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シンポジウム内容についてはこちらをご覧下さい。
財団法人 民間放送教育協会 第 4 回子育てスペシャル放送記念 『「ネグレクト」 、それから 一人じゃないよ!子育て支援ネット』 放送記念シンポジウム <概要> 開催日時: 2007 年 12 月 17 日(月) 午後 1 時∼3 時 30 分 開催場所: 東京ウイメンズプラザホール 主 催 : 財団法人 民間放送教育協会 協 力 : テレビ朝日・メ∼テレ <プログラム> 開会 主催者あいさつ 第1部 ドキュメンタリー番組試写 第2部 パネルディスカッション <パネリスト> ○タレント 石黒彩さん ○子育て環境研究所 杉山千佳さん ○山梨県立大学教授 西澤哲さん ○ジャーナリスト 杉山春さん ○メ∼テレディレクター 萩原悦子さん <司会・コーディネーター> テレビ朝日アナウンサー 岡田洋子さん <ごあいさつ> (財)民間放送教育協会 子育てスペシャルプロデューサー 木下智佳子 民教協では、これまで食育、不登校といったテーマで子育てスペシャルを放送してきました。今年は、加 盟局 33 局に企画を募集したなかからメ∼テレが制作した『 「ネグレクト」、それから ∼一人じゃないよ! 子育て支援ネット∼』の企画が最優秀となり番組化、そして放送という運びとなりました。 「幼児虐待」というテーマに真正面から取り組んだ今回のドキュメンタリーでは、取材を通じて、非常に 厳しく難しい現実が見えてきました。このシンポジウムでは、番組にしきれなかった部分も皆様と一緒に 考えていきたいと思います。 ネグレクト=育児放棄。この番組はちょうど 7 年前に愛知県武豊町で起きた、若い夫婦がネグレクトとい う虐待をしたことにより 3 歳の我が子を死なせてしまうという事件がきっかけになります。事件を追いか けたジャーナリストの杉山春さんとともに、当時からの子育て支援に関する環境や状況の変化、事件を教 訓にして地域の子育て支援がネットワークを組んでいった様子をリポートしました。しかし、取材すれば 取材するほど、幼児虐待をめぐる問題には深く厳しい現状がありました。今も全国では虐待をめぐる事件 が次々と起こっています。いま私たちに何ができるのか? 可能性と課題を確かめていきます。 子育て支援ネットワークが地域社会に広がる <仲村トオルさんからのメッセージ> 僕も 9 歳と 3 歳の二人の娘を持つ父親として、毎日、傷つきやすくて、弱い心と体をもった生き物を、な んとかたくましく強い人間にしていこうということに、僕なりに頑張ってやっている親の一人です。被害 者として登場する子どもは自分たちの娘たちとまさに同世代。今回のお話をいただいて、 「他人ごとではな い」と、言いたいところだったのですが、自分の切迫した問題かと言われると、そこまで強く、熱く体感 はしていないことに改めて気付きました。どうしてそうだったんだろう?とあらためて考えたら、ああ、 いろんな人に助けられてきたからだ、とこの VTR を観たことによってやっと気付いたというか…。 本当にシビアな、リアルな問題としてそういう日常を過ごしている人はたくさんいるとは思うのですが、 僕のように、他人事とは言えない、でも自分のこととも言い切れない、みたいな人たちも、なんで自分の こととしてではなく過ごせてきたのかを考えるきっかけに、この番組がなったのではないかと思いますし、 苦しいところにいる人がドアを開けて、ドアの外に一歩踏み出すきっかけになってくれれば嬉しいなと思 います。そういうことが、日本中で、大袈裟に言うと世界中であったりすると、よくなっていくんじゃな いかなこの世界が…、と。大きすぎるかもしれないですが、この番組のナレーションを担当させていただ いて思いました。(仲村さんは、番組のナレーションを担当しました。) パネルディスカッション 「なぜ虐待するの?∼子育て支援の重要性∼」 ●日常のなかで起こる、目に見えない虐待の増加 岡田) 3 人のお子さんのお母さんでもある石黒彩さん、番組試写をご覧になっていかがでしたか? 石黒) 子どもを助ける仕組みやネットワークの広がりをすごく感じました。それでもやっぱりネグレク ト自体は“目に見えない”ことが多いのがすごく辛いですね。また、乳幼児というのは自分が何をされた か、そのときどんな気持ちだったかをうまく伝えられない年齢。それが苦しいなと思います。 岡田) 私は 2 歳の子どもがいまして、 “魔の 2 歳児”と言われるだけあってこんなにも大変なのかと感じ ているのですが、石黒さんは虐待の環境というのは理解できますか? やはり母親として追い詰められた りすることもあるのでしょうか? 石黒) 親としてしっかりやらなければいけない、というのは切羽詰まりますよね。 「3 人だから手を抜い ている」と思われたくない気持ちと、主人も芸能関係ですし「ちゃんとしていなくては」というのもあり、 重いなと感じることはあります。誰でも子どもにイラっとすることがない人なんて、いないと思うんです。 だから本当に他人事ではないような気もします。 岡田) 虐待は孤立するところにあるといわれますが、芸能界の活動からいきなり母親になられて友人関 係などでは苦労されたのではありませんか? 石黒) 最初は誰も友人がいないに近かったです。高 校の同級生の中でも結婚が一番早かったし、芸能界の 時も事務所が厳しかったため友達ができず、結婚し、 妊娠・出産して、家にこもりがちになりました。他の 人と友達になろうと思っても「石黒彩さんですよね。 友達になってください」と言われると自分の中にバリ アが張られてしまって。一人目の時は自分でも「孤立 しているな」と思う程辛かったです。 岡田) 孤軍奮闘していらっしゃったんですね。 『ネグ レクト』を書かれた杉山春さん、この本を書かれたき っかけを教えていただけますか? 杉山春) 私は 1996 年に出産し、この本のなかに出てくる女の子の 1 歳年 上になる男の子がいます。そのころ社会的に今ほど認知されてはいませんで したが、お母さんの間では「子育てって大変」という意識があったと思いま す。私はそれまで仕事をしていてかなり高齢で出産しているのですが、自分 自身は子どもを産んでみたら本当に可愛くて「こんなに素敵なものはない」 と思えるくらい本当によかったなと思ったので、なんでみんなそんなに「大 変」というのかという疑問がありました。自分がどう子育てしていけばいい のか、今ある子育ての環境を知りたい、というのが一番大きかったと思いま す。 岡田) 事件そのものの背景も詳しく教えていただけますか? 杉山春) 本を書こうと思ってからは、手当たり次第お母さんたちの声を聞 いて歩いていたのですが、そのときに「子どもに手をあげてしまう」とか「離 乳食をあげるのが億劫だったから 1 年間あげなかった」という人がいたのです。たくさんの方のお話を聞 くなかで、それは“特別な話”ではなかったんですね。そういう話を本当に頻繁に聞いて、いったい何が 起こっているんだろうと思っていたんです。この事件は、たまたま触れるきっかけがあったのですが、ち ょっと触れてみると、それまでに聞いた、お姑さんとの問題、ご主人との問題、経済的な問題、いろんな 人たちがそれぞれ抱えている問題がこのお母さんたちは全部あることにすごく驚きました。 「なんでこんな に重な ったんだろう? 」「保健センタ ーも児童相談所 も掴んでいたのに なんで支援でき なかったんだ ろ う?」というのがもともとの取材だったのですが、ずっと調べていくうちに、その奥に見える両親の背景 がもっと知りたいと思い、裁判に通い、おじいちゃんおばあちゃん、さらにもう一世代遡って話を聞きま した。 岡田) 3 歳の子が餓死してしまうという異常な事件ですが、最初はごく普通のご両親だったようですね。 杉山春) 10 代で出産しているので“普通”とは言えないと思うのですが、でも子どもを産んだ時はすご く可愛がっていたというのは本当です。取材の過程で育児日誌や写真も手に入ったのですが、 「赤ちゃん生 まれた!ピース!」とか、 「かわいい」と書いてある写真がいっぱいありました。 岡田) 虐待死、と聞くとそういうことが想像もつかないですね。萩原ディレクターは、この事件をどう して取り上げようと思ったのですか? 萩原) 地元で起こった事件でしたので、ニュースでこの事件を報道するために当時は記者が追いかけて 詳しく取材したつもりだったのですが、その背景はどうだったのか?いったい私たちはこの後どうしたら いいのか?というところまでは追いかけきれなかった部分がありました。本当はそこまできちんとやるの がテレビの仕事の一つでもあると思いながら毎日過ごしてきて、今回「子育てスペシャル」という企画の 一つとして取り上げられないかとあらためて杉山春さんの本を拝見し、本当はこれは私たちがやるべきだ った、やらなければいけないことだったと反省しました。視聴者のなかには、テレビは毎日ショッキング なものを放送してそれで終わり、と思われている方も多いでしょうが、やはりきちんと今までの自分たち の報道姿勢を含めて振り返り、検証する必要があるのではないかと。一方で、取材すれば取材するほど児 童虐待は難しい問題だということも分かってきているので、ずっと真剣に考えていらっしゃる方たちのと ころに急にテレビのカメラがポンと入って、いきなり初心者みたいな質問をしていいのだろうか、という 気持ちもありました。ですが、それも含めて「初心者ですが今状況はどうなっていますか?」と質問しに 行くということも大事だと思いましたし、少しでも一緒に考えようという気持ちは持ち続けることが大事 だなと思いました。視聴者の方にもそう思っていただければ嬉しいと思います。 岡田) 事件当時から現在までの虐待相談件数のグラフがありますが、事件があった年の 1 万 7725 件に 対して、平成 18 年度には 3 万 7323 件と 2 倍以上になっています。相談しやすくなった結果これだけ件数 が伸びているのでしょうか? 西澤) 本当はもっと水面下にいっぱいあるのでしょうか? 結論からいえばそれはわからないのですが、いろんなファクターが絡んで相談件数が増えていま す。ひとつは社会の意識の変化ですね。かつては親のすることに社会が介入はしないというのが原則だっ たのですが、だんだん「家庭の中のことと言えど、暴力に対しては社会的に関与するんだ」という意識変 化が出てきました。ただ、それだけではなく、おそらく実際に増えているだろうという実感はあります。 このグラフのポイントとして、平成 18 年とその前年が横ばいかちょっと増えている状況ですが、実は平成 17 年度から市町村も虐待の通告の窓口になっています。この両年度を見ると、だいたい 4 万件くらいの相 談が市町村に行っている。このグラフは児童相談所に寄せられた件数ですから、重複もあるとはいえ、全 体をみるともっとたくさんの相談が寄せられていることになります。要するに相談窓口を増やせば増やす ほど件数は伸びており、我々はまだどこに天井があるのか知らない、というのが実態です。この 2 年度で 倍増しているわけですから、窓口を今以上に増やせばもっと増えることも予測されます。 岡田) 一口に「虐待」と言いますが、虐待にはいろんな種類があります。 「身体的虐待」が 41.2%で一番 多く、その次が「ネグレクト」で 38.5%、「性的虐待」が 3.1%で、「心理的虐待」が 17.2%ということで す。「虐待」というとどうしても体のイメージが強いのですが、ネグレクトはすごく多いですね。 西澤) このデータは 1990 年からとられています。その当時は身体的虐待が 50 数%でネグレクトは 20 数%でした。構成比でいえば、どんどん身体的虐待が減って、ネグレクトが増えている。これも社会の意 識の変化ですね。世界的にそうなのですが、虐待問題を意識化し始めた当初はまずは体の傷に目が行く。 そしてある程度意識化されてきたら今度は育児放棄=ネグレクトというタイプに目が行って、日本はちょ うど今その過渡期にあるのではないかと思います。そして、このネグレクトが“落ちこぼれ”ているんで す。児童相談所の対応できる限界以上の件数になると、どうしても生命の危険が起こるかもしれない身体 的虐待への対応に手が取られてしまう。ネグレクトは意識化されているのに手をつけられず、 「ネグレクト =育児放棄を社会的に放置してしまう」という現状があると思います。 ●「格差社会」が抱える問題。誰のために子どもを産むのか? 岡田) 時代背景というのは虐待に絡んでくるんでしょうか? 西澤) 一つ言えるのは「格差社会」と言われる状況ですね。虐待家庭から分離され児童養護施設で預か っている子どもたちの世帯をみると、社会の中で二極分化が進んでいることが見えてきます。かなりの経 済的な困難さを抱えているし、虐待死亡事例を見ても、非常に生活水準の低い、経済的な問題を抱えてい るという人が多い。そういう中では、この少子化のなか子どもが 5 人・6 人いたり「多子化」の現象も一 部では起こっているし、雇用の不安定さを抱えていたり、今回の事例のように 10 代の妊娠出産というケー スがどんどん増えている。いわゆる一般的な統計をみると、高学歴化、結婚・出産の高齢化、少子化の進 行が見えるのですが、それは平均であって、格差社会のなかで喘いでいる人たちのなかには、逆の方向に 向かっている人たちがいることがわかります。そういった時代背景が、虐待問題の増加に何らかの要因に なっているだろうとは推測しています。 岡田) 萩原さんは、取材中にそういったことを感じられましたか? 萩原) VTR にあった保育士さんたちの座談会では、2 時間というなか でたくさんのお話を伺ったのですが、その中にあるお父さんの話がありま した。そのお父さんはある一定期間子どもに手をあげてしまう時期がある のですが、それを過ぎるとまたニコニコとやさしいお父さんに戻るんです。 いったいどういう環境にいらっしゃるのかと保育士さんが話を持たれた ところ、その方は派遣社員でいらっしゃったんです。つまり、新しい契約 が決まって自分が安定しているときは子どものことも考える優しいお父 さんだけれども、契約期間の終了が迫ってきているのに次の仕事が決まら ないというときになると自分も追い詰められてしまって、それが子どもに 手をあげるという行動に結びついてしまうのです。ですので、その時期は 保育士さんたちも注意して子どもを見守っていなければならない、という お話を伺いました。そのように両親の生活環境や雇用状況が子どもの危険に結びつくことがあると実感し ましたし、それが一つの現代社会の特徴なのかなと思いました。 岡田) 杉山春) 杉山春さんは取材されていて何か感じられましたか? 先ほど西澤先生がおっしゃられていた経済格差の結果なのかもしれませんが、情報をちゃんと キャッチすることができず、状況を認識できないようなところで子どもを産んでしまう事例を、私はすご く感じるんですね。私が書いた本のお母さんも、決して裕福ではないのにどんどん物を買ってしまうとか、 キャッチセールスに引っ掛かってしまうとか、単なる貧困と違って、どううまく生きていいかわからない 人たちが見えてきている。昔からいたのか、地域社会のネットワークが崩壊していくために剥き出しにな って、ナマの形で社会に放り出されているのか。その人たちが自分より弱いものを抱えてどう生きていい のかわからないという状況が実はあり、ざくざく出てきているんじゃないかなと感じるんです。今回取材 に伺ったなかにも、チェーン店を営業している旦那さんがすごく大変で 1 日 17 時間も働いているのに、自 分は 30 になったら子どもを産まなきゃいけないと、今ここで子どもを産めば家庭を作れると思い込んでい たというお話がありました。現実と折り合わせた人生設計をうまく積み上げていくことができない人が、 ポンと子どもを産んで、虐待につながってしまう。でも本人は自分の人生のプログラムに沿って産んでい る気持ちになっているという、人生をうまく社会の中で組み立てられず、上手に社会とコミュニケーショ ンできないタイプの人たちがいるんです。 西澤) その問題は「子どもを産むのは誰のためか?」というところですね。自分の人生設計の中で 30 になったら産むと決めていたから状況とは無関係に産む、というのは、ある意味「自分のため」に産んで いるんです。今産めるかどうか状況を考えるときには「適切に育てられるか」を考える。つまり、子ども を幸せにするために産むのか、自分のために産むのかの違いが出ているのだと、その事例では思います。 杉山春) 本当に基盤がなく、ちゃんとした「生きていくための能力」を身につけないまま社会に放り出 されている人が多いのではと、実は今回すごく感じています。 ●コミュニケーションと相互理解が「孤立化」を防ぐ 岡田) 杉山千) 子育て支援で実際に現場に行っていらっしゃる杉山千佳さんはいかがですか? 私は、何かやりたいとサークルを作ったり NPO 法人を立ち上げたりといった活動をしている 方たちをネットワークしたり、厚生労働省や文部科学省など専門機関とおつなぎしながら解決策を考えて いくような立場にいます。事件が起きた当時と現在までの間に変化があるとするならば、こういった事件 を他人事とは思えない人たちが「何かできないか?」とアクションを起こし始めたのが見えてきたことで すね。西澤先生が先ほどおっしゃったように、身体的虐待から今度はネグレクトや心理的虐待へと関心が 少しずつ向けられている状況のなか、現場で活動している方たちはそういったことが「見えてしまう」ん です。現場の方たちは、その「もしかして」と思ったことをどうつなげていくべきか模索して困っている ということを実感しています。こういった問題はなかなか日の目を見ないというか、番組として放映する 機会はあまりないと思うのですが、せっかくの良い番組ですので、たくさんの方に見ていただいて「他人 事じゃない」ということを感じてほしい。 「お母さんたちもっとしっかりしなきゃダメよ」と親を責めても、 何も変わらないんだというところからスタートして欲しいと思います。 岡田) いま格差社会で経済的に困窮している家庭に虐待が多いのではないかという話が出ましたが、実 際はどうなのでしょうか? 杉山千) そうでもないです。子どもと接した経験がなく、生まれて初めて抱いた赤ちゃんが我が子だっ たという母親が増えているのが現状です。石黒さんのように完璧主義で今までキャリアをガンガン積んで きました、というような方が「こんなはずじゃなかった」と思って、だけど誰にも弱音が吐けなくて、自 分ひとりでやろうとしてどんどん孤立する。それは貧困という条件のときばかりでなく起きているという 印象を持っています。 岡田) キーワードとしては「孤立化」というのがありますね。私は緊急帝王切開で一カ月ほど早産した ため、予定日まで子どもは ICU(集中治療室)に入院になり毎日母乳を届けに病院に行かなくてはいけな かったんです。 「大変だったね」とよく言われるのですが、でもそのときに、お風呂の入れ方、授乳の仕方、 オムツの替え方など全部教わって、毎日通うことで、ほかのお母さんたちとも仲良くなった。退院してか らも「何かあったらすぐ連絡してきていいですからね」と担当の先生に言われていて、本当に何かあった らすぐに電話していたんです。そのときにつながったお母さんたちと今も仲良くしていて、そのおかげで 孤立しないで済んだと思うんですね。私自身はその経験がすごく「幸い」だったなと思ったので、普通に 産んで、退院して、いきなり誰も頼る人がいないという状況だったら、すごく辛いのではないかと思うの ですが。石黒さんはどうでしたか? 石黒)私は一人目の時は思い切り孤立していました。何を間違えたのかな? と後で考えたときに、まず自分の一番身近にいる主人に頼るべきだったと気 づきました。主人の仕事はハードですごく疲れて帰ってくるので、私はでき るだけ愚痴を言わなかったんです。ですが、ある日主人から「占い師の人に “奥さん育児のことですごく悩んでいるから話を聞いてあげて”って言われ たんだけど、悩んでるの?」って急に言われたときに、それまで頑張ってき たのが全部ばらばらっと崩れて、涙も出てくるし、いっぱい愚痴ったんです ね。そうしたらすごく気が楽になって。私はその当時、自分一人が辛い思い をしていると思っていたのですが、それは勘違いで、パパとしてはたくさん 相談して欲しかったんだということも後でわかって、壁を超えました。その ころは自分の友達づくりも慎重になりすぎていた。家に人を招くとしても、主人は芸能人ですし、誰でも 入れていいとは思えなかったんです。周りの人を警戒しすぎてしまったんですね。ですが、主人は、もし 私や子どもの友人が自分のファンだからいろいろ知りたいと思っていてもそれは構わないよ、と受け止め てくれました。恋愛期間が短かったので主人のことを深く知らなかった部分もあったのですが、それを子 どもを通して知り、「私がもし子どもや私のことで迷惑をかけても受け止めてくれるんだ」って思えたら、 友達づくりもご近所づきあいも急に出来るようになって、心の中のもやもやがパッと晴れました。私は自 分の母にもカッコいいところを見せたいというのもあって「大丈夫。楽しくやってるから」と意地を張っ ていたところもあったんです。でも、自分の子どもが大きくなったときのことを考えるようになったら、 「もしこの子が大きくなって子どもを産んだら、ものすごく連絡して欲しいし、ものすごく頼って欲しい」 と思ったんです。自分がそう思うのだから、母もきっと思っているだろうなと思い、そのきっかけで親に も連絡できるようになりました。どれもこれも、とても些細なのですが、きっかけって大事だなと思いま す。 ●「助けて」と声をあげること。現実から目を背けないこと。 岡田)孤立化してしまったときには、どうしたらいいんでしょう? 杉山千)まずは「助けて」って声をあげることです。行政は気が利かなくてうまくキャッチしてもらえな いことがけっこうあると思うんです。相談しに行って「じゃぁここに行ってみたら?」と言われた先が、 とても子連れでは行けないくらい遠くで結局行けずに終わるとか、そのあたりの融通の利かなさを埋めて いこうというのが、市民の活動です。NPO とか、当事者で何かサポートする側にまわりたいと思うような 人たちですね。もちろん行政の子育て支援のメニューも数も増え始めている状況ではあります。特徴的な のは親子が気軽に行ける「つどいのひろば」という場所ですね。そこでは自然な雰囲気の中で話が聞ける ような場を作ることが始まっています。 岡田)母親と支援者との接点の場が大切ということですね。地域の子育て状況はいろいろ変化しているよ うなのですが、杉山春さんは、取材していてどういったことを感じましたか? 杉山春)地域の支援も「人」なのかなという気がしていて、感度のいい方がいらっしゃる所はすごく上手 にネットワークが張られています。今年の夏に行った宇和島では、市民の方と保健士さんと看護師さんな どがすごく上手にネットワークを作っていました。ご飯の作り方もよくわからないまま母親になってしま った 10 代のお母さんたちが、実はコンビニ弁当で子どもを育てている現状があり、そこでそんなお母さん たちにご飯の作り方を教えていたんです。保健士さんも公的な人でありながら民間の人として参加してい るのを見て、上手だなと思いました。かと思うと、ある地域ではそういったボランティアが活発ではなか ったり…。本当に地域差があるなというのは実感しています。 岡田)夏になると親がパチンコをしている間に車中で子どもが熱中症で死んでしまうといったニュースを よく聞くんですが、萩原さんの取材の中で、パチンコ店のほうからケアの対策が出ている例があったそう ですね。 萩原) 半田市のパチンコ店で託児ルームを設置するところがあって、周辺取材としてそちらでもお話を 聞いて参考にさせていただきました。ニュースになるようなケースをなんとか防ぎたいということだった のですが、やはり賛否両論、そもそもパチンコをしにくるお母さんというのはどうなんだ?と。ちゃんと 家にいて育児をしてあげたほうがいいのに、こんなところに託児ルームを設置することは必要なのか?と いう議論はあったそうなんですね。それでも、来るお母さんがいる以上は目を背けていたら物事は解決し ないし、ちゃんと現実を見ることが大事だと。亡くなった義父が、かつて児童養護施設の園長をしており、 『子どもの虐待防止ネットワーク愛知』という団体の初代理事長を務めていた経緯もありまして、この取 材とは別に、子どもたちが置かれている現実について話を聞く機会が多かったのですが、そういうときに 「一番大事なのは子どもがどうしたら一番幸せになれるのか、それを常に考えなさい」と何度も義父が言 っておりました。 「虐待する親は酷い」と責めていてもなんの解決にもならない。子どもの命を守ることを まず最初に考えるなら、倫理的にそれは許されるのか?ではなく、子どもの置かれている現実を見つめる ところから始めなさい、と。今回もいろいろな方のお話を伺う中で、現場に近い立場にいる方ほどその想 いが大変強く、それは本当に真実なんだろうなと思いました。 杉山千) 「母親はこうあるべき」という「べき論」で行ってしまうと、パチンコ店に保育ルームを置く のはどうなのか?といった話になってしまい、実はそこにあることで子どもが救われるんじゃないかとい う部分がぼろぼろ落ちてしまうんですね。たとえば保育園は保育に欠ける子どもたちのものとされていて 専業主婦で子育てしている母親は預けられない。でも、母親だって一息ついて熱いコーヒーを飲みたいこ ともありますよね。それに関して「母親は家庭で子どもを見るものだから預けるなんてとんでもない」と 未だに言う部分があり、実際それで少子化になったという面もあります。そこで今は、国の最低基準をも う少し見直しましょう、地域子育て支援事業を増やしていって、専業主婦の母親たちも、働いている母親 たちも、家族も支えていこうよ、という動きになっています。 ● 求められる高い専門性と、 “普通の人”にできること 岡田) 杉山千) 実際の地域子育て支援にはどのようなものがあるのでしょうか? 具体的には 3 つの柱があります。ひとつは「こんにちは赤ちゃん事業」という生後 4 か月まで の赤ちゃんのいるお宅を全戸訪問しようという取り組み。もう一つは「理由を 問わない一時保育」。それから先ほどの「ひろばづくり・子育て拠点づくり」 。 その 3 つのメニューが出ようとしています。これらはたとえば「こんにちは赤 ちゃん事業」で訪問した先で、お母さんが話を聞いて「行ってみようかな?」 という場所としてひろばがある、というように、つなげていくことがすごく大 事だろうと思います。ただ、国が提示するのは最低基準で、その先は地方の独 自性で変わってくるだろうと思います。取り組みのなかで頑張っている地域と なかなか進まない地域との格差は広がるだろうとは思いますが、それも住民と 行政といろいろな方たちが、その地域のやり方で解決していくことが大事なの ではないでしょうか。私はイギリスに行って「ホームスタート」という事業を 見てきたのですが、それはボランティアの方が定期的に家庭を訪問するという 30 年来の取り組みです。ま ず保健士さんが子どもの生まれた家庭を訪問し、そのときに保護者の方にホームスタートのサービスをお 話しして必要があればつなげます。そうやっていろんな知恵を出し合いながらみんなでやっていくという ことが、今広がってきています。ただ、一方で国の最低基準の部分は未だに少なく、諸外国のような家族 政策を日本もやるべきだと言っているのに進んでいないという面もあります。フランスでは家族政策に 10 兆円以上かけている中で、日本では 3 兆円弱。国の予算は 3 倍くらいになって欲しい。子どもを大事にす るという国民的合意を得ながら、児童相談所の方とか保育士さんとか専門家の方が疲弊しないように人を 増やしたり、施設を増やしたり、そういったお金がもっと必要だというところも、声をあげていかなけれ ばと思っています。 岡田) 声をあげることによって、変わってくるわけですね。しかし、声をあげたり、拠点にアクセスし ようとする人はいいのですが、この番組の事件のように死に至るケースというのは“出てこない”方では ないでしょうか? 杉山春) 深刻なケースというのは、取材されていてどのような場合だったのでしょう? つい最近の秋田の虐待事件で、被告が書いていた日記の内容について、非常にひどい親だとい う報道のされ方がありましたよね。あのお母さんをそうやって「変な人」と切り捨ててしまうことは、社 会的に簡単なことかもしれないのですが、実は私の書いた本の中のお母さんが拘置所でつけていたノート にも、私には理解できないと思えることが書かれていました。子どもが死んで1ヶ月くらいの時に、その ときに妊娠していたのですが、 「この子はあの死んだ子の生まれかわりだ。また夫と一緒に楽しい家庭を作 ろう。早くここを出たい」ということを書いているんです。虐待は特別な人に起こることではないという のは事実だと思うのですが、その一方でこれを見て私は「ダメだ!」と思ったんですね。ついていけない、 と。あの本を書くときにもずっとお母さんの気持ちを追いながら書いていましたし、拘置所の中でも会い、 いろんな関係を持ったなかで思ったのは、 「本当にネグレクトをされ、悲惨な状況で育つ人の心というのは ここまで壊れるのか」ということだったんです。VTR の中で「心の襞の薄い子だ」という発言がありまし たけれど、悲惨な状況の中で精いっぱい頑張ってきた子どもたちの心というのは、大人になったときに私 たちの想像を超えるほど壊れる。私はノートを見たとき愕然として、もう原稿を書けないと 3 日間寝込ん でしまうほどショックだったんです。そういう人たちへの手当てというのは、いわゆる子育て支援と言わ れているものではかなり難しいのではないでしょうか。普通のお母さんならば、先ほどの石黒さんのよう に「本当に大変だと思っても実は話してみれば大丈夫だった」というケースが多いのですが、そうではな い人たちが、自分が生き延びるために、自分の存在を賭けて子どもを産んでしまう。そういった人たちへ の本当のケアというのは、専門家でないとできないのでは、と私は思っています。 西澤) ジャーナリストはどこまでも通常の言葉でその人の心を理解しようとしますが、我々心理屋の仕 事は、それができなくなってからの部分、と思っています。以前私たちが大阪大学の研究室でやっていた リサーチでは、深刻な虐待を起こすのは、多くの場合自分自身が虐待を受けて大きくなった人たちなんで すね。そういう人たちが虐待してしまう時の特徴として、二つ主なものをピックアップしたのですが、一 つは「被害的認知」です。 「自分ばかりがいつもこんな立場に置かれる」という被害感。それは周囲との関 係でも、子どもとの関係でも起こってしまう。 「子どもがいるから私は苦しい」という被害認知が起こって しまうんですね。よくあるのが、この事例のように保健センターのスタッフが「これはまずいかな…」と 訪問を繰り返すんだけれども何度行っても会えない。それを繰り返している間に子どもが死亡してしまう 例ですね。後で分析してみると、訪問されること自体、自分が悪者にされているという被害感の増強につ ながっているんですね。その辺りをどう扱っていくかというのも考えなければいけない。もう一つの心理 的な特徴として、虐待を受けて育った人たちは愛情欲求が満たされていないんです。ですので、専門家が 子どものことを援助しようとすると「子どものことばっかりで、あなたも私のことを放っておくのね」と、 自分自身の愛情欲求の未充足の部分がかきたてられて、子どもと競ってしまう。その結果、子どものニー ズを満たそうとする専門家の援助を断ってしまう、という形で事態が深刻化していくことも多いです。そ う考えると「もうついていけない…」という部分のギャップが、少し埋まるのではないでしょうか。そう やって、虐待傾向のある保護者の人たちを少し理解できるようになると、また少し援助のレパートリーが 増えていくかなと思います。そういう意味では専門性というのはすごく大事です ね。 岡田) VTR では保育士さんが追い詰められていて、つなぐことが大事といっ てもつなげられていないと泣いていらっしゃるシーンがありました。 萩原) 児童虐待防止法が施行されてずいぶん良くなったとみなさんおっしゃら れていたのですが、それでもなおかつ救えない、法の手・保護の手が届かない親 子がいるということで思わず出てきた言葉、助かっている部分もあるのだけれど も、まだ届かない人がいるよ、という叫びだと私は認識しています。VTR の事 件では、西澤先生がおっしゃるようにご両親としては逆に追い詰められているよ うに感じていたのかもしれない。でも保健士さんのほうはそれがいいと信じて、 彼女なりに一生懸命「救ってあげたい」という思いを持って訪問していたと思う んですね。ですから、サポートする側ももっと専門性を持って連携体制を持って おかないと、救うつもりだった人を逆に追い詰めるということになりかねないですし、保育士さんや保健 士さんなど支援する立場の人が、今度は追い詰められてしまいます。支援者の専門化を進めると同時に、 専門家と言われる人たち同士がまた連携をとっていくこともすごく大事だと思います。 今回の番組のサブタイトルは「一人じゃないよ」。“一人じゃないこと”というのは母親にとっても子ども にとっても大事だし、サポートする人たちにとっても大事だし、すべての立場の人が“一人じゃない”と いうことを感じるのが大事なのではないかと思っています。 岡田) 虐待と言われるとどうしても子どものケアに目が行ってしまいますが、親の考え方・感じ方を変 えるケアというのも必要なんでしょうか? 西澤) 子どもたちはどんなにひどい養育環境にあっても親のことを求めますし、我々としてはできれば 親のほうに変わって欲しいんです。親が適切に子どもを育てられるよう援助をする方向を目指しているわ けなので、保護者の方のケアというのは非常に大事です。ただ残念ながら今はそういったメニューはほと んどないのが現状ですね。公的なメニューがない中で、児童相談所も子どもを保護するので手いっぱいで、 そこの部分をやる余裕がない。VTR の中でも桜井さんが「フリマを使う」といういいアイデアを出されて いましたが、ああいう本当にセンシティブな活動は、民間や NPO や個人の力のほうがむしろ勝っている のかもしれない。そういうところでメニューを増やしていくことを考えていかなければと思いますね。 岡田) 児童相談所も介入型に変えてきたという話がありましたが、命を救うために家族から一度引き離 す、そしてもう一回また戻す、というところが一番難しいですね。 西澤) 難しいんだけれども今は乱暴にやっている部分があるんです。児童相談所の保護能力がもう天井 いっぱいだし、家庭で育てられなくて施設にいる子どもの数は年々増加していて、この 10 年で 2 倍になっ ています。少子化は進行しているのに、そういった“逆”の現象が起こっていて養護施設はもうどこもい っぱいです。ですから少しでも帰せそうなら帰してしまうということも起こっています。そこでまた子ど もが死亡してしまったり、また再虐待で保護するといった事例もあるんですね。本当は子どもを家庭に帰 していくというのは、相当に綿密なケアと計画と見守り体制が必要になってきます。 岡田) 杉山千) 現場では、どのような声があがっているのでしょうか? NPO で子育てサロンを運営している人たちはきっと今の話を聞いたら「乱暴だな」と思うでし ょうね。そういった方がサロンに来た時に情報の外にあったら適切な対応ができませんし、本来のサロン の雰囲気の中にはそれに対応するスキルもない。サロンやつどいのひろばの人たちが課題に感じているの は「やっぱり専門性が必要」というところです。先ほど西澤先生がおっしゃったような「少し理解してい く」という部分を学んでいかなければいけないですね。それと同時に「できるようになっていく」という レッスンはすごく必要です。児童相談所が抱えるようなケースを市民が抱えるのは無理です。その代り予 防でできることがきっとあるので、それを地味に、マメにやっていきたいですね。普通の母親であるサロ ンのスタッフが「すごく心配なんです、あの親子」と言った時に、どう対応してどうつなげていけばいい のか、という部分を、これからそれぞれがやり取りしてスキルをあげていきたいとひとつ思っています。 もうひとつは、一声かけてもらったことですごく救われて、閉じてた心が開くきっかけになることがある んだ、ということです。そういったきっかけが何もないと、どんどん自分で自分を追い詰めていってしま う。そこの部分はきっと地域の人ができることで、地域全体の見守りというのが必要なのだろうと感じて います。 岡田) 杉山千) 私たちが虐待を予防するためにできることは、とにかく「声をかける」ことなんでしょうか? そうですね。まずはそこから。声をかけることがプレッシャーになると言われそうな気もしま すが、“追い詰めないような言葉”を情報として持っているといいですね。たとえば通りすがりでも、 「か わいいわね!」という一声で気持ちが和らぐこともあります。声をかけられた方は最初驚いてこわばって しまうこともあると思うんですが、そういうとき、声をかけた側も相手を悪く思わないようなメンタリテ ィがあるといいですね。 岡田) 石黒さんは、家から一歩外へ出て他の方と交われるようになったきっかけはなんだったのでしょ う? 石黒) “話しかけても誰も冷たくはなかった”ということが一番だったと思います。私はもともと人見知 りなうえ、家族が東京へ出ていく私を心配して掛けてくれた言葉もストレートに受け止め過ぎて、他人を 警戒していたんです。そんな気持ちのままママになり、支援のメニューがあることも、それを受けるのが 簡単なことだということも、知らない部分がたくさんありました。先ほどのお話にあったように、声をか けるのも簡単だし、かけられたときに返すのも笑顔一つでもいいと思うんです。またその人と道をすれ違 ったら、その人はきっとまた声をかけてくれると思うから、卓球みたいにピンポンが行ったり帰ったり、 そんな感じに関係が自然とできたらいいと思います。私は、もっとおせっかいをかける人であって、おせ っかいをする人になりたいですね。今回の番組のお母さんもそうですが、自分で発信する力が少ない方は すごく多いと思うんです。でも、自分を明かすことで自分を認めて自信を持てることもある。だからでき るだけ、自分で発信する方法を探してみたり、とにかくみんなで「想い合いたい」ですね。 岡田) 杉山春) 杉山春さんは、私たちが虐待を予防するためにできることは何だとお考えになりますか? 石黒さんがおっしゃるように、自分がちょっと開けると相手からも開いてきてピンポンができ るって、本当にその通りだと思うんですよね。私はこの本を書いて自分が一番学んだし、大変なことがあ ったとき「私大変なの」って言おう、涙も見せよう、と思うようになったのですが、そうすると本当にい ろんな人がいろんな情報をくれるし、相手が悪意がないということがわかる。緊張しているときにちょっ と勇気を出して「助けて」って言ってみることで、どんどん楽になっていったという体験があります。つ い最近、子連れで電車に乗っていた若いお母さんが、お子さんがすごく楽しそうな声でケタケタと笑うの を止めたくて必死になっていたんです。その子はまだ 1 歳半くらいで声を出して当たり前なんですけど、 どんどんお母さんが一人で大変になっていくのが見ていてわかったので「大丈夫よ」っておせっかいおば さんをしてみたら、本当に目がつりあがっていたお母さんの顔がふっと緩むのを見たんです。人ってホン トに自分の思い込んだことでどんどん自分自身を締め付けていくんですね。そこに何かぽんと入ると、こ んなに明るい顔になるんだ、と実感しました。そういう思い込みを外すことも大事だし、自分の生身の感 性でいいと思うので、その人に大事なことをちょっとやってあげようと思って手を出してみる、その両方 があるといいなと思っています。 西澤) 結局「見守られているんだ」というメッセ ージをどう受け止めるかということなんですね。 「誰 かが見てくれている。監視じゃなくて、何かあった ら手助けしてくれる」と思えること。僕が付き合っ て長い事例では、そのお母さんが最初はすごく虐待 があったんだけど、だんだんなくなっていった。そ のきっかけはなんだったんだろうと数年経ってから 聞いてみたら、隣のおじさんが自分の子どもを叱っ ている場面を目撃した時なんです。つまり、 「あ!周 りの人も子どものことをちゃんと見てくれるんだ。叱ってくれるんだ」と思ったら、憑き物が落ちたよう に虐待行為がなくなったんですね。そういったことの集積かなと思います。我々日本人はもともと地域の 中で生きてきたし、子育ては地域で行われていた。農業や漁業が中心だった大正年間くらいまでは、親は 労働力ですから子育てなんかできないので、ほとんどは地縁や血縁の中で子どもは育ってきたんですね。 それが大きく変わり「子育ては親の役割」となったときに、昔のシステムが機能しなくなった。もうひと つ、昔は自分の生まれた所が死ぬまで“地域”だったんですね。自分が付き合う人たちというのは先祖代々 付き合ってきた人たちなので、敢えて作らなくても自分がネットワークの中に生まれてくるわけです。と ころが現在は状況が違います。とくに深刻な虐待のケースは、伝統的な地域に新興の人たちが入ってきた 地域でたくさん起こります。そう考えると、昔は伝統的・自然発生的にあったネットワークを、今は人為 的に作っていかなければいけない。その部分を行政がどう担保できるかが課題かなと思います。 岡田) 萩原さんは制作している中でどんなことを思われましたか? 萩原) 今皆さんがおっしゃられたように「メッセージを発信し続けること」 。それを受け止める側も「ち ゃんと見守っているんだよ」というメッセージを発信すること、と思います。見守る目はたくさんありま す。番組には出てこなかったのですが「虐待防止ホットライン」という電話相談もありますし、そういっ た“受け止める人たち”は本当に“言ってくれる”のを待っている。責めないから。保健士さんの言葉で 印象に残っているのですが、 「悩みを打ち明けられたときに、私はまず“話してくれてありがとう”と思い ます」とおっしゃられたんですね。話す気持ちになってくれれば受け止める態勢は実はたくさんあるので、 “みんな実は見守っているんだよ、一人じゃないんだよ”ということに気付いてほしいと思いました。私 はやはりテレビ局の人間として、できるだけ多くの人に「現実はこうなんだ、だからこういう人がいるん だよ、あなたは一人じゃないんだよ」ということを番組を通して気づいていただけたらと思いますし、そ ういうメッセージを伝えていくお手伝いが微力でもできればなと思います。 岡田) 番組のタイトルにもあるように「一人じゃないよ」ということがキーワードですね。本日はどう もありがとうございました。 <備考> 今回のシンポジウムは、東京ウイメンズプラザの保育室を利用し て託児所を併設しました。子育て中のお母さんたちが気軽に来ら れるように配慮いたしました。 また、保育室の予約を忘れたお母さんたちは、子どもと一緒で騒 いだり泣いても気にならない、防音室から番組やシンポジウムを 見るお母さんたちもいらっしゃいました。