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本文は - 化学と生物

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本文は - 化学と生物
【解説】
外来「非自己」遺伝子の発現
を抑制する仕組み
白山昌樹
小 分 子 RNA (small RNA) と 呼 ば れ る 非 コ ー ド RNA は, 標
的 RNA を検索することで RNA 干渉 (RNAi) において中心的
な役割を担う.しかしながら,これまでの研究から,小分子
RNA の も つ 役 割 は RNA 干 渉 に と ど ま ら ず, ヒ ト を 含 む 多 く
の生物で, 個体の発生や分化,がん化などの多彩な生命現象
に 密 接 に 関 与 し て い る こ と が 明 ら か と な っ て き た. こ こ で
は, 小 分 子 RNA が「非 自 己」RNA を 認 識 す る 仕 組 み に つ い
組みはまだ不明な点が多く残されているが,小分子
RNA の関与が報告されて以来,その謎は急速に解き明
かされている.そこでは,ホストが「非自己」外来遺伝
子を識別し,その発現を特異的に抑制するためには,ま
ず「自己」遺伝子を認識する必要があることもわかって
きた.
て最新の知見を交えながら解説する.
一般にウイルスやバクテリアなどの「非自己」DNA
小分子 RNA のもつ無限な可能性
や RNA は,ホストと異なる特殊な構造や修飾をもつた
RNA 干渉において,小分子 RNA は自身のもつ塩基配
め,ホストのもつ特異的な受容体により認識され,自然
列の相補性を利用し,標的 mRNA を探し出すことで,
免疫系を通じてその感染が抑制される(1).動植物を用い
ガイドとしての役割を果たす.小分子 RNA は,リボヌ
た遺伝子組換え技術は,導入したさまざまな遺伝子をホ
クレアーゼ活性を内在するアルゴノート(Argonaute)
スト内で安定的に発現させることを目的とするが,この
タンパク質と結合し,標的 RNA へと誘導した後,アル
ような組換え遺伝子も外見上ホストの遺伝子と区別がつ
ゴノートタンパク質が標的 RNA を切断する(2).
かないにもかかわらず,ホスト内でしばしば異物(非自
小分子 RNA は,その構造的な特徴と結合するアルゴ
己)と判断され,やはりその発現が抑制される.ゲノム
ノートタンパク質によって大きく 3 つのグループ(si-
に侵入した外来遺伝子の認識とその発現抑制の詳しい仕
RNA, miRNA, piRNA) に分けられる(3).低分子干渉
Nonself RNA Recognition Pathways That Repress Gene Expression
Masaki SHIRAYAMA, マサチューセッツ大学医学部
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RNA(siRNA : small interfering RNA) は 21-23 塩 基 対
からなる二本鎖 RNA であり(アルゴノートタンパク質
には最終的に一本鎖 RNA として結合する)
,主に RNA
化学と生物 Vol. 51, No. 8, 2013
干 渉 に 関 与 し て い る. マ イ ク ロ RNA(miRNA :
数のトランスポゾンの転移を包括的に抑制しているので
microRNA)は,もともと細胞内に存在する(ゲノムに
あろうか.実はトランスポゾンの転移は必ずしも正確に
よってコードされる)21‒23 塩基対からなる一本鎖 RNA
行われるわけではなく,転移を繰り返すうちに,何らか
を言い,細胞の分化,発生に必要な遺伝子の発現を調節
の理由で動けなくなったトランスポゾンがゲノム内に蓄
する機能をもつ.piRNA(Piwi-interacting RNA,パイ
(6)
積され始める(トランスポゾンの墓場と言われる)
.
RNA と発音する)は動物の生殖細胞に特異的に発現す
そこで,ホストはこのトランスポゾンの墓場から,それ
る 21‒30 塩基からなる一本鎖 RNA で,主にトランスポ
らの塩基配列に対して相補的となる非コード RNA を転
ゾンの発現を抑制することが明らかとなっている.
写し,それを細かく切断することで,小分子 RNA の一
アルゴノートタンパク質/小分子 RNA は,RNA 干渉
種である piRNA を生産することに成功した(6, 7).これら
が発見されてから数年もたたないうちに,当初考えられ
の piRNA は,多種多彩なトランスポゾンの塩基配列情
ていたよりもずっと広い生命現象に関与していることが
報をバーコードのように記憶しており,その情報と一致
(4)
明らかとなった .面白いことに,アルゴノートタンパ
する塩基配列をもつトランスポゾンをすべて探し出し,
ク質/小分子 RNA は,標的 RNA を単純に切断する役
アルゴノートタンパク質を使ってそれらの転写産物の発
割にとどまらず,ガイドとしての役割に徹することで,
現を抑制する.また,情報のない新種のトランスポゾン
本来の果たすべき役割よりはるかに多様な機能を獲得す
に対しては,それらが転移を繰り返すうちに,たまたま
ることができた.たとえば,アルゴノートタンパク質が
トランスポゾンの墓場内に迷いこんでしまうのを待ち,
DNA メチル化酵素やヒストン修飾酵素と(直接あるい
そこから新たな piRNA を生産することで,同種のトラ
は間接的に)結合し,それらをゲノムの特定の位置に誘
ンスポゾン全体を不活性化させると考えられる.生産さ
導することで,遺伝子特異的な発現の制御がクロマチン
れた piRNA はトランスポゾンの発現を抑制するのみで
レベルで可能となり,翻訳開始因子の阻害因子と結合す
はなく,その情報を記憶し次世代に伝達するうえでも重
ることで,すでに転写された標的 mRNA の翻訳を遺伝
要な役割を果たす.
子特異的に制御することができる.このように,アルゴ
ノートタンパク質/小分子 RNA は,特異的な酵素活性
をもつさまざまなタンパク質複合体と協調して働くこと
で,その細胞内で果たす役割は無限の可能性を含む.
piRNA と母性効果
細胞は侵略を受けたトランスポゾンの塩基配列の情報
を piRNA の中に記憶しているため,過去に認識された
トランスポゾンの墓場
トランスポゾンは生殖細胞内で piRNA によってその活
性が抑制され続ける.一方,新種のトランスポゾンを抑
動く遺伝子と呼ばれるトランスポゾンはそれ自身でゲ
制する piRNA を獲得するためには,トランスポゾンが
ノム上を転移することができる寄生的な塩基配列(nu-
偶然にその墓場に着地するのを待たなければならず,ホ
cleic acid parasites) で, ゲ ノ ム 中 に 存 在 す る 最 大 の
ストにとってあまり効率の良い方法とは言えない.実
(5)
「非自己」遺伝因子である .トランスポゾンは,ゲノ
は,トランスポゾンを含めた利己的遺伝因子との戦い
ムの中で動き回っては正常な遺伝子に飛び込んで突然変
は,生物の有性生殖の優位性を維持することと密接に関
異を誘導し,疾患や不妊,致死の原因となる.このよう
連している(8).そこでは,個々のもつ piRNA の情報を
に強力な変異原にもかかわらず,驚くべきことに,ヒト
交雑によりほかの個体と交換することで,より多様な
を含め多くの生物のゲノムは,その大部分がトランスポ
piRNA の情報が迅速に次世代へと受け継がれる仕組み
ゾン由来の塩基配列で占められている(トウモロコシで
となっている.
約 80%,ヒトでは約 40%)
.実際,生物の進化はトラン
トランスポゾンは水平伝播(Horizontal gene trans-
スポゾンを含めた寄生的な塩基配列との戦いの歴史であ
fer)または交雑によって拡散される.興味深いことに,
り,これまで 生存している生物種は,少なくとも生殖
100 年ほど前に野外から採集され,現在まで研究室で保
細胞内でトランスポゾンの活性をほぼ完全に抑えている
存されているショウジョウバエの系統は,トランスポゾ
ことから,トランスポゾンとの共存に成功している勝者
ンの一種である P 因子をもたない.研究室内に隔離され
であると言える.
続けた雌と,P 因子をもつ野外の雄を交雑させると,次
動植物はいかにして「非自己」遺伝因子であるトラン
世代の生殖細胞で P 因子の活発な転移が起こり,ショウ
スポゾンと自己の遺伝子を区別し,膨大な種類やコピー
ジョウバエは不妊となる(図 1)
.しかしながら,不思
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雌
雄
雌
雄
(100年前の株)(現在の野外種)(現在の野外種)(100年前の株)
X
X
図1 ■ ショウジョウバエのハイブ
リッド異形成と piRNA
母性効果による
piRNAの伝達
同一遺伝子型を持つ
F1世代の雌
トランスポゾンの活性化
により不妊
正常
約 100 年前に採集されたショウジョ
ウバエはトランスポゾンの一種であ
る P 因子をもたず,その雌を野外の
雄と交雑させると,次世代の雌は P
因子が活性化され不妊となる(ハイ
ブリッド異形成).逆に,野外の雌を
約 100 年前に採集された雄と交雑し
ても,次世代の雌で P 因子は活性化
されず,健康な状態を保つ.これは,
P 因子の抑制因子である piRNA が次
世代で正常に機能するためには,母
性効果による遺伝を必要とするから
である.
議なことにその逆の組み合わせ(P 因子をもつ雌と P 因
piRNA とその生産システムは母性効果でのみ次世代に
子をもたない雄との交雑)では次世代の生殖細胞内で P
伝達されるため,ハイブリッド異形成が観察されるので
因子は不活性化されたままであり,ショウジョウバエは
ある.
健康な状態を維持できる.このハイブリッド異形成
このように,小分子 RNA の発見により,ハイブリッ
(hybrid dysgenesis) と呼ばれる奇妙な現象は,長い
ド異形成の謎は分子レベルで説明されるようになった
間,遺伝学者の間で解決できない謎であった.そもそ
が,自然界においてトランスポゾンの一種である P 因子
も,野外のショウジョウバエはなぜ P 因子をもちなが
が,100 年たらずで世界中のショウジョウバエに伝染し
ら,健康な状態が維持できているのであろう.
たこと実自体は驚くべきことで,nucleic acid parasites
野外のショウジョウバエは P 因子をもつにもかかわら
がいかに生物にとって脅威であるかを示している.同時
ず,P 因子を抑制する piRNA も同時にもつので,雌と
に,P 因子がこれほど急速に伝染できたのは,実はショ
(9)
雄ともに不妊とならない .さらに,野外の株を研究室
ウジョウバエが P 因子に対抗する piRNA を獲得して P
の株と交雑させた場合,どちらの方向からの交雑でも,
因子の活性を制御できたためとも考えられ,ある意味,
次世代の遺伝型は半分の P 因子を含む染色体と半分の
piRNA が P 因子の伝染を助成したとも言える.ホスト
piRNA をコードする染色体を相続するので,結果的に
がトランスポゾンそのものを排除せず,不活性化させた
ほぼ同一のはずである.それにもかかわらず,父方から
状態でゲノム上に閉じ込めておくことに,何らかの優位
piRNA を含む染色体を受け取った場合,その piRNA は
性が進化上あるのかもしれない.
十分に機能せず次世代でトランスポゾンが活性化されて
しまう.このことは,piRNA が効果的にトランスポゾ
ンを抑制するには,母方の遺伝型が重要であることを示
標的 RNA が存在しない piRNA
している.母性効果(maternal effect)と言われるこの
piRNA は細胞内に侵入してきた非自己 RNA を塩基配
現象は,子どもの表現型はその環境や遺伝型でのみ決定
列の相補性により認識するため,未知の nucleic acid
されるのではなく,母親の環境や遺伝型に影響されるこ
parasites や外来遺伝子を侵入の初期の段階で阻止する
とを意味し,動物の初期発生に広く観察される現象であ
ことはできないはずである.しかし,線虫を用いた最近
る.ショウジョウバエの piRNA が効率良くトランスポ
の研究から,piRNA が「非自己」遺伝子を識別する段
ゾ ン を 抑 制 す る た め に は, ゲ ノ ム で コ ー ド さ れ た
階で,センサーのような役割を果たすことが明らかと
piRNA が標的 RNA を切断し,それを元に新たな piRNA
なった.
を生産することが必要であるが,この新規に生産された
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線虫の生殖腺に遺伝子 DNA をマイクロインジェク
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ション法で導入すると,遺伝子 DNA は,50 から 300 コ
ピーからなる一つの巨大な染色体様の構造(extrachromosomal array : 染色体外配列)を形成した後に核へと
取り込まれ,忠実性に欠けるものの複製と分配を繰り返
しながら娘細胞へと伝達される(10).しかし,導入され
た遺伝子は「自己」,
「非自己」由来にかかわらず,その
発現は生殖腺内で強く抑制される.遺伝子発現抑制の誘
因の一つが導入遺伝子のコピー数であることは容易に推
察されるが,この仮説を検証するためには,1 コピーの
遺伝子 DNA を線虫の染色体上に挿入する技術の開発を
待たなければならず,およそ 20 年の間,未解決のまま
であった.筆者らは,Jorgensen らにより開発された方
法(11) により,外来遺伝子を染色体上に 1 コピーで挿入
しても ,その遺伝子は「非自己」として認識され発現
が抑制されることに気づいた(12).興味深いことに,線
虫の生殖細胞で発現している「自己」遺伝子のみを 1 コ
ピーで導入した場合には問題なく発現し,発現抑制を誘
導するには,
「自己」遺伝子の一部に,生殖細胞内で発
現したことのない(非自己)塩基配列(緑色蛍光タンパ
ク質をコードする
遺伝子など)を含んでいる必要が
ある.このことは,線虫が,侵入遺伝因子の物理的特徴
(二本鎖 RNA や 5′ 三リン酸をもつ一本鎖 RNA)を認識
しているのではなく,侵入してきた遺伝子の塩基配列を
何らかの形で自己の遺伝子と比較することで「非自己」
と判断している可能性を示唆した.線虫はどのようにし
て物理的特徴のない未知の外来遺伝子を,ゲノム上に 1
コピーで挿入された場合でも認識しうるのであろうか.
これまで,線虫の piRNA は,一つのトランスポゾン
種を除いて piRNA が認識できる標的 RNA が線虫内に存
在しないことから,その役割が不明であった.筆者ら
は,遺伝学的手法を用いて,線虫が 1 コピーの「非自
己」外来遺伝子(この場合,
図 2 ■ 線虫の piRNA は「非自己」遺伝因子の検索に関与する
線虫の piRNA(図中の Piwi に結合し,その塩基配列はリボ核酸の
ウラシル(U)から始まる)はミスマッチを許容することで,生殖
細胞内のすべての転写産物を検索する.生殖細胞内に導入された
「非自己」遺伝因子が piRNA により認識された場合,その標的
RNA に対する siRNA(図中の WAGO に結合し,その塩基配列は
リボ核酸のグアニン(G)から始まる)が生産され,遺伝子の表現
は 抑 制 さ れ る.「自 己」 転 写 産 物 は 別 タ イ プ の siRNA(図 中 の
CSR-1 に結合し,その塩基配列はリボ核酸のグアニン(G)から始
まる)により,piRNA の検索から保護されていると推察される.
導入遺伝因子が「非自己」以外に「自己」遺伝子の塩基配列を含
む場合,その遺伝子は発現することがあるが,これは「自己」部
分が CSR-1 によって保護されているためと考えられる.いったん
決定された,発現,抑制の状態は後成的遺伝により世代間を超え
て維持される.クロマチンの赤丸と黒丸は,遺伝子発現に対して
抑制型と活性型のヒストン修飾をそれぞれ示す.
遺伝子)の発現を抑制
するには piRNA が必要であることを発見した.しかし,
チを許容することがわかった(14, 15).このことから,線
当然のことながら,クラゲ由来の
遺伝子を認識しう
虫の piRNA は広くミスマッチを許容することで,限ら
るような piRNA は線虫内には存在しない.実は,線虫
れた種類の piRNA をうまく利用してさまざまな未知外
の piRNA はその標的 RNA を認識するうえで,ミスマッ
来遺伝因子を認識し,その発現の抑制を誘導しているこ
チ(完全な塩基対が形成されないこと)を広く許容して
とがわかった(図 2)
.ところが,piRNA がこのように
いたのである.ミスマッチの許容自体は,miRNA で普
広くミスマッチを許容すると,当然ながら,線虫の「自
遍的に見られる現象であるが,少なくとも miRNA 内の
己」遺伝子をも認識しその発現を抑制してしまう危険性
2 ∼ 8 番目(seed 領域と言われ,標的 RNA を切断する
を伴う.実際には,線虫の「自己」遺伝子は piRNA に
のに必須の部位を含む)の塩基配列内ではミスマッチを
よってその発現が抑制されない.このことは,線虫の
許容せず,標的 RNA への特異性を維持している(13).と
「自己」遺伝子転写産物が何らかの形で piRNA の検索か
こ ろ が, 線 虫 の piRNA は,seed 領 域 外 だ け で な く,
ら逃れているか,認識されても発現の抑制を受けないこ
seed 領域内の,アルゴノートタンパク質が標的 RNA を
とを示唆する.線虫は「自己」遺伝子をどのようにして
切断する部位(piRNA 内の 10 と 11 番目)でもミスマッ
piRNA から保護しているのであろうか.
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ているため,同じ塩基配列を有する標的 RNA でも 100%
遺伝子発現に必要なライセンス
認識されないためだと考えられる.実際に,piRNA と
前述の疑問に関連して,生殖細胞内で線虫の遺伝子が
発現するには,クルマを運転するのにその免許証が必要
完全に相補性のある塩基配列を
遺伝子内に組み込む
と, す べ て の 形 質 転 換 体 で
の発現は抑制され
(14, 15, 17)
なように,ライセンスが必要である,そんな興味深い結
る
果を示す論文が,最近報告された(16).線虫は,主に雌
ない株を交雑させると,次世代のすべての株で,
雄同体株(hermaphrodite)からなり,X 染色体の 1 コ
発現は抑制されることから,発現を抑制された表現型が
ピーを偶発的に失うことで雄を生み出す.線虫の
優性であることがわかる(12).これは,piRNA がその標
遺 伝 子 は 雌 雄 同 体 株 で も 発 現 し, そ の 変 異 遺 伝 子
(
( : 変異型)
/
.ここで,
を発現している株と発現してい
の
的 RNA を認識すると,その部位に RNA 依存 RNA ポリ
( : 変異型)
)をもつ雌雄
メラーゼ依存した小分子 RNA(機能的に siRNA と類似
同体株は精子を生産することができずに雌化した成虫に
し,WAGO と呼ばれるアルゴノートタンパク質と結合
なる.これまでの研究から,
する)を生成し,それが優性的にほかの
( )
/
雌化した雌雄同体と野生型の雄(
( )の
( : 野生型)/
( : 野 生 型)
) を 交 雑 す る と, 次 世 代(
( )/
( )
)は野生型の表現型をもつことが知られ
ところが,不思議なことに,10 年ほど前に作られた
を含む古い導入遺伝子株(この株は
ていたが,そこに一つ奇妙な条件があることがわかっ
いる)を上記で用いた
た.雌雄同体株のもつ変異遺伝子
させると,次世代では両方の
( )は機能を
の発現は抑
制するためである.
を発現して
の発現が抑制された株と交雑
の発現が同時に発現す
有するタンパク質をコードしないにもかかわらず,その
るという,全く逆の結果が得られる.この交雑では,発
遺伝子が生殖細胞内で発現していなければ,雄由来の
現した
( )遺伝子の発現までが次世代で抑制されてしま
うのである.つまり,
遺伝子欠損株の雌雄同体株
を野生型の雄と交雑させると,次世代で雄由来の
( )の発現が抑制され,雌化した雌雄同体株が現れる.
このことは,雌雄同体株の
が優性の表現型を示していることになるが,
一体どのようなメカニズムにより,発現した
された
が抑制
を再発現させることが可能なのであろうか.
筆者らは,まず「自己」遺伝子を piRNA による発現抑
制から守るような小分子 RNA が存在している可能性を
遺伝子の“転写産物
考慮した.CSR-1 と呼ばれるアルゴノートタンパク質は
自体”が,その機能性の有無にかかわらず,雄由来の
RNA 依存 RNA ポリメラーゼにより生成された小分子
遺伝子の発現を促進していることを意味する.
RNA と結合しているが,その小分子 RNA は,奇妙なこ
線虫の生殖細胞内では発現の履歴のない遺伝子は何ら
とに,生殖細胞で発現しているすべての「自己」遺伝子
かの方法でその発現が抑制され,生殖細胞内に異物が侵
のみを認識していることが明らかとなっている(18).さ
入してきたときには(たとえそれが雄から導入された自
らに,ほかの小分子 RNA と異なり,CSR-1 小分子 RNA
己の遺伝子だとしても)
,まずその発現を抑制すること
はその標的 RNA の発現の抑制には一切かかわっていな
が線虫にとり得策であるのかもしれない.線虫はどのよ
いため,その役割が長らくの間,謎のままであった.筆
うにして,自分の遺伝子の発現履歴を記憶しているので
者らは,遺伝学的手法を用い,発現した
あろう.
された
が発現抑制
を再発現させるには CSR-1 アルゴノートタン
パク質の活性が必要であることを明らかにした(未発
「自己」RNA を識別する仕組み
線虫において,
表)
.このことは,線虫では,すべての「自己」遺伝子
は,CSR-1 小分子 RNA の形で記憶されており,
「自己」
を含む外来遺伝子をゲノムに 1 コ
遺伝子を piRNA に依存した発現抑制から防いでいるこ
ピーで導入しても piRNA 依存的にその発現が抑制され
とを示唆する.CSR-1 小分子 RNA は「自己」遺伝子の
ることはすでに述べたが,実はすべての導入遺伝子の発
発現履歴を記憶していると考えられるが,その記憶は,
現が抑制されるわけではない(図 2)
.たとえば,複数
「自己」遺伝子が一時的に発現を停止してもすぐに消去
の独立した形質転換体株(transgenic lines)を得た場
されることはない.CSR-1 小分子 RNA の標的遺伝子は,
合,同一の導入遺伝子がゲノムのある場所に同様に導入
その DNA と結合するヒストンがメチル化されることで
されているにもかかわらず,
が発現している株とそ
マークされていることが知られており(19),生殖細胞の
うでない株が得られる.これは線虫の piRNA が,その
発生段階で必要に応じてその発現が一時的に中断して
標的 RNA の認識をするうえでミスマッチを広く許容し
も,ヒストンをマークしておくことで「自己」遺伝子の
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発現履歴情報が次世代に受け継がれる仕組みになってい
その情報を大核にもち運んでいるのであろうか.
る.ただし,先に述べた遺伝子のライセンシング機構で
接合が始まると,それまで転写不活性だった小核に転
見られるように,遺伝子破壊株では「自己」遺伝子の記
写装置が現れ,小核のゲノムをランダムな場所から双方
憶が消去される可能性がある.
向に転写する.二本鎖を形成した RNA は細かく切断さ
れることで scanRNA と呼ばれる小分子 RNA(piRNA
「非自己」と「自己」を記憶する piRNA
の一種と考えられている)へと変換される(20).小核の
すべての塩基情報が,まず,小分子 RNA という形に取
線虫の piRNA は「非自己」
,
「自己」の区別なく,す
り込まれるわけである.小分子 RNA はそれから旧大核
べ て の RNA を 認 識 す る こ と が 可 能 で, 標 的 RNA が
へと移動し,そこで発現している相補的な RNA と出会
piRNA によって発現抑制されるかどうかは,CSR-1 小
うことで,それらは取り除かれてしまう.選び抜かれた
分子 RNA によって保護されているかで決定されること
小分子 RNA(ゲノム上の「非自己」を認識する)は新
が示唆された.これに対して,繊毛虫類の piRNA は,
大核に移動し,小分子 RNA と相補的な塩基配列をもつ
より直接的に「自己」または「非自己」の識別に関与し
ゲノム部分を DNA 切断酵素を用いて取り除く.テトラ
ていることが最近明らかにされた(図 3)
.
ヒメナは小分子 RNA を利用して旧大核のもつ「非自己」
繊毛虫類のテトラヒメナは単細胞生物でありながら,
情報を新大核へと伝達しているのである.テトラヒメナ
大核と小核の 2 つの核をもつ.大核は小核から分裂に
の DNA elimination と 呼 ば れ る こ の 現 象 は, 小 分 子
よって生じ,その過程で栄養成長期に必要でないゲノム
RNA が「非自己」標的 RNA の発現を抑制するのみなら
の約 15% に相当する部分は切り取られてしまう.染色
ず,その標的 RNA をコードする DNA までも取り除い
体が 2 倍体である小核はすべての遺伝子情報を保有して
てしまうという,遺伝子発現抑制のなかでも極端な一形
いるが,栄養成長期ではすべての遺伝子の発現が抑制さ
態と考えられている.赤パンカビでも小分子 RNA で認
れている.一方,大核は栄養成長期に必要な遺伝子のみ
識された DNA 部分(繰返し配列)がゲノムから取り除
を含む多倍体であり,遺伝子の高い転写活性を有する.
かれることが知られている.また,小分子 RNA が直接
テトラヒメナはなぜこのような複雑な核構造を維持して
関与しているかは不明であるが,このような DNA の除
いるのであろうか.大核で栄養成長期に必要な遺伝子だ
去の手法は,寄生線虫(
けのコピー数を特異的に増やすことで,高い転写活性を
われており,そこでは,生殖細胞特異的な遺伝子発現を
維持し細胞生長の効率を上げていることも考えられる
体細胞で抑制する手段として使われている.
が,現在では,「非自己」遺伝子を小核のみに閉じ込め,
同じ繊毛虫類でも,
)の体細胞でも行
ではゲノム再
そのすべての転写を阻止することで,
「非自己」遺伝子
編成における小分子 RNA の使い方がテトラヒメナと全
の発現を抑制していると推察されている.それでは,テ
く正反対である(21)(図 3).
トラヒメナはどのようにして「自己」遺伝子を選別し,
は,大核から取り除かれる部分ではなく,大核に残され
の小分子 RNA
図 3 ■ 繊毛虫の DNA 除去における
piRNA の役割
(A)
の新大核に局在
し,「非自己」遺伝子部分をゲノムか
ら除去する PPD1-GFP 融合タンパク
質(米国ワシントン大学,Chalker 提
供).PPD1 タンパク質がゲノムのど
の部分を除去するかは piRNA によっ
て決定される.(B)繊毛虫の「非自
己」遺伝子部分が新大核のゲノムか
ら除去される過程で,
は scnRNA(piRNA の 一 種 で, 図 中
の TWI1 に 結 合 す る) を 使 い「非 自
己」遺伝子部分を認識,記憶するの
に 対 し て,
で は,piRNA
様の小分子 RNA(図中の Otiwi1 に結
合する)を使い,逆に,保護される
べき「自己」遺伝子部分を認識,記
憶する.
化学と生物 Vol. 51, No. 8, 2013
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る部分(ゲノム上の「自己」部分)を認識している.大
核から切り取られる部分を認識するような小分子 RNA
を人工的に合成し
に導入すると,その部分
が逆に新大核に保存されること,さらにその情報は次世
代のみではなく,その後しばらくの間世代間を超えて受
け継がれる(後成的遺伝(epigenetic inheritance)と呼
ばれる)ことが報告されている.これらのことから,
piRNA(およびその類似小分子 RNA)は,
「非自己」標
的遺伝子の発現を抑制するのみに限られず,使い方に
よっては「自己」標的遺伝子を記憶し,その発現を促進
していることが示された.
おわりに
ここでは,小分子 RNA が「非自己」および「自己」
RNA を認識する仕組みについて最新の知見を概説した
が,より詳しい分子機構に興味のある読者はオリジナル
の文献を読まれることをお勧めする.また,最近の知見
から,小分子 RNA によって保存されている「非自己」
と「自己」の情報は,後成的遺伝により次世代へと長く
受け継がれることがわかっている.われわれの生命の源
である卵細胞は,母親が祖母の体内に存在する期間にす
でに形成されるため,後成的遺伝の観点からは,母より
祖母の経験がわれわれの遺伝子発現に影響力をもつ可能
性が指摘されている.最近の次世代シークエンスとゲノ
ム解析の革命的な技術進歩により,今後,
「非自己」と
「自己」の記憶を担う後成的遺伝が果たす役割がヒトを
含めた高等動物でも解析され,その高次な生命活動にど
のようにかかわっているのか解明されることが期待され
る.
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プロフィル
白山 昌樹(Masaki SHIRAYAMA) <略歴> 1990 年東京大学理学部生物学科
卒業/現在,米国マサチューセッツ大学医
学部助教授<研究テーマと抱負>現在の研
究テーマは世代間を超えて伝わる後成的遺
伝現象の解析
,
化学と生物 Vol. 51, No. 8, 2013
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