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判例研究
判例研究
医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実
を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
一綿飴割り箸事故(杏林大学病院頭蓋内割箸片看過事故)スクラム
報道をめぐって/「週間女性」誌(主婦と生活社)報道事件一
(当地民10判平成17年4月22日・請求棄却・確定・判例集未登載)
根本 晋一
一CONTENTS一
第1
事実の概要
第2
判決要旨
第3
解 説
1
綿飴割り箸事故(杏林大学病院頭蓋内割箸片看過事故)の概要
2
本件事故に関するスクラム報道の背景(「記者クラブ」制度の問題点)
3
名誉の保護の現代的意義
4
最近における名誉殿損訴訟のプロセス
5
名誉殿損訴訟をめぐる判例理論の到達点
6
マスメディアによる名誉殿損に特有の問題点
7
既往の名誉殿損法理を前提とする本判決の評価
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
第1事実の概要
被告(株)主婦と生活社は,自社発行の週刊誌である「週間女性」誌上に,
本件名誉殿損訴訟の原告である担当医師に対する取材を一度も行わずに,いわ
ゆる綿飴割り箸事故に関する記事を掲載した(2001年1月2.日・9日合併号,第45
巻第2号)。本件記事は,病児の両親が,担当医師・杏林大学病院を相手取って
提起した別件民事訴訟(綿飴割り箸事件に関する民事医療過誤訴訟・2000年10月提
訴)における,担当医師の答弁書の内容を痛烈に非難するものであったが,そ
の内容を具体的に示すと,
・「独占入手(筆者注…担当医師の答弁書の写しを,被告だけが何者かより手に入れ
たという意味)」「綿あめ割りばし事件医療ミス裁判」,「初公判での医師の
『アキれた言い分』」,「これが子供を亡くした母親に対して言うことか!」と
題しており,
その記事中に,
・「恐ろしさと悔しさで身体がガタガタと震えてしまいました。彼ら(筆者注
…担当医師ら)は私を自殺に追い込むことで,裁判を終わらせようとしてい
るのでしょうか…。冒頭の悲痛な言葉は,被告人の答弁書を読んだ○○ちゃ
んの母親・○○さんのものである。」
・「○○ちゃんの死因は脳内に残されていた7.6センチの折れた割りばしを発
見できなかったことによるもの」
・「…そのアキれた言い分の一つ,答弁書の結論部分では,…とまで言い切っ
ている。つまり,医療行為に過失はなかったといいたいのだろうが,これが
子供を亡くした親に対していうべき言葉だろうか。」
∴「被告側の答弁は,遺族を打ちのめした。○○さんはこの答弁を聞いて、寝
込みそうになるほど体調を損ねたという。」
・「…だが,“謝ったら負け”と教え込まれているらしい医師たちと遺族の間
の壁は厚い。」
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、
医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉毅損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
・「…『…(医師たちは)これだけ医療ミスが次々に発覚しても,謝罪よりも
隠蔽することを選ぶんです。悪いことをしたら謝るのは,○○のような子で
も理解していたのに(筆者注…患児の母親のコメント)』しかし,この医師は自
らのミスを隠蔽するだけでなく,反撃すら試みている」
・「…医師たちは,これだけのことをしておきながら,逃げおおせようとして
いるんです。(筆者注…患児の母親のコメント)」
・「…なにも,お金が欲しいわけではありません。私たちは家族を亡くしたう
えに,家族の名誉まで傷つけられているんです。(筆者注…患児の母親のコメン
ト)」,
・「さすがに常軌を逸した主張である答弁書の…は裁判長によって削除が命じ
られたが,裁判の前途は多難。」
などと記載されていた1)。
本件記事は,見開き2頁におよぶ執筆量であって,タイトルの配置や文字の
大きさ,字体なども相当程度に扇情的であり,記事中央に,泣きながら訴える
患児の母親の写真を大きく配置するなどしていた(つまり,被告が「独占入手」
した“極秘情報”を初公開するという文脈でのみ理解できる構成であった)。また,こ
れを全体どしてみると,事件の真相に迫る,あるいは,事件の真相を明らかに
するための公益目的による裁判報道というよりも,担当医師による訴訟上の主
張の是非のみに論点を絞り,これをワイドショー的な手法により非難するとい
う印象を受けるものであった’ i筆者注…以上,記述①)。
そこで,担当医師は,本件記事の内容には客観的事実と相違する記述がみら
れること(例えば「隠蔽」なる文言。担当医師らは自ら,患児の死亡賞すぐに,所轄
の三鷹警察署に対して医師法第21条に基づく「異状死」の届出をなし,捜査官と監察医
を招請しているので,事故の「隠蔽」などあり得ない。また,裁判所が答弁書の一部を
削除すべきとする命令を出した事実もない),また,本件報道当時,野手の死因に
関する「鑑定書」(法医学を専攻する剖検医が作成した証拠資料)が未完成であり,
死因についての医学的見解も多岐におよんでいたにもかかわらず,医学の専門
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
家でもない被告が患児の死因や因果関係を断定的に論じていること,さらには,
訴訟上の主張という正当な訴訟行為について(つまり,これは裁判所に向けた意
思表示であって,マスコミや患児の両親に向けた批判ではないということ),回外の第
三者であって,詳しい事情を何も知らない被告が(つまり,本件報道当時,別件
民事訴訟は,繋属先である東京地裁民事第28部による争点整理すら済んでいない状況で
あった),これを相当な資料・根拠に基づかない憶測により誹諺することは,
表現の自由(憲法第21条)を逸脱する違法な名誉殿上行為を構成すること,な
どの理由により,被告に対し,不法行為に基づき,慰謝料300万円および遅延
損害金の支払を求めたものである。本件に関する事実の概要は,概ね以上の通
りである。
なお,担当医師は,綿飴割り箸事故報道に関し,本件を含めて合計4件の民
事訴訟を提起しているが,判決に至ったのは本件のみであり,他の3件は和解
により終結している。また,本件事故に関するスクラム報道については,担当
医師より,日本弁護士連合会人権擁護委員会第5部会に対し,人権侵犯救済の
申立がなされている。本件申立は,「人権侵犯の疑いなし」として却下・棄却
されることなく,同会同委員会によって受理され,同委員会内に,「綿飴割り
箸事件報道に関する申立事件委員会」が設立され(2001年5月28日,事件番号01
年一5号),担当医師・その親族・杏林大学医学部耳鼻咽喉科教室主任教授・弁
護人・代理人弁護i士らに対する聞き取り調査が行われ,被申立人であるマスコ
ミ各社も,日を変えて同委員会に召喚され,取材の経緯などについて,人権擁
護i委員より厳しい事情聴取を受けている。
この点,日弁連人権擁i護委員会は,第6部会に「医療被害者と人権」と称す
る部会を設置し(2000年),社会的弱者である医療被害者の公的救済を日弁連
の二三としていることを考慮すると,本件申立の如く,加害者側の地位にある
医療側の人権侵犯救済の申立を受理し,調査委員会を設立したことは,会是と
反対のベクトルにあることは明らかである。すると,日弁連が,民主主義社会
における言論・出版の自由(憲法第21条)の重要性を充分に認識しつつ,会是
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医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉設損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
と矛盾するかのように思える本件申立を受理し,敢えて報道機関に対する調査
を試みたこと自体が,本件スクラム報道による被害の大きさを物語っていると
いえよう (因みに,調査に着手せずに申立を却下する事案が殆どである)。
さらには,糸ム密ん ののに る1 については日w
を無 と る巳の”旧が されてお (東町刑16判平成18年3月28日・判例集配
登載・控訴),民事訴訟についても,本年度中に第一審判決が出される予定であ
る。
第2 判決要旨
1結 論 原告の請求を棄却する。
2 争点1(本件記事の名誉殿損性)について
「…本件記事には,見出しに,「医療ミス裁判」とあり,本文中に,「10月12
日に○○ちゃんの両親によって損害賠償を請求されており,その初公判がこの
日,開かれた」として,その期日の模様,別件答弁書の内容等についての記述
があり,その後の文中に別件訴訟原告たる○○のコメントが掲載されている。
このように,本件記事は,別件訴訟の第一回口頭弁論が開かれたこと及びその
模様を報道するとともに,別件訴訟の原告である○○のコメントを掲げて,医
療訴訟の原告側の受け止めに焦点を当てた報道をするものであって,その趣旨
は医療ミスの存否について争われている裁判に関する報道であるものと認めら
れる。本件記事の「医療ミス裁判」という見出しは,本件記事の内容に照らせ
ば,医療ミスの存否について争われている裁判という趣旨のものであり,これ
を「医療ミス」と「裁判」とを分断し,医療ミスありと断定したものであると
認めることはできない。このように,「綿あめ割りばし事件医療ミス裁判」と
いう記載は,別件訴訟で被告とされた本件の原告の医療ミスを断定したものと
は認められず,別件訴訟の事実を報道するものであるから,原告の名誉を殿損
するものとは認めることはできない。」
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
「…本件記事には,「○○ちゃんの死因は,脳内に残されていた7.6センチの
折れた割りばしを発見できなかったことによるもので」との記述があり,続け
て「この医師は7月に業務上過失致死容疑で書類送検されている6」,「ところ
が,民事裁判では全面的に争う方針をとることにしたようだ」と記述されてい
る。これらの記事を総合して読めば,○○ちゃんの死因は,脳内に残されてい
た7.6センチの折れた割りばしを発見できなかったことによるもの」との前記
記述は,裁判報道という趣旨に立って,本件記事が掲載された当時において,
○○の死因と原告の関与の態様を推測したものに過ぎず,本件事故に関する刑
事及び民事裁判において○○の死因等に関する真相が明らかになり,場合によ
っては裁判上主張されている原告の過失責任が認められないこともあり得ると
いう含みをもった記述であると認められる。したがって,本件記事は,○○の
死因を脳内に残されていた折れた割りばしを発見できなかったことと特定し,
さらには発見できなかったことについての原告の過失を断定しているものとは
認められない。」
「…ところで 記 の この 自は らのミスを穏就 るだ1でな
穀 ら試みている との記’ボは 前1くの記沐と’せて 量・ ると 小止に矢
’ミスが るものと*{しているとは認められないものの 憲就 とい’
王は ”に不{ るとい’意 を・えて 南の滋’当を口’L るため ≧、白・
に滋瀞 を工 ることを意ロし 一}ル白・に量えば 土ム白・正美や 説に
るだ、” るいはノJ’な とも音壬を口’馳 るため潔 ないだ燕をだ’とい’匠
を えるもので るから 立白・巻の氏 をw’ 王と認められる。」
「…以上のとおり,本件記事中の「綿あめ割りばし事件医療ミス裁判」,「○
○ちゃんの死因は,脳内に残されていた7.6センチの折れた割りばしを発見で
きなかったことによるもの」との記述については,名誉殿損行為とは認められ
ないが,「この矢自は らのミスを慧読 るだ1でな 戦 ら試みている
との記沐については 巻晒昌だ蓋にwたるものと認められる。」
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医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
3 争点2(論評としての相当性)について
「…そこで,前記記述(「ミスを隠蔽」)について,論評としての相当性があり,
違法性が阻却されるかについて判断する。 記 は 彦’のメディアが又
上げてきた の 大に芙 るもので って土ム白・・”・の る についての
’首で ること ’斤時において土△白・ ’・の冒い ミスの 不について わ
れている雪郵の韓を又 上げたもので ること
の}立のコメントを日
げるなど矢’量郵の’ノ でる潰←の士を・溢るものでることが認めら
れる一 アのよ’に
記 が・’首 る ’ヤは 土ム白・な・”・が高 八土の
1室に・ る 虚で ると認められるから
記 には 八土性 び八’
白・が るとい’べきで る(筆者注…以上,傍線②)。… 記 は
郵の盤1口口輻 訟の二等を・’首 る’”1・’首で
基 白・には爪升のこ
壬でだわれた量郵の二等を云えるもので るから その・誉は”・“しも
の全 を刀日してからだわな1ればならないとい’ものではな
’”
Pの
穴准だなどについて一 ’ノ の士を又 し これを又 上げたとしても
爪’
叉る 白・に 1ることとなるとはいえない(筆者注…以上,傍線③)。」
「…原告は,別件訴訟において医療ミスがなかったと主張し,陳述はしなか
ったものの,○○の死亡について母親○○の過失(筆者註…監督義務違反)や盆
踊りの主催者側にも責任があるとする別件答弁書を作成・提出したことが認め
られる。原告の過失を否認する別件答弁書が存在し,その中で,母親○○の過
失を厳しく指摘し,盆踊り大会の主催者や綿あめの販売業者の責任にも言及し
ていることからすると,これらの事実を基礎として,別件訴訟における原告の
主張をもって,自己のミスを覆い隠し反撃すら試みていると評価することが失
当であるとまではいうことはできない。… 記 の 憲就 との 王は
前記のとお 1 き瓠で。、止が渦 を不:{し 止らの渦 をヒ盲 る巳の
主を文・と1るもので
また
’”
yにおいて知 ミスがヒマわれてい
ることを前日と るものに まるから 矢’ミスが つたと米{ るものとは
認一Ω」(筆者注…以上,傍線④)
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;横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
「…「隠蔽」という論評は,その表現自体いささか扇情的であることは否め
ず,名誉殿心性は認められるものの,この表現は潔くないという印象を与える
にとどまり,その名誉殿損の程度は強いものではない。また,前記のとおり,
この記田の前日庫舳注…日’ノ矢田が禍やな 主山 員1の渦を話
した ’う・について直幽谷が認められることから ると 1畠山で渦 を
’。、止に玄・し慧洗とい’訟却をしたことが土ム白・ W性を挽” るとまでいえ
“塾訂の ’ノ”が ると認めることがで る から の癌性が旦去さ
れるとい’べきで る」(筆者注…以上,傍線⑤)
第3解 説
1綿飴割り箸事故(杏林大学病院頭蓋内割箸片看過事故)の概要
綿飴割り箸事故(杏林大学病院頭蓋内割箸片看過事故)とは,1999(平成11)年
7月10日(土)の18時頃に,東京都杉並区内に所在する,公立の障害者・虐
待児童援助施設「すぎのき・けやき園」が主催した盆踊り大会の会場で発生し
た男児死亡事故である(テレビ・新聞・雑誌などの各メディアが全国規模で報道した
ため,周知の事案となっている事件である)。その概要は次の通りである。
母親に連れられて同会場に出向いた,本件患児(当時4歳9ヵ月)と次兄(当
時8歳1ヶ月)は,母親より待機命令を受けて待機中に,綿飴模擬店を担当する
同施設の職員より「試作品だよ。」と申し向けられ,綿飴を受領し,これを摂
食した。その後,何らかの理由により走り出した次兄の後を追い,自らも走り
出した患児が,降雨により滑りやすくなっていた園庭に足を取られて転倒し,
口に訪えていた綿飴の芯棒の割り箸で喉を突き,受傷した。患児は,直ちに割
り箸を掴み,引き抜こうと試みたが,これを折ってしまい,折った割り箸の一
部のみを投げ捨てた(この時占で 鴇旧の民芸の米加い一に76cmの生1ん がっ
てしまった。因みに,投げ捨てられた方の割箸片は,警察の現場検証の甲斐なく,未だ
発見されていない)。その後,母親が第三者より患児が怪我をした事実を知らさ
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医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉設損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
れて事故現場に現れ,次いで,同施設の女性看護士が駆けつけたところ,下野
は「あ一ん,あ一ん,え一ん,え一ん」と大きな声を発し,顔を紅潮させて泣
き出した。患児は同施設保健室においても泣き続けており,看護士が「あ一ん
してね。」というと口を開けるなどしていたが(開眼もしていた),救急車が到
着する頃には泣き止んでいた(因みに,次兄は,三児が罹災した割り箸による刺創
につき,看護士や母親に対して何も説明していない。母親も,次兄に対して説明を求め
なかったと証言している。公判の過程において,次兄と三児が受傷時にどのような行動
をとっていたのかは,全くの不問に付されている)。求急 において求急求命士
が ,1急。 詠,、亟 を ’ るため 患旧のバイタルサイン 意批レベル・
・瞳 応・文・w ・・チアノーゼ辰のが柴になること ・。 磁 などの生
命♪く
わレ
を3口に瓜1て曇潰したところ 全て正普壱の牌井 で つた と
患旧の意説レベルは正愚 注日 慈1笈えもロムヒで
涌’当の 口
宛 を呂昼しただ1のハ旧患 と百まな牽態を示していた(因みに,母親も同乗
していたが,救命士に対して受傷機序に関する説明をしていない)。救命士は,上記
検査結果を踏まえて,三児を「軽症」と判断し,担当医師が勤務する杏林大学
病院第1・H次救急外来(軽症患者対応)に搬入し,「割り箸は抜けています。」
など,担当医師に対して数項目の申し送りをして引き継いだ。その際,担当医
師は,救命士とともに,ペンライトで七三を照らし,確認をしたが,傷口は塞
がりかけていて,出血も止まっていた(患児は「口を開けて」との問いかけに対し
て開口した)。担当医師は,引き継ぎ後,「どうしましたか?」と,母親に対す
る問診を開始し,禁忌を調べるための,喘息などの既往歴を質問するなどした
が,母親から受傷機序に関する説明は得られなかった(因みに,本件事故に関す
る母親の発言は,「割り箸で喉を突きました。」と「入院はしないのですか。」の二言のみ)。
担当医師は,視診・触診・抗生剤の塗布をなしたが,割箸片は奥深く埋没して
いたため,当然のことながら異物が接触することはなく,患児の容態も受傷時
と変わらず,開口・開眼命令にも従うなどしていたため,担当医師は,初診時
の診断を「口腔内損傷(軟口蓋損傷)」と判断し,薬剤の処方と次回来院期日の
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
指定,急変時の来院指示などをなし,帰宅させた(因みに,若干の嘔吐について
は,小児患者に散見される,救急車酔と舌圧子が舌根に触れたことによる条件反射と考
えていた)。患旧は翌11 6時渦“まで意勤が 百時玄1晒 薩
が 払ったらおもちゃ云いにたこ’ね と しロ1ると ’ん とロ葱
した 述のない 「卜。ところが,その1時間半後の7時半頃,次兄が患児の
様子を見たところ普通ではないので,直ちに救急車を要請し,杏林大学病院第
皿次救急外来(重症患者対応)に搬入したところ,すでにCPA−OA(心肺停止)
状態であり,蘇生措置を施したものの,死亡が確認された(9時2分)。直ちに,
死因の究明がなされ,CTを撮るなどしたが,これを確定することはできなか
った(木片はCTに写らない)。そこで,杏林大学病院は,直ちに所轄の三鷹警察
署に異状死の届出をなし(医師法嗣21条),初動捜査と死体検案書の作成のため,
捜査官と監察医(東京都監察医務院嘱託医)を招請したが,なおも死因は不明で
あった。そこで,事件性の有無を調べるため,患児の遺体を司法・行解剖に付
することにした。すると,死因は,意外にも頭蓋内損傷であり,転倒により喉
に刺した割り箸が小脳に達しており,しかも患児自身によって折られた割り箸
の一部が頭蓋内に残存していることが判明した。しかし,立i 矢が室1ばしを
滋 したのは 口宛 を可いたときではな 患旧の一芸の尊百立 凸から上
の立瓜 を全て し 瀕慮蕨を全て七余し 頭芸底を雨わにした時点で つた
その時鳥に云ってムめて △汚い繭芸底
か”ミリ呈の・ハなヌ酷
とい’
1cm位の厚み
から 室【 ん
に塞いた 直径わ“
が瀕 に口かって知き
しているのを琢 したので つた(つまり,口腔側から観察するしか方法のない
初診時において,上記事実が判明するはずがない)。
医学的観点から考察すると,このような症例を穿通性頭部外傷というが,そ
の範躊の症例において,割り箸のような異物が口腔内を経て,軟口蓋(いわゆ
る喉ちんこが付いている膜状の肉質)を突き破り,上咽頭腔(口蓋垂一喉ちんこの裏
側の空洞)を通過して咽頭後壁に突き刺さり,しかも,あたかもホールイン・
ワンのごとく,前記「左頚静脈孔」を経て小脳に突き刺さるなどという症例は,
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∼
医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
現在においても空前絶後であり(世界的に見ても類例がないという意味),学界の
最先端レベルにおいてさえも,見たことも聞いたこともない症例であった(因
みに,医学的常識に鑑みると,頭蓋底が容易に穿破されることはないし,また,かりに
穿破されたとすれば,脳幹を直撃すると考えられるので,直ちに呼吸が止まり,意識不
明の重態に陥ることを予想する。また,本症例の場合,受傷部位が「小脳」であり,小
脳損傷は直ちに神経症状を発現しないため,患児の意識レベルをはじめとするバイタル
サインが正常に保たれていたことも,担当医師の判断を著しく困難にした。本件は,担
当医師と患児にとって,あまりにも不幸・不運な偶発的事故であった)。
法律学的観点から考察すると,担当医師は,結果論的には,本来なすべき診
療をしなかったのであるから,その意味では非難に値するものの,涌患の知
のよ’に な べきではない“ム’をしてしま2たとい’ 旦白・な 濤
が 土 る
と平な
違滑がい な べきで
圭亟白・・;.。刑療
はない“ム’をしたわ1ではな
な べきの診をなし つま
口開口省
でることに正孔はな それに文・応る“ム・をしていた しかも 〉ロ・冶且
をヒ{し 急亦時の’冶ヒ示をしただ1の
こw
レ白・ ’刑
’翻
”が蚤い で つたにもかかわらず,刑事事件として公判請求されたので,医
事法学的な見地からは,特筆するべき事例であった。
2 本件事故に関するスクラム報道の背景(「記者クラブ」制度の問題点)
本件事故に関する報道は,患児が死亡した日(1999年7月11日)の午前中に,
警視庁記者クラブ内において,警視庁の広報より事故の概要が公表され,これ
を聴取した同クラブ付の記者らが即刻,各メディアに配信したことに端を発し
た。その内容は,当初においては,患児が前記施設内において転倒し,綿飴の
二丁として使用されていた割り箸を喉に刺して翌朝死亡した,という客観的事
実を報じるものであったが(例えば,産経新聞同年7月12日(月)付朝刊「のどに
箸刺し幼児死亡 杉並」と題する記事。本記事中に,「…幼児はすぐに救急車で病院に運
ばれたが,一倉 ’だったため一時 一9に躍った しかし 翌 “つた していたた
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
め再度病院に運ばれたが,死亡した。」との記載がみられる),病院側の記者会見(同
月13日)の内容に対する患児の母親の反論が,全国版新聞紙に掲載された頃か
ら,大きく変化し始めた(朝日新聞同年7月15日(木)付朝刊「病院の説明事実と
違う 割りばし事故で両親」と題する記事。本記事中には,「…両親は葬儀後,『治療に
ミスはなかった』としている病院側の説明について,『病ψの葦’日は まった 虚と違
’ と・’首 に証つた。病院側は,診察内容などについて記者会見し,「意識レベルは
低くはなく,男児は呼びかけに応じていた」と話していた。しかし,ミ立の さんは
“つた していて一人では座れ“ ’も わっていないよ’な状能で か かに’な
“呈 だった ときした。」との記載がある)。その内容は,概ね,以下の諸点に
おいて一致していた。
①患児は,受傷時から診察時まで一貫して,意識不明ないし意識朦朧とした状
態であり,喋ることも泣くこともなかった。
②そのような重篤な症状を呈している患児を前にして,担当医師は,母親の再
三にわたる必死の愁訴を無視したのみならず,「疲れて眠っているだけ,呼
吸もしているし大丈夫。」などと申し向け,傷口に薬を塗っただけで,無理
やりに帰してしまった。その結果,患児は死亡してしまった。
③病院側は記者会見を望まなかったが,マスコミの圧力に屈する形でこれを行
つた。病院側は,その場で担当医師の法律上の責任を否定したが,司法解剖
の結果,患児の頭蓋内より7.6cmもの長さの割箸片が発見された。
④病院側は,記者会見の時点において,上記割箸片遺残の事実を知っていた。
にもかかわらず,この事実を遺族やマスコミに秘して記者会見に臨み,担当
医師の法的責任を否定した。これは,あまりにも不誠実であり,ミスの隠蔽
に他ならない。
⑤病院側は,患児の死亡直後から,割箸片が患児の頭蓋内に遺残していたこと
を知っていた。しかし,病院側はこれを隠蔽しよう試みた。もし,搬送した
救急隊員が警察に届けてくれなかったとしたら,事件の真相(割箸片遺残の
事実)は永久に闇の中であった。事件性が明らかになったのは,救急隊と警
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医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
察署のおかげである,また,カルテには,ミスを隠蔽するための改窟の疑い
がある。
というものであった。
しかし,本件事故に関する口頭弁論(民事訴訟)・公判(刑事事件)の過程に
おいて,当事者(検察を含む)双方から裁判所に対して提出された書面・証拠
方法などに照らすと,上記①∼⑤の事実は,客観的事実と相違するか,もしく
は医学的評価が鋭く対立し,容易に是非を結論し得ないものであった。具体的
に説明すると,
①について
・患児の搬送を担当した,救急救命士(検察側証人)が作成した救急活動記録
票(東京消防庁が保管していた公文書)によると,三児の意識レベルは正常を示
す「清明」であったことをはじめとして各種のバイタルサインは全て正常で
ある旨の記載がある。また,本記録票の備考欄に,患者の意識が「清明」で
あったことを示す根拠として,「病院はもうすぐであると申し向けたところ
「うん」と頷く。綿飴の割り箸は自分で抜いた。」との記載が存在する(旧記
録票は,救命士が帰署後,消防庁で保管するので事後的に改窟不可能)。
・前記施設の女性看護士(検察側証人)が「あ一んしてね。」と申し向けると開
口し,救命士に引き継ぐ際に,再度「あ一んして。」と申し向けると再び開
回している。また,救命士が杏林大学病院の女性看護士(検察側証人)に引
き継ぐ際に,「口を開けて。」と申し向けると再び開口している(救命士は
「意識はいいですよ。」と申し送りをしている)。さらには,患児はしぐさによっ
て抱っこをせがむ様子を見せたため,看護士が「ダッコ?」と聞くと,頷い
た(一貫して開眼もしていたことを含めて,以上の事実関係については争いなし)。
その後,担当医師が「口を開けて。」と申し向けると再び開口している(母
親は,この点を否定し,「ライオンさんの大きな口だよ。」と言いながら自分が開けた
と供述・証言)。
・診察後,帰宅中の車内にて,父親が患児に「寒いかな? 平気?」と声をか
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
けたところ,「寒い。」と回答している (父親の供述調書にはこのような記載があ
るものの,証言の際には,「そのように感じただけです。」と,前記供述を覆した)。
・同日23時頃,両親が,担当医師が処方した経口薬を施用したところ,患児
は「飲んだ。」(両親の供述調書にはこのような記載があるものの,証言の際には
「飲まずに吐き出した。」と,前記供述を覆した)。
・翌朝6時頃,母親が患児に対して,「おもちゃ買いに行こうね。」と声をかけ
ると,「うん。」と頷いた(母親の供述調書にはこのような記載があるほか,患児
が死亡した直後に第三者が作成したカルテにも同趣旨の記載がある。また,母親は,
1999年8月23日放送のテレビ東京「ニュースの森」において,「確かに頷いたんです。」
と発言していたが,証言の際には,「頷いてほしいという気持ちが,そのように感じ
させただけです。」と,前記供述を覆した)。以上の書証・供述・証言等に鑑みる
と,①は客観的事実と相違する。
②について
①から明らかなように,そもそも患児の容態に関する前提事実の捉え方に誤
りがある。また,担当医師が発言したとされる非常識な表現につき,担当医師
側は強く否定している。検察官も,「常識的には考えられない発言ですが,本
当に言ったのですか。」と尋問していた(この点につき母親は「きっぱりと自信を
もっておっしゃいました。」と証言)。思うに,救急患者が「疲れて眠っているだ
け。」のはずがないし,患者が「呼吸をしていなかったら」一大事である。お
そらく,母親は,担当医師が,患児に神経症状の発現と捉えることができる不
規則呼吸く医学的には,「クスマール大呼吸」や「チェーンストークス呼吸」という症
状)も診られない,という趣旨の説明をしたことを,母親の別個の問いに対す
る担当医師の回答とつなぎ合わせて,言ったものであろう(常識に鑑みて,“意
識不明の重症患者”を目の前にして,全く治療をしないのみならず,かような非常識な
発言をする医師が果たしているのであろうか。また,仮にこのような指示を受けたから
といって,丸一回忌わたり,重体の子供を放置し,再度病院に連れてゆこうとしない親
が果たしているのであろうか。疑問なしとしないところである。因みに,担当医師の発
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医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
言の有無・是非については,判決中においてまったく言及されていない)。以上につき,
経験則に鑑みると,②は客観的事実と相違する。
③④について
司法解剖の結果,患児の頭蓋内より長さ7.6cmの割箸片が発見されたことは
真実である。しかし,杏林大学病院が,記者会見の場において当該事実に言及
しなかったのは,杏林関係者よりも先に,荻窪署の捜査官より剖検を聞いた患
児の父親が,「このことは,妻に知らせないで欲しい。このことは,(誰にも言
わずに,)自分だけの心の中にしまって,墓場まで持って行きます。」と,捜査
官に対して明言したからである。父親よりも後に剖検を聞いた杏林関係者(耳
鼻咽喉科主任教授〉は,父親の要請を捜査官より聞かされ,その帰路に立ち寄っ
た患児宅において,母親ら遺族と対面した際(その際,父親は不在),また,記
者会見の際に言及しなかったものである(杏林大学病院側は,医師の守秘義務の観
点から絶対に口外できない)。以上の事実関係に鑑みると,③④は客観的事実と
相違するぴ
なお,後日における刑事訴追を考慮した捜査の密行性の観点から,必要やむ
をえない事情であったことは否めないが,荻窪警察署は杏林大学側や患児の父
親に対して,そして警視庁広報課は記者クラブに対して,生1たの1経 は
宛前賢堀で 1マ暫し但ない・ iで つたことハwに1さったのは糸・
2cm また 電信立立は意訟 生:を滋遇しに いハ肖で
日W の正
な {診wは し 木+で つたこと,などの重要な事実を公開しなかった。
そのため,「病児の頭蓋内に割箸片が残存していたにもかかわらず,担当医師
はこれを見逃した」という事実だけが先行し,「8cmちかい割り箸が人の脳に
刺さっていて,意識がはっきりしているわけがない,一目見るなり重体と分か
ったに決まっている」という誤解を招いた。このことが,結果として,警視庁
のプレスリリースに依存した,記者クラブ付記者の報告を取材源とするマスコ
ミ各社の報道を誤らせたことは,まことに残念であった。
⑤について
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
杏林大学病院は,患児の死亡直後,所轄の三鷹署に,死因不明を理由に「異
状死」(医師法第21条)の届出をなし,捜査官と監察医を招請している。また,
その際,仮眠室から呼び出された担当医師は,捜査官より,「カルテを見せて
ください。そして,経過を説明してください。」と申し向けられたので,直ち
にこれを見せながら説明している(カルテは直ちに任意領置)。従って,患児の
死亡後に,担当医師が,カルテに事後記載や二二を加える時間的・物理的余裕
はない。この点につき,東京地裁民事第28部は,カルテの事後追記・三二の
疑いなしとして,原告両親側の文書提出命令の申立を棄却しているので,⑤は
客観的事実と相違する。
結局のところ、 白・ 虎と ていたのは病右貝1の記 ム の 索では
なて患旧の書立の訟や談量でつた
以上の事実関係から明らかなように,被告をはじめとするセスコミ各社が本
件報道を行っていた当時,すでに客観的事実は明らかであったにもかかわらず,
何ゆえに報道の内容が客観的事実と相違し,しかも,その相違した内容が事実
上統一されていたのであろうか。これは,容易に解明できる問題ではないが,
一つの原因として考えられるのは,いわゆる「記者クラブ」の存在であろう。
記者クラブとは,明治時代に発祥したわが国固有の公的情報受領・媒体組織で
あり2),社団法人日本新聞協会に加盟している新聞社・通信社・テレビ局など
が,各々独立に主要官公庁・業界団体等の各取材源機関に設置する機関である。
加盟各社は,取材源機関より施設と設備の提供を受け(原則無償),専用の記者
室に自社の記者を常駐させる。そして,記者室とは別個に記者会見室も設置さ
れ,ここでプレスリリースを行う。なお,記者会見室に入室できるのは,原則
として加盟各社に記者に限られる,というスキームのもとに成り立っている。
かような性質をもつ記者クラブは,さまざまな問題点を指摘されている。
本件報道との絡みでいえば,「プレスリリースを基礎として記事を作成する
限り,事実誤認の恐れは可及的に少なくなるし,また,重大ニュースのいわゆ
る“特オチ”も同様に少なくなる。しかし,反面として,記者独自の取材によ
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医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
る裏付けを怠る,という弊害がある」という問題点である3)。この点について,
筆者が大竹正彦氏(前ニッポン放送・フジテレビ報道ディレクター,現北里研究所)
にお伺いしたところ,大竹氏より,「現状において,いわゆるスクープ報道と
いうものは,事実上存在しません。記者クラブに配属される記者は,若手の駆
け出しが多く,プレスリリースをそのまま社に報告しているのが実情です。」
との回答を得ることができ,上記論文が指摘する弊害は,実際に存在すること
の裏付けを得た。
これを本件報道についてみると,初動捜査を担当した荻窪警察署と警視庁が,
患児に同伴していた母親より得た供述をそのままプレスリリースし,これに対
して担当医師・杏林病院側が,医師法・刑法上の守秘義務の壁に阻まれ,客観
的事実や医学的見解を充分に公表できなかったこと,そして,記者クラブ加盟
各社は,従来までの慣行に従いプレスリリースをそのまま報道し,裏付けを取
らなかったこと,あるいは取れなかったこと,母親にとり入った市民団体やジ
ャーナリストが過熱報道を興り立てたことなどが,本件事故の事実関係につい
て「客観的事実と相違した報道内容が事実上統一された」ことの一因を形成し
たように思われる。
3 名誉の保護の現代的意義
現代社会を“情報化”という観点から考察すると,インターネットの普及に
代表されるように,通信網が高度に発達しており,しかも,パソコンなどの安
価かつ簡易な機器を用いることにより,専門的な技能を身につけた者でなくて
も容易に通信網にアクセスでき,情報を送受信することが可能となったため,
従来とは比較にならないほどの多量の情報が,驚くべき速さで不特定の多数人
に周知させることが可能となった。まさに“高度情報化社会”ともいうべき社
会現象であり,しかも,成長期を過ぎた燗熟期に入っているといっても過言で
はない状況である。もっとも,高度情報化=流通する情報量の増加可能性がも
たらすものは,恩恵ばかりではなく,燗熟化に伴う弊害もある。つまり,従来
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
までは特定の少数人しか知り得なかった情報が,不特定の多数人に周知され得
るようになったことの副作用として,個人に関する情報が,当該個人の予想外
.の第三者に知られ,アネイブルコントロールな状況のもとで際限なく流通する
可能性が生じてきたのである。かりに,当該情報が事実誤認であったり,個人
が流通を望まない私事に関する事柄であったとしたら,法はこれを座視すべき
ではなく,個人の情報コントロール権の回復に努めなければならない。そこで,
前者については,個人の「名誉」を明文を.以って保護することにより,その違
法な侵害に対する民事責任(民法第710条,第723条)や刑事責任(刑法第230条,
第230条ノ2)の追及を可能とし,後者については,明文はないものの,解釈に
よって「個人の私生活をみだりに公開されないこと」を法的利益として承認す
ることにより(「情報プライバシー権」),その違法な侵害に対する民事責任(民
法第709条,第710条)の追求を可能としている。
かような性質を有する両者の関係であるが,名誉殿損は無条件に肯定される
ものではなく,個人の社会的評価を低下させることを必要とし,しかも,公開
した事実が真実であると違法性が阻却されるため(ただし,不可罰とする法的構
成につき,刑法解釈には諸説あり),名誉殿損の成立要件を備えない違法行為に対
する法的救済のすべがないことになるので,その間隙を補う法理として,情報
プライバシー権の役割が注目されている。つまり,情報プライバシー権が保護
しようとする「私事」とは,事実の真否を問題としない私事全般にわたるため,
社会的評価の低下の有無や,事実の真否を問題とすることなく,侵害者に対す
る法律上の責任を問うことが可能だからである。このように,「名誉」と「プ
ライバシー」に対する法的保護は,各々の適用範囲を異にすることにより,恰
も車の両輪の如く,個人の情報コントロール権の保護という目的を達成してい
るのである(因みに,両者を「一般的人格権」という上位概念で包摂するのが通説で
ある。判例も「人格権」概念を用いている。判例に関し,最大判昭44・12・24〔刑集
第23巻第12号1625頁〕など)。ただ,ここで念頭に置かなければならないことは,
「名誉」や「プライバシー」(憲法第13条に根拠を有する「新しい人権」)の保護と,
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医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
表現の自由(憲法第21条)の可及的な保障との関係である。後者についても,
名誉やプライバシーと同様に,前記した“高度情報化社会”の燗熟化に起因す
る弊害が指摘されており(つまり,行政機関やマスコミによる情報の寡占化と,その
一方的な情報提供行為により,国民が清士受領者に固定されてしまったこと),表現の
自由の実質化,すなわち,表現の自由を受け手の立場から再構成する試みが提
唱されていること(つまり,情報受領権の法的承認,例えば,行政情報に対する「ア
クセス権」や,マスコミ情報に対する「知る権利」の承認)を無視することはできな
い。つまり,一方で,国民主権(憲法前文第1段,第1条)の観点からは,主権
者国民の情報受領権を強化・徹底しなければならないが,他方で,“自由”な
情報受領を保障すればするほど,(事実無根とまではいかないとしても)根拠が不
確かな情報であっても流通させるべきであり,その是正はいわゆる“思想の自
由市場”の浄化原理に委ねるべきという価値観にも行き着くからである。この
ように,「名誉」や「プライバシー」に対する保障の限界は,表現の自由の再
構成論との絡みで考えてゆかなければならない微妙な問題なのである。
4最近における名誉殼損訴訟のプロセス
名誉殿損訴訟における,原告側の請求の趣旨・請求原因事実は,名誉殿損の
事実に起因する,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の形式をもって起案され
る (民法第709条,第710条,第416条類推適用)。
原告側より,裁判所に対して訴状が提出され,事件が裁判所民事部に繋属す
ると,裁判所は,訴状を被告に送達し,被告の期日指定に関する意向を斜酌し
つつ,第一回目の口頭弁論期日を指定する。被告は,第一回期日までに,原告
の訴状に対する答弁書を起案・作成し,まず,裁判所と原告に対して(本人訴
訟の場合は,訴状に記載された原告本人の住所地のファックス番号を宛先として,本人
が代理人弁護士を選任している場合は,訴状記載の代理人の住所地のファックス番号を
宛先として),答弁書の複写を電送する。その後,第一回期日までに,被告は答
弁書の原本たる正本と副本,写しを作成し,これを期日において,裁判所と原
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
告に提出する。(新民事訴訟法の規定による訴訟取扱事務の変化)。
第一回期日において,裁判所は,原告・被告に対し,双方の意向を掛酌しつ
.つ,次回期日の指定を行い,併せて,原告側に対し,期限を設けて第一準備書
面の提出を促す。なお,原告が裁判所と被告に対し,事前に書面を電送すべき
ことは,被告の答弁書の提出手続と同じであり,以後,このような形で「裁判
をするのに熟したとき」(民訴法第243条第1項)に至るまで,準備書面の交換を
繰り返すことになる(ここまでの手続は,一般の民事訴訟と同様である)。
もっとも,ここから先の手続は,訴訟類型によって若干取り扱いを異にし,
専門性の強い訴訟類型,例えば医療訴訟などにおいては,裁判官の経験則や公
知の事実などの援用による事実の確定と,それに基づく法律の解釈・適用のみ
では,紛争の解決に至らないことが多く,専門家(医療訴訟に関していえば専門
医)の鑑定や証言が不可欠となり,訴訟が錯綜・長期化することが多いので,
次回期日の前に,争点整理のための弁論準備手続のための期日を入れ,民事裁
判官室においてラウンドテーブルを囲み,当事者双方が裁判官の面前に,(双
方が一堂に会することはない状況のもとで)交互に入れ替わりつつ裁判官と相対し,
裁判所が双方の主張を斜酌しつつ,争点を整理して絞り込む。なお,弁論準備
を行うか否かは,繋属裁判所の裁判長の訴訟指揮に委ねられるため,これが入
らない場合もあり,また,入るとしても,第一回期日の前に入る場合もあり,
さらには,裁判官室ではなくて法廷でなされる場合もある(新民訴法および裁判
迅速化法の規定による訴訟指揮の変化)。
既往のような民事訴訟実務を前提として,これを名誉殿損訴訟についてみる
に,不法行為訴訟一般の取り扱いとの差異に関する文献が一切存在しないので,
詳細は不明であるも,本件原告が提訴した4件のうち,3件は東京地裁医療集
中部に繋属し,事実上専門訴訟と同様の取り扱いを受けた(この点に関連して,
医療訴訟や行政訴訟については,新民訴法の規定に準拠した専門部が設置されており,
繋属事件数・新件数・既済未済事件数・訴訟指揮の特殊性などに関する文献が多数存在
する)・)。
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医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
一例を挙げると,弁論準備の際に,裁判所より原告・被告の双方に対し,医
療訴訟と同様な形式の「プロセス・カード」が手渡され,「原告側は,第一準
備書面において,①問題となる記述を,事実の摘示と論評(意見表明)に区別
せよ。②当該記述と原告の社会的評価の低下との問の因果関係を明らかにせよ。
③被告側は,原告側の主張を前提として,真実性の証明(抗弁)と,相当性の
証明(抗弁)をなすように。」なる指示がなされる。これは,事実の摘示と論
評を区別して,違法性阻却事由の要件に寛厳の差異を設けようとする,近時の
最高裁判例の立場を踏襲したものである‘)。そこで,原告は,①に関し,原告
側が別件民事医療過誤訴訟や刑事事件において証拠として採用されている事実
(過失の前提事実に関する証拠や,医学的所見に関する証拠)を,本件訴訟において
も証拠申請し,被告が摘示した事実や,これを前提とする論評が事実に反する
ことの証明に供することにした。また,併せて陳述書を提出し,マスコミのス
クラム報道(誤報)は,一部の市民団体関係者や,これと結託したジャーナリ
ストやマスコミ関係者によって仕組まれたものであること,本件症例は,被告
らが軽々に断じるような簡単なものではなくて,空前絶後の難しい症例である
こと,などを明らかにした。その後,裁判所は問題となる記述を数点に絞り込
み,これについて名誉殿損の事実の有無,違法性阻却事由の成否をめぐる本案
審理に入り,原告被告本人尋問や,書証に関する証人尋問は一切ないままに,
5回程度の口頭弁論期日(準備書面の交換)を経て判決(または和解勧告)に至る,
という過程を経た(因みに,かような手続は,民事医療過誤訴訟の訴訟プロセスとほ
ぼ同様であった)6)。
以上のような手続が,名誉殿損訴訟一般についてなされているのか,あるい
は,本件訴訟が医療行為の是非という専門領域に踏み込まざるを得ないために,
特に別異の取り扱いをしたのかは不明であるが,いわゆる「ロス疑惑スクラム
報道」をめぐる一連の名誉殿損訴訟に端を発した7),近年における名誉呼損訴
訟の頻発化傾向に鑑みて,これを一般の不法行為訴訟とは別異の取り扱いをす
る契機となった可能性もあるように思われる。
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
5 名誉殼損訴訟をめぐる判例理論の到達点
「名誉」の意義については,確立された判例理論が存在し,「…名誉トハ各人
力紙ノ品性徳行名声信用六二付キ世人ヨリ相当量受クベキ声価ヲ云フモノ…」
とされている8)。かような定義は,名誉殿損の本質を,他人の社会的評価を低
下させる行為と捉えるものであり(刑法解釈における「外部的名誉説」と同旨),
主観的な自己評価たる名誉感情(いわゆるプライドのようなもの)の侵害のみで
は不法行為の成立を否定する点に実益がある。かような外部的名誉説を前提と
すると,次のような理論的帰結が導かれる。
第一に,名誉とは“「人」に対する「社会」の評価”を意味することになる
ので,名誉白塗の成否は,対象者(「人」))の社会的地位・当該地位に位置し
ている対象者の具体的な現状等の,諸般の事情を考慮して決められる。ただし,
被害者の地位や現状が低下していたとしても,必ずしも名誉殿損の成立を否定
することにはならないことに注意すべきである(対象者に対して犯罪の嫌疑が掛
けられている場合などが典型)9)。また,「社会」の評価の低下如何を問題とする
のであるから,当該記述についての一般の読者の普通の注意と読み方を基準と
して,低下の有無を判断すべきである10)。
第二に,名誉殿損の成立要件として,社会的評価の低下を必要とする以上は,
「不特定または多数人」に対する名誉墨汁事実の流布を要件事実とすべきこと
になる(いわゆる「公然性」の要件を意味する)。そして,当該事実は実際に周知
する必要はなく,その恐れがあれば足りるとされている(伝播可能性があれば足
りる)。ただし,流布・周知の程度如何は,違法性の有無・程度を決する重要
な要素となるので,損害賠償額の多寡を決する際の重要なファクターとなる
11)O
第三に,ある表現によって社会的評価を低下させられた対象者は「特定」し
ていなければならない。この点につき,原則として対象者の氏名などが具体的
に摘示されることを必要とするが,例外として,諸般の記述を併せ考慮すると,
特定人に関する記述であると合理的に推知し得る場合も,特定性を肯定するこ
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医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉設損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
とになる (第二点で述べたように,「周知」の恐れがあれば足りるから)12)。
第四に,外部的名誉説の帰結ではないが,表現の自由を尊重する憲法の趣旨
(同法第21条),ならびに,これを受けて,表現の自由と名誉(同法第13条参照)
の保護を調和する,真実性の証明による名誉七回免責規定の趣旨(刑法第230条
ノ2)に鑑みて,名誉殿損に起因する不法行為の成否についても,上記刑法規
定を準用する。
第五として,外部的名誉説の帰結ではないが,表現行為者による真実性の証
明が奏効しなかった場合であっても,言論の自由を可及的に保障する観点から,
「相当性の抗弁」により,一定の要件のもとで違法性が阻却され,免責される
余地を認める。なお,この考え方は,免責要件につき,「事実の摘示」と「論
評」に差異を設けるものである13)。両者の区別のメルクマールは,客観的に真
または偽としての性格付けをして証拠により確定できる性質を有するものを
「事実」とし,それ以外のものを「論評」とする14)。そして,免責の具体的要
件として,事実については,真実性の証明が奏効した場合は,表現行為の違法
性を阻却するが,仮に真実性の証明が奏効しなくても,行為者において右事実
を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意または過失は否定され
るとする15>。論評については,論評の前提事実が「重要な部分」において真実
であることの証明を必要とし,それが奏効しない場合に相当性の抗弁が問題と
なる点では同様であるも,論評そのものの免責要件としては,事実摘示と比較
して免責要件を緩め,当該論評が「人身攻撃」などに及ばなければ違法性を阻
却すると解している16)。
第六として,相当性の抗弁のほかに,違法性阻却事由として,英米法系諸国
において承認されている「公正な論評の法理」に基づく免責を示唆している17)。
因みに,この法理は,「論評」についてのみ適用される法理であり,一般に,
「(当該論評の前提事実の主要部分について真実性の証明がなされているか,あるいは,
真実でなくても,真実と信じるについて相当な理由の存在を証明していることを前提と
して〉,公共の利害に関する事項,または一般公衆の関心事であるような事項
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横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
に関しては,何人も論評の自由を有し,それが被論評者の公的活動と無関係な
私的生活の暴露や人身攻撃にわたらなければ,論評者が当該論評を主観的に信
じて行ったものである限り,論評者は名誉殿損の責任を負わない」とする法理
といわれている。もっとも,わが国においては,英米法系諸国と異なり,この
法理を本判決の如く「論評の相当性の法理」ということもあり,第五で示した
判例理論の言い換えということもできるので,果たして独立の法理として承認
する実益があるのか否か,さらに検証を深める必要がある18)。
6 マスメディアによる名誉殼損に特有の問題点
かつての牧歌的な近代社会の如く,主権者国民が交互に情報の送り手と受け
手となり,思想の自由市場から必要な情報を獲得でき,また,情報の価値選別
も,市場の浄化作用による自然淘汰により自ずからなされ,誰もが真理に到達
できるとする“思想の自由市場”論は,もはや幻影となった。いまや国民は,
氾濫する情報の受け手に固定されつつあり,受身でいる限りは,偏った情報し
か得ることができない。そこで,国民が自ら積極的に情報を得ようとすれば,
その手段としてマスメディアを利用し,これを媒体として情報を得るほかない
のである。つまり,高度情報化社会において,マスメディアは,国民の知る権
利を充足するために,社会に生起するさまざまな事象を国民に知らせる情報媒
体として必要木可欠の存在なのである。
しかし,マスメディアは,その性質上,社会に生起する情報を「迅速」に取
材し,報道する責務があり,しかもメディア各社間の情報獲得競争もあるため,
事実関係を十分に確かめる暇もないままに,事実誤認,あるいは不正確な事実
を報道することがある。また,メディアの性質如何によっては,ワイドショー
や週刊誌のように,営利的な立場から,視聴者や読者の“やじ馬根性”を刺激
して,殊更に公共性に欠ける暴露記事や独占入手情報(いわゆるゴシップ記事)
を意図的に公表することもある。このような誤報やゴシップ記事は,高度に発
達した情報網を伝い,瞬時に全国規模で伝播するため,これに起因する被害者
100
医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
の精神的苦痛は往時の比ではないばかりか,事後的な名誉回復も事実上不可能
である。
結局のところ,両者の調和は,憲法においては「公共の福祉」(つまり,人権
相互間に不可避的に生じる矛盾や衝突を調整する公平の原理。憲法第13条参照)を根
拠とする比較衡量により,民法においては,「不法行為法における違法性理論」
(つまり,違法な権利侵害の存否・程度は,加害者の侵害行為の態様と,被侵害利益の
被害の大小を比較衡量して決する考え方)により,憲法の理念を生かしつつ,事案
に応じて個別具体的に考えてゆかなければならない。ただ,その比較衡量に際
して,次のようなファクターを考慮に入れなければならない。つまり,
第一に,前記5.第一の観点,つまり,名誉致損の有無は一般読者を基準に
考えるのであるから,「見出し」や「書き出し」の態様を重視しなければなら
ない19>。
第二に,前記5.第四・第五・第六の観点,つまり,報道は,公共の利害に
関する事実を公益目的で報道するのが通常であるから,かりに事実誤認であっ
たとしても,それを真実と誤信するについて相当の理由がある場合(つまり,
取材行為に過失が認められない場合)は,原則として免責させるべきである20)。た
だし,私事に関する報道は,真実性の有無に係らず(国民主権と無関係だから),
かような原則論は妥当せず,名誉殿損,あるいはプライバシー侵害を認めるべ
きである。また,論評による名誉殿損ついては,事実下平行為による場合と異
なり,言論の自由を可及的に保障する観点から,原則として違法性を欠くとい
うべきである。
第三に,メディアの性質により,真実性の証明や相当性の立証の程度に差異
を認めるべきである。つまり,テレビ・インターネット・新聞・雑誌(日刊・
週間・月刊・旬刊)などの諸類型により,取材にかけることが許される時間・情
報の伝達速度・インパクト等はかなり異なる。基本的に,取材にかけられる時
間的余裕があり,伝達速度が速くインパクトも強い方が証明の程度が高く(=
注意義務が重く),反対であれば低い(=軽い)というベクトルが働くというべ
101
横浜国際経済法二三15巻第2号(2006年12月)
きである。
7 既往の名誉殼損法理を前提とする本判決の評価
(1)名誉一品の事実を認定した点には賛成するが,相当性の抗弁を認めた点に
は反対ずる。その理由は,以下に述べる通りである。・
(2)本判決が,本件記事は,公共の利害に関する事実に関するものであり,被
告も公益を図る目的で作成したと認定している点について検討するみ判例理
論によると,「公共の利害に関する事実」とは,公的な立場の人間の公的行
動に関する事実のみならず,これを拡大解釈し,「…私人の私生活上の行状
であっても,そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼ
す影響力の程度などの如何によっては,その社会的活動に対する批判ないし
評価の一資料として,…『公共の利害に関する事実』にあたる場合がある。」
とされており21>,私人に関する事実であっても,それを公表することが社会
一般の利益に適う場合は,免責される余地を認めている。本判決も,かよう
な判例理論を考慮して,被告医師は一私人に過ぎないが,「本件記事が報道
する事実は,社会的な関心が高」い,あるいは「本件記事は,別件訴訟の第
,1回口頭弁論の模様等を報道する裁判報道であり,基本的には公開の法廷で
行われた訴訟の模様等を伝えるもの」という認定をしているようである(第
2.3.判旨中の傍線②参照)。しかし,かような事実認定に対しては疑問があ
る。つまり,確かに,本件そのもの,より具体的にいえば,患児が死亡する
に至った受傷機序に対する社会的関心は高いといえるが,被告医師の答弁書
の内容に対する社会的関心が高いとはいえない。また,本判決の如く,本件
記事が,読者の興味に迎合したワイドショー的な記事ではなくて,国民に対
して真実を客観的かつ正確に伝えるための「裁判報道」というのであれば,
被告は,当事者双方を取材し,事実関係に関する裏をしっかりと固めてから,
両論併記の上で報道すべきである。しかるに,本判決は,本件記事を「裁判
報道」と認定しながら,「(本件記事が公共の利害に関する事実についてのもので
102
医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
あることを前提として),裁判の内容,進行などについて一方当事者の声を取
材し,これを取り上げたとしても,公益を図る目的に欠けることとなるとは
いえない」と判示しているので(第2.3.判旨中の傍線③参照),上記判例理
論に照らすと,やや整合性を失するように思われる。また,判例は,「公益
を図る目的」につき,条文(刑法第230条ノ2第1項)の文言が「専ら」と規定
しているにもかかわらず,これを緩和し,主たる動機として公益目的が認め
られればよいが,目的(動機)の認定に際しては,表現方法や事実調査(取
材によって裏を取ること,つまり取材の程度や裏付の正確性如何)などの客観的要
因も考慮すべきとしている22)。本判決も,かような判例理論を考慮して,本
件記事全体から看取される主たる動機が公益目的,という認定をしているよ
うである (第2.3.判門中の傍線③参照。判決文中に「基本的に…」なる文言が存
在する)。しかし,かような事実認定の在り方には疑問がある。つまり,本
件記事の表現方法,とりわけ,見出しやタイトルそのもの,ならびにその配
置の仕方が著しく過激であることや,原告に対する取材を殊更に一切しない
まま,4回にもわたり事実誤認の記事を公表していたことなどに鑑みると
(第1.事実の概要中の記述①参照),目的の認定に際して上記の客観的要因を考
慮しているとはいえないからである。もっとも,民事訴訟は弁論主義の建前
に拘束されるので,代理人弁護士の主張・立証活動の巧拙によって,判決内
容も左右されざるを得ないから,一概に裁判所の事実認定を責めることはで
きないが,裁判所の適切な訴訟指揮,例えば,求釈明権の積極的な行使等に
より,もう一歩事案の解明を深めるべきであったように思われる。なお,こ
の点につき,著名な刑法学者は「嫌がらせの目的のような場合は除外される。」
と体系書中に明言している23)。判例理論,つまり「一般読者の普通の注意と
読み方」を基準として,本件記事の内容を読んでみると,「専ら」公益を図
る目的ではないことは当然として,その主要な目的が,国民の知る権利の保
障の観点から(憲法第21条),「事件の真相・全貌を知りたい」という一般公
衆の要望に応えるものであったのか否かと問われると,これを容易に肯定で
103
横浜国際経済法二二15巻第2号(2006年12月)
きないように思われる。
(3)本件記事中の一部の記載につき,名誉殿損の事実を肯定しつつも,相当性
の抗弁を認めた点について検討する。本判決は,記事中の「隠蔽」なる文言
の捉え方につき,この文言自体のもつ意味内容が原告の社会的評価を低下さ
せると認定しているものの,その文・ は …1曇郵で_止が渦 を不{
し 生らの渦 をヒ苦 る巳の’
ヒ
を文・ としているものとして その
は亘南で ると認{している(筆者注…傍線⑥)。そして,その正し
い指摘に中で使用された「隠蔽」なる文言そのものによる原告の社会的評価
の低下は,不法行為上の違法にあたらないと認定している(第2.3.判寺中
の傍線④参照)。しかし,そのような記事の読み方は,「一般読者の普通の注
意と読み方」を基準とすると,如何にも不自然というべきではないだろうか。
本件記事中の記載を,もう一度見ていただきたい。
「…『…(医師たちは)これだけ医療ミスが次々に発覚しても,謝罪よりも隠
蔽することを選ぶんです。悪いことをしたら謝るのは,○○のような子でも
理解していたのに(筆者注…患児の母親のコメント)』しかし,この医師は自ら
のミスを隠蔽するだけでなく,反撃すら試みている」
この記載を普通に読むと, 憲耽 なる 量は 百前の 矢 ミス をヒ
し示してお
戦 とは
矢 渦誼量瓠の 止で る山農が 笈A
堂 において 宝 貝iの渦 を主 した 申を巳し示していることは目 で
一美白・で って 漉の余 はない言がどのよ’に詰んだとしても
’珊のよ’に 穏就 が 宝 貝1の渦 の主 をヒし示していると詰
むことはできない。つまり,被告が,別件訴訟の被告医師(本件原告)が
「医療ミス」を犯し,そのミスを「隠蔽した」と断定していると理解するの
が,まさに判例理論が想定する「一般読者」であろう。すると,本件原告が
「医療ミス」を犯したのか否かに係らず,自らの過誤を隠蔽した事実は一切
存在しないのであるから(前記文書提出命令申立の棄却決定により,裁判所が認
定した事実を無視することはできない),本件記事は,客観的真実と相違する事
104
医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
実を前提とする「論評」であり,しかも,判例理論の言葉をそのまま借りれ
ば,原告に対する「人身攻撃」に他ならないのであるから,名誉殿損の成立
を認める余地は充分に存した。
民主主義社会における言論・出版の自由の重要性は,法学研究者や実務家
のみならず,一般国民の間においても所与の事実であるが,新しい人権であ
る名誉の重要性も,人権保障の最後の砦としての役割を担う裁判所が忘れて
はならないベクトルである。けだし,高度情報化社会において,名誉は一た
び侵害されると,二度と回復できないほどの侵害を受けるからである。かよ
うな視点に立脚すると,本件受訴裁判所が,代理人弁護士の主張・立証の巧
拙にかかわらず,名誉殿損が成立する余地を否定するに足りるだけの,緻密
な事実認定と理論構成をしていたかというと,これを素直に肯定することは
困難なように思われる。
また,被告は原告に対して一切取材をせず,殊更に裏を取ろうとしなかっ
た事実について,充分な立証を尽くさせず,また,判決理由中に,この点に
関する判示が殆どみられないことも問題であろう。つまり,被告側において
「当該事実を真実と信じるにつき相当な理由」つまり,取材に関する過失が
なかったのか否か,という争点に関する求釈明は,必須であったように思わ
れるのである(本件のような微妙な事案について和解勧告がなかったことも,一考
の余地があろう)。
(4)以上の検討により,筆者としては,本判決の評釈として(1)の結論を導
く次第である。
以 上
105
横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
【註釈】
1)本件被告が自社発行の「週間女性」誌上において行った報道は,本件記事のほかに,次のよ
うなものがある。
1999年9月7日号・巻頭カラーグラビア入り
・ 「この笑顔は2度と帰らない… 綿あめ割りばし事故」(患児の写真を用いた巻頭グラビア
のタイトル)
・ 「○○ちゃんもう一度,お母さんにキスをして」「働芙の母○○○○さん(42)独占インタ
ビュー」(本文タイトル)
・ 「○○は,明らかに普通の状態ではありませんでした。ずっとグッタリとした状態で,泣く
こともしゃべることもできませんでした。…『本当に連れて帰ってよろしいのですか。こん
なにグッタりしているのに。』と伺ったほど,(担当医師の治療は)簡単でした。(筆者注…
母親のコメント)」
・ 「(死因に関する病院側の説明に対し)『そんなばかな』とは思ったのですが,説明が非常に
巧みですから,『そうだったのかな』とぼんやり考えていました。(筆者注…母親めコメン
ト)」
・ 「私はこの割りばしは○○が自分の苦しみと痛みを賭け事実を明らかにするために残してく
れたと思っているのです。」「…『最善の治療』と言い張るのなら,これからも同じ治療を繰
り返すでしょう。もちろん,誰にでもミスはあります。でも,それを認め謝罪するのが人の
道ではないですか? こんな考え方は,お医者様の世界では通用しないのでしょうか。(筆
者注…母親のコメント)」
・ 「もしも病院がすぐに医療過誤を認めていたら,こんなにいつまでも苦しまずにすんだのに。
もう一度,,もとのにぎやかな家庭に戻りたい。○○と一緒に頑張りたいと思うのです。○○
は楽しいことが好きでしたから。(筆者注…母親のコメント)」
2000年8月15日号
・ 「感動ドキュメント あの綿あめ割りばし事故の悲劇から1年一」「○○ちゃん やっとあ
えたね」「1年越しの“約束”を果たすために京本正樹(41)が遺族を弔問」「○○○○ちゃ
んが5歳になるはずだった誕生日に,京本はウルトラマンを贈った。そして悲しみに暮れる
家族を○○ちゃんに代わって励ますことを誓ったのだ。忙しいスケジュールの合間をぬい,
ついに対面の日が!」(タイトル)
・ 「『○○は明らかに普通の状態ではありませんでした。ずっとグッタりした状態で,泣くこ
ともしゃべることもできないんです。』(○○さん) しかし救急車で杏林大学病院に運ばれ
たOOちゃんは,傷口に薬を塗られただけで帰されてしまった。『本当に,これだけで帰っ
てよろしいのですか? と伺ったほど簡単な治療でした。(筆者注…母親のコメント)』
・ 「『最初の診察さえきちんと,されていたなら…。ご両i親は(担当医師と)同じ人間として,
“あなた(担当医師)は,本心から,医師の道からはずれたことをしなかったと思っている
のですか?”と問いたいんじゃないでしょうか。僕も同じ気持ちです。もしかすると○○ち
ゃんが生きていられたかと思うと,許せない…』と憤る。」(筆者注…京本正樹のコメント)
2001年1月2日・9日合併号(本件名誉鍛損訴訟。本文「第1 事実の概要」を参照)
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医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉殿損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
2002年7月23日号
・ 「ゆるせない! 口裏合わせ,口封じ,嘘の説明…」「あなたの大切な人も医者に殺され
る!?」(タイトル)
・ 「…カルテを改ざんされたと主張する。『息子を膝に抱き,息子の肩越しに先生のカルテを
見ていました。日本語だったので読みやすかったものですから。息子が死んだ後,カルテで
は,受けてもいない検査を行ったことになっていたのです。そのほか,いろいろと書き加え
られていました。診察中,そんなことはひと言も書いていなかったのに!(筆者注…母親の
コメント)』 カルテの改ざんはやはり医師の常套手段。」
2) 佐々木隆「日本の近代14 メディアと権力」(中央公論新社 1999)279頁,369頁。「記者
クラブ」の発祥は,1890年,大日本帝国憲法の統治体系下における帝国議会内に設置された
「共同新聞記者倶楽部」に求めることができる。
3) 岡部保男「特集2 報道と人権 『記者クラブ』制度と知る権利」自由と正義 第51号96頁
(日本弁護士連合会 2000)
4) 最高裁判所事務総局民事局編「これからの医療訴訟∼地域の医師・弁護士・裁判所のよりよ
いパートナーシップをめざして∼」2頁(2002・6),山名学=大嶋洋志「最近の医療訴訟の
動向、と審理の実情」自由と正義第54巻第2号14頁(日本弁護士連合会 2003・2),釜田ゆ
り=山田哲也=小川卓逸「東京地裁医療集中部における事件の概況」民事法情報第213号17
頁(民事法情報センター 2004・6・10),森秀樹=市川貴哉「裁判統計から見た医事関係
訴訟事件を巡る最近の動向」民事法情報第214号2頁(民事法情報センター 2004・7・10)
など
5) 最3小判平9・9・9(民心第51巻第8号3804頁)。いわゆる「ロス疑惑事件」に関し,被告
人が「夕刊フジ」を名誉殿損の事実により提訴した事例。本事件に関してはスクラム報道が
なされたため,多数の判例が存在する。他に,最3小判平9・5・27(民適当51巻第5号
2024頁)など
6) 医療集中部における訴訟指揮の概要について説明する。専門訴訟ゆえのマニュアル化が,名
自証損訴訟について参考になる。裁判所は,第1回進行協議において,当事者双方の訴訟代
理人に対し,「医療過誤訴訟の進行についてのお願い」と題するマニュアルを配布し,①診
療経過・症状・検査結果・投薬状況などの事実関係を確定するため,診療経過一覧表・検査
結果一覧表・投薬一覧表・医学用語集などを作成させる。なお,認否も同時に行い,否認す
る事実については具体的な主張を併記する(この点,当該部総括裁判官が訴訟代理人に対し,
口頭にて第1回目の口頭弁論期日から具体的な認否に入るように指示するのが通常である)。
そして,これらはフロッピーディスクに記録して提出する。②,①に基づいて事実関係を確
定した後,過失・因果関係に関する主張を確定し,争点整理表を作成する。そして,③争点
整理手続が終了するまでの間に,当事者照会・文書送付嘱託,調査嘱託の申立などを必要に
応じて行うほか,書証についても,弾劾証拠を除く全ての証拠を提出する(カルテ,看護記
録,レン・トゲン・CTスキャン・’MRIなどの検査記録,鑑定書・専門書および論文など)。
なお,書証の提出に際しては,前記マニュアルの附属書類である「医療過誤訴訟における書
証の提出等についてのお願い」を参照のうえ,④一般の訴訟と同様に,提出順に書証番号を
107
横浜国際経済法学第15巻第2号(2006年12月)
附した個別証拠説明書を提出するほか,これとは別個に,争点整理表を作成した後,改めて,
争点と対応させた形の総括証拠説明書(事実関係を甲A,文献など甲B,損害立証を甲Cと
して番号を付した一覧表)を提出すること,⑤陳述書についても,一般の訴訟のように事実
の経過を述べるだけでは足りず,医療機関側に対しては,②で作成した争点整理表の争点ご
とに,前提事実および当時の判断・判断の根拠・原告の疑問点に対する回答という形式で,
患者側に対しては,医療機関側の説明内容・現在の症状・被告の疑問点に対する回答,とい
う形式で起案することを求めている点が特徴である。裁判所は,このような,医療訴訟に特
化した方法で証拠資料を収集し,証拠方法として採用するのであるが,証拠調についても,
医療訴訟の特殊性に鑑みて集中証拠調を施行するのが通常である。この方法によると,原告
側(患者と協力医師)と被告側(担当医師)を同一期日に尋問できるので,争点外および重
複尋問が減って審理が促進されたり,心証を取り易くなるメリットがある。加えて,状況が
許せば,原告側の協力医と被告病院の担当医を並べて尋問する「対質」や,主尋問連続方式
を行う場合もある。なお,医療集中部における進行協議・争点整理は,弁論準備手続(民訴
法第168条ないし178条)の中で行われるが,裁判所は,双方の代理人に対してプロセス・
カードという,当該期日の審理内容や次回期日までの準備事項を簡潔に記載したメモを送付
することにしており,期日を単なる書面交換で終わらせない工夫を凝らしている。因みに,
本件名誉段損訴訟は,本件原告が提訴した他の3件と異なり,医療集中部に繋属しな・かった
ため,本文中のような訴訟指揮はなされなかったことを附言する。
7)
マスコミによる名誉毅損についての裁判例は,それほど多くはない(マスコミと係る国はご
く一部なので,当然のことではあるが)。スクラム報道に対する同時多発的な訴訟について
は,なお僅少であり,本稿で取り上げた「綿飴割り箸事件」報道のほか,註(3)において
掲げた「ロス疑惑事件」報道,「日本野鳥の会」の組織運営の在り方をめぐる報道(東高判
平8・10・2判タ第923号156頁など)や,「オウム真理教」(現アーレフ)をめぐる報道
(福岡富民1判平5・9・16。併合審理した3件についての判決。丸葉第840号147頁など)な
どがある。
8)
裏面として,大判明39・2・19(民録第12巻226頁)。もっとも,今日では,ある事案にお
いて,名誉感情の侵害が認められるにとどまり,名誉殿損の成立が否定された場合であった
としても,別途プライバシー権の侵害ありとして,法的救済を受けられる場合もあり得る。
9)
嗜矢として,大判明38・12・8(民録第11巻1665頁)
10)
嗜矢として,最密昭31・7・20(民集第10巻第8号1059頁)
11)
嗜;矢として,大判大5・10・12(民音第22巻1879頁)
12)
噛矢として,大血判昭8・8・1(法律新聞第3610号14頁)
13)
「事実摘示」につき,最1小判昭41・6・23(民集第20巻第5号1118頁),最1小判昭58・
10・20(裁判集民事第140号177頁)など。「論評」につき,最2小判昭62・4・24(民燈心
41巻第3号490頁),最1小判平元・12・21(民臆面43巻第12号2252頁)など
14)
註(5)で示した,前掲最3小判平9・9・9(民集第51巻第8号3804頁)
15)
前掲註(13)(14)に同じ
16)
前掲註(13)(14)に同じ
108
医療過誤訴訟の被告医師に関する週刊誌報道につき,名誉毅損の事実を肯定しつつ,「論評の相当性の法理」により違法性を阻却した事例
17)
註(5)および(13)で示した,前掲最3/1・判平9・9・9(民集第51巻第8号3804頁)のほ
か,「日本野鳥の会」をめぐる報道に関する東高判平7・10・16(判タ第923号225頁),な
らびに「研究社英和辞典名誉殿損事件」をめぐる東高判平8・10・2(判タ第923号156頁)
など
18)
「公正な論評の法理」の母法国である,アメリカ合衆国における議論状況については,山口
成樹「名誉殿損法における事実と意見一英米法の示唆するもの一(1)∼(3)」都法第35巻
第1号’109頁・同第2号111頁・同第3・号’91頁,喜田村洋一「名誉殿損訴訟で,いわゆる「意
見特権」『は存在しないと判示した事例」ジュリ第1034号131頁などが詳しい。
19)
嗜矢として,註(10)で示した,前掲最判昭31・7・20(民集第10巻第8号1059頁)
20)
註(13)(14)に同じ
21)
最刑判昭56・4・16(刑集第35巻第3号84頁)
22)
註(20)に同じ
23)
前田雅英「刑法各論講i義」158頁(東大出版会 初版1989)
【参考文献】
山川一陽
「医療事故の概念とそれによる医療機関・医師の責任」伊藤文夫・押田茂實編 医療事故
紛争の予防・対応の実務一リスク管理から補償システムまで一3頁(新日本法規2005)
のぞみ総合法律事務所編
「新・名誉殿損一人格権と企業価値を困るために」(商事法務2006・8)
東京弁護士三編
「取材される側の権利」(日本評論社1990)
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