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精神保健福祉領域における プログラム評価
研究セミナー「プログラム評価の動向と課題(1)」 精神保健福祉領域における プログラム評価 日本社会事業大学社会福祉学部 精神保健福祉学分野 大 島 巌 1. 保健・医療領域におけるプログラム 評価の位置と近年の新しい発展 z 1920年前後より公衆衛生分野を中心にプログ ラム評価が発展 z 教育学領域とともに、保健・医療領域における 評価研究は、プログラム評価の礎になる z 1990年代以降、科学的根拠に基づく医療 (Evidence-Based Medicine; EBM)が注目される 1 (山谷清志、1997) 1. 保健・医療領域におけるプログラム 評価の位置と近年の新しい発展(2) z EBMとともに、 z 心理・社会的介入プログラムを、科学的に社会シ ステムに位置づけようとする、科学的根拠に基づく 実践(Evidence-Based Practices; EBP) z 治療法や治療システムに関する、科学的で適切な 意思決定を行うことを目指した科学的根拠に基づ く保健医療ケア(Evidence-Based Healthcare; EBHC)などに対して、多くの関心が向けられる z プログラム評価方法論の活用とその方法論の発展 2 2. EBMと精神保健福祉サービス EBMとは z 直感やあやふやな経験に基づく医療ではなく、科学 的に明確なエビデンス(証拠)に基いて最適な医療や 治療法を選択し実践するための方法論、あるいは行 動指針 z 各種疾患に対する、さまざまな治療法・介入方法の 効果を、メタ分析を用いたシステマティック・レビュー (SR)によって明確化することを重視する z ランダム化比較試験(RCT)によって明らかにされた効 能研究efficacy researchの結果が、レベルの高いエ ビデンスとして尊重される 2. EBMと精神保健福祉サービス EBMの歴史 z 1991年 カナダのマクマスター大学のGuyattが初め てEBMの用語を使用 z 同大EBMワーキンググループがEBM概念を発展 z 1992年 コクラン共同計画(The Cochrane Collaboration; CC)によるシステマティック・レビュー(SR) z 1990年代中頃以降、世界的な医療の新たなパラダイ ムになる z 1990年代中頃以降、EBMに基づく治療ガイドラインが 相次いで、数多く公表される 3 図 Evidence-Based Practices関連論文(タイトルに使用)の 年次別出現頻度(Medline) 論文件数 250 200 150 100 50 0 1992 1993 1994 1995 1996 Evidence-Based Practices 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 Evidence-Based Medicine 2. EBMと精神保健福祉サービス プログラム評価の視点からみたEBM z z z z z EBMで重視される臨床試験自体は、直接的には、プログラム評価 に分類されない 一方、ケアマネジメントや家族介入プログラムなどの心理社会的 介入プログラムは、プログラムの有効性を科学的に明らかにする ために、プログラム評価の手法が活用される 精神保健福祉領域では、薬物療法などの身体療法のみならず心 理社会的介入プログラム(EBP)が身体療法と同等の効果を示す EBPプログラムを臨床・実践現場で実施していくためには、臨床・ 実践現場という社会システムの中にそのプログラムを位置づける こと、最終的には社会政策的な位置づけが不可欠になる 科学的根拠に基づく実践(Evidence-Based Practices; EBP)プログラム 4 3. 心理社会的介入プログラム普及研究とプログラム評価 科学的根拠に基づく実践プログラム(EBP)とは z 利用者の援助効果を向上させる一貫した科学的証拠 のある援助プログラムのこと z これらのプログラムは、有効性に関する十分な証拠と 合意がありながら、実践に移せなかったり、プログラム 基準を満たさない不十分な実践しか行えていない z 利用者の自立や生活の質の向上を実現するために、 利用者はEBPを活用する権利があり、限られた資源の 中でEBPを優先的に提供する必要がある(Drakeら、 2001を整理・改編) 図1 家族支援プログラム研究による再発率(9ヶ月後予後) 11 ゴールドスタインら(1978) 29 9 レフら(1982) 家族支援 コントロール 50 6 ファルーンら(1982) 44 10 ハガティら(1986) 29 12 タリアら(1988) 48 0 20 40 % 60 5 家族支援プログラムの有効性 ●メタ分析の結果: 条件に合致した6研究(n=350人)の再発率低減に 関するOdds比(信頼区間): 介入6ヶ月 0.30(0.06-0.71) 介入9ヶ月 0.22(0.10-0.37) 介入2年 0.17(0.10-0.35) ●再発率以外の効果: 家族のExpressed Emotion(EE)を改善する効果 家族の負担を低減する効果 障害者本人の社会機能が向上する効果など ケースマネジメント(ACT、ICM)のRCT研究(n=25) 結果(研究数) 研究数① 改善② 件 不変 件 改善率 悪化 件 (②/①) 件 % 入院期間 23 14 8 1 60.9 住居定着期間 12 9 2 1 75.0 刑務所/留置所 10 2 7 1 20.0 コンプライアンス 4 2 2 0 50.0 精神症状 16 8 8 0 50.0 薬物乱用 6 1 5 0 16.7 社会適応度 14 3 11 0 21.4 職業機能 8 3 5 0 37.5 QOL 13 7 6 0 53.8 患者満足度 7 6 1 0 85.7 家族満足度 4 2 2 0 50.0 Mueser et al(1998) 6 IPS援助付き雇用のRCT研究(n=12)に おける一般就労率の比較 90% 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% 96 NH (IPS) 94 NY (SE) 04 CA 04 IL 04 CT 04 99 DC 95 IN (IPS) (IPS) (IPS) SC (IPS) (SE) (IPS) Supported Employment Control 00 NY (SE) 04 QUE 97 CA (IPS) (SE) 02 MD (IPS) Control 2 表 治療・援助プログラムのガイドライン(勧告)の実施率 アメリカ統合失調症PORT研究、1998、n=719 ガイドライン(勧告) 入院 通院 % % 急性期向精神薬の使用 89.2 - 維持的向精神薬の使用 - 92.3 家族介入、家族心理教育 31.6 9.6 職業リハビリテーション 30.4 22.5 ACT、積極的ケースマネジメント 8.6 10.1 7 EBPツールキットプロジェクト • 包括型ケアマネジメント(Assertive Community • • • • • Treatment: ACT) 家族心理教育(Family Psychoeducation: FPE) 援助付き雇用プログラム(Supported Employment) 疾病管理とリカバリープログラム(Illness Management and Recovery: IMR) 統合的重複障害治療(Integrated Dual Disorders Treatment: IDDT) 薬物管理アプローチ(Medication Management Approaches in Psychiatry: MedMAP) ※アメリカ連邦保健省薬物依存精神保健サービス部(SAHMSA) 精神 保健サービスセンターとの委託契約とRobert Wood Johnson Foundationの補助金によって実施されている EBP ツールキットの目次構成 z利用者ガイド z情報提供 利用者に/家族と他の支援者に 実践家と臨床指導者に 精神保健プログラムのリーダーに z実施方法 精神保健プログラムリーダーの工夫 精神保健行政担当者の工夫 文化的な適用 フィデリティ評価法・尺度 利用者のアウトカムモニタリング法・尺度 z実践家と臨床指導者のためのワークブック zビデオ 紹介ビデオ/実践紹介ビデオ 8 EBMとEBPの実施プロセスの違い z EBM ①問題の定式化 ②科学的なエビデンスの収集【Systematic Review; SR】 ③エビデンスを批判的に吟味して信憑性を確認【SR】 ④エビデンスの使用可能性を判断して患者に適用【治療ガイドライン】 z EBP ①問題の定式化 ②科学的なエビデンスの収集【SR】 ③エビデンスを批判的に吟味して信憑性を確認、 個別状況に応じた効果的なプログラムモデルを確認【SR】 ④EBPの実施技法、実施体制を整備【援助プログラムのシステム化】 ⑤EBPの使用可能性を判断して利用者に適用【援助システム・普及シス テムを含むガイドライン】 アメリカ連邦政府EBPプロジェクトの歴史 1989 脳の10年 (国立精神保健研究所) 統合失調症研究国家プラン 1991 国立精神保健研究所・サービス改善のための国家研究計画 1992 統合失調症 PORT (Patient Outcomes Research Team)プロジェクト開始 1995 PORT報告書 No. 1: EBPに関する文献研究のまとめと政策提言 1997 アメリカ精神医学会、統合失調症治療ガイドライン 1998 PORT報告書 No. 2: 治療・介入の勧告と勧告実施状況に関する利用者調査 1999 精神保健に関する公衆衛生長官レポート 連邦 EBPツールキット・プロジェクトのスタート 2002 国立精研、全州精神保健プログラム責任者全国協会(NASMHPD)、専門学会 など各種機関・団体がEBPの全国集会、シンポジウムを開催する 2003 PORT勧告改訂版 精神保健に関する大統領ニューフリーダム委員会報告 2006 EBPツールキットの完成 9 統合失調症PORT治療推奨の構成 z 30項目からなる z 構成: 薬物療法:急性期症状エピソードの治療(7項目) z 薬物療法:維持的薬物療法(5項目) z 薬物療法:新しい抗精神病薬治療(4項目) z 薬物療法:付加的薬物療法(2項目) z 電気痙攣療法(3項目) z 心理的治療(2項目) z 家族介入(3項目) z 職業リハビリテーション(2項目) z ケースマネジメント・ACT(2項目) z 統合失調症PORTの特徴 z 連邦政府の支援を受けて実施されたプロジェクト z EBPを効果的に日常実践に取り入れることを目的 z 効能的Efficaciousなプログラムを、効果的Effectiveな 実践にするための方法を検討する目的を持つ z EBPを実施するためのサービスシステムを重視 z EBPに関わる様々な利害関係者(stakeholders)たちの 関心に配慮して、多様で幅広い効果に注目 z アドボカシーAdvocacyや品質保証Quality Assuarance の目的でも使用可能 10 EBPに基づくサービス研究/普及研究の 方向性(1):4レベルの研究(Rosenheck, 2001) z efficacy research(効能研究) z effectiveness research(効果研究) z effectiveness studies(有効性研究) z dissemination process research (普及プロセス研究) EBPに基づくサービス研究/普及研究の 方向性(2):サービス普及研究の研究領域 z 効果的プログラムモデル構築に関する実証研究の進展 z 効果的な援助要素(critical ingredients)の抽出 z 効果のある援助対象者の明確化 z 実施可能な援助プロセスの解明 z 普及のためのプログラムモデルの構築 →フィデリティ尺度の構築 z 行政組織に関する研究、医療経済研究・財政分析 z サービス組織のスタッフ・指導者の知識・技能・教育に関 する研究 z 組織過程に関する研究 z 合意形成に関する関係者の意識に関する研究 11 フィデリティ評価(Fidelity assessment)とは z 特定のプログラムが、科学的根拠に基づく実践 (EBP)の基準に従っている程度の評価 z プロセス評価の一部であり、効果的なプログラムモデ ルへの適合度・忠実度(fidelity)を評価する z 効果的で、質の高い援助要素を同定して作成される フィデリティ評価とは(2) z EBPモデルに忠実に実施されたプログラムは、より良 いアウトカムをもたらすために重要と考えられる z サービスの質のモニタリングや、プログラムモデルを 発展・改善させるために使用される z 評価尺度としての社会的認知は、1995年前後に包括 型ケアマネジメント(ACT)に対するフィデリティ評価で、 その有効性を明らかにしてから z 今日では、プログラム評価における必須の用具と認 識される【ツールキットの主要用具】 12 フィデリティ評価の進展を阻害する要因 z十分に定義されたプログラムモデルの欠如 もっとも主要な要因は、十分に定義されたプログラムモデル に欠けること。ACT、SE、FPE、SSTを除いて、適切な援助法マ ニュアル(treatment manual)さえ存在しない ⇒EBPツールキットプロジェクト(1999-) z精神科リハビリテーションの複雑さ zフィデリティ評価にとって大きなチャレンジ zプログラムの構造的側面(スタッフ配置など)とともに、プ ログラムの援助機能もモデル化する必要性 代表的なフィデリティ尺度:DACTS (Dartmouth Assertive Community Treatment Scale) z ACTモデルfidelity評価する尺度として、Teagueら(1998)によっ て開発され、国際的に幅広く使用される z 3領域「スタッフの配置」「組織」「サービスの特徴」 28項目から なる、5段階評価尺度 z プログラムと関わりを持たない評価者が、以下に挙げる様々な 情報源から情報を入手し、それを総合して評価 z 情報源:同行訪問面接などで援助場面の観察やミーティングの 観察、チームリーダーやケースマネジャー、利用者への面接、 記録の確認 13 項目の例 z 毎日行われるチームミーティング: ACTチームは少なくとも週4回の チームミーティングを持つ 14 モデル実践度尺度(Fidelity Scales)と入院日数減少の関連 実践度尺度、下位項目 r 全実践度 0.60 スタッフサブスケール 0.54 クライエント・スタッフ比 0.19 チームサイズ 0.35 精神科医がチームにいる 0.28 看護師がチームにいる 0.49 組織サブスケール 0.56 ケースロードの分担 0.65 チーム会議を毎日実施 0.49 ケースマネジャーが直接サービス提供 0.46 24時間対応サービス 0.55 サービスサブスケール 0.33 訪問サービスの回数 0.31 全接触回数 0.59 注:n=18 地域精神保健センター(McGrew et al 1994) 最も重要な予測因子 z チームに看護師がいること z ケースロードの共有 z 毎日行われるチームミーティング z チームリーダーが利用者に会うこと z 合計コンタクト回数 (McGrew, Bond, Dietzen & Salyers, 1994) 15 弁別妥当性の結果(ACTチームは他のケースマネジメ ントと異なる(Teague, Bond, & Drake, 1998)) プログラム の種類 サイトの数 ACTフィデリティ ACT 14 4.01 VA病院 ICM 10 3.52 ホームレスCM 15 3.42 従来のCM 11 2.38 5 = 最高のフィデリティ….1 = 最低のフィデリティ 予測妥当性の結果(McHugoら、1999) z 精神疾患と物質関連障害をもち、7つの地 域精神保健センターでACTを利用するクラ イアエントが対象者 z 4つの高フィデリティACTチーム (n = 61) z 3つの低フィデリティACTチーム (n = 26) z 厳密な3年間のフォローアップ研究 16 予測妥当性の結果 高フィデリティ 低フィデリティ ACT ACT 支援からのドロップアウト 15% 30% 物質利用の軽減 58% 13% 入院(回数) 2.87 4.69 (McHugoら、1999) なぜフィデリティ尺度を使うのか? z 活動の実施状況を明らかにし、援助の質を 向上させる z 新たなプログラム実施を追求する現場へ、 具体的なフィードバックを提供する z 行政機関に対して、プロジェクト目標の達成 状況の情報を提供する z 情報を公共のために公開する 17 4. 課題と展望: プログラム評価論の発展への示唆 z 効能研究efficacy researchから、効果研究effectiveness research、有用性研究effectiveness studies、普及プロセス 研究dissemination process researchの位置づけ、役割分担 の明確化 z 効果的で、実施可能なプログラムモデル構築の必要性 z フィデリティ評価の重要性、アウトカムと結びつけたプロ セス評価の必要性 z 実施・普及ツールキットの意義 4. 課題と展望: プログラム評価論の課題 z サービス普及研究の観点から、効果的な援助要素に 関するより詳細な分析が必要。特に、サービス機能に 関する援助要素の検討はこんごの課題 z 実施・普及ツールキットをより優れたものにして行くため に、その内容をプログラム理論(プロセス理論)の観点 からより詳細に検討することが必要 z サービス普及研究の位置づけと、その方法論の発展 z サービスの質評価・モニタリングに、アウトカムの視点 をより十分に導入することが必要。フィデリティ評価の 活用 18