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がん緩和医療における 医学的リハビリテーションの臨床課題

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がん緩和医療における 医学的リハビリテーションの臨床課題
緩和医療研究会誌
緩和医療研究会 末期(がん)の症状コントロールを考える医師の会
講 演
平成21(2009)年2月14日
於:岡山県立図書館 デジタル情報シアター
緩和医療研究会
第17回総会記念講演
がん緩和医療における
医学的リハビリテーションの臨床課題
安 部 能 成 Abe Kazunari
*本稿は,緩和医療研究会機関誌『緩和医療』
千葉県がんセンター整形外科上席専門員(当時)
(現,千葉県立保健医療大学健康科学部リハビリテーション学科作業療法学専攻 准教授)
通巻第26号(第17巻第1号,平成22〔2010〕
年2月発行)掲載の誌面をもとにした電子版
抜刷りです。
*本稿は演者による本文中の一部字句修正のほ
かは発行当時のままです。無断引用はお断り
します。
*本稿についてのお問い合わせは当会事務局へ
メールまたはFaxでお寄せください。
平成22(2010)年4月
緩和医療研究会©
司会(下妻)
本日の緩和医療研究会第17回総
緩和医療
研究会誌 第17巻第1号 通巻第26号
平成22(2010)年 2 月 発行
The Journal of Palliative Medicine, Vol.17 No.1, Feb. 2010
‐
ISSN 1342‒3029 Kanwa iryo
編集・発行人 ©緩和医療研究会 田中紀章
事務局 〒702‒8058 岡山市南区並木町2丁目27‒5
かとう内科並木通り診療所気付
Tel : 086‒264‒8855 Fax : 086‒264‒8858
URL : http://www.kanwa-okayama.jp/
e-mail: [email protected]
郵便振替口座 01270‒4‒38828
編集制作協力:渡辺芙時雄
互恵印刷株式会社
座長:下 妻 晃 二 郎
立命館大学生命科学部教授,医師
当会世話人
ておられます。また所属学会は,さきほど挙げま
会記念講演は,千葉県がんセンター整形外科上席
した日本緩和医療学会(ニューズレター編集長)
,
専門員でがん緩和医療におけるリハビリテーショ
日本癌学会,日本癌治療学会,日本臨床死生学会
ンの第一人者,安部能成先生をお迎えして開催し
など,また厚労省のさまざまな研究班のメンバー
ます。
もお務めです。
安部先生のご略歴を紹介しますと,1984年に作
それでは,
「がん緩和医療における医学的リハ
業療法士の国家資格を取得され,その後,信州大
ビリテーションの臨床課題」というタイトルでさ
学,淑徳大学大学院に学ばれ,また2003年には英
っそく安部先生にお話ししていただきます。
国のセントクリストファーズホスピスで研鑽を積
まれました。現在,日本緩和医療学会においては
安部先生の存在を知らない人はないほど高名です
が,現職のほかに,日本看護協会および社会保険
安
部能成です,過分な紹介をありがとうござ
いました。また,緩和医療研究会のみなさ
まには,招待していただき感謝申し上げます。緩
船橋看護研修所の認定看護師コースの非常勤講師, 和医療に熱心なみなさまの前でリハビリテーショ
厚生労働省の委託事業であるがんのリハビリテー
ンについて話す機会を得たのは大変光栄であり,
ション研修会の企画委員兼非常勤講師,東京農業
幸いです。
大学の園芸療法コース非常勤講師等々でも活躍し
〈スライド1〉 と申しますのも,
「がんの患者さ
5
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
んにリハビリテーションなどはあり得ない」とい
れたのは,実は患者さんでした。私が千葉県がん
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈スライド1〉
〈2〉
うのがこれまでの医学的常識だったようですので, センターの整形外科に所属してからリハビリにき
今日はそれをひっくり返すという重い役割を担っ
た3番目の患者さんで,初めて他科からの紹介,
ているからです。荷が重すぎてバタバタした話に
つまり外科から紹介されてきたシズコさんという
なるかもしれません,その辺はご容赦ください。
42歳,乳がんの患者さんでした。この患者さんと
〔編注:以下スライド番号のみ表示〕
精神科リハから緩和ケアとしてのリハへ
〈2〉 さきほどの紹介にありましたように私は
出会ったことで,私は今こうしてここに立って緩
和医療とリハビリのお話をすることができている
のだと思っております。
シズコさんは多発骨転移しており,とくに骨盤
信州大学で学びましたが,
転移がひどくて,もう化
その頃は精神科のリハビ
学療法はほとんど効かな
リをやっておりまして,
い状態の,末期がんの患
ところが,
「いやです」とシズコさんはにべもな
ししないのですか」って尋ねました。シズコさん,
がんの患者さんのことは
者さんでした。いちばん
い。困りました,困りましたけれども,精神科で
何かごちょごちょ言ってましたので,
「先生は来
まったく知らない状況で
困っていたのが,骨盤転
あれば実はそれほど困ったことではないのです。
ないんですか」と尋ねたら,毎朝8時に来るとい
した。縁がありまして千
移のために座っていられ
なぜかというと,精神科では患者さんの意思がは
う。午前8時とは,外科の先生が回診を始める時
葉県にきて,当初はリハ
ないことで,床上生活と
っきりしないのが普通ですが,
「やります」とか
刻で,その最初に来るというのですから,この患
ビリ学校に勤務していま
いっても事実上寝たきり
「やりません」などとはっきり意思表示すると,
者さんを大事にしているということです。それな
したが,その後,がんセ
でしたので,この患者さ
医療者側としてはとてもうれしい。主治医にその
のに,何で話すことができないんだろうと思いま
ンターに行ってリハビリを担当せよとの辞令をも
んをなんとかしてもらいたいというのが,乳腺外
報告をすると,
「おっ,患者さん,自分で判断が
したら,シズコさん,やっと言葉をついで,
「だ
らったとき,これはリストラではないかと思った
科からの依頼でした。
できるくらいに回復してきた。少し良くなった
って,先生,3秒しかいないんですもの」
。
くらいです。
この方は編み物が趣味だとのことで,病床の周
か」といいほうに解釈できるからです。
3秒……のちに私はこのことを論文にしたとき
公務員はリストラされないことになっています
りにも編み物がいろいろ置いてありました。主治
がんの患者さんの場合,それはどうなのか,私
には,30秒と記しましたが(笑)
。実際,
「シズコ
から,彼をリストラしようというとき,できない
医は,この方の床上生活の安定を目的に,リハビ
は知りませんでしたから,私は次に,精神科では
さん,今日はどう?」
「ええ,先生,まあ何とか
仕事を与えるんですね。私はずっと精神科リハビ
リをしてほしいというわけです。
やってはいけないことをやったのです。
やってます」
「じゃあ,また明日くるからね」と
リの仕事をしていましたので,がんの患者さんを
患者さんとしてどういう方だったかというと,
みろと言われても,できない。これは辞めろとい
業界用語でいう“文句たれべぇ ”,つまりナースコ
がんの患者さんとは,いったい何をしたがるのだ
みると3秒なんです(笑)
。これで私がわかった
うことか,上司にそんなに睨まれることはしなか
ールをしょっちゅう押して,枕を直してほしい,
ろうかと興味本位の質問をしてしまったのです。
のは,乳腺外科で一生懸命やっている先生は,末
ったはずだがなあと思ったりしながら,1995年,
足もとをああしてほしい,こうしてほしいと,次
精神科では,これはやってはいけないことの一つ
期がんになった患者さんと膝詰めでゆっくり話す
渋々がんセンターに出向いた次第でした。
から次へ要求を出してくる患者さんだったらしい。
です。精神療法では治療上,患者さんといろいろ
時間はないんだな,ということでした。なるほど
私の上司になる部長に挨拶に行ったら,今はが
私と出会った頃はそうではなかったのですが,カ
と会話をしますが,治療者が被治療者に興味を持
な,がん治療の世界は厳しいな,とある意味納得
んの患者さんにどんなリハビリが可能か,わから
ルテにはそう記してありました。主治医はそれを
ったからといって,
「あなたはこれ,どう思いま
したあとで,当然のことながら,主治医がこれだ
ない状況だから,なんでも好きなようにやってい
みかねて,今度リハビリのスタッフが来たそうだ。
す?」などと聞いてはいけない。私はこの禁を犯
け忙しいなら,看護師さんが飛んで来てくれるだ
いと,ある意味,非常に好意的に迎えてくれまし
リハビリの中には作業療法というのがあって手工
して,シズコさんに「何をしたいの?」と聞いて
ろう,看護師さんとならゆっくり話せるにちがい
た。しかし当時,私はがんのことは全くわかって
芸もあるそうだから,患者さんの趣味である編み
しまった。そしたら,
「先生とお話ししたい」と
ないと思ったのですね。
おりませんでしたから,一瞬これは冷たいなあと
物ができれば,床上生活も安定するのではないか
言われたのです。
思いました。というのも,人もくれない,予算も
と考えたらしいのです。
ない,ただ単に自由だけがあるというわけで,実
その話を受けて,私はシズコさんのところへ行
際しばらくの間ほとほと困り果てていたわけです。 き,「手工芸,しませんか」とお誘いしました。
この状況を救ってくれ,突破する道を拓いてく
6
これは,精神科でのリハビリと同じやり方です。
がんの患者さんが手工芸を拒否した,それなら, いう会話があるらしいのですが,これ,実測して
そこでシズコさんに,
「看護師さんは来てくれ
まったくの意外でした。主治医の先生のもとで
ないんですか」と尋ねたら,
「ピンポン押したら
入院している患者さんですから,お話しできない
すぐ来てくれる」
,つまりナースコールしたらす
わけはないだろう,それまでの私の常識でいうと, ぐ来てくれると言う。すぐ来てくれると聞いて,
そう思わざるを得ない。
「
(主治医の)先生とお話
私は感動しました。なぜかというと,精神科では,
7
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
看護師さんはほとんど患者さんのところには来な
私がシズコさんにリハビリのオリエンテーショ
いからです。怖いんですね,あばれられたらどう
ンをしたときに一番喜んでくれたのが,そのこと
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈3〉
〈5〉
〈7〉
〈4〉
〈6〉
〈8〉
しようという考えが先にたってしまうからですが, でした,話を聴いてもらえると。それで私は,シ
それだけじゃありません。看護師の数がうんと少
ズコさんの人生を拝聴するというリハビリテーシ
ないんです。少ないうえにあちこち動き回ってい
ョンを,33回6週間余りにわたって行ないました。
ますから,患者さんの周りにはほとんどいない。
私が千葉県がんセンターに来た当初のことですか
それ以外にも,看護基準をめぐる事情などもあっ
ら,それが “回想法” であることなど,全く知り
て,若い看護師さんが少ないうえに,夕方になる
ませんでした。
と看護学校に行ってしまうことなどがあって,と
シズコさんは双子の姉で,妹さんがおられ,2
にかく患者さんと看護師さんが一緒にいるところ
人のお子さんがこの妹さんにとても親しんでいる
を見かけることは多くないわけです。
ので,お子さんのことは何も心配がいらない。
ところが,がんセンターではナースコールした
「私,とってもいい立場でしょ。先生にはお子
らすぐ看護師が来てくれるというのです。それに, さん,おられるの?」「いえ,まだいません」「お
がんセンターの看護師さんは,忍者のように足音
子さんができたら,人生かわるわよ」というよう
をたてることなく走ってくる,これがすごい!
な話や,シズコさんにはご主人がいない,ご主人
(笑)
緩和ケアに携わっているとわかりますが,
は過労死したとのことで,その裁判中だという,
音はすごく神経にさわるんですね。そういう教育
そんな話を6週間にわたって交わしたのです。
っています。
千葉県がんセンターのリハビリ実績
か。このグラフの数字は新患のみで,再診,リピ
ーターの数は含めていません。私が赴任する以前
の1993〜94年のデータがはいっていますが,非常
がきちんとなされていると知って,ますます感動
その頃の私は,病状が進行した患者さんを追い
しました。そういう看護師がすぐ飛んで来てくれ
かけてサポートすることはしていませんでした。
〈3〉 今日の本題にはいります。まず,私がど
勤の先生がおられた時のデータで,1年半で57例
るのに,舌の根も乾かないうちにシズコさんが言
シズコさんはその後,病状がわるくなって個室に
のくらい担当してきたかを当院全体のデータで示
となっています。私が着任した年度が58人でした
うには「でも,すぐ行っちゃう」
。ピンポン押し
入ったままとなり,まもなく息をひきとられまし
します。1995年4月に私は千葉県がんセンターに
ので,ほとんど同じです。それから,3年目だけ
たらすぐ来てくれて,枕を直したらまたすぐ別の
た。
赴任して今日までずっと働いておりますが,当初
ちょっと減っていますが,あとは増え続けて,
こういったことを,はたしてリハビリテーショ
の担当は一日平均4人でした。午前2人,午後2
2003年にまたちょっと減っています。
ところへ行ってしまうというのです。
当院は一病棟40ベッドありますので,あっちで
ンといっていいのかというと,疑問です。リハビ
人といったことですから,非常にラクというかヒ
実は2003年に当院に緩和医療センターができま
ピンポンこっちでピンポンとあるわけです。日勤
リテーションとは,運動機能障害があるのを直し
マというか……ゆったりと仕事ができるので,こ
した。制度上はホスピスであり,ここの患者さん
の看護師は約10人ですが,師長は学会に行くとか
て,再び社会に帰らせていくことというのが,一
れはもしかしたらとてもいい待遇なのかもしれな
には保険がきかない。保険請求ができないので,
管理だけになってしまったり,ほかの看護師は手
般的なイメージだと思います。それに対して,約
い(笑)と思われるでしょうが,その後どんどん
保険請求ベースのスライド資料のデータには反映
術や検査に,あるいは委員会や会議へ出席中とか
6週間33回にわたってお話だけを聴き,ご本人は
担当する患者さんは増えていきました。減少する
されていません。したがって,緩和医療センター
で,ベッド周りにいることができる看護師は実質
そのままわるくなって逝かれてしまうというのは,
ことはありませんでした。
から紹介された新患の数を加えますと,2003年も
半分。それで,あっちでピンポンこっちでピンポ
リハビリとは言えないという考え方もあります。
ンですから,みんな飛び回っていなければならな
い。走り続けていますので,ひとりの患者さんの
四国で開業しているある先生にこの話をしたら,
「安部先生,それはリハビリじゃないですよ,リ
〈4〉 これは月ごとのグラフです。当初,月平
減少していたわけではありません。その数は年間
均70人ほどだったのが,150人,220人と3年ごと
200〜220人位いますから,2003年以降毎年にそれ
に倍々ちかい割合で増えていきました。
らの数を加えますと,2006年にはこのスライド資
話をゆっくり聴くということができない……そう
ハビリという名の “かかわり” をされたんですよ」
〈5〉 年単位でみますと,最初の年(10カ月な
いうことがわかりました。
と言われました。ですから,リハビリという “か
ので)を除くと1996年の1100人に始まって,昨年
かわり” が私のスタートでした。
は4000人位にまでなっていますから,10数年で
〈7〉 千葉県がんセンターの正面の写真です。
それに対してリハビリテーションは,1回20分
料の目盛りをはるかにオーバーしていることにな
ります。
間で,それを週5日行ないますから,私たちは週
そういうわけですから,私のは非常に突飛なめ
3.5倍になった勘定です。うれしいのですが,こ
一番手前のコンクリート打ちっ放しの建物が外来
100分間,患者さんのそばにじっと座っていられ
ずらしいリハビリです。でも,そのおかげで,そ
れだけ急増するとなかなか大変で,もう辞めよう
化学療法棟で,当院は外来化学療法と7対1看護
ます。患者さんとの話はそれなりにできるわけで
の後十数年,千葉県がんセンターでずっとリハビ
かと思うヒマもありません(笑)
。
をいち早く手がけましたので,おかげさまで経営
す。
リテーションを担当することになり,今日にいた
8
〈6〉 では,新患紹介数の推移はどうだったの
的には黒字となっています。その後ろにある低い
9
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
〈9〉
ビリにまわってきます。診療科別
〈10〉
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈11〉
〈12〉
でも11%,患者数でも14%前後と,
ほとんど差がありません。
〈10〉 このことを,さらに予後
で分類しますともっとはっきりし
たことがわかります。スライド10
は,患者さんのリハビリを始めた
日から,亡くなったのがわかって
建物が外来棟で,私のいる整形外科もこの1階に
いる日までをとって,分類したものです。始めた
外来があります。さらにその後ろに病棟,その奥
その日に亡くなられた方はいませんが,翌日に亡
に緩和医療センターがあります。
くなられた方はおり,そういう方はごくわずかで
〈8〉 さきほど,新患のことをお話ししました
すが,予後が半年以内だった方が30%,半年を超
が,ではどんな診療科から患者さんが紹介されて
えて5年未満だった方が20%,5年は超えたけれ
くるのか,それを分析したのがこのグラフです。
ども現在はこの世におられない方が1%です。
はほぼ同じだということです。
く主治医が「とにかく何かリハビリをやってほし
〈11〉 3つの群ごとにリハビリ目標は何かを示
い」ということだと思われます。もっと正直な先
したグラフですが,どの群も誤差1%位でほぼ同
生だと,回答に「な,し」と書いている,つまり
このデータは症例数1006例での割合ですが,
じです。目標の第1位は約50%を占める「移動・
リハビリの目標を何もあげていない。ということ
次が脳外科24%,腫瘍血液内科11%などとなって
600例,800例でみますと,生存している方がもっ
歩行」です。さきほど,乳がんや肺がんの患者さ
は,私どもへの丸投げですね(笑)
。でも逆にい
おり,当院の全診療科から紹介されてきているの
と多い割合でした。600例のときは53%,800例の
んが多いと申しましたが,なぜ「移動・歩行」の
うと,私どもに任されたともいえ,やりがいがあ
がわかります。
ときは51%で,そして1000例を超えると49%にな
リハビリ目標が多いかといいますと,転移して転
ることにもなります。
ったということです。
移性脊椎腫瘍になり不全対マヒになって,移動に
以上は,あくまでもリハビリテーションを開始
私が所属する整形外科自身からが36%で最も多く,
〈9〉 ただ,スライド8のデータからでは,何
のがんを診ているのかがわかりませんので,紹介
ただ,この49%についてはちょっと注釈が必要
不自由になる方が多い。ふつうは車イス生活にな
するときの目標についてで,始めるときはこのよ
されてくる新患の原発巣の内訳を示したのがこの
で,すでに亡くなられた51%の方については,私
りますので,歩行だけでなく移動も目標になって
うにきれいに分類できるのです。
スライド9です。乳がんと肺がんが11〜12%で一
ども千葉県がんセンターの医師が死亡確認してい
くるわけです。
番多く,次いで,消化管のがんを全部まとめます
る方々ですが,49%のほうの方々は,予後がもう
とやはり12%位になります。以上は日本人に多い
数日という方でも退院して自宅に帰られ,開業医
がんですが,骨・軟部悪性腫瘍など整形外科領域
の先生に診ていただく方を含んでいます。帰宅後
そして「少なくともトイレに自分で立って行け
けた,じゃあ次を,という方々です。
「家に帰り
のがんになりますと21%,また中枢神経系のがん
すぐに亡くなられたとしても,私どものデータで
るようにしてほしい」という切実な目標が10%。
たい」
「友だちに会いに行きたい」
「料理をつくり
が9%などです。リハビリへの紹介数と原発巣の
は生存扱いになってしまっている方がいることも
これにはパターンがありまして,中高年の女性に
たい」
「写真を撮りたい」というようなかたちで
ギャップは,診療科によってかなりの違いがある
ある,ということです。あるいは,他のホスピス
多い。というのも,乳がんの方が多いことによる
次々と複数の目標をあげる方々が85%もいるので
のがわかります。ここでやっと,私たちがどんな
に転院された方についても,そうです。私どもの
ものと考えられます。たいてい,
「先生,最低で
す。そうなると,そのときそのときで患者さんご
がんの患者さんをみているのかがわかるはずです。 データは,当センターの医師による死亡確認の方
いいから,トイレに歩いて行けるようにしてほし
とにやりたいことが出てきますので,リハビリの
次に,
「日常生活をもう少しなんとかよくでき
るようにしたい」が22%です。
ところが,実際にリハビリをやっていくと,立
って歩けてそれでおしまい,という人は15%しか
いません。残りの85%の患者さんは,動けた,歩
つまり,乳がんや肺がんや消化管がんの方が骨
というのがデータベースの基礎になっているから
い」とおっしゃいます。こういう方々は,実は自
目標はばらばらになり,大きく分類するのは不可
転移して,整形外科にまわってくる,そこからリ
で,そういうことを考慮すると,実態の数字とし
力でトイレに行くのは,ほぼ無理な状態です。な
能になります。ですから,単純明快なリハビリの
ハビリにまわってくるのです。あるいは,乳がん
ては,47%あるいは45%になるのではないかと考
ぜなら,乳がんで脊椎転移して対マヒになってい
目標としてはあくまでも開始する段階での目標を
や肺がんが脳転移し,転移性脳腫瘍になって,そ
えています。
ますから,歩けません。けれども,無理だと言っ
掲げざるを得ず,スライド11を示した次第です。
ているだけではリハビリは始まりませんので,あ
〈12〉 これまでに私どもがみた患者さんについ
こからリハビリにまわってくるということです。
さてそこで,リハビリテーション的にいってこ
例外はあります,15%の血液がんの方です。悪
こで何が問題になるかといいますと,3つの分類
性リンパ腫や白血病とか多発性骨髄腫などにはそ
の群,30%の予後半年以内という厚労省分類のタ
さて,面白いのはこのデータです,
「リハビリ
段階で,新患紹介は1670症例。がんの患者さんが
ういった固形がんの場合のような転移はありませ
ーミナル群と,20%の緩和ケア群と,49%の生存
を始めるときの目標は,リハビリ」という回答で
99%ですが,他の1%は,脳腫瘍の疑いがあった
んので,早期から末期の方まで,同じ割合でリハ
者群のどれも,リハビリテーション開始時の目標
す。字面だけだと論理矛盾ですが,これはおそら
けれども脳膿瘍だったとか,骨肉腫の疑いが骨膿
10
とでご紹介するような工夫をしております。
ての統計的データをまとめますと,2008年3月の
11
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
瘍だったという患者さんでした。
〈13〉
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈14〉
〈15〉
入院患者さんが95%で,延回数は2万9700回で
すが,これらについては注釈が必要です。当セン
ターは紹介患者さんだけを診るところですので,
開業医の先生から紹介されてきた患者さんのがん
治療が終わると,その開業医のもとに患者さんを
返すことになっています。ですから,ずっと残っ
てリハビリだけのための入院はできませんので,
入院中の方が極端に多いわけです。
そうではない5%について,実例を紹介します
と,北海道で倒れた,脳卒中かと思ったら脳内リ
の向上を図ります。機能回復訓練をしますと,社
ンパ腫だった,住んでいるのは千葉県内であり,
まってからというもの,どんどん増えており,そ
当院センターの隣町なので,当センターで入院治
ういう意味でもリハビリのニーズが増えているわ
当センターの整形外科でよく言われていること
会に復帰できる,社会で一人前になるとQOLも
療を続けて,その後も外来通院されたという方が
けですが,予後半年を越える方々のおられるこの
なのですが,
「リハビリよりも外泊」というのが
上昇すると,そのように考えることができます。
います。
部分を介護保険でカバーすることはできません。
あります。リハビリするくらいの体力があるなら
「ADLが先でQOLが後」で,
「その2つの過程は
ぜんぜん違う事情があるわけです。
平行関係である」
,これが機能回復リハビリテー
男女比は1対1です。これは面白いデータで,
代わりに,身障手帳でカバーしますが,身障手
医師の方々はご存知でしょうが,がんの発症率は
帳は対応が遅いのが難点です。がんの患者さんは
ただ,この言葉はまだ前半であって,後半があ
ションのモデルです。このモデルに基づいて,我
男性に多いのに,リハビリする方の比率は同等で
病状が進むと級も進むということが,ぜんぜん考
る,
「さもないと,次に帰るのは木箱の中」と。
われの先輩方はずっと仕事をしてこられ,それな
す。ということは,リハビリを望む人は女性が男
慮されていません。身障手帳の最初の申請が3級
つまり棺桶だということは,生きて自分の家に戻
りに成果をあげてきました。ですから,このモデ
性よりも多いということになります。とくに乳が
だとすると,手帳が交付されるころにはその患者
れることはない,そのくらい予後が迫っていると
ル自体を全否定する理由はありません。
んの方はたいへんな闘病を続ける方が多く,もう
さんの病状は1級になってしまう。しかし,3級
いうことです。
だめか,もうだめかと思われながら,10年間リハ
の手帳では1級の対応はできません。いったいど
ビリを続ける方もおられます。
うしたらいいのか,たいへん難しい問題です。
外泊してきなさい,と。
〈14〉 そのようなモデルを適用できることがず
この言葉の意味するところは,主治医もご本人
っと続けばいいのですが,ところが,緩和ケアの
もご家族もたいていそうなのですが,予後につい
対象となるような方は,だんだんと死にむかって
て非常に甘く考えがちだということへの警告です。 時 間 が た つ に つ れ て,ADLが 下 が っ て い く。
平均年齢は58.1歳で,この年齢には問題があり
平均のリハビリテーション期間は6.8週間で,
ます。介護保険にはちょうどひっかからない年齢
大変短い。リハビリについては今「180日問題」
期待があるから甘くなるのは当然といえば当然な
ADL低下が不可避なのです。それを迎えたとき
層です。この話をするといつも質問されます,
が話題になっています。半年たつとリハビリが打
のですが,実際問題として,家に戻れなくなる人
に,リハビリをどうするか,困ることになるので
「今はがんの患者さんも介護保険の対象になって
ち切られることですが,当センターでは約7週間
は非常に多い。さきほど示した分類でも,予後半
す。
ですのでその問題は生じていません。もちろん例
年以内の人たちが30%います。極端な方は,リハ
どういうことかというと,何事もない状態の方
外はありまして,2〜3年に一人,180日問題に
ビリを開始した翌日に逝かれてしまいますので,
の場合には,リハビリ介入すればADLはまずほ
直面する方がいる程度です。
どなたにもあまり時間はないと考えてかかったほ
とんど上昇します。1994年に,淀川キリスト教病
るんじゃないですか」と。
実は,介護保険の対象となっているのは末期が
んの方,予後が半年以内の方についてです。現在
は化学療法が進んできており,外科的予後が2〜
当センターでのリハビリは週5回行ないますの
うがいい。あまり時間がないために,一般に行な
院ホスピスにおられた整形外科の吉岡秀夫先生が,
3カ月とみなされて当院に来られた方でも,化学
で,7週間で35回ということになりますが,なぜ
われている百数十日もかけるリハビリテーション
ホスピスでもリハビリ介入すればADLは上がる
療法によって2年,3年生存を迎える方が増えて
か,出席回数は平均17回となっています。という
のメニューは,できないのです。
という内容の論文を書いておられ,これはいまだ
います。生存期間の延長率は12倍です。しかし,
ことは,出席率は50%ほどでしかない。ふつうだ
がんの治癒は一般に5年生存ですから,2年3年
ったら,リハビリ担当者は頭にくるところです,
では治ったとは言えない。しかし,その2年間な
「患者さん,もっとまじめにやんなさい」と(笑)。
り3年間生きていくのに,リハビリで支えないと
いけない方がおられます。
そういうがんの患者さんが,外来化学療法が始
12
ADL/QOL関係にみる機能回復リハビリモデル
によく引用されており,この内容には何の問題も
ありません*1)。
〈13〉 一般に行なわれている医学的リハビリテ
リハビリ介入の成果があってADLが一定の向
私も最初の1年間は患者さんに催促しましたが,
ーションとはどういうものかを示しますと,スラ
上をみますと,それ以上は向上しない状態 “プラ
最近はぜんぜんしません。もちろん,私が楽でき
イド13のような図式になります。一般に「機能回
トー” になります。そこから先を進めていきます
るからですが(笑),患者さん側にしてみれば,
復訓練」といわれるメニューを実施して,ADL
と,今度はADLが下がり始める。ADLが下がり
13
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
きったところが死で,これはどなたにもいえる図
て,リハビリを止めて放っておかれることは殺さ
式です。そして,下がり始める前にリハビリを止
れることに他ならないと,東京大学名誉教授の多
めてしまう,それが機能回復モデルです。
田富雄先生が新聞に投書して訴えたことは,みな
〈15〉 考え方のターニングポイントは,“プラ
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈16〉
〈17〉
さまよくご存知だと思います*2)。多田先生は,
トー” にあります。リハビリ用語のプラトーとは, 友人の鶴見和子先生が亡くなられたのはリハビリ
機能が上がらなくなることで,それについての考
の打ち切りのためだと,厚労省に対応を訴えまし
え方が2つあります。一つは,つまり今までのリ
た。
ハビリは機能を上げることが目的でしたから,上
がらなくなったならもう止めようというもの。し
緩和リハビリ・モデルの発見
たがって,治療的介入もしなくなる。もう一つの
〈16〉 これを緩和ケア的にいって何がどう問題
考え方は,このプラトーも一生懸命リハビリをし
なのかというと,ADLが下がってくるときの機
て機能を維持しているからこそだ,というもので
能回復モデルでは,ADLと平行関係にあるQOL
おかしいですね。また,有名な紅茶 TWININGS
同じだと言えるのではないでしょうか。非常に主
す。したがって,この状態でリハビリを止めたら
も下がってきて,上がることはない,どうしよう
の缶には,"This is quality product." と記されて
観的な体験で,たぶんスタッフには決められない
機能は低下してしまうと考えます。
もない,リハビリする意味がない,だから止める
いますが,
「質的紅茶」ってあるのかな,イギリ
ものです。
実は後者の考え方は,最近になってやっと広く
というものです。この考え方でいる限り,緩和ケ
スでは量で勝負する紅茶が多いのかもしれない,
みなさんに認識されるようになってきました。な
アでのリハビリは成り立ちません。私がここでみ
というわけではないですよね。
ぜなら,努力しなければ機能が低下するというも
なさまにお話しすることもないはずなのですが,
当時はやっていた映画に「アマデウス」があり
えるのです──リハビリによってADLが上がっ
のに “廃用症候群” があるからです。廃用症候群
そうではないカラクリがあって,それをご紹介し
ます。モーツァルトについての映画で,モーツァ
た62歳の脳腫瘍の女性の方がいました。リハビリ
については,リハビリのセラピストの方がよく
たいというのが本日の主眼です。
ルトが王様に曲を献呈するシーンがあり,その王
当初はまったく何もできない,自分で自分の身を
様は音痴なんですが,モーツァルトの曲のすばら
動かすこともできませんでしたが,3週間後には
「がちがちに固まっちゃって,かわいそう」など
どういうカラクリかといいますと,まず一つは,
〈17〉 このことを認識しますと,私の臨床経験
から,次のようなことが言えるのではないかと考
と言っていることがあり,それで話は終わってい
QOLの考え方自体が,ちょっとどうなのかな,
しさはわかる,それで褒めるのです。
「モーツァ
自力で立ち上がれるようになりました。よかった
ました。しかし,がちがちに固まるのは,廃用症
従来のままでいいのかどうかという点です。つま
ル ト! グ ッ ド, ビ ュ ー テ ィ フ ル, グ レ イ ト
なあと思ったら,ところがこの患者さん,私に向
候群のまだ初期の段階のことです。
り,機能が上がって社会復帰できることをQOL
……」いろいろな褒め言葉をならべるんですが,
かって「先生,殺してくれ」と。冗談ではなかっ
たとえば,看護の方はよくご存知の廃用症候群
が 上 が っ た と 簡 単 に 言 っ て い ま す が, 実 は,
最後の決め台詞を言いたいのが,なかなか言葉が
たんです。この方は主婦で,立ち上がれるけれど
として “褥瘡” がありますね。褥瘡とは,皮膚や
QOLとは “生活の質” とか “人生の質” などとは
出てこない。お付きの者に言わせようとしても言
もまだ一歩も歩けません,
「先生,こんな体で家
血管がやぶけることともいえます。やぶけた皮膚
ちょっと違って,「その患者さんにとって充実し
わないので,いよいよせっぱ詰まって,
「モーツ
に帰らされても,私は主婦をできない。生きてい
から雑菌が侵入して爛れ,感染をそのままにして
た人生であるかどうか」だと考えられるのです。
ァルト,it's a quality work!」と,クォリティと
る意味はない。だから,殺してくれ」というので
おくと敗血症になります。敗血症になるとショッ
つまり,“満足度の問題” ではないかということ
いう言葉を使うシーンがありました。これも,単
す。この意味するところは,ADLは上がったのに,
クをおこすことがあり,循環が止まって死に至る
です。QOLのQ:qualityとは,quantity:量に対
な る “質” で は な い,“良 質” と か “上 質” “素 晴
QOLは下がったということに他ならないのでは
ことがあります。あるいは寝かせたままにしてお
するquality:質ではない。腫瘍内科医の先生方
らしい” の意味を持っているんですね。
ないか。つまり,ADLが上がればQOLも上がる
くと,沈下性の肺炎になることがあり,肺炎は高
はよく,quantity:数値でとらえきれないのが
齢者の死亡原因の第1位になっています。
qualityだとおっしゃいます。たとえば生存期間
これを患者さんの立場でいえば,“充実” とか
とは限らない,ということに,このとき気づいた
“満足” だといえるのではないでしょうか。先日, のです。
以上のように,廃用症候群というのは死亡で終
など数量化して比較しますが,数量化できないも
米国ニューヨークのスローンケタリング病院の緩
38歳の乳がんの女性の方がいました。リハビリ
わるのです。このことを,リハビリをしている人
のはqualityだとして切ってしまう。それはたぶ
和ケアチームのみなさんが来日されて,このクォ
が開始になった時は,すでに不全対マヒになって
はほとんど認識していません。主治医はほとんど
ん違うと私は思うのです。
リティのことを "a kind of satisfaction" とおっし
いて,膀胱・直腸障害もおきており,お小水のほ
ゃってましたので,たぶん,私の理解でいいのだ
うはバッグですませることができましたが,お通
と思います。
じが2日か3日に一回ありました。ベッドに横に
認識していますが,看護の方でもまずまずの認識
です。
このことを,私はロンドンにいるときに気づき
ました。ロンドンにはいくつもの有名な新聞があ
ですから,廃用症候群のまま,あるいはプラト
り,そのうちTIMES紙はクォリティペーパーと
クォリティをこういうふうに考えなければなら
なって体の下に便器を差し入れるのですが,仰臥
ーの段階で,あるいはリハビリ期間180日を過ぎ
いわれますが,「質的新聞」とよぶのはちょっと
ないということは,痛みについての考え方とほぼ
位ですからなかなか出ない……1時間たっても出
14
15
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
〈18〉
〈19〉
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈20〉
〈21〉
ことで,亡くなる前日まで他動運動をしていまし
ADLが先でQOLが後という前後関係ではない,
なぜかというと,セントクリストファーズホス
るのは赤ちゃんだけなんですね。その病棟から私
た。そのとき患者さんが何とおっしゃっていたか,
そして,ADLとQOLは必ずしも平行関係にはな
ピスの職員の人たちが,ソンダース先生は死が近
のところに連絡があって,なんとかこの人をトイ
「いやー,先生,手足を動かすととても楽です!」。
レに行けるようにしてほしいとのことでした。不
いわゆる倦怠感がとれるのでしょう,倦怠感がか
というものです。あるいはまた,QOLを優先す
をのこそうとしている,というわけです。実は先
全対マヒですから座るのも大変なのですが,リハ
なり軽くなる。この方はお子さんはいなくて奥さ
るならADLは下がってもいいではないか,とも
生は2004年はお元気でしたが,その年の暮れごろ
ビリを少ししただけで,なんとか座位をとれるよ
んと二人だけの暮らしでしたが,奥さんが言うに
言えます。ともかく,先にあるべきはQOLのほ
から体調を崩されて,2005年はご自分の創られた
うになりました。
は「主人は今はリハビリだけが楽しみですから,
うです。
ホスピスに入られ,7月に亡くなられました。そ
ない。下手すると半日かかる。仰臥位でもすぐ出
い,むしろ平行関係ではないと考えたほうがいい, いのではないかと言い始めたのです,つまり遺影
座位がとれるようになったので,車イスで身障
絶対に毎日来てくださいね」。とくに金曜日は,
しかもこのQOLは,さきほど言いましたよう
トイレに行きましょうとなりましたが,病棟看護
土・日がリハビリは休みなので,必ずこう言われ
に “患者さんの満足度” です。患者さんからみた
師の話では,
「それはだめ,あの方は,4人がか
ました,「絶対,月曜の朝は来てくださいね」。
自分自身の人生の満足感です。患者さんの希望が
ただ,自慢するためだけでこの写真をお見せす
ういうわけで,この写真は大変貴重なものとなり
ましたので,ひそかに自慢にしております。
りで持ち上げても痛がるから」という。私は,持
実際,多くの患者さんをみているので約束を守
多少なりとも実現すれば,満足感は上がるはずで
るのではありません。ソンダース先生が提唱され
ち上げる必要はないこと,トランスファーボード
ることができるとは限らない状態だったのですが,
す。それなら,ADLが下がってもQOLが上がる
た “トータルペイン” という考え方が,どうやら
を使えば,かんたんにベッドから車イスに移せる
それでも気になるので月曜の朝に行くと,「ああ,
場面は必ずある,つまりADLとQOLはクロスの
緩和リハビリテーションにおいても適用できるの
ことを説明しました。実際,そのようにしたら,
やっぱり来てくれた!」とニコニコして大きな声
関係,×の関係にある。バツは一般にはよくない
ではないかと思うからです。
一言も痛いとは言いませんでした。身障トイレに
を出してとても喜んでくれる。看護師さんがびっ
イメージですが,緩和リハビリにおいては,立派
行ったら,
「先生,出るわ! とっても気持ちい
くりして飛んで来ます,「どうしたの?」「いやち
に意味のあるリハビリになるのではないかという
インのうち特にペインの部分は日本語で “痛み”
ことです。
というよりは “苦痛” であり,
「トータルペイン
いの」
。このことは何を意味しているかというと, ょっと,リハビリしてただけです」「あの患者さ
こうではないか──ADLは上がっていないけれ
ん,ほとんど笑うことないのに……」。入院生活
どもQOLは上がった。
で笑う時間帯が唯一リハビリのときだというので
もっと極端な例を考えることができます,つま
り,ADLは下がってもQOLが上がることもある
すから,このような患者さんのQOLは上がって
いると考えていいのではないでしょうか。
リハビリのトータルペイン・アプローチ
〈20〉 言うまでもないでしょうが,トータルペ
は身体的,精神的,社会的,さらにはスピリチュ
アルな側面も含めてとらえることができる苦痛を
〈19〉 さて,スライド19は私の自慢の写真です。 いう」とソンダース先生やトゥワイクロス先生ら
シシリー・ソンダース先生が写っており,隣にい
が論文にして広まったものです *3,4)。この考え
のではないか……この例は61歳の悪性リンパ腫の
そうすると,ADLが上がろうが下がろうが関
るのが私で,先生の自伝の本を手にしています。
がリハビリにおいてもできそうだというわけです。
男性でした。最初にリハビリを始めたときは,平
係なくQOLが上がる場面が必ずある,というこ
2003年11月に撮ったものですが,みなさまご存知
〈21〉 どういうふうにするかというと,こうい
行棒で歩けていた人です。だんだん悪性リンパ腫
と に な り ま す。 あ る い は,ADLが 上 が る の に
のように,ソンダース先生はとてもシャイな方で, う形です──
がすすんで化学療法が効かなくなり,ベッド生活
QOLが 下 が る こ と も あ る。 つ ま り は,ADLと
写真を撮られるのがお嫌いだった。私はこのとき
まず,緩和リハビリテーションをしますと,ト
だけになって,最後の頃はベッドの中で私たちが
QOLは必ずしも平行関係にないというわけです。
初対面で,初対面なのに東洋人の男性とツーショ
ータルペイン・アプローチが可能だということで
手足を動かしてあげる,他動運動という状態にな
〈18〉 そこで私が考えたのは,緩和リハビリ・
ットを撮ったと,大変な問題になったそうです
す。身体的という面では,リハビリによって移動
りました。ADLがどんどん落ちていったという
モ デ ル と い う の は, さ き ほ ど 示 し た よ う に,
16
(笑)
。
や歩行ができるようになり,呼吸困難に対しては
17
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
〈22〉
しゃってます。〈23〉
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈24〉
〈25〉
宗教的側面は
あまり強くな
い。そうでは
なく,たとえ
ば孫と遊べな
いのがつらい,
これはスピリ
チュアルペインですね。
社会的次元の苦痛,これはけっこう出てきます。
孤立をふせぐ,孤独をふせぐ,見捨てられ感を緩
呼吸リハビリによって呼吸が楽にできるようにな
和する,あるいは生活リズムを再構築する,家族
ります。倦怠感に対しては,さきほどお話しした
とのあいだで会話をとりもどす,これらはみなリ
悪性リンパ腫の患者さんの例のように,倦怠感を
ハビリの社会的次元でアプローチが可能です。
楽にできます。それから低体力の患者さんに対し
ては,体力を向上ないしは維持させることができ
こうしてみると,リハビリでもトータルペイン
に対応できそうです。
ん。
同様に,動くと息苦しい,息苦しいから動かな
いという患者さんはおおぜいいます。呼吸困難で
いう死にゆく病気を背負ってしまった患者さんは,
精神的に疲れてしまう,疲れると抑鬱になりやす
い。精神的エネルギーが湧かないんですね。
すね,決して呼吸不全ではありません。また,全
こういうときは,まわりのものが「動け,動
身倦怠感や貧血だから動けないというケースもあ
け」と言ってもまあ無理です。精神的エネルギー
ます。肺炎対策もできます。化学療法や外科療法
〈22〉 たとえば,自力で立てない,移動できな
ります。あるいは,熱があるから動けないのは,
が枯渇した方にはそれなりのアプローチがあるの
の有害事象対策もできるなど,身体的なペインに
いという苦痛に,リハビリではどうするかを紹介
感染の場合もあれば腫瘍熱の場合もある。化学療
です。
対するリハビリの有効性は,とてもわかりやすい。 します。
法中の患者さんであれば,シビレがあるから動け
さまざまなアプローチ症例
しかし,精神的次元でもリハビリはアプローチ
いくつかありますが,立てない歩けないという
ないこともあります。これは化学療法中だけのこ
できます。精神科では不安とか恐怖とか抑鬱とか
ことについて,今までのリハビリテーション医学
となので,化学療法が終わるのを待てばいいかと
〈24・25〉 時間がありませんので,少し端折っ
適応障害などに対して,リハビリで対応すること
ではすべて運動機能障害と考えていました。です
いうと,必ずしもそうではない,シビレは残りま
て進めます。症例を紹介します。80歳の男性で,
もあります。
から,手足だけの問題なら得意なのですが,そう
す。3カ月,半年,長い場合は1年も残ります。
肺がん,多発骨転移があり,息子さんご夫婦と同
それからスピリチュアルな次元,これは,患者
ではないとなると,まったく手も足もでなくなっ
その間,動くことをしなかったら,廃用症候群に
居されており,ご希望は,外泊して自宅の庭を歩
さんがリハビリを喜んで待っていてくれるという
てしまう。たとえば,動くと痛い,痛いから動け
なって体が固まってしまいます。ですから,シビ
いてみたいというものでした。
ことがあったり,楽しみだと言ってくれたり,あ
ないという悪循環。それからシビレというような
レながらでも動きましょうというアプローチをし
る患者さんは「座して死を待ってるわけにはいか
ことに対しては,リハビリテーション医学はまっ
ます。
ない,何かやってくれ」とおっしゃいました。
たく得意ではありません。リハビリテーション医
下痢しているから動けないというケース,逆に
「こんなの,もう耐えきれない」というのは,精
学では,「痛い? 我慢しなさい」となってしま
便秘してお腹が痛いから動けないケースがありま
庭を歩くのは無理だな」
。この方は,がん性疼痛
神症状的な問題ではない,そういうときに課題と
うんですね。ですから一般的にいうとリハビリは,
す。また,化学療法中に電解質異常を起こして倒
に対してはオピオイドを投与されており,安静時
してリハビリをすることは可能なのです。
血と汗と涙で,もうスポーツ根性そのもの,歯を
れる方もいますが,電解質さえ補充すれば歩ける
のペインコントロールはできていました。それで,
くいしばってやる世界です。
ようになるのです。こういった症状については,
リハビリとしてはどうしたか……
スピリチュアルペインというとちょっとわかり
ところが問題は,ふだんは立って3歩あるくの
がやっとで,それ以上は両大腿骨に転移があるの
で痛くて歩けない。
「先生,これじゃあやっぱり,
〈26・27〉 この患者さんには写真紹介の許可を
にくいのですが,さきほど話しました62歳の脳腫
しかしこれでは,がんの患者さんには無理とい
瘍の女性が「殺してくれ」と言ったように,生き
うものです。緩和ケアをしている患者さんが壊れ
ている甲斐がない状態,これがスピリチュアルペ
てしまいます。むしろ,「痛い」と言ってくれる
〈23〉 その他にも,高次脳機能障害などによっ
つ足ですが前方2つの足にはキャスター付きのも
インの一つのかたちだと考えるとわかりやすいの
からこそペインコントロールができると考えるべ
て動けない場合がありますが,以上のケースは,
ので,まず車イスの肘掛を使って実際に立ってい
ではないかと思います。
きです。「痛い? ごめんなさい! こうやると
動けない理由が比較的はっきりしているケースで
ただきました。この歩行器は,上から力が加わる
ソンダース先生も,スピリチュアルペインは無
痛いんだね」とこういう関係にならないと,苦痛
す。しかし,そうではない,なぜか動けない人も
限りはシリンダー型ブレーキにロックがかかって
神論者にも共産主義者にもちゃんとある,とおっ
を訴えている患者さんへのアプローチはできませ
いるのです──気力がない,抑鬱症です。がんと
動きませんが,上からの力がそれほどでなく,横
18
運動機能障害として見ていると,ぜんぜん理解で
きません。
いただきました。まず,歩行器を使いました。4
19
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈26〉
〈28〉
〈30〉
〈32〉
〈27〉
〈29〉
〈31〉
〈33〉
に押すようにすると,前方にコロコロと動きます。 ません。物理療法で安静時の痛みをとる先生も少
〈31・32〉 四輪の歩行車を使おうとなりました。
〈33〉 多発性骨髄腫で独歩ができない62歳の女
患者さんはこの段階では,ほとんど痛みの訴えは
しはおられます。たとえば,温熱療法などで多少
この方の病室の前の廊下は35mほどあり,まずは
性患者さんの例です。多発性骨髄腫は化学療法が
出ませんでした。
の痛みをとることはできますが,冷えたらまた痛
そこを押して歩く練習です。しかし最初は,
「端
効くと痛みがとれますが,オピオイドはあまり効
〈28〉 この写真は当センターの一画で50mほど
みが出てしまいますので,その点ではオピオイド
まで行ったら疲れて戻ってこれない,どうしたら
きません。すでに病的骨折があって手術をしてお
ある廊下ですが,ここを歩くことができました。
のほうがいい。オピオイドによってペインコント
いいの,先生?」
。スライド31が歩き始めたとき
り,左大腿骨にも切迫骨折の部分があって,整形
レスキューを飲まずに35mの歩行を可能にさせた
ロールされている患者さんの体動時痛を,ちょっ
の様子で,廊下の端まで行くと,桜を見ることが
外科の医師からは,
「立ち上がってもいいけれど,
のは,歩行器を使って体重を,両腕を含む四肢に
とした動作の補助をすることで抑えることができ
できます。廊下の端まで歩行車をつかって歩いて
歩くのはだめ」とされていました。
分散させたからです。これで35m歩けたので,患
る,それがリハビリの持ち味だと思います。
から,スライド32のようにしてもらいました。つ
この方のご希望は,立ち上がれるのに歩いては
まり,歩行車に座面を設けて座れるようにしたの
だめというのですから,車イスをつかってなんと
者さんは「これなら庭を歩けそうだ」と言われ,
〈29・30〉 60歳代の女性で婦人科がんの方です。
それから本格的なリハビリを開始しました。この
この方のご希望は,当センター敷地内の「桜がき
です。こうして,ゆっくり花見をしてもらいまし
か移動したいというものです。どうやったか……
35m歩行後の着席が難しいので,その練習を3日
れいに咲いているのを見に行きたい」。というの
た。もちろん,後ろに倒れないように私が見守っ
〈34〉 ちょっとわかりにくい写真ですが,車イ
行ない,その週末に歩行器をもって外泊,
「先生, も彼女の病室からは桜が見えなかったからです。
てのことですし,帰りはやはり疲れて歩けず,こ
スがあり,トランスファーボードがあり,ベッド
庭を歩けました!」
。この外泊を2回して3回目
の座った状態のまま私が押して病室へ戻りました。 があります。右脚はマヒ,左脚は切迫骨折がある
この方は先にあげた男性患者さんよりは,もうち
をどうしようかというとき,
「先生,退院します」
。 ょっと歩けました。病室内トイレに自力で往復で
このように,運動機能に障害はないけれど,疲
ので,立ち上がってはいませんが,自力で移乗中,
こういう結果が,たぶん,リハビリテーション
き,痛みも出ませんが,ベッドに戻るとハーハー
れやすいことが問題の患者さんがいます。そうい
動いているところです。しかも,後ろ側にはだれ
ならではの持ち味なのです。リハビリしたからと
と疲れてしまうという問題がありました。6m位
う方へのリハビリの在り方は,あまり考えられて
もおらず,介助はしていません。ふつう,病棟で
いって,けっして安静時痛がとれるわけではあり
歩けて痛みはない,どうしたかというと……
いないのが実状です。
の移乗には看護師が2人ほど付きますが,いない
20
21
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〈34〉
〈36〉
〈35〉
〈37〉
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈38〉
悪くなる一方ですが,立たせますと,足底荷重に
なるので,よけいなところに圧力がかからなくな
よくなり,腸の蠕動音が聞こえるようになります。
〈39〉
サイズの合ったクツとしての道具を
り,床ずれは減少するか縮小します。ただ我われ
〈38〉 もう一例,こんどはぜんぜん立てない患
の経験では,1度の褥瘡は治したことがあります
者さんの,移動の例を紹介します。38歳女性の乳
が,2度以上になると,立たせるだけではだめで
がんの患者さんで,ご主人と息子さん2人の四人
した。
家族,多発骨転移のため対マヒになっており,お
また筋萎縮については,寝かせていますとどん
小水は収尿バッグで取っていますが,トイレに2
どん進行してしまいますが,立たせますと進行は
日に1回は行きたいとの希望です。ところがこの
ほぼ止まります。我われが北海道での緩和医療学
方の問題は,車イスがきらいだということでした。
会で発表した症例報告では,11カ月間まったく生
きらいだったのはなぜかというと,外来にきたと
じませんでした。
きに車イスに乗せられると,とても痛くて乗って
それから筋力低下については,寝かせています
いられない,それで外来のベンチイスに横になっ
〈35〉 このスライド35は斜面台で水平の位置か
「出し過ぎてガス爆発をおこさないようにしない
と1週間で15%ほど低下し,3週間もしますと立
ていたというのです。そういうわけで,車イスは
らしだいに体を起こすところです。ベッドと車イ
とね」と笑わすと,またそれでプッと出て,お腹
つだけで歩けなくなるものですが,これも立たせ
きらいだけれども移動したいという。それでどう
スのこういう移乗が自力でできるということは,
がうんと楽になり,楽しいリハビリになってきま
ることによって等尺性収縮をすることになり止め
したか……
家に帰ることができ,自宅療養が可能だというこ
す。
られます。
ということは,自立しているということです。
「もう一度,車イスやってみませんか」
。ふつう
この患者さんは4月にこの写真を撮った翌日か
それから,骨萎縮も止まります。関節拘縮も止
の車イスは銀色のフレームに座面シートは青のビ
翌々日に退院されまして,ゴールデンウィークを
まります。肺活量の低下も,立たせると胸郭が広
ニールですが,緑色のフレームに黒の布張り座面
過ぎてから外来にきた際に私どものところに寄っ
がるので,止められます。腸管運動がよくなりま
の車イスをもってきまして,
「これでもう一度た
〈36〉 さて,このスライド36は,“他動的立位
てくれました。「ぜんぜん出ないの」。他動的立位
すし,尿路結石も少なくなるというように,立た
めしてみませんか」
。そして,これで一度外泊で
活動” というリハビリをしているところです。こ
活動のリハビリは月曜から金曜まで毎日やってお
せることはいいことばかりにつながっているのに, きたら退院するという目的で,リハビリを行ない
のリハビリの目的は何か……筋力強化ではありま
り,火水木金土の朝には快便があるそうです。日
実際にはほとんど行なわれていません。たぶん,
せん,実はこの方のリハビリ目的は “排便促進”
月と出ないということは,このリハビリをやらな
こうしたリハビリ効果が知られていないからでし
なのです。
い限り,うんちが滞ってしまうわけです。
ょう。
とです。
歩けなくなった人にこその “他動的立位活動”
ました。
〈39〉 以下のスライドは患者さんから写真撮影
の許可を得て撮ったもので,その車イスと,トラ
立つとガスが出る,女性の患者さんですから恥
〈37〉 この他動的立位活動というリハビリを実
しかもこれは,元気で立って歩ける人にはまっ
ずかしいとおっしゃいますが,
「この部屋では,
際にやっていますと,いろいろといいことづくめ
たく必要ないことですが,立って歩けなくなった
〈40〉 トランスファーボードをベッドと車イス
うんこ,おしっこ,大歓迎。どんどん出していい
で,とくに廃用症候群に対しての効果が顕著です。
人,あるいは寝たきり寸前の人にこそ必要なリハ
の間にスライド40のように置いて,移乗します。
んですよ」
。立位をとることによって腸管運動が
たとえば床ずれは,寝かせたままにしていると
ビリなのです。
ベッドに対して車イスは45度の角度で置き,ベッ
22
ンスファーボードも写っています。
23
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
〈40〉
〈41〉
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈42〉
ドにくっつけてではなくちょっと離して置きます。 サイズが合わなければだれだって辛い。そのサイ
介助者が患者さんのすぐ前方に立ちますと,患者
ズを,私たちはその患者さんに合わせたにすぎな
さんが前に立っている人に抱きついてしまい,そ
いのです。
てもらいます。
最初にあげた症例の80歳の肺がんの男性患者さ
〈43〉
もっていると看護師さんが自慢気にいうのですが,
私はびっくりしました,
「よく3カ月ももってま
。
んもそうです,3日練習して外泊に行ったのです。 すね,どうして少し動かしてあげないんですか」
うするとボードからお尻が前に出てベッドから落
もう一つ決め手があって,クッションが車イス
もし筋力がつくまで2〜3週間かけていたら,肺
そうしたら整形外科の先生が,
「だってメタがあ
ちてしまいます。介助者はベッドと車イスの間,
の乗りごこちを決めるのです。クッションのない
がんが進んでどうなるかわかりません。そういう
るから,折れちゃうでしょ」
。
かつ患者さんから見て後方に立ちます。これが正
車イスは,スプリングのない自動車みたいなもの
問題が,緩和リハビリにはあるのです。
しい位置で,真横よりは患者さんの頭のほうに若
で,それは容易に想像していただけるはずです。
それから,多発性骨髄腫の方の場合でみたよう
ほどの症例でご紹介したとおりで,私は2万9700
干寄った位置に立ち,そして,患者さんのカカト
しかも,がんの患者さんの場合,ふつうの対マヒ
に,完全自立できる場合もあり,道具の使い方さ
件のリハビリをしていますが,リハビリ中の骨折
を要にして扇形に動かすようにして移乗させるの
の患者さんと違って,両上腕骨に転移があったり
え覚えれば,介助が必要なくなることもあります。 事故は起こしたことがありません。ということは,
です。少しだけ前に出る感じになりますが,車イ
して痛みますし,体力もありませんから,プッシ
外来レベルの患者さんにはそういう方が何人もお
折れるほうがおかしいということです。フィラデ
スの背当てで患者さんを支える感じですので,介
ュアップで褥瘡を避けることはできません。この
られます。これまでの経験からいって,乳がんと
ルフィアカラーを装着している方でも,一定の条
助者は患者さんを持ち上げるのではなく,後ろ側
クッションは24時間褥瘡ができないタイプのもの
前立腺がんと消化管のがんで脊椎転移して不全か
件はつけますが,はずしてしまいます。それで一
4
4
4
メタがあっても折れるとは限らないのは,さき
からほんのちょっと,すべり降りる方向をガイド
で,褥瘡をつくらないために絶対に必要なタイプ
対マヒになっている方で,座位が安定してとれる
件も事故は起こしていません。ただし,枕から頭
するだけです。
の車イスなのです。
患者さんは,だいたい完全自立が可能です。
を浮かしたら危ないです。必ず枕に頭をつけてお
〈41〉 車イスに移乗できた姿です。この患者さ
つまり,こういう車イスなどの道具立てでない
そうするとどうなるか……さきほどの症例であ
いてもらいます。なにしろ,フィラデルフィアを
ん,この車イスになんと3時間も乗っていました
と,乳がん脊椎転移の対マヒの患者さんには移動
げた完全自立できた乳がんの患者さんの場合,常
していると,しゃべることができないし,食べる
が,ひと言も痛いとはいいません。3日位たって
を保障できません。こういうことが実はあまり研
にご主人がついているのですが,ご本人がすべて
ことも飲むこともできず,QOLに大きな差があ
から,
「先生,隠していたんでしょ,こんな車イ
究されていないのです。
自分でやってしまえるので,自尊心が回復します。 ります。もっとも,整形外科の先生とは相談した
〈42〉 リハビリでは道具的解決というのがとて
人に頼まなくていい。それに,疼痛やしびれがひ
うえでの話ですが,私ははずしてしまってからリ
っただけです」と言い訳しましたが,このように, も大切で,緩和リハビリにおいてはとくにそうで
どくなりません。呼吸困難にもなりにくい。体力
ハビリをします。
ちゃんとした車イスに乗れば痛くはない。そもそ
す。なぜかというと,これまでのリハビリは,筋
低下も防げます。全身倦怠感も緩和できるという
も “痛い車イス” がおかしいわけです。
力がアップしたらこうしよう,関節が動くように
ように,いいことばかりなのですが,自立のリハ
なったらああしようというステップを踏みますが,
ビリはあまり行なわれてはいません。
スがあるなんて」
「いや,外来には出していなか
対マヒの患者さんにとって,車イスは決して単
ノーマライゼーション・リハビリ
〈43〉 それから,
「もう何もすることがない
なるイスではない,実はこれは「クツ」なのです。 緩和リハビリの対象となる患者さんにはそういう
このことが知られていないために,極端な場合
……」と言われたという患者さんがよくいらっし
靴にはサイズがあり,朝はいて夕方ぬぎますから, 時間がとれません。ですから,訓練期間が短くて
には,これは大学病院整形外科での例ですが,乳
ゃいます。ある60歳代男性の肺がんの患者さんは
そのくらい長時間はいていられる靴でないとおか
いいもの,例えば筋力増強にふつう2週間必要な
がんで脊椎転移して不全対マヒになった患者さん
多発骨転移と脳転移があり,呼吸器科の先生はも
しい。この患者さんの足長は22.5cmですが,外
メニューであっても,もし2〜3日で道具の使い
を,フィラデルフィアカラーまでして全身を固め
うお手上げ状態,やることがないとのことでした。
来の車イスは26cmの靴に相当していたわけで,
方に慣れることができた場合には,そのままやっ
ているというケースがありました。これで3カ月
患者さんは喫煙していた方なので,化学療法の効
24
25
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
〈44〉
〈45〉
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
〈46〉
果の可能性はほとんどありません。一応やること
〈44 ・ 45〉 まずストレッチャーでリハビリ室へ
てまとめますと,スライド46のような図になりま
はやったのですが,まったく治療抵抗性であり,
来てもらい,斜面台に移動して,他動運動します。
す。私たちがやってきた医学的リハビリテーショ
手術もできない,放射線もできない状態でした。
倦怠感はいっぺんに下がります。スライド44・45
ンの結果だともいえます。
患者さん自身もご家族ももう希望がなくなってし
に写っている方の場合,ふだんベッドでは膝の下
まず,まだ歩けて予後も年単位はあるという患
まい,座して死を待つのみ……
に枕をおいており,それが楽だからというのです
者さん,そういう方へのリハビリの目標は,機能
しかし,私たちがこの方と接したときにすごく
が,その状態が長く続くと,膝関節が硬化し,か
回復訓練によってADLを上げること,これでま
反応がいいと思ったのは,とくに下肢に他動運動
つ筋肉が短縮してきますので膝が伸びなくなって
ったく問題はありません。ホスピス緩和ケアでも
すると倦怠感がすごくとれるということでした。
しまいます。一日に1回か2回,ほんの20秒間く
最初のうちは,この目標でリハビリが可能です。
「先生,すごく気持ちがいいので,またやって」
。
らいストレッチによる伸展運動すると,そうなら
ところが,問題なのは,病状が進行している状
「じゃあ,少し続けましょう」となりました。
ないんですね。
〈47〉
〈48〉
態の患者さんの場合です。予後が迫って月単位,
またこの患者さん曰く,
「ずっと横になってい
このリハビリそのものにも患者さんは喜んでく
週単位となっている患者さん,日常生活も歩けな
て天井を見ているのが飽きちゃった,どこでもい
れますが,一番うれしいと言ってくれるのは,こ
いどころか座るのが精一杯,あるいは寝たきりに
の が 精 一 杯 で, 予 後 が 1 週 間 位 に な っ た ら,
いから部屋の外に連れてってよ」
「いいですよ,
のリハビリ室に来ること自体なんですね。このリ
なってしまった患者さんなどの場合です。
QOL・ADLとリハビリの関係はもう平行的には
行きましょうか」となったところに看護師さんが
ハビリ室には実は扉一枚で外に面しているところ
まず,スライド46の図でいえばADLがフラッ
なりません,ということです。この関係はおそら
飛んできて,
「この患者さん,移動させようとす
があり,肺がんの患者さんなのでふだんは外気に
トにしかならない方の場合,このプラトー状態の
くそれまでシームレスにつながってきたはずなの
ると痛がるから,だめ」
。
接するのは禁止されているのですが,私は「秘密
方々に対する医学的リハビリは,すでに我われの
ですが,それがプラトーのところで切り替わるの
だよ」とのうえで,扉を少しだけ開けて,春の空
先輩方が開拓しました。つまり,リハビリの第1
ではないかということです。
気を入れてあげることがありました。
目標しかやっていない,やれないわけです。
私は,先に紹介したトランスファーボードを使
うスライド移動の方法をやったら,痛いなんてぜ
んぜん言いませんでした。それで,
「じゃあ,少
し “ノーマライゼーション” のリハビリをしまし
ょう」となりました。ノーマライゼーションとは
何か……
そのとき,この患者さん曰く,「先生,娑婆の
最後に,私の経験と記録をご紹介します。ある
しかし,そのレベルをはるかに過ぎた末期の
男性患者さんは,亡くなる5分前までリハビリが
方々に対する緩和リハビリは,第2目標あるいは
可能でした。甲状腺がんで8年間おつきあいした
今はもうこの世におられない患者さんの話で,
第3目標ぐらいから始めますので,考え方を変え
62歳の男性患者さんで,この方は毎朝9時からリ
あまり大きい声では言えないこととはいえ,末期
なければならない──つまり,ADLとQOLを平
ハビリをしていました。ある月曜日の朝,
「先生,
空気はうまい」。
私たちは朝起きたら,どこかへ行って,何かを
の患者さんをそこまでしてベッドにしばりつけ,
行関係的に考えるのではなく,交差関係,つまり
今日は5分間でいい」という。
「はいはい」とリ
して,そして帰ってきてまた寝るわけです。患者
娑婆と遮断してしまうのは,どうかなあと私は思
クロッシングにすればいいと考えたのです。
ハビリをして,翌日行ったら,いませんでした。
さんは一日中ベッドにしばりつけられていて,そ
うのですが。
れはとてもつらいわけです。それを解消し,日課
を設定することによって我々と同じ生活リズムを
作るのがノーマライゼーションです。
26
リハビリ目標の設定は予後に応じて
〈46〉 以上ご紹介してきた緩和リハビリについ
ただ,ともするとクロッシング説は平行関係説
あんまりだなあと思いつつナースステーションで
を否定しているかのように考えられがちで,事実
看護記録を見ると,9時7分に様子がおかしいと
そう受け止められたこともありますが,そうでは
家人が言ってきたとあり,9時10分に死亡確認と
ありません。大事なのは,もうベッドに寝ている
書いてあった,そういう患者さんがおられました。
27
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
栃木県で訪問リハビリをしている仲間によると,
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
えたり介護保険の手続きまで,ぜんぶを担ってお
80歳の食道がんの男性患者さんは,毎回リハビリ
り,やってしまいます。最初は常勤1人だったの
をするときに血圧測定をしていたそうですが,あ
ですが比較的有効だとのことで,今は2人でフル
るとき,挨拶をして腕にカフ(圧力ベルト)を巻
──ディスカッション──
稼働で,私の出る幕はぜんぜんないのです。
司会 私もふだん心がけているつもりですが,
なかなかうまくいきません(笑)
。
生き甲斐を支える “アクト” リハビリについて
なぜないのかというと,介護保険をつかって開
会場K(かとう内科並木通り診療所医師)
貴
業の先生方や訪問看護ステーションの看護師さん
重なお話をありがとうございました。一つお尋ね
司会(下妻) 安部先生,長時間にわたり,あ
たちになるべく動いていただいているからです。
したいのは,作業療法士としての安部先生に “ア
りがとうございました。非常に豊富な経験にもと
私が出て行くと,がんセンターがやったことにな
クト(手工芸)” のお話を期待していたのですが,
緩和リハビリをするというのは,そこまでおつ
づく緩和リハビリを,笑って楽しくだけではない
ってしまうからです。入院しているときに,
「在
いかがでしょうか。安部先生のリハビリは実際,
きあいする覚悟がいる,あるいはそういう問題が
のでしょうが,そういう在り方も緩和リハビリの
宅ではこういうことが可能ですよ」ということは
千葉県がんセンターの中で,基本的には日常生活
あるということです。
エッセンスであるとして紹介していただきました。
お示ししますが,そこから先,みなさんはそれぞ
においてリハビリとしてできることと,その人の
*
私も安部先生の論文をいくつか読ませていただき,
れ状況が違うので,当センターの在宅支援室のナ
生きがいの部分を支えていく機能の両方があると
〈47・48〉
以上,本日はいろいろお話しさせて
なんとか理解したつもりにはなっているのですが,
ースに任せる,医師もそのようにしています。そ
思うのですが,アクトはどういう位置づけでなさ
いただきましたが,これらの内容は文献の形であ
なかなか実践はできていません。今日のお話は,
れくらい在宅支援室が強力な存在となっており,
っておられるのでしょうか。
ちこちに細切れに記しています。逆に,まとまっ
とくに医師にとっては身近でありながらあまり知
基本的には当センターでみたうえで,そのあとは
安部 冒頭でもお話ししたように,私は途中か
た文献にしていないことは申し訳ないところです
らない世界のことを教えていただいたと思います。
開業医と訪問看護ステーションにみていただく,
らがんの患者さんにかかわるようになりましたの
が,このスライドに2008年までの私の文献リスト
せっかくの機会ですので,質問の時間をとって
というのが千葉方式だといえます。
で,最初はがんの患者さんに何をしたらいいのか
いて空気をいれていったのにメーターが上がらな
い,あれっと思って聴診器をあてたら音がしない。
隣の主治医に報告したら死亡確認した……そうい
う方もおられたそうです。
を提示しますので,お役に立てば幸いです。
ご静聴ありがとうございました。
〔拍手〕
あります,会場のみなさん,どうぞ。
■
*文献
1. Yoshioka H. Rehabilitation for the terminal cancer patient,
Am J Phys Med Rehabil 1994 June; 73 (3) 199–206.
2. 多田富雄,わたしのリハビリ闘争──最弱者の生存権は
守られたか,青土社,2007年.
在宅療養のサポート態勢について
会場S(岡大保健学医師) 症例を見せていた
だきながらのお話に,目から鱗の思いでした。
安部先生のいらっしゃる公立のがんセンターと
もちろん私自身が在宅のほうへ出て行く余裕は
わかりませんでしたし,今でも何ができるだろう
なく,マンパワー的に入院患者さんだけで手一杯
かと悩むところがあります。それで,シズコさん
という事情もありますが。
の例で言いましたように,
「何をしたいですか」
リハビリ専門職が不要になる日
司会 私から一つ。終末期QOLの向上に大き
と患者さんに尋ねることから始めるように今でも
しています。患者さんのしたいことからやれば,
移動・歩行は50%はできるようになり,ADLの
いうのは,ある意味,特殊なポジションであると
く貢献されてきた安部先生の緩和リハビリですが, 向上も20%可能になり,トイレは10%は可能にな
思うのですが,多くの患者さんが治療が終われば
これまでにやり残していること,今後こういう課
るというようなわけですが,だからといって,ア
3. Sounders, C. the phiosophy of terminal care. (In the Man-
退院して,自宅に戻るか地域の病院に移っていか
題があるので手がけていきたいなどのことがあり
クトを否定しているわけではありません。
agement of _terminal Malignant Disease (ed. C. Sounders)
れる,そのときにどのように過ごしていかれるの
ましたら,ぜひお聞かせください。
pp.231–241, Baltimore M.D. Arnold Publisher, 1984.
4. Twycross, R. Introducting Palliative Care, 4th ed, p.66, Radcliff, 2003.
28
実際に1670症例のうち,インテイクの段階で手
かに目を配る,あるいは環境を整えることも,広
安部 ふだん冗談まじりによく言っていること
工芸をしたいという方がいらっしゃいました。実
い意味でリハビリテーションとくにOTの仕事の
ですが,大まじめに言っても同じことで,私の将
数で2名で,2人とも1995年のことでした。です
範疇であると私はうかがっています。そういうこ
来の夢は,リハビリテーション専門職を不要とす
から1996年から昨日に至るまで,アクトの要望を
とへの配慮を,公立のがんセンターのリハビリ部
ることです。つまり,今ちょうど緩和ケアがそう
出された患者さんはゼロで,むしろ基本的な生活
門としてはどのようになさっているのでしょうか。
であるように,すべての医療スタッフがリハビリ
をリハビリで支えてほしい,そのこと自体が生き
安部 実は当院の緩和医療センターには,常勤
テーションを常識的に理解すれば,私のようなス
甲斐になっている,リハビリをとおして何か話を
看護師でケアマネージャー資格を持っている人た
タッフは要らないはずです。プライマリケアの段
したい,会話をしたい,人との交流を持ちたい,
ちがいて,在宅支援室をつくっており,強力なポ
階でリハビリを理解して実施されたら,私のよう
孤立を何とか解消してほしい,というような方向
ンプ役を果たしています。緩和医療センターにい
な専門職が一生懸命やるというような存在はいら
ばかりへ行っています。なぜアクトのほうにはな
る患者さんを在宅へ向けて押し出す役割ですが,
ないはずです。大風呂敷を広げるようですが,イ
らないのか理由はよく分かりません。それに対し
在宅へ向けて開業医を探すことや訪問看護ステー
ギリスでもまだそこまでは達していないようで,
て私は反対はできません,さきほど申し上げまし
ションに手配することはもちろん,療養環境を整
それが私の見果てぬ夢です。
たように,一人ひとりの患者さんの要望を出発点
29
緩和医療研究会誌 第17巻第1号通巻第26号 2010年2月
にしているからです。それが実態です。
で身体的な活動をされて帰宅されるのです。
安部能成 がん緩和医療における医学的リハビリテーションの臨床課題
とかいわれて,いろいろ検討してみましたが,短
今現在,私のリハビリ件数は3万3000位になっ
セントクリストファーズホスピスをはじめとす
期的にはよくてもやはりだめなんですね。長期間
ていますが,その中にアクトはほとんどないのが
る英国の緩和ケア体制の秘密の一つとして,在宅
在宅療養をやっていきますと,やはり道具の性能
なぜかを考えてみますに,がん専門病院に入院中
の患者さんがそういうデイケア施設を使う際の送
の差が出てきてしまうのです。あげくのはてに病
の進行がん患者さんを対象としてことが多いので, 迎システムが完璧にできあがっていることがあげ
院に戻らなければならなくなったり,死期が早ま
まず体力がない,つまり,座っていられないから
られると思います。日本はそれがまだまだです。
ではないか。座っていることを前提にした活動は
外来にさえ,いったいどうやって行ったらいいの
現在の疼痛コントロールにはどうしても少々高
どういってもやりにくいであろうからだと思いま
かというぐらいで,そこが壁になっていますね。
価なオピオイドが必須であるのと同じように,在
す。
私は何例か外来のリハビリテーションで在宅ホス
宅生活を上手に過ごすには,在宅用に最適な道具
ピスの方を経験しましたが,その方々は送迎には
がどうしても必要だと思います。その初期投資を
問題のない方々でした。介護保険で送迎してくれ
さぼると,うまくいかないのではないかと思って
る,職員が送迎してくれる,奥さんやご家族が送
いますが,緩和リハビリテーション分野はまだ始
迎してくれるなどの方々です。
まったばかりですので,K先生がおっしゃるよう
在宅療養とリハビリについて
会場K 次に,在宅支援室のことについてお尋
ねします。在宅支援室のスタッフが支えて在宅に
ったりすることになります。
返す患者さんたちは,必ずしもADLが低下して
しかしもちろん,在宅におられる方々の一番困
いるわけではないと思いますが,そういう方々が
っていることを解決する努力をしなければならな
いったい在宅ではどういう生活をおくられるのだ
いのも確かです。スライド48の10番の文献はそれ
ろうかと……つまり,緩和ケア病棟があちこちに
を考察したもので,在宅で続けるリハビリテーシ
司会 安部先生,緩和リハビリテーションとい
できている今,さらにがん対策基本法ができて施
ョンとして何をしたらいいか……勉強した結果わ
う貴重なお話をいろいろとありがとうございまし
行されている今,地域支援をしようという動きが
かったのは,一番困っているのはやはり “移動”
た。今後,後進のご指導などにもぜひご活躍され
顕著ですが,そこではOT,作業療法士の存在が
です。肺がんや乳がんの患者さんが脊椎転移で不
ることをお願いしまして,本日の緩和医療研究会
ますます必要になってきているのは事実です。た
全対マヒになって動けなくなっている。でも,体
第17回総会記念講演を終わります。
〔拍手〕
だ,セントクリストファーズホスピスにはアクト
重45kgの看護師が一人で体重60kgの患者さんを
を多く取り入れたデイケアセンターがつくられて
移動させるのは無理なんです,老老介護の家庭で
いるように,英国ではどこのデイケアセンターで
もそうです,いったいどうやって動かしたらいい
もアクトの活動が盛んです。しかし,日本ではな
のか……答は,さきほども言いましたように,ト
ぜそうではないのか,という疑問が私にはあるの
ランスファーボードを使う,これ以外にありませ
ですが……
ん。こういったことを,病院で少し練習して,そ
安部 私もセントクリストファーズホスピスに
れを在宅生活でもそのままやっていただく,とい
行った際,リハビリテーションボードの方々に質
うことで退院していかれた方が少なからずいるの
問しました。一番希望の多いアクトは,実は “身
は,これまでにご紹介したとおりです。そういう
体的トレーニング” だそうです。つまり,筋力強
かたちで,ご本人や介護者が楽になること,たと
化や他動運動などの希望が多いとのことです。で
えば看護師の腰痛対策としてリハビリが貢献して
も,在宅ホスピスの方々ですから,それによって
もいいのではないか,と私は考えています。
機能回復することはありません。それなのになぜ
ただ,そういうリハビリをするためには,繰り
か,手工芸的なものを希望されることは多くない
返しになりますが,道具立てが必要で,この重要
そうです。ただ,住宅改修については作業療法士
性はもっと強調したい。あちこちから声をかけら
が出向いていくそうですが,時間的には,作業療
れて出向いていった先で,車イスはこれでいいで
法士はセントクリストファーズホスピスのリハビ
すかとか,トランスファーボードはなくもかまい
リ室で過ごすほうがずっと長い。患者さんはそこ
ませんかとか,クッションはないけどいいですか
30
に,技術的にもっと洗練させる必要はある,もっ
と勉強したいと思っています。
*
■
31
Fly UP