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日本の開発援助評価における課題と展望

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日本の開発援助評価における課題と展望
第
1章
日本の開発援助評価における課題と展望
◆
牟田博光・源由理子
1.はじめに
日本においては 2001 年の政策評価法策定に伴い、行政機関が行う政策、
施策、事務・事業の評価(政策評価)が全府省で行われるようになったが、
評価機能自体は、その以前から、公共事業や研究開発、政府開発援助とい
った概して多額の費用を要する分野については個別に必要性が認められ、
関係府省で評価が実施されてきた。特に、政府開発援助(Official Development Assistance:以下、ODA)の評価についてはその重要性が早い時
期から認識され、評価体制についても整備が図られてきた。古くは 1975
年から国際協力銀行(Japan Bank for International Cooperation:以下、
JBIC;旧海外経済協力基金)が事後評価を開始し、1991 年からは「円借
款案件事後評価報告書」を公表している(外務省経済協力局 1999)。外務
省は 1981 年には経済協力局に経済協力評価委員会を設置、事後評価を開
始し、1982 年には「経済協力評価報告書」を公表し今日に至っている。
1984 年からは新設された調査計画課が評価を担当し、1990 年には評価室
として評価部門が独立した。国際協力機構(Japan International Cooperation Agency:以下、JICA;旧国際協力事業団)でも 1981 年に評価検討委
員会が設けられ 1982 年から事後評価を開始し、1995 年からは「事業評価
報告書」を公表している。ODA の活動は国民の目から見えにくいため昔
2
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
から評価が求められてきたこともあろうが、その活動舞台が海外であり、
他の国々や国際機関との共同作業、競合関係などがあることも国際的基準
に基づく評価が古くから行われてきた理由の一つである。1996 年の
OECD–DAC(経済協力開発機構 開発援助委員会)の対日審査でも、日
本の ODA 評価は高く評価されている。
このように評価の取組みが一定の定着をみていた ODA 評価は、日本の
政策評価制度の構築に当たって評価を義務付けるべき分野として検討され
ることになった。1998 年の「対外経済協力関係閣議会議幹事申合せ」に
おいては、ODA 関係府省等が透明性・効率性の向上の観点から、①評価
システムの充実と情報公開の促進、②事前調査・各種評価の適切な実施、
③事後評価や実施段階でのモニタリング等の充実、④評価結果の事業にお
ける的確な活用等を行うとされた(行政管理研究センター 2006)。そして
政策評価法上、一定額以上のものについては事前評価が義務付けられるこ
とになったのである。
一方で、昨今の厳しい財政状況、全面的な行政改革の動きの中、ODA
の量的拡大から質的向上への転換が強く求められ、よりいっそう効率的・
効果的な援助の実現のために評価の重要性がますます高まっている。
2003 年に出された新 ODA 大綱(外務省 2003)では、「評価の充実」が重
要な課題のひとつと位置づけられ、以下のような記述がなされている。
「事前から中間、事後と一貫した評価及び政策、プログラム、プロジ
ェクトを対象とした評価を実施する。また、援助の成果を測定・分析
し、客観的に判断すべく、専門的知識を有する第三者による評価を充
実させるとともに政府自身による政策評価を実施する。さらに、評価
結果をその後の援助政策の立案及び効率的・効果的な実施に反映させ
る。
」
つまり、説明責任と透明性を確保し、ODA の質を高めるために、学習
と改善のツールである評価の重要性はますます大きくなっているといえる。
さらに、情報公開推進の流れの中で、透明性の確保などに一層の努力が求
められており、評価結果に関する情報公開の促進を通じ、援助の透明性を
3
確保するとともに、国民に対するアカウンタビリティ(説明責任)を果た
していくことが、援助に対する国民の理解と支持を得るために不可欠とな
っている。
本稿では、このような背景を受け、さらなる充実をめざす日本の ODA
評価の現状と課題を論じることを目的とする。まず次節において、日本の
ODA 評価の歴史と評価体制の整備の推移を概観し、第 3 節において ODA
評価の基本的方針とその現状を考察し、続く第 4 節ではそれら現状を踏ま
えた課題と解決の方向性について論じ、最後に今後の展望を述べる。
2.日本の ODA 評価体制
2.1
ODA 評価体制整備の動き
(1)評価体制の基礎整備
ODA 評価の重要性が高まる中で、外務大臣の諮問機関である「21 世紀に
向けての ODA 改革懇談会」は、1998 年 1 月に発表した最終報告書におい
て、より効率的な ODA 実施体制を構築していくため「評価システムの確
立」が重要であると指摘した。この指摘を受けて、外務省経済協力局長の
諮問機関である「援助評価検討部会」は、現行の ODA 評価の間題点およ
び課題を議論し、具体的提言を策定するため、1998 年 11 月より当部会の
下に「評価研究作業委員会」を設置し、同委員会での協議を経て 2000 年
3 月に最終報告書『「ODA 評価体制」の改善に関する報告書』を外務大臣
に提出した。
この報告書は ODA 評価に関して、「何のために」(目的)、「何を」(対
象)、「いつ」(時期)、「だれが」(体系、人材)、「どうやって」(体制、手
法)
、さらに「どのように活用」
(フィードバック、広報)するのかという
体系的、包括的な議論を基にした具体的な改革案を提示するものであった。
これは政府関係機関が日本の ODA 評価に関する基本的な考え方を本格的
に議論した初めての試みであった。以後の援助評価改革はこの報告書の提
言に沿って進められた。主な提言は表 1 に示すとおりである(援助評価検
討部会 2000)
。
4
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
表 1 『「ODA 評価体制」の改善に関する報告書』の主な提言(2000 年 3 月)
① 評価の対象
従来からのプロジェクトレベル、プログラムレベルの評価
に加え、政策レベルの評価を導入する。さらに、評価が十
分に行われていない分野・事業の評価も拡充する。
② 評価の体系
外務省は、個々のプロジェクトよりも、一段上のレベルの
評価を重点的に行う。JICA、JBIC は、個別プロジェクト
の評価を強化する。
③ 評価の体制
外務省、JICA、JBIC の評価担当部署に、長期的に評価を
担当し、全体の評価の流れを理解する評価の専門家を配置
する制度を拡充し、
「外部有識者」の枠組みを拡大すると共
に、シンクタンク、コンサルタントを中心とした外部要員
を積極的に活用する。
④ 評価の人材
海外での研修制度、奨学金制度を充実させると共に、大学
院及び国際協力関連研究・教育機関における専門教育実施
体制を拡充する。また、援助評価専門家の登録制度の導入
を検討する等、人的資源の活用体制を拡充する。
⑤ 評価の時期
事前・中間・事後と各段階を通じて一貫した評価を行うシ
ステムを確立する。
⑥ 評価の手法
評価手法としては、「DAC 評価原則」に沿った評価 5 項目
を基本とした評価手法を改善・強化するとともに、評価項
目・視点の拡充を検討する。効果的・効率的事業の実施を
図るため、社会的・経済的効果分析の手法を強化する。
⑦ 評価のフィードバック
評価のフィードバック体制のさらなる拡充と、関係機関の
間でフィードバックのための連携体制を確立する。
⑧ 評価の情報公開・広報 評価報告書は、可能な限りフォームを整理してデータベー
ス化するとともに、評価結果のホームページでの公開の拡
充及び迅速化を図る。評価活動(特にモニタリング)に市
民、NGO、自治体、地方議員などが参加する機会を拡充
する。
出所:牟田(2004)を参照し作成
更に細かな点についての詰めを行うために、2000 年 7 月、「ODA 評価
研究会」が同じく援助評価検討部会の下に作られた。同研究会は 8 回にわ
たる会合を重ね、①政策レベルの評価の導入とプログラム・レベルの評価
の拡充、②評価のフィードバック体制の強化、③評価の人材育成と有効活
用、④評価の一貫性の確保(事前から中間・事後に至る一貫した評価シス
テムの確立)、⑤ ODA 関係省庁間の連携推進、の 5 つの課題について議
論した。同研究会の構成には、学識経験者、経済団体、NGO、国際機関
の関係者等が委員(14 名)として参加したほか、ODA 関係省庁(当時 17)
5
および会計検査院がオブザーバーとして加わり、専門的な議論を深めてい
った。その成果は 2001 年 2 月に「ODA 評価研究会報告書:わが国の
ODA 評価体制の拡充に向けて」として外務大臣に提出された。この二つ
の委員会活動を通じて ODA 評価システムをめぐる主な論点はほぼカバ−
され、現在の評価体制の基礎が出来上がったといえる。
2.2
ODA 評価の実施体制
(1)評価の役割分担
日本の ODA 評価は ODA 政策の主務官庁である外務省、及び援助実施機
関である JICA と JBIC の三つの組織が中心的に行っている。
図 1 評価の実施体制と評価対象
政策レベル
ODA大綱
ODA中期政策
国別援助計画
重点課題別援助政策など
外務省の評価活動
プログラム・レベル
セクター別援助計画
各スキームなど
プロジェクト・レベル
個別プロジェクトなど
JICA、JBICの
評価活動
出所:外務省国際協力局(2007)を参照し作成
外務省は経済協力政策の企画・立案を行う役割を果たしていることから、
政策やプログラムを対象とした評価を重点的に行っている。一方、JICA、
JBIC は実施機関として個々のプロジェクトの評価を中心に評価を行って
いる。ただし、無償資金協力プロジェクトについては本体予算が外務省に
あることから、2005 年度より外務省が事後評価を実施している。また
JICA や JBIC は、実施機関の立場から戦略的に評価が必要とされるテーマ
やセクターごとの評価も実施している。実施体制とその評価対象は図 1 に
示すとおりである。
6
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
また、各組織が 2005 年度に実施した評価の実績は表 2 のとおりである。
表 2 外務省、JICA、JBIC の評価実施状況
(2005 年度)
外務省
JICA
JBIC
政策レベル評価
6件
―
―
プログラム・
レベル評価
7件
―
―
プロジェクト・
レベル評価
事後評価
52 件
(無償資金協力)
テーマ別評価
事前評価
中間評価
終了時評価
事後評価
―
109 件
24 件
73 件
46 件
6件
事前評価
中間レビュー
事後評価
50 件
10 件
56 件
事後モニタリング 7 件
4件
出所:外務省国際協力局(2006)、国際協力機構(2006)及び国際協力銀行(2006)を参照し作成
(2)ODA 実施体制の改革と評価体制
2006 年 8 月に、外務省では ODA の企画立案機能を強化するために機構改
革が行われ、経済協力局及び国際社会協力部の一部を統合し、「国際協力
局」を発足させた。これにより、ODA 評価関連業務を総合的に行う部署
として、以前は経済協力局開発計画課の中にあった評価班を評価室として
独立させた。
また、ODA 改革の一環として、2007 年に国会で JICA 法の改正法が可
決され、2008 年 10 月には JICA と JBIC の海外経済協力部門が統合し、技
術協力、円借款、無償資金協力の大部分を実施する組織として新 JICA が
発足する。この機に、これまで各実施機関で行ってきた評価活動も包括的
な仕組みの中で実施されることになり、今後は更なる評価システムの充実
が図られることになる(外務省国際協力局 2007)
。
(3)ODA 関連省庁間の連携
政府全体の ODA 予算の中で外務省、JICA、JBIC の占める割合は半分強
で、残りは他省庁が占めている。その多くは研修員受入れやセミナーとい
った人材育成案件の他、専門家派遣、調査研究等であるが、ODA の質の
向上を目指すには、政府全体にわたる ODA 事業の評価のあり方について
7
検討が望まれる。日本全体としての ODA 評価体制の確立を目指すべく、
2001 年 7 月から ODA 関係省庁間の定期的な意見交換・議論の場として
「ODA 開係省庁評価部門連絡会議」(現:ODA 評価連絡会議)が設置され
た。
この会議では、各省庁が共通して活用できる標準的なガイドライン、マ
ニュアル、雛形等の作成・整備についても検討を進めていくことになって
いる。外務省以外の省庁でも現在 ODA 評価を行い、報告書を公表してい
る省庁はあるが、問題は一般国民はもとより、ODA 関係省庁の担当者で
さえ、他省庁でどのような評価がなされているかを熟知していないことで
ある。評価を含む ODA 全体の効率化は、外務省・ JICA・JBIC および関
係省庁の連携なくしてはなし得ない。
3.日本の ODA 評価の基本的考え方と現状
日本の ODA 評価は主に外務省と実施機関である JICA、JBIC が実施して
いることは前述したとおりであるが、本節では、それらの組織を横断的に
捉え、日本の ODA 評価の基本的考え方をレビューしながら、ODA 評価
の現状について考察する。考察の観点として、現在主流となっている援助
評価の基本的考え方を、①評価活用の目的、②評価手法、③成果重視のア
プローチ、④事前・中間・事後の一貫した評価の 4 つの項目で整理する。
3.1
評価活用の目的
援助評価の活用目的は様々に定義されているが、大きく分類すれば次の 2
つに分けて考えることができる。
(1)説明責任と透明性の確保
援助活動の原資は税金や寄付金などであり、資金の使用使途や成果を納税
者や出資者に明確に説明をすることは評価の基本的な目的である。これは
評価によって透明性を確保することでもある。1990 年代に日本の援助額
は世界一となった。日本の ODA に対する支出額が増えたこともあるが、
8
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
欧米諸国の間でいわゆる援助疲れ現象が見られ、ODA 支出額が停滞、減
少したからでもある。援助疲れの原因の一つは、援助の効果に対する疑問
であった。
2000 年代のわが国における公的援助に対する支出額の減少の背景には
長引く不況により大きな金額の支援が困難になったことと同時に、援助の
効果への疑問を払拭できないことがある。したがって、援助は役に立って
いるのか、効率的に実施されているのか、という疑問に応えることが、国
民の支持を得て、安定した援助を継続させる重要な取り組みとなる。
現在、事前、中間、事後の評価結果はホームページなどで公開されるよ
うになった。また、内部評価がその多くをしめる ODA 評価の客観性を確
保するために、外務省、JICA、JBIC では評価報告書を基に 2 次評価を行
い、援助案件全体としての出来映えの評価を試みた分析が行われている。
これらの情報もホームページなどで広く公表されている。
(2)学習と改善
援助活動は全て成功裡に進むものとは限らず、学習プロセスを通じて、改
善が図られていくべきものである。評価の結果、当初の目標を達成してい
れば、それまでのやり方を継続すれば良いが、問題点があれば改めなけれ
ばならない。すでに完了した援助の評価であれば、その後に行われる類似
の活動に生かされる。現在実施途中の援助の評価であれば、その評価結果
は当該活動の改善に直接役立つこととなり、評価は業務管理支援の役割を
果す。したがって、評価を充実することが長期的に援助の質を担保するこ
とになる。
現状では、評価を担当する各組織で様々な取り組みが行われている。例
えば JICA では、プロジェクトを策定する段階で行う事前評価において過
去の類似案件から得た教訓・提言を必ず挙げる形で評価結果を活用してい
る。また、ナレッジサイトというホ−ム・ページで過去の評価経験のとり
まとめを公開している。JBIC では、「事後モニタリング」の仕組みを通し
て、対象事業への事後評価結果の活用状況を検証している。
評価報告書は作成されても十分利用されていない、という状況があった
のは事実であるが(国際協力事業団評価部評価監理室 2001;牟田 2004)、
9
評価報告書の議論を基に、外務省の ODA 評価有識者会議、JBIC の円借
款外部有識者評価委員会、JICA の外部有識者事業評価委員会などで出さ
れる総括的な提言に対しては、必要な対応策が講じられるとともに、フォ
ロ−アップも行われるなど、評価が改善に結びつく仕組みが整い始めてい
る(外務省国際協力局 2007)
。
3.2
評価の視点
援助評価の項目として通常用いられるのは 1991 年に OECD–DAC が Principles for Evaluation of Development Assistance として提唱した評価 5 項目
である(国際協力機構企画・評価部評価監理室 2004)。すなわち、①援助
プロジェクトの正当性や必要性などを問う「妥当性(Relevance)」の視点、
②プロジェクトの実施により本当に受益者もしくは社会への効果がもたら
されているかを問う「有効性(Effectiveness)」の視点、③主にプロジェ
クトのコストと効果の関係に着目し、資源が有効に活用されているかを問
う「効率性(Efficiency)」の視点、④プロジェクト実施によりもたらされ
る、より長期的、間接的効果や波及効果を見る「インパクト(Impact)」
の視点、⑤援助が終了してもプロジェクトで発現した効果が持続している
かを問う「自立発展性(Sustainability)
」の視点である。
これらの 5 つの評価の視点は、評価の時期(事前、中間、事後)、評価
対象事業の性質や実施状況によって視点間の重点の置き方に違いはあるも、
プロジェクト・レベルの評価では広く適用されている。同じ視点から評価
を行うことにより、ODA 事業の評価情報の蓄積と整理が容易になり、評
価結果の活用がより効率的になる。一方で、プログラム・レベル、政策レ
ベルなど、上位のレベルの評価では、この 5 項目が必ずしも当てはまらな
いため、個々の評価ごとに適切と考えられる評価項目を適用している例が
多い。
3.3
成果重視の評価
(1)アウトカム、インパクトの評価
開発行為の成果は因果関係と社会的影響力の程度によって、アウトプット、
アウトカム、インパクトに概念的に分類される。アウトカムやインパクト
10
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
という言葉は具体的な成果が社会の中で影響を与える程度に応じて使われ、
厳密に区別するのは困難であり、その及ぼす影響の範囲や程度によって、
概念的に時にはほとんど同じ意味で使われることも多い。ODA 評価では
援助活動での様々なインプットが、直接の成果(アウトプット)を生み、
アウトプットが社会の中で機能してアウトカムとなり、最終目標であるイ
ンパクトにいたるまでを論理的に評価する事が求められている。
日本が数多く手がけている学校建設援助を例に取ってみれば、アウトプ
ットは新設学校数、アウトカムは就学率の向上、インパクトは機会均等の
実現や質の向上と考えられる。学校建設を評価する場合、学校が予定通り
建ったかどうかはもちろんとしても、学校建設により子供の就学率が上が
って教育の機会拡大に役立ち、さらには快適な学習環境の下で、教育の質
が本当に向上したかが評価されなければならない。さらに、就学者の増大
が地域の人口増を上回って就学率が向上したり、男女間、都市と僻地間等
の教育機会が等しく拡大することが望まれる。しかし、期待とは異なり、
せっかく建てた学校に十分な数の児童・生徒が集まらない、中退率や留年
率が高い、学力が上がらない等の問題もある。就学該当者居住区域の学齢
人口に比して学校の収容力が過大である、学校の地理的位置が不適当であ
る、質が高く必要な数の先生が確保できない、地域社会や親が教育に無理
解である、教材がなく成果の上がる授業が行われていない、など多くの理
由で就学率が向上しない、教育効果が上がらない例は多い。それでは学校
建設の意味が薄い。学校という物理的な施設ができても援助の成果があが
ったことにならない。
このように、アウトプットだけでなく、アウトカム、インパクトの評価
を行わなければ、本当の援助の成果の評価はできないとされている。この
成果重視の評価は、何よりも最終目標を明確にして実際の結果を把握する
ことを強調することにもなる(CIDA 1999;海外投融資情報財団 2001;
Kusek and Rist 2004)。どのようなプロジェクトでも、それに投入するイ
ンプットがアウトプットを生み出し、さらにアウトカム、インパクトに変
換されるという見通しが重要となる。個々の具体的なプロジェクトを行う
中で、それがアウトプットを作りアウトカムを生み出すメカニズムやロジ
ックは一体どうなのか、ということを十分認識しておかなければならない。
11
JICA や JBIC で使われているロジカル・フレームワークやプロジェクト・
デザイン・マトリックス(PDM)は、このロジックを設計する道具とし
て活用されるとともに、評価の視点を具体的に検討する際の重要な情報源
となっている。
(2)セクター全体を踏まえた評価
アウトカム、インパクトは上位の目標であり、その達成のためには複数の
道筋があるのが通常である。どの筋道をたどっても同じアウトカムに到達
するかもしれないが、到達の難しい道筋と、易しい道筋がある。実際には、
アウトプットがあってもアウトカムが実現されないプロジェクトが存在す
る。アウトカムの発現には時間がかかるという事情もあるが、プロジェク
トの設計が悪く、アウトカムの発現がそもそも期待できない場合も多い。
教育援助を例にとって考えれば、どのような教育援助プロジェクトでも
最終目標は、特に基礎教育レベルでは、量の拡大、質の向上である。量を
拡大する、すなわち、就学率を向上させ教育機会を拡大するために何がで
きるかを考えれば、学校建設の他に、親の教育に対する理解を促進して就
学を促す、就学率の低い女子の就学を支援するプロジェクトを実施する、
スク−ルランチ・プログラムなど学校に行くインセンティブを作る、貧困
者に就学補助をする、学校建設の代わりに 2 部授業を開始する等、同じ最
終目標に至る道筋がいくつもある。その中で、学校建設がいつも最も効果
的なプロジェクトである保証はない。場合によっては、学校建設プロジェ
クトだけでは最終目標の達成にそもそも期待がもてないかも知れない。学
校建設より教員研修や就学キャンペーンを行ったほうが効果的ということ
もある。あるいは、学校建設に教員研修や就学キャンペ−ンを組み込む方
法が望ましい場合もある。そこで、教育分野全般を見渡した上での評価が
必要になる。学校建設がまずアプリオリにあるのではなく、教育機会の拡
大や教育の質の向上のためには、他の類似の上位目標を持ったプロジェク
トと比較して、学校建設計画が最も効果的、効率的だという比較があって
はじめて学校建設プロジェクトの妥当性が主張できる。
このように、現状では、個別のプロジェクトだけの評価だけではなく、
プログラムやセクタ−といった、一段高い大きな枠組み・視点から評価を
12
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
することがますます重要になっている。
(3)より総合的な評価
ひとつのプロジェクトだけでは十分なアウトカム・インパクトは出ないか
もしれないとなれば、必然的に様々な手法を組み合わせて、援助を総合的
にせざるを得ない。援助が総合的になればアウトカム、インパクトが達成
される可能性も大きい。いろいろな方法を組み合わせて総合的に行うとい
っても、日本側で全部できない場合もある。本当にアウトカムを達成する
ためには、相手国に対して必要な働きかけを続けるなり、相手国の役割の
分も含めて日本側のプロジェクトとして実現していくことが大事である。
このように成果重視の評価は、プロジェクト・レベルの評価だけではな
く、特定セクターや課題、あるいは援助の総合的な成果を対象とする評価
に拡大していった。これに拍車をかけたのが、1990 年代後半以降の DAC
新開発戦略、包括的開発フレームワーク(CDF)、貧困削減戦略文書
(PRSP)、ミレニアム開発目標(MDGs)など一連のイニシアチブのもと、
開発指標の改善を具体的な数値目標として掲げ、包括的なアプローチを通
じて成果の達成を図っていこうとする取り組みである(三輪 2007)
。
外務省を中心にプログラム・レベル評価や政策評価が毎年行われている
が、前述したとおりプロジェクト・レベルの評価と比較して体系だった評
価手法が開発されているとはいいがたいのが現状である。
3.3
事前・中間・事後の一貫した評価
評価活動を効果あるものにするためには、事前から中間・事後に至る一貫
した視点に基づく評価が必要であるとして、ODA 評価は基本的にすべて
のプロジェクトに事前評価、中間評価(JBIC では中間レビュー)、終了時
評価もしくは事後評価を実施している。プロジェクトを始める前に、事後
評価をするための諸々の指標や資料が揃っていないと、事後評価も十分で
きない。事後評価と同じ視点で事前に評価を行うことにより、最初に評価
した指標の変化を見ることで、実際のプロジェクトのパフォーマンスを測
ることができる。
2001 年 5 月に JICA は一般無償案件・水産無償案件及びプロジェクト方
13
式技術案件について、JBIC は円借款案件について、事前評価表を作成し、
公表することを発表した。その中には数値目標も書き込まれている。プロ
ジェクトの開始に当たって、ロジカル・フレームワークや PDM の作成も
広く行われるようになった。いずれも好ましいことではあるが、それでも、
計画しているプロジェクトが、同じアウトカムを上位の目標とする可能な
プロジェクトと比較して優位性があるかという視点からの分析はまだ十分
でない。事前調査によって必要なデータを得て、成果を上げるのに寄与す
る諸要素間の関連を把握し、それらの重要要素を適切に組み込んだプロジ
ェクトを構築することを考えなければならない。事後評価がうまくいくか
どうかは、事前段階でどれだけ時間をかけて評価可能性(Evaluability)
を高めておくかにかかっている(CIDA 2000)
。
中間評価もしくは中間レビューは実施中のプロジェクトが計画どおりに
行われているか、当初予定していた効果発現を妨げるおそれがないかを検
証し、必要に応じ軌道修正を行うものである。事前評価で数値目標が設定
されれば、それを達成するように努力することはもちろん必要である。し
かし、一般には計画策定から案件終了までは長い年月がかかり、諸般の事
情も変化する。どのように注意深く設計されたプロジェクトであっても、
計画どおりにいかない場合もある。そのような状況に対応するために、中
間評価やモニタリングの仕組みを使い、評価結果を適切に反映させ軌道修
正を行っている。現状では、中間評価は内部の関係者が行うことが多いが、
外部の第三者を含めた評価者による中間評価を行うなど、正規の手続きを
踏んで目標値を変更する手続きを整備し、透明性を保ちながら現実に即し
た実効性の高いプロジェクト運営を図ることも考慮される必要があるだろ
う。
事後の評価は、JBIC では事業の完成後 2 年目に実施されたすべての事
業に対し「事後評価」として行っており、実施方法の効率性、有効性、自
立発展性などの評価を行い、その結果は相手国の事業実施機関にフィード
バックされている。JICA はプロジェクトが終了する直前に「終了時評価」
としてすべてのプロジェクトに実施している。また 2002 年度からは、協
力を終了してから一定の期間が経過したプロジェクトを対象に、協力効果
が持続しているかどうか、長期的・間接的効果などがもたらされているか
14
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
どうかを中心に「事後評価」を導入した。
このように各実施機関とも事前から中間・事後に至る一貫した視点に基
づく評価を導入している。
4.日本の ODA 評価の課題
前述したように 1998 年より外務省経済協力局長(当時)の諮問機関であ
る「援助評価検討部会」が設立され、同部会の下に設置された「評価研究
作業委員会」(1998 年)及び「ODA 評価研究会」(2000 年)において、
ODA 評価をめぐる主な論点は整理され、評価方法、評価体制の確立が図
られてきた。これらの議論は前節において整理した ODA の基本的考え方
に反映されている。また、近年、プログラム・レベル、政策レベルの評価
の必要性が認識されるに伴い、「ODA 中期政策評価検討会」(2004 年)な
どにおいてプロジェクトを超えた上位レベルの評価のあり方についての検
討も行われきた。
ここでは各委員会で検討されてきた事柄を踏まえ、ODA 評価が抱える
現在の課題を、①評価手法、②評価対象、③評価のフィードバック、④
ODA 関連緒機関の連携、⑤評価人材の 5 つのイシューに分けて論じる。
4.1
評価手法の改善・開発
(1)目標の明確化と評価指標
評価は基本的には計画との比較であり、両者は表裏一体である。ODA 評
価でロジカル・フレームワークや PDM を使い成果重視の評価を行うこと
の前提には、計画段階において目標を出来るだけ明確に設定する計画手法
がある。すなわち評価の基本は、プロジェクトに関わる者が一生懸命やっ
たかどうかを調べるのではなく、それら目標の達成度合いを指標で測り、
明確に示すことである。そのためには、アウトプットはもとより、アウト
カム、インパクトについてもできる限り数値で表し、もし数値化が不可能
であれば、具体的な記述で明確にしておくことが必要である。これらの到
達目標値はプロジェクトが始まる前に示されなければならないが、それら
15
の数値が必ずしも明確に示されていないプロジェクトも散見される。
その背景には、指標を定めることによってプロジェクト活動が矮小化さ
れるのではないかという意見、あるいはキャパシティビルディングなどの
ソフト案件では計画時における目標値の設定が困難であるという指摘があ
る。しかし多くの場合、問題はむしろ、プロジェクト関係者に具体的な行
動目標に関する明確な意思統一がなく、プロジェクトによって何を具体的
に変化させようとするかが合意されていないことに起因していると考えら
れる。
援助関係者で、当該プロジェクトが目指す目標を、定量的であれ定性的
であれ十分に協議し、合意するというプロセスが重要である。評価結果の
説得性を高めるには、具体的、客観的に説明できる定量的な分析結果が有
効であるが、数値で目標を表すのが難しいという社会開発分野などのソフ
ト案件でも、質的な側面を定量化することは十分に可能である。また、定
性的な評価を行うこともできる。無理な定量化を行う必要はないが、定量
化の努力は論点を明確にする。評価は定量データと定性データの双方をバ
ランスよく活用することによって、評価の目的のひとつである学習・改善
に役に立つ。評価対象となるプロジェクトの数値目標の明確化と質的側面
の定量化、もしくは定性的な評価の手法の活用が一層求められている。
(2)効率性や費用に関する評価
これまでの評価報告書では費用や効率性の分析が弱い。この面の評価分析
を今後強化する必要がある。効率的かどうかは基本的には比較の問題であ
る。それぞれの事業について、目標を達成するために、そこで実際に行わ
れた事業が最適かどうかはもちろん、他と比べてどちらが適切であるかの
吟味も十分なされていない現状がある。ODA 予算が増える見込みが薄い
中で成果を問われるということになれば、ますます効率性の視点が重要に
なっている。そのためには、比較の対象となるデータ整備が急務である。
援助対象国のように、資源が限られた状態において多くの投入をすれば、
なにがしかの成果が得られて当たり前である。しかし、成果を得るのにあ
まりに多くの投入が必要であれば持続的な協力にならない(牟田 2003)。
相手国が自力でそれだけの投入を将来にわたって担保できないからである。
16
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
つまり、費用対効果で考えれば効率的ではあっても、多額の費用を要する
ものであれば持続性の観点から問題があるということも念頭におく必要が
ある。
(3)レーティングへの試み
JBIC では、定量的に評価結果を出すために 2004 年度からレーティング制
度を本格導入した。評価 5 項目ごとに A から D までレーティングをする
ものであるが、2006 年度には過去のレーティング結果を対象に制度その
ものの有効性を検証し、評価 5 項目から 25 項目へ細分化した制度の試行
が開始された。
評価 5 項目をブレークダウンする試みは、円借款の特性を踏まえ、どの
ような条件がプロジェクトの成功に必要となるかを示すことでもあり、評
価を通した教訓・提言の明確化のみならず、案件の形成、実施のポイント
としても興味深い。このように過去の評価経験の分析を踏まえた新たな評
価手法の開発や試行は、より客観的で的確な評価ときめ細かな教訓・提言
に結びついていくことが期待される。
4.2
新たな評価対象への対応
(1)プログラム・レベル、政策レベルの評価
冒頭で ODA 評価は長い歴史があると述べたが、これまで行われてきた
ODA 評価はほとんどが個別プロジェクトの評価である。例えば道路やダ
ムなどのインフラを整備する、学校などの施設を造る、あるいは農業開発
の技術を移転する、といったプロジェクトの評価である。しかし近年、よ
り効果的な援助に向けた国別や課題別のプログラムの進展、さらに特定課
題や国レベルの開発における成果への関心の高まりを受け、そのような個
別プロジェクトだけの評価だけでいいのか、という疑問が多く出されるよ
うになった(牟田 2004;三輪 2007)。例えば、分野別、課題別(貧困、ジ
ェンダー、初等教育支援、構造調整借款等)など共通の目的を持つ複数の
プロジェクトを包括的に評価するプログラム・レベルの評価や、プログラ
ム・レベルの評価より一段上のレベルで、日本の各種援助政策(「ODA に
関する中期政策」や「国別援助計画」等)に対する評価への必要性は広く
17
認識されるようになった。
プログラム・レベル、政策レベルの評価の導入は、従来のプロジェク
ト・レベル中心の評価方法では不十分である。現実の問題として、①理念
としてはプログラム・レベル、政策レベルの評価の重要性は理解できたと
しても、具体的な線引きは容易ではないこと、②プログラム・レベルおよ
び政策レベルの評価の必要性は国際的にも認められ、一部の海外機関にお
いて導入が試みられているものの、統一された具体的手法はいまだ確立し
ていないことがある。これまでの ODA 評価の実践例等も援用しながら、
日本の ODA に適した評価手法を開発し拡充していくことが求められてい
る。
まず、政策レベルの評価では、政策レベルとして意識的に援助活動が行
われている事が前提となる。プロジェクト・レベルの意識で行われたプロ
ジェクトを束ねて評価しても、厳密にはプログラム・レベルの評価にも、
政策レベルの評価にもならない。プロジェクトのまとまりがプログラムと
して一つの構造をなしていないからである。また、プログラムのまとまり
が全体として政策を反映していないからである。外務省の ODA 有識者会
議による提言には、国別援助計画の明確化が必要として、援助の効果を明
確にするための理論的構成をより重視すべきであるとの言及がある(外務
省国際協力局 2006)
。
プログラム・レベルでも同じである。分野別評価を行うのであれば、分
野別の目標体系がまず作られ、それにそって援助プログラムが組み立てら
れていなければならない。つまり、政策レベル、プログラム・レベルの評
価のためには、日本の援助政策、国別援助計画、プログラム、プロジェク
ト等について、可能な限り事前段階からそれぞれの目標が絞り込まれ、明
確に指標が設定されていることが必要である。そのためには事前段階での
目標体系図の導入が有効で、各レベルの目標とそれに対応して評価指標の
設定、定期的なモニタリングが不可欠である。
2003 年以降に策定された国別援助計画の中にはまだ不十分ではあるが
目標体系図が付加されたものもある。今後はこのような構造化された目標
体系に基づく援助計画、分野別計画に従ったプロジェクトが計画されてい
く必要がある。その計画の際には、他の援助機関との協調や開発途上国自
18
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
身の開発戦略との一貫性についても十分に考慮する必要がある。目標のレ
ベルが高くなればなるほど、日本の援助機関の活動以外の要因の影響が大
きくなり、それら関係機関との連携が重要になるからである。
(2)評価対象事業の拡大
ODA 事業の中には依然として評価が十分行われていない分野・事業も多
い。例えば、研修員受入、留学生、専門家派遣、青年海外協力隊事業、草
の根無償、国際機関への支援、NGO への補助事業などの評価は十分に実
施されていない。この背景には、これらの事業は人間に直接関わることで
評価が難しいこと、個々の援助金額が少額で評価にお金をかけにくいこと、
などの理由がある。しかし、事業規模全体から見れば ODA の重要な部分
を占めているのであり、今後これらの分野に対しても評価を拡充すること
を考えなければならない。
プロジェクトの成否は人的要素によって大きく左右される。専門家が外
国に赴任し業務を遂行することには困難が伴うが、プロジェクト全体の評
価と同時にプロジェクトの重要な構成要素である専門家自身の評価もなさ
れなければならない。専門家を評価する時には、個人の資質の善し悪しを
いうのではなく、専門家の持っている力と現地のニ−ズがマッチしている
かという観点から評価し、求められている能力を持つ専門家をどうやって
リクルートしていくか、どこの地域だったらどのような専門家が適切なの
か、といった専門家リクルートの戦略方針にフィードバックすることが重
要である。
研修員や留学生受け入れ、文化交流のような人造りに直接関する事業は
長い目で成果を見なければわからないということで、これまでは評価の対
象になりにくかった。しかし、財政事情が厳しい中で、全体として大規模
なお金を使っているにも拘らず効果は 10 年、20 年待たなければわからな
いではすまされなくなっている。10 年待たなければわからない効果もあ
るだろうが、1 ∼ 2 年で芽が見えるような効果もあるはずである。効果の
100 %を評価することは不可能であっても、5 %でも 10 %でも、把握可能
な事柄について効果の芽を捉えて、評価をしていくという取り組みが重要
である。人造り分野でも 10 年以上前に終了したプロジェクトは数多くあ
19
る。成果が現れるのに時間がかかることは評価をしないことの理由にはな
らないのである。
4.3
評価のフィードバック体制の強化
評価報告書の完成をもって評価作業そのものは終わる。しかしそこに書か
れている教訓や提言は自動的に生かされる訳ではない。そもそも報告書を
読まない、読んでも具体的な活動に生かさないことは一般的に見られる。
評価活動が援助の効率化、効果向上にこれまでどれだけ役立ったかについ
て、評価結果の PR 不足と、事業サイクルにおける評価の位置付けが不明
確であることの問題が指摘されている。例えば、スウェーデン国際開発協
力庁(SIDA)での評価結果は政策決定、現行の援助案件、新しい援助案
件で考慮されることになっているが(SIDA 1999)、実際にはほとんど利
用されていないという(Carlson 1999)。相手国側に評価結果が知らされ
ていなかったり、利用される場合も、評価結果を改善のために直接的に利
用することよりも概念的な理解や援助行為の正当化に利用するに留まって
いると分析されている。JICA が 2001 年に職員や専門家に対して行った事
後評価の活用状況に関するアンケ−ト調査結果では事後評価結果を利用し
ていない者が非常に多い。その主な理由は「事後評価自体のことを知らな
い」、「入手方法を知らない」、「使わなくても業務はこなせる」など、事
後評価自体の PR 不足の問題と、JICA の事業サイクルにおける評価の位
置付けが不明確であることの問題が絡んでいる(国際協力事業団評価部評
価監理室 2001)
。
評価情報を周知させたり、評価情報の内容を改善して使いやすくことは
重要なことではあるが、評価の活用目的である学習・改善につなげていく
ためにはそれだけでは十分ではない。組織及び ODA 実施体制の中に、フ
ィードバックを適切に活用・反映できるような仕組みの強化が重要である。
それには評価部門が企画部門や事業担当部門と協力してフィードバックを
積極的に図らなければならない。例えば、外務省は 2003 年に従来からの
外部有識者評価フィードバック委員会を改組して、ODA 評価有識者会議
を組織した。それ以後外務省が行う評価はすべてこの ODA 評価有識者会
議が実施主体となり、そこで出される提言については経済協力局内(現在
20
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
は国際協力局)の内部検討会議で対応策(アクションプラン)を考えて
ODA 評価有識者会議に示し、了承を得、さらにそれがどのように実行さ
れたかを年次の評価報告書に記載して公表することにしている。このよう
に、組織内に役職者、企画部門、事業部門および評価部門等のメンバーが
参加する常設の「評価フィードバック委員会」等を設置し、評価結果がど
のように活用されたのかまで見る仕組み作りが必要である。フィードバッ
クを生かすには、仕組みの構築と確実な運用が不可欠なのである。
また、ODA の質的改善のためには、ODA 全体としてのフィードバック
がなければならない。つまり、日本のすべての ODA 実施機関間のフィー
ドバックのための連携体制を確立することが大事になる。省庁間の調整会
議である「ODA 評価連絡会議」はその基礎になると期待される。外務省、
JICA、JBIC、他 ODA 関係省庁が出している評価報告書に盛られた結果を
一元的に管理するデータベースを構築して、相互活用体制を作ることも考
えられる。
さらに、忘れてならないのは援助受け入れ国へのフィードバックである。
評価結果を援助受け入れ国側にきちんと報告することを徹底し、援助受け
入れ国が評価結果からの教訓・提言を今後の事業計画の作成・実施に反映
するよう支援することが重要となる。2000 年に東京で開催された
OECD–DAC 評価作業部会のワークショップには開発途上国から初めてオ
ブザ−バ−が招かれた。同時に開かれた ODA 評価セミナ−でも援助供与
国と援助受け入れ国が協力して評価することの意義が強調された(外務省
経済協力局評価室 2000)。これまで ODA 評価は援助供与国のみで行われ
がちであったが、評価活動に援助受け入れ国側の関係者を含める参加型評
価は援助受け入れ国側の評価能力を高めると共に、評価結果の開発の現場
へのフィ−ドバックに大きく貢献すると考えられる。
4.4
評価人材の育成と確保
援助評価が重要と認識され盛んになってくれば、評価の質を向上させるた
めにも、それを担う人材の育成が重要となる。評価はそれなりの専門的な
知識、手法を持った人が実施しないと単なる評論に終わり、結果が信用で
きないことになる。例えば、JICA の 2 次評価結果では、アンケート調査
21
やインタビューによる現状把握が不十分なために評価の質を低めていると
いう指摘がある(国際協力機構 2006)。また、定量及び定性的分析におい
て評価の根拠が明確に述べられていないことによる客観性の欠如、報告書
の書き方とその論理性の欠如なども挙げられている。
評価の質とその結果の権威を高めるためには評価の専門家が必要となる。
大学院などで専門教育実施体制を拡充するなど長期的なコ−スの整備と同
時に、実務家向けの短期的な評価研修プログラムの開発と拡充を図り、援
助実施機関職員、外部専門家、コンサルタント等に対して、援助評価にか
かわる海外での研修制度、奨学金制度を拡充するなどして評価人材の養成
を行うことが急務である。各種の評価研修を認定して資格を付与する事に
よって、評価の普及と質の維持を図ることも考えられる。最近では、援助
評価活動にシニアスタッフが大学院生などのジュニアスタッフを同行する
ことを認めるケ−スが多くなったが、一種のオンザジョブ・トレ−ニング
としてうまく機能している。
また、評価専門家の専門性を高め、資質向上を図る目的で、2000 年 9
月に日本評価学会が発足した。同学会では 2007 年度より質の高い評価専
門家の養成をめざし「評価士養成講座」をスタートさせた。このような学
会活動を通して、評価人材が切磋琢磨され、育成されることが期待される。
4.5
評価情報の公開と広報
評価報告書は現在、外務省、JICA、JBIC、あるいは ODA 関係省庁で個別
のフォームで発行されているが、可能な限りフォームを整理してデータベ
ース化するとともに、評価結果のホームページ等での迅速な公開を拡充す
ることが大事である。JICA はすでに報告書全体をホームページで公開し
ている。また、第三者評価結果が援助実施部門と意見が違う場合も、書き
直しをするのではなく、両論併記する慣例も定着し、透明性確保に貢献し
ている。
ODA を拡大し、継続していくには国民の理解と参加が重要である。評
価活動に市民、NGO、自治体、地方議員などが参加する機会を拡充し、
公開された評価報告書に関し、国民一般が自由に意見を述べ、それらが次
の ODA 活動に反映される仕組みの整備にこれまで以上に努めるべきであ
22
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
表 3 日本の ODA 評価の主な課題
1.評価手法の改善・開発
① 目標の明確化と評
価指標の明確化
到達目標値が必ずしも明確に提示されていない。定量的であれ、
定性的であれ関係者間で十分に協議する必要がある。
② 効率性や費用に関
する評価の強化
限られた ODA 予算を効率的に使うために今まで以上に効率性
の観点からの評価が必要である。そのためには比較の対象とな
るデータ整備が急務である。
③ レーティングへの
プロジェクトの成功要因をより明確に提示するために、JBIC
試み
で実施されているレーティングの試みは、新たな評価手法の開
発として注目される。
2.新たな評価対象への対応
① プログラム・レベ
ル、政策レベル評
プログラム・レベル及び政策レベルの評価手法の確立が急務で
ある。そのためには、政策策定過程における目標体系図の作成、
価の強化
開発途上国自身の開発戦略との一貫性や他の援助機関との協調
などについても十分に考慮する必要がある。
② 評価対象事業
の拡大
ODA 事業の中には、依然として評価が十分おこなわれていな
い分野・事業も多い。例えば、研修員や留学生受入、専門家派
遣、青年海外協力隊事業、草の根無償などの NGO への支援事
業などが含まれる。今後はこれらの分野に対しても評価を拡充
する必要がある。
3.評価のフィードバック体制の強化
評価情報の周知は進んできているが、それを学習・改善につなげる組織体制の強化が必
要である。また、ひとつの組織内のみならず ODA 関連組織間でのフィードバックのた
めの連携体制や、援助受入国へのフィードバックも重要である。これに伴い援助受入国
側の評価能力向上支援も必要になる。
4.評価人材の育成と確保
評価の質を高めるためには専門性の高い評価人材が不可欠である。大学院などにおける
専門教育に加えて、実務家向けの評価研修プログラムの拡充が更に必要となる。
5.評価情報の公開と広報
ODA 事業を拡大し継続していくためには国民の理解と参加が重要である。公開された
評価情報に対する国民からのフィードバックを積極的に取り上げていく仕組みのさらな
る整備が必要である。
る。
更に、これらの評価結果を、教育に生かすことが考えられる。例えば、
日本では総合的学習の時間として、小学校から高校まで、学校が比較的自
由にカリキュラムを組み、子どもたちが自主的に学習できる仕組みが作ら
れている。そうした総合的な学習の時間の中で、評価者が実際に経験した
評価活動を報告することで、子ども達に小さい時分から、外国に対する支
23
援について理解を持ってもらう活動も、長い目では非常に効果的である。
以上述べた ODA 評価の主な課題を表 3 に整理した。
5.おわりに代えて∼今後の展望
2008 年度に ODA の実施体制は JICA と JBIC の海外経済協力部門の統合
という大きな変革期を迎える。技術協力、無償資金協力、円借款の各事業
実施主体が統一されることは、より効率的・効果的な援助事業の実施を可
能にするものとして大きな期待が寄せられる。この変革は当然のことなが
ら ODA 評価にとっても新たな時代を開くものである。最後に今後の展望
として、前述した ODA 評価の課題を踏まえ、統合後に期待される変化を
いくつか述べる。
まず、統合により技術協力、有償資金協力、無償資金協力の有機的な連
携が可能になり、これまでスキーム別に行われてきた事業群が相手国の開
発課題を最終目標として計画されることによって、近年注目を浴びている
プログラム・アプローチが本来の形に近いものとして提示される可能性が
高い。このことは開発効果へのより一層の貢献はもちろんのこと、プログ
ラム・レベルや政策レベルの戦略と目標がより明確になり、到達目標への
道筋を示した体系図に基づいた構造的な評価ができるようになるという期
待につながる。
次に、このような構造的な評価が新たな援助評価方法の検討につながる
ことを期待したい。すなわちスキーム間の有機的な連携によるプログラ
ム・アプローチの充実により、インパクト・レベルの目標への貢献度を捉
える評価と、個々のプロジェクトの実施プロセスや直接的な成果を捉える
評価(もしくはモニタリング)の二つを有効に組み合わせた評価が可能に
なるのでないか。評価自体もコストがかかることを考えると、例えばすべ
てのプロジェクトに評価を行うのではなく、モニタリングを中心に個々の
プロジェクトのマネジメント強化を図り、より上位のインパクトを捉える
評価に重点を置くというような取り組みも検討の余地がある。インパクト
24
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
の評価は、特定の開発課題に対する日本の ODA 戦略を評価することでも
あり、その評価結果は新たな戦略の意思決定を行う上で重要である。これ
は、主にマネジメント支援を目的として実施されている個々のプロジェク
ト評価とは一線を画し、より上位の戦略、政策レベルへのフィードバック
を行うものであり、セクター全体への視点、相手国の開発計画との関係、
他の援助機関との関係などを念頭においた評価となる。
援助評価は、他の国の開発計画に外から介入するプログラムやプロジェ
クトを評価するものである。それは、国内における公共事業評価とは異な
る視点が多々要求されるということである。相手国の開発プロセスに対す
る介入が、相手国が持続的に開発効果をあげていく上でどのように貢献し
たのかを評価することは容易なことではない。しかし、JICA 及び JBIC の
長い評価経験の中で蓄積された評価情報を分析することにより、援助を成
功裡に導く要因を踏まえたインパクトの評価方法や、援助の費用対効果を
見る上での比較データの構築が可能になるのではないかと考えられる。そ
の分析のひとつの事例が JBIC のレーティングの見直しであろう。
また、評価情報には膨大な教訓・提言や、相手国の当該セクターに関す
る貴重なデータが含まれているので、情報自体を活用する基盤の整備も期
待したい。統合後は日本の唯一の援助実施機関として、過去の JICA、
JBIC の評価結果のみならず、外務省、ODA 関係省庁の評価報告書に盛ら
れた結果を一元的に管理するデータベースを構築し、相互活用体制を作る
ことも考えられる。評価報告書の中には、役に立つものもあればそうでな
いものもある。使う側が利用しやすいように、わかり易いキーワードを整
理してデータベース化するなどの工夫が望まれる。このような仕組みは、
援助組織内のフィードバック強化につながるばかりでなく、説明責任の観
点から国民に対し透明性を確保し、広報効果を高めるという意味でも重要
である。さらに、それら評価情報は国際協力人材を育成するという観点か
ら開発教育を行う上での教材としても貴重な情報源となり、質の高い
ODA 事業を拡大・継続していくための国民の参加につながることが期待
できる。
これまで見てきたように、日本の ODA 評価は、国内の政策評価と比し
て長い歴史の中で評価の経験を重ね、外務省、JICA 並びに JBIC の各組織
25
における専門部会での協議を経て、様々な論点と課題に取り組んできた。
また 2008 年度からは新たな環境の中で変化を遂げていくであろう。ODA
は元々様々な未確定で困難な環境の下に行われるものであり、非の打ちど
ころがない完全なプロジェクトは皆無である。大事なことは、完全ではな
いことを声高に言うことではない。評価結果を基にして当該プロジェクト
なり、援助戦略なり、次に行われる類似プロジェクトやプログラムがどの
様に改善されたかを「評価」することが重要である。評価結果を生かして
ODA 事業がどれだけ良くなったかという評価結果の利用に焦点を当てて
いくのでなければ、ODA の評価活動はやがて形骸化してしまう。ODA 評
価はあくまでも ODA の質を高めるのを助けるものでなければならない。
関係者に影響を与えるという社会的学習を促進してこそ、評価は初めて役
に立つものであり(Picciotto 2000)、評価の二つの役割の中でも、学習の
役割を大きくしていくような援助関係者の努力と意識の改善と、組織的な
取り組みが一段と求められているのである。
26
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
参考文献
(引用・参考文献)
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