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Title Author(s) 学報. 号外 平成6年第4号 大阪府立大学 Editor(s) Citation Issue Date URL 1994-10-25 http://hdl.handle.net/10466/9605 Rights http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/ 平成6年10月25日 号外 第4号 1 大 阪府 立大学 号外第 4 号 平成6年10月25日 のト 編 集義 行 大阪府立大学事務局 次 目 告 示 学位論文内容の要旨及び論文審査結果の要旨公表…………・……・…・…………・…・……・… 告 示 1 1 論文内容の要旨 直流グロー放電により発生する低温プラズマを 利用したプラズマ(イオン)浸炭法は、ガス浸炭 学位論文内容の要旨及び 論文審査結果の要旨公表 や真空浸炭に代わる新しい浸炭処理技術として工 業的に利用されている。その特徴は、プラズマ中 で発生した活性炭素や炭素イオンを利用した浸炭 大阪府立大学告示第48号 機構にあるとされ、従来から行われている各種浸 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 炭法と比較して、処理速度、処理品の表面性状お 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 よび作業環境など数多くの点で優れている。しか 第1項の規定に基づき、平成6年7月30日博士の し、その工業的利用を見ると、航空機や自動車産 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 業などのごく限られた分野において、鉄鋼材料の 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の 浸炭焼入れ処理が行われているに過ぎない。今後 要旨を次のとおり公表する。 もこのような鉄鋼材料の浸炭焼入れ処理としての 平成6年10月25日 利用が続く限り、その高価な設備費からすると、 航空・宇宙産業での高機能部品や自動車産業での 大阪府立大学長平紗多賀男 量産部品などへの適用が中心となるものと予想さ れる。 かな やま のぶ ゆむ 称号及び氏名 博士(工学) 金 山 信 幸 ところで、直流グロー放電を利用した金属表面 (学位規程第3条第2項該当者) 硬化法としては既にイオン窒化法が工業化され、 (島根県 昭和26年7月23日生) 現在では世界各地で1500台余りの装置が稼働して いる。また、その利用分野は、鉄鋼材料のみなら 論 文 名 ず非鉄金属材料の窒化や、PVDやCVDによるTiNコ プラズマ浸炭を利用した炭化物系硬質皮膜の ーティングの下地処理としても利用されつつあり、 作製に関する研究 その応用範囲は現在でもなお広がりつつある。 このような現状を見るに、プラズマ浸炭の卓越 (168) 平成6年10月25日 2 号外 第4号 した特徴、特に従来の浸炭法には見当たらない光 確認した。また、炭化物層は表面からCr 3 C,、 輝処理や高温処理が可能な点に着目すると、単に Cr,C3およびCr 23C6の順で構成されたが、その厚 鉄鋼材料の浸炭焼入れ処理としての利用だけでは さは処理時間の1/2乗に比例し拡散律速反応であ なく、イオン窒化と同じようにより広範な金属材 ることを明らかにした。 料の表面処理法としての可能性が秘められている 第3節では、ニオブをプラズマ浸炭することに ものと考えられる。また、地球的規模での環境保 より、その表面にNbCとNb 2C(ζ一Fe 2N型)が生成 護が叫ばれている現在、無公害・省エネルギーで することを明らかにした。 クリーンな加工法でもあるプラズマ浸炭は、時代 第3章では、IVa族に属するチタンおよびTi6− に最も適合した表面処理技術の一つであり、より A1−4V合金において、プラズマ浸炭を利用した表 幅広い分野での早急な普及が強く望まれている。 面硬化法について検討した。 そこで本研究では、プラズマ浸炭のより一層の 第1節では、チタンをプラズマ浸炭することに 工業的利用を図るために、新たな利用分野の開発 より、その表面にほぼ化学量論組成をもつTicが を目的とした。特に、鉄鋼材料の浸炭焼入れ硬化 生成することを明らかにした。また、TiCからな 法としての利用ではなく、炭化物系硬質皮膜の形 る炭化物層の下には、約100μmの深さまでCの固 成法としての利用を検討した。主に∬ra∼Vla族に 溶による硬化層か形成され、プラズマ浸炭を利用 属する高融点金属表面での炭化物形成を試みると した表面硬化法が工業的にも利用可能であること ともに、金属およびサーメット溶射皮膜の改質法 を示した。 としての利用についても検討した。 第2節では、Ti−6Al−4V合金をプラズマ浸炭す 第1章では、これまでのプラズマ浸炭に関する ることにより、前節と同様にほぼ化学量論組成を 研究の経過を概観し、本研究の目的と内容につい もつTicが生成し、その下に約100μm余りの深さ て述べた。 までCの固溶による硬化層が形成されることを明 第2章では、Va族とVla族に属するニオブ、タ らかにした。また、スーティングが炭化物層の成 ングステンおよびクロムにおいて、プラズマ浸炭 長におよぼす影響についても検討した。その結果、 を利用した炭化物系硬質皮膜の作製法について検 スーティングの発生により、試料最表面に生成す 討した。 る非晶質C層とTic層との界面でのCの供給反応 第1節においては、タングステンのプラズマ浸 炭により生成した炭化物の同定とその成長過程に が律速段階となり、炭化物層の成長を著しく阻害 することを明らかにした。 ついて調べた。その結果、浸炭の初期段階では このように第2章と第3章において、IVa∼Vla W2Cが生成するものの、そのまま成長を続けるこ 族に属する高融点金属およびその合金の表面硬化 とはなく時間の経過とともにWCへ変化し、表面に 法として、プラズマ浸炭を利用した炭化物系硬質 はWCからなる炭化物層が形成されることを示した。 皮膜の付与やCの固溶による硬化が有効であるこ また、炭化物層の厚さは処理時間の1/2乗に比例 とを明らかにした。しかし、基材金属が高融点金 し、炭化物層中でのCの拡散速度に律速されるこ 属であることから、各種工業製品に利用する上で とを明らかにした。さらに、H2−CH,混合ガスを利 は極めて限られた用途になるものと予想される。 用したタングステンのガス浸炭処理結果に比べ、 そこで、各種金属基材表面への高融点金属の被覆 浸炭の高速化が図られたことを確認した。 を考え、その被覆法としては経済性と皮膜の厚さ 第2節では、クロムをプラズマ浸炭し、表面に を考慮し溶射法を取り上げた。 生成した炭化物の同定を行った。その結果、浸炭 以上の観点から、第4章ではプラズマ浸炭を利 の初期段階ではCr23C6が生成したが、そのまま成 用した溶射皮膜の表面改質法について検討した。 長を続けることはなく時間の経過につれCr7C3へ 第1節では、減圧プラズマ溶射法により作製し 変化し、さらにCr,C3がCr3C2へと変化することを たタングステン皮膜をプラズマ浸炭することによ (169) 号外 第4号 3 平成6年10月25有 り、第2章第1節で示した焼結タングステンの処 ことを確認した。 理結果と同様に、W2CとWCが生成することを明ら 以上本研究では、プラズマ浸炭を利用して高融 かにした。また、浸炭は皮膜表面だけでなく皮膜 点金属およびその合金表面に炭化物系硬質皮膜が 中の空隙を通じて内部でも同時に進行することを 形成できることを明らかにした。また、溶射加工 示した。 との複合化による炭化物系硬質皮膜の作製法を開 第2節では、高速フレーム溶射法により作製し たWC−12wt%Coサーメット溶射皮膜の、プラズマ浸 発し、プラズマ浸炭法の新たな用途開発に向けて 一つの指針を示した。 炭を利用した改質法について検討した。本溶射法 では溶射材料の変質が少ないとされているが、溶 2 学位論文審査結果の要旨 射時にWCとCo相が分解することを確認した。また、 本論文は、近年ガス浸炭や真空浸炭に代わる新 このように溶射時に変質した皮膜をプラズマ浸炭 しい浸炭法として各種鉄鋼材料の浸炭焼入れに利 することにより、WCとCo相の2相からなる健全な 用されているプラズマ浸炭を取り上げ、新たに炭 超硬合金皮膜に改質できることを明らかにした。 化物系硬質皮膜の作製法としての用途開発を試み 第5章では、前章での結果を踏まえてより簡便 た結果についてまとめたものである。主にWa∼ な装置を用いて作製できる溶射皮膜として、フレ Vla族に属する高融点金属表面での炭化物形成に ーム溶射装置により作製したNi基自溶合金溶射皮 関する基礎的知見を集積すると同時に、プラズマ 膜を取り上げ、プラズマ浸炭を利用した改質法に 浸炭が金属およびサーメット溶射皮膜の改質に有 ついて検討した。 効であることを見出し、その工業的利用について 第1節では、プラズマ浸炭装置を利用し、真空 も検討したものであり、以下の成果を得ている。 雰囲気中でのNi基自門合金溶射皮膜の再溶融処理 (1)Wをプラズマ浸炭し、表面にはWCからなる炭化 を試みた。その結果、空隙が消失してち密な皮膜 物層が形成されることを示した。また、炭化物層 になるとともに、微細なCrBが析出して硬質化す の成長は処理時間の1/2乗に比例し、炭化物層中 ることを明らかにした。 でのCの拡散速度に律速されることを明らかにし 第2節では、Ni基自溶合金溶射皮膜をプラズマ た。 浸炭し、真空雰囲気中での再溶融処理を行うとと (2)Crをプラズマ浸炭し、表面にCr3C2からなる炭 もに、皮膜表面に炭化物系硬質皮膜を付与する改 化物層が形成されることを示した。また、炭化物 質法について試みた。その結果、再溶融による皮 層の成長は処理時間の1/2乗に比例し、拡散律速 膜のち密化とともに、皮膜表層には少量のMoとFe 反応であることを明らかにした。 を固溶したCr3C2からなる炭化物系硬質皮膜が形 (3)TiおよびTi−6Al−4v合金をプラズマ浸炭し、そ 成できることを明らかにした。 の表面にはTiCが生成することを明らかにした。 第6章では、前章での結果を踏まえてより広範 また、スーティングが炭化物層の成長におよぼす 囲な分野での利用を考慮し、燃焼炎トーチを用い 影響について検討し、炭化物層の成長を著しく阻 て再溶融処理したNi基自溶合金溶射皮膜における 害することを明らかにした。 プラズマ浸炭を利用した表面改質法について検討 (4>WC−Co系溶射皮膜において、溶射時にWCとCo相 した。その結果、皮膜表層には少量のMo、 Niおよ が分解した皮膜をプラズマ浸炭することにより、 びFeを含むCr3C2が生成し、皮膜表層が硬質化で WCとCo相の2相からなる健全な超硬合金皮膜に改 きることを明らかにした。また、このようなプラ 質できることを明らかにした。 ズマ浸炭を利用したNi耳袋溶合金溶射皮膜の改質 ⑤Ni雪降溶合金溶射皮膜のプラズマ浸炭を試みた 技術を熱間鍛造用金型に適用し、実際に製造工程 結果、皮膜表層にCr3C2からなる炭化物系硬質皮 での耐久性試験を行った。その結果、従来から使 膜を形成できることを明らかにした。 用されている金型に比較して優れた耐久性を示す (6)プラズマ浸炭を利用したN玉基自溶合金溶射皮膜 (170) 平成6年10月25日 4 号外 第4号 の改質技術を熱間鍛造用金型に適用し、工業的に も有用な技術であることを明らかにした。 大阪府立大学告示第49号 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 以上のように、本研究はプラズマ浸炭を利用し 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 た炭化物系硬質皮膜の作製に関する基礎的知見を 第1項の規定に基づき、平成6年7月30日博士の 得るとともに、新たに溶射加工との複合化による 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 炭化物系硬質皮膜の作製技術を開発したものであ 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の り、学問的意義はもとより、プラズマ浸炭法の新 要旨を次のとおり公表する。 たな用途開発の指針を示すものとして貢献すると 平成6年10月25日 ころ大であり、また申請者が自立して研究活動を 大阪府立大学長 平 紗 多賀男 行うに必要な能力と学識を有することを証したも のである。 た 本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試 ざわ さとし 称号及び氏名 博士(工学) 田 沢 聰 験の結果に基づき、博士(工学)の学位を授与す (学位規程第3条第2項該当者) ることを適当と認める。 (神奈川県 昭和30年2月23日生) 審査委員 主査 教 授 中 山 豊 副査教授市之瀬弘之 副査教授岡村清人 論 文 名 LSlプロセスシミュレーション技術に 関する研究 1 論文内容の要旨 LSIの高集積化に伴い、その製造工程は複雑 化の一途をたどっている。例えば、100Kゲート級 の論理LSIに用いる最小加工寸法0.5μmのプ ロセスでは、その工程数は約400となり、一連の 工程を全て実施するには最低でも1か月程度の期 間を必要とする。そのたあ、試行錯誤的な試作の 繰り返しによって、各工程のプロセス条件を最適 化していく旧来のLSI開発手法は適用不可能に なりつつある。そこで、各研究機関では、工程を 実際に実施する代わりに、計算機上で模擬的に工 程を実施して、その結果を予測するプロセスシミ ュレーション技術の研究・開発を進めてきた。現 在、プロセスシミュレーションは、主にプロセス 設計分野で利用され、試作回数の削減によるLS I開発の短TAT(Turn Around Time)化に貢献し ている。しかし、LSIのプロセス評価/解析分 野では、プロセスシミュレーションを利用する研 究は乏しく、現在でも、経験者の勘に頼る作業が 数多く残存しているのが現状である。著者は、こ の分野でもプロセスシミュレーションを有効に活 用して、LSIの信頼性向上と製造歩留りの向上 (171) 平成6年10月25日 に貢献することを目的として研究を進あてきた。 号外 第4号 5 子やサブミクロン素子に適用した結果を示す。 本論文は、この分野において著者が行なってきた、 第3章では、まず、不純物分布シミュレーショ プロセスシミュレーションの基礎技術の研究と、 ン結果をデバイスシミュレータに与えて、素子の 実プロセスへの応用技術の研究をまとあたもので 電気的特性を予測するプロセス/デバイス統合シ ある。 ミュレータに、オプティマイザを結合した最適化 第1章の緒論で、本研究の位置づけを述べる。 シミュレータについて述べる。ここでは、MOS ここではまず、LSIのプロセスシミュレーショ FETの1−V特性曲線のシミュレーション値を ンに最低限必要な要素シミュレータは、イオン注 実測値にフィッティングさせるのに効果的な評価 入シミュレータ、不純物拡散シミュレータ、酸化 関数を提案し、プロセスパラメータの逆導出が容 形状シミュレータ、デポジション・エッチング形 易に行なえるようにしている。評価関数としては、 状シミュレータ、露光(フォトリソグラフィー) ゲート電圧の全領域に対して感度を持たせるため、 シミュレータの5つと、素子特性を計算するデバ 実測とシミュレーション結果の電流値の差を実測 イスシミュレータであることを示す。これらのシ の電流値で規格化したものと、実測とシミュレー ミュレータは、LSI製造工程の内、前半の基板 ション結果の電流の対数値の差をシミュレーショ 工程をシミュレートするものと、後半の配線工程 ン結果の対数値で規格化したものとの和の形を採 をシミュレートするものに分類できる。さらに、 用している。さらに、本章では、このシミュレー 全工程における形状変化を簡易にモデル化した断 タを用いて、MOSFETの1−V特性の実測デ 面構造高速表示プログラムを加えれば、LSIの ータから、プロセス異常箇所を分類する方法と、 プロセス評価/解析分野で、それぞれ、①素子特 その異常箇所に関連するプロセスパラメータの中 性評価、②配線歩留り/信頼性評価、⑧LSI故 から、変動した可能性のあるパラメータとその変 障解析、に適用できることを説明する。本研究は 動値を推定する方法を提案し、その有効性を例題 この3っの領域をターゲットとしたものであり、 によって示す。 第2章と第3章が①素子特性評価、第4章と第5 第4章では、まず、各種のデポジションとエッ 章が②配線歩留り/信頼性評価、第6章が③LS チングを統一的に記述することが可能な局所デポ I故障解析に関連する研究をまとめたものである。 ジション/エッチングレート計算モデル(Unified 第2章では、まず、TEG(Test Element mode1)を提案する。本モデルでは、デポジション Group=プロセスやデバイスの評価用素子を搭載し とエッチングの反応を、等方性反応と3つの異方 た測定専用ウエハ)測定データベースとシミュレ 性反応の線形結合で表現する。3つの異方性反応 ータを結合したプロセス評価システムについて述 とは、直接入射イオンによる反応、直接入射中性 べる。次に、このシステムを用いて、MOSキャ 粒子による反応、間接入射(反射/再付着)粒子 パシタとMOSFETの電気特性から、プロセス による反応の3つである。これによって、6つの の問題箇所を推定する方法を提案する。本評価法 パラメータ(加工特性パラメータと呼ぶ)だけで では、シミュレータで求あたMOSキャパシタの LSI加工に用いられる全てのデポジションとエ 理想C−V特性と実測特性との比較から真のフラ ッチングの工程を記述することが可能となる。な ットバンド電圧(V,B)を決定し、さらに、シミ お、デポジションとエッチングの違いは正負の符 ュレーションで求めたMOSFETの理想1−V 号の違いで表現する。次に、このパラメータを用 特性と実測特性との比較からキャリア移動度 いた2次元形状シミュレーション方法について詳 (μo)を求める。これらの結果を基に、プロセス しく述べる。ここでは、微小時間ステップ毎に、 異常原因を、汚染、ダメージ、パタン形成不良、 表面形状を近似した折れ線の各頂点において、頂 等に識別する。本章では、最後に、本評価法をホ 点の移動ベクトルを高精度に計算する手法(Plane ウ素とヒ素の複雑なチャネルドープ工程を経た素 model)を提案し、凹および凸の角張った形状を含 (172) 6 号外 第4富 平成6年10月25日 む任意の形状が高精度に扱えることを示す。本手 削除』と、各面を移動させた後にできる構造から 法では、角の部分はその両側の面が持っている傾 影響の少ない面を削除する『面削除』のアルゴリ 斜角度の間の角度成分を持つ多くの仮想面が集ま ズムを用いて、3面を抽出する。さらに、本章で った場所と考える。これらの仮想面は移動後に包 は、3次元シミュレーションにおいて、一般的な 絡面を形成する。この包絡面には無効な面が含ま ソリッドモデラー(図形演算プログラム)を有効に れる場合があるが、本手法では、角の凹凸判定に 活用することにより、形状変形の過程で生ずる不 よって、移動ベクトルの先端を必ず有効な包絡面 要ループ(移動ベクトルが交差することによって 上にとることができる。本章では、さらに、ライ 生じる不要な図形)の除去処理を必要としない簡 ン&スペースパタンのフォトマスクを用いて作製 便な形状変形手法(GSM法)を、3次元グリッド した形状測定用ウエハの断面形状から、加工特性 生成/調整法と合わせて提案する。最後に、本シ パラメータを抽出する方法を説明する。最後に、 ミュレータで、RIE法によるホールのエッチン 本シミュレーションを、スパッタデポジション、 グと、スパッタデポジション法によるホール部へ バイアスECRデポジション、リアクティブイオ の幽趣ルデポジションのシミュレーションを行な ンエッチングに適用し、実測形状(SEM写真) い、実測形状(SEM写真)と比較した結果を示す。 と比較した結果を示す。 第6章では、全工程を簡便に扱う断面構造高速 第5章では、3次元形状シミュレーションの技 表示技術について述べる。ここでは、コンピュー 術について述べる。ここで、まず、4章で述べた タ画面上のピクセル値(色)の違いによって物質 加工特性パラメータと局所デポジション/エッチ の種別を定義し、従来のような各物質領域の境界 ングレート計算モデル(Unified model)の3次元 線(折れ線)データを持たないことを特徴とする への拡張(3−Dunified model)について述べる。 モデル(Pixel model)を提案する。本手法では、 本モデルは2次元モデルとパラメータの互換性を 不要ループ除去等の複雑な図形処理が一切不要な 保持しているため、2次元パタンで抽出した加工 ため、リアルな断面形状を高速かつ安定に生成で 特性パラメータをそのまま3次元シミュレーショ きる。デポジション/エッチングに対しては、画 ンに利用できる利点がある。次に、シャドーイン 面上で、物質境界(色境界)のピクセルを中心に、 グ効果(デポジションやエッチングに寄与する飛 Unified modeIに基づいた加工特性図形を、楕円 来粒子がウエハ表面の凹凸によって遮蔽される効 や線分等の基本図形で近似し、描画することによ 果)を簡便かつ高精度に計算する手法について述 って、断面加工形状を生成する。粘性膜塗布や選 べる。本手法では、半球メッシュを用いることに 択酸化等の工程に対しては、拡散理論に基づくガ よって、複雑な形状のシャドーイング計算を簡便 ウス分布による近似を用い、基本図形の描画で断 に実施する。本章では、さらに、凹凸の組み合わ 面加工形状を生成する。イオン注入や熱処理に対 さった3次元形状を含む任意の形状が高精度に扱 しては、基本図形の描画によって不純物領域を生 える移動ベクトルの計算法(3−Dunified mode1) 成する。本プログラムを用いて、BPSGリフロー、 を提案する。本手法では、計算点の回りの全ての SiO2エッチバック、 SOGコーティング、等の平坦 辺の凹凸を調べることによって、2次元の場合と 化プロセスを含む3層配線BiCMOSLSIの断面形 同様、移動ベクトルの先端を必ず有効な包絡面上 状生成、および、セルフアライン技術を駆使した にとることができる。ただし、この手法の適用は バイポーラトランジスタの断面形状生成に適用し、 計算点の回りの面の数が3つ以下の場合に限られ 高速(1∼2分)に、FIBやSEMによる実 る。そこで、4つ以上の面で構成されている頂点 LSIの断面写真とよく一致する画面が生成でき に対しては、それらの面の中から、形状を代表す ることを示す。 る3つの面を抽出する方法を導入する。ここでは、 隣合う面の角度が一定値以下の辺を削除する『辺 (173) 第7章では、本研究で得られた主な成果を要約 する。 号外 第4号 7 平成6年10月25日 2 学位論文審査結果の要旨 の断面形状を生成し、実測形状との比較に基づい 本論文は、プロセス評価・解析分野におけるプ て、高精度な形状予測が可能であることを示した。 ロセスシミュレーションの基礎技術の研究と、そ 以上の諸成果は、LSIの信頼性及び製造歩留 の実プロセスへの応用の研究をまとあたものであ りの向上を達成する為に必要な基礎的知見を提供 り、次のような成果を得ている。 したものであって、集積回路工学の分野に貢献す (1)評価用素子から得られる測定データベースとシ るところ大であり、また、申請者が自立して研究 ミュレータを用いたMOSLSI製造プロセスの 活動を行うに必要な能力と学識を有することを証 評価システムを確立し、プロセスの異常原因を汚 したものである。 染、ダメージ、パタン形成不良等に識別すること 本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試 を可能にした。さらに、このシステムを実際の素 験の結果から、博士(工学)の学位を授与するこ 子に適用し、その実用性を示した。 とを適当と認ある。 (2)シミュレーションから求あたMOSFETの 審査委員 1−V特性曲線を実測値に合わせることによって 主査 教 授 村 田 顯 二 プロセスパラメータの導出が行えるプロセス/デ 副査 教 授 奥 田 昌 宏 副査教授奥田喜一 副査教授福永邦雄 バイス統合・最適化シミュレータを開発した。さ らに、これを用いて、プロセス異常箇所を分類す る方法及び異常箇所に関連するプロセスパラメー タの推定とその変動値を求ある方法を提案し、シ ミュレータの有効性を実例によって示した。 大阪府立大学告示第50号 (3)デポジションとエッチングを統一的に扱うこと 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 が出来るモデルと移動面のベクトル計算が出来る 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 モデルを提案し、これらを用いて2次元形状シミ 第1項の規定に基づき、平成6年7月30日博士の ュレータを開発した。さらに、このシミュレータ 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 をスパッタデポジション、イオンエッチング等に 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の 適用し、実測形状との比較から、モデルの妥当性 要旨を次のとおり公表する。 を確認した。 平成6年10月25日 (4)前項(3)の2次元形状シミュレーションを3次元 大阪府立大学長 平 紗 多賀男 へ拡張した。このたあに、飛来粒子がウエハ表面 の凹凸によって遮蔽される効果を計算する手法や たに もと ただ よし 任意の3次元形状が高精度に扱える移動ベクトル 称号及び氏名博士(農学)谷本忠芳 の計算法を考案した。さらに、本手法を用いて、 (学位規程第3条第2項該当者) コンタクトホールのエッチングとホール部へのメ (三重県 昭和27年5月12日生) タルデポジションのシミュレーションを行い、得 られた結果が実測形状とよく一致することを確認 した。 論 文 名 サトイモおよびクワイの交雑育種に関する研究 〈5)前項(4)に基いてLSI素子の断面構造を簡便に、 かつ高速(1∼2分目に表示する技術を開発した。 1 論文内容の要旨 コンピュータ画面上のピクセルを物質に応じて色 サトイモ(Co/αasia escmZenta Schott)とク 識別することによって、境界線に対して折れ線を ワイ(Sα9毛ttαrta trifoLta L.var. eduZis 持たない画面表示が出来るようになった。本プロ (Sieb.)Ohwi)は、ともに日本では古くから栽培 グラムを用いて、3層配線BiCMOSLSI等 されている作物であり、肥大した茎(球茎)を利 (174) 8 号外 第4号 平成6年10月25日 用し、栄養繁殖によって増殖させるなど栽培上の よびマレーシア産の各1系統、およびインドネシ 共通点が多い。また、栄養繁殖性であることから、 ア、タイ、中国、台湾および日本産の45系統は水 着平することはまれであり、新品種は芽条変異に 田の周りや道路の近くで生育していた。ネパール よって偶発的に得られ、親品種と大きく異なるも 産の2系統、台湾産の1系統および中国産および のではないとされる。一方、同じく栄養繁殖性作 日本産(本州、九州および八丈島産)のすべての 物であるサツマイモやジャガイモなどでは交雑育 系統は三倍体(2nニ42)であり、ほかの系統は二 種により優良な品種が育成されているので、サト 倍体(2n=28)であった。野生系統にはこん棒形 イモやクワイでも交雑育種による品種改良が有効 の早いもを作る系統と、長い走出枝を出し、その と考えられる。しかし、サトイモやクワイでは栽 先端に幼植物を作る系統とがあった。花序の7形 培品種、野生系統の類縁関係、交雑の可能性など 質に基づく主成分分析の結果、地理的に近い場所 交雑育種に関する基礎的な事項がほとんど解明さ で採集した系統の花序は類似していた。花序の形 れていない。 態は栽培化の過程で変化していないと考えられ、 そこで、本研究ではサトイモに関しては栽培品 植物学的分類の基準として有用と考えられてきた。 種および野生系統の形態およびアイソザイム・パ しかし、花序の形質は系統間で連続的に変異して ターンの変異を調べ、それらの類縁関係を検討し いたので、サトイモの植物学的分類を行うために た。次に、人為的に着花を促進させ、栽培品種と はほかの形質も考慮に入れる必要があると考えら 野生系統の間における雑種育成の可能性を検討し れた。 た。クワイについては、その近縁種も含あて核型 第2節 栽培品種および野生系統のアイソザイ を明らかにし、それらの間の交配親和性を調べて ム・パターンの変異 類縁関係を推定し、クワイの交雑育種における近 日本の38栽培品種および日本と台湾の18野生系 縁種の利用の可能性を検討した。次に、人為的に 統について、パーオキシダーゼおよびエステラー クワイの着花を促進して、品種内および品種間で ゼのアイソザイム・パターンを調査した。品種、 交配を行い、その後代の形態的形質の変異を明ら 系統間には両アイソザイム・パターンの違いがみ かにした。また、優良と考えられる後代を選抜し られた。2酵素のアイソザイム・パターンに基づ た。 くクラスター分析からは、栽培品種の‘唐芋’と 第1章サトイモの交雑育種に関する研究 第1節 栽培品種および野生系統の形態的形質の 変異 ‘八つ頭’は同一の小クラスターに含まれ、 ‘八 つ頭’は‘唐芋’の算当異変によってできたとす る推論を支持する結果を得た。また、長野県、鳥 日本の栽培品種および日本と東南アジアの野生 取県、九州および八丈島の野生系統は栽培品種の 系統を収集し、それらの形態的形質を調査した。 ‘鞍壷’に近縁であり、台湾の野生系統は栽培品 日本の栽培品種には二倍体(2n=28)と三倍体 種の5赤芽’および‘みがしき’と近縁であると (2n ・42)とがあった。葉の形態および株あたりの 考えられた。そのほかの栽培品種は日本の野生系 親いも(球茎)および早いも(仔球)の重量には、 統とは異なるクラスターに含まれ、日本の栽培品 品種間に大きな変異がみられた。栄養器官の形態 種は日本の野生系統から分化したとは考えられな 的形質に基づくクラスター分析の結果、栽培品種 かった。一方、アイソザイム・パターンによって は子いもを利用する二つの品種群、親いものみ、ま は栽培品種と野生系統、および二倍体と三倍体と たは親いもと子いもの両方を利用する品種を包括 をそれぞれ区別できなかった。 した一つの品種群、および帯化した親いもを利用 第3節ジベレリン酸(GA 3)処理による開花時期 する一つの品種群の計4群に大まかに分類できた。 野生サトイモについては、ネパールとマレーシ ア産の各1系統は森林の中で生育し、ネパールお (175) および着花数の調節 サトイモの一部の栽培品種では、GA 3処理によ って着花が促進されることが知られている。そこ 平成6年10月25日 号外 第4号 9 で、二倍体の‘みがしき’および筍芋’、およ ダカの野生型、ウリカワおよびアギナシの核型は び三倍体の‘油酸’、 ‘静岡早生’、 ’ウ一直 クワイと同じであった。ナガバオモダカでは1対 ン’および1野生系統に対して、条件を変えて の染色体に小さな付随体があり、核型はK(2n)= 300ppmのGA3水溶液を処理し、開花時期および着 2V+16J+2Jt+2jで示された。 Cバンド法による 外数を調査した。 GA3水溶液への種いもの浸漬処 染色体の分染を試みたところ、ウリカワの1個体 理、および10meのGA,水溶液の葉柄基部への滴下 およびナガバオモダカの染色体にCバンドが認あ 処理によって、サトイモの着花が促進された。着 られた。このCバンド・パターンは種内の多型現 花促進効果は両処理ともに品種間で異なり、 ‘み 象であり,種に固有のバンドは認あられなかった。 がしき’、 図無’および心懸’では効果が高 以上のことから、オモダカ属には核型の分化がほ かった。滴下処理では処理時間が遅いほど開花時 とんど起こっていないと考えられた。 期が遅くなり、滴下回数の増加に従って着花数が ‘吹田くわい’、オモダカ、アギナシおよびナ 増加した。二倍体品種では9∼10月に開花すると ガバオモダカを相互に交配したところ、いずれの 花粉稔性が高くなった。比較的多くの花序を着け、 組合せでも種子が得られた。種内交雑にあたる 花粉稔性の高い時期に開花すれば交配に有利であ ‘吹田くわい’×オモダカでは多くの種子は発芽 り、そのためには6月中旬から8月初旬に滴下処 し、植物体はよく生長したが、種間交雑によって 理を行うのがよいと考えられた。 得られたほとんどの種子は発芽せず、発芽しても 第4節雑種種子の獲得および雑種の染色体数 芽生えの段階で枯死した。しかだって、これらの 栽培品種間、野生系統間および栽培品種と野生 系統間で交配を行った。栽培品種では、 GA3処理 種間の生殖的隔離は強いと考えられた。 第2節 クワイの開花および種子発芽の促進 によって着花を促して交配した。花粉稔性の高い ‘白くわい’および‘青くわい’の種いもを30 栽培品種および野生系統を用いれば、二倍体問で および300ppmのGA3水溶液に3時間浸漬した後、 の交配は容易であり、交配組合せによっては二倍 直ちに植え付けて栽培し、GA3の着花促進効果を 体と三倍体間または三倍体間でも種子が得られた。 調べた。その結果、両品種とも300ppm処理区で高 種子の発芽率は採取直後には約80%と高かったが、 い着花率が得られた。2品種の処理個体の花粉稔 貯蔵期間に伴って低下し、6か月後には約50%に 性はきわめて高く、放任受粉によって多くの種子 なった。 が得られた。種子には強い休眠性がみられたが、 二倍体間の雑種のうち1個体は異数体、ほかの 種子を土壌中に2か月間埋あること(埋土処理) 228個体は二倍体であった。二倍体と三倍体との により休眠を打破できた。また、クワイの種子は 雑種の染色数は28本から42本の間で、個体間に変 明条件下で発芽し、容易に幼苗が得られることが 異が認あられた。 明らかになった。 第2章 クワイの交雑育種に関する研究 第1節 クワイおよび近縁種の核型と交配親和性 第3節品種内および品種間交配の後代における 形態的形質の変異 クワイの2品種(‘青くわい’および邑白くわ ‘青くわい’、 ‘白くわい’および‘吹田くわ い’)、オモダカの栽培型である‘吹田くわい’ い’の間で相互に交配を行い、後代を育成した。 とその野生型、および近縁種のウリカワ、アギナ ‘青くわい’および‘白くわい’では前節の方法 シおよびナガバオモダカの核型を調べた。これら で馬韓を促進させた。雑種の多くは両親品種の中 のうち、クワイはオモダカの変種とされ、ほかの 間の形質を示したが、 ‘吹田くわい’を片親とし 種はクワイと同じオモダカ属植物である。供試し た雑種は‘吹田くわい’と同様に多くの花序を着 たすべての植物の染色体数は2n=22であり、クワ け、葉柄下部に赤紫色の着色がみられた。また、 イの核型はK(2n)=2V+18J+2」で示され、品種 品種間交配の後代には着生花序数、株あたり球茎 間変異はみられなかった。 ‘吹田くわい’、オモ 重、球茎の形および葉柄下部の着色の程度に関し (176) 平成6年10月25日 10号外 第4号 て両親の変異幅を超す個体がみられた。品種内交 そして、変種間の形態的な差異はクワイの品種間 配の後代にも大きな形態的変異がみられた。葉数、 差異に比べて大きいとは思われなかったので、ク 草丈、球茎の数および球茎の重量に関する広義の ワイをオモダカの栽培型とみなし、 ‘吹田くわ 遺伝率はいずれも高く、表現型による優良個体の い’をクワイの1品種として扱うのが良いと考え 選抜が可能であると考えられた。 られる。そして、クワイの品種内および品種間交 第4節 品種内および品種間交配の後代からの優 配の後代には大きな形態的変異がみられること、 良系統の選抜 および後代の中から優良な系統が得られたことか 前節の品種内および品種間交配の後代のうちか ら、クワイの育種には品種内および品種間交配が ら、実用形質に関して優良と考えられる個体を栄 有効であると考えられ。 養繁殖して系統を育成した。それらの系統のうち、 とくに優良と考えられる‘青くわい’ב青くわ い’の1系統(Ao×Ao系統)、および‘白くわい’ 本研究によって得られた知見が端緒となり、サ トイモおよびクワイの交雑育種の推進が期待され る。 ב ツくわい’の1系統(Sh×Ao系統)を選抜し た。これらの球茎の皮の色および形は‘青くわ 2 学位論文審査結果の要旨 い’に似ており、球茎の水分、粗タンパク質、澱 サトイモとクワイは、ともに日本では古くから 粉および可溶性糖の含量は‘青くわい’の含量に 栽培されており、肥大した茎(球茎)を利用し、 近かった。これらの選抜系統を‘青くわい’の在 栄養繁殖によって増殖させるなど、栽培上の共通 来2系統とともに水田で栽培して球茎の収量を調 点が多い。また育種においては、ともに芽条変異 査したところ、Ao×Ao系統は中程度の大きさの球 が利用され、交雑育種は行われていない。しかし、 茎を、Sh×Ao系統は比較的大きな球茎を多く着け、 同じ栄養繁殖生作物であるジャガイモやサツマイ いずれも収量は親品種より高かった。これらは実 モでは、交雑法によって大きな育種の成果をあげ 用系統として有望であると考えられた。 ていることから、サトイモやクワイでも交雑育種 第3章 総合考察 による効果が大きいと推察される。 サトイモの栽培品種と野生系統の間には側枝の 本研究はサトイモおよびクワイの栽培品種、野 形態に大きな差異があった。しかし、アイソザイ 生系統、近縁植物等について、相互の類縁関係、 ム・パターンに関しては栽培品種と野生系統の間 交雑の可能性など、交雑育種を行うに当たって必 の違いよりも栽培品種間または野生系統間の違い 要な基礎的知見を得ることを目的として行われた。 のほうが大きい場合があった。品種間および系統 結果の概要は以下に述べるとおりである。 間のアイソザイム・パターンの違いはそれらの間 1.サトイモの交雑育種に関する研究 の遺伝的違いを反映していると考えられるので、 1)サトイモの栽培品種と野生系統にはともに このパターンが大きく異なる品種間での交配によ 二倍体と三倍体があり、栽培品種と野生系統との り、実用形態の大幅な改良が期待できる。また、 間には側枝の形態について特に大きな差異が認め 本研究により栽培品種と野生系統との雑種が容易 られた。 に得られることが明らかになり、野生系統の育種 花序の形態は一般に植物分類の基準として重視さ 的利用も可能と考えられる。 れるが、サトイモの場合は系統間で連続的に変異 クワイの2品種間には染色体数および核型の差 異はほとんどなく、オモダカおよび近縁種との間 にも大きな差異はみられなかっ。オモダカ属の種 しているので、分類基準として必ずしも適当では ないと考えられた。 2)ペルオキシダーゼおよびエステラーゼ・ア 間雑種は得られなかったが、クワイの2品種と、 イソザイムのパターンに関しては、栽培品種と野 ‘吹田くわい’との間、および‘吹田くわい’と 生系統の間の違いよりも栽培品種間あるいは野生 野生型のオモダカとの間の雑種は容易に得られた。 系統間の違いのほうが大きい場合があり、パター (177) 号外 第4号 11 平成6年10月25日 ンの大きく異なる品種間の交雑により実用形質の 配系統は親品種より収量が多く、実用的にきわめ 大幅な改良が期待できること、栽培品種と野生系 て有望と考えられた。 統の雑種が比較的容易に得られる可能性のあるこ と、などが示唆された。 3)ジベレリン酸(GA3)水溶液への種いもの浸 漬処理およびGA3水溶液10meの葉柄基部への滴下 処理によって、サトイモの開花が促進された。着 手促進効果は両処理法とも品種によって多少異な るが、処理時期によって、また滴下処理の場合に 以上の研究成果はサトイモおよびクワイの交雑 育種を推進する上で多くの貴重な基礎的知見を与 えるだけでなく、育種学の進展にも寄与するとこ ろが大きい。 よって、学力確認の結果とあわせて博士(農 学)の学位を授与することを適当と認める。 審査委員 は回数の増減によって、開花時期および着花数の 主査 教 授 中 村 明 夫 調節が可能であることが示された。 副査 教 授 三 本 弘 乗 副査教授池田英男 副査講師山N’裕文 4)栽培品種間、野生系統間及び栽培品種と野 生系統間の交配実験では、花粉稔性の高い栽培品 種や野生系統を使用すれば、二倍体間での交配は 容易であり、交配組合せによっては、二倍体と三 倍体あるいは三倍体間でも種子の得られることが 明かになった。 大阪府立大学告示第51号 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 2.クワイの交雑育種に関する研究 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 1)クワイ、オモダカ(植物分類学上クワイは 第1項の規定に基づき、平成6年7月30日博士の オモダカの変種とされている)および近縁種のウ 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 リカワ、アギナシ、ナガバオモダカについて核型 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の を調査した。染色体数はいずれも2n=22で、クワ 要旨を次のとおり公表する。 イの核型はK(2n)=2V+18J+2jで示された。ナ 平成6年10月25日 ガバオモダカにおいて1対の染色体に小さな付随 体が観察されたが、それ以外の植物はいずれもク 大阪府立大学長 平 紗 多賀男 ワイと同じ核型を示し、オモダカ属では核型に関 する種間分化がほとんど生じていないと考えられ だ て ひろ たか 称号及び氏名 博士(農学) 伊 達 寛 敬 た。しかし、近縁種間の交雑においては、種子は (学位規程第3条第2項該当者) 得られるもののほとんど発芽せず、種間の生殖隔 (岡山県 昭和28年5月10日生) 離はかなり強いことが推察された。 2)クワイの種いもを300ppmのGA3水溶液で3 論 文 名 時間浸漬処理することにより、着花率が顕著に高 促成栽培ナスの青枯病の発生生態と まった。処理個体の花粉稔性は良好で、多量の種 防除に関する研究 子が得られた。またクワイの種子は明条件下で発 芽し、容易に苗が得られることが明らかになった。 1 論文内容の要旨 3) 「青くわい」、 「白くわい」および「吹田 わが国におけるナスの栽培は,トマト,キュウ くわい」の3品種について、相互の間で交配実験 リなどともに野菜の中で重要な位置を占めている。 を行なった。品種間交配では一部の形態的形質が 近年,この露地栽培は減少しているが,施設栽培 超優性を示し、同一品種内の交配でも大きな形質 ではハウスの大型化や作期の拡大により生産量が 的変異がみられた。主要形質の遺伝率は概して高 増加している。 く、選抜の有効性が示唆され、実験に1,2の交 一方,促成栽培ナス(促成ナス)の連作に伴っ (178) 平成6年10月25日 12号外 第4号 て1979年ごろからPseudomonas solanacearum(E. 原因を究明した。さらに,青枯病の生態解明に不 F.Smith)E. F. Snlithによる青枯病の被害が増加し, 可欠な本病細菌の土壌中における生存環境や死滅 ナスの安定生産上大きな障害となっていた。これ 条件についても調べた。 までに,全国的にとられてきた対応策は,抵抗性 1.1983∼1986年,本病細菌の菌群の分布を調 台木の利用,薬剤による土壌消毒が主なものであ べたところ,皿群菌が92%,皿,Wがそれぞれ1 った。しかし,抵抗性台木の罹病化や薬剤の効果 %,1,Vは全く認められなかった。 不足などで青枯病に対する的確な防除対策はなく, 2.本病の多発圃場でカボチャ台キュウリの萎 以前から促成ナスでは最も重要な病害であるとさ ちょう,枯死症状を認あ,本症状が青枯病細菌 れてきた。 Pseudomonas solanacearum(E. E Smi th)E. F. Smi th 本研究は,促成ナスの青枯病の病愚ならびに発 によることをわが国で初あて明らかにし,新病名 生状況を明らかにするとともに,本病細菌の寄生 「カボチャ青枯病」を提唱した。本病細菌は,そ 性および生理,生態,さらには伝染方法を解明し, の寄生性からナス青枯病細菌の一部の系統が変異 台木の抵抗性の崩壊機構を調べて防除法を確立す したものと考えられた。 るために行ったものである。 3.ナス科植物青枯病細菌には,わが国で自然 第1章 促成ナスの青枯病の病徴および発生状況 発病が認められているダイコン,シュンギク,キ 促成ナス青枯病の病母の特性を明らかにし,発 ク,ゴマ,インゲンマメなどの宿主植物を侵す菌 生状況の調査を行った。 1.本病の発生は,定植直後の9月から収穫終 了の6月越で認められた。9∼10月や翌年の5∼ 株が多かったが,カボチャを侵すものは極あて少 なかった。 4.本病細菌は,滅菌水中では43℃,24時間, 6月にみられる発病株は,露地栽培ナス(露地ナ 被害残渣中では43℃,2日間または40℃,5日間, ス)の場合と同様に急激に萎ちょうして青枯病状 土壌中では43℃,24時間または40℃,5日間以上 を呈し,短期間のうちに枯死した。しかし,11月 の処理で死滅した。 から翌年4月までにみられる発病株では,病徴は 5.促成ナス青枯病の多発圃場で本病細菌の土 緩慢に進行した。とくに2∼4月の発病株では, 壌中における分布を深度別に調べると,地表下40 露地ナスには認められない一部の側枝の葉のみが c皿までに数多く認められ,地表下100cmからも検 萎ちょう,黄化するという病徴がみられ,主枝は 出された。土壌中における水分含量が低い場合や 5月ころに萎ちょうして枯死した。 湛水条件で発酵鶏糞などの有機物を施用した場合 2.多発圃場における本病は,主に年内に多発 には,本病細菌の菌量は急激に低下した。 する型(当年型)と翌春から多発する型(翌春 型)に分かれたが,いずれの産地でも翌春型が多 第3章青枯病細菌の伝染方法と台木の抵抗性の 崩壊 かった。発生状況から,当年型は土壌伝染による 第1章で述べたように,促成ナスの青枯病細菌 と考えられ,翌春型は地上部からの伝染によるも には土壌伝染だけでなく,地上部からの伝染が示 のと推測された。 唆された。また,通常トルバム・ビガーを侵さな 3.本病の多発要因は,定植が早まって発病適 い皿群菌が数多く分布している現地圃場で定植を 期に定植することになったこと,太陽熱利用によ 早めると,トルバム・ビガーが激しく発病した。 る土壌消毒の不徹底にあると考えられた。 そこで,収穫,管理作業に用いる勇定用ハサミに 第2章 青枯病細菌の寄生性および生理,生態 よる伝染について調べるとともに,高温下での各 促成ナス青枯病細菌の菌群とその年次変動を調 菌群に対する抵抗性台木の反応を調べた。 べ,全国から採集したナス科植物青枯病細菌の各 1.翌春型の発病推移がみられる現地圃場では, 種植物に対する寄生性を検討した。また,青枯病 2月以降に一部の側枝の葉が萎ちょう,黄化する 細菌によるカボチャ台キュウリの萎ちょう症状の 症状が最初に現われる株が多く,発病した側枝は (179) 平成6年10月25日 号外 第4号 13 株の同じ側に多くみられ,その木質部は激しく褐 剤の50∼100倍液に1秒間浸漬することが実用的 変していた。本病細菌で汚染させたハサミで健全 であり,この消毒液の有効保存期間は暗所で2週 なナスの主枝および側枝に接種すると,現地圃場 間であった。 の症状が再現された。したがって,翌春型の発病 4.11種類の有機物施用処理のうち,発酵鶏糞 は主に勢定用ハサミによって起こることが明らか および豚糞堆肥の土壌施用は,本病の発病抑制に になり,3月以降の蔓延は主に地上部からの伝染 有効であった。 によるものであることが判明した。 5.1985年と1986年に実施した太陽熱利用によ 2.皿群菌に汚染した圃場で地温が高い時期に る土壌消毒は,本病の発病抑制に有効であり,こ 定植すると,トルバム・ビガーの発病は高くなっ れと抵抗性台木を組合わせた場合,本病の防除に た。一方,トルバム・ビガーは高温条件(30−35 卓効を示した。 ℃)下で皿群菌に対して罹病性となり,IVに対し 第5章 総合考察 ては発病度が高くなる傾向にあった。しかし,こ 以上の実験結果に基づき,ここでは主として青 れは,高温条件下においても1,llに対して安定 枯病細菌の伝染方法,台木の抵抗性の崩壊および した抵抗性を示した。また25,30,35℃の各静置 防除法について以下のように考察した。 培養条件下での本病細菌の増殖性には,各菌群間 促成ナスの青枯病は,定植直後に発生するだけ で顕著な差を認あなかった。したがって,早期に でなく,翌年の3月以降にも多発することが多か 定植したトルバム・ビが一台促成ナスに青枯病が った。本病は土壌伝染病であるが,勇定用のハサ 多発したのは,高い地温によりトルバム・ビガー ミによる地上部からの伝染もあることが明らかに の抵抗性が崩壊したたあであると判断された。 なった。2∼4月には本病の進行は緩慢で,健全 第4章 防除法 株との区別がっきにくい。さらに,収量増加に伴 本章では,病原細菌の菌群に対応した抵抗性台 う収穫,管理作業のため,ハサミの使用回数が増 木を選定するとともに,台木抵抗性の補完技術で えたことが3月以降の多発要因であると考えられ, ある地温の上昇抑制,地上部からの伝染防止,有 この場合にハサミを消毒すると本病の二次伝染が 機物施用による発病抑制および太陽熱消毒の技術 遮断されることが確かめられた。 について検討し,促成ナスの青枯病に対する総合 防除対策の確立を図った。 トルバム・ビガーの抵抗性の崩壊は高い地温下 で起こり,その現象は本病細菌の菌群によって異 1.1984∼1986年に幼植物接種および汚染圃場 なることを初めて明らかにした。m群菌に対する への接ぎ木ナスの定植により抵抗性検定を行った トルバム・ビガーの抵抗性は30℃以下で安定して ところ,皿群菌にはトルバム・ビガー,YH−5, おり,その地温に下がるまで寒冷紗被覆を行うと, トレロ,IV群菌にはトレロ, MI−6がそれぞれ 発病抑制に役立つことが明らかになった。したが 抵抗性を示した,そこで,糸貫菌が数多く分布す って,抵抗性が崩壊しやすい品種を高温時に定植 る現地圃場で,トルバム・ビガー台への接ぎ木栽 する場合には,寒冷紗による被覆が有効であると 培の実用性を検討したところ,同様に効果が高か 考えられる。 った。 本病細菌の菌群の分布調査により,岡山県のナ 2.トルバム・ビガーの抵抗性崩壊の対策には, スの促成栽培では,当初から用いられてきた台木 高さ1.5mに水平張りしたシルバー寒冷紗が地温 のヒラナスを侵かす皿理由が多く分布しているこ を下げるために有効で,その有効期間は畦表面下 とが明らかとなり,これも本病の多発要因の一つ 10cm付近の地温が30℃以上の時期であった。 と考えられた。そうして,この菌群に対応した抵 3.勢定用ハサミの消毒には,次亜塩素酸カル 抗性台木の使用は,青枯病の防除に耳あて有効で シウム,ストレプトマイシン,エタノールが高い あった。このように,あらかじあ圃場に分布する 効果を示した。このうち,次亜塩素酸カルシウム 本病細菌の菌群を把握することで,有効な抵抗性 (180) 平成6年10月25日 14号外 第4号 台木の選定が可能となった。 1.本病の病徴の特性を明らかにし、発生の実 太陽熱消毒による発病抑制効果は,天候や処理 態調査に基づいて行った実験結果から、本病を年 条件に左右されるが,効果の目安となる本病細菌 内に多発する型と翌春から多発する型に分け、前 の死滅条件は不明であった。そこで,この死滅温 者は土壌伝染性、後者は地上部からの伝染による 度と時間との関係から,本消毒法が有効とされた ことを明らかにした。また、本病の多発要因は、 土壌糸状菌病の病原菌より本病細菌が短期間に死 定植が早まって発病適期に定植するようになった 滅することを明らかにするとともに,この消毒法 こと、および太陽熱利用による土壌消毒が不徹底 の本病に対する有効性を実施した。また,太陽熱 であったことにあると考えた。 消毒と抵抗性台木を組合わせると,さらに卓効を 示して実用性が高いと考えられた。 以上に述べてきたように,本病の多発要因,本 2.本病原細菌の菌群の分布と年次変動を調べ、 皿小豆を優占菌として認あた。また、本病の多発 圃場でカボチャ台キュウリの萎凋、枯死症状を認 病細菌の菌群の分布および死滅条件,高温による あ、本症状が青枯病細菌Pseudomonas solanacea一 台木の抵抗性の崩壊,地上部からの伝染方法が解 rum(E. F. Smith)E. F. Smi thによって起こることを 明された。これに基づいて抵抗性台木の利用,太 我が国で初あて明らかにし、新病名を「カボチャ 陽熱消毒,寒冷紗による被覆,および勢定用ハサ 青枯病」とした。寄生性試験の結果から、この病 ミの消毒を組合わせて実施したところ,主要産地 原細菌を、ナス青枯病細菌の一部の系統が変異し における本病の発生が激減した。土壌伝染病の防 たものであると考えた。また、全国から採集した 除では,総合的な対策の必要性が指摘されてきた ナス科植物青枯病細菌の各種植物に対する寄生性 が,本研究によりナス青枯病についてわが国で初 を明らかにした。さらに、本病原細菌の土壌中に あて総合的な防除対策を立てることができた。本 おける生存環境や死滅条件を調べ、青枯病の生態 病の流行は,熱帯から温帯にかけて広く諸外国で を解明した。 も認められ,ナスを含むナス科植物における被害 3.促成ナスの青枯病細菌の地上部からの伝染 が大である。本研究の成果は,国の内外を問わず は、収穫、管理作業に用いる勢定用ハサミによる ナス科植物の安定生産に寄与するものと考えられ ことを明らかにした。また、通常トルバム・ビガ る。 ーを侵さない歯群菌が分布している現地圃場で、 定植を早あるとトルバム・ビガーが激しく発病す 2 学位論文審査結果の要旨 ることを認めた。これは、高い地温により皿差添 促成栽培ナス(促成ナス)の連作に伴い、1979 が異常増殖をして病原力を高あることによるもの 年頃からPseudomonas solanacearum(E. F. Smith) ではなく、また、トルバム・ビガーがその他の菌 E.F. Smithによる青枯病の被害が増加し、ナスの 群には高地温下でも抵抗性を保持していたので、 安定生産上大きな障害となっていた。その前後で、 全国的に使われていた抵抗性台木でも発病が見ら トルバム・ビガーは皿無菌のみに対して抵抗性を 失ったものと判断した。 れるようになり、また有効な土壌消毒剤もなく、 4.病原細菌の菌群に対応した抵抗性台木を選 本病は促成ナスにおける最も重要な病害として恐 定するとともに、台木抵抗性の補完技術である地 れられていた。 温の上昇抑制、地上部からの伝染防止、有機物施 本研究は、促成ナスの青枯病の病徴ならびに発 用による発病抑制および太陽熱消毒の技術を導入 生状況を調べ、病原細菌の寄生性および生理、生 し、促成ナスの青枯病に対して総合防除法を確立 態、さらには伝染方法を明らかにし、新たに選定 することができた。 して導入した台木の抵抗性の崩壊現象を解明し、 本研究では、本病の多発要因、本病原細菌の菌 総合的な防除法を確立するために行われた。その 群の分布および死滅条件、高温による台木の抵抗 概要は次のとおりである。 性の崩壊、地上部からの伝染方法が解明された。 (181) 号外 第4号 15 平成6年10月25日 これに基づいて抵抗性台木の利用、太陽熱消毒、 大阪府立大学告示第52号 寒冷紗による被覆、および勢定用ハサミの消毒を 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 組み合わせて実施したところ、主要産地における 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 本病の発生が激減した。土壌伝染病に対しては、 第1項の規定に基づき、平成6年9月20日博士の これまでに総合的な防除対策の必要性が指摘され 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 てきたが、本研究により我が国初めてナス青枯病 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の について総合的な防除対策を立てることができた。 要旨を次のとおり公表する。 本病の流行は、熱帯から温帯にかけて広く諸外国 平成6年10月25日 でも認められることから、ナスを含むナス科植物 大阪府立大学長平紗多賀男 における被害が大である。本研究の成果は、国の 内外を問わずナス科植物の安定生産に寄与するも のと考えられる。このように、本研究は学術なら む とう あき のり 称号及び氏名 博士(工学) 武 藤 明 徳 びに農業技術の進歩に寄与するところが大きい。 (学位規程第3条第2項該当者) よって学力確認の結果と併せて博士(農学)の (大阪府 昭和34年5月12日生) 学位を授与することを適当と認める。 審査委員 論 文 名 主査教授一谷多喜郎 A FUNDAMENTAL STUDY ON SEPARAT I ON AND 副査教授保田淑郎 副査教授池田英男 REMOVAL OF D I LUTE SeLUBLE SUBSTANCES FROM AN AaUEOUS SOLUT I ON BY I ON EXCHANGE RES I NS (イオン交換樹脂による水溶液中の 希薄匹田物質の分離・除去に関する 基礎研究) 1 論文内容の要旨 イオン交換樹脂は1930年半ばから製造され始め、 以来、新たな開発及び改良が重ねられるとともに、 基礎面から応用面まで巾広く研究され、水中の溶 存物質の分離・除去に貢献してきた。特に最近で は、地球環境問題やエネルギー・資源問題あるい は新素材開発において水中の希薄成分の分離・除 去に対する重要性が注目され、イオン交換樹脂に よる希薄溶存物質の分離・除去が必要不可欠な分 離手法となっている。しかし、イオン交換樹脂を 用いた希薄成分の分離・除去に関する基礎研究は 少なく、高度な分離操作を工学的に実施するには 解明すべき点が多く残されてる。このような状況 において、著者は水中の希薄溶解成分を分離・除 去の対象とした合理的なイオン交換塔の設計を最 終目的として、イオン交換樹脂による水溶液中の 希薄白白物質の分離・除去に関する理論的及び実 (182) 平成6年10月25日 16号外 第4号 験的な基礎研究を行ってきた。本論文は、その研 究成果をまとあたもので4章から成っている。以 下にその概要を示す。 その機構を詳細に考察した。 第ll章第3節第1項では、陽・陰混合イオン交 換樹脂と溶存塩の脱塩平衡関係式を、陽・陰、各 第1章では、イオン交換樹脂による水中の溶存 イオン交換反応、及び各樹脂より溶離するH+とOH一 成分の分離・除去に関する既往の研究及び背景に の中和反応を同時に考慮して導出した。本貫論式 ついて述べるとともに、本論文の構成を示した。 により、等当量の両樹脂を混合する場合、吸着平 第ll章では、 OH一型強塩基性陰イオン交換樹脂 衡関係は爆撃塩の濃度、塩種のイオン価数及びイ による希薄溶存物質の分離・除去に関する研究成 オン交換平衡定数によらず直角平衡で表されるが、 果を示した。 細謹両以外の混合両樹脂の平衡関係は、上記の各 第∬章第1節では、OH一型樹脂とCI『のイオン 因子の影響が見られ、特に混合分率及び塩種の価 交換平衡特性を明らかにした。特に希薄濃度領域 数の影響が顕著であることを明らかにした。これ のイオン交換平衡特性を調べる目的から、従来の らの解析結果は、混合樹脂とNaCl溶液の実測平衡 バッチ法に加え、カラムを用いる方法により平衡 関係と良好に一致した。 関係を測定した結果、平衡定数は溶液中のイオン 第1章第3節第2項では、陽・陰混合イオン交 濃度が希薄になるにつれて減少することが判明し、 換樹脂による脱塩に対し、イオン交換及び中和反 この原因の一部は溶存酸素濃度に起因することを 応に基づき、液、樹脂両相における拡散抵抗及び 見出すとともに、水中の微量成分の効果的な分離 陽・先跡樹脂の混合分率を考慮した物質移動モデ に際しての必要操作要件を指摘した。 ルを提案した。本モデルを取分操作に適用して解 第五章第2節では、難分離物質である水中の希 析した結果、等当量の混合樹脂を用いた場合でも、 薄骨導シリカのOH”年強塩基性イオン交換樹脂に 脱塩経過に伴う溶液のpHは複雑に変化することが よる分離・除去に関する研究成果を述べた。 判明した。 第ll章第2節第1項では、溶存シリカのOH”’型 第H章第3節第3項では、陽・陰混合樹脂によ 樹脂への吸着平衡の測定結果より、水中の陰イオ る脱塩プロセスについて、前項で提案した物質移 ン状シリカはイオン交換により、また分子状シリ 動モデルの実験による検証を目的に、撹拝槽実験 カは、樹脂内に吸着しているシリカとの重合反応 を塩の種類、初濃度及び両樹脂の混合比を変化さ により吸着される機構を明らかにした。さらにシ せて行った。その結果、本移動モデルによる計算 リカのイオン交換平衡定数、及び重合吸着平衡関 結果は実測値と良い相関がえられ、本モデルが混 係を明らかにするとともに、吸着平衡に及ぼす共 合樹脂による脱塩過程の物質移動機構を良好に表 存陰イオン及び溶液のpHの影響を定量的に示した。 示していることが明らかとなった。 第土製第2節第2項では、OH一型樹脂へのシリ 第雲叢第3節第4項では、第皿章第3節第2項 カの物質移動機構を詳細に検討する目的から、カ で示した移動モデルを混床操作に適用し、塔内の ラム及び回分実験により、シリカの樹脂相及び液 物質移動機構について検討した。爆管への供給量 相自己拡散係数、並びに重合吸着速度係数を測定 の塩の種類、濃度、流速、混床土:の高さ、両樹脂 した。実験結果を前項で明らかにした吸着機構と、 の混合分率を変え、破過曲線に及ぼす影響を理論 提案した移動モデルの基に解析した結果、カラム と実験両面より調べた結果、理論破過曲線と実測 供給液のシリカ及び共存陰イオンの各濃度、及び 値は良好に一致し、本モデルが混床塔の設計に適 pHをそれぞれ変化させた破過曲線の実測値と数値 用できることを明らかにした。また理論的考察に 計算結果は良好に一致した。 より眼下の操作条件と、陽・陰、各イオンの液相 第E章第3節では、陽・陰混合イオン交換樹脂 及び樹脂相の拡散抵抗の関係式を提案した。 による脱塩に対し、平衡関係、物質移動および混 第皿爆撃3節第5項では、混床が陽、陰両イオ 床の破過曲線について、理論的、実験的に調べ、 ン交換樹脂の各微小層が交互に積み重なったもの (183) 号外 第4号 17 平成6年10月25日 置想定したモデルを提案した。理論計算結果は、 たピリジニル基にHCIが吸着することが明らかと 混床が樹脂の粒径程度の微小高さのイオン交換層 なり、これらを考慮した物質移動モデル及び第皿 の集合体とみなせること、両樹脂が床内で均一に 土製1節第1項で得た溶離過程のイオン交換特性 混合されている場合、純水製造の効率が最もよい 値を用いて、解析した破墨曲線は、実測値と良好 ことを明らかにし、本モデルが複雑な混床操作に に一致することを明らかにした。 適用可能であることを示した。 第皿章第2節では、高温廃地熱水中に含まれる 糧道章では、環境汚染物質であり、難分解物質 希薄溶存砒素の分離・除去の観点から、新たに合 として代表的な界面活性剤及び砒素の新規に開発 成されたジチオール基を有する樹脂に関する研究 されたイオン交換樹脂による分離・除去に関する 成果を述べる。本樹脂は、砒素がジチオール基と 研究成果を示した。 選択的にキレートを形成することに注目し開発さ 第皿章第1節では、アルキルベンゼンスルホン 酸塩(ABS)の分離・除去を目的として開発さ れた4級ピリジニル基を有する樹脂の吸着及び溶 離過程のイオン交換特性を明らかにした。 第皿章第1節第1項では、本樹脂へのABSの れた樹脂で、廃地熱水(368K)にも長期間安定で、 従来の樹脂に見られない新しい特性を示した。 第皿眼第2節第1項では、本樹脂と砒素の吸着 平衡関係を、実験並びに理論の両面より解明した。 平衡関係はLangmuir式でよく表され、特に70℃以 吸着平衡関係に及ぼすABSの初濃度、 ABSの 上の水温で好ましい平衡特性を示すこと、NaC1や 炭素数、共存塩類の濃度、それぞれの影響を明ら シリカなど地熱水中に共存する他の高濃度の無機 かにした。特に、本樹脂は炭素鎖の長いABSの 塩類の影響を殆ど受けないこと、及び砒素溶液の 吸着・分離剤として優れていることを指摘した。 pHの平衡関係に及ぼす影響を明らかにした。溶離 さらに本樹脂からのABSの溶離剤として、塩酸 剤としてpH>10のアルカリ溶液が有効であること メタノール混合溶液が有効であることを指摘し、 も判明した。 溶離平衡関係から、100mol・m−3の塩酸メタノール 句末章第2節第2項では、本樹脂による砒素の 溶液が溶離剤として最適であることを明らかにし 吸着反応の物質移動機構について調べた。固定床 た。またABSの本樹脂への吸着及び溶離過程の による破過曲線は、直角平衡における樹脂相拡散 物質移動について解析するとともに、回分営撹拝 律速に対して示されたCooperの解析解により推算 槽実験を行い、ABSの樹脂相自己拡散係数値を 可能であることを、実験及び計算結果の比較より 提出した。 明らかにした。また地熱水とほぼ同一の砒素溶液 第皿粗食1節第2項では、本樹脂によるABS と本樹脂をカラム接触させた場合も、破過曲線は の効果的な分離・除去装置の開発を目的に、処理 Cooperの解で良く表され、企画地熱水中の低濃度 液を装置下部から供給、上部より流出させて、樹 砒素の効率よい分離が可能であることが判明した。 脂を装置内で循環流動させる吸着装置を提案した。 第IV章では、本論文の結論を示した。 前項で明らかにした基礎的知見を基に物質移動モ デルを提案し、解析した結果、数値計算結果は装 2 学位論文審査結果の要旨 置毒血から流出するABS溶液濃度の実測値とよ 本研究は、イオン交換樹脂を用いた水溶液中の く一致し、本分離装置のシミュレーションが可能 希薄江東物質の分離・除去に関する基礎研究をま となった。 とあたもので、その研究成果を以下に示す。 景象章第1節第3項では、塩酸メタノール溶液 (1)OH型強塩基性樹脂と希薄なCl一のイオン交換 を用いたBVP樹脂の再:生、 ABSの溶離機構に 平衡を実測し、イオン濃度が希薄なほどイオン交 ついて理論、実験の両面より検討した。これらの 換平衡定数が減少することを見出し、その原因の 結果、破過曲線の挙動により、溶離イオン交換反 一部として溶存酸素の影響を指摘した。 応と同時に、樹脂の合成時に、4級化されなかっ ② 合理的な混同操作を目的に、混合樹脂による (184) 平成6年10月25日 18号外 第4号 脱塩を陽・陰イオン交換反応および中和反応を基 大阪府立大学告示第53号 礎として樹脂、液両三の拡散抵抗、両樹脂の混合 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 分率およびイオン価を考慮したモデルを提案し、 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 脱塩平衡並びに物質移動に関する理論式を導いた。 第1項の規定に基づき、平成6年9月20日博士の これに基づく脱塩操作のシミュレーションを実施 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 し、その結果を実験により確かあるとともに、混 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の 合樹脂による脱塩操作上の必須要件を明らかにし 要旨を次のとおり公表する。 平成6年10月25日 た。 (3>OH夏野塩基性樹脂による希薄な導引シリカの 大阪府立大学長平紗多賀男 分離機構を提案し、シリカの樹脂への吸着は、陰 イオン状シリカはイオン交換反応により、また分 子状シリカは樹脂内に吸着しているシリカとの重 うえ ひら かず たけ 称号及び氏名 博士(工学) 上 平 員 丈 合反応によることを明らかにして、イオン交換法 (学位規程第3条第2項該当者) によるシリカの分離条件を決定した。 (奈良県 昭和29年5月17日生) (4)水中の希薄なアルキルベンゼンスルホン酸 (ABS)の分離・除去を目的に開発された4級 ピリジニル型樹脂の吸着及び溶離過程の、平衡並 論 文 名 高精細カラー静止画像入力技術の研究 びに移動機構を解明した。本樹脂が炭素鎖の長い ABSの分離に優れ、溶離剤に塩酸メタノール溶 1 論文内容の要旨 液が効果的であることを明らかにした。また、吸 近年、ディジタル画像技術の進歩等を背景に静 着時に番田を伴う本樹脂に適する新しい循環流動 止画像の応用分野が産業分野を中心に急速に拡大 型の吸着装置を開発した。 している。このような応用分野の拡大にともない (5)地熱発電の高温廃地熱水の有効利用を目的と 画像の高画質化に対する要求が強まっており、特 して合成されたジチオール基を有する樹脂への砒 に画質を直接支配する入力の高画質化が様々な分 素の吸着の平衡及び移動機構を、工学的観点より 野で要望されている。これまでに200DPIを 明らかにするとともに、充てん床による地熱水中 越えるカラー画像入力装置が実用化されているが、 の砒素の分離・除去に、本樹脂が適用可能なこと このような高画質の入力装置は速度が遅く、また を明らかにした。 大型で高価格であるたあ、その応用は一部の分野 以上の諸成果は、イオン交換樹脂による水溶液 に限られていた。 中の希薄成分の分離・除去に関する新たな知見を 本論文は、このような背景から高画質入力の小 与え、合理的なイオン交換の塔設計等分離工学の 型・経済化および高速化について行った研究成果 分野に貢献するところ大である。また、申請者が をまとめたものである。 自立して研究活動を行うに必要な能力と学識を有 することを証したものである。 本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試 第1章では入力への要求条件と入力技術の現状 を整理し、これより今後はパーソナル分野での高 画質化やOA、 FA分野での高速化が特に重要で 験の結果に基づき、博士(工学)の学位を授与す あり、このたあ高画質性と小型・経済性、あるい ることを適当と認ある。 は高画質性と高速性を両立させることが静止画像 審査委員 主査 教 授 片 岡 入力技術における主要課題となることを示す。そ 健 副査教授浅井 悟 副査教授石川治男 (185) して、この課題の解決を目的とする本研究の意義 について述べる。 第2章では小型・経済性と高画質性を両立でき 平成6年10月25為 号外 第4号 19 る入力技術の検討結果について述べる。本論文で すると、ディジタル画像ではγが1未満のほうが はこの課題の解決を完全密着方式によるアプロー 優れた画質となることを明らかにした。これは、 チから検討した。完全密着方式とは原稿をセンサ ディジタル化のたあの量子化において、γが1の 表面に密着させ、センサ裏面からの光を各受光素 場合は全ての輝度で均等な輝度間隔で量子化され 子に隣接して形成した導勲業アレーを通して原稿 るのに対し、γが1未満の場合は低輝度領域では に照射し、原稿からの反射光強度を受光素子アレ 密に、高輝度領域では粗に量子化されるため、視 ーで読み取る方式である。この方式は結像光学系 覚的な階調再現性をより高くできるためである。 を省略し、かつプロセスの簡易な光導電型受光素 最近のディジタル信号処理では光電変換特性が非 子を用いるたあ、入力の小型・経済化に有効であ 線形な信号に対しても各種処理を容易に実行でき、 る。また受光面が原稿と等倍サイズとなるため高 上記結果から光導電型受光素子を用いるセンサが 精細化も容易であり、この方式をカラーセンサに 高品質なカラー画像入力用としての可能性がある 適用できれば小型・経済性と高画質性を両立でき ことが明らかになった。 るカラー入力を実現できる。そこで、光学系、受 色分解系については最適色分解方式を検討した。 光素子、色分沓座等、基本構成要素についてカラ すなわち、時分割型と空間分割引色分解方式につ ー化適性を評価した。さらに、カラーセンサとし いて色再現をシミュレーションし、前者が後者に ての具体的なデバイス構造を提案し、試作による 比べパタンエッジでの色再現性に優れることを明 実現性の評価を行った。 らかにした。そして、時分割羽色分解方式を色収 光学系についてはカラーセンサで重要となる色 差の無い導光窓アレーで実現することにより優れ 収差と光量伝達率を評価した。評価結果から本光 た色再現性を有するセンサが実現できることを明 学系は色収差がほとんど生じないこと、光量伝達 らかにした。 率は従来の密着型センサの光学系であるGRIN 次にセンサ試作によるデバイス実現性評価の結 レンズアレ「と比べ2倍以上大きいことがわかり、 果を述べる。ここではまず、RGBに対応して3 カラー化に優れた特性を有することが明らかにな 列配列とする受光素子アレーやこの受光素子アレ った。ここで、色収差が生じないのは、本光学系 ーを列ごとに並列走査するマトリクス走査回路等、 を構成する導光窓アレーと受光素子上に形成され 低コスト化に適した基本構造を提案する。試作セ た厚さ数十μmの透明保護層のいずれも光の透過 ンサでは解像度200DPI、読み取り幅をA4 特性おいて波長依存性がないためである。また、 サイズとし、上記検討の光学系、受光素子、色分 光量伝達率が大きいのは原稿と受光素子の距離が 解方式、および提案したセンサ構造を採用した。 短いためである。 テスト画像の読み取り評価から、結像光学系を用 受光素子の評価ではカラーセンサで重要な階調 いる従来センサと遜色の無い解像度特性が得られ 再現性を評価した。完全密着方式では透明基板を 高品質なカラー画像を入力できること、コンパク 用いるため薄膜受光素子を使用する。薄膜受光素 トなセンサユニットを実現できることなどを確認 子には光起電力型と光導電型があるが、光電流が した。 大きく、かつプロセスの簡易な光導電型受光素子 以上の結果から、完全密着方式により高画質性 が完全密着方式に適する。この受光素子はγが1 と小型・経済性を両立できるカラー静止画像入力 未満であり光電変換特性が非線形となる。従来、 を実現できることが明らかになった。 カラー画像入力では光電変換における線形性が高 第3専攻は高画質性と高速性を両立できる入力 品質化処理を容易にするなどの理由で重視され、 技術の検討結果について述べる。本論文ではこの γが1のCCDセンサが用いられてきた。しかし、 課題の解決をマルチチップ方式により検討した。 本論文では視覚の輝度差を識別する能力が低輝度 マルチチップ方式とは2次元センサを複数個用い、 領域で高く、高輝度領域で低いという特性を考慮 各センサが入力した部分画像を合成して1枚の画 (186) 20号外 第4号 平成6年10月25日 像とする方式である。2次元センサは動画入力用 よりシェーディングを完全に解決できることがわ の高速センサであるが、高精細な静止画像入力用 かった。第1の方法はピラミッド状ミラーの頂点 としては画素数が不足する。そこで、これを複数 とレンズの瞳面を一致させる方法である。また、 化して実効的な多画素化を図れば高精細化が可能 第2の方法は画像の接続部分を2つのセンサで重 であり、各センサを並列走査するば高速化が実現 複入力し、この部分の画像信号を2つのセンサか する。この方式では各センサが入力した部分画像 らの信号の和として決定する方法である。この方 を継ぎ目のない画像に合成するシームレス合成と、 法は電気信号段階でシェーディングを解決する方 複数のセンサ上に被写体の分割像を結像させる光 法であり、特にF値の小さなレンズではシェーデ 学系のコンパクト化が主要検討課題となる。 ィングが生じる部分が接続部分に集中するたあ有 シームレス化は画像接続部での輝度や色などの 効である。また、この方法はハーフミラーを用い 不連続性を視覚の知覚限界以下とするれば達成で る場合に比べ、光の利用効率を高められ、F値が きるため、これらの知覚限界を評価した。評価結 小さい場合に特に有効となる。 果から、輝度については1%、色差については 次に実験機の試作によりピラミッド状ミラーに L’a’b*色空間における色差で約1となり、いずれ よるマルチチップ型2次元センサの実現性評価に も非常に小さな値となることがわかった。これは ついて述べる。試作機では4つの反射面をもつピ 微分係数の大きな空間的変化は変化がわずかでも ラミッド状ミラーと撮像素子に4つのPAL用C 知覚されやすいという視覚のマッハ効果によると CDセンサを用い、シームレス性と画品質を評価 考えられる。そこで、継ぎ目での変化を滑らかに した。シームレス性の評価から画像接続部での不 すれば知覚限界を高められると考え、加重平均平 連続性の主たる原因はセンサ間の特性ばらつきで 滑法による合成法を取り上げ、これを適用したと あるが、電気的な補正により不連続性を加重平均 きの知覚限界を評価した。この結果、知覚限界は 平滑法を用いた場合の知覚限界以下とでき、シー 輝度については約3倍、色差については1.5倍と ムレスな画像合成が可能であることを確認した。 なり、シームレス合成を容易化できることがわか また、画質評価から水平、垂直の解像度をともに った。 センサ解像度の2倍にできることを確認した。さ つぎに、複数のセンサ上に被写体の分割像を結 らに、0.1秒でカラー画像を入力でき、従来の高 像させる光学系としてピラミッド状ミラーを用い 精細カラーセンサに比べ約2桁の高速化が可能で る方式を提案する。複数センサ上に分割像を結像 あることを確認した。 させるには、レンズ後方で光軸を複数方向に分岐 本実験機では評価を簡単にするためPAL用C させる必要がある。通常、光軸分岐にはハーフミ CDセンサを用いたが、上記結果からHDTV用 ラーが用いられるが、ハーフミラー一一では2方向し CCDセンサを用いることにより、高精細カラー か分岐できないため分岐数が多い場合は多数のハ 静止画像用としての解像度をもつ高速静止画像入 ーフミラー一一が必要となって光学系が大型化する。 力が実現できることがわかった。 これに対し、ピラミッド状ミラーを用いると同時 に多方面に光軸を分岐できるため光学系のコンパ 第4章では以上の研究を総括して、本研究の結 論を述べる。 クト化が可能である。しかし、この方式ではピラ ミッド状ミラーでの光の分割比が光が発した位置 2 学位論文審査結果の要旨 によって異なるたあ、像の位置に依存して照度が 本論文は、静止画像入力システムの動向に対応 異なるシェーディングの問題がある。そこで、ピ し、完全密着型入力方式およびマルチセンサ型入 ラミッド状ミラーに起因するシェーディングを理 力方式に関し、理論的、実験的研究をまとめたも 論的、実験的に解析し、この問題を解決できる光 のであり、次のような成果を得ている。 学系構造を検討した。この結果、以下の2方法に (1)完全密着型センサの白光系である白光窓アレ (187) 号外 第4号 21 平成6年10月25日 一の光学性能を評価し、カラー化で重要となる光 レス性の評価から、画像接続部での不連続性を、 量伝達率および色収差に優れていることから、カ 加重平均平滑法を用いた場合の知覚限界以下とで ラーセンサに適した導光系であることを明らかに きることがわかり、シームレスな画像合成が可能 した。 であることを確認した。さらに、画像評価から水 (2)人間の視覚特性を考慮した場合、完全密着型 平、垂直の解像度をともに使用する撮像素子に比 センサで用いられる光導電型薄膜受光素子はその べ倍増でき高解像度化が可能であることを確認し 低γ特性によりフルカラー画像入力で重要となる た。この結果、今後HDTV用のCCDセンサを 階調再現性に有利で高品質なフルカラー画像入力 使用し、ラインセンサ並の解像度での入力が実現 用受光素子としての可能性をもっことを示した。 できる可能性を示した。 (3)時間分割型と空間分割型の色分解方式につい 以上の諸成果は、高精細カラー静止画像入力技 て色再現性をシミュレーションし、前者が後者に 術の向上を達成するために必要な基礎的知見を提 比べパタンエッジでの色再現性に優れていること 供したものであって、画像工学の発展に寄与する を示した。そして、時間分解型であり、かつ1回 ところ大である。また、申請者が自立して研究活 の走査でカラー画像が入力できる3ライン方式の 動を行うに十分な能力と学識を有することを証し 色分解が最適色分解方式であることを明らかにし たものである。 た。 (4)上記色分解方式を採用し、解像度200DP I、読み取り幅をA4サイズとしたセンサユニッ トの試作によりデバイスの実現性を評価した。基 本特性およびテスト画像の読み取り評価から、レ ンズ系を用いる従来センサと遜色のない特性が得 本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試 験の結果から、申請者に対して博士(工学)の学 位を授与することを適当と認める。 審査委員 主査 教 授 奥 田 昌 宏 副査教授奥田喜一 られ、十分満足できる品質でカラー画像を読みと 副査 教 授 村 田 顕 二 れること、またコンパクトなセンサユニットを実 副査 教 授 福 永 邦 雄 現できることを確認した。 (5>マルチチップ型2次元センサについて、合成 画像のシームレス化の条件を、視覚特性との関係 から定量的に明確化した。さらに加重平均平滑化 法による合成処理により継ぎ目の知覚限界を引き 上げられシームレス化を容易化できることを示し た。 (6)光学系のコンパクト化をねらい、ピラミッド 状ミラーを分割光学系として用いる方式を提案し た。さらに、この方式で問題になると予想される シェーディングについて理論的に解析し、シェー ディングを最小に押さえる最適光学系構成を明ら かにした。また、Fナンバーの小さいレンズを使 用する際、光の利用効率を高め、かつシェーディ ングを小さくできる光学系構成を明らかにした。 (7)4つの反射面を持つピラミッド状ミラーと撮 像素子に4つのPAL用CCDを用いた試作機に より、シームレス性と画品質を評価した。シーム (188) 平成6年10月25日 22号外 第4号 第2章においては,分散粒子として使用する炭 大阪府立大学告示第54号 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 化物の選択にあたり,IVa∼VIa族元素の炭化物 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 粉末(TiC, VC, NbC, TaC, Cr3C2ならびにWC)と 第1項の規定に基づき、平成6年9月20日博士の Ni−50mass%Cr合金粉末を組み合わせて軟鋼板上に 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 プラズマ粉体肉盛溶接を行い,得られた肉盛合金 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の の金属組織硬さ,すべり摩耗特性ならびにNaCL 要旨を次のとおり公表する。 水溶液中における分極挙動を比較・検討した.そ れらを総合した結果から,使用する炭化物として はNbCが最適であることを指摘した。 平成6年10月25日 第3章は,NbC粒子を分散させたNi−Cr−Fe肉盛 大阪府立大学長 平 紗 多賀男 とみ た とも き 称号及び氏名 博士(工学) 富 田 友樹 合金の硬さと金属組織におよぼすNbC配合比とマ トリックス組成の影響を検討した.その結果,マ トリックスの硬さは,主として共晶炭化物の量に (学位規程第3条第2項該当者) 依存し,肉盛合金全体の平均硬さは未溶融炭化物 (兵庫県 昭和27年3月12日生) 粒子の量に依存して上昇することが明らかになっ た.また,プラズマ粉体肉盛溶接時における溶融 論 文 名 金属の凝固過程は,マトリックス中のFe含有量が プラズマ粉体肉盛溶接法による金属表面の 20mass%を境に大きく異なることを揮い出した, 複合合金化に関する研究 すなわち,Fe含有量20ilrass%より多い場合,薫習 NbC→共晶(γ+NbC)→共晶(γ+NbC+M23C6) 1 論文内容の要旨 の順に凝固するが,Fe含有量が20mass%より少な 本研究は,鉄鋼材料の表面に耐摩耗性,耐食性 い場合には,初晶NbCの晶出後,初晶M23C6→共晶 ならびに耐酸化性などの諸機能を付与することを (γ+M23C6)→共晶(γ+NbC+M23C,)→共晶 目的として,プラズマ粉体肉盛溶接法により炭化 物粒子を分散させた複合合金層を形成し,その特 性改善のための方策を種々検討したものである. (γ+NbC)→共晶(γ÷α+NbC)の順に凝固し た. 第4章では,NbC粒子を分散させたNi−Cr−Fe肉 このため本研究では,箱膳溶接時における炭化物 盛合金がNaCl水溶液中において優れた耐孔食性を 粒子の溶融・溶解挙動と複合合金層の凝固過程の 発揮した原因を解明するために,その分極挙動に 機構を明らかにするとともに,炭化物粒子が分散 およぼすマトリックス組成とNbC配合比の影響を した複合合金層の耐摩耗性,耐食性ならびに耐酸 検討した.その結果,NbC粒子を分散させたNi− 化性におよぼすマトリックスと分散粒子の影響を Cr−Fe肉盛合金のマトリックス中のFe含有量が3 詳細に検討した.そして,さらに優れたそれら特 ∼6 nvass%のとき, NbC配合比の増加につれて孔食 性を得るために,熱処理によるマトリックスの強 電位は貴な方向に移行し耐孔食性が向上した.そ 靱愚ならびに分散粒子の微細化について検討を行 して,NbC配合比が40vol%以上では,過不働態域 った. までアノード電流は増加せず,終幕発生を完全に 本研究において得られた主要な結果を以下に総 括する. 第1章においては,プラズマ粉体食盛溶接法の 特徴と原理ならびにこの方法による金属表面の複 合合金化に関する従来の研究について概説し,本 研究の目的と方針について述べた. (189) 防止できることが判明した.この原因は,マトリ ックス中へ固溶したNbが不純物Cと結びついて微 細炭化物を形成し,不純物Cを固定化したためと 推察された. 第5章では,NbC粒子を分散させたNi−Cr−Fe肉 盛合金に対して,室温と1173Kの間で大気中の繰 号外 第4号 23 平成6年10月25日 り返し酸化試験を行い,高温酸化特性におよぼす +α)相)が混在するが,NbC粒子を分散させた マトリックス組成とNbC配合比の影響を検討した. 肉盛合金では粒界反応型析出は生じず,微細な その結果,肉盛合金の表面に露出したNbC粒子は α’ 820K以上の温度で急速に酸化されNb205に変化す 化が得られたと考えられた.さらに,NbC粒子を るものの,マトリックス中のCr含有量を25nlass% 分散させた肉盛合金の耐摩耗性はこのような時効 以上とすることによって,NbC配合比が高い場合 析出によって著しく向上することが明らかになっ でも優れた耐酸化性を発揮できることが明らかに た。 鰍フみが粒内に均一析出するため,著しい硬 なった.この原因は,25mass%以上のCr含有量を 第8章は,肉盛合金の耐摩耗性をさらに向上さ 有するマトリックスの表面にはCr203の緻密で連 せるため,分散粒子の微細化を検討したものであ 続的な保護皮膜が形成されること,ならびに即吟 る.すなわち従来のプラズマ粉体貸下溶接法では, 合金の表面に露出したNbC粒子が酸化されて生成 出発材料として粒径100μm前後の比較的粗大な したNb205粒子とマトリックスの境界部にも 混合粉末を使用するため,微細炭化物粒子の分散 Cr,03の緻密で連続的な酸化皮膜が形成されるた が困難であった.これを解決するため,複合粉末 あ,優れた耐酸化性を発揮できたものと考えられ を使用して微細炭化物粒子の分散を試みたもので た. ある.得られた結果を要約すると以下のようにな 第6章では、NbC粒子を分散させたNi−Cr−Fe肉盛 る. 合金のすべり摩耗特性におよぼすNbC粒子分散の Ni−50mass%Cr合金粉末に平均粒径1.3μmのNbC 影響を検討した.その結果,NbC配合比が50vo1% 粒子を40vol%配合し,混合・造粒・焼結ならびに 以上のとき,摩耗量はNbC無添加肉盛合金の1/ 分級を行い,粒径60∼150μmの複合粉末を作製 10∼1/100まで減少し,そのとき相手材もほと した.この複合粉末を使用して軟鋼板にプラズマ んど摩耗しなかった.特に,NbC配合比が60vol% 粉体肉盛溶接を行った結果,プラズマアーク電流 では,ステライトNo.6合金よりも耐摩耗性が優れ を変化させて投入熱量を抑制することにより,添 ていることが明らかになった.この原因は高速度 加した微細NbC粒子を未溶融のままNi−Cr−Fe合金 域では,NbC粒子が相手材に対する真実接触面と 中に均一分散できることが明らかになった.また, なって摩擦係数を減少させるたあであり,一方, このような微細NbC粒子を均一分散させた肉盛合 中低速度域では,未溶融NbC粒子がマトリックス 金は,従来の粗大NbC粉末を使用した肉盛合金に の塑性流動を抑制すると同時に,破壊されたNbC 比べ,耐摩耗性が著しく優れることを見出した. 粒子が微粉末となって摩擦面に排出され,相手材 次に,このような複合粉末を使用する方法が, との凝着の抑制に寄与したためと考えられた. Ni−Cr合金以外の系についても有効であるかどう 第7章では,NbC粒子を分散させたNi−Cr−Fe肉 かを調べるために,Ticとチタンの組み合わせに 盛合金の耐摩耗性を向上させるたb6に,熱処理に ついて検討した.その結果,チタンような炭化物 よるマトリックスの強靱化を検討した.その結果, との反応性が大きい金属の場合,微細なTic粒子 Ni−Cr−Fe肉盛合金は溶体化処理なしでも,873∼ は,すべて溶融金属中に溶解し,凝固過程で数十 1023Kの範囲の時効処理によって硬化し, NbC粒 ミクロン程度の大きさのTiCx粒子として晶出した. 子を分散させたNi−Cr−Fe肉置合金の時効硬化性は このためチタンをマトリックスとした場合,添 NbC無添加Ni−Cr−Fe肉盛合金よりも顕著であるこ 加した微細粉末TiC粒子を未溶融のまま分散させ とが明らかになった.このような時効硬化性の違 るのは困難であるが,in−situ生成したTiCx粒子 いはマトリックス中に固溶したNbによって析出様 の高密度分散が可能であり,これによって著しい 式が変化したたあと考えられた.すなわち,NbC 硬さ上昇が得られることが明らかになった. 無添加肉盛合金中には微細な粒内耳出物(Crに富 第9章では,以上の研究成果を総括した. むα’相)と粒界反応型析出による析出物((γ 以上述べたように,本研究では,鉄鋼材料の表 (190) 平成6年10月25日 24号外第4号 面に耐摩耗性,耐食性ならびに耐酸化性などの諸 べり摩耗特性におよぼすNbC粒子分散の影響を検 機能を付与することを目的として,プラズマ粉体 討した結果、NbC配合比が50vol%以上では摩耗量 肉盛溶接法により炭化物粒子を分散させた複合合 はNbC無添加肉盛合金の1/10∼1/100まで減 金層を形成し,その特性改善のために,マトリッ 少し、相手材もほとんど摩耗しないことを明らか クスの強靱化技術ならびに分散粒子の微細化技術 にした。 を開発した.本研究で得られた新しい知見は,今 (6) NbC粒子を分散させたNi−Cr−Fe肉盛合金の耐 後の新しい機能を有する肉盛合金の開発に寄与で 摩耗性を向上させるために、熱処理によるマトリ きるものと確信する. ックスの強靱化および分散粒子の微細化を検討し た。その結果、NbC粒子を分散させた肉盛合金の 2 学位論文審査結果の要旨 耐摩耗性は時効析出によって著しく向上すること、 本研究は、鉄鋼材料の表面に耐摩耗性、耐食性 ならびに微細NbC粒子を均一分散させた肉盛合金 ならびに耐酸化性などの諸機能を付与することを が従来の粗大NbC粉末を使用した肉盛合金に比べ、 目的として、プラズマ粉体肉盛溶接法により炭化 耐摩耗性が著しく優れることを見いだした。 物粒子を分散させた複合合金層を形成し、その特 以上の諸成果は、鉄鋼材料の表面改質に関する 性改善のための方策を検討したもので、その研究 新たな知見をあたえると同時に、鉄鋼材料の用途 成果を以下に示す。 拡大に貢献し、さらに、材料の腐食防食科学の分 (1)分散粒子として使用する際の最適炭化物(IVa 野に寄与するところ大である。また、申請者が自 ∼IVa族元素の炭化物)を選択するために、得ら 立して研究活動を行うに必要な能力と学識を有す れた肉盛合金の金属組織、硬さ、すべり摩耗特性 ることを証したものである。 ならびにNaC1水溶液中における分極挙動を比較検 本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試 討した結果、使用する炭化物としてNbCが最適で 験の結果に基づき、博士(工学)の学位を授与す あることを見いだした。 ることを適当と認める。 (2) NbC粒子を分散させたNi−Cr−Fe肉盛合金の硬 審査委員 さと金属組織におよぼすNbC配合比とマトリック 主査 教 授 山 川 宏 二 ス組成の影響を検討した結果、マトリックスの硬 副査 教 授 川 本 さは共晶炭化物の量に依存し、肉盛合金全体の平 副査 教 授 市之瀬 弘 之 均硬さは未溶融炭化物粒子の量に依存して上昇す ることを明らかにした。また、プラズマ粉体肉盛 溶接時における溶融金属の凝固過程はマトリック ス中のFe含有量が20mass%を境に大きく異なるこ とを見いだした。 (3)NbC粒子を分散させたNi−Cr−Fe肉盛合金が NaC1水溶液中において優れた耐孔食性を示すこと が分かり、その原因を解明した。 (4) NbC粒子を分散させたNi−Cr−Fe肉盛合金の高 温酸化特性におよぼすマトリックス組成とNbC配 合比の影響を検討した結果、マトリックス中のCr 含有量を25mass%以上にすると、 NbC配合比が高 い場合でも優れた耐酸化性を発揮することが分か った。 (5) NbC粒子を分散させたNi−Cr−Fe白白合金のす (191) 信 号外第4号25 平成6年10月25日 らに、微細加工技術の急速な発展に伴い、より厳 大阪府立大学告示第55号 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 密に解析する算法が強く望まれる。 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 本論文は、電磁界理論の観点から無限長の周期 第1項の規定に基づき、平成6年9月20日博士の 構造を持つ等方性および異方性誘電体媒質におけ 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 る光波の伝搬特性を空間高調波展開法によって解 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の 析したものであり、その解析方法と数値計算の研 要旨を次のとおり公表する。 究成果を以下の7章にまとあている。 第1章では、周期構造を持つ誘電体格子に関す 平成6年10月25日 る研究の重要性と現在までの様々な解析方法の特 大阪府立大学長 平 紗 多賀男 まつ もと けい じ 徴と問題点を指摘し、本研究の目的と意義ならび に研究内容の概要について述べている。 称号及び氏名博士(工学)松本恵治 第2章では、3次元的に任意の方向に周期構造 (学位規程第3条第2項該当者) を持つ等方性誘電体格子における散乱および導波 (大阪府 昭和39年4月19日生) 問題に対して、空間高調波展開法を用いた統一的 な定式化を示している。散乱問題に関しては、格 論 文 名 子ベクトルが入射面内に存在しない場合の平面波 誘電体格子による光波の 入射を取り扱えば何等一般性が失われない。しか 散乱・導波問題に関する研究 し、導波問題では、格子ベクトルが導波面内に存 在する2次元問題と異なり、波動の伝搬する方向 1 論文内容の要旨 と減衰する方向が互いに無関係であるのが一般的 近年、レーザの出現により発展してきたコヒー であり、無数の特異解が存在することになる。従 レント光学技術を導入して、通信、計測、情報処 って、これらの方向を定めるたあの励振条件が必 理などの分野においてシステムの高性能化、高信 要となる。本解法においては、一様な表面波が仮 頼化、経済化、および小形化を探求する動きが盛 想的な均一媒質導波路から周期構造媒質導波路へ んになってきた。レーザ光を利用した光回路シス 斜あ伝搬しているものと想定し、その接続面での テムを実現するたあには、コヒーレント光の特徴 境界条件から複素伝搬定数を決定している。 を十分に生かした優れた光デバイスの開発が必要 そこで、散乱と導波問題を統一的に取り扱うた となる。コヒーレント光学系に適したものとして めに、散乱問題では入射波が複素角で入射してい は、導波路技術を応用した導波光学系が挙げられ るものとして定式化し、領域間の境界条件を満た るが、この光学系では伝送、結合、分岐などを光 す連立1次方程式の自明解より散乱界を決定し、 波帯で実現することが求あられる。波長程度の微 導波問題についてはその散乱問題において外部か 細な周期構造、すなわち格子(グレーティング) らの入射波が存在しないという条件より非自明解 は、結合、偏光、反射、波長フィルタ、モード変 を探索し、導波モードの界を求めている。以下の 換などの受動素子として、さらに光波を制御する 章での斜あ入射波の散乱解析と斜あ伝搬波の導波 機能素子としても応用できることから、導波光学 解析に対しても同様の考え方で定式化している。 系、特に光集積回路を構成する上では重要なデバ すなわち、これらの解析では、格子領域および均 イスの一つである。従って、この誘電体格子の特 一媒質領域の電磁界が空間高調波の重み付き重ね 性を明らかにすることは重要な研究課題と考えら 合わせとして表された、系統的な行列形式による れ、誘電体格子による光波の散乱および導波特性 厳密な定式化の手法が用いられている。このため、 の理論解析が盛んに行われるようになり、摂動法 行列の次元を増やすことにより、数値計算上必要 を用いた近似解析などが多く報告されてきた。さ とされる任意の精度の解を得ることができる。 (192) 平成6年10月25日 26号外 第4号 第3章では、第2章で導出された関係式の数値 第5章では、空間高調波展開法を3次元の異方 計算によって、誘電率変調形格子あるいは方形レ 性誘電体格子の解析に拡張し、第2章と同様に散 リーフ形格子に関する斜め伝搬波の導波特性を明 乱および導波解析を統一的に定式化している。光 らかにしている。 集積回路などの実用的な導波路の多くは異方性材 まず、正弦波的に比誘電率が変化している誘電 料が利用されるため、様々な機能を持たせる上で 率変調形格子に関する斜あ伝搬波の特性を解析し、 異方性媒質中に周期構造を形成することになる。 2次元問題では見られないTE波とTM波の結合 しかしながら、周期構造を解析する算法の多くは による特異な禁止帯と洩れ波の存在を明らかにし 等方性媒質の問題に限られており、任意の誘電率 ている。さらに、傾斜形格子に関しても数値計算 テンソルで表されるような一般的な異方性誘電体 を行い、傾斜角による伝搬特性と放射効率の変化 格子に適用された解法は数少ない。空間高調波展 を示している。 開法は、任意の誘電率テンソルで表されるような 一般に空間高調波展開法では、変調度の小さい 誘電率変調形格子であれば数少ない展開項数で解 一般的な異方性誘電体格子の場合に対して比較的 容易に拡張できる解法であることが示される。 が収束するので実質的な厳密解が得られる。これ この異方性誘電体格子に関する固有値、固有ベ に対し、比誘電率変化が不連続なステップ状の方 クトルを求める数値計算には、一般的に多くの計 形レリーフ形格子の場合、比誘電率のFourier展 算時間と計算機の記憶容量が要求されるという問 開項数は有限でなく解の収束速度は非常に遅くな 題がある。しかしながら、異方性媒質の誘電率テ る。しかしながら、モード解析においては導波モ ンソルがある特定の形に属している場合に対して ードと放射モードを同時に固有値計算に帰着させ、 は、電磁界の結合関係を表す行列の次元を減少さ 行列の次元を増やすことだけで精度良く解が得ら せることができるので、上記の問題が解決でき、 れるので、本方法は数値計算を行う上では汎用性 能率良く解析できる。また、その処理過程におい が高い解法であると言える。それゆえ、方形レリ て結合行列の物理的意味を明確にする利点も有し ーフ形格子に対しては、展開次数に対する精度を ている。 十分に検討した上で数値計算を実行している。 第4章では、任意形状を持つ表面レリーフ形格 子の散乱および導波問題に関する解析算法を定式 第6章では、第5章の関係式を用いて異方性誘 電体格子の散乱問題および導波問題を数値解析し、 その回折特性と導波特性を示している。 化し、その有効性について述べている。任意形状 まず、正弦波形状の表面レリーフ形格子の表面 レリーフ形格子の解析算法の1つである微分方程 を異方性誘電率媒質の被膜でコーティングした構 式による解法(微分法)は、格子の溝が深く、展 造による回折特性を示し、他の数値結果と比較す 開次数が大きい場合に対して数値計算上のオーバ ることにより空間高調波展開法の有効性を確認し フロー問題に直面する。本章では、格子領域の区 ている。誘電体格子に関する光波の異常回折現象 分化を行い、各区間毎の数値積分において初期値 の1つとして、導波モードとの位相整合によって ベクトルの再直交化と演算の有効桁数を考慮した 引き起こされる内部共振の状態が存在する。ここ スケーリングの処理を行う改良微分法を提案し、 では、異方性誘電体格子に関する異常回折が、常 従来の微分法による数値計算に比べて溝の深さや 波と異常波の結合で生じる導波モードとの位相整 展開次数の大きさに対して常に安定した数値解が 合によって現れることを指摘し、光波が損失媒質 得られることを示している。導波問題においては、 に吸収される度合いによってこの現象を明らかに 階段近似された層に対してすべて固有値計算を行 している。 う従来の多層分割法と比べて、本手法はアルゴリ 一軸結晶から構成される異方性グレーティング ズムが簡便なため計算機の演算処理時間および記 導波路の斜め伝搬波は、格子ベクトル、伝搬方向、 憶容量に関して特に優れていると言える。 減衰方向に加えて光軸の方向にも依存する特性を (193) 号外 第4号 27 平成6年10月25日 示す。解析例としては一軸異方性媒質を取り上げ に特に有効であることを示した。 ており、格子ベクトル、位相速度、光軸の方向に (4)任意の誘電率テンソルを有する一般的な異方 より常波と異常波が互いに結合するために、導波 性誘電体格子における光波の特性を3次元的に解 モードが擬TEモードおよび擬TMモードとなる。 析することができるように、空間高調波展開法に 計算結果から、これらの両導波モードが交差する よる上記(1)の手法を拡張し、等方性の場合と同様 付近では完全なハイブリッドモードになっている に、散乱及び導波問題の統一的解析のための定式 こと、および等方性の場合には見られない特異な 化に成功した。 バンド特性が存在することを明らかにしている。 (5)一軸異方性結晶誘電体格子における数値解析 さらに、洩れ波の領域では、常波と異常波が互い の結果、常波及び異常波が結合した導波モードが に異なる方向へ放射される放射特性も示されてい 入射波と位相整合することによって光波の異常回 る。 折現象が生じること、また、常波及び異常波が結 第7章では、本研究を通して得られた主要な結 合することによって擬TEモード及び擬TMモー 果を総括すると共に、本解法の適用可能な範囲と ドが発生することを明らかにし、等方性の場合と そのときの問題点を指摘し、今後の取り組むべき は異なる、特異なバンド特性や放射特性が存在す 研究課題についても述べている。 ることを確認した。 以上の諸成果は、光集積回路の構成要素の一つ 2 学位論文審査結果の要旨 として極あて重要な異方性誘電体格子における光 本論文は、電磁界理論の観点から無限長の周期 波の散乱及び導波問題に関し新しい知見を提供し、 構造を有する等方性及び異方性の誘電体媒質中に 光導波エレクトロニクスの分野に貢献するところ おける光波の伝搬特性を空間高調波展開法に基づ 大である。また、申請者が自立して研究を行うに いて解析したものであり、次のような成果を得て 必要な能力と学識を有することを証したものであ いる。 る。 (1>3次元的に任意の方向に周期構造を有する等 本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試 方性誘電体において、光波の伝搬方向及び減衰方 験の結果から、博士(工学)の学位を授与するこ 向が互いに任意であるような場合の散乱特性及び とを適当と認める。 導波特性を解析すると共に、空間高調波展開によ る統一的な解析手法を確立し、この場合に特に重 要な複素伝搬定数の新しい決定法を迎い出した。 (2>光波の格子ベクトルに対し任意の角度で伝搬 審査委員 主査 教 授 澤 新之輔 副査教授日下浩次 副査 教 授 村 田 顕 二 する場合の特性を解析し、洩れ波の方向が屈折率 を半径とする球面を考慮することによって容易に 厚い出されること、その放射方向が伝搬角や格子 ベクトルの値によって3次元的に変化すること、 及び誘電率変調形格子に関する斜あ伝搬波の解析 からTE波とTM波の結合による特異な禁止帯が 存在することを示した。 ⑧ 任意形状の表面レリーフ形格子における光波 の散乱及び導波問題の有効な新しい解析法と一つ として、従来の微分法を改良した、いわゆる改良 微分法を考察し、常に安定した数値解が得られる こと、及び、本手法が導波問題における解の探索 (194) 平成6年10月25日 28号外第4号 についてもさらに研究を進ある必要があった。 大阪府立大学告示第56号 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 本研究では,木材腐朽力に関する食用担子菌類 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 と他の担子菌類との比較,および同一種に属する 第1項の規定に基づき、平成6年9月28日博士の 栽培菌株と野生菌株との比較から,腐朽力の強弱 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 に関して食用担子菌類が全担子菌類の中で占ある 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の 位置および栽培化に伴なって生じた腐朽力の変化 要旨を次のとおり公表する。 等を明らかにした。一方,菌糸体CO2排出速度 から推定された生理活性の解析により,栄養生長 平成6年10月25日 から生殖生長への転換期の決定に菌種の腐朽力が 大阪府立大学長 平 紗 多賀男 たね さか えい じ 称号及び氏名 博士(農学) 種 坂 英 次 大きく関与していることを推定した。さらに,2 種の交配方法(mon−mon交配とdi−mon交配)につ いて,腐朽力に関係する要因の遺伝および子孫に (学位規程第3条第2項該当者) 生じる変異の大きさを比較し,その優劣を育種的 (奈良県 昭和35年4月24日生) 見地から考察した。 第1章 食用担子菌類の木材腐朽力の変異と 論 文 名 栽培期間との関係 食用担子菌類の木材腐朽性に関する 本章では,エノキタケ(FZanznntLim veZittipes), 遺伝育種学的研究 ヒラタケ(PLem o加S ostrentus),シイタケ(Lent一 ・inusα漉s)など数種の食用菌を含む木材腐朽菌, 1 論文内容の要旨 落葉分解菌および外生菌根菌の計68種の担子菌類 食用菌類の多くは木材腐朽性の担子菌亜門Bas− について木材腐朽力の強弱をしらべ,食用担子菌 idiomycotina(担子菌類)に属し,木材を分解し 類の木材腐朽力の強弱およびそれと栽培期間との 子実体(きのこ)を発育させる。近年,きのこ生 関連について検討した。 産には人工培地を使った栽培(菌床栽培法)が多 (1)寒天培地上に生育した菌叢上にブナ木片を くなり,培地の主体であるオガクズにC源やN源 置き,木片全体および木片中のリグニンの重量減 その他の有機栄養物質を豊富に加え増収の工夫が 少率で菌の腐朽力を測定した。その結果,使用し されており,その栽培法に適した菌株の育種も望 た担子菌の種間で腐朽力に大きな変動がみられた。 まれている。しかし,きのこ栽培の歴史は他の作 野生菌では,腐朽の初期段階によく発生する菌は 物に比較すると極めて浅く,各菌の培地栄養の利 強い腐朽力を示すものが多く,落葉分解菌の中で 用特性や,菌糸体が生殖生長へ転換するたあの要 は,比較的新しい落葉の堆積した層に生息する菌 因の菌種間差に関する研究は著しく不十分で,そ はより分解の進んだ下層の生息菌や白色腐朽菌よ れらの充実が求められてきた。一方,数年来の我 り強い腐朽力とリグニン分解活性(リグニン重量 我の研究から,多くの食用菌類において上記の要 減少率/木片重量減少率)を示すものが多いこと 因として培養に伴う培地栄養の濃度低下が重要で など,腐朽力の強さはその菌が生息する場所の基 あり,各菌種の木材腐朽力の強さがこの要因と密 質に適応しているという傾向が示された。 接に関係して生殖生長への転換時期の重要な決定 (2)食用担子菌類は,調査した木材腐朽菌の中 条件になっている事などが分かってきた。そこで, では中以下の比較的弱い木材腐朽力を示した。オ 優れた栽培特性の菌株育種には,腐朽力をも選抜 ガクズを主体とする人工培地上での栽培で発茸処 基準として重視する必要があるものと考えられた。 理までに70日以上を要するシイタケやナメコ また,担子菌類の交配様式は高等植物のそれより (PhoZtめta namekO)の腐朽力は強く,20∼25日で 複雑で,育種に利用できる効果的な交配法の選択 発茸処理を行なうエノキタケやヤナギマツタケ (195) 平成6年10月25日 (p陶be剣↓伽αzノの腐朽力弱くて,発茸処 号外 第4号 29 第3章食用担子菌類の木材腐朽性の菌株間 理の適期と菌の腐朽力の間に密接な関係のあるこ とが示された。 第2章食用担子菌類の栽培期間中の生理活性 の変化 食用担子菌類の菌床栽培における発動処理は一 差異 本章では,食用担子菌類の腐朽力にかかわる遺 伝形質が栽培化によって変化してきた方向を推定 するため,栽培菌株群と野生菌株群について,木 材腐朽力の比較と共に,セルラーゼ,ラッカ一陣 般に菌かき(培地表面のかきとり)と栽培温度を およびパーオキシダーゼの活性を比較した。 下げることによって行なわれる。この処理は菌糸 (1)シイタケ,ヒラタケ,およびエノキタケの 体の生殖生長への転換を促進する重要な工程であ 野生菌株群と栽培菌株群について木材腐朽力を比 るが,処理適期の決定は栽培者の長年の経験によ 較したところ,全ての菌種において有意な菌株間 っていた。一方、菌糸体の生長と分化に伴うCO, 差異がみられた。さらに,同一種菌がくりかえし の排出速度は菌の生理活性の指標になると考えら 栽培に使われてきた歴史が長く,その間に著しい れる。本章では,エノキタケ,ヒラタケ,ブナシ 特性の変化(白色化など)を示したエノキタケで メジ(Hmρsi2usz‘s一)の3菌種について, は,栽培菌株群の木材腐朽力は特に弱くなってい 栽培期間中のCO2排出速度を測定し,その変化 た。 と菌の生長・分化および発茸処理適期との関係に ② エノキタケ栽培菌株では,セルラーゼ,ラ ついて検討した。 ッカーゼおよびパーオキシダーゼの活性は,野生 (1)寒天培地上の菌叢からのCO2排出速度は, 菌株より低くなっていた。全使用菌株において, どの菌種においても菌叢面積の増加に対して直線 セルラーゼは培地中のグルコース濃度がなお高い 的に増加し,菌糸体重に対して指数関数的に増加 問に高い活性を示したが,ラッカーゼはグルコー した。これらの結果から,CO2排出速度は培地 スの大部分が消費された後に発現した。ヒラタケ 栄養の枯渇に伴って減少すると仮定され,菌糸体 栽培菌株においても,ラッカーゼとパーオキシダ 重に対する排出速度の変化はこの仮定による次の ーゼの活性は野生菌株より低くなっていた。すな モデル式とよく一致した。 わち,この結果は,栽培に適した菌株の育種に木 R=K{1−exp(一Cw/K)} (R:排出速度, W:菌糸体重, 材腐朽力を指標とする選抜が有効であることを示 C,K:係数) 唆した。 (2)菌床栽培では,CO2排出速度は菌糸体が 栽培瓶全体に蔓延を終了する前に極大になり,そ 第4章食用担子菌類における交配様式と木材 腐朽力 の後,徐々に減少して極小となり,子実体の原基 担子菌類で、単核系統間での交配(mon−mon交配) 形成とその生長に従って再び上昇した。排出速度 と共に,複核性菌株と単核性系統(以後,複核菌 が極小となる時期はエノキタケ,ヒラタケ,ブナ 株と単核系統という)との間の交配(di−mon交配1 シメジの順に遅くなり,従来経験的に決められた 複核菌株の核が単核系統側へ移動しそれを複核化 上月処理適期(菌かき時期)と一致し,処理適期 する)が可能である。mon−mon交配では,不和合 までの培養期間は培地に残存する栄養素量に関係 性因子(交配型因子)が交配の成立を制約する一 すると考えられた。すなわち,この時期は菌糸体 方,di−mon交配では,不和合性組合せ交配でも複 が処理に最もよく反応して生殖生長へ移行しやす 核菌株の共役核または単核系統の核を含む3核の い時期であって,この結果は現行栽培における発 間で遺伝的組換えを生じて新手を形成し,交配が 茸処理適期に理論的根拠を与えると共に,将来の 成立する。本章では,日本産(MA91)とタイ国産 育種にはこの性質を選抜基準の一つとして採用す (OW89)のヒラタケ栽培菌株を用いて作出した両交 る必要のあることを示した。 配法による合成複核菌株のエステラーゼアイソザ イムの分離からdi−mon交配に関与した核を推定し, (196) 平成6年10月25日 30号外 第4号 木材腐朽力の変異拡大に適した交配法について検 討した。 これらのことから,栽培化の歴史が浅い食用担 子菌類では,発茸が早く,より栽培に適した菌株 (1)MA91の交配型因子組成はA,A2B,B2でOW89 の作出には木材腐朽力を減ずる方向への選抜が有 のそれはA3A,B,B,であり,両親に共通する交配型 効であり,交配育種において,和合性組合せでは 因子はなかった(和合性)。また,エステラーゼ di−mon交配よりmon−mon交配が効率的であると推 アイソザイムのEST,座に関し, OW89はヘテロ接合 定された。 体[EST1(86)+EST,(93)], MAglはホモ接合体 [EST1(100)+EST,(100)]であった(()内の数字 2 学位論文審査結果の要旨 は各アイソザイムの相対移動度を示す)。OW89を核 主要な食用きのこには、シイタケ、エノキタケ、 供与親としてdi−mon交配をすると,ほとんどの合 ヒラタケ、ブナシメジ、ナメコなど木材腐朽性の 成複核菌株群(Dl)の遺伝子型は[ESTl(93)+EST1 担子菌類に属するものが多い。近年、これらのき (100)]であって,EST,(93)が高率で選択されてい のこ生産では、栄養物質を豊富に含んだ人工培地 た。このとき,親菌株は和合性であるところがら, を用いて、連続的に行う享有栽培が主流になって 株の1つが選択的に移動したと考えられた。また, おり、これに適した菌株の育種が望まれている。 MA91を核供与親とした交配によるD1菌株群では, しかし、食用担子菌類の栽培の歴史はきわめて浅 理論的には現われない遺伝子型[EST1(100)+EST1 く、培地栄養の利用特性、栽培期間中の生理活性 (100)]が高頻度(19%)に出現した。これはMA91の あるいは高等植物と交配様式が異なることによる 2つの共役核が単核親の核と置換したものと考え 選抜上の問題など、育種に関する重要な基礎的知 られた。 見はほとんど未解明の状況にある。 (2)OW89とMA91のmon−mon交配による正逆F1 本研究では、上記要因と密接な関係があり、育 菌株三間で木材腐朽力を比較すると,測定値の平 種における選抜指標として重要と考えられる食用 均と分散には有意な差はなかった。従って,木材 担子菌類の木材腐朽力について、その変異と栽培 腐朽力は主に核遺伝子によって支配されると考え 期間との関係、栽培期間中の生理活性との関係お られた。一方,OW89を核供与親としたdi−mon交配 よび菌株間の差異などを明らかにした。また、担 によるD1菌株群における分散はその逆交配によ 子菌類の2種の交配方法について、育種的見地か るD1菌株群における分散より有意に小さくなり, らその優劣を比較検討した。結果の概要は以下に (1)における核選択の推定を裏付けた。これらの結 述べる通りである。 果から,和合性組合せ交配では,di−mon交配は 1.寒天培地上で成育させた菌叢中にブナ木片 mon−mon交配に比べて子孫の遺伝的変異の広がり を置き、木片全体の重量減少愚ならびに木片中の が小さくなり育種上は不利であると推定された。 リグニンの減少率を測定し、菌の木材腐朽力を推 第5章 総括 定した。調査した68種の担子菌類のなかで、食用 本研究において,食用担子菌類は木材腐朽性担 担子菌類は中程度以下の比較的弱い腐朽力を示し 子菌類の中で,中程度以下の木材腐朽力を持つ菌 た。しかし、そのなかではシイタケ、ナメコのよ 種であること,CO2排出速度が極小となる時期 うに発茸処理までに70日以上を要するものは腐朽 を発茸処理の適期とすることが可能となり,処理 力がやや強く、エノキタケのように20∼25日で発 の適期までの栄養生長に要する日数は木材腐朽力 孔処理のできるものは腐朽力がとくに弱かった。 など基質の利用効率に関する形質に相当程度依存 このように、発茸処理までに要する期間(耳茸処 していること,従って,将来の育種にこの性質を 理適期)と菌の腐朽力との間には、密接な関係のあ 選抜基準として取り入れる必要性のあることなど あることが示された。 を示した。また,栽培菌株群の木材腐朽力は野生 菌株群より低下していることが明らかとなった。 (197) 2.エノキタケ、ヒラタケおよびブナシメジに ついて、栽培期間中のCO2排出速度の変化と菌 平成6年10月25日 の成長・分化および発茸処理適期との関係につい 号外 第4号 31 が小さく、育種上は不利であると推察された。 て検討した。CO2排出速度はどの菌種において 以上の研究成果は食用担子菌類の育種を推進す も菌叢面積の増加に対して直線的に増加し、菌糸 る上で多くの貴重な基礎的知見を与えるだけでな 体重に対して指数関数的に増加した。これらの結 く、遺伝・育種学の進展にも寄与するところが大 果から、CO2排出速度は培地栄養の枯渇に伴っ きい。 て減少するものと推定された。また、排出速度が 極小となる時期はエノキタケ、ヒラタケ、ブナシ メジの順に遅くなり、従来経験的に決められてい た発茸処理適期とよく一致した。この時期は菌糸 よって、学力確認の結果とあわせて博士(農 学)の学位を授与することを適当と認ある。 審査委員 主査 教 授 中 村 明 夫 体が処理に最もよく反応して、生殖成長に移行し 副査教授一谷多喜郎 やすい時期であって、この結果は現行栽培におけ 副査教授茶珍和雄 る発茸処理適期に理論的根拠を与えるとともに、 今後、育種における重要な選抜基準の一つになり 得ると考えられる。 大阪府立大学告示第57号 3.食用担子菌類の腐朽力にかかわる遺伝的性 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 質が栽培化によってどのように変化したかを知る 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 たあ、栽培菌株群と野生菌株群について、木材腐 第1項の規定に基づき、平成6年9月28日博士の 朽力を比較するとともにセルラーゼ、ラッカーゼ 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 およびペルオキシダーゼの活性を比較した。シイ 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の タケ、エノキタケおよびヒラタケの栽培菌株はい 要旨を次のとおり公表する。 ずれもその野生菌株に比べて腐朽力が有意に弱く、 平成6年10月25日 とくにこのなかでは栽培歴のやや長いエノキタケ で差異が大きかった。また、エノキタケの栽培菌 大阪府立大学長 平 紗 多賀男 株ではセルラーゼ、ラッカーゼ、ペルオキシダー ゼのいずれの活性も野生菌株より低く、ヒラタケ ハニー・ モハメド. Abdelzaher の栽培菌株でもラッカーゼとペルオキシダーゼの 活性が低かった。 4.担子菌類では様式の異なった2種の交配法、 アワド・ 鰐及び酩博士(農学)19撃、レ,lgl・med A・ad (学位規程第3条第2項該当者) (エジプト 1963年1月27日生) すなわち単核系統間での交配(mon−mon交配)と 複核性菌株と単核系統との交配(di−mon交配)が 論 文 名 可能である。ヒラタケの日本産(MA91)とタイ国 Studies on 1solation, 1dentification 産(OW89)菌株について、両交配法による合成複 and Pathogenicity of Aquatic 核菌株のエステラーゼアイソザイム分析を行い、 Pyth・iLum spp. f rom Pond Water di−mon交配に関与した核を推定し、いずれの交配 (池水からのPYthiian属菌の分離、同定 法が木材腐朽力の変異拡大に適しているかについ および病原性に関する研究) て検討した。mon−mon交配による正逆F1菌株群 群では、腐朽力測定値の平均値・分散ともに有意 1 論文内容の要旨 差はなかったが、OW89を核供与親としたdi−mon交 Rfthiwn Pr i n gsh.(Pythtan属)は、べん毛菌亜 配によるD1菌株群ではその逆交配に比べて分散 門一卵菌綱一ツユカビ目一腐敗菌科に属するもの が有意に小さくなった。したがって、di−mon交配 で、これには重要な土壌伝染性植物病原菌が含ま はmon−mon交配より子孫での遺伝的変異の広がり れている。これまでに、土壌病菌としての本属菌 (198) 平成6年10月25日 32号外 第4号 の種類およびそれらの行動に関する研究は、国の も頻繁に分離されたp匹h伽’group F’,について 内外で数多く認あられるが、水系における本属菌 全可溶性たんぱく質およびアイソザム分析を行っ の種類、生態ならびに植物に対する病原菌として たところ、3種類以上のsubgroupに分かれた。 の意義については、ほとんど知られていない。 本研究では、同一水系に属していて汚濁度が異 第2章Pythiam属菌の遊走子形成 前章で分離した財ん伽属菌の中の3種を なる堺市の3か所のたあ池を調査地に選び、池水 用い、遊走子形成と温度、pHおよび浸透ポテンシ 標本の採集を毎月行って分離されるPythinn属菌 ャルの関係を調べ、水質汚濁が遊走子形成に及ぼ の種類と病原性について調べた。また、池水汚濁 す影響について考察した。 の指標としてのpH、浸透ポテンシャル、 CODな 1.P. ftanmm, P.㎜親卿および鞍尻ωη どの調査も同時に行い、汚濁と本属菌の遊走子形 ’group F’の遊走子形成最適温度は、それぞれ15, 成および卵胞子発芽との関係を考察した。得られ 25,20℃であった。 た結果は以下の通りである。 2.供試したPYthtm属菌3種の遊走子形成は、 第1章分離された地¢h伽属菌の種類 pH4。5および10.5で阻害された。 P。 ftrmumとp. 1.池水から分離したPYthiam属菌は、 Pythiian ηηr蕊伽は2つの遊走子形成最適pH値をもち、 amっ乃伽伽m Matthews, p.(伽Zα亡覗m Matthe− それぞれ7.9、9.5および5.5、8.5であった。 ws, P. eoZorrttum Vaartaja, P. dteLrm Tokuna− Pythiwn ’group F’の遊走子形成最適pH値は6.5 ga, P. d?tssotmm Drechsler, P.flmm Park ∼7.5の範囲にあった。 var. fLlantnlun (P.fZuminlan), P.marsipium 3.供試した3種のpythiwn属菌の遊走子形成 Drechsler P. nridiLeton・ttt S parrow, P. monospe− に対して良好な浸透ポテンシャルは、一〇.27∼ rmlm Pringh. , P●ゆ)t YLImi Drechsler, P●Paρ一 一〇.47Mpaの範囲にあった。 ・tT.latun Ma t t hews, P. pZ.erot・iezmi T. I t o, P. mi− 第3章 PYthiam属菌の卵胞子発芽 uZ.atwn H. E. Petersen, Pyth・tiun ’group F’, 第1章で分離したPythiwn属菌の中から5種を Pythrtwn’group HS’, Pythfian’group P’, Pyth一 選び、温度、pHおよび浸透ポテンシャルが異なる 尉’group T’の13種、4グループであった。 条件下で卵胞子の発芽を調べ、卵胞子発芽と水質 2.セルロース分解能が高いP.f乙tambnenは、 アイルランド以外の国では日本で初めて分離され 汚濁との関係を求めた。 1.卵胞子発芽は、P.α)Zonzonでは15∼35℃、 た。ここで提示した本菌の定量的検出法は、生態 P.d勿Z伽では10∼35℃、 P.d sSsot(mmでは15∼ 研究に使えることが明らかになった。 30℃、P.monospenmenでは7∼30℃、 P.p按。擁一 3.P. nvsipmはこれまでに世界においても cnanでは10∼30℃でそれぞれみられた。供試した ほとんど検出されていない珍しい種である。ここ 本属菌卵胞子の発芽最適温度は、すべて25℃にあ で記載した本種は、Drechsler(1941)が世界で初 った。 めて報告したものと同一種で、完全に記載を行っ 2.卵胞子発芽は5.0∼8.6の範囲のpHで起こり、 たものとしては、日本で2例目、世界では3例目 最適pH値は6.4∼7.4の間にあった。 P. ooZoratzan, である。ここでは、本種の有性構造を形成させる P。d惚τ伽m, P.monospemmmおよびP. P伽。亡伽 新しい方法を提示した。この方法を用いれば、本 の最低のpH値は4.8、 P. dissotmmでは5.0であ 四の同定が容易になり、今後さらに本種の検出例 った。 が増加するものと期待される。 4.雌雄異株性の種ではなく、かつ蔵卵器を形 3.供試したPYthtm属菌の卵胞子は、一〇.13 ∼一 Z.17Mpa間の浸透ポテンシャルで発芽したか、 成しない4グループ(Pythilan’group F’ , p⑳ 一3.40Mpaでは発芽しなかった。最大の発芽は htam ’group HS’, Fgehizen’group P’, Pythezan 一〇.27∼一〇.47Mpaの間で認められた。 ’group T’)が数多く分離された。この中で、もっと (199) 号外 第4号 33 平成6年10月25日 第4章瑠劾伽属菌の病原性 (10.5以上)pH値をもち、この場合には遊走子形 本研究で得られたPythium下関を用いてキュウ 成を遅らせ、卵胞子発芽を抑制した。したがって、 リ(品種四葉)幼植物に対する出芽前後の立枯試 ため池の水質汚濁度を調べることにより、池水中 験を行い、池水をかん漉に用いた場合の発病力に のRythirm属菌の動態を把握することができると ついて考察した。 考えられた。さらに、廃棄物、動物および植物の 1。出芽前立枯試験の結果から、供試菌は非病 原性のp.dUtmm, p.㎜蕊ρ伽p.厩伽亡㎝腸, 遺体などによって起こる水質の汚濁は、本属菌の それへの定着を助長するものと推察された。 P.monosper7nnan, P.pZerotiezun, P.andulatwn, 池水をかん概に用いると、発病の危険性がある P.flzaninrm、および弱病原性のP.eatenulatwn, と言われている。本研究で分離した池水中の P.eoZoratum, P.dtssotoevan, P.paptZLat2an, Pythian属菌には、人工接種の結果弱い病原力が ?ythizan’groupF’, llython’group HS’, Pytnt− 認あられる菌もあったが、通常のかん概では病原 an’ №窒盾浮?P’,Pythian’group T’の2群に類別 性を発揮するとは考えられなかった。また、ため された。 池の:取水口周辺の土壌からは病原性をもつ本属菌 2.出芽後立枯試験の結果から、供試菌は非病 が分離されたが、これらの菌は池水中からは分離 原性のp.αntemtlαrη, p.d?issotnm, p.f乙rm_ されていない。しかし、池の底土からは病原性の rm, P.nva?siptam, P.monosparman, P.paptZLcrmm, 本属菌が検出されている。ため池の取水口の土壌 P.pZepottezan, P. rmZatuan, llythiian ’ group F’ , を含あ、たあ池の底土に生息する病原性Pythizan Pythizun’ №窒盾浮?T’、弱病原性のP。ooLOi?αtwn, 属菌の池水中における行動については、今後に残 P.dtet・inum, P. ntidiZetonii, Pythizen’group P’. された問題である。 および中程度の病原性のPythian’group HS’の3 群に類別された。 第5章 総合考察 2 学位論文審査結果の要旨 Pythium属菌は重要な土壌伝染性植物病原菌で、 同一水系に属しているが、水質汚濁度が異なる その種類と生態については、これまでに詳しく調 3か所のたto池を選び、池水中のp⑳ん伽属島の べられてきた。しかし、水系における本属菌につ 種類を四季別にしらべたところ、13種、4グルー いては、全く知られていない。 プが分離・同定された。この中のPYth・imi ’ group HS’を除くすべての菌は、これまでに世界各地の 本研究では、同一水系に属しているため池の水 からPythium導引を分離し、その種類と病原性を 河川湖沼から水生菌として多少とも報告があるも 調べた。同時に、池水のpH、浸透ポテンシャル、 のであった。 CODなどを調べ、水質汚濁と本属菌の生育・生 セルロース分解性のP.ftmUrmはアイルランド の川から初めて報告されたもので、それ以来報告 存との関係について考察した。得られた結果は、 以下のようにまとあられる。 はなかったが生態学的に興味ある菌であった。本 1.池水から13種のPythium属菌を分離・同定 研究で新らたに提示した方法に従えば、本菌は水 し、同時に未同定の4群を分離した。このうち、 温が2∼30℃の条件の水系で各地に認あられると セルロース分解性のP.fluminumは、アイルランド 考えられた。検出例が少ないP.rmsiPtwnについ 以外では日本で初めて分離されたものである。ま ては、新しく有性構造を形成させる方法を見出し た、新たに提示した本俸の定量的検出法により、 た。この方法によって本菌の同定が容易になり、 生態学的研究が可能となった。さらに、分離した 今後本種の報告例が増加するものと期待される。 P.marsipiumは、世界的に珍しい種であった。こ 分離したPythim球菌のほとんどは遊走子を形 こで示した二種の有性繁殖構造を形成させる新し 成した。しかし、著しく汚染した水は高い浸透ポ い方法によって同定が容易になり、今後、生菌の テンシャル、および極端に低い(4.5以下)か高い 検出例が増加するものと考えられた。有性繁殖構 (200) 平成6年10月25日 34号外第4号 造を形成しない菌のうち、季節を問わずにもっと が、本研究で分離した池水中のPythium属菌は、 も頻繁に分離されたPythium’ group F’について、 通常のかん灘で病原性を発揮するとは考えられな 可溶性総たんぱく質およびアイソザイムの分析を かった。一方、ため池の取水口周辺の土壌および 行ったところ、本国は5つのsubgroupに類別され 池の底土からは病原性の本属菌が検出されたが、 た。 これらの菌は池水中からは分離されなかった。 2.水質汚濁と本属菌の生育との関係を推察す 以上の研究成果は、病原性Pythium属菌の池水 るため、形態が異なる3菌を用いて遊走子形成に 中における生態に関する研究への道を開くことに 及ぼす温度、pHおよび浸透ポテンシャルの影響を なり、学術上ならびに応用上植物病学の発展に寄 調べた。その結果、これらの菌の遊走子形成はpH 与するところが大きい。 4.5および10.5で阻害され、その形成適温は15∼ 25℃であった。P. fluminumおよびP.marsipiumは、 2つの最適pH値(各7.5、9.5と5.5、8.5)をもち、 Pythium’ №窒盾浮?F’の最適pH値は6.5∼7.5であっ よって、学力確認の結果と併せて博士(農学) の学位を授与することを適当と認ある。 審査委員 主査 教 授 一 谷 多喜郎 副査教授保田淑郎 た。3菌の遊走子形成が良好な浸透ポテンシャル は、一〇.27∼一〇.47MPaであった。 副査 教 授 三 本 弘 乗 3.水質汚濁と本属菌の生存との関係を考察す るため、形態が異なる5種を選び、温度、pHおよ び浸透ポテンシャルが卵胞子発芽に及ぼす影響を 大阪府立大学告示第58号 調べた。その結果、卵胞子発芽は7∼35℃で認め 大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学 られ、適温は25℃にあった。卵胞子発芽はpH 5.0 規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条 ∼8.6で起こり、最適pH値は6.4∼7.4にあった。 第1項の規定に基づき、平成6年9月30日博士の 卵胞子は一3.40MPaの高い浸透ポテンシャルでは 学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規 発芽せず、最大の発芽は一〇.27∼一〇.47MPaにあ 定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の った。一〇.13∼一〇.17MPaの低い浸透ポテンシャ 要旨を次のとおり公表する。 ルでも発芽をした。 平成6年10月25日 4.池水をかん瀧に使う場合を考慮し、出芽前 野立枯試験を行ったところ、供試菌は非病原性の 大阪府立大学長 平 紗 多賀男 7種と弱病原性の4種、4群に分かれた。出芽後 苗立枯試験からは、非病原性の8種、2群、弱病 原性の3種、1群、および中程度の病原性の1群 ちょう けん みん 称号及び氏名 博士(工学) 趙 建 民 (学位規程第3条第1項該当者) (中国 1962年5月6日生) に分かれた。 以上の結果から、分離したPythium属菌のほと んどは活発な生育形態である遊走子を形成するこ 論 文 名 とが分かった。しかし、著しく汚濁した水は高い FACTSに基づく電力系統の 浸透ポテンシャル、および極端に低いか高いpH値 安定化に関する研究 を示し、遊走子形成を遅らせた。また、汚染した 水は生存形態である卵胞子の発芽も抑制した。し 1 論文内容の要旨 たがって、ため池の水質汚濁性を調べることによ 電力需要の急激な増大にともない,電力系統は り、池水中のPythium属菌の生育・生存状態が明 ますます大規模複雑化する巨大なシステムとなり らかになると考えられた。 つつあり,電力の安定供給あるいは系統の安定運 池水をかん溜に用いると、発病の危険性がある (201) 用が極あて重要な課題となっている。また,環境 号外第4号35 平成6年10月25日 問題をはじあとする様々な理由で,電力需要の増 FACTS機器は,その高速制御性及び柔軟性 大に対し,電源はその立地に対する種々の社会的 のたあ,電力システムの多くの点に分散配置する 制約により大容量化,偏在化,遠隔化が進み,こ ことによって電力系統の安定度を大きく向上させ れにともなって送電線も長距離大容量化となって るものとして期待を集あている。FACTS機器 いる。しかし,長距離送電は過渡安定度の制約上, として,実用化の段階にあるSVC(Static Var 十分な熱限界運用が行われていない状況にあるた Compensator), S V G(Static Var Generator)か め,安定度の向上によりネヅトワーク輸送能力の ら,研究開発中の高速可変直列コンデンサ,制動 向上を図ることが要求されつつある。さらに,複 抵抗,HSPS(High Speed Phase Shifter)など 雑化した電力系統において,増加しつつある需要 様々なものが考案されている。これらの機器に のため,電力託送,融通などを行うについて,並 よる系統安定化の効果は,機器の設置個所及び制 列潮流やループ潮流などの問題が起き,特に安定 御方策に大きく依存する。制御機器の能力を十分 度上に問題のある系統においては,これらの問題 に発揮かつ最大限に活用できるよう,設置個所の が一層厳しくなる。そのたあ,極めて厳しい状況 慎重な選定,あるいは既に設置された各々の機器 下にある電力システムにおいて,既存の系統に様 がどの程度安定度を向上できるかを正確かっ迅速 々な新しい制御技術,制御機器を取り入れること に知ることが必要である。また,多数のFACT によって,その安定度向上,送電能力増強,系統 S機器をより有効に利用するには,個々に制御す 運用の高度化を図っていくことが重要な課題とな るのではなく,すべての利用できる機器を全体で っている。 総合的に考えた制御が望ましいと考えられる。 過渡安定度向上のたあの安定化制御問題は,系 FACTS機器の中でもHSPSは系統電圧位相 統内の故障や負荷の急変など事故に起因する系統 を連続かつ高速に変化させる特徴を持っており, 動揺が発生しても速やかにこれを減衰させて安定 電力流を高速可変し,逆流さえも可能にする電力 な運転に復帰する高信頼度の系統運用を目指すも ネットワーク制御機器であり,HSPSを用いて のであり,発電機制御系の強化による安定化制御 多数の連系線で電力調整(Power Modulation)を行 及び電力ネットワーク面における安定化制御など うことが,電力系統の安定度及びダンピングの向 の方策が挙げられている。前者と比べて後者はネ 上策として期待できると考えられる。HSPSは ットワークを制御の対象とし,従来の安定化制御 動特性を持つ直列制御機器であり,回路解析に際 策では得られなかったような柔軟性がある。しか し直接に電力系統と結合できないたあ,HSPS しこれまでのところ,高速かつ連続に制御できる を連系線に設置する場合,そのモデル化及び系統 ネットワーク制御機器ができなかったため,電力 との結合手法,制御方法など解析面で解決してお システムの動特性や過渡特性を改善する目的で, かねばならない問題もある。 大幅にネットワーク制御機器を導入して電力ネッ 本論文は,多数のFACTS機器を電力系統に トワークを制御することがあまり考えられなかっ 導入することにより,ネットワーク面での制御に た。 パワーエレクトロニクスの大容量化にともない, よる電力系統安定化について述べている。 各章の要点は以下の通りである。 サイリスタ,GTOなどをベースにした大電力変 第1章では,電力系統において,過渡安定度向 換器,遮断器などを用いて,さらにアクティブに 上策としての各種安定化制御方式の特徴及びFA 電力系統のネットワーク制御を行うことが可能と CTS構想の特徴,そして本研究の目的と研究内 なりつつある。これはアメリカのEPRIにより 容の概要について述べる。 提案されたFACTS(Flexible AC Transmiss− 第2章では,FACTS機器としてのSVCと ion System)構想で,電力システムを強化するた 可変直列コンデンサ及び制動抵抗などを,電力ネ あの有望な新技術である。 ットワークに大幅な導入することによる過渡安定 (202) 平成6年10月25日 36号外 第4号 度の向上効果について,系統の過渡安定領域,あ を提案する。二つの制御方策は,いずれも組み合 るいは減速エネルギーを表す臨界エネルギーを用 わせ最適問題として定式化され,それぞれ制御を いて明らかにし,これらを踏まえて,FACTS 行うパラメータの組み合わせ及び操作量の組み合 機器による電力ネットワークパラメータの変化が わせの決定について論ずる。なお,組み合わせ最 系統の過渡安定領域に対し如何に影響を与えるか 適化問題を解く手法として,目的関数の勾配を考 を調べるため,系統の臨界エネルギーの電力ネッ 慮せずに大域的に極値が求あられる遺伝的アルゴ トワークパラメータに対する感度解析による評価 リズム(GA)を導入している。提案する評価関 法を提案している。これに基づき,安定度向上を 数の最小化による制御方策は安定度向上に最も効 目的とするFACTS機器の適性配置,あるいは 果的であることを検証している。 既設の各機器の評価などを行い,本提案法の有効 第4章では,HSPSのモデルを新たな等価回 性を示している。提案法では,まず電力系統の同 路表現で提案し,それに基づき,多数のHSPS 期平衡概念を導入しそれに基づくFACTS機器 が電力ネットワークの連系線に設置された場合に を含む電力系統のモデルを構成する。次に,臨界 おける安定化制御について検討を行っている。ま エネルギー感度解析に必要不可欠な同期平衡状態 ず,提案するHSPSのモデルはノード注入電力 の新しい定式化を提案し,それに基づく臨界エネ と移相角制御の動特性式で表現するものであり, ルギー感度解析を行う。また,臨界エネルギー感 従来,移相器を含め直列制御機器の動特性は電力 度の値が故障点により異なることに対し,高速か 系統に直接に結合できないとされた難点を解消し, っ精度良く臨界エネルギー感度を算出する方法と 電力系統の安定度解析などの従来の解析方法に何 して,バックプロパゲーション型ニューラルネッ らの問題なく適用できるものである。このモデル トワークによる臨界エネルギー感度計算法を提案 化により,HSPSの制御効果は発電機の内部母 している。提案したニューラルネットワークは教 線に付加的な注入電力,言い換えればHSPSの 師信号付き三層構造であり,入力として系統の同 制御による発電機の出力の変化として表され, 期平衡状態が用いられる。 HSPSを用いた連系線の電力流を調整すること 第3章では,FACTS機器を電力ネットワー による系統安定度の向上及びダンピング向上効果 クの多くの点に分散配置することにより,電力ネ が明確となる。HSPSを用いた安定化制御には, ットワークを現在の受動的なネットワークから高 HSPSの各発電機への影響を評価する感度係数 速制御可能な能動的なネットワークへ変貌させ, つまり発電機出力のHSPSの電力流の変化に対 ネットワーク構造制御による過渡安定度向上を図 する感度を導き,この感度係数を用いてHSPS る制御方策及び安定化効果を評価する手法を提案 による安定化制御系を構成する方法を提案し,そ している。提案法は,まず安定化効果としての臨 の有効性を検証している。提案法は,すべての発 界エネルギー変化及び安定度向上に必要な操作量, 電機の情報を利用するものではなく,感度の高い いわゆるネヅトワークパラメータの変化を用い, 発電機の情報のみをフィードバックして安定化制 多数の制御機器を有効に利用することに主眼を置 御を行う。 き,制御方策の安定化効果を総合的に評価する評 第5章では,以上述べたFACTS機器による 価関数を設ける。提案した評価関数は単位あたり 電力系統の安定化制御に関する研究を総括し,得 の臨界エネルギー変化に必要な操作量となり,制 られた結果を要約する。 御を行う場所の分散及び有効である機器に大きな 制御操作を行うなどの両面から,安定化制御策の 2 学位論文審査結果の要旨 効果を評価する。次に,使用できるすべてのFA 本論文はFACTS(Flexible AC Transmission Sy− CTS機器を全体で考え,より統合された制御方 stem)構想における電力系統のネットワーク構造 策として,評価関数を最小化する二つの制御方策 制御による安定度向上および安定化制御に関する (203) 平成6年10月25日 研究をまとあたものであり,次のような成果を得 ている。 (1寒期平衡型のエネルギー関数の臨界エネルギー を電力系統の安定度マージン指標として確立し, この指標に基づき、SVC(Static Var Compensator), 号外 第4号 37 与することを適当と認める。 審査委員 主査 教 授 谷 副査教 授武 副査教 授 日 口 経 雄 田 洋 次 下 浩 次 可変直列コンデンサなどのFACTS機器によるネヅ トワーク構造制御により,安定度マージンを増大 して安定度の向上を図る方策を提案し,その有効 性をシミュレーションにより検証している。 ②電力ネットワークパラメータの変化が安定度マ ージンに及ぼす影響の評価法として,臨界エネル ギー感度計算法を提案し,これに基づき,安定度 向上に効果的なFACTS機器の適性配置,既設の各 機器の評価などを行い,本評価法の有効性を示し ている。また,臨界エネルギー感度は故障回線の 位置に依存するので,その算定にBP型ニューラル ネットワークを利用し,オンライン処理の可能性 も示している。 (3)FACTS機器による安定度向上効果を総合的に評 価する評価関数として,単位あたりの臨界エネル ギー変化に必要な操作量を用い,この評価関数を 最小化するFACTS機器のパラメータの組み合わせ および操作量の組み合わせによるネットワーク構 造制御方式を提案しその有効性を検証している。 なお,操作量の組み合わせについては遺伝的アル ゴリズムによる探索手法が有効であることを示し ている。 (4)HSPS(High Speed Phase Shifter)をノード注入 電力と移相角制御の動特性式で表す新たな等価回 路表現を提案し,これに基づき,HSPSの制御が各 発電機の出力に及ぼす影響について直裁的に感度 係数で把握することが可能となり,この感度係数 を用いて,HSPSによる安定化制御系の構成を行い, その有効性を検証している。 以上の諸成果は,FACTSの安定度向上に関する 解析・運用・制御面で新たな知見を与えるもので あり,FACTSの安定化に寄与するところ大である。 また,申請者が自立して研究活動を行うに必要 な能力と学識を有することを証したものである。 本委員会は本論文の審査ならびに最終試験の結 果から,申請者に対して博士(工学)の学位を授 (204)