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地域別研修・アフリカ地域(英語圏) 「INSET 運営管理」 実 施 要 領

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地域別研修・アフリカ地域(英語圏) 「INSET 運営管理」 実 施 要 領
平成 24 年度
(第 1 回)
地域別研修・アフリカ地域(英語圏)
「INSET 運営管理」
実
施
要
領
平成 24 年 11 月
独立行政法人国際協力機構中国国際センター
1
目
1.研修コース名等
次
………………………………………… 3
2.コースの背景・目的
3.到達目標
…………………………………… 3
………………………………………………… 4
4.研修項目・研修方法
…………………………………… 4
5.研修員参加資格要件
…………………………………… 4
………………………………… 5
6.研修実施体制及び運営
7.研修施設・宿泊施設
8.研修教材・資機材
…………………………………… 5
……………………………………… 5
9.研修付帯プログラム
10.研修の評価
…………………………………… 5
…………………………………………… 6
(別添1)研修概念図
(別添2)カリキュラム
(別添3)研修日程
(別添4)研修実績
(別添5)参加国情報
2
1.研修コース名等
(1)研修コース名:
和文:アフリカ地域(英語圏)
「INSET 運営管理」
英文:INSET Management for Anglophone Countries in Africa
(2)コース開設年度:平成 24 年度
(3)研修期間:
a.全体受入期間:平成 24 年 11 月 20 日~平成 24 年 12 月 20 日
b.技術研修期間:平成 24 年 11 月 26 日~平成 24 年 12 月 19 日
(4)定員:11 名
(国別研修で 6 名上乗せで合計 17 名)
(5)実施機関:1)独立行政法人国際協力機構中国国際センター
2)広島大学国際協力研究科
2.コースの背景・目的
(1)背景
1990 年に開催された「万人のための教育世界会議(WCEFA:World Conference for
Education For All)」(タイ、ジョムティエン)で基礎教育の拡充が国際社会共通の目標
としてコンセンサスを得たことを皮切りに、多くの国際援助機関が開発途上国への基礎
教育協力に焦点をあてた活動を展開するようになった。
その後、2000 年の国連ミレニアム・サミットで採択された国連ミレニアム宣言では、
貧困削減のため 8 つの目標と 18 のターゲットが掲げられている。この中で、2015 年まで
に普遍的な初等教育を実現することや、全ての教育段階における男女格差を解消するこ
とが目標として述べられている。
さ ら に 、 2008 年 5 月 に は ア フ リ カ 開 発 会 議 Ⅵ ( TICAD Ⅵ ;Tokyo International
Conference for African Development Ⅵ)にて横浜行動計画 2008 年が表明され、JICA
は同行動計画に沿って、「教育の質向上(10 万人の理数科教員に対する研修を実施)」を
今後 5 年間で達成すべき目標のひとつとして掲げた。
これまで、広島大学の協力のもと、ケニア SMASE のカウンターパートを対象とした国
別研修を実施しており、近年、理数科教育強化-西部・東部・中部・南部アフリカ
(SMASE-WECSA; Strengthening of Mathematics and Science Education in Western,
Eastern, Central and Southern Africa)地域ネットワークの強化に伴い、同様の技術
協力プロジェクトを実施している周辺国からも本邦研修への参加ニーズが高まっている。
これを受け、教員研修を担当する教育行政機関の行政官・指導主事を対象とし、日本で
の現職教員研修についての講義、視察及び自国との比較分析を通して、INSET 運営管理の
改善計画を策定することを目的としてアフリカ地域 INSET 運営管理研修が実施されるこ
ととなった。
3
3.案件目標・単元目標
案件目標:初中等教育における現職教員研修の運営管理を担当している教育行政機関にお
いて、改善案が検討され、今後の方針を含む検討結果が取りまとめられる。
単元目標1:各国の現職教員研修に係る現状と課題が整理される。
単元目標2:日本の現職教員研修制度の仕組み、各行政レベルの役割を理解する。
単元目標3:地方レベル・学校レベルでの現職教員研修運営管理について理解する。
単元目標4:自国で、実施可能、且つ、合理的な現職教員研修運営管理改善計画案が作成
される。
単元目標5: 帰国後、研修員が策定した改善計画が所属組織の関係者間で共有され、実施
のためのポイントが整理される。
4.研修項目・研修方法
(1)プログラムオリエンテーション
研修開始に際し、本研修の目的・到達目標・研修全体の流れを確認する。
(2)技術研修
別添1研修概念図、別添2カリキュラム、別添3研修日程参照。技術研修では、日本の
教育について、理論から現場視察を通して、現職教員研修制度の管理運営に係る仕組み、
各行政レベルの役割を理解した上で、自国の現職教員研修に係る提案書を作成する。
(3)現職教員研修に係る提案書の作成・発表
研修員の問題意識を基に、研修で学び得た知識や技術を踏まえて、研修員の所属機関に
おける現職教員研修の改善のための提案書を作成し発表する。
5.研修員参加資格要件
(1)研修参加資格要件
【不可欠な条件】
1)現職教員研修を担当している中央又は地方教育行政官、指導主事
2)当該分野で 5 年以上の実務経験を有する者
3)45 歳以下である者
4)英語に堪能である者
5)心身ともに健康である者
6)軍務に従事していない者
【推奨される条件】
7)JICA の理数科プロジェクトによって推薦された者
(2)今年度割当国
10 カ国:エチオピア(1)、ガーナ(1)ケニア(1)、マラウイ(2)、ナイジェリア(1)、ザ
ンビア(1)、ウガンダ(1)、ルワンダ(1)、タンザニア(1)、シエラレオネ(1)
*上記に加え、国別研修としてケニア(3)、エチオピア(1)、ザンビア(2)が参加
4
(3)人選方法
本コースのG.I.に基づき、参加割り当て国から提出される要望書により、資格要件
及びインセプションレポートの内容を選考基準として、独立行政法人国際協力機構(JI
CA)と実施機関が協議の上、選考する。
6.研修実施体制及び運営
(1)本コースは独立行政法人国際協力機構中国国際センター(以下、JICA 中国)が国立大
学法人 広島大学国際協力研究科の協力を得て実施運営するものとする。
(2)研修期間中、JICA 中国は研修監理員を配置し、業務調整及び通訳業務にあたりコース
の円滑な実施運営をはかるものとする。
7.研修施設・宿泊施設
(1)研修施設
(2)研修宿泊施設
JICA 中国国際センター
〒739-0046
広島県東広島市鏡山3-3-1
TEL:082-421-6310
FAX:082-420-8082
ひろしま国際プラザ内
同上
8.研修教材・資機材
(1)教材
講義、視察等で使用するテキストは、JICA 中国が講師との連絡・手配および印刷製本(必
要に応じて翻訳)を行う。
(2)資機材
講義、視察等で使用する資機材は、JICA 中国が講師等との連絡・手配を行う。
9.研修付帯プログラム
(1)ブリーフィング
来日翌日から、来日事務手続き、滞在諸手当の支給及び日常生活の一般留意事項、コ
ンピューター基本操作についてのブリーフィングを、JICA 中国が実施する。
(2)ジェネラルオリエンテーション
ブリーフィングのほか 1 日間で、日本の教育等の講義、平和研修に関してのジェネラ
ルオリエンテーション、JICA 中国が実施する。
5
(3)日本語講習
研修を円滑に推進するため、夜間日本語講習を 3 回実施する。
10.研修の評価
研修目標の達成度合いについて、的確に把握するとともに、今後の同コース運営の参考
に資するため、次のとおり評価会等を実施する。
(1)評価の目的
研修成果を測定、評価することを通じて、コース実施上の問題点を明らかにし、それ
らの分析検討を行うことにより、コースの質的改善を図る。
(2)評価の方法
本研修の成果レポートから自らの業務と関連させながら日本での経験や他国の事例を
参考にしながら帰国後活用できる要素を学べたかを評価する。また、コース終了時に、
評価会を開き、所定の質問票によりコース全体についての評価を行う。この評価会には、
国際協力機構、研修実施関係者及び研修員が出席し、研修目的とプログラム構成、指導
方法、内容の理解度等について協議する。
帰国後の活動に関しては、進捗活動報告書(帰国 3 ヵ月後に提出)の内容で評価する。
評価にあたっては、国際協力機構担当が、研修員の帰国後の活動内容を評価すると共に、
適宜研修員に対してフィードバックを与える。
また、来年度コースに向けて反省会を開き、上記評価結果を受けて改善点を検討する。
6
アフリカ地域(英語圏)「INSET運営管理」研修概念図
上位目標:現職教員研修の改善計画案が実施され、参加国内における現職
教員研修の運営管理体制が強化される。
別添1
・関連プロジェクト、専門家からの助
言
・他の関連機関との情報共有、協議
・他の研修員からのフィードバック、
事例共有
案件目標:英語圏アフリカ地域で、教員研修を担当している教育行政官が作
成する教員研修の業務改善計画案が自国の関係者と共有される
・事後活動報告書に対する研修実
施機関からのコメント、フィードバッ
ク等
事後
単元5:帰国後、研修員が策定した改善計画が所属組織の関係者間で共有さ
れ、実施のためのポイントが整理される。
・INSET改善提案書の報告・検討、
実施
・プログレスレポート作成・提出
単元4:自国で、実施可能、且つ、合理的な現職教員研修運営管理改善計画
案が作成される。
・他参加者との意見交換
・INSET改善提案書作成
本邦
【講義中心】
・日本の教育制度の概要
・現職教員研修の仕組み
・各行政レベルの役割
単元2:日本の現職教員
研修制度の仕組み、各
行政レベルの役割を理
解する。
単元3:地方レベル・学
校レベルでの現職教
員研修運営管理につ
いて理解する。
事前
単元1:各国の現職教員研
修に係る現状と課題が整理
される。
・地方教育機関における現職教員研
修
・学校現場における現職教員研修
・モニタリング
・授業研究
・日本の教師の力量形成プロセス
・問題分析WS
・課題の洗い出し、レポート作成
・事前学習
別添2
INSET運営管理カリキュラム
上位目標:現職教員研修の改善計画案が実施され、参加国内における現職教員研修の運営管理体制が強化される。
案件目標:英語圏アフリカ地域で、教員研修を担当している教育行政官が作成する教員研修の業務改善計画案が自国の関係者と共有される
単元1:各国の現職教員研修に係る現状と課題が整理される。
単元2:日本の現職教員研修制度の仕組み、各行政レベルの役割を理解する。
単元3:地方レベル・学校レベルでの現職教員研修運営管理について理解する。
単元4:自国で、実施可能、且つ、合理的な現職教員研修運営管理改善計画案が作成される。
単元5:帰国後、研修員が策定した改善計画が所属組織の関係者間で共有され、実施のためのポイントが整理される
単元
科目名
形式
カントリーレポート発表
発表
課題明確化のための演習
WS
目的
INSETについての共有
内容
国ごとにカントリーレポートを発表する
1
日本の教育行政
教育委員会の役割と挑戦
2
3
4
INSET課題の共有、本研修での問
日本で学ぶべき事項を明確化する
題意識の明確化
日本の教育行政の仕組みを理解
講義・討議 する(組織間の関係とお金の流
れ等)。
講義
日本の教育システム、教育組織体制、中央・地方の
教育予算とお金の流れ、文科省-教育委員会-教育
センターの役割と権限
教育委員会の役割、指導主事の役割、学校モニタリ
INSETにおける教育委員会の役割
ング、ひろしま型カリキュラム導入における教育委
を理解する。
員会の活動
講師等担当者
日数
池田先生
武村先生
石原先生
1
石原先生
JICA
2
黒田先生
1
広島市教育委員会
0.5
講義・討議
日本における教育課程の変遷過
程を知る
時代における日本の教育課程の変遷
武村先生
0.5
授業観察の視点(生徒中心の授業
とは)
講義
日本が目指す子供中心の授業を
知る
日本が目指す子供中心の授業を知る
池田先生
0.5
フィリピンとケニアの理数科プロ
ジェクトの比較
講義
日本以外での国における理数科
教育の発展について、JICAプロ
ジェクトを通して知る
日本以外での国における理数科教育の発展過程
池田先生
0.5
授業研究視察
視察
授業研究の実際を理解する。
ひろしま型カリキュラムを導入するための広島市教
育委員会が主導で行う授業研究を視察。
江波小学校
0.5
学校訪問(学校経営について、授業
視察)
講義
視察
校内研修における校長の役割や
年間の運営体制について理解す
る。
校内で行う研修について(授業研究・講師を呼んで
の研修)の年間計画・役割分担・予算の配当などを
駅家西小学校
知る。校長の役割、公務分掌。質を担保するうえで
の工夫。
1
位置づけ・活動、INSETに関する活動
研修プログラムの実際、教員のライフステージへの
教育センター
配慮、プログラム作成過程、講師の選定、法廷研修
と授業研究の関連、課題
1.5
教育センター
0.5
日本の教育変遷
教育センターの果たす役割
教育センターと現職教員研修概要
教育センター運営予算について
現職教員研修体験
館内視察
講義
実習
教育センターの運営・役割につ
いて知る
教師のライフステージに配慮し
て研修が形成されていることを
理解する。
法定研修の模擬受講
INSETに係る国、県・市の教育委員会の役割と権
限、INSETに係る予算の流れと使用内容、指導主事
日本の現職教員制度
講義・討議 INSETに係る全体像を理解する。
千々布先生
等指導者の配置状況、教師への研修日当・交通費等
の有無、カリキュラム作成プロセス
日本の教育の歴史に関して知
情報ひろばの視察を通して、日本の工夫や取り組み
情報ひろば
視察
文部科学省
る。
を知る。
国が行う子どもの科学技術への 国立科学博物館の視察を通して、博物館の工夫や取
国立科学博物館
国立科学博物館
視察
興味関心を高める活動を知る。 り組みを知る。
授業研究を途上国で実施する際 授業研究の強み・弱み、授業研究の質を担保するう
INSET成果と課題
講義
馬場先生
の留意点等を知る。
えでの工夫。
国レベルでの教育改善を行うた
国の教育を動かすとは~教科調査官
武村先生の日本及びアフリカの経験から国の教育改
講義・討議 めに必要となる事項を分析す
武村先生
として~
善のために必要な事柄を分析する。
る。
研修の中身を振り返り、自国と
研修への振り返り
討議
の比較を行い、これまで学んだ 振り返りディスカッション
JICA
ことを整理する。
0.5
0.5
0.5
0.5
0.5
1.5
アクションプランの作成
実習
アクションプランを作成する。
アクションプラン作成作業
石原先生
JICA
2
アクションプランの発表
発表
今後の活用について意思表示を
行う。
アクションプランの発表
池田先生
武村先生
石原先生
1
別添3
研修日程案
研修コース名
アフリカ地域(英語圏)「INSET運営管理」コース
研修コース番号
J1204014
研修期間
~
時刻
形態
日付
11/20
(火)
11/21
(水)
~
~
~
~
11/27
(火)
11/28
(水)
11/29
(木)
11/30
(金)
2012/12/20
研修員数
研修内容
氏名
課題別研修
17人
講師又は見学先担当者等
所属先及び職位
研修場所
実習
実習
実習
実習
開講式・ブリーフィング
ブリーフィング
オリエンテーション(日本の教育経験JICADVD)
広島平和研修
萩原真貴子
萩原真貴子
下田 旭美
JICA中国
JICA中国
JICA中国
ひろしま国際センター
HIP
平和公園
HIP
HIP
9:30
発表 カントリーレポート発表
池田 秀雄
武村 重和
石原 伸一
広島大学大学院国際協力研究科 教授
広島大学 名誉教授
広島大学大学院国際協力研究科 特任准教授
SR1&2
HIP
実習 問題分析ワークショップ
石原 伸一
関 いずみ
飯田 真弓
広島大学大学院国際協力研究科 特任准教授
研修監理員(モデレーター)
研修監理員(モデレーター)
SR1&2
HIP
実習 問題分析ワークショップ
石原 伸一
関 いずみ
飯田 直子
広島大学大学院国際協力研究科 特任准教授
研修監理員(モデレーター)
研修監理員(モデレーター)
SR1&2
HIP
見学 広島市教育委員会
松浦 宰雄
広島市教育委員会 学校教育部 指導第一課 市役所 本庁舎14階
課長補佐
第2応接室
見学 授業研究会視察(14:00から公開授業)
大塚 徳
広島市立江波小学校 校長
~ 12:30
13:30 ~ 16:00
9:30
~ 12:30
13:30 ~ 16:00
9:30
~ 12:30
13:30 ~ 16:00
9:30
~ 11:30
13:40 ~ 15:40
9:30
~ 12:00
講義 日本の教育変遷
武村 重和
広島大学 名誉教授
講義 授業観察の視点(生徒中心の授業とは)
池田 秀雄
広島大学大学院国際協力研究科 教授
HIP
9:30
~ 12:30
12/4
(火)
13:30 ~ 16:00
9:30
~ 12:00
12/5
(水)
10:00 ~ 12:00
12/6
(木)
10:00 ~ 12:00
13:10 ~ 16:00
13:10 ~ 15:50
9:30
~ 12:00
13:30 ~ 16:00
12/8
(土)
12/9
(日)
12/13
(木)
12/14
(金)
関 いずみ
飯田 真弓
下田 旭美
研修監理員(モデレーター)
研修監理員(モデレーター)
JICA中国 研修業務課
SR1&2
HIP
講義 日本の教育行政
黒田 則博
広島大学教育開発国際協力研究センター
センター長
SR1&2
HIP
見学 広島県教育センター
門倉 りえ
広島県立教育センター 企画部 指導主事
教育センター
HIP
見学 広島県教育センター
門倉 りえ
広島県立教育センター 企画部 指導主事
教育センター
HIP
SR1&2
HIP
振り返り(IASの入力作業)
振り返り(アクションプランガイダンス)
講義 フィリピンとケニアの理数科プロジェクトの比較 池田 秀雄
広島大学大学院国際協力研究科 教授
講義 振り返り
東広島→東京
9:30
~ 12:00
国立科学博物館
見学
(入館料600円+音声ガイド300円)
日本の現職教員研修制度
講義
(ライフステージに応じた教員研修)
TIC
国立科学博物館
千々布 敏弥
国立教育政策研究所
教育研究情報センター総括研究官
13:30 ~ 15:00
見学 情報ひろば
10:30 ~ 16:00
見学 学校訪問&講義(校内研修について)
松岡 誠治
福山市立駅家西小学校 校長
TIC
TIC SR5
TIC
文部科学省大臣官房総務課広報室事業第2係
東京→東広島
HIP
講義 INSET~成果と課題~
馬場 卓也
広島大学大学院国際協力研究科 副研究科長
13:30 ~ 16:00
講義 国の教育を動かすとは~教科調査官として~
武村 重和
広島大学 名誉教授
9:30
実習 アクションプラン作成
9:30
~ 12:00
~ 12:00
13:30 ~ 16:00
アクションプラン作成
実習
(コンサルテーション)
SR1&2
HIP
SR1&2
HIP
SR1&2
HIP
JICA中国
石原 伸一
広島大学大学院国際協力研究科 特任准教授
12/15
(土)
12/16
(日)
12/17
(月)
12/18
(火)
12/19
(水)
12/20
(木)
HIP
HIP
13:30 ~ 16:00
12/11
(火)
12/12
(水)
HIP
広島市立江波小学校
SR1&2
13:30 ~ 16:00
12/3
(月)
12/10
(月)
HIP
HIP
12/1
(土)
12/2
(日)
12/7
(金)
宿泊先
来日
~
11/22
(木)
11/23
(金・祝)
11/24
(土)
11/25
(日)
11/26
(月)
受入形態
2012/11/20
HIP
HIP
9:30
~ 12:00
13:30 ~ 16:00
9:30
アクションプラン作成
実習
(コンサルテーション)
実習 アクションプラン作成
~ 12:30
発表 アクションプラン発表会
13:30 ~ 16:00
10:00 ~ 11:00
11:30 ~ 12:00
12:00 ~ 13:00
評価会
閉講式
懇親会
離日
池田 秀雄
武村 重和
石原 伸一
JICA中国
SR1&2
HIP
広島大学大学院国際協力研究科 教授
広島大学 名誉教授
広島大学大学院国際協力研究科 特任准教授
SR1&2
HIP
SR1&2
ジェネ・オリ
レストラン
HIP
JICA中国
同上
同上
別添4
「INSET運営管理(英語圏)」
研修員参加実績表
国別研修
「INSET運営管理」
年
国 名
ケニア
地域別研修
「INSET運営管理」
15
16
17
18
19
20
21
22
23
12
12
12
12
12
5
6
3
5
1
1
1
2
1
1
9
1
3
3
1
11
2
3
5
3
15
1
1
2
4
マラウイ
2
ウガンダ
2
ザンビア
3
ナイジェリア
3
2
エチオピア
南スーダン
2
ルワンダ
計
マラウイ1ヶ国限定
「INSET運営管理」
12
12
12
19
17
8
2
2
12
17
*H20年度まで、ひろしま国際センターが委託先
*H21年度からJICA直営
21
22
23
計
79
15
14
18
52
4
14
12
14
18
175
別添5
エチオピア連邦民主共和国
Federal Democratic Republic of Ethiopia
<面積> 109.7 万 km2(日本の約 3 倍)
<人口> 8,295 万人(2010 年、世銀)
人口増加率 2.1%(2010 年、世銀)
<首都> アディスアベバ
<民族> オロモ族、アムハラ族、ティグライ族等約 80 民族
<言語> アムハラ語、英語
<宗教> キリスト教、イスラム教他
<政体> 連邦共和制
<略史>
B.C.10 頃 独立
1962
エリトリア地方併合
1974
革命により王制廃止、社会主義国家建設宣言、
臨時軍事行政評議会(メンギスツ議長)設立
1977~78 オガデン紛争(ソマリアと交戦)
1987
エチオピア人民民主共和国樹立
1991.5 エチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)首都侵入、メンギスツ政権崩壊
1991.7 エチオピア暫定政府成立
1993.5 エリトリアがエチオピアより分離・独立
1995.5 第 1 回国会選挙(連邦下院選挙及び地方議会選挙)実施
1995.8 暫定期間終了、エチオピア連邦民主共和国成立、メレス新政権樹立
1998.5 エチオピア・エリトリア国境紛争勃発
2000.5 第 2 回国会選挙
2000.12 エリトリアとの包括的和平合意成立
2002.4 国境委員会によりエリトリアとの(地図上の)国境線確定
2005.5 第 3 回国会選挙
2010.5 第4回国会選挙
<内政>
1974 年に軍事革命により帝政が廃止され,社会主義政権が発足した。社会情勢の混乱が続き,現在のメレス
首相らによる反政府運動により,1991 年に当時のメンギスツ政権は崩壊した。1995 年に第 1 回国会選挙が行わ
れ,以降 5 年毎に国会選挙が実施されている。2010 年 5 月に第 4 回選挙が平穏に実施され,現与党が圧倒的な
勝利を収め,メレス首相が再任された(現在 4 期目)
。
<経済>
・主要産業
農業(コーヒー、メイズ、テフ、ソルガム、大麦等)
・GNI
324.1 億米ドル(2010 年、世銀)
・一人当り GNI 390 米ドル(2010 年、世銀)
・経済成長率
10.1%(2010 年、世銀)
・物価上昇率
24.2%(2009 年、世銀)
・失業率
20.5%(2009 年、世銀)
・通貨/為替レート ブル(BIRR)/ 1 米ドル=17.6 ブル(2012 年 1 月現在)
<経済概況>
旱魃による農業生産の落ち込みや、エリトリアとの国境紛争による難民・避難民の大量発生が経済に打撃を
与える中、政府は 2000 年に「第 2 次国家開発 5 カ年計画」を、2005 年には、次期 5 カ年開発計画として貧困
削減計画(PASDEP)を策定した。近年は、経済成長が続き、2009/10 年まで 7 年連続二桁の経済成長(政府発表)
を達成した。政府は、2010/11-2014/15 年の新 5 カ年開発計画(GTP)を策定し、経済成長と経済改革に重点を置
いた取組みを推進中で、5 年後の国民総生産倍増等を目指している。一方で、一人当たりの GNI は 330 米ドル
と最貧国の水準にとどまっており、慢性的な食料不足に加え、高度経済成長に伴って生じたインフレや、世界
金融不安や原油等の国際価格の上昇に伴う影響が顕在化している。政府は通貨切り下げ、主要商品価格のシー
リング設定など政府主導型の経済安定化策、外貨準備高の積み増し等を行っている。
[出典]外務省各国・地域情勢(2012 年 2 月現在)
シエラレオネ共和国
Republic of Sierra Leone
71,740 万 km2
約 600 万人(2008 年、UNFPA)
フリータウン
メンデ族、テムネ族、リンパ族、
クレオール(黒人と白人との混血)
<言語> 英語(公用語)
、メンデ語、テネム語他
<宗教> イスラム教 60%、キリスト教 10%、アニミズム信仰 30%
<政体> 共和制
<略史>
18 世紀末 イギリス等からの解放奴隷の居住地となる
1808 年 イギリス領植民地
1961 年 イギリス連邦の一員として独立
1971 年 共和国となる
1986 年 モモ大統領就任
1992 年 軍事クーデター、
ストラッサー大尉を議長(元首)とする暫定政府発足
ビオ准将による無血クーデター、大統領・議会選挙、カバ大統領就任
軍事クーデター、軍事革命評議会議長であるコロマ少佐が国家元首に就任
軍事革命評議会が駆逐されカバ大統領がフリータウンに帰還
大統領・議会選挙実施、現職のカバ候補が圧倒的多数の得票率で再選
「国連シエラレオネ統合事務所(UNIOSIL)
」活動開始
大統領・議会選挙実施、コロマ大統領就任
「国連シエラレオネ総合平和構築事務所(UNIPSIL)」活動開始
与野党支持者間の衝突による「3 月暴動」発生、UNIPSIL の仲介で与野党の共同コミュニケ発足
<面積>
<人口>
<首都>
<民族>
1996 年
1997 年
1998 年
2002 年
2006 年
2007 年
2008 年
2009 年
<経済>
・主要産業
鉱業(ダイヤモンド等)、農業(コーヒー、ココア)
・GNI
17.8 億米ドル(2008 年、世銀)
・一人当り GNI 320 米ドル(2008 年、世銀)
・経済成長率
4.0%(2009 年推定、EIU)
・物価上昇率
12.2%(2009 年、EIU)
・通貨
レオン
・為替レート
1 米ドル=4,000 レオン(2010 年 4 月現在)
<経済概況>
シエラレオネでは、従来から一次産品(ダイヤモンド、金、鉄鉱石ボーキサイト、カカオ、コーヒーなど)
が高い輸出能力を有し、主要な外貨獲得源となっていた。約 12 年にわたる内戦の結果、鉱物資源の輸出停
止、国民の大部分を占める農民が難民・国内避難民となったことによる農業生産の大幅低下、及び社会的イ
ンフラの破綻等により経済は著しく停滞した。
2002 年の内戦終結以降、国際社会の支援により、国内経済、行財政及び地方コミュニティの再建を進め
ている。現在の主な経済部門は、農業(GDP の約 50%)と鉱業。主にドナーによるインフラ復興支援により、
サービス部門(GDP の約 30%)も好調。主に農業・鉱業の回復により、2002 年以降、経済は順調に回復し、
2004~2006 年は 7%台の経済成長を遂げた後、2007 年 6.4%、2008 年 5.5% (推定)と若干減速しながらも順
調に推移していたが、世界経済危機の影響で 2009 年は、さらなる減速が懸念されている。
2008 年 12 月、コロマ大統領は、第二次貧困削減戦略(2009 年~2011 年)の指針となる「変化のための
アジェンダ」を発表し、インフラへの多額の投資、社会サービス(教育、保健、衛生)の充実、民間部門開
発による経済成長を通した大幅な貧困削減を目指している。2010 年 4 月、妊娠中、授乳中の母親及び 5 歳
未満の子供への医療を無料提供する「フリーヘルスケア」を導入。
[出典]外務省各国・地域情勢(2010 年 10 月現在)
ガーナ共和国
Republic of Ghana
<面積>
<人口>
<首都>
<民族>
<言語>
<宗教>
1979 年 6 月
1979 年 9 月
1981 年 12 月
1992 年 11 月
1993 年 1 月
1996 年 12 月
1997 年 1 月
2000 年 12 月
2001 年 1 月
2004 年 12 月
2005 年 1 月
2009 年 1 月
238,537 平方キロメートル(日本の約 3 分の 2)
約 2,422 万人(2010 年:国勢調査)
アクラ(ACCRA)
アカン族、ガ族、エベ族、ダゴンバ族、マンプルシ族他
英語(公用語)
国民の約半数がキリスト教徒、イスラム教約 15%、
その他伝統的宗教
<政体> 共和制
<略史>
1957 年 3 月 独立(初代首相エンクルマ)
1960 年 7 月 共和制に移行。エンクルマが初代大統領に就任。
1966 年 2 月 軍・警察によるクーデター(エンクルマ追放)
1969 年 10 月 文民政権発足
1972 年 1 月 軍部クーデター、アチャンポン将軍政権
ローリングス空軍大尉による軍事クーデター
民政移管リマン大統領就任
ローリングス元空軍大尉による軍事クーデター
大統領選挙(ローリングス大統領選出)
民政移管ローリングス大統領就任
大統領選挙、国民議会選挙
ローリングス大統領再任
大統領選挙、国民議会選挙
クフォー大統領就任
大統領選挙、国民議会選挙
クフォー大統領再任
ミルズ大統領就任
<経済>
・主要産業
農業(カカオ豆)、鉱業(貴金属、非鉄金属)
・GNI
301 億米ドル(世銀、2010 年)
・一人当り GNI
1,240 米ドル(世銀、2011 年)
・経済成長率(実質)13.6%(2011 年:ガーナ財務・経済計画省)
・物価上昇率
8.73%(2011 年、ガーナ統計局)
・通貨/為替レート ガーナセディ/ 1 ドル=約 1.76 ガーナセディ(2012 年 3 月現在)
<経済概況>
ガーナ経済は農業・鉱業等に依存する典型的な一次産品依存型であり、主要輸出品も金、カカオ豆、木材
が上位 3 位を占めており、国際市況及び天候の影響を受けやすい。主要産業の農業は国内総生産(GDP)の約
30%、雇用の約 60%を占める。1957 年に英より独立した後、大規模インフラ案件の整備により開発への足
がかりを築くが、1970 年代後半から 1980 年代前半にかけて経済的困難に直面。1883 年から世銀主導の構造
調整に取り組み、1980 年代後半から平均 5%の GDP 成長率を維持し、アフリカの「優等生」と評された。し
かし、1990 年代の金やカカオの国際価格の低迷や原油の輸入価格高騰等により経済が悪化し、2001 年誕生
のクフォー政権は、同年 3 月、拡大 HIPC(重債務貧困国)イニシアティブ適用による債務救済を申請し、
緊縮財政を基本とした経済改革を行った。2009 年発足のミルズ政権下では、インフレ率の低下や為替レー
トの安定などマクロ経済指標の改善がみられる。一方、前政権から引き継いだ多額の債務の削減、インフラ
整備、経済的な地域格差の是正等の困難な課題もある。近年の大きな動きとしては、2010 年 12 月に開始さ
れた石油の商業生産が挙げられ、石油収入を含めた 2011 年の経済成長率は 12.3%と推測される。2011 年の
石油産出量は日産 12 万バレル、中期的には日産約 25 万バレルまで増産される予定。石油生産に伴い随伴ガ
スの開発も進む予定であり、ガーナは多くの国々から投資先として注目を集めている。また、2010 年 11 月
に適用された GDP 新算出法を基に計算した 2009 年の 1 人当たり GNI は 1,190 米ドルとなり、世銀の分類で
中所得国となった。
[出典]外務省各国・地域情勢 2012 年 5 月現在
ケニア共和国
Republic of Kenya
<面積>
<人口>
<首都>
<民族>
<言語>
<宗教>
<政体>
<略史>
1963 年
1964 年
1978 年
1982 年
1991 年
2002 年
2007 年
58.3 万平方キロメートル(日本の約 1.5 倍)
3,980 万人(2009 年、世銀)
ナイロビ(人口約 310 万人 2009 年、ケニア統計局)
キクユ人、ルヒヤ人、カレンジン人、ルオ人等
スワヒリ語、英語
伝統宗教、キリスト教、イスラム教
共和制
英国から独立
共和制移行(ケニヤッタ大統領)
モイ大統領就任(1983、1988、1992、1997 年に再選)
ケニア・アフリカ人国民同盟による一党制法制化
複数政党制再導入
総選挙、キバキ大統領就任
総選挙、キバキ大統領再選(任期 5 年)
<内政>
2007 年 12 月の大統領選挙の結果、与党国家統一党(PNU:Party of National Unity)から出馬したキバ
キ大統領がオレンジ民主運動(ODM:Orange Democratic Movement)のオディンガ党首に競り勝ち、再選を
果たしたが、選挙結果を巡る与野党の対立は 1963 年のケニア独立後も根強く残る国内部族間の対立を表面
化させ、死者 1,200 人、国内避難民 50 万人を超える未曾有の大規模な混乱に発展した。2008 年 2 月、キバ
キ大統領とオディンガ ODM 党首はアナン前国連事務総長らの仲介を受け、連立政権発足に関する合意に達し、
同年 4 月には両党を中心に大連立政権が発足した。連立政権は選挙改革や部族問題などの長期的な課題に取
り組むとともに、大統領権限の制限や土地所有権の見直し及びイスラム法廷の設置条項等を盛り込んだ憲法
改正のための国民投票を 2010 年 8 月 4 日に実施。投票は大きな混乱なく実施され、開票の結果、約 3 分の
2 の賛成をもって採択された。
<経済>
・主要産業 (農)コーヒー、紅茶、園芸作物、サイザル麻、綿花、とうもろこし、除虫菊
(工)食品加工、ビール、タバコ、セメント、石油製品、砂糖
(鉱)ソーダ灰、ほたる石
・GNI
303 億米ドル(2010 年、世銀)
・一人当り GNI 760 米ドル(2010 年、世銀)
・経済成長率 5.0%(2010 年、世銀)
・物価上昇率 5.9%(2010 年、世銀)
・通貨/為替レート ケニア・シリング(Kshs)/ 1 ドル=84 シリング(2011 年 5 月現在)
<経済概況>
比較的工業化が進んでいるものの、コーヒー、茶、園芸作物などの農産物生産を中心とする農業国。農業
が GDP の約 25%、労働人口の約 60%を占める。1990 年代後半、旱魃及びエルニーニョ現象による大雨のた
め農作物やインフラに深刻な被害が生じ、治安の悪化もあって、2000 年にはマイナス成長となったが、2003
年以降は好調な経済成長を記録した(2005 年は 5.8%、2006 年は 6.1%、2007 年は 7.0%)
。他方、2008 年
以降の経済状況は、2007 年末の大統領選挙後の混乱、国内避難民の発生、干ばつ、世界金融経済危機が農
業、観光を始めとする各種産業に大きな打撃を与え、2008 年の経済成長率は 1.7%にとどまった。その後、
観光業、建設業を牽引役に、経済は徐々に回復基調を見せている(2009 年の成長率は 3.0%)。
2008 年 6 月、ケニア政府は 2030 年には中所得国入りを目指す長期経済開発戦略「ビジョン 2030」、及び
同戦略の第一次 5 ヵ年中期計画を公表した。右戦略を軸に、1) 2030 年までに毎年平均経済成長率 10%以
上の達成、2) 公平な社会発展と清潔で安全な環境社会整備、3) 民主的政治システムの持続を目指すとし
ている。
[出典]外務省各国・地域情勢 2011 年 5 月現在
マラウイ共和国
Republic of Malawi
<面積> 11.8 万平方キロメートル(北海道と九州をあわせた面積)
<人口> 1,526 万人(2009 年、世銀)
人口増加率 2.8%(2009 年、世銀)
<首都> リロングウェ
<民族> バンツー系(主要部族はチェワ族、トゥンブーカ族、
ンゴニ族、ヤオ族)
<言語> チェワ語、英語(以上公用語)、各部族語
<宗教> 人口の約 75%がキリスト教(その他イスラム教、伝統宗教)
<略史>1891 年 英保護領
1953 年 ローデシア・ニヤサランド(現マラウイ)連邦
1964 年 英国より独立
1966 年 マラウイ議会党による一党制移行(バンダ大統領)
1993 年 国民投票により一党制から複数政党制へ移行
1994 年 独立後初めての大統領・議会選挙(ムルジ政権誕生)
1999 年 ムルジ大統領再任
2004 年 ムタリカ大統領就任
2009 年 ムタリカ大統領再任
2012 年 バンダ大統領就任
<政体> 共和制
<内政>
・1999 年 6 月、複数政党制導入後 2 回目の大統領選挙と国民議会選挙が実施され、ムルジ大統領が再選された。
・ムルジ大統領は、憲法改正により三選を目指したが、国民議会で否決されたため、二期限りの引退を表明し、後
継にムタリカ経済計画・開発大臣を指名した。
・2004 年 5 月の大統領選挙と国民議会選挙で、与党 UDF(統一民主戦線)のムタリカ候補が新大統領に当選したが、
国民議会選挙では UDF は大きく議席を失い、野党や無所属議員を取り込んで過半数を確保した。
・ムタリカ大統領は与党 UDF 党員が汚職対策を妨害しているとして、2005 年 2 月に UDF を離党し、新党 DPP(民主
進歩党)を結成した。
・しかし、2009 年 5 月の大統領選挙でムタリカ大統領は大勝し、国民議会選挙でも DPP は 193 議席中 114 議席を
獲得した。
・ムタリカ大統領の政治基盤が強化された一方で、2011 年7月には、首都を中心に経済状況の改善や表現の自由
等を求める反政府デモが発生した。
・2012 年 4 月、ムタリカ大統領が急逝し、憲法規定に基づき副大統領であったバンダ氏が大統領に就任した。
<経済>
・主要産業
(農)タバコ、メイズ、茶、綿花、ナッツ、コーヒー
(工)繊維、石鹸、製靴、砂糖、ビール、マッチ、セメント
・GNI
4,430 百万米ドル(2009 年、世銀)
・一人当たり GNI 290 米ドル(2009 年、世銀)
・経済成長率
7.6%(2009 年、世銀)
・物価上昇率
8.4%(2009 年、世銀)
・通貨/為替レート マラウイ・クワチャ(MWK)/ 1 米ドル=165MWK(2011 年現在)
<経済概況>
・伝統的な農業国であり、労働人口の約 80%が農業及び農業関連事業に従事している。タバコ、紅茶、砂糖等の
農産物が全輸出の 8 割を占めており、これら農産物価格の国際市況に外貨収支が大きく左右されるため、経済構
造の変革や新たな外貨獲得源の確保が課題となっている。
・2009 年から北部のカエレケレ・ウラン鉱山(推定埋蔵量 11,000 トン)で年間 1,500 トン規模でウラン鉱採掘を
開始。2015 年には、GDP に占める鉱業部門の割合が 20%に達するという予測もあり、今後の動向が注目される。
[出典]外務省各国・地域情勢 (2012 年 6 月現在)
ナイジェリア連邦共和国
Federal Republic of Nigeria
<面積>
<人口>
<首都>
<民族>
<言語>
<宗教>
1998 年
1999 年
2003 年
2007 年
2010 年
2011 年
923,773 平方キロメートル(日本の約 2.5 倍)
1 億 5,830 万人(2010 年、UNFPA)
アブジャ(1991 年 12 月ラゴスより遷都)
ハウサ人、ヨルバ人、イボ人等(民族数は推定 250 以上)
英語(公用語)
、各民族語
イスラム教(北部中心)、キリスト教(南東部中心)、
伝統宗教(全域)
<政体> 連邦共和制(大統領制)
<略史>
1960 年 独立
1963 年 共和制移行
1966~1993 軍事クーデター(7 回)
、ビアフラ内戦(1967~1970)、
第二共和政(1979~1983)
1993 年 アバチャ軍事政権成立
アバチャ元首急死、アブバカール軍事政権成立
オバサンジョ大統領就任
オバサンジョ大統領再任
ヤラドゥア大統領就任
ヤラドゥア大統領の逝去に伴い、ジョナサン副大統領が大統領に就任
大統領選挙において、ジョナサン大統領が当選
<経済>
・主要産業
原油、天然ガス、農業等
・GNI
1,768 億米ドル(2010 年、世銀)
・1 人当たり GNI 1,180 米ドル(2010 年、世銀)
・経済成長率
7.8%(2010 年、EIU)
・物価上昇率
13.7%(2010 年、EIU)
・通貨/為替レート ナイラ / 1 ドル=148.81 ナイラ(2010 年 5 月)
<経済概況>
総歳入の約 71%、総輸出額の約 88%を原油に依存。オイルブームの後、放漫財政のつけ等から深刻な慢性
的財政赤字、巨額の累積債務に直面するも、2005 年 10 月のパリクラブ合意により、主要先進国からの多額の
債務免除を取りつけた。OPEC 第 7 位(2009 年)の産油国でありながら、長年の軍事独裁等を理由に、原油収
入が適切に利用されておらず、貧困の緩和、インフラの整備が進んでいない。 産油地帯であるナイジャー・
デルタ地域では、武装組織による石油関連施設の破壊、外国人労働者の誘拐等が頻発しており、ヤラドゥア
新政権はこれらの問題への迅速な対応を迫られている。 欧米諸国とは、民間レベルにおいて活発な経済関
係を維持(シェル、モービル、シェブロン等国際石油資本がナイジェリア石油公社と合弁)。
<気候>
熱帯性気候に属し、年間を通じて高温多湿である。年間の平均気温は北部で 18~35 度、南部で 23~31 度と
なっている。ただし、中央部のジョス高原はこれより低く、最高気温 28 度、最低気温は 14 度まで下がる。一
般に北部では、朝晩と日中の気温差が大きい。季節は、乾期と雨期に大別され、雨期は南部で 5~10 月、沿岸
地帯の降雨量は年平均 1,700 ミリメートル、南西季節風が海から高温多湿の空気を運び雨をもたらす。内陸に
入るに従って降水量は減少し、北部での雨期は 6~9 月と短い。乾期は北部では 10~4 月、南部は 11 月~3 月
である(数値は JETRO 資料、1987)
。なお国土全域において 12 月から 1 月にかけて、北方に広がるサハラ砂漠
から特有のハマターンという砂塵を伴った熱風の吹くことがあり、その時期には空気中に舞う粒子の細かい砂
の影響で日射量が減り、気温も下って日常生活にも少なからず影響を及ぼしている。
[出典]外務省各国情報・地域情報 2011 年 11 月現在
ザンビア共和国
Republic of Zambia
<面積> 752.61 千平方キロメートル(日本の約 2 倍)
<人口>
1,293 万人(2010 年:世銀)
人口増加率 1.6%(2010 年:世銀)
<首都> ルサカ(人口約 170 万人)海抜 1,227m
<民族> 73 部族(トンガ系、ニャンジァ系、ベンバ系、ルンダ系)
<言語> 英語(公用語)
、ベンバ語、ニャンジァ語、トンガ語
<宗教> 8 割近くはキリスト教、
その他 イスラム教、ヒンドゥー教、伝統宗教
<政体> 共和制
<略史>
1964 年 独立(旧宗主国英国)、カウンダ大統領就任
1973 年 第二共和制(一党制施行)
1990 年 第三共和制(複数政党制移行)
1991 年 チルバ大統領就任(第 2 代大統領)
1996 年 チルバ大統領再選
2002 年 ムワナワサ大統領就任(第 3 代大統領)
2006 年 ムワナワサ大統領再任
2008 年 バンダ大統領就任(第 4 代大統領)
2011 年 サタ大統領就任(第 5 代大統領)
<内政>
1964 年の独立以来、概して内政は安定的に推移している。1991 年 10 月には複数政党制による選挙が実施さ
れ、チルバ大統領が圧勝した。また、2001 年 12 月にはムワナワサ元副大統領が大統領選で僅差で当選した。
ムワナワサ大統領は、自らの政権を「ニューディール政権」と称し、汚職の追放と専門家登用による実務重視
の政治を実践し、チルバ前政権時代の汚職に厳しく対応した。
2006 年 9 月 28 日の総選挙において、ムワナワサ大統領が再選。同国の最大の課題といえる貧困削減及び経済
構造改革に取り組んだが、2008 年 6 月、AU 総会出席のためエジプトを訪問中に同大統領は脳卒中で倒れ、8 月
に仏で死去。2008 年 10 月、大統領補欠選挙によりバンダ副大統領(当時)が大統領に選出された。バンダ大統
領は故ムワナワサ政権の路線を継続し、経済成長政策を重視。2030 年までの長期的国家戦略「ビジョン 2030」
を打ち出し、2011 年 2 月策定した「第 6 次国家開発計画」
(SNDP)の下、2030 年の中進国入りを目指して取り
組んだ。
2011 年 9 月の総選挙において、複数政党制導入以来、政権を担ってきた MMD に代わって PF 党が政権を握り、
サタ PF 党首が大統領に就任した。
<経済> ・主要産業
農業(とうもろこし、たばこ、落花生、綿花、コーヒー等)、
銅鉱業・加工、建設、食品、飲料、観光
・GNI(実質)
138 億米ドル(2010 年:世銀)
・一人当り GNI 1,070 米ドル(2010 年:世銀)
・経済成長率
7.6%(2010 年:世銀)
・物価上昇率
12.7%(2009 年:世銀)
・通貨
・為替レート
ザンビア・クワチャ(ZMK)
1 ドル=約 5,210ZMK(2012 年 6 月現在)
<経済概況>
独立以来、銅の生産に依存するモノカルチャー経済(銅が輸出額の約 6 割を占める)である。他方、銅の生産
量と国際価格の変動がザンビア経済に大きな影響を与えるため、農業や観光等を中心とした産業構造改革を 最優
先の政策の一つとして掲げている。2005 年 4 月、世銀及び IMF 理事会にてザンビアの重債務貧困国スキーム
(HIPIC)完了点到達が承認され、ドナー各国及び機関が債務救済を行い、対外債務は著しく減少した。海外からの
投資促進及び銅の国際価格上昇による銅生産増大によって、経済は好調であり、近年、5-6%の経済成長率を維持
している。
[出典]外務省各国・地域情勢 2012 年 6 月現在
ウガンダ共和国
Republic of Uganda
24.1 万 km2(ほぼ本州大)(陸地面積 19.7 万 km2)
3,270 万人(2009 年、世銀)
カンパラ
バガンダ族、ランゴ族、アチョリ族等
英語、スワヒリ語、ルガンダ語、
キリスト教(6 割)、伝統宗教(3 割)、イスラム教(1 割)
共和制
1962 独立(旧宗主国 英国)
1963 共和制移行
1966 オボテ首相によるクーデター(オボテ大統領)
1971 アミン少将によるクーデター(アミン大統領)
1979 アミン失脚(ルレ大統領)
1979 ルレ失脚(ビナイサ大統領)
1980 オボテ大統領復帰
1985 オケロ将軍によるクーデター
ムセベニによるクーデター、ムセベニ大統領就任
大統領・国会議員選挙。ムセベニ大統領当選
ムセベニ大統領再選、国会議員選挙
大統領・国会議員選挙、ムセベニ大統領三選
大統領・国会議員選挙、ムセベニ大統領四選
<面積>
<人口>
<首都>
<民族>
<言語>
<宗教>
<政体>
<略史>
1986
1996
2001
2006
2011
<内政>
独立以来、クーデター等が繰り返されたが、現在のムセべニ政権が 1986 年に発足して以来、政情は安定し
ている。1996 年 5 月、2001 年 3 月に大統領選挙を実施し、ムセベニが再選された。
2000 年 6 月の国民投票では与党「国民抵抗運動(NRM)」による一党統治体制が支持されたが、2005 年 7
月の国民投票で複数政党制への回帰が決定された。また、同年 8 月には議会で憲法が改正され、大統領任期
制限が撤廃された。これらを受けて、2006 年 3 月複数政党制の下で大統領・国会議員選挙が実施され、ム
セベニ大統領が三選を果たし、与党 NRM が勝利した。
北部地域では、20 年に及ぶ反政府組織「神の抵抗軍」(LRA)との戦闘が続いたが、ウガンダ国軍による相
当作戦等の進展により LRA は拠点を国外に移した。2006 年 8 月以降、のウガンダ政府と LRA の間で南部スー
ダン政府の仲介による和平交渉が行われたが、LRA 側が最終和平合意書への署名を拒否したため、ウガンダ・
コンゴ(民)
・南部スーダンの 3 か国による共同の軍事掃討作戦が行われ、LRA の勢力は縮小した。北部地域
の治安回復に伴い、一時は 200 万人近くに達した国内避難民の大半が帰還。残る国内避難民の帰還促進と社
会の復興・開発が課題となっている。
<経済>
・主要産業
(農)鮮魚、コーヒー、紅茶、綿花、タバコ (鉱)銅、コバルト、金
(工)繊維、タバコ、セメント、砂糖、醸造
・GNI
152 億米ドル(2009 年、世銀)
・1 人当たり GNI 460 米ドル(2009 年、世銀)
・経済成長率
7.0%(2009 年、世銀)
・インフレ率
13.4%(2009 年、世銀)
・通貨/為替レート ウガンダ・シリング(U.shs)/ 1 米ドル=2,420 U.shs(2011 年 7 月)
<経済概況>
独立以来、度重なる内乱により 1980 年代後半まで経済は混乱したが、1987 年以降世界銀行・IMF の支援
を得て構造調整政策を積極的に推進し、マクロ経済が安定し、サハラ以南アフリカにおいて最も成長率の高
い国の一つとなった。包括的な国家開発計画である貧困撲滅行動計画(PEAP)の第 1 次改訂版(2000 年)
は、世界銀行・IMF から世界最初の貧困削減戦略文書(PRSP)として認定され、2000 年 3 月に他国に先駆け
て重債務貧困国(HIPC)イニシアティブに基づく債務削減が行われた。2004 年には第 3 次 PEAP を策定し、
特に農産物を中心とした輸出産品の多様化、付加価値の付与を優先課題として貧困削減に向けた一層の努力
を行ってきた。2010 年 4 月に成長と雇用創出に一層重点を置いた 5 か年国家開発計画(NDP)を発表し、2010/11
年度から実施。 2008 年央以降は国際食糧・原油価格の高騰をきっかけとしてインフレ率が上昇、世界的
景気後退による影響はあるが、経済は堅調に推移している。
[出典]外務省各国・地域情勢 (2011 年 8 月現在)
ルワンダ共和国
Republic of Rwanda
<面積> 2.63 万 km2
(「千の丘の国」と呼ばれる自然豊かな内陸国)
<人口> 1,090 万人(2011 年 UNFPA)
<首都> キガリ
<言語> キニアルワンダ語、英語、仏語
<宗教> カトリック(57%)、プロテスタント(26%)、
アドヴェンティスト(11%)、イスラム教(4.6%)等
<政体> 共和制
<略史>
17 世紀 ルワンダ王国建国
1889 年 ドイツ保護領(第一次大戦後はベルギーの信託統治領)
1961 年 王政に関する国民投票、カイバンダを大統領に選出
1962 年 ベルギーより独立
1973 年 クーデター(ハビヤリマナ少将が大統領就任)
1990 年 ルワンダ愛国戦線(RPF)による北部侵攻
1993 年 アルーシャ和平合意
1994 年 ハビヤリマナ大統領暗殺事件発生をきっかけに「ルワンダ大虐殺」発生(~94 年 6 月)
ルワンダ愛国戦線(RPF)が全土を完全制圧、新政権樹立(ビジムング大統領、カガメ副大統領就任)
2000 年 ビジムング大統領辞任、カガメ副大統領が大統領に就任
2003 年 複数候補者による初の大統領選挙でカガメ大統領当選、上院・下院議員選挙(与党 RPF の勝利)
2008 年 下院議員選挙(与党 RPF の勝利)
2010 年 カガメ大統領再選
<内政>
1962 年の独立以前より、フツ族(全人口の 85%)とツチ族(同 14%)の抗争が繰り返されていたが、独立後多数派
のフツ族が政権を掌握し、少数派のツチ族を迫害する事件が度々発生していた。1994 年 4 月のハビヤリマナ大統領暗
殺を契機に、フツ族過激派によるツチ族及びフツ族穏健派の大虐殺が始まり、同年 6 月までの 3 ヶ月間に犠牲者は 80
~100 万人に達した。
1994 年 7 月、ルワンダ愛国戦線がフツ族過激派を武力で打倒すると、ビジムング大統領(フツ族)
、カガメ副大統領
による新政権が成立。同政権は大虐殺の爪痕を乗り越えようと、出身部族を示す身分証明書の廃止、国民和解委員会
及び国民事件委員会の設置等、国民融和・和解のための努力を行っている。
2003 年 8 月大統領選挙が実施されカガメ大統領が当選。カガメ大統領は汚職対策に力を入れており、他のアフリカ
諸国に比して、汚職の少なさ、治安の良さは特筆される。
<経済>
・主要産業
農業(コーヒー、茶等)
・GDP
56.3 億米ドル(2010 年)
・一人当り GNI
520 米ドル(2010 年)
・経済成長率(実質) 7.5%(2010 年)
・通貨/為替レート ルワンダ・フラン / 1 ドル=602 ルワンダ・フラン(2012 年)
<経済概況>
(1)農林漁業が GDP の 3 割以上,労働人口の約 9 割を占め,多くの農民が小規模農地を所有。主要作物はコーヒー及
び茶(輸出収入の約 4 割)であり,高品質化により国際競争力を強化する政策をとっている。一方で,内陸国のた
めに輸送費が高いという問題も抱える。
(2)1980 年代は,構造調整計画を実施し経済の再建に努めたが,内戦勃発以降はマイナス成長,特に 1994 年の大虐
殺で更に壊滅的打撃を受けた。その後,農業生産の堅実な回復(1998 年には内戦前の水準を回復)
,ドナー国からの
援助,健全な経済政策により 1999 年までに GDP は内戦前の水準に回復した。
(3)ルワンダ政府は,1996 年に「公共投資計画」を,2000 年に 20 年後の経済達成目標を定める「VISION2020」を,
2002 年には「貧困削減戦略文書完全版(F-PRSP)」を,また,2007 年には,第 2 次世代 PRSP となる経済開発貧困削
減戦略(EDPRS)を策定し,これら戦略等を基軸とした経済政策を実施している。2000 年 12 月には,拡大 HIPC イニ
シアティブの決定時点に達し,2005 年 4 月に完了時点に到達している。
(4)カガメ大統領は,汚職対策にも力を入れており,世銀等からの評価も高い。
[出典]外務省各国・地域情勢 2012 年 5 月現在
タンザニア連合共和国
United Republic of Tanzania
1964 年
1985 年
1990 年
1995 年
2000 年
2005年
2010 年
<面積> 94.5 万平方キロメートル(日本の約 2.5 倍)
<人口> 4,484 万人(2010 年:世銀)
人口増加率 3.0%(2010 年:世銀)
<首都> ドドマ(法律上の首都、人口約 195 万人)
(事実上の首都はダルエスサラーム(人口約 288 万人)
(2007 年:タンザニア国家統計局)
<民族> スクマ族、マコンデ族、チャガ族、ハヤ族等(約 130)
<言語> スワヒリ語(国語)、英語(公用語)
<宗教> イスラム教(約 40%)、キリスト教(約 40%)、
伝統宗教(約 20%)
<略史> 1881 年 ドイツ領となる。
1920 年 英国委任統治領となる。
1961 年 独立(ニエレレ首相)
1962 年 共和制移行(ニエレレ大統領)
タンガニーカ・ザンジバル合邦、タンザニア連合共和国成立
ムウィニ大統領選出
ムウィニ大統領再選
ムカパ大統領選出
ムカパ大統領再選
キクウェテ大統領選出
キクウェテ大統領再選
<政体>
共和制(本土タンガニーカと島嶼ザンジバルが合併してできた連合共和国。連合共和国大統領は本土および
島嶼ザンジバルの有権者の直接投票により選出される。一方で、島嶼ザンジバルには、連合共和国政府とは
別の独自の司法・立法・行政自治権があり、独自の大統領を有する。本土タンガニーカのみの自治政府はな
い。)
<経済>
・主要産業
農業:GDP の約 25%。農業従事者は労働人口の約 68%(コーヒー、サイザル麻、茶、綿花、カシューナ
ッツ、タバコ、グローブ、トウモロコシ、キャッサバ等)
工業:GDP の約 21%。(製造業、建設業、鉱山・採石業等)
サービス業:GDP の約 52%。(観光業等)
・GNI
234 億米ドル(2010 年:世銀)
・一人当たり GNI 530 米ドル(2010 年:世銀)
・経済成長率
7.0%(2010 年:世銀)
・物価上昇率
6.2%(2010 年:世銀))
・失業率
1.5%(2008 年:タンザニア統計局)
・通貨
タンザニア・シリング(T.shs)
・為替レート
1 ドル=約 1,578 タンザニア・シリング(2012 年 1 月現在)
<経済概況>
独立後、当初は社会主義経済政策を推進した。石油危機や対ウガンダ戦争、旱魃の影響により、1980 年代に
入り経済は危機的状態に陥り、1986 年以降、世銀・IMF の支援を得て、社会主義経済から市場経済へと経済
政策を転換し、経済改革を推進した。
世界金融・経済危機の影響が懸念される中でも、2009 年の GDP 実質成長率は 5~6%と推定されている。ま
た、一人当たり GNI も 1997 年の 210 ドルから 2008 年 440 ドルと順調に推移している。財政は歳出超過であ
るが、貧困削減戦略(Poverty Reduction Strategy Papers)の下で、ドナーの協力を得つつ、その実施に取
り組んでいる。
[出典]外務省各国・地域情勢(2012 年 2 月現在)
独立行政法人国際協力機構中国国際センター
〒739-0046 広島県東広島市鏡山3-3-1
TEL: 082-421-5800
FAX: 082-420-8082
URL: http://www.jica.go.jp/worldmap/chugoku.html#chugoku
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