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メンタルヘルスと 労務管理

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メンタルヘルスと 労務管理
メンタルヘルスと
労務管理
メンタルヘルス対策
Ⅰ メンタルヘルス問題による休職
1.休職とは
2.休職の命じ方
3.復職支援の方法について
Ⅱ メンタルヘルス問題と労災
1.メンタルヘルス疾患と労災認定
2.労災の認定状況
3.労災として認められるPTSD
4.労災の申請.
Ⅲ メンタルヘルス問題と社内規定
1.社内規程整備の必要性
2.就業規則の法的性質.
3.メンタルヘルス問題に対応した社内規程とは
Ⅳ メンタルヘルス対策の注意点
1.労務管理を行う上での注意点
2.法律や就業規則の行間を埋めるもの
メンタルヘルス対策
メンタルヘルスと労務管理
Ⅰ メンタルヘルス問題による休職
1
休職とは
労働契約においては労務の提供を受け、それに対して報酬を支払
うことが基本原則です。しかし、従業員が病気のため職務の一部、
休職の
法的解釈
または全部を履行できなくなった場合、使用者は回復の見込みがな
い場合を除いて、労務の受領を拒否し従業員を休職させる義務があ
り、また休職期間中も病状の把握に努める義務があります。
一方、従業員側も療養に専念し使用者の受診命令に応ずる義務が
あり、回復した場合は、復帰が可能であることを証明した診断書の
提出や、産業医の診察に応じる義務があります。
休職期間終了前でも病気が治癒した場合は休職事由の消滅となり、
自動的に復帰できるとされています。問題は、休職期間が満了して
も回復しなかった場合です。このようなケースについて、自動的に
退職の扱いにできるかどうかという点が疑問となると思われますが、
次のような条件を満たせば自動退職として有効である、とされてい
ます。
■心身への影響の度合いを測るもの
【条件1】
就業規則において、期間満了の翌日等一定の日に雇用契約が自動
的に終了することを明示していること。
【条件2】
例外的な取り扱いや運用をせず、就業規則どおりに実施している
こと。
なお、医師によって治癒を証明する診断書が提出されたにもかか
わらず復職を認めない場合は、その合理的な理由を従業員に明示す
る義務があるとされています。
1
メンタルヘルス対策
メンタルヘルスと労務管理
病気で休職する場合の賃金については、労使双方に帰責事由がな
休職期間中
いため、請求権はないとされています。いわゆる「ノーワーク・ノ
ーペイの原則」ですので、問題はありません。しかし実務上は、当
の待遇
初数カ月間は企業が賃金の 60~100%を支給するケースや、最初
から健康保険法の傷病手当金制度を利用するケースなど様々です。
また、休職期間中でも社会保険料の本人負担分や、地方税などの
支払いは発生しますので、そのような取り扱いも含め賃金規定等に
おいてあらかじめ明確にしておいたほうがよいでしょう。
2
休職の命じ方
休職を命じる
タイミング
インフルエンザなどの伝染性の疾患に罹患した場合など、使用者
が従業員の就業を禁止しなければならない場合もあります(安衛法
第 68 条)が、それ以外については法律上明確な規定はありません。
うつ病など心の病気になった従業員に対して休職を命じる場合、実
際に一番多いケースとしては、主治医の指示があった時で、
「うつ病
のため2カ月間の休養が必要」と診断された場合、通常は上司や人
事担当者がすぐに休職を命じ、必要な手続きをとるとよいと思われ
ます。
しかし、現実には、休職させるとなると後任者へすぐ業務を引き
継がなければなりませんが、心の病気の場合は、心身ともに休養を
取ることが何より重要ですから、必要最低限の引継ぎだけにしてお
いて、本人の確認が必要になった場合はメールでのやり取りなどで
対応したほうがいいでしょう。特にうつ病の治療には、心身ともに
リラックスできる環境が何より重要です。ゆっくり休養できない状
態が続くと、回復も遅れますし、再発のリスクも高くなります。通
常の病気やけがなどの場合は、ベッドで安静にしていたり包帯が巻
かれていたりしますので、周囲も必要最低限のことしか要求しませ
んが、心の病気の場合は目に見えないために、病状より業務を優先
しがちになりやすいので注意が必要です。
休養期間中の連絡も極力控え、本人が休養に専念できるよう業務
上の問い合わせなどは必要最低限にとどめておいたほうがよいでし
ょう。
2
メンタルヘルスと労務管理
メンタルヘルス対策
医師から指示があるにもかかわらず、本人が「会社に迷惑をかけ
本人が休職を
ためらって
いるとき
られない」と考え休職をためらうことがあります。特にうつ病にな
る人の場合、真面目で責任感の強い人が少なくありませんから、一
日でも早い休養が必要なときに無理を重ねて、余計に病状を悪化さ
せてしまう傾向にあります。
また、心の病気になった従業員自身がたとえ本心では休職を願っ
ていても、実際に長期で休むとなると複雑な思いを抱えてしまうこ
とがあります。そのような不安がさらなるストレスになる上、症状
を抱えたままズルズルと勤務を続けてしまうので、かえって症状を
悪化させてしまうこともあります。
通常、うつ病治療の三本柱は、
「投薬・カウンセリング・休養」と
言われています。したがって、従業員がうつ病になった場合の企業
の対応としては、まず休職させ治療と休養に専念させるのが一般的
です。主治医から「できれば○カ月くらいの休養を・・・」という
指示があったら、業務命令として早急に休ませる必要があります。
休職を命じるときは、
「とりあえず○カ月休むように」と事務的に処
理するのではなく、本人の不安やストレスが大きくならないよう、
心情にも配慮する必要があるでしょう。休職中や復職後の処遇など
についても、ある程度明確に伝えておくことが大切です。
3
復職支援の方法について
うつ病から
回復した
従業員の復職
うつ病は、病気のタイプや個人によって差はありますが、きちん
と治療に専念すれば3~6カ月で回復するケースが多いと言われて
います。そのため、医師の診断にもよりますが、休職期間は通常3
~6カ月程度となるのが一般的となります。
復職の際は、リハビリ期間を設けることが再発のリスクを減らす
ことにつながります。回復状況や業務内容によっても差はあります
が、およそ1カ月程度の時間をかけて、短時間勤務から徐々に勤務
時間を延ばしていくなど、慣らし期間を設けるとよいのではないで
しょうか。
担当業務についても、最初から責任が重く神経を使うような仕事
を任せるのではなく、補助的な仕事や納期に余裕がある業務から始
めたほうがよいでしょう。
3
メンタルヘルス対策
メンタルヘルスと労務管理
休職から復職までの期間については、必要に応じて本人や主治医
関係者との
連絡調整について
に回復状況を確認する必要があります。しかし、上司や人事担当者
が本人や主治医と連絡をとるといっても、戸惑いや負担感を伴うこ
とが少なくありません。心の病気を持っている従業員に対して、ど
のような配慮をすればいいのか、連絡方法はどうすればいいのかわ
からないことも多いと考えられます。本人にとっても、何も考えず
に療養に専念するべき時に、会社の担当者と連絡を取ることは大き
な負担になります。
回復状況を確認するために、本人や主治医と確認を取る時は、次
の点に注意するとよいでしょう。
●主治医に本人の病状を確認するため会社の担当者から連絡を入
れるときは、先に必ず本人の同意を得ておく。また、できれば
事前に本人から主治医に一言伝えておいてもらう。
●回復状況について本人に直接確認を取る場合は、1~2週間に
1回程度にするなど、本人の負担が大きくならないよう配慮す
る。
●本人に直接電話を入れるときは、突然の連絡で気持ちの準備が
できずにストレスを感じることのないよう、あらかじめ曜日や
時間帯を決めておき、長電話を控える。
●本人のプレッシャーにならないよう、早期回復をせかさず、ゆ
っくり養生することを伝える。
EAP などの専門機関を利用することで、本人と担当者をそれぞれ
の負担を軽くする方法もあります。第三者を入れることで、本人の
不安やプレッシャーも和ぎ、専門機関の復職支援プログラムを利用
することで、担当者の負担もずっと軽くなり通常業務に専念するこ
とができます。実際に本人を支える上司や同僚のアドバイザー役と
しても、専門機関の利用は有効であると考えられます。
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メンタルヘルス対策
メンタルヘルスと労務管理
Ⅱ メンタルヘルス問題と労災
1
メンタルヘルス疾患と労災認定
精神障害等が
労災として
認定されるまで
もともと、精神科領域の労災認定においては因果関係が立証しが
たいこともあり、災害による外傷が原因となって発症した疾患は認
定されても、心因性の精神疾患が認定されることは極めて困難でし
た。しかし、電通訴訟や海外出張中うつ状態になり飛び降り自殺し
た従業員の家族が起こした訴訟などがマスコミ等で大々的に報じら
れ、業務上の事由による精神障害等が社会問題となりました。その
頃(平成9年)、労働安全衛生法が改正され、業務上の理由で直接引
き起こされる疾病だけではなく、自然憎悪の範囲を超えて間接的に
発症した職業性の高血圧症等に対し、事業主の安全配慮義務が厳し
く問われるようになりました。
その後、同 11 年に労働省(当時)より「心理的負荷による精神
障害等に係る業務上外の判断指針」に基づいて労災認定を行ってい
ましたが、より迅速に適切な判断ができるように、平成 23 年 12
月に「心理的負荷による精神障害の認定基準」を新たに定め、これ
に基づいて労災認定を実施することになりました。
精神障害が労災として認定されるためには、まず業務上・外の判
断がなされます。具体的には、次の内容について検討され、認定要
件を満たしているかどうか総合的に判断されます。
精神障害等が
労災として
認定されるには
①認定基準の対象となる精神障害を発病していること
②認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間
に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認めら
れないこと
「業務による強い心理的負荷が認められる」とは、業務による
具体的な出来事があり、その出来事とその後の状況が労働者に強
い心理的負荷を与えたことをいいます。
心理的負荷の強度は、精神障害を発病した労働者がその出来事とその
後の状況を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的
にどう受け止めるかという観点から評価します。
「同種の労働者」とは
職種、職場における立場や職責、年齢、経験などが類似する人をいいま
す。
5
メンタルヘルスと労務管理
メンタルヘルス対策
労働基準監督署の調査に基づき、発病前おおむね6か月の間に
起きた業務による出来事について、別表1「業務による心理的負
荷」により「強」と評価される場合、認定要件の②を満たします。
認定基準では、出来事と出来事後を一連のものとして総合表を行います。
■業務による強い心理的負荷が認められるかどうか
●「特別な出来事」に該当する出来事がある場合には、心理的負
荷の総合評価を「強」とします。
●「特別な出来事」に該当する出来事がない場合は、
「具体的出来
事」への当てはめ、出来事ごとの心理的負荷の総合評価、出来
事が複数ある場合の全体評価により、
「強」
「中」
「弱」と評価し
ます。
出典:厚生労働省
2
労災の認定状況
厚生労働省によってまとめられた「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(「過労死」等事案)
の労災補償状況」及び「精神障害等の労災補償状況」によると、精神障害等の労災補償状
況は請求件数 763 件(前年度比 21 件の減となり、3年連続で減少)に対して、認定件
数が 277 件(前年度比 29 件の減となり、2年連続で減少)となっています。
なお、脳・心臓疾患及び精神障害等の請求事案については業務上外の判断が相当に困難
で、判断のための調査事項が多岐にわたり、調査に要する期間も事案ごとに異なるために、
行政手続法に基づく標準処理期間を定めていない、とされています。
3
労災として認められる PTSD
労災の認定例としてしばしばうつ病のケースが取り上げられますが、最近では PTSD(心
的外傷後ストレス障害)の認定例が増えています。
PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)とは、戦争、自然災害、事故、犯罪、家
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メンタルヘルス対策
メンタルヘルスと労務管理
庭内暴力、性的虐待など、ほとんどの人に大きな苦悩を引き起こすような、ストレスの多
い出来事を体験した被害者の精神的外傷、つまり「心の傷」を言います。
■PTSDの典型例
●ベトナム帰還兵の不適応症状
●阪神大震災や地下鉄サリン事件などがきっかけで発症したケース
症状としては、繰り返し再体験(フラッシュバック)したり、その体験が悪夢になって
繰り返されたりすることなどが挙げられます。また、そのような出来事を思い出させるよ
うな活動や状況、人物を避けたりするため、結果的にその人自身が孤立してしまうことも
あります。さらに、不眠症状や集中力の低下もみられます。感情が麻痺したり、いつも過
剰な警戒状態を続けたりということもあります。
最近の研究では、PTSD は単に「心の傷」というものではなく、脳に生理学的な変化が
起こっていることが明らかにされています。
「外傷後」の名称のとおり、ストレスの大きい
体験をしてから数週~数か月にわたる潜伏期間を経て発症します。
業務に起因する精神障害として PTSD が認定されたケースとしては、乗客1人が殺害さ
れた 2005 年5月の西鉄高速バス乗っ取り事件があります。バスを運転していた元運転手
の男性は事件後、約1年間休職し、職場復帰後も通院を続けていたため、業務に起因して
心に深い傷を負ったとして、労災として PTSD が認定されています。
4
労災の申請
実際に労災を申請するためには、企業を管轄する労働基準監督署にて下記ケース別に書
類を提出する必要があります。
■労災申請
●病院で診てもらうとき
●会社を4日以上休む時
●死亡したとき
企業側の視点から精神障害等の労災申請について考えると、業務起因性の労働災害であ
ることを認定されるまで、書類提出や調査などのかたちで行政や申請者に対して協力が求
められるので、それだけの負担や労力が必要になります。
メンタルヘルス対策を誤ったり適切な対応を怠ったりすると、従業員との間で無用なト
ラブルや感情的なしこりが残ったり、労災という形で企業に跳ね返ってくることがありま
す。企業側の負担や労使間トラブルのリスクを最小限にするためにも、メンタルヘルス対
策への取り組みと、誠実な対応は何よりも重要といえます。
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メンタルヘルス対策
メンタルヘルスと労務管理
Ⅲ メンタルヘルス問題と社内規定
1
社内規程整備の必要性
うつ病など心の病気回復のためには、本人を支える周囲の人々の力が不可欠です。しか
し、社内規程等が未整備で企業の方針が明確でなければ、上司や同僚もいつまでサポート
すればいいのかわからず、不安感や負担感は大きくなる一方だと思われます。周囲の人々
が本人を支えきれなくなると、順調な回復にも悪影響を及ぼすだけでなく、上司や同僚自
身がストレスをためすぎて、ダウンしてしまう事態にもなりかねません。
また、本人にとっても、突然の解雇通知という不安を抱えつつ休業するより、社内規程
などによって目安期間を示されたほうが安心できます。したがって、長期休業者に対応し
た規程の整備は本人のためにも重要なことといえます。
2
就業規則の法的性質
就業規則とは、各事業場における労働条件の最低基準を統一的に定め、また、使用者が
労使関係を組織づけ、秩序づけるために、従業員が守るべき就業上の規律と職場秩序等に
ついて定め、明文化したものです。労働基準法第 89 条では、労働者を常時 10 人以上使
用する使用者に就業規則の作成を罰則付き(労基法第 120 条)で定めています。従業員
に限らずパートやアルバイト・契約従業員等を含め、常時 10 人以上の労働者が働いてい
る事業場であれば、必ず就業規則を作成・周知し事業場に備え付けなければなりません。
なお、就業規則の作成・届け出義務は事業主側にありますので、経営者が一方的に定め
ることが可能ですが、現に効力のある労働協約や労働基準法、その他の法令に抵触する場
合はその部分については無効になります。
また、労働基準法では、就業規則で記載すべき事項についても定められています(労働
基準法第 89 条)。記載事項は、必ず記載すべき事項である絶対的必要記載事項と、定めた
場合には必ず記載すべき事項である相対的必要記載事項の大きく二つに分かれます。
具体的には次ページのとおりとなります。
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メンタルヘルス対策
メンタルヘルスと労務管理
【絶対的必要記載事項】
●始業及び就業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を交代に就業させる場合に
おいては就業時転換に関する事項
●賃金の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切及び支払いの時期並びに昇給に関す
る事項
●退職に関する事項
【相対的必要記載事項】
●退職手当の適用労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法、支払い時期
●臨時の賃金等、その他の手当、賞与及び最低賃金額に関する事項
●労働者の食費、作業用品その他の負担に関する事項
●安全及び衛生に関する事項
●職業訓練に関する事項
●災害補償及び業務外の疾病扶助に関する事項
●表彰及び制裁に関する事項(その種類及び程度)
●前各号の他、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをするばあいにおいては、
これに関する事項
以上のことからもわかるとおり、メンタルヘルスに問題を抱える従業員の取り扱いにつ
いて定めた休職規定やその他の規定については、定めた場合には必ず記載する必要があり
ますが、いわゆる絶対的必要記載事項ではありません。しかし最近は、うつ病などの精神
疾患による休職者が増える傾向にあり、就業規則の見直しを検討する企業も増えつつあり
ます。いざという時に慌てないよう、あらかじめ休職や職場復帰に関する規定を整えてお
いたほうが安心といえるでしょう。
3
メンタルヘルス問題に対応した社内規程とは
一般企業で働く従業員のほとんどは、ある水準以上の精神的健康度を保っていることが
多いため、ポイントを押さえておけば多くのケースについては規程に基づいた処遇も可能
であると思われます。なお、メンタルヘルス問題に対応した規程づくりのポイントは次の
とおりです。
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メンタルヘルス対策
メンタルヘルスと労務管理
ポイント①
何度も休職と復職を繰り返す職場不適応従業員や、一部の長期化したうつ病従業員に
対応できるよう、同一疾病による休職回数の制限に関する規定を作る。
ポイント②
職場復帰の際に「慣らし勤務」が必要なケースにも対応できるよう、段階的な復職規
定や慣らし勤務に関する規定を作る。
ポイント③
休職期間が満了しても、通常勤務に耐え得る状況まで回復しないケースに対応できる
よう、休職期間満了による自動退職の規定を作る。
ポイント④
ケースごとの回復状況やその見極め、退職金や賞与の支給額計算や永年勤続表彰の勤
務期間計算などのために、個別に柔軟に対応できるよう休職期間前の欠勤期間に関する
規定を作る。
ポイント⑤
心の病気の場合、スムースな回復のためには心身ともに休養する必要があるが、休職
中のストレスで回復が遅れることも少なくないため、そのようなケースにも対応できる
よう、休職期間の延長等に関する規定を作る。
その他、上記以外に定める事項としては、休職期間に関する規定や休職中の待遇に関す
る規定なども必要です。
実際に就業規則を見直す場合は、それが労働条件の不利益変更につながらないか検討す
る必要があります。しかし、社会も経済状況も常に変化し続ける中で、就業規則の不利益
変更もやむを得ない場合も出てきます。その場合は、変更に合理性があるかどうか、よく
検討する必要があります。
●労働者が被る不利益の性格と程度
●変更の必要性の内容と程度
●内容の相当性
●わが国における社会一般や同業他社の状況
●代償措置や経過措置の有無
●組合との交渉の経緯や、他組合または他従業員の対応など
合理性の判断は事例ごとに考える必要があり、難しいことが多いので、やむを得ず不利
益変更になる場合は、全労働者の合意を得ておくか、十分に協議し合意しておくことが肝
要です。
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メンタルヘルスと労務管理
メンタルヘルス対策
Ⅳ メンタルヘルス対策の注意点
1
労務管理を行う上での注意点
(1)個人情報保護規定について
プライバシーの
問題は
避けて通れない
プライバシー
保護のために
実際に、企業でメンタルヘルス対策に取り組んでいくと、個人情
報・プライバシーの問題は避けて通ることができません。なぜなら
個人の悩みや病気の診断内容は、どれもプライバシーに触れる内容
ばかりだからです。
個人情報保護法の施行以降、プライバシーへの配慮や個人情報の
保護はますます重要になってきています。
個人情報保護法は、
「個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利
利益を保護することを目的」とした法律です。したがって、社内で
の個人のプライバシーに関わる情報を本人から入手しても、個人情
報保護法に直接違反するわけではありません。
本人からプライバシーに関わる情報を得る際は、利用目的を明確
にしておいたほうが安心です。特に、企業と医療機関、専門機関等
の間で情報をやり取りする可能性がある場合は、あらかじめ本人か
ら同意を得ておいたほうがよいでしょう。
(2)EAP 会社の選び方について
EAP会社の
選び方
人事労務担当者などが、まったく最初からメンタルヘルスについ
て勉強を始めて、社内で新しい制度を独自に立ち上げるよりも、EAP
などの専門的な外部機関を利用したほうがスムースな導入が期待で
き、時間も短縮できると思われます。
■EAP(Employee Assistance Programs の略)=従業員援助プログラム
契約企業のメンタルヘルスやカウンセリング、心の病による休職
者の復職支援など、働く人の業務パフォーマンス向上を目的とし
た援助活動のこと。
現在、日本においても、キャリア・カウンセリングに力を入れて
いるところから、うつ病などのメンタルヘルス・復帰支援などに力
を入れているところまで様々な EAP 会社があります。EAP 会社を
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メンタルヘルスと労務管理
メンタルヘルス対策
選ぶ際のポイントは医療面でのバックアップ体制がしっかりしてい
るうえで、企業研究を怠らず幅広い相談ニーズに対応できる会社だ
と思われます。なぜなら、一見元気そうに見える従業員でも、心の
病気を抱えていることがあり、そのような判断は医療面での専門的
な知識や経験が必要不可欠となるからです。
EAPカウンセラの
EAP カウンセラーの質について判断のポイント例は下記のとお
りです。
選び方
●どのような専門教育、訓練を受けてきたか
●どのような資格を持っているか
●専門的な訓練を継続しているか、学会に所属しているか
2
法律や就業規則の行間を埋めるもの
(1)対応次第でトラブルになる
個々人の性格は様々ですし、心の病気を抱えていると健康なときに比べて精神的に不安
定になっていることも少なくありませんから、担当者の対応次第では、トラブルに発展す
る可能性もあります。そこがメンタルヘルス対策の難しさの一つであり、担当者が「メン
タルヘルス対策は難しい」「よくわからない」と躊躇してしまう部分ではないでしょうか。
たとえば、従業員の一人が慢性的な過重労働の結果、うつ病になり、長期に休職し療養に
専念しても治らず退職せざるを得ない場合、本人が納得していれば問題はありませんが、
「自分がうつ病になったのは慢性的な過重労働が原因だから、元の責任は企業側にある」
と怒りを抱えていることもあります。
法律的には、担当業務の考慮など企業として雇用継続のため最大限の配慮を行い、就業
規則に定められた手続きを踏み、解雇予告や退職手続きの面で違法性がなければ問題はな
いと思われます。
しかし、従業員の方に感情的なしこりがのこれば、労働基準監督署に訴えたり、裁判に
持ち込まれたりする可能性が高くなり、結果として企業はその分の労力を割かれることに
なります。
また、現在のようにインターネットで誰でも個人の意見を発信でき、瞬時に情報が世界
中を駆け抜ける社会では、従業員一人の感情が企業の評判を大きく落とすことにもなりか
ねません。やはり、法律的に問題がなければそれでよい、という人事労務管理には限界が
あると思われます。
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メンタルヘルス対策
メンタルヘルスと労務管理
(2)まず感情を扱う
法律や就業規則に則った人事労務管理は、客観的で誰の目にも明らかな処遇です。その
ため従業員側から見れば、到底納得のいかない処遇であっても、交渉の余地がなくなる可
能性があります。いわば「線引き」されてしまうため、運用の仕方によっては感情の部分
が取り残され、後になって大きなトラブルに発展する可能性があるといえます。
基本的な部分では、法律や就業規則に基づいた労務管理はもちろん必要ですが、それが
従業員一人一人の感情面にどのような影響を与えるのか、心理面を考慮するのが法律や就
業規則という「白か黒か」の思考の間を埋めていく作業であると考えられます。そしてそ
の作業が、労使間のトラブルを減らすポイントでもあります。
法律や就業規則に則った人事労務管理の運用においては、
「私傷病で休養が必要な従業員
が休職できる期間はここまで」と、就業規則で企業があらかじめ定めておくことは、いわ
ば「線引き」です。後になって「聞いていなかった。納得できない」と従業員の不満が残
らないよう、先に設定しておくことがポイントです。
労務管理においても、就業規則でまず線引きをし、休職期間満了が来る前に本人と話し
合い、休職期間が満了しても延長が必要な従業員については弾力的に対応し、それでもい
つまでも休み続ける従業員については、まず充分に本人の話を聴き、よく心情をくみ取る
ことで、本人が退職するという現実を受け入れることができるよう話し合うことが必要で
す。柔軟に対応しつつ、ここまでという限界がきたら、その事実を本人が受け入れること
ができるよう、援助することが重要です。そして、そのような心理面に配慮した対応が、
法律や就業規則という「線引き」をうまく運用するポイントであり、
「白か黒か」という思
考を埋めるものだと思われます。
メンタルヘルス対策に取り組む際は、不適応従業員への対応や、安全配慮義務違反など
リスク・マネージメントの視点だけを考慮するのではなく、カウンセリングにおけるコミ
ュニケーションのノウハウや、心理学的な視点を積極的に取り入れて、より良い対応に役
立てていくことが大切でしょう。
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