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『ジェイ ン ・ エア』 における Pr。vidence の世界
『ジェイン・エア』における 鮎 The World 沢 of Providenceの世界 来 光* Providence in Jane Eyre AyuzAWA* Norimitsu ( ) 1 本論はイギ1)ス小説史上あまりにも有名なJane Eyre という作品について,作者の実 生活上の経験や感情経験に基づく伝記的な観点とほ別の視点から,考察してみようとする ものである。その視点とほ,いわば作者の内面のはらむ夢の生み出した宗教的な自己実 覗,あるいは自己正当化による世界実現の結実として,この作品世界を検討することであ る. W・ A・ Craikの指摘しているように,私達ほすでにCharlotte Bront6の創作活動 を支えていた内的衝動の正体を知っている。それほ「満たされざる実生活」に代わる「空 想」世界の創造であった1)0 さて, 『ジェイン・エア』という作品ほ,その題名の示すように,ジェイン・エアとい う名のヒロインの半生を扱った小説である。もう少し詳しくいうならば,十歳から二十歳 になろうとするまでの孤独な娘の自立と結婚に到るまでの一人称で善かれた小説,結婚後 十年を経てから,この女性が少女時代を顧みる回想形式の小説である。 この作品の印象は,一般的にほ女性の生き方を極めて現実的に描いた作品と感じられが ちである。寄宿女学校の一日の生活を克明に措いた箇所,新しい産業の町から引っ込んだ 地主の屋敷における家庭教師の日常生活の描写,等々。これらはまさに作者シャーロット ・ブロソテの現実体験に基づく,まぎれもないリアリスティックな女の半生を描いた作品 世界の構成要素といえよう2)0 伝記的実証的な指摘にはこと欠かないが,そのような観点を離れても, 『ジェイン・エ ア』の現実性はいたる所に現われている。ジェインはある時自画像を措き,自らの境遇を "Portrait 客観的に見ながら,半ば自噴気味に絵の下に次のような題を記す. of a Governess, disconnected, poor, and plain"3'この作品の副題としては,この題名の方が Autobiographyより相応しいかも知れない。そして,最経章(三十八草)における,結婚 生活十年を回想するジェインの幸せな心境を読む時,この作品が一種のシンデレラ物語, 現実的な成功物語という色彩を帯びて来るのも事実である。 『ジェイン・エア』ほ,自分自身の内面世界以外にほ何ら価値あるものを持たない十代 の娘の独立-の過程を描いた作品である.主人公は Frances Henri Professorの Snoweと同じような状況に置かれている。作品の冒頭の部分におい やVilletieのLucy * 英語教室(°ept. The of English) 鮎 46 乗 沢 光 Reed家の息子Jobnが下すジェイン-の評価は,この少女の出発点を残酷に言い当 て, てている。 are …you none; you beg, to ought the eat and dependant,mamma a same we meals says; and do, to not and have you live here wear no with gentlemen's at ollr clothes father ;your money left children mamma's らan `I am independent an independent woman now'(P. 459)ジュインの a us, (P.42) expense. に次のよ このように蔑まれたジェインが,三十七草軒こおいては,再会したRochester うに叫ぶ。 you like dependant か -の過程こそが,この作品における重要なテーマであること woman ほ間違いない。 『ジェイン・エア』には,今まで述べてきたような「現実的」な視点からでは しかし, どうしても掬い切れない要素が並存している。たとえば,簡単な一例をあげると,ジェイ Tbornfieldを出奔し,餓死寸前の所を牧師と二 ンがロチェスターの重婚の意図を知り, 人の殊に助けられるが,この三人は彼女の従兄妹であったことが判明する。実に馬鹿気た 偶然であると思う読者もあろう。ことほど左様に,この作品にほ偶然やら超自然的な出来 事が多い。しかも,そうした「現実性」に反する出来事が,主人公の人生において決定的 と思われる時に起こるのである。 『ジェイン・エア』にほ二つの世界が存在していると言えないだ このように考えると, ろうか。 「貧しく,美貌でもない,寄る辺ない女家庭教師の肖像」,彼女の様々の「居候状 態」から「独立した女」 -の成長の過程,そうした現実生活に即した世界が表層の世界で (今は あるとするならば,もうひとつの世界は,何かの折に忽然と姿を現わす「非硯実」 仮にこう呼んでおこう)の深層世界である。これら二つの世界ほ,決して並行して存在する のでほない。初めのうちは分裂しているかに見える。深層ほ時々表層の世界に顔を覗かせ るだけなのだ。最初はそのたびに読者ほ異和感を覚え,不自然さを感じる。しかし,やが て雨世界ほ融合を始める。深層が文字通りの深層ではなくなるのだ。この融合の過程が, 先ほど述べたジェインの独立-の過程と微妙に重なり合うのである。作者はこれら二つの 世界の融合を意図し,その上で,ジェインの人生に自己の夢の達成を具体化しようとした といえる。 さて,深層の世界とほどのような世界なのか。その正体については追い追い明らかにす るとして,作者ほ何気ない風を装いながら,この世界をジェインの孤独な生活のただ中に かい間見せる.その最初ほ,第三章でジェインがジョンとの喧嘩がもとで恐怖のred-room に入れられ,孤児の恐れと屈辱を味わい,自分の運命の不当さに憤った後,女中のBessie 填ミ歌って聞かせる民謡の申に現われている.その歌の冒頭の三連を引用してみよう. `My feet Long soon they are the lS will the sore, way, twilight my and and the close limbs they are mountains moonless are and weary wild; dreary ; 『ジェイン・エア』におけるProvidenceの世界 Over Why the of the poor send me the moors where hard-hearted, so far did Up Men are they Watcb Yet, the o'er distant Clouds there mercy, Comfort steps are and orphan a of lonely, and gray angels poor and orphan is blowing,召 beam mild; child. (P. 54) is sbowlng, protection the to piled? child. stars clear are rocks only night-breeze none, hope cbild・ so and spread and kind soft, the and in His God, path 47 poor orphan この歌は,べッシーにとって確かに何気ない,孤児のジェインを慰めるために歌った歌 にすぎないが4),話を先回りしていっておくならば,二十八章における描写と比べる時, 読者は明らかに作者の隠された意図を感知することになるだろう。即ち,二十八草で,再 び無一物の状態でソr-/フィールドを出奔したジェインは,荒野において星空をあおぎ, そこに神の実在を直感する(この場面についてほ後に考察する)。 べッシーの歌うこの詩句は,ジェインの人生に深層の世界が姿を現わした最初の描写で あり,その直後,ジェインほ自分の人生が何ものかに向かって変化し,動き出す気配を感 じ取るo change ・-a near seemed I - desired and Lowood その変化とほ,リTド家よりさらに大きな世界である it in silence. waited lnstitution (P. 59) での生活と なって実現する。ここで彼女は八年間を,最初の六年は生徒として,後の二年ほ教師とし て過すことになる。 『ジェイン・エア』を構成する二つの世界という観点から見る時, Lowoodとは何を意 味するのだろうか。表層的には寄宿女学校の当時の厳格で偽善的な生活や制度が.)アルに 措かれ, Helen BurnsやMiss Templeといったごく少数の人物の姿が,主人公の鋭い 観察眼を通して読者に提示されている。しかし,注意すべきことほ,ロ-ウッド校の生活 を扱う玉章から十章までのうち,その大半(はぼ九章まで)が, -レン・バーソズと主人 公の友情を中心とした最初の半年間,それも冬から春にかけての物語に終始しているとい うことである。春の訪れと共に-レンは死んでしまうが,ローウッドの生活はまさに冬の 生活であり,ジェインは,その厳しい冬の生活を通して, -レンという自分とは全く異質 の人間と出会い,全く想像だにしなかった世界の存在を知らされることになる。 それまでの人生で孤独と周囲の無理解の中で生きて釆たジェイソは,叔父リ-ド氏を除 桝ま自分を愛してくれた初めての他人として, -レンに対して尊敬の気持を抱く.しか -レンは彼女にとって,最後まで驚異と不可解な存在のままである。ジェインはヘレ Scatcberdに叱責されるのを見て,自分ならそのような不当な屈辱に耐えられ ンがMiss し, ない,反抗してやる,と言う。しかし, 'Yet and silly it would to say be you your cannot duty bear -レンは黙々と耐えるのである。 to bear what it, if it is your you could not avoid fate to be required it: it is weak to bear.I 鮎 48 I heard her with still less could her cbastiser. and for to visible my I could : wonder 乗 沢 not 光 comprehend this doctrine the forbearance or l understand with sympathize Helen Burns things Still i felt that considered l wrong; be i suspected she might right and of endurance; eyes・ she expressed by a light in- ヘレンとジェインの間はあまりにも遠い。ジェイソは友人のdoctrine 自己の自尊心を傷つける者-のforberanceを理解できないoしかも・彼女ほ-レンがa invisible light to my (P・ 88) ・- of endurance, eyesによってこの同じ現世を見ているのではないか,と感知して もいる。その光ほどこから来るのか?勿論現世を離れた天上の世界からであるoヘレン は神の国で真に生きるために,現世の苦しみに耐えている。ところがジェイソにとって, 項世こそすべてであり,彼女は今の現実の世界で自己を主張し,不当な敵対者をほねの 仇真の理解者,愛する人を得たいと願っているoこのようなジェイソに対して,ヘレン ほ次のように言う。 ・Hush, impulsive'too is Jane! invisible too think vehement: invisible world there it is everywhere; an you ‥‥ -- and are too beings; you much of the loヤe of human men, besides race the Besides this earth, and of for is round us, kingdom a that world of splrltS: (P・ 101) w。rldほ到る所に存在する-・・-この-レンの言葉がもし正しいとするならば, その世界ほ必ずこの作品世界にも姿を現わすはずである。しかし,ローウッドにおけるジ ェィソにほ何も感知できない。勿論読者にもその世界は見えないo ジェイソにとってロ-ウッドとほ何であったのか?私達は再び初めの疑問に戻らなけ ればならない。 -レンの人生観はついにジェインの人生観と無縁のまま,並行線を辿るの みなのであろうか?もしジェインが-レソに接近し,重なるのであれば,ジェイソの人 生を貫く現世肯定の活力ほどのようにその活路を見出して行くのか?それらの問題に対 する今の段階での答はまだ早い○しかし,この間は読者の注意を常に現実的な表層世界の 背後に向けさせ統けておくことに役立つo深層の世界は確実に主人公の現実生活の中にそ の姿を見せ始めている. -レンの死と共に,その姿は一時的に消えてしまうかに見える が,それは本格的な顕現を用意する仮の消滅にすぎないのであるo ( 深層の世界とはinvisible 2 ) worldであると今の所は言っておこう。この世界がvisibleに なるのはThornfieldの屋敷におけるジェイソとロチェスタ-との恋愛を通してであるが, その過程を追うまえに,ローウッドを出て行く時のヒロイソの姿をもう少し詳しく見てお こう。 彼女は敬愛するMiss Templeの結婚とローウッド校辞職によって,急激に今までの人 『ジェイン・エア』における Providenceの世界 49 生の単調さに嫌気がさす。窓を開け放ち,かなたの遠い山々を見ながらI tired I desired in one liberty; for of the routine of eight years afternoon. l gasped; for liberty l uttered a it on prayer; the wind seemed scattered faintly blowing. I abandoned it framed humbler For a and supplication. liberty then change, I cried, That stimulus. half desperate, too, petition, `grant 最初ほ自由を求め,それからa me at swept seemed least humbler a new off into 117) servitude!'(P. new supplicationとしてa `Then,' space. vague servitudeを求 めるのである。ここでジェインのいう「新しい労役」とほ何を意味するのだろうか? 労役-奉仕という言葉自体,今まで見てきたヒロイン像と矛盾しないだろうか。 1)-ド家 やローウッド校で見せたジェインの強固な自我意識と現世肯定の考え方からして,彼女は このような人生の目標を立てる人物から最も遠い存在のように見える。しかし, 「奉仕」 ほその後のジェインの生き方を見ると特別な意味を帯びて,彼女の人生の基盤ともなるの である。彼女にとって, servitudeの最初の対象ほMiss Templeであった。この先生こ そ-レンなき後,ジェインを真に理解し,愛してくれた人物であり,彼女の存在故にロー ウッド校の教師としての「労役」ほ意味を持ったのである。このように,ジェインほ自分 の内的価値(彼女の唯一の誇れるもの)を理解し,尊重し,愛してくれる誰かに対して役 に立つ存在になること,そのような人間関係のことをservitudeと考えている。ジェイン のこのような態度ほ,シャーロッ トブロソテのその他のヒロイン達にも共通したもので The ある。 ProfessorのFrancesやShirley のように独立独歩のヒロインも究極的に はこうした servitude VitletteにおいてほLucy の対象者たる男性を探しあてて,実生活上の幸福を得る。また, SnoweはPaul Emmanuelと幸せな結婚を実現することはな いけれど,彼の残した教育者としての職業が,ル-シーの一生の支えとなることほ確実な ことなのである。 話をジェイン・エアに戻そう。これまでに登場して釆たリード夫人やその子供達,牧師 で慈善事業家のMr Brokleburstほ,決して彼女のservitudeの対象にほなり得ない。 いや,先回りして言えはbigamyを犯したロチェスターやSt. John Riversですら,ジ servitude の対象者たる資格を与えられることはないのだ。ジェインのこれ以 ェインの 後の遍歴ほテンプル先生の次に釆たるべきnew servitudeの其の対象者を発見する過程 であり,言いかえるならば,いかにしてロチェスターがジェインの「奉仕」の相手になる のか,というその結末-の過程であるといえる。 ソーンフィ←ルドにおけるロチェスターとジェインの初めの頃の関係については省略し よう。本論の主旨に関連があるのは,特に二人の結婚が決まった段階から結婚式の前後の 事情についてである。要するに,ロチェスクーはジェインの前にa new の対 servitude 象者として選ばれるのに最もふさわしい人物として現われたのである。彼ほジェインの内 的な価値を何よりも(たとえば,イングラム嬢の美貌や財産や家柄よりも)高く認め得た 人物である。 Miss lngramとの(精神の上での)戦いにも勝利し,この財産もなけれは 鮎 50 乗 沢 光 美貌でもないヒロインは,いよいよ玉の輿に乗る所まで行く。 作品のほぼ中央部分に位置し,ひとつのクライマックスを成している結婚式の日の場面 に到るまでに,作者は深層の世界の出現を準備するかのように,ある事件を挿入する.そ れはリード夫人の死である。しかも,作者は夫人の危篤状態を主人公に知らせるのにあた り,極めて超自然的な方法を取るのだ。まず,二十一章の冒頭の文章に注意しよう. Presentiments are the three combined make key・ I never laughed at and the ones of my tbings! strange one and so are sympathies; humanity which to mystery in my presentiments are so and had not l have life, because slgnS; found yet bad strange (p. 249) own. この文章ほ唐突ではあるが,この作品が単なるリアリスティックな小説ではないことを 明確に読者に伝えているばかりでなく.,後のジュインとロチェスタ-の魂と魂の呼び合い, 二人の神秘的な再会という場面の序奏でもあるのだ。さて,語り手は引用文の後に続けて 子供の夢を見たという事実を語る。子供の夢は近親の者の不幸を告げるsignであるo こ うして,リード夫人の危篤が,正式の知らせより先にジェインに予知されるのであるoこ の無くもがなの超自然的体験を正式の知らせの前に挿入した作者の意図ほ何なのかoひと りの孤独な娘のリアルな人生の表面下に,確実にもうひとつの世界が存在していることを, 読者ほ否応なく知らされたことにならないだろうか。 死の床に臥すリード夫人との対面ほ,ジェインにかつての出発点であった生存の負い目 と屈辱と恐れをすべて乗り越えさせる。 -レンのような全面的な許しにはほど遠いけれど ち,ともかくもジェインはリード夫人を哀れみのうちに許し,過去を乗り越えて自立への 道を大きく踏み出ず)。リ-ド夫人の死を巡るいわば挿入的とも見えるこの二十一章は, 二つの点で重要な意味を持っている。そのひとつは,前述の超自然的 presentiments, sympathies, signsの役割がこれ以後作品世界にしばしば顕著になる先駆けとしての意味 である。さらにもうひとつ,夫人の死ほジェイン-の憎しみを忘れられずに苦しむ妄執の 死であり,はるかに作品の暗部-と忘れ去られたかに見えた-レンの死の気憶を読者に呼 び起こし,その天上的な死と対照される6)。この二つの死の対照から,読者ほヒロインが それまでの現世一点張りの人生態度以外の世界に入り込んで行きつつあることを感じ取る。 こうして,深層世界は徐々にジェインの表層世界に現われ出るのである。以下,その微妙 な出現の有様を筋にそってしばらくの間追ってみよう。 ソーンフィールドに戻ると,ジェインは正式にロチェスタ-の求婚を受ける.場所は屋 敷内の果樹園.大きなhorse chestnut-treeの下のベンチであるoその時,喜びを表に現 ` わすかぁりに,ロチェスタ-は不可解な言葉を吐く. meddle But not with what all in shadow:I me:I have her, the _badもefallen could scarcely and night? see my will bold The master's moon God me! pardon - and man her.'そして,次のような描写が続く。 was face, not near yet as set, I was・ and ve And were what 『ジェイン・エア』におけるProvidenceの世界 ailed the walk・ and chestnut came it writhed tree? sweeping over and groaned; while 51 wind in the roared laurel (p・ 284) us・ この描写においてchestnut treeが象徴白紙使われていることほ言うまでもない。しか も,それほまさに深層の世界が表層の現実世界に現われ出るための事物の形でもあるのだ。 大木ほ二人の結婚が成就されないことを「予示」するかのように,その夜,落雷のために 破壊されてしまうo結婚式の前日,果樹園に入ったジェインほ変わりはてた無残な木の残 骸に直面する. Descending the laurel I faced walk, the wreck it stood of the chestn叶tree; and riven: the trunk, split down the centre'gasped The gbastly・ halves were not broken from for the firm each base other, strong and kept them below;・・・・ unsundered (p. black up, cloven roots 304) chestnut-treeほジェインとロチェスタ-の未来の姿そのままに,破壊されながらも, それでもわずかに基底部でつながりながら,そこに立っている。この木はこの場面でその 実在と象徴の二重に発揮された役目を終えるが,作品の結末近くで,象徴として再び登場 するoそれほ,ロチェスクーが失意のうちにジェインと再会する三十七草においてであ る。ウマグリの木ほロチェスクーの己れ自身を表現する媒介物として,次のように使われ `I ているo am no better than the old orchard'これに対してジェインほ`You you are lightning-struck are no ruin, in Thornfield chestnut-tree lightning・struck sir-no tree: green and vigorous'(p・ 469)と答える。 ウマグリの木の象徴性についてほこれ以上説明することはなかろう。果樹園の場面から 百数十ページをへだてて何の前置きの言葉もなく再び登場するこの木は,まず何よりも現 実世界の一要素として存在し,落雷という自然現象によって形を変えられつつ,ジェイン とロチェスターの運命そのものを指し示しながら,そこに何者かの意志を具体化している。 それは深層世界の初めての大BBな出現の試みであり,深層世界の初めての大胆な出現の試 みであり, 以後その存在を主張し続仇当然のことのように三十七草において顔を出すの である。 深層の世界が表面に浮かび上がる様ほ,この木の残骸さながらに,最初のうちほグロテ スクで唐突であるかも知れないoしかし,作者ほこうした具体物の姿を借りて深層世界を 現出する合い間に・主人公の次のような思いを差し挟むことを忘れない。 My world; future husband almost my as religion・ in those an days・ hope eclipse see God was becoming to He of heaven・ intervenes between for His creature: me stood my whole between man of whom and and world; me the I had every and broad n!,ade sun. an than more thought I could idol, the of not, (P・ 302) これほ結婚後のジェイソ・ロチェスターが当時を思い出して語る回想である。対立しや がて融合する二つの世界をさらに回想を通して別の世界から見つめるという,この作品の 鮎 52 沢 乗 光 語り形式の基本的な形がここにおいても重要な意味を持つのだo作者はこの回想の部分を 挿入することによって,ジェイソのこの時以後の人生がロチェスターとの結婚という表層 世界の到達点ばかりでなく, 「神」の意志によるジェインの自立という深層の到達点に向 かって進んで行くことを暗示している○今の段階では,ジェイソはロチェスターの存在に 目がくらんで,神の存在が見えないoいや・彼女はロチェスタ-を神の座に置いているo その神の意志,即ちProvidence7'の具体的な現われとしてchestnut・treeの雷に打たれ た無残な姿がある。深層世界とほ実は神の意志の鋸れとしての世界に他ならないo pr。videnceはジェイソの先に引いた引用文に描かれているような形での結婚を認めな い.それはロチェスタ-の重婚の罪の発覚という形で阻止される.ここで深層世界が一気 に表層世界を圧倒してしまうのであるoロチェスタ-の狂気の妻Berthaの存在は,作品 中,大分前からミスティアリアスな描写や暗示の積み重ねで巧みに読者に印象付けられ, この作品にゴシック小説の趣向を与えているのだが,本論でほこの事には触れないo providenceほバIサの存在を自らの手先きとして働く人物を通して,ジェイソ(と読者) Briggs,そして Eyreと弁蕃士Mr の前に暴くoその人物とほ,ジェインの叔父John パーサの兄Mr Masonである。直接の暴き手は後者の二人であるが,その背後にエア氏 の存在がある。 ェァ氏は作品中に一度も姿を現わさない(即ち,ジェイソの目を通して見られることの ない)人物である。しかし,彼の存在は幾度か,作者の周当に計算された配慮によって, ジェインの意執こ刻みつけられる。それは読者の意識においても同様であるoまず最初に・ 彼の存在が明らかにされるのほ十章においてであるoローウッドの学校を去る日・ベッシ Iが訪れ,エア家の親戚がジェインを七年前に訪ねて釆たことがあったことを語るoこの MadeiraのJohnEyre 人物はさらに二十一章において,リード夫人の話の中に登場するo は養女としてジェイソを迎え,遺産を残したいという手紙を1)-ド夫人に出すが・天人は ジェイソへの憎しみのために,彼女が死んだことにしてしまうoそして,今・エア氏は三 度目の名前だけの登場をはたすoパーサの兄Masonとエア氏はマディラで知り合い,メ ィソソから姪とロチェスタ-の結婚の話を聞かされた彼は,ジェインを重婚者の犠牲にな らぬようメイソソに頼む。こうしてプリッグズ弁護士が顧われた訳であるo ジョン・エアという人物ほ一度も作品中に現実の姿を現わすことなく,人々の話の中に その存在を明らかにし,やがて,ジェイソに道産を残して(これが彼の四度目の登場とな る)死んでしまう。彼はマディラに渡り,そこで成功するoこのマディラという地理的に 遠く隔たった地からの力が,遠隔操作のように・ロチェスターの秘密を暴き,ジェインを 不法な結婚から救うのであるoマディラは地理的に具体化された深層世界であり,ジョソ・ ェァという実在感の薄い人物の手を借りて神の意志が行われたと解釈しても・私達は作者 の意図からそう離れたことにほならないだろうoこの解釈の有力な証拠として,ロチェス タ-自身の言葉を引用しようo結婚式の直前,ブ.)ッグズ氏の異議申し立てによって,秘 密を公表されたロチェスダーほ言うo 『ジェイン・エア』におけるProvidenceの世界 'Bigamy has is an ugly me・ out-manoeuvred little better than deserve no doubt am me・ and deathless and the to at the sternest Gentlemen, l whom I - was however, meant, Providence or devil a worm. woman word! 53 has be to bigamist; a but fate I the last. perhaps this moment; and,as my pastor there would tell judgements even to fire of God, the quenchless is broken my have been plan up!--I married lives! (P. 319) married me checked - 神の摂理が支配する深層世界ほ,ロチェスターの企てを挫折させる。いささか観念的に 解釈するならば,神意はジェインがロチェスタ-を神より大切に思う結婚を好まず,彼の 秘密を暴露して打ち砕くoジェインにしてみれば,それほ偽りの鮮による結婚からの救済 であり,結果的にほこれが,再び訪れる正しい関係による,即ち神の認めたもうた結婚- の第一歩ということになろうoこの時を墳にして,作品世界には,神の意志が色濃く見え 姶軌 ジェインは神との対話によって結末-と導びかれて行く。 ( 3 ) 読者の中には,純粋な愛を抱くロチェスターを捨て去るジェインの「理性的判断」に疑 問を持つ見方もあるかも知れないoそこにある種の打算をかぎ取る読者もいるだろう8)0 事実,ジェイン自身も自己の判断について,その後長い間にわたって疑問を抱き続けるの であるoたとえば,ソ-ソフィールドを出奔した直後,彼女は次のように読者に呼びかけ ているではないか。 Gentle like feel what may never you reader, dread to be the instrument me・ of evil i then to felt! you what for - never love. wholly may you, (P. 348) しかし・そうした迭巡のたび毎に,神の存在が確実にジェインの理性的判断の後ろ楯と なる。 `I will keep law by God'これが,ロチェスターの哀感を振り切った 時のジェインの決断の裏付けである。ソーンフィールドの安楽な生活やロチェスタ-の the given mistressとしての物質的に保障された生活からawful 彼女の心境は・ me `Still l could not turn, nor blankの未来に向かって出発する retrace one step. God have must led (P・ 348)と表現される。ジュインは二人でフランスへ逃れて密かに暮らそうと on・ いうロチェスターの申し出を断ったことを,神意にそった決断であると考えようとするo 次の感慨は・ St・ John Riversの経営する学校の教師として生活するようになってからの ものである。 Meantime, to surrendered mistress; Yes; let - or I feel me one ask myself question: been now temptation; tobave to be a village schoolmistress, - now that l was right when Which living free and l adhered is bette,? in France, honest, to To - Mr have Rochester,ら ‥‥ prlnCiple and law, and 沢 鮎 54 scorned t。 me and a crushed correct the insane promptlngS I thank choice: 東 His Of Providence 光 a frenzied for the God moment・ directed (P. 386) guidance! ジェインの表層の世界は神の意志からなる深層の世界と重なって行く。話が先に進みす ぎてしまったが,上の引用文に到る前に, Wbitcross付近の荒野におけるジェインの神と の交流の場面を見ておかなければならない。この場面についてほ,前に触れたベッシーの 歌を思い起こしていただきたい。この場面において,二つの世界は完全な一致の瞬間を迎 えるのである。 Night when was His works come, are and on her planets were risen: ・・・・ before the grandest scale spread His worlds their silent course・ wheel night-sky, where clouded His omnipotence, His infinitude, His omnipresence・ feel we us; His and that most presence it is in the we read clearest (PP・ 350-1) 神の遍在ほ作品世界における神の遍在に外ならない。ウィットクロスからMoorHouse を経て, Ferndean邸におけるジェインとロチェスターの再会までの部分について,その あまりの偶然的一致の不自然さや,超自然的出来事のために,この作品は確かに大きな庇 をこうむっていると見るべきだろう。芸術的な観点に立てば,この部分ほ退屈であり,滑 稽なdeus ex machinaが目立ちすぎるoそうした欠点を認めた上で,その原因を考える 時,そこにこの作品の作者の意図の執勘さを見ずにほいられない。それは,孤児であり自 己の内的世界以外にほ何ら頼るもののないひとりの女性の自己確立と,幸福な結婚生活の 獲得という人生の道筋が,実は他ならぬ神によって定められ,導びかれた道筋であり,普 さに完壁な正道であることを読者に納得させようとする意図なのであるo ウィットクロス以後のこの作品の残りの部分は,もほやリアリズムではない。今まで述 べてきたように,最初の頃は所々わずかに顔をのぞかせるだけであった深層世界が,つい にジェインの現実生活の場を被い尽し,完全に重なってしまうのである。その最も明確な 瞬間こそ,二つの愛に結ばれた魂と魂が遠いかなたから互いに時を同じくして呼び合い, 求めあう三十玉章の奇跡の場面であろう。しかし,実ほこの場面に達する前に,作者(い や語り手としてのJane Fair fax Rocbesterと言った方が良いだろう)にほ,どうしても 読者に納得してもらわねばならないことがあるのである。それは彼女の神,その神の意志 の正体を明らかにして,理解してもらうことである。 ジェインが飢えに苦しみながら辿り着くムア・,、ウス(マーシュ・エンド)ほ,ジェイ ンの神とセント・ジョン・リグアーズの神の対立の場である。それはドラマ化された神学 上の議論の場と言ってもいいだろう。 セソトジョソの信奉する神は,ジュインが彼の説教を聞きながら感じた厳格さそのま まに,人々の心、を「戦懐させ」,精神を「鷲博させ」はするが,決して安らかにはさせな い神である。 un・ 『ジュイン・エア』におけるProvidenceの世界 Througbout ; stern ness -were there allusions frequent by enlightened St・ sure not to a - ; an absence of consolatory gentle・ election・ predestination, reprobation be bad done・instead more of feeling better, calmer, I an inexpressible : experienced I was sadness Calvinistic when discourse, ;・ his bitterness strange doctrines - ‥‥ John found yet was 55 Rivers-pure-lived, that peace of conscientious, God wbicb passeth he as zealous all understanding; was-had (P. 378) ジェインにとって「平和」, 「幸福な生活」, 「人間味と快適さに満ちた人生」こそ神の与 えたもうものである。それほ極めて現世的な幸福追求の人生観を支える神の存在なのであ る。しかも,その幸福なり満ち足りた人生ほ決して個人の内面において密かに(ヘレンの 場合のように)享受されるのでほなく,神の承認という形を取って社会的・にも認められる べきものなのだoこの意味において,ジュインの神はDanielDef。eがRobinson の中で主張し, Samuel C,usoe RichardsonがPamelaのヒロインに献身的につかえさせた神 の姿に酷似しているoシャーロットブロソテほデフオ-やリチャ-ドソソと同質の信仰 上の基盤に立っていたのである。 ジェインの信じる神の意志がどのように現われるか,その一例をここに示しておこう。 弁護士プリッグズがジェインを捜し当て,ジョン・エアの残した遺産を彼女に幸艮告する。 この時,セントジョンと妹達が実ほヒロインの従兄妹であることも判明する。彼女は遺 産を四等分し,共に幸せを分け合おうとする.その後に,彼女の現世肯定の態度が次々に 示されて行く。彼女はまず学校の先生という職業を放棄するoその理由として次のように 言うのだ。 to enjoy my faculties own as well to as cultivateth.se。f.lh。r I must enjoy them now'(P・ 415)・また,ジェインがムア・ハウスを掃除し DianaやMaryと共に楽しく暮らすことに喜びを表わした時,セント・ジョンほ当 people・ て, `I want 然のこととして,このたわいのない喜びを否定するo な現実生活上の幸福に価値を見出しているのだo happy, I m'll be しかし,ジェインほそういう小さ `I feel l have adequate to cause be happy'. (P. 417) これがジェインの見出した神の意志である。それほ-レン・バーンズの抱いた優しさと and 理解に満ちてほいるが天上的な神でもなければ,セント・ジョンの禁欲的で自己滅却的な エリートの神でもない9)。外的な面でほ何の価値もないかに見える一人の娘に,現世にお いて,その内的な充足による幸福のうちに自己確立を果たさせ,平和な結婚生活への道を 指し示してくれる神oそれがマディラからの力であり,ウィットクロスの荒野でジュイン の人生に顕われた深層世界の神の正体である。 東洋-宣教師として出発することに決意したセントジョンは,ジェインに妻として同 行するよう執鰍こ迫るoこの時からロチェスタ-との再会までのジェインの行動ほ,すべ てProvidenceによって導びかれているといっても過言でほない。 `I decide if I could it is God's l will should were marry but certain,'I you・ I could answered; vow to `were marry i but you convinced here and that now- 鮎 56 come what afterwards 乗 沢 光 !'(P・ 444) ⅥⅦuld `Sbow 彼女はそれが神の意志なら現世を捨てて東洋-旅立とうと言うoそして・ me show the me・ path,と祈るoすると・ジュインの名を呼ぷロチェスターの声が聞こえるo (セントジョンの教区の村)とロチェスターの隠 深層の世界においては,ここMorton 棲するファーソディーソの屋敷との間に距離の隔たりはないo実はちょうど同じ時刻に, ロチェスターはジェインの名を呼び,ジェイソの応える声を聞いたo後にこの事実を知っ たロチェスターは,ジェイソを得た喜びを神-の感謝の気持として表現する。不幸な結婚 を強いられ,結婚生活の悲劇を隠すために攻撃的かつ皮肉な人生観を持つに到り・重婚の 罪を犯しそこね,妻を失い,片腕と視力を失った男が最後にたどり着いた所に神の存在が ぁり,神を仲介としたジェイソとの幸福な結婚生活があった訳であるoロチェスターはか っての不遜な彼ではないoジェインにとって,神に代わる存在,偶像ではもはやないo He pnt皿e Off his knee, his sightless and bending last words of the worship ・I thank Maker, my i humbly mercy・ purer life than that, my done brow, Only the audible- were entreat I have to eyes his lifting his hat from and reverently devotion・ the earth・ he stood in mute rose, in the Redeemer hitherto! midst to give He judgement, of to strength me has lead remembered bencefortb a (P・ 472-3) ジェインとロチェスタ←の結婚は,このようにして両者の神の意志の帰結として受け取 られ,感謝される。彼らの結婚を表層の世界において見るならば・それはジェイソが自我 の確立を果たし,財産を得て,名実共にan independent womanになったことを意味す a new る。そればかりでなく,彼女はロ-ウッドを去るのに際して掲げた人生の目標, servitudeの真の対象となるべき人を得たことになる。このことは,変わり果てた自分と の結婚は犠牲にも等しいと言うロチェスタ叫こ対して,ジェイソが答える次のような言葉 によっても明らかである. I love state and of you proud protector・ better now・ independence・ when when be I canreally disdained you useful every to you・ part but than Ididinyour that of thegiver (P・ 470) こうして,神の摂理とジュインの突入生とは・完全な一致を遂げるo今まで見てきた深 層世界が表層世界を被い尽す過痩は,もしそれをこの作品の副題である「自伝」と重ね合 ゎせるならば,作者自身の夢の実現,小説世界における芸術的な自己実現の意味を帯びる だろう。たとえ読者が作者の実人生の諸事実を知らなくとも・この作品は強烈な自我を内 に秘めた人間の生々しくも'壮大な自己実現のドラマであることが分かるoそして, ミラ』や『ロビンソソ・クル-ソ-』においてすでに追求されていた・世俗の価値(それ 『バ 『ジェイン・エア』におけるProvidenceの世界 57 がどんなに精神的な衣をまとおうとも)が神の意志という理念で正当化される普遍的なパ ターンが,この作品においても繰り返されていることを私達は知る。 (注) 1) W. A. Craik, The Brontb- Novels (Methuen, 1971), P. 2. となっているが,自伝という観点から見るならば, 2)この作品の副題はAutobiograPhy ShirleyやThe Kathleen Tillotsonの指摘するように, P710fessorの万がその傾向がはるか Novels Press, (Oxford University に濃厚である. of Eighteen・Forties 1962), PP. 291-2 を参照。 3) 4) 5) 6) Eyre (Penguin, 1974), P. 190・以後本書からの引用はページ数のみ本文中に記す。 L.Hinkleyが言うような,ゲイツヘッドを扱った部分の この歌の文句は,たとえばLaura 単なるテーマ詩ではない。二十八草の荒野の場面と細かい情景描写においても呼応している。 Chwloite The Brontb's (Hamond, Hamond, and Emily 1947), P. 196. Jane Kathleen Barbara don, The Tillotson, Hardy, Novels The Athlone of Eighteen-Forties, APProPriaie Press, Form P. An P. 306. Essay the on Novel (University of Lon・ 66. 1964), 7)バーバラ・ハーディは前掲書において,デフオ-,シャーロット・プロンテ,トマス・ハーデ ・・・ ィ,フォースタ-について次のように指摘しているo selected 8) 9) life conform, Or t王1e presence Winnifrith, Tom Zbid., P. 118, P. in similar restriction absence of a powerful and The Brontb's (Macmillan, 120. or these four novelists implausibility, Providence. practical P. 113. 1977), to their their make belief in (P. 53)