...

垂木台地における雲仙普賢岳 1990-1995 年噴火堆積物

by user

on
Category: Documents
22

views

Report

Comments

Transcript

垂木台地における雲仙普賢岳 1990-1995 年噴火堆積物
火山 第 60 巻 ( 2015)
第 3 号 325-332 頁
寄 書
垂木台地における雲仙普賢岳 1990-1995 年噴火堆積物の重要露頭
大 野 希 一*
(2015 年 5 月 19 日受付,2015 年 8 月 20 日受理)
Significant Outcrops of Pyroclastic Deposits at Tarukidaichi
Derived from the 1990-1995 Eruption of Unzen Volcano
Marekazu OHNO*
There are two significant outcrops that can be observed at Tarukidaichi (Taruki Height) located around 2.5 km NW
of Heiseishinzan lava dome generated by the 1990-1995 eruption of Unzen Volcano. This paper discussed the dates and
time of eruptions based from the observations on the pyroclastic deposits exposed at these outcrops. Pyroclastic deposits
observed at Tarukidaichi can be divided into 5 layers based on their occurrences. Layer 1 corresponds to mainly ash fall
deposits resulting from pyroclastic flows that occurred from May 20, 1991 to early September 1991. Layer 2 is
composed of pyroclastic surge deposits that are accompanied by large-scale pyroclastic flows that happened on
September 15, 1991. Layer 3 is composed of deposits caused from the series of pyroclastic surges and ash falls that
occurred from January to March 1992. Layer 4 is ash falls accompanied with pyroclastic flows, pyroclastic surges and
their reworked deposits from March 1992 to middle June 1993. Layer 5 is composed of deposits from pyroclastic flows
that occurred on June 23, 1993. These outcrops are very useful for students who want to learn volcanic geology. These
sites should be conserved and protected through effective collaboration between the scientific community and local
residents.
Key words : Unzen Volcano, 1990-1995 eruption, Tarukidaichi, sustainable use of outcrops
1.は じ め に
ついては,それらの噴出日時が特定されている.
火山噴火に遭遇すると,地層(堆積物)が形成される
1990 年 11 月 17 日から約 5 年間継続した長崎県雲仙
過程を観察する機会に恵まれる.地層が形成される様子
普賢岳 1990-1995 年噴火(以降,1990-1995 年噴火)は多
が直接観察できる点は,火山地質学が有する大きな特徴
くの研究者によって観測され,その噴火推移が克明に記
であり,このことが堆積物から過去の噴火現象の復元を
録された(例えば大学合同観測班地質班,1992 ; 中田,
可能にする.火砕堆積物の層序と,その堆積物をもたら
1993 ; Nakada and Fujii, 1993 ; Nakada et al., 1999 ; 太田,
した噴火現象との具体的な時間関係を検討した研究は多
1993).山麓には現在もこの噴火によって生じた火砕堆
数あり(富士山 1707 年宝永噴火,Miyaji et al.,1992 ; 宮
積物が残存し (Fig. 1),それらの一部については堆積物
地,2006,浅間山 1783 年天明噴火,早川,1995 ; 安井・
の 層 序 と 噴 火 日 時 と の 関 係 が 明 ら か に な っ て い る.
他,1997,有珠山 1977-78 年噴火,吉田,1995 ; 三宅島
1990-1995 年噴火に伴う火砕堆積物については,1991 年
1983 年噴火,遠藤・他,1984 ; 伊豆大島 1986 年噴火,遠
6 月 3 日・8 日に,普賢岳の東側斜面の水無川に流下した
藤・他,1988 ; 有珠山 2000 年噴火,廣瀬・他,2002 ; 宝
火砕サージ堆積物 (Nakada and Fujii, 1993),1991 年 9 月
田・他,2002 ; 大野・他,2002 ; 国方・他,2003 ; 高橋・
15 日に,北東斜面のおしが谷から水無川に向かって流下
他,2004,三宅島 2000 年噴火 ; 中田・他,2001,浅間山
した火砕流および火砕サージ堆積物(遠藤・他,1993 ;
2004 年噴火 ; 吉本・他,2005 など),いくつかの堆積物に
Nakada and Fujii, 1993),および 1993 年 6 月 22〜23 日に
*
〒855-0879 長崎県島原市平成町 1-1 がまだすドー
ム内
島原半島ジオパーク協議会事務局
Unzen Volcanic Area Geopark Promotion Office, 1-1,
Heisei-machi, Shimabara-shi, Nagasaki 855-0879, Japan.
e-mail : [email protected]
326
大野希一
Fig. 1. Locality map of east flank of Unzen Volcano. Distribution of pyroclastic deposits derived from the 1990-1995
eruption of Unzen Volcano is referred from Watanabe and Hoshizumi (1995). Fg : Fugendake lava dome, Hs :
Heiseishinzan lava dome, My : Mayuyama lava dome.
たるき
かけて,普賢岳の北東約 2.5 km に位置する垂木台地を経
せんぼん ぎ
て千本木地区に流下した火砕流に伴う堆積物(遠藤・他,
1996a, b ; 長井・他,2007)について,層序と噴火日時との
関係が議論された.それらのうち,特に垂木台地や千本
木地区で観察される火砕堆積物については,トレンチ調
査や露頭の解析により,噴火日時と噴出物層序との詳細
な関係が明らかになっている(遠藤・他,1996a, b ; 長井・
他,2007).特に長井・他 (2007) は,垂木台地上に産す
る 1990-1995 年噴火に由来する火砕堆積物を 8 つの層に
分け,各層の噴火日時に関する詳細な関係を報告した.
しかし,これまで報告された露頭の多くは,その後継
続した噴火活動や,噴火終息後に実施された砂防工事に
伴って失われている.また,千本木地区には,遠藤・他
(1996a,b) が記載した露頭 (Fig. 1) が保存されているも
のの,この露頭は国土交通省九州地方整備局雲仙復興事
Fig. 2. Route map of two outcrops along a trail in
Tarukidaichi Forest Park. In this map, the trench site
described by Nagai et al. (2007) is also shown.
Contour lines are referred from a volcanic base map
“Unzendake IV” (1/5000) published by Geospatial
Information Authority of Japan.
務所が所管する砂防指定地内にあり,砂防工事の安全対
策上,入域が制限されている.さらに長井・他 (2007) が
チ (Fig. 2) は,現在は埋め戻されている.長井・他 (2007)
記載した長崎県立垂木台地森林公園内に位置するトレン
が記載したトレンチにて採取された露頭については,が
垂木台地における雲仙普賢岳 1990-1995 年噴火堆積物の重要露頭
327
Fig. 3. Photos of outcrop A and B at Tarukidaich Forest Park. Pyroclastic deposits can be divided into 5 layers on the basis
of their occurrences. Close-up image of base of outcrop B is also shown.
まだすドーム(雲仙岳災害記念館)内に剥ぎ取り標本が
よびテフラ層を断ち切る断層群や,台地中央に認められ
展示してある(雲仙岳災害記念館,2010)とはいえ,こ
る小規模なグラーベンの存在から,約 4.6 cal ka BP に起
れまで 1990-1995 年噴火によって生じた堆積物の層序と
きた眉山溶岩ドーム形成時の地殻変動によって生じた傾
噴火日時の関係が報告された露頭は,ほぼ全て失われて
動地塊と考えられている(尾関・他,2005).
いるか,通常の見学が困難な状況にある.
Fig. 2 は垂木台地森林公園内にある遊歩道沿いのルー
これに対し,垂木台地森林公園内の遊歩道沿いには,
トマップである.本論で紹介する 2 つの露頭は,雲仙天
長 井・他 (2007) が 記 載 し た ト レ ン チ の 近 傍 に,
草国立公園の特別地域内にあり,法的な保全がなされて
1990-1995 年噴火に伴う堆積物が観察できる露頭が 2 つ
いるほか,遊歩道の入り口にイノシシ等の侵入を防ぐた
ある.よって,これらの露頭に産する火砕堆積物の噴火
めのゲートが設置されており,これが結果的に露頭の
日時が関連付けられれば,実際に起こった噴火現象と堆
実質的な保全に大きく貢献している.
積物層序との関係が観察できる貴重な露頭になりうる.
Fig. 3 はこれら 2 つの露頭写真である.また,Fig. 4 に
そこで本論では,垂木台地森林公園内にある 2 つの露頭
はこれらの露頭の柱状図と 2 つの露頭の対比結果を示
(露頭 A および B)に産する火砕堆積物の形成日時を特
す.垂木台地上に産する火砕堆積物は,岩相の違いから
定するとともに,堆積物の特徴と噴火現象との関係を議
5 つの層に分けられる.なお本論では,層内に存在する
論する.また,これらの露頭の活用事例や保全の在り方
地質構造を,ユニットと呼ぶこととする.
についても触れる.
第 1 層 (Layer 1) : 淡茶褐色を呈する火山灰で,下位の
土壌の起伏をマントルベッディングする.層厚は,露頭
2.垂木台地上の露頭
A では 1〜1.3 cm,露頭 B では 1〜1.5 cm で,あまり変化
垂木台地は,平成新山と眉山溶岩ドームの間に位置す
しない.長井・他 (2007) の (1) 層に対応する.
る標高約 560 m の平坦な高台で,表層部のクロボク土お
第 2 層 (Layer 2) : 火山レキを含む,灰色の中粒〜極
328
大野希一
Fig. 4.
Columnar sections of each outcrop at Tarukidaichi Forest Park in Fig. 3.
粗火山灰の粒子からなる火砕堆積物で,淘汰は良い.第
2.5〜4 cm である.露頭 B では,全体の層厚は約 6 cm に
2 層の上面は平らであり,旧地表面が作る起伏を埋める
達し,露頭 A より厚くなる.第 3 層は長井・他 (2007)
ように堆積している.第 2 層は,極粗粒火山灰から中粒
の (3) の下部に対比される.
火山灰にいたる正級化構造を示す 2 つのユニットで構成
第 4 層 (Layer 4) : 厚さ 2〜3 mm の中〜細粒砂層(以
される.露頭 A では,第 2 層全体の層厚は 4〜6 cm で,
下,細粒砂層)と厚さ 1〜2 mm のシルトの累層からなる.
最下部に直径 1.5 cm 程の亜角レキを含む.また,第 2 層
中〜細粒砂層は灰色を呈するが,シルト層の色は淡灰色,
の上部に黒色の植物片が濃集している.露頭 B では,第
淡褐色,赤褐色など多様である.中〜細粒砂層やシルト
2 層は厚さが 5〜7.5 cm に達し,露頭 A に比べてやや厚
層は層厚の変化に乏しく,側方に連続して堆積している
い.長井・他 (2007) の (2) 層に対応する.
が,不整合により所々成層構造が切られているところも
第 3 層 (Layer 3) : 細粒〜極粗粒砂からなる粗粒火山
ある.また,この不整合に起因する窪みを,中〜細粒砂
灰と細粒火山灰の互層で構成され,特徴的に強い赤褐色
層やシルト層が埋めているところもある.露頭 A では,
を呈する.細粒火山灰の層厚はおよそ 5 mm で,観察さ
層理面と平行に直径 5 mm 程の生の小枝が認められる.
れる範囲内ではほとんど層厚が変化しないのに対し,粗
露頭 A では,第 4 層の全体の層厚は 7〜8 cm だが,露頭
粒火山灰は層厚が 0.3 cm〜2 cm と変化する.露頭 A で
B では層厚が 12 cm に達する.第 4 層は長井・他 (2007)
は,粗粒火山灰は正級化構造を示し,その上位の細粒火
の (3) 層の上部に対比される.
山灰と明瞭な境界で接している.第 3 層全体の層厚は
第 5 層 (Layer 5) : 粗粒〜細粒火山灰中に,直径数 cm
垂木台地における雲仙普賢岳 1990-1995 年噴火堆積物の重要露頭
329
の亜角〜亜円レキが点在する淘汰の悪い層である.第 5
年 5 月 20 日から 1991 年 9 月初旬までに,溶岩ドームの
層内には炭化した木片が散在する.露頭 B では,基底部
崩落に伴って生じた火砕流の灰かぐらから降下した火山
に直径 5 cm に達する炭化木が直立した状態で産するが,
灰の累積によるものと判断される.しかし,複数の降灰
層内には表面のみが焦げた木片も含まれる.2 つの露頭
イベントが確認されているにもかかわらず,第 1 層には
とも,中に含まれるレキは逆級化構造を示す.露頭 A で
成層構造が認められない.これは風による火山灰の再移
は,第 5 層の層厚は 18〜23 cm であるのに対し,露頭 B
動(小林,1986),もしくは植生による火山灰のトラップ
では第 5 層の層厚は約 80 cm に達し,層厚が変化する.
露頭 A では,堆積物中に含まれるレキの直径が平均 2
(井村,1991)によるものと推定される.
第 2 層は,直径 1.5 cm に達する亜角レキを含むこと,
cm,最大 5 cm である.一方露頭 B では,中に含まれる
旧地表面の起伏を埋めるように堆積していること,細粒
レキの直径は平均 8 cm,最大 40 cm に達するほか,レキ
粒子を欠き,正級化構造を示すことから,地表を流下し
径が大きくなるほどその円磨度が増す傾向にある.
てきた乱流状態の流れによって形成された可能性が高
第 5 層は,現在の地表面を構成する黒色土壌に覆われ
る.垂木森林公園では,第 5 層を覆う黒色土壌は露頭 A,
B とも 12〜15 cm で,層厚に大きな変化は認められない.
い.
1990-1995 年噴火では,1991 年 8 月末から第 3 ローブ
が北東側に成長し(大学合同観測班地質班,1992),それ
に伴って普賢岳北東側のおしが谷方向に頻繁に火砕流が
3.垂木台地上に認められる火砕堆積物の形成日時の
流下するようになった.特に同年 9 月 15 日には,16 時
44 分から 4 回にわたって規模の大きな崩落が相次ぎ,火
推定
こ こ で は 2 つ の 露 頭 で 認 め ら れ る 5 つ の 層 が,
砕流や火砕サージがおしが谷の中を繰り返し流下した
1990-1995 年噴火のいつの時期のものかを,これまでに
(大学合同観測班地質班,1992 ; 気象庁,2002 ; Nakada
報告された噴火推移や,堆積物の産状から議論する.な
and Fujii, 1993).このイベントによって,垂木台地上で
お,本論では特に断りのない限り,火砕流の発生時刻は,
森林火災も発生した.このことから,第 2 層は,長井・
気象庁 (2002) に基づく.
他 (2007) が示したように,1991 年 9 月 15 日に発生した
第 1 層は,黒色土壌を直接覆う事や,層全体が旧地表
規模の大きな火砕流に伴う火砕サージ堆積物と判断され
面の起伏をマントルベッディングしていることから,噴
る.なお,長井・他 (2007) は,1991 年 9 月 15 日 16 時
火開始してから間もない時期に降下した降下火山灰堆積
44 分から生じた 4 回の規模の大きなローブの崩落(16
物と判断できる.
時 44 分,17 時 59 分,18 時 42 分および 54 分)全てに対
つ
く
も じま
1990 年 11 月 17 日に地獄跡・九十九島両火口において
応する火砕堆積物層を見出しているが,本論では 2 つの
発生した水蒸気噴火に伴う火山灰は,火口の北東方向に
ユニットしか識別できなかった.9 月 15 日に起きた 4
降下堆積した(渡辺・他,1992).その後,1991 年 2 月 12
回の規模の大きなローブの崩落のうち,3 回目と 4 回目
日および 4 月 9 日には,水蒸気噴火やマグマ水蒸気噴火
に相当する 18 時 42 分および 18 時 54 分から始まった崩
が相次いで発生した(気象庁,2002 ; 渡辺・他,1992).
落が,火砕流の流下に起因する地面の振動を感知した地
これらの噴火に伴う火山灰は垂木台地にも降下した可能
震計の振り切れる継続時間が相対的に長く,より崩落の
性が高いものの,1991 年 3 月から 4 月頃は,垂木台地上
規模が大きかった(大学合同観測班地質班,1992 ; 気象
にはほとんど火山灰は認められなかった(尾関信幸氏
庁,2002)こと,また長井・他 (2007) が 1 回目および 2
私信)
.これに対し,溶岩ドームの出現が確認された
回目の崩落に伴って生じた火砕堆積物層より,3 回目お
1991 年 5 月 20 日以降は,火砕流の流下に伴って舞い上
よび 4 回目の崩落によって生じた火砕堆積物層の方が粗
がった灰かぐらから大量の火山灰が頻繁に降下するよう
粒粒子を含むと記載していることから判断すると,本論
になった.垂木台地に大量の降灰をもたらした可能性の
で見出した 2 つのユニットは,それぞれ 18 時 42 分およ
高いイベントは,少なくとも 1991 年 5 月 28 日の火砕流
び 18 時 54 分から始まった溶岩ローブの崩落に伴う火砕
に伴う灰かぐら(三宅・他,1992),同年 6 月 8 日の火砕
サージに対応するものと思われる.露頭 A において第 2
流に伴う灰かぐら(大学合同観測班地質班,1992 ; 宮原・
層の最上部に認められた黒色植物片は,この火砕サージ
他,1992 ; 寺井,1993)などがある.これらに加えて,上
によって延焼した植物が風などによって再堆積したもの
昇高度が 1000 m 以上に達する灰かぐらを伴う火砕流が
かもしれない.
9 月初旬まで断続して発生しており,風向きによっては
第 3 層は,第 2 層と同様の極粗粒火山灰を含み,かつ
これらの灰かぐらからの火山灰が垂木台地上に降下堆積
その粗粒火砕物層の層厚が側方に変化することから,側
した可能性が高い.よって第 1 層の大部分は,主に 1991
方に移動する強い流れによって形成された可能性があ
330
大野希一
る.これに対し,粗粒火砕物層を覆う細粒火山灰層は層
厚が変化しないことから,降下火山灰堆積物と考えられ
る.
1992 年 1〜3 月には,潜在溶岩ドームの突き上げに
一部が流水によって削剥されたことを示唆する.
第 5 層は,亜角〜亜円の火山レキと,主に粗〜中粒火
山灰を主体とし細粒火山灰を欠く淘汰の悪いユニットで
あること,ユニット中に炭化木片が散在することから,
よって上方に成長した第 5 ローブから,おしが谷方向へ
火砕流堆積物もしくは火砕サージ堆積物と判断できる.
の溶岩の崩落が相次いだ (Nakada, 1992).よって,第 3
1990-1995 年噴火では,1993 年 4 月末から垂木台地上
層に認められる粗粒火砕物層は,長井・他 (2007) の指摘
に火砕流本体が流れ下るようになった.特に 6 月 23 日
通り,この時期に北東斜面にて発生した複数の火砕流に
2 時 52 分,11 時 14 分,および 24 日 5 時 25 分に発生し
伴う火砕サージによって形成されたと考えられる.ま
た 3 回の大きな火砕流は,火砕物に埋没したおしが谷を
た,この粗粒火砕物層を覆う細粒火山灰層は,流下する
乗り越え,千本木地区に流下した(遠藤・他,1996 a,b ;
火砕流から舞い上がった火山灰が降下堆積したものであ
気象庁,2002).これらの火砕流および火砕サージの分
ろう.なお,第 3 層が特徴的に赤褐色を呈するのは,火
布図(遠藤・他,1996b)をみると,最初に発生した 6 月
砕流の供給源となった第 5 ローブが崩落まで数ヶ月以上
23 日 2 時 52 分の火砕流は本体部が垂木台地上を覆って
山頂に残存しており,ローブ自体の高温酸化が進行して
いるのに対し,他の 2 回の火砕流は中尾川の源流に当た
いたためと推定される.
る谷の中を主に流下しており,垂木台地上に顕著な堆積
細粒砂とシルトサイズの火山灰の互層からなる第 4 層
物を残していない.この分布から,第 5 層は 6 月 23 日 2
は,層を構成するユニットの層厚変化に乏しい事や,軽
時 52 分の火砕流に伴う堆積物と結論付けることができ
微な不整合が認められることから,火砕サージ,降下火
る.なお,長井・他 (2007) は,本論の第 5 層に相当する
山灰およびそれらの再堆積物の累積によって生じたもの
層を「火砕流堆積物の主流部で認められるような岩塊が
と考えられる.
少ないものの,火砕サージ堆積物ほど淘汰がよくない」
1991 年 12 月頃には,北東方向に成長と崩落を繰り返
という特徴や,表面のみが炭化している木片を含む,と
す第 5 ローブの活動と並行して,第 6 ローブが南東方向
いう観察事実から,垂木台地上に認められる流れ堆積物
に成長を始め,これに伴って南東方向への火砕流が頻発
は典型的な火砕流堆積物ではなく,火砕流と火砕サージ
するようになった(気象庁,2002 ; Nakada, 1992).第 5
の両方の特徴を兼ね備えているとして,
「火砕流・火砕
ローブの活動は間もなく小康状態となったものの,その
サージ」と記載した.今回の調査において,ユニット内
後第 6 ローブの近傍に相次いで第 7〜9 ローブが生じた.
に表面のみが炭化した木片が認められるなど,長井・他
これらの溶岩ローブの崩落に伴い,主に南東斜面への火
(2007) と同様の特徴を見出したことから,本論でも第 5
砕流の流下が 1993 年 2 月過ぎまで継続した(気象庁,
層を「火砕流・火砕サージ」と表現することとする.
2002 ; 中田,1993).その後,1993 年 2 月から 3 月にかけ
長井・他 (2007) は,第 5 層のさらに上位に,本論以外
て第 10・11 溶岩ローブが相次いで成長(気象庁,2002)
の火砕堆積物層を記載しているが,本稿の露頭 A および
し,火砕流が全方位に流下するようになった.特に,
B では第 5 層の上位には火砕流・火砕サージ堆積物層は
1993 年 4 月から 6 月にかけては,第 11 ローブの崩落に
認められなかった (Fig. 3,4).本論で紹介した露頭は,
伴っておしが谷や垂木台地方向にも火砕流が流下するよ
火砕流や火砕サージの流下範囲の縁辺部に当たり,Fujii
うになり,それに伴って垂木台地上にも火砕サージの流
and Nakada (1999) や長井・他 (2007) が指摘したように,
下や降灰があったとみられる.第 4 層が 1992 年 1 月〜3
堆積物の層厚や岩相が狭い範囲で大きく変化する可能性
月の間に生じた第 3 層を覆う事,および層内の不整合の
がある.火砕流および火砕サージ堆積物の層厚や粒径分
存在から判断すると,第 4 層は,1992 年 3 月から 1993
布の側方変化と地形との関係,および地形変化がもたら
年 6 月中旬までの期間に発生した火砕サージ,火砕流の
す火砕流や火砕サージの流動メカニズムへの影響につい
灰かぐらから降下堆積した火山灰およびそれらの再堆積
ては,今後の研究が待たれる.
によって生じたと判断できる.がまだすドーム(雲仙岳
災害記念館)に現存する剥ぎ取り標本によれば,本論の
4.垂木台地の露頭の活用と保全
第 4 層に相当する層は層厚がおよそ 30 cm に達し,層内
今回報告した 2 つの露頭では,1990-1995 年噴火に
に顕著な不整合面も認められない.これに対し,今回観
伴って生じた降下火砕物と火砕流・火砕サージなどの流
察した露頭においては,第 4 層は長井・他 (2007) の記載
れ堆積物が同時に観察できる.よってこれらの露頭は,
結果に比べて層厚が全体的に薄い (7〜12 cm ; Fig. 3) こ
2 地点間の露頭の対比に加えて,堆積物の層厚の側方変
とや,軽微な不整合面を有する.これは,堆積後に層の
化や火砕堆積物の淘汰度の特徴から,降下堆積物,火砕
垂木台地における雲仙普賢岳 1990-1995 年噴火堆積物の重要露頭
331
サージ,および火砕流を判別 (Wright et al., 1980) する実
くためには,主たる露頭利用者が露頭保全の重要性を認
習,および堆積物中に産する炭化木片の存在から,露頭
識する必要がある.
に産する流れ堆積物が低温か高温かを判断する等,火山
ゲートは設置されているものの,垂木台地森林公園は
地質学の基礎を学習するための実習地として活用でき
誰もがアクセスできる.これらの露頭に加え,千本木地
る.さらにこれらの露頭からは,火砕堆積物をもたらし
区に保存されている露頭もあわせて見学すれば,露頭利
た実際の噴火現象と火砕堆積物の特徴との関係が紹介で
用者の 1990-1995 年噴火に対する理解はさらに深まるで
きるため,学校の授業で地層のでき方を学ぶ小中学生や
あろう.ただし,本論で紹介した露頭での試料採取につ
地域住民に,平成噴火で起きた噴火現象とその災害を,
いては,事前に環境省雲仙自然保護官事務所の許可を得
噴火推移と併せて系統的に示すこともできる.
た上で,必要最小限度にとどめてほしい.
このように,火山学および火山地質学の基礎を学ぶ優
れた教材として活用可能なこれらの露頭は,一般市民が
謝
その地域の自然環境を学び,楽しむため場所として整備
がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)の長井大輔氏に
辞
された垂木台地森林公園内にあり,露頭が長期にわたっ
は,1993 年 6 月に千本木地区に流下した火砕流や火砕
て保全されうる環境が整っている.したがって,これら
サージ堆積物の分布について,有益な情報を提供してい
の貴重な露頭を持続可能な方法で活用していくために
ただいた.松島
は,露頭を利用する学術関係者や一般市民が,露頭保全
に分布する 1990-1995 年噴火に由来する火砕堆積物につ
の必要性を認識し,露頭の過度の削りこみや大量の試料
いての文献をご教示いただいた.奥野
採取を控えるなど,露頭そのものの持続可能な活用のあ
林哲夫氏には,本論を発表する機会を与えていただいた
り方について意識の統一を図る必要があるだろう.
ほか,編集作業でも大変お世話になった.査読者の廣瀬
健氏には,垂木台地および千本木地域
充氏ならびに小
亘氏,田島靖久氏,宝田晋治氏,尾関信幸氏,ならびに
5.まとめと今後の課題
他 3 名の匿名の査読者から頂いた数多くの有益な示唆や
平成新山の北東約 2.5 km に位置する垂木台地森林公
貴重な助言により,本論の論旨および内容は飛躍的に改
園内には,雲仙普賢岳で発生した 1990-1995 年噴火に伴
う火砕堆積物が観察できる 2 つの露頭がある.本論で
は,これらの露頭に産する火砕堆積物の層序とその形成
日時との対応関係を議論した.垂木台地上で認められる
1990-1995 年噴火に由来する火砕堆積物は,岩相から 5
つの層に分けることができる.最下部に位置する第 1 層
は,主に溶岩ドームが出現した 1991 年 5 月 20 日から 9
月初旬までの期間に断続的に降下堆積した火山灰層の累
層である.第 2 層は,1991 年 9 月 15 日 18 時 42 分およ
び 18 時 54 分に発生した規模の大きな火砕流に伴う火砕
サージ堆積物である.第 3 層は,1992 年 1〜3 月に北東
斜面で発生した火砕流に伴う火砕サージおよびそれらか
ら降下した火山灰の累積によって生じた層である.第 4
層は,1992 年 3 月〜1993 年 6 月中旬にもたらされた火
砕サージ,降下火山灰およびそれらの再堆積物からなる
層である.第 5 層は,1993 年 6 月 23 日 2 時 52 分に垂木
台地上を流下した火砕流および火砕サージ堆積物であ
る.長井・他 (2007) が指摘したように,垂木台地は火砕
流や火砕サージ堆積物の側方変化が追跡できる貴重な場
所であり,火砕流や火砕サージの岩相変化や,地形が火
砕流や火砕サージの挙動にどのような影響を与えたのか
を検討することができる.その詳細については,今後の
研究の進展を待ちたい.火山地質学の基礎を学ぶ場とし
ても最適なこれらの露頭を持続可能な方法で活用してい
善された.これらの皆様に厚く御礼申し上げる.
引用文献
大学合同観測班地質班 (1992) 雲仙火山 1991 年噴火,地
質観察記録(その 1).火山,37,47-53.
遠藤邦彦・宮地直道・千葉達朗・隅田まり・坂爪一哉 (1984)
1983 年三宅島噴火の火山灰層位学的研究.火山,29,
S184-S207.
遠藤邦彦・千葉達朗・谷口英嗣・隅田まり・太刀川茂樹・
宮原智哉・宇野リベカ・宮地直道 (1988) テフロクロノ
ロジーの手法に基づく 1986〜1987 年伊豆大島噴火の
経緯と噴出物の特徴.火山,33,S32-S51.
遠藤邦彦・磯 望・宮原智哉・陶野郁雄・大野希一 (1993)
雲仙岳噴火に伴う降下火山灰.土質工学会編「雲仙岳
の火山災害―その土質工学的課題をさぐる」,45-58.
遠藤邦彦・菅香世子・磯 望・千葉達朗・酒井宗寿・山
田スミコ・上野龍之 (1996a) 千本木地区を襲った雲仙
岳 1993 年 6 月 23-24 日火砕流・火砕サージの特徴と
災害.日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要,36,
115-121.
遠藤邦彦・上野龍之・橘川貴史・長井大輔 (1996b) 雲仙
普賢岳噴火 1993 年の噴出物と災害.平成 7・8 年度科
学研究費補助金(一般研究 B)研究成果報告書「火砕
流の破壊力─雲仙普賢岳の例─」
(研究代表者 : 荒牧重
雄),43-68.
Fujii. T., and Nakada, S. (1999) The 15 September 1991
pyroclastic flows at Unzen Volcano (Japan) : a flow model
for associated ash-cloud surges. J. Volcanol. Geotherm.
Res. , 89. 159-172.
332
大野希一
早川由紀夫 (1995) 浅間火山の地質見学案内.地学雑,
104,561-571.
廣瀬 亘・他 10 名 (2002) 有珠山 2000 年噴火の経緯─
特に降灰調査,噴煙遠望観測,地形変化,火口分布お
よび亀裂について.北海道立地質研究所報告,73,
1-50.
井村隆介 (1991) 諏訪之瀬島火山の最近 200 年間の噴火
堆積物―火山砂層による噴火活動の消長の評価―.地
質雑,97,865-868.
気象庁 (2002) 平成 3 年(1991 年)雲仙岳噴火調査報告.
気象庁技術報告,123,372 p.
国方まり・大野希一・本松史年 (2003) 有珠山 2000 年 3
月 31 日噴火の推移.日本大学文理学部自然科学研究
所研究紀要,38,167-180.
小林哲夫 (1986) 桜島火山の断続噴火によって形成され
た火山灰層.鹿児島大学南科研資料センター報告特別
号,No. 1,1-12.
宮原智哉・遠藤邦彦・陶野郁雄・千葉達朗・磯 望・撰
田克哉・新川和範・安井真也・小森次郎・大野希一 (1992)
1991 年雲仙普賢岳噴火とその噴出物─第 1 報─.日
本大学文理学部自然科学研究所研究紀要,27,71-80.
宮地直道 (2006) 宝永噴火の噴出物の分布の特徴.中央
防災会議災害教訓の継承に関する専門委員会編,中央
防災会議災害教訓の継承に関する専門委員会報告書,
57-61.
Miyaji, N., Endo, K., Togashi, S. and Uesugi, Y. (1992)
Tephrochronological History of Mt. Fuji. In 29th IGC Field
Trip Guide Book “Volcanoes and Geothermal Fields of
Japan” (edited by Kato, H. and Noro, H.), 4, 75-109.
三宅康幸・藤井統邦・Al Jailani Ashraf Saiyed (1992) 雲仙
岳 1991 年 5 月 28 日の火砕流に伴って降下した火山豆
石の分布について.島根大学地質学研究報告.10,
25-29.
長井大輔・宝田晋治・松島 健・宮縁育夫・杉本 健・
星 住 英 夫 (2007) 雲 仙 普 賢 岳 垂 木 台 地 に お け る
1990-1995 年噴火噴出物のトレンチ調査.日本地球惑
星科学連合大会予稿集,V156-P021.
Nakada, S. (1992) Lava domes and pyroclastic flows of the
1991-1992 eruption at Unzen Volcano. In Unzen Volcano
the 1990-1992 eruption (Edited by Yanagi, T., Okada, H.
and Ohta, K.), The Nishinippon & Kyushu University Press,
56-66.
中田節也 (1993) 雲仙普賢岳噴火の経緯と溶岩ドームの
成長.土質工学会編「雲仙岳の火山災害―その土質工
学的課題をさぐる」
,15-27.
Nakada, S. and Fujii, T. (1993) Preliminary report on the
activity at Unzen Volcano (Japan), November 1990 ‒
November 1991 : Dacite lava domes and pyroclastic flows.
J. Volcanol. Geotherm. Res., 54, 319-333.
Nakada, S., Shimizu, H. and Ohta, K. (1999) Overview of the
1990-95 eruption at Unzen Volcano. J. Volcanol. Geotherm.
Res., 89, 1-22.
中田節也・長井雅史・安田 敦・嶋野岳人・下司信夫・
大野希一・秋政貴子・金子隆之・藤井敏嗣 (2001) 三宅
島 2000 年噴火の経緯―山頂陥没口と噴出物の特徴―.
地学雑,110,168-180.
大野希一・国方まり・鈴木正章・西村裕一・長井大輔・
遠藤邦彦・千葉達朗・諸星真帆 (2002) 有珠山 2000 年
噴火でもたらされた火砕物の層序.火山,47,619-643.
太田一也 (1993) 1990-1992 年雲仙岳噴火活動.地質雑,
99,835-854.
尾関信幸・奥野 充・小林哲夫 (2005) 雲仙火山,眉山の
形成過程.火山,50,441-473.
高橋寛徳・大野希一・遠藤邦彦 (2004) 有珠山 2000 年 3
月 31 日噴火における火砕物の形態的特徴から導かれ
る噴火プロセス.日本大学文理学部自然科学研究所研
究紀要,39,247-257.
宝田晋治・星住英夫・宮城磯治・西村裕一・宮縁育夫・
三浦大助・川辺禎久 (2002) 有珠火山 2000 年噴火の火
口近傍堆積物.火山,47,645-661.
寺井邦久 (1993) 1990 年〜1993 年雲仙噴火の記録.島高
紀要,6,130-161.
雲仙岳災害記念館 (2010) 改訂版・雲仙普賢岳平成大噴
火.雲仙岳災害記念館,91p.
渡 辺 一 徳・星 住 英 夫・池 辺 伸 一 郎 (1992) 雲 仙 普 賢 岳
1990 年 11 月〜1991 年 5 月の噴火活動─噴火開始から
溶岩出現まで─.熊本大学教育学部紀要(自然科学),
41,47-60.
渡辺一徳・星住英夫 (1995) 火山地質図 8「雲仙火山」.
地質調査所.
Wright, J. V., Smith, A. L. and Self, S. (1980) A working
terminology of pyroclastic deposits. J. Volcanol. Geotherm.
Res., 8, 315-336.
安井真也・小屋口剛博・荒牧重雄 (1997) 堆積物と古記録
からみた浅間火山 1783 年のプリニー式噴火.火山,
42,281-297.
吉田真理夫 (1995) 有珠山 1977-1978 年噴火による火砕
物の火口付近での層序と岩相.火山,40,249-262.
吉本充宏・他 17 名 (2005) 浅間山 2004 年噴火の噴出物
の特徴と降灰量の見積もり.火山,50,519-533.
(編集担当
奥野
充・小林哲夫)
Fly UP