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レーザー - Keio University
LASER c 三井隆久 ⃝ Department of Physics, Keio University School of Medicine, 4-1-1 Hiyoshi, Yokohama, Kanagawa 223-8521, Japan (Dated: January 14, 2017) レーザーは光の増幅器である。これを用いて発生した光 (レーザー光) は、熱運動などの揺らぎの影響 を受けていないので、太陽、白熱電球、蛍光灯などから発せられる光よりも整然としており、単色性が 高い、伝搬方向の広がりが少ない、単位面積あたりのエネルギーが大きいという特徴がある。これゆえ、 原子分子の分光計測、医療、距離計測などに用いられている。ここでは、レーザーの原理、機器の構造、 応用について述べる。 I. 序論 Laser は Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation の略で、日本語訳は「放射の 誘導放出による光増幅」である。ここでの放射は電磁波 や光のことであり、誘導放出は後で述べるが「みち連れ的 な光放射」である。光増幅は弱い光の強度を、光として同 じ性質を保ったまま強くすること。したがって、Laser は 光を意味する言葉でもなければ、光を発生する装置でも ない。単に Laser と言う場合には、誘導放出を利用した光 の増幅方法・原理を意味する。従って、光を表す場合には Laser 光と言い、装置を表す場合には、Laser 装置、もし くは Laser 発振器と言う。 歴史的には、Laser の前に Maser 考案されていた。Maser は、Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiation の略。光ではなく、もっと波長の長いもしくは 振動数の小さいマイクロ波における電磁波の増幅機構であ る。アメリカのベル研究所のタウンズとシャーロウがアン モニア分子(24GHz)を用いて、1954 年に Maser を発明 し、1960 年にメイマンがルビーを用いて光の Laser 発振 (波長 694nm, ルビーの濃い赤色) に成功している。 II. A. 電荷の加速度運動ではなく、原子や分子から直接放射さ れる光として、蛍光や燐光がある。Jablonski 図に示すよ うに、原子分子の励起状態は不安定で、輻射遷移 (光を出 す) や無輻射遷移 (光を出さないで熱や化学反応をする) を 経て、いずれは基底状態になる。輻射遷移のとき出される 光が蛍光や燐光である。どちらも、揺らぎ (真空場揺らぎ、 熱揺らぎ) を受けて放射される光であり、乱雑である。 励起状態が不安定な理由は、統計力学で述べたように、 エントロピー増大の法則やミクロカノニカル分布で理解 してもよい。また、力学で述べた連成振動で理解しても 良い。複数の (無数の) バネ振り子が結合している系で、 どれか 1 個の振り子にエネルギーを与えた (振動させた) とすれば、その後、このエネルギーはその振り子から離 れて他の振り子に移る。これと同じように、励起状態の 原子分子のエネルギーは、結合している他の状態に移る。 他の状態の中には、光子として広い宇宙を飛び回る状態 も含まれ、これが蛍光や燐光である。量子光学理論では、 このような原理で蛍光・燐光が数式で記述されている。 1重項励起状態 分子内緩和(項内緩和) 無輻射遷移 分子内緩和(交換交差) 無輻射遷移 熱放射とレーザー光の比較 3重項励起状態 電磁波の発生方法、電荷の加速度運動、熱放射、蛍光 光学励起 光は電磁波なので、電磁波と同じ方法で発生させること ができる。電磁波の発生原理は単純であり、荷電粒子を加 速度運動させれば、荷電粒子の運動エネルギーが電磁波に 変換されて放射される。これは、水面に物体を置き、物体 を加速度運動させると水面に波が立つのと同じである。 医療で利用するx線は、タングステンやモリブデンなど の原子に高速電子を衝突させ、急激に減速する時の加速度 を利用して発生させている。携帯電話の電波は、アンテナ と呼ばれる金属棒に交流電流を流し、金属内の自由電子を 振動運動させて電波を発生させる。 一方、ロウソクや木炭、鉄のように、ほとんどの物体は 高温(700 ℃以上)になると目に見えるような光を発生さ せる。これは、物質内部にある電子が熱エネルギーをもら いランダムな運動 (加速度運動) をするからである。もち ろん、700 ℃以下でも熱エネルギーはあるので、目に見え なくても物質からは電波が放射され、熱放射という。人体 からも熱放射として電磁波が出ている。この電磁波の波長 は可視光よりも長いので裸眼で見ることはできないが、衛 星放送の受信機を用いると簡単に検出できる。 太陽光など身近な光は、ほとんどが熱放射である。熱放 射は、熱平衡状態の物質から放射されるので、乱雑である。 実際、物質から等方的にまんべんなく放射され(放射方向 が定まっていない)、光の電場や磁場はランダムに変化し ており様々な振動数の光からなっている。 輻射遷移 輻射遷移 励起光 蛍光 燐光 基底状態(1重項状態) Jablonskiダイヤグラム レーザー光の発生方法は以下で述べるが、熱放射ではな く、むしろ携帯電話などの電波と同じような方法で生成さ れる。 B. レーザー光の特徴 レーザー光は、熱放射や蛍光よりもはるかに整然として いる。言い換えると、純粋な光である。「純粋」とは、水 の場合には、「純粋な水は、H2 O 分子のみからなる物質」 であり、どの様な方法を用いても違う性質を持った物質を 取り出すことができないことを意味する。同様に純粋な光 とは、異なる性質を持った光をどの様に分析しても取り出 すことができない光である。 2 レーザー光の伝搬方向は定まっているので、レーザー光 線はほとんど広がらない。一方、懐中電灯の光は著しく広 がり、伝搬方向は定まっていない。同様に懐中電灯の光を 一点に集光する事は困難だが、レーザー光ならば波長程度 の広がりの領域に全てのエネルギーを集中させることもで きる。レーザー光は伝搬方向がそろった伝搬方向に関して 純粋な光からなり、懐中電灯の光はいろいろな伝搬方向の 光からなっている。 レーザー光の振動数は定まっているのでプリズムで分け ることができない。一方、懐中電灯の光はプリズムで 7 色 に分かれる。したがって、懐中電灯の光は純粋な単色光で はなく、レーザー光は振動数の定まった単色光である。 光の振動数の違いによる分離や、伝搬方向の違いによる 分離ができない純粋な光を数式で表現しよう。レーザー光 の電場は、 ⃗ =E ⃗ 0 cos(ωt − ⃗k⃗r), E (1) のような、平面波に近い。ここで、ω は振動数、⃗r = (x, y, z) は電場の観測位置。レーザー光は単色なので、単一の振動 数 ω を定義することができる。⃗k はレーザー光の波長と 伝搬方向を示すベクトルで波数ベクトルと呼ばれる。波 長 λ = 2π/|⃗k| であり、波は ⃗k の向きに伝搬する。たとえ ば、x 方向に伝搬する光の波数ベクトルを成分で書けば ⃗k = (kx , 0, 0) となり、電場は、 ⃗ =E ⃗ 0 cos(ωt − kx x), E (2) となる。ここで、kx = 2π/λ と置き換えれば、λ が波長で あることが判る。 III. A. これらの系を単純なモデルで解析しよう。針穴と糸との 微小なずれやマイクロフォンからの微小な信号があり、そ れを大きくして、手を動かしたりスピーカーを動かす。針 穴と糸との微小なずれやマイクロフォンからの微小な信 号を Vin (t), 手を駆動する信号やスピーカーからの出力を Vout とする。このとき、 Vout (t) = AVin (t) である。ここで、A は増幅率を表す比例係数であり、針と 糸とのずれに比例した量だけ手を動かすように脳は指令 し、マイクロフォンの音を大きくするのがアンプの役割で あることを反映している。 Vout (t) に従って手が動いたり、スピーカーから音が出る が、手は瞬時に動くわけではないし、スピーカーの音は瞬 時にマイクロフォンへ入るわけではなく、時間が遅れる。 この遅れの時間を τ とすれば、 Vin (t) = Vout (t − τ ) レーザー光が単色なのは、電場が単振動しているからで ある。この単振動が生成する原理を、レーザー光と同じで はあるが別な身近な現象を用いて説明する。 たとえば、針に糸を通すような細かい作業をする場合を 考えてみよう。針は所定の場所に固定されていて、手で糸 を持ち、目で糸を見ながら針の穴に糸を通す。糸が針穴の 右にあれば、それを目で検出して、手を左に動かすように 脳が指令を出す。逆に糸が針穴の左にあれば、手を右に動 かすように脳が指令を出す。ところが、神経回路の応答は 鈍くかなりの時間が必要である。したがって、針穴の左に 糸があることに気づいて手を右に動かしていって、針穴と 糸が同じ位置に来て、手を止めようと思っても瞬時に手は 止まらず、少し右へ行きすぎてしまう。そこで手を左に動 かそうと思い、左に動かすと、同様な理由で、手は左に動 きすぎてしまう。このようにして単振動が持続的に生成さ れる。 もう一つの身近な単振動生成は、カラオケなどでしば しば経験する「ピー」という大きな音である。カラオケの 装置は、微弱な音声をマイクロフォンが電気信号に変換し て増幅器で大きくして、スピーカーから大きな音として 出す。もし、マイクロフォンをスピーカーに近づけると、 スピーカーから出る音がマイクロフォンに入り、マイクロ フォンの信号が増幅されてスピーカーから出て、再度マイ クロフォンに入る。このようにして、持続的な振動が生成 され、「ピー」という音が生じる。このピーという音が生 じる現象はハウリングと呼ばれ、単一の周波数で単振動す る音波が作られる。 このように、持続的な単振動は、拡大もしくは増幅する 装置と、大きくした結果をもう一度入力に戻す機構から なる。 (4) となる。式 (3)、(4) から、 Vout (t) = AVout (t − τ ) (5) となる。この方程式を解くのはやっかいなので、 Vout (t) = eκt cos(ωt) (6) という形の解が式 (5) に存在するか否か調べよう。式 (6) を式 (5) へ代入すると、 eκt cos(ωt) = Aeκ(t−τ ) cos(ωt − ωτ ) (7) となる。この式が全ての t で成立するためには、 eκτ = A ωτ = 2nπ, レーザー装置 正弦振動の生成 (3) (8) (9) (ここで n=0, 1, 2...) という条件が必要になる。このこと から、式 (5) には、 t t (10) Vout (t) = A τ cos(2nπ ) τ という解が存在することが判る。したがって、増幅率が大 きい(A > 1)場合には必ず振動する。このことは、カラ オケで音量を大きくするとか、小さい物を一所懸命見なが ら手を動かす場合に相当する。 式 (10) は振動しながら無限大になるが、現実の手やス ピーカーの振動は無限大にならない。これは、式 (3) は Vout (t) があまり大きくない場合のみ成立する近似式であ ることに起因する。 B. レーザー装置の構造 レーザー発振器は、ハウリングや手の震えと同じ原理、 すなわち光を増幅する装置と増幅された光を増幅器に戻す 装置の二つから構成される。光を増幅する装置には多数あ るが、実用化されている光を戻す方法には 2 種類しかない。 1. 光を戻す機構 光を増幅器に戻す装置には、ファブリ=ペロ (FP) 型と リング型がある。ファブリ=ペロ型は、光増幅器の両端に それぞれ鏡を 1 枚づつ計 2 枚置き、光増幅器の一方の端か ら出た光が 180 度逆の向きに戻る様にして光を増幅器に戻 す。世の中のほとんどのレーザーは構造が単純な FP 共振 器型レーザーである。リング型は光増幅器を取り囲むよう に 4 枚の鏡を置き、光増幅器の一方の端から出た光が他方 の端に入る様になっている。 3 2. レーザー発振の条件 レーザーが定常的で安定な発振をしている場合の解析を しよう。FP 型を想定し、2 枚の鏡の間に光を増幅する物 質を入れる。2 枚の反射鏡の反射率を R1 , R2 、レーザー媒 質の増幅率を A とする。光は装置内を 1 往復する間に、2 枚の鏡でそれぞれ 1 回ずつ反射され、増幅器を 2 回通過す る。安定な定常発振をしているときは、 1 = A2 R1 R2 光の増幅 光の増幅器は、弱い光を受けて同じ性質を持つ強い光を 放出する装置である。光は電磁波なので電場と磁場からな り、受けた弱い光の電場と磁場を定数倍した電磁波を放出 するのが理想的な光増幅器である。また、増幅器から放出 される光は受ける光より強度が高いので、差のエネルギー を増幅器の外部から供給する必要がある。エネルギーの供 給方法は後述するが、光増幅器の構造と深く関連している。 光の増幅器は、多くの場合、宝石を用いてつくる。宝石 は、傷が付きにくく可視光の波長で光り輝く。傷が付きに くいことは堅く結晶が安定である事を意味し、可視光の波 長で光り輝くことは宝石の色以外の波長の光を吸収して宝 石の色に変換して再輻射する事を意味する。たとえば、ル ビーは、酸化アルミニウムの透明な結晶の中に、クロムが 0.01 から 0.1 %程度混入した結晶である。青や緑の光をル ビーに照射するとクロムが吸収し、赤いルビー色の蛍光と して出す。この赤い蛍光は、周辺にある赤い光に上乗せに なるので、ただ反射・散乱するだけの物質よりも光り輝く ように見える。光増幅は、蛍光を横取りする様なやり方で 行われる。増幅の詳しい機構は後述するが、円柱形の結晶 の一方の平面に光を入れると、他方の平面から増幅された 光が出てくる。 A. B. (11) が成立している。He からエネルギーを受けた Ne を用 いて光を増幅する He-Ne 気体レーザー装置は R1 =0.99, R2 =1.000 程度であり、CD プレイヤーなどに用いられて いる半導体レーザーは R1 = R2 = 0.35 程度で、A=10(光 の強度が十分に弱いとき) 程度である。 IV. 子が基底状態になる現象を誘導放出という。励起状態の原 子に光を照射すれば、照射した光子とクローン光子が発生 するので、照射した光より出てくる光の方が強度が高くな る。これが誘導放出による光の増幅である。したがって、 光の増幅を行うためには、基底状態の原子数よりも、励起 状態の原子数の方が多い状態を作る必要があり、この状態 を反転分布という。 誘導放出 光は電磁波なので、波として扱うこともできるが、光子 という波の性質を持つ光エネルギーのかたまりとして光 を考えると増幅を理解しやすい。光の増幅とは、光子のコ ピーをたくさん作ることである。光子のコピーを作るため に利用している物理現象が誘導放出である。 原子の状態は 1S, 2P などのように互いに明確に区別で きる離散的な状態からなり、原子が別の状態になるために は現在の状態と移ろうとしている状態とのエネルギー差に 相当するエネルギーが必要である。したがって、基底状態 の原子にエネルギー準位間隔に合ったエネルギーの光を照 射すると原子は光を吸収し励起状態になる。この状態で外 部から照射している光を止めれば、原子は光子を出して、 基底状態にもどる。この時の光を蛍光という。蛍光は、励 起光を遮断しなくても発生する。 ところが、励起状態の原子に光を照射すると、蛍光とは 別な光が生成する。蛍光との大きな違いは、この時放出さ れる光子は、原子に照射した光子と同じ波形・性質の光で ある点。このように、励起状態の原子に光を照射したとき 照射光と同じ性質の光が励起状態の原子から放出され、原 反転分布 誘導放出で光を増幅するには、原子を励起状態にする必 要がある。ところが、ボルツマン分布から、熱平衡状態で はエネルギーの低い状態の方が実現確率が高い。したがっ て、熱平衡状態の原子系に光を照射しても光が吸収される 確率の方が増幅される確率よりも高くなる。光の増幅を実 現するには、熱ゆらぎに逆らって励起状態にある確率を基 底状態にある確率より大きくする必要がある。励起状態の ほうが基底状態よりも数が多い状態を反転分布という。反 転分布を作るために、基底状態の原子を励起状態にする事 をポンピングという。 C. 3 準位系の反転分布 原子の状態を 2 準位考慮するのみでは、安定した反転分 布を作ることができない。しかしがら、3 準位考慮すると、 その中の 2 準位間に安定した反転分布をつくることが可能 である。 原子にはエネルギー準位が無数にあるが、その中で式 (18) を満たすような 3 準位を選び、エネルギーの低い方か らエネルギーを W1 , W2 , W3 とする。さらに、それぞれの 状態にいる原子の数を N1 , N2 , N3 とする。熱平衡状態で は、N1 > N2 > N3 であり、ボルツマン分布から、 N2 = N1 e − W2 −W1 kB T − , N3 = N 1 e W3 −W1 kB T , (12) である。低エネルギー準位になっている原子の方が多いの で、このままでは反転分布ではない。そこで、ω = (W3 − W1 )/h̄ の周波数成分を持った光を原子に照射し、1 の準位 から 3 の準位にあげる。この光は、太陽光でも良いし、蛍 光灯でも良い。強い光を照射すると、N1 = N3 となって 定常状態になる。これは、1 の準位からの吸収が 3 の準位 からの誘導放出と釣り合い、正味で光を吸収しなくなった 状態である。3 の準位の状態にある原子はその後緩和と呼 ばれる過程を経て状態が変化する。緩和の中で代表的なの が蛍光などの自然放出である。緩和により 3 の状態にある 原子は、2 もしくは 1 の状態になる。外部から加えた光と 緩和の効果を考慮して各準位にある原子数を求めよう。 dN1 = −ΓN1 + γ21 N2 + γ31 N3 , dt dN2 = −γ21 N2 + γ32 N3 , dt dN3 = ΓN1 − (γ31 + γ32 )N3 , dt (13) (14) (15) ここで、Γ は準位 1 から準位 3 へ光学遷移の大きさを表し、 小文字のガンマ γ は添え字で表されている各準位間の緩和 dN2 dN3 1 を表す。全原子数は一定なので、 dN dt + dt + dt = 0 で あり N = N1 + N2 + N3 = 一定 となる。 式 (13)∼(15) のような各準位の原子の数(population) の大きさを表す式を rate equation(レート方程式)とい う。十分に時間が経つと平衡状態になる。時間変化しない 4 状態なので、時間微分= 0 とおいて連立方程式を解くと、 各準位の原子数は、 N1 N2 γ21 (γ31 + γ32 ) = N, γ21 (γ31 + γ32 ) + (γ21 + γ32 )Γ γ32 Γ = N, γ21 (γ31 + γ32 ) + (γ21 + γ32 )Γ (16) (17) となる。この式から、反転分布が成立する条件 N2 > N1 は、Γ が、 Γ > γ21 (1 + γ31 ), γ32 (18) を満たす必要があることが判る。これは、状態 1 と 2 の間 で緩和が小さく、3 から 2 へ大きく緩和し、3 から 1 への 緩和が小さいと言う条件である。 一番最初のレーザー発振は 3 準位系であるルビーを用い てなされた。 D. V. = γ01 N0 − γ10 N1 + γ21 N2 + γ31 N3 , (19) = −γ2 N2 + γ32 N3 , (20) = ΓN0 − γ3 N3 , (21) = dN1 dN2 dN3 + + , dt dt dt (22) ここで γ2 = γ20 + γ21 , γ3 = γ30 + γ31 + γ32 . 時間微分を 0 とおいて定常解は、 γ21 γ32 + γ2 γ31 γ01 + )N0 , γ10 γ10 γ2 γ3 γ32 Γ = N0 , γ2 γ3 Γ = N0 , γ3 N1 = ( (23) N2 (24) N3 (25) したがって、反転分布が生じる条件 N2 > N1 は、 Γ> γ01 γ2 γ3 , γ32 γ10 − γ21 γ32 − γ2 γ31 (26) γ01 は、準位 0 から準位 1 に熱励起される確率だが、一般 には非常に小さい値である。 レート方程式 レーザーに限らず、時間変化する現象の解析・シミュレー ションはレート方程式を用いて行われる。最近盛んに研究 されている例では、赤血球や大腸菌のシミュレーションが ある。たとえば、N1 はグルコースの濃度で、N2 はグル コースを分解する酵素の濃度というように存在が確認さ れている物質を全て列挙し、その増減をレート方程式で記 述する。そしてレート方程式の時間発展をコンピュータに よる数値計算で求めると、生きた大腸菌や赤血球のシミュ レーションができる。遺伝子の働きも容易にレート方程式 に組み込むことができるので、いずれは、人間のレート方 程式が完成し、投薬はシミュレーションをしてからという 時代になるだろう。 ただし、株価のように未知の要素が多くて厳密なレート 方程式の組めない系では、レート方程式を用いないことが 多い。そのような系では、確率とか乱雑さを導入した別な 方法が有効であることが知られている。 4 準位系の反転分布 反転分布は、3 準位系を用いることで連続的に作れるが、 効率が悪く、実用的でない。最大の原因は、熱平衡状態で は一番安定なエネルギーの一番低い基底状態とその上の準 位間に反転分布を作る必要がある点である。そこで、4 準 位系を用いた方法が考案された。室温で連続発振可能な実 用化されているレーザーは全て 4 準位系である。 3 準位系では、光の増幅を基底状態である準位 1 と準位 2 の間で行った。準位 1 は熱平衡状態で実現確率の一番高 い準位なので、準位 1 より準位 2 の原子数を多くするのは 効率が悪い。ポンピングに用いられたエネルギーの大半は 無駄になる。4 準位系では、3 準位系の一番下の準位のさ らに下にもう一つエネルギー準位(準位 0)を設ける。熱 平衡状態では、大半の原子の状態は準位 0 なので、準位 1 と 2 の間の反転分布を容易に作ることができる。 4 準位系をレート方程式を用いて定量的に解析しよう。 dN1 dt dN2 dt dN3 dt dN0 − dt E. パルス発振 レーザー発振には、豆電球を乾電池で点灯させる場合の 様な連続発振 (CW(continuous wave) レーザー) と、スト ロボ発光のように点滅するパルス発振 (パルスレーザー) がある。 連続発振は、連続的に反転分布を生成する必要から室温 では 4 準位系を用いる。パルス発振は、短時間(1ns∼10fs) に誘導放出を終わらせてしまうので、熱緩和の影響をあま り受けない。したがって、4 準位系のみでなく、3 準位系 を用いた場合でも可能である。効率良くパルス発振させる ためには、時期が来るまで誘導放出をさせないで、ある瞬 間に一気に誘導放出をさせる必要がある。このため、決め られた時期まで光を戻さないようにする装置が共振器の中 に組み込まれている。様々な種類があるが、Q-switch と 呼ばれる装置が最も多く用いられている。 「Q」は、 「共振 器の quality」の Q であり、共振器の品質 (光が 1 往復す る間の損失が小さいほど quality が高い) を変えることで、 光を戻したり戻さなかったりする。 A. パルスレーザーの用途 月には光を反射させる鏡(平面鏡ではなく、コーナー キューブプリズム)が置いてあり、パルスレーザー光が往 復する時間を測定することで、月と地球との距離を測定す ることができる。化学反応は複数の分子が結合したり離れ たりすることであるが、時間の関数として原子間距離がど のように変わるか、電子の状態はどのように変わるかなど の測定も行われている。金属やプラスチックに綺麗な微小 孔をあける場合にも用いられる。光の熱で孔をあける機構 は、1) 熱で溶ける,2) 溶けた部分が沸騰して蒸発したり、 燃焼したりして無くなる、である。ゆっくり (1ns 程度) と 加熱すると step 1 で溶けた部分が step 2 で飛散して孔の まわりが汚れてしまう。しかし、急速に (100 fs 程度) 加熱 すると、飛散する前に無くなるので綺麗な孔があく。DNA チップなど微小な容器中で化学反応をさせる装置の製作に は重要なことである。 VI. 実用化されている光の増幅器:レーザーの種類 物質に固体、液体、気体の三つの状態があることに対 応して、レーザーにも固体レーザー、液体レーザー、気体 5 レーザーがある。 A. 固体レーザー 最初のレーザー発振は 1960 年 6 月にルビーで成功した。 ルビーレーザーに限らず、固体レーザーは透明な結晶中に 不純物原子をしみこませ、不純物原子を用いて光増幅をす る。結晶は、不純物原子を物理的・化学的に支える役割があ る。すなわち、不純物原子を一カ所に凝縮させないでまん べんなく均一に分布させることと、不純物原子を結晶中で 安定なイオン状態にすることである。ルビーは、Al2 O3(酸 化アルミニウム)の結晶(サファイヤ)に、Cr3+ を 0.01 か ら 0.1 パーセントの濃度でしみこませた結晶。ルビーレー ザーの発振波長は 694 nm で、ルビーの色をした、濃い赤 色の光である。ルビーレーザーは、室温では連続発振でき ない。これは、サファイヤの結晶と、クロム原子の相互作 用が比較的大きいために緩和が大きいからである。液体窒 素で冷却すると熱ゆらぎが減少して、連続発振する。いず れにしても、不便なので最近までほとんど使用されていな かったが、Q-switch ルビーレーザーがほくろやシミの除 去に有効ということで、最近復活した。 現在多く用いられている固体レーザーは、YAG レーザー とチタンサファイヤレーザーである。YAG レーザーは、 Y3 Al5 O12 (Yttrium alminum garnet) の結晶に、Nd3+ を 0.1 から 1 パーセント混ぜた結晶を用いる。発振波長は、 1.06 µm なので、目で見ることができない。特徴は、レー ザー発振の効率が高いことである。ポンピングのために外 から加えた光のエネルギーの半分以上をレーザー光として 取り出すことができる。これゆえ、高出力のレーザーが作 れる。1 kW 以上の光出力のあるレーザーも市販され、鉄 などの加工に用いられている。1.06 µm は目に見えなくて 不便なので、非線形効果を用いて高次の高調波を取り出し て用いる場合もある。1.06 µm の 2 倍波は 532nm の緑色 である。倍波を作るための非線形結晶の研究も十分に行わ れ、70 %以上の効率で 2 倍波が取り出されている。 (氷砂 糖に YAG レーザーの 1.06 µm を照射すると、緑色の 532 nm の光を観測することができる)。 非線形効果とは、物質に加えた電場と、物質内の電子の応 答が比例していないことである。物質に加える電場を Ein = E0 cos(ωt) とする。典型的な非線形効果のある物質は、電 場に対する電子の応答 P (t) が、P (t) = aE(t) + bE(t)2 の ようになっている。この中で、項 E(t)2 は電場に比例してい ないので、非線型効果となる。cos2 (ωt) = (cos(2ωt)+1)/2 なので、この非線型効果により物質内の電子には 2 倍の振 動数で振動する成分が生じ、この電子の加速度運動で生じ る電磁波の振動数は入射電磁波の 2 倍である。 チタンサファイヤレーザーは、光増幅器として、酸化ア ルミニウムにチタン Ti3+ を混ぜた結晶を用いる。特徴は、 室温で連続発振するという点と、波長を 0.69 から 1.1 µm まで変えることが出来るという点。したがって、分光学的 な研究に用いる。 B. He-Ne Laser は、明るい赤色 632.8 nm で発振する。目 の感度が高い波長なので、出力が 1 mW 程度でも実用に なる。以前はレーザーポインター、バーコードリーダー、 画像を記録してあるビデオディスクに使用されていた。現 在は半導体レーザーにとって代わられたのでほとんど使用 されていない。 アルゴンイオンレーザーは、緑色の 514.5 nm から青色 の 457.9 nm まで 10 本程度のアルゴンイオンの共鳴線で 発振する。光出力 25 W まで市販されている。ただし、ア ルゴンイオンレーザーの発振効率は非常に低い。ポンピン グのためイオン化していない中性のアルゴン原子を放電に よってイオン化してさらに励起する。放電は、原子から電 子をはぎ取る操作なので多量のエネルギーを必要とするこ とと、レーザー発振に用いるために都合のいい状態のイオ ンばかりが生成するとは限らないことが低効率の原因。放 電のために加えた電力の約 1/1000 程度しか光として取り 出せない。25 W のレーザー光を得るためには 25 kW の電 力が必要となる。電力もさることながら、この電力 25 kW は全部熱になるので、放電管の冷却がたいへんである。 気体レーザーでも、炭酸ガスレーザーは例外で、10 %以 上の発光効率がある。効率が高いのと分子が壊れても簡単 に補給できるので、10 kW 以上の光出力の炭酸ガスレー ザーもある。波長は赤外線で 10 µm 前後。炭酸ガスレー ザーの 10 µm は、水に良く吸収される。そのために、大 半が水である人体に照射するとすぐに水が発熱して、細胞 内の水が沸騰し、細胞が破裂する。この現象はレーザーメ スに応用されている。ただし目に見えないとどこが切れる のか判らないので、赤い色のレーザー光を重ねて用いる。 エキシマレーザーは波長 200 nm 前後で発振する紫外線 レーザー。希ガスは、化学的に安定で化学反応しないとさ れているが、放電などによって作られた励起状態では、化 学反応して XeCl, KrF, ArF などのエキシマーが作られる。 エキシマーはすみやかに分解されるので、基底状態が実現 される確率が低く反転分布が容易に作られる。 紫外線は波長が短いので、微細な絵を描くためにも用い られる。たとえば、半導体集積回路のパターン描画などに 用いられる。パソコンの中に入っている pentium processor やメモリは、エキシマレーザーを用いて微細なパターンを 半導体に焼き付けてつくる。 紫外線レーザーで物質の切断をすることもできるが、炭 酸ガスレーザーと異なり、熱で焼き切るのではない。紫外 線レーザー光は、化学結合している電子を直接励起して、 化学結合そのものを切り離す。プラスチックなどの高分子 化合物に紫外光を照射すると、照射された部分の化学結 合が切れて低分子すなわち気体になりなくなる。したがっ て、エキシマレーザーで物を切ると、焦げたりはせず、き れいに切れる。虫歯の治療などには良いらしいが、それ以 外の場所に強力な紫外線を照射すると、DNA も切れるの で、極めて危険である。身近な所では、インクジェットプ リンターのインクを放出するノズルの穴開け加工に用いら れている。インクジェットプリンターは、半径が 0.1 mm の液体インク球を紙にとばして色を付ける。そのとき 0.1 mm の穴があいたノズルが必要になる。エキシマレーザー からの紫外線は、周囲を焦がすことなく微細な穴開けを可 能にする。 気体レーザー He-Ne レーザー、アルゴンイオンレーザー、炭酸ガス レーザー、エキシマレーザーなどが実用化されている。気 体レーザーは、気体原子の共鳴周波数で発振するため、連 続的に波長を変える事ができない。しかし、均一性の高い 結晶を作るより気体の方が容易に調達できる、紫外での発 振ができる、気体分子が壊れても容易に交換できるなどの 理由で用いられている。 C. 液体レーザー 液体レーザーの代表は色素レーザーである。大根の漬け 物であるたくわんは米糠(こめぬか)を入れて漬けるので、 黄色くなるが、最近のたくわんは米糠ではなく、黄色い色 素を添加して黄色くする。黄色の色素は、黄色より波長の 短い光 (黄緑色や青) を吸収して、黄色の発光をする。こ 6 れゆえ、周囲に存在する光の中の黄色い成分よりも明るく 黄色に輝くので、目立つ。この蛍光は、外からの照射光を 切っても、10−11 s(10 ps) 程度の時間光り続ける。蛍光を 発する色素をエチレングリコール等の液体に溶かして光の 増幅に利用する。色素レーザーは、10 数年前までは波長 可変レーザーの中で最も多く用いられていたが、液体は取 り扱いがめんどうなので、現在ではほとんど用いられてい ない。 D. 半導体レーザー いま一番多く用いられているレーザーは、半導体レー ザー。半導体に電圧を加え、金属内の電子にエネルギーを 与える。エネルギーを持った電子は、多くの場合、そのま ま熱エネルギーとしてエネルギーを放出するが、GaAs の 様な半導体は光を放出してエネルギーを失う。この発光を 利用したレーザーが半導体レーザーである。現在、赤外の 30µm から 400 nm の青色まで作られている。半導体レー ザーは電流を流すのみで発光するので取り扱いが極めて簡 単である。発光効率も 30 %以上ある。さらに 100 W 程 度の大出力の半導体レーザーも実用化されている。100 W というと白熱電球と同じように思うかもしれないが全く違 う。レーザー光はレンズで 1 µm 程度の領域に全部のエネ ルギーを集める事ができる。さらに、半導体レーザーは極 めて小型なので、1000 個並べて使用することができる。ま た、光通信には半導体レーザーは欠かせない。小型で寿命 が長く(海底ケーブル内に埋め込まれた中継用素子は 25 年の連続使用を保証)、光の on/off を高速で行うことがで きる特徴が利用されている。