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コンクリート構造物の非破壊検査技術
コンクリート内鉄筋腐食 コンクリート圧縮強度 R&D 巨視的超音波法 コンクリート構造物の非破壊検査技術 NTTアクセスサービスシステム研究所†1 /日本コムシス†2 い り え ひ ろ し†1 よ し だ やすかつ†1 さくらだ ようすけ†1 い と う た か お†2 入江 浩志 /吉田 安克 /櫻田 洋介 /伊藤 貴夫 NTTアクセスサービスシステム研究所では,超音波を用いたRC構造物の非破壊検 査技術の開発を進めています.これまでに,RC構造物のひび割れや空洞等を検査す る技術を開発してきました.ここでは,コンクリート内の鉄筋腐食量およびコンク リート圧縮強度を推定する手法の開発について紹介します. 非破壊検査の重要性 部「破壊して」取り出したサンプルに対 の図は,鉄筋コンクリートの劣化過程を しての,強度試験や成分分析を施す手 人間の病状進行に例えています. 現在,我が国では高度経済成長期に 法が主流となっています.また,この手 病気の場合,定期的な健康診断で発 建設され,老朽化した社会資本ストッ 法は既存設備を破壊するため,老朽化 病前の潜伏期で病状が発見されれば,深 ク*1 の維持管理と更新が重要な課題と した設備全体に対して適用することが難 刻な状況にならず,大手術を施す必要 なっています. しいという問題があります. がありません.病気と同様に,コンク 老朽化した設備を安全かつ効率的に さらに,規模が大きいトンネル等の施 リート構造物に対しても目に見える劣化 設においては,測定場所によって状態が が発生する前の段階で,効率的な手立 ①計画∼②点検∼③診断∼④評価∼ 異なる場合が多く,局所的に評価した てを施すことが重要です. ⑤対策 情報だけで設備全体の状態を評価する 非破壊検査を用いた高精度な設備評 というサイクルを回すことが必要となり ことが難しいといった問題も抱えてい 価ができれば,既設設備を,永続的に ます(図1). ます. 維持管理していくことが可能となります. 維持管理を実施していくためには, 設備の安全性を確保するには,設備 一方,非破壊検査は,設備を「破壊 の状態を詳細かつ高精度に把握しておく しない」で状態を評価する手法であるた 必要があり,前述したサイクルの中でも, め,大規模な設備全体に対して適用す NTTアクセスサービスシステム研究所 点検診断工程は非常に重要な位置付け ることができ,劣化状態を効率的に評価 で進めている非破壊検査技術の開発は, となります. できるといった利点があります. NTTの基盤設備(とう道,マンホール) 非破壊検査R&Dの方向性 しかしながら,現状では高精度に点検 図2に鉄筋コンクリート構造物の維持 など,コンクリート構造物を対象として 診断する手段として,既存の設備を一 管理の現状とあるべき姿を示します.こ います.非破壊検査手法としては,コン クリート構造物に有力で,NTTの得意 分野である超音波法と電磁波法を主体 安全で効率的な設備維持管理 に進めています. 超音波法は,コンクリート表面に設置 主に ・老朽化設備の安全性向上 ・メンテナンスコストの削減 を目的とした, ・高精度かつ効率的な点検・診断技術 の要望が高まっている した探触子(発信子)によって弾性波 計 画 データベース 対 策 を発生させ,これをコンクリート表面の 探触子(受信子)で測定し,内部の欠 点 検 陥や位置や寸法を測定する技術です.到 評 価 達時間や波形,周波数,位相などの変 診 断 *1 図1 RC構造物維持管理サイクル 70 NTT技術ジャーナル 2008.2 社会資本ストック:道路や港,水道,公園 のように生活や経済活動に必要な公共施設 などを社会資本といい,社会資本ストック はその整備量のこと. R & D ホ ッ ト コ ー ナ ー 「劣化現象の推移」 潜伏期 劣 化 現 象 と 劣 化 要 因 錆 発 生 病気に例えると… (脳出血の例) 動脈硬化の発生 病状:なし 劣化期 加速期 進展期 ひ び 割 れ 発 生 剥 離 発 生 血瘤の発生 軽度の痺れ 剥 落 発 生 血瘤の成長 運動能力低下 血瘤破裂・出血 運動障害 高血圧・高コレステロール 点検の あるべき姿 劣化原因 ・中性化深さ ・塩分含有量 ★鉄筋被り不足(建設時) 現在のとう道維持管理範囲 定期点検の管理範囲 補修対象 補修の あるべき姿 精密点検の範囲 医療と同様, 「患者(老朽構造物)」への負担軽減と,「医療費(メンテナンスコスト)」 の削減のために,高精度な「内部診断(非破壊検査)」が必要 図2 RC構造物維持管理の現状とあるべき姿 表 RC構造物の主な劣化事象と非破壊検査の適用範囲 を併用した点検手法を開発しています. また,超音波法については「巨視的超 コンクリート構造 物の主な点検項目 異なる手法を採用しています. ひび割れ 弾性波法,超音波法,巨視的超音波法 圧縮強度 超音波法,巨視的超音波法 巨視的超音波法 鉄筋腐食 自然電位法,分極抵抗法,巨視的超音波法 「巨視的超音波法」は超音波法の中 電磁波法(開発段階) に位置する計測法ですが,一般的な超 鉄筋位置 電磁誘導法,電磁波法,巨視的超音波法 音波法と測定原理が異なります. 鉄筋かぶり 電磁誘導法,電磁波法,巨視的超音波法 中性化・塩害 部 材 寸 法 等 音波法」という一般的な超音波法とは 打音法,赤外線法,弾性波法,超音波法,電磁波法,巨視的超音波法 剥離・空洞 劣 化 状 況 等 適用可能な非破壊検査手法 鉄筋径 コンクリート厚 構造物を探査する一般的な超音波法 は,鋼構造物等比較的均一な材料に超 電磁誘導法,電磁波法 音波(パルス・バースト波等)を入射 弾性波法,超音波法,巨視的超音波法 黒字:市中技術 赤字:開発技術 し,伝播する透過波や弾性特性の異な る物質からの反射波から内部の状態を診 断します.しかし,コンクリートに超音 表にコンクリート構造物の主な劣化事 波を入射すると,コンクリート中に含ま 象とそれに対応する非破壊検査法を示 れる水分,気泡,砂利等の影響によっ 一方,電磁波法は,電磁波をコンク します.現在,コンクリート構造物の点 て超音波が散乱し,受信した超音波は リート内へ送信アンテナから放射すると 検項目ごとに対応する非破壊検査手法 多量のノイズを含んでいるため,鉄筋や その電磁波がコンクリートと電気的性質 が存在します.そのため,すべての項目 コンクリート底面などからの目的とする (比誘電率,導電率)の異なる物体(鉄 について点検を実施するには,現場に複 反射波を特定することが難しく,精度の 筋,空洞,埋設管など)との境界面で 数の計測器を持ち込む必要があります. 高い計測ができませんでした. 反射する性質を利用し,伝播時間から 化を測定することにより探査するもの です. そこで,当研究所では多くの計測器 巨視的超音波法は,一定時間内に超 反射物までの距離を計算しその位置を求 を持ち込む必要をなくすために,比較的 音波探触子を移動させながらパルス波を めるものです. 適用範囲の広い,超音波法と電磁波法 連続入射し,数千回にも及ぶ平均化処 NTT技術ジャーナル 2008.2 71 理 *2 と任意の成分波を検出できる周波 コンクリート内の鉄筋が腐食すると, *3 信用に分かれている二探触子法を採用 数フィルタ を用いてノイズを除去する 鉄筋表面に錆が生成され,錆の膨張に しており,広帯域の超音波を発信・受 ことで,目的とする反射波のみを10秒程 よって微細なひび割れが成長します.超 信可能な探触子を採用しています.計 度で浮き出すことができる手法となって 音波は材料形状や材質によって反射波 測の際,一定範囲の鉄筋全体からの反 います(図3). が異なるという特徴があるので,これを 射波をとらえるために,探触子を一定間 利用して鉄筋腐食量を推定する技術を 隔に保持し,鉄筋配筋方向に沿って移 開発しています. 動させながら反射波を計測します. 図3はコンクリートの厚さ計測の場合 の超音波受信波形ですが,平均化処理 3 000回と周波数フィルタ処理を行うこ 図4は計測法の概要です.超音波探 図5は,計測で得られた反射波をフー とにより,コンクリート底面からの反射 触子(圧電素子センサ)が発信用と受 リエ変換したスペクトル波形例です.こ 波が明瞭に現れています.これは,複合 材料であるコンクリート内にある測定対 探触子 象からの反射波を高精度にとらえること ができることを示しています. ここで巨視的と名付けている理由は, コンクリート (複合材) ノイズや散乱波を含めたすべての反射波 を受信し,平均化処理を施すことによ 厚 さ 反射波 り,ノイズを除去し所要の反射波を取り 出すところからきています. 鉄筋腐食量推定技術 コンクリート底面 からの反射波 ⇒ コンクリート中の鉄筋腐食量の調査 は,鉄筋の腐食状態を把握し,コンク リート構造物が保有している耐荷性能や 耐久性能を評価するために必要です. 数回の平均化処理 *2 *3 平均化処理:巨視的超音波法の特徴の1つ. 探触子を移動させながら一定時間内にパル ス波を連続入射し加算平均した場合,時間 的に「一定」な波を残し, 「不定」な波を消 去する手法. 周波数フィルタ:探査目標によって,コン クリート中を伝播する広帯域の超音波から 高・低周波を任意に抽出するフィルタ. 1 000回の平均化処理 反射波(散乱波) をすべて受信 測定波を 明瞭化 図3 巨視的超音波法の概要とコンクリート厚さ計測波形例 D16鉄筋 単位:mm 100 d 移動させながら計測 d コンクリート 打設面 コン クリ ート 打 設 面 20 0 200 300 鉄筋 200 図4 供試体の形状と超音波計測概要 72 平均化処理 周波数フィルタ 3 000回の平均化処理 (周波数フィルタあり) NTT技術ジャーナル 2008.2 R のグラフより,鉄筋腐食量が大きくなる 図6に,反射波スペクトル面積と鉄 着し不規則な形状に変化したために,超 ほど,特定の周波数帯において試験体 筋腐食量の関係を示します.腐食して 音波が散乱・減衰してしまったことが要 からの反射波強度が小さくなる傾向があ いない鉄筋からの反射波面積を基準に考 因であると考えられます.さらに,この ることが分かります. えると,反射波スペクトル面積は鉄筋腐 現象は特定の周波数帯域で顕著に現れ 次に,反射波スペクトル強度と鉄筋 食量の増加に伴い,減少していく傾向 ることが分かっています. 腐食量の関係を調査しました.反射波 にあることが分かります.これは,腐食 スペクトル強度は特定周波数領域のスペ により鉄筋外径が大きくなり(「錆」は, コンクリート圧縮強度推定技術 クトルの面積,鉄筋腐食量は,腐食し 「鉄」の2∼4倍の体積となる)近傍の コンクリート構造物はコンクリートの た鉄筋の減少量と腐食前の鉄筋重量の コンクリートに圧力がかかって発生する 強度,特に圧縮強度に基づいて設計さ 比で表しています. 微細なひび割れと,鉄筋表面に錆が付 れており,コンクリート構造物の劣化に 関する物理特性の変化と圧縮強度は関 腐食量大:腐食に伴う鉄筋体積膨張により鉄筋直上に ひび割れが発生する腐食量 腐食量中:腐食量大の2分の1の腐食量 連しています.そのため,圧縮強度の把 握は,コンクリートを診断するうえでは 重要な事項となっています. 「材料の弾性特性を表す弾性係数と パ ワ ー ス ペ ク ト ル 健全鉄筋反射波 音速とは密接な関係がある」という超音 腐食量中反射波 波の特性を活用し,コンクリート中の音 腐食量大反射波 速からコンクリートの圧縮強度を推定す る技術を開発しています. 音速は,材料内の超音波伝播時間か ら算出します.材料中を伝播する超音 波は「材料内部を伝播する波」と「材 料表面を伝播する波」の2つに大別さ れ(図7),材料内部方向に超音波を入 射した場合の振動エネルギーは,前者の 周波数 パワースペクトルに変化がある帯域 方が後者より大きくなります. これまでの研究から,超音波探触子 図5 鉄筋から反射した超音波スペクトル をコンクリート材料に対して挟み込むよ うに配置した場合(透過法),「材料内 部を伝播する波」の方が,よりコンク リート材料の弾性特性を表すことが分 100 90 80 反 射 波 ス ペ ク ト ル 面 積 かっています(図8). 健全鉄筋反射波スペクトル面積 腐食量中鉄筋反射波スペクトル面積 腐食量大鉄筋反射波スペクトル面積 しかし,とう道やマンホール等のよう に地中に埋設されたRC構造物に対して, この計測法を適用することができません. 70 そのため,超音波探触子を材料の1面 60 に配置して「材料表面を伝播する波」 50 の音速を用いたコンクリート圧縮強度推 40 定を試みましたが,コンクリート表層部 と中心部の構成材料に偏りやばらつきが 30 あるため,音速にもばらつきが大きくコ 20 ンクリート全体の圧縮強度を推定するこ 10 とが困難でした(図9). 0 そこで,測定対象からの反射波を高 図6 鉄筋腐食量の増加に伴う反射波スペクトル面積の変化 精度に計測できるという巨視的超音波 法の特徴を利用して,「材料内部を伝播 NTT技術ジャーナル 2008.2 73 & D ホ ッ ト コ ー ナ ー (kN) 80 超音波入射方向 探触子 相関係数:r=0.82 60 表面伝播波 表面伝播波 内部伝播波 圧 縮 40 強 度 20 コンクリート 0 3 500 4 000 4 500 音 速 図7 材料内で発生する超音波 図8 内部伝播波音速とコンクリート圧縮強度の関係 (kN) 80 60 5 000 (m/s) 発信探触子 受信探触子 相関係数:r=0.33 圧 縮 40 強 度 20 0 3 500 4 000 4 500 音 速 5 000 (m/s) コンクリート 図9 表面伝播波音速とコンクリート圧縮強度の関係 した反射波」を用いた音速計測手法を 図10 コンクリート内部伝播反射波の計測法 上を図っていきたいと考えています. 考案しました(図1 0 ).この計測手法 また,RC構造物のLCC(ライフサイ は,コンクリート中を伝播した超音波に クルコスト)評価のために,中性化や塩 より評価可能であることから,前述した 分濃度等の劣化要因の電磁波による把 透過法と同等にコンクリートの圧縮強度 握も並行して研究していきます. が推定可能であり,地中に埋設された RC構造物にも適用可能となっています. 今後の予定 今回紹介した鉄筋腐食量推定技術, 超音波,電磁波を用いた非破壊診断 技術の確立により,NTT基盤設備への 適用はもとより,膨大な社会資本ストッ クや建築系RC構造物にも非破壊検査の 適用が拡大され,効率的な維持管理や, 圧縮強度推定技術の確立により,コン より安心・安全な社会形成に貢献でき クリート厚,ひび割れ深さ,鉄筋腐食, ればと考えています. コンクリートの圧縮強度という設備耐力 評価に必要な調査項目を1つの超音波 装置(RC劣化診断装置)で調査するこ とが可能となります. 今後,さまざまな環境下にある実構造 物での計測データを収集・蓄積し,精 度の検証を進めるとともに,操作性の向 74 NTT技術ジャーナル 2008.2 内部伝播反射波 (左から)櫻田 洋介/ 入江 浩志 / 吉田 安克/ 伊藤 貴夫 材料の現状を的確に把握することは,効 率的な設備マネジメントを実施するうえで 重要な要素となります.さらに,非破壊検 査は,目に見えない材料の劣化情報を収集 可能にします.当研究所では,点検診断技 術の高度化を目指し,今後も研究開発に取 り組んでいきます. ◆問い合わせ先 NTTアクセスサービスシステム研究所 シビルシステムプロジェクト TEL 029-868-6240 FAX 029-868-6259 E-mail [email protected]