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報告書を開く - 公益財団法人 大林財団
公益財団法人大林財団
奨励研究助成実施報告書
助成実施年度
2013 年度(平成 25 年度)
研究課題(タイトル)
動吸振器を用いた二重板構造の遮音性能の向上に関する研究
研究者名※
林
所属組織※
東京大学大学院
研究種別
奨励研究
研究分野
その他
助成金額
50 万円
概要
二重板構造は、音響エネルギーの透過を低減させ遮音性能を高める
碩彦
工学研究科
建築学専攻
目的として使用されるが、二重壁の内部空間に存在する空気がバネ
の特性を有するため、二重壁がマス‐バネ‐マスという振動システ
ムになり、特定周波数の音が入射した場合共振が発生し、遮音性能
が大幅に低下する問題がある。これを低域共鳴透過現象による遮音
欠損という。
この遮音欠損を抑制するため、機械分野でよく使われている動吸振
器に着目している。動吸振器は、制御対象の振動周波数と動吸振器
の固有周波数を一致させ共振現象を利用することにより、振動エネ
ルギーを低減することが期待できる。本報では、有限差分法という
数値解析の手法を用いて、動吸振器が遮音性能に影響するメカニズ
ムを解析している。また、実用化に関する動吸振器の利用方法につ
いても提案している。
発表論文等
※研究者名、所属組織は申請当時の名称となります。
(
)は、報告書提出時所属先。
1.研究の目的
居住空間に侵入する環境騒音を低減するため、二重壁を使用している場合が多い。侵入した騒音
を二重壁の間の空気で遮断し、遮音性能を高める。ただし、閉空間にある空気はバネの特性を有
するため、二重壁はマス‐バネ‐マスという振動システムになり、特定の周波数の振動に対し共
振が発生する。
よって、
侵入した騒音の周波数帯域と二重壁が有する共振周波数(通常 100~200 Hz)
が一致する場合に発生した共振で、壁を透過する騒音が増大し、遮音性能が大幅に低下する可能
性がある。これが低域共鳴透過現象による遮音欠損である。
今まで二重壁の遮音性能を向上するため、空気層に吸音材、レゾネータなどを設置する方法に
関する様々な研究があるが、吸音材は中高周波数帯域での改善効果が明確であり、レゾネータは
特定の周波数帯域の遮音性能を改善する効果がある。
二重壁の共振現象を抑制するため、本研究は動吸振器(vibration absorber)を着目している。
制御したい対象の振動周波数と同じ固有周波数を有する振動系である。共振現象を利用すること
で、振動エネルギーを動吸振器で吸収し、振動を低減することができる。
本研究では、二重壁を振動系と見なし、空気層に別の振動系を動吸振器として設置することで、
低域共鳴透過現象による遮音欠損を解消することを目的としている。さらに動吸振器の構成材料
や形状、配置を考慮し、中高周波数帯域での遮音性能を改善することも考えている。
これまでに、模型実験を用いて、動吸振器を二重壁の空気層に設置前後の透過損失を測定し、
低域共鳴透過周波数の透過損失の改善を確認したが*、この改善のメカニズムをまだ明確していな
い。本報では、壁の曲げ剛性や支持条件を含めたモデルについて、時間領域有限差分法(FDTD 法)
による数値解析を用いた検討を行っている。この検討により、動吸振器が遮音性能に影響するメ
カニズムを解析している。また、実用化に関する動吸振器の利用方法についても提案している。
2.研究の経過
2.1
二次元モデルと運動方程式
図 2.1 は二重壁における動吸振器の有無の状態を示している。
(a) 動吸振器なしの二重壁
図 2.1
(b)動吸振器ありの二重壁
動吸振器と二重壁の関係の概念図
S. Y. Lin, S. Tsujimura, S. Yokoyama, and S. Sakamoto, “Improvement of sound insulation performance of
double-layer wall by using vibration absorbers,” Proc. Inter-noise 2013, paper 0690, 2013.
*
図 2.1(a)のように動吸振器が壁に設置されていない場合、壁の運動方程式は式(2.1)で表される。
𝜕 2 𝑢𝑗
𝜕𝑢𝑗
𝜕 𝜕 4 𝑢𝑗
𝐷 (1 + 𝜉 ) 4 + 𝑚 2 + 𝑚𝜇
= 𝑞𝑗 ,
𝜕𝑡 𝜕𝑥
𝜕𝑡
𝜕𝑡
𝑗 = 1, 2
(2.1)
D は壁の曲げ剛性、m は壁の面密度、ξ と μ は壁の内部及び外部損失である。また、𝑢𝑗 と𝑞𝑗 はそ
れぞれ壁 1 と 2 の変位量と受けている外力である。
そして、動吸振器が壁に設置されている場合、壁の運動方程式は式(2.2)で表される。
𝐷 (1 + 𝜉
𝜕 2 𝑢𝑗
𝜕𝑢𝑗
𝜕𝑢𝑗 𝜕𝑢VA
𝜕 𝜕 4 𝑢𝑗
) 4 + 𝑚 2 + 𝑚𝜇
+ 𝑐VA (
−
) + 𝑘VA (𝑢𝑗 − 𝑢VA ) = 𝑞𝑗 ,
𝜕𝑡 𝜕𝑥
𝜕𝑡
𝜕𝑡
𝜕𝑡
𝜕𝑡
(2.2)
同時に、動吸振器の運動方程式は式(2.3)で示す。
𝐷VA (1 + 𝜉VA
𝜕 𝜕 4 𝑢VA
𝜕 2 𝑢VA
𝜕𝑢VA
𝜕𝑢VA 𝜕𝑢𝑗
)
+
𝑚
+ 𝑚VA 𝜇VA
+ 𝑐VA (
−
) + 𝑘VA (𝑢VA − 𝑢𝑗 ) = 𝑞VA , (2.3)
VA
4
2
𝜕𝑡 𝜕𝑥
𝜕𝑡
𝜕𝑡
𝜕𝑡
𝜕𝑡
ここで、下付きの VA は動吸振器のプロパティーである。
境界条件として、壁の両端は固定支持にし、式(2.4)のように表示する。
𝑢𝑗 = 0;
𝜕𝑢𝑗
=0
𝜕𝑥
(2.4)
動吸振器の境界条件はバネとダンパー支持にし、式(2.5)、(2.6)のように表示する。
𝜕 2 𝑢VA
=0
𝜕𝑥 2
𝐷VA (1 + 𝜉VA
(2.5)
𝜕 𝜕 3 𝑢VA
𝜕𝑢VA
𝜕𝑢VA 𝜕𝑢𝑗
)
+ 𝑚VA 𝜇VA
+ 𝑐VA (
−
) + 𝑘VA (𝑢VA − 𝑢𝑗 ) = 0
3
𝜕𝑡 𝜕𝑥
𝜕𝑡
𝜕𝑡
𝜕𝑡
(2.6)
次はオイラー方程式と連続の式を利用し、空気における音響伝搬の方程式を述べることができ
る。
𝜕𝑣𝑦 1 𝜕𝑝 𝑟
𝜕𝑣𝑥 1 𝜕𝑝 𝑟
+
= 𝑣𝑥 ;
+
= 𝑣
𝜕𝑡 𝜌 𝜕𝑥 𝜌
𝜕𝑡
𝜌 𝜕𝑦 𝜌 𝑦
𝜕𝑝
𝜕𝑣𝑥 𝜕𝑣𝑦
+ 𝜌𝑐 2 (
+
)=0
𝜕𝑡
𝜕𝑥
𝜕𝑦
ここで、𝑝 は音圧 (N/m2), 𝑣𝑥 , 𝑣𝑦 は空気の粒子速度 (m/s)、𝑟は流れ抵抗(N-s/m4)である。
このモデルの中、上下の境界は完全反射と設定し、左右の境界は完全吸収と設定した。
最後は空気と壁の連成条件について、壁が受けている外力は、壁の両側の圧力差により生じるも
のである。また、壁の振動速度と空気の粒子速度は同じ値である。
つまり
𝑞1 = 𝑝𝑖 + 𝑝𝑟 − 𝑝1 ,
𝑣𝑦 =
𝜕𝑢1
, 𝑦 = 0, ℎ
𝜕𝑡
𝑞2 = 𝑝2 − 𝑝𝑡
𝑣𝑦 =
𝜕𝑢2
, 𝑦 = ℎ + 𝑑, 2ℎ + 𝑑
𝜕𝑡
(2.7)
(2.8)
上記の微分方程式を差分方程式に変換し、プログラムを作成することで、二重壁における動吸振
器の様々な影響を検討できるようになった。
入力条件として、音源側(Source side)にガウシアンパルスの音圧を与え、二重壁に入射及び透過す
る音響インテンシティを拾い、遮音性能を評価した。
3.研究の成果
本報告では、動吸振器の影響を 3 つの項目に分けた。
1.動吸振器の機能についての検討。
本研究では、二重壁における動吸振器は 3 つの機能があると考えられている。制振効果、吸音効
果と構造効果。制振効果は動吸振器の主要機能であり、二重壁の共鳴透過現象を抑制することで
ある。吸音効果は動吸振器の付加効果である。動吸振器の構成材料を吸音性能があるものを利用
することで、高周波数帯域での遮音性能をさらに向上できると思われる。構造効果とは、動吸振
器を二重壁の中に設置することで、内部音場が不均一にさせ、低域共鳴透過現象も低減できると
思われる。以上 3 つの機能がそれぞれ二重壁の遮音性能に与える影響を検討するため、、図 3.1
に示す条件で計算した。
(a) DLW
(b) Case 1
(c) Case 2
(d) Case 3
(e) Case 4
図 3.1 動吸振器それぞれの機能を検討するために設計したケース
3.1(a)は他のケースと比較するため、対策していない二重壁である。
3.1(b)は動吸振器の体積を無視し、吸音効果と構造効果なし、制振効果のみのケースである
3.1(c)はすべての機能がつき、実応用に一番近いケースである。
3.1(d)は動吸振器の構成材料の吸音性を考慮しないケースであり、或いは吸音性がない材料を用い
ているケースである。
3.1(e)は動吸振器を壁に少し離れて設置していて、制振機能なしのケースである。
(a) 構造効果の検討
(b) 吸音効果の検討
図 3.2 ケース比較.
(c) 制振効果の検討
計算の結果は図 3.2 に示している。図 3.2(a)は動吸振器の体積の影響を表す結果である。体積を無
視している Case1 では、動吸振器の制振機能により、630 Hz 帯域での遮音性能が向上された。た
だし、1kHz 帯域に新たな共振が発生し、共振周波数の移動と考えられる。また Case 3、制振と体
積の影響を同時に見ると 630 Hz 帯域での制振効果が確認できるほか、800 Hz 帯域と 2 kHz 帯域
にディップを見られた。前者は Case1 と同じ、共振周波数の移動と見られていて、後者は動吸振
器の体積による内部空気層が不均一になり、新たな共振が発生すると考えられる。
図 3.2(b)から、動吸振器の吸音効果を確認できる。材料の吸音性により、全周波数帯域での遮音
性能が向上された。特に新たな共振の発生による遮音欠損(ディップ)を補うことが確認された。
図 3.2(c)は制振効果の影響を確認できる。Case2 のように制振効果ありの場合、630Hz 帯域での遮
音欠損が制御されることを確認できた。
以上の計算結果から、動吸振器における 3 つの機能それぞれの影響を定性的に検討した。同時に、
動吸振器の構成材料の吸音性は二重壁の遮音性能を大きく影響することがわかったので、材料の
吸音性について詳しく検討した。
2.吸音性能を付加する動吸振器の影響。
本節では、図 3.1(c)のケースを用い、動吸振器が配置された箇所の制振材の流れ抵抗を 7 つの数
値を設定し、異なる吸音性能として二重壁の遮音性能を検討した。計算の結果は図 3.3 のように
示す。0 kN-s/m4 は吸音性がない材料を意味していて、数値が大きくなることは緻密な材料に意味
している。7 つの結果から、ある程度吸音性がある材料(10 kN-s/m4)を利用すれば、吸音性なしの
材料より十分な改善を得ることができる。そして流れ抵抗が高い材料を用いても、さらなる明確
な改善を得ることができないことが明らかになった。この検討により、実物の動吸振器を製作す
る際、構成材料の選定に関して参考になれると考えられる。
3.動吸振器の設置場所についての検討。
二重壁における動吸振器を設置する際、多様な配置パターンと位置がある。本節では、動吸振器
の配置パターンと設置側について、いくつの条件を設け、遮音性能に対する影響を検討した。
配置パターンについての検討:
動吸振器の配置面積を透過側の壁の半分にし、集中程度により図 3.3(a)~(c)のように三つの配置パ
ターンを設けた。さらに配置位置の影響を検討するため、図 3.3(a)の配置パターンを中央に移動
し、図 3.3(d)のような条件を追加した。
(a) pattern 1, T: (b) pattern 2, T: (c) pattern 4, T: (d) pattern C, T:
1 VA at top
2 VAs
4 VAs
1 VA at center
図 3.3 透過側の壁につく動吸振器の配置パターン.
計算の結果は図 3.4(a)で示している。いずれの条件では、動吸振器を設置することにより、630 Hz
帯域の遮音性能を向上することができた。この中、図 3.3(c)のような動吸振器を分散することで、
壁の振動を均一に抑制し、他の条件より高い遮音性能を得ることができた。
なお、高周波数帯域では、図 3.3(a)、(b)は動吸振器体積の影響により、新たな共振が 1.6 kHz 帯域
に発生し、遮音性能を低下することを確認した。そして、動吸振器の体積が大きくとと伴に、低
下の量も多くなる。これに対し、図 3.3(c)のような配置は明確な低下がなく、比較的にピーク、
ディップなしの結果になった。
さらに図 3.3 の条件を基いて、動吸振器を音源側に設置し、再計算の結果を図 3.4(b)に示す。二つ
の結果を比較してみると、動吸振器を設置する側による透過損失の差は少ないことを分かった。
その原因は壁面密度が同様であるためと考えられる。
(a) 透過側, 4 patterns
(b) 音源側, 4 patterns
図 3.2 異なる流れ抵抗による
図 3.4 異なる配置パターンによる透過損失
二重壁の透過損失
(S は動吸振器を音源側につけること、T は透過側につけることである。)
以上の検討により、動吸振器が二重壁の遮音性能に影響するメカニズムを、制振効果、吸音効果
と構造効果の三つに分け、これをパラメータとしたケーススタディーを行っている。制振効果に
より、対象周波数帯域での遮音性能が改善されたが、近傍の周波数帯域にディップが生じること
を確認している。また、構造効果については、動吸振器の体積により二重壁内部の音場が不均一
になるため、高周波数帯域に新しいディップが発生することを発見している。これらは動吸振器
を遮音性能改善のために用いる上で欠点となる効果であるが、吸音効果の検討により、吸音性の
材料を利用すれば、これらの音響的問題点を改善できることを示している。さらに、動吸振器を
二重壁に設置する際、考慮すべき要素である材料の吸音性能、配置パターンや、壁のどの面に設
置すべきかについても検討をしており、これらをまとめた設計指針を新たに提案している。
4.今後の課題
本報では、二重壁における動吸振器の影響を概ね予測するため、計算時間を節約できる二次元の
解析モデルを作成した。これを踏まえて、ハイスペックのコンピューターと大量な計算時間があ
れば、三次元数値解析モデルで更なる正確的な予測ができると考えられる。
また、この解析モデルで用いた境界条件として、シンプルな理論式の場合が多いであるため、検
討したケースの相対関係を得るものの、計算結果の絶対値には大きい誤差が出ることになった。
より複雑な境界条件を利用することで、実験の結果と近い予測ができるでしょう。
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