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教員養成段階の保健体育専攻学生が用いる指導
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 教員養成段階の保健体育専攻学生が用いる指導ことばの特徴 ‐e-Learning による模擬授業のリフレクション課題を通して‐ The characteristic of instruction words pre-service teacher in physical education class 藤田育郎・谷塚光典・結城匡啓・安達仁美・岩田靖・平野吉直 FUJITA, Ikuro YATSUKA, Mitsunori YUKI, Masahiro ADACHI, Hitomi IWATA, Yasushi HIRANO, Yoshinao 信州大学教育学部 Shinshu University Faculty of Education 〔要約〕本研究では,体育授業において,子どもが運動を感覚的に理解したり,運動課題を解決するた めのイメージを膨らませたりすることができる「指導ことば」に着目し,教員養成段階の保健体育専攻 学生が考え得る「指導ことば」の特徴を明らかにすることを目的とした。模擬授業におけるリフレクシ ョン課題の一環として,受講生に考案させた具体的な言葉かけの内容を分析した結果,以下のことが明 らかになった。1)映像を視聴して言葉かけを行うといった課題を繰り返し遂行することは, 「指導こと ば」に対する視点を育むにあたって有効に機能していた。2)物や道具を扱う運動では,擬音語を用い た「指導ことば」を用いる傾向がみられた。3)動きの達成度を高めていく運動では,動きを随伴的に 引き出す「指導ことば」を用いる傾向がみられた。4)新たな動きを獲得・形成する運動では,比喩に よる「指導ことば」を用いる傾向がみられた。5)運動観察の対象となりやすい主要局面に着目した「指 導ことば」が多いという特徴がみられた。 〔キーワード〕教員養成カリキュラム,矯正的フィードバック,運動の観察 1.はじめに るかどうかが重要となる。 現行の小・中学校学習指導要領(文部科学省, このような子どもの感覚に訴えかけたり,運動 2008)において,体育科・保健体育科における指 課題の解決に向けたイメージを膨らませたりす 導内容は,「技能」「態度」「知識,思考・判断」 る言葉は,しばしば「指導ことば」と表現され, の 3 項目(体つくり運動では, 「技能」が「運動」 すぐれた指導技術の一つとして挙げられる。例え と表記,「知識」は中学校のみ)から構成されて ば,マット運動の前転の指導を行う際に「背中を いる。技能教科とされる体育授業においては,特 丸めて回転してごらん」といった動きの改善を直 に運動の「技能」の向上が児童・生徒の楽しさや 接的に示した言葉よりも「ダンゴムシのように丸 喜びの源泉になりうると考えられる。 まって転がるんだよ」と表現した方が子どもたち 体育授業の中で教師に求められる能力の一つ として,子どもに対して有効な相互作用行動(言 のイメージが膨らみ,運動技能の向上に有意に機 能するといったようなことである。 葉かけ)を営むことが挙げられる。特に,子ども 実際の指導場面において,このような「指導こ の運動技能の向上を促すためには,矯正的かつ具 とば」を用いることに目を向けさせることは,教 体的なフィードバック(具体的情報を有した助言) 員養成段階の学生にとって大いに意義のあるこ が重要となるが,「生徒の動きを的確に変えるに とだと考えられる。そこで本研究では,「指導こ は,説明的な言葉での指導だけでは不十分で,生 とば」を用いることが可能な教科指導の力量形成 徒 の 感 覚 に訴 え る 指 示の 言 葉 が 必要 」 と 小 林 を意図する教員養成カリキュラムの開発に向け (2000)が指摘するように,矯正的かつ具体的フ た基礎的研究として,教員養成段階の保健体育専 ィードバックの内容が子どもにとって感覚的に 攻学生が考え得る「指導ことば」の特徴を明らか 理解できるものであり,運動課題を解決するため にすることを目的とした。 のイメージを膨らませることができるものであ ― 29 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 2.研究方法 とともに,各運動領域についてもその特徴を明ら 2-1.対象 かにすることとした。なお,記述内容の分類は, 2014 年度に S 大学で開講された「中等体育科指 導法演習」 (受講生 37 名,全員教育実習を経験済) 客観性を確保するために,筆者と分析協力者 1 名 による合議の上で実施した。 で実施した 8 回の模擬授業を対象とした。なお, 具体的な内容は,表 1 に示したとおりである。 3.結果と考察 表 2 は,振り返りシートに記述された内容(受 表 1 模擬授業の内容 講生が考案した言葉かけ)を該当するカテゴリー 回 1 模擬授業の内容 A 多様な動きをつくる運動(投動作) 模擬授業① 2 B 多様な動きをつくる運動(捕球動作) 3 4 5 6 に分類し,模擬授業①~④において各カテゴリー 模擬授業② A ハードル走(走から跳の組み合わせ) B ハードル走(跳から走の組み合わせ) 模擬授業③ A ベースボール型ゲーム(打撃動作) B ベースボール型ゲーム(打撃動作) に分類された記述がみられる場面数を集計した ものである。例えば,模擬授業①の多様な動きを つくる運動では,表 1 に示したように A と B の 2 回の模擬授業を実施し,それぞれ 8 つの場面を視 7 A マット運動(伸膝前転) 模擬授業④ 8 B マット運動(前方倒立回転跳び) 聴させているので,表中の各カテゴリーにおける ※括弧内は焦点を当てて指導した技や動き 最大値は 16 となる。 2-2.中等体育科指導法演習の概要 表 2 カテゴリー分類の結果 中等体育科指導法演習では,実施した模擬授業 を教師役,児童・生徒役,観察者役といった多角 的な視点から振り返り,よりよい授業へ向けた授 業改善の方略を検討することを主たる目的とし 分類カテゴリー 1) 初動時の動作 2) 終末時の動作 動かしやすい末端の部位 ている。また,受講生は,模擬授業実施後に「言 4) 動かしたい部位のシンボル 葉かけチャレンジ映像」を e-Learning 上で視聴し, 5) 随伴現象を生み出す部位 6) 外部の対象 1) 動作のイメージ 2-3.「言葉かけチャレンジ映像」の概要 3) 「もの」を操作するイメージ 2) 変身のイメージ ンジ映像」は,模擬授業の中で受講生が各種の運 4) 「もの」のイメージ ③ 擬音語による指示 前半・後半の合計 動に取り組んでいる場面を抽出したものである。 映像の中で活動している受講生の運動技能の向 マット運動 0 1 2 1 0 1 0 0 3 0 9 0 2 0 8 0 11 7 0 9 8 5 10 3 2 5 0 0 0 3 0 2 0 12 11 0 0 0 5 ② 比喩によってイメージを育てる指示 している。 本研究で受講生に視聴させる「言葉かけチャレ ベースボール型 ① 意識を焦点化させる指示 3) 授業外の時間を活用した課題に取り組むことと 模擬授業① 模擬授業② 模擬授業③ 模擬授業④ 多様な動き ハードル走 3 1 1 1 7 37 96 ※太線で囲った箇所は,領域における最大値を示している。 3-1.時間的経過に伴う言葉かけの変容 上を促すオリジナルの言葉かけを考案し,振り返 前半(多様な動きをつくる運動,ハードル走) りシートにその内容を記述することが課題の一 と後半(ベースボール型,マット運動)を比較し つとなっている。なお,1 回の模擬授業で 8 つの たところ,全体として量的な増加がみられた(前 異なる場面を抽出し,それぞれについて考案した 半:37,後半:96)。また,同一のカテゴリー内 言葉かけを記述させている。 において大きな増加がみられたものとしては, 2-4.記述内容の分析手続き 「①意識を焦点化させる指示」の「2)終末時の 小林(2000)が示した「体育指導における感覚 動作」 「3)動かしやすい末端の部位」 「5)随伴現 的指導の言葉のカテゴリー」を用いて,受講生が 象を生み出す部位」 「6)外部の対象」, 「②比喩に 「言葉かけチャレンジ映像」を視聴して振り返り よってイメージを育てる指示」の「1)動作のイ シートに記述した内容(考案した言葉かけ)を分 メージ」, 「③擬音語による指示」であった。これ 類した。また,模擬授業①A~②B の 4 回を前半, らのことから,実際の運動学習場面から抽出した 模擬授業③A~④B の 4 回を後半として比較する 映像を視聴して,オリジナルの言葉かけを考案す ― 30 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) るといった課題を繰り返し遂行することは,子ど その部位の動きの随伴現象として,目指す部位の もの運動技能の向上を促す「指導ことば」に対す 動きを引き出そうとする」ことと述べている。 る視点を育むにあたって,有効に機能していたも ハードル走は,走る・跳ぶといったすでに習得 のと考えられる。 している動きの達成度を高めていく学習である 3-2.運動領域別にみた言葉かけの特徴 とされ,ハードルを跳び越える局面では,上体を 続いて,表 2 において分類された記述について, 前傾させた姿勢を取ること(ディップ動作)で重 運動領域別にみた際に多くの記述が出現していた 心の上下動を抑えることが課題の一つとなる。し カテゴリーを取り上げ,考察を加えることとする。 かし,それはハードルを跳び越えるために働く鉛 1)多様な動きをつくる運動 直方向の力と相反する力を加えるといった動作 模擬授業①では,小学校低学年段階を想定した であるとともに,ハードルといった恐怖心の対象 投動作と捕球動作に焦点を当てた模擬授業を実 ともなり得る物的障害を克服しようとする瞬間 施した。領域内で最も多く出現したカテゴリーは, に生じる動作でもある。よって,「上体」という 「③擬音語による指示」であり,視聴させた計 16 大まかな身体的部位を取り上げて動きの改善を 場面のうち 7 つの場面で出現した。 直接的に指示する言葉では,有益な効果がみられ 松下・藤田(1998)は,この擬音語について, ないことが想定される。 運動イメージを喚起させやすく,合目的的な動作 ここでみられた具体的な記述の内容としては, を習得させる際に,教師が意識的・無意識的によ 「右脚のつま先を反対側の手で触るようにして く使用しているものであるとしている。 ごらん」 「ハードルの上ではアゴを引いてみよう」 ここでみられた具体的な記述の内容としては, といったものであり,つま先・手・顎といった「自 「ボールを捕るときには,腕も膝もフワッとやわ 分の意思で動かしやすい部位」に意識を向けるよ らかく使えるといいね」や「投げる瞬間には手先 うにしている。振り上げた脚のつま先を反対側の (指先)をピッ(シュッ)と使おう」といったも 手(踏み切った脚と同じ側の手)で触るような動 のであった。ボールを捕球する際には,飛来する 作や顎を引く動作によって,ハードル上で上体を ボールと反発することなく,手や腕を自分の体に 前傾させた姿勢を随伴的に引き出そうとする表 引きつけるようにして勢いを吸収する緩衝動作 現が特徴的であった。加えて,ハードルを跳び越 を生じさせることが課題の一つとなる。受講生は, えるといった運動観察の対象となりやすい局面 「フワッ」といった擬音語によって,その緩衝動 を取り上げていたことも特徴として捉えられる。 作を表現していた。また,ボールを投じる際には, 3)ベースボール型 主要局面であるボールのリリース時にスナップ 模擬授業③では,中学校段階を想定したベース 動作を用いることが課題の一つとなるが, 「ピッ」 ボール型の打撃動作に焦点を当てた模擬授業を 「シュッ」といった擬音語によって,スナップ動 実施した。領域内で最も多く出現したカテゴリー 作による力感を表現しようとする特徴がみられた。 は,「③擬音語による指示」であり,視聴させた 2)ハードル走 計 16 場面のうち 12 の場面で出現した。 模擬授業②では,中学校段階を想定したハード 打撃動作では,先に述べた投動作におけるリリ ル走の走運動と跳運動の組み合わせに焦点を当 ース時のスナップ動作と同様に,主要局面である てた模擬授業を実施した。領域内で最も多く出現 バットとボールが接するインパクトの瞬間にい したカテゴリーは, 「①意識を焦点化させる指示」 かに強い力を発揮するかが課題の一つとなる。こ の「5)随伴現象を生み出す部位」であり,視聴 こでみられた具体的な記述の内容としては,「バ させた計 16 場面のうち 9 つの場面で出現した。 ットが当たる瞬間にグッと押し込んでみよう」 小林(2000)は,この随伴現象について,「自 「バットを強く振るために,前脚で体重をギュッ 分の意思で動かしやすい部位に意識焦点を置き, と受け止めてごらん」といったものであり,意識 ― 31 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) が向けられている身体的部位に違いはあるもの 4.まとめ の,「グッ」「ギュッ」といった擬音語によって, 時間的経過に伴う言葉かけの変容と運動領域 インパクトの瞬間に向けた力感を表現しようと 別にみた言葉かけの特徴について考察を行った する特徴がみられた。 ところ結果,以下のことに言及できる。 4)マット運動 1)映像を視聴して言葉かけを行うといった課題 模擬授業④では,中学校段階を想定したマット を繰り返し遂行することは, 「指導ことば」に 運動の伸膝前転と前方倒立回転跳びを取り上げ 対する視点を育むにあたって有効に機能して た模擬授業を実施した。領域内で最も多く出現し いたものと考えられる。 たカテゴリーは,「②比喩によってイメージを育 2)投動作や捕球動作,打撃動作のように,物や てる指示」の「1)動作のイメージ」であり,視 道具を扱う運動では,擬音語による「指導こ 聴させた計 16 場面のうち 11 の場面で出現した。 とば」を用いる傾向がみられた。 マット運動における技の習得にあたって必要 3)ハードル走のように,動きの達成度を高めて となる動きや感覚は,逆さまになったり,腕で体 いく運動では,動きを随伴的に引き出す「指 重を支持したりといったことに代表されるよう 導ことば」を用いる傾向がみられた。 に,日常の生活で存在しないものが多い。そのよ 4)マット運動のように,新たな動きを獲得・形 うな新たな動きを獲得・形成していくことに学習 成する運動では,比喩による「指導ことば」 の難しさが存在するとされ,そのような動きと感 を用いる傾向がみられた。 覚的に類似した運動を予備的運動や下位教材と 5)投動作や打撃動作,ハードル走では,運動観察 して豊富に経験させていく必要があるとされる。 の対象となりやすい主要局面を取り上げた「指 ここでみられた具体的な記述の内容としては, 導ことば」が多いという特徴がみられた。 「立ち上がるときは輪っかをくぐるように(首に なお,子どもの感覚に訴えかけたり,運動課題 引っかけるように)してみよう」「腕でジャンプ の解決に向けたイメージを膨らませたりする,よ するイメージでマットを押してごらん」といった り有益な「指導ことば」を生み出すためには,運 ものであった。それぞれ,伸膝前転の起き上がり 動経験や指導経験,運動の構造や感覚の理解の度 の局面における上体の使い方と前方倒立回転跳 合いに左右されると考えられる。今後は,その点 びの着手の局面における腕の押しに着目したも を踏まえた分析・考察を行うことが課題となる。 のであった。前者では,その場には存在しない架 空の輪を想像させ,それを下からくぐる,あるい 引用・参考文献 は首(の後ろの部分)に引っかけるといった動き 岩田靖,体育の教材を創る,大修館書店,2012. をイメージさせることで,望ましい動きを引き出 木原資裕・曽我部敦介・草間益良夫,剣道指導に そうとする特徴がみられた。後者では,腕の押し おける言語表現の検討―擬音語を中心に―, による回転後半の加速を得る動きを,足でのジャ 武道学研究,33(別冊) ,53,2000. ンプに例えて引き出そうとする特徴がみられた。 小林篤,体育の授業づくりと授業研究,150-180, 以上のように,物や道具を扱う運動では,擬音 大修館書店,2000. 語による「指導ことば」を,動きの達成度を高め 松下健二・藤田定彦:運動を指導する際の擬音 ていく運動では,動きを随伴的に引き出す「指導 語・擬態語に関する基礎的研究,兵庫教育大 ことば」を,新たな動きを獲得・形成する運動で 学教科教育学会紀要,11,11-30,1998. は,比喩による「指導ことば」を用いるといった 文部科学省,小学校学習指導要領解説体育編, 運動領域ごとの特徴がみられた。加えて,運動観 察の対象となりやすい主要局面に着目した指導こ 東洋館出版社,2008. 文部科学省,中学校学習指導要領解説保健体育編, とばが多くみられたことも特徴として捉えられる。 ― 32 ― 東山書房,2008.