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有権者の「誠実な投票」を仮定した場合の 英国総選挙の対立軸と3政党

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有権者の「誠実な投票」を仮定した場合の 英国総選挙の対立軸と3政党
有権者の「誠実な投票」を仮定した場合の
英国総選挙の対立軸と3政党の政策位置
山崎 渉平,山本 光代,岸本 一男
1
はじめに
複数の政党の政策を比較する一つの単純な方法は,対立軸毎に1次元の座標軸を割り当て,個々の政党
の政策をユークリッド空間の1点として表示することである.例えば,何らかのアンケート,政党のマニ
フェスト等によってこれらを表示する研究は既に多い.これらは,例えば Laver and Hunt [5] に要約され
ている.
政党の政策座標を計算することと,これらの政策座標に基づいて,有権者が現実の選挙がどのように投票
するかを実証的に対応させるかについては,機械的な計算方法が知られていなかった.Kishimoto et al.[2]
は,有権者の「誠実な投票(sincere voting)」の仮定をそのまま方程式として用いて,政党の多数の選挙区
での得票率から政党と選挙区の政策座標を同時に決定する手法を提案した.彼らはこの手法を日本の国政選
挙に適用し,政党と同時に計算された地域有権者のメジアンと,都市=農村軸の特性を示す地域特性との間
に強い相関を発見し,イデオロギーではなく都市=農村の対立軸が実質的な争点となっていると主張した.
この現象は,日本で偶然に見られたものであろうか? あるいはより広く見られる現象であろうか? 本研究では,この検証のために,英国の国政選挙で,英国国勢調査による地域特性を利用して,Kishimoto
et al.[2] と同様の計算を行ったノートである.但し,両者の差異として次の点には注意する.
1. 日本の場合は比例区での政党別得票率を都道府県単位で用いているのに対し,英国では,候補者に対
して投票する小選挙区単位のデータを用いている.
(英国総選挙には比例区がない.
)
2. 日本と英国では国勢調査の調査項目が異なる.日本では,都市農村の指標として DID 人口が測定され
ており利用できるが,英国でこの指標は測定されていないし,利用できても適切でない可能性が高い.
3. 日本では,衆参両院について計算を行っているが,英国では上院は直接選挙でないので下院のみを取
り上げる.
2
政策座標の計算方法
Kishimoto et al.[2] の計算法は,次の仮定を前提としている.
1. 選挙はただ一つの争点を持ち,政策は争点軸となる1次元直線上の1点で表現される.
2. 政党は政策軸上の1点を公約に掲げており,有権者はその正確な情報を知っている.
3. 各有権者は政策軸上の1点を自分の意見として持ち,自分に最も近い政党(あるいは政党の候補者)
に投票する.
4. 全国は多数の区域に分かれており,各区域上で有権者の意見分布は平行移動の自由度を除いて,同一
の密度関数(本研究では正規分布を仮定する)を持つ.
1
政党の政策位置と各地区での有権者の意見分布のメジアンが定まると,各政党の選挙区での得票率が全
て定まる.政党の各選挙区での得票率は講評されているので,これから逆に解けば,政党の政策位置が定ま
るというのがアプローチの要点である.実際には解が過剰決定されておりその解消のアプローチがいくつ
もあり得るが,本研究では Kishimoto et al.[2] の手法とそのプログラムをそのまま流用する.正規分布の
仮定については,久保・山本・岸本 [4] により,t 分布の場合とほぼ同様の政党並び順を与えるという意味
でロバストとであることを示している.一方対象政党の中に小政党が含まれる場合,特に小政党が両端の
いずれかの位置を取る場合については,注意深い取扱が必要であることが分かっている.本研究では,この
問題を避けるために,小政党は取り上げない.
得られる解を分析にするに当たっては,次の点に注意する必要がある.
1. パラメータが決定された場合,政策軸を平行移動,拡大・縮小,あるいは反転させたものも解となる.
2. 選挙区有権者の政策座標は一意的に定まるが,政党については,隣り合う政党の中点が定まるのみで,
政策座標は一意には決まらない.
3
対象とする政党・選挙・地域
英国の議会は,上院 (貴族院) と下院 (庶民院) の二院制である.行政の長である首相は,通常下院の第 1
党党首を国王が任命する.下院は単純小選挙区制による直接選挙で選ばれるが,上院は直接選挙が無い.本
研究では,直接選挙のある下院のみを取り上げる.
選挙としては,英国における 1992 年から 2005 年の間に 4 度行われた英国下院選挙を取り上げる.この
期間に先だって,保守党がサッチャー党首の下で 1979 年以後3回の総選挙で第1党となっている.1992 年
の選挙は継投したメージャー党首の下での選挙で,保守党が政権を取った最後の回のものである.1997 年
の総選挙においてブレア党首率いる労働党が政権を獲得する.国民の長期政権に対する飽き,経済状況の
悪化,保守党の内部対立などが原因とされている. 2001 年は労働党と自由党が総選挙で議席数をほぼ維持
し,第2次ブレア政権が成立した.2005 年は,労働党史上初の総選挙3連勝となったが,得票率で約 4 ポ
イント減,議席数で約 40 減だった.イラク戦争への反発などがその原因とされている.
Kishimoto et al.[2] のアプローチでは,政党別得票数の結果が利用できる多数の地区からなっていること
が前提となる.Kishimoto et al. では,衆参両院を同時に測定する観点から都道府県を単位として選んでい
るが,本研究では下院のみを扱うので,自然なアプローチとして選挙区を利用する.
Kishimoto et al.[2] のアプローチは,座標決定では,尤度関数の計算は高次元での多峰性関数の最大値問
題を解くが,Kishimoto et al.[2] の計算プログラムは Newton 法計算での数値技術上の困難から,得票率
が5%程度以下の小政党は安定した解を与えない.従って,政党を全国的でかつある程度以上の得票率を持
つ政党に限定する必要がある.
英国においては,労働党,保守党,自由民主党の上位3党で大半の得票を占める.第4党でも得票率は2
パーセント以下であるので,本研究ではこれら3党のみに対象を限定する.これら3政党の全国レベルで
の得票数,得票率,獲得議席数を表 1 で与えられる.これら3政党の簡単な説明は次の通りである.
労働党 労働組合が既存の政党に対して不満を持ったため自ら作った政党である.党内民主主義が整い,党
大会が最高意思決定機関である.労働組合員として自動的に入党させられた党員が多い.
保守党 選挙区に住んでいた貴族,地主などが地域代表として国会へ送られて結成したという経緯を持つ.
現在も国会議員主体の政党である.党首主導の政党であり,党首の力が強い.
2
自由民主党 古くから保守党と2大政党制を形成していた自由党は,戦後に第3党に転じてから明確な支持
母体のない政党になった.1987 年総選挙後,労働党から分裂した社民党と合併して,自由民主党と
なったが,自由党を継続したものとして意識されている.
Kishimot et al. のアプローチでは更に,全ての政党が全ての選挙区で候補者を立てていることが必要で
ある.英国の場合,イングランド,ウェールズ,スコットランド,北アイルランドで,有権者の投票行動が
大きく異なっている.3大政党は,北アイルランドでは得票率がほとんど0であり,スコットランドでも,
保守党は得票率第4位である.保守党がイングランド外で獲得する議席数は極めて限定されている.これ
らの事実を前提とすると,対象とする地域を全英国にすることは大きなバイアスを引き起こす.本研究では
計算対象地域をイングランドに限定する.3政党の,イングランドに限定した得票数,得票率,獲得議席
数を表 2 に与える.得票率レベルでは高々2%程度の差しかないが,労働党は全国での方が得票率が高く,
保守党はイングランドに限定した方が得票率が高い.自由党はほぼ両者が等しい.一方獲得議席数では,両
者に大きな開きがある.本研究では,得票率のみに限定して議論するので獲得議席数そのものは間接的な
影響しかないが,これらの事実そのものは念頭に置く必要がある.
表 1: 総選挙結果 (1992-2005):得票数(得票率%)獲得議席数(全国)
労働党
保守党
自民党
1992
11560134(36.5)271
14093890(44.5)336
5998445(19.0)20
1997
13302460(47.5)420
9487852(33.9)162
5209648(18.6)47
2001
10606373(44.8)410
8278910(34.9)164
4803637(20.3)55
2005
9529238(39.2)354
8778528(36.1)198
5983361(24.6)63
表 2: 総選挙結果 (1992-2005):得票数(得票率%)獲得議席数 (イングランドのみ)
労働党
保守党
自民党
4
1992
9551635(34.4)195
12797651(46.1)319
5397132(19.5)10
1997
11211726(45.7)331
8679303(35.4)162
4650621(18.9)35
2001
8947530(43.0)321
7629273(36.7)163
4238448(20.4)43
2005
8047031(37.7)286
8112772(38.0)194
5197690(24.3)47
パラメータ計算結果
4.1
政党の政策座標の計算結果
前節での仮定のもと,数値計算により求めた.計算の結果求められた各選挙ごとのパラメータは,各政党
の政策座標値と各小選挙区での政策分布平均である.前者を図 1 に与える.後者は小選挙区が 520 を越え
るため省略する.この結果から,イデオロギーから想定される順序関係と異なり,保守党を真ん中として労
働党と自由党が対峙している様が見て取れる.この順序関係は4回の選挙を通じて安定である.
3
図 1: 総選挙での政党政策位置
4.2
回帰分析
Kishimoto et al. のアプローチでは,選挙区有権者の政策座標が定まるために,選挙区属性との相関を取
ることで,政策軸の意味を解析することが可能になる (表 3).但し,国勢調査として 2001 年のものしか得
られないので,2001 年と 2005 年の最新の2つの選挙について計算した.本研究では,国勢調査にある多数
の指標について計算自身は行ったが,多くの指標は相関値が低く目立たない.基本的なものとして産業人口
比,数値上目立つものとして雇用関係指標がある.宗教の影響を比較のために取り代表的なものとしてキ
リスト教信者率を取って表に掲載してある.
これらの指標を見ると,第1次産業と座標値との相関は正であり,第2次産業と座標値との相関は負であ
る.この意味で,対立軸が都市農村軸であると考えることも出来る.しかし,相関係数は決して大きくな
い.一方,自営業者率が高い正の相関を示し,失業率が高い負の相関を示している.しかし,被雇用労働
者(フルタイム)比率は余り大きく影響していない.パートタイムを取っても同様である.学歴・資格で
は,無学歴の場合に特に高い値が見られ負の相関がある.
4
表 3: 小選挙区の政策座標と選挙区特性値の相関係数
選挙年
2001
2005
A:第 1 次産業人口比
0.451
0.413
B:第 2 次産業人口比
-0.215
-0.303
C:第 3 次産業人口比
0.084
0.176
D:失業率 (16-74 歳)
-0.620
-0.594
E:自営業者率(16-74 歳)
0.701
0.697
F:被雇用率 (16-74 歳,全時間)
0.105
0.107
-0.554
-0.618
0.192
0.092
G:無学歴者率(16-74 歳)
H:キリスト教信者率
5
結論と考察
対立軸上で保守党が3党の真ん中に位置することから,英国でも,日本と同じく単純な左右対立のイデオ
ロギーとは見ることが出来ないとの結果が得られた.観測される対立軸は,雇用労働者比率を挟んで,自営
業=失業者の軸との強い相関を与える.無学歴者比率と高い負の相関があることもこれを裏付ける.この
相関の強さから,この軸が意味ある対立軸を与えていることが期待される.
この結果は Kishimoto et al.[2] のアプローチが日本国外においても有効に機能する可能性を示唆してい
る.一方で,日本での都市=農村軸をそのまま直接当てはめることは留保せざるを得ない.
ただ,本研究では,国勢調査結果が 2001 年のものに限定されており,かつ3政党での考察となるので,
日本の場合と比較して,結果の解釈に自由度が残る.本ノートで現象的に観測された,自営業=失業者の対
立軸を,そのまま原因として捉えてよいのか,あるいはこれらが何らかの異なる社会的関係を背景として
いるかについては,これらに関連する政策軸に関わる,秋元 [1],小堀 [3],阪野 [6],富崎 [7] ,Laver and
Hunt [5] らと合わせて,今後の実証研究を追加した上で,より細かな検証が必要と思われる.
謝辞
第3著者は,一般研究(C),データバンクプロジェクトの援助を受けている.ここに感謝の意を表する.
参考文献
[1] 秋元富雄:1997 年英国総選挙と業績投票,選挙研究,No.14 (1999), pp.111-121.
[2] Kishimoto, K. Goshi, A., Maeda, K., Yamamoto, M. and Kubo, T.: Downsian positions of parties
and districts from the numbers of votes with examples of Japanese congressional elections 1983–2004,
Department of Social Systems and Management, University of Tsukuba, Discussion Paper Series, No.
1139.
[3] 小堀眞裕:英国政治における戦後コンセンサスと政治意識(3・完),立命館法学,282 号 (2002),pp.24-90.
5
[4] 久保隆宏,山本光代,岸本一男:得票数からの政党と選挙区の政策座標計算–有権者意見分布正規性仮
定の妥当性–,日本応用数理学会論文誌,Vol.16 (2006), pp.563-574.
[5] Laver,M. and Hunt, W.B. : Policy and Party Competition, New York: Routledge,1992.
[6] 阪野智一:1997 年イギリス総選挙と投票行動,選挙行動,No.14 (1999), pp.122-132.
[7] 富崎隆:中・長期視点からみたイギリスにおける投票行動,選挙研究,No.14 (1999), pp.133-146.
6
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