Comments
Description
Transcript
自己過程としての巡礼行動の社会心理学的研究(6)
March 2 0 0 3 ―7 3― * 自己過程としての巡礼行動の社会心理学的研究(6) ―四国遍路手記の内容分析― 藤 原 武 弘** 者に顕著であることが明らかになった。また藤原 問 題 (2002)は、比較文化心理学的な観点から、四国 八十八ヶ所遍路とサンチャゴ・デ・コンポステラ 藤 原(1999,2000a,2000b,200 1,2002)は、 巡礼の類似点と相違点を比較した。その結果、両 自己過程の観点から巡礼行動を研究してきた。藤 巡礼の発生や歴史的・環境的なレベルでは差異が 原の分析の枠組みは、入力条件(巡礼行動への動 見られるが、巡礼行動の次元や象徴的なレベルで 機付け)、過程変数(巡礼行動の過程)、出力変数 は共通性や類似性が見られるという興味深い知見 (巡礼行動の残効効果)ならびに背景あるいは文 を見出している。 化的変数(巡礼行動の次元)の4つの要因から成 ところで第一番札所である霊山寺の資料による り立っている(藤原,1999)。藤原(2000a)は、 と、ここ10年くらい徒歩による四国遍路は増加し 四国遍路を徒歩で行った僧侶を対象として面接調 ている(藤原,2 002)。その結果として、自らの 査を行った。その結果、巡礼行動の過程には二次 遍路体験を出版したり、インターネット上に公開 元の要因、すなわち動機付け的入力変数(信仰の している人々が増えている。そこで本研究の目的 強さ)ならびに出力変数(巡礼行動の残効効果) は、四国遍路の体験を綴った手記を内容分析する が関与していることが明らかになった。また藤原 ことで、巡礼者の自己過程を解明することにあ (2000b)は、徒 歩 や 自 転 車 で ス ペ イ ン の サ ン る。 チャゴ・デ・コンポステラを訪れた1 07人の巡礼 方 者を面接した結果、巡礼行動の過程には二つの次 法 元が関与していることを見出した。ひとつは巡礼 の形態であり、個人で巡礼するか、集団で巡礼す 内容分析の対象としては出版された書物で、著 るかというものである。もうひとつは、動機付け 者が購入可能なものとした。従って、絶版等で入 的入力変数であり、それは信仰の強さと内容の次 手不可能な書物は省かざるを得なかった。選択の 元に関するものである。藤原(2001)は、四国の 基準は、第一に徒歩遍路の体験を綴った手記に限 八十八ヶ所の霊場を訪れた巡礼者に面接調査を 定した。従って、自転車や自動車、タクシー、鉄 行った。巡礼者のデモグラフィック要因を最適尺 道といった乗り物を利用した巡礼者の手記は省略 度法で解析した結果、次の二つの次元を析出し した。第二に、随筆風のものは分析の対象とせ た。ひとつは巡礼の時間的な長さ要因であり、長 ず、日記のように時間的順序で事実を記述してい 期型か短期型かに関する要因である。もうひとつ る手記に限定した。たとえば、手束妙絹(1 988) は、年齢、職業ならびに巡礼形態に関わる要因で 「人生は路上にあり」愛媛県文化振興財団は、巡 ある。巡礼行動が身体的、心理的状態に及ぼすポ 礼者にとってのバイブルともいうべき書物である ジティブな効果が見出され、その傾向は特に高い が、随筆なので今回の分析からは除外した。第三 自己意識を持つものと強い宗教的態度をもつ巡礼 には、最近の遍路の動向を知るという意味で、 * キーワード:巡礼行動、自己過程、四国八十八ヶ所遍路、内容分析 関西学院大学社会学部教授 ** ―7 4― 社 会 学 部 紀 要 第9 3号 1990年以降に出版されたものを対象とした。たと で、かなり男性のほうが早足で四国を回ってい え ば、高 群 逸 江(1979)「娘 巡 礼 記」朝 日 選 書 る。男女別では男性のほうが相対的には年齢が高 は、巡歴記の古典とも言うべき書物であるが、古 いことから(男性5 2. 2歳、女性43. 8歳)、年齢差 いので分析からは除外した。 によって遍路日数が影響を受けているとは考えが たく、生物学的な体力差によるのかもしれない。 結 果 もし生物学的な差でないとしたら、男性のほうが 女性よりもせっかちで、先を目指す傾向があるの まず、著者名、書名、出版社、出版年、著者の かもしれない。 性、遍路を始めた年齢、現住所、遍路時の職業、 遍路の動機は、具体的には、「大師の導き」「歩 遍路後の職業、宗教的信仰の有無、信仰している く行」「生まれ変わる」「健康」「道楽の歩き遍路」 場合はその宗派、遍路のタイプ、遍路の時期、遍 「旅好き」「人生の節目」「死の体験」「自分のこと 路に要した日数、遍路の動機、接待の内容、遍路 を考え直す」「退職記念」「ストレス解消」等実に により得たものに関する一覧表を作成した。その 多様である。信仰のためではないと公言している 内容分析の結果は表1に要約されている。21冊の 人が多く、現代の遍路は、いわゆる宗教的な動機 著書の内容分析の数量的な結果について述べる。 に基づくものはごく少数である。早坂暁の言う 出版件数は1998年までは1,2冊だったが、1999 「哲学的遍路」、辰濃(2001)の指摘する「生き方 年8冊、2000年5冊 と 急 激 に 増 加 し た(図1参 に向き合う遍路びと」 「人生遍路」が増えている 照)。 のかもしれない。川喜田(1 986)の考案した K J 法を用いて、巡礼の動機を構造化したのが図2で ある。まず、巡礼行動の動機(モチィベーショ ン)要因は外的な要因と内的な要因に大きく分け られる。外的な要因としては、『時間的なゆと り』、『遍 路 手 記 と の 出 会 い』、『外 的 な き っ か け』、内的な要因としては、 『修行』、や『人生再 模 索』を 含 ん だ 自 己 拡 大、 『娯 楽』 、『健 康』と いったクラスターに分類できることが明らかに なった。 図1 年度別に見た分析対象書物数 平均ページ数は、250. 8ページ(標準偏差97. 0) である。性別の内訳は男性76. 2%、女性23. 8%、 遍路の体験・残効効果は、 「人生の立ち止まり の一つ。何事もそのままに」 「我執がとれていく ことを実感」「88kg の体重が7 7kg に」「γ―GTB53 に下がる」 「人生において大切なことは積極性」 遍路を始めた平均年齢は50. 1歳(標準偏差14. 0)、 「皆に生かされ、皆を生かす」 「血圧が1 0前後低 遍路のタイプは通し打ち61. 9%、区切り打ち38. 1 下」「人を好きになった」「自分のやりたいことは %、遍路日数の平均は4 2. 0日(標準偏差9. 4)で 見つからなかったが、焦らずゆっくり探す」 「人 あった。居住地域も北は埼玉、千葉、東京から南 間観が変わった」「信じられるようになった」「体 は福岡、大分まで様々で地域的な偏りはない。た 調が良くなった」 「自分の人生観がいい方に変 だし遍路の本家本元とも言うべき四国地方の著者 わった」「自分を人間として高める。それが仕事 がいないのは興味深い。職業は判事、公務員、教 にも好影響」「内面的に強くなった」「素朴に生き 員、会社員、会社社長、バー経営、牧場、新聞記 れば良いということに気づいた」等々、多種多様 者、作家等、多様である。その中で一番多い職業 である。K J 法により、遍路経験を構造化したの は会社員である。 が図3である。 『おかげの自覚』 、『自己のこだわ 男女別では遍路日数に大きな違いがある。男性 が38. 3日(標 準 偏 差5. 3)、女 性 が5 4. 2日(9. 8) り脱却』、『人生観の確認』、『身体のポジティブな 変化』、『精神のポジティブな変化』 、『課題模索』 March 2 0 0 3 といったクラスターに分類できるようである。 表1で示したように、遍路が地元の人々から与 ―7 5― いも含めて、解明して行くことが今後の課題であ る。 えられた接待に関しては、書物中にその記述があ 考 ればすべての内容を抜き出した。県別による違い 察 が分かるようにするため、スラッシュで区切をつ けた。徳島、高知、愛媛、香川という具合に、遍 巡礼を行いその体験を出版した人々の代表的な 路が訪れた県順になっている。接待内容を集計す プロトコールは以下のごとくである。定年を真近 ると、図4に示したように、お金、飲み物、食べ にひかえているか、定年をすでに迎えている男 物、果物、菓子の順である。星野(2002)は、徳 性、遍路年齢は5 9. 4歳、学歴は国立大学卒が多 島県の一番札所から十番札所までの間の沿道住民 い、信仰する宗教はなく、巡礼の動機も宗教的な に接待経験に関するアンケート調査を実施してい ものではない。巡礼のタイプは通し打ちで、時間 る。その結果、第一位がお金、第二位がお茶、第 的なゆとりができて、人生を再模索、自分の体力 三位がみかん、第四位がジュース、第五位が菓子 の限界に挑戦するといった自己拡大が巡礼の動機 の順で、筆者の内容分析結果と一致している。 である。また遍路を行うことにより、何らかのプ 更に県別に見た接待総数は、愛媛、高知、徳 ラスの成果を物心の両面で得ている。おそらく自 島、香川の順である(図5中の実測値参照) 。こ 分の人生に作品を残そうと思って書物を出版した の結果からすれば、一見愛媛県の住民が接待をよ ものと推測される。あるいは遍路そのものが自分 くしているのは事実であるが、文字って「遍路も の作品なのかもしれない。書物の中には、自分で 歩けば接待にあたる」現象のように、それぞれの 書いた文章のほかに、自分で描いたイラスト、詠 遍路がどのくらいの期間、その県を遍路していた んだ和歌や俳句、自分で撮影した写真等が掲載さ のかも含めて考察を行う必要がある。そこで距離 れており、趣味が多彩な作者の顔がうかがわれ を代用として、全距離の中で各県が占める比率を る。 算出した。理論値と実測値の比較という観点から 人生50年の時代には、50の坂を迎えた頃には、 すると興味深い事実が明らかになった。期待値以 既に死の年齢が眼前に迫り、人生を振り返った 上に実測値がとりわけ高い県は徳島県であり、逆 り、安堵したりするゆとりがなかった。ところが に低い県は高知県である。徳島の人々は、理論的 ここ2∼30年の間に、急に高齢化社会に突入して に期待される以上にお接待をよくし、逆に高知県 きた。2001年度厚生労働省がまとめた簡易生命表 の人々はお接待をしない傾向にある。なぜこのよ によると、日本人に平均寿命は男性7 8. 07歳、女 うなことが生じたのかについては、風土的、歴史 性84. 93歳である。およそ残りの3 0年をどのよう 的な背景にその原因があるのかもしれない。四国 に生きていったらいいのか、そのためのマニュア でも高知県は冬でも気候が穏やかで、過しやす ルもなければモデルも思い浮かばないのかもしれ く、歴史的にも乞食遍路や偽遍路が多かった。そ ない。とりわけ仕事中心に生活してきた男性の場 して土佐藩も彼らを厳しく取り締まっていたとい 合には、その傾向は顕著であるのかもしれない。 う事実がある(山本,1995)。従って、乞食遍路 さらに人生の転換点という中年特有の課題があ や偽遍路に対する非好意的な態度が、一般の遍路 る。ユングがこの問題を取り上げているが、河合 に対する態度に転移、一般化されたことに由来す (1993)の言葉を借りれば、「人生を前半と後半に るのかもしれない。 分け、人生の前半が自我を確立し、社会的な地位 県別に見た接待内容を示したのが図6である。 を得て、結婚して子どもを育てるなどの課題を成 県別による違いに注目すると、香川県は他の県に し遂げるための時期とするならば、そのような一 比べて「金」の比率が高く、その分だけ「果物」 般的な尺度によって自分を位置づけた後に、自分 の割合が少ない。なぜこのような県別による差が の本来的なものは何なのか、 「自分はどこから来 生み出されたのかは不明であるが、既に指摘した て、どこに行くのか」という根源的な問いに答え 接待総数の違い、接待総数の実測値と理論値の違 を見いだそうと努めることによって、来るべき ―7 6― 社 会 学 部 紀 要 第9 3号 表1 No 著者 書名 ページ数 出版社 出版年 性 遍路年齢 住所 遍路時職業 遍路前職業 信仰の有無 宗派 遍路のタイプ 1 田崎 笙子 娘遍路 152 葺書房 1991. 3 女 23 福岡県 2 喜久本朝生 四国歩き遍路の記 246 新風書房 1994. 6 男 49 京都府 判事 判事 有 浄土真宗 区切り打ち 3 岡田 龍雄 サラリーマンの お遍路記 317 自費出版 1995. 10 男 広島県 公務員 公務員 無 区切り打ち 4 武藤 暢夫 四国歩き遍路の旅 311 東京経済 1996. 9 埼玉県 教員 青年の家職員 (埼玉大学卒) 通し打ち 5 和田 明彦 曼荼羅の旅 210 近代文芸 1996. 12 男 38 社 神奈川県 無職 会社員 (一橋大学卒) 通し打ち 6 伊藤 まき 四国霊場満足行日記 116 新風社 1997. 8 女 69 大分県 無職 7 白神 忠志 お遍路 洋々社 1997. 10 男 58 東京都 会社員 431 男 61 発掘事務所 (福岡大学卒) 遍路体験 通し打ち 区切り打ち 会社員 無 (和歌山大学 卒) 区切り打ち March 2 0 0 3 ―7 7― 記の内容分析 遍路の時期 日数 遍路の動機 1.大師の導き 2.高群逸枝「お遍路」 接待 1988. 4. 13∼6. 10 58 1990. 8. 17∼8. 23 1991. 7. 20∼7. 28 1993. 1. 4∼1. 13 1993. 8. 19∼8. 28 36 1990. 1. 13∼14 1990. 4. 28∼30 1990. 11. 10∼12 1991. 2. 9∼11 1991. 4. 27∼29 1991. 9. 14∼16 1992. 2. 28∼11 1992. 11. 21∼23 1993. 1. 15∼17 1993. 5. 21∼23 1994. 1. 14∼16 1994. 3. 19∼21 1994. 5. 3∼5 36 1.テレビドラマ あめ、ティッシュペーパー、みか 傷心の少女が世をはかな ん、金(100円)、山行きの服装 みお遍路に出て立ち直る 2.お寺好き 3.週休2日制 1995. 4. 22∼5. 29 38 1.歩く修行をする 2.生まれ変わる 1992. 8. 8∼9. 6 30 1.歩く行 2.リフレッシュ休暇 「定年からは同行二人」(小林 淳宏) 1.退職と再就職の間の休み 2.「定年からは同行二人」 (小林淳宏) 「四国遍路で生まれ変る」 (高田真快) 1993. 6. 21∼6. 28 42 1993. 11. 14∼11. 21 1994. 2. 15∼2. 23 1994. 6. 19∼6. 27 1994. 11. 14∼11. 21 1995. 3. 19∼3. 25 42 1995. 11. 11∼11. 25 1996. 3. 17∼3. 27 1996. 11. 7∼11. 15 みかん、お菓子、金、弁当 6人のオーストラリア人 (2日間) ジ ュ ー ス、100円、弁 当、500円、 2万5千分の1の地図 30円/605円、100円、1000円、牛 乳、茶、金、ジュース、弁当/100 円、160円、500円、100円、コ ー ヒー、茶とティッシュ/すいか、 10円、100円、茶 焼き芋、茶、茶菓子、ティッシュ ペーパー、今川焼、100円/絵ハガ キ、500円、洗 濯、500円、ア イ ス ク リ ー ム、1000円、洗 濯、バ ナ ナ、1000円/菓 子、500円、み か ん、ウーロン茶、オロナミン C、 キャラメル、110円、500円、オロ ナ ミ ン C、弁 当/弁 当、ジ ュ ー ス、ウーロン茶 300円、50円、ト コ ロ テ ン、200 円、草 餅/あ め、ト マ ト、2000 円、豆 菓 子、10円/1000円、1000 円、3000円、コ ー ヒ ー、饅 頭/ 1000円、ポ カ リ ス エ ッ ト、み か ん、饅頭、梨、キャラメル、杖、 ジュース、梨、丸坊主、1000円、 うどん、茶、ブドウ、オロナミン C、500円、1000円、100円、1000 円、100円、1000円、100円、200 円、2000円、納 経 料100円/1000 円 、100円、100円 、500円 、110 円、100円、500円、納経料と500円 とあめ、300円と湿布薬、1000円、 1000円、1000円、1000円 ジ ュ ー ス、茶、甘 湯、飲 物、 シ ャ ー ベ ッ ト、ジ ュ ー ス/茶 菓 子、1000円、ぜ ん ざ い、コ ー ヒー、おはぎ、ジュース、昼食、 ジュース、おにぎり、ジュース、 茶、茶、薬湯、茶菓子、餅 1.還暦が近づくにつれ足腰 の弱りの実感からオーバー ホールの必要、健康 2.金と時間 子ども独立連 続休暇が取れる「道 楽 の 遍 路」 他者との相互作用・その他 200円、茶、焼 き 芋、100円、100 円、100円、200円、700円、饅頭、 100円、みかん/洗濯、茶、金、昼 食、茶、み か ん、100円、100円/ 1000円、みかん、100円、みかん、 茶菓子、抹茶、ジュース、線香、 汗拭き、1000円、飴、みかんと餅 /おにぎり、100円、飴 遍路により得たもの 人生の中の「たち止まり」 のひとつ、何事もそのまま に 我執がとれていくことを実 感 80Kg→77Kg 人生において大切なことは 積極性 人のお役に立てる人間にな れるか 「どんな大変なことでも目 標を見失わない限り忍耐強 く一歩一歩を積み重ねるこ とで目標を達成できる」 (p.5―6) 「つみかさね」(p.218―219) 「念ずれば花ひらく」 (p.244―245) ―7 8― 社 会 学 部 紀 要 第9 3号 著者 No 書名 ページ数 8 上林 三郎 定年遍路記 195 9 渡辺 安広 四国八十八ヵ所霊場 142 巡り 出版社 出版年 性 遍路年齢 住所 遍路時職業 遍路前職業 信仰の有無 遍路のタイプ 男 59 兵庫県 無職 文芸社 1999. 1 男 51 広島県 ホームヘル 会社員(電気 パー 保守) (工業高校卒) 通し打ち 10 原田 伸夫 還暦のにわかおへん 233 ろ 新風書房 1999. 2 男 60 兵庫県 無職 会社員 無 (一橋大学卒) 通し打ち 11 潮見 英幸 サンダル遍路旅日記 321 文芸社 1999. 6 男 20 大阪府 牧場 (日本動物植 無 物専門学校 卒) 通し打ち 12 細谷 昌子 詩国へんろ記 新評論 1999. 10 女 54 東京都 フリー編集 フリー編集者 無 者 (女子美大卒) 通し打ち 13 西川阿羅漢 歩く四国遍路千二百 237 キロ 現代書館 1999. 11 男 67 愛知県 海上保安庁 定年退職 職員・業務 管理官 無 通し打ち 14 高見 貞徳 四国霊場巡り 歩き 272 遍路の世界 文芸社 1999. 12 男 54 富山県 会社社長 会社社長 無 区切り打ち 15 林 大斐 心の詩 80 文芸社 1999. 12 男 62 岐阜県 銀行員 倉庫会社総務 無 部長 通し打ち 16 森 春美 女へんろ 元気旅 225 JDC 1999 兵庫県 バー経営 バー経営 区切り打ち 414 女 40 会社員(技術 無 者) (京都大学卒) 宗派 文藝書房 1998. 6 無 通し打ち March 2 0 0 3 遍路の時期 ―7 9― 日数 遍路の動機 1.「定年からは同行二人」 (小林淳宏) 現状打破の気持ち 30数年の サラリーマン生活の反省 マ ンネリに堕している 現実の 勅旨 接待 他者との相互作用・その他 遍路により得たもの 1996. 8. 30∼10. 4 36 1998. 5. 11∼6. 9 30 1.旅好き 2.人生の節目 3.母のため 菓 子 と 茶、1000円、小 銭 入 れ、 三人巡り(5. 14∼5. 18) ジュース、コーヒーとみかん/パ ン、み か ん、茶、300円、金/? 100円、飲 物、110円/納 経 料、靴 下、200円、食 物、茶、300円、み かん マラソン 「皆に生かされ皆を生かす」 1998. 4. 10∼5. 14 35 1.健康 2.死の体験 父母の死、大 震災 3.人生の残りの時間を「よ く生きる」ため 100円、ブ ル タ ン、み か ん、1000 円、線香/洗濯、弁当/飴とおに ぎりとチョコレート、手拭、弁当 /新 聞、茶、茶/飲 物、金、タ オ ル、おにぎり、オロナミン C、金 ジョギング 54Kg→51Kg 血圧10前後低下 γ―GTB53に下がる 多くの人の支え p.228 1997. 5. 10∼6. 20 43 自分のことを考え直したい 1000円、バ ナ ナ、1000円、昼 食、 いろいろな人と共に歩く 缶コーヒー宿、夕食/5000円、500 円、キナコ餅、イワモチ、おにぎ り/飴、ジュース、タオル、10000 円/5000円、1000円 人を好きになった 自分のやりたいことは見つ からないが、焦らずゆっく り探す 1995. 3. 6∼5. 12 67 息子の成長(一人暮し)を受 茶、焼 き 芋、1000円、菓子、み か 一人で歩くことが多い け入れるため ん、レモンティー、八朔、甘夏、 手 拭、1000円、み か ん、ヤ ク ル ト、かきもち、みかん、みかん、 甘夏、1000円、コーヒー/缶コー ヒー、みかん、菓子、オロナミン C、焼 き 芋、飴、み か ん、甘 夏、 1000円、茶、1000円、200円、餅、 缶 ジ ュ ー ス、500円、弁 当、お 守 り、弁当、ふかし芋、茶/300円、 弁 当、果 物、菓 子、飴、コ ー ヒ ー、1000円、小 銭/弁 当、茶、 茶、葛湯 1997. 4. 26∼5. 26 31 退職記念 慢性的持病治療 1995. 4. 30∼ 39 なんとなくし て み た い、趣 布 袋、テ ィ ッ シ ュ、茶、菓 子、 味、ストレス解消、健康 茶、おはぎ、ふかし芋/500円、缶 ジ ュ ー ス、果 物、車 接 待、こ な つ、缶ジュース、200円、和菓子、 イヨカン、大福/200円 自分の人生観がいい方にか わる 自分を人間として高める それが仕事にも好影響 1998. 10. 21∼12. 2 43 幼少の頃愛媛県石鎚山の麓の 母方の実家に預けられてい た。そこで、祖母が接待して いるのを見て、いつか自分も 遍路をしなければならないと 感じた コーヒー、お茶、梅干、手拭、正 露丸、果物、菓子/値引き(金)、 値引き(金)、お守り、治療費、お むすび/柿、みかん、タオル、菓 子/茶、菓子、果物、金 遍路とは人生なり 遍路が 人生なら詩もまた人生 遍 路もまた詩なり 1991. 11. 16∼ 57 ストレス解消 茶、菓子、芋、柿、饅 頭/アイス クリーム、ヤクルト、500円、100 円、ウ ー ロ ン 茶、饅 頭、缶 コ ー ヒ ー、み か ん、ヤ ク ル ト/1000 円、氷 砂 糖、缶 ジ ュ ー ス、1000 円、200円、110円、キ ウ イ、納 経 代/200円、1000円、よ も ぎ 餅、 シュークリーム、ウーロン茶 内面的に強くなった 2000円/100円/弁 当、梨、100 境内 灯明台 手洗い布 円、リポビタン D、飴、うどん、 トイレ 清掃 chech p.104 パン、コーヒー、洗濯、弁当/500 清潔 円、饅頭、茶、ケーキと茶、ヤク ルトと甘納豆、朝刊 ジュース、電話代、ポンカン/飲 物、キ ャ ラ メ ル、300円/甘 夏、 500円、弁当、ポカリ、弁 当、100 円/緑茶/110円、300円 人間観がかわった 「信じられるようになった」 「信 じ よ う と 思 う よ う に なった」 2人で歩くと心強い、宿泊 体調がよくなった しやすい 得がたい人生経験 自然との対話がない、歩き にくい、ペースをあわせな いと行けない ―8 0― No 著者 社 会 学 部 紀 要 第9 3号 書名 ページ数 出版社 出版年 性 遍路年齢 住所 遍路時職業 遍路前職業 信仰の有無 会社員(出光 無 興産) 宗派 遍路のタイプ 17 財津 定行 お遍路はお大師さま 254 と三人旅 歩いて見 つけた夫婦の絆 リヨン社 2000. 3 (二 見 書 房) 男 57 神奈川県 自営業 通し打ち 18 横田 賢一 四国霊場四季暦 へ 239 んろみちきせつのか たらい 山陽新聞 2000. 4 社 男 48 岡山県 山陽新聞記 山陽新聞記者 者 (同志社大学 卒) 区切り打ち 19 加賀山耕一 さあ、巡礼だ 445 三五館 2000. 4 男 37 千葉県 塾経営 ノンフィク 無 ション作家 通し打ち 20 藤井 玄吉 玄さんの四国八十八 204 ヵ所遍路記 文芸社 2000. 7 男 62 広島県 広島県職員 無(鳥取大学 無 ・広島県酪 卒) 農業共同組 合連合会 通し打ち 21 高田 京子 ある日突然、お遍路 222 さん JTB 2000. 8 女 33 埼玉県 フリーライ フ リ ー ラ イ 無 ター タ ー(大 学 卒) 区切り打ち March 2 0 0 3 遍路の時期 ―8 1― 日数 遍路の動機 接待 他者との相互作用・その他 遍路により得たもの 1998. 3. 26∼5. 8 45 1.今までの縦指向を横指向 にかえたい 2.本当の旅をしてみたい 3.これからの人生を会社や 家庭のしがらみから解放して じっくしと考えてみたい 巾着、草餅、サツマイモ、おにぎ 夫婦で遍路 り、お茶、みかん、ドラ焼、1000 円、1000円、草 餅、ジ ュ ー ス、 1000円、厄 除 指 輪、500円、飴、 マッチ、ティッシュ/八朔、オレ ン ジ、清 酒、茶、羊 羹、コ ー ヒー、いちご、480円、餅、おにぎ り、ケ ー キ、240円、パ ン/み か ん、100円、500円、饅 頭、巻 き 寿 司/パインジュース、夏みかん、 かっぱ、650円 素朴に生きればよいという ことに気がついた 1999. 3. 29∼ 46 取材 200円、茶、干し柿、八朔、靴下、 700円、梅酒/茶、軍手、洗濯、野 菜 ジ ュ ー ス、飴、缶 ジ ュ ー ス/ 茶、缶コーヒー、缶ジュース、ア イ ス ク リ ン、タ オ ル、1000円、 1000円、100円、缶ジュース、茶、 饅 頭、ジ ュ ー ス/う ど ん、缶 ジュース、コーヒー、朝食 経済の閉塞状況にひきずら れて明るさが滞り不安を抱 えた世相の人心の在りよう と関係がないかを探る連載 記事を書く 1993 44 1.どこかへ旅に出て現状を 一新させたい 2.いったん日常から離れ、 もやもやとした生活の流れを 断ち、新しい自分に生まれ変 わることはできまいか 風呂、昼食、蒸し芋、草餅、茶、 夕食/びわ、200円、五目寿司、び わ、弁当、ゆで卵、弁当、500円/ 朝 食、栄 養 ド リ ン ク、弁 当、10 円、100円、300円、お に ぎ り、小 夏、弁当、200円、夏みかん、1000 円、100円、500円、菓 子 パ ン、果 物、あ ん ぱ ん、ジ ュ ー ス/1000 円、500円、100円 まだ杖をおさめるのに至ら ぬ区切りの1つ 自分に問うては応えるもう 一人の私自身との同行二人 1996. 6. 17∼7. 12 35 1.ひとりになってこれまで の人生を振り返り、本来の自 分を見つめ、精神をリフレッ シュし残る人生に備えたい 2.近年運動不足で血糖値が 高くなっている。血糖値を下 げて体質改善を図りたい 3.自分の体力と実行力、精 神力を試してみたい 4.通し打ちをするには体力 があり、許される時間がある 時期を逃すと再び実行するの は不可能で、今回は最後の機 会である。今やら 100円、ポ カ リ/500円、1000円、 と う も ろ こ し/1000円、500円、 茶、アイスクリーム、オロナミン C、110円、100円、牛 乳/飴 玉、 オ ロ ナ ミ ン C、夏 み か ん、コ ー ヒー、100円、飴湯、1000円 1.焦ることなく生涯の心 の糧として、ただし持ち腐 れにならないように日々努 力していかなければならな い。 2.一人旅は貴重でかけが えのない財産を得ることが できた。 1993. 10. 22∼10. 31 47 1995. 3. 29∼4. 8 1995. 10. 29∼11. 10 1996. 3. 18∼4. 1 1.なんだか面白そう 2.巡礼の道とやらを自分の 足で歩いてみたい 3.「旅する力」の正念場 1000円、車、みかん、ヤクルト/ ワークショップに参加 茶、菓子、おにぎり、みかん/み 最終回は三人で遍路 か ん、米、柿、コ ー ヒ ー、茶、 柿、100円、茶、菓子、コーヒー、 缶 コ ー ヒ ー、み か ん、餅、バ ナ ナ、ケーキ、コーヒー/饅頭 「こだわりの心をひとつひ とつ捨ててゆく」修行とい うことを実感。死出の旅路 はまた生きるための旅路で もある。 ―8 2― 社 会 学 部 紀 要 第9 3号 図2 巡礼行動の動機の March 2 0 0 3 KJ 法による分類結果 ―8 3― ―8 4― 社 会 学 部 紀 要 第9 3号 図3 遍路経験の効果の March 2 0 0 3 KJ 法による分類結果 ―8 5― ―8 6― 社 会 学 部 紀 要 第9 3号 図5 図4 県別のお接待・実測値と期待値比較 お接待内容別総数 「死」をどのように受けいれるのか、という課題 に取り組むべきと、考えたのである。」(p.5―6) ということになる。このように人生の転換点を迎 えた中年が、将来への展望を模索しながら、自分 の人生の再生、創造活動を賭けた行為が巡礼行動 という形をとって現れたのかもしれない。 方法で触れた選択基準をみたさなかったので、 内容分析の対象とはならなかった書物がある。60 図6 県別の接待内容 代、70代でのすごし方を求めて、58歳で郵便局を 早期退職して遍路へと旅立った男性(木下和彦 力は霞んでしまう。だが、論文では文字以外は引 2001 「ゆっくりのんびり お四国さん―退職後 用できないので実にもどかしい。芸術家だけに遍 文芸社刊)のケースは、上 路動機についての表現もプロローグでは暗示的、 の生き方を探す旅」 に述べた典型例である。遍路の成果として、1 隠喩的であり、しかも遍路動機に関しては明らか 禁煙できた、2 に自己開示を拒否している。 床の間に大師堂を作ってお経を あげるようになった、3 遍路前に比べて多少信 仰心を持つようになった、4 が取れた、5 「そんな禁欲的とも受け取れる旅に対しての興 日常生活のぜい肉 味は漠然としたもので、以前から特別な思い入れ 何でもない平凡な日々に感謝でき があったわけではない。ただ、そのころの僕は、 るようになった信心深くなったことを具体的に列 少々厄介な、しかし本人にとっては絶望的な問題 挙している。遍路動機も、遍路の成果も明白で、 を抱えていた。そのモヤモヤした“おり”のよう 意識的、自覚的である。しかし遍路をする人々の な問題は、ブクブクと醜く太って成長しながら僕 すべてが、動機や成果を意識的、明示的に語れる を圧迫していた。ただ、そんな個人的な話をして わけでもない。また典型例や平均像では語りつく も、他人には無意味なこと。遍路に出ようと思っ せない遍路も多い。ここではそうした少数派の遍 たプライベートな動機についてはご想像におまか 路例を取り上げて、動機や遍路体験がインプリ せすることにして、・・・。」(p.4) シットで、無意識的なケースにも光をあててみた い。 しかし46番札所、浄瑠璃寺あたりの通夜堂、夜 の雨が彼の自己開示を顕わにする。 小野庄一著「四国霊場徒歩遍路」中央公論社刊 「残された短い時間の中で「生きた証」を手に は、写真と随筆から構成されている。現在の年齢 入れたいと半狂乱で電話をかけてくる昔の恋人。 は39歳なので、おそらく30歳台半ばに遍路を行っ 少年時代には実らなかった恋の代わりに、何か役 たものと推測される。プロの写真家なので映像が に立てばと思う心にスキすきがあったのだろう 訴えかけてくる情報量のほうがはるかに多く、秀 か?自分の大切な「お金と時間」をつぎ込んで、 逸である。彼の写真を前にすると、文字情報の迫 彼女の「生きた証」を実現するために奔走した僕 March 2 0 0 3 ―8 7― は、一体何だったろうか?結局その後、有形無形 めてみたかった。私は多くの知りたがりを抱え の負債を背負い込まされた僕への連絡はなく、口 て、四国にやってきていた。唯一、大きな悩みだ 車に乗せられたというか、実に理不尽な仕打ち けが、抱えてこなかったことかもしれない。弘法 だ。―改行―。人を信じることを放棄して、辛う 大師は二の次、三の次だった。」(p.28―29) じて残されている仕事で食いつなぎ、夢見ること 一見自分は何の問題も抱えていないような記 もない「生きた屍」のような暮し。遍路のことが 述、違う自己との出会いを求めて遍路が始まる。 急に気になり始めたのは、そんな日常に限界を感 しかし旅での経験と過去回顧との相互作用の結 じ始めたころだった。」(p.116) 果、徐々に彼女の本心が露になる。 エピロ−グでは、著者の心理的な外傷である、 「しかし私に悩みがないといえば、嘘だろう。 もやもやした“おり” 、あるいはブヨブヨへの対 素っ裸になれば古傷のひとつやふたつ、どこかに 処法の糸口を見出している。遍路を終え、彼なり 隠れているものだ。それがトラウマ(心の深い の問題解決法を会得している。 傷)になっているかどうかは別にして。―改行 「「遍路に出たことで、私を蝕む不愉快な悩み ―。たとえば・・・・たった一回の結婚と離婚の も消え去り・・・・」と書きたいところだが、そ こと。今でもそんなことにこだわり、新たな結婚 んな簡単に解決するのは出来過ぎで、相変わらず にも、奔放な恋愛にも、そのどちらにも踏み越え 幅を利かせて僕を苦しめているが、そのブヨブヨ ずにいることを、悩みといえば言えるだろうか。 の存在感は随分変わった。―改行―。ブヨブヨを あるいは・・・・母と私との生き方の違いによる 憎めば憎むほど毒が回り、その醜さが乗り移るよ 小さな揉め事や、無言の息苦しさ。まさに、ディ うに感じてならない。そんなことに貴重な人生の フェレンス・オブ・ウェイ(道の違い)による母 時間とエネルギーを費やするのはバカバカしく思 子間の果てしない戦いを、悩みといえば、最大の えてきた。遍路に出る前と出た後には、何か防護 悩みと言えようか。もしも父と同じ教員の道をす 壁のようなものができて、その節目のおかげで毒 んなり選んでいたら、こんなことにならなかった が回るのを遮断できたように思う。」 (p.164) だろう。」(p.111) 次に、女流歌人でエッセイストでもある、白瀧 まゆみ著「虹がゆく」邑書林刊を取り上げよう。 「母への屈折した愛を抱え、異性を誰も愛せな いという無念の苛立ちを抱えた、この私でさえ」 随所に著者の作品である和歌が遍路手記中に散り (p.101)という表現に示されるようには母子関係 ばめられ、巧みに挿入されている会話文、そして に葛藤を抱えている。遍路当時は36歳、離婚経験 筆者が師匠と呼ぶ僧侶との出会い・再会・別れ あり、子供の頃より弱視、そして原因不明のアレ は、さながら小説のような仕掛けで構成されてい ルギー性皮膚炎を抱え、一人っ子だったことが次 る。平均的な中年男性の遍路記とは、一味もふた 第に明らかになる。遍路を終えて四ヶ月、根本的 味も違ったものになっている。異色名遍路記なの な問題解決には至っていないが、闇の中から希望 で分析の対象として取り上げる価値があるように の光が見え始めているようである。 思える。まず彼女の遍路動機は何なのか? 「もはや、闇ではなかった。手の中に虹のかけ 「人は何かに憑かれたように、四国にくる。結 らがあった。―改行―。いつか、こんな歌を作っ 婚に破れて、新しい恋人を追って、家族に失望し たことがある。マイナス46度に結晶した虹は、夜 て、あるいは家族から見放され、人間不信になっ 明け共に手のひらで、七色に燃えるのだ。ゆらゆ て、病気になって、世を捨てて。―中略―。人は らと燃えながら大きく空へ立ち昇る。億という数 四国に魅かれて来る。私の場合はそうだった。四 の結晶を七色に染め上げて、山から山へ、はかな 国に来れば何かいいことがある。そんな気がし いアーチを巡らせる。決してどこにもとどまらな た。いや、歩けばもっと違う自分に出会える。そ い。決して誰にも捕らえられやしない。いつか消 れを切実に期待していた。多分変わって行くだろ えるのは明らかだ。しかし何処よりも遠く、大き う自分と、感じかたと、遭遇する様々な出来事に く、零下の情熱を変化の光で燃やし続けて、虹は 自分の心がどう対応してゆくのか、それを突き止 ゆらめきながら、消え去る瞬間まで動き続けてゆ ―8 8― 社 会 学 部 紀 要 第9 3号 く。何ものでもない、ただの私が、そこにいた。 大切なものを大切に受け止めること、そのとき初 くっきりと濃い影を落とす朝のひかりを待ちなが めてお接待の光を放つ。中略 ら、手のひらにつめたい孤独を燃やし続けて、ゆ は非日常的なできごとだが、お接待に感謝するこ らゆらと、昇る虹のかけらを見つめていた。自信 ころはそのまま日常の暮らしに生き、大自然の恵 をもって、そのままの私になろうとしている私 み を 思 う こ こ ろ も 暮 ら し に 生 き る。」(辰 濃, が、そこにいた。」(p.178) 2001,p.31) お遍路でのお接待 インプット条件、とりわけ巡礼へと駆り立てる 「遍路の途中では、地元の人からの有形無形の 動機は多様である。結果で述べたように、一般的 優しさに触れたり、心がハッとさせられるような には巡礼行動のモティベーション要因は外的な要 美しい風景に出会うことがある。そんな幸運も、 因と内的な要因に大きく分けられる。外的な要因 お大師様の御計らいとして「お陰をいただく」と としては、『時間的なゆとり』、『遍路手記との出 いって感謝する。そればかりか、幸運なことだけ 会い』、『外 的 な き っ か け』 、内 的 な 要 因 と し て でなく様々な障害や不幸すえも「お陰」としてい は、『修行』や『人生再模索』を含んだ『自己拡 ただき、 「南無大師遍照金剛」と唱えてすべてを 大』、『娯楽』、『健康』であることが明らかになっ 受け入れる。上手く行かないのが当り前、そんな た。佐々木(200 0)は、旅行行動 を モ テ ィ ベ ー 境地だ。改行。お接待などの人の優しさに触れた ションという観点から、緊張解消、娯楽追求、関 時、優しくされた遍路自身はもちろんのこと、優 係強化、知識増進、自己拡大の5次元に類型化、 しくしてくれた地元の人々も嬉しそうだ。元気の 体系化している。本研究結果との関係で対応づけ エネルギーは、優しさを与えた側だけに湧くだけ れば、緊張解消は健康クラスター、娯楽追求は娯 でなく、与えた側にも湧くことに気づかされる。 楽クラスター、自己拡大は修行と人生再模索クラ 「無」の場所から双方に「力」が生まれてくる。 スターに対応していると考えられる。こうした結 人の「情け」とは不思議なものだ。」 (小野,2002, 果は非常に興味深い。なぜならこうした次元で旅 pp.152―153) 行行動と巡礼行動には共通性があることが示され 巡礼は健康面でも精神面でもプラスの効果をも ているからである。共通性がない、関係強化や知 たらすので、一種の「巡礼心理療法」と言えるか 識増進は旅行行動を構成する次元ではあっても、 もしれない。巡礼行動は、どのような影響を個人 巡歴行動では不必要な次元なのであろうか。この にもたらすのか?その残効効果を心理学的に研究 点は今後の課題である。 すること大切なことである。臨床心理学の分野で 接待はおそらく巡礼者が特有に経験される現象 は精神病や神経症の治療法として、精神分析療 である。藤原(2001)は接待経験が遍路に心理的 法、カウンセリング法、行動療法、認知療法、森 な変化を及ぼすことを見出している。つまり接待 田療法、内観法等の精神・心理療法があるが、そ を経験した巡礼者はナイナイ感を減少させるとい れに加えて巡礼心理療法なるものを筆者は提唱し う実証的なデータを得ている。換言すれば、接待 たい。 経験は、食欲がある、よく眠れる、気力がでる、 巡礼心理療法とは、一種の運動・精神療法であ といったプラスの方向に作用するのである。通常 る。精神活動と身体動活動が相互作用し、両者を の旅行者ではおそらく経験し得ないものである。 止揚しながら、螺旋状に自己内部に変容が生じ 巡礼と旅行を分ける基準のひとつとは、接待の有 る。まず巡礼をしようと決断する。巡礼の動機 無であろう。それだからこそ、その接待行為に感 は、内部の精神作用の働きである。次に実際の巡 激したりする記述が遍路記ではかなり目につく。 礼行動をすることによる身体状態の変化を経験す 次のような記述を読むと、他者のおかげの自覚と る。ポシティブ・ネガティブな体験の両面があ いった宗教的な体験は、接待を受けるという経験 る。それが精神のレベルである自己にフィード から由来するのではないかとも思われる。 バックし影響を及ぼす。最終的には自己像の変化 「お接待を受けた人々がお接待のこころをしっ によって、安寧状態がもたらされること、それに かり受け止めること、こころから心へ伝えられる 身体の健康と精神の健康のバランスをもった相互 March 2 0 0 3 作用が治療への鍵であるように思われる。 ―8 9― 覚、思考、評価などは、過去の経験にもとづいて 巡礼心理療法の治療の鍵となる具体的な要因は 省力化され、自動化されているものが多い。瞑想 何か?詳細で緻密な理論化の作業は今後の課題で などによって生じる新鮮で豊かな知覚体験を、そ あるが、思いついたものをメモしておくことにす うした処理からの解放として、「脱自動化」の観 る。 点からディクマンは理解しようと試みた。刺激を 内観による自己分析の深化。それを促進す あるがままに受容するのが脱自動化である。過去 る巡礼行動の環境的な条件は、日常生活から切り 1 経験やそれにもとづく予期にとらわれない未分化 離された、非日常世界であり、内観法や森田療法 な直観に立ちかえることである。そうすること による遮断状況と類似している。 で、見なれた事物や自然も瑞々しい新鮮さをもっ 2 セ ラ ピ ス ト は 固 定 的 で は な い。地 元 の て体験される。こうした脱自動化を北村は「観の 人々、寺の僧侶、宿泊所の人々、そして同じ巡礼 転換」ととらえる。観を転換するには、現前する 者。それらの人々の背後にいる、潜在的な治療者 経験的所与を、好悪などの感情的色彩や過去経験 は弘法大師かもしれない。 「同行二人」という言 に基づく選択や言語化などの付加物を棄て去っ 葉がその存在を物語っている。巡礼中に遭遇する て、何にも汚染されない経験的所与そのものを直 他者との相互作用、特に地元の人々からの「接 観することが必要とされる。そのような態度、心 待」によってポジティブな情緒体験(感謝、喜 境に達するには、比較的単純な行にひたすら専念 び、)。初めての体験で、こんな慣習があるとは遍 する修行が効果的である(大橋,1986)。 路をするまで思ってもみなかった、意外性故の感 激。遍路で苦労している時の他者サポートはとり 巡礼心理療法の背後に潜む、心理学的なメカニ ズムについは、今後稿を改めて論じてみたい。 わけ報酬価が高い。接待の影響で「自分は生かさ れている」という仏教的感覚の体験を会得。おか 引用文献 げの自覚と自己の脱却は宗教体験ではないか。し かし、遍路者本人たちは星野(2001)も指摘して いるように、宗教的体験であると認じているわけ ではない。 3 困難な限界状況を克服、試練の克服による 自信や自己高揚感。困難な環境条件としては、 雨、険しい山、迷子、身体条件としては、長距離 歩行から生じる豆や筋肉痛、身体疲労。 4 規則正しい生活。単調性がもたらす睡眠、 快食。 5 歩くという行為。運動。単純歩行。身体を 動かすことのメリット。 6 四国全体を曼荼羅と見立てるコスモロジー (世界観)。 こうした背景にある心理学的なメカニズムとし ては、大橋(1986)によれば、社会的隔離、単調 感、感覚刺激の制限・遮断は、被暗示性を高め、 抑圧されていた表象活動を促して、変性意識や神 秘的体験の基盤をなす。その背後に想定されてい る心理的機制がディックマンの「脱自動化」であ る、と大橋は指摘している。 普通の環境での日常生活では、人の行動、知 藤原 武弘 1 9 9 9 自己過程としての巡礼行動の社会 心理学的研究(1) ,関西学院大学社会学部紀要, 第8 2号,1 5 7−1 6 9. 藤原 武弘 2 0 0 0a 自己過程としての巡礼行動の社会 心理学的研究(2)―四国遍路体験者のケース・ スタディ,関西学院大学社会学部紀要,第8 5号, 1 0 9−1 1 5. 藤原 武弘 2 0 0 0b 自己過程としての巡礼行動の社会 心理学的研究(3)―サンチャゴ・デ・コンポス テラ巡礼者の調査的研究,関西学院大学社会学部 紀要,第8 8号,2 3−3 1. 藤原 武弘 2 0 0 1 自己過程としての巡礼行動の社会 心理学的研究(4)―四国八十八ヶ所遍路の調査 的研究,関西学院大学社会学部紀要,第9 0号,5 5 −6 0. 藤原 武弘 2 0 0 2 自己過程としての巡礼行動の社会 心理学的研究(5)―四国八十八ヶ所遍路とサン チャゴ・デ・コンポステラ巡礼の比較,関西学院 大学社会学部紀要,第9 1号,6 1−7 0. 星野 英紀 2 0 0 1 四国遍路の宗教学的研究 法蔵館 星野 英紀 2 0 0 2 進化する四国遍路 櫻井恵武監修 四国遍路秘仏巡礼 NHK 出版 pp.3 3 6−3 4 0 河合 隼雄 1 9 9 3 中年クライシス 朝日新聞社 川喜田二郎 1 9 8 6 K J 法―混沌をして語らしめる 中 央公論社 ―9 0― 社 会 学 部 紀 要 第9 3号 木下 和彦 2 0 0 1 ゆっくりのんびり お四国さん― 退職後の生き方を探す旅 文芸社 大橋 英寿 1 9 8 6 民間信仰にみる「行」と変性意識 ―岩木山赤倉沢の事例― 北村晴郎・大久保幸郎 編 刺激のない世界 新曜社 pp.2 5 2−2 7 1. 小野 庄一 2 0 0 2 四国霊場徒歩遍路 中央公論社 辰濃 和男 2 0 0 1 四国遍路 岩波新書 佐々木土師二 2 0 0 0 旅行者行動の心理学 関西大学 出版部 白瀧まゆみ 1 9 9 4 虹がゆく 邑書林 山本和加子 1 9 9 5 四国遍路の民衆史 新人物往来社 March 2 0 0 3 ―9 1― A Social Psychological Study of Pilgrimage Behavior as Self Process (6) ABSTRACT This study aims to describe and analyze the pilgrim’s behavior from the point of view of self process. Twenty one books on pilgrimage experience were studied using content analysis. All writers had visited the 88 sacred places of Shikoku by foot as pilgrims. The results indicated that the typical pilgrims were males with high educational attainment, retired or close to retirement, around 60 years old, who had no religious faith, and their pilgrimages were not religiously motivated, but based on self realized motivation, and they experienced positive after effects. The positive effects of pilgrimage behavior on participants’ physical and psychological state indicated the possibility that the pilgrimage might be used as psychological therapy. Theoretical implications and psychological mechanisms for pilgrimage psychological therapy were discussed. Key Words: pilgrimage behavior, self process, the 88 sacred places of Shikoku, content analysis