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食・農・環境の関わりと食育の大切さ

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食・農・環境の関わりと食育の大切さ
食・農・環境の関わりと食育の大切さ
∼子ども達に安心して食べられる社会を残すために∼
▼はじめに
日本のカロリーベース食料自給率は、平成19年度
で40%(平成18年度では39%)と先進諸国の中では
最も低い水準にあります。逆に言えば、私たちの食
生活は約6割が外国からの輸入食品に依存して成り
立っていることになります。
それだけ、私たち日本人にとって輸入食品は身近
なものとなっていますが、近年、牛肉のBSE(牛海
綿状脳症)問題にはじまり、輸入農産物の残留農薬
問題、冷凍食品の薬物混入問題、原産地偽装問題、
事故米問題等、輸入食品に関わる問題が後を絶ちま
せん。
こうした輸入食品に対する不審と不安が高まって
いる状況の中で、消費者の食品安全性に対する意識
が急速に高まっています。
とはいえ、消費者としては、食品購入に際しその
安全性や表示については、検査体制あるいは企業モ
ラルに頼らざるを得ないのが現状です。
しかしながら、子ども達に安心して食べられる社
会を残していくためには、早急に消費者としてどの
ように行動すれば良いかを考えなければならない、
あるいは消費者の意識改革が必要な時期に来ている
のではないでしょうか。
本稿では、今私たち消費者は食に対して何をすれ
ば良いのか、単なる食料問題としてだけではなく、
環境問題、農業問題とも絡めて考えていきたいと思
います。
▼日本の食をめぐる諸問題の整理
まず、日本の食生活の変化をめぐってどのような
問題があるのかについて整理しておきます。
かつての日本人の伝統的な食生活は、米を中心に
そさいるい
蔬菜類(あおもの)、豆類、魚介類等を食すというも
のでした。それが1950年代後半からの高度経済成長
による所得水準の向上によって、米の消費が減り、
畜産物の消費が増える、いわゆる食の「洋風化」と
いう変化が起こりました。そしてこの「洋風化」に
よって、日本人の食生活は、栄養バランスでみれば、
三大栄養素(たんぱく質・脂質・炭水化物)が栄養
学的にバランスの良いものとなり、長寿の国の「日
本型食生活」として世界的にも注目されてきました。
しかしながら、それにとどまらず、日本の食生活
はさらなる「洋風化」、また「多国籍化」、そして新
たに「外部化」といった方向へと進んだことで、現
在では、栄養バランスの崩れが食に関わる一つの問
題として懸念されています。
食の「外部化」とは、一般的な外食と総菜や弁当
なかしょく
などの中食の消費が増加したことを言います。つま
り、女性の社会進出等によって、食へのニーズが簡
便なものへと向けられたことによる変化です。食品
食・農・環境の関わりと食育の大切さ
産業の発展にも支えられて、私たちの食生活は非常
に便利なものとなり、お金さえ出せば食べるものが
すぐに手に入る時代になりました。
しかしその利便性の一方では、孤食(独りで食べ
る)や個食(一緒に食べても個々が違うメニューを
食べる)、欠食(3食きちんと取らない)といった食
生活の問題が生じています。特に孤食の増加は、
「家族のコミュニケーションの場」という、本来の
食卓の役割を低下させています。また、科学的には
証明されていないものの、子どもの心の問題にも影
響している可能性があります。
さらに今日では、「食と農の距離の乖離」が問題
になっています。この「距離」にはさまざまな意味
が含まれています。まず、食の「洋風化」「外部化」
をこの視点でみてみると、畜産物消費の増加や加工
原料が増加することで、エサを中心とする安価な農
産物や食品の輸入が増大するという地理的な距離が
あります。また、加工食品を製造するまでには、多
くの加工、流通の過程を経るので、段階的な距離が
あります。そしてそれらを実現するための時間的な
距離があるわけです。こうした生産と消費の距離の
乖離の中で、消費者の食や農に対する意識の薄れと
いう問題が生じてきます。そこからは、食品ロスと
呼ばれる食料廃棄の増加となって現れます。
加えて、食料輸入の増加は、日本農業への影響や
食料自給率低下といった農業問題、フード・マイレ
ージの増加にみられるような地球環境への負荷など
の環境問題にもつながっています。それだけでなく、
私たちが食べているものが本当に安全なのか、また、
今後も安定的に消費者に食料が提供されるのかとい
う、食料安全保障や食料安定確保の問題にもつなが
ります。
以上のように、日本の食をめぐる問題は、食料問
題だけでなく、農業問題、環境問題にも深く関わっ
ていることが分かります。
▼食と環境との関わり
ここでは、食と環境との関連の一例として、食品
廃棄物について考えてみたいと思います。
食品廃棄物は産業廃棄物(製造段階での動植物性
の残渣)、一般廃棄物(流通、外食、家庭での食べ
残し、残渣等)に大別され、全体では年間約2,000万t
近くが排出されています(農林水産省・環境省試
算)。中でも家庭系からの廃棄量は全体の6割近くに
も及びます。いわゆる食品ロスです。
食品ロスが問題なのは、家庭から出る生ゴミの約
98%が埋め立て・焼却処分されていることです。つ
まり、食べ残して廃棄すればするほどゴミの量が増
加し、その処理の際の二酸化炭素排出量が増えるこ
とによって、その分、地球環境に負荷を与えること
になります。食品ロスは、先述しましたように、農
や食に対する消費者の意識の低下から生じるもので
あり、それを抑制するためには、今まさに期待され
ている「食育」が有効な手段となると考えられます。
また、食品ロスの問題はそれだけではありません。
食料自給率の低さをみれば分かるように、日本は食
料の多くを輸入しています。それにも関わらず、食
料を廃棄するという行為は、矛盾した行為と言えま
す。食料がどのくらいの距離と量を運ばれているの
かを数量的に把握する指標として、「フード・マイ
レージ」があります。フード・マイレージは「食料
輸入総量(t)×各国からの輸送距離(km)」として
算出されます。日本のフード・マイレージは約9,000
億t・km(トンキロメートル)で、国内のみの食料輸
送量の約16倍となっています。外国と比較しても、
韓国・アメリカの約3倍、イギリス・ドイツの約5倍、
フランスの約9倍とされており(農林水産省計算)、
いかに日本の食料輸入が長距離かつ大量に輸送され
ているかが分かります。
また、同様にして、食料輸送で発生する二酸化炭
素量についても算出されていて、排出される二酸化
炭素量は約1,700万tとされています。これは日本国
内のみの食料輸送で発生する二酸化炭素量(約900
万t)の2倍近くに及びます。
このように、日本の食料輸入は、輸送される間に
も地球環境に大量の負荷を与えているのです。
ここでは、中田哲也氏(農林水産省)「「フード・
マイレージ」を用いた地産地消の効果計測の試み−
学校給食の事例から−」(『フードシステム研究』第
12巻1号,2005年)という研究論文についてご紹介し
たいと思います。この論文では、埼玉県新座市の市
立第二中学校を事例に、2004年5月の学校給食で地
産地消に取り組むことで、どのくらいフード・マイ
レージ(および二酸化炭素)が削減できるかについ
て論じられています。
第二中学校の学校給食は自校方式で、使用食材に
ついては、米は埼玉県産100%、野菜は埼玉県産が5
割強となっています。調査月の食材使用量7,642kgの
うち、産地別にみると埼玉県が54.2%、県外の国産
が44.6%、輸入はわずか1.2%で、調査月のフード・
マイレージは3,001t・kmでした。しかし、フード・マ
イレージの産地別構成比をみると、国産の割合が
62.5%、輸入の割合が37.5%となっています。外国
産の食材使用量は1.2%とわずかでも、フード・マイ
レージに換算すると37.5%に膨れあがるという実態
が明らかにされています。つまり、輸送の際の二酸
食・農・環境の関わりと食育の大切さ
化炭素発生量もそれだけ大きいと言えます。
合、価格で対抗することが非常に困難だからです。
さて、第二中学校の学校給食は積極的に地産地消
加えて、政治的な要因もあります。
に取り組んでいるのですが、それによって、どれだ
貿易体制についてはWTO(世界貿易機関)をはじ
けフード・マイレージが削減できたのかについても
めとする農業交渉などをみても、先進諸国の中での
中田氏の論文で触れられています。
日本の立場は非常に弱く、輸入を拒むことが困難な
同校が地産地消を行っていることによって、米と
状況にあります。農産物貿易上の規制の緩和や撤廃
野菜のフード・マイレージはそれぞれ6t・km、4t・km
など農業貿易の自由化という世界の流れの中で、そ
となっています。それがもし、埼玉県の市場で一般
のような弱い立場にある日本について諸外国に理解
的に流通している(さまざまな産地の)米と野菜を
されることもなく、ミニマム・アクセス米(1993年
使用したとすると、フード・マイレージはそれぞれ
のウルグアイ・ラウンド農業合意によって、それま
127t・kmと13t・kmと大幅に増大することになります。 でほとんど輸入がなかった品目は最低限の輸入機会
つまり、地産地消によって、米は一般的な市場流通
を提供することになり、日本の場合、米がそれに該
の約5%、野菜のそれは約24%にまで縮小されたこ
当しています。)にもみられるように、日本が輸入
とになり、二酸化炭素についても同様に削減されて
の必要のない米でさえも、一部輸入をせざるを得な
いると言えます。こうした学校給食での取り組みは、 い状況に置かれているのです。
環境対策としてだけでなく、食育の観点からも重要
こうした農業貿易の自由化と日本の食料自給率低
なものであると言えます。(中田氏のフード・マイ
下の関係について、東京農業大学應和邦昭教授は
レージの計測については「わたしは消費者」107号 「WTOと農業貿易」(筑波書房『食料環境経済学を学
にも掲載されています。)
ぶ』東京農業大学食料環境経済学科編,2007年,
234-247頁)の中で、次のように述べています。
▼食と農業との関わり−食料自給率について考える−
「日本の自給率低下の背景には、第二次大戦後の
食と農、つまり食料の生産と消費が関わる指標と
日本の高度経済成長による経済構造の変容、特に一
して、食料自給率が挙げられます。
部の先端産業による輸出拡大と貿易の不均衡、さら
食料自給率の低さはわが国にとっても深刻な問題
にアメリカの膨大な貿易赤字とそれを背景とする変
です。なぜならば、現状では、異常気象等自然条件
動相場制への移行の中で、日本の農産物の国際競争
による農産物の不作、世界的な食料価格の高騰、地
力は著しく低下していったことによるが、それに加
球環境問題による食料供給の悪化、政治的理由によ
え、貿易の自由化の名の下に国境措置が次々と取り
る貿易の停止といった不測の事態に備えた食料安定
外されたことも一因である。WTO農業協定成立後の
確保が保障されているとは言えないからです。
わずか4年間で日本のカロリーベース自給率が6ポイ
1960年頃には、カロリーベース総合自給率につい
ント低下した(1994年の46%から1998年の40%へと
てはほぼ8割、金額ベース総合自給率、主食用穀物
低下)ことが端的にそのことを示している(一部要
自給率、穀物自給率については8割以上の自給率が
約)。」
ありました。
このように、貿易の自由化という国際関係の中で
それではなぜ、日本の食料自給率はここまで低下
の日本の立場の弱さが結果的に日本の食料自給率低
したのでしょうか。この問題は、単純なものではな
下の根本的な原因となっており、それが「食の安全」
く実に複雑で、一言で述べることはできません。
の入り口になっているとすれば、食料自給率を上げ
確かに、食生活が洋風化することで畜産物の消費
ることが食料問題を解決する一つの道であると考え
が増え、畜産物それ自体としてだけでなく、畜産物
られます。
を生産するためのエサのほとんどを輸入に依存して
近年ではWTOといった多国間の貿易だけでなく、
いるという実態も、重要な一つの要因としてあげら
FTA(自由貿易協定)という形で複数国あるいは特
れます。また、国内生産についてみれば、日本の農
定地域内で貿易の活性化や経済的な連携の強化が促
業は高齢化、後継者不足や輸入増加による価格の低
進される方向にありますので、経済的な活性化は別
迷等の理由から、国内生産が縮小傾向にあることも
としても、さらなる食料自給率低下への影響が懸念
大きな要因でしょう。
されます。
しかしながら、食料自給率低下の根本的な要因は、
日本の生産体制にあると考えます。つまり、大規模
で粗放的な生産を行う欧米諸国の農業と零細で集約
前述のように、食料自給率低下の要因については、
的な生産を行う日本の農業とでは、日本に海外から
農業貿易の問題(あるいは政治的な問題)、食生活
の安価なエサをはじめとする農産物が入ってきた場
食・農・環境の関わりと食育の大切さ
の問題、国内生産の問題等、さまざまな要因が絡み
査を行っています。この会津坂下町は、福島県内で
合うことで解決策を模索することは非常に困難な問
も児童の朝食の欠食率が非常に低い優良地域です。
題となっています。だからといって、私たち消費者
同町では、「食育基本法」の成立前から食育に関す
は食料自給率低下を防ぐために何もできないのでし
る調査を実施しており、成立以降もさらに食育実践
ょうか。
に力を入れ、継続的な調査を進めています。
ここでは、消費者の立場から食料自給率向上の一
私は、一つの地域を対象とした継続的な調査を行
シナリオについて考えてみたいと思います。
うことで、食育実践の前後での効果について把握し
食料自給率は、「国内生産量÷国内消費仕向量×
ていくことが、今後の食育推進において重要だと考
100」として算出されます。この式をみる限り、食
えています。また、食育を実践するには地域のどう
料自給率向上には二つの方法しかありません。①分
いう主体が、何をどのように行えば良いのか、住民
子が一定であれば、分母を小さくする。②分母が一
は食育に何を期待しているのかといった点につい
定であれば、分子を大きくする。
て、住民の意識を明確にする必要があると思ってい
まず、前者①の方法を考えてみます。分母の国内
ます。そこで、2005年に第1回目の調査として、同
消費仕向量は、「実際に消費された食料+消費され
町の住民を対象としたアンケート調査を実施しまし
なかった食料(食品ロス)」から成ると考えられま
た。有効な食育というものがあると仮定して、その
す。つまり、①のためには、食品ロスを減らして
有効な食育が子どもに行われた場合に期待される効
(それによって輸入依存部分も減らす)、分母を小さ
果について質問したところ、次のような結果となり
くすることです。
ました。
また、後者②の方法について考えてみます。②は
高く期待される効果についてみてみると、「栄養
分子を大きくすることですが、日本の食料生産の現
バランスが良くなる」「生活習慣病が減る」といっ
状を考えると、単に生産量を増やすことは困難です。 た栄養改善への直接的な効果はもちろんですが、
分母の国内消費仕向を別の視点でみてみますと、私 「子どもの精神状態が安定する」
「心の豊かさを養う」
たちの食料消費は「外国産食料+国産食料」で成り
といったメンタル面改善への期待も高くなっていま
立っています。国内生産を活性化するためには、消
した。また、「食料や農業の大切さを身に付ける」
費者のニーズを外国産から国産へとシフトさせる、 「地元あるいは国産の農産物を大事にする」「食品選
つまり、消費者の国産志向を増大することで、国内
択の知識を得る」といった、今後の農業の見直しが
生産を活性化できるのではないかと考えられます。
期待できるとする項目についての評価も高くなって
いずれにしても、食品ロスを軽減するためにも、 いました。
また、消費者ニーズを国産にシフトするためにも、
この調査結果からは、食育が、本稿のはじめに整
今国民の食育が必要とされているのではないでしょ
理したような食をめぐる諸問題解決の有効な手段と
うか。もちろん、食料自給率は、分母である消費者
して期待できることを示すものであると言えます。
だけの問題ではありませんので、分子である生産者
ご存じのように、食育は子どもだけを焦点にした
の方々の消費者への発信も必要だと思います。つま
ものではありませんが、特に将来の日本を担う子ど
り、これから日本の食料自給率を向上していくため
もの食が懸念されるだけに、「食育基本法」成立に
には、消費者と生産者相互の歩み寄りと、相互理解
よって、食育の推進が広く普及することが期待され
が重要になってくると言えます。
ています。
政府は食育推進にあたって、2010年までの具体的
▼「食育」が有効な手段
目標値を発表しています。しかしながら、その実現
子ども達に安心して食べられる社会を残すため
のためには、国民各自の努力はもちろんのこと、各
に、今私たちが取り組むべき課題は、日本の食をめ
地域の市民(消費者)、行政、学校、生産者、地域
ぐる状況を国民一人一人がきちんと把握し、消費者
の諸団体等あらゆる主体間での地域内連携が必要で
として何をすべきかを考え、行動していく必要があ
あると言えます。
ると思います。そのためには、私は、食育が一つの
前述したように、食育が有効に推進されれば、食
有効な手段になると考えています。
生活改善・栄養改善といった直接的な効果だけでな
その食育研究の一環として私は、福島県会津坂下
く、日本の抱える農業問題、さらには環境問題につ
町にご協力いただき、食育に期待される効果や地域
いても解決の糸口をつかむことが期待されます。そ
の各主体の実践すべき食育、子ども達の食生活実態、 して、こうした諸問題が解決した場合の社会的厚生
家庭での食教育の実態などについて、住民、地域の
の大きさは、計り知れないものであることも付け加
各主体、子ども、保護者等を対象とした総合的な調
えておきます。
「健康食品」で健康が買えますか?
「健康食品」で健康が買えますか?
∼食情報とフードファディズム∼
健康に関連する食情報が、マスメディアや食品・
「健康食品」産業界からあふれるほど発信されてい
ます。信頼性に乏しい雑多な食情報は、娯楽的な健
康情報の材料、あるいは「売らんかな主義」の格好
の餌食と化し、学校教育や行政、および医療機関を
介して提供される妥当な、しかし地味な情報を埋没
させてしまいます。
健康維持を考えた食生活の基本は、必要な栄養素
を過不足なく摂取できる食べ方をすることです。し
かし、「これさえ飲めば野菜不足解消」「この錠剤で
食生活改善」と錯覚させる飲料類や「健康食品」類の
巧みな宣伝広告文言がちまたに氾濫しています。
「体に良い」と思わせてしまう製品類の問題性につ
いて考えたいと思います。
いわゆる「健康食品」とは味わいや香り、おいし
さなどを期待することなく、何らかの保健効果を期
待して経口摂取する製品のことです。明確な定義は
ありません。「健康食品」「栄養補助食品」のほか、
「健康補助食品」と呼ぶ事業者もいます。医薬品を
連想させる錠剤やカプセル、粉末等の形態をした製
品を「サプリメント」と呼び分ける人もいますが特
別な決まりは何もありません。
表向きはあくまでも「食品」なので、効能・効果
は表明できません。そこで、効用を「暗示」する工
夫を凝らした宣伝広告を行う製品がほとんどです。
そして、健康になれるかのような情報は発信するけ
れども、健康を害する事例については黙して語らな
いのが「健康食品」の世界です。
私は「健康食品」利用の健康問題を、次の7項目
に整理しています。
①有害物質を含む製品がある:「健康食品」として
市販されていたクロレラ錠剤中にクロロフィルの分
解物であるフェオフォルバイドが大量に生成され
て、利用者が重症の皮膚炎を起こした事件がありま
した(1977年)。中国製痩身用健康食品で多くの人が
肝障害などを起こし、4人が亡くなった事件は2002
年のことでした。肝臓や腎臓に障害を起こす成分を
含む植物が、「健康食品」の材料として使われるこ
とは少なくありません(例:コンフリー、カバ等)。
②医薬品成分を含む製品がある:「食品」といいな
がら医薬品成分を添加するなどはもってのほかの違
法行為ですが、こういう製品が時々見つかります。
経口血糖降下薬・グリベンクラミドは医師の処方の
下に使う薬剤ですが、糖尿病に効果があるかのよう
に宣伝される「健康食品」にこれを含有する製品が
あり、死亡事故も起きています(1998年)。動物の甲
状腺乾燥粉末を混入した痩身用の製品で、甲状腺機
こうしん
能亢進 の被害がありました。「強精」を暗示する製
品にバイアグラの成分・クエン酸シルデナフィルが
しばしば検出されます。
③一般的食品成分でも特定の人に有害となることが
ある:「健康食品」の中にはプリン体をたくさん含む
核酸含有製品や、尿のpHを低下させると宣伝するク
ランベリージュース(または錠剤)製品があります。
高尿酸血症・痛風の患者さんは過剰なプリン体の摂
取を避け、尿のpHを高める(尿酸の排泄促進のため)
工夫が必要です。したがってこれらは高尿酸血症・
痛風の患者さんにとっては良くない製品です。また、
それなりの量のタンパク質を含むクロレラ、粉末プ
ロテイン、コラーゲン飲料などは、タンパク質摂取
制限が必要な腎炎・腎不全の患者さんには「不健康
な」製品です。
④抽出・濃縮・乾燥等による食品・食品成分の大量
摂取が問題を引き起こすことがある:食品や食品成
分であっても、特定の物質を大量かつ長期的に摂取
することにより有害作用を発現することがありま
す。βカロテン投与による喫煙者の肺ガン増加の問
題や、乾燥アマメシバ摂取による閉塞性細気管支炎
がその例です。また、アレルギー性の肺障害・肝障
害・腎障害などの引き金となることもあります。ア
レルギー性の障害は誰にでも起きるわけではありま
せんが、さらなる健康を求めて利用した製品で健康
を損なうのは残念なことです。
⑤食生活の改善を錯覚させる:ビタミンやミネラ
ル、食物繊維などを含有する「健康食品」や、野菜
乾燥粉末を少量含有する「健康食品」があります。
これらを利用して体に良いことをしたかのような錯
覚に陥ることは、根本的な食生活の改善を忘れさせ、
結果的に不健康な状況を継続させてしまいます。
⑥「治療効果」の過信で医療を軽視する:効能・効
果を信じて本来の治療をおろそかにすることがあり
「健康食品」で健康が買えますか?
ます。「これさえ飲めば食事療法は不要」などとい 「
」は「ヤセルンデス」と読めますが、
う文言にだまされ、糖尿病の患者さんが合併症を悪 「痩せるんです」と置き換えてはいけません。カル
化させる例もあります。「ガンに効く」などの虚偽
シウムや食物繊維は「補給」したい、カロリーや脂
宣伝で、正規の医療を受ける機会を逸する人がいま
肪は「さようなら」したい、とは一般論です。「現
す。
代人の食生活を考えた」としても「考えた」結果を
この飲料にどう反映したかは不明。「カプサイシン
⑦非食品の食品化:イチョウの葉やハチヤニに食用
歴はありません。にも関わらず「イチョウ葉エキス」 入り」でも体脂肪を目に見えて減らす量のカプサイ
シンを含む、とは書いてありません。そして「ダイ
「プロポリス」として「健康食品」化されると、「食
品」の仲間入りしてしまうとはあまりにも変です。 エットのおともに」と勧めても、「おともにしてよ
いことがある」かどうかはノーコメント。「カロリ
両者ともに興味深い薬理作用を有する物質ですから
ーオフ」とは100mlあたり20kcal以下であれば許され
「健康食品」ではなく、医薬品として認可される手
る記載です(食品の栄養表示基準制度)。
続きを踏むべきです。医薬品化には莫大な費用がか
商品名やキャッチコピーから勝手な想像をしては
かる、だから「健康食品」として効能・効果をほの
いけませんし、行間を読んでもいけません。宣伝広
めかして販売する、というのは事業者の利益追求行
告文言に関してはそこに書かれている字面以上の解
為でしかありません。
釈をしてはならず、読むべきは栄養表示です。
以上①∼⑦のほか、服薬中の人ではその薬剤との
相互作用が問題となることがありますし、経済被害
もあります。「健康食品」は、「薬的」に効能・効果
をほのめかす一方で、「医薬品ではありません。食
包装表面に「バランス栄養食」と書かれた食品が
品だから安全です。」と根拠のないことを主張しま
市販されています。「○は日常生活に必要なエネル
す。「健康食品」の"魅惑的"な宣伝広告に心惹かれそ
ギーと栄養素を無理なくおとりいただけるバランス
うになる時、「健康食品」の無責任性や不健康を買い
栄養食品です。朝食、スポーツ、仕事、勉強、忙し
込む事例が少なくないことを思いだしてください。
いときなど、すみやかな栄養補給を必要とされてい
る方に最適です」と書いてあります。箱の裏側には
「名称:菓子、栄養調整食品」とあり、原材料名を
よく読めばそれを飲んで「やせる」とも「体脂肪
はじめ、栄養成分(表1参照)の表示があります。表
示を読めばこの製品を4本食べれば、どれだけのエ
の燃焼を促す」とも書いていないのに、なぜか、そ
ネルギーや栄養素が摂取できるか、よく分かります。
う早合点させるキャッチコピーの商品が増えまし
したがってこの食品の栄養表示をきちんと確認し、
た。効能・効果を明記できない「健康食品」類に多い
のですが、痩身効果があるかのようにほのめかす清 「脂質豊富な、ビタミンとミネラルが添加されたク
ッキー」と認識して食べるのであればそれでけっこ
涼飲料類にも多く見られます。
うです。緊急時の非常食としても優れています。
図1は、いくつかの清涼飲料広告を模倣した架空
の商品キャッチコピーです。成分表示を読めば、全
部飲むとエネルギー95kcal、カルシウム35mg、食物
繊維1.5g の摂取ということがわかります。100kcal近
栄養成分表示4本(81g)当たり
いエネルギーがあるものの、カルシウムも食物繊維
0.6mg ビ タミン C
エネルギー 400kcal カルシウム 200mg ビタミンB 2
50mg
も微々たる量しか含まれていません。
3.4mg ビタミンB 6
0.8mg ビ タミン D
50IU
50mg ビタミンB1 2
1.2μg ビ タミン E
4mg
ン
80mg ナイアシン
8.5mg 食 物 繊 維
2g
ナトリウ ム
310mg ビ タミン A
900IU パントテン酸
カリウ ム
100mg ビタミン B 1
0.6mg 葉
タンパク質
燃焼系飲料 YASERUNDES
「カルシウム」「食物繊維」は補給。「カロリー」「脂肪」はさよ
うなら。
はアンバランスな現代人の食生活を考
脂
質
糖
質
8.2g
鉄
22.2g マグネシウム
42g リ
酸
3mg
100μg
えたカプサイシン入り飲料です。カプサイシンはトウガラシに
含まれる辛み成分。体脂肪の燃焼を促進する作用があるといわ
れます。ちょっぴり辛い
をダイエットのおとも
に。
栄養成分(100mlあたり):エネルギー19kcal タンパク質0g
ナトリウム12mg カルシウム7mg 食物繊維0.3g
脂質0g 糖質4.7g
内容量500ml
は単に商品名です。
「脂肪が燃焼する飲料」とは書いてありません。
しかし、栄養成分表示をよく見る人は必ずしも多
くありません。「バランス栄養食」という文字だけ
読んで「これを食べるとバランスのとれた食事の代
わりになる」と勝手に思いこんでしまう人が多いよ
うです。「バランス栄養食」とはいかなるものかに
ついて何の決まりもありませんから、このメーカー
がそう書くのは自由であり、「バランスのとれた食
事になるであろう」と勝手に期待する方が間違って
「健康食品」で健康が買えますか?
いるのです。とはいえ、脂肪エネルギー比率が
50%(注)という食品を「バランス栄養食」というの
は、少々問題ではないでしょうか。ちなみにこのエ
ネルギー比率はドーナツにほぼ匹敵します。
(注)その食品の総エネルギーのうち、脂肪からのエネルギ
ーが占める割合。食事の場合、タンパク質、脂肪、炭水化物
から由来するエネルギーは各々15%、20∼25%、60∼65%が
望ましい摂取比率とされている。
「野菜不足を解消したい」と考える人が惹かれや
すい商品2種類の問題を考えます。
①野菜ジュース:野菜ジュースは野菜の搾り汁で
す。「一日分の野菜350g使用」でも、搾りかすは取
り除かれています。ですから「350gの野菜を食べた」
とは違います。どれくらい違うのかを実感するには
栄養価計算をしてみるといいでしょう。
表2は「野菜350g使用」をウリにする製品上の栄
養成分表示の一部と原料野菜を食べた場合の栄養量
です。食物繊維やカルシウムが4∼5分の1になって
しまっていることがわかると思います。
「野菜をとことんすりつぶしてサラサラに液状化
し、野菜全部がジュースになる」という技術はいま
だに開発されていません。ジュースには液汁に移行
しない成分がかなり取り除かれてしまっていること
に注意を喚起してほしいと思います。
エネルギー kcal
ジュースでは
200ml
容器記載
ジュース
67
野菜として食べると
ニンジン70g
各野菜
トマト50g
14gずつ
その他10g
食べるA
食べるB
118
114
糖質 g
13.6
25.3
25.4
食物繊維 g
2.1
10.1
9.1
たんぱく質 g
2.2
6.7
5.4
0
0.7
0.6
脂質 g
を食べたことに相当するのかは書いてありません。
そこで、3社の紙面に掲載されている「お問い合わ
せ」に電話して質問したところ、A社はそういうデ
ータはない、B社は15g、C社は22gという答えでし
た。野菜は水分が90∼95%ですから、錠剤の重量を
もとに計算してもほぼその程度の野菜量であること
が推測できます。
1個10∼15gのミニトマト2個分になるかどうかの
野菜粒5粒を飲んで、野菜を充分とったつもりにな
られては困ります。
食べものや栄養が健康や病気へ与える影響を過大
に評価したり信奉することをフードファディズム
(Food Faddism)といいます。適正か過大かの判断は
難しく、過小評価もまた問題ですが、食・栄養に関
連する神話、詐欺、インチキまがいの療法などで健
康を得る、または健康問題の解決を図ることなどを
包括する概念です。
いわゆる「健康食品」は食品・食品成分の機能性だ
けを強調するという点で、そしてありもしない効果
をあるかのように言い募る点で、フードファディズ
ム的側面を強く持っています。
また、視聴率や販売部数向上のためにマスメディ
アは、人目を引く情報発信になりがちです。そのた
め、虚偽や誇張というフードファディズムに充ち満
ちた食情報が少なからず入り込んでいます。
「メディア情報を読み解く能力」をメディアリテ
ラシーといいます。社会全体にこの認識がまだ希薄
で「テレビで言っていた」「インターネットや本に
書いてあった」、だから正しいと思いこんでいる
人々が少なくない現状を早急に改善しなければなり
ません。
「ヘルシー」と噂される食品を次々食べても「ヘ
ルシーな食生活」にはなりません。「健康食品」錠剤
680
1329
1195
カリウム mg
を飲んでも健康は買えません。健康の維持・増進の
32
78
65
マグネシウム mg
0.4
1.2
1.1
亜鉛 mg
三要素は「栄養・運動・休養」です。「栄養」すな
2.2
5
4.3
ビタミンE mg
わち「食」さえよくすれば健康万全、と考えること
18∼140
357
278
葉酸 μg
4.1∼16.0
6.8
9.9
β−カロテン mg
自体フードファディズムです。
「米飯、汁、肉か魚の一皿、野菜の一皿」または
②野菜錠剤:前述の⑤に相当する「健康食品」に、野 「主食としての穀類、主菜としての動物性食品、副
菜を錠剤化したという製品(熱風乾燥した野菜を粉
菜としての植物性食品」をそろえて適量を食べるこ
末化し、混合し粒化したもの)が複数あります。 とが、食生活の基礎・基本です。煮る、焼く、炒め
「この錠剤を飲めば野菜をたくさん摂ったことに相
るなど、簡素な方法で生鮮食品を調理した、食材そ
当する」と明記した製品はありませんが、その錠剤
のものが判別できるような食事を適度な量で食べる
を飲めば野菜不足が解消できるかのような宣伝を繰
ことを土台とし、状況に応じて柔軟に食べることの
り広げています。しかし、広告紙面のどこにも「一
大切さを家庭科教育などを介して伝えてください。
日の摂取目安5錠」を飲むことが元の野菜何グラム
鉄 mg
0.8
3.4
2.6
カルシウム mg
42
229
183
『食』『環境』関連のテーマに人気
∼「20年度消費者問題教員講座」開催結果
東京都消費生活総合センター活動推進課
東京都消費生活総合センターでは、教職員の方々を対
した。また、「実験講座をたくさんやってほしい」「講座
象に、消費者問題への関心を高め、消費者教育を授業に
に〈高校生向け〉など、対象年齢があるとありがたい」
取り入れる参考としていただくため、毎年夏休み期間に
などの意見や、「食の安全だけではなく、環境やバイオ
「消費者問題教員講座」を開催しています。今年も、7
燃料等々と絡み合わせて地球規模での考えをいろいろ知
月28日∼8月22日に飯田橋と立川の2会場で16テー
りたい」など、地球環境や社会の動きに対応した新しい
マ、32講座を開催、延べ1,073名が受講しました。ア
テーマへの要望もありました。
ンケート(回答251人)結果から、今年度の教員講座
教員講座では、今後もアンケートなどに寄せられた意
見を参考にしながら、“役に立つ講座”としてより充実
を振り返ってみます。
させていきたいと思います。
受講者の構成及び参加理由・希望テーマ
受講者は40∼50歳代が中心で女性が9割強を占め、
担当教科別では技術家庭科が75%、学種別では中・高
年代
構成比
参加理由(複数回答)
消費者問題に関心がある
回答数
20代
6.8%
30代
11.6%
テーマに関心がある
142
たい」199人で最も多く、参加人数は、「食」関連のテ
40代
38.6%
授業に活かしたい
199
ーマ「食生活と健康」「次世代に伝えたい日本の“食”」
50代
36.7%
自己啓発として
でそれぞれ100人を超え、次いで「エネルギーと環境
60代以上
4.4%
無回答
2.0%
合わせて78%でした。受講の動機では「授業に活かし
問題」88人、「環境にやさしい消費生活」78人で、環
男性
6.0%
望するテーマについては、「食関連」と共に「消費者教
女性
92.8%
無回答
育事業の実践例」が挙げられました。
受講者の感想
受講者からは、「ビデオ教材も取り入れられ分りやす
い授業だった」「学校の授業でそのまま使えるようなワ
ークシートの提供が良かった」などの感想が寄せられま
1
回答数
教員講座希望テーマ
消費者教育概論
51
契約・経済の基礎知識
84
消費生活に関連する法の基礎知識
1.2%
担当教科
71
その他
構成比
性別
境関連のテーマにも人気が集まりました。また、今後希
136
構成比
80
悪質商法の手口
112
消費者教育授業の実践例
159
技術家庭科 74.5%
食に関連する情報
161
社会科
7.6%
環境に関連する情報
133
栄養士
3.2%
実験実習
全科
2.0%
その他
その他
11.2%
無回答
1.6%
小中高
等の別
(人)
57
4
小
中 中・高 高
特
その他等
36
98
13
6
30
68
開催日
講座テーマ
人数
開催日
講座テーマ
人数
7/28、8/1
学校における消費者教育の意義と実践法
54
8/4、8/8
環境にやさしい消費生活
78
7/28、8/4
子どものための金融教育
79
8/4、8/8
授業に役立つ消費者教育(小学生編)
46
7/29、8/1
染色実験を通じて知る染色の科学 41
8/5、8/19
ビタミンの摂取について 48
7/29、8/4
カード社会がもたらす問題点
67
8/6、8/7
食生活と健康
111
7/30、8/5
若者の悪質商法被害
75
8/7、7/31
授業に役立つ消費者教育(中学生編)
63
7/30、8/5
契約の基礎知識
67
8/8、8/22
授業に役立つ消費者教育(高校生編)
48
7/31、8/6
インターネットトラブルの原因と対策
55
8/8、8/22
石油の話 45
8/1、8/7
エネルギーと環境問題
88
8/22、8/6
次世代に伝えたい日本の“食”
108
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