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国際比較の中の日本の高齢者福祉政策の特徴

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国際比較の中の日本の高齢者福祉政策の特徴
国際比較の中の日本の高齢者福祉政策の特徴
田 中 里 美
本稿は、Julia Lynch『福祉国家における年齢』(原題、
)の議論
を追いながら、日本の社会政策における高齢者福祉政策の位置づけを国際比較の視点か
ら捉える試みである。近年、人々が自立した生活を営むために重要な存在であった労働
市場と家族は変化し、福祉国家への期待がますます高まっている。しかし先進各国の社
会政策は、一人の人間が人生の各局面で直面するリスクへの対応について見ると、それ
ぞれ独特の「年齢指向」を持っている。リンチはこの違いを、1900年前後に選ばれた社
会政策の基本路線(市民権ベースか職業ベースか)、および、それぞれの国の政治競争の様
式(制度化された競争か個別主義的な競争か)から説明する。社会支出に占める高齢者向け
政策の割合を見ると、日本はアメリカと並んで世界で最も高齢者を優遇するグループに
分類される。これは、職業ベースで組み立てられた社会政策を、個別主義的な政治競争
が補強した結果と説明される。日本の社会政策の高齢者偏重の性格は1990年代にさらに
強化されている。
キーワード:国際比較研究、社会政策、年齢指向指数
はじめに
本稿は日本の高齢者福祉政策の位置づけを国際比較の視点から捉える試みである。といっても、
日本の年金制度や介護保険制度といった高齢者の所得保障、社会サービスなど福祉に関わる特定の
制度に関して特定の国のそれとの比較を行おうとするものではない。それぞれの国の社会支出全体
の中で、高齢者福祉政策が他の年齢層に向けた政策と比べてどれほどの比重を占めるかが本稿の関
心の対象である。それは翻って、高齢者以外、すなわち若者や母子などに向けた政策の現状を問う
ことになる。福祉国家の生活保障の機能の対象は、高齢者や母子に限らず、職を失う成人男子に及
んでいる。現時点で高齢者の福祉が社会支出においてどの程度の割合を占めているか、なぜそのよ
うな現状に至ったかを理解しておくことは、福祉国家に新たに寄せられるようになった期待に対し
て、現行の福祉国家がどの程度対応可能かを知る上で重要である。
あらためて考えてみると、高齢者、若者、母子、そして失業者は、労働市場と直接つながること
なく生活を営む存在である。これらは、市場につながる成人男子と家族を構成することでその生活
を成り立たせうる。しかし現在、日本を含む世界の先進国で、家族および雇用が不安定化し、福祉
国家に寄せられる期待が大きくなっている(宮本 2002、本田・内藤・後藤 2006、湯浅 2008、宮本・岩
上・山田 2004、山田 1999)。福祉国家が、高齢者、若者、母子、そして失業者に対して、どのような
保障を用意しているのか、われわれは今、その生活保障の機能をあらためて問い直す必要がある。
〈現代社会学 10〉
75
福祉国家の国際比較研究においていまや古典になった『福祉資本主義の三つの世界』の中で、
エスピン - アンデルセンは次のように指摘している。
家族、社会階層、社会組織に関する社会学の文献に通じている者、また、労働市場に関する文献
を研究した者は、そこに福祉国家の分析が欠落していることに気付くだろう。しかし、現代のス
カンディナヴィアや西ヨーロッパ、あるいは北アメリカにおいてすら、福祉国家は、実質的にす
べての市民の日常経験の中に深く埋め込まれるようになっている。わたしたちの個人的な生活は
福祉国家によって構造化されており、このことはまた、政治経済全体についても言える。福祉国
家の規模と中心性を考えれば、これをモデルに組み込まないで現代社会について多くを理解する
ことなど全くできそうにもない(Esping‐Andersen 1990:141)。
この指摘から二十年近く経った現在、上記のような社会の変化を受け、日本でも、政治学に留
まらず社会学を含む社会科学諸領域で、人々の日常経験を、福祉国家としての日本の特徴と結び
つけてみようとする研究が徐々に増えてきた(たとえば岩波書店2006、大沢 2007、2008、社会政策学会
2008)
。本稿でもこの関心を共有し、高齢者、母子、若者といった異なるライフステージにある人々
の生活が、現在、福祉国家によっていかに構造化されているのか、理解を試みる。
その際に手がかりとするのはジュリア・リンチの議論である(Julia Lynch 2006)。リンチは先進
各国の社会政策が、必ずしも人生の各段階のリスクに対して平等に分配されていないこと、すなわ
ち独特の「年齢指向」(age orientation)を、それぞれの社会プログラムの構造、政治競争のパター
ンを背景としながら持っていることに注目している。
以下、まず、リンチの ENSR 指標(Elderly/Non-elderly Spending Ratio)による各国の福祉国家の
分類を見た後、ここに至る歴史的経緯の説明を確認する。これらの議論の中で日本の社会政策にお
ける年齢指向を見ていく。そして現行のパターンが変化する可能性について展望する。結論を先取
りして言えば、国際比較データの中で、日本の社会政策における高齢者重視の傾向は明らかであり、
歴史的にその根は深く、近年さらにそれが強化されている。つまり、母子や若者そして失業者に対
する保障は手薄なのが現状であると言える。
年齢指向による福祉国家の分類∼ ENSR 指標
ベンジャミン・シーボーム・ラウントリーがヨークの悉皆調査を通して明らかにしたように
(Rowntree 1901)
、人の一生には富裕な時期と貧困の時期が周期をなしてやってくる(図
)。現在、
国民の生涯を通じてその生活を保障することは、各国の福祉政策の基本的な約束となっている。と
はいってもそれぞれの福祉国家は、すべてのライフステージにおけるリスクに対して、まんべんな
く支援を供給しているわけではない。各国の福祉政策は、若い親を支援するのか、高齢者を支援す
るのかに関して異なった傾向を持っている。
76 〈現代社会学 10〉
図
貧困曲線
出典:森岡清美・望月嵩共著、1983、『新しい家族社会学』、培風館:67、図7-1
リンチは、階層差、職業差、性差に関心を持ってきた福祉国家の従来の研究を離れ、各国の社会
政策は年齢の視点からどのように特徴づけられるか、そして、なぜこのような違いが生じたのか、
異なる年齢指向の生成と維持のメカニズムの解明を試みる。
各国の社会政策に見られる年齢指向の違いに注目する背景には、高齢化という人口動向、男性稼
得者モデルが崩壊した労働市場、そして、長らく市場や国家によっては満たされない要求に応える
ことを期待されてきた家族も、女性の家庭外労働の増加、離婚、出産行動の変化などによって対応
能力を減じられ、新たな限界に達しているという現状認識がある。こうした現代社会の社会経済的
条件の変化によって、各ライフステージと結び付けられたリスクを福祉国家がいかにカバーするか
がこれまで以上に重要になってきているのである。
労働市場および家族の変化は、第二次世界大戦後に確立された政治経済秩序に影響を与えている。
変わってしまった人口、社会、経済的環境に、福祉国家の諸制度はどう反応するのか。古い社会政
策は、新しいリスクに対処しようとする人々をうまく衝撃から守りえるのか。政治的スポンサーは、
既得権を維持しようとする有権者と、新しいニーズに応えようとする有権者という両方向からのプ
レッシャーにうまく答えられるのか。リンチによれば、このチャレンジに対する成否の鍵を握るの
が福祉国家の年齢指向である。
注意しておかなければならないのは、リンチは各国の社会政策の年齢指向に注目するものの、い
わゆる世代間の公平(もしくは不公平)の事実そのものに関心があるわけではないということであ
る。彼女は、福祉国家の異なる年齢集団に対する対応は、個々人の、労働市場、家族組織、投資、
貯蓄戦略に関する決断に重要な影響を与えるからこそ、理解を試みる価値があるという(Lynch2006:
2-3)。
さて、OECD 諸国の高齢者向けの支出の合計(年金および高齢者向けサービスの合計)の、非高齢
者向けの支出合計(失業手当、労働市場政策、家族手当、家族向けサービスの合計) に対する比率を、
1985年から2000年までの平均で見てみよう(図 )。すると、65歳以上の人口(もしくは正式な退職
後人口)に対する支出の比重と、
労働年齢にある大人と子どもに対する比率が国ごとに大きく異なっ
ていることがわかる。日本とアメリカがもっとも高齢者偏重の社会政策を作り上げており、デンマー
クがもっともこうした傾向が少ない(1)。
〈現代社会学 10〉
77
図
高齢者/非高齢者支出比(Elderly/Non-elderly Spending Ratio, or ENSR)。
1985-2000年の平均。OECD のデータより
出典:Lynch 2006: 5
世界の福祉国家は年齢指向の観点から眺めると、エスピン - アンデルセンの「福祉資本主義の三
つの世界」とは異なったグループに分割される。エスピン - アンデルセンの分類では、労働市場か
らの自由を福祉国家がいかに保障するかという脱商品化指標(2)が用いられたが、これと ENSR と
の対応の欠如は、図
に示されるとおりである。
OECD20ヶ国中、高齢者の優先度が最も低い国々は、エスピン - アンデルセンの自由主義、保守
(3)
- コーポラティストと社会民主主義レジームのミックスになっている
。そして、エスピン - アンデ
ルセンが自由主義に分類した日本とアメリカが明らかに最も高齢者に対する優先度が高い国となっ
ている。一方、保守 - コーポラティストは、比較的若者を優遇している国から高齢者を優遇する国
までほとんどどの分類にも登場する(図 )。
図
年齢指向と脱商品化指標
出典:Lynch 2006 : 6 78 〈現代社会学 10〉
プログラム構造
市民権ベース
年
高
齢
者
優
先
性
最
大
職業ベース
日本
アメリカ
イタリア
ギリシャ
ポルトガル
オーストリア
ドイツ
スペイン
カナダ
フランス
指
図4
齢
向
混合
高
齢
者
優
先
性
最
少
ニュージーランド
イギリス
オランダ
ノルウェー
オーストラリア
フィンランド
ベルギー
アイルランド
スウェーデン
デンマーク
福祉国家における高齢者福祉政策の位置
図
福祉国家における高齢者福祉政策の位置
出典:Lynch
2006: 59
出典:Lynch 2006 : 59
それはまた、当該国の人口高齢化とは関係がなく(図 )、一人あたり GNP とも関係がない(図 )。
図
年齢指向と高齢化率 図
出典:Lynch 2006 : 7
年齢指向と一人当たり GDP
出典:Lynch 2006 : 7
〈現代社会学 10〉
79
歴史的経緯∼異なった年齢指向の福祉国家が生まれるに至った経緯
福祉国家の間に見られる年齢指向の違いを説明するには、福祉国家の違いに対して通常提示され
る理由、すなわち福祉国家の経済的環境、社会支出のレベル、高齢者人口の規模、そして社会民主
党やキリスト教民主党等の政治権力、福祉国家の有権者としての高齢市民の影響(gray-power)、ラ
イフコースを通じての再分配に関するイデオロギー等は適切ではない。これらは、なぜある国が高
齢者あるいは子どもに、その他の年齢層の人よりも多くの資源を配分するのか、その理由について
ほとんど教えてくれない。
高齢者と若者の扱いを極めて異にする年齢指向を持った福祉国家の成立は、その大部分が、20世
紀初頭に制定された福祉国家プログラム(welfare state programs)の構造(職業ベースか市民権ベースか)
と政治競争に支配的な様式(個別主義的かプログラム的か)の意図せざる結果である。
20世紀前半、市民権ベースの福祉レジームか職業ベースの福祉レジームかという非常に異なった
ロジックにしたがって組織された福祉国家の二つのグループが生まれた。その分岐は、近代国家が
産業化から起こる新しい社会的政治的問題と格闘するとき生まれた。
北欧や英国連邦といった市民権ベースのレジームを採用した国では、国の福祉支出は、既存の労
働組合の私的で相互扶助的な職業手当てではカバーされない人が直面しがちなリスクに焦点をあわ
せ、これを補完するよう整えられた。こうした福祉レジームは、私的な保障の間隙を埋め、子ども、
女性、年金の無い高齢者のために給付・手当てを支給した。市民権ベースのレジームは、母子、そ
して労働市場に弱いつながりしか持たない人のための補償的社会手当等といった若者指向の福祉国
家へと後に発展するプログラムの種子を持っていたと言える。
より高齢者優先になっていった国々では、19世紀末の労働運動が、国に対して自律的な社会保険
の管理を放棄し、職業ベースのプログラムの枠組の上に公的な社会保険プログラムが作られた。私
的で職業ベースの社会保険を国が運営するプログラムへと変換することによって、労働市場に密接
な紐帯を持つ人々のニーズにほとんど完全に焦点を当てる公的福祉手当が作り上げられた。これら
の国では、労働市場の外側に存在する集団のための社会的保護は、国でないアクター、主に家族、
そして慈善によるものにとどめられた。こうして労働市場の中心にいる人々を保護するための費用
が国によって支払われ、1970年代、1980年代に中心的な労働力が劇的に年を取るにつれて、ほとん
どの大陸ヨーロッパ、アメリカ、日本で、高齢者優先の福祉支出のための足場が築かれた。
このように、初期の福祉国家プログラムの構造は、公的な福祉プログラムによって保障される人
口(労働市場のインサイダーとアウトイダー)に影響を与える。最初に何を選んだかが後々まで重要で
あり、1980年代と1990年代に最も高齢者を優遇する社会支出を示していた国々、ギリシャ、日本、
イタリア、アメリカ、スペイン、オーストリアは、職業ベースの社会プログラム(social program)を持っ
て第二次世界大戦に突入し、それ以降(もしくはごく最近になるまで)、市民権ベースの手当てを全
く持っていなかった。
二度目の分水嶺は、第二次世界大戦前後の何十年かに起こった。そして福祉国家レジームの構造
に、より多様なバリエーションが導入された。第二次世界大戦中そして戦争直後、職業ベースの福
祉国家を形成していたほとんどの国は、イギリスにまず導入された市民権ベースのベバリッジモデ
ルを注意深く検討したが、実際には、ほんの一握りの国を除いてこれを採用することはなかった。
ある国はこれに成功し、子ども、女性、その他労働市場に弱いつながりしか持たない人への適用を
80 〈現代社会学 10〉
する市民権ベースのやり方を導入した。他の国はしかし、これを導入しなかった。そして引き続き、
年を取っていく中心的な労働力、職業ごとに分割された年金によって暮らす人々への支出を増やし、
その他の人口には最低限の適用しかしなかった。
この第二の分水嶺でのプログラムの分岐は、それぞれの国に広がった、異なるモードの政治競争
によって特徴づけられる。政治家が選挙のための争点として政治家同士の競争に、社会手当てや他
の政策、すなわち課税や労働市場政策といった社会プログラムを、どのような方法で用いたかによっ
てプログラムは再強化されていった。政党システムの政治競争の性格は、第二次世界大戦後の福祉
国家プログラムの発達に影響を与え、高齢者優先の職業ベースの福祉レジームが、より若者を優遇
する市民権ベースのプログラムを加えることで軌道を修正することが出来るかどうかを決定したの
である。例えば、個別主義的および利益誘導型政治の環境において政治家達が争っている国では、
職業を横断した連帯が見られないプログラム構造は、政治家のために非常に良い資源を提供してい
る。一方、政治競争がまずプログラム化された様式で行われる国では、市民権ベースのプログラム
を導入するのが容易である。なぜなら政治家は、自営業の有権者を潤すために税制度を掘り崩した
りしようとはしないからである(図 )。
第一次大分岐(1900 年頃)
市民権ベースの福祉レジーム
職業ベースの福祉レジーム
第二次大分岐(第二次世界大戦前後)
プログラム化された競争
個別主義的競争
普遍主義的、ミーンズテストシステム
混合システム
職業ベースのシステム
スウェーデン、デンマーク、ノルウェー
ドイツ、フランス
イタリア、ギリシャ、スペイン
フィンランド
オランダ、ルクセンブルク
オーストリア、ベルギー
イギリス、アイルランド、カナダ、
ポルトガル
アメリカ、日本
オーストラリア、ニュージーランド
高齢者優先性最少
高齢者優先性最大
図 7 福祉国家形成の分岐点
図
福祉国家形成の分岐点
出典:Lynch
2006 : 57
出典:Lynch 2006: 57
〈現代社会学 10〉
81
1930年代に普遍主義的なプログラムを採用しなかった国々は、1960年代を通して、個別主義的な
政治競争の様式を共有していた。それは実質的な普遍主義的なプログラムの発展の道を閉ざしてい
る。そして、非常に穴だらけの社会保障プログラムが、利益誘導型(clientelist)の政治家のための
資源を供給し続け、また、政治的に利益誘導的であることのコストをあいまいにし続け、自己強化
的なサイクルの個別主義的な政治、職業ごとにばらばらな福祉プログラム、そして高齢者優先性の
強い支出をもたらすことになったのである(Lynch 2006 : 10-12, 41-)。
年齢指向は変化するか
さてそれでは、長い間確立されてきた福祉国家の年齢指向の変化に寄与するのはどのような環境
か。社会プログラムが組織化される方法、もしくは政治家の競争的な行為における変化に、何か外
的な力が働けば、年齢指向にドラマチックな変化を刻む、新しくて重要な転換点が生じるだろう。
そうした力は、一方が他方から独立して変化することを許し、両者の相互に緊密な関係を解くだろ
う。<利益誘導型の政治競争と職業ベースの社会プログラム>、<プログラム化された政治競争と
普遍主義を元にした社会プログラム>という、政治競争の形式と社会プログラムの構造間の相互強
化関係が壊れるのである。
理論的に言えば大変動や新たな深刻な転換点を待たねばならないということはない。1990年代に
見られた年齢指向が、広い意味で当該社会の人口と労働市場に「適合的」なものだとすれば、人口
学的、経済的変化によっても年齢指向は変わるはずである。ただ、現実に目をやれば、1990年代、
デンマークやフィンランドといった若者優先の国はもっと若者優先になり、日本やアメリカといっ
た高齢者優先の国はもっと高齢者優先になっている(Lynch 2006 : 195-197)。
おわりに
本稿ではリンチの議論を手がかりに、多国間比較の中で日本の高齢者福祉の特徴を見てきた。リ
ンチの議論の特徴は、従来の福祉国家研究が注目してきた階級や性差にではなく、年齢に注目して
社会支出の配分を見た点にあった。まず、年齢指向の指標によると、日本の社会政策は世界の中で
高齢者優先性が最も強いグループに分類されることを確認し、次に、異なった年齢指向が各国の社
会政策に定着するに至った背景について、リンチの経路依存、制度論的説明枠組による説明を見た。
社会政策に関する知の産出が、社会政策をコントロールする主体に対して、政策選択のための
選択肢を提供する、もしくはそのための議論の基礎を提供するという目的をも持つなら(星野、
2008)、社会政策の特性の把握は多様な仕方で試みられてよい。とりわけ、一つの国の社会政策の
性格を同定するために、多国間の国際比較は有効な方法である。しかし日本では、高齢者、子育て、
労働といった福祉領域ごとに、「北欧の高齢者福祉」、「フランスの子育て支援」、「オランダのワー
クシェアリング」などと、特定国の福祉政策が取り上げられ、日本の制度との比較が行われており、
一つの視点の下に、多数の福祉国家を比較しようとする研究はほとんど行われていない(社会政策
学会、2008)。本稿で見て来たリンチの研究はその欠如を補うものであると言える。
今後はここで得られた視点を踏まえながら、日本の高齢者福祉の行方について考察を行っていき
たい。
82 〈現代社会学 10〉
【付記】
この研究は、平成19年度、広島国際学院大学現代社会学部特別研究費の支給を受けて実施した。
【註】
(1)ただし、高齢者に対する優先度が低く、その意味で若者優先の特徴を持った福祉国家においても、実
際には、若者に対する支出は高齢者に対するものとほぼ同程度であるに過ぎず、これを大きく上回って
いるわけではない。
(2)脱商品化とは、労働者の市場への依存からの自由を意味する用語である。資本主義社会において社会
権の獲得により市場に依存することなく生活が維持できるようになれば、労働力は脱商品化されたとい
える。脱商品化の度合を測る指標には、例えば老齢年金の場合、受給資格を得るのに必要な保険料拠出
年限、年金財源にしめる個人負担の割合などの変数が用いられる。
(3)エスピン - アンデルセンによれば福祉国家レジームは以下の三つに分類される。まず、自由主義的な福
祉国家レジームは、ミーンズテスト付きの扶助、最低限の普遍主義的な所得移転、あるいは最低限の社
会保険プランを特徴としている。アメリカ、カナダ、オーストラリアがこのモデルに属する。次に、保
守主義的、コーポラティズム的な福祉国家では、諸権利は階級や職業上の地位に付随して与えられる。
国家はむしろ地位上の格差を維持しようとしているために、再分配的な効果はあまり認められない。オー
ストリア、フランス、ドイツ、イタリアなどが典型的である。最後に社会民主主義モデルでは、国家と市場、
労働者階級と中間階級の間に二重構造が生み出されることを容認せず、最も高い水準での平等を推し進
めようとする社会民主主義勢力が社会改革を主導している。職業の別に関係なく、すべての階層が単一
の普遍主義的な保険制度に属している。スカンジナビア諸国がこれに属している。
【参考文献】
Esping-Andersen, G., 1990,
, Princeton
星野信也、2008、「格差社会、Poverty、Social Exclusion」福祉社会学会『福祉社会学研究』5、5-24
岩波書店、2006、『思想』983号
Lynch, J., 2006,
, Cambridge,
宮本みち子、2002、『若者が社会的弱者に転落する』、羊泉社
宮本みち子・岩上真珠・山田昌弘、2004、『未婚化社会の親子関係』、有斐閣
大沢真理、2007、『現代日本の生活保障システム:座標とゆくえ』、岩波書店
――――、2008、「生活保障システムという射程の社会政策研究」社会政策学会『社会政策』1-1、31-43
Rowntree, B.S., 1901,
. Macmillan, →長沼弘毅訳、1959、
『貧乏研究』、ダイヤ
モンド社
社会政策学会、2008、『社会政策』、ミネルヴァ書房
湯浅誠、2008、『反貧困 ―「すべり台社会」からの脱出』、岩波書店
本田由紀・内藤朝雄・後藤和智、2006、『ニートって言うな!』、光文社
山田昌弘、1999、『パラサイト・シングルの時代』、筑摩書房
〈現代社会学 10〉
83
Japan's Social Welfare Policies for Senior Citizens:
A Comparative Viewpoint
Satomi TANAKA
The paper attempts to understand the positioning of Japan's social welfare policies
for senior citizens in the broad picture of the nation's social policies from a viewpoint of
international comparison, following the discussion by Julia Lynch in her book entitled
. In recent years, the function of labor market as well as family has changed,
and we further expect on the state-led welfare system. However, when we look at the social
policies of each industrialized country especially on the point of how welfare states cover the
risks associated with different stages of the life course, the characteristics of each state's "age
orientation" become clear. According to Lynch, the difference between the policies of the
states is due to the structure of early welfare state programs as well as the type of political
competition characteristic of a party system. The ratio of expenditure for senior citizens out of
the whole expenditure for social policies shows that Japan can be categorized to be one of the
top runners along with the U.S.A. giving prioriy to the policies for senior citizens. This can be
explained that the original social policy based on the principle of occupational attainment has
been supplemented by the particularistic competition.
Key Words: comparative study, social policy, ENSR
84 〈現代社会学 10〉
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