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シンポジウム 分子生物学の
Title (シンポジウム 分子生物学の臨床への応用)Duchenne頭 筋ジストロフィーの分子遺伝学 Author(s) 斎藤, 加代子; 池谷, 紀代子; 山内, あけみ; 森田, 玲 子; 近藤, 恵里; 原田, 隆代; 三島, 真弓; 新井, ゆみ; 福山, 幸夫 Journal URL 東京女子医科大学雑誌, 64(4):313-324, 1994 http://hdl.handle.net/10470/9033 Twinkle:Tokyo Women's Medical University - Information & Knowledge Database. http://ir.twmu.ac.jp/dspace/ 39 〔東女医大誌 第64巻 第4号頁.313∼324平成6年4月〕 シンポジウム 分子生物学の臨床への応用 Duchenne頭筋ジストロフィーの分子遺伝学 東京女子医科大学 小児科学(主任:福山幸夫教授) サイトウカ ヨ コ イケヤ キ ヨ コ ヤマウチ 斎藤加代子・池谷紀代子・山内あけみ モリタ レイコ コンドウ エ リ ハラダ タカヨ 森田 玲子・近藤 恵里・原田 隆代 ミシマ マユミ ァライ フクヤマ ユキオ 三島 真弓・新.井 ゆみ・福山 幸夫 (受付 平成6年1月20日) Molecular Genetic Stlldies of Duchenne Muscular Dystrophy Kayoko SAITO, Kiyoko IKEYA, Akemi YAMAUCHI, Reiko MOR豆TA, Eri KONDO, Takayo HARADA, Maynmi MISHIMA, Yumi ARAI and Yukio FUKUYAMA Department of Pediatrics, Tokyo Women’s Medical College The identification.of the gene, and the subsequent description of its protein product−dystrophin− have opened several new fields of research and genetic diagnosis. Studies in our laboratory revealed that 350ut of 59(59%)cases of Duchenne/Becker muscular dystrophy(DMD/BMD)exihibited genomic deletion by means of polymerase chain reaction(PCR) analysis and Southern blot analysis. The reliability of the result of carrier detect圭on increased by using Southern blot analysis and nested PCR method for DMD/BMD fam量ly w量th deletion of DMD gene. Carrier detection宙as performed with PCR−R肌P analysis for family members in whom deletion was not detected, Comparison between the clinical picture and the results of molecular genetic studies enables clarification of the relationship between the phenotype and genotype of DMD/BMD. The author reported a case of somatic mosaicism. Lymphocytes DNA analysis of the case led to a DMD diagnosis before death. However, post−mortem immunocytochemical and DNA analysis revealed two cell populations of different genetic origins as somatic mosaicism.. Extensive studies on dystrophin and the gene may lead to an understanding of the cause for the disease, and may allow a rational treatment for DMD to be developed. はじめに 報の単位が遺伝子である.この遺伝子における変 ヒトは約100兆の細胞より成り立っている.それ 異mutationによって,ある種の疾患が生じる.そ ぞれの細胞の核には46本,22対の常染色体と1対 の1つがDuchenne型筋ジストロフィー(DMD) の性染色体が存在する.染色体にはDNAが折り 畳まれて存在し,DNAの長さを合計すると,1個 の細胞当たり約2mである.DNAにおける塩基対 である.DMDでは出生時にすでに血清creatine kinase(CK)活性が高値を示すことにより,胎児 の様々な配列に遺伝情報が刻み込まれており,最 証明されている.しかし,筋力低下の初発症状は 終的に蛋白質の構造を決める機能を持った遺伝情 2∼3歳で気づかれることが多い.図1に3歳6 期,新生児期にすでに疾患は成立していることが 313一 40 DMD control に認められる.軽度の知能障害を有する例もある. また,骨格筋のみならず心筋障害を来す.12歳ま でに車いすの生活となり,10歳代後半から20歳代 前半で死亡する. 進行性筋ジストロフィーは臨床所見,即ち骨格 筋の侵される領域や発症時期によって,表1に示 すように,いくつかの型に分類され,それぞれ遺 伝形式が異なる.DMDは, X染色体連鎖性劣性遺 伝形式をとり,最も重症な経過をとる.Becker型 筋ジストロフィー(BMD)はこの軽症型であり, 分子遺伝学の進歩によってDMDと同じ遺伝子領 域の変異を示すこともわかってきた. DMDは男児出生100,000人に21.7人の頻度で 認められる.本邦における突然変異率は0.291± CT scan of the legs 0.046とされている.1984年のMoserの総説1)が書 図1 DMD患児とその下腿のCTスキャン像 かれた段階では,遺伝子座はX染色体短腕 上図左:コントロール児(3歳),右:DMD患児(3 (Xp21)にあることが解明されてきており,骨格筋 歳).DMD患児では下腿の仮性肥大を認める.患児は の膜における何らかの欠陥に因るものであろうと コントロール児よりも下肢をwide・baseに開いて 立っている. いう考察がなされていた. 下図左:コントロール児(3歳),右:DMD患児(3 歳),下腿のCTスキャンではDMD患児に腓腹筋に虫 分子遺伝学の進歩によってDMD遺伝子がク ローニングされたのは1986∼87年のことであ 喰い状のIow densityがみられる。 る2).その後,DMD遺伝子のcDNAから推定され ヵ月のDMDの患児の写真とその下腿のCT るアミノ酸配列に対する抗体を用いた免疫組織化 scanを示す.左はコントロールである.この年齢 学的研究3)によって,その遺伝子産物が骨格筋の で患児は下肢をwide baseに開いて起立してい 細胞膜に局在する細胞骨格蛋白であることがわか る.下腿は仮性肥大を示し,腓腹筋のlow density り,ジストロフィンと命名された4). を認め,骨格筋におけるジストロフィー変化が既 表1 筋ジストロフィーの臨床型の分類 Walton and Nattrass,1954を一部改変したものである Type of PMD Inheritance Duchenne X・linked @ recessive Becker X・1inked @ recessive Later childhood Autosomal Later childhood @ recessive @ or adolescence Limb・girdle “Duchenne−like” @ Iimb・girdle Autosomal Facioscapulo・ @ humera1 Autosomal Distal Oculopharyngeal Congenita1 @ recessive @ dominant Autosomal @ dominant Autosomal @ dominant Autosomal @ receSS五ve Severity Age of onset Early childhood @ or adolescence Severe Relatively benign Variable, but true @ to type in families Early childhood Relatively severe Variable, usually @ not in childhood Very slowly P「09「esslve Middle age Relatively benign Middle age Usually slowly @ progreSSive Infancy Variable 314 41 dystrophin spectrln DAGC 25・5G 35k 43k 25k j3k 59k N.C band 3 glycophorin 156k 156k dystrophin ankyrin C 5k αspectrin 59k N ・ac・・, Facth βsp㏄t「in 4,1繭, actin翻⑬灘 図2 ジストロフィン12)とスペクトリソ6) ジストロフィンのN端はアクチンフィラメントに結合し,C端はDAGCを介して細胞膜と結合し ている。これはスペク団ンがアクチン結合蛋白でありアンキリンなどを介して細胞膜に結合して いる状態とよく似ている. ジストロフィン 1.構造 深い.システインリッチドメインはC末端はジス ジストロフィンは3,685残基のアミノ酸配列‘) 膜蛋白質と結合してネットワークを形成し,伸縮 からなる分子量427kDの巨大蛋白質であり,骨格 自在な膜の裏打ち構造を構成していると考えられ 筋の細胞膜に局在する細胞骨格蛋白である.細胞 ている8).また,Loveら9)はこのドメインとホモロ トロフィンに独特の構造であり,この部分で細胞 内に含まれているジストロフィンの量はわずか ジーのある塩基配列を有する遺伝子を発見し, 0.002%,ミオシンの2,000分の1しかない.ジス Buckleら10)はそれがヒトの第6染色体6q24に トロフィン分子は,長い棒状構造をしている分子 コードされることを示した.Tanakaら11)により, であり,4つのドメインより成り立っており,そ れぞれ,①N末端から約240残基のアクチン結合 その遺伝子産物dystrophin−related protein (DRP)はDMD, BMD, mdxマウスの筋細胞膜 ドメイン,②約2,700残基のスペクトリソ様三重螺 に発現することが証明されている.これはutro− 旋構造ドメイン,③約140残基のシステインリッチ phinと名付けられ,分子量395kDであり,神経筋 ドメイン,④約420残基のC末端ドメインと名付 接合部や筋腱接合部に分布している. けられている. 2.骨格筋におけるジストロフィン ジストロフィンはN末端で細胞骨格のアクチ Arahataら3)は,ジストロフィンのアミノ酸配 ンと結合していることが推定され,この構造はα一 列をもとにしてペプチドを合成し,それに対する アクチニン,β一スペクトリン6)に共通である(図 抗体を作製した(図3).その抗体は正常の筋細胞 2).三重螺旋構造ドメインは赤血球膜における細 膜と特異的に反応し,DMDでは全く反応しない 胞骨格蛋白であるスペクトリンに似た三重螺旋構 こと,その他の神経筋疾患では正常と同じ反応を 造を24回繰り返しており,α一アクチニンでは,,こ すること,DMDの動物疾患モデルと考えられて の繰り返し配列は4回であり,スペクトリンでは いるmdxマウスではDMDと同様,無反応で 17回以上ある.このドメインの両端と内部に4個 あったことにより,ジストロフィンは筋細胞膜に のhingeが存在し,ジストロフィン分子に柔軟性 局在し,その欠損によりDMDとなることを証明 をもたらしていると推定されている7).システイ した. ンリッチドメインはcalmodulin,α一アクチニン, 骨格筋からジストロフィンを精製していくと, β・スペクトリンと同様,Ca結合能のあるEF hand様構造を認め,筋収縮とCaの関連から興味 ジストロフィンと強く結合している蛋白質群があ る.これはジストロフィン結合糖蛋白質複合体 一315一 42 2000 1000 o 3000 amim acid (}amino aoid髄0. Ozawa et al. POO(11−60) PO4(440−489) A「ahata et al. Shimiz“et al. P23(2360−2409) OMOP−1(11−60} OMDP一皿(440−489) P34〔3495−3544) OMOP−1「(3495−3544) AIC〔215−264} Kunkel et al. 8く2254−2557} 10(295S−3197} 1b−2a(67−456} 2−6(694−19τ5} 60kOa(407−817) 30kOa(1181−1388} 9{2555−2959) 11(3193−3649} 6−10〔1991−3112} Zobrzy〔;ka圏Gaar睡et al. F927(40ε一2199} P929{314−325} P924(1088−132η P1461〔3669−3685) Oy4/603(11田一13881 Oy8/6C5(3669−3685) 閥ichoison et al. Wakayama et aL PeptideI(2357−2368) F悶jirebio Inc. 2−5E2(440−489) 4−4C5(3495−3544) 麗ovocastra Lab. OyS3(321−494} OYS 1(1181−1388) OYS2(3669−3685} ( 図3 現在よく利用される抗ジストロ.フィソ抗体 )内のジストロフィンのアミノ酸配列に対して合成されたものである. dystrophin associated glycoprotein complex カ,チュニジアに認められ,DMD II型といわれ (DAGC)と名付けられている(図2). DAGCは るように,DMDに臨床症状が似ているが,ジスト ジストロフィン結合糖蛋白質dystrophin as− ロフィソが正常である常染色体性劣性遺伝性疾患 sociated glycoproteins(DAG)とdystrophin である. associated proteins(DAP)より成っている1こ 3.アイソフォームとその発現 れらは分子量によって,Ervastiら12), Yoshida DMD遺伝子の転写の調節やmRNAのプロセ ら13)によってそれぞれ独立に,156−DAG,59−DAP シングはかなり複雑である.ジストロフィンは, (A1:62kDa),50−DAG(A2:52kDa),43−DAG alternative splicingによっていくつかのアイソ (A3),35−DAG(A4:36kDa),25−DAP(A5:24 フォームが作られる.Feenerら17)は,骨格筋,心 kDa)として同定された. Yoshidaら13)は以.ヒに加 筋と脳ではエクソン1が異なっており,それぞれ えて94kDの蛋白質をAOとしている. 別のプロモーターによって,コントロールされて 50DAG,43−DAG,35−DAG,25−DAPは細胞膜を いることを示した.また,3’端.におけるalterna− 貫通する蛋白質であり,細胞外で156−DAGが結合 tive splicingにより,いくつかのアイソフォーム している.そして,156−DAGは基底膜のラミニン を生じることを述べた. に結合している.このDAGCはジストロフィンの 現在のところ,ジストロフィンには少なくとも システインリッチドメインとC末端ドメインの 5つのプロモーターが存在していることが明らか 前1/2に結合している.従って,この領域の凹凹 になっている.そして,C(cortical)・18), M はジストロフィンが細胞膜に免疫組織化学的に証 (muscle)一19), P (Purkinje)・20), S (Schwann 明されるにも拘わらず,臨床的に重症であるユ4)15). cell)一21), G(GeneralまたはGlial)一ジストロフィ Matsumuraら16)によってsevere.childhood autosomal recessive muscular dystrobhy ン22)として,それぞれの細胞特異的に発現してい る.これらのアイソフォームの観点から,筋ジス (SCARMD)において,50−DAGが特異的に欠如 していることが発見された.この疾患は北アフリ トロフィーの病態はさらに解明されると考えられ る. 一316一 43 表2 DMD/BMDにおける分子遺伝学の臨床応用 DMD/BMDにおける遺伝子 1.DNA analysis 変異とジストロフィン異常 DNA diagnosis of the patients 以上のような,ジストロフィンとその遺伝子の PCR Southern blot Carrier detection 研究の進歩は,筋ジストロフィーの臨床において Southern blot Nested PCR もepoch makingなものである.遺伝子診断と抗 体を用いた免疫学的検討(蛍光抗体法とイムノブ ロット法)により,臨床症状が発現する前の段階 での診断が可能となり,症状や従来の検査では鑑 Prenatal diagnosis RFLP PCR RFLP 2.Skeletal muscle dystrophin analysis ImmunOS亡aining Immunoblot 別困難な疾患を,遺伝子レベル,細胞レベルで異 質な状態であるか否か判定することも可能になっ た. 1.DMDおよびBMD患者における遺伝子変 Chamberlain メくコロ ≦1 異 この疾患における分子遺伝学の臨床応用を表2 ミ1 に示す.Polymerase chain reaction(PCR)や Southern blot法,逆転写酵素を利用したRNAの PCR(nested PCR),restriction fragment length Beggs polymorphisms(RFLP)の解析などの技術によっ て,患児の遺伝子診断,家系における女性の保二 /MP 者診断,そして出生前診断が可能になってきた. 藁 遺伝子変異には,欠失deletion,重複duplication, タ1 挿入insertion,置換substitutionなどがあるが, =、字 DMDの場合,この中で二二が変異の大半を占め =豊 る.遺伝子二二のスクリーニングとして,multi− plex PCR法23)24)が有力である.これは一度に B:BMD D:DMD DMD遺伝子の9つのエクソンを増幅し,2枚の 図4 multiplex PCRによる遺伝子麗麗のスクリー アガロースゲル電気泳動によって,遺伝子欠失を ニング Sはサイズマーカー,DはDMD, BはBMD. 示しやすいhot spotの18エクソンを調べる方法 Chamberlain231, Beggs24)の報告したプライマーの である.Southern blot法によって,患者の遺伝子 変異の領域を判定し,遺伝子三二を示す家系では, 組み合わせにより,18のエクソンにおける欠失をス クリーニングできる. 家系女性において保三者診断をすることができ る.我々はDMD 47家系, BMD 12家系の患者の クソソ1−7の欠失例では筋型,脳型プロモーターを DNAについて, PCRによる遺伝子下思のスク 調べ,両者ともに欠失を認めた. リーニングとcDNAプローブを用いたSouthern 保因者診断として有力な方法に,nested PCR blot25)を行った結果, DMD26家系(55%), BMD が挙げられる.図6のように遺伝子欠失を示す家 9家系(75%)において遺伝子欠失を認めた.欠 系において,保囚者はintactなmRNAと,欠失 失は,14kbのcDNAのほぼ中央と,5’端側に分布 を示すmRNAを有す.従って, RNAより する傾向があり,これは,Koenigら26), den Dun− reverse transcriptaseによって得られたcDNA nenら27)の結果と一致した. PCRの結果の一部を のPCR産物は大きさの異なった2本のバンドに 図4に示し,遺伝子欠失の領域を図5に示す.エ よって示される.ただし,骨格筋では発現してい 一3!7 44 e翼on 30 n口mbors 5 10 15 20 40 45 50 55 60 70 BP團P 点 = 一=2 ぼ 一2 目 一 一〇MO ロ匡−■lntormodiato 一コBMO 図5 DMD,中間型, BMD患者の遺伝子翌翌領域 46 47 48 49 mRNA 46 47 iii}i,幽脚, 50 _,ii,.1.、1ll 奄奄奄奄奄 要がある.この家系では母親と次女が保温者であ 51 52 nested 46FF PCR 液を用いた診断では,二重にPCR増幅を行う必 51 52 ると判定できた28). :l12 F2 PCRやSouthern blot法によって遺伝子変異 の見出せない家系の保因者診断ではRFLPの解 析が必要である29).DMD遺伝子内の領域をPCR 増幅し,PCR産物を制限酵素処理してゲル電気泳 動し,多型を解析した.そのうちの1例を図7に PCR 示す.この家系では,健康な姉,兄に引き続き, products 男女の二卵性双生児が生まれ,たまたま行った血 液検査で男児において,血清CK値の高値が認め ● S量 馴・ bp 〈860 〈463 られた.家系にDMD患者はいないが,母親の血 清CK値は高値であった. multiplex PCRによっ て,患児にエクソン48−50の欠失を認め,DMDで あると診断した.双子の妹が保因者であるか否か をRFLPによって検討したところ,母親の健常な ハプロタイプと父親のハプロタイプを受け継いで 図6 リンパ球由来のmRNAのnested PCRによる おり,組み替えの危険率9%を除く,91%の確率 保因者診断 で保因者ではないと判定した. 2,臨床症状と遺伝子変異との関係 るDMD遺伝子は血液一リンパ球では1,000個の 臨床症状の程度と遺伝子欠失との関係について 細胞に1個の割合でしか発現していないため,血 は,Monacoら30)は, reading frame仮説で説明し 318一 45 ● 剥 馴騰 I Xchromosome w}th DMD gene mutation I Xchromosome without DMD gene mutation 図7 PCRを用いたpERT87−RFLPsによる保因者診断 .DMD遺伝子内pERT87領域をはさむ3ヵ所をそれぞれ増幅し,各PCR産物を制限酵 素Taql, BamHI, XmnIによって処理後,泳動,染色しハプロタイプを分析した, 情報はセントラルドグマという語であらわされる mRNAでもエクソン9とエクソン39が連なって おり,臨床症状とmRNAの構造に整合性のある DNA−RNA一蛋白質という方向に発現していくこ 症例を経験した31). とが明らかになっている.遺伝情報は,mRNAレ 例外的に,エクソン3−7の欠失はout−of−frame ベルでスプライシングをうけ,エクソン部分のみ であるが,reading frame仮説に合致せずDMD, が継ぎ合わさって成熟mRNAとして形成され る.このmRNAからcDNAを合成し,その全塩 Beggsら33)はBMD 68例で遺伝子と蛋白の両者 ている.DNAの塩基配列に貯えられている遺伝 中間型,BMDの臨床像を呈する32). 基配列を調べたところ,DMDの遺伝子欠失を有 を調べ,・ジストロフィソの各ドメインの構造と機 する患者において,欠失しているエクソンの塩基 能の関係を考察した.彼らによると,N末端のア の総計が3nの場合と,3n+1,3n+2の場合で翻訳 クチン結合ドメインにおける凡失ではジストロ により得られる蛋白質(ジストロフィン)が大き フィンのレベルは低く表現型はより重症である. く異なることが推定された.即ち,3nの場合は3 患者の症状によって,三重螺旋構造ドメインにお 個の塩基で作られるコドンは変化せず,mRNA の翻訳のreading frameが保持されたまま欠失 ける欠失または重複部位は3ヵ所に分けられる. エクソン45−53の欠失は典型的なBMDを示す.そ しているため(in−frameの欠失),ジストロフィン の5’側(エクソン10−45)では筋攣縮crampや筋痛 が不完全な形で合成され,臨床的に軽症(BMD) myalgiaを,三重螺旋構i造ドメインの中央(エ・クソ となる.それに対し,3n+1,3n+2の場合はコドン ン30−45)では血清CK値の上昇のみを示した. の構成が変化し,reading frameが保たれずに欠 3.DMD/BMDの骨格筋におけるジストロ 失するため(out−of frameの欠失), TGA, TAA, フイン TAGなどの終止コドンとなり,下流の遺伝情報 ジストロフィンに対する抗体は,多くの施設で の翻訳を停止する.従って,ジストロフィンの合 成が完成されず,DMDとして重症な臨床症状を 作製されている(図3).抗体の作製法により,合 成末リペプタイドに対する抗体(ポリクローナル 呈する.Koenigら26)はこのreading frame仮説を 抗体,モノクローナル抗体),融合蛋白質に対する 検討するため,欠失のエクソンーイントロン境界 抗体に分けられる.これらの抗体を用いて,免疫 の塩基配列を調べ,92%でこの説に合致している 組織化学的検討(蛍光抗体法)を行うと,正常の ことを示した.我々は,エクソン10−38日目うかな 骨格筋組織では筋細胞膜に一致してジストロフィ り広い領域の欠失を示すBMD例において, ン抗体と反応し蛍光を示す.DMDでは,筋細胞膜 一319一 46 control DMD BMD manifesting carrier 図8 間接蛍光抗体法による対照,DMD, BMD, manifesting carrierの骨格筋におけるジストロ フイ ソ に一致する蛍光は認められず,ジストロフィンが 証明した. 欠損している.BMDでは不連続性またはうすい 呼吸不全にてこの症例が死亡し,剖検時に採取 蛍光を膜に一致して認め,ジストロフィンが不完 し得た筋組織に抗ジストロフィン抗体を用いた免 全に存在していることを示唆する.さらに,DMD 疫蛍光抗体法を施行したところ,舌筋では抗スペ の保因者(manifesting carrier)の筋細胞では, クトリン抗体で細胞膜にスペクトリンが認められ lyonizationによりジストロフィン陽性細胞と陰 るが,ジストロフィンは細胞膜に陰性であった. 性細胞がモザイク状に混在していることが知ら しかし,側頭筋,胸鎖乳突筋,腹直筋,心筋では れている34).図8に対照,DMD, BMD, manifes・ ジストロフィン陽性細胞と陰性細胞が混在してい ting carrierにおける筋生検組織の抗ジストロ た(図9).各臓器よりDNAを調製し, multiplex フィン抗体を用いた間接蛍光抗体法の結果を示し PCRを行ったところ,胸鎖乳突筋,側頭筋,横隔 た. 膜,腎臓由来のDNAではDMD遺伝子の欠失を Shimizuら35)はDMDの筋生検組織の16/19例 見出せなかった(図10). (84%)に,Nicholsonら36>は40%に明らかな,20% この症例における体細胞モザイシズムの成り立 に弱い反応でジストロフィン陽性細胞が存在する ちとしては,患者の両親の生殖細胞においては変 ことを示している.これはmdxマウスの骨格筋 異がなかったが,受精後のある時期,しかも器官 でもみられ,revertant(revert=後へ戻る)と呼 形成以前の,早い時期にDMD遺伝子の突然変異 んでいる.その発生機序として,変異のあるヌク が生じ,その後の細胞分裂によって,ジストロフィ レオタイドにもう一度変異が起こってrevertant ンの陽性細胞群と陰性細胞群がモザイク状に配列 が生ずる可能性と体細胞モザイシズムが考えられ したと考えている. ている.体細胞モザイシズムとは,発生途上の体 ジストロフィンとその他の筋ジストロフィー 細胞の1つに遺伝子の突然変異が起こり,個体が ジストロフィンとその遺伝子の発見によって, 遺伝子構成の異なる2種以上の細胞群からなる場 肢帯型筋ジストロフィー(LG),福山型筋ジストロ 合をいう.われわれは生前にリンパ球由来の フィー(FCMD)などの常染色体上に遺伝子座が DNA検査でDMDと診断していた1症例におい ある疾患と,DMD, BMDとの鑑別が容易になっ て,剖検時に得られた各臓器でDMD遺伝子およ てきた.抗ジストロフィン抗体を用いた免疫組織 びジストロフィンレベルで体細胞モザイシズムを 化学的検討やPCR法, Southern blot法などの遺 320 47 2000 1000 0 3000 .適1 コ POO 圓deleti・n PO4 ・翻曝.…1購…・ 騰.l dystrOPhin dyst・・phin spect,i。 図9 cardiac muscle 剖検時に採取した筋組織におけるジストロフィンとスペクトリン 321一 48 毒 ∈ ∈≡ .辺 望 .⊆ ε 重 8 9 2 .⊆ _MP _ 3 −43 _50 −13 PATIENT − 6 −47 −60 −52 ,,墨奎§聾§_, 一MP _ 3 −43 CONTROL _50 −13 = 6 47 −60 −52 図10 剖検各臓器より調製したDNAのmultiplex PCR 上図は患児,下図はコントロール。胸鎖乳突筋,側頭筋,横隔膜,腎臓由来のDNAでは, DMD遺 伝子の欠失を見出せなかった.その他の臓器由来のDNAでは生前のリンパ球における欠失と同様 であった. 伝子異常の同定は,筋ジストロフィーの病型の診 析や疾患の本態の解明を治療にどのように応用さ 断に不可欠なものとなってきている.しかし一方, せていくべきか,また,遺伝子治療の基礎的研究 FCMDにおいてジストロフィンが陰性の筋細胞 と臨床応用などが今後の重要な問題であると考え の存在やジストロフィンの完全欠損例があるとい られる. う報告37)がある.FCMDの原因解明の見地から, 検討が必要である38). 抗スペクトリン抗体を快く供与下さいました本学 おわりに 生化学教室の高桑雄一教授に深謝致します. 1980年代後半から急激に発展したDMD/BMD 本研究ば,平成4,5年度厚生省神経疾患研究委託 の分子遺伝学的研究により,臨床面でDMD/ BMDの診断学は大きな進歩を遂げたが,まだ多 文 献 くの問題が残されている.DMD遺伝子の異常 費(2指一2−14,5指一2−19)によって行われた. 1)Moser H:Duchenne muscular dystrophy: Pathogenetic aspects and genetic prevention. 一ジストロフィソの欠損一がどのような病態を引 Hum Genet 66:17−40,1984 き起こして疾患を発症させているのか,遺伝子解 2)Koenig M, Ho∬man EP, Berte貰son CJ et al: 一322一 49 Complete cloning of the Duchenne muscular dystrophy (DMD) cDNA and preliminary 15) Helliwell TR, Ellis JM, Mountford RC et al : A truncated dystrophin lacking the C-terminal genomic organization of the DMD gene in domains is localized at the muscle membrane. normal and affected individuals, Cell 50 1 509-517, 1987 3) Arahata K, Ishiura S, Ishiguro T et al : Immunostaining of skeletal and cardiac muscle surface membrane with antibody against Duchenne muscular dystrophy peptide. 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