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広域的な水産物の電子卸売市場の実現に向けて — 宮城県漁協運営

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広域的な水産物の電子卸売市場の実現に向けて — 宮城県漁協運営
広域的な水産物の電子卸売市場の実現に向けて ∗
— 宮城県漁協運営「おらほのカキ市場」の取り組み —
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
宮下和雄
[email protected]
1 水産物取引における現状の課題と対策
セリ・入札取引の割合 (%)
70
60
50
40
30
20
10
0
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10111213141516171819202122232425
年度
図1
中央卸売市場における鮮魚の競売取引の割合の推移(資料:農林水産省食料産業局食品製造卸売課調べ)
水産物、特に鮮魚については、その多くが産地市場と消費地市場の 2 つの卸売市場を経由して、生産者から
消費者へと届けられている。消費者価格に大きな影響を与える消費地卸売市場では、大手スーパーなどの価格
形成力の強まりを受け、図 1 に示すように鮮魚に関しても仲卸らによる競売取引(セリ・入札)は減り続け、
現在では四定条件(定時、定量、定価、定質)を前提とした相対取引が主要な取引方式となっている。一方、
生産者価格を決める産地卸売市場では、一般に取引対象の水揚げが小規模で、漁獲物の種類や量が安定してい
ないため、今でも専ら買受人らによる競売取引で価格が決定されている。しかし、産地買受人の中でも有力な
買い手である出荷業者が、その出荷先の消費地市場での相対取引により仕入量や価格が大きく規定されるた
め、産地市場においても水揚げの変動に応じた柔軟な価格形成は困難になっており、生産者の収益減の要因と
なっている。
全国各地の生産者の収益を改善するためには、大規模で柔軟な価格形成が可能な市場が必要であり、そのた
めには飲食店や小売店など小ロットの需要を持つ顧客を抱える全国の仲卸と生産者が、直接、競売取引を行え
る広域的な市場を構築することが有効である。現状の市場制度が整備された時代と比較して、情報通信技術や
低温輸送技術が格段に進歩した現在では、時間的、空間的な制約を超えた水産物取引が現実的に可能となって
∗
本稿は「月刊アクアネット」2016 年 7 月号に掲載された記事の草稿である。
1
おり、今後はこうした事業に乗り出す新たな企業が現れることが期待される。
オンライン供給曲線
需要曲線
収入増加
従来の供給曲線
生産者の従来の収入
図2
水産物の競売取引による生産者の収入
水産物は生産量や品質が不確定で、通常は商品が生産されてから市場で取引される現物取引が行われるた
め、水産物取引における生産費用は固定費用である。しかも、水産物においては鮮度が最も重要な価値であ
り、市場で売れ残ってしまうと商品価値が失われるため、漁業者は生産費用を回収できなくなる。したがっ
て、経済学的には水産物の生産費用はすべてサンクコストと考えられる。そのため市場では、生産者は水産物
に価格を設定せず、仲買人などのバイヤーが一方的に価格を決定することが合理的であるとされてきた。つま
り、現状の市場取引では、生産者は(需要の有無にかかわらず)既に商品を作ってしまっており、しかも市場
で売れなければその費用が全て損失となるので、「いくらでも良いから買って下さい。」という立場で取引する
ことになる。その結果、市場での取引価格は図 2 に示す均衡価格となり、生産者の得る歳入は低い水準に止ま
りがちで、必ずしも衡平な価格形成は実現できていなかった。
しかし、市場で取引中の商品には未だ価値が残っているので、市場での取引状況に応じた商品価値に基づい
て、生産者がオンラインで価格を設定し、リアルタイムに価格決定プロセスに参加できれば、生産者にとって
より衡平な価格形成が可能となる。現在の情報通信技術を活用すれば、従来の市場では困難であったそうした
柔軟な取引を実現できる。図 2 では、生産者がまず一度、希望価格に基づく供給曲線をオンラインで提示して
取引を行い、更に売れ残った商品在庫に対して従来の供給曲線を提示して取引を行った場合、生産者の収入が
増加することを示している
*1 。この図より、生産者がもっときめ細かく希望価格を修正し、逐次、市場に提示
することで、生産者の収益を更に拡大できることがわかる。
こうした市場で生産者の収益が向上するためには、バイヤーが高価格で水産物を仕入れることが前提とな
る。そのためには(1)バイヤーが仕入れた水産物を用いて高い収益を得るための能力を持つこと、及び(2)
セラーがバイヤーからの要求に応える高品質な水産物を提供する能力を持つこと、の双方の要件が満たされる
必要がある。現在の市場制度では、全国に点在するそうした高い資質、能力を持つ生産者とバイヤーを効率的
にマッチングし、臨機応変な取引を実現するのは困難であるため、筆者らは水産物の広域的な電子商取引市場
*1
この議論はバイヤーが自らの需要曲線を正直に市場に提示することを前提としている。そのためにはバイヤーにそのような行動を
促すための制度設計が重要であるが、本稿のカバーすべき範囲を超える内容のため、興味のある読者は筆者の論文を参照して頂き
たい [1]。
2
を構築する必要があると考えている。
2 「スマートフィッシュマーケット」の概要
筆者らは、上記の水産物取引における課題を解決し、水産物の効率的で衡平な取引により漁業者の収益を改
善するための電子商取引システム「スマートフィッシュマーケット」の研究、開発を行っている。
明日はサンマ
が20ケース
程獲れそうだ
宮城か岩手の
サンマを300
ケース欲しい
スマートフィッシュマーケット
水揚げ情報
全国の漁業者
予約注文
予想
水産会社
漁協
注文
出漁計画
販売計画
•  飲⾷店
•  ⼩売店
連携
漁家
・小ロット
・多品種
予約割付
運送手配
割付調整
保管手配
入荷
漁獲
全国各地の仲買
・低コスト
・高品質(新鮮)
データ
トレーサビリティ,水産資源管理
図3
システム概要
図 3 に、スマートフィッシュマーケットの概要を示す。その主な特徴は以下の通りである。
• 漁業者とバイヤーの双方が、任意のタイミングで、商品の種類、価格や量などを指定して、売買注文を
システムに提示できる。システムは条件がマッチする注文同士を逐次約定し、取引を成立させる。(ダ
ブルオークション方式)
• システムは 24 時間 365 日、定期的に約定処理を繰り返すため(コールマーケット方式)、漁業者やバイ
ヤーは、自らの注文が約定しない場合、随時、注文内容(価格や量など)を変更することで、適正な取
引価格を発見できる。
• 養殖漁業者などは漁獲予想をシステムに提示して水揚げ前に取引を成約させ、売れた量だけ水揚げする
予想取引も行える。漁獲量が予想を下回った際は、自動的に取引はキャンセルされ、他の漁業者の売り
注文との再マッチングが行われる。そのため、多くの漁業者の参加があれば、養殖以外の一般の漁業者
も予想取引を行うことは可能である。
• バイヤーは漁業者の漁獲予想を受け、それを予約注文することができる。バイヤーは注文登録する際に
複数の漁業者や産地の候補を指定することで、個々の漁業者の水揚げ予測が不確かでも、より確実に必
3
要な商品を仕入れることができる。
スマートフィッシュマーケットはインターネット上のウェブアプリケーションとして実現されており、利用
に当たって特別な機械やソフトウェアは不要で、PC やタブレット上のブラウザ(Chrome を推奨)から利用
できるため、システム運用者がユーザー登録作業を行うだけですぐに全国の漁業者やバイヤーが市場に参加し
て取引を開始できる。
3 宮城県漁協との「おらほのカキ市場」の取り組み
図4
「おらほのカキ市場」http://www.miyagi-oyster.jp/
2011 年の東日本大震災以前、宮城県は広島県に次ぐ全国第 2 位のカキ生産県であり、2015 年度には震災前
の 4 割強にまでその生産量を回復しつつある。宮城県の養殖カキの殆どは、県漁協の経済事業の一環である共
販制度において、地元の加工業者らによるセリで取引されているが、震災後、原発事故の風評被害や販路回復
の遅れ等から買受価格が低迷した。そのため、生産者らが共販制度に不満を持ち、消費者への直接販売などを
行うケースも増えていた。しかし、生産者による直接販売は、資金や労力の負担が大きく、経営リスクもある
ため、実施は必ずしも容易ではない。そこで、我々はスマートフィッシュマーケットの適用事例として、2013
4
年度より宮城県漁協と協力して、従来の共販制度では扱われてこなかった殻付きカキの産直販売を促進する
ための電子商取引市場「おらほのカキ市場」(図 4)を開発し、首都圏のバイヤーとの実証取引を行ってきた。
(2013 年度∼2015 年度 農林水産省「食料生産地域再生のための先端技術展開事業」)
図 5 バイヤーの注文画面
「おらほのカキ市場」では、ユーザーは画面に表示される項目に最小限の入力をするだけで、日常の取引を
簡単に行うことができる。例えば、図 5 に示すバイヤーの注文画面では、注文する商品、納期、配送方法、納
入場所などに関しては、予め登録されたユーザの日常の取引データがデフォルトで表示されており、バイヤー
は変更が必要な情報だけをシステムに入力すれば取引を開始できる。
2015 年度の実証実験では、
「おらほのカキ市場」に参加した生産者は、図 6 に示す唐桑(気仙沼市)
、長面浦
(石巻市)
、鳴瀬(東松島市)など、宮城県内で優れた特徴を持つカキを生産する 8 支所に所属するカキ養殖漁
業者で、バイヤーは都内の居酒屋チェーン、カキ小屋、水産流通会社、飲食店などであった。宮城県漁協では、
カキは専ら剥き身にして共販制度で出荷されており、これまで殻付きカキを本格的に取引した経験がなかった
ため、販路開拓や出荷手順の整備などを一から進めながら、2015 年度(2016 年 1 月から 3 月末まで)には、
殻付きカキ 6 万個、金額にして約 600 万円の売上を記録した。今後、宮城県では震災や高齢化の影響を受けて
剥き子の人数が減るなど、剥き身カキの生産拡大は困難になることも予想され、「おらほのカキ市場」には従
来の共販制度を補完する新たな商品に新たな販路を開拓し、生産者の収益を拡大する役割が期待されている。
5
図6
「おらほのカキ市場」の生産者たち
4 今後の展開
宮城県漁協と実施している「おらほのカキ市場」のプロジェクトでは、取扱品目拡大を望むユーザーの声に
応え、2016 年度はカキ以外にも宮城県で養殖生産されている銀ザケ、ホタテ、ホヤなども取引するようシス
テムを拡張する。特に銀ザケの取引に当たって、不定貫取引や、歩留まり率を考慮した加工品の取引などの生
鮮取引に特有な機能を実現するので、これらの品目以外にも、低次加工品を含むほぼ全ての生鮮水産物の取引
が可能となる予定である。
一般に市場は、多くの生産者とバイヤーが参加し、大量の商品が活発に取引されることで初めて適正価格を
発見し、効率的に機能することができる [2]。 1 章で議論した水産物取引における問題点を解決するためにも、
大規模拠点市場に全国の産地からの出荷が集中し、限られた大口バイヤーにより価格が決定される現状の市場
取引を補完するための仕組みが必要である。具体的には、電子商取引による広域的な水産取引が実現され、多
様な需要と供給を持つ全国のバイヤーと生産者が柔軟に取引する機会を持てることが望まれる。そのために
も、筆者らは、今後も市場制度の設計やシステム構築に関わる技術的課題の解決を進めると共に、全国の生産
者やバイヤーが参加する水産市場における営業、配送や決済などの困難な業務を適切に処理する能力をもつ企
業等と連携することで、研究成果の実用化を推進していきたいと考えている。
参考文献
[1] Kazuo Miyashita. Online double auction mechanism for perishable goods. Electronic Commerce
Research and Applications, Vol. 13, No. 5, pp. 355–367, 2014.
[2] Alvin E. Roth. The Art of Designing Markets. Harvard Business Review, Vol. 85, No. 10, pp. 118–126,
2007.
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