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P-01: 富士山頂におけるエアロゾルの粒径別化学成分

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P-01: 富士山頂におけるエアロゾルの粒径別化学成分
P-01: 富士山頂におけるエアロゾルの粒径別化学成分
外賀陽春 1, 島田幸治郎 2, 加藤俊吾 3, C. K. Chan4, Y. P. Kim5, N. H. Lin6, 畠山史郎 1,2
1.東京農工大学、2.東京農工大学グローバルイノベーション研究機構、3.首都大学東京、
4.香港城市大学、5.梨花女子大学、6.国立台湾中央大学
1. はじめに
近年の東アジア地域の急速な経済成長に伴い、大気汚染物質の放出量が年々増加している。
また、中国都市域において放出された大気汚染物質は長距離輸送され、発生源地域以外でも影
響を与えることが知られている。本研究では、自由対流圏内でエアロゾルを捕集するために、ロー
カル汚染の影響が少ない富士山頂で観測を行った。目的は、粒径別にエアロゾル中の無機化学
成分(イオン成分と金属元素成分)を解析することで、自由対流圏における越境大気汚染の特徴を
明らかにすることである。
2. 観測と実験方法
観測:富士山測候所 3 号庁舎で行った。観測期間は 2015 年 07 月 20 日~07 月 24 日 、 08
月 11 日~08 月 18 日である。エアロゾルの捕集にはカスケードインパクタ(ナノサンプラ;MODEL
3180,KANOMAX)を使用し、テフロンフィルター上に捕集した。流量は約 40 L/min。サンプリング
は N(18 時~翌 6 時)と D(6 時~18 時)に分け、約 12 時間毎に捕集を行った。粒径は 5 ステージ
で、>10 µm,2.5-10 µm,1-2.5 µm,0.5-1 µm,<0.5 µm である。通常ナノサンプラは 6 粒径で捕集
を行うが、先行研究(鈴木,2014)で、気圧が低下する富士山頂では 0.1-0.5µm のステージの捕集
を行わないことで、目的となる粒径でほぼ正しく分級することができると報告されている。したがって、
本研究では 5 ステージで捕集を行った。
分析:フィルターを半分に切り、それぞれをイオン成分と金属元素成分の分析に使用した。イオ
ン成分はフィルターに水とエタノールを添加した後、超音波抽出し、イオンクロマトグラフィで分析し
た。測定した成分は(Na+, NH4+, K+, Mg2+, Ca2+, Cl-, NO3-, SO42-, C2O42-)の 9 種類である。金属成
分は HF,HNO3,H2O2 を用いたマイクロウェーブ分解によってフィルターから金属元素を抽出し、
ICP-MS により定量した。測定した成分は Al,Fe,As,Sb,Pb などの 31 元素である。
concentration
(µg/m3)
【結果と考察】
2.5
2
1.5
1
0.5
0
>10
2.5-10
1-2.5
0.5-1
<0.5
2.5-10
1-2.5
0.5-1
<0.5
図 1.イオン成分濃度の変動
concentration
(ng/m3)
4000
>10
3000
2000
1000
0
図 2.金属元素成分濃度の変動
イオン成分濃度の変動を図 1、金属元素成分の濃度変動を図 2 に示した。サンプル名は日付+
時間帯である。イオン成分、金属元素成分の濃度変動から清浄サンプルと汚染サンプルに場合分
けをした。汚染サンプルは 811N,812D,814D~816D とした。後方流跡線から、清浄サンプルは太
35
平洋と東シナ海の海上を通った気塊が到達し、汚染サンプルは中国や韓国、大阪、名古屋といっ
た都市域の上空を通った気塊が到達していたことから、汚染サンプルの内のいくつかは越境大気
汚染の可能性が示唆された。
汚染サンプルのイオン成分濃度が最も高かったのは 811N であった。イオン成分の特徴は、2.5
µm 以下の微小域と呼ばれるステージの粒子濃度が全体の 89.44%を占めていたことであった。また、
微小域で支配的であったのは、人為起源の二次粒子と考えられている NH4+と SO42-であった。この
二つのイオン成分の当量濃度比がほぼ 1:1 であったことから、NH4+と SO42-は主に(NH4)2SO4 として
存在していることが推測された。汚染サンプルの微小域では、NH4+>SO42-であることが多かったが、
811N の 0.5-1µm のステージでのみ NH4+<SO42-であった。また 8 月 11 日は火山性と考えられる
SO2 が検出されており、イオン成分組成をみると SO42-は 811N が観測期間中、最も高濃度であっ
た。以上のことから 811N は、火山性の SO2 が酸化されて生成した SO42-を含む気塊を捉えたと推
測できた。
汚染サンプルの金属元素成分の特徴は、土壌起源粒子の Al と Fe が支配的であること、であっ
た。EF 値により土壌起源と判断できた粒子の金属元素成分濃度への寄与率は各ステージで平均
91.75±1.60%であり、非常に高かった。粒径分布が特徴的であった 815N に着目した。
815N,816D のイオン成分組成は、Na+,Ca2+,Cl-が支配的であった。Na+と、ダスト由来と考えら
れる Ca2+の相関が良かったことから Na+が非海塩性であると考えられた。また Ca2+と計算で求めた
CO32-の相関もよく、CaCO3 の存在も考えられた。この時、モル比で Na+/Ca2+が平均 1.18±0.19 で
あり、0~2.1 であることから Na+は岩塩成分由来であることが推測された。加えて山頂の低湿度とそ
の持続性から、黄砂と同じような土壌性ダストを多く含む気塊が長距離輸送されていたことが示唆
された。
謝辞
観測時にお世話になった「NPO 法人富士山測候所を活用する会」の山頂班のみなさま
に感謝いたします。
*連絡先 外賀陽春(Yoshun GEKA)、s112023r@st.go.tuat.ac.jp
36
P-02: 富士山頂における NOy の計測
和田龍一 1、小林雅 1、川筋丈嗣 1、定永靖宗 2、加藤俊吾 3、大河内博 4、岩本洋子 5、三浦和彦 5、
小林拓 6、鴨川仁 7、松本淳 4、米村正一郎 8
1. 帝京科学大、2. 大阪府立大、3. 首都大学東京、4. 早稲田大、 5. 東京理科大、
6.山梨大、7. 東京学芸大、 8.農業環境技術研
1.はじめに
富士山は独立峰であり、その山頂は自由対流圏に位置することから、大陸からの越境汚染を調
査するのに適した場所である。本発表では、大気汚染物質として重要な窒素酸化物(NO、NOy)を、
市販の NOx 計を改良した装置を用いて、2015 年夏季に富士山頂にて実施した観測結果を報告す
る。
2.方法
2015 年 8 月 8 日~19 日の計 12 日間、旧富士山測候所にて、大気 NO、NOy 濃度の計測を行
った。NO と NOy 濃度の計測は、市販の Mo コンバータ化学発光分析装置(Thermo Fisher
Scientific, model 42i-TL)を改良して用いた。Mo コンバータを大気サンプル取り込み口に直接取り
付けることで硝酸や PAN、有機硝酸を含んだ、NOy と呼ばれる化合物群を測定できる。NOy は NOx
に比して大気中での寿命が長いことから、窒素酸化物の越境汚染の指標として有用である。装置
の校正は、NO 標準ガスとゼロガス発生装置(Thermo Fisher Scientific, model 88)を用いて、観測
期間の前後に富士山頂にて行った。
3.結果・考察
富士山頂にて観測された NO、NOy 濃度はそれぞれ最大 1.1 ppb、3.0 ppb を示した。8 月 8 日
から 13 日の期間に NO、NOy 濃度が高く、明瞭な日変化を観測した。5 合目や山麓といった近隣
から排出された窒素酸化物の影響を受けた可能性がある。NO 濃度の低い期間を近隣からの排出
の影響がない期間と仮定し、当期間の NOy 濃度と O3 濃度の相関を調べた。NOy 濃度と O3 濃度に
よい相関(r=~0.63)がみられ、期間毎に 3 つのグループに分類された。後方流跡線解析より、これ
ら気塊は、東シナ海海洋から輸送された清浄な気塊、中国大陸北部(韓国を含む)、および中国
大陸南部を経由した汚染された気塊と、異なる地域から富士山頂へ輸送された可能性を示した。
当期間の中国大陸北部(8/14 21:00 - 8/16 19:00)および中国大陸南部(8/13 10:00 - 8/14 4:00)
で観測された NOy 平均濃度と東シナ海海洋(8/17 10:00 - 8/18 3:00)から輸送された清浄気塊の
NOy 平均濃度は 1.10 ppb、0.59 ppb、0.27 ppb であった。中国北部および中国南部から輸送され
た気塊の NOy 濃度は東シナ海由来の気塊に比べてそれぞれ、0.83 ppb、0.31 ppb 高く、富士山頂
で観測した NOy は大陸からの越境汚染の指標となる可能性が強く示された。
参考文献
Koike, M., Y. Kondo, S. Kawakami, H. Nakajima, G.L. Gregory, G.W. Sachse, H.B. Singh,
E.V. Browell, J.T. Merrill, and R.E. Newell (1997) Reactive nitrogen and its correlation
with O3 and CO over the Pacific in winter and early spring, J. Geophys. Res., 102, 2828528404
*連絡先:和田龍一 (Ryuichi WADA)、[email protected]
37
P-03: 富士山で観測された火山起源の水銀
永淵修 1、加藤俊吾 2、中澤暦 1、横田久里子 3、吉田明史 4、西田友規 4、土橋直弥 4
1. 滋賀県立大学、2. 首都大学東京、3. 豊橋科学技術大学、4. 滋賀県立大学大学院
1.はじめに
近年、中国に近い九州や日本海側では、東アジアからの越境大気汚染物質が輸送され、大気
中水銀濃度や降水、樹氷中水銀濃度の上昇が度々観測されている。大気中水銀は、石炭燃焼な
どの人為由来のほかに火山活動による由来も挙げられる。実際、2015 年 5 月 29 日の口永良部の
噴火により屋久島の降水中水銀濃度が上昇した。日本は火山が多いことで知られており、最近の
火山活動の活発化は、大気環境への影響-PM2.5、硫酸塩粒子、水銀等-が懸念される。しかし、
火山噴煙由来の大気汚染物質の山岳での観測例は多くない。ここでは、富士山頂で観測された
データを基に火山活動による水銀の行為域輸送について検討した。
2.方法
本研究における観測は富士山測候所 1 号庁舎で(緯度経度)2013 年、2015 年夏季に行った。
観測地点は 3776ma.s.l. の自由対流圏に属しており、長距離輸送される大気汚染物質の観測に
適している。大気中水銀の観測は、水銀連続測定装置 AM-5(日本インスツルメンツ社製)を用い
た。大気中 CO 濃度の観測は、CO 計(Thermo-Electron Corp., Model48C)で、O3 濃度は O3 計
(Thermo-Fisher Scientific Corp., Model 49i)で、SO2 は SO2 濃度計(Thermo Fisher Scientific Corp.,
Model 43i)で行った。流跡線解析は、気塊の輸送経路の推定には、アメリカ海洋大気局(NOAA:
National
Oceanic
Atmospheric
Administration
)
に
よ
り
web
( http://ready.arl.noaa.gov/HYSPLIT.php ) か ら 提 供 さ れ て い る HYSPLIT-4 ( Hybrid Single
Particle Lagrangian Integrated Trajectory)モデル 11)を使用した。
240
6
160
4
80
2
0
7/15
図1
0
7/20
7/25
7/30
8/4
8/9
2015 (month/day)
8/14
8/19
SO2 & Hg (0) (ng m-3)
CO & O3 (ppbv)
3.結果と考察
図1に 2015 年 8 月の富士山頂におけるガス状水銀濃度の時系列変化(1 時間値)を示す。観測
期間中のガス状の水銀濃度の平均は 2.03ng/m3 で、北半球のバックグランド値より若干高めの値
を示していた。高濃度の時期は 8 月 11 日、12 日に観測され、それぞれの濃度は 5.59ng/m3 と
6.17ng/m3 であった。この期間についてガス状水銀濃度と CO,O3、SO2 濃度の時系列変化を図2
に示した。この二つの水銀濃度の上昇時期に前者は SO2 濃度が、後者は CO 濃度が同期してい
た。この期間の後方流跡線解析の結果を図3に示す。8 月 11 日のガス状水銀の高濃度は、同期
する SO2 と後方流跡線の結果から 8 月 6 日に阿蘇山から噴出した火山ガスの影響と考えられた。
一方、8 月 12 日は気塊が大陸から進入した時にガス状水銀の濃度が上昇しており、短期であるが
ΔHg/ΔCO の値も過去の富士山頂における大陸由来のΔHg/ΔCO の値と近い値であり、大陸
からの汚染気塊の影響である可能性が考えられた。
8/24
2015 年 8 月の富士山頂における大気中 Hg、CO、O3、SO2 濃度の時系列変化
38
図2
2015 年 8 月 11 日から 12 日の高濃度水銀時の他のガス状物質の時系列変化
図3
左
8/11 富士山頂の後方流跡線解析
右 8/12 富士山頂の後方流跡線解析
4.まとめ
近年、国内の火山活動が活発になっており、PM2.5 等の大気環境への影響が懸念されることから、
大陸からの越境汚染のみならず国内の火山活動の影響も考慮したモニタリングが必要である。
参考文献
渡辺幸一,山崎暢浩,水落亮佑,岩本洋子,松木篤,定永靖宗,坂東博,岩坂泰信(2015)2012 年 7 月下旬
の能登半島珠洲市で観測された高濃度の二酸化硫黄および硫酸塩粒子:桜島の噴煙の噴煙の影響について,
天気,43-50.
永淵修(2015)大気中水銀の越境輸送と沈着,大気環境学会誌,A25-A28.
*連絡先:永淵 修(Osamu NAGAFUCHI)、[email protected]
39
P-04: 富士山頂におけるエアロゾルおよび雲水中粒子の観測
緒方裕子1),大河内博1),松永昂樹1),皆巳幸也2),小林拓3),三浦和彦4),
1)
早稲田大学創造理工学部,2)石川県立大学生物資源環境学部,3)山梨大学生命環境学部,
4)
東京理科大学理学部
1.はじめに
富士山頂は標高 3,776 m であり、自由対流圏高度に位置しているため様々な物質のバックグラウ
ンド濃度や越境汚染などを観測することができる。また、頻繁に雲が発生することから雲過程による
影響も評価することができる。エアロゾルは雲凝結核(CCN: Cloud Condensation Nuclei)として働
き、雲は輸送過程で様々な物質を吸収するため、物質の反応場として非常に重要である。また、雲
が消失した際には再び大気中にエアロゾルやガスを放出する。このようなエアロゾルと雲の相互作
用は放射収支に影響を及ぼすとともに、高高度域における大気環境や長距離輸送過程における
物質の変質についても重要な過程である。本研究では、夏季に富士山頂でエアロゾルと雲を採取
し、エアロゾルと雲の相互作用について検討を行っている。本発表では、2013 年および 2014 年夏
季の観測結果について発表する。
2.方法
大気エアロゾルは、カスケードインパクターを用いて電子顕微鏡観
察用のグリッドに採取した。採取したエアロゾルは走査電子顕微鏡
または透過電子顕微鏡で観察し、EDX(エネルギー分散型 X 線)分
析により個々の粒子に含まれる元素組成を調べた。雲水はパッシブ
型雲水採取器( FWP-500,臼井工業研究所 )により採取した(Fig.
1)。
採取した雲水は孔径 0.45 μm メンブランフィルターでろ過し、主
要無機イオンをイオンクロマトグラフで、微量金属元素を ICP-MS で
それぞれ測定した。水銀は、雲水のろ過前とろ過後に還元気化法
により測定し、ろ過前の濃度を総水銀(Hg-T)、ろ過後の値を溶存
態水銀(Hg-D)とした。懸濁態水銀(Hg-P)は、Hg-T と Hg-D の差
から求めた。また、雲水に含まれる懸濁粒子は、孔径 0.4 μm ポリ
カーボネートフィルターで雲水をろ過し、フィルター上に捕集した。
Fig. 1 Passive-type fog
sampler at the top of Mt.
Fuji
フィルターはデシケーター中で乾燥させ、炭素蒸着を行った後に走
査電子顕微鏡で個別粒子分析を行った。
3.結果と考察
2013 年は 7 月 18 日から 8 月 22 日まで、2014 年は 7 月 14 日から 8 月 25 日まで富士山頂で
観測を行った。雲水試料は、2013 年 7 月に 10 試料、8 月に 12 試料採取されたのに対し、2014 年
は 7 月に 21 試料、8 月に 40 試料採取され、2014 年は 2013 年に比べて多くの雲が発生していた
ことがわかる。
40
(a)
(b)
North
South
Ocean
HCO
3
2SO
4
NO3ClCa2+
Mg2+
K+
Na+
NH4+
H+
TIC
Fig. 2 Total ion concentration and chemical composition of cloud water collected
in (a) 2013 and (b) 2014, which classified by each air mass type.
雲の輸送過程が化学組成に及ぼす影響を調べるために、雲が発生した期間の空気塊の輸送経
路を後方流跡線により調べ、大陸北部由来、大陸南部由来、海洋由来、その他に分類した。2013
年に採取した雲水で、大陸北部由来の試料の総イオン濃度は平均 482 μeq/L、pH3.93(n = 8)、
大陸南部由来が 267 μeq/L、pH4.23(n = 11)であった(Fig. 2a)。2013 年は海洋由来の雲水試料
はなかった。8 月 18 日の桜島の爆発的噴火の影響を受けた雲水試料が採取でき、371 μeq/L、
pH3.89(n = 3)と、大陸由来の空気塊と同程度の総イオン濃度および低 pH を示した。これらのこと
から、桜島の噴煙が自由対流圏高度における雲水化学組成に大きな影響を及ぼしたことが明らか
となった。
2014 年の雲水では、大陸北部由来が 476 μeq/L、pH4.16(n = 5)、大陸南部由来が 223 μeq/L、
pH4.32(n = 26)、海洋由来が 66.6 μeq/L、pH4.65(n = 30)であった(Fig. 2b)。2013 年と比較す
ると、大陸由来の空気塊の総イオン濃度、pH は同程度であり、平均化学組成も大きな変化が見ら
れず、大陸北部から輸送されてきた空気塊の方が、より汚染の影響を受けていることが明らかと
なった。
富士山頂で採取したエアロゾルは、2013 年、2014 年ともに鉱物粒子が主であった。2013 年の試
料では、大陸由来の空気塊時に粒径分布のピークが 2-3 μm と 6-7 μm の二山分布を示し、粗
大な鉱物粒子が他の空気塊の時に比べて多いことが示唆された。
2014 年 7 月に採取した雲水中懸濁粒子を個別粒子
分析した結果(Fig. 3)、Al や Si などの鉱物元素を主
成分とする粒子が検出され、Cu や Zn などの微量金
属を含む粒子も存在した。このような雲水中の鉱物粒
子の溶解性は、pH などの雲水の化学組成の影響を
受けていると考えられ、雲水中微量金属元素濃度に
も影響を与える。発表時には、雲水中溶存態金属濃
度や大気エアロゾルの組成と比較した結果について
も報告する予定である。
Fig. 3 Electron micrograph of
suspended particles in cloud samples
collected on a polycarbonate filter.
41
P-05: 富士山体を利用した自由対流圏大気中酸性ガス,ガス状水銀
および水溶性エアロゾルの観測
小川智司1), 大河内博1), 緒方裕子1), 名古屋俊士1), 皆巳幸也2), 小林拓 3), 三浦和彦 4)
加藤俊吾 5), 米持真一 6), 梅沢夏実 6)
1)
2)
早大創造理工,
石川県大生物資源環境, 3) 山梨大生命環境, 4) 理科大理,
5) 首都大東京都市環境, 6) 埼玉県環境科学国際センター
1. はじめに
我が国最高峰の富士山は孤立峰であり, その山頂は自由対流圏高度に位置する.そのため,
国内汚染の影響を受けにくく,様々な物質のバックグラウンド大気濃度の解明に適した環境である.
また,富士山はアジア大陸の東端に位置し,偏西風の風下にあたることから,アジア大陸からの越
境大気汚染の影響をいち早く捉えることが可能である.ここでは, 夏季集中観測結果を中心に,
富士山頂における酸性物質およびガス状水銀のバックグラウンド大気濃度, それらの濃度に及ぼ
す越境大気汚染の影響について解析した結果を報告する.
【実験方法】 酸性ガス, ガス状元素態水銀(GEM), 水溶性エアロゾルは, 夏季に富士山頂(標
高 3776 m)と富士山南東麓(標高 1284 m)で同時採取を行った. 酸性ガス, 水溶性エアロゾル
の採取にはフィルターパック法(1 段目:PTFE フィルター, 2 段目:ナイロンフィルター, 3 段目:6%
K2CO3 + 2% グリセリン含浸フィルター, 4 段目:5% H3PO4 + 2% グリセリン含浸フィルター)を用
いた. 採取したフィルターはポリプロピレン製遠沈管で振とう抽出し, 孔径 0.45 μm MF で吸引ろ
過した後に, ろ液をイオンクロマトグラフで分析した. 大気中 GEM は, 水銀捕集管(日本インスツ
ルメンツ製)をポンプ(ガステック製:GSP-400FT, 流量 500 mL/min)に接続して大気を吸引する
ことで金アマルガムとして捕集し, 加熱気化冷原子吸光法(日本インスツルメンツ, WA-5A)で定量
した.
2. 結果と考察
2009 年から 2014 年まで富士山頂で観測された酸性
ガスおよび水溶性エアロゾル濃度について, 後方流跡線
により空気塊を流入方向別に分類し, 関係性を調べた
(大陸:26 試料,海洋:39 試料).その結果, 大陸由来の
空気塊の濃度は, SO2 では海洋由来に比べて 2.4 倍以
上( 大陸: 7.97 nmol/m3, 海洋: 3.24 nmol/m3 ) , nss
SO42-では 4.8 倍以上(大陸:6.80 nmol/m3, 海洋:1.41
nmol/m3)であった.一方, HNO3 は大陸由来の方が低
濃度であり(大陸:0.93 nmol/m3, 海洋:1.77 nmol/m3),
NO3-では 2.1 倍以上(大陸:3.74 nmol/m3, 海洋:1.77
nmol/m3)であった.なお,2013 年 8 月 18 日に桜島の
Fig.1 Correlation between GEM
大規模噴火があり,その空気塊の影響が富士山頂でも観
concentration in the ambient air
測されたが(SO2 :5.1 nmol/m3, HCl:17.8 nmol/m3, and air temperature at the foot of
nss SO42- : 3.1 nmol/m3 ,nss Cl- : 0.52
Mt. Fuji on July 14-20 and August
3
21-26, 2014.
nmol/m ),上記の平均値から除外した.
図 1 には,2014 年夏季に富士山南東麓
で観測された大気中 GEM 濃度と気温の
相関を示す.7 月, 8 月ともに気温依存性
が示された.7 月には日本の大気中 GEM
の指針値(40 ng/m3)を越える濃度が観測
されるなど,8 月に比べて全体に高濃度で
あったが,観測期間中の気象条件などの
影響によるものと考えられる.Daniel et
Fig.2 Vertical distribution of GEM at the foot of
al. (2014) は,土壌空気中 GEM 濃度は
Mt. Fuji on July 19-23 and August 18-20, 2015.
42
水分量の増大とその後の太陽光照射により濃度が高くなることを報告しており,水相を介した土壌
中水銀の光化学還元の可能性を指摘している.7 月の観測前に降雨がありその後は晴れていたこ
と,また風も弱かったことから, 表層土壌から揮散した GEM が拡散されずに南東麓で高濃度にな
った可能性がある.そこで,2015 年夏季集中観測では,土壌空気および大気中 GEM 濃度の鉛
直分布を調べ, 大気中 GEM 濃度の発生源を検討した. 表層土壌空気中 GEM は大気中に比べ
て 3 倍以上の高濃度で観測されたことから, 大気中 GEM の主要な発生源として表層土壌からの
揮散が示唆された(図 2).大気中 GEM 濃度は表層 10 cm と 1 m でほぼ同程度であったことか
ら,表層土壌からの揮散後直ちに拡散されたと考えられる.以上のことから,富士山体から火山性
水銀の揮散の可能性があり,富士山体を用いて大気中 GEM の観測を行うには注意を要すること
が分かった.
図 3 には, 2014 年 7 月 14-20 日, 8 月 22-26 日に富士山頂で観測された夜間大気中 GEM
濃度を, 世界各地の遠隔バックグラウンド地点で観測された GEM 濃度と比較した結果を示す.8
月夜間に富士山頂で観測された GEM 濃度(1.75 ng/m3)は, 遠隔バックグラウンド地点(Mt.
Bachelor: 1.54 ng/m3, Storm peak Lab.: 1.60 ng/m3, Lulin Atmospheric Background
Station: 1.73 ng/m3)と同程度であった. 一方, 7 月夜間に富士山頂で観測された GEM 濃度
(2.99 ng/m3)は 8 月夜間に比べて高濃度を示した. 7 月夜間は 8 月夜間に比べて大陸由来の
空気塊の割合が高いことから(7 月:100%, 8 月:36%), 越境大気汚染の影響が示唆された. また,
7 月夜間は自由対流圏高度に位置する Mt. Leigong(標高 2178 m)で観測された値(2.80
ng/m3)と同程度であったことから, 大陸由来の空気塊の影響を反映している可能性が高い.図 4
には, 2015 年 7 月 19-24 日に富士山頂で観測された大気中 GEM 濃度の経時変化を示す.日
中に濃度が増加,夜間に減少する
昼夜変動が見られた. 特に 20 日
の日中には高濃度の GEM が観測
された.これは富士山頂においても
土壌から揮散した水銀の影響を受
けていると推察される. なお, 土壌
からの揮発の影響を受けない夜間
においても,バックグラウンド濃度
(1.75 ng/m3)を超える高濃度の大
気中 GEM が見られた.22 日夜間
に大気中 GEM 濃度が上昇し,空
気塊は台湾上空を低高度で輸送さ Fig.3 Comparison of GEM concentration in the ambient
れていた.また 23 日夜間には,空 air in the nighttime at the top of Mt. Fuji and at global
気塊は大陸から輸送されており, background sites.
大気中 GEM 濃度,CO 濃度なら
びに雲水中水銀濃度が増加した.
さらに,SO2 濃度も増加しているこ
とから,越境大気汚染の影響が考
えられる. 最後に 2014-2015 年
の夜間に観測された海洋起源の試
料を用いてバックグラウンド濃度を
評 価 し た . 得 ら れ た 値 ( 1.88
ng/m3)は,遠隔バックグラウンド地
点と同程度であることから,富士山
頂の夜間に観測される大気中
GEM はバックグラウンド濃度であ
るといえる.
Fig.4 Temporal variation of GEM concentration in the
ambient air at the top of Mt. Fuji on July 19-24, 2015
43
P-06: 富士山における大気中 PAHs の観測
小野一樹1),大河内博 1),緒方裕子 1),皆巳幸也 2), 米持真一 3),竹内政樹 4),名古屋俊士1)
1)
早稲田大学,2)石川県立大学, 3)埼玉県環境科学国際センター,4) 徳島大学
1. はじめに
多環芳香族炭化水素(PAHs)は有機物の不完全燃焼や熱分解過程で生成する.PAHs は大気中
に偏在しており,発がん性,変異原性を有する.日本では PAHs とその類縁物質十数種が有害大
気汚染物質としてリストアップされ,優先取組物質としてベンゾ[a]ピレンが指定されているが,環境
基準はいまだに制定されておらず,大気圏動態には不明な点が多い.
本研究では,東アジアにおける大気エアロゾル中 PAHs のバックグランド濃度の解明と越境大気
汚染の実態解明を目的として,富士山頂および富士山麓で大気エアロゾルの観測を行った.また,
東京都心部(新宿)と郊外森林域(多摩)においても大気中 PAHs の同時観測を行い,越境大気汚
染の健康リスク評価を行った.地上大気では国内汚染の影響が大きいが,富士山頂では大気境界
層の影響を受けにくく,空気塊の流入により越境汚染の影響を評価できるかどうか試行した.
2.実験方法
サンプリングは新宿(早稲田大学西早稲田キャンパス),富士山麓(南東麓太郎坊),富士山頂,
多摩(東京農工大学 FM 多摩丘陵)で行った.2013 年〜2015 年の新宿,富士山麓,多摩ではハ
イボリウムエアーサンプラーを用いて 700 もしくは 1000 L/min で 12 時間毎もしくは 24 時間毎に大
気を吸引し,石英繊維フィルターに浮遊粒子状物質(SPM)を捕集した.
富士山頂では,2013 年にハイボリウムエアーサンプラーに PM2.5 インパクター(東京ダイレック)を
装着して 700 L/min で 12 時間毎に大気を吸引し,石英繊維フィルターに PM2.5 を捕集するととも
に,2014 年も富士山頂で同様に観測を行ったが,観測期間中は雲に覆われており,雲水を吸引し
たことにより故障した.2015 年には,2014 年の経験をもとにハイボリウムエアーサンプラーでの観測
を行わず,ローボリウムエアサンプラーで 30 L/min で 6 時〜18 時,18 時〜6 時に分けて1週間毎
に大気を吸引し,石英繊維フィルターに全浮遊粒子状物質(TSP)を捕集した.
捕集フィルターは分析まで冷凍保存し,ジクロロメタンを用いて超音波抽出を行ったのち,減圧
濃縮,除粒,窒素気流下で濃縮を行い,最後に 500 µL アセトニトリルに転溶して HPLC-FLD 法に
より定量した.本研究の分析対象物質は,3 環のアセナフテン(Ace),フルオレン(Flu),アントラセ
ン(Ant),フェナントレン(Phe),フルオランテン(Flt),4 環のピレン(Pyr),クリセン(Chr),ベンゾ[a]
アントラセン(BaA),5 環のベンゾ[e]ピレン(BeP),ベンゾ[b]フルオランテン(BbF),ベンゾ[k]フ
ルオランテン(BkF),ベンゾ[a]ピレン(BaP),ジベンゾ[a,h]アントラセン(DBA),6 環のベンゾ
[g,h,i]ペリレン(BgP),インデノ[1,2,3-cd]ピレン(InP)の 15 種類の PAHs である.
3.結果・考察
1)富士山頂における大気中 PAHs の
動態:越境輸送と桜島噴火の影響
図 1 には,2013 年 8 月 14 日から 22
日における富士山頂の大気エアロゾル
中総 PAHs 濃度(ΣPAHs)とその組成
を,気象因子,PM2.5,CO,O3,SO2 濃
度とともに示す.8 月 15 日から 16 日に
かけて ΣPAHs は高いが,後方流跡線
解析によると,この時には大陸から空
気塊が流入しており,CO 濃度の増加
を伴っていた.CO は燃焼由来の指標
物質であることから,大陸からの汚染
空気塊の流入により ΣPAHs が増加し
たことを示している.また,6 環のインデ
Fig.1 Temporal variation of the concentration of
particulate total PAHs (ΣPAHs) and their composition in
the ambient air along with meteorological factors and
some air pollutants at the top of Mt. Fuji during 15-21
August in 2013.
44
SO2
PM2.5
(nmol/m3)(μg/m3)
100
100
Shanghai PM2.5
5050
0
0
120
120
FP
6060
0
0
100
Shinjuku
12
50
6
0
100
0
3
50
1.5
0
0
Gaseous
ΣPAHs
(ng/m3)
The Foot
Par culate
ΣPAHs
(ng/m3)
Composi on(%)
ノピレン(InP)の割合が高
かった.8 月 18 日 16 時 31
分に桜島の過去最大の大
規模噴火が観測され,後
方流跡線解析により 8 月
20 日夜に富士山頂に桜島
噴煙が到達していた.この
ときには HCl と SO2 が高
濃度であったが,ΣPAHs,
CO および O3 には濃度増
加は認められなかった.
6
5
4
3
6環
5環
4環
3環
18 6 18 6 18 6 18 6 18 6 18 6 18 6
2)富士山南東麓における
13
14
15
16
17
18
19
20
大気中 PAHs の動態
July, 2014
図 2 には,2014 年 7 月 Fig.2 Temporal variation of the concentration of particulate and
13 日から 20 日における富 gaseous total PAHs (ΣPAHs) and their composition in the ambient
士山南東麓の大気エアロ air along with SO2 at the foot of Mt. Fuji during 13-20 July in 2014.
ゾ ル 中 総 PAHs 濃 度
(ΣPAHs)とその組成を,SO2 濃度,上海における PM2.5 濃度とともに示す.ガス態濃度は昼夜変動
を示しており,昼間の濃度が高く、夜間の濃度が低くかった.また、ガス態組成は 3 環が 9 割を占
めていた.7 月 16 日から 17 日にかけて粒子態およびガス態 ΣPAHs は高いが,後方流跡線解析
によると,この時には大陸から空気塊が流入しており,SO2 濃度の増加を伴っていた.このときの富
士山南東麓における SO2 濃度は新宿における同期間の平均濃度(56.7 nmol/m3)よりも高く,空気
塊は上海の PM2.5 濃度の増加傾向時と重なる.これらのことから,夏季であっても,大陸からの汚染
空気塊の流入により ΣPAHs が増加した可能性を示している.
3)富士山頂での大気観測結果を用いた越境大気汚染のリスク評価
図 3 には,2013 年の夏季における 4 地点の ΣPAHs とガン過剰発生率(リスク)を示す.ガン過剰
発生率は各 PAHs 濃度から BaP 等価濃度を求めて合計を算出し,BaP のユニットリスクを乗じて算
出した.ΣPAHs,ガン過剰発生率ともに
Sampling site
Shinjuku
都市部の新宿で高く,多摩では両者とも
Average ΣPAHs
0.99 ng/m3
に新宿の 2/3,富士山麓では ΣPAHs が
Excess Carcinogenicity
1.5×10-5
1/5,ガン過剰発生率が 1/7,富士山頂で
は ΣPAHs が 1/70,ガン過剰発生率が The foot of Mt.Fuji
Tama
0.20 ng/m3
1/80 であった.富士山頂では低濃度で
0.68 ng/m3
0.22×10-5
はあるものの,ΣPAHs に比してガン過剰
1.1×10-5
発生率が高く,有害性の高い PAHs の割
The top of Mt.Fuji(PM2.5)
合が 高かった .後方流跡線解析 の結 Continental:0.030 ng/m3,Maritime:0.0048
ng/m3
果,富士山頂に大陸由来の空気塊が到 Continental:0.049×10-5, Maritime:0.0029×10-5
達したときに,ΣPAHs,ガン過剰発生率と Excess Carcinogenicity=Unit Risk※(µg/m3)-1×Inhalation Exposure(µg/m3)
-5
3 -1
もに海洋由来時の 6 倍,16 倍で高いこと ※Inhalation Unit Risk of BaP:8.7×10 (ng/m ) (WHO,1996)
が分かった.BkF,BaP,InP は大陸由来 Fig.3 Regional comparison of the concentrations of
particulate total PAHs (P-ΣPAHs) in the ambient air in
の空気塊でのみ検出されており,これら summer, 2013 and carcinogenicity based on the
は有害性の高いとことからガン過剰発生 product of the sum of BaP equivalent concentration
率が高くなったものと考えられる.
(ΣBaPeq) and Unit Risk of BaP.
連絡先:小野 一樹(Kazuki ONO),[email protected]
45
P-07:富士山における大気中微小粒子および超微小粒子の観測
1)
松永昂樹 1),大河内博 1) 緒方裕子 1),大石沙紀 1),米持真一 2),皆巳幸也 3),名古屋俊士 1)
早稲田大学大学院創造理工学研究科,2) 埼玉県環境科学国際センター,3) 石川県立大学
1. はじめに
PM2.5 による健康影響が指摘されているが, 特に粒径 0.1 µm 以下の超微小粒子は肺胞への侵
入率が高いことから注目されている. エアロゾル粒子の影響とメカニズムを解明するためには, 化
学組成と発生源の特定, 大気動態, 大気除去過程を知る必要がある. 富士山は孤立峰であり,山
頂は自由対流圏高度に位置するため,日本上空の大気中および雲水中の様々な大気汚染物質
のバックグラウンド濃度,大陸からの長距離輸送によるバックグラウンド汚染の観測を行うことができ
る.ここでは,富士山頂における大気エアロゾル中微量金属元素の観測に後方流跡線解析を適用
した結果を報告する.また,エアロゾルモニタを用いた PM2.5 濃度の鉛直分布についても報告する.
2. 実験方法
試料採取は自由対流圏高度である富士山頂 (3776 m) で行った.エアロ 吸気口
ゾルはナノサンプラー (KANOMAX,Model3180) を用いて >10 µm, 102.5 µm, 2.5-1.0 µm, 1.0-0.5 µm, 0.5-0.1 µm, < 0.1 µm の 6 つの粒径区分 GoPro
で採取した.低濃度であることが予想されたため流速,測定時間はそれぞれ
40 L/min で 3-7 日間とした.0.5-0.1 µm のステージは専用のカートリッジを
用いて SUS 繊維上に,その他のステージは石英繊維フィルター (PALL,
2500QAT-UP) 上に採取した.石英繊維フィルター上に捕集されたエアロゾ
ルは硝酸と過酸化水素を用いてマイクロウェーブ法で酸分解した後に,ICPMS を用いて微量金属元素 (Al, Fe, V, Cr, Mn, Cu, Zn, Ni, Pb, Cd, As)
濃度を測定した.SUS 繊維上のエアロゾルは振とう抽出し水溶性成分を測定
した.また,エアロゾルモニタ (トランステック, DustTrack Model8532) を用
いて PM2.5 質量濃度の鉛直分布を計測した.富士宮ルート 5 合目から富士
山頂まで登山中,御殿場ルートの富士山頂から五合目まで下山中にそれぞ
れ 1 秒ごとに連続観測を行った.測定中は GoPro により,周囲の状況を 1
分ごとに撮影した (図 1).
3. 結果と考察
Fig.1 Photo of the
図 2 は,2014 年 7 月 15-22 日 (7 月中旬),22-29 日 (7 月下旬),8 月 22- measurement of
24 日 (8 月下旬) に富士山頂で採取した超微小粒子中 (<0.1 µm) の微量 PM2.5 on Mt. Fuji
金属元素濃度の割合を示している.上段には観測期間中 1 時間毎に取得した後方流跡線による
空気塊由来別の割合を,中段には微量金属元素濃度の主成分 (Al, Fe, Zn),下段には副成分
(その他) を示している.7 月中旬
は 34%が大陸北部, 66%が大陸南
部からの空気塊であった.7 月下
旬 は 大 陸 北 部 50%, 大 陸 南 部
13%, 太平洋 16%, 分類不可 22%
であり, 8 月下旬は大陸南部 39%,
太平洋 61%であった.超微小粒子
の総濃度はそれぞれ 147 ng/m3,
393 ng/m3, 167 ng/m3 であり,大
陸北部からの空気塊の割合が高
い 7 月下旬に高濃度であり,7 月
中旬および 8 月下旬の 2 倍以上で
あった.どの期間も主成分は Al,
Fe, Zn であり,主成分が 90%以上
を占めた.7 月下旬および中旬は Fig.2 Composition of trace metal in ultrafine particles
主成分組成に空気塊よる大きな違 in the ambient air at the top of Mt. Fuji in 2014
46
0.12
4000
②
3500
0.08
0.04
3000
①
③
0
④
⑤
2500
Altitude (m)
Concn. (mg/m3)
いは見られなかったが,8 月下旬には Al の割合が増加した.一方,副成分では大陸北部由来の
空気塊の割合が最も高い 7 月下旬に As の割合が 21%,次に大陸北部の割合が高い 7 月中旬に
12%,大陸北部の影響を受けていない 8 月下旬に 6%であった.As と同様に,Mn も 7 月下旬に高
い割合を占め (35%),大陸北部からの空気塊の輸送がない 8 月下旬で最も低かった (14%).As
濃度は 7 月中旬,7 月下旬,8 月下旬でそれぞれ 0.520 ng/m3, 1.80 ng/m3, 0.437 ng/m3 であり,大
陸北部由来の空気塊の割合が高い 7 月下旬には As 濃度が他の期間の 3 倍以上であり,PM2.5 質
量濃度以上に差がみられた.As は石炭燃焼の指標とされており,雲水化学観測でも同様の結果
が得られていることから,As は超微小粒子として大陸北部から越境輸送されている可能性が示唆
された.
図 3 には,エアロゾルモニタで連続計測した PM2.5 質量濃度と富士山の高度との関係を示す.測
定は 2015 年 8 月 20 日に行った.天候は小雨であった.5 時 30 分に富士宮口 5 合目を出発し,8
時 30 分に富士山頂に到着するまでの約 3 時間の経時変化を示している.登山を開始してから到
着するまでの間,雨が降り続けていた影響によりほとんどが検出限界以下の濃度であった.図に見
られる 5 つのピークはそれぞれ①6 合目 (2503 m), ②新 7 合目 (2800 m), ③8 合目 (3227 m),
④9 合 5 勺 (3548 m), ⑤山頂 (3713 m)であるが,いずれも山小屋近傍であった.富士山頂は地
上部からの汚染気塊の影響を受けにくく,バックグラウンド濃度の観測が可能であると考えられてい
るが,この結果は富士山体では山小屋がローカルな発生源となっており,風向によっては注意が
必要であることを示している.
図 4 には 2015 年 8 月 20 日 13 時から 15 時までの約 2 時間の下山中 (御殿場ルート) に測定
した PM2.5 質量濃度の連続計測結果を示す.天候は曇りであった.高度の低下に伴い,2500 m か
ら質量濃度が増加する傾向が見られた.時折見られるシャープなピークは,図 2 と同様に山小屋
によるローカルな影響である.また,大砂走りに入り,下り 6 合付近から濃度が上昇し始めることが
確認された.ただし,GoPro の画像から他の登山者による砂塵の舞上がりの影響はみられなかった.
4.結論
(1) 石炭燃焼由来とされる As は,大陸からの空気塊により超微小粒子として富士山頂に越境輸
送されていることが示唆された.(2) 富士山体における PM2.5 質量濃度の鉛直連続観測により,高
度の低下による濃度の上昇が認められた.降雨時には PM2.5 は検出下限以下であったが,山小屋
がローカルな発生源となっており,富士山における PM2.5 の観測には十分な注意が必要である.
2000
0.03
4000
0.02
3000
0.01
2000
0
1000
Altitude (m)
Concn. (mg/m3)
Fig.3 The relationship between concentration of PM2.5 and the
altitude during climbing up from Fujinomiya trail 5th station to
the top of Mt. Fuji.
Fig.4 The relationship between concentration of PM2.5 and the
altitude during climbing down from the top to Gotemba trail 5th
station of Mt. Fuji.
47
P-08: 大気粒子中陰イオン界面活性物質の動態と起源推定(1)
廣川諒祐 1),大河内博 1),曽田美夏 1),山之越恵理 1),緒方裕子 1)
1)
早稲田大学大学院創造理工学研究科
1.はじめに
界面活性物質は水溶液の表面張力を変化させ,水溶液系での疎水性物質の溶解度を変えるこ
とが知られており,有害大気汚染物質の動態に影響を与える.また,界面活性物質は雲粒の表面
張力を低下させることにより雲粒の寿命を増加させる.その結果として,雲のアルベドの増大や水
循環の変化など気候変動に関与する可能性がある.また,界面活性物質を含む微小粒子は呼吸
器系の粘膜に作用し,アレ ルギーや喘息を引き起こす可能性が指摘されている.しかしながら,
大気中界面活性物質濃度の報告例は世界的にも限られており,その起源や動態はほとんど解明
されていない.本研究では,都市大気中界面活性物質の起源と動態の解明を目的として,都市バ
ックグラウンドと道路沿道で同時採取を行った.また,2015 年の夏季観測では富士山頂において,
人工界面活性物質であり残留性有機化合物であるパーフルオロオクタンスルホン酸
(PFOS) およびパーフルオロオクタン酸 (PFOA) の分析をはじめて試みた.ここでは,大
気エアロゾル中に界面活性物質を中心に発表を行う.
2.分析方法
Table1 Analytical conditions of PFOA and PFOS
観測は,早稲田大学西早稲田キャンパス
の 4 階建て講義棟屋上 (都市バックグラウン
ド) と明治通り沿道 (道路沿道) で行った.
両地点は約 30 m 離れている.大気エアロゾ
ルは,ハイボリュームエアサンプラー (10 μm
100% cut, 吸引流量:1000 L/min) を用いて
石英繊維フィルター上に 12 時間毎 (6:0018:00, 18:00-翌 6:00) に捕集した.エアロゾ
ルは純水 40 mL で水抽出した後に改良メチ
レンブルー法 (曽田ら, 2013) で界面活性物
質を定量した.解析には採取地点から南 1.4
km にある新宿区本庁測定局,北北東 200 m
にある新宿区戸山測定局,南 2.5 km にある
北の丸公園測定局での気象および大気汚染
データを用いた.
2015 年の富士山頂における夏季集中観測では,大気エアロゾルをローボリュームエアサ
ンプラー(分粒装置無し, 吸引流量:30 L/min)を用いて石英繊維フィルターで 12 時間毎
(2015/7/19 18:00~ 23 06:00 の期間,日中:6:00-18:00, 夜間:18:00 -翌 6:00) に一週間程度吸
引した.試料は,短冊状に細切れにしてガラス製共栓三角フラスコ (100 mL) に入れた.こ
れに 100 mL のメタノールを加え,超音波抽出を行った.抽出液をロータリーエバポレータ
ーで減圧濃縮後,ナイロン製シリンジフィルター (IWAKI 製, 孔径 0.1 µm) でろ過した.こ
のろ液を窒素気流下で溶媒を除去した後,メタノール 0.5 mL に再溶解して分析試料溶液と
して LC/MS/MS の分析に供した (Table 1).
3.結果・考察
2011-2015 年春の都市バックグラウンドにおける大気エアロゾル中陰イオン界面活性物質
(MBAS: Methylene Blue Active Substances) の平均濃度は 89.4 pmol/m3 (n=237) であった.Fig.1
に,都市バックグラウンドにおける大気エアロゾル中 MBAS 濃度の経年季節変化を示す.春季は
2011 年から 2014 年まで減少傾向にあったが, 2015 年春季に急増した.夏季は観測期間を通じ
て他の季節に比べて低濃度 (40.3 pmol/m3, n=82) で推移した.秋季は比較的高濃度であり,
48
2014 年に最高値を示した.秋季に
は NO2,CO と比較的高い相関を
示すことから (r=0.65, 0.72),自動
車排ガスの影響を強く受けていた
と考えられる.冬季は他の季節に
比 べ 高 濃 度 を 示 し た (120
pmol/m3, n=39).冬季には他の大
気汚染物質濃度も増加することか
ら,排出量の増大ではなく,逆転
層の形成など気象要因が影響して
Fig.1 Seasonal change of MBAS concentrations in SPM at
urban background from 2011 to 2015.
いる可能性が高い.
2015 年の夏季集中期間中の富
士山頂における大気エアロゾル中
PFOA 濃 度 は 日 中 1.211 pg/m3
(n=1), 夜 間 0.074 pg/m3 (n=1) ,
PFOS 濃 度 が 日 中 4.027 pg/m3
(n=1), 夜間 0.135 pg/m3 (n=1) であ
った.日中,夜間ともに PFOA 濃度
に比べて PFOS 濃度が高いが,両
者の濃度比 (PFOS/PFOA 比) は
日中の方が高かった.また,日中/
夜間における濃度比は PFOA で
16.3,PFOS は 30.0 であり,PFOS の
Fig.2 Comparison of PFOS and PFOA concentration in the
ambient air at the top of Mt. Fuji with that in some site in the
方が昼夜変動が大きいことが分かっ
world. 1) Wang et al., 2) Li et al., 3) Min. Env.
た.PFOS に比べて PFOA の方が水
溶性が高いことから,輸送過程に
おける降水洗浄の可能性もあり,次年度以降は雲水分析を検討している.
Fig.2 には,参考として世界各地の PFOA-PFOS 濃度を示す.Büsum はドイツの沿岸域の地域,
Shenzhen は工業地帯,日本は環境省が行った全国 20 地点中最低濃度を示している.富士山頂
における PFOA,PFOS は夜間濃度を示した.富士山頂における濃度はバックグラウンド濃度であ
る可能性があるが,現状では観測例が少ないことから継続調査が必要であろう.
参考文献
曽田美夏,大河内博,緒方裕子,大川浩和 (2013) メチレンブルー吸光光度法を用いる都市
大気エアロゾル中陰イオン界面活性物質の迅速定量.分析化学,62, 589-594
Wang, Z., Xie, Z., Möller, A., Mi, W., Wolschke, H., Ebinghaus, R. (2014) Atmospheric concentrations
and gas/particle partitioning of neutral poly- and perfluoroalkyl substances in northern German coast.
Atmos. Environ., 95, 207-213
Li, L., Zhai, Z., Liu, J., Hu, J. (2015) Estimating industrial and domestic environmental releases of
perfluorooctanoic acid and its salts in China from 2004 to 2012. Chemosphere, 129, 100-109
環境省 (2006),平成 17 年度(2005 年度)「化学物質と環境」
49
P-09:富士山山麓および東京神楽坂におけるエアロゾル物理特性の評価
橋口翔 1、三浦和彦 1、青木一真 2
1.東京理科大学、2.富山大学
1. 研究背景
大気中に浮遊するエアロゾルは太陽放射を散乱・吸収する直接効果と、雲凝結核として働き雲
の光学特性を変化させる間接効果があり、地球大気の放射特性に影響を及ぼすことが知られてい
る。IPCC2013 ではエアロゾルの放射強制力に対する科学的理解が進んだが、放射強制力の見積
もりにおいてはまだ大きな不確定要素を含んでいる。エアロゾルは時間的・空間的な変動が大きく、
その変動を捉えるためにはリモートセンシングが有効な観測手段である。本研究ではエアロゾルの
直接効果に着目し、富士山山麓太郎坊と東京神楽坂においてスカイラジオメータによる放射観測
を行い、解析結果から 2 地点におけるエアロゾル物理特性の評価を行った。
2. 観測方法
富士山山麓太郎坊(北緯 35.33°,東経 138.80°,標高 1290m)と、新宿区神楽坂に位置する東
京理科大学 1 号館屋上(北緯 35.70°,東経 139.74°,高さ 59.6m)において、スカイラジオメータ
(POM-02, Prede 社製)を設置し、太陽直達光強度、天空輝度を測定した。得られた天空輝度から
インバージョンプログラムである SKYRAD.pack ver.4.2(Nakajima et al., 1996(1))を用いて解析する
ことにより、波長 500nm におけるエアロゾルの光学的厚さ、オングストローム指数、気柱積算粒径
分布などが得られる。光学的厚さは大気中のエアロゾルの総量に関するパラメータ、オングストロー
ム指数はエアロゾルの大きさに関する指標で、1 より大きいと微小粒子が卓越し、1 より小さいと粗
大粒子が卓越する。
SKYRAD.pack では雲が存在しない前提で解析を行うため、太陽面に雲が覆っているときは正し
い直接効果が評価できない。そのため、太陽直達光強度の時間変化、推定されたエアロゾルの光
学的厚さ、気柱積算粒径分布から雲が混在していると考えられるデータを除去し解析時間を決定
した。2 地点で比較解析できた日数は、観測期間 2014 年 10 月から 2015 年 7 月中、15 日あっ
た。
3. 結果・考察
解析期間中のエアロゾルの光学的厚さ、およびオングストローム指数の季節変化を図 1、2 に示
す。各パラメータは解析時間内の平均値と標準偏差を示している。
光学的厚さは両地点とも冬季に小さく、春季から夏季にかけて増加する明瞭な季節変化がみら
れた。また月平均値は全期間を通じて太郎坊が神楽坂に比べ低く推移していたことから、2 地点間
のエアロゾル量に明確な違いが現れている。一方、オングストローム指数は両地点ともに明瞭な季
節変化が見られなかった。2015 年 3 月には両地点で値が 1 を下回ったが、これは黄砂に代表さ
れる、アジア大陸からの汚染気塊の輸送に伴う粗大粒子の卓越によるものと推測される。
エアロゾルの光学的厚さ
0.5
神楽坂
太郎坊
0.4
0.3
0.2
0.1
0
Oct-14
Nov-14
Dec-14
Jan-15
Feb-15
Mar-15
Apr-15
May-15
Jun-15
Jul-15
図 1 観測期間中の光学的厚さの季節変化
オングストローム指数
2
1.5
1
0.5
0
Oct-14
Nov-14
Dec-14
Jan-15
Feb-15
Mar-15
Apr-15
May-15
Jun-15
Jul-15
図 2 観測期間中のオングストローム指数の季節変化
50
3
2
v(r)[μm /μm ]
0.05
次に、2015 年 4 月 16 日において両地点で推定された気柱
神楽坂
積算粒径分布を図 3 に示す。横軸は粒径の対数、縦軸は体積
太郎坊
0.04
カラム濃度である。解析時間中の粒径分布に対し 3 次スプライ
0.03
ン補間を行い、粒径分布の滑らかな曲線を作成した。その結
果、粒子半径 0.1~0.2μm にピークを持つ微小粒子領域と、1
0.02
~2μm にピークを持つ粗大粒子領域の二山分布をなす粒径
分布であった。
0.01
両地点における気柱積算粒径分布の比較を行うため、解析
0
時間付近における天気図を図 4 に、NOAA HYSPLIT モデル
100
10
1
0.1
0.01
Radius[μm]
による後方流跡線を図 5 に、化学天気予報システム(CFORS)
図 3 気柱積算粒径分布
による硫酸塩エアロゾルの推定分布を図 6 に、新宿御苑に設
置されているライダーデータを図 7 に示す。ライダーは大気中
に照射したレーザーの後方散乱光を測定しエアロゾルの鉛直分布を観測する装置であり、一番上
の図が散乱強度、真ん中の図が偏光解消度、一番下の図が散乱係数比のプロットを表す。日本の
北側に低気圧が、南側に高気圧が存在していることから、日本付近は西寄りの風が吹いていると
考えられ、流跡線解析からも気塊がアジア大陸から輸送されていることがうかがえる。
硫酸塩エアロゾルは微小粒子に分類され、やや高濃度である領域が日本全体を覆っており、両
地点の微小粒子領域はアジア大陸から輸送された酸性大気粒子の寄与が考えられる。
図 7 より、解析時間中のエアロゾルは散乱強度、偏光解消度、散乱係数比ともに大きく、非球形
かつ粒径の大きな粒子、つまり黄砂が飛来したと推測できる。そのため、両地点の粗大粒子領域
は黄砂飛来による影響によるものと考えられる。2 地点間でピーク濃度に差が生じるのは、大気中
のエアロゾル量が異なるからであると考えられ、これは図 1 に示したエアロゾルの光学的厚さの比
較と一致する。
図 4 天気図(2015/4/16 9:00)
図 5 流跡線解析
図 7 新宿御苑ライダーデータ
図 6 硫酸塩エアロゾルの推定分布
参考文献
(1) Nakajima et al., (1996) Appl. Optics, 35, 2672–2686.
謝辞
本研究の一部は、東京理科大学特定研究助成金共同研究(2013-2014 年度、代表 三浦和
彦)の助成を受けて行われた。この場を借りて深く御礼申し上げる。
*
連絡先:橋口 翔(Sho HASHIGUCHI)、[email protected]
51
P-10: 富士山麓太郎坊における粒径分布の測定
須藤俊明1、堀井健一1、片岡良太1、監物友幸1、三浦和彦1、岩本洋子1
1. 東京理科大学
1.はじめに
エアロゾルの生成には、地表面や海面から直接粒子として放出される1次粒子と、気体が凝縮
や化学反応することで粒子が生成する2次粒子がある。この2次粒子が生成することを新粒子生成
(NPF)と呼び、大気中のエアロゾル濃度に大きな影響を与えている。太郎坊における新粒子生成
は、ほぼ毎日起こっていることが確認されている。(堀井、2015)
本研究では、これまでにデータ数が少ない富士山麓の太郎坊(35.332N 138.804E 海抜 1290
m)での新粒子生成を通年観測データからその原因を考察した。
2.研究方法
観測方法については、2014 年 9 月 11 日から 2015 年 9 月 1 日の期間で、吸入した空気を拡散
ドライヤーに通し相対湿度 30%以下に乾燥させた後、空気を2つに分岐し SMPS(走査型移動度
粒径分布計測器)と OPC(光散乱式粒子計数器)に流入させ粒径分布を測定した。また、谷風によ
り運ばれてくる前駆気体(SO2、Ox、NO、NO2)の濃度を把握するために御殿場市役所(35.308N
138.934E)に設置されている“そらまめ君”のデータを参考にした。
新粒子生成の定義は以下の2つを満たしたものとした。①約 20nm 以下の粒子数濃度が朝方ま
での低濃度状態より明らかに上昇し、1000 ㎤を超えたもの。②濃度上昇時間が 3 時間以上継続し
たもの。
3.結果・考察
2014 年 9 月 11 日~2015 年 9 月 1 日の期間中における太郎坊での新粒子生成は、ほぼ毎日
日中に観測された。(sample day 262日、新粒子生成発生日185日)また、夜間では観測されなか
った。新粒子生成が発生しなかった日は降雨があったことが多かった。雨が降ると大気中の粒子が
除去され、粒子数濃度が減少し、新粒子生成発生率は減少する。
今回、太郎坊における新粒子生成(NPF)が、あらゆる要因とどのように関連しているのかを調査
した。
まず、以下の図1~5で SMPS の月平均粒子数濃度、NPF 発生率、直達光強度月平均値、谷風発
生率、前駆気体濃度月平均値を比較してみた。(太郎坊に 22°~202°の角度で吹く風を谷風と
定義)
直達光強度が上昇すると、太郎坊にある既存粒子が光化学反応により成長し、新粒子生成が発
生しやすくなる。また、谷風が発生すると、御殿場市役所にあった前駆気体が太郎坊に運送され、
新粒子生成が発生しやすくなる。この2つの傾向を考え、例として図1~5の矢印を見てみると、確
かに7月から8月の直達光強度と谷風発生率が減少すると 30nm より小さい粒子数濃度が減少し、
NPF 発生率も減少していることが分かる。(1月〜2月も同じ傾向。)
また、図2〜4の10月〜11月を見てみると直達光強度が上昇し、谷風発生率が減少している中、
NPF 発生率は上昇している。つまり谷風の有無より、日射量の高さの方が NPF 発生に影響を及ぼ
すことが分かる。(他に3〜4月や4月〜5月などで同じ傾向。)
次に 2015 年 7 月~8 月で新粒子生成が発生していた日の例と発生していなかった例を1週間単
位で以下の図6~9で確認した。①では直達光強度が低く谷風の発生も頻度が低いため、新粒子
生成が起こっていない。また、②では直達光強度が高く谷風も頻繁に発生しているため、新粒子生
成は発生している。
図1〜5のように月平均値で分析しても、図6〜9のように瞬時値で分析しても、新粒子生成には
日射量と谷風の発生が大きく関わってくることが分かる。また、直達光強度の値が上昇すると、太郎
坊と御殿場市街地周辺に気温差ができ、谷風が吹きやすい環境になる。これを考えると、図2〜4
で谷風発生率より直達光強度の強さの方が NPF 発生率に強い影響を及ぼすという傾向も示すこと
ができる。
52
最後に図5や図9を見ると、新粒子生成の発生率に影響を及ぼすのは前駆気体濃度の高低より
谷風によって輸送される前駆気体の有無であることが示唆された。
図1
濃度
SMPS の月平均粒子数
図2
月間 NPF 発生率
図6 SMPS 粒径分布 (2015.7.3~
7.10)
図 7 直 達 光 強 度 ( 2015.7.3 ~
7.10)
図3
直達光強度月平均値
c
v
図4
図8
風向、風速(2015.7.3~7.10)
月間谷風発生率
c
v
図5
図 9 前 駆 気 体 濃 度 ( 2015.7.3 ~
7.10)
「そらまめ君で測定」
前駆気体濃度月平均値
「そらまめ君で測定」
4. まとめ
富士山麓太郎坊ではほぼ毎日、日中に新粒子生成発生イベントが観測され、夜間ではイベント
は観測されなかった。日中に新粒子生成が起こる原因は日射(直達光強度)があり、太郎坊にある
既存粒子が光化学反応により成長することが考えられる。また、谷風が吹く頻度が高く、御殿場市
役所(35.308N 138.934E)付近の前駆気体(そらまめ君で測定)が太郎坊に輸送され、その前駆
期待が日射により成長することも原因として考えられる。新粒子生成発生への影響力の強さは日射
量>谷風発生であり、その理由は日射により太郎坊と御殿場市街地に気温差ができ、谷風が発生
しやすい環境になることが言える。
謝辞
本研究の一部は東京理科大学特定研究助成金共同研究、科研費基盤研究 C(25340017)、東
京理科大学総合研究機構山岳大気研究部門 2014, 2015 年度活動経費・活動補助費の助成によ
り行われた。
参考文献
Kulmala et al., On the formation, growth and
53B, 479-490, 2001.
composition of nucleation mode particle, Tellus(2001),
連絡先:須藤 俊明(Toshiaki Sudo)、[email protected]
53
P-11: 富士山頂における粒径分布の測定
~短時間高濃度現象の発生と要因~
監物友幸,須藤俊明,川口尚輝,片岡良太,岩本洋子,
三浦和彦(東京理科大学),加藤俊吾 (首都大学東京)
1.はじめに
エアロゾルとは大気中に浮遊している固体もしくは液体の粒子のことで、地球大気の熱放射収支に重
要な影響を及ぼす間接効果と直接効果を持つ。だが依然、その不確実性は大きく早急な解明が必要
である。エアロゾルには生成過程から一次粒子と二次粒子に分類される。一次粒子とは地表面から直
接放出されるものであり、二次粒子とは気体が化学過程を通して粒子化されたものである。本研究では
この二次粒子に焦点をあてており、微小なエアロゾル(粒径が数 nm~数十 nm のもの)の濃度が前時間
と比べて明らかに上昇している瞬間、つまり微小粒子が高濃度になる瞬間を測定結果から捉え、その原
因を深堀していく。
2.方法
観測期間は 2015 年 7 月 19 日から 2015 年 8 月 20 日までの 31 日間(そのうち 2015 年7月 20 日か
ら 2015 年 8 月 20 日の 30 日間を解析)で、観測場所は富士山頂の富士山特別気象観測所
(3776m,35.36N,138.727E)である。観測方法は吸入した外気を拡散ドライヤーに通し相対湿度を 30%以
下に乾燥させた後、空気を2つに分岐し走査型移動度粒径測定器(SMPS, TSI 3034)で粒径 10~
500nm のエアロゾルの粒径分布を測定した。大気ラドン濃度をラドン娘核種測定装置(JREC ES-7420)
で測定した。ラドン濃度は発生源が土壌や岩石であることを利用して、陸地からの大気輸送のトレーサ
ーとして用いることができる。
はじめに粒径分布を対数正規分布でフィッティングすることにより粒径分布のモード径を求め、その
大 き さ に よ っ て 次 の 3 つ に 分 類 し た 。 Ⅰ : 核 生 成 モ ー ド 12.4~19.4nm Ⅱ : エ イ ト ケ ン モ ー ド
22.1~93.1nm Ⅲ:蓄積モード 107.5~453.2nm である。
さらに NOAAHYSPLIT モデルを用いて観測期間中の後方流跡線を 6 時間ごとに解析し、鉛直方向
と水平方向に定義域を設定しエアマスの分類を行った。また既存粒子による前駆気体分子の除去率を
示す Condensation sink(CS)を粒径分布から求めた(Kulmala et al., 479-490,2001) 。この CS 値が低い
とき新粒子生成は起き易く、微小なエアロゾルの高濃度現象のトリガーになる可能性がある。
3.結果・考察
観測で得られた粒径分布から『核生成モードの粒子の合計値が前時間と比べて 1.3 倍増加している』
時間を高濃度現象の開始点と定義した。期間中に高濃度現象は合計 43 回観測された。その結果を表
1 に示す。そのうち日中は 19 回、夜間は 24 回となった。このように夜間に高濃度現象が多く発生する
傾向は先行研究(1)の観測結果と同様である。観測結果から富士山頂は 22 時に一番高濃度現象が起
きていることがわかった。今期の集中観測では、高濃度現象の継続時間が3時間を満たさないものが多
く見受けられた。それらを総称して短時間高濃度現象と呼ぶ。高濃度現象の要因を調べるために、(Ⅰ)
エアマス(Ⅱ)ラドン(Ⅲ)CS 値の3つの要素と観測結果から得られた高濃度現象を比較し、それぞれの
セクションごとに特徴を考察した。(Ⅰ)エアマスの分類結果に伴う高濃度現象の発生回数をまとめたも
のを表 2 に示す。以上の結果から海洋由来のエアマス時に一番高濃度現象が起きており、夜間の発生
が一番多い。対照的に大陸由来のエアマス時には、夜間よりも日中のイベントが多いことがわかる。これ
には日射が関係しており、大陸から運ばれてきた前駆ガスが日射による光化学反応で核生成を起こし
新粒子の生成につながっている。(Ⅱ)ラドン濃度の増加と高濃度現象の発生に相関関係が見られた。
その一例を図1に示す。図1は 8/17-8/19 までの粒径分布の測定結果であり、縦軸が粒径、色の変化
が濃度分布を示している。青色の折れ線グラフがラドン濃度を示している。
この期間は特に高濃度現象が綺麗に見ることができた期間である。特徴としては、8/17 日は一日雨が
降ったため粒子が湿性沈着していること。8/18 日の明朝 7 時からラドン濃度が増加していること。それに
釣られて 8 時から日中の高濃度現象が発生していることである。全期間を通してラドン濃度の増加と高
濃度現象のタイミングが一致している箇所は 25 回あった。ラドンの増加が高濃度現象のトリガーとなりう
ると考察される。(Ⅲ)図2に 8/7-8/9 間の CS 値のグラフと粒径分布の測定結果を示す。図2上より、8/8
と 8/9 の夜間に一回ずつ高濃度現象が起きていることが分かる。そこから図2下に注目すると、高濃度
現象が起きている時間と丁度のところでしっかりと CS 値が落ち込んでいることから、CS 値の減少は高濃
度現象のトリガーであると考察される。
54
4.まとめ
今期集中観測で観測された高濃度現象は 43 回である。そのうち日中は 19 回、夜間は 24 回だった。
海洋由来のエアマス時には夜間の発生が多く、大陸由来のエアマス時には日中の発生が多かった。ラ
ドンが増加する、もしくは CS 値が減少すると高濃度現象の発生につながることがわかった。
5.謝辞
本観測は NPO 法人「富士山測候所を活用する会」が富士山頂の測候所施設の一部を気象庁か
ら借用管理運営している期間に行われた。本研究の一部は、科研費基盤研究 C (24340017) の助
成により行われた。
参考文献
(1) 片岡良太:富士山富士山頂における新粒子生成に関する研究, 2014.
表1 2015 年の高濃度現象まとめ
表 2 エアマスと高濃度現象まとめ
CS[s-1]
dN/dlogD
dN/dlogD
図 1 ラドンとの相関図
図2 (上)粒径分布
55
(下)CS 値
P-12: 富士山頂および富士山麓太郎坊における粒径分布の測定
片岡良太,監物友幸,須藤俊明,川口尚輝,岩本洋子,
三浦和彦(東京理科大学),加藤俊吾 (首都大学東京)
1.はじめに
大気エアロゾルは太陽光を散乱・吸収する効果と、雲凝結核として働く効果があり、気候変動に
影響 を与え る。 前駆ガ スから エ アロ ゾ ル粒子 が生成 する過程 は新粒 子生成( New Particle
Formation, NPF)と呼ばれ、ナノサイズのエアロゾル粒子数濃度を増やすため、雲凝結核の数濃度
を左右する重要な過程である。しかし、発生条件や頻度など未解明な点が多く、大気エアロゾルの
気候影響を正しく評価するため、NPF メカニズムの解明が急務となっている。富士山頂は自由対流
圏の大気を観測することに優れ、アジア大陸や海洋からの物質の長距離輸送やバックグラウンド大
気を観測することができる。本研究では 2015 年夏季に行われた観測結果をもとに、富士山におけ
る NPF の発生要因を考察した。
2.方法
山頂における大気観測は 2015 年 7 月 20 日から 8 月 20 日に富士山特別地域気象観測所(旧
富士山測候所;3776 m, 35.36 N, 138.73 E)で行った。山麓太郎坊(1290 m, 35.33 N, 138.80 E)で
の観測は 1 年を通して行っている。粒径 5~5000 nm の大気エアロゾルの個数粒径分布を走査型
移動度粒径測定器(SMPS, TSI 3034 または 3936N75)と光散乱式粒子計数器(OPC, RION KC01E)を用いて測定した。その結果から、20 nm 以下の粒子が高濃度になる時間帯を NPF イベント
と定義した。また前駆ガスの既存粒子への吸着のしやすさを表す Condensation Sink(CS )(1)を求
めた。CS は個数粒径分布から求めることが可能で、CS が低いほど NPF は起きやすいと考えられ
る。大気ラドン濃度はラドン娘核種測定装置(JREC ES-7267 または ES-7420)を用いて測定した。
ラドンは発生源が土壌であることから、陸起源エアマスのトレーサーとして用いることができる。また、
山頂においては谷風によって下層の大気が輸送されることで、ラドン濃度が上昇する場合があるた
め、谷風のトレーサーとしても用いることができる。エアマスの由来を調べるため NOAA HYSPLIT4
モデル(http://ready.arl.noaa.gov/HYSPLIT.php)により 3 日前からの後方流跡線を解析した。
3.結果・考察
山麓太郎坊ではほぼ毎日、7 時から 16 時に山頂方向に向かう谷風が観測され、同時間帯に
NPF と粒子成長が観測された。これは谷風により下層の市街地から前駆ガスが輸送され、斜面を
登るとともにガスの凝縮が起こっていたためと考えられる。それに対して山頂では、日中・夜間を問
わず NPF が発生し、夜間の発生頻度のほうが高かった。夜間に NPF が多く起こる例は世界的に
稀で、富士山頂特有の現象と考えられる。図 1 に山頂の NPF イベントの回数と、CS の時間ごとの
平均値を示す。CS は日中に増加し、夜間に減少する傾向があり、夜間に NPF イベントの発生頻度
は増加した。つまり、夜間のほうが NPF の起
きやすい環境であったと言える。次に、日中
の NPF イベントの発生要因について、7 月
26 日と 8 月 8 日を例に示す。図 2 に山頂、
図 3 に太郎坊での 7 月 26 日の観測結果を
示す。太郎坊では 7 時から、山頂では 9 時
から NPF イベントが発生しており、同じ時間
に山頂ではラドン濃度が増加していた。この
ことから、谷風によって太郎坊から山頂へ前
駆ガスや生成して間もない粒子が輸送さ
図1 2015 年富士山頂における NPF イベントの回
れ、太郎坊と山頂で連続的に NPF イベント
数(棒グラフ)と CS の1時間平均値(破線)。
56
が観測されたと考えられる。また、CS はラドン濃度とともに増加していた。一方、8 月 8 日は太郎坊・
山頂ともに 7 時から NPF イベントが観測されていた(図 4、5)。8 月 8 日 7 時に到達した後方流跡
線はアジア大陸を経由しており、前駆ガスを豊富に含むエアマスが到達したと考えられる。このた
め、前駆ガスの光化学反応が発生し、山頂・太郎坊同時に NPF イベントが起きたと考えられる。CS
は粒子数増加とともに大きく増加し、18 時ごろから減少した(図 4)。CS が低くなった 22 時には夜
間の NPF イベントが発生し、CS の減少が NPF のトリガーになったと考えられる。
4.まとめ
富士山麓太郎坊ではほぼ毎日、日中に NPF イベントが観測され、原因は谷風による前駆ガスの
輸送が原因と考えられる。富士山頂では日中・夜間問わず NPF が発生し、夜間の発生頻度のほう
が高かった。CS は日中に増加し夜間に減少する傾向があり、夜間のほうが NPF に適した環境であ
ったため、夜間の NPF イベントが多く観測されたと考えられる。日中の NPF イベントの発生要因は、
(1)谷風による前駆ガスや生成して間もない粒子の輸送や、(2)長距離輸送された前駆ガスの光
化学反応による粒子の生成、の 2 つが考えられる。既存粒子の輸送や粒子生成・成長は CS を増
加させるため、山頂の CS は相対的に日中に増加し、夜間に減少する日変化を示したと考えられる。
5.謝辞
本観測は NPO 法人「富士山測候所を活用する会」が富士山頂の測候所施設の一部を気象庁
から借用管理運営している期間に行われた。本研究の一部は、科研費基盤研究 C (24340017) の
助成により行われた。
参考文献
(1) Kulmala et al., On the formation, growth and composition of nucleation mode particle, Tellus,
53B, 479-490, 2001.
*連絡先:片岡 良太 (Ryota KATAOKA)、[email protected]
15
8/9
図 4 8/8 富士山頂について、上から粒径分布、
CS ・ラドン相対濃度、30 分毎の日照時間。
黒枠は NPF イベントを表す。
粒子数濃度
[cm-3]
太郎坊
8/8
7/26
度
[s-1]
30
15
8/8
7/27
図 2 7/26 富士山頂について、上から粒径分布、
CS ・ラドン相対濃度、30 分毎の日照時間。黒
枠は NPF イベントを表す。
太郎坊
粒子数濃度
[cm-3]
CS減少
日 照 時 間
ラドン相対濃度
[s-1]
日 照 時 間
30
7/26
山頂
粒子数濃度
[cm-3]
ラドン相対濃
山頂
粒子数濃度
[cm-3]
8/9
7/27
図 3 7/26 太郎坊について、上図は粒径分布、下
図は風向・風速。黒枠は NPF イベントを、灰
色の影部は谷風の方位を表す。
図 5 8/8 太郎坊の粒径分布。黒枠は NPF イベ
ントを表す。風向・風速は測器故障のた
め欠損だった。
57
P-13: 2015 年夏季の富士山頂における雲凝結核の測定
佐藤光之介 1、監物友幸 1、片岡良太 1、岩本洋子 1、三浦和彦 1
1. 東京理科大学
1. はじめに
大気エアロゾルは、それ自身が太陽光を直接吸収・散乱する直接効果と、雲形成時に雲凝結核
(CCN)として働き、雲の光学特性や寿命を変化させる間接効果(雲調整効果)を持つ。エアロゾル
粒子が CCN になり得るかどうかは、周囲の水蒸気過飽和度と、粒子の乾燥粒径、化学組成(吸湿
性)により決定される。一般には、周囲の過飽和度、粒子の乾燥粒径、吸湿性が大きいほど、粒子
は CCN になりやすい。
本研究では、夏季に富士山頂(富士山特別地域気象観測所、 35.365°N、138.727°E、
3775m)で CCN 観測を行った。富士山は日本一標高の高い独立峰であり、その山頂は自由対流
圏内に位置することが多いため、ローカルな汚染の影響を受けていないエアロゾルの観測が期待
できる。本研究ではエアロゾルの長距離輸送に着目し、後方流跡線と併せて山岳大気の CCN 活
性を解析した。そして、エアマスの輸送経路による CCN 活性比の違いについて考察した。
2. 方法
2015 年 7 月 20 日から 8 月 20 日まで、富士山頂に
ある富士山特別地域気象観測所 1 号庁舎 2 階で観測
を行った。拡散ドライヤー(Diffusion Dryer)を通して
相対湿度 30%以下に乾燥させた外気を、走査型移動
度 粒 径 測 定 器 ( SMPS ) 及 び 光 学 式 粒 子 計 数 器
(OPC)に導入して凝結核(CN)数を、雲凝結核計数器
(CCNC)に導入して CCN 数を、それぞれ測定した。測
定システムを図 1 に示す。
3. 結果と考察
図 2 に観測期間全体の CN 数濃度、CCN
数濃度、及び CCN/CN 比(CCN 活性比)の
時系列変化のグラフを示す。CCNC は過飽
和度を 4 段階(0.1%、0.2%、0.3%、0.4%)
設定して測定を行ったが、ここでは 0.2%の
時の結果のみ議論することにする。
また、観測期間中の後方流跡線を 3 時間
毎に取得し、由来別・高度別に分類したグラ
フ を 図 3 に 示 す 。 図 中 の Continent 、
Marine、Land and Sea、Japan はそれぞ
れエアマスがアジア大陸由来、海洋由来、
朝鮮半島や日本海付近を経由した海陸由
来、日本とその周辺からの日本由来であるこ
とを表している。また、NFT、FT1、FT2 はそ
れぞれ大気境界層(海抜 2000m 以下)由
来 、 自 由 対 流 圏 下 部 ( 海 抜 2000m ~
4000m ) 由 来 、 自 由 対 流 圏 上 部 ( 海 抜
4000m 以上)由来であることを表す。後方
流跡線は、NOAA ARL が提供してい る
HYSPLIT モデルで計算された過去 72 時
間分のデータを用いて解析を行った。
図 1 測定システム
図 2 富士山頂で測定した CN 数濃度、CCN 数
濃度(上)、CCN 活性比(下)の時間変化
図 3 後方流跡線分類
58
図 2 より、CN 数濃度、CCN 数濃度、CCN 活性比のいずれについても日変動に明確な周期性
は見られなかったが、CN 数濃度は深夜に増加しやすい傾向があることが分かった。観測期間全
体の CCN 数濃度及び CCN 活性比の平均値と標準偏差はそれぞれ 95.4±101.1 cm-3、17.1±
14.3%であった。2011 年夏季に測定した CCN 数濃度及び CCN 活性比の平均値と標準偏差(1)
はそれぞれ 144±116 cm-3、29±19%であり、数濃度、活性比ともに今回の測定結果の方が低か
った。
また、図 3 より、観測期間全体を通して海洋性エアマスが支配的であり、特に期間前半のほとん
どは海洋性エアマスの影響を受けていたことが分かった。活性比が比較的高い期間(7 月 28 日~
31 日)には主に大陸や海陸由来のエアマスの影響を受けていたと考えられる。
活性比は全過飽和度(0.1~0.4%)においてエアマスが大陸由来の時に最も高く、海洋由来の
時に最も低くなり、先行研究で報告された傾向と一致した(1)、( 2)。大陸性エアマスで活性比が高く
なった要因としては、長距離輸送によるエイジングで粒子のモード径が大きいほうへシフトし、CCN
として活性化する粒子の数が増加したことが考えられる(1)、(2)。
さらに由来・高度別の傾向を把握するため、各流跡線
の出現回数をまとめたグラフを図 4 に示す。図の上部は
大陸、海洋、海陸、日本の各由来別に、そのエアマスが
NFT、FT1、FT2 のどの高度から流入したかを表したも
のであり、図の下部は NFT、FT1、FT2、FT(FT1 と
FT2 を合わせたもの)の各高度別に、エアマスの由来を
まとめたものである。
図 4 後方流跡線由来・高度別分析
活性比が高くなった期間は、FT1 からの大陸性エアマスの流入が支配的であった。大陸性エア
マスと同じく、主に偏西風によって輸送されると考えられる海陸性エアマスも、大陸性エアマスと同
様に FT1 からの流入が卓越する傾向があった。一方、海洋性エアマスには、高度依存性はあまり
見られなかった。また、日本由来のエアマスは FT1 からの流入がほとんどなかった。
高度別では、同じ FT 由来のエアマスでも、海抜 4000m を境にその上部と下部ではエアマスの
由来の比率が大きく異なっていた。FT1、FT2 由来のエアマスが到達した期間の活性比の平均値
と標準偏差はそれぞれ 21.1±15.8%、12.6±9.5%であった。FT1 由来のエアマスで FT2 由来
のエアマスに比べて活性比が高くなった要因としては、FT1 では流跡線の約 6 割を活性比が高く
なりやすい大陸性や海陸性のエアマスが占めていたのに対し、FT2 では 6 割が海洋性エアマスだ
ったことが考えられる。FT1 と FT2 ではエアマスの由来が大きく異なるため、粒子組成の違いによ
って活性比に有意な差が見られた可能性がある。
4. 結論
夏季に富士山頂において CCN 数濃度の測定を行い、後方流跡線解析をもとにエアマスの輸送
経路ごとの CCN 活性比を算出することで、活性比が高かった大陸や海陸由来のエアマスは、ほと
んどが自由対流圏下部から流入していたことが分かった。また、同じ自由対流圏内でも、上部由来
のエアマスと下部由来のエアマスでは活性比が大きく異なり、それらの粒子組成に違いがある可能
性が示唆された。
謝辞
本研究は、NPO 法人富士山測候所を活用する会が気象庁より富士山特別地域気象観測所の
施設の一部を借用している期間に行われました。
参考文献
(1)長谷川朋子:東京都心部の生成されたばかりの粒子と富士山山頂のエイジングを受けた粒子
の雲凝結核特性,p.19,東京理科大学 2012 年度修士論文
(2)渡辺彩水:富士山頂で測定したエアロゾル雲凝結核特性と霧粒特性,p.18,東京理科大学
2014 年度修士論文
*連絡先:佐藤 光之介(Konosuke SATO)、[email protected]
59
P-14: 係留気球を用いた富士山太郎坊における
個別エアロゾル粒子の鉛直分布
渡辺詩織、木村俊介、土井瀬奈、岩本洋子、三浦和彦
東京理科大学
1.はじめに
エアロゾル粒子には、海塩粒子、硫酸塩粒子などがあるが、混合すると特性が変化するため、
個々の粒子の性状について調べることが必要である。そこで、富士山麓太郎坊において、地上と
上空における(変質)海塩粒子の割合の違いについて調べるために係留気球観測を行った。個々
の粒子の組成や形状を観察し、高度や気象条件によって粒子にどのような違いがみられるかを調
べた。
2.方法
2015 年 8 月 3 日~8 月 5 日に係留気球を用いて、太郎坊の上空(2200 m)と地上(1300 m)でエ
アロゾル粒子を同時捕集した。
図 1 インパクターとポンプ
3.結果・考察
8 月 3 日 7 時 25 分に捕集を開始した際におんどとりで測定した気温、相対湿度の鉛直分布を
図 2、3 に示す。
2400
2400
2200
2200
捕集地点
温度
1800
1600
温度
UP
1400
2000
高度[m]
高度[m]
2000
湿度
1800
1600
湿度
UP
1400
1200
1200
0
10
20
温度[℃]
0 20 40 60 80 100
湿度[%]
30
図 2 気温の鉛直分布(8 月 3 日 7 時 17 分 開始)
図 3 相対湿度の鉛直分布(図 2 と同様)
上空約 1800 m で気温、湿度が大きく変化しており、その高度付近に境界層と自由対流圏の境
界があったと考えられる。今回は、高度 1300 m と 2200 m で粒子を捕集したので、境界層の上と下
で粒子を捕集することが出来た。
TEM9000H で撮影した粒子の写真を図 4、5 に示す。(NH4)2SO4 は潮解湿度 80 %で乾燥粒径
の 1.4 倍まで粒子成長するという性質がある。図 3 より、地上の湿度は 80 %を超えている。よって、
地上で捕集した粒子は潮解したため、上空の粒子よりも大きく、円形に遠い形状をしている。一方、
上空の湿度は 20 %と地上より 60 %程低かった。そのため粒子は潮解しておらず、地上よりも小さく、
円形に近い形状をしている。
60
(
図4
:5 μm)
TEM 画像(7 時 25 分開始 上空)
図5
TEM 画像(7 時 25 分開始 地上)
次に元素分析した粒子を 9 タイプに分類した(図 6) 。上空、地上ともに硫酸塩が多く、上空では
変質海塩を含んでいた。上空では太平洋から空気塊が来ていた(図 7) ので、海塩粒子(変質海
塩)が確認されたのは妥当な結果である。
図 6 分類結果
図 6 分類結果
図6 分類結果
図 7 後方流跡線(8 月 3 日 7 時)
4.まとめ
・ 湿度、温度のグラフより、上空 1800 m 付近に境界層と自由対流圏の境界があることがわかっ
た。また、その上と下で粒子を捕集することができた。
・ 境界層の下(地上)では湿度が 80 %以上あり、粒子が潮解していた。境界層の上(上空)では湿
度が約 20 %であり、粒子は潮解しておらず、小さく円形に近い形状をしていた。
・
上空、地上ともに硫酸塩が多く、上空では太平洋から空気塊が来ていたため、変
質海塩を含んでいる粒子が見られた。
61
P-15: 富士山頂、太郎坊におけるラドン娘核種の変動とその特徴
川口尚輝、三浦和彦
東京理科大学・理学部
1.はじめに
大気中の物質輸送のトレーサーとして、ラドンを用いた研究はこれまでも幅広く行われてきた。ラ
ドンの発生源は主に陸上に限定され、大気中の輸送過程での消減過程が限定的であるため、大
陸起源の物質輸送のトレーサーとして有用である。日本では、大陸からの物質の長距離輸送を観
測するには、一年を通して自由対流圏内に位置することが多い富士山の山頂で観測することが最
適であると考えられている。
本研究では 2014 年、2015 年に太郎坊、富士山頂で観測されたラドントータルカウントの変動と気
象データとの比較を行うことでその特徴を解析する。
2.方法
本研究における観測は富士山頂と太郎坊で行った。富士山頂での観測は 2015 年 7 月~2015
年 8 月、太郎坊での観測は 2015 年 9 月~2015 年 8 月の期間で実施した。
ラドンには主な崩壊系列としてウラン系列とトリウム系列の 2 種類があるのでこれら二つの合計値
をラドントータルカウント数とした。太郎坊、富士山頂にそれぞれ観測機器(ES-7267、ES-7420)を
設置した。各機器の上部にある吸引口からポンプを使用して装置内に試料空気を吸引して、フィ
ルター上に放射性エアロゾル粒子を捕集する。観測では異なる機器を用いたので、事前事後で行
った器差補正の結果により得られた生データを補正することで実験データとした。
3.結果・考察
太郎坊の 2014 年 9 月~2015 年 8 月における観測結果を月ごとに平均をとったものを図 1 に示
す。
ラドン濃度の季節変化についてはいくつかの報告があり、秋から冬にかけて高濃度、春から夏に
かけて低濃度の季節変化を示す(1)。本研究でも 2015 年 6 月のデータがないにせよ同様の傾向が
見られた。2014 年の 9 月のデータに関してはデータ数が少ないため、この傾向から外れたものと思
われる。
エアマスの由来別でどのようにラドントータルカウントに影響を及ぼすか調べてみた。太郎坊で
のエアマスの由来別とラドントータルカウントとの比較の結果を図 2~4 で表わす。エアマスの由来
に関しては後方流跡線(NOAA HYSPLIT)を用いて、①少しでも大陸を経験したものを大陸由来、
②太平洋や東シナ海を長く経験したものを海洋由来、③朝鮮半島上空の海・陸・海を経験したもの
を海・陸由来、④日本を長く経験したものを日本由来、⑤オホーツク海を長く経験したものをオホー
ツク海由来とした。
62
夏季観測中、図 2~4 中の赤丸で囲った箇所のように、太郎坊のラドントータルカウント数が数回
減少する時が見られた。その時のエアマスの由来別との比較を行うと海洋由来の時に太郎坊のラ
ドントータルカウントが減少することが分かった。これはラドンの発生源のほとんどが陸部であること
が要因であることが考えられる。次に富士山頂での夏季観測によって得られたラドントータルカウン
ト数と富士山頂でのエアマスの由来別との比較を行った。その結果を図 5~7 で表わす。図中の赤
丸で囲った箇所のように山頂でラドントータルカウントが上昇する時、大陸や日本由来等の陸部を
通ってきたエアマスが山頂に到達した時であるのが分かる。また、図 6 中の青丸で囲った箇所では
山頂のラドントータルカウント数が減少している。図 3 より、この期間中は太郎坊に海洋由来のエア
マスが到達しており、そのエアマスが山頂に輸送されたことが原因であると考えられる。
4.おわりに
山頂での観測は認定 NPO 法人「富士山測候所を活用する会」が富士山頂の測候所施設の
一部を気象庁から借用管理運営している期間に行われた。また本研究の一部は科研費基盤
研究 C(25340017)、東京理科大学総合研究院山岳大気研究部門活動補助費の助成により行
われた。
参考文献
(1)日本大気電気学会:大気電気学概論、コロナ社、p82-87, 2003
63
P-16: 富士山で捕集したエアロゾルの個別粒子分析
土井瀬菜 1、岩本洋子 1、三浦和彦 1
1. 東理大・理
1.はじめに
エアロゾル粒子は、太陽光を直接的に散乱または吸収したり、雲粒として働き雲の放射特性を
変えたりすることで放射収支に影響を与える。エアロゾルの放射特性や雲凝結核能は粒子の化学
的、物理的性質に依存するため、個々のエアロゾルの形状や混合状態を解明することは、エアロゾ
ルの気候影響を理解する上で重要である。富士山山頂は自由対流圏に位置し、ローカルな汚染
の影響を受けにくい。また、長距離輸送された、排出源特有の大気エアロゾルを観測できるという
利点がある。本研究では富士山山頂で捕集されたエアロゾルの粒子の形状、混合状態に着目し、
輸送経路や気象条件による粒子の性状の違いを調べた。
2.手法
2.1.観測方法
2014 年と 2015 年の夏季に、富士山特別地域気象観測所(北緯 35.36°、東経 138.73°、高度 3776
m)の一号庁舎 2 階で大気観測を行った。大気エアロゾル粒子は、屋外に設置したインレットから導電性
シリコンチューブを用いて室内に導入し、低圧カスケードインパクターを用いて捕集した。上流側に粗大
粒子除去用のカットオフ径 4.0 μm のインパクターを接続し、粒子の捕集にはカットオフ径 0.25 μm と
1.0 μm のインパクターを用いた。インパクター内のステージ上に貼った炭素補強を施した銅グリッド上
に、慣性力を利用して粒子を捕集した。流量は 0.55 L/min に設定し、1 時間捕集を行った。捕集状況
を表 1 に示す。本研究では表 1 に示す 11 サンプルを分析対象試料とした。RH[%]は捕集時間中の外
気の平均相対湿度を示している(表 1)。捕集は室内で行っているため、今後、室内配管の相対湿度も
含め検討する必要がある。
2.2.分析方法
粒子の高さを見積もるために、白金パラジウムを用いたシャドウイングを行った。その後、粒子を
透過型電子顕微鏡(TEM H-9000)で観察し、写真を撮影した。また、後方流跡線( HYSPLIT
Trajectory model https://ready.arl.noaa.gov/HYSPLIT_traj.php)を用いて観測点到達から 72 時
間前を遡り、エアマスの由来と、流跡線に沿った湿度変化を調べた。
3.結果と考察
3.1.粒子の分類
図 1 のように、粒子の形状を 9 タイプに分類した(1)。図 1 (a)~(e) の写真上の実線はシャドウであ
る。(a)~(e) はシャドウが長く、粒子の輪郭がはっきりしているため、大気中で固体状であったことが
推測される。(f)~(i) はグリッド上に薄く広がり、シャドウが見られず、輪郭が薄くはっきりしていないた
め、大気中で液滴状であったと推測される。先行研究より(a)、(b) は(NH4)2SO4 、(g) は NH4HSO4
であることが報告されている(2)。また、(h) は大気中で有機物と混合した液滴状の無機物がグリッド
上で再結晶することで形成される(3)。
3.2.有機物による潮解性の変化
図 2 に、粒径ごと(0.1-0.5、0.5-1.0、1.0- μm)の各形状の割合を示す。本研究では、(f) や (h)
に分類された粒子が多く見られた。サンプル1と2の相対湿度は、それぞれ、88.2 %、91.8 %であり、
(NH4)2SO4 の潮解湿度(80 %)と NH4HSO4 の潮解湿度(39 %)を超えているにも関わらず、固体状の
粒子が含まれていた。これらのサンプルは、図1(h) と外部混合していることから、有機物の影響が
考えられる。有機物は無機物と混合することで、潮解性を変化させることが知られている (4)。したが
って、潮解湿度を超える相対湿度であっても粒子の相変化が起こらなかった可能性が示唆される。
これらの結果から、有機物との内部混合は、硫酸アンモニウムなどの潮解性の高い物質の雲凝結
核能に影響を与えることが推測される。
表 1. 捕集時間と捕集時の気象状況。捕集時間が日中
である場合は Day、夜間である場合は Night と記した。
図 1. 形状による粒子の分類
64
3.3.クラスター状粒子
クラスター状粒子は 11 サンプル中 6 サンプルで見られた(図 3)。クラスター状粒子は、低湿度下
で凝集によって生成することが報告されている(2)。図 2 より、粒径が大きくなるほど、(c) の割合が増
えることから、凝集によって粒子自体の大きさも増大することが示唆される。表 2 に後方流跡線に沿
った相対湿度の変化から求めた 72 時間前から 48 時間前までの相対湿度の平均値、最大値、最
小値を示す。また、図 4 にクラスター状粒子が見られたサンプルの後方流跡線を示す。表 2、図 3、
図 4 から、クラスターを構成する粒子の大きいものは、アジア大陸沿岸由来であり、相対湿度が比
較的高い。一方、クラスターを構成する粒子が小さいものは、日本に長く滞在しているか、または相
対湿度が比較的低い。アジア大陸沿岸は日本に比べ、SO2 ガス濃度が高い。また、高湿度下では、
粒子へのガスの溶け込みが盛んに起こる。したがって、クラスターを構成する粒子の大きいものは、
ガスの溶け込みにより粒子が成長した後、凝集によってクラスターが形成されたことが推測される。
一方、クラスターを構成する粒子が小さいものは、それほど粒子の成長が進まない状態でクラスタ
ーが形成されたことが推測される。本研究では高湿度下でもクラスター状粒子が見られたので、こ
の理由については今後検討する必要がある。
4.結論
2014 年及び 2015 年の富士山山頂で得られたエアロゾル粒子を形状により 9 タイプに分類し
た。硫酸アンモニウムの潮解湿度を上回る環境湿度下で捕集したサンプルに固体状の硫酸アン
モニウムが見られたことから、有機物の影響が示唆された。今回のサンプルではクラスター状粒
子が高湿度下でも見られたため、クラスター状粒子の生成についてさらに検討していく必要が
ある。また、クラスターを構成する粒子の大きさは輸送経路や相対湿度が影響することが示唆さ
れた。
表 2. クラスター状粒子が観察されたサンプルの後方流跡
線のデータから算出した、観測点から 72 時間前から 48 時
間前までの相対湿度の平均値、最大値、最小値。
図 2. 粒径毎に分類した形状別の個数割合
図 3. クラスター状粒子の TEM 画像。写真上の番号は、 図 4. クラスター状粒子が観察されたサンプル
サンプル名に対応している。クラスター状粒子を構成する の海抜3776 mから遡った後方流跡線解析結果
粒子の粒径の大きい順に左から並べた。
参考文献
(2) Ueda, S. et al.:Atmos. Chem. Phys. Discuss., 15, 25089-25138, 2015
(3) Ueda, S. et al.: J. Geophys. Res., 116, D17207, 2011
(4) Buseck, P. R. and Posfai, M. : Air Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 3372-3379, 1999
(5) Saxena, P. and Hildemann, L. M.: J. Geophys. Res., 100, 18,755-18,770, 1995
*連絡先:土井 瀬菜(Sena DOI)、[email protected]
65
P-17: フジサットについて
冨田悠登 1,東郷翔帆 1, 新田英智 1,金谷辰耶 1, 鴨川仁 1
1. 東京学芸大学
1.はじめに
2014 、 2015 年 の 二 年 間 に 渡 り 、 NPO 法 人 大 学 宇 宙 コ ン ソ ー シ ア ム ( University Space
Engineering Consortium; UNISEC)に所属する複数団体で、衛星共同開発を目標とした富士山山
頂における模擬衛星(以下,Fuji-Sat)の運用実験を実施した。本活動は全国各地に普及したプロ
グラムである缶サットと、人工衛星となる Cube Sat の製作・運用までの教育・学習課程に存在する
大きな隔たりを解消するために衛星製作および観測に従事したい学部学生を対象として富士山頂
の極地高所における宇宙環境類似性を活用した模擬衛星の製作や運用に関する科学技術教育
プログラムとして実施された。今回はその活動報告をする。
2.富士山頂における実験
2010 年より、測候所に太陽パネルをつけ、模擬衛星的な観点で越冬計測を行った 1) 2)。この越
冬通年観測によれば機器設置舎屋内の室温は 1 月下旬には-35 度に到達し、一方、山頂が雲に
囲まれる割合は少なく周期的に太陽光のエネルギーを得られる環境となることがわかった。つまり、
日本で最も過酷な環境の一つである富士山山頂はまさに宇宙に類似した環境といえる。
3.活動報告
本 Fuji-Sat プロジェクトでは目標とする人工衛星の開発の訓練として VLF 帯の電磁波強度観測
をミッションとし、模擬衛星”Fuji-Sat”プロジェクトを企画した。この企画では、東京学芸大学、創価
大学、東海大学、慶応大学、芝浦工業大学らの学部学生(UNISEC の所属学生)がチームを組み、
大学間を超えて共同模擬衛星開発を行った。2014 年度では地上との通信を目指した。八王子に
ある創価大学から富士山頂間で通信を行うことができたが,データの取得方法等で課題が残った。
2015 年度では太陽電池による給電や地上とのデータ通信を試みた。しかし、電源系や C&DH 系
(コマンド及びデータ処理系)におけるトラブルにより、データの取得に失敗してしまった。
4.おわりに
2014 年度の活動終了後に、現状団として動く上で課題が残っているとの報告 3)がされている。そ
れらの課題を解決するために系ごとの活動報告をチャットによるものとし、系間の議論の活性化を
試みた。また、仕様書・設計書・回路図・設計図などのデータをクラウドにて共有することを義務付
け、系間の進捗具合を把握できるように試みた。しかし 2015 年度の活動では、データ取得失敗と
いう結果に終わってしまった。その原因として、昨年度の反省だった系間の進捗具合を把握するこ
とが徹底されず、技術的な要因により開発が遅れている系が孤立してしまったことが挙げられる。
共同開発は人やもの、経費の面で有用であるが、このような技術的かつ人的問題に関して有用な
マネジメント方法やノウハウの蓄積が必要となってくる。
参考文献
1) 鴨川仁ら:小型化した環境データ記録システムの製作, 東京学芸大学環境教育学研究, 第 22
号, 3-10, 2013.
2) 東郷翔帆ら:開発された小型測定機器による環境データの観測-富士山測候所における試験
観測-, 東海大学海洋研究所研究報告, 35, 35-41, 2014.
3) 門倉美幸ら:学生による共同開発向けた課題と解決方法の提案について, 第 58 回宇宙科学技
術連合講演会講演集, JSASS-2014-1N09, 2014.
*連絡先:冨田悠登(Yuto TOMIDA)、[email protected]
66
P-19: 2015 年 8 月 13 日の富士山測候所直撃雷
大島燦1 安本勝2 鴨川仁1
1. 東京学芸大学 2. (株)ヤマザキ
1.はじめに
富士山のような尖鋭孤立峰は、落雷の対象になりやすい。それゆえに、富士山測候所周辺にお
ける雷活動の詳細解明は急務である。今回、2015 年 8 月 13 日 5 時 6 分の富士山測候所への直
撃雷を事例に取り上げ、フィールド・ミル(FM)による大気電場測定、ロゴスキーコイルによる雷サー
ジ電流測定、高精度カメラによる雷映像、NTT ドコモ社の雷データや VLF 帯波形データなど、多
種電磁気的測定を用いて、雷放電現象について多角的に解析した。その結果から、本事例の雷
は夏季の対地雷の 9 割を占める下向きの負極性落雷ではなく、上向きの自発型負極性落雷の可
能性があると示唆した。
2. 観測方法
落雷による接地線電流測定は、測候所直撃雷を対象とした大電流測定用(~10kA)と周辺落雷
によって発生する電流測定用(~1kA)の 2 種類のロゴスキーコイル電流計で行った。測候所では、
同時に Boltek 社製の FM で大気電場を、イオン測定器を用いて大気イオン濃度変動を測定した。
また、高精度カメラを上向き、東西向きに設置し、雷放電のリアルタイム撮影を行った。雷雲の有無
については DIAS 提供の X バンド MP レーダ(静岡北)の反射強度データを利用した。NTT ドコモ
の環境センサネットワークを利用して、雷の極性、放電位置、ピーク電流値を得た。VLF 帯波形デ
ータについては東京都小金井市の東京学芸大学内に設置したものを使用した。
3. 観測結果と考察
落雷は、2015 年 8 月 13 日 5 時 6 分に富士山東 2 kmの地点に負極性落雷が発生した(図 1)。
VLF 波形データから判断すると一発雷とみられる(図 1c)。5 時 5 分の時の、富士山周辺の雷雲の
反射強度の水平断面と鉛直断面を図 2a, 2b に示す。図 2 より、この時間における富士山周辺の雷
雲はそれほど発達していなかったと考えられる。
図 3 は落雷時の接地線電流波形である。高圧ケーブル内蔵接地線に流れたピーク電流最大値
は、約 1.25 kA であった。富士山測候所の山麓と繋がる接地線は、高圧ケーブル内蔵接地線以外
にもう一つ並列にあり、これに流れる電流も同じと仮定すれば、約 2.5 kA 流れたと推測される。
2014 年までの富士山における継続的な観測の結果から、この波形データは、測候所の半径 3 ㎞
圏内の対地雷にみられる。
図 1b は富士山測候所に設置した FM によって測定した雷放電時刻周辺の大気電場である。図
3 が観測された時刻と同時刻に大気電場にパルス状の変化が見られた。この大気電場変動は負極
性落雷のものにみられる。図 1b,3 で考察した落雷地点の富士山からの距離、極性に関しては、図
1a に示した NTT ドコモの雷データとも整合的な結果を得た。
67
(a)
(b)
(c)
図 1 (a) 2015/8/13 05:06 の雷放電の NTT ドコモ提供の放電位置(★)。▲は測候所を示す。
(b) 2015/8/13 に観測された大気電場。矢印が雷放電の時刻を示す。(c) 2015/8/13
05:06 の雷放電の VLF 波形。赤線が南北方向、青線が東西方向のアンテナの観測波形を
示す。
68
(a)
(b)
図 2 2015/8/13 05:05 における富士山周辺の雷雲の反射強度。(a)は高度 2 ㎞水平断面、
●は X バンドレーダ基地局、▲は富士山測候所を示す。(b)は(a)の赤線における鉛直断
面を示す。
図 3 2015/8/13 05:06 雷放電時の接地線測定電流。
図 4 は富士山測候所に設置したイオン測定器によって測定した雷放電時刻周辺の大気イオン
由来電圧値である。この図から、雷放電時刻の約 10 分前より急激なイオン濃度変動があった。図
1b において、雷放電の約 15 分前から大気電場が細かい変動を繰り返し、徐々に大気電場強度が
小さくなっていることも考慮すると、この時大気イオン濃度が増加し、大気電場の遮蔽が行われて
いると考えられる。大気電場が遮蔽された状態で、時折強い風により大気イオンが取り払われると、
その場のおける局所的電場強度の増大により、地面からの自発型の放電が起こりやすくなるという
説が岐阜大の王教授の研究で紹介されている(1)。実際、本事例において、測候所周辺では 5 時前
までは約 3m/s だった風が急激に強まり、直前には約 10 m/s にまで達した。この強風により大気電
場を遮蔽していた大気イオンが取り払われ、自発型の上向き負極性落雷が発生したと考えられる。
69
図 4 2015/8/13 05:00 頃に観測されたイオン測定器の電圧値。矢印が雷放電の時刻を示す。
図 5 は、富士山測候所に設置した上向きカメラの映像である。本事例の雷放電の放電方向
が上向きであったとすると、映像からこの放電は富士山測候所の東約 2 ㎞の地点から放電
開始し、測候所やや北西寄りの雷雲内に放電していったと考えられる。以上の結果から推定
される本事例の雷放電のモデル図を図 6 に示した。
図 5 2015/8/13 05:06 の雷放電時の測候所に設置した上向きカメラの映像。画像上方向が北西。
図 6 2015/8/13 05:06 の雷放電のモデル図。
謝辞
利用した X バンド MP レーダのデータセットは,国家基幹技術「海洋地球観測探査システム」:デ
ータ統合・解析システム(DIAS) の枠組みの下で収集・提供されたものである。
参考文献
(6)
王 道洪, 高木 伸之(2015) 大型風力発電施設における落雷現象と雷害対策の検討, p.58-64, 科学情報出版
70
P-20: 太郎坊における福島原発事故起原の放射線スペクトル測定
高橋周作 1、三浦和彦 2、鴨川仁 1
1. 東京学芸大学 2. 東京理科大学
1.はじめに
2011 年 3 月の福島第一原発事故による放射能物質の飛来の研究には、シミュレーションとの比
較のため、高度方向のデータが貴重と考えられる。そのため、測候所の複数グループによる放射
線の研究がなされ、山頂の福島原発事故由来の放射性物質の存在は検知できる範囲以下である
と結論づけた(芙蓉の新風 Vol. 7, 2013)。複数の手法によって行われた前測定では、Cs134 は検
知限界以下であったが、サンプル量や検出時間が短かった可能性があるため、検知されなかった
ことも考えられる。このことを再検討するために、2014 年はより高精度に放射性物質の弁別が可能
となるゲルマニウム半導体検出器を山頂に設置した。さらに、高度方向における放射線量の比較
を行うため、2015 年の 6~7 月にかけて太郎坊ブルドーザー基地にあるコンテナでも測定を行った。
2.観測方法
2015 年 6 月上旬から 7 月下旬の標高 1291 m に位置する富士山山麓の太郎坊ブルドーザー基
地以下「太郎坊」と呼ぶ)において、Ge 半導体検出器(Micro-Trans-SPEC, ORTEC Ltd. Co.)を用
いた放射線観測を行った。Micro-Trans-SPEC は重さ約 6.8 kg の可搬型ガンマ線検出器である。
ゲルマニウム検出器は電気冷却によって行われている。この Ge の結晶は直径 50 mm、長さ 40
mm、相対効率は 13 %である。また 0 keV から 3000 keV までのエネルギー範囲を高分解能で測
定可能である。
3.観測結果
図 1 は 0 keV から 3000 keV までのエネルギースペクトルであり、1 ヵ月分を積算したものであり、
赤が太郎坊、青は 2014 年に夏季に富士山山頂で行った観測結果を比較として示している。それ
ぞれのピークは天然放射性核種のエネルギースペクトルを表す。放射線のバッググラウンドには、
宇宙線によるものとコンプトン散乱によるものが含まれている。
図 2 は図 1 の 500 keV から 700 keV を抜き出した拡大図である。Cs137 は半減期が 30.2 年で、
主な光子のエネルギーと放出割合は 662 keV (85.1 %)である。一方、Cs134 は半減期が 2.06 年
であり、主な光子のエネルギーと放出割合は 605 keV (97.6 %)である(Ide et al., 2011)。Cs137 の
顕著な線スペクトルは 1950 年から 1960 年代に頻繁に行われた核実験起源のものであると考えら
れる。この Cs137 のピークはすべて核実験によるものとし、核実験から 60 年たったと仮定すると、
Cs134 と Cs137 の比は 3.0×10-9 : 1 となる。つまり、現在では山頂に、核実験起源の Cs134 はほと
んど存在していないとみなせる。そこで本研究では Cs134 のスペクトルに着目する。
山頂における Cs134 のカウント数は 593 keV および 596 keV のいずれにおけるエネルギースペ
クトラムにおいてもバッググラウンド程度である。605 keV においてはバックグラウンドよりもわずかに
多いということがわかる。マエストロ(ORTEC 社の解析ソフト)によれば、Cs134 の 605 keV のバック
グラウンドを引いたカウント数は 434 ± 457 である。このことからも Cs134 はバッググラウンドと比較
してわずかに多いことがわかる。したがって、福島原発起源の Cs134 は極めて微量ながら山頂に
届いているということが言える。
一方、太郎坊における Cs134 のカウント数はバックグラウンドと比較して顕著に存在していること
から、十分量の Cs134 が太郎坊に届いていると考えられる。得られたカウント数と Cs134 の半減期
(2.06 年)から東日本大震災発生時 2011 年 3 月 11 日のカウント数に換算すると山頂と太郎坊に
届いた Cs134 それぞれ 1696±1437、344618±14730 であり、太郎坊のほうが山頂と比較しておよ
そ 200 倍多かった。
71
図 1 2014 年夏季に観測した富士山頂におけるエネルギースペクトル(0 ~ 3000 keV)
青と赤はそれぞれ山頂(2014 年)と太郎坊(2015 年)における一か月分のカウント数。
図 2 2014 年夏季に観測した富士山頂におけるエネルギースペクトル(500 ~ 700 keV)
青と赤はそれぞれ山頂(2014 年)と太郎坊(2015 年)における一か月分のカウント数。
72
3.考察
山頂から前方および後方流跡線解析によれば FNDPP からの粒子の飛跡はみられない。そ
のことから、福島で発生した粒子は、3000m 以上の自由対流圏まで高度を上がった段階で、偏
西風により、富士山と反対の東向きに飛んで行ったと予想される。事実、福島原子力発電所事故
の後、フランスで原発由来の放射線が観測されたことが報告されている。したがって、自由対流圏
に位置する富士山山頂(3776m)に到着した粒子は、地球を一周飛んできたものと推察される。一
方、山頂と比較して太郎坊のほうが Cs134 のカウント数が突出して大きいことは、群馬や栃木の山
岳と同様、大気境界層以下の雲に含まれるものが、降雨・霧によって太郎坊に沈着したと考えられ
る。
4.まとめ
複数の手法によって行われた前測定によれば、Cs134 は検知限界以下であったが、富士山頂と
太郎坊で観測された放射線測定データをそれぞれ 1 ヵ月積算することで、高度方向における
Cs134 のガンマ線のカウント数を比較することができた。さらに前方・後方流跡線解析と合わせるこ
とで Cs134 を含んだ粒子の移動を推測することができた。福島第一原発の事故によって飛散した
Cs134 を含んだ粒子は上昇気流によって自由対流圏まで巻き上げられたことにより、偏西風に乗っ
て地球を一周して富士山頂に届いたのではないかと推測される。
参考文献
Ide, T., Endo, A., Kimura, T. Kusama, K., Suto, Y., Nakamura, K., Fukano, S., (2011) Radioisotope
Pocket Data Book 11th edition. 62-64
Kamogawa, M., Dokiya, Y., Sasaki, K. (2013) 芙蓉の新風, Vol. 7, 6
O. Masson et., al Tracking of Airborne Radionuclides from the Damaged Fukushima Dai-Ichi Nuclear
Reactors by European Networks 2011 ACS Publications 45 7670 - 7677
*連絡先:高橋 周作(Shusaku TAKAHASHI)、 [email protected]
73
P-21: 2015 年富士山頂から観測された高高度放電発光現象
小名木すみれ 1、鈴木裕子 1、成嶌友裕 1、鈴木智幸 1、鴨川仁 1
1. 東京学芸大学
1.はじめに
高高度放電発光現象(TLEs:Transient Luminous Events)とは、雷放電や積乱雲の活動に伴い中
層大気から超高層大気が放電発光する現象である。1)近年の高感度カメラの発達により、光学観測
を行うことで TLEs とその親対地雷の全体像を同時に捉えることが可能になっている。また、カメラ
に GPS を繋いで時刻同期をしているため、取得した映像データから TLEs が発生した正確な時刻
情報を得ることができる。夏季雷に伴って発生する TLEs は冬季に比べて高度が高いため、地上か
らの観測が困難であるため、高度が高く孤立峰で広範囲の観測が可能となる富士山頂で TLEs の
定点観測を行っている。ここでは 2015 年富士山頂から観測された TLEs の解析結果を報告する。
2.観測方法
富士山測候所の 3 号庁舎屋内に SONY 社のα7 を西向きに、3 号庁舎屋外に WATEC 社の高
感度 CCD カメラ 2 台を南東方向に向けて設置した。高感度 CCD カメラは 16.7 ms の時間間隔で
GPS 時刻をもとにした詳細な時刻を画面に挿入することが可能な構成になっており、ミリ秒までの
時刻同期が可能となっている。得られた画像は PC に入力される。PC に入力された画像は、動体
監視ソフトにより、画面内の輝度変化が設定閾値を超えた時刻の前後数秒間を記録するように設
定されている。
3.観測結果
図 1 は、富士山から 2015 年 8 月 2 日 10:28~11:10(UT)で観測された高高度放電発光現象の
なかでも代表的なスプライトの画像である。撮影されたスプライトの動画を 17ms 間隔で分解した画
像を確認すると、まず親対地雷が発光し、その後スプライトが発生していることが確認できる。これら
の動体観測結果から、恒星を用いて視野の校正を行い、画僧内対象の方位、仰角、赤経、赤緯、
発生地点の測定を行う分析ツールを用いて解析を進める。8 月 2 日に観測されたスプライトの中で、
2 つのスプライトの動画を 17ms 間隔で分解し、(a)~(b)の順番に並べたものをそれぞれ図 1、2 に
示した。また、スプライトが発生した時点での docomo 社落雷位置データとスプライトの方位解析結
果を時刻により色分けし、図 3 に示した。ただし、スプライトの発生に対応する docomo 社落雷デー
タが見つかったものは 3 つのみである。
4.まとめ
スプライトの発生方位と落雷位置がほぼ一致しているものもあれば、全く一致していないものもあ
る。一観測地点からスプライトの方位を解析することは精度が落ちてしまい困難である。また、
docomo 社による落雷位置の情報にずれがあることも考えられる。スプライトの方位を解析するため
には、3 地点以上から同時観測をして方位解析をする必要があると言える。
参考文献
1)高橋幸弘,雷研究の新時代,JGL,Vol.7,9-11(2011)
*連絡先:小名木すみれ(Sumire ONAGI)、[email protected]
74
(a)
(b)
図1
(c)
2015 年 8 月 2 日に観測されたスプライト画像①
(a)
(b)
図2
(c)
2015 年 8 月 2 日に観測されたスプライト画像②
(1
)
(2
)
(3
(4)
)
(5
)
(1)’
(2)’
図3
(4)’
スプライト方位解析結果と雷の発生位置
(1) 2015 年 8 月 2 日 11:10:53 に発生したスプライトの方位
(2)2015 年 8 月 2 日 10:28:52 に発生したスプライトの方位
(3) 2015 年 8 月 2 日 10:57:29 に発生したスプライトの方位
(4) 2015 年 8 月 2 日 10:48:50 に発生したスプライトの方位
(5) 2015 年 8 月 2 日 10:43:10 に発生したスプライトの方位
(1)’ 2015 年 8 月 2 日 11:10:53 に発生した落雷位置
(2)’ 2015 年 8 月 2 日 10:28:52 に発生した落雷位置
(3)’ 2015 年 8 月 2 日 10:57:29 に発生した落雷位置
75
P-22: 雷雲直下強電場における大気電気観測
石川朗子 1、大島燦 1、三浦和彦 2、鴨川仁1
1. 東京学芸大学、2. 東京理科大学
1.はじめに
大気電場を計測することで、グローバルサーキットを確認したり雷雲下部表面の電荷を知ったり
することができ、電流密度𝑗、電気伝導率𝜎、大気電場𝐸 の関係は式(1)で表される。
𝑗
= 𝜎𝐸
(1)
ここで、晴天時の電流密度は一定であるので、大気電場は式(2)で表すことができる。
𝐸
= 𝑗/𝜎
(2)
電気伝導率は大気中のイオン濃度に影響されるため、大気電場と大気イオン濃度は反比例関係
にあると言える。大気中のイオン濃度は、降雨によるレナード効果、コロナ放電、大気中のエアロゾ
ル、放射線や宇宙線による大気の電離作用、風などさまざまな要因により変化すると考えられてお
り、大気電場と大気イオン濃度については未だわからないことが多い。そこで本研究では、大気中
のイオン濃度変化が大気電場に与える影響を、特に雷雲直下での強電場における場合について
調べることを目的とする。
2.観測方法
本研究の観測は、大気中のイオン濃度に影響を与えると考えられるエアロゾルが比較的少ない
富士山頂にある富士山特別地域気象観測所(元:気象庁富士山測候所)にて行った。
大気電場の観測には Boltek 社のフィールドミル(EFM-100)、大気イオンの観測にはゲルジェン
型測定器を用いた。
3.結果と考察
観測した大気電場の変動と大気中の負イオン濃度の変動を図 1 に示した。大気電場が大きく変
動していることから、雷雲が接近していた日は 8 月 7,13,17 日だと考えられる。また本研究では、
大気電場の変動が多いとき濃度に変動があった負イオンに着目した。
8 月 13,17 日には降雨が確認されているため、濃度大きくなっているのはレナード効果の影響で
はないかと考えられる。また、観測を行った富士山は孤立峰であるため、大気電場がゆがみ強めら
れる上に雷雲直下の強電場であることから、コロナ放電によるものであることも考えられる。さらに、8
月 13,17 日は周辺の日に比べてエアロゾル量が少なかったことから、大気中のイオンが中和され
にくく大気中の留まったのではないかということも考えられる。
雷雲直下における大気電場と大気中の負イオン濃度の関係について解析する。今回は雷雲が
近づいていたと考えられる日のうち 8 月 17 日について詳しく見る。大気電場が大きな値を示し
ているときに着目し大気電場と大気中の負イオン濃度を比較すると、大気電場とイオン濃度に
正の相関があるようにも見える。しかし大気中の負イオン濃度が増加した時に着目してより細
かく比較すると、イオン濃度が増加したときわずかな時間幅で反比例関係になっている部分が
あることが分かる(図 2)。
すなわち、雷雲直下において、大気中の負イオン濃度の大きな変化は、大気電場に小さな揺ら
ぎ与えている可能性があると考えられる。ただし全体として見ると、雷雲直下において空中電流
𝑗は一定ではないので、晴天時のような反比例関係になることはない。
76
図1
2015 年 8 月 2 日から 23 日における大気電場の観測値(左図)と大気イオン濃度の観測値(右
図)。横軸は 0 時から 24 時までの時間、縦軸はそれぞれ大気電場と大気イオン濃度を示す。1 日ご
とに分けて縦に並べて描かれており、日ごとの縦軸の値は日にちを示した軸からの相対値である。
図7
2015 年 8 月 17 日 04:07-04:11 の大気電場変動(左上)、大気中の負イオン濃度変動(左下)、
12:30-12:35 の大気電場変動(右上)、大気中の負イオン濃度変動(右下)。
4.まとめ
晴天時においては、大気中の負イオン濃度と大気電場は式(1)に従った反比例関係が成り立っ
ていることが確認された。また雷雲直下強電場においては、電流密度が一定ではないため一定の
反比例関係は見られず、大気中の負イオン濃度の変化は大気電場の小さな揺らぎとして現れる。
すなわち雷雲直下の強電場において、大気中の負イオン濃度が大気電場へ与える影響はかなり
小さな値だということが推測される。
参考文献
(1) 宮島龍興, 山口昭男 (1969) ファインマン物理学Ⅲ電磁気学, 108-112
(2) 西橋政秀 (2005) 地震予知を目指した大気イオン濃度測定器の開発, 2-9
*連絡先:石川 朗子(Akiko ISHIKAWA)、[email protected]
77
P-23: 自作小型測定機器を用いた富士山頂での越冬観測試験
新田英智 1、織原義明 1、東郷翔帆 1、須藤雄志 1、鈴木裕子 1、藤原博伸 2、
稲崎弘次 3、鴨川仁 1
1. 東京学芸大学、2. 私立女子聖学院高等学校、3. 東山技研
1.はじめに
研究現場では、観測値を連続して記録するために、データロガーと呼ばれるデジタル自動記録
装置を用いている。筆者らが開発したデータロガー(以下本ロガー)は安価で(5000 円程度)取扱い
やすいものとした(鴨川ら, 2013)。また、2013 年の夏季には本ロガーを用いて富士山測候所(3776
m)で約 1 か月間の連続観測を行い、安定したデータが取得されていることを確認した(東郷, 2014)。
本研究ではさらに本ロガーの過酷な環境下における長期安定性を確認するため、富士山測候所
において越冬を含む 10 ヶ月間の観測を行った。なお本稿は出版される論文(新田ら, 2016)の概要
である。
2.観測方法
データロガーには電圧出力を単体で記録するものやパソコンに接続して記録するものなどがあ
るが、本ロガーは単体で動作・記録する仕様になっている。本研究では 2013 年 8 月から 2014 年 6
月まで、富士山測候所 3 号庁舎において西側の窓に張り付けた太陽光パネルの電圧、本ロガー
充電池の電圧、3 号庁舎内の温度の 3 つを 10 分サンプリングで記録した(図 1)。データは本ロガ
ー内臓の SD カードに記録される。なお、データ分解能は 10 bit である。太陽光パネルはロガー内
の充電池につながっているが、万が一に備え外部バッテリーも充電池に接続した。本ロガーの安
定性の検証は、日置電機株式会社の LR5043 Voltage Logger(以下市販ロガー)を用い太陽光パ
ネルの電圧を同時に記録し、この市販ロガーが正確な値を記録しているものとして、それぞれの結
果の比較により行った。また、温度と内部電池の電圧については、太陽光パネルデータとの比較
によりその安定性を検証することとした。
図 1 設置概要図 窓に取り付けた太陽光パネルと本ロガー
3.観測結果とデータの検証
図 2 は太陽光パネルによる発電電圧の日変化の典型例として、2013 年 9 月 21 日のデータを示
している。電圧変化の特徴は、5 時 30 分頃と 12 時頃の急激な上昇と、18 時頃の急激な低下であ
る。5 時 30 分頃は日の出の時刻、12 時頃は西向きの窓に直射日光が当たり始めた時刻、そして、
18 時頃は日の入りの時刻と考えられる。この日の富士山測候所の日の出時刻は 5 時 22 分 31 秒
で、日の入りの時刻は 17 時 55 分 46 秒である。これは 10 分サンプリングの本ロガーのデータと一
致する。図 3 は本ロガーと市販ロガーとのデータの相関を示している。相関係数は 10 か月の平均
で 0.9907 であり、本ロガーは市販のロガーと比べてもほぼ同じ値を記録しているといえる。
78
図 2 2013 年 9 月 21 日の太陽光パネルの発電
図 3 市販ロガーと本ロガーの相関関係
4.結論
本研究では、開発されたデータロガーの安定性を検証した。富士山測候所における越冬観測と
いう過酷な環境下でも、安定してデータを取得することができた。これにより本ロガーはその安価性
と扱いやすさに加え、長期的な安定性も確認することができた。本ロガーを用いた自動測定によっ
て今までよりも安価に連続観測の実験が可能になる。
謝辞
本研究は文部科学省科学研究費挑戦萌芽研究「教育現場での即応を目指した現職教員用放射
線研修カリキュラムの開発」、 一般財団法人新技術振興渡辺記念会による平成 24 年度科学技
術調査研究助成(上期)「富士山体を利用した福島原発起源の放射線核種の輸送に関する調査
研究」および公益財団法人東京応化科学技術振興財団「科学教育の普及・啓発助成」にて行った。
また、本研究は NPO 法人「富士山測候所を活用する会」に観測場所の提供をしていただいた。ロ
ガー製作では(株)テクニカ社の多大なる協力を頂いた。 記して感謝申し上げる。
参考文献
(1) 鴨川仁., 藤原博伸., 稲崎弘次, 織原義明., 岩崎洋., 川原庸照,鈴木裕子., 大
洞行星., 土器屋由紀子 (2013) 小型化した環境データ記録システムの製作, 東
京学芸大学環境教育研究センター研究報告, 第 22 号, pp.3-10
(2) 東郷翔帆., 須藤雄志., 織原義明., 田中利佳., 中村麻帆., 藤原博伸., 稲崎弘次., 岩崎
洋., 川原庸照, 土器屋由紀子., 鴨川仁. (2014) 開発された小型測定機器による環境デー
タ観測-富士山測候所における試験観測-, 東海大学海洋研究所報告書 第35号, pp. 3541
(3) 新田英智,織原義明,東郷翔帆,須藤雄志,鈴木裕子,藤原博伸,稲崎弘次,鴨川仁, 学校
教育に導入可能な小型測定機器を用いた富士山頂における長期測定実証実験, 東海大学
海洋研究所研究報告, (in press) (2016)
*連絡先:新田 英智(Hidetoshi NITTA)、[email protected]
79
P-24: 富士山頂からのスプライト検出時の VLF 帯電磁波について
成嶌友祐 1,鴨川仁 1
1. 東京学芸大学
1. はじめに
落雷から VLF 帯に強度の強い電磁波が放出されることが知られている(1)。VLF 帯の電磁波は
大気中の減衰は少なく、また山や建物で回折しやすいため雷現象をより深く考察するためには重
要だと考えられる。そこで我々は本年度より、VLF 帯電磁波波形観測機器を開発した。また、我々
は夏季に北関東で発生する高高度放電発光現象の観測を富士山頂にある富士山測候所から行
っている。その両観測から富士山山頂から観測された高高度放電発光現象の位置評定及び東海
大学、東京学芸大学で観測されたスプライト発生時の VLF 帯波形観測データの解析を行い、高
高度放電発光現象の発生時の VLF 帯波形観測による雷位置評定及び極性判別を行う。
2. 観測方法
高高度放電発光現象の光学観測は、富士山山頂にある富士山測候所から超高感度小型カメラ
を用いて観測を行った。カメラで撮影された映像データは、GPS アンテナで取得された時刻情報と
ともに、ハードディスクレコーダーとパソコンで収録している。パソコンでの収録は、イベントトリガー
方式を採用しており、落雷等のイベントが発生したときに前後の動画を収録するようにしている。高
高度放電発光現象の方位決定には、恒星位置をもとにした方位決定を行った。
VLF 帯電磁パルス観測装置は、コイルアンテナを用いて VLF 帯の磁場 2 成分を測定している
もので、100MHz のサンプリングでデータ収録を行っている(2)。時刻に関しては GPS 情報から時刻
を決定しており、時刻精度は 5ns 程度である。こちらもイベントトリガー方式を利用しており、トリガー
以前のデータも記録されている。VLF 帯電磁パルスによる落雷位置の決定には、到達時間差法
(TOA 法)と磁場到来方位法(MDF 法)と呼ばれる方法を用いた。TOA 法は、2 基地局に電磁波
が到来した時刻差から、落雷位置と各基地点の距離差に対応する双曲線を描く方法である。最低
3 基地点があると複数の双曲線の交点で落雷点を決定できる。MDF 法は、基地局に電磁波が到
来した際の水平磁場 2 成分のリサージュ図から、VLF 帯電磁波の到来方位を決定する方法であ
る。この手法では 2 基地点があると落雷点を決定できる。
図 1 は、光学観測を行った富士山測候所及び VLF 帯観測を行った東海大学、東京学芸大学
の各観測地点の位置関係を示した図である。
雷位置データは、ドコモ社提供のものを利用し、これと VLF 観測装置で求められた落雷発生地点や
落雷極性の関係を調べた。
3. 観測結果及び考察
今季は 5 事例のスプライト観測に成功した。図 2 は 2015 年 8 月 2 日に実際に観測されたスプラ
イトの画像である。
80
(a)
(b)
図 1 高高度放電発光現象観測点と VLF 帯電磁波の各観測点。富士山から観測されたスプライト
方位と TOA 法によって決定された雷位置及びドコモ社による雷位置。(a) 2015 年 8 月 2 日 19 時
28 分 52 秒および(b)57 分 29 秒(JST)。
また、5 事例のうち 2 事例において東海大学、東京学芸大学両観測点で、VLF 帯電磁パルスを
観測することが出来た。図 3 は 2015 年 8 月 2 日 19 時 28 分 52 秒および 57 分 29 秒(JST)にスプ
ライトが発生した際に小金井で観測された VLF 帯電磁波の時系列プロットである。
(a)
(b)
図 2 富士山頂から観測されたスプライトの事例。(a) 2015 年 8 月 2 日 19 時 28 分 52 秒および
(b)57 分 29 秒(JST)。
この事例について高高度放電発光現象の位置評定と TOA 法による雷位置評定及び極性判別
を行う。高高度放電発光現象の方位解析と、VLF 帯電磁波の TOA 法よって求められた落雷位置
とドコモ社による落雷位置の関係は図 1 のようになった。丸印は各観測地点、星印はドコモ社によ
る落雷位置、直線は富士山山頂から観測されたスプライト方位、曲線は、VLF 帯電磁波の TOA 法
によって求められた落雷位置曲線となっている。
この結果より、VLF 帯電磁パルス観測装置はある程度の精度で落雷位置が特定できることを示
せた。本事例では高高度放電発光現象発生位置と落雷発生位置がそれほどずれていないことも
言える。
また室内実験より、磁場の向きと装置の変動の仕方が分かっている。このことを利用すると、落雷
のおおよその到来方位が分かると、時系列プロットから落雷の極性について議論することが出来る。
我々のデータからはこの 2 事例はどちらとも正極性落雷であることが言える。ドコモ社のデータにお
いては、図 3(a)は、負極性落雷としているが、相違の原因は不明である。(b)に関しては、ドコモ社
のデータも正極性落雷と記述されており、極性が一致している。
81
(a)
(b)
図 3 スプライト観測時の VLF 帯電磁波波形(水平 2 成分)。(a) 2015 年 8 月 2 日 19 時 28 分 52
秒および(b) 57 分 29 秒(JST)。
また、8 月 2 日 19 時 28 分 52 秒の事例で MDF 法による方位解析を試みた。まず MDF 法に必
要なリサージュ図形は、図 4(a), (b)のようになった。このリサージュ図形の角度とアンテナ角度を考
慮し、到来方位を決定した。(a)の KGN の例では、波形の立ち上がりである位相がそろったリサー
ジュ図形における直線の部分を到来角度とした。以上を元に決定した到来方位と雷位置データは
図 5 のようになった。この図を見ると、ある程度の誤差はあるものの MDF 法でも概ねの雷位置は特
定可能だといえる。
(a)
(b)
図 4 (a) 小金井及び(b) 清水で観測された VLF 帯電磁波のリサージュ図形。
82
図 5 MDF 法による雷方位及びドコモ社雷位置データ。
4. 富士山直撃雷発生時の VLF 帯電磁波波形
また、本年度は 8 月 13 日 5 時 6 分 15 秒(JST)に富士山直撃雷と思われる落雷が発生している。図 4
は、富士山測候所 1 号庁舎外部に取り付けてある天頂カメラが捕らえた直撃雷の時間発展である。この
現象に関しても東京学芸大学の観測点で VLF 帯電磁波を観測することが出来た。図 5 は 2015 年 8
月 13 日 5 時 6 分 15 秒(JST)に富士山直撃雷が発生した際に小金井で観測された VLF 帯電磁波
の時系列プロットである。
(a)
(b)
(c)
(d)
図 6 天頂カメラによって撮影された落雷。(a), (b), (c), (d) の順で時間経過している。
83
図 7 富士山直撃雷発生時の VLF 帯電磁波波形(水平 2 成分)
ドコモ社は、5 時 6 分 15 秒 40 ミリ秒に落雷が発生したとしている。ドコモ社が算出した雷発生時
刻と小金井のトリガー時刻を比較することで、おおよその距離を算出しようと試みたが、ドコモ社の
雷位置データはミリ秒までしか精度がなく、有効な距離差が出ないと考えられるので、距離の計算
は行っていない。
図 5 の VLF 帯電磁波波形を見ると初期変動が東西方向は正、南北方向は負に変動しているこ
とがわかる。富士山山頂付近で落雷が発生し、VLF 帯電磁波波形が図 5 のように変動していると、
発生した雷は負極性であるといえる。この結果はドコモ社の落雷極性と一致している。
5.おわりに
本研究では、富士山測候所での高高度放電発光現象及び直撃雷の観測と東海大学、東京学
芸大学での VLF 帯電磁波観測の結果から落雷の位置評定や極性について考察することが出来
た。今後も富士山頂及び地上からの観測を合わせて、雷活動の研究を進めていきたい所存である。
5.参考文献
(1) 佐尾和夫, 空電, 成山堂出版, p.151 (1981)
(2) 長尾年恭, 鴨川仁, 馬塲久紀, 成嶌友祐, 高村直也, 櫻田哲生, 上原宏, 東海大学海洋研
究所研究報告, 37 (2016).
84
P-25: 富士山頂から検知された巨大ジェットについて
鈴木智幸 1、鈴木裕子 1、鴨川仁 1
1. 東京学芸大
1.はじめに
雷雲上空で発生する高高度放電発光現象の高感度 CCD カメラによる観測を 2014 年夏季の富
士山山頂から実施した結果、多種の高高度発光現象の観測に成功した。その中には、多くの観測
事例がある、高度 50 km~100 km が赤色に発光するレッドスプライト、高度 100km 付近がドーナツ
状に発光するエルブスに加えて、雷雲雲頂から電離層下部に進展する、巨大ジェットと呼ばれる現
象、雷雲雲頂から逆円錐状の光が噴き出すように見えるブルージェットの小型版であるブルースタ
ーターが観測された。これらの現象は、同じ雷雲(群)が発生させたと推測された。この研究では、
観測されたレッドスプライト、エルブス及び巨大ジェット等の高高度発光現象の光学的な特徴につ
いて比較するとともに、巨大ジェットを発生させた雷雲の構造について解析を行った結果を報告す
る。
2.観測方法
富士山山頂に設置した高感度 CCD カメラは、16.7ms の時間間隔で GPS 時刻をもとにした詳細
な時刻を画面に挿入することが可能な構成になっている。この CCD カメラの出力は、ハードディス
クレコーダーで連続定期に記録されるとともに、ハードウェアエンコーダーを経由して PC に入力さ
れた。PC に入力された画像は、動体監視ソフトにより、画面内の輝度変化が設定閾値を超えた時
刻の前後 5 秒間を記録するようになっている。
雷放電の解析は NTT ドコモの雷放電位置標定システムの観測結果を、雷雲の構造に関する解
析には、気象庁レーダーエコー合成図及びエコー頂高度データ、並びに仙台レーダーのデータ
を使用した。
3.観測結果およびまとめ
図 1 は、富士山から 2014 年 8 月 6 日 11:30 ~ 13:50 (UTC)の間に撮影された高高度発光現
象の 1 例である。巨大ジェットは、約 10 分間という短い時間間隔で 2 回にわたり発生していた
(2014/08/06 11:49:28(UTC)及び 11:58:48(UTC))。スプライトは最初の巨大ジェットの約 10 分前
に、エルブスは、2 回目の巨大ジェットの 1 時間後に発生していた。巨大ジェットは、雲頂付近から
進展が開始し、電離層下部まで放電路が到達していたが、スプライトとエルブスについては、雷雲
との直接の結合は見られなかった。2 回の巨大ジェットには、親雲の発光は見られなかった(または、
発光が極めて弱かったため、検知されなかったものと考えられる。)が、スプライト及びエルブスに
は、明らかな親雲の発光が見られた点が両者の大きな相違点であった。このことは、巨大ジェット発
生時に、雷雲内から中和される電荷量が小さかったことを示唆しているものと考えられる。
CCD カメラの撮影方位角、落雷雷分布、雷雲エコーの分布から、これらの巨大ジェットは富士山
から 300 km 以上離れた岩手県と宮城県の県境付近上空で発生していたものと推測された。今回
の巨大ジェットの発光継続時間は、それぞれ約 500 ms および約 450 ms と長時間におよんだ。この
間、両巨大ジェットともに親雲の発光は見られず、対応する雷放電も観測されなかった(図省略)。
気象庁の気象衛星画像(図省略)から、巨大ジェットを発生させた雷雲は、08 (UTC)頃に宮城
県西部で発生し、その後北海道の南海上で衰弱していたことが分かった。この雷雲の寿命は、約 8
時間程度であった。
図 2 は、11:50(UTC) の気象庁レーダーエコー合成図(左:エコー頂高度、右:エコー強度)を
示す。巨大ジェットが発生した付近には、長さ 150 km 程度、幅 50 km 程度の対流性エコーが見ら
れたが、全般的にエコー強度は弱く、100mm/h を超えるような降水強度の大きい領域は小さかった
(図 2 右)。一方、巨大ジェットが発生した時間帯に、この雷雲は、最大エコー頂高度 14 km 以上、
平均エコー頂高度は 10 km 以上に達していた(図 2 左)。この雷雲は、巨大ジェット発生前 1 時間
の落雷数が約 80 回と、放電活動は不活発であった。同じ時刻の仙台レーダーの 3 次元レーダー
エコー(図 3)からは、非常に狭い領域であるが、中程度強度(26dBZ)のエコーが 15km まで達して
いたことが分かった。また、この雷雲には高度 5km 以下で、フック状の構造が見られた。今後は、
この雷雲の構造について、詳細な解析を行う予定である。
85
(a)
図1
(b)
(c)
2014 年夏季に富士山から観測された高高度放電発光現象
(a) 2014/08/06 11:37:03(UTC)のレッドスプライトとヘイロー、(b) 2014/08/06 11:49:28(UTC)
の巨大ジェット、(c) 2014/08/06 12:48:45(UTC)のエルブス
エコー頂14km以上
図2
巨大ジェットを発生させた雷雲のエコー頂高度(左)およびレーダーエコー強度(右)
図 3 巨大ジェットを発生させた雷雲のエコー強度の鉛直分布(仙台レーダーの CAPPI)
各図の矢印は最大エコー頂を,右上の数字は表示高度を,右下の数字はエコー内の最大強度を示す.
*連絡先:鈴木智幸(Tomoyuki SUZUKI)、[email protected]
86
P-26:富士山測候所短期滞在時の睡眠状態
堀内雅弘 1、宇野忠 1、小田史郎 2、
1. 山梨県富士山科学研究所、2. 北翔大学
1.はじめに
近年、健康増進なども目的としや登山やトレッキングがブームとなっている。2013 年には富士山
が世界文化遺産に登録されたこともあり、我が国における高所への登山者は今後ますます増えて
いくことが予想される。しかし、高所では酸素分圧お低下による生体の相対的酸素不足といった生
理的な応答変化にも留意しないといけない。その代表的なもののひとつに急性高山病が挙げられ
る。急性高山病は頭痛を主訴とした症状であり、重症化すると高地肺水腫なども引き起こす危険性
がある。急性高山病は高所への急性低酸素暴露が主な原因と考えられているが、実際は幾多の
要因が複雑にリンクしあっている。中高年者や富士登山などのブームもあり、今後富士登山を目指
すものが増えることが予測される。高所での危険性の一つに急性高山病がある。急性高山病の要
因は多様であるが、その一つに高所での睡眠状態が挙げられる。しかしながら、これまで富士山頂
滞在時における睡眠時生理応答の経日的変化を検討した研究はほとんどない。本研究では、富
士山測候所跡地の短期滞在時における日中の生理指標および夜間の睡眠状態を測定し、急性
高山病との関連を検討する。
2.方法
被験者は健常な成人男性 3 名とした。被験者の平均年齢は 37 歳であった。各被験者は平地で
の測
定と山頂滞在後 1 日目、2 日目および 3 日目にそれぞれ測定を行った。測定項目は、日中に安静
時血圧、呼気終末二酸化炭素分圧、心拍数、パルスオキシメータによる動脈血酸素飽和度を測定
した。さらに急性高山病スコアを調査した。また、睡眠中 1 時間毎に動脈血酸素飽和度と血圧を手
首に装着した機器により連続測定した。腕時計型小型高感度加速度センサー&ロガーで睡眠中
の体動を測定して、睡眠効率を算出した。
3.結果
昼間の安静時血圧および心拍数は、山頂滞在時に日数の経過とともに増加する傾向にあり、各
被験者とも平地での値より高い値を示した。これらの結果は、高所での自律神経活動の増加を示
唆していると考えられる。また、夜間の SpO2 および血圧は入眠後、約 1 時間で入眠前より低値を
示し、起床前 1 時間前より増加する傾向にあり、覚醒への準備と考えられた。しかし、3 日間の変化
に一定の傾向は得られなかった。さらに、急性高山病スコアと睡眠効率は個人内、個人間変動が
大きく、両者の間に関連はみられなかった。
4.まとめ
本年度の測定では、人数が少ないこともあり、統計的有意差を検出することはできなかった。本
報告会では、昨年度の4名分のデータを加え、7名のデータとして発表する。
参考文献
Horiuchi M., Endo J, Jones T, Yamamoto K., Aramaki S. (2013) Influencing factors of
acute mountain sickness on Mount. Fuji~ A pilot study~ Mt. Fuji Research, .7: 1-8.
*連絡先:堀内 雅弘(Masahiro Horiuchi)、[email protected]
87
P-27:富士山山頂における夜空の明るさの変動の調査
山根 秋郷
放送大学
1.はじめに
夜空の明るさは季節変化・測定地点・測定時刻・天気状態・大気擾乱等により、時々刻々と常に
変化しており一定ではない。現在我々が住む文明圏、都市圏、市街地等においては、夜空の明る
さは人間の活動や照明の明るさ(電力)により大きく影響を受けていることは自明のことであるが、天
頂方向の明るさの変化は地上照明の明るさの変化そのものが全て反映しているかどうかは明らか
ではない。市街地周辺では照明変化を直接受けやすいので微妙な変動は判別が出来にくい。一
方人口が少なく都市部から離れた山村、山岳、離島では夜空の明るさはどのように変化するのだ
ろうか。一見すると、天の川がはっきりと見えているような地点においては、遠く離れた街の照明の
明るさ変化はあまり大きくは影響していないようにも感じられる。今回富士山において観測を実施
出来たのでその結果を述べる。
2.方法及び結果
1)富士山で観測する理由
国内で最も高所地点で夜空の明るさ変化を知ることを目的とした。エアロゾル量が減少すれば
⑥エアロゾル散乱光の影響が小さくなり、地球回転による③黄道光以外の惑星間塵散乱光による
影響が大きくなりカーブは対称形で darkmax time は真夜中に近づくのではないかと考えた。
2)観測者 山根 秋郷
3)観測日時 1回目;2015年7月20日~7月21日の2晩 台風余波で曇天データ採れず。
2回目;2015年8月12日~8月16日の5晩のうち1晩 DATA50が採取出来た。
4)観測場所 富士山頂測候所 3号棟 屋外テラスに機器設置
5)観測器具 商品名スカイクオリティーメーターSQM-LE 型使用。5分毎に PC に自動記録する。
6)観測方法条件 天文薄明終了後から天文薄明始まりの間。測定方向は天頂及水平方向。
7)観測 DATA(実線) (横軸;夕刻から翌朝の時刻、タテ軸;夜空の明るさ等級 上が明るい)
20.5
20.5
富士山頂と八ヶ岳南麓の比較
富士山頂と6合目の比較
20.7
20.7
20.9
20.9
21.1
21.1
2015/8/15 DATA50
21.3
21.3
2014/10/25 6合目DATA39
2014/7/29 6合目DATA37
21.5
富士山頂DATA50
八ヶ岳南麓DTA28
18:45
19:15
19:45
20:15
20:45
21:15
21:45
22:15
22:45
23:15
23:45
0:15
0:45
1:15
1:45
2:15
2:45
3:15
3:45
4:15
4:45
18:45
19:15
19:45
20:15
20:45
21:15
21:45
22:15
22:45
23:15
23:45
0:15
0:45
1:15
1:45
2:15
2:45
3:15
3:45
4:15
4:45
21.5
図2-a
図2-b
8)観測 DATA の評価
観測所の条件により屋外で実際の夜空の様子を観察することはできなかったが、グラフ及び
観測状況から考えられることは以下である。ⅰ.波形が滑らか・連続的である。ⅱ.東京学芸大
学グループが設置された気象カメラ com1号と com2号で東方の中天近く明るい星が連続的に
観察できた。ⅲ.20時頃から23時半頃にかけて天頂をこと座のベガ等が通過しており、明るくな
っているへこみ(明るさ増加)はその影響で説明出来る。
・これらにより当夜は朝まで雲はほとんど発生せず、天頂付近もおおむね晴れており、評価分析に
値するやや良好な DATA であると判断した。但し、水平方向は雲が厚く観測出来なかった。
88
3.考察
・当夜は最微光星は21.3等級。八ヶ岳南麓付近とほぼ同等で天の川が良く見える明るさ。
・パターンは B 型(図3-b)で、カーブの darkmax time が真夜中に近づく様子は見られない。
・エアロゾル量が普通に存在しており、散乱反射の影響は低地と見分けがつかない。
・富士山周辺は多くの市街地及び東方100kmには首都圏があり、衛星写真での夜の地上を見て
も都市の光が確認できる。これらの光害によりエアロゾル量が低地より少ない場合でも散乱反射の
影響がみられ、低地、市街地とあまり変わらないパターンが現れている状態と考えられる。富士山
頂ではもう少し夜空が暗いと考えていたが、あきらかに周辺都市光害の影響を受けているようであ
る。
・夜空の明るさの変動のパターン
日本のような中緯度地域において、雲ひとつない快晴の夜空の明るさ変化は、実際に観察され
た様子を分類すると、天頂方向・水平方向ともに以下のパターンが見られることが多い。
06:00
05:00
04:00
03:00
02:00
01:00
00:00
22:00
21:00
20:00
19:00
18:00
06:00
05:00
04:00
03:00
02:00
01:00
00:00
23:00
22:00
21:00
20:00
19:00
18:00
図3-a
23:00
B型
A型
図3-b
A型;夕方から翌朝にかけてほぼ一直線に暗くなる。B型;夜中を過ぎたあたりで明るさがほぼ一定
となる。
グラフヨコ軸は夕方から翌朝までの時間軸、タテ軸は夜空の天頂方向の明るさ等級を示し上が明
るい。
模式図にはタテ軸の単位はつけていない。夜空の明るさの一晩の時間変動に対しては①星野光
②大気光③惑星間塵散乱光(黄道光部分)④回折光はある程度判別可能または一定に近いと考
えて考慮にいれていない。
直接時間変動に関係している要素は③黄道光以外の散乱光⑤エアロゾル散乱光でないかと考え
ている。但し、エアロゾル散乱光は浮遊量の大小で変化する散乱量の他に、時間経過と共にエア
ロゾルが沈降して透明化する効果も合わさって起こると考えている。夜空の天頂付近の明るさの変
動は、八ヶ岳山麓のように周辺に大きな都市光源が認められず、天の川がはっきりと見えているよう
な地点においても地上街灯・照明の変化に追随しているようである。その同じ傾向が富士山頂にも
現れていると考える。
参考文献
・反射屈折回折散乱 向井 正,向井 苑生著 地人選書 5 地人書館
・惑星間塵 山越和雄著 地人選書7 地人書館
・宇宙・惑星化学 松田准一 ゆり本尚義 地球化学講座2 倍風館
以 上
*連絡先:山根秋郷 [email protected]
89
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