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1.糖尿病を診療するにあたって
1.糖尿病を診療するにあたって 第 1 章 初診時とフォローアップのための アプローチ 1.糖尿病を診療するにあたって 最初に,外来で糖尿病の患者を診療するにあたって,特に重要なポイント を列挙したい. 詳しくは,本書の各項目を参照していただきたい. 1)まず,インスリン依存状態か非依存状態かを判断する. 2)急激な血糖コントロールの改善が必要なのは,感染症を併発してい る場合と急ぎの手術が必要な場合である. 3)1)のインスリン依存状態の場合と,2)以外の場合は,徐々に血糖 コントロールを改善していけば大丈夫である. 4)経口血糖降下薬は,原則として単独では低血糖をきたさない薬を, 必ず少量から開始する. 5)必ず早期に眼科受診をしてもらう(日本糖尿病協会の「糖尿病連携 手帳」を活用する) . 6)血糖コントロールだけでなく,血圧と脂質のコントロール,体重管 理,禁煙指導も重要である. 7)急激に血糖コントロールが悪化した患者では,がん,特に膵がんの 併発を疑い,必ず早期に腹部エコーを施行する. 8)血糖コントロールの悪化は,食生活の乱れだけではなく,がんの併 発,精神的ストレス(不眠,うつなど)も原因として重要である. 9)運動療法は,著明な高血糖(空腹時血糖値が 250mg / dL 以上),増 殖性網膜症による新鮮な眼底出血がある場合,腎不全,虚血性心疾 患,急性感染症,骨・関節疾患,糖尿病壊疽では,禁止すべきであ り,要注意である. 498-12348 1 2 第 1 章 初診時とフォローアップのためのアプローチ さて本書は,毎日の診療ですぐに役立つ実践的な糖尿病診療ハンドブック を目指したため,糖尿病の診断・分類・各種コントロールの指標・問診など 通常の教科書に記載されている総論的な内容はあえて省略した. これらについては,ぜひ「糖尿病治療ガイド 2012-2013」(日本糖尿病学 会,編.文光堂)をご参照していただきたい. また,診療ガイドラインにおけるステートメントのエビデンスとその根拠 となる論文については, 「科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 2010」(日本糖尿病学会,編.南江堂)をご参照していただきたい. この 2 冊は座右の書として,いつもご覧いただくとよいと思う. ただし,「血糖コントロールの目標値」は,患者の年齢や想定される余 命,併発疾患の有無とその重症度などによって,患者ごとに個別化して設定 されるべきであるが, 「糖尿病治療ガイド 2012-2013」には,その具体的な 目標値の記載はないのが現状である. また,薬物療法についても,2 型糖尿病では経口血糖降下薬はどの薬剤が 第 1 選択となるのか? について「糖尿病治療ガイド 2012-2013」には具体 的な記載はない. 一方,ADA(アメリカ糖尿病学会)と EASD(ヨーロッパ糖尿病学会) の最新の合同声明では, 「禁忌でない限り第 1 選択薬はメトホルミンであ る」と明記されている1). 以上から,本書では具体的な薬剤の選択法,その使用法と注意点につい て,症例も呈示しながらわかりやすく解説した. ここでは高齢者(70 歳以上)における血糖コントロールの具体的な目標 値について解説する. 日本糖尿病学会のガイドラインでは,空腹時血糖値 140mg / dL,HbA1c 7.4%以下を高齢者の治療目標にすべきであると記載している2). 一方,ADA と EASD の合同声明では,高齢者向けの目標 HbA1c の例と して 7.5∼8.0%をあげている1). また,米国老年医学会では 8.0%以下としている3). 最近,米国老年医学会雑誌に,在宅ケアをしている平均年齢 80 歳の糖尿 病高齢者で身体機能の経過と HbA1c との関係を検討した前向きコホート試 験の結果が報告された.この研究では,HbA1c 8.0∼8.9%が,最も ADL 低 498-12348 1.糖尿病を診療するにあたって 下あるいは死亡のリスクが低かった. 以上を総合すると,高齢者では,低血糖を防ぐためには HbA1c 7.0∼8.5% 位を目標とすべきであろう. したがって高齢者では,低血糖をきたす危険性がある SU 薬の使用はでき るだけ避けたいし,使用する場合も第 2 または第 3 選択として最少量から使 用すべきであろう. 高齢者では,厳格な血糖コントロールを目指すよりも,血圧コントロー ル・脂質コントロール・アスピリン使用など,集学的な治療をより重視すべ きである. 【参考文献】 1)Management of hyperglycemia in type 2 diabetes: a patient-centered approach: position statement of the American Diabetes Association(ADA) . Diabetes and the European Association for the Study of Diabetes(EASD) Care. 2012; 35: 1364-79, Diabetologia. 2012; 55: 1577-96. 2)科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 2010.南江堂; 2010. p.220. 3)Guidelines for improving the care of the older person with diabetes : S265-80. mellitus. J Am Geriatr Soc. 2003; 5(Suppl Guidelines) 4)Glycosylated hemoglobin and functional decline in community-dwelling nursing home-eligible elderly adults with diabetes mellitus. J Am Geriatr Soc. 2012; 60: 1215-21. ︿岩岡秀明﹀ 498-12348 3 4 第 1 章 初診時とフォローアップのためのアプローチ 2.外来フォローに必須な検査と説明 ①血糖,HbA1c,尿検査,体重,血圧はできるだけ毎月測定して 評価する. ②脂質代謝や肝腎機能,貧血などの血液検査も定期的に行う. ③眼科受診を勧め,腎症チェックのための尿中アルブミンと eGFR の定期的な評価は必須である. ④足をこまめにチェックし,年に 1 度はアキレス腱反射など神 経の簡易検査も行う. ⑤大血管障害,がん,その他も糖尿病に合併しやすいので,症状 があれば精査,なくても年に 1 度は検診やドックを勧める. ⑥自院でできない検査は,積極的に他施設に紹介する(地域医療 連携などを活用する) . Key 血糖コントロール指標,体重・血圧・脂質管理, Words 動脈硬化チェック,がん検診 ❖外来での糖尿病管理で最低限必要なこと 糖尿病はかかりつけ医でも十分管理できる疾患である.しかし, それには条件がある.①糖尿病という病気の性質と治療に関する十 分な理解,②個々の患者の病態把握,③食事・運動療法の指導また は勧め,④適正な薬剤選択,そして⑤日常必須な検査の施行または 勧めである.そのうち,⑤について述べる.最低限必要な検査は図 1 に示す.血糖コントロール指標として血糖と血糖コントロールの 498-12348 2.外来フォローに必須な検査と説明 平均的指標(通常 HbA1c)ならびに尿検査,体重,血圧,脂質は いずれも通常 1∼2 カ月毎に 1 度は行う.各種合併症のチェックも 通常数カ月から 1 年に 1 度は行う.それらの中には,糖尿病の 3 大合併症である網膜症,腎症,神経障害,動脈硬化症,感染症,一 般併発疾患のチェックのほか,中高年以上ではがん検診,歯周病が 疑われる場合は歯科受診などがある.自院で行うことができない検 査や診察については他施設で行うことを勧める必要がある. 基本となる検査 血糖値 空腹時血糖 随時血糖 平均血糖値 HbA1c (GA) (1,5AG) 尿検査 体格 血圧 脂質 糖 蛋白 ケトン 潜血 WBC 体重 身長 BMI 体脂肪 外来血圧 家庭血圧 TC HDL−C TG LDL−C nonHDL LH 比 合併症・併発症チェックのための検査 眼合併症 腎合併症 神経障害 動脈硬化 その他 眼科診察 (眼底検査) 尿中アルブミン 血中 Cr eGFR シスタチン C 腱反射 振動覚 足チェック 心電図 胸部 X−P 脈波 ABI(API) 頸動脈エコー 一般血液検査 腹部エコー 便潜血 胃検査 感染チェック その他 青は必須検査 図 1 日常臨床における経過観察時の検査 1 血糖管理のための検査 外来で血糖を管理するためには,血糖値と HbA1c 値の両者を測定するこ とが一般的である.グリコアルブミン(GA)や 1,5-アンヒドログルシトー ル(1,5AG)は HbA1c の代わりとして測定される.特に GA は妊娠中や治 療方針の変更があった場合などの一時期に HbA1c と同時に測定されて評価 される. 498-12348 5