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よ ち よ ち 歩 き

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よ ち よ ち 歩 き
よちよち 歩き
よちよち歩き
研究所へは、仕事で毎日通っていた。ウェズリーも連れていった。が、仕事中もずっと連れてま
わるとなると、不便に感じるときもある。で、ある日のこと、同僚の研究員にしばらくあずけるこ
とにした。
「ねえ、ジャーゲン、この子のこと、ちょっと見ていてもらえるかしら?」
ジャーゲンは巣箱のなかをのぞきこんだ。白いボールが爆睡中だ。
「いいとも!」ジャーゲンは言った。
わたしがそばを離れたとき、ウェズリーはよく眠っていた。わたしは急いで仕事にかかった。あ
れこれぶじにすませるまで、目を覚まさずにいてくれますようにと祈りつつ……。ところが、数分
としないうちに、ブーツの足音が聞こえてきた。フクロウ納屋の広い木床を派手に鳴らしてやって
くる。ジャーゲンだった。いつにも増して青ざめて見え、両のほっぺの赤い染みがあざやかだ。
「部屋のほうへもどってくれる?」なにやら息を切らしている。
「どうかした?」仕事の手を止め、叫ぶようにわたしは言った。「ウェズリーが怪我でもした?」
ろっ こつ
どう き
「それがなんだかわからないんだ。とにかくもどってくれないか」
︱
だい おん じょう
走ってもどった。肋骨を蹴破りそうに胸が動悸を打っている。階段を一段抜かしでのぼっていっ
へり
て、 三 階 へ
。すさまじい金切り声が聞こえてきた。わたしは部屋へ駆けこんだ。巣箱の縁で、
かわいらしい白い頭が上に下にひょこひょこしている。ウェズリーが大音声で叫びつづけるものだ
から、みんな、部屋から退散していた。
わたしが巣箱の前にやってくると、ウェズリーは、おかえりなさいというようにまぶたをおろ
し、チュルチュルとあまく小さくさえずった。母さんがそばにもどってきてくれて、すべて世は事
もなし、というわけだ。
「もう、この子をここに置いてかないでくれよな」ジャーゲンが言った。「ぼくら、仕事にならな
いから」
自然界には、ベビーシッターなんてものは存在しない。母フクロウはわが子のそばを離れない。
それもまた、〈彼らの流儀〉なのだった。
このことがあってから、ウェズリーはどこへ行くにもいっしょだった。わたしはウェズを二度と
ひとりにしなかった。生後三か月が経つころには巣離れを始めるので事情はちがってくるけれど
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よちよち 歩き
生後約二か月、カメラに興味津々のウェズリー
(ウェンディ・フランシスコ撮影)
も、それまでは、仕事中、巣箱に入れてどこの部屋へも連れていった。禽舎のフクロウの世話をし
て餌をやっているときも、研究室で顕微鏡をのぞいたりして静かに仕事をしているときも、かたわ
らには巣箱があって、なかにはちょこんとウェズリーがいた。
道化のウェズリー
職場よりは、わが家のほうがはるかに過ごしやすかった。ほぼすべての時間をウェズリーのため
なら
に使ってやれる。つきっきりで見てやれる。野生のひななら、なにをするにも母親に倣い、母親を
ウェンディの飼っている雌のゴールデンレトリーバー
︱
を撫で
な
ヒントにしてゆくところだが、ウェズリーはいま、わたしに倣い、わたしをヒントにしていた。た
︱
とえば、わたしがコートニー
てかわいがっていれば、ウェズリーはこわがることなくコートニーに興味を示す。生まれて間もな
い赤ん坊であるからして、まだ自分のなかの野性を知らず、近づいてくる生き物とは、なにとでも
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0
0
仲よくなれる。だいじょうぶ、と母親が思う相手なら、だいじょうぶ、と子も思う。コートニー
も、しばらくまえからウェズに興味ありげだった。そこでわたしは、正式にふたりをひきあわせる
ことにした。ウェンディがコートニーを監督し、そこへわたしが、ウェズを抱いて近づいた。くち
か
ばしとコートニーの鼻がふれあう。どちらも反応なしだった。ウェズを床におろしてみた。コート
ニーはふんふんさかんに嗅ぎまわり、やがて、自分の子犬であるかのように、ウェズのとなりに寝
そべった。それ以来、ウェズリーはコートニーの前足のあいだで、すわってくつろぐようになり、
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そうしてふたりは、いつもいっしょの、大の仲よしになった。
犬のコートニーと
(著者撮影)
ウェズリーがここへ来てすぐ、ウェンディに娘のアニーが生まれ、わたしもときどき世話をした
が、そのあいだじゅう、ウェズリーはそばに置いた。ウェンディの一家と食卓を囲むときは、わた
しの部屋で、枕のとなりの巣箱に入れてひとりにした。ウェズリーが毎晩眠っている場所だ。それ
にしても、最初の三か月間は、実際よりずっと長く感じられた。きゃしゃな体のひなフクロウがい
つでもどこでもいっしょというのは、面倒もあってやりにくい。
生後ひと月が経ったころ、夜にウェズリーと家にいたら電話が鳴った。受話器から、やわらかな
低い声が聞こえてきた。
「やあ、ステイシー?」膝がふるえた。あこがれの人、ポールからだ。泣きたくなるほど恋い焦が
れ、こっちを見て、とどれほど念じ、祈ってきたか。その人が、わたしをデートに誘ってくれた。
めちゃくちゃすてきな人なのだ。わたしと同じブロンドで、わたしと同じで背が低い。ミュージシ
ャン。わたしと同じ、音楽大好き人間だ。ポールなら申し分のない夫になる、とずっとまえから確
︱
信していた。あとはもう、ポールしだいだ。気づいてくれればいいだけのこと。しつこく言わせて
もらうなら、めちゃくちゃすてきな人なのだ。
「喜んで」と、わたしは言った。
せ
急
フ ク ロ ウ の 流 儀 の ひ と つ、
〝ベビーシッ
き こ ん で 答 え た も の の、 思 い 出 し て 愕 然 と し た
ター不可〟のルールを。ウェズリーを、デートに連れてゆくしかない。おしゃれなレストランで、
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あの金切り声をあげはじめたらどうなるか。想像がつくではないか。先にことわっておかなけれ
ば。だしぬけに、わたしは言った。
「あのう、じつはいま、フクロウのひなを育てていて、この子を置いてはゆけないの。連れていっ
ま
てもいいかしら? 小さな巣箱に入れてゆくわ。小さなボウルに餌も少し……。餌って、小さなネ
ズミなの。あの、でも、だいじょぶ、切り分けてあるやつだから」言いながら、百ぺんは死んだ気
がした。ためらうような、短い間。やがて答えが返ってきた。
「いいよ。かまわない」
デートは二週間後とふたりで決めて、受話器を置いた。わたしは舞いあがっていた。
その二週間のあいだにも、ウェズリーはぐんぐん大きくなった。相変わらず足と鉤爪ばかりが目
立つ。が、育つほどに活発になり、毛布から這い出てきては、ところかまわずわたしによじのぼろ
うとする。ある晩のこと、切り分けたネズミの肉を食べさせていたら、突然、よろりと立ちあがっ
た。生後六週間が経っていた。ウェズリーは、目の位置が高くなったものだから、びっくりしてい
る。「ぼく、どうしちゃったの?」というようにわたしを見た。
「ウェズリー! あなた、自分の足
で立ってるのよ!」教えてやったら、納得した顔になった。
そして間もなく、ウェズリーははじめの一歩を踏み出した。それを境に、生活はがらりと変わっ
た。よちよち歩きのヒトの幼児とおんなじだ。わたしの部屋を跳ねまわり、なんにだってもぐりこ
生後五週、著者の腕に抱かれて
(ウェンディ・フランシスコ撮影)
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よちよち 歩き
たて よこ
む。よちよち歩きのフクロウを、どうやって守っていけばいいだろう? ありがたくもカルテクか
ら、この移行期のフクロウ用にデザインされた特別製の止まり木を借り受けていた。ひと口でいえ
ば、切り株を模したもので、縦横一メートル二〇センチの、床置き用の四角い台座にしっかり釘づ
けされている。この切り株もどきにウェズリーを足革でつなぐことになるのだが、まずは、切り株
かわ ひも
の脇に古い巣箱を横向きにして置いてやった。するとウェズは、これまでどおり、そのなかで羽づ
くろいをし、眠っていた。
やがて足革の出番が来た。とにかく動きまわるから、足輪と革紐で、切り株にうまくつないでや
たか じょう
るしかない。囲いをつくって二十四時間入れておく、そういうわけにはいかないのだ。鷹匠はふつ
う、鷹の両足に革の足輪を装着し、外に連れて出るときは、革紐を足輪に通す。それを参考にし
て、わたしはウェズリーの片足首に、革素材の、すばらしくやわらかな足輪をつけた。これを革紐
わずら
でつないでやれば、この範囲で動けるのだなとウェズリーにもわかるだろうし、両足ともつながれ
る煩わしさはなくてすむ。革紐のもう片端は、止まり木のてっぺんに結んでおいた。この新しいし
つらえと、手にした自由が気に入ったのか、ウェズリーは切り株から跳びおりては、床を歩きまわ
っていた。そばにいて見守ってやることのできないときは、忘れずに革紐でつないでおいた。ウェ
ズリーには危険な遊びかどうかの区別はつかないし、わたしが見てやれないときに部屋で自由にさ
せておいたら、ほんとうの話、なにが起こるかわからない。生後ふた月足らずだから、野生のひな
なら、まだ親鳥のもとにいる。親のすることをさかんに真似ているころだ。巣から這い出て木の枝
生後約七週、どちらが高い?
キッチンタオルとならんで、背くらべ
(著者撮影)
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よちよち 歩き
に止まったりはするけれども、なにをするにも、おいしい餌にありつくにも、親鳥にまだまだ頼り
きりなのだ。
歩く自信がついてくると、ウェズリーは部屋から部屋へ、よちよち歩きでわたしのあとを追って
きた。革紐につながれていないときは、どこへだろうとついてくる。わたしのすることから片時も
てい
目を離さない。どこへ行くにも大急ぎだ。両の翼は、飛翔しているかのように、くいとつりあげら
れている。いや、飛翔というより〝飛行機ごっこ〟の体だった。片足を胸につくほど高く上げ、つ
ぎに思いきり遠くへ突き出し、床についたその足に、前傾姿勢で全体重を乗せてゆく。それと同時
0
に、もう片方の足を胸につくほど高く上げ、そのあとは同じ流れをくりかえす。その結果、ドタバ
こっ けい
タと妙に浮かれた足取りになる。これは一生変わらなかった。しかも本人は、しごくまじめな顔つ
きだ。滑稽さはいや増すばかり。この突撃風ドタバタ歩きを見るたびに、ウェンディもわたしもく
すくす笑った。
大人のフクロウですら、地を走る姿というのは滑稽だ。野生のメンフクロウは、ふつう、地面は
歩かない。地上には、獲物をとらえる時間だけ、ほんの一瞬とどまるだけだ。彼らの足は特別仕様
あしゆび
で、鉤爪は、枝をしっかりつかめるように、長く、そして丸まっている。地上では、この鉤爪が長
い趾をバランス悪く押しあげるし、平らな面を歩くには、足の裏の肉球が大きすぎてじゃまにな
る。というわけで、チドリのようにすすっとスマートに走ることも、スズメのように身ごなし軽く
跳びまわることもむずかしい。メンフクロウの動きというのは、ドジな道化になりがちだ。これは
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性格についても言えるだろう。もたもたしていてしっちゃかめっちゃか。間抜けな顔で、いつもあ
たふた。ご本人は大まじめというのにだ。
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ウェズリーが、寝室からみんなの集まる居間のほうへ、わたしのあとにくっついてはじめてやっ
てきた日のこと
。朝だった。わたしがカーペットに腰をおろすと、ウェズリーは部屋の広さに
呑まれたようで、安全地帯のわたしの膝に急いでよじのぼってきた。が、それも束の間、数分もす
ると好奇心が勝ってきて、膝から跳びおり、あちこち探検しはじめた。ウェンディが、走ってカメ
ラを取ってきた。ウェズリーの顔にズームレンズで接近する。と、ウェズリーは足を止め、首を大
きく横にかしげて、興味津々、カメラのレンズを見つめ返した。ウェンディはシャッターを切りつ
づけた。ウェズリーは、レンズをじっと見つめたまま、上下前後にひょこひょこと頭を動かし、そ
れをまたあっちにかしげこっちにまわしと、フクロウのトップモデルというふうだ。ウェンディも
わたしも、おなかの皮がよじれるほど大笑いした。写真が一枚もぶれることなく写っていたのが不
思議だった。
ひとまねフクロウ
わたしとウェズリーのあいだには、いつの間にか、おやすみまえの夜の儀式が生まれていた。わ
たしがバスルームで顔を洗って歯をみがくとき、ウェズリーははじめのうち、カウンターに立った
まま、蛇口がひねられ、水の下で歯ブラシが揺れ、その歯ブラシがわたしの口へと運ばれるのをな
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