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企画提案書 - 次世代天然物化学技術研究組合

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企画提案書 - 次世代天然物化学技術研究組合
受付番号
平成25年度「個別化医療に向けた次世代医薬品創出基盤技術開発
(天然化合物及びITを活用した革新的医薬品創出技術)
」
企画提案書
1.事業名
研究開発項目①「ITを活用した革新的医薬品創出基盤技術開発」
2.事業の概要
計算科学を用いた医薬品候補化合物探索は高効率医薬品開発法の一つである。産学連携の
枠組みを活用した NEDO「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェ
クトにおいてヒット化合物探索能に優れた純国産の創薬支援ソフトウェア myPresto の開発
に成功した。しかし開発過程で、生理的条件下における標的タンパク質の動的構造情報を
取り入れること、および医薬品として実績のある天然化合物を計算科学的に扱うことなど
ができるならば、一層の探索効率の向上がなされることが明らかになった。さらに、計算
科学的探索の基礎となる標的タンパク質、特に膜タンパク質の精緻立体構造情報を迅速に
取得することの重要性も判明した。そこで、本提案では、提案者らが今まで開発してきた
世界最高レベルの計算科学および構造生物学の要素技術をさらに高度化し、産業界へ提供
するため、新規創薬支援ソフトウェア・パッケージを開発する。また、細胞・動物アッセ
イ系などを用いて、新規ソフトウェアで探索された化合物の有効性をも評価する。研究開
発の過程で得られた構造生物学的技術および手法などは、それをプロトコール化すること
により、産業界への成果の普及を行う。本提案で得られる上記アウトプットにより、新薬
開発におけるコストの削減および新薬成功確率の向上が行われ、日本および世界で急激に
進行する高齢化社会の社会負担である医療費を軽減できるというアウトカムが期待できる。
3.事業目的
高齢化に伴う医療費増大は日本のみならず先進国共通の社会負担になっており、高効率の
医薬品開発は緊急の課題である。しかしながら、近年の日本の新薬開発では 673,002 個の化
合物を合成しても、新薬となるものはわずか 22 個である。この事実を考慮するならば、日
本の新薬開発力の一層の向上が望まれる。
新薬の開発プロセスは、1.標的タンパク質の同定、2.標的タンパク質と結合する活性化
合物(ヒット化合物)の発見、3.ヒット化合物をベースに親和力、選択性および溶解性を
上げた、ドラックライクキャラクターを有するリード化合物の創成、4.動物を用いた前臨
床試験、5.臨床試験のステージからなる。ステージ 1-3 までは、分子生物学、有機化学、
計算科学、構造生物学などの知見が、そして後半のステージ 4,5 は薬理、医学および各企
業が有するノウハウが必要である。各ステージ間でドロップする化合物が最も多いのはス
1
テージ 3 から 4 であり、リード化合物創生技術および化合物の前臨床試験への橋渡しが新
薬開発において重要なことがわかる。一方、製薬産業に大きな費用負担を強いているのは、
臨床試験の厳密化に伴う治験実施コストの増大である。このことは、結果として、プロセ
ス前半のヒット化合物探索、リード化合物創生に関連する企業研究開発費の圧迫となって
いる。したがって、計算科学および構造生物学などの先端科学技術の活用が期待できるリ
ード化合物創生技術の高度化および化合物の非臨床実験への橋渡し技術の開発研究を国家
プロジェクトとして産学連携で行うことは有効であり、かつ費用対効果が大きいものと考
える。
我々は NEDO「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにおい
て、計算科学的および構造生物学的研究成果を基に、海外のソフトウェアと比較して、高
い確率でヒット化合物を探索できる純国産の in-silico 薬物スクリーニング手法の開発に成
功した。しかもこの開発の過程で、複数の重要かつ解決すべき課題が明らかになってきた。
一例をあげるならば、従来の in-silico 薬物スクリーニング手法では主として X 線結晶構造
解析で得られた静的タンパク質立体構造を用いてヒット化合物の探査を行ってきた。しか
しながら、生理的環境下ではタンパク質は動的構造変化を伴いその機能を発現している。
したがって、高度な薬物スクリーニングを行うためには、精密立体構造に加えて動的構造
変化を考慮する必要がある。動的構造変化を考慮しない分子設計では、設計した分子が結
合することで、タンパク質構造が変化し、想定された活性を達成できないことがある。ま
た、動的構造変化の情報を活用することができるならば、化合物が結合することで誘起さ
れるキャビティを標的とした新規スクリーニングが可能となる。したがって、これらの問
題点を解決できるソフトウェアおよび技術が開発されるならば、新薬開発におけるコスト
削減、時間短縮、成功確率を向上させることができて、日本および世界で急激に進行する
高齢化社会の問題解決につながり、また新薬開発における国際競争力も向上することが期
待できる。
2
4.事業の背景・必要性
IT 創薬と呼ばれる計算機による薬物開発技術には、標的となる受容体分子(ほとんどが
タンパク質)の立体構造を基にその活性部位や機能部位に結合する低分子化合物を探索す
る SBDS(Structure-Based Drug Screening)技術と、既知の活性化合物・薬物の分子構造を
基に類似の化合物を探索する LBDS(Ligand-Based Drug Screening)技術の2種類がある。
初期にはタンパク質受容体の構造のほとんどが未知であったため LBDS のみが行われてい
たが、1982 年に米国の I. D. Kuntz が世界初のタンパク質-化合物ドッキングソフト DOCK
を開発し SBDS の可能性が提唱された。しかし、当時は、探索する対象のライブラリには
1 万件しか化合物が含まれず探索したい活性化合物がライブラリにそもそも含まれていな
かったり、タンパク質立体構造も 400 件しか決定されていなかった等の情報不足の理由と、
計算機のハードとソフトの能力が極めて低かったという理由により、必ずしも成功しなか
った。そのため、計算するよりも実際に可能性がある多数の化合物を合成する方が速い、
として High-Through Put によるランダムな薬物探索とコンビケム合成技術が中心となった。
しかし、その後の技術発展により、化合物データ数は 2000 倍の 2000 万件がライブラリに
含まれるようになり、またタンパク質構造数は 200 倍以上の 9 万件を越えるに至った。実
際に海外では、Gleevec(ノバルティス・ファーマ社)、Tamiflu(Hoffmann-La Roche 社)、
Iressa(アストラゼネカ社)等が、受容体タンパク質構造に基づいて開発し、上市されてい
る。一方、計算機の能力は飛躍的に増大し、ソフトウェアにも改良がなされて性能が上が
ったため、日本企業の間でも SBDS 技術の利用が増え、単にランダムな High-Through Put
探索を実施するのではなく、より効率的にあらかじめ計算によってフォーカスされたライ
ブラリからヒット化合物を探索するようになってきた。さらに、SBDS によって発見され
た活性化合物の周辺を LBDS 技術によって探索し、さらに活性の高い化合物を見出す作業
も企業内においては常態化しつつある。
我々は、
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにおいて、
同時に開発した化合物ライブラリに基づく SBDS および LBDS 技術として、ヒット化合物
探索能に優れた純国産の創薬支援ソフトウェア myPresto を開発した。後述するように、こ
の myPresto は基本性能として世界最高レベルのものを持ち、実用的な精度と速度について
バランスのとれた性能を持っていることが、製薬企業の利用者から評価された。また、上
記プロジェクトに参画した製薬企業・化学企業によって実施された myPresto によるヒット
化合物探索の成功例も、種々の受容体に対して総計 190 化合物を越え、平均 10%程度の高
いヒット率を示すことが実証された。
しかし、この開発過程において、いくつか解決すべき点が明らかとなった。それらは、
1)計算科学の基礎となる創薬標的タンパク質の迅速立体構造決定法、2)生理的条件下
での標的タンパク質の動的構造変化の解析法、3)タンパク質の動的構造を考慮した計算
科学的ソフトウェアの開発によるヒット化合物からリード化合物への展開、4)有用医薬
品を生み出す潜在力を有する天然化合物を扱えるソフトウェアの開発および5)副作用情
報や有機合成可能性を含んだスクリーニング結果の提示法などである。さらに、6)見出
されたリード化合物を非臨床試験へ進めるための臨床エビデンスに基づいた細胞または動
3
物等を用いたアッセイ系が確立できるならば、その情報をソフトウェアの高度化開発に活
用できることになる。そこで、これまでの経験と実績を活かしたソフトウェア「新 myPresto」
を新規に開発し活用することとして、以下に示す具体的な実施方策を提案する。
1)計算科学の基礎となる創薬標的タンパク質の精密立体構造の迅速決定法:創薬標的タ
ンパク質の多くは熱変性温度が低いなどの不安定性を有しかつ高分子量であるため、迅
速に結晶等、X 線・電子線測定用試料を作製することが難しい。近年、アラニン残基置
換体を網羅的に作製し、熱変性温度が高い変異体を探索する戦略やリゾチームなど構造
的に安定なタンパク質を標的タンパク質に挿入するなどの構造安定化法が登場している
が、いずれも変異導入位置の探索など、測定試料を得るのに時間がかかる。そこで、活
性を保持しかつ安定な X 線・電子線測定用試料を迅速に獲得する方法を開発し、標的タ
ンパク質の立体構造を取得する。ついで、得られた構造情報を新 myPresto で活用する。
2)生理的条件下での標的タンパク質の動的構造変化の検出法:創薬標的タンパク質の機
能発現において、動的構造変化が重要な役割を果たすことが明らかになってきた。さら
に、その構造変化が周囲の環境、例えば膜タンパク質ならば 2 重膜環境が機能発現に影
響を与えていることも判明しつつある。そこで、細胞内を含む、より生理的環境を反映
した核磁気共鳴測定試料調製法を開発し、複数の標的タンパク質の動的構造変化を取得
する。ついで、得られた動的構造情報を新 myPresto で活用可能なものとする。
3)タンパク質の動的構造を考慮した計算科学的ソフトウェアの開発によるヒット化合物
からリード化合物への展開:前述したように、ヒット化合物の探索に対しては、高い成
功率を出す myPresto を開発したことで、ある程度解決することができた。しかし、創薬
フロー全体を考えると、ヒット化合物発見後に前臨床までのかけ橋となる、リード化合
物の分子設計と合成展開が極めて重要な課題である。実際、タンパク質の動的構造変化
を考慮しない分子設計では、設計した分子の結合によってタンパク質構造が変化し、想
定された活性を達成できずに設計が失敗に終わることが多い。そこで、myPresto 開発に
おけるこれまでの経験と実績を活かし、さらに実験情報も加えて、タンパク質受容体の
動的構造変化を考慮した薬物および天然化合物とのドッキングによる複合体モデリング
手法を新規開発する。こうして開発された新 myPresto を利用して、合成可能性も含めて
有効なリード化合物を迅速に設計し、製薬企業におけるリード化合物展開の道筋を示す。
4)有用医薬品を生み出す潜在力を有する天然化合物を扱えるソフトウェアの開発:従来
の低分子有機化合物データベースを用いた計算科学的スクリーニング法は合理的なヒッ
ト、リード化合物探索法である。しかしながら、その化合物データベースはカバーして
いるコンフォメーション空間が限られているため、新規スカフォールドをもった高活性
の化合物の探索には不向きである。一方、分子量および分子内自由度が高くまた不斉炭
素を多く含んでいる天然化合物は、広い平面性かつかさ高い分子構造を有するため、高
い生物活性を示し、今まで多くの有用医薬品を生み出してきた。そこで、天然化合物と
標的タンパク質との相互作用様式を解析する構造生物学的技術を開発するとともに、
GPU やメニーコア CPU を用いて量子力学計算および分子動力学計算を高度化し、自由度
が高く高分子量の天然化合物を取り扱うことのできるソフトウェアの開発を行い、新
4
myPresto に付加する。
5)副作用情報や有機合成可能性を含んだスクリーニング結果の提示法:myPresto は、海
外の類似機能を有するソフトウェアに比較して、高効率でヒット化合物を提示すること
ができる。しかしながら、その化合物をリード化し前臨床試験へと進む場合、副作用の
予測や実際に合成可能であるか否かを示すことは、ソフトウェアの機能として重要と考
える。そこで、新 myPresto では、そこで利用される化合物データベースに、副作用予測、
ADMET 予測情報および天然化合物情報を付加する。
6)得られた化合物の細胞レベルおよび動物レベルにおける評価ツールの開発および個別
化医療・先制医療の創薬標的の臨床的見地からの検証:臨床エビデンスに基づいた細胞
または動物等を用いたアッセイ系を確立し、計算科学によって探索された医薬品候補化
合物を実際に評価する。
5
5.新規性・先進性等
海外の多くの創薬支援ソフトウェアでは、静的タンパク質の立体構造を基に薬物スクリ
ーニングが行われている。その結果、探索された分子が実際に想定された活性を示さない
問題が頻発している。それらソフトウェアの中には、タンパク質の動きを考慮したと称す
るタンパク質-化合物ドッキングソフトや分子設計ソフトも最近は開発されているが、アミ
ノ酸側鎖の回転や主鎖の微細な動きなど部分的にしか考慮されていない。また、化合物結
合の際の正確なポーズの推定や定量的な活性値(結合自由エネルギー)の算出
にも、海
外のソフトウェアにおいては限定的にしか達成されていない。
一方、我々が「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにお
いて開発した myPresto は、既に以下の性能について、海外の競合技術に比べて優れている
点が多い。
(ただし、日本国内には、上記性能において世界と競合できるトップレベルの技
術開発の実施例は他に無いため記載しない。)
1)薬物ドッキング・薬物スクリーニングの精度と速度
①myPresto のドッキング計算の精度(薬物の予測確率)は、現実的な問題に対して製薬企
業が評価したところ、米国 S 社製品の 18 倍、カナダ C 社製品および英国 C 研究機関製品
の 12 倍高精度である。
②myPresto のドッキング計算の速度は、現実的な問題に対して製薬企業が評価したところ、
市販品(米国 S 社製、英国 C 研究機関製)に比べ 7~120 倍高速(世界最速)である。GPU を
用いたドッキングソフトも他にあるが、それらと比べても 2~7 倍の高速性能を有している。
2)分子シミュレーション計算の精度と速度
①myPresto の精度の指標として、薬物開発において重要な2種類の国際ブラインド・テス
ト(結果の構造を隠して構造予測を競わせるもの)である CAPRI および CASP-Antibody に
おいて高い評価を得ており(下記「事業遂行能力」部分で詳細を記載)
、分子シミュレーシ
ョン計算における myPresto の予測精度が高い事が示されている。
②米国 D. E. Shaw 研が分子シミュレーション専用に開発したアクセラレータ ANTON(ソ
フトは米国 S 社製)は世界的に極めて高速であるが、大変高価なマシンである。一方、
myPresto では、安価な汎用アクセラレータであるグラフィックボード(GPU)用のソフト
ウェアを開発しており、ANTON 以外の他の分子シミュレーション計算に比較し、精度を保
ったままで極めて高速な計算を実現している。
上記1)の高精度・高速性は、大きな分子量を有する天然化合物に対するスクリーニン
グに対して優位性があり、また2)の分子シミュレーション計算の精度と速度における優
位性は、本提案における特徴となっている、電子線や NMR などを用いた動的構造研究と
の密な連携に基づいたタンパク質の動的構造変化を取り込む新たな手法開発の基盤として、
極めて有効である。
一方、設計した分子が合成できるかどうかの評価について、海外の創薬支援ソフトウェ
アではほとんど考慮されておらず、ソフトウェアにより提示された化合物の合成可能性が
分子設計の一つのボトルネックとなっている。
本事業で計画されているような、最先端の静的および動的構造生物学的な実験データを
6
取り入れ、タンパク質の動的構造変化を積極的に考慮し、天然化合物をも取り扱えるソフ
トウェアは現時点で世界中の未だにどこにも存在しない。したがって、本事業で開発を計
画しているソフトウェア(新 myPresto)には、極めて高い新規性と先進性がある。
6.事業の目標
(1)IT を活用したタンパク質の構造情報に基づく創薬基盤ツールの開発
a)革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアの開発
事業期間前半は、in silico シミュレーション/スクリーニング向けの化合物リガンド・デ
ータベースを構築するとともに、化合物設計・合成評価及びタンパク質の動的構造変化も
考慮した複合体モデリングについての革新的アルゴリズムを確立する。
具体的には、下記の4つの項目について開発を行う。
ⅰ)副作用予測や ADMET 予測情報および天然化合物情報が付加された、スクリーニング用
に入手可能な化合物データベースの新規構築を行う。
ⅱ)低分子化合物の効率的な合成可能性を考慮した設計手法の開発を行う。天然化合物の
ように分子量の大きなリガンドも対象とできるようにする。
ⅲ)タンパク質の動的構造変化も考慮したタンパク質・タンパク質複合体、およびタンパ
ク質・低分子化合物複合体のモデリングを高速に行える新規手法を開発する。
ⅳ)上記の計算の準備を円滑に行うために、グラフィカルなユーザ・インターフェースを
開発する。
以上の新規技術開発を実施すると同時に、具体的な実証実験を行ってその手法開発へフ
ィードバックし、製薬企業が直ちに利用可能な技術として展開する。
また事業期間後半は、革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアを
構成する技術要素を全て確立するとともに、ユーザーに対する利便性の高いツールとして
統合する。具体的には、下記の項目について達成する。
ⅰ)スクリーニング用に入手可能な化合物データベースをさらに拡張し、セマンティック・
ウェブ機能を追加した公開版の構築や、製薬企業内での利用のため自社データとの融合
化を実現する。
ⅱ)低分子化合物の効率的な合成可能性を考慮した設計手法をさらに高度化し、実用に供
する手法として応用例を増やす。また、天然化合物のように分子量の大きなリガンドも
対象とできるようにする。
ⅲ)タンパク質の動的構造変化も考慮したタンパク質・リガンド複合体のモデリングにつ
いて、リガンドとして天然化合物も含めて実施できるように拡張し、手法を確立する。
ⅳ)GPU やメニーコア CPU を利用し、これまでに開発したドッキング・ソフトウェアを高
速に実施できるように高度化する。さらに、種々のデータベースを利用したケモインフ
ォマティクスによる候補リガンドの絞り込みや副作用・毒性の予測を行う。
ⅴ)タンパク質・リガンド複合体形成において、より定量性が高い予測手法を開発し、GPU
7
やメニーコア CPU を用いた量子化学計算および分子動力学計算を行って、低分子リガン
ドや天然化合物が受容体タンパク質に結合する強さを高い精度で推定できるようにする。
ⅵ)以上のデータベースや手法について、製薬企業をはじめとする利用者が直ちに創薬へ
応用できるように統合化・パイプライン化を行う。また、上記の全ての計算の準備、実
行および解析が円滑に行える、グラフィカルなユーザ・インターフェースを開発する。
こうして開発したソフトウェアを、疾病に関わる特定の創薬標的タンパク質に適用して
医薬品候補となるヒット化合物を取得し、さらにタンパク質とこれらヒット化合物との複
合体構造を考慮した合理的なリード化合物の合成を実施する。一方、有用な天然化合物の
タンパク質受容体に対する作用機序情報から新規化合物の設計・合成を行う。これにより
新薬開発におけるコストの削減、開発時間の短縮、新薬成功確率の向上が行われ、日本お
よび世界で急激に進行する高齢化社会の社会負担である医療費を軽減できるというアウト
カムが期待できる。
b)核磁気共鳴法(NMR)によるタンパク質の生理的条件下における動的立体構造取得
技術の開発
本事業では myPresto の高度化に資するような生理的条件下での創薬標的タンパク質の動
的構造情報を取得する。そのために、ⅰ) 創薬標的タンパク質の高感度 NMR 測定を可能
とする試料調製法および測定法の開発、ⅱ) 生理的環境を反映した、創薬標的タンパク質
の NMR 料調製法の開発、ⅲ)創薬標的タンパク質に対するリガンド化合物
(中分子を含む)
およびリガンドのタンパク質結合部位の精密同定法の開発、およびⅳ) 創薬標的タンパク
質の動的構造情報抽出法の開発および得られた情報の計算科学的手法への導入を行う。
事業前半では、主として上記項目ⅰ)およびⅱ)に関し実施し、昆虫細胞および酵母発現
系における安定同位体標識試料調製法の開発および効率的な多次元 NMR 測定法の開発を
行うことにより、従来法に比較して 5 倍以上の感度で測定できる系を確立する。また、再
構成高密度リポタンパク質を用いた、膜タンパク質の脂質環境および多量体化状態を制御
する技術の開発、膜電位によるイオンチャネルの構造変化をトレースできる試料調製法の
開発、および細胞内における創薬標的タンパク質の活性ならびに化合物との相互作用の測
定法の開発を行うことで、より生理的条件下で NMR 測定を可能にする戦略を確立する。
事業後半では、主として上記項目ⅲ)、およびⅳ)に関し実施し、動的および距離情報を
同時抽出可能なリガンドの創薬標的タンパク質結合面同定法の開発、創薬標的タンパク質
の動的構造情報抽出法の開発および得られた情報の計算科学的手法への導入を行う。
これらのアウトプットにより得られるアウトカムは新 myPresto 開発への貢献とその結果
起こる創薬企業における創薬プロセスの効率化である。
8
c)電子線及び X 線によるタンパク質及びその化合物複合体の精緻立体構造取得技術の開
発
構造安定化の技術開発については、その技術を活用してヒト由来エンドセリン受容体と
少なくとも 2 つ以上の異なるリガンドとの結合構造を解析する。さらに、新たな GPCRs の
安定化変異体を作製することによって、複数のリガンドとの複合体の構造の解析をアウト
カム目標として目指す。その根拠としては、すでに、効率の良い安定化変異体に、さらに
効率の良い T4L キメラ作製方法を開発する見通しをつけており、エンドセリン受容体と、
ある1つの agonist との複合体の構造を解析できていることをあげることができる。それゆ
え、このこれまでに実施してきた技術をさらに改良して、効率の良い安定化変異体と T4L
キメラ作製技術を開発して、GPCRs などの構造情報を取得する予定である。これらの研究
に基づいて、製薬企業などに有用な、安定化変異体と安定化キメラ作製技術のプロトコー
ルを作成する。
新規の水チャネルの構造と新規の Na+チャンネルのそれぞれを最低1つ以上解析するこ
とを目標とする。また、それらの阻害剤を探索し、阻害剤との複合体の構造もそれぞれ解
析して複合体の構造に基づいて創薬候補を設計し、水チャネルと Na+チャンネルについて、
創薬候補を得ることを目標とする。これらの研究を進める過程で確立する発現・精製・2
次元結晶化技術のプロトコールを作成する。
立体構造が解析されているタイプの膜タンパク質について、そのタンパク質を解析する
ために使われた方法を参考にするとともに、その類似の構造そのものを参考にして、新し
い膜タンパク質の構造を効率よく解析する方法を見出すことにより、最低1つの成功例を
示すことを目標とする。その研究過程で開発する方法を基にプロトコールを作成する。
標的膜タンパク質を阻害したり活性化したりする物質との複合体の構造を解析すること
によって、3 種類以上の標的タンパク質の実施例において、創薬候補化合物の創出を目指す
ことを目標とする。この様な研究を進める過程で開発する技術や方法を、ITを活用した
創薬に有効な複合体構造情報取得技術のためのプロトコールとしてまとめる。
上記の要素技術の成果は、新 myPresto の構築に重要な知見を与えるとともに、得られた
プロトコールは、主として創薬産業の国際競争力の強化というアウトカムになる。
(2)探索的実証研究
本事業で開発した in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアから得られる
ヒット化合物の有用性を実証するために、臨床エビデンスに裏打ちされた細胞アッセイ系を
構築する。
事業の前半では、生活習慣病もしくは精神疾患の病態の中核をなすと考えられるタンパク
9
質につき、臨床サンプル等も活用して、それらの病期別の機能を臨床的観点から検討し、患
者の病期に合わせた個別化医療や早期医療介入を目的とする先制医療の創薬標的としての妥
当性を検証する。さらに、これらタンパク質が関与する細胞内シグナルパスウェイに対する
薬物の作用機序を検証できる細胞モデルを樹立する。そのために、ⅰ)薬物の標的タンパク
質への結合、ⅱ)薬物の標的タンパク質への結合を介した病態関連遺伝子の転写調節、およ
びⅲ)薬物の治療効果の持続性を、可視化するシステムを確立する。さらに、作用機序が明
らかな既存医薬品を用いて、樹立した細胞モデルの有用性を確認する。
事業の後半では、選択した創薬標的タンパク質につき、in silico シミュレーション/スクリ
ーニングソフトウェアから得られたヒット化合物の作用を、本事業で樹立したアッセイ系で
検証する。
これらの成果は、in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアの有用性の実証
と産業界への普及を促進するものとなる。
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7.実施体制
(1)本事業に参加する企業及び研究機関
アステラス製薬株式会社、味の素株式会社、エーザイ株式会社、株式会社京都コンステ
ラ・テクノロジーズ、株式会社日立ソリューションズ東日本、株式会社三和化学研究所、
塩野義製薬株式会社、株式会社情報数理バイオ、第一三共株式会社、中外製薬株式会社、
東レ株式会社、日本電子株式会社、富士通株式会社、三井化学アグロ株式会社、ヤマト
科学株式会社、独立行政法人産業技術総合研究所、一般社団法人バイオ産業情報化コン
ソーシアム
以下の大学が共同実施先として本事業に参加する。
国立大学法人大阪大学、国立大学法人東京大学、国立大学法人名古屋大学、国立大学法
人山梨大学
(2)本事業の主な研究実施場所
大阪大学蛋白質研究所、東京大学薬学系研究科、名古屋大学細胞生理学研究センター、
山梨大学大学院医学工学総合研究部、産業技術総合研究所
(3)本事業の実施体制および管理体制(実施体制図は別紙 1 のとおり)
■ 事業責任者
プロジェクトリーダー:
所属 東京大学大学院薬学系研究科
氏名
嶋田
一夫(教授)
電話
03-5841-4810
Mail
[email protected]
FAX 03-3815-6540
サププロジェクトリーダー:
所属 大阪大学蛋白質研究所
氏名 中村 春木(教授)
電話
06-6879-4310
FAX 06-6879-4310
Mail
[email protected]
■ 次世代天然物化学技術研究組合
業務管理責任者:
所属
次世代天然物化学技術研究組合
氏名 榊原 信雄(研究開発部長)
電話
03-5531-8556
FAX 03-553-1560
Mail
[email protected]
11
経理責任者:
所属
次世代天然物化学技術研究組合
氏名
国田
電話
03-5531-8555
治彦(管理部長)
FAX 03-5531-1560
Mail [email protected]
■ 共同実施先
国立大学法人大阪大学
所属
大阪大学蛋白質研究所
氏名
中村
電話
06-6879-4310
春木(教授)
FAX 06-6879-4310
Mail [email protected]
国立大学法人東京大学
所属 東京大学大学院薬学系研究科
氏名 嶋田
一夫(教授)
電話 03-5841-4810
FAX 03-3815-6540
Mail [email protected]
国立大学法人名古屋大学
所属 名古屋大学細胞生理学研究センター
氏名 藤吉
好則(教授)
電話 052-747-6794
FAX 052-747-6795
Mail [email protected]
国立大学法人山梨大学
所属 山梨大学大学院医学工学総合研究部
氏名 久保田 健夫(教授)
電話 055-273-9557
Mail
FAX 055-273-9561
[email protected]
12
8.事業の詳細内容
以下に(1)ITを活用したタンパク質の構造情報に基づく創薬基盤ツールの開発および(2)
探索研究の詳細内容を示し、技術専門用語は添付にまとめる。
(1)ITを活用したタンパク質の構造情報に基づく創薬基盤ツールの開発
a)革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェア
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにおいて、計算科学的
および構造生物学的研究成果を基に開発した IT 創薬のための要素技術をさらに高度化し、急
速に進む IT 技術を取り込んだ高速性と高信頼性とを合わせ持つソフトウェア開発を行うとと
もにそれら先端的要素技術を統合化し、利便性の高いソフトウェア・パッケージとして国内
の産業界に提供する。この開発においては、探索的実証研究を実施する医学研究者および製
薬企業や化学企業からのフィードバックを常に得ながら推進する。また、有用な天然化合物
のタンパク質受容体に対する作用機序情報も取り込む。こうして開発したソフトウェアを、
疾病に関わる特定の創薬標的タンパク質に適用して医薬品候補となるヒット化合物を取得し、
さらにタンパク質とこれらヒット化合物との複合体構造を考慮した合理的なリード化合物の
設計・合成を実施する。具体的には下記の技術開発を実施する。
i) 化合物リガンド・データベースの開発
in silicoシミュレーションやスクリーニングを行う基礎として、対象とする候補化合物の選
択のために、リガンドの構造データベースは必須である。我々は、「創薬加速に向けたタン
パク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにおいて、入手可能な低分子化合物2000万件の
立体構造ライブラリを構築し、LigandBox (LIGANd DataBase Open and Extensible) として公開
し、類似化合物検索サービスや低分子化合物の構造データ・ダウンロードを行うサイト
(http://ligandbox.protein.osaka-u.ac.jp/ligandbox/)を運営している。
本提案においては、このLigandBox開発の経験を活かし、さらに高度な化合物データベース
を開発し、公開データベースとしてはビッグデータ時代に即したセマンティック・ウェブ機
能を有してバイオインフォマティクスとケモインフォマティクスとを結合する一方、企業向
けに各社内データベースとの融合が容易に行えるシステムとする。
i-1) 世界の市販化合物情報は年2回のペースで更新されるため、化合物構造データ生成ソフ
トを高速化・高並列化することにより、化合物の立体構造情報を随時更新し、常に最新のデ
ータが閲覧可能とする。
i-2) 低分子化合物の立体構造情報のみでなく、副作用や毒性、ADMEの予測等、既知の活性
や受容体との複合体構造情報等のアノテーション情報を付加する。
i-3) 付加されたアノテーション情報部分の検索や他の生命科学および化学データベースとの
統合化が容易に行えるように、XML化およびRDF化されたデータを関係データベース(RDB)
技術によってデータベースとし、ポータルを開発してインターネット上に公開する。この際、
13
スキーマやオントロジーも確立し、セマンティック・ウェブ機能を有して、ビッグデータ時
代に適応したシステムとする。このような化合物データベースは、世界にも例がない。
i-4) 天然化合物の構造情報およびアノテーション情報を付加し、天然化合物についても、シ
ミュレーションやスクリーニング計算が容易に行える仕組みを確立する。
i-5) 実際にシミューションやスクリーニング計算を実施する製薬企業研究者のため、次のよ
うな付加価値のある機能を持たせる
・各企業で用いられているソフトウェアに対応したデータ・フォーマットの変換機能
・各企業で用いられているドッキング・ソフトウェアに適応した部分電荷などのパラメータ
に対するコンバータ機能および逆コンバータ機能
・分子量や物理化学的性質、毒性等のアノテーション情報を基に、フォーカスト・ライブラ
リ(部分データベース)を構築する機能
・各企業の自社内データベースを取り込んで、カスタム化データベースを社内にて容易に構
築できる機能
ii) 化合物設計・合成評価用ソフトウェアの新規開発
合成評価用ソフトウェアは、計算機上でデザインされた分子が実際に合成できるかどうか、
合成の困難さを予測するためのソフトウェアである。あらかじめ複数の合成化学者に、多数
の化合物の合成容易性を評価してもらい、その結果を学習データベースとして、合成化学者
の評価を再現するように予測計算手法を開発する。従って、開発は、データ収集・整理と、
合成化学者の判断の根拠を解析し、その知識を取り込んでデータを再現するソフトの開発と
検証の2段階で開発される。また、天然化合物も対象とするため、天然化合物に対する化学
修飾についての設計・評価を実施できる仕組みも開発する。
ii-1) データ収集・整理では、合成化学者による各化合物の合成容易性評価に加え、ⅰ)で開
発する化合物データベースを利用して、既に合成されている化合物としての特徴抽出を行う。
この場合、化合物を各原子周辺ないし各結合周辺の部分構造に分解し(図 1)、それぞれの部
分構造の出現頻度などを用いて、良く出現する部分構造を多く含むなら合成容易、滅多に出
現しない構造で構成されるなら合成困難と判断する。
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図 1:低分子化合物の部分構造分解の手法。A1:分子を構成する各原子の周辺構造を部分構
造として認識する方法。B1:分子を構成する各化学結合の周辺構造を部分構造として認識す
る方法。
ii-2) 合成化学者の判断の根拠を解析するため、合成化学者との共同研究によって、その知識
を機械学習的にソフトウェアにまず取り込み、予測を行う。その際、化合物の安定性や上記
ii-1)で抽出された特徴についての評価も組み込む。
ii-3) 化合物を合成する場合には、部分構造から合成していくため、フラグメンテーション手
法を開発し、設計に用いるフラグメントデータベースの構築を行う。
ii-4) 化合物をバーチャルに生成する手法及び評価関数を最適化する手法を開発し、それらを
組み合わせて化合物を設計するソフトウェアを作製する。
ii-5) 開発した化合物設計ソフトウェを利用した実証実験を行い、反復的にソフトウェアの改
良と実証実験を行う。
ii-6) 人工化合物はゼロから原料を組み合わせて合成できるが、天然化合物の場合は既に存在
する化合物に対する化学修飾を行う場合が多い。壊れやすい天然化合物に対しては、自在に
化学修飾はできないため、別途、天然化合物に対する修飾の容易性を予測する仕組みを開発
する。
iii) タンパク質の動的構造変化を考慮した、高速・高精度のタンパク質・リガンド複合体、及
びタンパク質・タンパク質複合体モデリング手法の新規開発
タンパク質のX線結晶構造はSBDSに必須ではあるが、タンパク質は極めて動的で柔軟なため
リガンドや他のタンパク質との結合によって構造変化が起き易く、1つの硬い立体構造のみ
でin silicoシミュレーションやスクリーニング計算を実施しても、必ずしも活性のある医薬品
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候補は得られず、また正確なタンパク質複合体モデルも得られない。我々は、これまでに開
発してきた高効率の構造サンプリング技術を応用して、高速で精度の高い構造モデリング手
法を開発する。
iii-1) タンパク質・低分子リガンド複合体のモデリング手法として、分子の構造や配置につい
て高効率で探索できるマルチカノニカル分子動力学手法を、仮想系にカップルさせるように
発展させ、さらにエントロピー的に自由エネルギー障壁が高いレア・イベントに対しても探
索が可能なシステムを開発する。既にアルゴリズム開発とペプチドに対する予備的な研究は
実施できており(図2:Higo et al. (2013) J. Chem. Phys. 138, 184106)、一般のリガンドや天然
化合物への応用を実施し、その可能性を実証するとともに、使い易いソフトウェアとして公
開する。
図 2:仮想系とカップルさせたマルチカノニカル法(V-McMD)アルゴリズムの概念図(左上
図)Evi と Evj の2つの軸上でオーバーラップするエネルギー帯域では直ちに転移できる。
(右
上図)仮想エネルギー軸 Ev1~Ev5 における狭帯域のマルチカノニカル分布をまとめ広帯域の
マルチカノニカル分布(左下図)を構築できる。 (Higo et al. (2013) J. Chem. Phys. 138, 184106)。
周期境界セルの中心に1つの分子を置き、他の分子をセルの端に置いた状態を初期構造とし
て自由エネルギーの低い状態を探索すると、正しい複合体構造が得られた(右下図)
。
iii-2) タンパク質・タンパク質複合体のモデリング手法として、タンパク質分子表面同士が最
も相補性高く結合するモデルを情報科学的に探索する手法 ( surFit: Kanamori et al. (2013)
Biomol. Forms & Funct.pp.160)(図3)と、上記ア)のアルゴリズムによる複合体形成に関わる
16
自由エネルギー地形をタンパク質の動的構造変化を含めて計算科学的に算出する手法を既に
開発している。これらのアルゴリズムでは、NMRやX線・電子線構造解析による情報も取り
込むことができ、これらを併用してパイプラインとし、正確な複合体構造モデルを構築でき
るシステムとする。さらに、ⅴ)で後述するGPUを用いた高速分子動力学計算エンジンとも
組み合わせ、さらに迅速にこれらの複合体構造モデルが構築できるシステムとする。
図3:タンパク質複合体予測システムsurFitのフロー(左)と、後述するCAPRIコンテストに
参加したグループ中で、最もX線結晶構造(赤と青)に近かった我々のsurFitシステムによる
緑線によるモデル構造(右)
。
iii-3) 企業による実証研究-①
近年、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)のX線結晶構造解析の報告数が増えているものの、リ
ガンドが持つ機能とリガンド結合に伴う受容体の動的構造変化の関係は未だ未解明の部分が
多く、それゆえに受容体の構造情報からリガンドの機能の予測を含め論理的に薬剤設計を進
めることは難易度が高い。本実証研究では、創薬標的となるGPCRターゲットAにおいて、リ
ガンド結合に伴う受容体の動的構造変化を反映すると考えられるNMRによる実験情報と当
プロジェクトで開発予定の分子動力学計算ソフトウェアを利用した分子シミュレーション結
果を合わせて考察することで、リガンドが持つ機能と受容体の動的構造変化の関係性を理解
することを目指す。さらに、NMR などの実験情報を取り入れて作成したタンパク質・リガ
ンド複合体モデルを起点とする薬物スクリーニングや分子シミュレーションによるタンパク
質の動的挙動を考慮した構造活性相関研究から、論理的な薬剤設計を実施していく。
iii-4) 企業による実証研究-②
生体内で特定の構造をとっていないタンパク質(IDP: Intrinsically Disordered Protein)は、信号伝
達などの重要な機能を有することがわかってきており、IDPをターゲットとする創薬も提唱さ
れている。実際、あるIDPについては、そのタンパク質に結合していることがNMRもしくは
表面プラズモン共鳴法で推定されている化合物を既に特定しており、分子シミュレーション
計算を用いたIDPの構造予測および低分子との複合体構造予測を実施して、創薬展開を図る。
iii-5)企業による実証研究-③
17
タンパク質の動的性質を考慮したタンパク質・タンパク質複合体モデルや実験による立体構
造情報に基づいて、タンパク質間相互作用(PPI: Protein-Protein Interaction)を阻害する低分子
化合物の結合部位(druggable site)検出アルゴリズムを開発し、その部位に対する低分子リガ
ンドの結合を考慮して、PPI阻害低分子化合物ドッキングを実施する。
iv) 最新のGPU 及びメニーコアPC クラスターを用いたスクリーニングソフトの高速化・高
精度化
in silicoスクリーニング計算は、対象とする膨大な数の化合物を処理する高速性と、活性化合
物候補を漏れなく選択する正確性の2つの性能のトレードオフによって、その性能が評価さ
れる。最新のGPUやメニーコアPCクラスターを活用することによって、高速性と正確性につ
いて従来の性能をはるかに上回る性能を発揮するスクリーニング・ソフトウェアを開発する。
また、対象とする化合物として、構造に自由度が高くこれまでは困難であった天然化合物や
ペプチド分子も含め、副作用や毒性情報もスクリーニングの評価項目とする。
iv-1) メニーコアPCクラスターでは、分岐処理が多いドッキング・アルゴリズムに対しても、
多数のスレッドによるベクトル演算が可能である。この利点を活かして、天然化合物やペプ
チド分子のように自由度が大きなリガンドに対しても、極めて多くの構造多型を発生させた
ドッキング計算を実施して、高精度のスクリーニングを行うソフトウェアを開発する。この
手法により、従来の低分子リガンドに対するドッキング計算においても、はるかに多くの構
造多型を評価でき、より精度の向上が期待される。
iv-2) 前記 ⅲ)において開発した手法によって得られたリガンドとの結合に伴うタンパク質
の動的構造変化を考慮したタンパク質・リガンド複合体のモデルに基づき、メニーコアPCク
ラスターの利点を活かし、構造アンサンブルに対するドッキング計算を実施し、高い精度で
のスクリーニングを実施する。
iv-3) 得られたドッキング・ポーズに対する結合自由エネルギーを推定するため、我々はDIAV
手法を開発しており、約1.3 kcal/mol程度の誤差でリガンドの受容体結合が評価できる
(Fukunishi & Nakamura (2013) Pharmaceuticals, 6 , 604-622)。この手法を活用するためには、
ドッキング計算後に短時間の分子動力学計算を実施する必要があり、各ポーズに対してGPU
やメニーコアPCクラスターを利用して、並列的に分子動力学計算を実行する。
iv-4) Scaffold Hoppingのために極めて有効なMVO (Maximum Volume Overlap) は、分子動力学
(MD) 計算によるsimulated annealing法が有効に利用できる。メニーコアPCクラスターの利用
により、高並列にsimulated annealing計算を行って、MD-MVO法を高速に実施する手法を開発
する。
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iv-5) 配列データベースや、ChEMBL、PubChem等のデータベースを利用したケモインフォマ
ティクスによって、副作用・毒性の予測を含めて候補リガンドの絞り込みを行う。
iv-6) 複数の異なるタンパク質受容体とリガンド分子の総当たりのドッキング・スコアを用い
るMTS (Multiple Target Screening)法やDSI (Docking Score Index) 法を我々は開発している。こ
のスコア表をさらに活用するため、タンパク質受容体として受容体の種類が例えばGPCRやキ
ナーゼのように限定されている場合に、それらタンパク質受容体にフォーカスした総当たり
のドッキング・スコア表を用意する仕組みを、実証研究を行う企業向けに実用化する。
iv-7) スクリーニング計算におけるコントロール・ライブラリとしてのデコイ化合物セットを、
対象とするリガンドに応じて用意する仕組みを開発する。
iv-8) 企業による実証研究-④
周辺環境やリガンド結合によって構造変化が起き易いため、X線結晶構造を用いた従来法によ
るSBDSでは活性のある医薬品候補化合物を得ることが難しかった創薬標的タンパク質を題
材に、本課題によって開発する計算手法を活用したSBDSを実施し、新規な医薬品候補化合物
を探索するとともに、計算手法の課題を抽出・フィードバックし、さらなる計算手法の改良
に役立てる。具体的な標的タンパク質としては、リガンド結合、温度、pH等でその立体構造
が大きく変化することが知られているタンパク質ファミリーであるSERPIN及びGPCRを用い、
SBDS実証研究を実施する。
iv-9) 企業による実証研究-⑤
従来の農薬開発は、既知活性化合物からの合成展開により進められる。近年、X 線やNMR
を用いた立体構造情報を取得する手法の目覚しい発展により、GPCR などの膜タンパク質の
立体構造も次々と明らかにされてきた。この様な環境変化をうけ、農薬のリード化合物探索
にもタンパク質の立体構造を用いた in silico スクリーニングを適応し、論理的なリード化合物
探索を実施する。
v) 極めて高い精度の結合力を推定できる力場パラメーター計算と分子シミュレーション技
術の開発
リガンドのタンパク質受容体への結合の強さを高精度で評価するためには、溶媒等の環境に
ついてもリアルに表現した系において、タンパク質とリガンド分子の双方の動的構造変化も
正確に含んだ上で、結合自由エネルギーを算出する必要がある。そのための新たなアルゴリ
ズムを開発し、高精度のパラメータ算出のための量子化学計算ソフトウェアを結合させ、GPU
やメニーコアPCクラスターを活用した効率的システムを開発する。受容体への結合の強さの
見積もり精度が上がる事により、受容体への選択性の推定精度が向上し、副作用のより少な
い医薬品開発が期待できる。
19
v-1) 通常の分子動力学(MD)計算やマルチカノニカルMD (McMD) 計算では、リガンドの
タンパク質受容体への相対的な配置について室温付近での探索が不十分なため、可能性の高
いポースによる複合体構造は、上記項目(iii)で記載したV-McMD法による自由エネルギー地形
から推定されるものの、より定量的に高い精度が必要とされる結合自由エネルギーの算出に
は十分ではない。この問題を解決する手法として、adaptive umbrella sampling法(AUS法:Higo
et al. (2012) Biophysical Reviews 4, 27-44)に、仮想系を新たに導入した新規手法(V-AUS法)
を開発し、よりサンプリング効率を高めた手法とする。この新規V-AUS法では、事前に
V-McMD法で得られた自由エネルギー地形を参考にすることで室温付近での地形を重点的に
精密化し、複合体形成に伴う結合自由エネルギーを高い精度で算出することが可能である。
v-2) 上記計算手法の利用においては、リガンド分子としての一般の低分子化合物や、より大
きな天然化合物の力場パラメータと部分原子電荷が必要とされ、特に後者においては、量子
化学計算を実施して高い精度の部分原子電荷を算出する必要がある。大阪大学にてこれまで
に開発をしてきたHartree-Fock法および密度汎関数法が使えるオリジナルなプログラム
Platypus-QM(ソースコード公開済み)を基に、標準的な化合物記載ファイルを入出力に用い
て、迅速にリガンド分子の部分原子電荷が算出されるシステムを開発する。特にメニーコア
PCクラスタ対応も図って高速化も実施する。
v-3) 「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにおいて開発を行
ったGPU向けの高速プログラムmyPresto/psygene-Gでは、遠距離力である静電相互作用をカッ
トオフ球上のイメージ電荷によって良い近似で繰り込むZero-Dipole summation法と、2段階の
空間分割法を利用することによって、系の総原子38,000程度の水溶性タンパク質の系では1日
に10〜15 ns、系の総原子数56,000程度の膜タンパク質GPCRの系でも1日に10 ns程度のスピー
ドでGPUを用いた計算が実行できている(図4)。このソフトウェア開発の経験を活かし、さ
らに最新のGPUを利用することによって、より高速の分子動力学計算のエンジン部となるソ
フトウェアを開発して、上記v-1)の計算に応用する。
図4:分子動力学を高速に計算するプログラムmyPresto/psygene-G (Protein dYnamics SimulatinG
EnginE - GPU version)における2段階の空間分割法
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v-4) 企業による実証研究-⑥
結合自由エネルギーと合成容易性評価関数とを同時に最適化した化合物設計の実証研究を行
う。実証研究を具体的な創薬標的タンパク質に対して実施し、新規な医薬品候補化合物を探
索するとともに、計算手法の課題を抽出・フィードバックし、さらなる計算手法の改良に役
立てる。具体的には、上記ⅱ)の化合物設計・合成評価用ソフトウェアを活用し、発生させ
た合成可能な化合物構造式に対し、上記の高精度な結合自由エネルギー計算手法によって結
合自由エネルギーを算出する。さらに、遺伝的アルゴリズム等の組合せ最適化手法を用いて、
構造式発生と自由エネルギー計算とを繰り返し行い、結合自由エネルギーと合成容易性評価
関数とを同時に最適化した化学構造式が異なる複数の新規化合物を設計(合成、評価)し、
これら手法の有用性を実証する。
vi) ユーザ・インターフェースの開発
ソフトウェアの創薬応用における価値として、オリジナルなアルゴリズムを搭載した高精
度・高速の計算能力を有することに加えて、製薬企業の研究者をはじめとする利用者に対す
る利便性も必要である。すなわち、開発したソフトウェアを直ちに具体的な創薬へ応用でき
るようにするため、上記ⅰ)~ⅴ)において開発するソフトウェアを統合化し、パイプライ
ンとして実行できるソフトウェア・パッケージを開発する。
vi-1) 計算の準備・実行・結果の解析が円滑に行えるCUI (コマンドラインによるCharacter User
Interface)とそれをグラフィックス画面上で操作できるようにしたGUI(Graphic User Interface)
を開発する。
vi-2) クラウド・コンピューティングにも対応したサーバ・クライアント・システムを採用し、
大規模計算はネットワークでつないだ拠点の計算機システム(本研究開発中は大阪大学およ
び技術研究組合が指定する場所に設置)を利用し、比較的軽微な計算はローカルで実施でき
る仕組みを開発する。
21
b)核磁気共鳴法(NMR)によるタンパク質の生理的条件下における動的立体構造取得
技術の開発
NMR は、溶液状態のタンパク質およびリガンド化合物を測定対象とし、その静的・動的
立体構造情報および相互作用情報を得ることが可能な分光法であり、ドラッグスクリーニン
グ、さらに計算科学と組み合わせることによりドラッグデザインに関して有用な情報を与え
る。
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにおいて、タンパク
質複合体の界面情報を取得できるアミノ酸選択的交差飽和法(Igarashi et al., JACS., 2008)を
考案し、そこから得られた NMR 情報は大阪大学中村教授により創薬支援ソフトウェア
myPresto に組み込まれ、新規タンパク質複合体モデリング法が開発された(Kanamori et al.,
Proteins, 2011)
、また、リガンド・タンパク質間距離情報を従来法に比べ正確に求めることが
可能な NMR 測定手法、DIRECTION 法を考案した
(Mizukoshi et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2012)
。
この情報も同様に myPresto に組み込まれ、リガンド分子のドッキングポーズを正確に求める
ことができるようになった(Fukunishi et al., J. Mol. Graph. Model., 2011)
。これらの知見はヒッ
ト化合物最適化に向けての合成展開に活用できた。
一方、同じく「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにて、
創薬標的タンパク質の中で最も重要なものである膜タンパク質、例えばイオンチャネル、が
んの転移に関連する細胞接着因子、および G タンパク質共役型受容体膜タンパク質の NMR
解析の結果、膜タンパク質の機能発現において、動的構造変化が重要な役割を果たしている
ことが判明した(Imai et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 2010, Ogino et al., Structure, 2010, Kofuku
et al., Nature Commun., 2012)
。たとえば GPCR の場合、作動薬と逆作動薬は、活性型あるいは
不活性型に GPCR の構造平衡を偏らせることでその薬効度を発揮していることが明らかにな
った。さらに機能発現にかかわる動的構造変化は、変性剤で可溶化した膜タンパク質とより
生理的条件に近い脂質 2 重膜に埋め込まれたものでは異なり、機能発現は膜環境に依存して
いることも判明した(Yoshiura, et al., JACS, 2010, Imai et al., JBC, 2012)。このような知見は、生
理的環境下での創薬標的タンパク質の動的構造解析の重要性を意味する。
創薬標的タンパク質の動的構造変化は、ヒットおよびリード化合物のドラッグデザインに
おいても重要である。リガンド・標的タンパク質接触面の可塑性がわかるならば、静的構造
で見いだされたキャビティを埋めるという従来法とは異なる、可塑性の高い領域に適切な官
能基を導入するという合成展開を行うことができる。また、標的タンパク質の動的平衡情報
と計算科学を組み合わせることにより、リガンド親和力の向上といった量的変化ではなく、
阻害剤から作動薬へというリガンドの質を変える設計指針を提示することも考えられる。
そこで、本提案では提案者が生理的条件下での NMR 測定を目指して開発してきた、再構
成高密度リポタンパク質(rHDL)を活用した試料調製法(Yoshiura et al., JACS, 2010, Imai et al.,
JBC, 2012)および細胞内 NMR 測定法
(Ogino et al., JACS, 2009, Kubo et al., Angew. Chem. Int. Ed.
2013)を高度化するとともに、新規安定同位体標識法を開発し、創薬標的タンパク質の動的
構造変化を記述できる戦略を確立する。そして、得られた構造情報を計算科学で活用できる
形とし、新 myPresto の開発に貢献するとともに、開発された構造生物学的要素技術をプロト
コール化し、創薬産業への成果の普及を行う。
22
上記目的を達成するため、研究項目としては i) 創薬標的タンパク質の高感度 NMR 測定を
可能とする試料調製法および測定法の開発、ii) 生理的環境を反映した、創薬標的タンパク質
の NMR 料調製法の開発、iii)創薬標的タンパク質に対するリガンド化合物(中分子を含む)
およびリガンドのタンパク質結合部位の精密同定法の開発、および iv) 創薬標的タンパク質
の動的構造情報抽出法の開発および得られた情報の計算科学的手法への導入の 4 項目を設定
する。そのうち、i)は味の素株式会社、ii)はエーザイ株式会社、iii)は第一三共株式会社、およ
び iv)は中外製薬株式会社との共同実施とする。
i) 創薬標的タンパク質の高感度 NMR 測定を可能とする試料調製法および測定法の開発
i-1) 昆虫細胞および酵母発現系における、新規安定同位体標識試料調製法の開発(味の素株
式会社との共同実施)
NMR 法を用いて、創薬標
的タンパク質の動的構造情
報を得るためには、標的タ
ンパク質を安定同位体標識
することにより、特定の原
子を選択的かつ高感度にて
観測することが必要である。
特に、市販されている医薬
品の約半数が標的である膜
タンパク質の場合、メチオ
ニン残基やイソロイシン残
基等の側鎖メチル基の
NMR シグナルは、膜貫通領
域等に広く分布しており、
さらに比較的高感度で観測
図 1. 安定同位体標識による選択的観測と、重水素化によるシグ
することが可能であるため、 ナルの先鋭化
重要な手掛かりを与える
A. 2 アドレナリン受容体における、メチオニン残基の分布およ
(図 1A)。また、観測原子の
び、M215, M279 近傍に位置する、NMR シグナルの広幅化の
近傍に位置する、NMR シグ
原因となる水素原子の分布。
ナルの広幅化の原因となる
B.近接水素原子の広幅化効果(左)と、重水素化による広幅化効果
水素原子を重水素化して、
の抑制(右)。
シグナルを先鋭化すること
も必要である (図 1A, B)。
一方、多くの創薬標的タンパク質は、活性を発揮する上で、真核生物特有のシステムによ
り、脂質二重膜に埋め込まれたり、高度な翻訳後修飾を受けたり、複雑な S-S 結合パターン
を形成したりすることを必要とする。そのため、NMR 解析に必要な量の活性体を得るために
は、酵母や昆虫細胞の発現系を用いることが必須となる。しかし、これらの細胞では、最少
23
培地が利用できないため、利用できる安定同位体標識法が非常に限られる。特に昆虫細胞で
は、重水では生育しないため、通常の方法では重水素化した試料を得ることはできない。ま
た、酵母では、大量のアミノ酸を必要とするため、アミノ酸選択標識法は確立していない。
この問題を克服するために必要なことは、(i) 創薬標的タンパク質の立体構造に基いて、重
水素化するべき残基を決定した上で、酵素法や有機合成法により、対応する重水素化アミノ
酸を大量に入手する方法を確立すること、および (ii) 収量および標識率を評価しながら、標
識アミノ酸の希釈や代謝が最小限となるような、最適な培地組成および培養方法を確立する
ことである。
申請者のグループでは、酵母発現系における、重水素化タンパク質の試料調製法を確立し
た(Ichikawa et al., EMBO J., 2007, Sugiki et al., JBNMR, 2008)。加えて、昆虫細胞に発現させ
た GPCR のメチオニン残基の側鎖メチル基の NMR シグナルの観測に、世界に先駆けて成功
した(Kofuku et al., Nature Commun., 2012)。したがって、最先端の安定同位体標識技術を保持
していると考える。
そこで本研究項目では、上記の(i)、 (ii)を達成して、昆虫細胞発現系において、重水素化に
よる NMR シグナルを先鋭化する方法、および酵母発現系において、メチオニン、イソロイ
シン、スレオニン残基の側鎖メチル基を選択的に標識する方法を確立する。その上で、確立
した技術をプロトコール化することにより、産業界への成果の普及を行う。
i-2) 効率的な多次元 NMR 測定法の開発
新 myPresto に導入する、創薬標的タンパク質の動的構
造情報を得るためには、様々な多次元 NMR スペクトル
を多数取得することが必要である。しかし、多次元 NMR
測定では、展開時間を変えながらデータを多数観測する
必要があるため、長時間の測定を必要とする。さらに、
展開時間の大きいデータは、S/N が低い。したがって、
低濃度や短寿命の創薬標的タンパク質に対して、多次元
NMR が適用できない点が問題である。
本研究では、比較的容易に測定できる予備的スペクト
ルから得られる、観測シグナルの化学シフトの情報を利
用して、多次元 NMR データの展開時間の大きい成分を
外挿することにより、多次元 NMR スペクトルを、従来法
の半分程度の時間で、従来法より高い感度で取得する手法
を開発する (図 2)。また、開発したプログラムおよびプロ
図 2. 開 発 す る 多 次 元
NMR 測定法の模式図
トコールを、ホームページで公開することにより、産業界への成果の普及を行う。
24
ii) 生理的環境を反映した、創薬標的タンパク質の NMR 試料調製法の開発
ii-1) 再構成高密度リポタンパク質を用いた、膜タンパク質の脂質環境を制御する技術の開発
(エーザイ株式会社との共同実施)
膜タンパク質は、シグナル伝達、物質およびイオンの透過、エネルギーの代謝及び合成にお
ける中心的な役割を担っており、市販されている医薬品の約半数は、膜タンパク質を標的とす
る。生体内における脂質二重膜の組成は多様性に富んでおり、創薬標的膜タンパク質の活性は、
脂質組成による制御を受ける。例えば、G タンパク質共役型受容体 (GPCR) の活性は、生体
内の各組織で濃度の異なるドコサヘキサエン酸 (DHA) やコレステロール等の脂質により制
御されることが知られている。したがって、新 myPresto を用いて膜タンパク質のリガンドを
スクリーニングするためには、生理的な脂質環境における膜タンパク質の動的構造を知ること
が必要である。また、脂質による創薬標的膜タンパク質の活性制御機構を明らかにすれば、特
定の脂質組成を持つ標的細胞に選択的に作用するような、選択性の高い化合物をスクリーニン
グすることが可能となることが期待され
る。これを明らかにするためには、脂質
膜中における創薬標的膜タンパク質の構
再構成高密度リポ
タンパク質に再構
成したGPCR
膜の性質の変化
head group
異なる脂肪鎖
脂質の結合
造変化や、脂質と創薬標的膜タンパク質
との結合様式および脂質の運動性の変化
を調べる必要がある(図 3)。
これらの情報を得る上で必要なことは、
GPCR を脂質二重膜中に再構成する生化
学的手法、および脂質二重膜中の GPCR
membrane
scaffolding
protein
GPCRの
構造の違い
の構造並びにリガンドや脂質との相互作
脂質依存的なシグナル伝達活性の変化
用を解析する適切な構造生物学的手法の
図 3. 再構成高密度リポタンパク質に
開発である。
再構成した GPCR における、脂質環境
当研究室では、GPCR であるケモカイン受容体
の影響の模式図。
CXCR4 および CCR5 を、再構成高密度リポタン
パク質中の脂質二重膜に再構成し、活性を十分保持する試料調製法を確立した (Kofuku et al.,
JBC, 2009, Yoshiura et al., JACS, 2010) 。再構成高密度リポタンパク質とは、膜タンパク質を含
む脂質二重膜を membrane scaffold protein が取り囲んでディスクを形成した粒子であり、再構
成時の脂質組成の制御や溶液 NMR 法の適用が可能である(図 3)。さらに当研究室では、NMR
法を用いて、GPCR の活性化に伴い構造変化する残基の構造平衡を解明することに成功した
(Kofuku et al., Nature Commun, 2012) 。したがって、これらの手法を組み合わせることにより、
脂質膜中の GPCR の構造変化や脂質との結合様式を解明できると考えた。
そこで本研究では、
再構成高密度リポタンパク質を用いて膜タンパク質の脂質環境を制御する技術を開発した上
で、確立した手法を応用して、中枢に存在する GPCR である、アデノシン A2A 受容体の脂質依
存的な活性制御機構を解明して、本手法の有用性を立証する。また、確立した技術をプロトコ
ール化することにより、産業界への成果の普及を行う。
25
ii-2) 再構成高密度リポタンパク質を用いた、膜タンパク質の多量体化状態を制御する技術の
開発(エーザイ株式会社との共同実施)
創薬標的膜タンパク質の多くは、膜上で多量
体化することで、活性を制御していることが知
られている。例えば、GPCR の中には、類縁の
GPCR とヘテロダイマーを形成すると、リガンド
親和性や、誘起するシグナル伝達カスケードが
変化するものが存在することが提唱されてい
る 。したがって、新 myPresto を用いて膜タンパ
ク質のリガンドをスクリーニングするためには、
図 4. 再構成高密度リポタンパク質に
生理的な多量体化状態における膜タンパク質の
再構成した GPCR における、GPCR の
動的構造を知ることが必要である。また、標的細
多量体化状態の影響の模式図。
胞とそれ以外の細胞では、創薬標的膜タンパク質
の多量体化状態が異なるケースがあると考えられる。したがって、モノマーもしくはヘテロ
ダイマーに選択的に作用する化合物を設計できれば、選択性の高い薬の開発が可能となるこ
とが期待される。
しかし、従来の膜タンパク質の多量体化状態の影響を調べる実験は、膜タンパク質を単独
発現させた細胞と共発現させた細胞の比較に基づいているため、活性の変化がヘテロダイマ
ーを形成したことに直接由来するのか、もしくは両受容体の細胞内シグナル伝達のクロスト
ークのような間接的な要因によるのか、明らかではない。加えて、ヘテロダイマー形成によ
りなぜ細胞内移動やリガンド結合、シグナル伝達が変化するのかも不明である。したがって、
ヘテロダイマー状態の GPCR を単離して、リガンド結合やシグナル伝達の活性および構造を
解析する手法が必要である(図 4)。現在までに、GPCR の一種である rhodopsin のホモダイ
マーを再構成高密度リポタンパク質の脂質二重膜中に再構成した報告例がある(Banerjee et al.,
JMB, 2008)。しかし、両受容体が順向きに配向した rHDL と逆向きに配向した rHDL が混合
した不均一な試料となってしまい、前者のみを単離することもできない点がボトルネックと
なっている。
蛍光活性を持たない 2 個のフラグメントに切断
し た yellow fluorescent protein (YFP splitN, YFP
splitC) のそれぞれに、2 種のタンパク質を付加して
細胞内で共発現させると、2 種のタンパク質が複合
体を形成した時にはじめて YFP splitN と YFP splitC
とが近接効果により正しいフォールドを形成して、
蛍光を発する。この現象を利用して、in vivo でタ
ンパク質-タンパク質相互作用を検出する方法が、
現在広く用いられている。さらに、YFP splitN と
splitC との切断部位近傍に変異を導入すると、金属
親和性の高い YFP が得られることが報告されてい
26
図 5. 2 個のフラグメントに切断した
YFP を利用した、順向きに配向したヘテ
ロダイマーを単離する方法の模式図。
る。そこで、YFP splitN を付加した GPCR と split C を付加した GPCR でヘテロダイマー-rHDL
を調製すれば、順向きに配向した ヘテロダイマー-rHDL の形成を確認した上で、固定化金属
アフィニティークロマトグラフィー を用いて単離することが可能となると考えた(図 5)
。
そこで本研究では、GPCR ヘテロダイマーを正しい配向で rHDL 中に再構成した上で、リ
ガンド結合活性やシグナル伝達活性、構造を調べる手法を開発する。また、確立した技術を
プロトコール化することにより、産業界への成果の普及を行う。
ii-3)静止膜電位下における電位依存性イオンチャネルの状態選択的構造解析技術の開発
電位依存性イオンチャネルは、膜電
位に応じて、Na+, K+, Ca2+など特定のイ
オンの膜透過を担うタンパク質であり、
神経伝達や心臓の拍動など、生理的に
重要な現象において中心的な役割を担
っている。電位依存性イオンチャネル
は、イオンを透過しない「静止状態」、
最大のイオン透過活性を示す「活性化
状態」、イオン透過活性が顕著に低下し
た「不活性化状態」といった状態を遷
移することでイオン透過を制御する。
この状態の遷移は、電位依存性イオン
図 6 電位依存性 K+チャネル(Kv)の VSD と PD
チャネルの膜貫通領域に存在する、膜
(A) VSD は膜貫通ヘリックス S1-S4、PD は S5,S6 か
電位の変化を感受する電位感受ドメ
らなる。(B) (左)細胞外側から見た Kv1.2 の主鎖リボ
イン(voltage-sensing domain, VSD)と、
ン図(PDB:2r9r)。中央の四角で囲った部分がテトラマ
イオン透過路を有するポアドメイン
ーを形成している PD、四隅の丸で囲った部分が各サ
(PD) (図 6)の膜電位依存的な構造・運
ブユニットの VSD。(右)膜に平行な向きから見た図。
動性の変化に起因する。
K+透過路の細胞外側の selectivity filter (SF)と、細胞内
電位依存性イオンチャネルの阻害
剤は、鎮痛薬や抗不整脈薬として開発
側のゲートである helix bundle crossing (HBC)の位置
を示した。
されることが期待される。一方、心臓に存在する電位依存性 K+チャネル hERG は様々なリガ
ンドにより阻害され、重篤な副作用として不整脈を誘発することが創薬の障害となっている。
したがって、標的とする電位依存性イオンチャネルの立体構造情報に基づき、特異的に作用
するリガンドを創製することが求められる。さらに、電位依存性はチャネルによって異なる
ため、それぞれの機能状態に選択的なリガンドを創出することにより、標的特異性の向上が
期待される。
しかしながら、膜電位存在下の立体構造解析は非常に困難であるため、現状では電位のか
かっていない状態の立体構造情報しか得られていない。
そこで本研究では、立体構造上で近接する 2 つの Cys 残基間にジスルフィド(S-S)結合が形
成されることに着目し、様々な膜電位存在下で近接する残基対の情報を取得する方法を開発
27
する。さらに、適切な Cys 残基対での S-S 結合により安定化された各状態の立体構造を解析
し、新 myPresto に各機能状態における構造情報を提供することにより、特異的・状態選択的
な革新的創薬を可能とする。このためには、以下の 2 点の技術開発が必要である。
(1) 状態選択的な試料調製のための膜電位制御法の開発
(2) 膜電位存在下で形成した S-S 結合検出法の開発
(1) 状態選択的な試料調製のための膜電位制御法の開発
膜電位は、図 7 に示す方法
で形成可能である。例えば、
リポソーム内の KCl 濃度を
150 mM、外液を 0.1 mM と、
内外に濃度勾配をつけてお
き、K+選択的イオノフォアの
添加により K+を選択的に流
図 7 リポソーム内外のイオン濃度差を利用した膜電位形成法
出させることにより、理論上
リポソーム内側が外側に比べて
-188 mV となる膜電位が形成でき
る。形成する膜電位の大きさは、
内外のイオン濃度比を変えること
により調節可能である。また、実
際に形成された膜電位の大きさは、
膜電位依存性蛍光色素を用いるこ
図 8 電位依存的構造変化の検出
とで測定可能である。したがって、 構造変化が想定される部位に蛍光色素、モノブロモ
電位依存性イオンチャネルを再構 ビメイン(mBBr)を修飾する。
成したプロテオリポソームにおい
て、様々な大きさの膜電位を適用できる。
これまでに、リポソームの製法や脂質組成によっては、理論上の電位よりも小さな電位し
か形成されないことが明らかとなってきた。これは、リポソーム形成の不完全性によるイオ
ンの漏れが原因であると考えている。また、(2)で行う S-S 結合の形成には 10 分間程度、一定
の膜電位を維持する必要がある。そのために、界面活性剤の除去、押し出し法によるサイズ
の均一なユニラメラリポソームの形成、および脂質組成の最適化などを検討し、適切な膜電
位を形成する技術を確立し、プロトコール化する。
また、リポソームに再構成したイオンチャネルが、実際に膜電位依存的に構造変化してい
るかどうかを検証する必要がある。その方法として、構造変化が想定される部位に Cys 変異
を導入し、蛍光色素を修飾することにより、膜電位形成時の蛍光色素の膜への埋没に伴う蛍
光強度増大を観測する方法を確立する(図 8)。さらに、形成した膜電位の大きさと、構造変
化の度合いを、異なる蛍光色素を用いて同じ試料から同時に観測する技術を確立し、構造変
化の膜電位依存性を解析する方法をプロトコール化する。
28
(2) 膜電位存在下で形成した S-S 結合検出法の開発
静止状態、あるいは、活性化状態で近接すると予想される 2 残基に Cys 変異を導入し(図
9A)、リポソーム上でこれらの Cys 残基間に S-S 結合が形成されるかどうか、S-S 結合形成残
基対が膜電位依存的に変化するかどうかを調べる。Cys のチオール基同士が 2 Å 程度まで近
接する場合には酸化剤なしで S-S 結合が形成される。理想的な位置関係になくても構造揺ら
ぎの中である程度近接すれば、酸化剤存在下では S-S 結合を形成する(図 9B)。したがって、
酸化剤の有無の各条件で S-S 結合形成能を調べることにより、膜電位依存的な構造変化およ
び運動性が評価可能である。S-S 結合は、
未反応のチオール基にマレイミド修飾ポ
リエチレングリコール(MalPEG)を結合
させることにより SDS-PAGE で同定する。
図 9A は、膜電位依存的に膜中を動く
とされている VSD 中の S4 と、S4 に隣接
する S1 上の残基について、Cys を導入す
る残基候補にラベルを付したが、これに
限らず、より広い範囲で Cys を導入した上
で、各種膜電位における S-S 結合形成の有
無を調べることにより、膜電位依存的な
S4 の構造変化様式を解明することが可能
となる。
リポソームに再構成した試料は、脂質が
図 9 KvAP の VSD の S1 および S4 に1残基ず
つ Cys 変異を導入する。膜電位存在下、非存在
下の各条件で、近接する残基対には SS 結合が
形成される。SS 結合の形成の有無は、遊離のチ
オール基に MalPEG を結合させることにより
SDS-PAGE で同定する。
大量に混入しており、SDS-PAGE 解析を定量的に行うことが困難であることが予備検討で分
かっている。S-S 結合を形成しないために MalPEG 修飾された分子、S-S 結合を形成したため
に MalPEG 修飾されなかった分子のモル比を定量的に求める技術を確立し、プロトコール化
する。
(1)、(2)で確立する技術により、様々な膜電位下での近接残基対の情報が得られる。この情
報を基にした分子動力学的シミュレーション、あるいは、S-S 結合で安定化した試料の NMR
などの構造生物学的手法による立体構造・運動性解析により、各膜電位下での立体構造が得
られる。したがって、得られた立体構造は、新 myPresto により状態選択的な in-silico 薬物ス
クリーニングに活用可能となる。また、試料調製法をプロトコール化し、産業界に技術移転
することにより、in vitro での状態選択的なリガンドスクリーニングにも適用可能である。
ii-4) 生細胞内における創薬標的タンパク質と化合物との相互作用を計測する NMR 法の開発
多くのタンパク質が機能する細胞内環境は、さまざまな分子が高濃度で存在し、通常の分子
生物学および構造生物学的な解析が行なわれる希薄溶液中とは大きく異なる。このような分
子混雑(Molecular crowding)環境においては、周囲の分子との非特異的な相互作用に加えて、
タンパク質が占有できる空間が制限される体積排除効果によってタンパク質の平衡状態が影
29
響をうけるため、希薄溶液中とは異なる挙動を示すことが知られている(Batra et al, Biophys J
(2009))。したがって、タンパク質の本来の機能を調べるためには、このような分子混雑環境
を考慮する必要性が意識されつつある。実際の細胞内環境下においてタンパク質の動的構造
解析や、低分子化合物との相互作用解析を行うことが可能になれば、希薄溶液中の解析では
予見することが困難な偽陽性、偽陰性を排除することができ、ひいては新 myPresto を用いた
リード化合物の最適化に資するよりリア
ルな動的構造情報や相互作用パラメータ
の取得が可能と期待される。実際の細胞
内環境にあるタンパク質の構造を解析す
る手法として、in-cell NMR 法が開発され
ている。大腸菌を対象とした in-cell NMR
法では細胞内に大量発現させた目的タン
パク質を NMR 観測することが可能
だが(図 10A)
、真核細胞内のタンパ
ク質の NMR シグナルを観測するに
は、安定同位体標識タンパク質を外
部から導入する必要がある。そこで、
これまでにマイクロインジェクショ
ン(Selenko et al., Proc Natl Acad Sci
USA, 2006)、膜透過ペプチド
図 10
これまでに開発された in-cell NMR 法
(A)大腸菌内に目的タンパク質を過剰発現する。 (B)アフ
リカツメガエルの卵母細胞にマイクロインジェクション
する。(C) 膜透過ペプチド CPP を融合させて細胞内に
取り込ませ、その後細胞内でタグを切断する。(D)細胞表
面に SLO によってポアを形成した状態でタンパク質を取
り込ませ、その後 Ca2+で膜を修復させる。
(Inomata et al., Nature, 2009)を利用した導入法が用いられてきたが、特殊な細胞や装置を必
要としたり、導入のためにタンパク質に修飾を施したりするなど、手法的制約が多く存在し
た(図 10B-C)
。また、これまでの in-cell NMR 法では、
通常の培養条件よりも 100 倍以上高い密度で細胞を懸
濁して NMR 観測を行うため、測定開始後すぐに外部か
らの栄養がなくなり細胞内 ATP が枯渇し、細胞死が誘
導されるという問題があった。そのため、細胞死の影
響が NMR スペクトルに現れる前に測定を終了する必
要があり、タンパク質間相互作用や運動性を計測する
NMR 手法を適用したり、細胞内の生命現象を長時間に
わたって追跡したりすることは困難であった。
上記の安定同位体標識タンパク質の導入制限を解決
するため、われわれは細胞表面にポア形成を形成する
SLO を用いた可逆的な膜透過処理によってタンパク質
を導入する方法を利用して、特殊な装置やタンパク質
の修飾を必要としない汎用性の高い手法の開発に成功
図 11 ゲル包埋型バイオリアクター
した(Ogino et al., J Am Chem Soc. 2009)(図 10D)。ま
の模式図
た、測定中の細胞死の問題を解決するため、NMR 試料
30
管内の細胞に培地を灌流しながら NMR 測定を行うバイオリアクターの開発を行った(図 11)。
この方法では、細胞を温度感温性のゲルに包埋した状態で NMR 試料管底部に固定し、試料
管底部に挿入したガラスキャピラリーより一定速度で培地を供給する。このゲル包埋型バイ
オリアクターを用いて、測定中の細胞に栄養源や酸素を常に供給することにより、測定中の
細胞死を抑制して長時間の in-cell NMR 測定を行うことが可能となった(Kubo et al., Angew
Chem Int Ed, 2013)。
しかし、ゲル包埋型バイオリアクターを用いた手法を含めこれまでの in-cell NMR 法では、
対象となるのは浮遊状態の細胞のみであった。細胞は血球細胞のような一部の細胞を除き接
着状態にて機能するため、本来の細胞内環境を再現するためには、NMR サンプル管内で細胞
を接着状態に保持することが必要である。また、細胞内に導入したタンパク質は細胞内の代
謝回転によって分解され、観測される NMR シグナルが経時的に減弱する。よって、長時間
の NMR 測定を行うためには、細胞死を抑制するのみならず、標的タンパク質の細胞内分解
を抑制することが望ましい。そこで、ゲル包埋型リアクターの適用範囲を広げるため、以下
の 2 点の開発を行う。
(1) 接着状態の細胞を対象とした in-cell NMR 法の開発
(2) 観測タンパク質の分解を抑制した長時間 in-cell NMR 測定の実現
(1) 接着状態の細胞を対象とした in-cell NMR 法の開発
ゲル包埋型バイオリア
クターを接着細胞にも適
用可能するため、温度感温
性のゲルに対して細胞接
着の足場となる細胞外基質を添加し、ゲル内の細
図 12 接着細胞を対象とした
胞を接着状態に保持した状態にて in-cell NMR 測定
in-cell NMR 法の概念図
を行うことを目指す(図 12)。
具体的な検討事項としては、混合する細胞外マトリックス(コラーゲン、ラミニン、フィ
ブロネクチンなど)の組成と濃度を検討し、接着状態が達成される条件を検討する。細胞が
接着していることの確認は共焦点顕微鏡を使って行う。使用する細胞は、HeLa 細胞、HEK293T
細胞、MCF-7 細胞などを検討する。
(2) 観測タンパク質の分解を抑制した長時間 in-cell NMR 測定の実現
長時間の in-cell NMR を行う際には、導入したタンパク質が徐々に分解を受け、経時的にシ
グナル強度が減少することが問題となっている。そこで、細胞内のタンパク質の分解を抑制
するため、プロテアソームをはじめ様々なプロテアーゼ阻害剤を細胞に添加した状態で NMR
測定を行い、目的タンパク質の分解を抑制しつつ、細胞機能が正常に保たれている条件を探
索する。それにより、従来よりも高感度で長時間の NMR 観測を可能とする手法を確立する。
31
ついで実証研究として、開発したゲル包埋型バイオリアクターを用いて、細胞内リガンド
スクリーニング法の開発を行う。
ゲル包埋型バイオリアクターを用いてリガンドスクリーニング・最適化を行う手法を開発す
る。本手法では、膜タンパク質のように安定性が低く、in vitro での再構成が困難な分子を解
析対象とすることが可能である(図 13)
。
また、実際の細胞内にて薬物スクリーニングを行
うことにより、1)内在性分子との様々な非特異
的相互作用、2)細胞内分子混雑環境下における
体積排除効果、3)化合物の細胞への取り込み及
び排出効率、といった in vitro の希薄溶液中では
再現することが困難な要素を加味した評価が可
能となる。そのため、in vitro スクリーニングで
問題となる偽陽性、偽陰性が軽減され、ヒット化
合物をより確実性高く選別することが期待され
る。また、上記の接着細胞にも適用可能な装置を開発
することにより、様々な病態モデル細胞を用いたスク
リーニングも可能となる。
図 13 in vitro 再構成系とインタ
クト細胞を用いた相互作用解析の
模式図
実際のスクリーニング実験としては、リガンド観測型のアプローチを試みる。標的タンパク
質を発現させた細胞を用いて、差分飽和移動(STD)法を利用したリガンド観測型のスクリ
ーニングを行なう。また、リード化合物の最適化には、われわれが開発した DIRECTION 法
(Mizukoshi et al., Angew Chem Int Ed, 2012)を用いて、リガンド分子のどのプロトンが受容体
と近接しているかを明らかにする。さらに、コントロール実験として、標的タンパク質を発
現していない細胞で同様の実験を行うことで、非特異的相互作用の影響を差し引く。得られ
た相互作用パラメータは新 myPresto を用いたリード化合物の最適化に用いる。
32
iii)創薬標的タンパク質に対するリガンド化合物(中分子を含む)およびリガンドのタンパク
質結合部位の精密同定法の開発(第一三共株式会社との共同実施)
リガンド上の標的タンパク質結合部位を正確かつ迅速に決定することは、構造に導かれた
創薬開発において、ヒット化合物の合理的構造展開によるリード創生のための有用な情報を
与える。差分飽和移動 (STD) 法等の溶液核磁気共鳴 (NMR) 法を利用したリガンド-タンパ
ク質相互作用解析手法は、ヒット化合物のように親和性が弱いなどの理由で複合体結晶構造
の取得が困難な場合にも適用可能であり、リガンド上の標的タンパク質結合部位の情報を迅
速に取得できるため汎用されてきた。これまでに我々
は、STD 法において定量性を損なう原因となる自己緩和速度を差し引くことで、リガンドプ
ロトンとタンパク質水素群との分子間距離を正確に測定する新規手法 DIRECTION 法を開
発し、大阪大学中村教授との共
同研究により、myPresto を用
いて精度よくリガンドの結合
ポーズを決定する手法の開発
に成功した(Mizukoshi, et al.,
Angew. Chem. Int. Ed. (2012),
Fukunishi,et al., J.Mol. Graph.
Model. (2011))。DIRECTION 法
はリガンド上の標的タンパク質
結合部位を正確に決定できるば
かりでなく、リガンド分子とタ
ンパク質分子の間の空隙を検出
図 14. 標的タンパク質結合時のリガンドの運動性と結合
(a) ヒット化合物などのリガンドが、標的タンパク質の結合ポケット
に収まるものの完全に固定されず、運動性を残している状態 (b)
DIRECTION 法による相互作用解析では、構造多形の中の平均的な状
態の構造が得られる一方、運動性の情報は得られない。(c) 運動性解析
データに基づき合理的な構造最適化を施すことにより、相互作用面の
拡大および水素結合の強化を達成できる。
できるため、合理的構造展開に
有用な情報を与えることが実証されている。
一方、リガンド上の標的タンパク質結合部位が結合ポケットよりもわずかに小さく、ポケ
ットの充填率が低いなどの理由で、リガンド分子が結合ポケット中において完全に固定され
ず運動性を残している場合には、DIRECTION 法から検出される結合部位は運動により生じ
る構造多形の加重平均となり、運動性そのものの情報は得られない (図 14a, b)。しかしなが
ら、もしリガンドが標的タンパク質の結合ポケット中で運動性を残しているならば、結合ポ
ケットによりよくフィットするように基本骨格の修飾・拡大等の微調整を施すことで、相互
作用面を拡大し、リガンドの親和性をより高める余地があることを意味する。また、リガン
ドがしっかりと固定されることにより、水素結合等の親和性を決定づける分子間相互作用が
より強固に形成され、さらなる親和性向上につながると考えられる(図 14c)。熱力学的観点か
らは、上記の過程は、構造運動性を抑制することによる構造エントロピーの損失と引き換え
に、それを補うだけのエンタルピー利得を生み出す過程と捉えられる。このような結合の動
的特性の改質は、結合の親和性向上とは別の意義も持つ。新規作用機序の薬剤 (ファースト
インクラス) から後続のより有効な薬剤 (ベストインクラス) へと移行するにつれて、結合に
33
おけるエンタルピーの相対的な寄与率が高まる傾向があることが、HIV プロテアーゼ阻害剤
などのケースで指摘されている (Freire, E., Drug Discovery Today (2008), Muzammil, S., et al., J.
Virol. (2007), Ohtake, et al., Progr. Biophys. Mol. Biol. (2005))。これは水素結合など静的相互作用
の強化により特異性が高められた結果、より副作用が小さく薬効が高い、医薬品として有利
な特性が賦与されたものと考えられている。したがって、リガンドの運動性情報に基づき構
造エントロピーの定量的情報を取得し、結合の熱力学的特徴を制御することで特異性を高め
ることができれば、副作用を回避し、競争力の高い化合物を合理的に設計できることが期待
される。このように、リガンドの運動性情報は DIRECTION 法が与える距離情報を補う関係
にある。したがって、両者を組み合わせ高度化させたリガンド-標的タンパク質間の動的な
相互作用解析を行うことにより、結合部位決定から合理的構造展開までを迅速かつ強力に推
進させ、高親和性かつ高特異性の化合物創生を支援することが可能となる。しかしながら現
状では、標的タンパク質結合時のリガンドの運動性を解析する NMR 実験手法は乏しく、創
薬開発の現場でリガンドの運動性情報が活用されているとは言い難い。本研究では、溶液
NMR 法を用いたリガンド-標的タンパク質間の動的な相互作用解析手法を開発することに
より、リガンドベース創薬デザインのための NMR 相互作用解析手法の高度化を行い、得ら
れた情報を新 myPresto に組み込むことにより、
合成展開の新規指針を提供することを目指す。
運動性解析として、特にリガンドのメチル基に着目する。メチル基は疎水性相互作用に関与
するためリガンドの標的タンパク質結合部位に頻出し、ヒット化合物の構造展開においても
汎用されるため、リガンドの標的タンパク質結合ポケット中における運動性解析のためのプ
ローブとして妥当である。運動性解析手法の観点からも、メチル基は特徴的な NMR 磁気緩
和特性を有しており、運動性を反映する緩和現象についての理論的および実験的基礎研究背
景が豊富である。また、高分解能での定量解析には多次元 NMR 測定も視野に入れる必要が
あり、そのためにはリガンドの安定同位体標識が有効である。リガンドの標識法には確立さ
れた方法が存在しないため、我が国の製薬企業等の卓越した化学合成技術を最大限活用して
標識法を開発する。メチル基は化学合成上導入が容易であり、メタノールやヨードメタンな
どのメチル化原料は
13
C 標識体が市販されている。したがって、リガンド標識の観点でもメ
チル基を利用することは研究の第一歩として適当である。このように、メチル基を対象とし
たリガンドおよび標的タンパク質運動性解析手法の開発研究は、リガンド-標的タンパク質
間の動的な相互作用解析に基づく創薬開発の試金石となる。我々は、メチル基の運動性解析
法として禁制コヒーレンス遷移 (Forbidden Coherence Transfer,FCT) に着目した (Sun,et al.,J.
Phys.Chem.B (2011),Tugarinov, et al.,J.Am.Chem.Soc. (2007), Kay et al.,J.Am.Chem.Soc.(1987))。こ
こでの狭義の FCT とは、メチル基の 3 個のプロトン核で構成される 3 スピン系において、
標的タンパク質結合時のような高分子量状態 (slow tumbling limit) では、通常は禁制である二
量子および三量子コヒーレンス遷移がメチル基内でのプロトン間交差相関緩和を介して部分
的に許容される現象を指す (図 15)。このとき FCT の効率は、メチル基が持つピコ秒からナ
ノ秒スケールの局所的な運動性の大きさに規定される。したがって、標的タンパク質結合時
のリガンドのメチル基における FCT 効率を計測することにより、当該メチル基の運動性を
定量することが可能である。さらに、FCT 解析から得られる、メチル基の 3 回対称軸の可動
34
域を表すオーダーパラメータは、構造エントロピーと相関することが経験的に知られている
(Frederick et al., Nature (2007), Marlow et al., Nat. Chem. Biol. (2010) Tzenget al., Nature (2012))。
既存の熱力学解析手法から得られるエントロピー変化は構造エントロピーの他に溶媒のエン
トロピー、回転・併進拡散などの多種類のエントロピー項を含む一方、構造エントロピー項
のみを抽出可能な FCT 解析は特異性向上に必要な熱力学パラメータの取得に最適である。
FCT の測定は、他のメチル基運動性解析法と比較して、メチル基内の部分重水素化のような
特殊な標識を必要としないこと、および高感度であることなどの利点を持つため、簡便さ、
迅速さが求められるリガンドベース創薬開発に適している。
研究計画として、まずはキナーゼのような高分解能構造が既知であるリガンド-タンパク
質複合体に DIRECTION 法および FCT 法を適用し、実証的研究を行う。NMR 解析から取
得したリガンドの結合部位、およびメチル基の運動性データを、既知の高分解能構造と比較
し、リガンドによる結合ポケットの充填率とリガンドの運動性が相関するかを調べることで、
動的な相互作用解析に基づき
リガンド構造最適化に利用可
能な情報が得られることを実
証し、情報をドキングソフト
ウェアに組み込むなど計算科
学的に扱えるようにする。ま
た、FCT 解析から決定したリ
ガンドメチル基のオーダーパ
ラメータと等温滴定熱量測定
から決定した結合のエントロ
ピー変化の間に相関が認めら
れるかを調べることで、
リガンドの特異性向上
図 15.
禁制コヒーレンス遷移 (FCT) とメチル基のオーダーパラメータ
に繋がる情報が得られ
るかどうかを検証する。さらに、開発した手法を疾患関連タンパク質と複合体構造未知の低
分子ヒット化合物の相互作用解析に適用することで、迅速なリード創生に貢献することを目
指す。
35
iv) 創薬標的タンパク質の動的構造情報抽出法の開発および得られた情報の計算科学的手法
への導入(中外製薬株式会社との共同実施)
iv-1) GPCR のシグナル選択性を制御する動的構造の情報を抽出する方法の開発
G タンパク質共役型受容体 (GPCR)に属する膜タン
パク質群は、細胞増殖、神経伝達、免疫応答等の重要
な役割を担っており、GPCR を標的とする化合物は、
現在市販されている薬の約 1/3 を占める。GPCR は、
リガンド結合に伴い活性化すると、G タンパク質を介
したシグナルを誘起する(図 16)。同時に、活性化した
GPCR は、GPCR キナーゼによるリン酸化を受けた上
で、アレスチンを介したシグナルを誘起する。GPCR
のリガンドには、アレスチンシグナルと G タンパク質
シグナルの一方を選択的に誘起するものがあり、バ
イアスリガンドと呼ばれている。このような、バイ
アスリガンドの開発は、望ましい作用のみを選択的
に持つ化合物を開発する上で重要であると考えら
れている。
GPCR は、5 番目と 6 番目の細胞内ヘリックスが
閉じた不活性化状態と、開いた活性化状態の平衡状
態にあり、活性化状態の割合で活性が決定すること
が、申請者により示されている (図 17, Kofuku et al.,
図 16. GPCR により誘起される、二種類
のシグナルの模式図
① G タンパク質が活性化する結果、細
胞内の cAMP 濃度が変動する。
② GPCR の細胞内領域が、GPCR キナ
ーゼによるリン酸化を受けた上で、アレ
スチンが活性化する。その結果、GPCR
の内在化や、MAP キナーゼの活性化が
生じる。
Nature Commun., 2012)。したがって、バイアスリガ
ンドは、別の運動モードの構造平衡を制御してい
ることが強く示唆される。そのため、新 myPresto
を用いて GPCR のバイアスリガンドを開発する
ためには、シグナルの選択性を制御する動的構造
を解析する方法を確立することが必要である。
そこで本研究では、NMR により、GPCR のシ
グナルの選択性を制御する動的構造を検出した
上で、各状態間の交換速度および各状態における
観測原子近傍の局所構造の情報を抽出する方法
を開発する。
図 17. NMR 解析により明らかになった、
さらに、以下の(i)~(iv)の手順のような、NMR
2 アドレナリン受容体の動的構造
解析により得られる動的構造の情報を可視化する
手法を開発する。
(i) NMR で観測された、動的構造中の一つ一つの状態に対して、既知の X 線結晶構造の中か
ら、NMR の局所構造のデータと最も良く対応するものを選択する。
36
(ii) (i) で選択した各構造について、NMR の局所構造のデータを使った biased molecular
dynamics silumation を行い、NMR データと構造を対応させる。また、得られるトラジェクト
リを使って、各状態の原子密度マップを作成する。
(iii) 各状態遷移について、targeted molecular dynamics simulation を行い、各状態遷移の動的イ
メージを計算する。
(iv) (ii)で得られる各状態の原子密度マップ, (iii)で得られる各状態遷移の動的イメージと、
NMR から得られる速度定数を組み合わせて、動的構造モデルを構築する。確立した手法を
HP にて公開するとともに、大阪大学中村教授と共同研究を行い、新 myPresto に組み入れる。
また、単離した GPCR とリガンドの親和性を定量的に調べる技術や、各種リガンドが作用
した時の、G タンパク質や MAPK の活性化を調べる技術、および GRK によりリン酸化され
る部位やリン酸化反応の進行度を定量的に調べる技術といった、バイアスリガンドを開発す
る上で必須となる技術も、派生的に開発する。その上で、開発した技術を応用して、複数の
創薬標的 GPCR における、バイアスリガンドによるシグナル制御機構を解明して、その有用
性を実証する。その上で、確立した一連の技術をプロトコール化することにより、産業界へ
の成果の普及を行う。
iv-2) 創薬標的タンパク質-タンパク質相互作用の動的構造情報抽出法の開発および得られ
た情報の計算科学的手法への導入
タンパク質-タンパク質相互作用は、特
定の標的分子に選択的に作用する薬を開
発する上で重要な標的となると期待され
ている。一方、多くのタンパク質-タンパ
ク質相互作用では、広い結合界面を使って、
多段階で複合体が形成される。そのため、
一つの低分子では、通常その一部しか阻害
できない。
例えば、自己免疫疾患や HIV 等の標的で
あ る ケ モ カ イ ン SDF-1 と そ の 受 容 体
CXCR4 の相互作用では、CXCR4 の N 末端
領域と SDF-1 の構造形成領域が一段階目
の相互作用を形成した上で、CXCR4 の膜
貫通領域と SDF-1 の N 末端領域が二段階
目の相互作用を形成し、阻害剤 AMD3100
図 18. SDF-1 と CXCR4 の二段階結合の模式図。
は、二段階目の相互作用のみを阻害する
ことが、申請者により明らかになっている (Kofuku et al., J. Biol. Chem., 2009)(図 18)
。した
がって、新 myPresto に基づくタンパク質-タンパク質相互作用を標的とした創薬を効率良く
進めるためには、化合物がタンパク質-タンパク質相互作用の特定のどの段階に、どの程度
作用するかを明らかにすることが重要である。このような多段階のタンパク質-タンパク質
37
相互作用を解析する手法として、化学交換や常磁性緩和増大を利用する NMR 法が挙げられ
る。しかし、前者は交換速度や化学シフト変化量
が最適な範囲でないと適用が困難であり、後者は
交換速度の情報が得られない、といった問題があ
る。したがって、適用範囲が広く、各状態の構造
情報と交換速度を両方解析する技術が必要である。
申請者は、タンパク質-タンパク質結合界面を
正確に決定する手法である、交差飽和法を開発し
た (Takahashi et al., Nature Struct. Biol., 2000)。さら
に、さらに、結合パートナーとの距離を正確に評
価することを可能とする、定量的転移交差飽和法
を開発した。本手法を、最終段階と中間段階の結
合様式が平衡状態にあるタンパク質-タンパク質
複合体に適用すれば、中間段階の結合様式が解明
図 19. 定量的交差飽和法を多段階タン
できると考えた(図 19)
。
パク質-タンパク質相互作用に適用し
また、交差飽和法で用いる、プロトン密度の低
い試料では、アミドプロトンの縦緩和時間が長い
た時に期待される結果の模式図質-タ
ンパク質相互作用解析法の模式図。
ため、微小な縦緩和速度の変化が検出
できるという特徴がある。この特徴を
利用して、複数の常磁性金属を用いて、
通常の常磁性緩和増大実験で測定す
る横緩和速度増大だけでなく、縦緩和
速度増大も観測すれば、交換速度の決
定が可能となると考えた(図 20)
。
また、運動性に富み、均一な複合体
構造を形成していないような、途中段
階の相互作用を含む、一連の動的構
造を可視化するような技術も必要で
ある。これまでに、常磁性緩和増大
図 20.本研究で開発する、常磁性緩和増大を使っ
た、多段階タンパク質-タンパク質相互作用解析
法の模式図。
の実験値を拘束条件として、全体で
実験データを説明できるような複数の構造のセットを計算することにより、不均一な途中段
階の相互作用を可視化する、ensemble refinement 法が報告されている (Tang et al., Nature, 2007)。
そこで、上記の多段階タンパク質-タンパク質相互作用解析法により得られる実験データを
ensemble refinement 法に組み込む方法を開発して、途中段階の相互作用を可視化した上で、他
の状態の構造および各状態間の遷移の速度定数の情報と合わせることにより、一連の動的構
造を可視化することが可能となると考えた。
そこで本研究では、交差飽和法を発展させた、多段階タンパク質-タンパク質相互作用解
析法、および得られた情報を計算科学的手法に導入することで、一連の動的構造を可視化す
38
る技術を開発する。その上で、開発した手法を SDF-1 と CXCR4 の相互作用に適用して、手
法の有用性を実証するとともに、CXCR4 を標的とした創薬の発展に寄与する。その上で、確
立した技術をプロトコール化することによ
り、産業界への成果の普及を行う。
また、CXCR4 の収量および安定性が低い
ことから、研究を効率良く進めるために、手
法開発のためのモデル系として、SDF-1 と
CXCR4 に類似した二段階結合様式を持つと
考えられる、ユビキチンとユビキチン結合タ
図 21. ユビキチン (Ubi) とユビキチン結合タ
ンパク質 (YUH) の二段階結合の模式図
ンパク質を用いる(図 21)
。
c)電子線及びX線によるタンパク質及びその化合物複合体の精緻立体構造取得技術の開発
(実施体制:名古屋大学創薬科学研究科・細胞生理学研究センター、株式会社三和化学研究
所、三井化学アグロ株式会社、産総研、日本電子株式会社)
電子線及びX線の基盤技術を総合的に開発するとともに、これらの技術要素を組み合わせる
ことによって、創薬標的タンパク質、中でも、高血圧や糖尿病などに関わるGタンパク質共役
型受容体、GPCR(例えば、高血圧や糖尿病それぞれについてエンドセリン受容体やインクレ
チン受容体)、細胞間接着と細胞間透過制御タンパク質(例えば、パラセルラー透過制御タ
ンパク質としてクローディン、そして、トランスセルラーの透過制御タンパク質としてギャ
ップ結合タンパク質)、各種チャネル(水チャネルやイオンチャネル)をはじめとする多様
な創薬標的タンパク質を生理的条件に近い状態で立体構造解析する。そして、得られた成果
をNMRで行われる動的構造変化の研究につなげ、さらにこれらを計算科学的アプローチ「新
myPresto」に組み込むことにより、革新的in-silicoシミュレーション/スクリーニングソフト
ウェアの開発に資する。そして、これら技術要素に関わる手法をプロトコール化することに
よって医薬品産業での普及を積極的に促す。
39
ⅰ)構造不安定かつ大分子量タンパク質の構造解析向けに構造を安定化する技術の開発
(実施体制:名古屋大学創薬科学研究科・細胞生理学研究センター)
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)などの構造不安定かつ大分子量の膜タンパク質の構造解
析は、困難であるか不可能であったが、このような膜タンパク質を安定化させる技術を開発
することにより、構造解析を可能にす
る。糖尿病に関わるインクレチン受容
体、中でもGLP-1受容体は、長いペプ
チド性リガンドで制御を受けるGPCR
ファミリーに属しており、長いペプチ
ドがGPCRの深くまで結合できる機能
を実現するために、おそらく構造は動
きやすく不安定であると考えられる。
それゆえ、構造解析は困難であるか、
不可能であった。また、血圧の制御に
関わるエンドセリン受容体もペプチド
性のリガンドを有するGPCRである。こ
図 1
1 残基ごとにアラニンに変異し構造の
の様なGPCRsをはじめとして構造不安
安定化試験を行う。これをすべてのアミノ酸
定な膜タンパク質の構造を解析するに
残基に対して行い、耐熱化した変異体を見出
は、構造を安定化する方法を見出さねば
すことができる
ならない。なお、抗体を結合させること
で構造を安定化させる方法はすでに開発
されているが、このような方法では、安
定化した状態の受容体でリガンド結合能
を確認することが困難である。それゆえ、
構造安定変異体を創出することによって
構造解析を実現する必要がある。なお、
我々の経験では、このような変異体では、
リガンド結合能を保持するのみならず、
各種Gタンパク質の活性化も行うことが
できる。すなわち、構造安定化の変異体
で生ずる変化は、時定数が遅くなること
である。そのためには、図1に示すように、
系統的な1アミノ酸ごとのアラニンスキ
図 2
T4 リゾチームを細胞内第 3 ループにつ
ないだキメラ G タンパク質共役型受容体を作
製して構造の安定化を行う。
ャンを行って、それぞれの変異体の熱安
定性の評価を行わなければならない。このような構造安定化変異体の作製に加えて、GPCR
の場合には、細胞内第3ループにT4リゾチームのように安定なタンパク質をキメラとして付加
することによって、さらに構造を安定化する(図2)ことによって、構造解析が可能となる場
合が多い。この様に不安定なタンパク質の構造解析を実現するための効率の良い技術を開発
40
し、高分解能の構造情報を取得して革新的in-silicoシミュレーション/スクリーニングソフト
ウェアを活用することで、アゴニストやアンタゴニストの開発を行う。
これらの研究を推進する過程で蓄積される知識や経験に基づいて、製薬企業などで有効に活
用されるような、安定化変異体と安定化キメラ作製技術のプロトコールを作成する。
ⅱ)生理的条件下における精緻な立体構造情報を取得する技術の開発
(実施体制:名古屋大学創薬科学研究科・細胞生理学研究センター、株式会社三和化学研
究所、三井化学アグロ株式会社、産総研)
生理的条件下にある膜タンパク質、水チャネル、イオンチャネルなどの立体構造を電子線結
晶構造解析により2.5Å以上の分解能で解析する。
図 3 電子線結晶学とX線結晶学による AQP4 の構造解析。電子線結晶学では、チ
ャネル内の 8 個の水分子が分離して観察される。一方、X線結晶学では、水分子の
密度が分離できていない。その理由は、界面活性剤で脂質分子を除外した状態で構
造解析されているので、水チャネルに共通の特徴的な短いへリックスが形成する静
電場が小さくなってしまった状態の構造だからである。電子線結晶学では自然な状
態に近い条件で構造を解析できているので、強い静電場による水分子の配向がみら
れ、カルボニル基の配置により水分子の入りやすい位置が形成されているから、相
対的に低い 2.8Å分解能でも 8 個の水分子すべてが分離して解析される。
IT創薬を実現するための構造情報を取得するには、タンパク質の構造を出来る限り生理的状
態に近い条件で構造解析することが望まれる。例えば、水チャネルを標的とする創薬を目指
す場合に、チャネル内の水分子を分離して観察することが望まれる。水チャネルAQP4の構造
解析の例を見てみると、電子線結晶学を用いて2.8Å分解能で解析されたAQP4のチャネル内
には図3に示すように、8個の水分子が完全に分離して観察された(図3の左の水チャネル内の
密度図)。一方、X線結晶学でそれよりはるかに高い1.8Å分解能で解析された構造でも、チ
ャネル内の水分子の密度はボケてしまっており、水分子を分離して観察することはできなか
41
った(図3の右の水チャネル内の密度図)。
この様に、生理的条件下に近い条件で膜タンパク質の構造が解析されたか否かによって、構
造解析における質の明確な違いが生じることが明らかになった。すなわち、電子線結晶学を
用いた場合には、膜タンパク質が脂質膜の中にある状態で構造が解析されるので、脂質分子
による比誘電率の特徴的な分布によって、水チャネルの2本の短いへリックスが大きい双極子
モーメントを形成する。これによって、チャネル内の水分子を配向させ、その配向と呼応す
るように絶妙な位置にカルボニル基が配置されているので、水分子の安定な位置にある自然
に近い条件で構造が解析できる(図4)。
図 4
電子線結晶学により解析された AQP4 の構造とその模式図。脂質膜が形成する
強い比誘電率内にあることで形成される特徴的なへリックスの強い静電場がチャネ
ル内の水分子を配向させる。この水分子の配向と呼応する位置にカルボニル基が配置
され、疎水的なチャネル内でも水素結合を形成する位置には水分子が低いエネルギー
で入ることができる。模式図の右に示されているように、解析された温度因子が小さ
いことから水分子が安定に入ることを示している。
このカルボニル基は、ほとんど完全に疎水的なチャネル内へ水分子が比較的低いエネルギー
障壁で入るのに重要である。一方、X線結晶学では、脂質分子が界面活性剤で取り除かれて
いるために、特徴的な2本の短いへリックスの双極子モーメントが小さくなってしまうので、
チャネル内に低いエネルギー障壁で水分子が入る位置が形成されない状態となる。それゆえ、
解析された水分子の密度がつながってしまっている。
イオンチャネルについても、電子線結晶学により、電位感受性ナトリウムチャネルの2つの
コンフォメーションの構造解析に成功した。これは、初めて脂質2重膜の中にある状態でイオ
ンチャネルの原子モデルが議論できる構造解析であり、図5に示すように、Inactivationを中心
とするチャネルのGatingに関する重要な構造的知見を与えている。
42
図 5
電子線結晶学により解析されたバクテリア由来の電位感受性ナトリウムチ
ャネルの2つのコンフォメーションの構造。電位感受性ナトリウムチャネルの
Inactivation を中心とする gating 機構を解明する上で、重要な構造要素を明らか
にすることができた。このような構造情報と、ナトリウムチャネルの複合体の構造
を解析することによって、麻酔薬の作用機序が理解されるとともに、より優れた麻
酔薬の開発に役立つことが期待される。
43
このようなナトリウムチャネルは、最も広く使われているとされる局所麻酔剤であるリドカ
イン(図6)も結合するバクテリア由来の電位感受性ナトリウムチャネルで、リドカインのよ
うな麻酔剤を始め、ニフェディピン(図7)のような、高血圧や狭心症の治療にも使われる薬
剤も結合する。
図 6
ナトリウムチャネルに結合し
て局所麻酔の作用をする化合物で、
リドカイン(Lidocain)と呼ばれて
図 7
カルシウムチャネルに結合し
いる。ヒト由来のナトリウムチャネ
て高血圧や狭心症の治療薬として使
ルに結合して作用することがわかっ
わ れ て い る ニ フ ェ デ ピ ン
ているが、バクテリア由来のナトリ
(Nifedipine)と呼ばれている化合
ウムチャネルにも結合するので、よ
物。バクテリア由来のナトリウムチ
り優れた麻酔薬の研究を進める上
ャネルにも結合するので、より優れ
で、イオンチャネルとの複合体の構
た高血圧治療薬の研究を進める上
造解析は重要である。
で、イオンチャネルとの複合体など
の構造情報は重要である。
以上のように、水チャネルやイオンチャネルの構造と機能をできる限り自然な状態にある条
件で理解し、それらに特異的な阻害剤を設計するには、図3と図4や図5で示したように、膜タ
ンパク質が本来存在する自然な脂質膜内での構造が解析される必要がある。そして、
「iv) 膜
タンパク質/化合物複合体の立体構造を解析する技術の開発」で議論するように、このよう
なチャネルと阻害剤との複合体の構造を解析して、IT創薬のための構造情報を提供する必要
がある。それゆえ、電子線結晶学を中心とした構造情報を取得する技術開発をさらに進めて、
IT創薬のための精緻な構造情報を効率よく取得できるようにする。
これらの研究を進める過程で確立する予定の発現・精製・2次元結晶化技術、そして構造と機
能解析技術のプロトコールを作成する。
ⅲ)既知の立体構造情報に基づいて新規の標的タンパク質の立体構造を効率よく解析するた
めの技術開発
(実施体制:名古屋大学創薬科学研究科・細胞生理学研究センター、株式会社三和化学研
究所、三井化学アグロ株式会社、産総研、日本電子株式会社)
近年GPCRsのかなりの数の構造が解析されるようになり、Birian Kobilkaがノーベル賞を受賞
する時代となった。それゆえ、すでにかなりの数のGPCRsの構造情報を使うことができるよ
44
うになっている。このように、構造解析が進展し
てきた状態では、同じタイプのGPCRの構造が解析
されている場合が存在する。そのような場合に、
まったく新規なタイプの膜タンパク質より、効率
よく構造を解析する技術開発が望まれている。立
体構造既知の受容体、例えば、マクロファージな
どの細胞遊走に関わるとされているGPCRである
S1P受容体1型(S1PR1)の構造解析法と構造を参
考にして、異なる重要な種類の細胞の遊走に関わ
ると考えられる同じファミリーに属するS1P受容
体2型(S1PR2)の立体構造を解析する。S1PR1は
図8に示すように、M. A. Hansonらによりantagonist
図 8
との複合体の構造が解析されている(M. A. Hanson
製して構造を安定化させることによ
et al., Science, 335, 851-855 (2012))。S1PR2特異的
って、X線結晶学により構造解析さ
agonistといわれる化合物が、SID46371153として
れた S1PR1 の構造(M. A. Hanson et
Hugh Rosenにより開発されているが、このタイプの
al., Science, 335, 851-855 (2012)
受容体は5種類存在しており、損傷部位の治癒に重要
T4 リゾチームとのキメラを作
より、転載)。
な機能を担うと予想される2型の受容体に対して、
より特異性の高いagonistを開発するために、構造情
報の取得が望まれている。このように、S1PR2の構造を、「iv)
膜タンパク質/化合物複合
体の立体構造を解析する技術の開発」で示すように、SID46371153との複合体を形成させて構
造解析することが望まれる。
この類似の構造が解析されているタンパク質を効率よく構造解析する技術開発の過程で得ら
れる知見を基にプロトコールを作成する。
ⅳ)
膜タンパク質/化合物複合体の立体構造を解析する技術の開発
(実施体制:名古屋大学創薬科学研究科・細胞生理学研究センター、株式会社三和化学研
究所、三井化学アグロ株式会社、産総研、日本電子株式会社)
医薬品候補化合物の最適化に向けた化学合成展開を支援するため、水チャネルやイオンチャ
ネルなどと、それらの阻害剤や、GPCRsとそのアゴニスト、アンタゴニストなどとの複合体
の立体構造を解析する。さらに、ブラッドブレインバリア(BBB)などタイトジャンクショ
ンを形成するクローディンとその毒素との複合体の構造やギャップ結合チャネル複合体の構
造を解析し、IT創薬に必要な構造情報を取得する。
例えば、げっ歯類由来のAQP4の阻害剤として、ダイアモックス(共同研究を進めている株式
会社三和化学研究所で製造されているアセタゾールアミド:AZA)を見出したが、AZAはヒ
ト由来のAQP4を阻害できない。この問題を解決し、脳浮腫やインフルエンザ脳症、神経脊髄
炎の治療薬の可能性があるヒト由来のAQP4阻害剤を開発するために、AQP4とAZAとの複合
体の構造を解析することにより、創薬を加速する技術開発を行ってきている(図9)。このよ
45
うな水チャネルを標的として、「構造に指南された創薬基盤技術」開発を引き続き進めると
ともに、新たな標的の解析も行う。
このような水チャネル以外にも、イオンチャネル、GPCRs、クローディン、コネキシン、イ
ネキシンなどと化合物複合体の構造解析を行うことができる技術の開発と改良を進める。そ
れに基づいて、複合体の立体構造解析の情報を計算科学的アプローチに組み込むことにより、
革新的in silicoシミュレーション/スクリーニングソフトウェアの開発に資する。
図9
電子線結晶学で解析されたラット由来の水チャネル AQP4 とその阻害剤
AZA の複合体の構造。AZA が AQP4 の水チャネルの細胞外側を塞いでいる構造と、
AZA が相互作用している残基が解明された。これを基により強力な阻害剤の開
発が進んでいる
さらに、以上、i)からiv)で開発する基盤技術の汎用性の高い手法をプロトコール化することに
よって、IT創薬をさらに強力にできるプロトコールとして、医薬品産業での普及を積極的に
促す。
■ 三井化学アグロ株式会社
近年、X 線やNMRを用いて立体構造情報を取得する手法により、膜タンパク質の立体構造
と化合物の作用部位や作用機序の解明が進められている。膜タンパク質は農薬の重要なター
ゲッであるが、構造が解明された膜タンパク質はグルタミン酸受容体のみである。農薬のタ
ーゲットとして重要な膜タンパク質の立体構造を解明することにより、新規農薬の探索研究
における分子設計の精度を格段に向上させる。
■ 日本電子株式会社
電子線結晶学を用いて、膜タンパク質の構造と機能を解析する基盤技術を開発するために、
試料作製技術のための装置や電子顕微鏡本体の改良のための研究を進める。また、そのよう
な装置開発だけでなく、ここで開発できた装置を用いて、実際に IT 創薬に必要な高分解能デ
46
ータ取得のための実証研究を藤吉グループと密な連携のもとに進める。そのために、名古屋
大学に、研究員を派遣して本事業を円滑に推進できるような、万全の態勢をとる。また、こ
れらの研究の発展は、わが社の新しい装置開発などに十分に生かされると共に、本事業にも
さらに貢献できるようなシステムを開発することができると考えている。
■ 株式会社三和化学研究所
藤吉グループが開発している膜タンパク質の構造と機能を解析する基盤技術を活用して、水
チャネルを標的とした創薬実証研究を進める。例えば、水チャネル AQP4 を標的として、阻害
薬を開発する研究を行う。具体的には、水チャネルの阻害剤を探索するハイスループットス
クリーニング系の開発を行い、阻害剤の探索を行い、候補化合物と水チャネルとの複合体の
構造を解析し、それに基づいた創薬開発を行う。
47
(2)探索的実証研究
本研究の化合物の標的タンパク質は、我が国を含む先進諸国で増加が著しい「2型糖尿病
(成人型糖尿病)
」と「精神疾患」の関連分子を対象とする。近年これらの疾患において、発
症の起源が胎児期や幼少期と想定されるようになり、病態の理解が徐々に進むにつれ、発症
前の介入による医療(先制医療)や各病期(早期〜進行期)に合わせた医療(個別化医療)
が求められるようになってきており、このようなコンセプトに合わせた標的タンパク質を本
研究の対象として設定する。
2型糖尿病において、疾患の進行とともに、関連する糖脂質代謝分子の動態が変化する
(Mochizuki et al. J. Biol. Chem. 2008、Iankova et al. Mol Endocrinol 2006)
。
病初期には糖質や脂質の過剰摂取により脂肪細胞内で脂肪酸合成遺伝子の活性化が進み、
肥満が誘導される。この際、糖質や脂質の体内で過剰状態が BRD4 タンパク質を活性化し、
BRD4 が転写伸長因子
(P-TEFb タンパク質)に結合することで、脂肪酸合成遺伝子
(FAS, ACCα,
ACCβ 等)の転写(発現)を亢進させる(Sakurai, Mochizuki et al. in preparation)。従って、
「BRD4
タンパク質を標的とし、脂肪細胞内でその機能を阻害する化合物」を同定すれば、早期の糖
尿病患者における肥満の予防や改善が期待できる。
後期(進行期)には、過剰な糖質や脂質の蓄積により BRD4 の機能が低下することで、そ
れまで結合していた転写伸長因子(P-TEFb タンパク質)が離れ(このとき、転写伸長因子
P-TEFb は HEXIM1 タンパク質と結合)、脂肪酸合成遺伝子(FAS, ACCα, ACCβ 等)の転写伸
長反応が低下する。これと並行してインスリン抵抗性(インスリンによるグルコースの取り
込み促進能が低下している状態)が増大し、糖尿病を進行させる(Zhou et al. Microbiol Mol Biol
Rev. 2006;Sakurai and Mochizuki et al. in preparation)。従って、HEXIM1 と結合し、BRD4 を再
び転写伸長因子(P-TEFb)に結合させ直すような化合物が、進行期の糖尿病の治療薬として
期待できる。
一方、精神疾患領域の研究により、脳の発達過程で発現の量と領域が拡大し、神経細胞の
成熟に関わる遺伝子制御タンパク質(MeCP2)が同定され、その異常(MECP2 遺伝子変異)
が精神疾患の原因であることが明らかにされた(Amir et al. Nat Genet 1999)。その後、MeCP2
の脳特異的タイプが同定され(Chunshu, Kubota et al. Clin Genet 2006)
、さらにこのタンパク質
を生後に補充することで精神(脳)症状が改善することが遺伝子改変モデルマウスの研究に
より報告された(Guy et al. Science 2007)
。その一方で、MECP2 遺伝子の過剰な発現(MeCP2
タンパク質の過剰量)が脳機能障害を生じさせることも明らかにされてきている(Collins et al.
Hum Mol Genet 2004)。すなわち、MeCP2 の適正な量の維持・管理は、脳機能の正常維持に重
要であることが一連の脳科学研究でわかってきた。
また MeCP2 はヒストン脱アセチル化修飾酵素(HDAC1, HDAC2)と結合し種々の遺伝子の
発現抑制(エピジェネティックな調節)を担うタンパク質であることと(Miyake, Kubota et
al.BMC Neurosci 2011)
、長年、精神疾患(統合失調症)や神経疾患(てんかん)の治療に使用
されてきたバルプロ酸ナトリウムに HDAC の阻害作用が見いだされたことから、MeCP2 と
HDAC の協調による神経細胞内遺伝子の適確なコントロールの維持、およびその破綻(疾患)
48
における化合物の適確な介入が、精神・神経疾患治療につながることが期待される。
本研究で対象とする医薬品候補化合物の候補タンパク質(BRD4・HEXIM1、MeCP2・HDAC)
は、いずれも染色体クロマチン構造の形成とこれに基づく遺伝子の発現調節に関わるタンパ
ク質である。
BRD4 や HEXIM1 は糖脂質代謝関連遺伝子の「転写開始点の下流領域」に結合し「閉じた
(抑制された)状態」から「開いた(発現)状態」に変化させる機能を有し、その破綻は糖
尿病等の代謝異常症の原因となる(下図・左)。MeCP2 と HDAC は神経機能関連遺伝子の「プ
ロモーター領域」に結合してクロマチン構造を「開いた(発現)状態」から「閉じた(抑制
された)状態」に変化させる機能を有し、したがってその破綻は精神・神経疾患の原因とな
る(下図・右)
。
したがって、これらのタンパク質に対して作用する薬物の臨床効果の予見性を高めるため
には、薬物のタンパク質への結合能のみならず、結合により惹起される現象も評価する必要
がある。そのために、上記の各タンパク質について、i)細胞内における医薬品候補化合物
の標的タンパク質への結合の検証、ii)医薬品候補化合物の標的タンパク質への結合を介し
た病態関連遺伝子の転写調節の検証、iii)医薬品候補化合物の治療効果の持続性の検証をす
るためのアッセイ系を確立する。
i) 細胞内における医薬品候補化合物の標的タンパク質への結合の検証
i-1)糖尿病関連タンパク質 BRD4 および HEXIM1 のタンパク質-タンパク質結合
(実施体制:山梨大学、株式会社三和化学研究所)
医薬品候補化合物がタンパク質に結合し、その機能を阻害しているかを明確に判定可能な
アッセイ系を確立する。具体的には、脂質代謝遺伝子の転写伸長に関わる BRD4 タンパク質
の HEXIM1 タンパク質への結合阻害を確認できるアッセイ系を確立する。
BiFC(Bimolecular fluorescence complementation)法は2種のタンパク質の結合性を in vitro
(試験管内)で検証する方法である。この方法は検証対象とするタンパク質にあらかじめ蛍
光タンパク質(YFP)の N 末端と C 末端を融合させておき、細胞内で結合した場合のみ発光
することを原理にした方法である(下図)
。
49
上記の BiFC 法を用いて、
化合物が、
細胞内で糖尿病関連タンパク質である BRD4 に結合し、
その結果、HEXIM1 との結合を阻害することを検証できるアッセイ系を確立する(下図)
。こ
のアッセイの確立のために使用する化合物は BRD4 タンパク質に結合し、その機能を阻害す
ることが判明している JQ1(Filippakopoulos et al. Nature 2010; Zuber et al. Nature 2011)とする。
また、定量 RT-PCR 法を用いて、遺伝子の転写効率の改善の有無を確認する。対象遺伝子は、
BRD4 の被制御遺伝子である脂肪酸合成関連遺伝子(FAS、 ACCα、ACCβ)、インスリン感受
性ホルモン(アディポネクチン)
、脂肪蓄積関連遺伝子(LPL、DGAT)とする。
i-2)精神疾患関連タンパク質 MeCP2 および HDAC のタンパク質-タンパク質結合
(実施体制:山梨大学)
BiFC 法を用いて、化合物が、細胞内で精神疾患関連タンパク質である HDAC に結合し、
その結果、MeCP2 との結合を阻害することを検証できるアッセイ系を確立する(下図)。ま
た、定量 RT-PCR 法を用いて、遺伝子発現の改善の有無を確認する。対象遺伝子は、MeCP2
の被制御遺伝子である脳栄養因子遺伝子(BDNF)
、シナプス関連遺伝子(LIN7A)、神経細胞
接着因子遺伝子(PCDHB1, PCDH7)とする(Miyake, Kubota et al. BMC Neurosci 2011)。このア
50
ッセイ系の確立のために使用する化合物は HDAC1・HDAC2 に結合し、その機能を阻害する
ことが判明している VPA(バルプロ酸ナトリウム:商品名デパケン、向精神薬・抗てんかん
薬)などのヒストン脱アセチル化酵素阻害作用を有する化合物とする。
ii) 医薬品候補化合物の標的タンパク質への結合を介した病態関連遺伝子の転写調節
の検証
ii-1)糖尿病関連タンパク質 BRD4 を介した病態関連遺伝子の転写調節
(実施体制:山梨大学、株式会社三和化学研究所)
医薬品候補化合物がタンパク質に結合することにより、当該タンパク質の染色体ゲノム上
への結合が阻害され、タンパク質調節下の遺伝子の発現の是正がなされることが検証できる
アッセイ系を確立する。
遺伝子は、染色体ゲノム(DNA、ヒストンタンパク質)の上で、種々のタンパク質による
調節を受けている。提案者らは、このようなゲノム(遺伝子)調節タンパク質である DNA メ
チル化酵素によって形成される修飾パターンに基づく簡便な PCR アッセイ系(臨床検査)を
世界で最初に確立した(Kubota et al. Nat Genet 1997)
。この目的に用いるアッセイの原理は、
もともと、疾患の診断に使用されてきたものである。具体的には、遺伝子は染色体ゲノム(DNA、
ヒストンタンパク質)の上で、種々のタンパク質による調節や修飾を受けている。提案者ら
51
は、このようなゲノム上の遺伝子調節タンパク質(DNA メチル化酵素)の結合に基づくパタ
ーンを臨床アッセイ系として世界に先駆けて確立し(Kubota et al. Nat Genet 1997)、これによ
り疾患診断率が上昇し、治療対象患者が大きく増加した。そこで、本アッセイ原理に基づい
て、標的タンパク質(遺伝子調節タンパク質)のゲノムへの結合による病態関連遺伝子の転
写調節パターンの医薬品候補化合物添加時の変化を把握する。これにより、当該化合物の生
体内作用の詳細な把握が可能なアッセイ系の確立をめざす。
近年の DNA チップ技術の進歩と相まって、遺伝子調節パターンの把握は、単一遺伝子領域
から染色体全域に拡大し(Sakashita, Kubota et al. Hum Genet 2012)
(下図)
、
52
今では、全染色体(全ゲノム)領域に拡大された(下図(A))。さらに膨大な全ゲノム情報か
ら、バイオインフォマティックス技術を用いて、遺伝子調節パターンやタンパク質の結合パ
ターンにおいて著しい差異を呈する領域(遺伝子)の抽出が可能となった(下図(B))
(Miyake,
Kubota et al. PLOS ONE 2013)
。
上記のような解析技法に基づき、化合物が BRD4 に結合し、その結果、BRD4 のアセチル
化ヒストンタンパク質への結合が阻害され転写効率が低下し、発現の減少がみられる遺伝子
のゲノムワイドの把握が可能なアッセイ系を確立する(下図)。
この場合、阻害対象となる遺伝子は、既知の BRD4 の被制御遺伝子(脂肪酸合成関連遺伝
子の FAS、 ACCα、ACCβ;インスリン感受性ホルモンのアディポネクチン;脂肪蓄積関連遺
伝子の LPL、DGAT)以外の新規遺伝子が同定され、これらの多数の遺伝子の結合パターン変
化情報を化合物の生体組織内での効果(糖尿病後期モデルへの病態軽減効果)の判定に活用
できるアッセイ(網羅的タンパク質結合パターンに基づく化合物効果予測判定法)を構築す
る。このアッセイ系の検証のために使用する化合物は BRD4 に結合し、BRD4 の有するアセチ
ル化ヒストンタンパク質への結合機能を阻害することが判明している JQ1(Filippakopoulos et
al. Nature 2010; Zuber et al. Nature 2011)とする。
53
ii-2)精神疾患関連タンパク質 MeCP2/HDAC を介した病態関連遺伝子の転写調節
(実施体制:山梨大学、ヤマト科学株式会社)
上述のような ChIP 法に基づく網羅的タンパク質結合パターン解析技法に基づき、化合物が
HDAC に結合し、その結果、MeCP2 との結合を阻害し、発現回復がみられる遺伝子のゲノムワ
イドな把握が可能なアッセイ系を確立する(下図)。この場合、阻害対象となる遺伝子は、
既知の MeCP2-HDAC 複合体の被制御遺伝子(脳栄養因子遺伝子の BDNF、シナプス関連遺伝
子の LIN7A、神経細胞接着因子遺伝子の PCDHB1, PCDH7))以外の新規遺伝子が同定され、
これらの多数の遺伝子の結合パターン変化情報を化合物の生体組織内での効果の判定に活用
できるアッセイ系(網羅的タンパク質結合パターンに基づく化合物効果予測判定法)を確立
する。この目的のために使用する化合物は、HDAC1・HDAC2 に作用し、その機能を阻害す
ることが判明している VPA(Nat Neurosci 2009)とする。
上記アッセイ系の検証材料として、ヒト神経系培養細胞(SHSY-5Y)の他、独自に樹立し
た MECP2 遺伝子変異を有する精神疾患患者の iPS 細胞の神経分化誘導細胞(Miyake, Kubota et
al. PloS ONE 2013;Ando, Kubota et al. in preparation)(下図)を使用する。なお MECP2 遺伝子が
X 染色体上(X 連鎖優性遺伝病)の遺伝子であることから、X 染色体不活化現象により、変異
MECP2 遺伝子が活性化している異常機能 iPS 細胞(病態モデル細胞)株と正常 MECP2 遺伝
子が活性化している正常機能 iPS 細胞(正常対照細胞)株が樹立された。そこで、病態モデ
ル細胞株を利用した化合物の治療効果を、正常対照細胞株を利用した化合物の副作用効果の
検証が可能なアッセイ系を確立する。
54
iii) 医薬品候補化合物の治療効果の持続性の検証
iii-1)糖尿病関連タンパク質 BRD4 との結合が想定された化合物の治療効果の持続性
(実施体制:山梨大学、株式会社三和化学研究所)
評価対象とする化合物が遺伝子領域の染色体クロマチン構造のパターンを変化させる作
用があることから、一定期間、持続的な是正効果が予測され、これを検証する細胞/動物を
用いたアッセイ系を確立する。具体的には、BRD4 結合化合物(JQ1 等)の投与中止後にお
ける BRD4 の被制御遺伝子(脂肪酸合成関連遺伝子の FAS、 ACCα、ACCβ;インスリン感
受性ホルモンのアディポネクチン;脂肪蓄積関連遺伝子の LPL、DGAT)等の発現抑制の持
続期間を検証できる細胞のアッセイ系を確立する。
また、動物のアッセイ系として、糖尿病早期にあたる肥満モデルマウス(高脂肪食負荷マ
ウス、ob/ob マウスなど)に BRD4 結合阻害化合物(JQ1 等)を投与し、BRD4 が遺伝子(ア
セチル化ヒストンタンパク質)から離脱することを網羅的クロマチン免疫沈降法(ChIP-seq)
で、さらに BRD4 の被制御遺伝子の転写伸長の抑制とその持続期間を定量 RT-PCR でモニタ
ー可能なアッセイ系を確立する。
55
以上、i)~iii)で樹立したアッセイ系を用いて、化合物の標的タンパク質への結合、お
よび結合よって惹起が予測される生体内の現象を統合的に評価することにより、同一のタン
パク質を標的とする病期に応じた薬物設計が可能になり、個別化医療・先制医療(早期医療
介入)のための創薬の効率化が期待できる。
56
9.事業遂行能力
本事業における研究実施機関は次世代天然物化学技術研究組合(企業組合員、産業技術総
合研究所)
、大阪大学、東京大学、名古屋大学、および山梨大学とし、これらの機関で組合参
画企業の研究者と官学の研究者が共同で研究開発を行う。ここで、次世代天然物化学技術研
究組合の組合員、および大阪大学、東京大学および名古屋大学の共同実施研究員は、平成 20
年度から平成 24 年度まで実施された独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「創
薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにおいて、構造生物学的お
よび計算科学的創薬基盤技術を開発して、産業界における創薬研究および人材育成に寄与し
てきた。これを踏まえ、下記に主たる実施機関および参画企業の事業遂行能力を示す。
(1)IT を活用したタンパク質の構造情報に基づく創薬基盤ツールの開発
a)革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアの開発
■ 大阪大学蛋白質研究所(事業統括責任者・サブプロジェクトリーダ、中村春木)、産総研
(主任研究員、福西快文)
本提案において「革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアの開発」
の分担を予定している大阪大学・蛋白質研究所と産総研では、従来から関連する薬物ドッキ
ングや分子シミュレーションの新規アルゴリズムの開発とそれに基づくソフトウェアシステ
ムの構築・応用を行ってきた。
特に、「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトを 2007 年度か
ら 2012 年度までの 6 年間、
上記2つの研究機関が協力して実施し、下記の成果を挙げており、
今回の研究提案についての事業遂行能力があることを示している。
1)購入可能な低分子化合物のデータベース( LigandBox: LIGANd DataBase Open and
Extensible)の開発と公開:購入可能な低分子化合物の電子カタログを基にして、水素原子の
付加、部分原子電荷の計算、光学異性体の考慮、などを行い、タンパク質受容体の立体構造
に対して直ちにドッキング計算が行える 3 次元分子モデルを生成した。毎年更新されるため、
計約 2000 万種類の低分子化合物を含む。
57
図 1:LigandBox のトップページ
さらに、ドッキング計算のための候補化合物の絞り込みや、ヒット化合物からのリード化合
物への LBDS 展開のために、MCS (Maximum Common Substructuer)法を用いた高速な類似化合
物検索サービスを開発した。以上のデータのダウンロードと検索サービスは、大阪大学蛋白
質研究所のポータル(http://ligandbox.protein.osaka-u.ac.jp/ligandbox/)から公開されている(図
1)。さらに大阪大学蛋白質研究所では PDBj(http://pdbj.org/)の運営を継続的に実施しており、
そこで活用してきたオントロジー技術や RDF 化等のセマンティック・ウェブ技術も直ちに応
用が可能である。また、化合物の結晶構造データベース(CSD:Cambridge Structure Database)利
用における日本のアカデミアの代表窓口にもなっている。このように、化合物データベース
について開発する経験と実績を有する。
2)薬物ドッキング・薬物スクリーニング手法:myPresto の開発:
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにおいてプログラム・
スーツとして myPresto を開発し、経済産業省ライフサイエンス統合データベース・ポータル
サイト medals (http://medals.jp/myPresto/)と大阪大学蛋白質研究所(http://presto.protein.osaka-u.
ac.jp/myPresto4/)から公開した。公開を始めた2008年3月から2013年2月末までの
ダウンロード数は、大阪大学と medals のページを合わせて総計 2,429 件(日本語ページ:2,131
件、英語ページ:298 件)であった。
2−1)myPresto/sievgene の性能
myPresto/sievgene のドッキング計算の精度(薬物の予測確率)を、現実的な問題に対して
製薬企業が評価したところ、米国 S 社製品の 18 倍、カナダ C 社製品および英国 C 機関製品
の 12 倍高精度であった。実際のヒット化合物探索においても、上記プロジェクトに参画した
化学企業において、myPresto/sievgene により選択して購入した 865 化合物に対して 121 の in
vitro でのヒット化合物を得て(ヒット率 14%)、さらには in vivo でもそのうち 18 個に活性が
58
見られる等、具体的な成果が得られている。また、我々とは全く異なるグループが
myPresto/sievgene を利用した活性化合物の発見を行っており、一般的な手法として認められ
ている(Shima et al. (2013) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, doi: 10.1073/pnas.1217730110)
。
図 2:DIAV 法(白丸)、
DIAV_LW 法 ( 黒 丸 )、
DIAV_LC 法(黒三角)に
よる、33 のタンパク質受容
体とそのリガンドにおけ
る結合自由エネルギーの
計算値と実験値との比較
( Fukunishi & Nakamura
(2013) Pharmaceuticals, 6,
604-622)
このようにして得られたドッキング・スコアの定量性は、従来、必ずしも実験との対応が
良くなかったが、溶媒やタンパク質側のエントロピーの寄与を評価することによって、図 2
のように、約 1.3 kcal/mol の精度で結合自由エネルギーを推定することが可能となっている
(Fukunishi & Nakamura (2013) Pharmaceuticals, 6, 604-622)
。
2−2)Maximum Volume Overlap 法
一方、骨格が異なる活性化合物探索のために開発した MVO スコア(Maximum Volume
Overlap)を分子動力学計算による simulated annealing 法と融合させた手法(Fukunishi &
Nakamura (2009) J. Mol. Graph. Model. 27, 628-636)や myPresto/sievgene と合体させてスクリー
ニングを行う手法(Fukunishi & Nakamura (2012) Pharmaceuticals 5, 1332-1345)も開発してお
り、前者は、後述するμオピオイド受容体の非ペプチド性アゴニストの開発でも利用されて、
その有効性を示せた。
2−3)NMR 実験情報を組み合わせたドッキング計算
NMR 実験を行って、低分子の NMR シグナルの解析とドッキング計算とを組み合わせて、
迅速にタンパク質受容体との高精度の複合体構造予測(Pharmacophore マッピング)を行う手
法を開発した。東京大学大学院薬学研究科が開発した DIRECTION 法では、タンパク質側の
NMR シグナルの同定は必ずしも必要とせず、タンパク質側の水素核を励起した場合としなか
った場合との低分子側の水素核スピンの縦緩和の比を計測する。DIRECTION 法によって計測
された値と計算によって算出される理論値の相関係数と、従来のドッキング計算で用いられ
たタンパク質・化合物相互作用の和が最大となるように化合物に力が働くように修正をし、
NMR 実験情報が無い場合に比べて良いドッキングポースを得ることが可能となった
(Fukunshi et al. (2011) J. Mol. Graph. Model. 31, 20-27)
。
59
図 3:
(左)ペナルティー関数 Esat と構造のずれ(RMSD)の相関。
(右)Esat の最小構造(青:酵母の
ユビキチン水酸化酵素 1(YUH1)
、赤:ユビキチン(Ub)
)
(Esat=7.88kcal/mol、RMSD=3.05Å)と、
別途解かれた X 線結晶構造(シアン:YUH1、オレンジ:Ub)
一方、NMR によるアミノ酸選択的交差飽和(ASCS)法では、タンパク質間相互作用の情報
が正しく得られるため、この手法を分子動力学計算に組み込んで Bloch 方程式を各ステップ
の複合体構造に対して解いて実験値と比較し、実験値に近づくような擬似的な力(ペナルテ
ィー関数による擬似エネルギーの微分)を加えて複合体構造を最適化する計算手法を開発し、
図 3 のように、NMR 実験情報の付加により迅速に正しい複合体構造が得られることを示した
(Kanamori et al. (2011) Proteins 79, 179-190)
。
2−4)アンサンブル・ドッキング手法の開発
タンパク質受容体は構造が柔軟な場合も多く、リガンド結合によって構造変化を起こす場
合が一般的である。そのため、たとえ X 線結晶構造によってアポ体のタンパク質立体構造が
解かれても、その活性部位の構造を硬い構造としたドッキング計算は必ずしも成功しない。
我々は、アポ体のタンパク質構造に対し 10 ns ほどの分子動力学計算を行って多数のスナップ
ショットの構造を取り出し、別々にドッキング計算を多数行い、既知のリガンド群がある場
合にはそのリガンド群によるデータベース・エンリッチメントカーブにおける AUC 値が最大
となる構造を抽出し、既知のリガンドがない場合にも UAP(Universal Active Probe)と称する
drug-like の低分子群を用いた AUC 値が最大となる構造を抽出する手法を提案し、有効に働く
事を示した(Fukunishi et al. (2010) J. Chem. Inf. Model. 50, 1233-1240)
。
2−5)SRPG 法によるリガンドの結合自由エネルギーの算出
まずタンパク質受容体から低分子リガンドを真空中で Filling Potential 法によって解離させ、
その経路を 3 次元のルジャンドル多項式を用いて滑らかな経路で近似し、その経路に沿った
平均力を分子動力学計算で算出し、その積分により Thermodynamic Integration 原理から結合
自由エネルギーを得る手法(Smooth Reaction Path Generation 法)を開発し、ストレプトアビ
ジンとビオチンの系に応用して実験値と計算値との良い一致を得た(Fukunishi et al. (2009) J.
Chem. Inf. Model. 49, 1944-1951)
。
60
3)高精度の複合体予測システム手法の開発:
薬物開発において重要な2種類の国際ブラインド・テスト(結果の構造を隠して構造予測
を競わせるもの)である CAPRI および CASP-Antibody において、我々の分子シミュレーショ
ンによる構造予測手法が高い評価を得た。
CAPRI(2つのサブユニット構造が与えられ複合体構造を予測するコンテスト: Critical
Assessment of PRediction of Interactions)においては、種々のラウンドで好成績を得た他、分子
シミュレーションによって予測するインターフェース付近の溶媒水分子の位置について、世
界中のどの参加グループに比べ際立って優れた成績(我々が提出した 10 個の複合体構造中 7
個が正解で、他には 2 グループからの4個だけが正解であった。)を挙げた(CAPRI 5th
Evaluation Meeting, April 17-19, 2013, Utrecht, The Netherlands)
。
一方、免疫グロブリンの抗原認識部位のループ構造をアミノ酸配列情報だけから予測する
CASP-Antibody においては、世界中の薬物スクリーニングを手がける大手ソフト会社や研究
機関(Accelrys, CCG, Schrödinger, Rosetta, Macromoltek, PIGS)と競って、X 線結晶構造中の
10 残基を超えるループ構造のモデリングを行った。myPresto を用いたアステラス製薬株式会
社と阪大が協力したチームは、後述する我々のオリジナルな探索手法(McMD 法)を利用し
たモデリングの結果、参加した 7 グループの中でも、Schrödinger 社の結果と同一あるいはよ
り良いトップの成績を挙げた(CASP-Antibody Face-to-Face meeting, 28 April, 2013, Boston,
USA:2013 年 12 月の国際会議までは非公開情報とされている)。
このように、タンパク質の動的性質を取り入れると予測精度が大きく向上することと、我々
には、この動的性質を正確に予測する能力があることが客観的に示されている。
61
4)高速・高精度の分子シミュレーション計算手法の開発:
4−1)高速分子動力学計算アルゴリズムとソフトウェアの開発
分子動力学計算では、対象とする系の原子の数を N とした時、たとえ距離が遠く離れてい
ても、計算において無視できない静電相互作用をする原子対の数が N2 個あるため、計算時間
の短縮が困難である。従来、溶媒分子を近似して連続体近似を導入する手法や、逆空間での
計算を実施する手法が提案されてきたが、大阪大学蛋白質研究所では、全く新たな手法とし
て、カットオフ球上にミラーイメージ電荷を置くことで遠距離力の効果を繰り込んだ
Zero-dipole summation(ZD)法のアルゴリズムを最近開発するとともに、そのアルゴリズム
を汎用グラフィックボード(GPU)へ搭載し、並列化も実施して極めて高速の分子動力学法
を実現した(図 4:Fukuda et al. (2011) J. Chem. Phys. 134, 164107; ibid (2012) 137, 054314;
Kamiya et al. (2013) Chem. Phys. Lett. 568-9, 26-32)
。
図 4:GPU を用いて高速に分子動力学
計算が実施できるシステムの性能(オ
レンジ:EGFR キナーゼ(溶媒を含む
38,453 原子の系)、赤:β2−アドレナリ
ン受容体(膜と溶媒を含む 56,121 原子
の系)、青:アクアポリン 4 の 4 量体(膜
と溶媒を含む 104,415 原子の系)、緑:
ダイニン・モータータンパク質(溶媒
を含む 1,004,847 原子の系)。
4−2)McMD 法による高度な構造探索手法の開発
大阪大学蛋白質研究所では、強力な構造探索手法であるマルチカノニカル分子動力学
(McMD)法を以前から開発しているが、単にタンパク質単体の構造予測だけでなく、天然
変性タンパク質(ドメイン)であるペプチド断片とパートナータンパク質複合体形成(Higo et
al. (2012) J. Ame. Chem. Soc. 133, 10448-10458)や、タンパク質のホモダイマーの複合体形成に
対する自由エネルギー地形を描くことに成功した(図 5:Higo et al. (2013) J. Chem. Phys. 138,
184106)。この手法を、先に述べた GPU を用いた ZD 法と融合して利用することによって、
一般のタンパク質複合体の解析・予測に応用が可能である。
62
図 5:エンドセリン変異体のホモ
ダイマー形成における自由エネ
ルギー地形。横軸はホモダイマー
の X 線結晶構造からのズレ
(RMSD)で縦軸が自由エネルギ
ー(kcal/mol)。
(Higo et al. (2013) J.
Chem. Phys. 138, 184106)
5)製薬企業との共同研究による創薬の実施:
上記「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」プロジェクトにおいて、複数
の製薬企業と具体的な医薬品や農薬の開発を実施した。以下に、塩野義製薬株式会社との共
同研究例を紹介する。
天然状態のタンパク質‐タンパク質複合体やタンパク質‐ペプチド複合体を制御する目的
で、それらタンパク質やペプチドを模した非ペプチドの阻害剤/活性化剤が、製薬企業から
の強いニーズとしてある。上記プロジェクトでは、開発した手法を駆使して、下記の左図に
示されるフローによってμオピオイド受容体の非ペプチド性アゴニストの探索研究が行われ
た。候補化合物を in silico スクリーニングによって 200 万化合物からわずか 348 化合物に絞り、
実際のアッセイ実験が塩野義製薬株式会社によって行われた結果、6%にあたる 21 化合物が
ヒットした。さらに細胞を用いた実験により、その中にアゴニストもアンタゴニストも含ま
れていたため、さらに強い結合能を持つアゴニストを求めて化合物を最適化するための選
択・合成を行った。その結果、出発化合物である内在性生理活性ペプチド(エンドモルフィ
-1)と化合物としての類似性(MCS)は 20-30%程度と低いものの、非ペプチドでありながら
10nM 程度の強い活性を持つ化合物を得ることに成功した(図 6)
。
図 6:内在性のペプチド化合物から非ペプチド化合物を取得する実証研究の例。
左はそのフロー、右側に得られた化合物の出発ペプチド構造との類似性値(MCS スコア)と受容
63
体への結合能とを示す。
上記、1)~5)において記載した技術は、本提案を行った研究者が全てオリジナルに開
発を行ったものであり、国際的な一流専門雑誌に掲載されており、本研究開発の遂行能力が
十分にあることが客観的に示されている。また、5)の実証研究の成功例は、NEDO による
プレス発表および新聞や雑誌等の各種マスコミに取り上げられた。
■ 富士通株式会社
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目③「高精度 in silico ス
クリーニング等のシミュレーション技術」に参画し、GPCR を標的とした in silico スクリーニ
ングに関する研究を行った。GPCR 専用アライメントツール、精密ホモロジーモデリング手
法、生体膜を考慮した MD 計算の自動化、ヒット率の高いスクリーニング手法を開発した
(Wada et al. (2011) J. Chem. Inf. Model. , 51, 2398-5407)。この技術は、μオピオイド受容体の
リガンド探索に適用され、高活性アゴニストの発見に成功している。
■ 東レ株式会社
本提案において「革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアの開発」の
分担を予定している東レ株式会社は、従来から関連する薬物ドッキングや分子シミュレーシ
ョンの新規手法開発とそれらを活用した新規医薬品探索研究を行ってきた。
特に、参画した「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目③「高
精度 in silico スクリーニング等のシミュレーション技術」では、薬物の心室再分極および催
不整脈リスクである hERG チャネル阻害活性を合理的に予測する新手法に関する研究を行い、
従来予測法に比べ高精度かつ汎用性の高い hERG チャネル阻害活性予測法を開発した。
■ アステラス製薬株式会社
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目③「高精度 in silico
スクリーニング等のシミュレーション技術」に参画し、スクリーニング対象化合物の選択に
有用な溶解度予測法を開発した。また、プロジェクトで開発された in silico スクリーニング技
術を非開示の創薬標的に適用し、ヒット化合物を取得した。
■ 塩野義製薬株式会社
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目③「高精度in silicoス
クリーニング等のシミュレーション技術」に参画し、μオピオイド受容体の非ペプチド性ア
ゴニストの探索研究を実施した。内在性生理活性ペプチド(エンドモルフィン-1)と受容体
の複合体モデルの検討とin silicoスクリーニングによってヒット化合物を同定し、その後の最
適化により10nM程度の強い活性を持つ化合物を得ることに成功した。この成果は、塩野義製
薬内の創薬プロジェクトとして、実用化に向け鋭意継続中である。
64
■ 三井化学アグロ株式会社
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目③「高精度 in silico ス
クリーニング等のシミュレーション技術」に参画し、プロジェクト開発ソフトの実証研究を
行った。当該プロジェクトにて開発された myPresto/sievgene を用い、農薬としての基礎活性
を有する化合物を見出すことができ、農薬用途においてもターゲットタンパク質への in silico
スクリーニング技術の適用が有効であることを示した。また、市販ソフトとの性能比較を実
施し、myPresto/sievgene の市販ソフトに対する競争優位点、精度向上にむけた改善点を抽出
した。
■ 第一三共株式会社
計算化学として国家プロジェクトに参加するのは初であるが、過去10年以上X線結晶解析、
合成研究者共同のもと in silico スクリーニング、CADD による化合物のデザインを実施して
おり、豊富な経験を有する。キナーゼ阻害剤の SBDD では社内に独自のデータベースを構築
し、kinaseScope として学会報告(2011 年 CBI 学会ポスター)を行った実績もある。
■ エーザイ株式会社
計算化学による構造の洞察と X 線、
NMR を組み合わせ創薬開発に構造情報を活用している。
分子モデリングについては、20年以上の実績があり数多くのプロジェクトに参画している。
X 線、NMR は自社内に装置を有しており、タイムリーに仮説実証を行なえる状況にある。社
外における技術開発としては、文科省「イノベーションソフトウェア研究開発」のバイオ分
野に参画し、量子化学計算を用いた定量的な相互作用解析手法の開発を支援した。近年、フ
レキシビリティの高いタンパク質やタンパク質-タンパク質相互作用を扱うケースが増えて
おり、myPresto による in silico スクリーニングや NMR を用いたタンパク質構造変化の解析
を通じて、より優れた医薬品候補の探索を進めているものの、より生体内の条件を反映した
大規模シミュレーションの必要性が高まっている。
■ 株式会社情報数理バイオ
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目③「高精度 in silico ス
クリーニング等のシミュレーション技術」に参画し、GPU などのアクセラレーターを非結合
二体相互作用計算に活用して、計算の高効率化と高速性が発揮できる MD プログラムの開発
を実施した。社内では、その成果を他に応用すると共に MD プログラムにおけるアクセラレ
ーターの適用範囲を PME および FMM による静電相互作用計算に拡大する開発を実施した。
■ 株式会社京都コンステラ・テクノロジーズ
京都大学発の技術系ベンチャー企業(設立 2008 年)であり、製薬企業からの受託研究でイン
シリコスクリーニング・化合物設計などの実務実績を有する。技術開発においては、 (独)情
報通研究機構・民間基盤技術研究育成制度「パターン認識アルゴリズムに基づく高精度な創
薬シード・リード化合物探索手法のシステム開発」
(2008 年~2010 年)や、(独)科学技術振興
65
機構・A-step 中小ベンチャー開発「医薬品リード化合物創製・最適化システム」
(2010 年~2014
年)、などの委託事業にて新技術の開発を行っており、関連する特許技術の出願なども行って
いる(特願 2012-186072・京都大学との共同出願)。これらにより今回の研究提案についての
事業遂行能力があることを示している。
■ 株式会社日立ソリューションズ東日本
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目③「高精度 in silico
スクリーニング等のシミュレーション技術」において、薬物ドッキング・薬物スクリーニン
グ手法などを統合したプログラム・スーツ myPresto の開発に参画し、プログラム作成、シス
テム構築、標的モデルでの実証研究を行った。さらに創薬プロジェクトに向けた in silico スク
リーニング代行サービスとして応用し、要求元のターゲットタンパク質の薬剤候補品の探索
を目的として myPresto の機能を活用した化合物スクリーニングを実施した。
b)核磁気共鳴法(NMR)によるタンパク質の生理的条件下における動的立体構造取得技術
の開発
■ 東京大学大学院薬学系研究科(事業統括責任者・プロジェクトリーダ、嶋田一夫)、産総
研(主任研究員、竹内恒)
提案者は独自に開発した高分子量タンパク質複合体に対する NMR 測定法および試料調製法
を用いて、生物学的に重要な系に応用しその機能発現機構を解明してきた。
NMR は、生理的条件下でのタンパク質の動的立体構造や相互作用様式に関する有用な情報を
提供する。しかしながら、分子量の増大に伴うシグナルの広幅化により、精密立体構造解析
ができるタンパク質の分子量は 40K 以下に制限されていた。これを超える分子量を持つタン
パク質複合体の相互作用解析では、化学シフト摂動法などが用いられてきたものの、これら
の手法では正確な界面残基の同定はできなかった。そこで、候補者は双極子-双極子相互作用
が距離情報を含むことに着目し、交差飽和法(cross-saturation:CS)
)を考案した(Nature Struct.
Biol. (2000))。そしてタンパク質複合体(分子量 64K)に適用したところ、従来用いられてい
た手法と比較して格段に精度高く、相互作用部位が同定できた。その有効性は国内外におい
て認められ、Kurt Wüthrich 教授は、掲載号の News and Views の中で、CS 法を「the elegance and
beauty」であると評価した。一方、CS 法では直接複合体の NMR スペクトルを測定しなくて
はならないため、100K 以上の巨大タンパク質複合体の場合適応できないという欠点があった。
そこでこれを克服するために、リガンド分子の標的タンパク質への結合、解離を利用した転
移交差飽和法(transferred cross-saturation:TCS)を開発した (J. Mol. Biol., (2002))。TCS 法では
複合体を直接観測することは必要ないため、測定対象の分子量がいかに大きくとも相互作用
残基を同定できる。したがって、従来は不可能であった膜タンパク質のような高分子量タン
パク質とリガンドとの相互作用解析が TCS 法により可能となった(Nature Struct. Biol. (2003)、
Structure (2003)(Editor’s Featured Article に採択)
、 EMBO J. (2007)、J. Am. Chem. Soc. (2008)
66
など)。CS 法および TCS 法は、Protein NMR Spectroscopy など代表的な NMR の教科書にも一
章の割り当てで取り上げられ、Encyclopedia of Biophysics にも重要な NMR 測定法として掲載
されている。さらに申請者は新規膜タンパク質試料調製法の開発にも成功している。界面活
性剤で可溶化した膜タンパク質は必ずしも長期間の安定を示すわけではない。そこで、候補
者は rHDL(ナノディスク)を用いてケモカイン受容体の安定性をミセル可溶化状態と比較し
て 10 倍以上向上させ、TCS 法を用いて rHDL に埋め込まれた CCR5 とケモカイン MIP1-と
の相互作用様式の解明に成功した(J. Am. Chem. Soc. (2010))。これらの成果は 2010 年イタリア
で開催された NMR の国際会議 EUROMAR/ISMAR(参加者 1000 名程度) で、学会の重要ト
ピックスに選ばれ’Advance in BioNMR’として紹介された。また、申請者は確立した新規 NMR
測定法および試料調製法を用いて、NMR の研究対象として重要ではあるものの従来取り扱う
ことができない系に応用し、NMR の特徴である動的構造解析の観点より、イオンチャネルの
動作機構および G タンパク質共役受容体(GPCR)の機能発現機構などで成果を挙げている。
イオンチャネルに関しては、KcsA を研究対象として、静的X線結晶構造では説明できない、
開状態における暫時的電流減少(不活性化)を動的観点より解析し、開状態において K イオン
選択フィルターはイオンが透過できる K 結合構造とイオンが透過できない K 非結合かつ水分
子結合構造の構造平衡が存在し、この平衡により暫時的電流減少が生じていることを明らか
にした(Proc. Natl. Acad. Sci. USA., (2010)。また、本成果は広く K チャネル一般に適応できる
と掲載号の Commentary に紹介された。GPCR は、7 回膜貫通構造を有する膜タンパク質ファ
ミリーの 1 つであり、免疫など重要な生命現象を司っている。GPCR の、他の受容体では見
られない、シグナル制御機構の特徴はリガンドが存在しない状態でも G タンパク質を介した
シグナルを惹起すること(basal activity)、およびシグナル伝達活性の強度は、リガンドによ
って異なる(efficacy)ことである。今まで、GPCR の単体および複合体の X 線結晶構造解析
が報告されているものの、静的立体構造からは basal activity および efficacy など GPCR のシグ
ナル制御機構は説明できなかった。そこで、候補者は昆虫細胞を用いて、安定同位体標識メ
チオニンを導入した2 アドレナリン受容体 (2AR)を NMR により解析し、2AR は 2 種類
の不活性化状態と活性化状態の間の動的平衡状態にあること、basal activity は動的構造平衡に
より生じる少量の活性型により生じること、および efficacy の異なるリガンドはこの平衡を
シフトさせ活性型の割合を変えていることを明らかにした(Nature Commun. (2012))。本解析結
果は、2AR にのみにあてはまるものでなく、他の GPCR のシグナル制御機構を説明する普遍
的なものと考える。以上のように申請者は NMR の新規測定法および試料調製法を開発する
と同時にイオンチャネルおよび GPCR など重要な膜タンパク質に適応し、その機能解明に成
功している。多くの総説の執筆依頼および国際学会でのプレナリー講演依頼があることから、
開発された方法論の独創性および得られた知見の新規性は国際的に高く評価されていると判
断する。
■ 味の素株式会社
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目②「核磁気共鳴法(N
MR)による膜タンパク質及びその複合体とリガンド分子の相互作用解析技術」に参画し、
67
NMR と特異的な安定同位体標識法を用い、タンパク質がリガンドと結合する部位を迅速に決
定できる手法を開発した。特許出願済み(未公開)で、一部については論文も執筆済み(J Struct
Biol., 174, 434-42, 2011)である。社内の創薬テーマでは、NMR、計算科学、X 線結晶構造解析
等を用いた標的タンパク質とリード化合物との相互作用解明や、NMR や SPR を用いた
Fragment Based Drug Design 法による化合物スクリーニングを実施している。以上から、本事
業内容を遂行する能力があると判断する。
■ エーザイ株式会社
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目②「核磁気共鳴法(N
MR)による膜タンパク質及びその複合体とリガンド分子の相互作用解析技術」に参画し、
ナノディスクを用いた GPCR 結合アッセイ系構築、タンパク質-タンパク質相互作用の選択
的制御に関する研究を行った。さらに社内の創薬プロジェクトに応用し、開発中の薬剤候補
品の作用機序の解明、抗体医薬の抗原上の結合サイトの同定、タンパク質-タンパク質相互
作用をターゲットとするプロジェクトにおける化合物スクリーニングを実施した。
■ 第一三共株式会社
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目②に参画し、NMR を
活用して創薬標的タンパク質とリガンドの複合体の構造情報を収集する手法を共同で開発し
た。社内の系において応用を実施し、とくに最新のリード化合物創出技術である
Fragment-Based drug design の際に結合能の弱くX線結晶構造解析の成功しない系において
NMR により実証研究を行った。生体高分子の NMR では長年の経験を有し、開発された最新
技術を迅速に応用する能力を有している。
■ 中外製薬株式会社
立体構造解析ならびに構造に基づく分子設計が、数多くのプロジェクトにおいて必須な情報
として取り入れられプロジェクト推進に役立てられている。また、社内には、タンパク調製・
構造解析・分子設計に必要な装置・人員が配置され、事業遂行・ならびに事業化を十分に実
行できる状況にある。
■ 一般社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム
これまで、「生体高分子構造情報利用技術開発(平成12年~平成13年)」、「生体高分子立
体構造情報解析(平成14年~平成18年)」、
「創薬加速に向けたタンパク質構造情報解析基
盤技術開発(平成19年度~平成24年度)
」等の事業を経済産業省及びNEDOから受託し、
東京大学および産業技術総合研究所と共同で研究開発を実施するとともに、これらの成果を
企業向けに発信し産業化につなげるための調査及び普及活動を行ってきており、
研究開発事業遂行のためのノウハウの蓄積がある。
68
c)X 線及び電子線によるタンパク質及びその化合物複合体の精緻立体構造取得技術の開発
■ 名古屋大学細胞生理学研究センター(チームリーダ、藤吉好則)産総研(主任研究員、光
岡薫)
膜タンパク質やその複合体が自然な状態に近い脂質膜の中にある状態で構造解析できる電
子線結晶学の分野においては、図 7 に示すようにいくつかの膜タンパク質の構造を、p74 の
図 2 に示すような安定で高性能の装置を開発することによって、解析してきた。昨年度まで
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発プロジェクト」を実施してきており、
このような独自に開発してきた装置や解析システムを用いることによって、p41 の図 3 や p42
の図 4 などに示すように、脂質分子や水分子を分離して観察できるような高い分解能で、膜
タンパク質の構造を解析できるシステムや、方法を開発してきた。それゆえ、世界的に見て
総合的に事業実績でトップのレベルにあるということができる。
図 7 独自に開発した極低温電子顕微鏡と電子線結晶学を用いることで、自然な状態
に近い脂質膜にある状態の膜タンパク質の高分解能の構造を解析してきた。電子線結
晶学を用いて、高分解能の構造解析がなされた膜タンパク質は、すべて我々のシステ
ムが貢献している。すなわち、電子線損傷を桁違いに軽減して高分解能像を撮影でき
る装置開発から、発現・精製・結晶化、構造解析システムの開発までを総合的に行う
ことではじめてこれらの成果を上げることができる。
69
それゆえ、IT 創薬に役立つ高分解能の構造解析というプロジェクトの根幹をなす部分では、
実績と能力があることを認めていただけると思う。一貫して電子線による膜タンパク質の構
造解析を続けており、世界的に見ても信頼していただけるレベルにはある。ただし、X線結
晶構造解析による GPCRs の構造解析は、海外の 3 つのグループを中心に進んでおり、この 3
つのグループと比較すると実績が高いとは言えない。しかし、ペプチドをリガンドとする構
造解析が困難な GPCRs の研究を中心に、すでに18年間をかけて進めてきており、これまで
に非常に不安定な、ペプチドをリガンドとするタイプの GPCRs の構造安定化の研究を進めて
構造解析を実現するところまで達成したので、その点では、世界的に見ても勝負できる状況
にある。また、細胞間接着と透過(パラセルラー及びトランスセルラーの透過)制御タンパ
ク質の構造研究、例えば、クローディンやコネキシンなどについては、これまでに十分な準
備をしてきており、圧倒的に世界をリードした状態にあると考えている。
■ 三井化学アグロ株式会社
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」の研究開発項目「電子線等による膜
タンパク質及びその複合体の構造解析技術」に参加し、農薬のターゲットとして重要な種々
の膜タンパク質の機能的発現を行った。これらの技術を活用し、ある種の新規化合物の GABA
受容体での作用部位が、既存の殺虫剤と異なる可能性があることを示し、論文発表を行った
(Insect Biochem. Mo.l Biol. 43, 366-375, 2013)。
■ 日本電子株式会社
電子線結晶学を用いた膜タンパク質の高分解能の構造解析は、わが社が藤吉教授と共同で開
発した極低温電子顕微鏡を用いてなされている。このような装置を開発する能力は世界のど
の会社より経験を持っている。また、試料作製や、そのための付属装置の開発、電子顕微鏡
を用いたデータ取得などの経験と実績を積んできているので、IT 創薬に必要とされる高分解
能の構造データを取得するための十分な貢献をする能力を有していると考える。
■ 株式会社三和化学研究所
わが社が製造販売を行っている、ダイアモックスが水チャネル AQP4 の阻害剤であることが証
明されている。このように、有機分子を製造する十分な経験と能力を有している。ただし、
この実証研究で目指す AQP4 の阻害剤としては、ダイアモックス(アセタゾールアミド:AZA)
は、げっ歯類由来の AQP4 の阻害剤であって、ヒト由来の AQP4 を阻害できないという問題が
明らかになっている。この問題を解決し、ヒト由来の AQP4 阻害剤を開発するためには、ハイ
スループットスクリーニングの系を開発する必要があるが、そのようなスクリーニング系を
開発した十分な経験を有する。また、水チャネルとその阻害剤候補との複合体の構造を解析
することにより得られる情報から、実際に創薬を目指すことができる。
70
(2)探索的実証研究
■ 山梨大学大学院医学工学総合研究部
本事業の目標は「開発した in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアか
ら得られるヒット化合物の有用性を実証するために、臨床エビデンスに裏打ちされた細胞ア
ッセイ系を構築すること」であり、このために我が国の国民を脅かす生活習慣病や精神疾患
の病態中核タンパク質を標的とする既存の化合物の作用機序を明らかにし、臨床(個別化医
療・先制医療)的見地から創薬標的としての妥当性を検証する。この過程で、新規化合物の
探索ツールと成り得る化合物の医学・生物学的作用の検証系(細胞モデル)を確立すること
である。
山梨大学のチームリーダーの久保田は、小児科・小児神経科・臨床遺伝分野の専門医として、
小児の糖尿病や精神疾患等の患者の診療に従事してきた経験を有する。その中で、遺伝子調
節タンパク質(本事業における化合物標的)の異常に起因する疾患患者の診療にも従事して
きた。このような背景の下、遺伝子調節タンパク質によって形成されるゲノム修飾パターン
の異常を見いだし、世界で最初の遺伝子修飾検証系(疾患診断法)を確立した(Nat Genet 1997)。
以来、種々の遺伝子修飾の検証系を確立してきた(Hum Genet 1999; J Clin Invest 2001; Clin
Genet 2006; Hum Genet 2012)[特許:不活化 X 染色体の解析法(特願平 11-194555、特許第
436162 号:平成 21 年 10 月 21 日)
・遺伝子疾患の診断に有用な染色体機能異常の検査方法(特
願 2003-361176)]。
近年、本事業の標的タンパク質である MeCP2 の脳組織(神経細胞)におけるゲノム修飾を
介した遺伝子調節機能(BMC Neurosci 2011)や、化合物を用いた治療の基盤的臨床情報とな
る MeCP2 異常患者におけるゲノム修飾の脆弱性を明らかにしてきた(Clin Epigenetics 2012;
Pharmaceuticals 2012; PLoS ONE 2013)。
また最近、精神疾患を有する複数の患者(PLoS ONE 2013)由来の iPS 細胞株を、各種倫理
規定を遵守しインフォームドコンセントを得た上で樹立し、本事業への使用が可能な状況を
確立した。
一方、本事業における糖尿病の病態に関わる遺伝子調節タンパク質である BRD4 のタンパク
質複合体(Mol Cell 2005; FEBS Lett 2008; J Biol Chem 2008)や、糖尿病に関係するゲノ
ム修飾を介した遺伝子調節メカニズム( Biochem Biophys Res Commun 2008; J Nutr Sci
Vitaminol 2009; Mol Nutr Food Res 2010)、栄養学的見地から種々の動物を対象とする糖尿
病の病態(Biochem Biophys Res Commun 2011; Biochem Biophys Res Commun 2012)や薬剤
効果の判定 (Metabolism 2011)に関する研究実績をあげてきた。
また、山梨大学には、本事業が推進する3つの課題である「細胞内における医薬品候補化
合物の標的タンパク質への結合の検証」に使用する細胞内蛍光観察装置(セルソーター、蛍
光顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡、蛍光・発光マイクロプレートリーダー、等)
、「医薬品候
補化合物の標的タンパク質への結合を介した病態関連遺伝子の転写調節の検証」に使用する
71
遺伝子発現およびタンパク質のクロマチン領域への結合測定装置(リアルタイム PCR および
発光・蛍光ゲル撮影機、等)、「医薬品候補化合物の治療効果の持続性の検証」に使用する動
物実験設備(山梨大学総合分析実験センター)はすべて備わっている。
以上の業績と設備から、山梨大学は本事業を遂行する能力を十分に有しているといえる。
■ 株式会社三和化学研究所
これまで2型糖尿病治療薬に関する共同研究を行い、本治療薬の食後高血糖抑制作用・膵臓
のβ細胞の細胞死抑制作用・白血球の炎症性サイトカインの低下作用を見いだし、これらの
成果を発表した(Eur J Pharmacol 2009;Metabolism 2010; Metabolism 2011)。
同社はこれらの共同研究において、病理切片像の作成等の業務を通じて動物の病理評価を
担当し、本申請事業においても、薬剤や候補化合物投与後の細胞や動物組織の形態や病理の
評価を遂行する能力を十分に有しているといえる。
■ ヤマト科学株式会社
現在、iPS 細胞研究に有用な細胞培養装置の開発に関する共同研究を行っている。この
研究を通じて、iPS 細胞の課題である多能性の維持や、目的の細胞への分化を正確に誘導
する技法の確立に貢献する iPS 細胞専用の培養装置の開発をめざしている。
同社は、これまで、研究目的に沿った生物学研究装置、例えば生体に近い循環動態の環
境下での培養が可能な装置(MK2000)、の実用化ならびに製品化に成功してきており、化
合物の iPS 細胞等への有効性の評価に有用な装置の開発能力を十分に有しているといえる。
72
10. 当該事業に使用する予定の現有設備、装置等の保有状況
本事業における研究実施機関は次世代天然物化学技術研究組合、大阪大学、東京大学、名
古屋大学、および山梨大学とし、これらの機関で組合参画企業と官学の研究者が共同で研究
開発を行う。実施機関での現有設備、装置等の保有状況を下記に示す。
(1)IT を活用したタンパク質の構造情報に基づく創薬基盤ツールの開発
a)革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアの開発
■ 大阪大学蛋白質研究所、産総研
大阪大学蛋白質研究所は、1072 コアの PC クラスターおよび 28 ノードの GPU クラスターを
保有し、それぞれ化合物スクリーニングと分子シミュレーション計算および分子シミュレー
ション計算に使用している。また、産総研には 800 コアの PC クラスターおよび 12 ノードの
GPU クラスターを保有し、それぞれ化合物スクリーニングと分子シミュレーション計算およ
び分子シミュレーション計算に使用している。さらに、産総研には 60TB の HDD を保有し、化
合物スクリーニングおよび分子シミュレーション結果の解析に使用している。
b)核磁気共鳴法(NMR)によるタンパク質の生理的条件下における動的立体構造取得技術
の開発
■ 東京大学大学院薬学系研究科、産総研
タンパク質発現設備:
大量培養用の培養槽を 8 台、ジャーファーメンターを4台など必要な設備を有している。
昆虫細胞については、酸素濃度等をコントロール可能なセルマスター1 台と、振とう培養
用のシェイカーを 4 台有している。動物細胞の培養のための CO2 インキュベーターや遺
伝子導入装置も使用可能である。
タンパク質精製設備:
FPLC(AKTA システム)を計 7 台、ペプチド性のリガンドを精製するための HPLC システム
を 3 台有しており、純度の高い目的タンパク質を調製する設備は整っている。
核磁気共鳴装置:
東京大学には Bruker 社の 800MHz が 1 台、600MHz が 2 台、500MHz と 400MHz が 1 台ず
つ稼働している。800MHz、600MHz の 1 台および 500MHz の NMR には高感度測定用のク
ライオプローブが装備されている。産総研には、Bruker 社の 800MHz が 1 台、700MHz が
1 台、600MHz が 1 台稼働している。
c)X 線及び電子線によるタンパク質及びその化合物複合体の精緻立体構造取得技術の開発
■ 名古屋大学細胞生理学研究センター、産総研
図 11 に示すように、膜タンパク質を昆虫細胞を用いて発現する系を確立している。これ
を用いて、ヒト由来の膜タンパク質の大量発現・精製のためのシステムや設備を備えてい
る。この他にも、2 次元結晶を効率よく作製するためのシステムを保有している。そして、
図 12 に示すように極低温電子顕微鏡は、基本的に、これまでに実施してきた「生体高分子
73
プロジェクト」と「創薬加速プロジェ
クト」などによって独自に開発してき
たものである。これらと、コンピュー
タプログラムの改良や試料作製法な
どの開発を行ってきたので、p69 の図
7 に示すように、膜タンパク質の構造
を効率よく、高分解能で解析できるよ
うにすることができた。2 次元結晶を
効率よく作製するためのシステムな
ど必要な装置はすでに備えているの
で、
「IT 創薬プロジェクト」を効率よ
く推進できる準備は整っている。
図 1 昆虫細胞、Sf9 細胞を用いた膜タンパク質の
発現系とこれを用いて発現し、精製された水チャ
ネル AQP4 の例を示す。
図 2
試料を極低温に冷却して 2Åの分解能を有する極低温電子顕微鏡を開発して
きている。この装置と電子線結晶学を用いることで、自然な状態に近い脂質膜にあ
る状態の膜タンパク質の高分解能の構造を解析することができる。現在は第 3 世代
の極低温電子顕微鏡と最新の第7世代の極低温電子顕微鏡の計 4 台の極低温電子顕
微鏡が安定に稼働している。
74
(2)探索的実証研究
■ 山梨大学大学院医学工学総合研究部
i)「細胞内における医薬品候補化合物の標的タンパク質への結合の検証」に使用する現有
の設備および装置
細胞培養に必要なCO2インキュベータ、クリーンベンチ、倒立型顕微鏡を保有している。
また、遺伝子を導入するための設備として、エレクトロポレーション遺伝子導入装置を保
有している。さらに、蛍光観察を可能とする設備として、セルソーター、蛍光顕微鏡、共
焦点レーザー顕微鏡、蛍光・発光マイクロプレートリーダーを保有している。
ii)「医薬品候補化合物の標的タンパク質への結合を介した病態関連遺伝子の転写調節の
検証」に使用する現有の設備および装置
細胞培養に必要なCO2インキュベータ、クリーンベンチ、倒立型顕微鏡を保有している。
また、遺伝子発現およびタンパク質のクロマチン領域への結合部位を測定する装置として、
リアルタイムPCRおよび発光・蛍光ゲル撮影機を保有している。さらに、P1、P2実験設備
を保有している。および遺伝子改変動物を飼育可能な動物施設を保有している。
iii)「医薬品候補化合物の治療効果の持続性の検証」に使用する現有の設備および装置
遺伝子発現およびタンパク質のクロマチン領域への結合部位を測定する装置として、リ
アルタイムPCRおよび発光・蛍光ゲル撮影機を保有しているとともに、検証に使用する遺
伝子改変動物を飼育に必要な動物実験施設を保有している。
75
11.実施計画・スケジュール
別紙2のとおり。
12.委託事業終了後の事業化の計画・スケジュール
本事業における研究実施機関は次世代天然物化学技術研究組合、大阪大学、東京大学、名
古屋大学、および山梨大学とし、これらの機関で組合参画企業と官学の研究者が共同で研究
開発を行う。そして、主として組合参画企業が研究開発で得られたアウトプットを利用して
事業化を計画する。
(1)ITを活用したタンパク質の構造情報に基づく創薬基盤ツール開発
a)革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェア開発
委託事業終了後は研究開発成果を産業界に広く公開し、成果の利活用を推進することを前
提にするが、並行して参加 IT 企業が個別に研究成果のビジネス応用を推進する。
また、各計算システムにおける計算の準備・実行から計算結果の解析に関するパイプライ
ン処理をクラウド化したサービス提供も想定している。クラウドサービス化にあたって必要
なクラウド化やセキュリティ対策等の要素技術の開発と検証は、参加研究機関と参加企業の
協力を得て、主にⅵ)
「ソフトウェアの統合化とユーザインターフェースの開発」の中で推進
するものとする。
さらに、構築したクラウド基盤上で本研究分野の研究機関や企業が永続的に利用可能なサ
ービスモデルの検討も本プロジェクト期間中に行い、革新的医薬品創出を加速するための IT
基盤の実現を目指す。
■ 富士通株式会社
富士通は、従来にない画期的な新薬の創出を目指して、IT を活用した独自技術による de novo
創薬技術の開発に取り組んでいる。これは、標的タンパク質の構造に基づき、標的タンパク
質の機能を制御すると考えられる新たな化合物情報を一から創出する技術であるが、本提案
で目指す天然化合物や化合物ライブラリを活用した創薬と競合するものではなく、むしろス
クリーニング可能な化合物の数を増やすことに当たる。したがって、上記 de novo 創薬におい
て、より価値のある新薬候補化合物情報の創出には、精密なタンパク質立体構造情報が必要
であり、さらに、本提案で開発されるソフトウェア等を、新たに創出した化合物の改良およ
び評価に用いることで、創薬の成功確率の向上を目指す。
■ 東レ株式会社
実証研究で得られた医薬品候補化合物は、さらに新薬としての研究開発を実施し、医薬品
承認取得後、自社で製造販売する。
スケジュール:事業終了から3年後、臨床試験開始、8年後に医薬品承認申請、9年後に
販売開始
事業規模:1品目の売り上げ
20億円~1,000億円/年
76
■ アステラス製薬株式会社
事業期間内に PPI 創薬プラットフォームを確立し、事業終了後も継続的な PPI 創薬を続ける。
事業で見出された有望な化合物が見出された場合、前臨床試験に向けた創薬研究を継続する。
■ 塩野義製薬株式会社
本事業による研究で得られた医薬品候補化合物については社内の創薬プロジェクトとしても
考慮し、可能性の高いものについてはさらに最適化を進める。臨床試験などで医薬品として
の有用性が確認された場合には、自社で医薬品としての製造承認を取得し製造販売する等の
事業化を行い、患者の利益最大化に貢献する。
■ 三井化学アグロ株式会社
本事業で開発された in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアで開発された
技術を活用して、農薬としての基礎活性を有する化合物を効率的に探索する。同時に、高精
度の分子シミュレーションを活用し、作用点における哺乳類との高い選択性を有する安全な
農薬開発を進める。最終的に、世界市場で競争優位性の高い新規農薬(殺虫剤、殺菌剤、除
草剤)の開発・上市を目指す。
■ 第一三共株式会社
最近の創薬産業では、薬剤を設計し易い創薬標的タンパク質が研究され尽くされてきている
一方、低分子阻害剤を見出すのが困難な疾病関連タンパク質が多く残されているのが現状で
ある。従来のリード探索技術では困難であった標的を、新しい技術で阻害剤等を見出してい
くことで創薬産業全体のレベルアップに貢献する。構造ベース創薬の中で、最大の課題であ
る標的タンパク質の動的構造を解析・理解しシミュレーション等で扱いが可能になると、選
択性の高いキナーゼ阻害剤の開発、タンパク質-タンパク質間相互作用を阻害する低分子阻
害剤の開発など大型製品への期待の高い標的に挑戦して、創薬産業の発展に貢献することが
期待される。
■ エーザイ株式会社
本事業で得られた手法、ノウハウを活用し、社内プロジェクトのターゲットの溶媒中での構
造変化の予測、低分子化合物もしくは天然物化合物との相互作用の予測を行なう。特に
Intrinsically Disordered Protein については、低分子化合物の存在下で構造予測を行なうことが
重要であり、大規模な計算資源が必要となると予測される。自社のクラスタだけではなく、
社外 HPCI も活用して創薬研究を進める。
■ 株式会社情報数理バイオ
本事業のアクセラレーター(GPU 及びメニーコア CPU)を活用したシステムにおいて開発さ
れた技術は、社内技術とのすり合わせを行った後、直ちに受託開発サービス事業の一環とし
て市場投入を計画する。また、本事業の GUI・パイプライン開発において実現された技術・
77
デザイン等は、本事業期間内において実用化及び洗練化を経た段階で適宜導入を実施し、導
入済みアクセラレーター利用技術、既存の社内技術、及び本事業と並行して行う社内技術開
発等で得られた新技術との統合を図る。これらの統合により商品化が終了次第、本事業終了
を待たずに市場投入を目指している。更に、本事業で開発されるクラウド・コンピューティ
ング利用技術を導入し、クラウド・コンピューティングを提供可能な組合参画企業と協業す
る事により、創薬プラットフォームの一部として GUI・パイプラインの機能強化を行い、事
業終了後の早期市場投入を目指している。
■
株式会社京都コンステラ・テクノロジーズ
1)当該開発システムを用いた受託計算事業(H28 年より実施)
当該開発システムは高い予測性能と化合物設計・合成評価等の革新的アルゴリズムを有す
るものであり、創薬研究に対して網羅的に活用することが可能である。これらのシステム
を用いて、製薬企業及び研究所に向けた受託計算事業を行う。低分子化合物については H27
年度完成のシステムを用いて H28 年より受託事業を開始し、天然化合物については H29 年
より受託事業を開始する。
受注形態としては、案件ごとの 3 か月~6 か月程度の受託研究や、長期期間(6 か月以上)
の FTE(Full Time Equivalent)による契約形態などが想定される。また当該開発システムの
機能特徴から、天然化合物等の合成に強い受託合成企業との連携により共同で受託研究業
務を提案することも可能であり、製薬企業に対してパッケージ感の高いサービスを提供す
ることが可能となる。
2)当該開発システム導入・習熟のためのシステムソリューション事業(H29 年より実施)
当該開発システムは総合的な創薬支援システムとなる。そのため、システム自体は公開(無
料)であるが、当該開発システムを導入する製薬企業及び研究者には、システム利用習熟
の為のコンサルテーションのニーズが生じる。これらのニーズに対して、習熟するための
サービス・コンサルテーションサービスを提供する。
また、製薬企業らが社内に構築するインシリコシステムと連携させることで、より強固
で総合的な創薬支援システムを構築することが出来るが、その際のシステム構築を請け負
うビジネスニーズが創出され、IT 企業がシステムソリューション事業として実施する。
さらには、先進的な当該開発システムに対して、IT 企業の持つ既存ソフトウェアと連携
することにより、既存ソフトウェアの高付加価値化が可能となり、製薬企業等のニーズに
応じて当該開発プログラムを用いて新たなソフトウェア開発を行い、製品として販売する
ことも可能である。
■ 株式会社日立ソリューションズ東日本
本事業によって開発される計算化学技術により、これまで myPresto を利用したサービスとし
て展開している創薬向けソリューションサービスを強化する。利用のしやすさを目的に
GUI・パイプライン開発を行う組合参画企業などとも協業し、これら開発技術を有機的に結
合した創薬プラットフォームを構築する。この創薬プラットフォームをもとに、クラウドな
78
ど最新の IT インフラの提供、IT インフラ上への創薬プラットフォーム構築支援サービスおよ
びスクリーニング支援サービスなど、関連サービスに幅広く応用する。本事業で開発した計
算化学技術は、実用化可能なものからサービス提供を開始し、官学の研究者と組合参画企業
の薬剤候補品の創出に貢献していく。
b)核磁気共鳴法(NMR)によるタンパク質の生理的条件下における動的立体構造取得技術
開発
■ 味の素株式会社
本事業で開発する手法は、創薬テーマにおいて重要な膜タンパク質に相互作用する化合物の
スクリーニングの質を飛躍的に進歩させることができる。既に社内で活用している X 線結晶
構造解析や計算科学手法との組み合わせにより、社内で難易度の高い膜タンパク質を標的と
した新規医薬品の創製を目指す。また、膜タンパク質を標的とする有用な化合物としては他
に呈味物質がある。高機能性や低カロリーを企図した呈味物質研究の発展は、広く国民の健
康な生活に資するものであり、本手法の展開に基づく事業化は当社が創業以来最も得意とす
る分野であるため、世界を大きくリードできると考えている。
■ エーザイ株式会社
本事業は、創薬において最上流かつ必須のプロセスであるスクリーニングを、劇的に変革、
効率化するため、事業終了を待つことなく、実用化された技術から順次、社内の創薬プロジ
ェクトに幅広く応用する。特に、GPCR を始めとする膜タンパク質やタンパク質-タンパク
質相互作用といった難易度の高い創薬ターゲットにおいては、高質なヒット化合物を見出す
ためのスクリーニング、ヒット化合物から短期間にリード化合物へと導くドラッグデザイン
に威力を発揮することが期待される。
本事業終了後までには、社内に保有している HTS、SBDD
といった技術に加え、本事業研究項目 a) (in silico シミュレーション/スクリーニングソフ
トウェアの開発)で開発されるタンパク質の動的構造変化を取り込んだ計算化学技術と組み
合わせることにより、独自の創薬技術プラットフォームを構築し、世界レベルの生産性の高
いリード化合物探索能力によりチャレンジングな創薬ターゲットに対して薬剤候補品を次々
に提供することを目指す。
■ 第一三共株式会社
本事業内において、開発された新技術は、検証および改良のために早い段階で社内の創薬研
究に応用する予定である。プロジェクト前半は技術開発の進展に応じ、プロジェクト後半で
は、特に各技術を総合的に活用して創薬研究に応用し、新規リード化合物の創出に持ってい
く。NMRによる複合体の構造解析技術は特に社内の Fragment-Based Drug design に応用する
計画。動的構造を考慮したシミュレーション、高精度・高速度のインシリコスクリーニング
技術を積極的に社内テーマに順次応用して新規リード化合物の獲得を目指す。
79
■ 中外製薬株式会社
GPCR は多くの疾患に関わっており、多様な下流シグナルのうち、望みの活性を有するシグナ
ルを選択的に誘起するリガンドを合理的に設計することは創薬上きわめて重要である。開発
された方法は、速やかに適用可能な創薬プロジェクトに応用し、標的 GPCR の動的構造とシグ
ナル伝達の理解を深めると同時に薬剤設計に活かすことで、強い作用を持つ薬剤を短期間で
効率的に得ることを目指す。
c)X線及び電子線によるタンパク質及びその複合体の精緻立体構造取得技術の開発
■ 三井化学アグロ株式会社
農薬のターゲットとして重要な膜タンパク質の立体構造を解明し、本事業の研究項目 a)革新
的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアで開発された計算技術を併用する
ことで新規農薬の探索研究を加速する。同時に、高精度の分子シミュレーションを活用し、
ターゲットにおける哺乳類との高い選択性有する安全な農薬開発を進める。最終的に、世界
市場で競争優位性の高い新規農薬の開発・上市を目指す。
■ 日本電子株式会社
本事業実施の過程で極低温電子顕微鏡を用いたタンパク質の精緻な構造を解析するための試
料作製法や、電子顕微鏡本体の改良と新規の装置の開発が求められることが予想されている。
この様な装置は今後世界的にも販売するのが望まれる装置と期待される。それゆえ、このよ
うな装置を開発し改良を行うことによって、わが社の製品として販売することを期待してい
る。それとともに、本事業を名古屋大学と共にすすめることによって開発される構造研究に
おける、装置以外のノウハウについてもプロトコールとしてまとめ、世界の研究者に装置を
販売する場合の販売促進手引きとして活用する。
■ 株式会社三和化学研究所
水チャネル AQP4 とその阻害剤との複合体の構造解析から得られる情報に基づいたタンパク
質立体構造情報に基づく薬剤設計(Structure Based Drug Design:SBDD)を行い、ヒット化
合物の最適化を加速できる。狙うべき対象疾患の選定を行い、得られる化合物群をスクリー
ニングすることで目標とする製品コンセプトを有する臨床候補化合物を獲得することができ
る。臨床候補化合物の獲得から医薬品の承認取得までには大凡 8 年~10 年を必要とする。
80
(2)探索的実証研究
■ 株式会社三和化学研究所
本事業で株式会社三和化学研究所とともに確立が期待される「標的タンパク質のDNA・クロマ
チン結合パターンに基づく化合物の生体内効果予測判定法」により、糖尿病薬投与後の標的
タンパク質の結合パターンが変化する遺伝子領域を把握することにより、糖尿病に関係する
種々の病態に対する同薬の新しい効能の理解につながることが期待される。
■ ヤマト科学株式会社
iPS 細胞研究の目標の1つに、ヒト患者の細胞から作製した iPS 細胞を用いた創薬(薬物スク
リーニング)がある。この際に、iPS 細胞の安定的で迅速な培養過程が必須である。本事業で
開発が期待される「iPS 細胞の樹立・分化、さらに医薬品候補化合物添加による細胞の機能・
形態判定に貢献する培養装置」は、世界の iPS 研究者が入手を希望する製品となることが期
待される。
81
13.事業化の効果
本事業で得られた成果の事業化が実現した場合国内外産業への波及効果は以下のように期
待できる。
(1)ITを活用したタンパク質の構造情報に基づく創薬基盤ツール開発
a)革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェア開発
■ 富士通株式会社
富士通が取り組んでいる de novo 創薬では、標的タンパク質において相互作用を狙う部位の
形状に基づいて化合物を設計するため、構造変化の大きなターゲットに対する適用が困難で
あることが課題である。本事業において GPCR を中心に動的構造情報が取り入れられることに
よって、de novo 創薬技術の適用範囲拡大が期待できる。
■ アステラス製薬株式会社
創薬がこれまで難しいと考えられていた PPI に対する創薬手法を確立する事により、画期的
新薬の創出力を強化する事が出来る。
■ エーザイ株式会社
可動性の高いタンパク質の構造予測は、直接的に医薬品候補化合物のデザインに役立つだけ
ではなく、タンパク質の安定化に向けた変異体のデザインや、機能性タンパク質のデザイン、
抗体医薬品のデザインなど、様々な分野での応用のが期待される。また、より複雑なシミュ
レーション、例えば複数のタンパク質からなる情報伝達のメカニズムなどは、生命現象の洞
察にもつながり、新たな創薬の可能性を示唆する可能性もある。
■ 株式会社情報数理バイオ
GUI によって簡便化され、アクセラレーターによって高速化された myPresto を提供する事に
よって、in silico 創薬における開発手段の多様化、リード化合物創生までの新薬開発プロ
セス前半におけるターンアラウンドタイムの短縮、創薬支援ソフトウェアのユーザー層の拡
大の効果が期待できる。in silico 創薬の現場では、多様な創薬支援ソフトウェアが利用さ
れているが、myPresto は、薬物ドッキング・スクリーニング及び分子シミュレーション計算
において海外製品に比べて精度・速度の両面で優位性があり、またそれらには無いユニーク
な機能を持つ為、開発手段の多様化をもたらすものと考えられる。ターンアラウンドタイム
の短縮は、計算準備段階にあたる化合物-タンパク質複合体のモデリングにおいて GUI を利
用する事による作業時間の短縮、アクセラレーターによる計算時間の短縮によってもたらさ
れ、CUI では通常一週間程度掛かる作業が半日程度に収まると考えられる。さらに、これま
で計算化学に習熟した創薬研究者が中心だったユーザー層を計算化学に不慣れな創薬研究者
や学生にまで拡大するものと考えられ、産業界の裾野が拡大する効果が期待できる。
82
■ 三井化学アグロ株式会社
世界市場で競争優位性の高い新規農薬(殺虫剤、殺菌剤、除草剤)を開発することで、事業
拡大が可能になる。事業拡大に伴い新規雇用の創出や海外市場の獲得(原体の輸出)が期待
される。また、安全性の高い農薬を提供することにより、食の安全や国内農業の競争力強化
へ貢献することを目指す。
■ 株式会社日立ソリューションズ東日本
本事業により開発される計算科学技術は、生産性の高いリード化合物探索能力が期待されて
いるものである。これらの技術を創薬研究の研究者が利用しやすいサービスとして提供する
ことにより、myPresto が優位性を持つ機能や独自機能を実際の化合物を取り扱う合成化学者
が利用可能になり、研究成果である薬剤候補品の創出に貢献する。計算の入り口にあたる構
造モデリングにおいては、GUI よる作業時間の短縮と GPU 等アクセラレータなどの IT インフ
ラ利用による計算時間短縮により、現状一週間程度の作業が半日程度に収まると見込まれる。
これらと myPresto の各種機能を創薬プラットフォームとして整備することにより、計算化学
に不慣れな創薬研究者や学生にまで利用が拡大するものと考えられ、産業界の裾野が拡大す
る効果が期待できる。また、開発された技術およびサービスは、創薬分野にとどまらず、広
く化学分野への応用も期待できる。
b)核磁気共鳴法(NMR)によるタンパク質の生理的条件下における動的立体構造取得技術
開発
■ 味の素株式会社
本事業で開発する手法は、これまで困難であった膜タンパク質を標的に創薬が行えるだけで
はなく、開発初期段階で重要であるリード化合物の発見や最適化の時間を大幅に短縮できる。
また、従来に比べ、動的変化を考慮した分子レベルでの精度の高い医薬品設計が可能となる
ため、明確な作用機序の上に立ち、副作用を極限まで低下させた、力価の高い医薬品開発に
つながると期待している。
■ エーザイ株式会社
「創薬加速に向けたタンパク質構造解析基盤技術開発」において開発されたナノディスクを
用いた GPCR 結合アッセイ系については、社内プロジェクトに応用中であるが、多量体形成
や脂質環境の制御で、より生体内を反映した生理的条件化での結合アッセイ系を構築するこ
とにより、GPCR をターゲットとするプロジェクトにおいて、正確な構造活性相関を把握す
ることができる。更に化合物の結合による GPCR の構造変化を解明できれば、自社化合物を
活用した阻害剤から活性化化合物への質的な変換が可能となる。また、創薬プロセスで得ら
れてくる多様な活性化合物群において、プロファイルの把握によるヒットの絞込み、より望
ましいプロファイルへの最適化が可能となる。以上、創薬のボトルネックで活性化合物の選
83
択と最適化に要する期間を大幅に短縮できる。今回のプロジェクトでの技術開発により、
GPCR だけではなく、他の膜タンパク質への応用も大きく前進すると考えられる。従来、創
薬ターゲットとして難しかった膜を介した論理的な薬物設計の道が開けることも大きな期待
である。
■ 第一三共株式会社
最近の創薬産業では、薬剤を設計し易い創薬標的タンパク質が研究され尽くされてきている
一方、低分子阻害剤を見出すのが困難な疾病関連タンパク質が多く残されているのが現状で
ある。従来のリード探索技術では困難であった標的を、新しい技術で阻害剤等を見出してい
くことで創薬産業全体のレベルアップに貢献する。構造ベース創薬の中で、最大の課題であ
る標的タンパク質の動的構造を解析・理解しシミュレーション等で扱いが可能になると、選
択性の高いキナーゼ阻害剤の開発、タンパク質-タンパク質間相互作用を阻害する低分子阻
害剤の開発など大型製品への期待の高い標的に挑戦して、創薬産業の発展に貢献することが
期待される。
■ 中外製薬株式会社
GPCR は本質的に動的な分子でその動的構造を活かして多様なシグナルを下流に伝えている。
分子設計の観点からは、逆にこの分子コンフォメーション多様性のために、設計の難易度が
高くなっており、開発された技術を利用することで望みのシグナルのみを選択的に誘起する
ことで従来広範な構造活性相関を見ることでのみ可能であったリガンドの探索が合理的に実
施できるようになる。
c)X線及び電子線によるタンパク質及びその複合体の精緻立体構造取得技術の開発
■ 三井化学アグロ株式会社
既存の農薬に抵抗性を獲得した害虫に有効で、安全性の高い新規農薬の開発が求められてい
る。新規作用性と安全性を備えた農薬が開発されれば、事業が拡大し、それに伴い新規雇用
の創出や海外市場の獲得が期待される。また、世界人口の著しい増加が予測される中、効果
と安全性の高い農薬を農業生産現場に提供することにより、食糧の安全確保やその安定生産
に大きく貢献できる。
■ 日本電子株式会社
本事業で進める研究によって、電子顕微鏡を用いた生物分野の研究装置開発がすすめられ、
実際にいくつかの装置を開発することができると期待している。さらに、極低温電子顕微鏡
も、これまでに開発を進めてきた経験と実績をもとに、さらに研究を進めることによって、
汎用性の高い(販売台数を向上できる)低温顕微鏡の開発に役立つと期待している。それに
よって、IT 創薬のための構造取得がより円滑に進むような貢献もできると考えている。
84
■ 株式会社三和化学研究所
水チャネル AQP4 の阻害剤が治療薬となる可能性が言われている、脳浮腫やインフルエンザ脳
症、視神経脊髄炎など、選定した対象疾患の治療薬を開発することで、これまで有効な治療
薬が存在せず苦しんでいる患者の治療に貢献できる。また医薬品開発成功例となることで、
創薬において、藤吉グループの「膜タンパク質の構造と機能を解析する基盤技術」の活用が
盛んになり、様々な医薬品開発が加速されることが期待される。
(2)探索的実証研究
■ 株式会社三和化学研究所
本事業において、株式会社三和化学研究所とともに確立する「標的タンパク質の DNA・クロ
マチン結合パターンに基づく化合物の生体内効果予測判定法」で薬物投与により大きく改善
する遺伝子がコードするタンパク質が新たな医薬品開発のための創薬標的になる。このよう
な実績を積み上げていくことにより、同予測判定法が、製薬の産業界で有用なツールとして
普及していく効果が期待できる。
■ ヤマト科学株式会社
本事業で iPS 細胞専用培養装置が開発されれば、世界の iPS 研究者による iPS 細胞を用いた
創薬(薬物スクリーニング)研究が加速し、我が国を含む世界的な新薬開発への貢献が期待
できる。
14.委託事業に要する経費
別紙3のとおり。
85
(別紙1)
委託事業に係る実施体制等
(1)事業の実施体制
経済産業省
委託
(代表)次世代天然物化学技術研究組合
実施項目:
(共同実施)大阪大学蛋白質研究所
共同実施
実施項目:研究開発項目①(1)a)
研究開発項目①(1)a)b)c)
、(2)
外注
【組合員】
・アステラス製薬株式会社
事業者D
・味の素株式会社
実施項目:研究開発項目①(1)a)における
・エーザイ株式会社
量子化学計算のためのユーザ・インターフェー
・株式会社京都コンステラ・テクノロジーズ
スの作成
・株式会社日立ソリューションズ東日本
・株式会社三和化学研究所
(共同実施)東京大学大学院薬学系研究科
・塩野義製薬株式会社
実施項目:研究開発項目①(1)b)
・株式会社情報数理バイオ
・第一三共株式会社
・中外製薬株式会社
(共同実施)名古屋大学細胞生理学研究
・東レ株式会社
センター
・日本電子株式会社
実施項目:研究開発項目①(1)C)
・富士通株式会社
・三井化学アグロ株式会社
・ヤマト科学株式会社
(共同実施)山梨大学大学院医学工学総合
・独立行政法人産業技術総合研究所
研究部
・一般社団法人バイオ産業情報化コンソー
実施項目:研究開発項目①(2)
シアム(JBIC)
外注
事業者A
実施項目:研究開発項目①(1)a)における
化合物データベースの作成
外注
事業者B
実施項目:研究開発項目①(1)a)における
パイプライン化とポータル・プログラムの作成
外注
事業者C
実施項目:研究開発項目①(1)c)における
マウスの飼育及び管理
1
(2)事業の管理体制
次世代天然物化学技術研究組合
事業統括責任者
・プロジェクトリーダー
東京大学大学院薬学系研究科
教授 嶋田 一夫
・サブプロジェクトリーダー
大阪大学蛋白質研究所
教授 中村 春木
【担当業務:研究開発全体】
チームリーダー
所属:大阪大学蛋白質
研究所
役職:教授
氏名:中村 春木
担当業務:研究開発項
目① (1) a)
業務管理責任者
所属:天然物組合
役職:研究開発部長
氏名:榊原 信雄
担当業務:事業の運営
管理
経理責任者
所属:天然物組合
役職:管理部長
氏名:国田 治彦
担当業務:経理処理全
般
次世代天然物化学技術研究組合
主任研究員
所属:アステラス製薬
役職:室長
氏名:折田 正弥
担当業務:①(1) a)
主任研究員
所属:エーザイ
役職:統括部長
氏名:千葉 健一
担当業務:①(1) a)
主任研究員
所属:塩野義製薬
役職:研究員
氏名:浅田 直也
担当業務:①(1) a)
主任研究員
所属:第一三共
役職:グループ長
氏名:半沢 宏之
担当業務:①(1) a)
主任研究員
所属:東レ
役職:主席研究員
氏名:谷村 隆次
担当業務:①(1) a)
主任研究員
所属:三井化学アグロ
役職:研究員
氏名:金岡 怜志
担当業務:①(1) a)
主任研究員
所属:情報数理バイオ
役職:グループマネージャ
氏名:真下 忠彰
担当業務:①(1) a)
主任研究員
所属:富士通
役職:研究員
氏名:和田 光人
担当業務:①(1) a)
主任研究員
所属:京都コンステラ・テクノ
ロジーズ
役職:代表取締役社長
氏名:村上 竜太
担当業務:①(1) a)
主任研究員
所属:日立ソリューシ
ョンズ東日本
役職:部長
氏名:橋 祐一
担当業務:①(1) a)
主任研究員
所属:産総研
役職:主任研究員
氏名:福西 快文
担当業務:①(1) a)
次頁に続く
2
チームリーダー
所属:東京大学大学院
薬学系研究科
役職:教授
氏名:嶋田 一夫
担当業務:研究開発項
目①(1)b)
次世代天然物化学技術研究組合
主任研究員
所属:味の素
役職:研究員
氏名:五十嵐 俊介
担当業務:①(1) b)
主任研究員
所属:エーザイ
役職:統括部長
氏名:千葉 健一
担当業務:①(1) b)
主任研究員
所属:第一三共
役職:副主任研究員
氏名:安松 勲
担当業務:①(1) b)
主任研究員
所属:中外製薬
役職: 主席研究員
氏名:三浦 隆昭
担当業務:①(1) b)
主任研究員
所属:JBIC
役職:研究員
氏名:Stampoulis
主任研究員
所属:産総研
役職:主任研究員
氏名:竹内 恒
担当業務:①(1) b)
Pavlos
担当業務:①(1) b)
次世代天然物化学技術研究組合
チームリーダー
所属:名古屋大学細胞
生理学研究セ
ンター
役職:教授
氏名:藤吉 好則
担当業務:研究開発項
目①(1)c)
チームリーダー
所属:山梨大学医学工
学総合研究部
役職:教授
氏名:久保田 健夫
担当業務:研究開発項
目①(2)
主任研究員
所属:日本電子
役職:主査
氏名:小林 一美
担当業務:①(1) C)
主任研究員
所属:三井化学アグロ
役職:研究員
氏名:金岡 怜志
担当業務:①(2)
主任研究員
所属:三和化学研究所
役職:探索研究部長
氏名:渡邉 信英
担当業務:①(1) C)
主任研究員
所属:産総研
役職:主任研究員
氏名:光岡 薫
担当業務:①(1) C)
次世代天然物化学技術研究組合
主任研究員
所属:三和化学研究所
役職:研究開発戦略セ
ンター長
氏名:山口 忠志
担当業務:①(2)
3
主任研究員
所属:ヤマト科学
役職:課長
氏名:百瀬 八州
担当業務:①(2)
【
共
同 実
施
先 】
大阪大学
主任研究員
所属:大阪大学
役職:招聘研究員
氏名:肥後 順一
担当業務: ①(1)a)
事業管理者(サブプロジェクトリーダー)
所属:大阪大学蛋白質研究所
役職:教授
氏名:中村 春木
担当業務:研究開発項目①(1)a)
東京大学
主任研究員
所属:東京大学
役職:助教
氏名:大澤 匡範
担当業務:①(1)b)
事業管理者(プロジェクトリーダー)
所属:東京大学大学院薬学系研究科
役職:教授
氏名:嶋田 一夫
担当業務:研究開発項目①(1)b)
主任研究員
所属:東京大学
役職:助教
氏名:西田 紀貴
担当業務:①(1)b)
名古屋大学
主任研究研員
所属:名古屋大学
役職:准教授
氏名:大嶋 篤典
担当業務:①(1)c)
事業管理者(チームリーダー)
所属:名古屋大学細胞生理学研究センター
役職:教授
氏名:藤吉 好則
担当業務:研究開発項目①(1)c)
主任研究員
所属:名古屋大学
役職:特任準教授
氏名:廣明 洋子
担当業務:①(1)c)
山梨大学
主任研究員
所属:山梨大学
役職:准教授
氏名:望月 和樹
担当業務: (2)
事業管理者(チームリーダー)
所属:山梨大学大学院医学工学総合研究部
役職:教授
氏名:久保田 健夫
担当業務:研究開発項目①(2)
主任研究員
所属:山梨大学
役職:特任助教
氏名:三宅 邦夫
担当業務: (2)
4
(別紙2)
実施計画・スケジュール
(1)ITを活用したタンパク質の構造情報に基づく創薬基盤ツールの開発
a)革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェアの開発
事業内容
i) 化合物リ
ガンド・デー
タベースの開
発
化合物リガ
ンド・データ
ベースの更新
ii)化合物設
計・合成評価用
ソフトウェア
の開発
25 年度
30,000
26 年度
15,000
27 年度
(3) (1.5) (1.5)(1.5) (1.5)
10,000 10,000 10,000 10,000
(1)
(1) (1) (1)
30,000
15,000
15,000
15,000 15,000
(3) (1.5) (1.5)(1.5) (1.5)
15,000 15,000
15,000 15,000
(1.5) (1.5)(1.5) (1.5)
30,000
15,000
15,000
15,000
15,000
(3) (1.5) (1.5)(1.5) (1.5)
上記手法の
具体的事例へ
の応用
iv)最新の GPU
及びメニュー
コアクラスタ
ーを用いたス
クリーニング
ソフトの高速
化・高度化
v)極めて高い
精度の結合力
を推定できる
力場パラメー
ター計算と分
子シミュレー
ション技術の
開発
vi)ユーザ・イ
ンターフェー
スの開発
29 年度
15,000 15,000
15,000
化合物設
計・合成評価用
ソフトウェア
の改良検証
iii)タンパク
質の動的構造
変化を考慮し
た、高速・高
精度のタンパ
ク質/リガン
ド複合体、及
びタンパク質
/タンパク質
複合体モデリ
ング手法の新
規
28 年度
15,000
15,000 15,000 15,000
(1.5) (1.5)(1.5) (1.5)
30,000
15,000
15,000
15,000
15,000 15,000 15,000
15,000 15,000
(3) (1.5) (1.5)(1.5) (1.5) (1.5) (1.5)(1.5) (1.5)
30,000
15,000
15,000
15,000
15,000 15,000 15,000
15,000 15,000
(3) (1.5) (1.5)(1.5) (1.5)(1.5) (1.5)(1.5) (1.5)
20,000
10,000
10,000
(2)
(1)
(1)
10,000
10,000 15,000 15,000
15,000 15,000
(1) (1) (1.5) (1.5)(1.5) (1.5)
1
b)核磁気共鳴法(NMR)によるタンパク質の生理的条件下における動的立体構造取得技
術の開発
事業内容
i) 創 薬 標 的 タ
ンパク質の高
感度 NMR 測定を
可能とする試
料調製法およ
び測定法の開
発
ii)生理的環境
を反映した、創
薬標的タンパ
ク質の NMR 料調
製法の開発
iii) 創 薬 標 的
タンパク質に
対するリガン
ド化合物(中分
子を含む)及び
リガンドのタ
ンパク質結合
部位の精密同
定法の開発
25 年度
75,000
26 年度
25,000
27 年度
25,000
28 年度
29 年度
12,500 12,500
(7.5) (2.5) (2.5) (1.25)(1.25)
75,000
25,000
25,500
12,500 12,500
(7.5) (2.5) (2.5) (1.25)(1.25)
25,000
25,000
12,500 12,500 37,500
37,500
(2.5) (2.5) (1.25)(1.25)(3.75)(3.75)
iv)創薬標的タ
ンパク質の動
的構造情報抽
出法の開発及
び得られた情
報の計算科学
的手法への導
入
37,500 37,500
37,500
37,500
75,000 75,000
(3.75)(3.75)(3.75)(3.75) (7.5) (7.5)
2
C)X線及び電子線によるタンパク質及びその化合物複合体の精緻立体構造取得技術の開発
事業内容
i)構造不安定
な創薬標的タ
ンパク質の構
造解析向けに
構造を安定化
する技術の開
発
25 年度
50,000
(5)
ii)生理的条件
下における精
緻な立体構造
情報を取得す
る技術開発
50,000
iii)既知の立
体構造情報に
基づいて新規
の標的タンパ
ク質の立体構
造を効率よく
解析する技術
の開発
50,000
26 年度
25,000
27 年度
25,000
25,000
20,000
(2)
(2)
(2)
20,000 20,000
20,000
20,000 25,000
(2)
(2)
(2) (2.5) (2.5)
20,000 20,000
20,000
20,000
(5) (2.5) (2.5) (2)
25,000
25,000
(5) (2.5) (2.5) (2)
iv)タンパク質
/化合物複合
体の立体構造
を解析する技
術の開発
29 年度
20,000
20,000 20,000
(2.5) (2.5) (2)
25,000
28 年度
(2)
(2)
15,000 15,000
15,000
25,000
25,000 25,000
(2) (2.5) (2.5)
15,000 25,000 25,000
(1.5) (1.5)(1.5) (1.5) (2.5)(2.5)
3
(2)探索的実証研究
事業内容
25 年度
i) 細胞内にお
ける医薬品候
補化合物の標
的タンパク質
への結合の検
証
ii) 医薬品候
補化合物の標
的タンパク質
への結合を介
した病態関連
遺伝子の転写
調節の検証
26 年度
7,500
27 年度
7,500
5,000
28 年度
29 年度
15,000 15,000
15,000 15,000
5,000
(0.75) (0.75)(0.5)(0.5)
30,000
7,500
5,000
7,500
5,000
(3) (0.75) (0.75)(0.5)(0.5)
iii)医薬品候
補化合物の治
療効果の持続
性の検証
5,000
5,000
(0.5)(0.5) (1.5) (1.5) (1.5)(1.5)
4
(添付資料)
技術専門用語説明
(1)ITを活用したタンパク質の構造情報に基づく創薬盤ツール開発
a)革新的 in silico シミュレーション/スクリーニングソフトウェア
セマンティック・ウェブ
インターネット上のウェブにある情報間の関係が客観的に記述された、コンピュータが自動
的に読み取れるウェブのこと。人間がウェブページを閲覧する行為に代わり、コンピュータ
が自動的にウェブから情報を収集し分析・予測を行えるようにすることを目的とする 。
(http://www.w3.org/)
バイオインフォマティクス
生命情報科学とも訳され、ゲノムやタンパク質等の生体分子やその関係性、さらには細胞、
個体、疾病に関連する様々な生命情報を集積・解析し、機能予測等を行う技術・学問。
ケモインフォマティクス
計算機と情報化技術によって化合物などの化学物質に関するデータベース構築や構造・物性
の類似性検索、薬理活性・毒性の解析・予測等を行う技術・学問。
ADME (Absorption, Distribution, Metabolism, and Excretion)
薬物動態学のことで、薬物(低分子化合物)の吸収、分布、代謝、排泄の総和としての薬物
血中濃度の時間推移を解析する学問。
XML (Extensible Markup Language)
利用者が任意に定義できるタグを使用した情報科学で用いられるマークアップ言語であり、
DTD や XML スキーマと呼ばれるスキーマ言語によって、その構造を規程し定義する。セマ
ンティック・ウェブ等での記述は、XML が標準として使われる。
RDF (Resource Description Framework)
セマンティック・ウェブにおいて標準的に利用されるフォーマットで、主語、述語、目的語
の3つ組によってインターネット空間で定義される語彙やアドレスを用いて一義的に事象を
定義できる。
RDB (Relational Data Base)
関係データベースと訳され、各データを表形式により対応する欄(スキーマ)にそのインス
タンスとして格納する方式のこと。高速な検索が可能で、現在のデータベースでは、最も広
く使われている。
-1-
スキーマ
データベース構築において使われる情報科学の用語であり、対象とする概念やデータ間の関
係の定義や記述法の定義のこと。
オントロジー
セマンティック・ウェブにおける情報間の関連性のこと。
ビッグデータ時代
科学分野においては、データ科学あるいはデータ主導科学とも呼ばれる、理論、実験、計算
科学につぐ、第4番目の科学のパラダイムが始まる時代のこと。観測機器の発展により、ゲ
ノム科学や天文学等において、ゲノム情報や画像イメージなどの詳細で巨大なデータを極め
て容易に観測し蓄積することが可能になったことを前提とし、それら膨大なデータの解析か
ら新規の知識体系を構築するという、これまでにない学問の取り組みが行われる新時代のこ
と。
アノテーション
関連するメタデータを注釈情報として追記すること。バイオインフォマティクスの領域では、
公共のゲノムデータ等のデータベース中に記載された関連情報を探索して追記することを意
味する。
SBDS (Structure Based Drug Screening)
タンパク質受容体の立体構造に基づいた薬物スクリーニングのこと。
分子動力学法 (MD: Molecular Dynamics)
ニュートン方程式に基づいて、ある環境の中で粒子系がどのように振舞うかを調べるシミュ
レーション計算の代表的な手法。生体高分子やそれに結合する基質の場合には、分子を構成
する原子を古典的粒子として取り扱い、原子の数の多数のニュートン方程式を連立させて数
値的に解くことによって、生体高分子と基質、そしてそれらを取り巻く多数の溶媒分子の動
的な性質を観察することができる。
マルチカノニカル分子動力学(McMD: Multicanonical Molecular Dynamics)
統計物理学の用語であり、通常のカノニカル分布と異なり、エネルギーの分布がある広い範
囲でフラットとなるようなアンサンブル(マルチカノニカル・アンサンブル)を実現するた
めの、特殊な分子動力学計算のこと。エネルギー空間中でのランダム・ウォークが実現され、
高効率の構造探索が行える。
-2-
surFit
タンパク質の分子表面同士がうまくフィットするように、2つのタンパク質分子の複合体モ
デルを作るサービスで、大阪大学蛋白質研究所と免疫学フロンティア研究センターで開発・
公開されている。この手法を用いて CAPRI コンテストに参加し、好成績を挙げている。
(http://sysimm.ifrec.osaka-u.ac.jp/surFit/)
CAPRI (Critical Assessment of PRediction of Interactions)
2つのタンパク質構造が与えられ、未公開であるその複合体構造を予測するコンテスト。こ
れまで 60 近い問題が提出され、世界中から常時 20〜30 程度のグループがインターネットで
参加している。(http://www.ebi.ac.uk/msd-srv/capri/)
構造活性相関研究
QSAR (quantitative structure-activity relationship) の訳で、薬物候補の化合物の構造と、薬効(生
物学的活性)との間の定量的な関係を、回帰分析等の統計的手法により解析する研究のこと。
IDP (Intrinsically Disordered Protein)
天然変性タンパク質と訳され、単体では一位的な立体構造をとらず、会合する他のタンパク
質や DNA 等の分子と結合する際に特異的な立体構造を形成し、分子認識を行うタンパク質の
こと。信号伝達の働きをするタンパク質や核内タンパク質に多いことが知られている。
GPU (Graphics Processing Unit)
コンピュータにおいて画像の表示を行う特殊なチップのこと。最初は画像処理専用に作られ
たが、その高速性能が評価され、一般の計算のアクセレータ用途に使われる GPGPU (General
Purpose GPU)が市販され、高速計算に広く利用されるようになっている。
メニーコア PC
10 コア以上の多くのコアを一つの CPU 上に搭載した PC のことで、ベクトル演算や高並列演
算に適している。最近では 60 コアを一つの CPU に搭載したインテル Xeon-Phi が市販されて
おり、倍精度のピーク性能は 1 TFLOPS を超えると言われている。
DIAV (Direct Interaction Approximation) 法
産総研・福西快文主任研究員によって開発された薬物の活性を予測する計算手法であり、タ
ンパク質と薬物のドッキング構造に対して 1ns〜10ns 程度の短い分子動力学計算を行って、
タンパク質・リガンド分子間の van der Waals エネルギーと静電エネルギーの平均値および複
合体の揺らぎによるエントロピーを算出し、それらの値を統計的に処理して、結合自由エネ
ルギーの値を推定する手法。
(Fukunishi & Nakamura, Pharmaceuticals 5, 1064-1079, 2012; ibid, 6,
604-622, 2013)
-3-
MVO (Maximum Volume Overlap) 法
産総研・福西快文主任研究員によって開発された薬物スクリーニング手法で、活性のある薬
物分子に対し、類似の活性をもつ分子を、分子の重ね合わせにより発見する手法。活性のあ
る薬物分子に対し、化合物データベースから選んだ任意の分子を立体的に重ね合わせ、その
原子の電荷分布も考慮して体積の重なりを計算する。また、蛋白質に結合している薬物分子
に、任意の分子を重ね合わせるとき、蛋白質に分子が衝突しないように、蛋白質のくぼみに
分子がはまりこむように、分子の重ね合わせを行う。通常であれば、2次元の化学構造式を
もとに、類似の分子を探索するのに対し、構造式が全く違う異なる骨格の分子を探索するこ
とができ、いわゆる Scaffold Hopping を可能にする。(Fukunishi & Nakamura, J. Mol. Graph.
Model. 27, 628-636, 2009)
ChEMBL
欧州バイオインフォマティクス研究所(EMBL-EBI)が開発している医薬品化合物のデータベ
ース。約 50 万個の化合物情報、約 190 万件の活性情報及びそれらのターゲットとなるタンパ
ク質受容体の情報が登録されている。生物活性化合物に対する部分構造検索や類似性検索が
可能であり、ターゲットとするタンパク質受容体のアミノ酸配列から BLAST 検索によってア
ッセイ情報にもアクセスできる。(https://www.ebi.ac.uk/chembl/)
PubChem
2004 年に米国国立衛生研究所(NIH: National Institute of Health)の国立バイオテクノロジー情
報センター(NCBI: National Center for Biotechnology Information)によって開発・開設された、
生物医学分野の利用者を対象とした、公開の化合物2次元データベース。PubChem Substance
(1 億件以上)、 PubChem Compound (4700 万件以上)、 PubChem BioAssay (2 億件以上)の三つ
のデータベースを統合した形をとっており、化合物、物質、生物定量法、構造式などを検索
することができる。3次元構造、原子電荷などはないので、そのままでは in silico 薬物ドッキ
ング・スクリーニングには利用しにくい。(http://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/)
MTS (Multiple Target Screening) 法
産総研・福西快文主任研究員らによって開発された薬物スクリーニング手法。通常の in silico
スクリーニング手法では、標的蛋白質に結合する化合物をドッキングスコアの強い順に選択
するが、そのヒット率は低い。ドッキングソフトで標的蛋白質に強く結合する化合物を選択
すると、多くの場合、その化合物はどの蛋白質にも強く結合する傾向があるのが普通である
ため。MTS 法では、逆に、1つの化合物に着目し、それがどの蛋白質に結合するのかを調べ
る。標的蛋白質に最も強く結合する化合物をヒット化合物の候補とすることで従来手法にく
らべ飛躍的に高いヒット率(ランダムスクリーニングにくらべ約 40 倍)を示している。
(Fukunishi et al. J. Mol. Graph. Model. 25, 61-70, 2006)
-4-
DSI (Docking Score Index) 法
産総研・福西快文主任研究員らによって開発された薬物スクリーニング手法。DSI 法は、蛋
白質―化合物相互作用行列を用いて、既知の活性化合物と類似の化合物を検索する方法であ
る。異なる化合物であっても、同一の蛋白質に結合する化合物は類似の化合物とみなすこと
ができる。したがって、標的蛋白質の立体構造が未知であっても、既知の活性化合物があれ
ば、その活性化合物と類似の化合物を選択することで新規活性化合物を発見することができ
る。ただし、実際にはドッキングスコアの精度は低いので、ドッキングスコアのなすベクト
ルの特徴を抽出している。この手法は、従来手法にくらべ飛躍的に高いヒット率(ランダム
スクリーニングにくらべ約 70 倍)を示している。(Fukunishi et al. J. Med. Chem. 49, 523-533,
2006)
デコイ化合物セット
もともとは狩猟における囮の意味のデコイから、
「デコイ化合物」と呼ばれる「誤った囮の化
合物」という意味で用い、in silico スクリーニングの性能評価のため、このデコイ化合物集団
に混ざった正しい活性化合物を同定できるテストを行う。
SERPIN
セリンプロテアーゼ阻害剤(SERine Protease INhibitor)機能を持つ一群のタンパク質群。生体
内には、タンパク質を切断する酵素が多く存在し組織を破壊するが、SERPIN は隣接する領域
を保護し、タンパク質分解酵素が生体中に広がらないようにする効果がある。SERPIN がポリ
マー化して阻害機能を発揮できなくなると、肺気腫や血栓症というセルピン病と称される疾
病が起こる。
結合自由エネルギー
リガンドやタンパク質が、対象とするタンパク質受容体へ結合する際の自由エネルギー変化
ΔG であり、ΔG= - RT ln Ka(Ka:会合定数)の関係にあり、結合力の正確な物理化学的指標を
与える。
Adaptive Umbrella sampling (AUS) 法
Umbrella sampling 法は、統計物理学において、まれにしか生じない状態や構造(反応座標上
のレアイベント)を多く探索するために、人為的な力に対応するエネルギー(umbrella potential
と称する)を系のポテンシャル・エネルギーに加えて探索を行う手法である。この Umbrella
sampling 法において、さらに効率的な探索を行うため、反応座標空間におけるランダム・ウ
ォークを行わせた後に、人為的な力の影響を取り除くリウェイティングの手法で正確な反応
座標に対する確率密度を算出する手法を AUS 法という。
-5-
Hartree-Fock 法
電子状態を表すシュレーディンガー方程式を、平均場近似を仮定して解く手法。この近似で
は、ある1つの電子が受ける相互作用は原子核のみに依存し、他の電子の位置には直接依存
せず電子同志の静電反発は考慮されない。このため、複数の電子からなる系の波動関数は、
1つの 1 電子波動関数のスレータ行列式だけで表される。
密度汎関数法
量子力学において、エネルギーを電子密度の汎関数で記述したコーン・シャム方程式を解く
手法であり、空間の位置における電子密度だけで複数電子間の静電反発(電子相関)を近似
する項を導入することで、厳密解に近い電子状態が計算できる。交換相関汎関数には、様々
な近似が提案されており、中でも実験値を良く再現する B3LYP と呼ばれるハイブリッド交換
相関汎関数が広く使われている。
Zero-dipole summation 法
現・阪大蛋白研の福田育夫准教授らによって開発された non-Ewald 法による静電相互作用計
算の手法で、物理化学的に定まるイメージ電荷の導入によって遠距離相互作用の効果を繰り
込み、静電相互作用を高精度で近似的に算出する手法。計算の高速化が容易な手法である。
(Fukuda et al. J Chem. Phys. 134, 164107, 2011; ibid, 137, 054314, 2013; Kamiya et al. Chem. Phys.
Lett. 568-9, 26-32, 2013)
遺伝的アルゴリズム
試行錯誤的(ヒューリスティック)な探索手法の一つで、生命進化のアナロジーに基づいた
確率的な探索を行う方法。組み替えや突然変異に対応するパラメータ変異を加えて、よりよ
い適合度としてのスコアが良いものを、広い可能性の集団から迅速に選択できる。
クラウド・コンピューティング
インターネットでコンピュータ資源をつなぎ、利用者は、インターネット上に散在する種々
のコンピュータを、プロバイダが提供するサービスとして利用する。そのため、利用者には
必要最小限の計算機資源があれば良く、社内や研究機関内に巨大な計算機資源を所有する必
要がない。
サーバ・クライアントシステム
利用者は、使いやすいPC(クライアント)などの画面で作業を行うが、必要とされる複雑
で長大な計算は、ネットワーク上につなげられたサーバ計算機で行い、その結果を、クライ
アントPCに表示する手法。使いやすさと、大規模計算能力を両立させる方法である。
-6-
b)核磁気共鳴法(NMR)によるタンパク質の生理的条件下における動的立体構造取得
技術の開発
イオノフォア
脂質二重膜に分配し、特定のイオンを選択的に膜透過させる脂溶性分子の総称。主に細菌に
よって生産される抗生物質である。K+選択的イオノフォアとして、バリノマイシンが知られ
ている。
交差飽和法
タンパク質―タンパク質相互作用において、結合界面を正確に決定する NMR 手法。非標識
の一方のタンパク質から、均一 2H, 15N 標識を施したもう一方のタンパク質の結合界面への交
差飽和を、標識タンパク質中の観測原子のシグナル強度減少として観測する。
再構成高密度リポタンパク質(reconstituted high density lipoprotein, rHDL)
高密度リポタンパク質(別名:善玉コレステロール)を構成する両親媒性ヘリックスタンパ
ク質の人工改変体である membrane scaffold protein (MSP) が、脂質二重膜を取り囲んでいる、
直径 10 nm 程度のディスク状の粒子。
細胞接着
細胞が表面の受容体を介して、周囲の細胞や細胞外基質に結合する現象。多くの細胞は接着
状態のみにて、細胞分裂などの生理機能を発揮する。
STD(saturation transfer difference)法
NMR を用いたリガンドスクリーニング法の一種。受容体を選択的にラジオ波照射することで、
受容体と相互作用している化合物にのみ飽和移動が起こり、NMR シグナルの変化として検出
することができる。
常磁性緩和増大
不対電子の近傍に位置する水素原子の縦緩和速度および横緩和速度が、距離の-6 乗に比例し
て増大する現象。条件によっては、存在割合の低い状態における常磁性緩和増大が観測可能
であるため、有力な動的構造解析法の一つである。
SLO(Streptolysin O)
化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)由来の毒素。動物細胞などのコレステロールを含む細
胞膜上に直径約 30nm の孔を形成する。SLO が形成した孔はカルシウムイオンを添加するこ
とで可逆的に修復することができる。
-7-
定量的交差飽和法
交差飽和法に工夫を加えて、観測原子のシグナル強度減少の速度が、非標識タンパク質中の
全水素原子と観測水素原子の距離の-6 乗の総和に正確に比例するようにした方法。
バイオリアクター
微生物や細胞を用いて生化学反応を行う装置の総称。本研究では、NMR サンプル管内に培地
を供給しつづけることで、細胞を生きた状態に保つ目的で用いる。
膜電位依存性蛍光色素
電位変化に応じて脂質二重膜に再分布し蛍光の変化を起こす色素であり、蛍光強度から膜電
位の変化をモニターできる。
マレイミド修飾ポリエチレングリコール(MalPEG)
システインのチオール(SH)基に特異的に結合するマレイミド基がポリエチレングリコール
鎖の末端に結合した化合物。
ユニラメラリポソーム
単層の脂質二重膜で形成された小胞。
c)電子線及び X 線によるタンパク質及びその化合物複合体の精緻立体構造取得技術の開発
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)
7回膜貫通のへリックスで形成されている膜タンパク質で、極わずかな濃度のリガンドでも
結合して情報を伝えることができる受容体。3量体からなるG(GTP/GDP結合)タンパク質を
GDPが結合している状態から、GTP結合型に変えることによってとの2つに分けることで、
Gタンパク質を活性化する。それらが効果器を活性化することによって、シグナルを増幅し
て伝えることができる。創薬標的タンパク質の中でも最も重要と考えられている受容体。
エンドセリン受容体
急な血圧変動のみならず慢性的な高血圧をはじめ、がんや緑内障などに関わるとされている
GPCRで、創薬の標的として構造解析が期待されている。しかし、リガンドはエンドセリンー
1~3が知られており、21残基のペプチドである。これらを結合できるので、構造が変化し
やすく、構造解析は容易ではないと考えられている。創薬の重要な標的として多くの研究が
なされており、構造解析が望まれている。
インクレチン受容体
腸などから分泌されるペプチドが結合することによって、インスリンを分泌するシグナルを
制御しているGPCRで、GIP受容体やGLP-1受容体などが知られている。2型糖尿病ではGIP受
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容体は発現量が減少するが、GLP-1受容体ではそのような減少は見られないので、GLP-1受容
体は糖尿病の治療薬の良いターゲットと考えられている。
電子線結晶学
シート状の結晶で、そのシートと垂直方向に周期性がない結晶を2次元結晶と呼び、このよう
な2次元結晶の電子顕微鏡像や電子線回折像から立体構造を解析する方法。創薬の重要な標的
タンパク質と考えられている膜タンパク質は、脂質膜の中にある状態で働いているので、こ
のような自然な状態に近い膜の中にタンパク質が入った状態で構造を解析することができる。
それゆえ、この方法は、膜タンパク質の構造研究に適している。
水チャネル
ヒトの身体には13種類の水チャネルがあることが知られており、基本的に水のみを通すチャ
ネルと、水だけでなくグリセロールのような電荷をもたない可溶性分子を通すチャネルも存
在する。これらは、アクアポリンと呼ばれ、アクアポリン-6はアニオンを通すことが知ら
れている。浸透圧による水の透過などの調節によって、身体の恒常性をはじめ重要な様々な
機能に関わることが分かりつつあるので、創薬標的として期待されるようになってきた。
イオンチャネル
イオンチャネルもGPCRsと同じように重要な創薬標的になっている。ナトリウムイオンチャ
ネル、カリウムイオンチャネル、カルシウムイオンチャネルなどが陽イオンチャネルの代表
例で、神経細胞や、心臓をはじめ、ヒトの身体の中で多くの決定的に重要な機能を担ってい
る。それゆえ、例えばナトリウムチャネルの阻害剤であるリドカインは最も広く使われてい
るとされる局所麻酔剤で、このようにナトリウムチャネルの阻害剤の研究は重要である。
遊走因子
細胞を引きつける分子により細胞が遊走することがある。この様に細胞を引きつける因子を
細胞の遊走因子という。特に幹細胞の動きを制御する因子は、新しい創薬分野を作り出すこ
とができる可能性がある。この因子はGPCRを活性化するアゴニストであるので、このGPCR
の構造を解析してこの受容体に特異的なアゴニストを開発することができれば、これを使っ
て幹細胞を呼び寄せることができる。
クローディン
タイトジャンクションは細胞と細胞を接着して体内と外とを分けるシールを形成している。
この様なタイトジャンクションを形成する、細胞間を接着する機能を担う分子がクローディ
ンと呼ばれる膜タンパク質である。この膜タンパク質は、4つの膜貫通へリックスからなる
分子であるが、現状では構造の情報が全くない分子で、ブラッドブレインバリアも発現され
ているので、構造解析が望まれている。
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コネキシン
細胞と細胞をつなぐギャップ結合チャネルを形成する分子で、ペプチドなどの比較的大きい
分子を通すことができるとともに、イオンの透過を素早く制御することもできる。心臓の細
胞が同期して動くのも、速い神経細胞のシグナルを伝達するのも、抗原となるペプチドを隣
の細胞へ送るのも、この分子が作るギャップ結合で制御されている。
(2)探索的実証研究
転写調節
遺伝子領域の DNA 配列を鋳型として mRNA が産生される反応を転写とよぶ。その調節は、
遺伝子領域の上流の DNA 領域に存在するプロモーターに転写因子(タンパク質)が結合する
ことでなされる。なお、プロモーター領域のクロマチン(DNA やヒストンタンパク質)が修
飾されることにより転写因子の結合が促進されたり阻止されたりすることが知られている。
転写伸長
遺伝子 DNA を鋳型として産生された mRNA は、伸長因子の助けを借りて遺伝子下流に向か
って伸長し、全長の mRNA が形成される。これを転写伸長とよぶ。最近、遺伝子の下流領域
のクロマチンの修飾パターンが転写伸長の効率を規定することが判明した。
遺伝子調節パターン
ヒトゲノム DNA 上にはおよそ2万個の遺伝子が並んでおり、それぞれが DNA に結合するタ
ンパク質(転写因子や転写抑制因子)による調節を受けている。したがってクロマチン修飾
を変化させる薬物を投与すると、DNA 結合タンパク質(転写因子や転写抑制因子)の結合が
変化し、その結果、遺伝子発現が変化する。この場合、クロマチン修飾変化は一定期間持続
するため、当該薬物による遺伝子発現変化(効果)の持続性が期待できる。
2型糖尿病
小児発症タイプの糖尿病を1型糖尿病、成人発症タイプの糖尿病を2型糖尿病とよぶ。しか
し最近、2型糖尿病において「発症は成人期でありながらその起源は胎生期や幼児期にさか
のぼる」ことが想定されるようになり、重症化し不可逆になる前の幼少期における先制医療
(早期発見・早期治療)と個別化医療(初期・中期・末期の各病期に合わせた観点の創薬)
が求められている。
シナプス
脳内で神経細胞と神経細胞が結びつく構造のこと。神経細胞同士がお互いに手を伸ばし、つ
ながることで情報を伝達している。このようなシナプス構造の構築には多数のタンパク質が
関与しており、それぞれのタンパク質をコードする遺伝子の変異が、各種精神疾患(自閉症
や発達障害を含む)の原因となっていることが判明しつつある。一方、シナプスは外界の環
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境要因により変化する性質(可塑性)を有しており、精神ストレスが DNA やクロマチン(ヒ
ストンタンパク質)修飾を変化させ、遺伝子変異と同様の機能障害を惹起することもわかっ
てきた。
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