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スイスの民間シェルターの活動が示唆する DV 被害者支援

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スイスの民間シェルターの活動が示唆する DV 被害者支援
Nara Women's University Digital Information Repository
Title
スイスの民間シェルターの活動が示唆するDV被害者支援
Author(s)
岩瀬, 久子
Citation
岩瀬久子:奈良女子大学社会学論集, 第20号, pp.117-135
Issue Date
2013-03-01
Description
URL
http://hdl.handle.net/10935/3432
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http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace
スイスの民間シェルターの活動が示唆する DV 被害者支援
岩瀬
1
久子
本研究の目的と問題の所在
2001 年に配偶者からの
「暴力防止及び被害者の保護に関する法律(以下 DV 防止法と略)
」
が制定された.それに伴い,売春防止法(1957 年施行)によって設置されていた婦人相談
所が,配偶者暴力相談支援センターとして,ドメスティック・バイオレンス(以下,DV と
略)被害者の相談と緊急一時保護のための施設としてその機能が拡大され,公的シェルタ
ーの役割を担うこととなった.婦人相談所は全国に 49 ヶ所あり,すべての都道府県に公的
シェルターが存在する.基本的には,福祉事務所や警察からの依頼によって被害者を保護
し,利用は無料で,原則2週間で退所できるよう指導が行われる.一方,民間シェルター
は 1980 年代後半より開設され,早くから外国籍女性や DV 被害女性とその子どもへの支援
を行っている.90 年代後半より女性たちの草の根グループが立ち上げたシェルターが各地
に開設された.さらに DV 防止法制定後は年々増加した.内閣府によるとシェルターを運
営する団体は 2011 年 11 月現在 101 あるが(内閣府 2012),被害者の安全確保のため,所
在地は非公開である.その実態は,いくつかの調査研究や古くから活動しているシェルタ
ー発行の著書や報告書などから,活動内容を知ることができる(かながわ・女のスペース
“みずら”編 2002 など)
.
両者は暴力を受けた女性の相談や一時保護を主目的とし,生活再建を視野に入れ,支援
を行っている.公的シェルターでは,DV 防止法に則った支援が行われているが,その支援
のあり方に対して,被害女性を「売春防止法の,女性を『指導』あるいは『更生』させる
という差別的思想を温存したまま,DV 法(ママ)は女性を分断し差別する構造を内包して
いる」という指摘(戒能 2008:266)や被害当事者のニーズに即したものではないという
批判は多い(須藤ほか 2000,原田 2004,林 2004,堀 2007,岩瀬 2008 など)
.さらに「DV
防止法の改正によって,子どももまた DV の被害者として法の枠組みに入っているにもか
かわらず,同伴される子どもについては支援の対象と認められていない」という指摘もあ
る(須藤 2011:16)
.一方,民間シェルターでは,早くから子どもも DV 被害者であると
認識し,子どもへのケアを行っているところも少なからず存在し,フェミニズムに裏打ち
された被害者に寄り添った支援を行っている(かながわ女のスペース“みずら”編 2006 な
ど)
.民間シェルターは,公的制度に保護されない,社会的に排除された女性たちに向き合
っているが,その存在や存続も厳しいのが実態であり(黒田 2009:28),財源とスタッフ
不足に悩み,スタッフのトレーニングも十分とは言えない状況での支援活動である.
(西澤
2004:69)
.
このように日本では,公的シェルターと民間シェルターが DV 被害者のセーフティ・ネ
ットとして存在し,さまざまな課題を内包しながらも被害者支援は行われている.しかし,
被害者にとって,利用するシェルターが,公的であるか民間であるかによって支援が異な
ることは,心身の回復だけでなく,生活再建においても少なからず影響があると考えられ
る.シェルターによってサービスの質が異なるのではなく,公・民どちらのシェルターを
利用しても同じ質のサービスを受けられる必要があるのではないだろうか.DV 被害を受け
た女性と子どもの人権が尊重され,安心して避難できる場所の提供が求められているこん
にち,あるべきシェルターの姿を探ることは重要であると考える.
筆者は,2010 年にスイスのヴォー州(フランス語圏)のシェルターにインタビュー調査
を実施した.その結果,被害者保護だけでなく子どものケアも重要な支援と捉え,母子関
係に焦点を当てた取組みを行い,必要に応じて父子関係やカップルカウンセリングも行い,
家族システム論に基づいた支援を行っていることが明らかになった(岩瀬 2011)
.
本稿では,前稿に引き続き,スイスのシェルターに行ったアンケート調査とインタビュ
ー調査結果から,その活動の理念を明らかにし,シェルターのあるべき姿を探ることで,
日本のシェルターの課題を明らかにすることを目的とする.
2
スイスの概要と DV 問題の現状
2.1 スイス連邦国家の概要と DV 対策
スイスは,九州より少し広い面積にカントンと呼ばれる州が 26 州ある連邦国家である.
各州には独自の憲法,議会,政府そして裁判所があり,州政府の自治権が強い国である.
また各地方の地理的・歴史的な理由から公用語が4ヵ国語(ドイツ語,フランス語,イタ
リア語,ロマンシュ語)あり,人種的・文化的背景も異なる.人口は約 795 万人と九州の
人口の約 60%であるが,全人口の 22.8%が外国人である.近年急速に近隣諸国からの移民
で人口は増加している(スイス統計局 2011)
.
DV に関しては,連邦政府の刑法と民法によって対応がなされている.DV は刑法に抵触
する犯罪であるが,被害者の告訴が必要であった.しかし,2004 年の法改正で警察が起訴
することとなった.同法では,婚姻関係・同棲(同性を含む)など親密な関係にある人へ
の身体的暴力,性的強要,レイプが起訴される.さらに 2007 年より被害者は加害者に対し,
民事裁判所に保護命令を請求できるようになった.
DV 被害者を支援する法律として 1993 年に施行された「犯罪被害者支援法」がある.同
法の支援対象は,身体的暴力,性的暴力,精神的暴力を受けた本人やその家族構成員であ
る.同法規定の犯罪とは,殺人,殺人未遂,身体的危害や DV,性的暴力(セクシュアル・
ハラスメント,子どもへの性的虐待,近親姦)や人身売買,交通事故などである.被害者
は,医療的サポート,法律相談,シェルター紹介,安全予防計画の相談などが無料で受け
られる.同法を受けて 1994 年に全国に犯罪被害者相談センター(Le Centre: une aid aux
victims d’infractions:以下,LAVI と略)が各地に設置され,DV 被害者にとっては重要な
相談機関となっている(岩瀬 2011:58)
.
2.2
スイスの DV の現状と日本の現状
スイス警察の統計による DV の実態は,2010 年度には 15,768 件が報告されている.内
訳は,暴行 4,882 件,脅迫 4,219 件,身体的危害 2,225 件,侮辱 1,707 件,拘束 676 件や
児童性虐待 271 件,レイプ 184 件,性暴力 152 件,家庭内殺人は未遂を含めると 80 件(殺
人 26,未遂 54)である.家族間(元カップル,両親を含む養育者,親族を含む)で起こる
あらゆる形態の暴力の統計である(スイス警察 2011:37).
日本の警察庁の統計では,配偶者からの暴力事案の認知状況は 34,329 件,殺人(含未遂)
46 件である(警察庁 2011).両国を比較すると,日本の人口の 6.2%しかないスイスの DV
件数が際立って多いことに驚かされる.これは,
「DV は犯罪である」とされるスイスの法
律により警察の介入が進んでいること,DV は配偶者間だけでなく,親密な関係や家庭内で
起こるすべての暴力,つまりファミリー・バイオレンス(以下,FV と略)として包括的に
取組まれていることや 2009 年より警察が正確な統計を取ることになった結果であると考え
られる.
他方,
人口が約 1 億 2780 万人の日本の警察への相談件数がこのように少ないのは,
DV が「配偶者からの暴力(事実婚も含む)
」として捉えられているため,FV としての対応
がされていないこと,DV が保護命令違反以外は犯罪とはならないため,報復を恐れ相談し
ない潜在的な被害者が多いこと,相談後の展望が見えないことや相談窓口の被害者支援体
制が十分でないなどの要因が考えられる.
スイス社会における DV 問題には,銃による家庭内殺人がある.皆兵制度があるこの国
では銃が家庭に保管されているため,多くの女性が恐怖にさらされている1).また,文化的
背景の異なる移民家族の問題として,少女に対する強制婚(forced marriage)が,社会問
題となっている2).強制婚問題はスイス社会だけでなく,移民が増加しているヨーロッパや
北米では深刻な社会問題となっている.
3
研究方法
3.1
調査対象
欧州評議会の報告書(2010:44)では,スイスには 18 ヶ所のシェルターがあるとされる
が,名称,所在地など詳細なことは記載されていない.よって本稿の調査対象は,インタ
ーネットのホームページからスイス(含むリヒテンシュタイン)のアンブレラ・オーガナ
イゼーション(DAO)3)のメンバーである 17 ヶ所のシェルターと DAO に加盟していない
シェルター3ヶ所(所在地:ジュネーブ州,ヴォー州,ルツエルン州)を含めた 20 ヶ所で
ある.DAO 以外は,前回インタビュー調査を行ったヴォー州にあるシェルターとウェブサ
イトで情報を得られたシェルター2ヶ所を加えた.調査の所在地はフランス語圏4ヶ所,
ドイツ語圏 16 ヶ所である.
3.2
調査概要
スイスのシェルターの実態を把握するためにアンケート調査を実施した.質問用紙は英
語とフランス語,ドイツ語で作成し,それぞれの言語と英語の質問用紙を郵送した.配布
数は,20 票,回収数9票,回収率 45%であった.この内 DAO のメンバー6ヶ所から回答
があった.調査期間は,2011 年 10 月 20 日~11 月 10 日である.主な質問項目は,①シェ
ルターの設立年,部屋数(ベッド数)
,スタッフ数,スタッフの専門性,活動内容,②シェ
ルターの被害者支援,③地方公共団体からの財政的援助,④関連機関との連携・協働など
である.但し,本稿では紙幅の関係で,③の地方公共団体からの財政的支援と④の関連機
関との連携については取り上げない.別稿で取り上げる.さらに,インタビュー調査の協
力を得られたシェルター4ヶ所にインタビュー調査を行った.インタビュー調査は 2011 年
11 月 12 日~12 月 15 日で,質問紙調査で得られなかった補足的事項について行った.調査
地は,ジュネーブ州オネ市,ヴォー州ローザンヌ市,ベルン州ビエンヌ/ビール市(以下,
フランス語のビエンヌを用いる)
,フリブール州フリブール市の4ヶ所で,シェルター代表
に行った.インタビュー時間は1時間半から2時間であった.また,補足資料としてシェ
ルターのホームページ(以下,HP と略)から得られた情報を利用する.
4
調査結果
4.1
スイスの民間シェルターの概要
スイスのシェルターの概要は表1に示した通りである.全体に設立年数は古く,回答の
あったシェルターの平均活動年数は約 28 年である.最も古い A は母子寮から始まった歴史
があり,1964 年に開設されている.最も新しい G は,1997 年に開設され 15 年間の活動歴
がある.多くのシェルターが 1995 年の北京会議以前に開設されており,第二派フェミニズ
ムの「女性運動」に呼応して設立されている.全体的にスタッフ数が多く(平均 19 人)
,
部屋数(平均 10.4 部屋)の約2倍のところが4ヶ所ある.ベッド数は平均 21.4 ベッドであ
る.
具体的にみていくと,住所を公開しているのは A と B4)にあるシェルターの2ヶ所であ
る.両シェルターは保育所を併設し,近隣住人の子どもも受け入れている.A では 10 人,
B では9人の同伴児童が入園できる.部屋数は,A は 17 室,B は 20 室あり各部屋にはベ
ッドが2つある.スタッフ数は A が 29 人,B は 41 人と多く,大規模なシェルターである.
A は9階建てアパート
(日本の公団住宅のような高層マンション)の7~9階を占めている.
保育所は隣棟にありドアで繋がっている.7階には事務室,料理人用台所,食堂,リビン
グルーム,洗濯室,相談室がある.入居者の部屋は8・9階にあり安全は守られている.
すべて個室でトイレ,バスルーム,台所,食堂,リビングルームなどは共有となっている.
食事は平日の朝・夕は提供されるが,昼食と週末は自炊である.B はアパート1棟(地下1
階,5階建て,屋上に保育所)すべてがシェルターで 20 室ある.各部屋にはベッドが2つ
あり,バス・トイレ付である.1階には受付,相談室,談話室,食堂,料理人用台所など
がある.2階以上が入居者用の部屋と共有部分としてリビングルーム,台所があり週末は
自炊である.
その他のシェルターでは,住所は非公開となっていて,ほとんどのシェルターは事務所
とは別にある.シェルターの部屋数は4~12 部屋,スタッフ数も7~22 人と幅広い. F
では,緊急体制用にいくつかのホテルと契約している.I は,人口 12,467 人(2010.12 現
在)の山間の町のため独自の建物はなく,支援者が所有するアパートの部屋をシェルター
として利用している.DAO メンバーのシェルターでは基本的に入居者は自炊,買い物や掃
除,子どもの世話を行うこととなっている.入居に関しては,自律的な生活ができる女性
で,アルコールやドラッグ,精神疾患のある人は受け入れない.安全に関しては,ほとん
どのシェルターは民間のアパートを借りているが,1階の共用入口には鍵があり,鍵を持
っている入居者しか建物に入れないために不審者が侵入することはなく,安全性は高い.
4.2
シェルター・スタッフの就労形態とその専門性
表1で示したように B と G は,フルタイム・スタッフのみで運営されている.A は,フ
ルタイム・スタッフ 17 人とパートタイム・スタッフ 12 人で運営されている.その他のシ
ェルターは,すべてパートタイム・スタッフで運営されており,シェルターにより就労形
態は異なる.その支援体制の1例をみると,パートタイム・スタッフ 15 人で運営されてい
る F では,週労働 40 時間を 100%とすると,シェルター代表は 70%,福祉関係専門スタ
ッフは 75%~80%,
シェルターの住居の責任者 60%,子ども専門スタッフ 70%,
会計 35%,
秘書 30%,受付,夜間・週末スタッフ 25~30%と被害者に直接かかわる人と事務担当など
その働き方は異なる5)が,組織体制は整っている.またスタッフとは別に,B,C,D では,
インターンシップ生が各2名働いている.G では有償ボランティアが1名いる.
被害者に直接かかわるスタッフの専門性をみると,表1で示したようにすべてのシェル
ターでソーシャルワーカーが携わり,社会教育士は7ヶ所,社会心理士6ヶ所,保育士3
ヶ所と有資格の専門職が被害者支援を行っており,専門性は非常に高い.さらに,D,E,
F は,LAVI として州政府から認可を受けており,シェルターと LAVI のスタッフが同じで
あることから,迅速に適切な対応が行える利点がありその専門性の高さがわかる.
4.3
シェルターの活動
シェルターの活動としては,被害者の一時保護,相談などの DV 被害者に関わる「直接
的支援」と学校や警察などへの DV 教育や研修,予防や啓発活動などの「間接的支援」が
ある.表2はスイスのシェルターの主な活動内容である.
A は外部からの相談,学校への DV 教育・研修など「間接的支援」は行わず,被害者への
「直接的支援」のみである.これは隣接するジュネーブ市に DAO に加盟しているシェルタ
ーがあり,外部からの相談や学校への DV教育,警察などへの研修を行っており,役割分
担がされていると考えられる.
「間接的支援」である「学校への DV 教育」は5ヶ所が行っていて,シェルターが予防
教育を行っていることが分かる.B では,学校への DV 教育はおもに助産師,看護師,心理
士などの専門学校や大学の医学部などで,小学校などへは行っていない.ベルン州にある D
と E は,警察と共に学校への DV 教育をパイロット事業として力を入れ始めている.
「警察
における研修」も5ヶ所が行っており,警察官の DV 対応に活かされ,警察への相談件数
に表れていると推察できる.ちなみに B のインタビューでは,警察も独自に内部研修を行
い理解は深まってきているが,州の司法関係者は,まだ DV に関する理解が低いため,研
修を行う動きがあるという.
「インターネット相談」はフランス語圏で開設されているもの
で,回答者として E,F,I の3ヶ所のシェルターが参加している.被害者だけでなく加害
者,子ども,DV 関連の専門家,家族,友人・近隣者からの相談にも対応する包括的 DV 相
談を行っている.B の「巡回相談」は,州にシェルターが1ヶ所しかないため,6つの市町
村を専門家チームが巡回し,相談を行っている.その他は,被害女性と子どもの要望があ
れば父子面会を行う.被害女性の要望があれば,カップルカウンセリングも行っている.
これらは,B の特徴的な取組みである.
4.4
シェルターにおける DV 被害者支援
シェルター活動の要となるのは被害者への「直接的支援」であるが,被害者がシェルタ
ー入居中に必要となる支援としては,「経済的支援」
,
「精神的支援」
,
「司法関係支援」
,
「就
業支援」が考えられる.支援内容を示したのが表3である.
経済的支援では,日常的な生活費に関しては6ヶ所,自立支援金の提供は2ヶ所,引越
し費用の提供は3ヶ所と多くはない.
精神的支援では,「継続的な相談」はすべてのシェルターで行っている.「同行支援」は
8ヶ所,「グループ・カウンセリング」は4ヶ所が行っている.「母子関係に関するカウン
セリング」と「子どものケア」は,それぞれ8ヶ所とほとんどのシェルターが行っている.
また,
「社会教育」を行っているところも6ヶ所あり,被害者と子どもが早く社会に溶け込
め,日常生活が送れるように支援されている.その他は,子どものための娯楽の提供,女
性のためのボディ・ワークである.
司法関係では,「弁護士紹介」はすべてのシェルターで行っている.さらに「裁判所での
アドボケイト」は5ヶ所である.本稿でのアドボケイトとは,司法手続きにおいて裁判所
に同行し,時には被害者の代弁者となることであるとして尋ねた.たとえば,E では,被害
者本人の希望があれば弁護士とともに,専門スタッフも裁判に付き添い,被害者のアドボ
ケイトを行うという.こうした支援はデンマークとスイスにおいて行われている(欧州評
議会 2007:20)という.
「面接交渉に関する援助」を行っているところは4ヶ所ある.面
接交渉に関してどのように行うのかをインタビュー調査で尋ねたが,スイスでは別居中,
離婚訴訟中でも父親に特別の事情が無い限り,子どもと会う権利を有する.そのため,B で
は,家裁で判決が出るまでの間,父親が子どもとの面会を希望すれば,母親の同意を得た
うえで子どもと面会できる場を提供している.その際父親には暴力をふるわない,母親の
悪口を言わないなどの約束事を書いた誓約書にサインしてもらう.子どもには父親と会う
ための心の準備を専門家が行うということであった.
就労支援に関しては,「雇用情報の提供」が4ヶ所,「パソコンや言語習得などの訓練」
を行っているところが2ヶ所,
「職探し」が4ヶ所となっていて,就労に関する支援はあま
り行われていないようである.
4.5
子どもに関する支援
子どものケアは表3で示したように8ヶ所のシェルターが行っているが,具体的にはど
のような支援が行われているだろうか.まず,子どものケアに関わる「専門スタッフの有
無」を尋ねた.表4で示すように,I 以外は専門家が携わっている.その職種は,保育士,
サイコロジスト,社会教育士,教育専門家,ソーシャルワーカーと多岐にわたっている.
また,子どもが男性に対するネガティブな感情をもたないために,子どもの世話や遊び相
手をするスタッフが男性のところも数ヶ所ある.
子どもに関する支援では,「託児」を行っているところが3ヶ所,「学習支援」を行って
いるところは1ヶ所と少ない.しかし,すべてのシェルターで,
「子どもの精神的ケア」を
行っている.B と E では,子どものカウンセリングのために独自に小冊子6)を作成し,小
冊子を使いながら子どものカウンセリングを行っている.さらに,E では,母親と子どもの
グループワークを行っている.
「子どもの遊び場の提供」は5ヶ所で,半数以上のシェルタ
ーには遊びの空間がある.A のような高層アパートのところは,娯楽の提供として子どもの
課外活動や工作,サーカス観賞などがあり,子どもを閉じ込めた空間に置くのではなく,
子どもたちができるだけ普通の生活ができるよう配慮されている.
4.6
入居者の平均入所期間と退所後の行き先
では,こうした支援を受ける被害者たちは,どのくらいの期間シェルターに滞在するの
だろうか.日本では公的シェルターでは原則2週間とされる.民間シェルターへの調査で
は,2週間~1ヶ月が最も多い(NPO 法人ホッとるーむふくやま 2009:8)
.スイスのシ
ェルターは,A のみが平均 7.3 ヶ月(2010 年度)と長期間であるが,その他のシェルター
では平均1ヶ月~1ヶ月半である.入所期間の制限は設けていないところがほとんどであ
るが,おおよそ1ヶ月~1ヶ月半で生活再建ができるよう支援が行われている.A の長期滞
在の理由は,
「きちんとした教育を受けていない外国籍女性が多いため,日常生活が円滑に
送れるように社会教育を行っている.妊娠中の女性の入居もあり,長期にわたる支援が必
要な人が多い.また,ジュネーブの深刻な住宅不足も要因のひとつである.
」という.
シェルター退所後の行き先は,新しい住居へは 25%~60%,元のパートナーのところへ
戻る人は 20~30%,親元へは3~7%,他のシェルターへは 10~18%,夫が退去したあと
の元の住居へは 11~17%,母子生活支援施設へは6~27%と,多岐にわたっている.
4.7
調査結果のまとめ
調査から明らかになったことは,スイスのシェルターは,第二派フェミニズムの運動に
共感した女性たちの手で始められており,シェルターの歴史は長い.そのため組織がしっ
かりし,支援体制が整っている.中規模シェルターが主であるが,スタッフ数も多く,す
べてのシェルターで専門職が携わっている.住所は公開しているところと非公開のところ
があるが,公開しているシェルターは,大規模なシェルターで保育所を併設している.保
育所の併設は,子どもにとっては他の子どもたちと遊ぶことで日常生活を送ることができ,
母親にとっては DV 問題に向き合い,心身を癒す時間がとれることから,母子にとっては
重要な支援である.
また,A は,入居者は外国籍女性が主であるために,経済的・精神的・司法関係・就業支援
のすべてが行われており,スイス社会に溶けこむための手厚い支援が行われている.
非公開は DAO に加盟・連携しているシェルターであるが,明確なフェミニズムの理念で
運営されている.すべてのシェルターで専門職が携わり,支援プログラムがあり,その専
門性は LAVI として認証されているところもあることから社会的に高く評価されていると
いえる.スタッフはすべて有償で,無償のボランティアはいない.支援のあり方に関して
は,DAO のフェミニスト・アプローチと B のような家族システム論・アプローチ7)がみら
れるが,双方とも母子関係と子どものケアには特に力を入れている.被害女性と子どもの
ための住環境の工夫や子どもの娯楽の提供などがあり,
「普通の社会生活を継続」できるよ
う配慮されている.そして何よりも「被害者の意思の尊重」が重視されている点は,各シ
ェルターの共通事項である.
5
スイスのシェルターの活動理念
前章ではスイスのシェルターの被害者支援の実態について明らかにしたが,本章では,
どのような理念のもとで支援活動が行われているのかを明らかにする.とりわけ,フェミ
ニズムのどのような思想内容をどのように反映しているかをみていく.
スイスのシェルターには,上述したように住所を公開し,保育所を併設している大規模
なシェルターと住所は非公開の中・小規模のシェルターがあるが,ほとんどが後者で,DAO
に加盟・連携している. DAO は,そのコンセプトをフェミニズムの理念と反人種差別と
し,シェルターの名称にフランス語圏では「女性の連帯」(solidarite femmes),ドイツ語圏
では「女性の家」(frauenhaus)という言葉を使用していることからも,「女性の連帯」が
重要な理念であることがわかる.
シェルターの理念は,イギリスのウイメンズ・エイドの運営方針(Gill Hague, Ellen
Malos 2005=2009:80-81)や WAVE の『女性のリフジーの開設・運営のためのガイドライ
ン』
(WAVE 2004:18-23)8)で明文化され,ヨーロッパのシェルターの共通理念となって
いる.ウイメンズ・エイドでは,
「女性と子どもを信じ,その安全を最優先すること.自分
の人生を自分で決定できるよう,女性の支援とエンパワーメントを行うこと.DV の影響を
受けた子どものニーズを認識し支援すること.DV による不利益や社会的孤立の回復に努力
すること.多様性の反映,機会均等と反差別を推進することである」(Gill Hague, Ellen
Malos 2005=2009:80-81)とする.スイスでも母子関係や子どものケアを重要視した支援は,
すべてのシェルターが行っており,その理念は共有されている.また,人口の約5人に1
人が外国人という多民族国家であるスイスにおいて,反人種差別の理念は特に重要である.
国籍,宗教,文化的価値観,生活環境が異なる外国籍の女性たちには,個々のニーズに添
った支援が必要であるが,A では,こうしたニーズに応え,外国籍女性の DV 被害者を対象
に表3・4で示したように手厚い支援を行っている.他のシェルターでも外国籍女性の入
居率の割合は高く,多言語での支援が行われている.ちなみに E では,18 年間で 56 ヵ国
の女性を受け入れたという.E では,近年 FV でシェルターに助けを求めてくる少女が増加
しているため,新たに少女のためのシェルター9)を設立するといい,DV にかかわらず,
FV やデート DV など「女性に対する暴力」の被害者支援を行っている.つまり,スイスで
は加害者が誰であるかを問わず,暴力を受けた「行き場のない女性と子ども」の支援が行
われているのである.
シェルターの支援のあり方を E 代表は,次のように語る.
「入居者の自律を尊重するため
にスタッフは,シェルターには1日3時間しかいない.家庭で夫から支配されていたのに
シェルターでもソーシャルワーカーによって支配することはしない.被害者の自主性を尊
重することで責任感が生まれる.また,自主的な共同生活をすることで女性の連帯も生ま
れる.もし,シェルター内で問題があれば,グループで話し合いすることで解決を図って
いく」
.当事者の自主性と自己決定を尊重し,長年 DV の被害を受けてきた女性に対してス
タッフはコントロールしないという言葉は,
「パワーとコントロール」という DV の構図を
シェルターには持ち込まないというフェミニズムの理念が貫かれている.他の入居者との
共同生活では,新しい関係性を学び,女性同士の社会的な関係の再構築につながる.つま
り,
「女性の連帯」として同じ体験をもつ女性たちにとって体験を語り・聴くことでセルフ
ヘルプとなり,エンパワーメントにつながる.フェミニズムの理念は,スイスのシェルタ
ーにおいて継承され実践されている.
6
先進的な事例から学ぶあるべきシェルターの姿
では,他の国々のシェルターの実態はどうなっているのだろうか.本章では,日本
で研究が進んでいる韓国とデンマークを取り上げ,あるべきシェルターの姿を探る.
日本の DV 被害者支援に関心を持つ研究者や実践者たちが注目するのは,アジアの DV
政策先進国である韓国の DV 支援体制である.1983 年から女性たちの手で「女性の電話」
を開設し,積極的に提言を行い,政治問題にも関わり先進的な取組みを行っている.韓国
のシェルターは全国に 60 ヶ所あるが,民間支援団体が運営し,運営費・人件費・被害者の
生活費はすべて政府負担である(二宮孝富 2010:72).居室数は3~5の小規模なシェル
ターが 72%を占め,1室を2~4人で使っていることが多い.常勤スタッフ数の平均は 2.9
人,非常勤やボランティアも含めた全スタッフでも平均 6.1 人と少ない.滞在期間は最大6
~9ヶ月と長期である.DV 相談員になるためには規定の研修を 100 時間受けねばならず,
スタッフ教育がしっかりしている.さまざまなケースに対応した支援プログラムが用意さ
れているが,子どもの遊び場所など住環境に関してはまだ十分整備されていない(長谷川,
上野他 2005:1499)
.
デンマークのシェルターは,民間の女性団体や福祉団体によって設立.自治体から委託
契約を受け,基本的には補助金で運営資金が賄われている.スタッフはフルタイム雇用者
が基本で,ソーシャルアドバイザーの有資格者が支援に当たる.自立支援策は基本的には
基礎自治体の専門家が行い,住宅確保や職業,こどもの教育などの支援を行う.シェルタ
ーの所在地は原則公開されている.必要とされる女性たちにわかるようにという認識から
である.入所後の安全性の確保はシェルターの匿名性よりも,加害者からの直接的な防御
を重要視している(上野 2010:48)
.子どものケアを重点的に行っているデンマークでは,
子どもの遊び空間は非常に重要視されているだけでなく,フルタイムで子どもの遊びに関
わる専門スタッフ(社会教育士)の配置が義務付けられている.子どもたちは危機センタ
ーから幼稚園や小学校に通うことができる.これらは「人は普通の暮らしをしないといけ
ない」という理念に基づいているものである(梶木他 2010:1459)
.
韓国やデンマークでは,まず,スタッフの専門性が非常に高いこと.次いで,さまざま
なケースに対応する支援プログラムが用意されていること.運営資金・人件費は政府など
の行政の補助金で賄われ,民間が運営していることが挙げられる.両国とも女性たちの草
の根グループが立ち上げたシェルターで,フェミニズムの理念が根底にある.
さらに,デンマークのシェルターでは,子どもへの視点が重視され,住環境が整ってい
る.また,住所を公開し,必要な人にわかりやすく,そして,入居者が普通の生活ができ
るというノーマライゼーションの理念で運営されている.日本では,シェルターの住所は
非公開で,被害者が逃れ,隠れた生活を強いられるため,普通の生活を送るというノーマ
ライゼーションの視点はない.しかし,デンマークだけでなく,スイスでも A や B のよう
に保育所を併設し,住所を公開しているところもあることから,警察との緊密な連携,コ
ミュニティの見守り,社会全体で DV を根絶するという支援体制の構築,そのための法律
や制度の整備があれば不可能ではないと考えられる.
「公開性」と「ノーマライゼーション」
という視点は,これからのシェルターのあり方として検討する必要があるのではないだろ
うか.こうした点からみると,スイスの B の取組みは,フェミニズムの理念で被害者支援
を行い,家族システム論アプローチで加害者を視野にいれた支援を行い,保育所を併設し
住所を公開し,必要とする人にわかるようになっていることから,あるべきシェルターの
姿のひとつと考えられる.
7
日本のシェルターの現状と課題
前章では,あるべきシェルターの姿を提示した.本章では,上記の結果と比較しながら
日本の現状を検討するとともに,課題を指摘する.
公的シェルターの現状を先行研究からみると,個室ではなく相部屋となることも多く,
プライバシーがなく,癒される空間にはなっていない.長期的,専門的な配慮が必要であ
る若い妊娠した女性を受け入れる公的シェルターがない(金田,上野他 2004:1421)
.専
門職の配置や専門性の担保の面では,特別な相談でない限り,専門職が関与しない.職員
(相談員)は皆,十分な教育訓練・研修を経ているわけではない(平塚 2010:75-76)
.常
勤職員である相談指導員は,通常2~3年で異動するのが慣例となっている.また,DV 被
害者支援においてはジェンダーの視点および女性問題の視点が不可欠であるが,その認識
を確認し共有する機会が年々少なくなっている(佐藤 2010:99-101).一時保護期間は原
則2週間であるが,以後の生活再建について保護期間中に決断しなければならないために,
被害者の自己決定よりも,支援者の判断が優先されることが少なくない(手嶋 2010:212)
など批判的な指摘が多い.公的シェルターは,売春防止法に基づき設置され,DV 防止法に
則った支援が行われるために,女性や子どもの意思の尊重は優先されず,一時保護が目的
となり,被害者に寄り添った支援が行われているとは言い難い.
一方,民間シェルターの支援については,古くから活動しているシェルターに関する研
究はあるが,DV 防止法制定以後に設立されたシェルターの実態を知ることは難しい.その
ため民間シェルターへの調査は全国シェエルターネットに加盟しているシェルター(60 数
ヶ所)を対象として行われる.その実態は,小規模なシェルターが多く,専従スタッフは
少なくボランティアで支えられている(小川 2008:209-212)
.具体的な支援では,岡山市
の調査では,
「精神的支援」である継続的相談や同行支援は約9割のシェルターが行ってい
る.母子関係に関するケアについては,調査からは明らかにされていない.
「就業支援」は,
雇用情報の提供やハローワークへの同行が約7割前後である.「司法関係支援」では,保護
命令申請書類作成に関する援助,弁護士紹介などが約9割弱,面接交渉に関する援助は約
4割強となっている.
「子どもへの支援」は託児と精神的ケアが7割強,学習支援が6割強
となっている.外国人の対応は約3分の2が行っている(岡山市 2009)
.スタッフの専門性
については,長年 DV 被害者支援にかかわってきた西澤は,
「相談者の多様かつ高度なニー
ズに応え,さらに危機介入をしなければならない危険度の高い DV ケースが増えている現
状において,その状況を的確に判断し迅速に対応できる専門職スタッフが求められている」
と専門職の必要性を指摘するが(西澤 2004:69)
,全く専門職が関わっていないシェルタ
ーが約4割ある(小川 2008:211)
.
先行研究から見る限り日本の公的シェルターは,スタッフは専門職でなく,住環境は不
十分で,子どもの遊び場の提供や子どもの娯楽などは配慮されていない.そのため被害者
の心身の回復は不十分なまま,次のステップである生活再建へと移っているようである.
また,婦人相談員の売春防止法に則った「指導」
・
「更生」という支援のあり方は,支援す
る人・される人の間に「パワーとコントロール」という権力構造が内在し,二次被害が憂
慮される.佐藤恵子が指摘するように,ジェンダーの視点および女性問題の視点が,共有
されているかは疑問である.たとえ,スタッフにフェミニズムの理念をもった人がいても
法に縛られ,実践できずにいる人も少なからず存在すると考えられる.
民間シェルターは,小規模で,人材不足のためスタッフの専門性も高いとは言えないが,
被害者のニーズに寄り添った支援が行われており,フェミニズムの理念は活かされている
と推察できる.しかし,全国シェルターネットに加盟していないシェルターも4割弱あり,
その実態を知ることは困難である.民間シェルターの多くは,必要に迫られ,熱い思いの
女性たちの手で運営されていると考えられるが,その組織や運営体制は,あまりにも脆弱
ではないだろうか.行政からの財政的援助はほとんどなく,スタッフ不足で,手弁当で研
修を受け,手探りで支援を行っている(岩瀬 2009)のが現状であろう.
先行研究からみる日本の課題は,①組織と支援体制の構築が不十分,②専門職の制度的
配置の必要性,③フェミニズムの理念に基づく被害者支援プログラムの構築,④母子関係
と子どもに焦点をあてた支援プログラムの開発,⑤公・民シェルターにかかわらず同質の
支援の提供.そして,⑥シェルター数の不足があるといえよう.
日本では,公・民シェルターを合わせても 200 ヶ所にも満たないであろう.しかもその
規模は小中規模が多い.増加し続ける被害者に対し保護件数は横ばい状態であることをみ
ると,保護されない被害者が多く存在すると思われる.欧州評議会では,DV 被害者の一時
保護のためのミニマムスタンダードとして,人口1万人に対して1受入場所(ベッド)が
必要であるとする(欧州評議会 2008:38).その基準を日本に当てはめてみると,人口約
1億 2780 万人(2011.10 現在)に対して,被害者の入居場所としては,約 12,780 場所必
要となる.しかし,婦人相談所の入居可能数は 773 人(総務省 2009:6)である.たとえ
公的シェルターの不足を民間シェルターが補っても,欧州評議会の基準には程遠いといえ
る.シェルター不足問題に対応するためにも,民間シェルターをさらに重要な社会資源と
位置づけ,その活用のあり方を再考する必要があるのではないだろうか.
8
おわりに
スイスのシェルター調査をもとにあるべきシェルターの姿を探ってきたが,シェルター
の運営理念には,DV は「個人の問題ではなく社会の問題である」と看破したフェミニズム
の理念とシェルター内に「パワーとコントロール」を持ち込まないことは不可欠であろう.
シェルターの公開性とノーマライゼーションいう視点は,新たな展開となり,これからの
検討課題である.被害者に開かれたシェルターという視点は,「被害者は隠れる存在」とさ
れる日本の DV 被害者支援にとって発想の転換が求められるが,デンマークやスイスの実
践は,それが不可能でないという証明でもある.また,B の家族システム論アプローチは,
これからの研究課題であろう.
シェルターの公開性に関しては,筆者は調査を実施するに当たってシェルター情報をウ
ェブ上から収集したが,スイスではほとんどのシェルターが HP をもち情報の提供をして
いる.フェミニズムを基礎理念とする DAO 加盟のシェルターでは,住所は非公開としなが
らもそのほとんどが HP で,シェルターでの支援内容,DV に関する法律,被害者の権利,
他の支援機関などさまざまな情報を提供している.運営内容や「年度報告書」も公開し,
シェルターの社会的役割を明示している.必要とする女性が情報を得られるだけでなく,
社会に DV 問題を発信していくツールとなっている.
一方,日本の民間シェルターは閉ざされており,その情報を得ることは困難である.ま
してや,支援や活動内容はほとんど提示されていない.そのため支援を必要とする女性た
ちにその存在はわかりにくいものとなっている.それゆえ社会的な存在感が希薄である.
日本の民間シェルターが社会的信頼を得て重要な社会資源としての社会的地位を築くため
にも,シェルターが隠れた存在・閉鎖された空間ではなく,援助を求める女性がアクセス
しやすくなるように社会に対してその存在と活動を HP などで紹介し,さまざまな情報を
提供することも必要であろう.そしてシェルターが利用者の声を聞き支援のあり方など評
価する必要もあるだろう.高井葉子が指摘するように「シェルターという運動体はこれま
で個人の思いを活動の原動力とし,個人のリソースによって維持運営されてきた.しかし,
利用者のニーズの高まりや多様化のなかでは,より公益性をもった運営が必要となってく
る.女性が女性をかくまい助けるという「思い」や理念から始まったシェルターであるが,
今後より大きな社会システムの中にシェルターを位置づけるためには,開かれた社会資源
としてのシェルターのあり方が求められよう.利用者や外部の視点を交えた議論ができる
組織運営の必要性である」
(高井葉子 2000:119)
[謝辞]
アンケート調査,インタビュー調査に答えてくださったシェルター代表の方々,調査票
の翻訳や通訳としてお手伝いくださった M・マエヒトリーさん,プルスご夫妻にも厚くお
礼を申し上げます.
[注]
1)家庭内の銃所持の問題は,国民皆兵制のため軍隊で支給された銃が家庭に保管されて
いるために家族内殺人に使用されることが多く,その犠牲者は妻と子どもであるため,
2011 年2月 13 日に銃規制に対する国民投票が行われたが否決された.
2)フォースト・マリッジ(強制婚)とは,家長が子どもの結婚相手を一方的に決める結
婚で,2005 年に欧州評議会が強制婚に反対する決議を下して以来,イギリスを筆頭に
さまざまな国で強制婚に対する特別措置が取られるようになった.欧米諸国では法律
で禁止されている.スイスの強制婚の被害者は,移住した外国人家族の第2,第3世
代で,年齢は 13~25 歳の若者である.スイスインフォニュース(2012.7.17)
3)DAO は,スイスのシェルター・アンブレラ・オーガナイゼーションで 1987 年に設立
された.相互サポートを行い,場所提供の交換,DV 問題の社会的啓発,研修など行い
ネットワークを組んでいる.現在メンバーはリヒテンシュタインを含め 17 団体が加入
している.その理念は,フェミニズムと反人種差別である.年に2回は代表会議を開
催し,カップル間の暴力,家族間暴力問題について社会的認識を高める運動を行って
いる.http://frauenhaus-schweiz.ch/index.php?id=31
4)住所の公開に関して B でのインタビューでは,警察との連携がうまくいっているので
問題はないとのことであった.
5)スイスでは,パートタイムは短時間で働く正規雇用形態としてその働く時間に応じた
社会保障が受けられる.
6)小冊子には,イラストでシェルターの建物構造,シェルターでの生活,シェルター・
スタッフなどが描かれていて,シェルターとは何かを理解できるようになっている.ま
た,子どもの気持ちや両親の関係などを描く頁がある.
7)加害者も射程に入れた支援のあり方には,DV 対策には二つの視点の必要性が考えられ
る.第1は,FV という視点である.つまり家族間の相互作用から考慮する必要があるこ
と.DV が存在する家族には被害者は一人ではなく他の家族構成員にも影響を与え,被害
者である母親が子どもに対して加害者にもなりうるという点である.第2は,加害者支
援の必要性である.たとえばスイスでも 20~30%の女性が加害者の元に戻っているが,
加害者を放置したままでは再び DV 関係は続き,状況は改善されない.たとえ被害者が
加害者の元に戻らなくても第二・第三の新たな被害者が生まれる.B の支援のあり方は,
ヨーロッパでも珍しい試みのようで,その取組みについて 2011 年に欧州評議会のダフネ
Ⅲ・プログラムに招待され,説明に行ったという.
8)WAVE(Women Against Violence in Europe)は,EU を含む 47 カ国のシェルターや女
性のための援助団体が参加する組織で,ウィーンに事務局がある.各国の DV 政策の
取組みや被害者支援状況などの情報を提供している.www.wave-network.org
9)少女のためのシェルターはチューリッヒに1ヶ所ある.詳細は,www.masdchenhaus.ch
参照
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www.wave-network.org-images-doku-manual_eng_pdf.web(2012.4.10 取
得)
(いわせ ひさこ 奈良女子大学大学院博士研究員)
Suggestions of DV victims support services from women’s shelter activity in
Switzerland
HISAKO Iwase
Abstract
The purpose of this study is to investigate how the shelter should be by investigating
the issues of DV victim’s support services in the public shelters (women’s consultation
centers) and private shelters in Japan. At first, I introduce the research about victims
support at the shelters in Switzerland that I performed and clarify the concept of the
shelter activity. And I address the shelters in Korea and Denmark from previous studies
as comparison. Then, I compare the concept of these shelters that have been achieved to
the actual situation and point out the problems of shelters in Japan. It is basic principle
that a power structure of DV should not be brought into the shelter. Power structure
means feminist’s ideology - “ power and control” causes DV.
It is necessary that the victim who suffers from various problems is supported by a
trained expert with thorough knowledge of DV. Particularly, an effective support
program is necessary for a mother-child relationship and special care for the child. A
safe, relax in peace at the shelter is indispensable. Furthermore, an address of shelter is
open to the public which is a unique approach of support system and it relates with the
idea of normalization that means a victim can lead a normal life. This is a task for
future research.
In addition, most of the shelters in Switzerland have websites and offer information
such as shelter’s supports, DV-related law and the rights of the victims. These are
effective for any woman.
(Keywords: concept of shelter support service, feminism, Switzerland)
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