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論文要旨・審査の要旨

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論文要旨・審査の要旨
学位論文の内容の要旨
論文申請者氏名
論文審査担当者
論 文 題 目
竹澤
主査:田中
博
副査:石野
史敏
副査:仁科
博史
侑希
Studies on the roles of β-catenin in sperm-oocyte adhesion and embryo-uterus
interaction
(論文内容の要旨)
〈要旨〉
-カテニンは armadillo ドメインをもった 88kDa のタンパク質で、細胞膜間の接着に接着因子であるカド
ヘリンの結合タンパク質として発見された。また一方では、サイトカインである WNT ファミリー分子の
細胞内へのシグナルを伝達し、核に移行して転写調節を行うタンパク質としても機能し、器官形成など
の形態形成に関わる因子として研究されている。卵や精子、胚において-カテニンの細胞表面上での発現
が確認されており、遺伝子欠損マウスの研究で原腸陥入期に初めて異常が観察されることから原腸陥入に
おいて必須であることがわかっている。しかし、生殖細胞形成や着床前発生、および原腸陥入までの発生
には必須ではないと考えられてきた。
本研究ではβ-カテニンの機能をより明確にするため、卵特異的および精子特異的β-カテニン遺伝子欠損
マウスを作成し、受精および着床における機能を明らかにするために研究を行った。結果、精子と卵にお
いて-カテニンは接着に機能しており、接着後に分解されることにより融合が起こることが、胚と子宮に
おいてはβ-カテニンの欠損により子宮の LIF の発現が誘導できず、胚の認識機構に異常が出ている可能性
があることが分かった。
〈方法〉
1. β-カテニンの受精における機能
卵と精子における E-カドヘリン/-カテニン複合体を免疫染色と免疫沈降によって観察した。次に-カテ
-1-
ニン遺伝子欠損卵における E-カドヘリンの局在を観察した。体外受精と膜接着・融合アッセイを行い、βカテニン遺伝子欠損卵における受精能および精子-卵接着能を計測した。受精後、β-カテニンの分解が観察
されたため、ユビキチン化阻害剤を使用した条件下においての野生型卵と β-カテニン遺伝子欠損卵におけ
る接着・融合能を測定し、受精における-カテニンの役割を推定した。
2. -カテニンの着床における機能
野生型胚盤胞および-カテニン遺伝子欠損胚盤胞における E-カドヘリン、β-カテニン、プラコグロビン
及びカドヘリン共通抗体による免疫染色によって局在を観察した。また、WNT シグナルの標的遺伝子の 1
つである CDX2 の発現を観察した。次にβ-カテニン遺伝子欠損胚の着床を子宮の外観と組織切片から観察
した。次にβ-カテニン欠損胚の表現型が従来の研究よりも早期に発見されたことから、従来の方法を本研
究のマウスの系統で再現し、異常度を比較した。最後に子宮内のサイトカインの濃度を測定することによ
り異常の原因を解明し、着床における-カテニンの機能を推定した。
〈結果〉
1. -カテニンの受精における機能
免疫染色と免疫沈降により、培養細胞と同様、精子と卵において E-カドヘリン/-カテニン複合体が存在
することが分かった。また、β-カテニン遺伝子欠損卵では E-カドヘリンの局在が減弱していることがわか
った。β-カテニン欠損卵において、通常の体外受精効率には変化がなかったが、膜接着・融合能が低下し
ていた。また、融合率は正常であることがわかった。次に受精後に膜状の-カテニンが分解されることか
ら、ユビキチン化阻害剤を用いて分解を阻害した場合の受精能を調べた。分解を阻害した場合、野生型卵
では膜融合能が低下したが、-カテニン遺伝子欠損卵では低下が見られなかった。つまり、精子と卵の融
合には膜状に-カテニンが存在しないことが必要であることがわかった。
2) -カテニンの着床における機能
卵特異的および精子特異的-カテニン遺伝子欠損マウスを交配させ in vivoでの発生を観察した。胚盤胞
-2-
では形態的な異常は見られなかったが、免疫染色の結果 E-カドヘリンは膜への局在が明らかに減少してい
た。また、CDX2 の発現が減少していた。着床の状態を観察すると、通常の場合は均一に生成される着床
部位が、-カテニン遺伝子欠損胚では明らかに不均一であった。このことから-カテニン欠損胚は着床後
に子宮内膜との接着、および脱落膜の細胞の増殖に異常を示すことがわかる。切片を作成し胚を観察した
所、胎生 4.5 日の胚盤胞では大きな異常は見られないが、通常であれば円筒胚に発生する 5.5、6.5 日目で
は胚の断片化や消失が見られた。従来の研究に比べて早期で異常を示したが、従来法は本研究とは異な
り、β-カテニン完全欠損胚の他に野生型胚と-カテニン遺伝子片側欠損胚が存在することから本研究に使
用した系で-カテニン遺伝子完全欠損胚と片側欠損胚を同時に着床させたところ、着床部位は均一になり、
胚の消失が遅延した。これより正常に発生する胚によって-カテニン遺伝子欠損胚の着床が正常化するこ
とがわかった。β-カテニン欠損胚が着床した場合の子宮側の反応の変化を見るために子宮内サイトカイン
の量を調べた。結果、β-カテニン欠損胚が着床した場合、LIF の濃度が低下していたこと、また免疫を亢
進させるいくつかのサイトカインの濃度上昇が見られた。
〈考察〉
β-カテニンは卵細胞表面に局在し、E-カドヘリンと複合体を形成し、機能を持った状態で細胞表面に存
在する。通常、E-カドヘリンは上皮細胞において発現し、ホモフィリックな結合活性を持っていることか
ら卵でも同様な活性を持っていることが示唆される。卵と細胞接着を行う対象は精子であることから、精
子と卵の接着において機能を持っていると予想されるが、これまでその機能は明らかとなっていなかっ
た。本研究の結果、β-カテニンは精子と卵の接着への関与が証明された。しかし、自然交配、あるいは通
常の体外受精においては大きな異常は見られないことから、重要度としては低く、おそらく透明体による
物理的な作用によって補償されていると考えられる。一方、接着後に膜上のβ-カテニンが分解されること
がわかったため分解を阻害した所、野生型卵では融合能が低下したが、β-カテニン遺伝子欠損卵では低下
しなかった。以上のことから融合にはβ-カテニンが膜状に存在していないことが必要であることがわかる。
以上のことからβ-カテニンがユビキチン化によって分解されることが精子と卵の接着から融合へと移行す
-3-
るためのスイッチになっていると考えられる。
胚盤胞でもβ-カテニンの発現が確認されており、これまでの研究でβ-カテニン欠損胚は原腸陥入におい
て異常を示すが、それまでは目立った異常が見られないことからβ-カテニンは生殖細胞形成や着床、ある
いは円筒胚までの発生には必要ではないとされてきた。本研究においてβ-カテニン欠損胚はそれより早い
段階である着床において着床部位の不均一化、また着床直後の胚喪失を示した。また、-カテニン欠損胚
を妊娠した場合、子宮内の LIF の濃度が低下していた。LIF は子宮が胚を認識した際に発現するタンパク
質であり、子宮の胚の受容性を獲得するのに必要なタンパク質である。また、子宮内腔に LIF 抗体を注入
し活性を低下させると着床率が下がることが既に報告されている。以上のことから、β-カテニン欠損胚は
子宮における LIF の発現を誘導することができず、子宮の胚の受容性が隆起されずに異物として認識され、
排除されていると考えられる。これらの異常は正常胚が同時に着床した場合に消失、あるいは遅延するこ
とから、正常胚由来のシグナルによって子宮のβ-カテニン欠損胚の受容性が誘導されること、またβ-カテ
ニン欠損胚は胚盤胞以降も発生が可能であることが分かった。また、β-カテニン欠損胚盤胞において CDX2
の発現が減少していた。CDX2 は転写因子の 1 つであり、内部細胞塊と栄養外胚葉の分化に必要である。
完全欠損胚だと内部細胞塊と栄養外胚葉に正常に分化できずに致死になり、片側欠損でも軸形成の異常や
成長不全、尾の形成異常が見られる。β-カテニン欠損胚は胚盤胞までは正常な分化をするが、正常に着床
した場合でも胎生 6 日目頃から異常な発生をすること、またβ-カテニンが胚の軸形成に必須であることか
ら栄養外胚葉と内部細胞塊の分化には十分な量を発現していたが、その後の原腸陥入期、すなわち体軸形
成前後の時期において発生異常を示すことから、細胞分化には十分な呂を発現していたが、発生には不十
分な量のしか発現せず、致死に至った可能性がある。以上のことから、胚由来の WNT/β-カテニン/CDX2
の下流のシグナルが子宮の LIF の発現誘導をし、着床における子宮の胚の受容性を誘導していると考えら
れる。
-4-
〈結論〉
本研究によって従来は機能が不明、あるいは必要ないとされていた受精と着床におけるβ-カテニンの機
能を明らかにした。
-5-
学位論文の審査の要旨
論文申請者氏名
論文審査担当者
竹澤
主査
田中
博
副査
石野
史敏
副査
仁科
博史
侑希(甲第4643号)
(論文審査の要旨)
β-カテニンは、E-カドヘリンと複合体を形成して細胞間接着に寄与するとともに、WNT ファミリ
ー分子のシグナル伝達において、核に移行して転写調節を行う分子として機能し、形態形成に関係す
る因子であることはよく知られている。しかし、発生初期に関しては原腸陥入期にβ-カテニンが関与
することは知られているが、それに至るまでの生殖細胞形成や着床前発生や原腸陥入までの初期発生
に関する機能は未知であった。申請者はβ-カテニンが卵子、精子にも発現している事実に注目して、
精子-卵の接着・融合に関してもβ-カテニンが何らかの機能を持つのではないかと考え、マウスでβカテニン欠損卵および精子を作成して調べた。
その結果、β-カテニンは精子と卵子の接着に不可欠であること、また精子と卵子の融合にはβ-カテ
ニンのユビキチン化を通した分解が不可欠であることを明らかにした。さらに、精子、卵のそれぞれ
のβカテニン欠損マウスでは、子宮内の着床部位が不均一化し、排卵数より多数の着床部位がみられ
るなどの異常が見られた。この現象は、野生型胚やβ‐カテニン片側欠損胚などの正常に発生する胚
との混在によって抑止されることから、β-カテニン欠損胚では子宮内に LIF の発現が誘導されず、子
宮がこれを胚として認識できず、正常な着床反応が行われなかったと考えた。β-カテニン欠損胚では
転写因子 CDX2 の発現が減少しており、これは WNT/β-カテニン/CDX2 の下流が誘導する因子が影響
していると考えられた。
以上、本研究はこれまで未知であったβ-カテニンの精子‐卵の接着・融合における機能を新しく見
出し、子宮着床における影響を明示した。
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