Comments
Description
Transcript
デジタル・アーキビストの 養成と海外事情
デジタル・アーキビスト デジタル・アーキビストの 養成と海外事情 水 嶋 英 治 抄 録 とだけがデジタル・アーキビストの仕事ではない。これま 今日では,博物館学芸員,図書館司書,文書館アーキビ でにも多くの有識者によって指摘されているように,デジ ストに次ぐ,第四の専門職として,デジタル・アーキビス タル・アーキビストは情報技術に加え,文化情報の管理・ トが注目を集めている。デジタル・アーキビストという職 流通に必要なメタデータの取り扱いや知的財産権に関する 制と専門能力は全国的に資格統一されることが望ましく, 専門知識が必要である。その意味では,IT技術の開発を 現在,検討を重ねているところである。大所高所から見れ リードしてきた北米には,当然,多くの人材が博物館にも ば,基礎知識とともにデジタル・スキルのレベルを一定に 従事していることは容易に想像できる。 保つことは,文化資源の再活用やデジタル文化の発展に貢 しかし,カナダ文化財情報ネットワーク(CHIN)が指摘 献するものと想像できる。本稿では,海外事情を視野に入 するように,10 万枚程度のデジタル画像を保有し,また毎 れながらデジタル・アーキビストの養成の課題は何かを整 年1万枚程度のデジタル画像が増加するような博物館では, 理したい。 デジタル資産を管理していくには,最低,専任スタッフが <キーワード> 2名から4名必要であるとしている。 デジタル文化財,デジタル・アーキビスト, 専門職養成制度 (2) 過去の情報蓄積量 第2の理由は,歴史的・文化的資料の「目録化率」の問 1 はじめに 題である。欧米の博物館・美術館は歴史が長いだけに,資 料目録が整備されている。 最近発表された北米の博物館事情について2つほど紹介 これに対し,これまで日本の博物館は所蔵資料の情報化 しておきたい。アメリカでは,67%の博物館がIT関連技 については,それほどエネルギーを注いでこなかった。こ 術の予算は 25 万ドル以下(概算 2,500 万円)である。また れは,歴史博物館,美術館,自然史系博物館などの目録「整 20%の博物館は技術投資予算がゼロである(IMLS 調べ, 備」率を見れば一目瞭然である。 2002) 。 日本博物館協会が行った平成 16 年秋の「博物館総合調 一方,カナダの博物館では 60%が全体予算として 10 万 査」によると,電子メディアにデータベース化されている ドル以下(概算 1,000 万円)であり,85%の博物館が 10 資料台帳が「ある」と回答した博物館はわずか 35.5%であ 人以下のスタッフで運営されているという(CHIN 調べ, り, 「ない」と答えた博物館は 59.5%にも及んでいる。つ 2001) 。 しかし,このような状況であっても,海外の博物館のウ まり,6割の博物館はデータベース化されていないのが現 ェブサイトをのぞいてみれば非常に充実しているように見 的に配信していこうという方針を出したとしても,その前 える。その理由と背景を考察することは,わが国の将来に 提となる資料情報がまとまっていない未整備の状態である とってデジタル文化を普及していくにとって重要であろう。 ため海外の博物館とは到底太刀打ちできそうもない。これ 状である。このような状態では,インターネット上で積極 ではデジタル化以前の話である。 2 デジタル文化資産整備のために (1) 人的資源の豊富さ その理由は幾つか考えられるが,ここでは3つほど指摘 弁護しておけば,技術革新の波が博物館の目録整備以上 に速いスピードで訪れたということになるのだろう。しか し,最大の問題はやはり次の人材養成制度的課題を抜きに は語ることはできない。 しておきたい。まず第1の理由は,北米における人的資源 の豊富さであろう。歴史的・文化資源をデジタル化するこ MIZUSHIMA Eiji:常磐大学コミュニティ振興学部(水戸市見和 1-430-1) - 55 水嶋英治:デジタル・アーキビストの養成と海外事情 電子メディアにDB化されている「資料台帳」の有無 35.5 全体 59.5 41.2 動水植物園 52.9 16.7 植物園 5.1 69 14.3 49 水族館 49 42.1 動物園 17 58.3 31.9 歴史 7.8 64.2 46 美術 3.9 50.1 27.7 郷土 7.9 54.7 34 自然史 3.7 51.5 10% 3.9 68.5 総合 0% 2 50 28.3 理工 5.9 20% 43.7 30% 40% ある 50% ない (3) 人材養成制度のあり方 60% 70% 4.9 80% 90% 100% 無回答 この種のプログラムは世界の先進的大学で開設されてお 第3の理由は,やはり人材養成制度が未整備のままであ り,図書館情報学はもちろんのこと,やや遅れをとってい るからであろう。デジタル・アーキビストという職制が, た博物館学研究分野や Museum Studies を開講している大学 社会的に認知度が低いとしても,将来のインターネット社 でも講座が開かれるようになってきた。伝統的なアーカイ 会のことを考えれば,人材を育て,デジタル資源を社会資 ブス学の世界にもデジタル・アーキビスト養成は緊要の課 本の一部として整備していくためにも,組織的な養成制度 題として位置づけられている。 が必要である。 例えば,ジョージ・ワシントン大学では,いわゆるデジ タル・アーキビストの養成プログラムとして位置づけられ 3 実際の博物館業務におけるデジタル文化資産 ているわけではないが,Museum Studies Program の一環と デジタル・アーキビストの養成を考える際に,実際の博 して, 「博物館におけるデジタル画像処理」という講座が開 物館業務の現場でどのようにデジタル画像が利用されてい 設されている。ここでは,スミソニアン国立自然史博物館 るか,業務分析しておくことも必要であろう。これなしに のコレクションを利用しながら,実際のコレクション・マ は養成制度を考えることはできないからである。 ネジメントを学び,同時に,デジタル化のプロセスや理論 紙面の関係で詳細の述べることはできないが,博物館関 的考察と実践を比較してアクセシビリティの向上とは何か 連分野でのデジタル資産の利用分野をまとめたのが表1で をレクチャーしている。 ある。 表1 博物館の関連業務 コレクション・マネジメント - 56 学習情報研究 2005.7 博物館業務とデジタル画像の利用目的 デジタル画像の利用目的 • • • • • • • • 資料の識別 データベース内の画像 資料収集委員会での検討材料 重要文化財申請書類準備 貸与 在庫目録 寄贈記録 保管文書 デジタル画像の再現または印刷 • コレクション・マネジメント報告書 • 保存管理報告書 保存・修復 • • • • • 調査・研究 • • • • 教育普及活動 • • • • • • マーケティング/ コミュニケーション • • • • • 電子媒体 • • • 出版 • • • • 書籍資料室 • • ミュージアムショップ 書店 • • • 調査研究 資料分析 資料の保存状態報告 資料取扱記録 取扱協議用の情報伝達 一般的・特定的調査研究 展示コンセプトの開発 構造分析 調査研究成果報告書 一般的・特定的調査研究 講習会/研修会 学会/セミナー/ワークショップ 提案書の提示 ミュージアムショップ 教育的目標の開発 パンフレットの準備 教育普及促進のための材料 公的交渉の材料 報道用資料/展覧会用ちらし 資金調達活動 ウェブサイト マルチメディア製品 ヴァーチャル展示 展示資料の準備 ポスター/ポストカード カタログ 博物館刊行物 一般的特定的研究調査 書籍 CD-ROM ポスター/ポストカード 書籍 • 保存修復報告書 • 取扱基準 • 保存処置報告 • 研究調査報告書 • 刊行物 • 資料リスト • 教育的刊行物 • パンフレット • 教育的マルチメディア製品 • • • • PR 材料 資金調達用パンフレット ちらし 報道用資料 • 刊行物 • ポスター • ポストカード • 研究調査報告; 収集についての報告 • 販売促進材料 • カタログ (参考: Capture Your Collections, CHIN, 2000 カナダ文化財情報ネットワークがまとめた資料を参考に,筆者が作成した) 4 大学教育における Museum Studies とデ ジタル・アーキビスト養成 北米におけるアーキビスト人口は,アメリカ労働省の発 348 名採用しているが,最近の傾向としてアーキビストから デジタル・アーキビストの業務に移行しつつあるという。 ニュージーランド政府のアーキビストの要求水準知識を 表によれば, 1998 年時点で 23,000 件の就職数があるとい 見ると, 「データベース知識」 「記録管理」 , 「情報システム」 , , う。これには,学芸員,ミュージアム技術者,保存技術者 「アーカイブ的情報の探索」 , 「資料組織化」 , 「アーカイブ を含んでいる。全体の4分の1(5,750 人) が美術館・博 するに相応しい価値評価」等が指摘されている。 物館・動植物園に勤務し,5分の1 (4,600 人)が教育機関 このような人材を養成するため大学における人材養成は (専門学校,大学図書館等),3分の1以上が国・州・市の 極めて重要である。以下に,Museum Studies Program とデ ジタル・アーキビスト関連の講座をいくつか紹介しておこ 自治体に所属しているという。 一方,ニュージーランドでは,アーキビストを 2001 年に う。 表2 Museum Studies とデジタル・アーキビスト養成 国 名 大学名 アメリカ ジョージ・ワシントン 大学 ミシガン州立大学 概 要 1976 年に開講された。主として,コレクション・マネジメント,展示,管理の3分野を専攻す るが,文化人類学,歴史学,アメリカ研究等の分野も専攻する。60以上の提携博物館・文 化機関においてインターンを経験しなければならない。「博物館におけるデジタル画像」 等の講座が開講されている。 ミュージアム・スタディズ入門,博物館教育,調査研究方法論,展示理論と開発等,コー スが充実している。インターンシップも必修。 - 57 水嶋英治:デジタル・アーキビストの養成と海外事情 ニューヨーク大学 デラウェア大学 カナダ トロント大学 ケベック大学 モントリオール大学 ラバル大学 ビクトリア大学 イギリス レスター大学 ニューカースル大学 バーミンガム大学 フランス ルーブル学院 国立文化財研究所 オランダ ラインワルトアカデミー 必修科目はミュージアム・スタディズ(I)博物館史と博物館理論,(II)コレクション論・展示 論,(III)ミュージアム・マネジメント論およびインターンシップ,調査研究。選択科目は財 務,保存,歴史建造物,展示開発デザイン等充実している。 1972 年に開講され,米国内では先進的な教育として有名。博物館関連学問,例えば歴 史学,美術史,芸術学,ビジネス管理等の習得が重視されている。 カナダの名門校が開講するミュージアム・スタディズは設備も教員も充実。講義以外に, 学生による展覧会はかなり本格的な教育指導を行っている。ミュージアム・スタディズにな くてはならない情報源 http://www.utoronto.ca/mouseia/は大いに活用可能。 修士課程。カナダ独特の博物館学,例えば,民族博物館学,新博物館学,科学技術系 博物館のための博物館学,データベース論等はかなり本格的かつ特徴のあるカリキュラ ムである。講義内容はシラバスだけでなく講義内容についてもインターネットで公開して いる。2005 年4月からはフランスのアビニョン大学との国際提携プログラムとして博士課程 を設置した。このプログラムは,博物館学,文化財保存学に加えて,メディア学(デジタル 文化財,情報社会学など含む)を同じ次元で捉えて研究していくところに特徴がある。 修士課程。博物館史と博物館機能,コレクションと保存,博物館組織と管理,展示と解説 の4科目が必修。選択科目は充実している。美術館系のほかに科学技術系の博物館・産 業遺産系に関する科目も多い。 歴史学部 修士課程。博物館管理,博物館批評と分析,文化財保存,文化財の活用等 必修。 文化資源マネジメント・プログラムの中の1つにミュージアム・スタディズがある。遠隔講義 (Distance Course)やオン・キャンパスコースがあるが,現役学芸員でも生涯学習・継続学 習の観点から,大いに活用したいサイトである。 博物館学といえばレスターといわれるくらい世界各国からの留学生が集まる博物館学研 究のメッカ。遠隔学習もあるので日本人にとっては便利である。コア・モジュールとして 「博物館,社会,文化交流」「戦略的資源開発」「コミュニケーション・メディア・博物館」「博 物館・美術館プロジェクト」などがかなり専門的な内容。修士,博士課程まである。特別講 座が専門家にも提供されている。イギリス博物館協会やミュージアム・ドキュメンテーショ ン協会との提携プログラムもあり,デジタル画像の処理講座も最近の傾向である。 E-Learning では修士課程・博士課程を設置している。 博物館研究と美術館研究をきちんと分けて講座を開設している。また文化財教育・解説 の実践もかなり本格的。この大学のカリキュラムはイギリスの Cultural Heritage National Training Organization と英国博物館協会によっても認められている正規なもの。 アイアンブリッジ研究所が提供する修士課程。ケースの中の資料保存というよりも,産業 遺産や歴史環境保存に関する研究が主。遠隔教育も充実している。 美術史を中心にした講座3年間と1年間の「美術館学・博物館学」を開講している。博物 館学だけで留学するならば,日本で相当美術史について深く勉強していかなければつ いていくことはかなり難しい。デジタル画像処理等は保存修復研究所の指導のもとに講 座が展開されている。 以前は「国立文化財学院」と称していたが「研究所」と名称を変更した。フランスの文化財 行政官になるための超・難関校。ただし,外国人留学生にも門戸を開いている。考古学, アーカイブ,目録,歴史建造物,博物館・美術館の専門分野のほかに科学技術文化財・ 自然遺産等の専門分野も最近開設した。保存・修復専門校も併設。目録作成ではデジタ ル情報を利用した実習に重点が置かれている。 1994 年に開設した外国人向けの修士課程。「博物館学を本格的に研究するならラインワ ルト」と国際的にも著名な研究機関。理論的博物館学,情報マネジメント,保存,博物館 コミュニケーションと教育,ビジタースタディ,文化組織のマネジメント,展示マネジメント 等。デジタル画像処理の講座もある。 おわりに あろう。 施設としては,図書館・博物館・文書館と分かれていて 本稿では,筆者の専門分野である博物館情報学の立場か も,文化資源は基本的に1つである。恣意的な分類にこだ ら述べた。アーカイブス学や図書館情報学のことはあまり わらず,1つの文化資源としてデジタル技術を応用した新 意識せずに述べたが,養成制度全体のことを考えれば,隣 しい「デジタル文化」を創造していける人材こそ,今求め 接分野との整合性ないしは調整事項が山積みされているで られているのである。 - 58 学習情報研究 2005.7