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国際商事仲裁との関係での裁判所を通じた 保全命令について

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国際商事仲裁との関係での裁判所を通じた 保全命令について
51
国際商 事仲 裁 との 関係 での裁判 所 を通 じた
保 全 命令 につ い て
シ ン ガ ポ ー ル に お け る 状 況 を例 と して 一
的 場
1
朝
子
は じめ に
我 が 国 で は 、2003年
に 新 た な 仲 裁 法(1)が成 立 した 。 た だ し、 そ の 目的 に つ
い て は 、 「今 回 の 改 正 作 業 は 国 際 的 な 水 準 に 追 い 付 く こ と が も っ ぱ ら 中 心 的
な 目標 で 、 そ れ を 超 え て 、 新 しい 仲 裁 法 に よ っ て ど ん な 将 来 像 を描 い て い く
の か と い う 国 家 戦 略 の よ う な も の は 、 殆 ど 議 論 さ れ な か っ た 」(2)と説 明 さ れ
て い る 。 そ こ で は 、 例 え ば 、 仲 裁 地 が 外 国 で あ る 場 合 の 仲 裁(本
稿 で は、 こ
れ を 「外 国 仲 裁(foreign
対 して 日本
international
arbitration)」
と 呼 ぶ)に
の 裁 判 所 が ど の 程 度 協 力 して い け る の か(3)(ま た は 、 す べ き な の か)と
いう
問題 は、 今 後 の 課 題 と して残 され て い る部 分 が 多 い と考 え られ る。
そ れ に 対 し、 特 に コ モ ン ・ロ ー 系 の 国 々 で は 、 司 法 ビ ジ ネ ス 又 は 仲 裁 ビ ジ
ネ ス も 国 家 的 に 活 発 化 す べ き 「産 業 」 の1つ
と捉 え る 意 識 が 明 確 に あ り、 例
え ば 、 シ ン ガ ポ ー ル は 、 自 国 に 「仲 裁 ビ ジ ネ ス を 呼 び 込 む 」 こ と に 熱 心 で あ
る 。 しか し、 そ れ は 、 仲 裁 地 を シ ン ガ ポ ー ル と す る 仲 裁 を増 加 させ よ う と す
る(4)こと の み を 意 味 す る わ け で は な い 。2009年
(1)平 成15法138。
施 行 日 は2004年3月1日
(2)座 談 会 「新 仲 裁 法 に つ い て
ジ ャ ー ナ ル50巻11号2頁
の シ ンガ ポ ー ル 国 際仲 裁 法改
。
UNCITRALモ
デ ル 法 と の 異 同 を 中 心 に(下)」JCA
、 特 に6頁(2003年)(三
木 浩 一 教 授 の 発 言)。
(3)前 掲 注(2)の 座 談 会 に お け る 中 野 俊 一 郎 教 授 の 発 言(仲
裁 判 所 の 証 拠 調 べ の 援 助 に 関 す る も の)は
裁 地 が 外 国 に あ る場 合 の 日本 の
、 ま さ に こ の 問 題 意 識 に 基 づ く も の と理 解
で きる 。
(4)シ ンガ ポ ー ル を 国 際 仲 裁 の 世 界 的 な 中 心 地 の1つ
い る こ と は 明 らか で あ る 。
と し よ う と す る 方 向 性 が 維 持 され て
52
京 女法学
第1号
正(5)から は 、 さ ら に 、 国 家 と し て 国 際 的 な 仲 裁 制 度 の 円 滑 化 を 支 援 し て い く
こ と に よ り国 際 仲 裁 の 制 度 を よ り魅 力 あ る も の と し、 制 度 利 用 の 活 発 化 を 促
し て い く と い う政 策 を 見 出 す こ と が で き る 。
本 稿 は 、 外 国 仲 裁 との 関 係 で の 裁 判 所 の 保 全 命 令 に 関 す る シ ン ガ ポ ー ル に
お け る国 際仲 裁 法 改 正 と、 そ の法 改 正 の契 機 とな った シ ンガ ポ ー ル控 訴 裁 判
所(Court
of Appeal)のSwift-Fortune事
件 判 決(6>とを 検 討 す る こ と に よ り、
国 際仲 裁 にお け る 国家 裁 判所 の役 割 を特 に保 全 措 置 との 関係 で考 察 しよ う と
す る もの で あ る。
我 が 国 の 現 在 の 仲 裁 法 は 、UNCITRAL
Commercial
Arbitration(以
Law
on lnternational
下 、 「モ デ ル 法 」 又 は 「UNCITRALモ
と 呼 ぶ 場 合 は 、 原 則 と し て 、 こ れ を 指 す)に
2006年 改 正(以
Mode1
デル法」
基 づ く も の で あ り、 モ デ ル 法 の
下 、 「2006年 改 正 後 の モ デ ル 法 」 とい う と き は 、 こ れ を 指 す)
以 前 に 制 定 さ れ た もの で あ る 。 従 っ て 、2006年
れ た 規 定 、 例 え ば 、Article17Jの
改 正 後 の モ デ ル 法 で 盛 り込 ま
よ うな規 定 は採 用 して い な い。 こ の点 、 シ
ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
件 も、2006年
改正 モデ ル法以前 の シ
ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法 に 関 す る 解 釈 が 争 点 と な っ た 事 件 で あ る 。コ モ ン ・ロ ー
の 影 響 の 強 い シ ン ガ ポ ー ル に お け る 法 状 況 と我 が 国 に お け る そ れ と で は 関 連
す る 民 事 保 全 ル ー ル 等 に 違 い あ る た め 同 じ枠 組 み の 中 で 全 て を比 較 で き る わ
け で は な い が 、Swift-Fortune事
件 の 検 討 が 、 我 が 国 の現 行 法 の 解釈 や 将 来 的
な 改 正 に 向 け た 方 向 性 の 展 望 に あ た っ て 僅 か に で も参 考 に な る の で は な い か
と考 えて い る。
以 下 で は 、 まず 、 裁 判 所 に よ る 保 全 命 令 に 関 す る 日本 の 仲 裁 法 上 の 規 定 を
概 観 し(H)、
次 に 、 シ ン ガ ポ ー ル に お け るSwift-Fortune事
裁 判 例 とSwift-Fortune事
件 を 中 心 とす る
件 後 の シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法 改 正 を紹 介 した 上
(5)The InternationalArbitration Amendment
Act(Act
26/2009)(施 行 日は2010年1月
1日)に よるThe InternationalArbitration Act(シ ンガポー ル国 際仲 裁法)の 改正 。
(6)Swift-FortuneLtd v Magnifica Marine SA, Court of Appeal, Judgment of l Dec.2006,
(2006)SGCA
42.
国際 商事 仲裁 との 関係 で の裁判 所 を通 じた保全 命令 につ いて(的 場)
で(皿)、
そ う し た シ ン ガ ポ ー ル で の 法 状 況 か ら得 ら れ る 示 唆(IV)と
53
いう
順 に 検 討 を 進 め て い く。
五
裁判 所 によ る保全 命令 につ いての 日本 の仲裁 法上 の規律
1.仲
裁 法15条
我 が 国 の仲 裁 法15条 は、モ デ ル法9条(7)に 基 づ くもの で あ り、「
仲 裁 合 意 は、
そ の 当事 者 が 、 当 該仲 裁合 意 の対 象 とな る民事 上 の紛 争 に 関 して、 仲 裁 手 続
の 開始 前 又 は進 行 中 に、裁 判 所 に対 して保 全処 分 の 中立 て をす る こ と、 及 び
そ の 申立 て を受 けた 裁 判 所 が 保 全 処 分 を命 ず る こ と を妨 げ な い 。」 と規 定 す
る。 これ は、 当 事者 間 に仲 裁 合 意 が 存 在 す る場 合 、 同一 当事 者 間 の本 案 訴 訟
提 起 は仲 裁 合 意 の抗 弁 に よっ て却 下 され るが 、本 案 の訴 え とは異 な って 保全
中立 て は、 仲 裁合 意 が存 在 す る とい う一 事 の み に よっ て却 下 さ れ る もの で は
な い こ と を定 め る もの で あ る(8)。
2.外
国 仲 裁 との 関 係
で は、我 が 国 の裁 判 所 は、 仲 裁 地 が 外 国 とな る仲 裁 合 意 が 存 在 す る場合 で
あ って も、 当事 者 の 申立 て に よ り保 全 命令 を発 令 す る こ とが で きるの で あ ろ
うか 。
(7)モ デ ル 法9条
は 、 「当 事 者 が 仲 裁 手 続 の 前 又 は 手 続 中 に 暫 定 保 全 措 置 を 申 し立 て る こ
と、 お よ び 裁 判 所 が か か る 措 置 を 認 め る こ と は 、 仲 裁 合 意 に 抵 触 し な い 」(和 訳 は 、
澤 田壽 夫 教 授 に よ る 〔ジ ュ リス ト857号101頁
以 下(1986年)、
2006年 改 正 後 モ デ ル 法 に お い て も特 に 変 更 は な い 。
(8)後 掲 注(sg)、80頁
〔豊 田 〕。
特 に102頁 〕)と 規 定 す る 。
54
京 女法 学
(1)我
第1号
が 国 の仲 裁 法 の 適 用 範 囲
我 が 国 の 仲 裁 法1条
は 、 原 則 と し て 、 仲 裁 地(9)が日本 国 内 に あ る 場 合 に 日
本 の 仲 裁 法 が 適 用 さ れ る もの と定 め て い る 。 た だ し、 同 法3条
で 、 「第14条 第1項
は 、 特 に2項(1°)
及 び 第15条 の 規 定 は 、 仲 裁 地 が 日 本 国 内 に あ る 場 合 、 仲
裁 地 が 日本 国 外 に あ る 場 合 及 び 仲 裁 地 が 定 ま っ て い な い 場 合 に 適 用 す る 。」
と規 定 す る の で 、 仲 裁 法15条 は 「仲 裁 地 が 日 本 国 外 に あ る 場 合 」 で も適 用 さ
れ る こ とが 明 文 上 明 ら か で あ る 。
(2)仲
裁 法15条 の 定 め の 意 味 す る も の
し か し 、 我 が 国 の 仲 裁 法15条 自 体 は 、 「保 全 処 分 を 認 め る根 拠 条 文 と な る
も の で は な く」(11)、
「管 轄 や 不 服 中 立 て 等 は 民 事 保 全 法 の 規 定 に よ る こ と に な
る 」(12)と
説 明 さ れ て い る 。 つ ま り、 仲 裁 合 意 を 行 っ た 当 事 者 が 保 全 命 令 に つ
い て 国 家 裁 判 所 の 助 け を借 り る こ と 自 体 は 妨 げ ら れ な い こ と を 、 同 法15条 で
確 認 し て い る の み で あ っ て 、 日本 の 裁 判 所 の 助 け を借 り られ る の か とい う 問
題 は こ の 規 定 の 射 程 外 で あ る と解 さ れ る 。
で は、 日本 の 裁 判 所 は如 何 な る 場 合 に 、 仲 裁 と の 関 係 で 保 全 を命 じ得 るの か 。
我 が 国 に お け る 状 況 を考 察 す る 前 に 、 次 章 で は 、 日本 の 仲 裁 法15条
にUNCITRALモ
デ ル 法9条
と同様
に 基 づ く シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法Section12(7)
の 解 釈 が 問 題 と な っ た 事 例 とそ こ で 如 何 な る 議 論 が な さ れ た の か を み て み た
い 。
(9)仲 裁 法 の 適 用 如 何 を仲 裁 地 が ど の 国 に あ る か に よ っ て 決 す る とい う の は 、 仲 裁 手 続 と
「
仲 裁 地 」 国 との 一 定 の 繋 が り を前 提 と し た も の で あ る と考 え られ る 。 しか し、 こ う
した 「民 事 訴 訟 と法 廷 地 国 法 秩 序 と の 関係 とほ ぼ パ ラ レ ル に 、 国 際 仲 裁 は 仲 裁 地 国 法
秩 序 の 強 固 な コ ン トロ ー ル に 服 す る と い う 見 方 」 に 対 し て 、 「
仲 裁 は特 定 国 の司 法制
度 や そ の 国 家 法 秩 序 の 中 に 位 置 づ け ら れ る も の で は な い と して 、 国 際 イ
中裁 の 自律 性 ・
独 立 性 を 強 調 す る 考 え 方 」 も存 在 し(中 野 俊 一 郎
際 法 外 交 雑 誌llO巻1号53頁
、 特 に54頁
「国 際 仲 裁 と 国 家 法 秩 序 の 関 係 」 国
〔2011年 〕)、国 際 仲 裁 の 国 家 法 秩 序 と の 関 係
につ いて は議論 が ある と ころであ る。
(10)これ も 、 基 本 的 に 、 モ デ ル 法Article1(2)に
(11)近藤 正 昭=片
⑫Ibid(近
岡 智 美 「仲 裁 法 の 概 要 」JCAジ
藤 正 昭=片
岡 智 美).
基 づ くもの であ る。
ャ ー ナ ル50巻10号8頁
、特 に11頁(2003年)。
国際 商事 仲裁 との関係 で の裁判所 を通 じた保全 命令 につい て(的 場)
皿
55
外国仲 裁 の サポ ー トの ための裁 判所 を通 じた保全 命令
1.Swift-Fortune事
(1)事
件(13)
実 関係
リ ベ リ ア 会 社Swift-Fortune
Magnifica
950万USド
Marine
SA(以
Ltd(以
下 、 債 権 者X)は
下 、 債 務 者Y)か
、 パ ナ マ 会社
ら 船 舶(Capaz
Duckling)を
ル で 購 入 す る 契 約 を結 ん だ 。 売 買 契 約 の 準 拠 法 は イ ン グ ラ ン ド
法 と さ れ 、 当 該 契 約 か ら生 じ る 如 何 な る 紛 争 も ロ ン ド ン で の 仲 裁 に 託 さ れ る
こ とが 定 め られ て い た 。 契 約 に 従 い 、 債 権 者Xは
シ ン ガ ポ ー ル のDnB銀
売 買 価 格 の20パ ー セ ン トを
行 の エ ス ク ロ ウ ・ア カ ウ ン トに 当 事 者 双 方 の 共 同 名
義 で 預 け た 。 船 舶 の 引 渡 時 に 、 債 務 者Yは
同 銀 行 で 売 買価 格 全 額 の支 払 い を
受 け る こ と に な っ て い た 。 と こ ろ が 、 船 舶 の 引 渡 しが 遅 れ 、Xの
と、Xは
USド
約200万USド
ル ∼250万USド
ル ま で の 範 囲 でYが
ル の 損 失 を 被 っ た 。 そ こ で 、250万
そ の シ ン ガ ポ ー ル 所 在 財 産 を処 分 す る こ と を 禁 じ
る 内 容 の マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ンα
のの 発 令 を 、Xが
(13)前掲 注(6)。See
aid of Foreign
主張 による
also, Andrew
Chan&Renita
Arbitration:ARe-think(Case
(14)イン グ ラ ン ドに お い て1975年 のNippon
Sophia
Crasta,"lnterim
Note),"20
Yusen Kaisha事
シ ン ガポ ー ル 裁 判
Measures
in
SAcLJ 769(2008).
件 で 初 め て 認 め られ た と さ れ る
制 度 で あ り、 対 人 的 な 暫 定 的 資 産 凍 結 命 令 で あ る 。 小 杉 丈 夫 「連 邦 管 轄 と 債 務 者 財 産
凍 結 の た め の 予 備 的 差 止 命 令 」 法 律 の ひ ろ ば2001-9、62頁
以 下 、 特 に66頁 は、 マ レー
バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン に つ い て 、 「英 米 の 予 備 的 差 止 命 令 は 、 わ が 国 で い え ば 、 倒
産 事 件 に お け る 債 務 者 に 対 す る財 産 保 全 命 令 に 近 い 性 格 を 有 す る 。 つ ま り、 債 務 者 に
よ る 第 三 者 に対 す る財 産 の 処 分 が 一 般 的 に 凍 結 さ れ る 」 と 説 明 す る 。 最 初 、 イ ン グ ラ
ン ドで 判 例 法 上 認 め ら れ 、 そ の 後 、 多 くの コモ ン ・ロ ー 諸 国(シ
ン ガ ポ ー ル を 含 め)
で も 同様 の 制 度 が 認 め られ る よ う に な っ て い っ た 。 保 全 の 目 的 の た め の 諸 制 度 に は 多
様 な も の が あ る が 、 例 え ば 、 海 事 事 件 に お け るarrestの
制 度 と マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン
ク シ ョ ン の 制 度 との 違 い につ い て は 、 三 木 浩 一 「渉 外 的 民 事 保 全 手 段 の 新 た な 可 能 性
(一)」 法 学 研 究65巻4号72頁
の注llを 参 照(イ
ン グ ラ ン ドに お け る マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ
ン ク シ ョ ン の 初 期 の 展 開 全 般 に つ い て の 詳 細 な 研 究 で あ る)。 な お 、 イ ン グ ラ ン ドで
は 現 在 は 正 式 に は 異 な る 呼 び 方 が な さ れ るが 、 シ ン ガ ポ ー ル で は 、 こ の 制 度 が イ ン グ
ラ ン ドに お い て初 め て 生 み 出 さ れ た 頃 の 事 件 に 因 む"Mareva
方 が 引 き続 き用 い られ て い る 。
injunction"と
い う呼 び
56
京 女法 学
第1号
所 に 対 し て 申 し立 て た と こ ろ 、 一 方 的 審 理 に よ っ て 発 令 が 認 め られ た 。
しか し、そ の 通 知 を 受 け たYは
、 シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 は マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ
ン ク シ ョ ン を 発 令 す る管 轄 ・権 限(jurisdiction
or power)を
た と し て 、 発 令 の 取 消 し を 申 し 立 て た(原
Prakash判
有 して い な か っ
審)。 結 論 と し て 、 原 審 の
事 は 、 Y側 主 張 を容 れ 、 外 国 仲 裁 に か か わ る ケ ー ス で は 、 シ ン ガ
ポ ー ル 所 在 財 産 に つ き マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を 認 め る 権 限 を シ ン ガ
ポ ー ル 裁 判 所 は 有 さ な い と判 断 した 。 シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 は 、 外 国 裁 判 所 の
手 続 を サ ポ ー トす る た め に 債 務 者 の シ ン ガ ポ ー ル 所 在 財 産 に つ きマ レ ー バ ・
イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を発 令 す る こ と は で き な い(Karaha
Bodas事
件 ⑮)の で 、
仲 裁 との 関 係 で シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 が マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を発 令
し得 る と い う 明 文 の 制 定 法 上 の 根 拠 が な い 限 り、 シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 は マ
レ・一 バ ・ イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を 命 じ る た め の 便 宜 法 廷 地(forum
conveniens)と
は い え な い 、 と い う 理 由 で あ っ た 。 債 権 者X側
シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法12条7項(事
件 当 時)が
の 根 拠 と な る と主 張 した が 、 債 務 者Y側
の代 理 人 は、
そ の 文言 か ら して制 定 法 上
の 代 理 人 は、 同規 定 の 目的論 的 解釈
に よ る と 同 規 定 は 根 拠 と な ら な い と主 張 した 。 こ れ ら双 方 の 主 張 及 び シ ン ガ
ポ ー ル 国 際 仲 裁 法 とUNCITRALモ
上 で 、Prakash判
事 は 債 務 者Y側
そ こ で 、 債 権 者Xは
(2)シ
デ ル 法 の 立 法 の 経 緯 を 注 意 深 く検 討 した
主張 に理 が あ る と したの で あ る。
、 シ ンガ ポ ー ル控 訴 裁 判 所 に不 服 申立 て を行 っ た。
ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法(the
シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法(IAA)は
International Arbitration Act)
、 UNCITRALモ
デ ル 法 を基 と して
1994年 に 成 立 した(16)。
こ の 国際 仲 裁 法 の 目的 は、 シ ン ガポ ー ル にお け る国 際
仲 裁 の 促 進 に あ る(17)。
な お 、 シ ン ガ ポ ー ル に は 、 国 際 仲 裁 法 の 他 に 国 内 仲 裁 に か か る 法(仲
(15)Karaha
Bodas
Co LLC
v Periamina
Energy
Trading
Ltd,(2006)1SLR
112.
⑯
シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
件 判 決(前
掲 注(6))パ
ラ グ ラ フ13参
照 。
㈲
シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
件 判 決(前
掲 注(6))パ
ラ グ ラ フ14参
照 。
裁法
国 際商事 仲裁 との関係 での裁 判所 を通 じた保 全 命令 につ い て(的 場)
(Arbitration
Act:AA))が
57
存 在 す る 。 両 者 の 違 い は 、 「裁 判 所 の 介 入 の 程 度
の 違 い(is)で あ る と説 明 さ れ て い る 。
詳 細 は 後 述 す る が 、 シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法Section12は
つ い て の 規 定 で あ り、 そ の 第1項
仲 裁 廷 の権 限 に
で 、 仲 裁 廷 が(a)∼(i)の 各 号 に 規 定 さ れ る
目 的 の た め の 措 置 を 命 じ る こ とが で き る と 定 め ら れ て い る 。
(3)シ
ン ガ ポ ー ル 高 等 法 院(High
(i)2つ
Court)段
階 で の法 解 釈
の相 反 す る結 論
Swift-Fo rtune事 件 で シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所 が 判 断 を 下 す 以 前 の 法 状 況 と
して は 、外 国仲 裁 との 関係 で の シ ンガポ ー ル裁 判 所 の保 全 命 令 権 限 につ い て
下 級 審(高
等 法 院)レ
い た 。1つ
ベ ル で2つ
は 、Swift-Fortune事
の 相 反 す る判 断が 下 さ れ、 解 釈 が 分 か れ て
件 の 原 審 判 決{19)であ り、 も う1つ
は 、 FYOnt
Carriers事 件 判 決 ㈲で あ る 。 こ の2つ の 事 件 は 、 共 に ロ ン ド ン を 仲 裁 地 とす る
仲 裁 合 意 が 存 在 し た ケ ー ス で 、 債 務 者 が シ ン ガ ポ ー ル に 財 産 を 有 し、 し か し
な が ら 当 事 者 双 方 と も シ ン ガ ポ ー ル に 営 業 所(place
of business)は
有 さず 、
そ う し た 事 実 関 係 の 下 で シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 に マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ
ン の 発 令 中 請 が な さ れ た とい う 点 が 共 通 し て い る 。
一 方 で 、前 者 は 、外 国 仲 裁 と の 関 係 で 、シ ン ガ ポ ー ル 所 在 財 産 に つ き マ レ ー
バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を 命 じ る シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 の 権 限 を 否 定 す る解 釈
を 示 し 、 他 方 、 後 者 は 、 同 様 の 場 合 に マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を命 じ
る権 限 を肯 定 ㈱す る 立 場 に 立 っ た 。
(ii)高
等 法 院 段 階 で の2つ
一 部 に は 、Swift-Fortune事
(18)Lawrence
Boo「
の 裁 判 に対 す る 評 価
件 原 審 判 決 が 示 した解 釈 に よれ ば 、債 務 者 の シ
シ ン ガ ポ ー ル に お け る 国 際 商 事 仲 裁 」JCAジ
ャ ー ナ ル54巻4号44頁
、
特 に45頁(2007年)。
(19)Swift-Fortune
(20)Front Carriers
⑳
Ltd v Magnifica
Marine
and Atlantic&Orient
SA,(2006)2SLR
Shipping
323.
Corporation,(2006
3SLR
854.
た だ し、 結 論 と し て は 、 発 令 要 件 を 充 足 し な い と して 、 マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ
ン の 発 令 を認 め な か っ た 。
58
京女 法学
第1号
ン ガ ポ ー ル 所 在 財 産 を 保 全 す る 必 要 を 感 じ て い る 当 事 者 が 、 仲 裁 合 意 を結 ぶ
際 に シ ン ガ ポ ー ル を 仲 裁 地 と す る よ う努 め る こ と に な る で あ ろ う 、 と予 測 す
る 者 も あ っ た(22)。つ ま り、 シ ン ガ ポ ー ル に 仲 裁 を 呼 び 込 む と い う 目 的 を 達 成
す る た め に は 、Swift-Fortune事
件 原 審 判 断 の解 釈 の 方 が 妥 当 で あ る とい うの
で あ る。
(4)シ
ン ガ ポ ール 控 訴裁 判 所 の 判 断
(i)シ
ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法 の 目 的 と 同 法Section12(7)
シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所 は 、 下 級 審(高
等 法 院)の2つ
の相 反 す る判 断 を
詳 細 に 吟 味 し て い る 。 そ の 中 で も 特 に 重 要 な 争 点 の1つ
は、 シ ンガ ポ ー ル 国
際 仲 裁 法Section12(7)の
(Powers
of arbitral
解 釈 で あ っ た 。 同 法Section12に
tribunal)」
は
「仲 裁 廷 の 権 限
と い う タ イ ト ル が つ い て お り 、 そ の 第1項
で は 仲 裁 廷 の 権 限 と し て 命 じ得 る 措 置(費
用 の担 保
・書 類 の 開 示 等 に 関 す る
命 令 の 他 、(h)「 一 方 当 事 者 が 財 産 を 散 逸 す る こ と に よ っ て 仲 裁 廷 が 下 す 判 断
を 無 意 味 に さ れ な い よ う に す る た め 」 の 措 置 、(i)暫 定 的 イ ン ジ ャ ン ク シ ョ
ン 又 は そ の 他 の 暫 定 措 置
measure"〕
、 等)が
〔"an interim
injunction
or
any
other
interim
列 挙 され て い る 。 本件 で 争 点 とな っ た裁 判 所 の権 限 に 関
す る 規 定 で あ るSection12(7)も
、 こ う した
「仲 裁 廷 の 権 限 」 に 関 す る 規 定 の
中 に位 置 づ け られ て い た。
す な わ ち 、 事 件 当 時 、Section12(7)は
thereof
which
any
shall
this
of the
in relation
have,
Part
matters
to an
Swift-Fortune側
for the
applies,
purpose
the
same
、"The
of and
power
or matter
in the
in relation
of making
set out in subsection(1)as
action
High
it has
court."と
Court
to
an
orders
for the
or
a Judge
arbitration
to
in respect
of
purpose
of and
定 め てい た 。
の代 理 人 は、 この 条 項 に は仲 裁 地 や仲 裁 に 適 用 さ れ る 法
(22)See,
Wee Li-en,"Landmark ruling expected to bear stronglyon arbitrationin S'
pore;Latest ruling seems to contradictan earlierjudgment,"The BusinessTimes
Singapore,
August 2,2006.
国 際商事 仲裁 との関係 で の裁判 所 を通 じた保 全命 令 につ いて(的 場)
59
に 関 す る 限 定 の 文 言 が 存 在 し な い 以 上 、 文 言 に 忠 実 に 解 釈 す る と、
Section12(7)は
仲 裁 地 が シ ン ガ ポ ー ル か 否 か に か か わ らず 全 て の 国 際 仲 裁 に
適 用 さ れ る こ と に な る と主 張 し た ㈱。
し か し、Magnifica側
の代 理 人 は 、 この 条 項 は 文 理解 釈 さ れ るべ きで は な
く、 そ の 目 的 に 鑑 み て 解 釈 さ れ る べ き だ と 主 張 す る 。 つ ま り、 文 理 解 釈 を し
た 結 果 と し て 、 シ ン ガ ポ ー ル を仲 裁 地 と し な く て も シ ン ガ ポ ー ル 所 在 財 産 に
対 す る 保 全 措 置 を シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 に 申 請 で き る と解 す る な らば 、 外 国 当
事 者 に シ ンガ ポ ー ル を仲 裁 地 と して 選 択 させ る イ ンセ ンテ ィ ヴ を与 えな い こ
と に な っ て し ま う 。 そ れ を 避 け る た め に は 、Section12(7)を
仲 裁 法 の 目 的(シ
ン ガ ポ ー ル に お け る 国 際 仲 裁 の 促 進)に
、 シンガポール
照 ら して 解 釈 せ ね
ば な ら な い 図、 と。
(ii)モ
デ ル 法9条
と シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法Section12(7)と
さ ら に 、Swift-Fortune側
(7)が1985年
の 関係
の 代 理 人 は 、 シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法Sectionl2
モ デ ル 法9条(25)に 基 づ く も の で あ る こ と か ら も 、 裁 判 所 は外 国 仲
裁 と の 関 係 で 保 全 措 置 を 発 令 す る 権 限 を 有 す る と解 さ れ る べ き と主 張 す る 。
し か し、 シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所 は 、 次 の よ う に 指 摘 ㈱し 、Swift-Fortune
側 の 代 理 人 の 主 張 を容 れ て い な い 。
そ も そ も 、 モ デ ル 法9条
の 採 択 経 緯 に 関 す る 資 料 に よ る と、 同 条 は 、 裁 判
所 の 権 限 を 認 め る こ と を 意 図 し た 規 定 で は な く、 単 に 、 仲 裁 を 通 じ た 紛 争 解
決 を 求 め つ つ 保 全 措 置 に つ い て 国 家 裁 判 所 か ら サ ポ ー トを 受 け る と い う 行 動
が 両 立 し な い も の で は な い こ と を 明 らか に す る趣 旨 の 規 定 で あ る 。 し た が っ
て 、 モ デ ル 法9条
は各 国 の 国 際 仲 裁 法 等 の 意 味 や 効 果 に 影 響 を 与 え る よ う な
(23)シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所5w坂
四
一Fortune事
シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
(25)前 掲 注(7)参
agreement
court
an
件 判 決(前
掲 注(6))パ
ラ グ ラ フ21参
件 判 決(前
掲 注(6))パ
ラ グ ラ フ22参
照 。 原 文 は 以 下 の と お り 。"lt
for
interim
a party
measure
to request,
of protection
(26)シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
before
and
is not
or
incompatible
during
for a court
件 判 決(前
with
an
arbitral
proceedings,
to grant
such
掲 注(6))パ
照 。
照 。
arbitration
from
measure."
ラ グ ラ フ31-33参
照 。
a
60
京女 法学
第1号
も の で は な い 。 シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法Section12(7)の
意 味 ・効 果 は そ れ 自
体 の 文 言 や 構 造 等 か ら決 せ ら れ る べ き も の で あ る 、 と。
(iii)「保 全 措 置 」 の 類 型 に よ る 差 異 の 考 慮
国 際 仲 裁 法Section12(7)の
文 言 に 単 純 に忠 実 に 解 釈 す る と、 同 法Section12
(1)に 挙 げ ら れ て い る全 て の 措 置 に つ い て 外 国 仲 裁 と の 関 係 で も シ ン ガ ポ ー
ル 裁 判 所 が 発 令 権 限 を 有 す る と解 す る こ と に な る 。 こ う し た 解 釈 が 適 切 か ど
う か を 判 断 す る に あ た っ て は 、 イ ン グ ラ ン ドのChannel
Mustillの
判 示 部 分)が
Section12(7)が
Tunnel事 件 吻(Lord
参 考 に な る。 こ れ は 、 シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法
、 元 を た ど る と イ ン グ ラ ン ドの1950年
仲 裁 法Sectionl2(6)に
基 づ く㈲も の だ か ら で あ る 。
Channel
Tunnel事
件 で は 次 の よ う に 説 か れ て い た 。 ま ず 、 イ ン グ ラ ン ドの
1950年 仲 裁 法 は 、 立 法 の 経 緯 か ら し て 外 国 仲 裁 に は 適 用 さ れ な い 。 し た が っ
て 、 同 法Section12(6)を
根 拠 と し て 暫 定 的 イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン発 令 権 限 を 外
国 仲 裁 と の 関 係 で 認 め る こ と は で き な いX29)。し か し 、 Section37(1)of
English
l981
the
Act(s°に 基 づ い て で あ れ ば 認 め ら れ 得 る 。 ま た 、 イ ン グ ラ ン ド
裁 判所 が発 令 す るのが 仲 裁廷 の権 限 を直 接 的 に侵 害 しない よ うな 暫 定措 置 で
あ れ ば 、 か え っ て 仲 裁 廷 の 判 断 が 実 効 的 に な る の を助 け る の で あ り、 「国 際
吻C肋
ηη4血 朋61G眉 侃p L∫4v Bαヶb曜Bθ∫
り・Coη3伽c∫'oηL'4,〔1993〕AC 334(事
案 は概 略 次
の よ う な も の で あ る 。 ユ ー ロ ト ン ネ ル 建 設 契 約 上 の 紛 争 が 生 じ、 債 務 者 側 が 工 事 を 中
止 す る 動 き を 見 せ た た め 、 債 権 者 は 、 債 務 者 ら が 工 事 を ス ト ッ プ す る こ と を 禁 じ る暫
定 的 イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン(Sectionl2(6)(h)of
the Arbitration
Act
1950のinterim
injunctionに 定 め られ る タ イ プ の 措 置)の 発 令 を イ ン グ ラ ン ド裁 判 所 に対 して 求 め た 。
争 点 の1つ は 、 紛 争 解 決 に つ きベ ル ギ ー で の 仲 裁 手 続 に よ る と の 当 事 者 間 合 意 が あ っ
た に も か か わ らず イ ン グ ラ ン ド裁 判 所 が 暫 定 的 イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を 発 令 す る権 限 を
有 す る か ど うか 、 そ し て 権 限 が あ る と して も実 際 に 発 令 す べ き な の か ど う か 、 と い う
点 で あ っ た).
fig)シン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
件 判 決(前
掲 注(6))パ
ラ グ ラ フ51参 照 。
㈲ シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
件 判 決(前
掲 注(6))パ
ラ グ ラ フ49参 照 。
(30)イン グ ラ ン ドで 「マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン」 の 制 度 が 生 み 出 さ れ た 際 に そ の根
拠 と さ れ たSection45(1)of
the Supreme
Court
of Judicature(Consolidation)Act
1925に 相 当 す る 規 定 で あ る。 こ の 点 は 、 後 述 す る。
国際 商事仲 裁 との関係 で の裁判所 を通 じた保 全命令 につ いて(的 場)
61
仲 裁 の 精 神 」 に 反 す る こ と も な い(31)。
こ う して イ ン グ ラ ン ドのChannel
Tunnel事 件 を 参 照 し た 上 で 、 シ ン ガ ポ ー
ル 控 訴 裁 判 所 は 、 国 際 仲 裁 法Sectionl2(7)を
文 理 解 釈 して 外 国 仲 裁 と の 関 係
で シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 の 保 全 命 令 権 限 を 認 め る こ と は 妥 当 で な い と判 断 し
た 。 文 理 解 釈 を す る と 、 外 国 仲 裁 と の 関 係 で シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 が 発 令 し得
る 種 類 の 措 置 と そ う で な い 措 置 勧 と の 差 異 を 無 視 し て 一 律 に外 国 仲 裁 と の 関
係 で 保 全 命 令 を発 令 し 得 る と解 す る こ と に な る 。 しか し 、 一 部 の 類 型 の 保 全
措 置 に つ い て は 、 そ の 発 令 が 外 国 仲 裁 に 対 す る 過 度 の 介 入 と な り、 「国 際 仲
裁 の 精 神(the
spirit of international
arbitration)」
に 反 す る こ と に な りか ね
ない か らで あ る 。
(iv)Section4(10)of
the CLA
こ の よ う に 、 シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法Sectionl2(7)を
根 拠 と して外 国仲 裁
との 関係 で シ ンガ ポ ー ル裁 判 所 の保 全 命 令 権 限 を認 め る こ とは 否 定 され た 。
外 国 仲 裁 と の 関 係 で マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を発 令 す る 権 限 を 認 め る
こ と が で き る とす れ ば 、 国 際 仲 裁 法Sectionl2(7)で
は な く、 別 の 根 拠 に よ る
必 要 が あ る 。 そ し て 、 根 拠 に な り得 る と す れ ば 、 そ れ は 、Section4(10)of
Civi1 Law
Act(the
CLA)で
あ る。
こ の シ ン ガ ポ ー ル 法 の 規 定 は 、 イ ン グ ラ ン ド に お け るSection450f
English
Supreme
the English
1925
Court
Act)に
the
of Judicature(Consolidation)Act
the
l925㈹(s450f
対 応 す る も の で あ る 。 イ ン グ ラ ン ド控 訴 裁 判 所 が
1975年 に 初 め て マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン の 制 度 を 「発 明 」 し た の は 、
圃 シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
件 判 決(前
掲 注(6))パ
ラ グ ラ フ50参 照 。
(32)ここ で は 、 例 え ば デ ィ ス カ バ リー の 命 令 や 費 用 の 担 保 提 供 命 令 な どが 特 に 問 題 視 さ れ
て い る。 外 国 仲 裁 の た め に 当 事 者 が 選 択 した 法 が こ れ らの 命 令 を認 め て い な い か も し
れ な い か ら で あ る。Mareva
injunctionが
外 国 仲 裁 廷 の 権 限 な い し外 国 仲 裁 を害 す る
もの と解 され て い る わ け で は な い 。
(33)イン グ ラ ン ドで は 、 後 に 、Section37(1)of
the English
l981 Actが
か わ る こ と に な る 。こ の 点 、シ ン ガ ポ ー ル控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
パ ラ グ ラ フ75参 照 。
この規 定 に とって
件 判 決(前 掲 注(6))
62
京女 法学
こ のs450f
第1号
the English
1925 Actを
根 拠 と し て で あ り、 後 に シ ン ガ ポ ー ル 裁
判 所 が マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を発 令 す る に 際 し て は 、 シ ン ガ ポ ー ル
法 上Section4(10)of
the CLAに
で は 、Section4(10)of
根 拠 が見 い だ され て きて い た。
the CLAを
根 拠 と して、 シ ンガ ポー ル 裁 判所 は、 外
国 仲 裁 と の 関 係 で マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を 発 令 す る 権 限 を 有 す る と
い え るだ ろ うか 。
まず 、 この 点 を決 す る に は、 シ ンガ ポ ー ル法 の解 釈 と して もイ ン グ ラ ン ド
のSiskinaの
法 理 の 適 用 が あ り得 る図こ と を 念 頭 に 置 く必 要 が あ る 。1979年
の
Siskina事 件(35)では 、 イ ン グ ラ ン ド裁 判 所 が マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を
発 令 す る た め に は 債 務 者 財 産 が イ ン グ ラ ン ドに 所 在 す る と し て もそ れ だ け で
は 十 分 で は な く、 債 務 者 を 相 手 取 っ て イ ン グ ラ ン ド裁 判 所 で 訴 え る こ との で
き る 訴 訟 原 因(cause
of action)が
存 在 す る こ とが 必 要 で あ る 、 とい う ル ー
ル が 打 ち 立 て られ て い た 。
こ のSiskinaの
法 理 が 適 用 さ れ る とす る と 、 問 わ れ る の は 、 外 国 仲 裁 合 意
が 存 在 す る 場 合 で も債 務 者 を相 手 取 っ て シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 で 訴 え を 提 起 し
得 る 訴 訟 原 因 が あ る と い え る の か ど う か 、 で あ る 。 こ の 点 、 前 述 のFront
Carriers事 件(外
国 仲 裁 合 意 が あ っ た 事 案)に
つ き 、高 等 法 院(Ang判
そ う し た 訴 訟 原 因 の 存 在 を肯 定 し て い る(36)。
他 方 、Swift-Fortune事
く、 外 国 仲 裁 合 意 が あ っ た 事 案)の
事)は 、
件(同
じ
原 審 判 断 は 、Front Carriers事 件 と は 異
な り、 訴 訟 原 因 の 存 在 を 認 め て い な い 劒。
㊨の 、
κα納 αBo4α3事
件 の シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所 の 判 断(Supra
ル 裁 判 所 がSection4(10)of
the
CLAを
令 す る 際 に イ ン グ ラ ン ド のSiskina事
note(15))で
、 シンガポ ー
根 拠 と し て マ レー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を 発
件 の 判 例 法 理 が 適 用 さ れ 得 る こ と が 示 され て い
た。
(35)Siskina v Distos
Compania
Naviera
S.A.,(1979)AC
(36)シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
210
件 判 決(前
(HL).
掲 注(6))パ
ラ グ ラ フ70参
照 。
(37)こ の 部 分 の 判 示 に つ い て シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所 は 極 め て 慎 重 で 、 外 国 仲 裁 合 意 が 存
在 す る 場 合 のSection4(10)of
た と 、Andrew
7(p.772)は
Chan&Renita
理 解 して い る 。
the
CLAの
Sophia
角翠釈 に つ い て の 最 終 的 な 結 論 を 示 す の を 避 け
Crasta,
supra
note(13),
para.1(p.770),Para.
国際 商事 仲裁 との 関係 での裁 判所 を通 じた保 全 命令 につ い て(的 場)
(v)イ
63
ン グ ラ ン ド法 に お け る 状 況 と の 区 別
Siskinaの 法 理 の 妥 当 性 に つ い て は 、 イ ン グ ラ ン ドに お い て も 疑 問 が 呈 さ
れ て い た(38)。Siskinaの法 理 を 文 言 通 りに 適 用 す る と、暫 定 的 イ ン ジ ャ ン ク シ ョ
ン を 発 令 す る 管 轄 を 制 限 しす ぎ る こ と に な る と考 え ら れ た の で あ る 。 後 に 貴
族 院 の 判 断(前
掲 注 鋤 のChannel
Tunnel事
件)でSiskinaの
れ る が 、 そ こ で の 判 断 は 必 ず し もSiskinaの
法 理 は再 検 討 さ
法 理 を 覆 す も の で は な く(39)、
Siskinaの 法 理 が ど の 範 囲 で 有 効 な の か に つ い て は 議 論 が 続 い て い た(40)。
と こ ろ で 、Siskina事
件 当 時 の イ ン グ ラ ン ドに お い て 効 力 を 有 し て い た
1950年 仲 裁 法(Arbitration
Act
響 を 及 ぼ した 法 律 で あ る)と
l950)(シ
ンガポ ー ル 国 際 仲 裁 法 に大 きな影
異 な り、そ の 後 の イ ン グ ラ ン ド1996年 仲 裁 法 は 、
外 国 仲 裁 と の 関 係 で も イ ン グ ラ ン ド裁 判 所 が サ ポ ー トを付 与 し得 る こ と を 明
文 で 定 め た ㈹。 さ ら に 、 仲 裁 法 以 外 の 法 規(42)によ つ て も 、 イ ン グ ラ ン ド裁 判
所 が 外 国 仲 裁 と の 関 係 で 保 全 命 令 権 限 を 有 し得 る こ と は 明 ら か と な っ た 。
こ の よ う に 、 イ ン グ ラ ン ドに お い て は 、 既 に 、Siskinaの 法 理 の 妥 当 性 は
さ て お き、 基 本 的 に 立 法 的 な 解 決 が な さ れ て い る 。 そ の 点 で 、Swift-Fortune
(38)See, Collins,"The
(39)Channel
Siskina
Tunnel事
Siskina事
Again,"(1996)112
LQR
8, at 8.
件 の 判 断 は 、 先 例 で あ るSiskina事
件 の 法 理 自体 は 直 接 に は否 定 せ ず 、
件 の 法 理 に 基 本 的 に 従 い な が ら も、 外 国 仲 裁 合 意 が あ る ケ ー ス に お い て イ ン
グ ラ ン ド裁 判 所 の 暫 定 的 イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン 発 令 権 限 が 認 め ら れ 得 る と し た と こ ろ に
特 色 が あ る 。 し か し 、(裁
と し て も)結
判 所 が 暫 定 的 イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を発 令 す る権 限 を有 す る
論 的 に は 、 仲 裁 廷 が 最 終 的 に 下 す べ き 判 断 を 先 取 りす る よ う な 命 令 を 裁
判 所 が発令 すべ きで はな い との判 断が 下 された。
㈹See,
Mohammad-Ali
Bahmaei,
conservat・fires
en presence
2002,L.G.D.J.,
p.109.
(41)Section2(3)&Section440f
supra
note㈹,
the
pp.118-119.た
仲 裁 地 が 管 轄 地 外(outside
適 当(inappropriate)と
(SI
1997/392).シ
フ74も
参照 。
conventi・n
du/uge
etatique
d'αrわ漁9θ'Dπ
Arbitration
Act
1996.
des
mesures
provisoires
フ'ψ αη9α∫8,anglais
See,
Mohammad-Ali
et
et suisse,
Bahmaei,
だ し 、同 規 定 の 後 段 は 留 保 規 定 を 置 い て い る 。す な わ ち 、
the
jurisdiction)で
あ る と い う事 実 に よ っ て 権 限 行 使 が 不
な る 場 合 、 裁 判 所 は 権 限 を行 使 し な い こ とが で き る 。 この 点
に つ い て は 、 後 述(本
(42)Cf., Section250f
L'intervention
d'une
the
稿 皿3(3)(i))す
る。
Civil Jurisdiction
and
Judgments
ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
Act
1982;Interim
件 判 決(前
Relief
掲 注(6))パ
Order
ラグラ
64
京 女法 学
第1号
事 件 当 時 、 イ ン グ ラ ン ドに お け る 法 状 況 と シ ン ガ ポ ー ル に お け る そ れ と に は
大 きな違 いが あ っ た。
(vi)結
論
シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所 の 結 論 は 以 下 の と お りで あ る 。
〔シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法Sectionl2(7)を
根 拠 と す る 権 限 〕:Sectionl2(7)
は 、 シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 が 国 際 仲 裁 法Section12(1)に
定 め られ て い る 命 令 ・
救 済 を 発 令 す る 制 定 法 上 の 権 限 を そ れ 自体 で 付 与 す る も の で は な い 。
〔Section4(10)of the CLAを
根 拠 と す る 権 限 〕:① 債 権 者 が 債 務 者 に 対 し て
シ ン ガ ポ ー ル に お い て 裁 判 を 行 い 得 る 訴 訟 原 因(cause
of action)を
有 して
お り、 か つ 、 ② そ の 債 務 者 が シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 の 対 人 管 轄(pers6nal
jurisdiction)に
服 す る 、 と認 め ら れ な い 限 り、 シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 が 外 国
仲 裁 との 関 係 で マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を 発 令 す る 権 限 を 有 す る と は
い え な い(43)。
2.シ
ンガ ポー ル控 訴裁 判所 の 判断 の特 色
こ う して 、 結 論 と して 、 対 象 財 産 が シ ン ガ ポ ー ル に 所 在 す る 場 合 で あ っ て
も、外 国 仲 裁 と の 関 係 で の シ ン ガ ポ ー ル 裁 判 所 の マ レ ー バ ・イ ン ジ ャ ン ク シ ョ
(43)シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所Swift-Fortune事
な お 、 前 掲 注 勧 も 参 照 さ れ た い 。Simon
Weeramantry,
International
(Cambridge
Division
University
Bench
Corporation事
件 判 決(前
Green
Commercial
High
Court)も
ラ グ ラ フ96、97参
Christopher
Arbitration:An
Press,2011),pp.366-367に
of the Delhi
掲 注(6))パ
berg,
Kee
and
Asian-Pacific
照 。
J. Romesh
Perspective
よ る と 、 イ ン ド の 裁 判 所(the
、2009年
のMax
India Ltd v General
件 に お い て 、 イ ン ドが 仲 裁 地 と さ れ て い な い 場 合(紛
Binding
争 解 決 にあ たっ て
シ ン ガ ポ ー ル 法 に 準 拠 す る こ と と さ れ 、 シ ン ガ ポ ー ル が 仲 裁 地 と さ れ て い た ケ ー ス)
に つ い て 、 イ ン ド裁 判 所 に よ る 保 全 措 置 の 発 令 を 否 定 し た 。 当 事 者 は イ ン ド 以 外 の 国
を 仲 裁 地
Conciliation
と す る こ と に よ っ て イ ン ド の 仲 裁
Act)を
排 除 し た の で あ り、仲 裁 地(シ
・ 調 停 法(lndian
ン ガ ポ ー ル)の
Arbitration
and
国際仲 裁法 等 に よっ
て 十 分 な 救 済 が 得 ら れ る は ず で あ る と い う 理 由 を 示 し た と い う 。 他 方 、Andrew
Chan&Renita
Sophia
Crasta,
supra
note(13),
para.10は
、 イ ン ド ・カ ナ ダ ・香 港 の
裁 判 所 が 外 国 仲 裁 を サ ポ ー トす る た め の 保 全 措 置 の 発 令 権 限 を 肯 定 し て い る こ と を 指
摘 す る が 、 筆 者 は 、 残 念 な が ら、 これ ら の 文 献 で 挙 げ ら れ て い る裁 判 例 に は 直 接 に は
接 す るこ とがで きなか った。
国 際商事 仲裁 との関係 で の裁判 所 を通 じた保全命 令 につ い て(的 場)
65
ン発 令 権 限 につ い て消 極 的 評価 が 示 され た わ け だ が 、 この 結 論 につ い て は、
1つ 重 要 な前 提 が あ っ た。 す なわ ち 、 当 然 で は あ るが 、 この 結 論 は当 時 の シ
ンガ ポ ー ル法 を基 に導 か れ た とい う こ とで あ る。
シ ンガ ポ ー ル控 訴 裁 判 所 は、前 述 の よ うに、 外 国仲 裁廷 の権 限侵 害 に当 た
る こ とをす べ きで ない とい う価 値 観 を示 して お り、 その 点 で 、全 て の保 全 措
置 が 同等 に扱 われ るべ き とは い え な い と考 え て い た よ うで あ る。具体 的 に は、
将 来 の仲 裁 廷 の判 断 の 執行 を確 保 す るた め の 措 置(51〃哲一Fortune事件 で 申請
され た マ レー バ ・イ ン ジ ャ ンク シ ョ ン もこ の タ イ プの 措 置 で あ る)を 裁 判 所
が発 令 す る こ と は、外 国仲 裁 との 関係 で も何 ら仲 裁 廷 の権 限 を侵 害 す る もの
で は ない と解 して い た 。
しか し、 当 時 の シ ンガ ポ ー ル法 の 解 釈 と して、 こ う した保 全 措 置 の類 型 ご
と に発 令 如何 を区 別 す る こ とは 困難 であ っ た。 そ こで 、 あ らゆ る類 型 の保 全
措 置 を外 国仲 裁 との 関係 で裁 判 所 が 発 令 し得 る と解 す か 、 あ らゆ る類 型 の保
全 措 置 を外 国仲 裁 との 関係 で 発 令 し得 ない と解 す か 、 とい う二 者 選 択 にお い
て、 「国 際 仲 裁 の精 神 」 に 反 し ない の は どち らか と言 え ば後 者 の解 釈 で あ る
とい う判 断 を控 訴裁 判 所 は迫 られ た とい え る。
3.シ
ン ガ ポ ー ル に お け る国 際 仲 裁 法 改 正
(1)外
国 仲 裁 との 関係 で の シ ン ガ ポ ール 裁 判 所 の 保 全 命 令権 限 の明 確 化
2009年 、 シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法 は 改 正 さ れ た 。 ま ず 、Swift-Fortune事
で 争 点 と な っ た 同 法Section12(7)は
件
削 除 さ れ た 。 そ し て 、新 た にSection12A
にお い て、 仲 裁 との 関係 で の 裁 判所 を通 じた保 全 命 令 につ い て詳 細 な規 定 が
置 か れ る こ と とな っ た。
(2)2006年
改 正 モ デ ル 法Articlel7」
シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法 改 正 に 先 立 っ て 、2006年
UNCITRALモ
デ ル 法 が 改 正 さ れ た 。2006年
、 国 際仲 裁 に 関す る
改 正 後 の モ デ ル法 で新 た に置 か
66
京 女法 学
第1号
れ たArticle17J㈹
措 置)を
に よ る と、 裁 判 所 は 、 仲 裁 手 続 と の 関 係 で 暫 定 措 置(保
全
命 じ る 権 限 を 有 し、 そ れ は 、 仲 裁 地 が そ の 裁 判 所 所 属 国 の 領 域 内 に
在 る か 否 か に か か わ ら な い 。 こ のArticlel7Jは
、 裁 判 所 の 仲 裁 支 援 に関 し
て の 国 際 仲 裁 利 用 者 及 び 実 務 家 の 多 数 の 見 解 を 反 映 し た も の で あ り(45)、
シン
ガ ポ ー ル の 改 正 法 も そ の 方 向 性 に 沿 っ た もの で あ る と い う こ と が で き る㈹。
(3)裁
判 所 の保 全 命 令権 限 が制 限 され る場 合
(i)外
国仲 裁 との 関係
こ の よ う に 、 国 際 仲 裁 法Section12Aを
新 た に 追 加 す る こ と に よ り、 シ ン
ガ ポ ー ル 裁 判 所 は 、 一 定 の 要 件 が 満 た さ れ る 限 り、 原 則 と し て 仲 裁 地 が 如 何
な る 国 に 在 る と さ れ る か を 問 わ ず に 保 全 措 置 を 発 令 し得 る こ と が 明 らか に
な っ た。
し か し、 仲 裁 地 が 外 国 に 在 る場 合 に つ い て は 、 例 外 的 に 、 裁 判 所 の 裁 量 に
よ っ て 発 令 を 認 め な い こ とが で き る とす る 留 保 条 項 が つ け られ て い る 。 す な
わ ち 、 国 際 仲 裁 法Article12A(3)は
、 「高 等 法 院 又 は そ の 裁 判 官 は 、 仲 裁 地 が
シ ン ガ ポ ー ル 外 で あ る か 、 も し くは 、 仲 裁 地 が 指 定 又 は 決 定 さ れ る と き に シ
ン ガ ポ ー ル 外 の 仲 裁 地 が 選 ば れ る 蓋 然 性 が あ る と い う事 実 の た め に 本 条 第2
項(Article12A(2))の
命 令 を 発 令 す る こ とが 不 適 当 と な る 場 合 、 発 令 を し
な い こ と が で き る 」㈲と定 め る 。 こ れ は 、 イ ン グ ラ ン ドArbitration
(44)2006年
改 正 後
the
same
irrespective
relation
with
の モ デ ル 法Article17Jは
power
of
of
to
its
issuing
whether
in
次 の
interim
their
proceedings
own
an
place
courts.
procedures
in
よ う な 規 定
measure
is
The
in
in
the
court
territory
shall
consideration
で あ る 。"A
relation
of
exercise
the
Court
to
arbitration
of
this
such
specific
Act
1996
shall
have
proceedings,
State,
as
power
in
features
of
it
has
in
accordance
international
arbitration.
(45)See,
㈹
Para
3.440f
2007
た だ し 、2009年
の 全 て が 採 用
(47)"The
High
(2)if,
is
in
outside
determined
ANN.
Rev.48(2007).
ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法 改 正 時
に 、2006年
改 正 後 モ デ ル 法 の 新 規 定
さ れ た わ け で は な い 。
Court
the
SAL
の シ
opinion
Singapore
makes
or
a Judge
of
the
or
thereof
High
likely
it inappropriate
may
refuse
Court
or
to
outside
be
to
make
Judge,
to
the
make
fact
Singapore
such
order."
an
that
when
order
the
under
place
it
is
subsection
of
arbitration
designated
or
国際商 事仲 裁 との関係 で の裁 判所 を通 じた保 全命 令 につ いて(的 場)
のSection44の
適 用 に 関 す る 同 法Section2(3)綱
67
の後 段 と ほ ぼ 同 じ内容 の 規 定
で あ る。
(ⅱ)仲
裁廷 の権 限 との 関係
さ ら に 、シ ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 法Article12A(6)に
は 、「如 何 な る 場 合 で あ っ
て も 、 高 等 法 院 又 は そ の 裁 判 官 は 、 仲 裁 廷 及 び そ う した 権 限 を 当 事 者 に よ っ
て 託 さ れ た 仲 裁 機 関 そ の 他 の 機 関 又 は 者 が 実 効 的 に 行 為 す る(act
effectively)権
限 を有 さ な い か、 又 は 、 当座 、 実 効 的 に行 為 す る こ とが で き
な い と き に の み 、 又 は 、 そ の 限 りで の み 、 第2項
の 命 令 を発 す る こ とが で き
る 。」 と の 定 め が 置 か れ た 。
ま た 、 同 法Article12A(7)で
れ た 第2項
も 、 「高 等 法 院 又 は そ の 裁 判 官 に よ っ て 発 令 さ
の 命 令 は 、 仲 裁 廷 又 は 当 該 命 令 に つ き権 限 を 有 す る 仲 裁 機 関 そ の
他 の 機 関 又 は 者 が 第2項
の 命 令 の 全 部 又 は 一 部 に 明 ら か に 関 係 す る 命 令 を発
した 場 合 、 そ の 全 部 又 は 一 部(各
々 の 場 合 に 対 応 して)が
失効 す る」 もの と
され る。
これ らは、 仲 裁 廷 の権 限 との 関係 で の 、 裁 判所 の保 全 命 令 権 限の 補 充性 を
示 し た も の で あ る と考 え ら れ る 。
裁 判 所 を通 じた保 全 命 令 は控 え め に の み 認 め られ るべ き とい う方 向性 は 、
国 際 仲 裁 法 改 正 前 に も 、 シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所 のNCC
(48)Section2(3)は
sections
Northern
次
apply
の
Ireland
43(securing
(b)section
44(court
the
court
the
fact
that
Ireland,
or
England
and
may
the
that
Wales
う
に 定
if the
or
(a)section
but
よ
even
no
め
seat
seat
has
the
seat
when
the
Northern
powers
arbitration
is
designated
attendance
exercise
of
or
Ireland,
or
conferred
outside
by
England
the
v
following
and
Wales
or
determined‐
witnesses),and
in
any
arbitration
designated
or
る 。"The
exercisable
to
of
い
the
been
powers
refuse
て
of
International AB
support
such
is
of
power
outside
arbitral
if, in
England
determined
the
makes
it inappropriate
seat
proceedings);
the
opinion
of
Wales
or
and
is
likely
to
do
to
so."
the
court,
Northern
be
outside
68
京女 法学
第1号
Alliance Concrete Singapore
Pte Ltd事 件(49)(外 国 仲 裁 合 意 の ケ ー ス で は な い)
に お い て 垣 間 見 ら れ て い た 。 す な わ ち 、 国 際 仲 裁 手 続 を サ ポ ー トす る た め の
保 全 措 置 を命 じ る 裁 判 所 の 権 限 は 、 紛 争 を 仲 裁 手 続 に よ っ て 解 決 す る た め に
債 権 者 が 何 ら か の 行 動 に 出 て い る場 合 に の み 行 使 さ れ る べ き で あ り、 真 に 仲
裁 手 続 を 開 始 す る つ も り も な く(5°)裁
判 所 に な さ れ る 申 請 は 濫 用 的 ㈹で あ る と
解 さ れ る 、 と説 か れ て い た(52)。
ま た、 こ の よ う な帰 結 は、 シ ンガ ポ ー ル の
裁 法(IAA)」
「仲 裁 法(AA)」
との 各 々 に お け る裁 判 所 の 権 限 に関 す る規 定 を比 較 す る こ
と に よ っ て も 導 か れ る 。 た と え ば 、 仲 裁 法 上 は"an
other
interim
(d)of
the AA)の
or any
IAA)と
other
と,「国 際 仲
measure"を
裁 判 所(s
measure"を
12(7)of
inj unction
or any
と る 権 限 が 裁 判 所 に の み 付 与 さ れ て い る(s
に 対 し 、 国 際 仲 裁 法 上 は 、 規 定 上 、"an
interim
(49)〔2008〕2SLR
interim
interim
発 令 す る 権 限 が 仲 裁 廷(s
the
IAA)と
31
injunction
12(1)(i)of
the
に競 合 的 に付 与 され る形 に な っ て
323.こ の 事 件 の 当 事 者 間 で は 、 そ の 取 引 に 関 し て 紛 争 が 生 じた 場 合 の 解
決 方 法 と し て 、 調 停 ・仲 裁 手 続(シ
に よるイ
中裁)等
ン ガ ポ ー ル 国 際 仲 裁 セ ン タ ー 〔SIAC〕 の 仲 裁 規 則
に よ る こ とが 合 意 さ れ て い た 。 と こ ろ が 、 債 権 者 は、 仲 裁 等 を 開 始 す
る こ と な く、 シ ン ガ ポ ー ル の 高 等 法 院 判 事 に 対 し てinterlocutory
injunction(債
mandatory
権 者 が 注 文 して い た コ ン ク リ ー トを 債 務 者 が 提 供 す る こ と、 及 び 、 契
約 の 条 項 に し た が っ て コ ン ク リー トを提 供 す る こ と を 継 続 す る こ と に よ り債 務 者 が 契
約 を履 行 す る こ と、 を仮 に 命 じる イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン)の
発 令 を 中 請 した 。 高 等 法 院
判 事 が 中 請 を 却 下 した た め 、 債 権 者 が 控 訴 裁 判 所 に 抗 告 した が 、 シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁
判 所 も イ ン ジ ャ ン ク シ ョン の 中 請 却 下 の 判 断 を 是 認 した 。 な お 、 こ の 事 件 で 債 権 者 が
求 め た の が 、 債 務 者 に 一 定 の 行 為 義 務 を 課 す イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン(interlocutory
mandatory
injunction)で
あ っ た 点 が 看 過 さ れ て は な ら な い と思 わ れ る。 シ ン ガ ポ ー
ル 控 訴 裁 判 所 の 判 示 に お い て も、 次 の よ う に 指 摘 さ れ て い る 。 即 ち 、 こ の よ う な タ イ
プ の 暫 定 的 イ ン ジ ャ ン ク シ ョ ン を裁 判 所 が 命 じ る こ と は 、 実 際 上 、 契 約 上 の 義 務 の 履
行("specific
performance")を
命 じ る の と 同 じ よ う な 意 味 を持 つ と こ ろ、 義 務 履 行 を
命 じ る べ きか ど う か とい う 問 題 は 、 本 来 、 仲 裁 廷 の 判 断 に任 せ ら れ て い る事 項 で あ る 、
と(パ
ラ グ ラ フ74参 照)。
(50)紛争 発 生 後7カ
月 ほ ど 経 過 し た 時 点 で も、 ま だ 仲 裁 手 続 を 開 始 し よ う とす る 動 き は な
か っ た。
(51)控訴 裁 判 所 の 判 示 で は 、"Abuse
of Process"と
され てい る。
(52)NCC International事 件 にお け る控 訴 裁 判 所 の 判 断(supra
See also, Andrew
Chan&Renita
note(49))の パ ラ グ ラ フ74参 照 。
Sophia Crasta, supra note(13),p.770(esp.,
footnote 4).
国際商事 仲裁 との 関係 での裁 判所 を通 じた保全 命令 につい て(的 場)
69
い た(53)。
そ こで 、仲 裁 法 で は、 国際 仲 裁 法 に比 べ 、 仲 裁 との 関係 で の 裁判 所
の 関 与 が比 較 的広 く認 め られ、 逆 に、 国際 仲 裁 法 に お い て の よ うに仲 裁廷 と
裁 判 所 との権 限 が競 合 す る場 合 は裁 判 所 が 制 限 的 に の み権 限行 使 す る こ とが
求 め られ る、 と解 され た。
Ⅳ
日本法 への示 唆
1.モ
デ ル 法9条
と 日本 の 仲 裁 法15条 との 関 係
先 に も触 れ た よ うに、 日本 の 仲 裁 法15条 の 規 定 自体 は 日本 の裁 判 所 が如 何
な る場合 に仲 裁 との 関係 で 保 全 措 置 を命 じ得 るか を定 め る もの で は ない と解
され る。 そ して、 こ う した 理 解 は、 日本 の 仲 裁 法15条 が 基 礎 とす るモ デ ル法
9条 の趣 旨 と も整 合 的 で あ る。また 、日本 の仲 裁法15条 と類 似 す る シ ンガポ ー
ル 国 際仲 裁 法12条7項(2009年
改 正 前)の 解釈 と して も同様 の こ とが 指摘 さ
れ て い た(54)。
2.仲
(1)保
裁 と の 関 係 で の 日本 の 裁 判 所 の 保 全 命 令 権 限
全 命 令 権 限 の法 的根 拠
そ れ で は、 如 何 な る場 合 に 日本 の 裁 判所 は仲 裁 との 関係 で保 全 措 置 を命 じ
得 る の だ ろ うか。
仲 裁法 上 は特 に規 律 が な され て い ない の で あ れ ば、 裁 判 所 の 国際 裁 判管 轄
や保 全 手続 に 関す る一 般 的 なル ー ル に よ る こ とに な る。
国 際裁 判 管 轄 に 関 して は、 従 来 、 我 が 国 で は判 例 準 則 に基 づ く規 律 が な さ
れ て き たが 、2011年4月28日
、 「民 事 訴 訟 法 及 び民 事 保 全 法 の 一 部 を改正 す
る 法 律 」(55)が
新 た に 可 決 成 立 した 。 この 施 行 後 は 、同 法 に よ る改 正 を 受 け て 、
(53)NCC
International事
件 に お け る 控 訴 裁 判 所 の 判 断(supra
岡 本 稿 皿1(4)(ⅱ)。
(55)平 成23年5月2日
法 律 第36号
。
note(49))パ
ラ グ ラ フ43参
照 。
70
京 女法 学
第1号
民 事 保 全 法 上 、 新 た に 国際 裁 判 管 轄 に関 す る規 定(11条)(56)が 新 設 され る こ
とに な る。 た だ し、 この新 規 定 は、 そ の 文 言上 、 これ ま で の判 例 準 則 の基 礎
とな っ て い た民 事 保 全 法12条(57)の
管 轄 の 定 め と特 に変 わ る もの で は な い た
め、 この 分 野 の 法状 況 の 検討 に あ た って は従 来 の判 例 準 則 の下 で の裁 判 例 が
引 き続 き参 考 に な る と考 え られ る。
(2)外
国仲 裁 か ど うか とい う問 題
前 述 の よ う に、 シ ン ガポ ー ル にお いて は、仲 裁 地 が シ ンガ ポ ー ル で あ る場
合 とそ うで ない 場合(「 外 国仲 裁 」 の場 合)と を区別 して、 「
外 国仲 裁 との 関
係 で もシ ン ガポ ー ル 裁 判 所 は保 全 を命 じる権 限 を有 す る の か ど うか 」 が 問題
とされ て い た 。 こ う した 点 は、我 が 国の 法 の 下 で も問 わ れ得 る の で あ ろ うか。
我 が 国 にお け る 国際 裁 判 管轄 の ル ール に よ る と、 どの よ うな種 類 の保 全 措
置 につ い て も、 「日本 の裁 判 所 に本 案 の訴 え を提 起 す る こ とが で きる と き」、
す な わ ち、 日本 の 裁 判 所 に本案 管 轄 が あ る場合 は原則 と して保 全 命 令 管 轄 も
認 め られ る こ とに な る。 で は 、外 国仲 裁 の 合 意 が存 在 す る場 合 、又 は 、外 国
仲 裁 手 続 が 開始 され て い る場合 は ど うか 。 外 国 仲 裁 で あ る か ど うか にか か わ
らず 、 仲 裁 合 意 が 存 在 す る場合 に 当該 仲 裁 合 意 にか か る紛 争 につ き裁 判所 に
本 案 訴 訟 が 提 起 さ れれ ば、他 方 当事 者 は 「仲 裁 合 意 の抗 弁 」 に よ って 訴 訟 の
却 下 を 申 し立 て る こ とが 可 能 で あ る。 そ こで 、 日本 法 上 は 、外 国 仲 裁 か 否 か
を問 わず 、 仲 裁 合 意 が 存 在 す る場 合 一 般 につ い て 「日本 の 裁 判 所 に本 案 の 訴
え を提 起 す る こ とが で きる と き」 で は な い と して 、 少 な くと も 日本 の 裁 判 所
が 「
本 案 管 轄 裁 判 所 」 た る地位 に基 づ い て保 全 命 令 を発 す る権 限 は否 定 され
るの だ ろ うか 。
(56)この 規 定 は、 「保全 命 令 の 申立 て は、 日本 の裁判 所 に本 案 の訴 え を提 起 す る こ とが で
きる とき、又 は仮 に差 し押 さえ るべ き物 若 し くは係 争物 が 日本 国 内 にあ る と きに限 り、
す る こ とが で きる。」 と定 め る。
民 事 保 全 法(平 成1法91)12条1項
(57) は、 「保 全 命 令事 件 は、本 案 の管 轄 裁 判 所 又 は仮
に差 し押 さえ るべ き物 若 し くは係 争 物 の所 在 地 を管 轄 す る地 方 裁 判 所 が 管 轄 す る。」
とい う規定 で あ る。
国際 商事 仲裁 との関係 で の裁判 所 を通 じた保 全命 令 につ いて(的 場)
71
(i)「 本 案 管 轄 裁 判 所 」=「仲 裁 合 意 が な け れ ば本 案 訴 訟 につ い て管 轄 権 を
有 した で あ ろ う裁 判 所 」(?)
そ もそ も、仲 裁 合 意 が あ る場合 、
保 全命 令 管 轄 を有 す る裁 判所 と して の 「
本
案 管 轄 裁 判 所 」 が 存 在 し得 るの か ど うか も問題 で あ る。
1つ の考 え方 と して は、 仲 裁合 意 が な け れ ば本 案 管 轄 を有 した は ず の 国 の
裁 判 所 が 、 「本 案 管 轄 裁 判 所 」 と して 仲 裁 との 関係 で保 全 命令 権 限 を有 す る
とす る 立場 が あ り得 る。 しか し、2007年 の東 京 地 方裁 判所 決 定6%は
、こう
した立 場 は採 られ な か っ た。
(ⅱ)「 本 案 管 轄 裁 判 所 」=「仲 裁 地 を管轄 す る裁 判 所 」(?)
こ の2007年 東 京 地 裁 決 定 の 事 案 で は 、 当事 者 の一 方 が 韓 国 法 人 で あ り、 当
事 者 間 の も と も との契 約 上 、 韓 国 を仲 裁 地 とす る仲 裁 合 意 が 存在 した 。債 権
者 が 契 約 上 の権 利 を有 す る地位 を仮 に定 め る仮 処 分 の 申請 につ き、東 京 地 裁
は、 「
民 事 保 全 法12条1項
は、 民 事 保 全 事 件 の管 轄 につ い て 、 本 案 の 管 轄 裁
判 所 又 は仮 に差 し押 さ え るべ き物 若 し くは係 争 物 の所 在 地 を管 轄 す る地方 裁
判 所 と定 め る と ころ、 『
本 案 』 と は、 被 保 全 権 利 又 は法律 関 係 の 存 否 を確 定
す る手 続 を い い、 訴 訟 手 続 の ほ か 、仲 裁 手続 も これ に該 当す る と解 され る か
ら、仲 裁 合 意 が 存 在 す る場 合 にお け る同項 所 定 の 『
本 案 の管 轄 裁 判所 』 とは、
当該 仲 裁 の仲 裁 地 を管 轄 す る裁 判所 をい い 、仲 裁 合 意 が な けれ ば本 案 訴訟 に
つ い て 管 轄 権 を有 した で あ ろ う裁 判 所 を含 ま ない と解 す る のが 相 当 で あ る。
なぜ な ら、 こ の よ うに解 さ なけ れ ば 、仲 裁 合 意 が存 在 す る ため に本 案 訴訟 に
つ い て管 轄 権 を有 しな い裁 判所 が 、保 全 事 件 に つ い て のみ 管 轄 権 を有 す る こ
と とな り、 保 全 事 件 が 本 案 訴 訟 に対 して付 随性 を有 す る こ とに反 す る結 果 と
(58)東京 地 決 平 成19年8月28日
判 時1991号89頁
、 判 タ1272号282頁(契
仮 処 分 命 令 事 件)。 中 野 俊 一 郎 「
判 批 」JCAジ
判 時2018号178頁
約違 反 行 為 禁 止 等
ャ ー ナ ル55巻8号6頁
、酒 井 一 「判 批 」
、 竹 下 啓 介 「判 批 」 平 成20年 度 重 要 判 例 解 説345頁 。 的 場 朝 子
庁 委 託 平 成20年 度 産 業 財 産 権 研 究 推 進 事 業(平
成20-22年
度)報
告 書:知
『
特許
的財 産権 に
基 づ く侵 害 行 為 差 止 め 仮 処 分 の 国 際 裁 判 管 轄 』(財 団 法 人 知 的 財 産 研 究 所 、2010年)
31-34頁
で も触 れ て い る。
72
京 女 法学
第1号
なる か らで あ る。 ま た、 仲 裁 地 を管 轄 す る裁 判 所 が保 全 事 件 につ い て管 轄 権
を有 す る とす る こ とは、 仲 裁合 意 に よっ て仲 裁 地 を定 め た 当事 者 の合 理 的意
思 に沿 う もの で あ り、 当事 者 間 の公 平 の理 念 に も合 致 す る とい う こ とが で き
る」 と述 べ る。 つ ま り、 東 京 地 方裁 判 所 は、 保 全 命令 管轄 を有 す る 「
本案管
轄 裁判 所 」 は、 「
仲 裁 地 を管 轄 す る裁 判 所 」 で あ る と解 した わ け で あ る。
この 東 京 地 裁 の決 定 の よ う に 「
保 全 命 令 管 轄 を有 す る 『
本 案管 轄 裁 判 所 』
=『仲 裁 地 を管 轄 す る裁 判 所』」 と解 す る場 合 、 合 意 され た仲 裁 地 が外 国 で あ
るか ど うか、 つ ま り、 外 国仲 裁 の合 意 が あ った ケ ー ス か ど うか が 意 味 を もっ
て くる。 しか しなが ら、 こ う した解 釈 は次 の よ う な疑 問 を喚起 す る。
当事 者 に よっ て最 終 的 な紛 争解 決 を任 され て い るの は仲 裁廷 で あ る。 とす
れ ば、 仲 裁 廷 こそ が 或 る意 味 で は 「
本 案 管 轄 裁 判 所 」 の 地位 にあ る。仲 裁 廷
が紛 争 解 決 の一 環 と して保 全 命令 を も命 じ得 る こ と は当事 者 の 予期 すべ き も
の だ と して も、 「
仲 裁 地 を管 轄 す る裁 判所 」 に よ る保 全 命 令 を も 当事 者 は仲
裁廷 に よる保 全 命 令 と同列 に予期 すべ き とい え るの だ ろ うか 。
特 に、 この東 京 地 裁 の事 件 で は 一種 の 「
仮 の 地 位 を定 め る仮 処 分 命令 」 が
申請 され た。 そ して 、仮 の 地位 を定 め る仮 処 分 の場 合 、 そ の 措 置 の性 格 上 、
申立 て が 認 め られ る と本 案 判 決 が 認 容 され た の と同 じ よ う な効 果 を持 ち得
る。 当事 者 に よっ て最 終 的 な紛 争解 決 を仲 裁 廷 に託 す こ とが合 意 され て い る
に もか か わ らず 裁 判 所 が 先 行 して仮 の地 位 を定 め る仮 処 分 を認 め れ ば 、仲 裁
廷 に よる最 終 的判 断 を無 意 味 に しか ね な い。 とす れ ば、仲 裁 地 国 の 裁判 所 で
あ れ 、 そ れ以 外 の 国 の裁 判 所 で あ れ 、裁 判 所 に よ る仮 の 地 位 を定 め る仮 処 分
命令 は 、
仲 裁 廷 が 機 能 し得 ない 場合 に の み例 外 的 に認 め られ るべ きで あ ろ う。
翻 っ て 国 際裁 判 管 轄 の 問題 と して も、 仲 裁 合 意 が存 在 す る と きに 「
本案管
国 際商事 仲 裁 との 関係 での裁 判所 を通 じた保全 命令 につ い て(的 場)
73
轄 裁 判所 」 と して の 地位(59)で
保 全 命 令 管 轄 を有 す る の は 原則 と して仲 裁 廷 で
あ っ て 裁 判 所 で は な い と解 す る の が 妥 当 で は な か ろ う か 。
な お 、 こ の 東 京 地 裁 の 事 件 は 、 求 め ら れ た 保 全 措 置 の 性 質 とい う 観 点(s°)か
ら は 、 シ ン ガ ポ ー ル のSwift-Fortune事
ン ジ ャ ン ク シ ョ ン が 求 め ら れ た)よ
AB
v Alliance
Tunnel事
Concrete
Singapore
件(財
産 保 全 の た め の マ レー バ
り も 、 シ ン ガ ポ ー ル のNCC
Pte Ltd事
・イ
International
件 ㈹ や イ ン グ ラ ン ド のChannel
件(62)に類 似(63)す る 事 案 で あ っ た 。 Swift-Fortune事
件 に む しろ 近 い の
は 、 我 が 国 に お け る 事 例 と し て は 、 次 節 で 取 り上 げ る 旭 川 地 裁 の 船 舶 仮 差 押
(59)仲裁 合 意 が 存 在 す る 場 合 に 「
本 案管 轄 裁判 所 」以 外 の地 位 で保全 措 置 を と りうる裁判
所 が あ る と解 す べ き か ど う か は更 に 問 題 と な る 。 議 論 状 況 に つ い て は 、 前 掲 注(58)に挙
げ た 諸 文 献 が 詳 し い 。 た だ し、 国 家 裁 判 所 の 権 限 は 補 充 的 に の み 認 め られ る べ き と解
す る 立 場 か ら は、 「本 案 管 轄 裁 判 所 」 以 外 の 地 位 で 保 全 命 令 権 限 を 有 す る 裁 判 所 の 存
在 を 認 め る と して も、 そ の 権 限 は や は り仲 裁 廷 の 権 限 に 対 し て 補 充 的 な も の に と ど ま
る と理 解 す る こ と に な る(こ
の点 、前 掲注 鯛 で挙 げ た拙稿 の立場 で は、仲裁 廷 との関
係 で の 裁 判 所 の 権 限 の 補 充 性 の 考 慮 が 不 足 気 味 で あ っ た と も い え る。 しか し、 「本 案
管 轄 裁 判 所 」 以 外 の 地 位 で 保 全 措 置 を 命 じ る裁 判 所 は 、 保 全 命 令 の 国 際 裁 判 管 轄 が 認
め ら れ る と し て も、 そ こ で 命 じ得 る 保 全 措 置 が 本 案 の 判 断 に と っ て か わ る もの に な ら
な い 限 りで 措 置 を と り得 る に す ぎ な い と い う 考 え 方 は 、 本 案 判 断 が 仲 裁 廷 に 任 され る
場 合 で も裁 判 所 に よ る 場 合 で も共 通 し て 成 り立 つ)。
㈹ シ ン ガ ポ ー ル のSwift-Fortune事
件 にお け る 控 訴 裁 判 所 の 判 示 の 中 で も、 Sectionl2(7)の
解 釈 と し て 、 外 国 仲 裁 と の 関 係 で はSectionl2(1)で
の 一 部(仲
挙 げ られ てい る多種 の措 置 の うち
裁 廷 の 権 限 に対 す る 不 当 な 介 入 に な ら な い 類 の も の)に
つ いて のみ を シ ン
ガ ポ ー ル 裁 判 所 が 命 じ る権 限 を有 す る と解 す る こ と が 可 能 か ど う か の 検 討 が な さ れ て
い た(本
稿IH 1(4)(lll))。そ れ で も結 局 、 シ ン ガ ポ ー ル 控 訴 裁 判 所 は 、 Section12(7)を
の よ う に は 理 解 し得 な い と結 論 づ け た 。 そ れ に対 し、Andrew
Crasta, supra
Chan&Renita
そ
Sophia
note(13)は 、 制 限 的 解 釈 が 可 能 で あ る と し 、 控 訴 裁 判 所 の 判 断 に 対 し て
批 判 的 な立場 か ら評釈 を してい る。す なわ ち、制 限 的 な解釈 をす る こ とに よって、 外
国 仲 裁 との 関 係 で も裁 判 所 の 保 全 命 令 申 請 を 認 め る こ とが 可 能 で あ っ た と い う の で あ
る。
㈹ 前 掲 注(49)参照 。
(62)前掲 注 伽 参 照 。
(63)この 東 京 地 裁 の 事 件 で 申 請 さ れ た 仮 の 地 位 を 定 め る 仮 処 分 の 被 保 全 権 利 の1つ
は、 当
事 者 間 の 本 契 約 に 基 づ く履 行 請 求 権 で あ る。 そ こ で 、 も し東 京 地 裁 が 申請 を認 め る と、
契約 上 の債 務 の履 行 を仮 に命 じる こ とに なる わ けで あ るが 、 契約 上 の債 務 の有 無 は、
本 来 、 仲 裁 廷 の 判 断 に任 せ られ た事 項 で あ る 。 当 事 者 が 仲 裁 廷 の 最 終 的 判 断 に任 せ る
こ と を合 意 し て い た 事 項 に つ い て 、 裁 判 所 が 仮 に と は い え 判 断 を下 す こ と が で き る の
か ど うか が 、 問 題 に な り得 た 。
74
京 女法 学
第1号
保 全 異 議 申立 事 件(64)
で あ る。
(3)措
置 の対 象 財 産 が領 域 内 に存在 す る国 の 裁 判 所 の 場 合
一 般 に、 仮 差押 命 令 や 係 争物 に 関す る仮処 分命 令 の 国 際裁 判 管 轄 ルー ル と
して は(65)、
措 置 の 対 象 とな る 「
財産所在地」や 「
係争物所在地 」の国の裁判
所 に保 全 措 置 を命 じる権 限が 認 め られ る㈹。 国 際裁 判 管 轄 に 関 す る我 が 国 の
新 法 もそ れ を肯 定 して い る。 しか し、 仮 差押 の よ うな タイ プ の保 全 措 置 が 本
案 の最 終 的 判 断 の 執 行 を確 保 す る た めの もの で あ り、本 案 事 件 に対 して従 た
る もので あ る(保 全 の 本 案 付 随性)と い う こ と に鑑 み る と、 単 に保 全 措 置 の
対 象 とな る財 産所 在 地 が 管 轄 内 に存 在 す る とい う理 由 の み で、 そ の地 を管 轄
す る裁 判 所 に保 全 命 令 権 限 を認 め て よいの か ど うか は 問題 とな り得 る。
過 去 に、 イ ン グ ラ ン ドのSiskina事 件 で は、 財 産 が イ ン グ ラ ン ドに所 在 す
る とい うの み で は、 イ ン グ ラ ン ド裁 判 所 はマ レー バ ・イ ンジ ャ ンク シ ョ ンを
発 令 す る こ と は で き な い とい う ル ー ル(Siskinaの 法 理)が 示 さ れ、 本 稿 で
取 り上 げ た シ ン ガ ポ ー ル のSwift-Fortune事 件(シ
ンガポー ルに債務者 財産
が所 在 した)で も、 この 点 が 争 点 の1つ とされ た 。
我 が 国 にお け る裁 判 例 と して は 、平 成8年 の旭 川 地 方 裁判 所 決 定 が、 仮 差
押 の本 案 付 随 性 を極 め て重 視 した判 断 を行 って い る。 す な わ ち 、同決 定 で は、
「日本 の 裁 判 所 に本 案 事 件 の裁 判 権 が 認 め られ な く と も、 仮 差 押 目的 物 が 日
本 に存 在 し、 外 国裁 判 所 の本 案判 決 に よ り、 将 来 これ に対 す る執 行 が な さ れ
る可 能性 の あ る場 合 に は、 日本 の裁 判 所 に仮 差押 命 令事 件 につ い て の裁 判 権
が認 め られ る と解 す るの が 相 当 」(傍 点 は筆 者 に よ る)で あ る と した。
この事 件 で は、 債 権 者 と債 務者 との 問 に締 結 され て い た 請負 契 約 に 関す る
(64)旭川 地 方 裁 判 所 平 成8年2月9日
決 定 、 判 時1610号106頁
、 判 タ927号254頁
。
(65)「
仮 の 地 位 を 定 め る 仮 処 分 」の 国 際 裁 判 管 轄 に つ い て は 、前 述 の 東 京 地 方 裁 判 所 決 定(前
掲 注(58))の よ う に 、 原 則 と して 「
本 案 管 轄 裁 判 所 」 の み に管 轄 が 認 め られ る と解 した
例 も あ る。
㈹ 保 全 命 令 の 国 際 裁 判 管 轄 に 関 す る比 較 的 最 近 の 国 際 的 な 動 向 一 般 につ い て は 、 的 場 朝
子 「保 全 命 令 の 国 際 裁 判 管 轄 に 関 す る 一 考 察 」 国 際 私 法 年 報10号98頁(2009年)。
国際商 事仲 裁 との 関係 で の裁判 所 を通 じた保全 命令 につ い て(的 場)
75
紛 争 につ き 日本 以外 の 国 の裁 判 所 を管 轄 裁 判 所 とす る 旨 の管 轄 合 意 が 存 在 し
て い た ため 、 日本 の 裁判 所 で本 案 訴 訟 を提 起 しよ う と して も管 轄 合 意 の抗 弁
に よ り訴 えが 却 下 され る 可 能性 が あ っ た。 この 旭 川 地裁 決 定 につ い て は賛否
両 論 が あ るが 、 この 決 定 に お い て展 開 され た論 理 を敷 術 す る と、 債 権 者 と債
務 者 との 問 に仲 裁合 意 が存 在 す る ケ ー ス につ い て も、 当該 仲 裁 に よる判 断 が
将 来 日本 で 承 認 ・執行 され る可 能性 を考 慮 す る こ と にな ろ うか。
(4)「 仲 裁 地 を管 轄 す る国 の 裁 判 所 」 の 役 割
A国 裁 判 所 に提 起 され る本 案 訴 訟 との 関係 で 、他 の如 何 な る 国 の裁 判所 に
保 全 命 令 管 轄 が 認 め られ得 る か とい う問題 を検 討 す る場 合 と異 な り、 仲 裁 手
続 との 関係 で 如何 なる 国 の裁 判 所 に保 全 命 令 管 轄 が 認 め られ る か とい う問題
を考 え る場 合 、仲 裁 地 を管 轄 す る 国 の裁 判 所(仲 裁 地 国裁 判 所)の 役 割 は何
な のか につ き思 案 しな い わ け に は い か な い。
前 述 の 東 京 地 裁 決 定 の よ うに仲 裁 地 国裁 判 所 を 「本 案管 轄 裁 判 所 」 と同視
す る立 場 は とらな い と して も、 少 な く と も、 例 外 的 に緊急 の場 合 な どに、仲
裁 との 関係 で 保全 を命 じる権 限 を仲 裁 地 国裁 判 所 が 有 す る と解 す る こ とが 円
滑 な仲 裁 制 度 の構 築 に 資 す る とい え る の か どうか は検 討 の 余地 が あ る。
3.仲
(1)仲
裁 廷 と裁 判 所 と の 役 割 分 担 と い う観 点
裁 廷 と裁 判 所 との 保 全 命 令 権 限 の 関係
仲 裁 廷 の保 全 命 令 権 限 と裁 判 所 を通 じた 保 全 命 令 権 限 との 関 係 に つ い て
は、2つ の考 え方 が あ る。1つ は、 同位 の競 合 を認 め る見解 で あ り、 もう1
つ は、 裁 判 所 の 保 全 命令 は仲 裁 廷 の そ れ に比 べ て補 充 的 にの み 認 め られ るべ
76
京 女法 学
第1号
き とす る 見 解 で あ る㈲。
シ ン ガ ポ ー ル に お い て は 、 前 述 の よ う に 、 ま ず 、NCC
Alliance
Concrete
Singapore
Pte Ltd事
International
AB
件 に お い て 方 向 性 が 示 さ れ 、2009年
改 正 さ れ た 国 際 仲 裁 法 のSectionl2Aは
v
に
、 裁 判 所 が保 全 措 置 を と りう る場 合
を制 限す る詳細 な 条 項 を置 い た。 つ ま り、 裁判 所 の保 全 命 令 権 限 を補 充 的 な
も の と す る 立 場 を採 用 し て い る 。
我 が 国 の 現 行 の 仲 裁 法15条 の 規 定 の 存 在 自体 は 、 こ れ ら の う ち の 一 方 を 採
用 し た も の と は解 さ れ て い な い(ss)。
(2)補
充 的 な もの と しての 裁 判所 の保 全 命 令
裁 判 所 の 保全 命令 権 限 は 補充 的 な もの にす ぎな い との立 場 に立 つ と、 さ ら
に 、 裁 判 所 を 通 じた 保 全 命 令 が 具 体 的 に 如 何 な る 場 合 に 認 め ら れ る の か が 問
題 に な る(69)。
シ ン ガ ポ ー ル に お い て は 、 前 述 のNCC
International事
件 で の 判 示 に お い
て 、
(67)
後 掲 注(ss)、81頁
〔
豊 田 〕。 松 浦 馨 「仲 裁 法 上 の 保 全 処 分 制 度 に つ い て(立
法 学50巻 別 冊357頁(2000年)、
法 論)」 名 城
特 に415頁 は 、裁 判 所 の 権 限 の 補 充 性 を 認 め る 立 場 を 「
基
本 的 に は 」 肯 定 さ れ る。 中 村 達 也 「暫 定 的 保 全 措 置 を 命 じ る仲 裁 人 の 権 限(3・
契 約 上 の 地 位 保 全 を 中 心 と して 」JCAジ
完)
ャ ー ナ ル45巻10号28頁(1998年)、
特
に32頁 は 、い ず れ に せ よ執 行 に際 して は 「裁 判 所 の 協 力 を必 要 と」す る と い う観 点 か ら、
「当 事 者 は 自 己 の 選 択 に よ り仲 裁 廷 と 裁 判 所 の い ず れ に 対 して もそ の 救 済 を 求 め る こ
と が で き る と解 す べ き」 と さ れ る が 、 「裁 判 所 に よ る権 限 の 行 使 が 仲 裁 手 続 の 障 害 と
な る の で は な く、 む し ろ 仲 裁 廷 に よ っ て は 十 分 に 得 ら れ な い 救 済 を 補 完 す る も の で な
け れ ば な ら な い こ と は 明 ら か で あ 」 る との 留 保 を 付 さ れ る 。
(68)小島 武 司=高
桑 昭 ・編
『
注 釈 と論 点
仲 裁 法 』(青 林 書 院 、2007年)80頁
〔
豊 田 博 昭 〕。
(69)ただ し、 中 野 教 授 は、 「『
補 充 性 の 原 則 』 を 承 認 す る と して も、 仲 裁 人 に よ る暫 定 的 規
整 の実効 性 が 制 限 されて い る こ とを考慮 す れば、 そ れ に よって 裁判 所 の保 全処 分 権 限
が 排 除 さ れ るべ き場 合 は 多 く な い 。 そ の う え 、 仲 裁 人 に よ る 暫 定 的 規 整 が 実 効 性 を も
つ か ど う か の 判 断 は、 当 事 者 が 合 意 し た仲 裁 手 続 の 具 体 的 内 容 、 仲 裁 手 続 準 拠 法 上 の
仲 裁 人 の 権 限 範 囲 、 中 し立 て ら れ る暫 定 的 措 置 の 内 容 、 申立 て が な さ れ た 時 点 な ど の
具 体 的 状 況 の い か ん に よ っ て 異 な り う る の で あ っ て 、 あ ら か じめ 一 般 論 を 立 て る の は
難 し い 。」 と 指 摘 さ れ て い る(中
野 俊 一 郎 「国 際 商 事 仲 裁 に お け る 実 効 性 の 確 保
仲 裁 と保 全 処 分 の 関 係 、 な ら び に 仲 裁 判 断 の 『
終 局 性 』 の 概 念 に つ い て(二
神 戸 法 学 雑 誌38巻2号353頁(1988年)、
特 に466頁)。
・完)」
国際 商事 仲裁 との関係 で の裁判 所 を通 じた保 全 命令 につ いて(的 場)
①
緊 急 の場 合 、
②
仲 裁 合 意 に拘 束 され ない 第 三者 に効 果 を及 ぼす 必 要 が あ る と き、
③
裁 判 所 の 強制 力 が 必 要 と され る場 合 、
77
に は裁 判 所 を通 じた保 全 命 令 が必 要 とな る こ とが 指摘 され て お り㈲、2009年
改 正 後 の 国 際 仲 裁 法Section12A(6)の 解 釈 と して も、 この① ② ③ の よ う な場
合 に は裁 判 所 が 保 全 措 置 を と りうる と され る もの と考 え られ る。
日本 の現 行 法 の下 で も、 解釈 上 、裁 判 所 が保 全 命 令 を発令 し得 る場 合 を制
限的 に検 討 す る余 地 は あ る。 た とえ ば 、保 全 措 置 に は多 様 な種 類 の もの(日
本 法 に照 ら して考 え る と、「仮 の地 位 を定 め る仮 処 分 型 」や 「
仮 差 押 型 」な ど)
が あ るが 、 措 置 の種 類 ご と に、仲 裁 廷 に よる命 令 に親和 的 な性 質 の もの とそ
うで ない もの、 裁 判 所 が 措 置 を とる こ とで仲 裁 手 続 に対 して不 当 な干 渉 とな
り得 る もの とそ う で な い もの 、 等 の違 い が あ る と考 え られ るhl)。
た だ し、 こ
う した違 い の考 慮 は、 少 な くと も我 が 国 の現 行 法 の 解釈 と して は、 裁 判 所 の
国際 裁 判 管 轄 の 有 無 の問 題 と して よ り も、 発 令 要 件(「 保全 の必 要 性 」 な ど)
を充 足 す るか どうか の問題 と して扱 わ れ る こ とに な ろ うか 。
V
お わ りに
本 稿 で 紹 介 した よ う に、シ ンガポ ー ル にお い て は 、外 国仲 裁 との 関係 で も、
裁 判 所 が 、 原 則 と して保全 措 置 を命 じ得 る もの とす る国 際仲 裁 法 改 正 が2009
年 に行 われ た(た だ し、 法 改正 前 か ら、 裁 判 所 の権 限 は仲 裁 廷 との 関係 で は
(70)NCC International事 件 に お け る 控 訴 裁 判 所 の 判 断(supra
note(49))の パ ラ グ ラ フ28-
41参 照 。
(71)措置 の 種 類 に よ る 違 い に つ い て は 、 従 来 か ら意 識 さ れ て きて い る 。 例 え ば 、 特 に 補 充
性 につ い て の言及 で は ない が、上 野泰 男
39巻4・5号1067頁
「
仲 裁 手 続 と保全 処 分
判 例 の検 討 」 関 法
、特 に1121頁 。 な お 、 中 野 ・
前 掲 注 ㈹ 、464頁 は 、 措 置 の 種 類 に よ っ
て 違 い が 生 じ得 る こ と を 否 定 さ れ て い る わ け で は な い が 、 裁 判 所 の 権 限 は 、 中 請 さ れ
る措 置 の 種 類 自体 で は な く、 む し ろ 「仲 裁 人 が 実 効 的 な 暫 定 的 規 整 を行 う こ とが で き
る 」 場 合 か ど う か とい うメ ル クマ ー ル に よ る もの と考 え られ る よ う で あ る 。
78
京女 法学
第1号
補 充 的 な もの と解 され て きて お り、 さ らに、2009年 改 正 後 も、 「
外 国」仲裁
との 関係 で は裁 判 所 が そ の裁 量 で権 限行 使 を控 え る こ とが 可 能 で あ る)。
日本 法 上 は、 「
仲 裁 合 意 が 存 在 して も、 急 を要 す る と きに、 仲 裁 地 の い か
ん にか か わ らず 、 裁 判 所 に保 全 処 分 を求 め る こ とが で きる こ と につ い て は、
従 来 か ら特 に 異 論 は な い 」(72)
との指 摘 もあ るが 、 前 述 の2007年 の東 京 地 裁 決
定(73)
の よ うに 「
本 案 管 轄 裁 判 所 」 と して 国 際 保 全 命 令 管 轄 を有 す る の は 「
仲
裁 地 を管 轄 す る裁 判 所 」 で あ る と解 す る場 合 、 仲 裁 地 が ど この 国 に所 在 す る
のか とい う事 項 が 少 な か らぬ 意 味 を もつ こ とに な る。 しか し、 我 が 国 にお い
て も、 国 際仲 裁 制 度 の発 展 を推 進 す る とい う観 点 か ら は、仲 裁 地 が どこ で あ
るか にか か わ りな く仲 裁 手 続 を適 正 にサ ポ ー トで きる方 向 で の 法解 釈 が望 ま
れ よ う。
なお 、 本稿 で は 、仲 裁 との 関連 で の 裁判 所 の保 全 命 令 の 問 題 を検 討 す る に
あた り、 そ こで求 め られ る命 令 の 種 類 に よっ て異 な る考 察 が 必 要 とな り得 る
こ と に は触 れ た が 、 そ う した多 様 な保全 命 令 の 中 に証 拠 に関 す る命 令 も含 め
られ るの か ど うか に つ い て は殆 ど検 討 で きな か っ た。 この 点 、 保 全 命令 の 国
際裁 判 管 轄 一 般 の 問題 と して も、 証 拠 に関 す る措 置 の位 置 づ け につ い て は 議
論 が あ る とこ ろ で あ る(74)。
国 際仲 裁 をサ ポ ー トす るた め に裁 判 所 が と り得 る
(72)小島 武 司=高
桑昭 編
『
注 釈 と論 点 仲 裁 法 』(青 林 書 院 、2007年)25頁
〔
高 桑 昭 〕。
(73)前掲 注(58)。
(74)民 ・商 事 事 件 の 裁 判 管 轄 と裁 判 の 承 認 ・執 行 に 関 す る ブ リ ュ ッ セ ル1規
前 身 の ブ リ ュ ッ セ ル 条 約24条)と
見 にお い て興 味深 い考 察 が な され て きてい る。多 田望
暫 定 措 置 と して の 証 拠 保 全 序 説:明
細 録 取(saisie
官 意 見 の 検 討 を 中 心 に 」 熊 本 法 学119号336頁
則31条)の
触 れて い る。
の
「国 際 知 的 財 産 権 侵 害 に お け る
description)とTedesco事
件 法務
を参 照 。 欧 州 司 法 裁 判 所 の 先 決 判 断 に つ
い て は 、 的 場 朝 子 「欧 州 司 法 裁 判 所 に よ る 保 全 命 令 関 連 判 断
条(規
則31条(そ
の 関係 で は、欧 州 司法 裁判 所 の先 決 判 断や法 務 官意
解 釈 」 神 戸 法 学 雑 誌58巻2号99頁(2008年)、
ブ リ ュ ッセ ル 条 約24
特 に 、155-160頁
で も
国際商 事仲 裁 との 関係 で の裁判所 を通 じた保全 命令 につい て(的 場)
79
措 置 は如 何 な る もの なの か 、 証 拠 保 全 命 令 の よ うな措 置(75)は
日本 の仲 裁 法15
条の 「
保 全 処 分 」 とは 区 別 され るの か(76)
とい っ た 点 の検 討 は、今 後 の 課題 と
した い。
(75)UNCITRALモ
ろ、2006年
デ ル 法Article17は
仲 裁 廷 の 保 全 命 令 権 限 につ い て の 規 定 で あ る と こ
改 正 後 に 加 え ら れ たArticlel7(2)は
に列 挙 す る 。Articlel7(2)の(d)号
仲 裁 廷 が 命 じ得 る 各 種 の 措 置 を 具 体 的
で は、 「紛 争 解 決 に 関 連 を 有 し、 か つ 、 重 要 な 証 拠 を
保 全 す る 」 命 令 が 挙 げ られ て い る 。
㈹ 証 拠 調 べ につ い て は 、 我 が 国 の 仲 裁 法35条 に 明 文 の 定 め が あ る 。 しか し、 仲 裁 法1条
・
3条 に よ る と、 こ の35条 は 仲 裁 地 が 日本 国 外 に あ る 場 合 に は 適 用 され ず 、 こ の 規 定 を
根 拠 と し て外 国 仲 裁 との 関 連 で 日本 の 裁 判 所 が 証 拠 調 べ の 手 続 を行 う こ と は で き な い
と解 さ れ て い る。
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