定されて ば,提供者側からの個々の顧客の行動やニーズ, いる 能力の理解に基づいていない「お仕着せの」選 Tapscott and Williams(2006)の挙げるリナ 択肢の提示に留まっており,それは「お仕着せ」 ックスやセカンドライフ,BMW,フルヴォー ではない「きめ細かな」選択肢を提示するため グの商品開発に対する「顧客の継続的な参加」 に必要な業務プロセスや物流などバックエンド や, Kotler et al.(2010)が提唱する,「プラ 側の業務を過小評価していたためであると指摘 ットフォーム」における「顧客からフィードバ 109 JAPAN MARKETING JOURNAL 118 ● テーマ書評シリーズ ックを求める」プロセスは,調査会社を通じて からの尊敬といった,より理念的な動機に基づ 企業から顧客に一方的に質問をし,その質問に いて参加している。 対する回答を得れば,それで両者の間の関係は 完結する単発の調査とは異なり,企業が顧客と C. 企業側の顧客からの学習結果の自己反映の の関係に(実際に顧客がそのように行動するか 柔軟性:顧客から学習したこと(例:顧客から どうかはともかく)ある程度の双方向性や継続 のフィードバック,顧客の中に生まれたアイデ 性を想定し,かつ,期待しているのではないか。 ィアなどから見いだされた,提供価値を高める 良品計画の「くらしの良品研究所」やレゴの ためのヒント)を,ときには自らのそれまでの 「LEGO CUUSSO」は,いずれも,インターネ 事業モデル(例:鍵となる知的財産,事業の生 ットを活用した「プラットフォーム」を介して, 態系)を変えながら反映させることができる柔 顧客から受け取った回答やアイディアをもとに 軟性がある 深化させ,改善した商品のコンセプトや仕様を Prahalad and Krishnan(2008)は,従来型の 顧客に再び提示し,さらに評価やアイディアを 「マス・カスタマイゼーション」の「お仕着せ の」選択肢の提示と「共同創造」とを峻別し, 求めている。こういった「プラットフォーム」 は,しばしば,企業が顧客を会員制度(例:モ 「その瞬間において個別化された顧客体験」を ニター会員,ネット会員,会員サイトなど)に 提供するために自社資源にこだわらないダイナ 募集し,会員向けの個別のコミュニケーション ミックな資源調達を提唱している。また, 手段(例:会員向けメールマガジン,マイペー Kotler et al.(2010) 「顧客からのフィードバッ ジ)といった形態で提供される。 クや,顧客によって取り組まれたカスタマイズ を自らの中に取り込む」プロセスを提唱してい B. 顧客側の参加動機の理念性:顧客が,実利 る。こういった資源調達の仕方やプロセスは, 的な動機(例: 経済合理性に基づく取引)に基 企業が,顧客とのコミュニケーションを通じて づいてのみではなく,理念的な動機も持ちなが 学習したことに対して,それまでの自社の仕組 ら参加をしている みにとらわれずに,顧客が求めるものに合わせ Tapscott and Williams(2006)の挙げるリナ て自らにない資源の調達のための生態系を新た ックスやセカンドライフ,BMW,フルヴォー に構築し,自らの事業モデルを変革させるよう グの商品開発に対する「顧客の積極的な参加」 な柔軟性を持っているものと整理できるのでは ないか。 や, Prahalad and Krishnan (2008)の挙げるグ ーグルの「iGoogle」の利用におけるカスタマ 「くらしの良品研究所」を提供している良品計 イズをする顧客は,調査会社から謝礼を提示さ 画はもともと,新たな調達先を見つけることに れ,その対価として調査に回答している顧客と 対して柔軟な独立系の小売業を起点に製造・小 比べると,より理念的な動機に基づいて参加し 売業に発展してきたためか,本業においても, ているのではないか。 通常の製造業よりもきめ細かなニーズを読み取 良品計画の「くらしの良品研究所」の「アイデ り,商品化することに定評がある。その一方で, ィア投票」やレゴの「LEGO CUUSSO」は, もともと製造業であったレゴは,先に紹介した それが商品化されることによる謝礼やロイヤル ように,米マサチューセッツ工科大学と共同開 ティを前面に打ち出していないにもかかわらず, 発した「マインドストーム」において,発売直 アイディアの評価や提案をしている顧客は,自 後の顧客たちのソフトウェアの「勝手な改良」 らの望むアイディアの実現やそれを通じた他者 に対して,当初レゴの経営陣は「レゴブランド ● JAPAN MARKETING JOURNAL 118 110 顧客参加型の商品開発 用しようとする「セルフサービス」の研究 を棄損する」「レゴが開発中の商品と競合する おそれがある」と「激怒していた」そうだが, 「しばらく様子を見よう」ということとなり, 〔Lovelock and Young(1979), Mills et al. (1983), Kelley et al.(1990)など〕 (3)顧客 次第に利用者から生まれる改良に,むしろ自社 を「関係を築き,深める対象」と位置づけ,個 市場の裾野を広げる可能性を見いだし,顧客に 別的で継続的な関係を通じて得た学習を活用し よる改良を,むしろ奨励し,支援し,自社の次 ようとする「リレーションシップ・マーケティ 世代の商品開発チームに招聘するまでになった, ング/ CRM」の研究〔Christopher et al. と当時の開発者だったソレン・ルンド氏が語っ (1991),Pine et al.(1995)など〕 (4)顧客を価 ている。以後レゴが「レゴ・ファクトリ」 値の交換や共同生産に積極的に参加する自発的 「LEGO CUSSO」につながる,顧客からの学習 な資源(operant resource)と位置づけ,顧客 結果の自己反映の柔軟性を持つに至った興味深 の参加を活用しようとする「サービス・ドミナ いエピソードといえよう。 ン ト ・ ロ ジ ッ ク 」 の 研 究 〔 Prahalad and Ramaswamy( 2004), Vargo and Lusch (2004)など〕の四つの文脈を背景として,五 以上のような事例と概念の整理から,「顧客 つの展開方法の概念が提唱されている。 参加型の商品開発」は,「企業が,実利的な動 機にとどまらない理念的な動機を持った顧客に まず,「イノベーションの源泉」と「セルフ 対して,双方向的・継続的な関係を構築できる サービス」の文脈を背景に登場した展開方法に 関する概念を整理しよう。 「プラットフォーム」を提供し,そこで展開さ れたコミュニケーションをきっかけに学習した von Hippel(1994)は,顧客が自ら利用する ことを,自らの事業に柔軟に反映させながら商 中で気がつく未充足のニーズや,その解決のた 品開発を行うアプローチ」と定義できるであろ めの企業内では気がつかないようなアイディア う。 といった,顧客の利用場面に密着していて,そ それでは,「顧客参加型の商品開発」を取り の場面から切り離されると手に入れることが難 扱った学術的な研究は,どのようなものがある しい(利用場面に対して粘着性の高い)情報を だろうか。このテーマを取り扱った先行研究は, 取得するために,プロトタイプを提示し,それ に基づいて顧客と対話を展開する方法の有効性 「顧客参加型の商品開発」の展開方法に関する 概念を提唱した研究,「顧客参加型の商品開発」 を提唱した。しかしながら,この方法を実務に の有効性を検証した研究の二つに大別される。 おいて展開しようとすると,企業の商品開発者 それぞれについて,先行研究を俯瞰してみよう。 が,限られた時間の中で,一方では顧客と実際 に会い,彼ら・彼女らにプロトタイプなどを提 ★ 「顧客参加型の商品開発」の展開 方法の概念を提唱した研究 示し,その利用場面を見ながら未充足ニーズや 課題を探索し,他方ではそのようなニーズや課 「顧客参加型の商品開発」については,(1) 題を解決するアイディアを,自社内の研究開発 顧客を「イノベーションの源泉となる情報」の 部門や生産部門,取引会社などと調整するとい 保有者と位置づけ,情報源として活用しようと ったプロセスを実行しなければならず,多大な する「イノベーションの源泉」の研究〔von 時間と費用がかかることが課題であった。この Hippel(1976),von Hippel(1994)など〕 「イノベーションの源泉」の議論に基づいて (2)顧客を業務の一部を代行する「部分的な従 「顧客参加型の商品開発」の様々な展開方法が 提唱されることになる。 業員」と位置づけ,サービスの生産において活 111 JAPAN MARKETING JOURNAL 118 ● テーマ書評シリーズ ■図表―― 1 「顧客参加型の商品開発」の展開方法を提唱した研究 Customer Commitment)」 や Urban and この「イノベーションの源泉」の議論と, Hauser(2004)が提唱した「バーチャル・ア 「セルフサービス」の議論,すなわち,顧客を ドバイザー」も提唱されている。 サービスの享受者であるだけではなく,ときに はサービスの業務の一部を代行してもらう「部 Thomke and von Hippel(2002)は,顧客自 分的な従業員」と位置づけ,「顧客の力」を らが商品を設計できるツールを提供し,仕様を 「サービス」の「生産」において活用しようと 自在に設定させ,プロトタイプを検証させる する Lovelock and Young(1979) ,Mills et al. 「ツールキット」の概念を提唱した。たとえば, (1983) , Kelley et al.(1990)らのアプローチ 特殊香味料を供給しているブッシュ・ボーク・ を,「サービス」以外の商品において,「生産」 アレン社は,香味料のプロフィールを記録した の前段階の「開発」において適用しようとする 大型データベースを整備し,その情報を顧客に 発想とが組み合わされて提唱されたのが, 公開し,それらを組み合わせたサンプルを提供 Thomke and von Hippel(2002)の「ツールキ する「ツールキット」を提供したことにより業 ット」である。さらに,「イノベーションの源 務の生産性を高めた。 顧客自らが商品を設計できるツールを提供し, 泉」の議論に基づいて,「ツールキット」以外 に,小川(2002)や Ogawa and Piller(2006) 顧客自身に試作品段階で仕様を自在に設定し, が提唱した「ユーザー起動法(Collective その結果生まれるプロトタイプを検証し,その ● JAPAN MARKETING JOURNAL 118 112 顧客参加型の商品開発 試行錯誤を通じて自らの望む商品を作り上げて (4)当該企業が商品化が可能だと判断した企画 いく「ツールキット」を提供する方法は, については,それを実現するために必要な最小 BtoB(企業間の取引)のみならず,今後は, 購買者数(ロット数)と販売価格を決定する 顧客自身が自らの求めるパソコンのカスタマイ (5)当該企業がインターネット上に公開した必 ズを行う機能を提供しているデルや,消費者が 要な最小購買者数と販売価格に対する購入希望 100 種類以上の食材を組み合わせて朝食用シリ 者を募集し,購入希望者が応募する (6)当該 アルをカスタマイズできる機能を計画中のゼネ 商品案に対する購入希望者数が最小必要ロット ラル・ミルズの先行的な取り組みに見られるよ 数をクリアすると商品化が決定され,販売が行 うに,BtoC(企業 = 一般消費者間の取引)で われるという,6 段階のステップで構成された も展開が進むであろうと Thomke and von ものと整理している。 Ogawa and Piller(2006)は,「ユーザー起 Hippel(2002)は論じている。 動法」を,それまでにあった「延期(postponement) 」 ちなみに,Thomke and von Hippel(2002) の「ツールキット」の概念は,本論の「顧客参 や 「マス・カスタマイゼーション (mass customization) 」 加型の商品開発」の概念,すなわち,「企業が, と対比させながら「集合的な顧客コミットメン 実利的な動機にとどまらない理念的な動機を持 ト(collective customer commitment)」とし った顧客に対して,双方向的・継続的な関係を て再定義し,その可能性を提唱した。具体的に 構築できる「プラットフォーム」を提供し,そ は,(1)メーカー主導で開発が行われる「延期」 や「マス・カスタマイゼーション」とは異なり, こで展開されたコミュニケーションをきっかけ 「集合的な顧客コミットメント」は顧客によっ に学習したことを,自らの事業に柔軟に反映さ せながら商品開発を行うアプローチ」と照応さ て新商品の設計が行われること (2)「延期」 せると,「顧客側の参加動機の理念性」と「企 には中間部品のプレファブのリスクがあり, 業側の顧客からの学習結果の自己反映の柔軟 「マス・カスタマイゼーション」には個々の顧 性」の要素が必ずしも適合しない場合も考えら 客との共同デザインを展開するためのシステム れるが,他の要素は一致した概念といえよう。 投資のリスクがあるのとは異なり,「集合的な 小川(2002)は, 顧客との対話に基づいて 顧客コミットメント」は比較的低コストのメー アイディアの創造や商品化の可否の決定を行う カーと顧客コミュニティ対話に基づいているこ 「ユーザー機動法」の概念を提唱した。具体的 と (3)「延期」は一般的な市場データに基づ には,小宮(2001)が着目した「空想生活」 いた推察に基づいた精度に限界がある意思決定 という顧客の声を起点とした商品開発のプラッ を,「マス・カスタマイゼーション」は既存顧 トフォームを提供しているエレファントデザイ 客からの受注どおりの精度は高いがコンセプト ンの事業モデルの分析に基づいて,(1)ユーザ の段階にまでは遡らない意思決定をするが, 「集合的な顧客コミットメント」は,実際に存 ーが,ユーザー起動法を採用する企業のインタ ーネット上の掲示板に自分がほしいと思う商品 在する見込客との直接的なやりとりを通じて, のアイデアを書き込む (2)他のユーザーが, コンセプト段階にまで遡った,より精度の高い 追加的意見の提示,投票,購入予約といった形 意思決定ができること (4)「延期」や「マ で,書き込まれたアイデアに対するの反応や評 ス・カスタマイゼーション」は新たな製造シス 価を書き込んだり投票したりする (3) ユーザ テムが必要とされるが,「集合的な顧客コミッ ー機動法を採用する当該企業が,そうしたユー トメント」は従来の製造システムをそのまま使 ザーからの反応を基礎に商品化の可能性を探る えること (5)「マス・カスタマイゼーション」 113 JAPAN MARKETING JOURNAL 118 ● テーマ書評シリーズ は個別の配送が求められるが,「集合的な顧客 Christopher et al.(1991)は,顧客を新たに コミットメント」は従来のマス型の配送がその 獲得する対象としてとらえるではなく,関係を まま使えることの 5 点から,新商品開発におけ 築き,深めながら維持する対象としてとらえよ るリスクを回避する有効なアプローチであり, うとする「リレーションシップ・マーケティン このアプローチは,まだほとんど市場に当該商 グ」を提唱したが,この中で,顧客との関係が 品の顧客がいない革新的な商品である場合や, 深まることによって,「支援者(supporter)」 比較的小さくて,非常に不均一なセグメントが や「啓蒙者(advocate) 」といった形で、顧客が 存在する市場において特に有効であると指摘し 自発的に「顧客の力」を活用できるようになる ている。 可能性を提示した。ただし,この議論において ちなみに,小川(2002)の「ユーザー機動 は,商品を開発するタイミングにおける活用よ 法」の概念および Ogawa and Piller(2006) りも,むしろ,開発された商品を世の中に広げ の「集合的な顧客コミットメント」の概念は, るタイミングにおける活用が想定されている。 本論の「顧客参加型の商品開発」の概念と,定 しかしながら,このようなアプローチは,まだ 義を構成するすべての要素において一致した概 今日のように情報技術が普及していなかった当 念といえよう。 時においては,大量の顧客を擁する BtoC にお いては実現させるのは難しいものであった。 Urban and Hauser(2004)は,顧客との対 話に基づいた商品推奨サービスの利用データに Blattberg and Deighton(1991)は,企業と より,顧客にとって無自覚のニーズを発見する 顧客との個別の対話を展開できるインタラクテ 「バーチャル・アドバイザー」の概念を提唱し ィブ・メディアや,対話の内容を「記憶」でき た。そして,この概念を,顧客に対する「自分 るデータベース管理技術といった情報技術が登 にぴったりのクルマが選べる」アドバイスサー 場することにより,企業と顧客の間の関係性の ビスにおいて実験をした結果,顧客が自覚して 管理を個人の粒度に高めようという概念を提唱 いる鍵となる購買要因に基づいて論理的に帰結 し,Pine et al.(1995)は,こういった個人の する商品と,実際に顧客が最終的に選択した商 粒度まで高めた企業と顧客との関係性を前提に, 品との間のギャップのデータから,そのギャッ 個々の顧客のニーズの学習に基づいた個別対応 プを生じさせる原因として顧客が自ら自覚して を展開することによって,顧客を,自らのニー いなかった未充足のニーズを発見し,このニー ズを学習していない競合他社にスイッチさせに ズが従来の市場調査では発見できなかったもの くくし,顧客あたりの取引額の拡大機会を高め で,その後市場に出てヒット商品のコンセプト る「学習関係(learning relationship)」の概念 に対応したニーズだったことを確認した。 を提唱し,その財務的な効果の可能性を提示し た。この概念が後に「CRM(Customer ちなみに,Urban and Hauser(2004)の「バー チャル・アドバイザー」の概念は,本論の「顧 Relationship Management :顧客関係性管理) 」 客参加型の商品開発」の概念と,「顧客側の参 と呼ばれるようになった。 加動機の理念性」の要素が必ずしも適合しない このようにして,BtoC でも実現性を持ち始 場合も考えられるが,他の要素は一致した概念 めた「リレーションシップ・マーケティング/ といえよう。 CRM」の概念をベースにして,その具体的な 次に,「リレーションシップ・マーケティン 展開方法として提唱されたのが,Pine et al. グ/ CRM」の文脈を背景に登場した概念群を (1993) ,Gilmore & Pine(1997)の「マス・カ スタマイゼーション」である。 整理しよう。 ● JAPAN MARKETING JOURNAL 118 114 顧客参加型の商品開発 Pine et al.(1993)は,個々の顧客の求める 己反映の柔軟性」の要素が必ずしも適合しない 仕様を把握し,商品を個別に生産する「マス・ 場合も考えられるが,他の要素は一致した概念 カスタマイゼーション」の概念を,それまでの といえよう。 そして,「サービス・ドミナント・ロジック」 マス生産と持続的な「改善」のアプローチに代 の文脈を背景に登場した概念群を整理しよう。 わる新たな競争優位戦略として提唱した。 Gilmore & Pine(1997)は,「マス・カスタ Prahalad and Ramaswamy(2000)は,「リ マイゼーション」のアイディアをより精緻化し, レーションシップ・マーケティング」「CRM」 「商品自体を変えるか変えないか」「商品の顧客 において提唱されてきた「個々の顧客との生涯 に対する見せ方を変えるか変えないか」の二軸 の絆を重視する」モデルの進化形として,「顧 により,4 つのバリエーションに精緻化して論 客を価値の共同創造者」と見なすモデルを提唱 じている。これらの中で,単に商品の見せ方の した。そして,「受動的な聴衆」ではなく「能 レベルではなく,商品自体をカスタマイズする 動的なプレイヤー」となった顧客と積極的に対 「共創のカスタム化(collaborative)」と「深層 話し,個別化された体験を創造し,商品に対す のカスタム化(transparent)」が,本論の「顧 る期待を創造し,ともに認知を広げていくこと 客参加型の商品開発」に関連するものと位置づ により,競争優位を実現させる戦略を提唱した。 けられよう。「共創のカスタム化」は,パリー ちなみに,このモデルが,後に Vargo and ミキ社(メガネ)が,顧客に長さ,幅,フィッ Lusch(2004)が提唱する「サービス・ドミナ ト感の良さ,使いやすさのそれぞれについて数 ント・ロジック」に継承されることとなる。 この議論に基づいて,Prahalad and Ramaswamy 多くの選択肢を提示し,商品の仕様やデザイン を変える(=商品自体を変える)ことができ, (2004)は,「マス・カスタマイゼーション」 かつ,顧客に自覚的に参加させながらニーズを などそれまでに提唱されてきた「顧客の参加」 探り出し,満たしている(=商品の見せ方を変 に関するアイディアについて,興味深い部分は える)ような,商品自体と商品の見せ方の双方 あるものの,いずれも顧客を受動的な存在とし て取り扱い,企業中心的な発想に基づいて, を変えるアプローチである。「深層のカスタム 化」は,リッツ・カールトン社(ホテル)が, 「企業が体験の全体の編成を管理している(the 顧客にアンケート用紙に書き込む手間をかけさ firm is still in charge of the overall せずに(=商品の見せ方を変えない),個々の orchestration of the experience)」として,先 顧客が宿泊ごとに表す嗜好(例:アレルギー反 に紹介した Prahalad and Krishnan(2008)に 応を抑える枕,クラシック専用ラジオ局,チョ おいて展開されるような批判的な立場を取り始 コレート・チップ・クッキー)を顧客データベ めている。 Vargo and Lusch(2004)は,従来のマーケ ースに入力し,その顧客の次回の宿泊時にサー ビスとして提供し,ニーズを満たしている(= ティングにおいては,「企業は顧客に『モノ 商品自体を変える)ような,商品の見せ方は変 (goods)』を提供していて,その剰余や付加価 えずに,商品自体のみを変えるアプローチであ 値としてサービスを一緒に提供している」とい る。 う考え方が主流であったが,このような考え方 に対する批判的な立場として,「企業は顧客に ちなみに,Gilmore & Pine(1997)の「共創 のカスタム化」の概念は,本論の「顧客参加型 『あらゆるサービス(everything as a service) 』 の商品開発」の概念と,「顧客側の参加動機の を提供していて,有形の製品はその構成要素に 理念性」と「企業側の顧客からの学習結果の自 すぎない」という考え方(「サービス・ドミナ 115 JAPAN MARKETING JOURNAL 118 ● テーマ書評シリーズ ント・ロジック」)を提唱した。この「サービ の提供価値の革新性を高めるアプローチ (2) ス・ドミナント・ロジック」の考え方に基づく 企業と顧客の間のコミュケーションにおいて調 と,顧客は,単なる「モノ」の受け手であるこ 整コストを下げることにより「高い頻度の企業 とにとどまらず,「サービス」の共同生産者で と顧客の間の擦り合わせ」の能力を高め,その あり,価値は生産する企業の側で決められず, 結果として商品の提供価値の顧客ニーズとの適 使用する顧客の側で決められ,顧客はモノを買 合性を高め,商品の市場導入タイミングを早め うように操作をされる資源(operand resource) るアプローチ (3)企業とパートナー企業の間 ではなく,価値の交換や共同生産に積極的に参 のコミュニケーションにおいて調整コストを下 加する自発的な資源(operant resource)であ げ,不特定多数の個人単位のパートナーの自発 ると見えてくる。 的な協力を取り込み,企業の壁を越えた業務の マッチングを進めることにより,「顧客のニー 「サービス・ドミナント・ロジック」は, 企業が顧客に対して,双方向的・継続的な関係 ズに適合した商品の組み合わせによる課題解 を構築できる「プラットフォーム」を提供する 決」の能力を高め,その結果として商品の提供 だけでは十分ではなく,そのような「プラット 価値の顧客ニーズとの適合性を高め,商品の市 フォーム」において,顧客をより能動的,自発 場導入タイミングを早めるアプローチの三つを 的な存在として認め,自らをそういった顧客に 提唱した。 Prahalad and Krishnan(2008)の「プラッ 対してどこまで柔軟に変えていけるかが,競争 トフォーム」や 及川(2009a)の概念も,本論 優位の実現の鍵となることを強調している。 これらの概念をベースにして,その具体的な の「顧客参加型の商品開発」の概念と(そもそ 展開方法として提唱されたのが,先に紹介した も前者は「顧客参加型の商品開発」の概念の定 Prahalad and Krishnan(2008)の「プラット 義のベースとなっているので)一致した概念と フォーム」や,及川(2009a)の「Web2.0 的な 言えるが,これらの概念は,他の概念よりも コミュニケーション環境における商品開発戦 「企業側の顧客からの学習結果の自己反映の柔 軟性」を強調している(例:「その瞬間におい 略」である。 て個別化された顧客体験」を実現するために, 及川(2009a)は,インターネットを従来の メディアやチャネルの単なる代替としてではな 自社単独の資源を超えて,他社から,ときには く,企業活動や消費者行動,企業と消費者の間 国境も超えて連携するモデル)のが特徴的と言 の関係に質的な変化をもたらす非連続的なイノ えよう。 ベーションとしてとらえる「Web2.0」の概念 ★ 「顧客参加型の商品開発」の有効性 を検証した研究 に基づいて,企業内のコミュニケーションの変 化,企業と顧客の間のコミュケーションの変化, 企業とパートナー企業の間のコミュニケーショ 「顧客参加型の商品開発」については,概念 ンのそれぞれに起こるであろう変化と,その変 が新しいためか,その有効性を実証的に検証し 化を活用した新たな商品開発のアプローチを提 た研究はまだ揃っていない。そこで,実務家が 唱した。具体的には,(1)企業内のコミュニケ 「顧客参加型の商品開発」を導入しようとする ーションにおいて「共感醸成型コミュニケーシ 際に想定される論点と照応させながら,登場し ョン」「探索型コミュニケーション」を展開す 始めた研究を整理してみよう。 ることにより,企業内の協働における「共同化」 「連結化」の能力を高め,その結果として商品 ● JAPAN MARKETING JOURNAL 118 まず,「顧客参加型の商品開発」によってど れくらい商品の品質や顧客の購買意向,購買行 116 顧客参加型の商品開発 ■図表―― 2 「顧客参加型の商品開発」の有効性を検証するにあたっての論点 動が高まるのかという論点に関連した研究とし の優位性(競合に対する顧客ニーズへの適合度, ては,Campbell and Cooper(1999)が挙げら 競合に対する品質の優位性,顧客に対する便益 れよう。 のわかりやすさ,便益の説明のしやすさの合成 Campbell and Cooper(1999)は,製造業 指標)においては,顧客の参加によって開発さ (化学,電気,産業財など)88 社を対象とした れた新商品の方が,社内メンバーのみで開発さ 調査により,顧客の参加によって開発された新 れた新商品よりも高いことが明らかになった。 商品と社内メンバーのみのプロジェクトによっ この結果,少なくとも新商品の優位性を高める て開発された新商品とで,新商品開発の成功の ためには顧客参加型の商品開発が広く一般的に 確率が異なるかを比較した。その結果,成功を 効果的であることが確認された。Campbell 判別する指標(例:他のプロジェクトと比べた and Cooper(1999)のようなアプローチの実 相対的な収益性の高さ,売上目標の達成,収益 証研究が,本論で定義された今日的な「顧客参 目標の達成,販売へのポジティブな貢献,収益 加型の商品開発」の主要なアプローチ群である へのポジティブな貢献,迅速で効率的な実行, 「ツールキット」「ユーザー起動法」「プラット スケジュールの遵守,他商品の展開機械の拡張, フォーム」においても展開されることによって, 新たな市場へのアクセス,技術的な成功)にお 実務家がこういったアプローチを採用するべき いては有意な違いは確認できなかったが,商品 かどうかについて,より判断がしやくすくなる 117 JAPAN MARKETING JOURNAL 118 ● テーマ書評シリーズ フォームの開発・運用にはどれくらい投資が必 であろう。 次に,「顧客参加型の商品開発」によってど 要かという論点については,先に紹介した れくらい顧客の心理的なバイアスが働くかとい Ogawa and Piller (2006)が日米の企業のインタ う論点に関連した研究としては,Fuchs et al. ビューによって探索をしているものの,広範な 企業を対象とした定量的な検証については,こ (2010)の研究が挙げられよう。 ういったアプローチが今日のようにごく一部の Fuchs et al.(2010)は,毎週 20 種類の T シ ャツのプロトタイプを提示し,そこから評価で 企業でしか採用されていない段階でではなく, 人気が高かった 5 つを市場に導入することにし もう少し一般的になってきた段階で進めるのが ている架空の海外の T シャツブランドを設定 待たれるところであろう。 し,264 人のヨーロッパの大学の学部生を,自 上記のそれぞれの論点について,一般的に有 らが 20 種類の T シャツの評価に実際に参加し 効かどうかとともに,自社において有効なのか たグループと参加しなかったグループ(20 種 どうかについても,それを採用すべきかどうか 類の T シャツを提示しなかったグループ,提 判断を求められている実務家にとって関心が高 示したが投票のみ参加させなかったグループ, い論点であろう。 従来型の市場調査によって市場に導入する 5 つ それぞれの先行研究で対象とされている商品 を決めている設定に変えたグループ)で比較し のカテゴリー軸による違いとともに,「顧客参 たところ,評価に実際に参加したグループが, 加型商品開発」を実行しようとしている企業あ より購買意向を高めることを確認した。 るいは対象とする商品の顧客に知覚されている 「顧客参加型の商品開発」にどれくら利用経 ブランド・パーソナリティの軸,たとえば 験・利用意向・利用可能の出現率があるかとい Fournier(1998)のブランド・リレーションシ う論点に関連した研究としては,及川(2009b) ップの 15 形態や, Aaker(1997)のブラン ド・イメージの自己イメージとの「適合性」, の調査が挙げられよう。 及川(2009b)は,ネット調査パネルに登録 久保田(2009)のブランド・イメージの自己 している一般顧客 1,076 人に対して,「ツール 概念との「同一化」による違いや,実行してい キット」 「ユーザー起動法」 「プラットフォーム」 る企業の顧客からの学習結果の反映の巧拙に関 のそれぞれに近接する既存の 5 種類のアプロー 連する戦略的志向の軸,たとえば Narver and チの募集情報への接触経験率,接触者の中の協 Slater(1990)から始まり,岩下(2007)が体 力への転換率を調査した結果,それぞれの種類 系的に整理している「市場志向」や,Ramani のアプローチによって 募集情報への接触経験 and Kumar(2008)の「インタラクション志 率,すなわち企業が一般消費者に対して当該ア 向」による違いが明らかになることにより,実 プローチを使って働きかけている度合いにはば 務家が自社において「顧客参加型の商品開発」 らつきがあったものの,接触者の協力への転換 を採用するべきかどうかについて,より判断が 率は,いずれの手法も 20%を超えていたこと しやすくなるであろう。 から,これから企業がこういったアプローチを ★ おわりに 採用ことによって,ある程度の量のカバレッジ が期待できることを確認した。 本論においては,まず,多くの人がまちまち 「顧客参加型の商品開発」によってプロセス の定義で使っている「顧客参加型の商品開発」 のどの部分が,どれくらい変化するかという論 の概念を,最近の実務の事例および実務家に注 点および「顧客参加型の商品開発」のプラット 目されている概念をもとに定義し,その上で, ● JAPAN MARKETING JOURNAL 118 118 顧客参加型の商品開発 この概念に関連して,学術において提唱されて きたより具体的な展開方法に関連する概念を俯 瞰し,取り組み始められたばかりの有効性の検 証に関する研究を,残された課題とともに整理 することを試みた。 ただし,このテーマに関連する前提条件の変 化や新たな概念の登場,それぞれの概念に関連 する発見がまさに現在進行形で登場していると ころであり, Kotler et al. (2010)の着目をきっ かけに,さらに研究が活性化することが期待さ れる。 なお,本稿の作成のベースとなった「顧客参 加型の商品開発」に関連する概念の整理におい ては,恩藏直人先生(早稲田大学)および早稲 田大学大学院商学研究科の恩藏ゼミナールのメ ンバーから貴重なコメントを頂戴した。また, 文献研究においては,吉田秀雄記念財団の助成 をいただいた。ここに謝意を表したい。 参考文献 Aaker, Jennifer L.(1997),“Dimensions of Brand Personality,” Journal of Marketing Research, 34(3), 347-356. Blattberg, Robert C. and John Deighton (1991),“Interactive Marketing: Exploiting the Age of Addressability,” Sloan Management Review, Fall 1991, 5-14. Campbell, Alexandra J. and Robert G. Cooper (1999),“Do Customer Partnerships Improve New Product Success Rates?”Industrial Marketing Management, 28, 507519. Christopher, Martin, Adrian Payne, and David Ballantyne (1991), Relationship Marketing, Oxford: ButterworthHeinemann. Fournier, Susan (1998),“Consumers and Their Brands: Developing Relationship Theory in Consumer Research,”Journal of Consumer Research, 24 (4), 343373. 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