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報 告 ABU
(アジア太平洋放送連合)
災害報道サミット
~気候変動と減災に向き合うアジアの放送局~
メディア研究部
田中孝宜
加盟放送局の災害報道能力向上のための活動の一環として,ABU では第 2 回「災害報道サミット」を 2016 年
5 月 12 日~ 13 日,タイのクラビで開催した。サミットには,国際機関や地元 NGO,救助ボランティア団体など,
25 の国と地域から 200 余りが参加し,気候変動がアジア地域にもたらす影響や,多様なステークホルダー(防
災に関わる機関や個人)が連携することの重要性について話し合った。また,
NHK が災害報道を紹介する「NHK
マスタークラス」では,参加者から災害弱者を含むすべての人に防災情報を届けるための「自動字幕」や「自
動手話」などの技術開発に高い関心が示された。 ABU では会議と並行して,日頃から防災をテーマにした番組制作を奨励する目的で新たに番組コンテストを
設け,インド洋大津波 10 年企画として,日本やインドネシアの防災体制を取材したタイ PBS の番組などが受賞
した。最後に「クラビ行動計画」を採択し,気候変動や防災・減災分野において放送メディアとして果たすべ
き役割を確認した。アジアの放送局では近年,災害報道に対する意識が高まっており,本稿ではサミットの議
論の紹介を通じて,ABU が,さまざまな防災関連機関・個人との協力関係の構築,日常的な防災・減災関連番
組の制作,災害弱者を含めたすべての人への情報提供を課題として認識していることを報告する。
1. サミット開催の背景と概要
経った 2014 年 6 月にインドネシアのジャカル
タで第 1 回会議を開催した。
ABU(アジア太平洋放送連合)では,2004
また昨年,2015 年は,国連防災世界会議が
年のインド洋大津波災害以降,災害報道分野
仙台で開催されたのに合わせて,NHK と共催
で国際協力を進めている。現在「
(情報で)命
で災害報道をテーマにしたグローバルニュー
を救う」をキャッチフレーズに,ABU が最
スフォーラムを開いた。
優先に取り組む活動の一つに位置づけている
(田中 2014)
。
今回の第 2 回サミットはタイ PBS との共催
で,タイ南部のクラビが会場となった。
これまでもABUは, 研 修 や視 察,ワーク
開催地のクラビは,2004年のインド洋大津
ショップなどを通して,NHKの災害報道をモデ
波でピピ島などが甚大な被害を受けた州であ
ルの一つに,放送メディアが防災 ・減災に果
る。また,共催したタイPBSは,2011年のチャ
たす役割やそのための備え,デジタル通信技
オプラヤー川流域の大洪水をきっかけに,防
術の活用などの理解を深め,ノウハウの共有
災・減災に積極的に取り組んできた公共放送
を図ってきた。
局である。
そうした中,ABU は加盟機関が災害報道を
向上させるために課題や経験を共有する場と
して,2 年に 1 回,災害報道サミットを開催す
ることを決め,インド洋大津波災害から 10 年
42
SEPTEMBER 2016
会議は 2 日間にわたって行われ,9 つのセッ
ションに 40 人が登壇した。
全体プログラムの概要は次のとおり。
2. アジアの災害報道の課題
ABU 災害報道
サミットの様子
2-1 幅広いステークホルダーとの連携
会議では,2015 年の国連防災世界会議に
おいて採択された「仙台防災枠組2015-
2030」を受け,メディアとステークホルダー
(防災関係機関,NGO,ボランティアなど)
間の連携の重要性を前面に打ち出した。
そのため,会議には,UNISDR(国連国
際防災戦略事務局)
,FAO(国連食糧農業
機関)
,赤十字,アジア開発銀行など国際機
関からの参加者が目立った。
・オープニングセレモニー
主催者挨拶のほか,国連事務総長特別代表のビデオメッ
セージなど。
12 月に採択された気候変動に関するパリ協
5月 日
・セッション 1「気候変動の国際的視点」
国連機関からの出席者や防災研究者などが,気候変動と
減災について世界的な潮流と課題を提示。
定の第 12 条にある「締約国は,この協定に
・セッション 2「気候変動と社会」
国際機関からの出席者や NGO,研究者などが,気候変
動と開発,食糧安全保障,経済活動などを議論。
する教育,訓練,啓発,公衆の参加及び情
・セッション 3「気候変動の応用:メディアと災害リテラシー」
国連機関からの出席者や気象当局,科学者,メディアの
12
代表などが,アジアにおける気候変動に対する地域レベ
ルでの理解・促進のためのメディアの役割について議論。
・セッション 4「仙台防災枠組:
災害に強いコミュニティー作りのための行動」
2015 年仙台市で行われた国連防災世界会議で採択された
枠組について,具体的な取り組みと経験を共有。
・セッション 5「気候変動と減災に対する
理解・促進のための協力関係の構築」
「被災地に確実に防災情報を届けるために何が必要か」に
ついてワークグループによる提言。
・セッション 6「メディアと減災:NHK マスタークラス」
NHK の職員が日本の災害報道を紹介。
5月 日
13
アジア開発銀行からの参加者は,2015 年
・セッション 7「災害弱者への情報提供:インクルーシブな減災」
NHK を含むメディア関係者が,障害者や高齢者,女性,
交通・通信の不便な地域に暮らす住民など,災害弱者へ
の情報提供のあり方を議論。
基づく行動の強化に関して,気候変動に関
報の公開を強化するための措置の重要性を
認識しつつ,適当な場合には,当該措置を
とることについて協力する」という文言が,
放送局の役割を示していることを紹介。国
際機関の側からも,放送局と協力関係を深
めたいという期待が表明された。
一方で,サミットには NGO やボランティ
アなども参加した。パネリストとして登壇す
る以外にも,会場に地域で救援活動を行う
団体が活動を紹介するブースを出したり,地
域コミュニティーで防災教育ボランティアを
行っている人が,災害時でも電源を確保でき
・セッション 8「技術と減災」
気候変動や減災に対処するための方策を,技術面から議
論。
るよう,ルーフに太陽光発電装置を載せた
・セッション 9「情報,教育,コミュニケーション:
災害に賢い社会を作るために」
防災のための訓練ツールや,学校教育での教材としての
放送番組開発について議論。
展示したりし
・全体総括
「クラビ行動計画」の採択。
自身 の 車 を
ていた。
今 回のサ
ミット全体を
SEPTEMBER 2016
43
通した問題意識として挙げられるのは,
「コミュ
は災害 時に被 害 の
ニティー防災」の重要性と,そのための地域
状況を報道すること
住 民への啓 発 活動である。日本ではかなり
だ け ではない。 生
前から言われていることではあるが,そのこ
命や財産への被害
とが今回のサミットでもメディアの果たすべき
を減らす ため の 情
役割として強調されるようになった。
報,さらに普段から
災害に強い 社会を
ABUの モッタギ
事務局 長は, 今 回
タイ PBS クリサダ局長
作るための 情 報を
のサミットの成果と
提供することが新たな使命だと認識している」
して,
「 ゴールは気
と話している。
候変 動や減 災につ
いてパートナーシッ
ABU 防災・減災番組賞の新設
プ を広 げ ることで
ABU 災害報道サミットに合わせて新設され
あった。 その 意 味
た ABU 番組賞の受賞者が発表された。賞が
では,放送局以外のさまざまな機関が参加し
設けられた背景には,日常的に防災・減災や
てくれたこと自体が大きな成果である」と話し,
気候変動をテーマにした番組を制作し,人々
放送局同士の国際協力から一歩進めて,今後
への啓発活動を行ってほしいという ABU の
も多様な機関・団体と協力関係を築いていく意
思いがある。32点の応募作品の中から,以下
欲を示した。
の番組が受賞した。
ABU モッタギ事務局長
2-2 日常的な取り組みの強化
ABU が課題だと認識している第 2 のポイン
トとして,日頃からの活動が挙げられる。
アジアの放送局では,かつては災害が起き
た後に被害の状況を報道するのが役割だとい
う意識が強かったが,現在では,平時から防
災・減災に取り組む姿勢が生まれ始めている。
その例として,タイ PBS の登壇者が同局で
は常設の災害報道チームを作ったことを紹介
した。NHK の災害・気象センターを参考にし
たもので,日常的に防災・減災をテーマに取
材し,リポートを制作している。熊本地震直
後に被災地に記者を派遣するなど,海外の災
害からも教訓を得ようとしている。
タイPBS のクリサダ局長は「メディアの役割
44
SEPTEMBER 2016
●
気候変動に関する最優秀番組賞
『Whispers of Warming(温暖化のささやき )
』
インドの公共テレビ局ドゥールダルシャンが,気候
変動の影響を受けるヒマラヤの人々の生活を描いた
番組。
●
防災・減災に関する最優秀番組賞
『Together We Can Do It(一緒ならできる )
』
途上国の放送局を支援する BBC メディアアクション
がバングラデシュを舞台に制作し,将来の災害に備
えるために協力し合うコミュニティーの力を前向き
に紹介した番組。
●
有望新人賞
『Wave of Change, Tsunami Lessons from Three Countries
(変革の波,
3か国が津波から学んだ教訓)
』
タイ PBS が,日本,インドネシア,タイの防災体制を,
現地取材に基づいて紹介したドキュメンタリー。
●
最優秀ヒューマンストーリー賞
『Mission Arctic(北極ミッション )
』
ノルウェーの公共放送 NRK が制作した,気候変動
の影響をじかに見ようと,4 人の高校生が北極点に旅
する様子を描いたドキュメンタリー。
※日本語タイトルは執筆者訳
2-3 災害弱者を救う報道
さしい日本語』のウェ
ブサイトを作ったり,
NHK は「NHK マスタークラス」と題した
字 幕 や手 話通 訳の
セッションを担当し,4 人が発表を行った。
自動作成システムを
「情報が命を救う~ NHK の災害報道」
NHK インターナショナル 佐藤俊行特別主幹
開発していることが
「災害報道における IT 」
興味深かった。タイ
NHK デジタルコンテンツセンター 尾澤勉専任部長
「すべての視聴者のために
~ユーザーフレンドリーな IT 」
NHK 放送技術研究所 岩城正和部長
「東日本大震災アーカイブス~挑戦と教訓」
PBS で も 災 害 弱 者
タイ PBS ダリン記者
への情報提供のあり
方をさらに検討すべきだと思った」と話す。
NHK 知財センター 倉又俊夫チーフプロデューサー
※肩書はすべて当時
3. クラビ行動計画
サミットでは最後に,アジアの放送局とし
てとるべき行動の方向性を示す「クラビ行動
計画」が採択された。
クラビ行動計画(要旨)
NHK の登壇者(左から倉又・岩城・尾澤・佐藤職員)
セッション終了後には,地元タイの放送局
だけでなく,ベトナム VOV やインドネシア
RRI からも取材を受け,NHK の最先端の災害
報道への関心の高さがうかがえた。
特に,ABU では災害弱者を含むすべての
人に災害情報を届けることを重要な課題に挙
げており,NHK がどのような取り組みを行っ
ているのかが注目された。
タイPBS の災害報 道チームのリーダーであ
るダリン記者は「NHK が日本在住の外国人向
けに(ニュースをわかりやすく伝えるため)
『や
取材を受ける NHK 職員
・財政的・技術的・専門的能力において,また,あ
らゆる法的義務に従い,我々放送メディアは,視
聴者,とりわけ低所得者,女性と子ども,高齢者,
障害者,先住民,移民,危険地域に暮らし,働き,
生計を立てている災害弱者に対して,個々人にとっ
て最も適切な気候変動や災害リスク軽減に関する
情報,メッセージ,早期警報を届けることを誓う。
・我々放送メディアは,人間活動が引き起こす自然
災害を含めて,災害リスクを軽減し,予防し,管
理し,災害に強いコミュニティーを作るため,ま
た災害後の救援・復旧作業において,個人やコミュ
ニティー,国,地域を支援する情報を伝達する重
要な役割と倫理的・道徳的責務を負っている。
・我々放送メディアは,絶えず進化を続ける気候変
動への知識と減災のための科学に積極的に歩調を
合わせ,それを視聴者に,タイムリーに,わかり
やすく,正確に,行動に基づく形で伝達する。
・我々放送メディアは,それぞれが属する地方,国,
地域機関を含む,ビジネスパートナーや連携する
放送局との間で気候変動・減災に関する対話を開
始し,継続する。
・我々放送メディアは,自らの独立を守りながらも,
気候変動・減災のステークホルダーや政府,国連
機関,国際機関,NGO,コミュニティー支援機関
などの実践者,加えて,一般企業の活動や官民連
携活動などとパートナーシップを育み,強化する。
・我々放送メディアは,ステークホルダー,実践者,
あるいは地域コミュニティーで,気候変動・減災に
関する情報番組やニュース,アナウンスを開発,制
作,放送するために,専門技術と能力を提供する。
SEPTEMBER 2016
45
・我々放送メディアは,2015 年仙台でのグローバル
ニュースフォーラムで採択された声明に基づき,
それぞれの政府が減災のための仙台防災枠組を確
実に実行するよう推奨する。
・我々放送メディアは,放送局に環境担当記者や担
当チームを任命することを依頼するよう,ステー
クホルダーに働きかける。気候変動に関するあら
ゆる問題への関心を高めるために,直接の人的つ
ながりは極めて重要なものである。
の放送メディアの役割を話し合うなど,今回の
※執筆者訳
は,
「皆が一堂に会するサミットのほかにも,各
クラビ行動計画は,
「仙台防災枠 組 2015-
国単位で放送局を対象に研修を行いたい」と話
会議は,これまでの議論から一歩進めたものと
なった。
今後は,そうしたサミットでの議論を個々の
放送局レベルにどう落とし込めるのかが,大き
な課題として残る。ABUのモッタギ事務局長
2030」など国際的な取り組みに,アジアの放送
す。それぞれの国で放送事情や災害の傾向,
局が歩調を合わせていくというABUの意思表
政府機関の防災体制が異なる中で,その国の
明になっており,今 年11月にインドのニューデ
事情に合った形で災害報道の能力向上を図るこ
リーで開かれるUNISDRのアジア地域の大臣
とを目指したいという。
級会議にも提出されることになっている。
2004 年のインド洋大津波災害の際,アジア
の国々では,
「災害は神が怒って起こしている
4. 深化する災害分野の国際協力
ので対策をとっても無駄だ」という声も聞かれ
2014 年 6月にインドネシアのジャカルタで開
の指導にあたった NHKの担当者は,アジアの
催された第 1回 ABU 災害 報 道サミットでは,
放送局に災害報道は難しいのではと,否定的
情報通信技術(ICT)をどう活用するかが,重
な印象を語っている(田中 2013)。それから12
点課題として議論された。しかし,インドネシ
年,ABUを中心に,アジアの放送局では確実
アの放送局は,公共ラジオRRIを除いて,災
に災害報道に対する認識を深めていることがう
害報道に対応する取材態勢が不十分で,職員
かがえる。
た。当時,アジアの放送局に対して災害報道
の意識も決して高くない。そうした中で,ICT
ABU災害報道サミットはこれまで 2 年ごとに
という最先端技術を中心テーマに据えること
開催されることになっていたが,2017年以降,
は,現実との落差が大きすぎて無理があるよう
毎年開催されることが決まった。第 3 回 ABU
に感じた。
災害報道サミットは来年 5月,バングラデシュの
それに対し,今回はタイPBSをはじめABU
ダッカで開かれる予定である。
加盟放送局の現状を踏まえた上で課題が提示
され,より現実に即した議論が行われていた。
(たなか たかのぶ)
また,コミュニティー防災のためのメディアの役
※写真は NHK 国際放送局・黒岩美香副部長,および
執筆者撮影
割が全体を通したテーマでもあり,放送局の
参考文献:
枠を越えて,さまざまな防災・減災関連機関と
の連携を前面に打ち出した。放送局の災害対
応能力の向上のみならず,地域コミュニティー
の防災意識や災害対応能力の向上を図るため
46
SEPTEMBER 2016
・田中孝宜(2013)「災害報道と国際協力~アジア
における防災・減災分野の国際協力と放送局の役
割」
『NHK 放送文化研究所年報 57』
・田中孝宜(2014)
「世界公共放送研究者会議(RIPE
@ 2014 東京大会)
【第 2 回】災害報道と公共放送
の役割~国境を越える災害・境界を越える災害報
道」
『放送研究と調査』11 月号
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