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大学生の睡眠状況が不登校傾向に及ぼす影響 Effect of Sleep
東京成徳大学臨床心理学研究 13号,2013, 3-16 大学生の睡眠状況が不登校傾向に及ぼす影響 原著 大学生の睡眠状況が不登校傾向に及ぼす影響 Effect of Sleep Conditions on Truancy in University Students 黒川泰貴 (神奈川県スクールカウンセラー) 石村郁夫 (東京成徳大学) Taiki KUROKAWA (Kanagawa school counselor) Ikuo ISHIMURA (Tokyo Seitoku University) 要 約 睡眠は健康や安全に強く影響を及ぼす基本的な生命現象であり,睡眠の障害や不足は,人間 の脳機能,心身健康や行動面と密接に関係すると言われている。しかし,日本人の睡眠は短眠・ 後退化傾向にあり,とりわけ大学生は睡眠-覚醒リズムが夜型で不規則になりやすく,こうし た夜型の生活パターンが,午前中の活動性や低調感に影響し,不登校傾向に結びつくと予想さ れる。よって本研究の目的は,大学生の睡眠状況と不登校傾向との関連についての知見を提 供することである。大学生 139 名を対象とし,大学生の睡眠 (Pittsburgh Sleep Quality Index (PSQI)日本語版) ,無気力型不登校傾向 ( 意欲低下領域尺度 ),情緒的混乱型不登校傾向 ( 登 校回避感情測定尺度 ),抑うつ傾向 (K-six) に関する質問紙調査を行ったところ,本研究で対 象とした大学生の睡眠時間が,一般的な睡眠時間と比べて短く,睡眠相は一般的なものよりも 後退しており,睡眠時間の不足を感じていた。また,大学生は学年が上がるに連れて睡眠相が 後退するものの,より長い睡眠時間を確保でき,4 年生になるとこれらは逆転するという傾向 や,女性の方が男性よりも睡眠状況が悪くなるという傾向も示された。そして大学生において, こうした睡眠状況が生じる背景には,生活パターンや,睡眠についてのその人の捉え方,生理 的現象が大きく影響していると考えられた。更に,大学生の睡眠は,無気力型不登校における 授業意欲の低下,情緒的混乱型不登校における学校への嫌悪感,および抑うつ傾向との関連が 見られ,大学生の睡眠の乱れが不登校傾向に影響することが推察され,睡眠改善の重要性が示 唆された。 キーワード:睡眠,大学生,不登校,情緒的混乱型,無気力型不登校,睡眠改善 Abstract Sleep is a basic biological phenomenon that positively influences one's overall health and safety. In contrast,sleep disorder or the lack of sleep can negatively affect human brain function,physical and mental well-being,as well as behavior. People in Japan are becoming increasingly sleep-deprived,and this is especially noticeable in university students. They are“night owls”with irregular sleep-wake patterns. Such night-oriented lifestyles render these individuals sluggish in the morning,which can increase the - 3 - 黒川泰貴・石村郁夫 tendency for truancy. Considering this issue,this study examines the sleep conditions of university students to determine the relationship between sleep disorders and truancy. A total of 139 university students participated in the survey that measured sleep quality (Pittsburgh Sleep Quality Index (PSQI) Japanese version),apathy type truancy (passivity scale),affective confusion type truancy (scale of school avoidance),and depression tendency (K-six). The results revealed that the participants'sleep duration was shorter and their sleep phases regressed. They also indicated that as the students' years of attendance increased,their sleep phases regressed in spite of longer sleep durations; however,the sleep phases of the fourth (final) year students improved,but their sleep duration became shorter. Furthermore,the sleep patterns of female students deteriorated to a greater extent than their male counterparts. Lifestyle patterns,individual opinions on sleep,and physiological factors predominantly influenced the students'sleep conditions. In addition, the students'lack of sleep was related to decreased motivation in class with apathy type truancy,aversion towards school with affective confusion type truancy,and depression tendency,all of which signify the importance of sleep habit improvement. Keywords: sleep,university students,truancy,affective confusion type truancy, apathy type truancy,sleep habit improvement. その経済損失は年間約3兆5000億円にものぼると 問題と目的 推定されている (朝日新聞, 2006) 。以上のように, 睡眠とは,健康や安全に強く影響を及ぼす基本 現代の日本人は入眠時間の後退化に伴い,睡眠に 的な生命現象であり(白川,2006) ,私たち生物 関する様々な問題が生じてきており,こうした現 が脳機能や心身機能の健常を保ち,生活の質を向 象が社会的な問題にまで発展していると言える。 上させるために必要不可欠で基本的な役割を担う 中でも睡眠などの生活リズムの乱れが,抑うつ ものであると言える。NHK 放送文化研究所(2006) やストレスなどの精神保健指標に影響することが によると,日本人の平均睡眠時間は,1960年では 報告されている。例えば,川上・原谷・金子・小 8時間25分であったのに対し,2005年では7時間22 泉(1987)は,生活習慣と抑うつ症状との関連を 分と45年間で1時間の短縮傾向が見られる。また, 調べたところ,男女共に睡眠時間が6時間以下の 夜10時に眠っている人の割合は,1960年では60% 人の方が,7‐8時間の人よりも高い抑うつ得点を 以上であるのに対し,2005年では24%と大幅に減 示し,更に男性の場合は9時間以上の睡眠をとっ 少していることから,入眠時刻もこの45年間で後 ている人も抑うつ得点が増加傾向にあることを明 退傾向にある。更に NHK 放送文化研究所(2000) らかにしている。また, 鈴木・尾崎・渋井・関口・譚・ によると,日本人の多くが睡眠障害に対して無自 栗山・有竹・田ヶ谷・内山(2004)は,睡眠の問 覚であり,およそ5人に1人が不眠に悩まされて 題と心身の訴えとの関連を検討したところ,日中 いる。こうした睡眠の問題は, 免疫力や運動能力, の過剰な眠気・睡眠時間不足・主観的睡眠時間不 身体回復機能,生活習慣病などの身体的健康をは 足といった睡眠の問題が, “イライラする” “気持 じめ,感情制御機能や創造性,意欲,心的ストレ ちのゆとりがない” “やる気がない”といった心 スなどの心的健康,集中力や記憶力・学習能力な 理的な訴えと有意な関連があったことを報告して どの脳機能,作業能力やうっかりミス・事故など おり,Doi,Minowa,& Tango(2003) は,睡眠の の行動面と密接に関係し(田中・古谷,2006) , 質の低い労働者は,身体や心の健康を損なうこと - 4 - 大学生の睡眠状況が不登校傾向に及ぼす影響 が多く,職場での人間関係に問題を抱えているこ 朝型の学生は夜型よりも心身に関する不定愁訴が とも報告されている。 少ないことが報告されている。そして續木・平田・ 以上のように,睡眠は人間の精神面において, 円田(2009)では,睡眠不足の大学生は,適切な 肯定的にも否定的にも影響するものであり,メン 睡眠をしている学生に比べて,ねむけ感・不安定 タルヘルスを形成する大きな要因の1つであると 感・不快感・ぼやけ感といった自覚疲労症状を訴 言えるが,とりわけ大学生における睡眠の乱れが えることが多いことが報告されている。更に矢島 先行研究によって報告されている。まず全国民の 他(2003)は,睡眠時間が6時間以下の短時間睡 平均睡眠時間は7時間22分である(NHK 放送文化 眠者と,10時間以上の長時間睡眠者の中には,免 研究所,2006)のに対し,大学生を対象に調査し 疫体力がなく風邪を引きやすい人が多いという調 た林・堀(1987)では6時間56分,並びに矢島・ 査結果から,大学生の普段の眠りが免疫活性の促 中野・橘・粥川(2003)では6時間36分と,共に 進に関係することを示唆している。これらのこと 下回っている。次に入眠時刻の全体平均は11時以 から,大学生の睡眠が,体調不良や疲労,免疫力 降である(NHK 放送文化研究所,2006)のに対し, などといった身体面に影響していることがうかが 大学生を対象とした林・堀 (1987) では,入眠時 える。 刻の平均は0時11分と1時間以上の後退傾向が見ら 次に精神面への影響として,續木他(2009)に れる。続いて,起床時刻の国民全体の平均時刻は よると,睡眠不足の大学生は,適切な睡眠をして 午前6時30分である(NHK 放送文化研究所,2006) いる学生に比べて,覚醒・緊張の低下といった心 のに対し,大学生を対象とした林・堀 (1987) の 理的機能を示しやすいとのことである。そして, 調査では,大学生の平均起床時刻は7時11分と, 谷島(1996)は睡眠などの生活リズムの乱れと抑 起床時刻においても一般平均と比べて後退傾向が うつとの関連を調べたところ,睡眠リズムの乱れ あると言える。更に,山本・野村 (2009) および が体調不良を引き起こし,自責や判断における抑 坂本(2009)によると,大学生の中でも学年が上 うつを引き起こすことを明らかにし,同様に中村 がるにつれて入眠時刻も起床時刻も遅くなり,生 (2004)では,抑うつ・不安・神経過敏の精神性 活パターンの夜型化が進むとのことである。上記 愁訴を高く示す群は,正常群よりも不眠得点が有 のように,大学生は一般的な睡眠パターンと比べ 意に高くなっていたことから,抑うつ的・心配性・ ると,平均睡眠時間が短く,睡眠相が後退して生 感受性が鋭いなどの神経質的性格の人は不眠傾向 活パターンが夜型になりがちであることから,睡 を招きやすいと推測している。更に西岡・棟方 (2008)は,女子大学生を対象に生活習慣と心の 眠状況が乱れていると考えられる。 これらの大学生の睡眠の乱れに伴う身体面・精 健康に関する調査を行ったところ,睡眠の総合得 神面,そして学業面への影響が先行研究において 点が自己効力感と関連が深いという知見を見出し 報告されている。まず身体面への影響として,太 ている。これらのことから,大学生の睡眠は,抑 田・太田(1999)によると,睡眠不足が健康状態 うつや不安,緊張,神経過敏などの否定的な部分 に影響しており,睡眠時間が5時間以下で体調が のみならず,自己効力感といった肯定的な部分に 悪くなる学生が1割以上いるとのことである。ま も精神的に影響していることがうかがえる。 た松井・古見・角田・松本・照屋・田村・竹前(1989) 続いて学業面への影響として, 富田(2007)が, によると,夜型の生活リズムの学生は朝型・中間 大学生の睡眠と学業との関係を調査したところ, 型に比べて疲労感と不健康感を生じやすく,逆に 睡眠不足から授業中に寝たり,疲れたりしやすい 本多・鈴木・城田・金子・高橋(1994)によると, と訴えていた人が全体の37%,頭がすっきりしな - 5 - 黒川泰貴・石村郁夫 いと訴えていた人が22.8%,勉強に身が入らない 1.大学生の所属・睡眠に対する意識 と訴えていた人が8.7%いたことから,就寝時刻・ まず大学生の所属を把握する項目として,性 起床時刻・睡眠時間・起床時の気分がその日の行 別・学年を尋ねた。次に睡眠に対する意識を把 動を前向きに出来るか否かを左右して,結果的に 握する項目として, “あなたにとって,睡眠はと 学業面に影響を及ぼすことを指摘している。そし ても重要なものですか?” “あなたは寝る前に考 て,太田・太田 (1999) によると,睡眠不足を示 え事をよくしますか?”という2項目を尋ねた。 す学生は,体温の日内変動から夜型の生活パター 尚,これら2項目については,睡眠に対する意識 ンが,午前中の活動性や低調感に影響していると によって睡眠の質に影響を及ぼすかを調査する目 述べている。 的で尋ねたものである。 これらのことから,大学生は睡眠が乱れること 2.大学生の睡眠 によって,心身の健康への影響をはじめ,学業意 大 学 生 の 睡 眠 状 況 を 把 握 す る た め に, 欲や活動性の低下,そして低調感などといった学 Pittsburgh Sleep Quality Index( 以 下 PSQI と 業面への影響を及ぼす傾向があり,これらの症状 略す)日本語版を用いた。この尺度は,Buysee, が大学生の登校する時間帯である午前中から見ら Reynolds,Monk,Berman,& Kupfer(1989) れることを考えると,大学生の睡眠の乱れが,授 によって作成された尺度を,土井・箕輪・内山・ 業の欠席や不登校に起因する可能性が予測され 大川(1997)が日本語版に翻訳したものであり, る。ここで読売新聞(2010)によると,大学生の 最近1 ヶ月の睡眠について,①睡眠の質,②入眠 不登校の出現率は2.9% であり,牧野(2001)に 時間,③睡眠時間,④睡眠効率,⑤睡眠困難,⑥ よると,大学生の学校に行きたくない理由として 眠剤の使用,⑦日中覚醒困難という7因子19項目 “眠いから” “疲れているから”が上位に挙げられ, で測定する尺度である。PSQI は,各項目のスコ 大学生の睡眠状況が不登校の動機に結びついてい ア化と総合得点が算出でき,現在,睡眠障害を治 ることが覗える。しかし睡眠状況と不登校傾向の 療する臨床現場や,睡眠障害に関する研究では最 関連を扱った研究は,その対象が小中学生のもの も多く使われている質問票である(堀,2008) 。 ばかり(三池,2005;市川,2005など)で,大学 3.不登校傾向 生を対象にしたものは見当たらない。よって本研 大学生の不登校要因として,牧野 (2001) は大 究の目的は, この大学生という時期に焦点を当て, 学生活への不満と学生自身の無気力傾向があるこ 睡眠状況と不登校傾向との関連についての知見を とを明らかにしている。一方で,田中・菅 (2007) 提供することである。 によると,不適応を示す大学生は,対人関係や日 常生活における不安,そして評価に対する不安を 抱える傾向があるとのことである。よって,大学 方 法 生の不登校要因は無気力だけでなく,不安などの 調査対象と調査手続き 情緒的側面にも関与してくるものであると考えら 千葉圏内の心理学を専攻する大学生139名(う れる。そこで本研究では,不登校傾向を測定する ち 男 性61名, 女 性78名;1年 生71名,2年 生48名, 尺度として,大学生の生活領域ごとの意欲低下を 3年生,4年生15名)を対象とした。調査は大学の ①学業意欲低下,②授業意欲低下,③大学意欲低 講義時間内に集団配布し,集団回収形式で実施さ 下という3因子20項目, “あてはまる” “ややあて れた。 はまる” “あまりあてはまらない” “あてはまらな 調査内容 い”の4件法で測定する意欲低下測定尺度(下山, - 6 - 大学生の睡眠状況が不登校傾向に及ぼす影響 1995)と,学校に行きたくないと思いながらも登 林・堀 (1987) や矢島他(2003)が大学生を対象 校している生徒の登校回避感情を①学校への反発 に行った調査の平均睡眠時間(6時間56分,6時間 感傾向,②友人関係における孤立感傾向,③登校 36分)よりも更に短かい結果であった。そして, 嫌悪感傾向という3因子26項目, “あてはまる” “や 最大値が12時間,最小値が1時間30分と,過眠型 やあてはまる” “どちらでもない” “あまりあては や短眠型の睡眠時間を示す人もおり,睡眠時間は まらない” “あてはまらない”の5件法で測定する 個々によって大きな開きがあると言える。これら 登校回避感情測定尺度(渡辺・小石,2000)を用 のことから, 本研究における対象者の睡眠時間は, いた。 個々によって開きはあるものの,一般平均よりも 4.抑うつ傾向 短いだけでなく,他の大学生の平均睡眠時間より 本研究では,谷島(1996)や中村(2004)が報 も更に短い傾向があり,睡眠時間が足りていない 告したように,大学生の睡眠の乱れは抑うつ傾向 と考えられる。次に,本調査における平均就寝時 を高めるという先行研究の結果から,大学生の睡 刻は25時15分(SD =1.39)と,NHK 放送文化研究所 眠状況を把握する指標の一つとして,抑うつ傾向 (2006)が示した,夜寝ている人が半数を越える も尋ねることとした。抑うつ傾向を把握する尺度 時刻は23時00分以降であるという一般平均と比 として,Kessler が開発し,古川・大野・宇田・ べると2時間以上遅く,林・堀 (1987) が大学生を 中根(2002)が日本語版を作成した,抑うつ傾向 対象にした調査の平均就寝時刻の0時11分と比較 を感じた頻度について6項目, “いつも” “たいて しても1時間以上遅い時刻を示していた。続いて い” “ときどき” “少しだけ” “全くない”の5件法 本調査における平均起床時刻は7時44分(SD =1.59) で簡易にスクリーニングできる尺度である K-Six と,NHK 放送文化研究所(2006)が示した,朝起 を使用した。 きている人が半数を越える時刻は6時30分である という一般平均と比べると1時間以上遅く,林・ 堀 (1987) が大学生を対象にした調査の平均起床 結果と考察 時刻の7時11分と比較しても30分以上遅い時刻を 1.大学生の睡眠状況について 示していた。これらのことから,本調査における 大学生の睡眠状況に関する調査結果として,睡 対象者は,一般平均や他の大学生と比べると,就 眠時間・就寝時刻・起床時刻・理想睡眠時間の記 寝時刻と起床時刻が共に遅く,睡眠相の後退が見 述統計(平均値・標準偏差・最大値・最小値: られると言える。更に本調査における理想睡眠時 N =139)を Table 1に記した。本調査における平 間は7時間45分であり,平均睡眠時間の5時間55分 均睡眠時間は5時間55分(SD =1.61)と,NHK 放送 と比べて2時間弱長いことから,本調査の対象者 文化研究所(2006)による日本人の平均睡眠時間 が,自分の睡眠時間について足りないと感じてい である7時間22分に比べると1時間30分弱も短く, ることが見出された。 Table 1 大学生の睡眠状況に関する記述統計 平均値(SD ) 最大値 最小値 睡眠時間 5 時間 55 分 (1.61) 12 時間 1 時間 30 分 就寝時刻 25:15(1.39) 5:00 21:30 起床時刻 7:44(1.59) 14:00 4:30 理想睡眠時間 7 時間 45 分 (1.61) 12 時間 3 時間 - 7 - 黒川泰貴・石村郁夫 以上のことを総括すると,大学生の睡眠時間は 時間と一番短く,続いて4年生の6.0時間,2年生 一般的な睡眠時間と比べて短く,本調査の場合は の6.3時間,そして最も長かったのが3年生の6.6時 その傾向が顕著に見られた。また,大学生の睡眠 間であった。このことから,学年が進むに連れて 相は一般的なものよりも後退している傾向があ 短眠傾向が落ち着いていき,4年生になると再び り,これについても本調査では顕著に見られてい 短眠に戻ることがうかがえた。次に就寝時刻の学 た。ここで一般の就寝・起床時刻と,本調査の就 年ごとの平均値は,1年生が25時3分と一番早く, 寝・起床時刻の開き方を見てみると,就寝時刻の 続いて2年生の25時21分,4年生の25時32分,そし 開きは2時間以上あるのに対し,起床時刻は1時間 て最も遅かったのが3年生の26時12分であった。 程度しかないことから,大学生の睡眠相は,一般 このことから,学年が進むに連れて就寝時刻の後 のものと比べると後退しているものの,就寝時刻 退化が進むが,4年生になると少し落ち着くこと の遅れを起床時刻で挽回する傾向があり,その結 がうかがえた。続いて起床時刻の学年ごとの平均 果,睡眠時間が短縮されていると言える。この背 値は,1年生が6時59分と一番早く,続いて2年生 景には,大学生の場合,時間的拘束が少なく,自 の8時22分,4年生の8時48分,そして最も遅かっ らスケジュールを立てることが出来るため,睡眠 たのが3年生の9時00分であった。このことから, -覚醒リズムが夜型で不規則になりやすい(竹 学年が進むに連れて起床時刻の後退化が進むが, 内・犬山・石原・福田,2000)が,夜寝る前の時 4年生になると少し落ち着くことがうかがえた。 間帯と比べると,朝は大学の授業があるため,時 以上のことから,大学生は学年が進むにつれてよ 間の拘束が比較的生じてくることが影響している り多くの睡眠時間が確保されていくものの,睡眠 と考えられる。そして,大学生の理想睡眠時間が 相が後退化する傾向があり,これらの傾向は4年 平均睡眠時間よりも2時間程上回っていたことを 生になると共に逆転することが見出された。この 合わせて考えると,大学生は睡眠時間が足りない 背景には,1年生の場合は,朝からの授業が多く, と考えているものの,朝の授業に合わせて早く起 それに合わせた睡眠パターンが必要になるが,学 きる必要性があるため,睡眠不足の状態で登校し 年が進むに連れて朝からの授業も少なるので,よ ていることがうかがえ, この状態では富田(2007) り多くの睡眠時間を確保できたり,夜更かしが可 や太田・太田(1999)が指摘するような,学業意 能になったりすることが影響していると考えられ 欲や活動性の低下,そして低調感などの学業面へ る。またこの結果は,山本・野村 (2009) および の影響を及ぼすことが懸念される。 坂本(2009)が示すような,大学生の中でも学 2.学年ごとの睡眠状況 年が上がるにつれて入眠時刻も起床時刻も遅くな 大学生の学年ごと睡眠状況に関する調査結果と り,生活パターンの夜型化が進むという見解とほ して,睡眠時間・就寝時刻・起床時刻の平均値を ぼ同じであるが,4年生になると短眠傾向や睡眠 Table 2に示した。平均睡眠時間は,1年生が5.6 相の前進が見られるという点で異なっていた。こ Table 2 学年ごとの睡眠状況の平均値 学年 平均睡眠時間 就寝時刻 起床時刻 1 年生(N = 71) 5.6 時間 25:03 6:59 2 年生(N = 48) 6.3 時間 25:21 8:22 3 年生(N = 5) 6.6 時間 26:12 9:00 4 年生(N = 15) 6.0 時間 25:32 8:48 - 8 - 大学生の睡眠状況が不登校傾向に及ぼす影響 (137)=2.150,p <.05)において,有意に女子の方 の背景には,以下の2つのことが考えられる。1つ 目は,本調査の標本数が1,2年生の数に比べて, が PSQI 得点の平均値が高かった。この結果から, 3,4年生が圧倒的に少なく,中でも3年生は5人し 男子と比べて女子の方が,寝床についてから寝る かいなかったことで,ばらつきが生じてしまった までに時間がかかって,自分の睡眠の質を良くな ということである。そしてもう一つは,大学4年 いと思う傾向があり,全般的な睡眠状況が悪いこ 生になると就職活動が始まっており,朝の時間的 とが示唆された。この背景には,白川(2006)が 制約が生じてくることから,それに合わせて睡眠 述べるように月経などの女性特有の性周期と睡眠 相も前進していくということである。これらのこ が密接に関わっていることが予想され,月経痛に とから,本調査の場合は標本数にばらつきがある より入眠までに長い時間を要した結果,睡眠の質 ため一概には言い切れないかもしれないが,大学 が悪くなることが考えられる。以上のことから, 生の睡眠状況には,朝の時間的制約があるか否か 大学生の睡眠状況には,睡眠の質と入眠時間に関 という大学生の生活パターンが大きく影響すると して女性の方が思わしくないという性差があり, 考えられる。 これは女性特有の性周期のような生理的現象が影 3.大学生の睡眠状況に関する性差による比較に 響していると考えられる。 4.睡眠に対する意識による大学生の睡眠得点の ついて 比較について 大学生の睡眠状況に関して,性別による違い が見られるかを検討するため,PSQI の総合得点 大学生の睡眠に対する意識が睡眠状況にどのよ および下位因子得点の平均値を用いて t 検定を行 うな影響を与えるかを検討するため,睡眠がその い,その結果を Table 3に示した。t 検定の結果, 人にとって重要なものである否かに関して尋ね PSQI 総 合 得 点(t (136)=1.986,p <.05) ,C1睡 たところ,重要であると答えた人が126名,重要 眠の質(t (136)=2.739,p <.01) ,C2入眠時間(t でないと答えた人が13名おり,ほとんどの大学生 Table 3 性別による睡眠得点の平均値および t 検定の結果 性別 PSQI 総合得点 男 女 C1 睡眠の質 男 女 C2 入眠時間 男 女 C3 睡眠時間 男 女 C4 睡眠効率 男 女 C5 睡眠困難 男 C6 眠剤使用 男 女 女 C7 覚醒困難 男 女 N 60 78 61 78 61 78 61 78 61 78 61 78 60 78 61 78 M 6.87 8.04 1.42 1.76 1.46 1.82 1.11 1.36 .57 .37 .95 .95 .10 .23 1.28 1.55 - 9 - SD 3.61 3.31 .77 .69 .96 1.00 1.07 1.14 .90 .81 .59 .56 .54 .72 1.02 1.00 t値 1.986 df 137 p .49 2.739 136 .007 2.150 137 .033 1.290 137 n.s 1.389 137 n.s .022 137 n.s 1.217 135.96 n.s 1.580 137 n.s 黒川泰貴・石村郁夫 Table 4 睡眠に対する意識による睡眠得点の平均値および t 検定の結果 睡眠重要度 PSQI 総合得点 重要である 重要でない C1 睡眠の質 重要である 重要でない C2 入眠時間 重要である 重要でない C3 睡眠時間 重要である 重要でない C4 睡眠効率 重要である 重要でない C5 睡眠困難 重要である 重要でない C6 眠剤使用 重要である 重要でない C7 覚醒困難 重要である 重要でない N 126 13 125 13 126 13 126 13 126 13 126 13 125 13 126 13 M 7.36 9.15 1.59 1.77 1.59 2.38 1.18 1.92 .42 .85 .94 1.08 .19 .00 1.46 1.15 SD 3.44 3.63 .72 .93 .98 .87 1.07 1.32 .82 1.07 .53 .86 .68 .00 1.00 1.14 t値 1.786 df 137 p .076 .822 136 n.s 2.814 137 .006 2.325 137 .022 1.724 137 .087 .576 12.96 n.s 3.155 124 .002 1.037 137 n.s が睡眠に関して意識を向けていることが明らか 眠効率が悪くなったりすると考えられる。一方で になった。続いて睡眠がその人にとって重要な 睡眠を重要だと考えている人は,睡眠を大切にし ものである否かに関して,PSQI の総合得点およ ようとする意識があるため,眠剤に頼ってでも睡 び下位因子得点の平均値を用いて t 検定を行い, 眠時間を確保しようとする傾向があると考えられ その結果を Table 4に示した。t 検定の結果,睡 る。これらのことから,睡眠を重要であるか否か 眠を重要と捉えている群と捉えていない群では, という意識は,その人にとって睡眠時間を確保す PSQI(t(137)=1.786, p <.10),C2入眠時間(t(137) ることの必要性へと結びつき,その結果として入 =2.814,p <.01),C3睡 眠 時 間(t (137)=2.325, 眠までにかかる時間や眠剤の使用に影響を及ぼす p <.05),C4睡 眠 効 率(t (137)=1.724,p <.10) と言える。 において,睡眠を重要と捉えていない群の方が 5.眠前の考え事による大学生の睡眠得点の比較 について PSQI 得点の平均値が高く,第6因子である C6眠 剤の使用(t (124)=3.155,p <.01)において,睡 大学生の睡眠に対する意識が睡眠状況にどのよ 眠を重要と捉えている群の方が PSQI 得点の平均 うな影響を与えるかを検討するため,寝る前に考 値が有意に高かった。これらの結果から,睡眠を え事をするか否かに関して尋ねたところ,寝る前 重要だと捉えていない人は寝床についてから寝る に考え事をすると答えた人が95名,しないと答え までの時間がかかって睡眠時間が短くなり,睡眠 た人が43名おり,全体の3分の2程度の人が寝る前 効率が悪くなる一方で,睡眠を重要だと考えてい に考え事をすると答えていた。続いて寝る前に考 る人は,眠剤を使用する機会が多くなることが明 え事をするか否かに関して,PSQI の総合得点お らかになった。これらの背景には,睡眠を重要で よび下位因子得点の平均値を用いて t 検定を行 ないと思っている大学生は,睡眠時間を削ってで い,その結果を Table 5に示した。t 検定の結果, も遊びや勉強などといった何らかの活動をする傾 寝る前に考え事をする群としない群では,PSQI 向があり,その結果,睡眠時間が短くなったり睡 総合得点(t (136)=4.363,p <.01),C1睡眠の質 - 10 - 大学生の睡眠状況が不登校傾向に及ぼす影響 Table 5 眠前の考え事による睡眠得点の平均値および t 検定の結果 PSQI 総合得点 C1 睡眠の質 C2 入眠時間 C3 睡眠時間 C4 睡眠効率 C5 睡眠困難 C6 眠剤使用 C7 覚醒困難 考え事 N M SD t値 df p する 95 8.37 3.42 4.363 136 .000 しない 43 5.74 2.90 2.369 136 .019 4.007 136 .000 2.972 98.56 .004 2.303 123.35 .023 2.227 136 .028 2.070 133.58 .040 1.951 136 .053 する 94 1.71 .71 しない 43 1.40 .76 する 95 1.88 .93 しない 43 1.19 .98 する 95 1.43 1.15 しない 43 .88 .93 する 95 .56 .94 しない 43 .26 .58 する 95 1.02 .60 しない 43 .79 .47 する 94 .23 .75 しない 43 .05 .31 する 95 1.55 1.03 しない 43 1.19 .96 ,C2入 眠 時 間(t (136) (t (136)=2.369,p <.05) 入眠時間と C3睡眠時間において得点の開きがあ =4.007,p <.01),C3睡 眠 時 間 (t (98.56)=2.972, ることに着目すると,考え事は主に寝床に入って p <.01),C4睡眠効率(t (123.35)=2.303,p <.05 ), から行われると思われ,そこで様々なことを思い C5睡眠困難(t (136)=2.227,p <.05 ),C6眠剤使 巡られるうちに覚醒が生じた結果,睡眠時間の不 用(t(133.58)=2.070, p <.05 ),C7覚醒困難(t(136) 足を引き起こし,その他の睡眠に関する要因も悪 =1.951,p <.10 ) の全ての得点において,寝る前に 化をきたすものと考えられる。このことについて 考え事をする群の方が PSQI 得点の平均値が有意 は,Lichstein & Rosenthal(1980) が 入 眠 困 難 に高かった。この結果から,寝る前に考え事をす の原因は入眠時の心配や反芻といった認知的覚醒 る大学生は,睡眠状況が全般的に悪くなることが 説が重要であると指摘するのを支持した結果であ 明らかになった。ここでとりわけ下位尺度の C2 ると言える。以上のことから,大学生にとって寝 Table 6 PSQI 尺度と意欲低下領域尺度との相関係数 意欲低下領域 学業意欲低下 授業意欲低下 大学意欲低下 PSQI 総合得点 .140 -.057 .254** .091 C1 睡眠の質 .090 -.040 .174* .058 C2 入眠時間 .149 .056 .203* .066 C3 睡眠時間 -.072 -.189* .036 -.003 C4 睡眠効率 .103 .020 .205* -.010 C5 睡眠困難 .043 -.126 .115 .089 C6 眠剤使用 .062 -.019 .087 .084 C7 覚醒困難 .194* .049 .222** .116 注)** 印は p < .01,* 印は p < .05 で有意(両側)である。 - 11 - 黒川泰貴・石村郁夫 る前に考え事をすることは,認知的覚醒を経て入 る活動があり,真面目な学生であるほどそれに没 眠困難に繋がり,全般的な睡眠を阻害すると言え 頭することになるため,学業面の意欲の高さに繋 る。 がったものと考えられる。そして,C7日中覚醒 6.大学生の睡眠状況と無気力による不登校傾向 困難は,先程の授業意欲低下因子のみでなく,意 欲低下領域尺度全体とも r =.194(p <.05)と微弱 との関連 大学生の睡眠状況と,無気力型の不登校傾向と ながら正の関連が見られ,日中に起きていること の関連を検討するため,PSQI の総合得点および の困難さが大学生の大学生活における無気力と関 下位尺度と,意欲低下領域尺度の全体および下 連していると言える。その一方で,意欲低下領域 位尺度との相関係数を求め,その結果を Table 6 尺度の第3因子である大学意欲低下因子について に示した。相関分析の結果,PSQI 総合得点は意 は,PSQI のどの因子とも関連が見られていなかっ 欲低下領域尺度の第2因子である授業意欲低下因 たことから,大学生の睡眠状況は,大学そのもの 子とのみ r =.254(p <.01)の弱い正の相関を示し への所属感や満足感などと関連を持たないことが た。このことから,睡眠の状況が思わしくない大 明らかになった。以上のように,大学生の睡眠状 学生は,授業に出る気がしなかったり,朝寝坊 況の乱れは,大学そのものや学業に対する意欲の などで授業に遅れることが多かったりといった 低下とは関連がなく,授業に対する意欲低下と若 授業領域に関する意欲低下を示す傾向が若干あ 干の関連が見られるものであった。ここで,大学 ると言える。この授業意欲低下因子に関しては, という場所において,卒業するためには単位の修 PSQI の 中 で も C1睡 眠 の 質(r =.174,p <.05) ,C2 得が不可欠であることを考えると,授業に対する 入眠時間(r =.203,p <.05) ,C4睡眠効率(r =.205, 意欲の低下は, 欠席や遅刻に直結するものであり, p <.05),C7日中覚醒困難(r =.222,p <.01)がそれ その延長には再履修や留年という問題が生じてく ぞれ弱い正の相関を示していることから,睡眠の るため,不登校や退学の要因になり得るものであ 質や効率の悪さ,寝床に入ってからの寝付けな ると言える。また,レポートなどの課題のために さ,日中に起きていることの困難さが,大学生の 睡眠を犠牲にするという傾向は,太田・太田 (1999) 授業に対する意欲の低さに関連することが明らか が睡眠不足は健康状態に影響し,体調が悪くなる になった。この背景には,富田(2007)や太田・ 学生がいると述べるように,心身の健康を損なう 太田 (1999) が述べるように,こうした大学生の ことに繋がる危険性があるため,これも不登校の 睡眠の乱れが,午前中やその日の活動性を左右し 要因になり得るものだと考えられる。よってこれ た結果,授業に対する意欲の減退を生じさせて らのことから, “睡眠が乱れている大学生は不登 いると考えられる。次に,PSQI の第3因子である 校傾向が高い”という仮説はある程度支持された C3睡眠時間は,意欲低下領域尺度の第1因子であ と言える。 る学業意欲低下因子とのみ r =‐.189(p <.05)の 7.大学生の睡眠状況と情緒的混乱による不登校 傾向との関連 弱い負の相関を示した。このことから,睡眠時間 の短い大学生は,自分から進んで勉強したり,自 大学生の睡眠状況と,不安など情緒的混乱型 分の興味ある分野を深めたりといった,勉学に対 の不登校傾向との関連を検討するため,PSQI の する興味や学業領域に関する意欲を示す傾向が僅 総 合 得 点 お よ び 下 位 尺 度 と, 登 校 回 避 感 情 測 かながら高くなることが明らかになった。この背 定尺度の全体および下位尺度との相関係数を求 景には,大学生の睡眠時間が削られる要因の一つ め,その結果を Table 7に示した。相関分析の結 に,レポート作成や提出課題など,勉強面に関す 果,PSQI の総合得点は登校回避感情測定尺度の - 12 - 大学生の睡眠状況が不登校傾向に及ぼす影響 Table 7 PSQI 尺度と登校回避感情測定尺度との相関係数 登校回避感情 反発感傾向 孤立感傾向 登校嫌悪傾向 PSQI 総合得点 .087 -.057 .000 .318** C1 睡眠の質 .019 -.088 -.057 .213* C2 入眠時間 .146 .100 .053 .169* C3 睡眠時間 -.072 -.101 -.083 .125 C4 睡眠効率 .059 .013 .005 .200* C5 睡眠困難 .098 -.033 .092 .201* C6 眠剤使用 .131 -.053 .142 .217* C7 覚醒困難 .032 -.079 -.040 .223** 注)** 印は p <.01,* 印は p <.05 で有意(両側)である。 第3因子である登校嫌悪傾向因子との間に r =.318 における孤立感とは関連がないことが示された。 (p <.01)という弱い相関を示していた。このこと 以上のように,大学生の睡眠の乱れは,大学への から,睡眠の状況が思わしくない大学生は,大学 反発感や友人関係における孤立感とは関連がな に対して行きたくないと感じたり,居心地が悪い く,学校への嫌悪感と若干の関連が見られるもの と感じたりする傾向が若干高くなることが明ら であった。ここで反発感傾向因子と孤立感傾向因 かになった。この登校嫌悪傾向因子については, 子の他の因子に着目すると,前者の場合は学校の PSQI の中でも C1睡眠の質(r =.213,p <.05) ,C2 先生や授業という対象への反発感であり,後者の 入眠時間(r =.169,p <.05) ,C4睡眠効率(r =.200, 場合は友人という対象からの孤立感であるという p <.05),C6眠剤の使用(r =.217,p <.05),C7日中 ように,それぞれ登校回避感情が生じる対象が明 覚醒困難(r =.223,p <.01)がそれぞれ弱い相関を 確であると言える。しかし,登校嫌悪傾向因子の 示していることから,睡眠の質や効率の悪さ,寝 場合は,学校のどの部分が嫌で行きたくないと感 床に入ってからの寝付けなさ,日中に起きている じたり,居心地が悪いと感じたりするかが明確に ことの困難さ,眠剤の使用が,大学へ行くことに なっておらず,ただ漠然と学校に対して嫌悪感を 対する嫌悪感の高さと若干関連することが示され 示しているものだと考えられる。つまり,PSQI た。この背景には三池(2009)が,朝起きること 尺度が登校嫌悪傾向因子にのみ相関を示すという が困難であったり,昼過ぎまで寝なければならな ことは,睡眠の乱れが漠然とした学校への行き難 かったりするといった異常な生活リズムを示す人 さにのみ関連するものだと考えられる。そして, は,疲労感や易疲労性,そして記銘力の低下のた この漠然とした学校への行き難さこそ情緒的混乱 め勉強が手につかなくなると共に,何が起こって 型の不登校の特徴であることから,睡眠の乱れが いるか自らも理解できない自己矛盾的混乱状態と 情緒的混乱型の不登校傾向に関連することが示唆 なって不登校になると述べるように,睡眠リズム されたと考えられる。よってこれらのことから, が乱れて疲れが生じた結果,自分でも理解不能な “睡眠が乱れている大学生は不登校傾向が高い” 情緒的混乱状態に陥って学校に行きたくなくなる という仮説はある程度支持されたと言える。 という機制が関係していると考えられる。 一方で, 8.大学生の睡眠状況と抑うつ傾向との関連 登校回避感情測定尺度のその他の因子は,PSQI 大学生の睡眠状況と,抑うつ傾向との関連を検 との関連が全く見られていないことから,大学生 討するため,PSQI の総合得点および下位尺度と, の睡眠の乱れは,大学に対する反発感や友人関係 K-six との相関係数を求め,その結果を Table 8 - 13 - 黒川泰貴・石村郁夫 Table.8 PSQI 尺度と K-six との相関係数 K-6 PSQI 総 C1 C2 C3 C4 C5 C6 C7 .494** .373** .308** .148 .143 .373** .338** .432** 注)** 印は p < .01 で有意 ( 両側 ) である。 に示した。相関分析の結果,PSQI の総合得点は どといった,睡眠に関すると適切な知識を身につ K-six との間に r =.494(p <.01)という中程度の正 けておくことが重要であると言える。すなわち, の相関を示していた。このことから,睡眠の状 堀(2008)が述べるように,心理教育を通して科 況が思わしくない大学生は,抑うつ傾向が高く 学的根拠に基づいた睡眠に関する正しい知識を教 なることが明らかになり,谷島(1996)や中村 えることは,睡眠を阻害するような誤った生活習 (2004)と同様な結果が得られた。K-six は PSQI 慣や環境を整え,行動変容を促すための基本とな の下位尺度の中でも,C7日中覚醒困難との間に ると考えられ,大学生が健全な睡眠を獲得するの r =.432(p <.01)という中程度の正の相関が,C1 に大変有効な手段になると思われる。 睡眠の質(r =.373,p <.01) ,C2入眠時間(r =.308, 次に大学生の場合,短眠傾向や自分の睡眠時間 p <.01),C5睡眠困難(r =.373,p <.01),C6眠剤の が足りないと考える傾向があるにもかかわらず, 使用(r =.338,p <.01)との間にそれぞれ弱い相関 朝の授業に合わせて早く起きる必要性があること が示されたことから, 睡眠の質の悪さ, 寝床に入っ を考えると,大学生は睡眠不足の状態で登校して てからの寝付けなさ,中途覚醒,眠剤使用,日中 いることがうかがえ,午前中の授業意欲や活動性 に起きていることの困難さが,大学生の抑うつ傾 の低下,そして低調感などを生じて,学業面への 向の高さと関連することが示唆された。以上のこ 影響を及ぼすことが懸念された。この点に関して とから,大学生の睡眠の乱れが,抑うつ傾向を高 は,大学生の睡眠が,無気力型不登校における授 めることが示されたが,ここでとりわけ C7日中 業意欲の低下および抑うつ傾向との間に関連を示 覚醒困難との間に強い相関が見られることに着目 していたことからも実証され,大学生の睡眠状況 すると,大学での授業中に眠気が生じて居眠りを が大学生の不登校傾向へと結びつくことが示唆さ したり, 授業を欠席や遅刻したりすることにより, れた。卒業するためには単位の修得が不可欠であ 単位や授業,勉強などの学業上において憂鬱を感 る大学生にとって,授業の欠席や遅刻の延長に, じていることも考えられる。そのため,睡眠の乱 再履修や留年という問題が生じてくることを考え れが抑うつを生じさせ,不登校へ至るという経緯 ると,睡眠を改善することで授業に対する意欲の もあり得ると言える。 低下を防いでいくことが大学生活を支える上で大 変重要になると言える。また,竹内他 (2000) が 述べるように,時間的拘束の緩い大学生活から規 総合的考察 則的な就業態勢への移行時に,規則的な生活に適 まず大学生の睡眠の乱れが,その人の生活パ 応できず睡眠問題が生じる危険性があることを考 ターンや睡眠についての考え方,そして生理的現 えると,大学生という時期に何らかの介入によっ 象などに影響を受けることを考えると,大学生が て睡眠の乱れを改善していく必要があると言え 健全な睡眠へ身につけていくためには,睡眠の仕 る。その上,神経過敏がその後のストレス反応を 組みや睡眠が乱れることによって生じる人体への 左右しうることを考えると,睡眠を改善すること 危険,そして睡眠に効果的な活動と有害な活動な は,人間の精神的健康を支える上でも有意義なこ - 14 - 大学生の睡眠状況が不登校傾向に及ぼす影響 とであると思われる。よってこれらのことから, ことは,大学生の不登校傾向を予防するのに有意 大学生の睡眠を改善することは,大学生活を円滑 義なことであるという見解が見出されたが,具体 に送るだけでなく,その後の生活を健全なものに 的な改善方法の実施と,その効果の検討というと する上で重要な役割を担うものであると考えら ころまでは至っていない。よって,今後はより効 れ,堀(2008)が不適切な睡眠に関連する習慣や 果的な睡眠改善方法を選出した上で,介入群と統 誤った睡眠に対する認知などの,不眠症状を維持 制群に対して実施し,その効果を検討していくこ させる要因に焦点を絞ったアプローチが有効であ とが求められると考えられる。 ると述べているように,認知行動的なプログラム などを介してそれを実現することが可能になると (付記)本論文は,黒川が執筆した修士論文を, 後に石村の指導のもとで黒川が加筆・修正したも 思われる。 のです。これに伴い,修士論文時に調査に御協力 をいただきました皆様に心よりお礼申し上げま 研究課題と今後の展望について す。 本研究では,大学生の睡眠実態を把握するため に調査を行ったが,その対象者は,千葉圏内の心 引用文献 理学を専門とする大学生という,1つの大学にお 朝 日 新 聞 (2006). 眠 気 の 損 失, 年 3 兆 5 千 億 円 ナ リ ける1つの学部を対象とするものであった。大学 の偏差値や立地条件,そして学部などによって, 2006年6月8日 朝刊 . Buysee, D.J., Reynolds, C.F. Ⅲ ., Monk, 生活スタイルに違いがあると思われるため,本研 T.H., Berman, S.R., & Kupfer, D.J.(1988). 究では,大学生睡眠状況の一部しか把握できな The Pittsburgh Sleep Quality Index : A new かったと考えらえる。また,学年ごとの度数には instrument for psychiatric practice and ばらつきがあり,3,4年生の数が圧倒的に少ない research. Psychiatry Research , 28, 193-213. ものであった。これらのことから,より大学生の 土井由利子・簔輪眞澄・内山真・大川匡子 (1998). ピッ 睡眠実態の本質を把握するためには,複数の大学 ツバーグ睡眠調査票日本語版の作成 精神科治療学, における複数の学部生を対象にし,各学年の度数 13,755-763. を均等にする必要があり,このような調査が今後 Doi, Y., Minowa, M., & Tango, T(2003). Impact and に求められると言える。 correlates of poor sleep quality in Japanese 更に本研究では講義に出席した大学生139名を white-collar employees. Sleep , 26, 467-471. 対象としたが,これらは普通に大学に登校出来て 古川壽亮・大野裕・宇田英典・中根允文 (2003). 一般 いる学生であるため,睡眠状況や不登校傾向が健 人口中の精神疾患の簡便なスクリーニングに関する 全な範囲にいると思われる。よって,本研究の 研究 平成14年度厚生労働科学研究費補助金 ( 厚生労 結果が,もっと重篤な睡眠状況や不登校傾向を持 働科学特別研究事業 ) 心の健康問題と対策基盤の実 つ人に対して有効であるかは,疑問が残るもので 態に関する研究 研究報告書 . あったと言える。このことから,今後は臨床群と 林光緒・堀忠雄 (1987). 大学生及び高校生の睡眠生活 正常群を対象にした睡眠と不登校傾向の関連を調 習慣の実態調査 広島大学総合科学部紀要Ⅲ,11,53- 査し,両群における効果の違いなども検討するこ 67. とが求められると考えられる。 本多正喜・鈴木庄亮・城田陽子・金子鈴・高橋滋 (1994). 最後に,本研究では,大学生の睡眠を改善する - 15 - 朝型 - 夜型における自覚的健康度に関する研究 民族 黒川泰貴・石村郁夫 鈴木博之・尾崎章子・渋井佳代・関口夏奈子・譚新・ 衛生,60,266-273. 栗山健一・有竹清夏・田ヶ谷浩邦・内山真 (2004). 堀忠雄 (2008). 睡眠心理学とは 堀忠雄 ( 編 ) 睡眠心理 睡眠不足,過眠と心身不調との関連:一般人口にお 学 北大路書房 . ける疫学的検討 精神保健研究所年報,17,122-123. 市 川 宏 伸 (2005). 不 登 校 と 睡 眠 障 害 小 児 看 護,28, 太田賀月恵・太田裕造 (1999). 大学生の「夜型」生活 1479-1483. 川上憲人・原谷隆史・金子哲也・小泉明 (1987). 企業 における体温と健康の関連 保健の科学,41,703-709. 従業員における健康習慣と抑うつ症状の関連性 産業 竹内朋香・犬山牧・石原金由・福田一彦 (2000). 大学 生における睡眠習慣尺度の構成および睡眠パタンの 医学,29,55-63. 分類 教育心理学研究,48,294-305. 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