Comments
Description
Transcript
平成19(2007)年12月発行 - 東京大学アイソトープ総合センター
ISSN 0916-3328 東京大学アイソトープ総合センター VOL. 38 NO. 3 2007. 12. 25 生命科学における放射線の役割 宮 川 清 東京大学では昨年、生命科学ネットワークが設立され、部局の枠を超えた意見交換がよ り積極的に行われるようになりました。これまでも生命科学を構成する各学問領域は独自 の道を歩んで発展をとげてきたわけですが、このような新しいネットワークが求められる ようになった現在、これらの学問領域の発展にはより有機的な複合化も必要になってきて いると考えられます。このような状況において放射線利用の役割も変わりつつあります。 かつての医学、生物学において、アイソトープは微量な分子を検出するために、絶大な る有用性を誇っていました。私自身も1990年前後は利用頻度の高い研究者として本アイ ソトープ総合センターにはたいへんお世話になりました。若い方には信じられないことか もしれませんが、塩基配列の解析のために大きなゲル板を抱えてあの坂道を上り下りした ものです。ところが、このような技術の一部は新しい方法の出現により放射線を必要とし なくなりました。このような意味において、この領域の技術としての利用頻度は国際的に みても抑えられていることは確かです。 その一方で、放射線の生物に対する作用の根幹となる DNA 損傷やその周辺の情報伝達 系の研究は20世紀終わりから今世紀にかけて爆発的に発展をとげています。これらの分 子機構の解析は生命科学の最も注目される領域であり、毎週のように有名な雑誌のトピッ クスとなっています。一見するとこれらの話題の中心は分子間の相互作用や分子の修飾で あり、まさに生化学や細胞生物学の貢献が大きいわけでありますが、一連の情報伝達経路 を広い視野から見ますと、かなりの頻度で放射線の作用と関係することが多いのです。い わば現代の華々しい生命科学の表舞台には出てこなくても、見えないところで欠かすこと のできない役割を果たしているのが放射線の作用と同類のものであるのです。 古くから放射線生物学という領域は存在して、医学における放射線利用の基盤科学の役 割を果たしてきました。しかし、生命科学という広い領域においては、多様な生命現象の 理解において放射線関係の領域はかつて経験することがなかったダイナミックな役割を果 たす必要があると思います。アイソトープ総合センターはこの広い領域の基盤として重要 な役割を果たしています。このセンターに関係する研究者のネットワークが、広い生命科 学のネットワークの中において有機的な連携の基盤として発展することを期待しておりま す。 (大学院医学系研究科教授) 高い放射線耐性をもつ動物「クマムシ」 堀 川 大 樹、國 枝 武 和 1.はじめに 一般に、微生物に比べて多細胞生物は放射線に対する感受性が高い。その理由は、ゲノ ムサイズの大きな生物ほど放射線の影響を受けやすいためとされている 1)。しかし、多細 胞生物の中にも極めて高い放射線耐性を示すものがおり、その代表にクマムシがある。 クマムシは緩歩動物門(Tardigrada)を構成する動物群の総称であり、昆虫などを含む節 足動物門とは異なる分類体系に位置する。クマムシは対の肢を持ち、多くは成体でも体 長が0.1∼1 mmほどである(図1A) 。現在、クマムシの種数は1000以上を数え、その分布 域は世界中に広がっている。また、生息環境は深海から高山に至るまで様々であるが、市 街地の道路上のコケなど身近な場所にも生息している。陸地に生息しているクマムシは、 周囲の水がなくなると体を樽型に収縮させながら脱水し、乾眠 anhydrobiosis とよばれ る無代謝状態に移行する(図1B) 。乾眠状態のクマムシは、体内の水分含量が活動状態時 のおよそ1∼%にまで低下しており 2, 3)、一切の生命活動を示さない。だが、水が与えら れると吸水し、活動を再開できる。これまでに、乾眠状態のクマムシが9年間生きながら えたという記録もある )。 乾眠状態のクマムシにおける大きな特徴として、極限環境に対する耐性があげられる。 例えば、乾眠状態のクマムシは、−273℃から151℃の温度、真空、6000気圧、アルコール などの有機溶媒、他種々のストレスを受けても、水を与えられると活動状態に復帰できる 5) 。放射線に対しては、通常の活動状態でも乾眠状態と同等の耐性能力を持ち、ヒトの致 死線量のおよそ1000倍の5000GyのX線やγ線を照射されても生存できる 3, 6, 7)。 しかし、上記のほとんどの研究では、環境暴露後から最長で3日間までの個体の生存を 観察しただけであり、生存期間(寿命)や繁殖能への影響といった種の存続にとってより 本質的な耐性能力については満足に調査されてこなかった。これは、実験室下でのクマム シの飼育法が大変な労力を要する不安定なもので、継続的な観察が困難であったためと考 えられる。最近、著者らはクマムシの一種、Ramazzottius varieornatus(ヨコヅナクマムシ (新称) )の簡便な継代飼育法を確立することに成功し、実験室内飼育による長期観察を可 能にした。本稿では、X線やγ線に比べて生物学的効果の高いイオンビーム(He)照射が ヨコヅナクマムシの生存期間と繁殖能に与える影響を明らかにした研究成果を紹介する。 図1 (A)活動状態と(B)乾眠状態のヨコヅナクマムシ (スケール=(A)100μm (B)50μm) 3 VOL. 38 NO. 3 2007. 12. 25 2.He イオン照射後のヨコヅナクマムシの生存期間 活動状態および乾眠状態の幼体(7日齢)に対し、500Gyあるいは5000Gyの He イオンを 照射した。照射後、クマムシに蒸留水を与えて培地に移し、25℃で飼育した。観察は、す べての個体が死ぬまで毎日行い、暴露後の生存期間を記録した。500Gyあるいは5000Gy で照射した個体を1日後に観察すると、乾眠状態または活動状態にて照射されたどちらの 場合でも、ほぼすべての個体が生存していた。ところが、最終的な生存日数は、乾眠状 態と活動状態のどちらの場合でも、線量依存的に減少することがわかった(図2A) 。また、 500Gyの照射においては、活動状態の方が有意に生存日数が長かったが、5000Gyの照射で は、逆に乾眠状態の方が有意に長い生存日数を記録した。この原因については、現在のと ころ良く分かっていない。いずれにせよ、乾眠状態でも活動状態でも被照射個体の寿命が 短縮したことから、500Gy 以上の照射は、クマムシに対して正常な生命活動を阻害するよ うな損傷を与えると考えられる。 3.He イオン照射後のヨコヅナクマムシの繁殖能 He イオン照射後の個体を飼育観察し、産卵が見られるかを確認したところ、乾眠状態 の場合では、500Gyと5000Gyの両方の線量で照射された個体から卵が産み落とされていた。 一方、活動状態の場合は、500Gyで照射された個体のみが産卵しているのを確認した。産 み落とされた卵は、いずれの場合においても孵化が見られ、次世代の個体が生じた。しか し、次世代の個体数は、乾眠状態と活動状態のいずれの場合も線量依存的に減少した(図 2B) 。He イオンはクマムシの生殖腺に対し、直接的あるいは間接的に損傷を与えたため、 正常な生殖細胞の形成や胚の発生が阻害されたものと思われる。しかし、ここで注目した いのは、ヨコヅナクマムシが5000Gyもの He イオン照射を受けた後でも次世代の個体を残 したということである。このような高線量のイオンビームを照射された動物が子を残した という報告はこれまでになく、本研究が初めての例である。別種のクマムシであるオニク マムシについても、以前、著者らがγ線照射後の繁殖能を調査し、1000Gy 以上の線量の 照射で完全に不妊化することを報告した 3)。このことから、ヨコヅナクマムシはオニクマ ムシよりも高い放射線耐性を持つことが伺える(放射線などへの耐性の強さがヨコヅナの 名の由来である) 。今回、被照射個体から得られた仔を飼育観察したところ、その次の世代、 つまり孫の世代の個体が生じ、被照射個体の仔は正常な繁殖能を有していることが分かっ た。現在、5000Gyの He イオンを照射された個体から系統を作成しており、この系統がヨ コヅナクマムシの中でもひときわ高い放射線耐性を持つか検討中である。 A B ** 乾眠状態 生存日数 30 ** 20 10 0 8 乾眠状態 7 活動状態 産仔数/1 個体 40 活動状態 6 5 4 3 2 1 0 500 線量(Gy) 5000 0 * 0 500 線量 (Gy) 5000 図2 乾眠状態および活動状態のヨコヅナクマムシへの He イオン照射後の、個 体の生存日数(A)と1個体あたりの産仔数(B)を平均値±標準誤差で示す *、**は統計的に有意な差があることを表す(*p <0.05、**p <0.001) 4.おわりに 放射線照射後の生存期間と繁殖能を耐性の指標とした本研究により、ヨコヅナクマムシ は線量依存的に損傷を受けるものの、多細胞生物としてはきわめて強い放射線耐性を有す ることが明らかになった。通常、高線量の放射線を照射されると DNAの二重鎖切断が生 じる。一方、乾燥ストレスも DNAの二重鎖切断を引き起こすことが知られている 8)。クマ ムシは乾燥しても復活できるため、乾燥により生じた二重鎖切断を修復する能力がもとも と備わっており、これが高い放射線耐性を支える一因になっているものと推定される。現 在、このような修復系を含め、どのようなシステムがクマムシに存在するかを検証するた め、ストレス暴露後の分子の挙動について解析中である。最近、我々は、ヨコヅナクマム シが乾燥ストレス特異的に発現するタンパク質を確認した。近い将来、クマムシの解析か ら、多細胞生物における放射線耐性や乾燥耐性の分子基盤が解明されることが期待される。 最後に、本稿に記載した研究成果の一部は、日本原子力研究開発機構平成18年度黎明 研究から助成を得て、同機構マイクロビーム細胞照射研究グループの協力のもとになされ たものであり、この場を借りて謝意を表する。 参考文献 1 ) A.H. Sparrow, A.G. Underbrink, and R.C. Sparrow, Chromosomes and cellular radiosensitivity. Radiation Research 32, 915-95 (1967). 2 ) J.H. Crowe, Evaporative water loss by tardigrades under controlled relative humidity. Biological Bulletin 142, 07-16 (1972). 3 ) D.D. Horikawa, T. Sakashita, C. Katagiri, M. Watanabe, T. Kikawada, Y. Nakahara, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama, S. Higashi, Y. Kobayashi, T. Okuda, and M. Kuwabara, Radiation tolerance in the tardigrade Milnesium tardigradum. International Journal of Radiation Biology 82, 83-88 (2006). ) R. Guidetti, and K.I. Jönsson, Long-term anhydrobiotic survival in semi-terrestrial micrometazoans. Journal of Zoology 257, 181-187 (2002). 5 ) J.C. Wright, Cr yptobiosis 300 years on from van Leuenhoek: what have we learned about tardigrades? Zoologischer Anzeiger 240, 563-582 (2001). 6 ) R.M. May, M. Maria, and M.J. Guimard, Action différentielle des rayons x et ultraviolets sur le tardigrade Macrobiotus areolatus, a l’ état actif et desséché. Bulletin Biologique de la France et de la Belgique 98, 39-367 (196). 7 ) K.I. Jönsson, M. Harms-Ringdahl, and J. Torudd, Radiation tolerance in the eutardigrade Richtersius coronifer. International Journal of Radiation Biology 81, 69-656 (2005). 8 ) V. Mattimore, and J.R. Battista, Radioresistance of Deinococcus radiodurans: functions necessary to survive ionizing radiation are also necessary to survive prolonged desiccation. Journal of Bacteriology 178, 633-637 (1996). (大学院理学系研究科生物科学専攻) VOL. 38 NO. 3 2007. 12. 25 大気中の放射性鉛同位体濃度の変動要因 小 池 裕 也 1.はじめに 大気中には天然起源の放射性同位体として、ウラン及びトリウム系列の壊変生成物であ るラドン(Rn)や鉛(Pb) 、ビスマス(Bi) 、ポロニウム(Po)の同位体が存在する。これら の同位体の大気中における存在は、地殻中に含まれるラジウム同位体 226Ra(ウラン系列) と 22Ra(トリウム系列)のアルファ壊変により生まれる 222Rn 及び 220Rnが、気体元素ラド ンの同位体であり、壊変の際にはじき出される効果によって土壌中に散逸し、その一部が 土壌と大気との間の圧力差で大気中に放出されることに起因する(図1) 。放出されたラド ン同位体は壊変を続け娘生成物となり、エアロゾルに付着して大気中に浮遊する。した がって、ラドン同位体(222Rn, 220 Rn)とそれらの娘生成物は、大気中の至る所に存在して いる。これらの壊変生成物は、地質学的研究や大気研究のトレーサー研究等に利用されて おり、大気中の放射性鉛同位体(210Pb, 21 Pb, 212 Pb)の観測もその一つである。大気中の放 射性鉛同位体はエアロゾルとその動態を共にしているため、その濃度は、いくつかの変動 要因に従って様々な濃度分布(水平分布、高度分布)や時間変動(日変動、季節変動)を示 すことが報告されている 1)。 210 Po ᄢ᳇ ャㅍ 138.4 d 䉣䉝䊨䉹䊦 䉣䉝䊨䉹䊦 (0.002 – 100 Pm) Bi 210 5.013 d 210 ઃ⌕ Pb 22.3 y 212 214 Po 208 0.298 Ps Po 164 Ps Tl 3.05 min Bi 212 60.6 min Bi Pb 216 Po 䉡䉤䉾䉲䊠䉝䉡䊃 27 min 0.145 s 218 Po 3.11 min Rn Rn 222 3.824 d 220 ੇᕈᴉ⌕ 55.6 s ᳇⁁ 㒠ਅ Pb 10.64 h 214 䊧䉟䊮䉝䉡䊃 212 䉡䉤䉾䉲䊠䉝䉡䊃 + 䊧䉟䊮䉝䉡䊃 ᢔ 214 19.9 min Ḩᕈᴉ⌕ Ra 226 Ra 224 1.6㬍103 y 3.62 d U 232 238 䉡䊤䊮♽ 4.5㬍109 y 䊃䊥䉡䊛♽ Th 1.4㬍1010 y ფ 図1 大気環境中の放射性鉛同位体に係わる放射性核種の動態模式図 㜞ᵹ㊂ᄢ᳇㓸ⵝ⟎ SHIBATA,ȱHVCȬ500 ᵹㅦ :ȱ0.6ȱm3/minȱ 45ȱmm 39ȱmm ⹜ᢱኈེ ࠟࠬ❫⛽ࡈࠖ࡞࠲ (38ȱmmǾ)4 57.75ȱ% 㓸㕙Ⓧ (100ȱmmǾ) 38ȱmm ࠟࠬ❫⛽ࡈࠖ࡞࠲ (100ȱmmǾ) ToyoȱGBȬ100R ࡑࠗ⤑ 㕖⎕უ ǫ ✢ࠬࡍࠢ࠻ࡠࡔ࠻ 図2 大気捕集装置及び実験操作 本研究では、図2に示すように高流量大気捕集装置により神奈川県川崎市明治大学生田 校舎理工学部1号館階の西側外階段踊り場(35°36'N, 139°31'E)で捕集した大気浮遊粉塵 試料を非破壊γ線スペクトロメトリーにより継続的に分析し、大気中の放射性鉛同位体の 観測を続けてきた。ここでは、その観測データより得られた濃度変動要因を紹介する。 2.大気環境中のエアロゾルと放射性核種 大気中の放射性同位体には、天然起源のものと人工起源のものがある 2)。天然起源の放 射性同位体には、地表面から空気中に散逸したものと、成層圏で酸素や窒素と宇宙線との 核破砕反応によって生成した 7Beなどがある。他方、人工起源の放射性同位体は、大気圏 内の核爆発実験で生成した核種のほかに、原子力施設から放出された核種、および事故等 によって放出された核種である。これらの核種は、対流圏と成層圏のいずれか、あるいは 両方に存在しているが、それらの核種の間に粒径や化学形の違い等があるため、それらの 挙動は著しく異なっている。 大気中の 210Pb(半減期:22.3年) 、21Pb(半減期:27分)と 212Pb(半減期:10.6時間)はそ れぞれ地殻から放出された 222Rn(半減期:3.82日)と 220Rn(半減期:55.6秒)の放射壊変で 生じ、主に粒径1 μm 以下のエアロゾルに付着して存在している 3)。大気中エアロゾルは 重力降下や慣性衝突により除去される乾性沈着と降水により除去される湿性沈着という形 で地表に移行する。湿性沈着には、雲の生成・成長過程で雲に取り込まれ雨として地表に 移行するレインアウトと、大気中の雨滴や雪片に捕捉され地表に移行するウォッシュアウ トの2つがあり、エアロゾルは主に湿性沈着により大気中から除去される。 3.大気中の 210Pb 及び 212Pb 濃度の季節変動 大気浮遊粉塵を一週間毎に2時間捕集し、γ線スペクトロメーターの計数値から 210Pb と 212Pbの大気中濃度を計算した。2000年から2006年までの計測により得られた大気中濃 度を月ごとに平均して計算した月平均濃度よ り作成した 210Pb 及び 212Pb 濃度の変動を図3 に示す。 大気中 210Pbの月平均濃度は0.2∼2.0 mBq・ m−3 で、春季と秋季に濃度が増大する「二山 型」の季節変動が観測された(図3) 。本研究 の観測地点と同じ太平洋側であるつくば市で も二山型の季節変動が観測されている )。一 方、中国大陸内陸部の3都市、ウルムチ、蘭 州、包頭での観測の結果では、210Pbの月平 均濃度は0.3∼.6 mBq/m3 で、夏季は川崎市 と同程度であるが、冬季には約10倍となり、 冬季に高濃度となる一山型の季節変動を示し 5) た 。中国大陸内陸部における冬季の高濃度 の 210Pbは、季節風により日本に運ばれた場 合、飛騨山脈などの脊梁山脈の影響により日 212 210 212Pb 210Pb ᄢ᳇ਛߩ Concentration ofỚᐲ Pb / mBq 䊶m-3 ᄢ᳇ਛߩ Concentration ofỚᐲ Pb / mBq 䊶m-3 VOL. 38 NO. 3 2007. 12. 25 2 1 ̪ 0 100 50 0 本海側で多く降下するため、太平洋側の大気 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 Month ᷹ⷰᐕ 中 210Pb 濃度への寄与は小さいと考えられる。 図3 川崎市における2000年から2006年まで 成層圏で酸素や窒素と宇宙線との核破砕反応 7 によって生成する Beの観測等から、日本の 上空では春季及び秋季に移動性高気圧等の働 の 210Pb 及び 212Pb 濃度の変動 ※2003年月 ∼200年3月 の 210Pb 濃 度 に つ いては、短半減期核種観測による捕集時間 変更のため観測データなし きにより、成層圏にある物質が対流圏に降下 する現象が起きていることが知られている )。太平洋側地域の二山型の季節変動パターン は、成層圏に移送され滞留している 210Pbが春季及び秋季に対流圏に降下して地表付近の 濃度が上昇することに起因すると考えられる。 図3からわかるように、大気中 212Pbの月平均濃度は20∼85 mBq・m−3 で、夏季に濃度が 低く冬季に濃度が高い「一山型」の変動をとる傾向が見られ、短寿命核種である 212Pbの大 気中濃度は、長寿命核種の 210Pbと異なる季節変動を示している。この季節変動には、冬 季においては逆転層持続時間が夏季より長時間続き、地表付近の大気と上層大気の混合 が起きず、その結果冬季は夏季と比較して地表付近における 212Pb 濃度が高くなることが 関係していると考えられる。また、大気中の 212Pbが陸起源であるため、太平洋上の海洋 性気団を送り込む南よりの風で大気中の濃度は低下し、一方、日本内陸部からの西よりの 風で濃度が上昇する傾向が見られている。強い風の日にも濃度の低下が見られたが、これ は地表付近の空気が擾乱を受けたことに起因している可能性がある。半減期が短い 212Pb の濃度変化は観測地点付近の限られた範囲の地質学的背景や土壌の状態及び気象条件の影 響を受ける。特に夏季の気圧配置による観測地点への海洋性大気の移動や降水量の増加と いった気象条件の変化の寄与が大きいと考えられる。 イレギュラーな事象として、ごく近い地点での火山活動であれば、放射性鉛同位体濃度 に十分に影響を及ぼすことがわかっている。2000年8月30日に観測された 212Pb 濃度の一 時的な上昇は、二酸化硫黄の濃度変動および夏季の太平洋高気圧による南よりの風の影響 から三宅島火山活動に 6)、200年9月1日と17日に観測された大気中の 210Pbと 212Pb 濃度の 一時的上昇が浅間山の噴火に由来するものであると推定された 7)。 4.おわりに 大気中の放射性鉛同位体濃度の変動要因として、大気の移動・混合及び安定性、気団の 過去の経過、観測地点付近の気象及び地理が挙げられる。連続観測の結果より、風速、風 向き、大気安定度、降雨などの気象条件と大気中の放射性鉛同位体濃度の変動を関連づけ た。気象と放射性鉛同位体の観測値とは不可分の関係にあると考えられる。今後は、モデ ル等との比較検討を行うことで、放射性鉛同位体が大気動態解析の一つのツールになるこ とを期待している。 参考文献 1 ) 小池裕也、小佐古敏荘、Radioisotopes, 55, 205-215 (2006). 2 ) 下 道國、エアロゾル研究 , 10, 26 (1995). 3 ) J. Porstendörfer, J. Aerosol Sci., 25, 219-263 (199). ) J. Sato, T. Doi, T. Segawa, and S. Sugawara, Geochem. J., 28, 123-129 (199). 5 ) 土井妙子、佐藤純、Radioisotopes, 44, 701-709 (1995). 6 ) Y. Koike, T. Doi, T. Saito, T. Nakamura, and J. Sato, Radioisotopes, 50, 398-02 (2001). 7 ) K. Kukita, Y. Koike, T. Saito, T. Nakamura, and J. Sato, Radioisotopes, 54, 73-78 (2005). (アイソトープ総合センター) 野川憲夫助教の文部科学大臣賞 (放射線安全管理功労者表彰)受賞をお祝いして 平成19年度の放射線安全管理功労者表彰に、アイ ソトープ総合センター放射線管理部門の野川憲夫助教 が選ばれ、11月8日(木)に文部科学大臣賞の授賞式が 行われました。この表彰は、多年にわたり放射線の安 全管理に従事し、その安全管理に尽力した個人又は事 業所に対してなされるものです。 野川助教は、昭和6年本センターに文部技官とし て採用され、平成7年助手(平成19年度から職名変更 により助教)に昇任、現在に至っています。この間、 大量のトリチウム及び放射性ヨウ素の安全取扱法を確 立しました。また、 昭和58年には放射線取扱主任者 (廃 棄の業)に選任され、液体シンチレータ廃液用焼却法 の改善及び焼却炉の性能向上に努め、本学の放射線施 設で発生する大量の液体シンチレータ廃液を円滑に焼 却処分し、放射線障害防止法及び消防法上の安全管理に尽力しました。 VOL. 38 NO. 3 2007. 12. 25 この度、野川助教の永年のご功労が認められ表彰されたことはたいへん喜ばしく、セン ター職員一同心よりお祝い申し上げます。更にこの受賞は、本センターにとっても名誉で あり、大きな励ましとなります。アイソトープ総合センターは今後とも放射線安全管理の 一層の充実に努めることを誓うものです。 (アイソトープ総合センター) ●センター日誌 ○平成19年10月18日∼19日 平成19年度放射性同位元素等取扱施設安全管理担当教職 員研修(於・東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトー プセンター) ○教育訓練の実施 平成19年10月 9 日、11日 新規放射線取扱者講習会第136回 R I コース(A) 10月 9 日、12日 新規放射線取扱者講習会第136回 R I コース(B) 10月10日、11日 新規放射線取扱者講習会第17回英語 RI コース(A) 10月10日、12日 新規放射線取扱者講習会第17回英語 RI コース(B) 11月20日 新規放射線取扱者講習会第105回X線コース 11月27日、28日 新規放射線取扱者講習会第137回 RI コース 10月 2 日∼ 5 日 理学部生物化学科学生実習 10月23日∼31日 薬学部学生実習 (武田先端知ビル303号室で実施) (武田先端知ビル303号室及び医学部放射線施設で実施) ●委員会だより ○平成19年度第11回放射線・安全衛生管理委員会 平成19年10月 3 日(水)開催 ○平成19年度第12回放射線・安全衛生管理委員会 平成19年10月2日(水)開催 ○センターニュース編集委員会 平成19年11月 1 日(木)開催 ○平成19年度第13回放射線・安全衛生管理委員会 平成19年11月 7 日(水)開催 ○平成19年度第1回放射線・安全衛生管理委員会 平成19年11月21日(水)開催 ○平成19年度第15回放射線・安全衛生管理委員会 平成19年12月 5 日(水)開催 ○第115回運営委員会 平成19年12月17日(月)開催 ○平成19年度第16回放射線・安全衛生管理委員会 平成19年12月19日(水)開催 ●アイソトープ総合センター運営委員会名簿(平成19年月1日∼平成21年3月31日:Vol. 38, No. 1に掲載)のうち、平成19年度センター担当総長補佐が、前期担当だった難波成 任教授(農学生命科学研究科)から、後期担当の光石 衛教授(工学系研究科)に交代さ れた。 10 東京大学アイソトープ総合センターニュース 目 次 巻頭言 生命科学における放射線の役割……………………………………………宮川 清 1 研究紹介 高い放射線耐性をもつ動物「クマムシ」…………………堀川 大樹・國枝 武和 2 大気中の放射性鉛同位体濃度の変動要因…………………………………小池 裕也 5 TOPICS 野川憲夫助教の文部科学大臣賞(放射線安全管理功労者表彰)受賞をお祝いして ………………………………………………………………………………………… 8 センター日誌…………………………………………………………………………………… 9 委員会だより…………………………………………………………………………………… 9 編集後記 私の前任者である、森岡正名アイソトープ総合センター化学部門元助手が8月 11日に亡くなられました。食道がんのため、62歳という若さでした。1999年のセ ンターニュース第3号のこの欄を、森岡さんが書かれています。私はその年に初 めてお会いしたのですが、その文章は今もなお強く印象に残っており、森岡さん のお人柄を如実に表していると思っています。要約すると、 「緑の少ない浅野地 区にある当センターの玄関脇に生垣ができ、狭い土地が落ち着いた雰囲気になっ た。まだ隙間だらけだが、数年後には中庭を緑が囲むしゃれたスペースになるだ ろう。アフターファイブにその場所で、ビールを飲みながら事故の記事など載っ ていないセンターニュースを眺める。何と、つつましくもささやかな優雅さだろ う」という内容です。その文章通り、現在そこは立派な中庭になり、夏にはバー ベキューが楽しめます。森岡さんはまさに、紳士という言葉が似合う方でした。 さて、当センターは現在、耐震改修工事中です。そのため、我々スタッフは工 学部9号館、10号館、武田先端知ビルに分かれて一時移転し、この冬を過ごして います。 「しゃれたスペース」も今は工事用の仮柵に囲まれて立ち入ることができ ません。さらには、耐震補強のための筋交いの増設により狭くなると思われます が、新しくなったセンターに帰る春の日を待ち遠しく思います。 (桧垣 正吾) 東京大学アイソトープ総合センターニュース VOL. 38 NO. 3 2007年12月25日発行 編集発行人 佐藤隆雄 〒113-0032 東京都文京区弥生二丁目11番16号 東京大学アイソトープ総合センター 03(581)2881 ホームページ http://www.ric.u-tokyo.ac.jp/