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適正農業規範(GAP)の概要―(PDF 126KB) - J
特 集 食品業界のリスクマネジメント 2.安全な農産物提供の取組み について ―適正農業規範(GAP)の概要― 嘉郎 日 中小企業診断協会 1.現場で考える企業リスクマネジメント 東京支部 食品業界研究会 初の総合的な GAP であり,2 0 0 0年に確立し た。 消費者に安全な食品を提供するためには, 農場から食卓までのフードチェーン関係者全 員による食品安全確保の取組みが必要である。 2 EurepGAP の現状 EurepGAP は,農業生産におけるさまざま フードチェーンのスタートである農業物生産 な場面で圃場・資材の安全性,生産工程での 段階では,健康に悪影響を及ぼす懸念のある 安全性,環境影響,衛生,作業者の安全性な 危害を排除して,安全な農産品の提供等を目 どについてのリスクを低減し,農産物の安全 的とし,適切な農業生産の実践をめざす適正 性と生産の持続性を確保することを目的とす 農業規範(GAP)への取組みが広がり始めて る基準である。EurepGAP には,法的な拘束 いる。食の安全・安心の観点より,適正農業 力はなく,その遵守は GAP 認証制度によっ 規範及び関連するトレーサビリティについて て推進される。2 0 0 5年から欧州連合(EU) 検討する。 内のスーパーなどの量販店は,EurepGAP 認 2.適正農業規範(GAP)について 1 GAP とは 証を取得した生産者の農産物のみを取扱うこ とを決定した。そのため,EU 内の生産者だ けでなく,EU への輸出農産物を生産する世 GAP は,Good Agricultural Practice の 略 称 界各国の生産者も EurepGAP 認証を取得す で,食品安全・環境保全・労働安全・品質向 るようになった。2 0 0 6年1 0月現在,EU 域内 上等を目的とし, 「適切な農業生産を実施す 約3 3, 0 0 0,域外約1 7, 0 0 0と合計約5 0, 0 0 0の農 ること」を内容としている。農業生産の方法 家および農家グループが認証を取得している。 は,生産品目や気象等の条件でかなり異なる 農産品の輸出に注力する中国では,国務院農 ことから GAP の内容は一律に定めることは 業部等が導入推進機関となって国家戦略レベ できないが,HACCP の手順・原則も取り入 ルでの普及促進を行っている。2 0 0 6年1月 れて実施されることになる。“Good Agricul- ChinaGAP を発表,同年5月より第三者認証 tural Practice”の用語は1 9 7 0年代から国連食 を開始した。 糧農業機関(FAO)や世界保健機関(WHO) 日本では,2 0 0 4年に農林水産省総合食料対 等によって,特に農薬使用に関連して使用さ 策事業で JGAP の原型となる“和郷園 GAP” れていたが,現在の GAP の策定と遵守の動 が作成され,その流れを引き継ぎ,NPO 法人 きは,消費者意識が高まった1 9 9 0年代後半に 日本GAP協会が “日本版適正農業規範 (JGAP) ” 始まり,1 9 9 7年に欧州小売業協会(EUREP) の普及を進めている。なお, 日本 GAP 協会は が EurepGAP を提案した。これが世界で最 EurepGAP との同等性承認申請中であり,同 12 企業診断ニュース 2 0 0 7. 6 2.安全な農産物提供の取組みについて 等性の承認を受けた場合,EurepGAP の承認 ている。また,会員に対して,JGAP の審査 を受けたものとみなされる。全世界で現在15 を行い,認証を発行する。2 0 0 6年1 1月末現在, 民間 GAP が同等性承認を受けている。 JGAP 認証農場は5 6農場,審査済み判定待ち 1 3農場である。 3 日本における GAP への取組み 平成1 7年3月に発表された「食料・農業・ 2 JGAP 認証制度 農村基本計画」では,食料の安定供給の確保 JGAP では,“適正農業 規 範”と は,農 産 に関する施策のなかで“食の安全および消費 物の安全,環境への配慮,生産者の安全と福 者の信頼確保”のため,リスク分析に基づい 祉,および農場経営と販売管理の4項目につ た食の安全確保を取り上げている。この施策 いて適切な農場管理とその実践の基準を示し として,農林水産省は,2 0 0 4年に「生鮮農産 たものとの基本的な考え方に基づき,要求事 物安全性確保対策事業」を開始し,20 0 5年4 項(遵守すべき管理点)および適合基準を定 月には「『食品安全のための GAP』策定・普 めている。管理点は大項目4,中項目18,小 及マニュアル」を公表するなど,食品安全 項目1 2 8となっている。 GAP への農業団体等の自主的な取組みを促 大項目 進する事業を展開している。現在,「食の安 中項目 1 農薬 2 肥料 3 土の安全性 4 水の安全性 5 種苗の安全性 6 収穫 7 農産物取扱い施設 GAP は,農業経営の根幹である適切な農 8 水の保全 場管理の進め方の基準を示すものであり,農 9 土壌の保全 10 周辺地への配慮 全・安心確保交付金」の助成を受け,京都市 が“ホウレン草と小松菜”を対象として実証 産地を設ける等15団体が GAP に取り組んで いる(引用文典 独立行政法人農業環境技術研究所発行 A 農産物の安全 。 情報:農業と環境 No.7 2 2 0 0 6.4) 2.JGAP 農場管理の実践 場経営診断の際の判断基準として活用できる。 具体的な内容について,NPO 法人日本 GAP B 環境への配慮 11 ゴミの減少とリサイクル 協会“日本版適正農業規範(JGAP) 青果物 12 エネルギーの節約 第2版”に基づき明らかにしていく。 13 野生動植物の保護 1 4 作業員の安全 1 5 従業員の福祉 1 6 記録管理 1 7 自己審査 1 8 販売とトレーサビリティ 1 NPO 法人日本 GAP 協会について C 生産者の安全 と福祉 D 農場経営と 販売管理 日本 GAP 協会は,GAP 普及活動を行って きた JGAI 協会が2 0 0 6年4月組織改名し,現 在の名称となった。主なる活動としては,日 本の生産現場に合った日本版 GAP を開発し, 会員に提供している。20 0 6年現在,JGAP 第 農産物の生産工程全体を通し,上記4項目 2版(青果物用,穀物用)が完成している。 に関わる管理点(必須,重要および努力の3 さらに,会員に対して,JGAP 導入指導を行 区分)を列挙し,これらの管理点に注目して い,農場への JGAP 導入を支援している。定 基準に適合した農場管理をすることにより, 期的に開催している JGAP 導入指導員研修を 安全な農産品の収穫が可能となる仕組みづく 通じて全国で JGAP 指導員を育成中であり, りを構築する狙いである。JGAP の認証は, 2 0 0 6年1 0月現在,研修修了者は2 2 5名を数え これら管理点が基準どおりに実践されている 企業診断ニュース 2 0 0 7. 6 13 特集 かについて現場審査が行われ,必須管理点が 取扱いを求めている。消費者の健康に被害を 1 0 0%適合,重要管理点が95%適合している もたらす可能性のある病原菌などの付着を防 と判定された場合に認証が与えられる。さら 止し,化学物質との接触がないことを確認し, に,認証取得を通じて「農場管理の改善」効 その他の異物混入などの防止を求めている。 果があり,同時に「農産物の取引基準」とし 「B,C,D 項目」について ても利用されることにより「生産者と消費者 4 側が信頼関係をつくるための枠組み」として ①「B 環境への配慮」 使用できるメリットがある。 環境由来の危害を排除し,生産性を保ち, 持続的な農業を行っていくために必要とされ 3 「A 農産物の安全」について る水(水源・水質)の保全,土壌の保全・改 大項目「A 農産物の安全」には77の管理 点・適合基準が設定されている。生産段階で の内容として,農薬・化学肥料の使用はでき るだけ減らす,使用する場合には法令等に従 い,残留農薬は基準値以下であること。 造,周辺地への配慮(農薬ドリフト防止)等, 2 1管理点がある。 ②「C 生産者の安全と福祉」 健全な農業経営では,消費者の安全性はも ちろんのこと,生産者の安全性も確保が求め また,生産環境である土,水,種苗の安全 られ,1 7管理点が設定されている。特に農作 性確保に努め,生産に際してはあらかじめそ 業者の健康へのリスクが大きい農薬について の安全性を確認するとともに,化学合成物質 は,農薬取扱者に対する訓練を受けることを の投与を抑え,土作りと生産環境保全に努め 基準に定めるなど4項目の管理点を定めてい ることで持続的な農業生産をめざす。 る。 さらに,遺伝子組み換え作物の規制遵守が ③「D 農場経営と販売管理」 必須管理点とされている。「農薬の使用」に 農場の経営管理では日々の作業記録が欠か ついては中項目1.「農薬」に3 3管理点・適 せないことより,各圃場の区分とその農産物 合基準が記載されているが,項目番号1. 2. 1 の識別,および土作りから出荷までの記録を および1. 2. 2の管理点・適合基準を例示する。 求め,トレーサビリティの仕組み構築を管理 区分 番号 点に挙げている。 管理点 適合基準 1. 2 責任ある農薬(ポストハーベスト農薬とワッ クスも含む)使用 重 要 1. 2. 1 必 須 1. 2. 2 過去1年間に 使った農薬と これから散布 する予定の農 薬のリストが あるか。 過去1年間に使った 農薬と,これから散 布する予定の農薬の 商品名,有効成分, 対象病害虫を書いた リストがある。 作物の生産国 作物の生産国の使用 で許可された 禁止農薬を使用して 農薬だけを散 いない。 布しているか。 5 JGAP で取り組む3つの安全性確保 JGAP が設定する12 8管理点・適合基準は, 次の3つの安全性確保をめざすものである。 すなわち,「生産手段」「生産工程」および 「農産品取扱い」で安全性に対する危害を排 除し,安全な農産品を次工程にアウトプット する仕組みの構築・実践である。 生産手段(インプット要素)である,圃場 (土) ,水,種苗,肥料・農薬の安全性を確 認し,栽培工程(プロセス)では,農薬・肥 料の適切な取扱いとその記録を維持し,栽培 一方,収穫段階以降の基準として,圃場の する作物の食品安全危害を排除する。収穫さ 作物は収穫段階から農産物(食品)になると れた農産物は,食品として取り扱われ,選別, の立場にたって,収穫,保管,選別,調整, 洗浄,調整,保管,包装,運送工程での汚染 洗浄,包装の各段階で,食品として配慮した や異物混入を防止し,次工程に安全な農産品 14 企業診断ニュース 2 0 0 7. 6 2.安全な農産物提供の取組みについて の提供を確保する仕組みである。 れる材料および最終製品の最初の配送経路を 3.農産物トレーサビリティについて 1 トレーサビリティとは 明確にできること(項目番号 7. 9) 」と規定 している。一方,JGAP でも同様の基準内容 であり,種苗・農薬・肥料等のインプット購 ト レ ー サ ビ リ テ ィ(traceability)と は, 買情報,その処理情報(どの圃場に,どのよ 「考慮の対象となっているものの履歴,適用 うに適用したか),出荷前情報(収穫,選別, 又は所在を追及できること。製品に関しては, 包装等) ,および販売情報(いつ,誰に,何 材料及び部品の源,処理の履歴,出荷後の製 を,どれだけ)を,直接関係するインプット 品の配送及び所在」と「ISO9 0 0 0品質マネジ とアウトプットとを対応付け,記録すること メントシステム−基本及び用語」に定義され を求めている。食品の安全性に対する消費者 ている。これを食品に当てはめると,「ある の関心の高まりから,トレーサビリティシス 食品を生産から消費までの全過程を特定でき テムは生産者の説明責任を果たすものとして ること」との定義となる(山本謙治著『実践 取り組まなければならない課題である。また, 農産物トレーサビリティ』より引用)。この 万一基準値を超える残留農薬が検出される等 定義のキーワードは“全過程”と“特定”で の事故発生時には,回収すべきロットの特定 ある。“全過程”とは,トレーサビリティに に必要な仕組みでもある。 てカバーすべき範囲であり“原料→栽培→収 穫→出荷→保管→小分け・加工→配送→売場 →食卓”までのフードチェーン全体である。 4.中小企業診断士と農業経営 日本の農業政策は戦後最大の転換期を迎え “特定”を可能にするためには,その食品や ている。農業従事者の高齢化,農業自給率の ロットにつく ID(識別表示)の付与と各過 4 0%レベルまでの低下,WTO 貿易交渉にお 程でその食品・ロットがどのような状態であ ける農業保護政策の段階的撤廃等の外部環境 ったかを記録し,維持・保管する仕組みが必 の変化を受けて,農林水産省は昨年度より, 要である。 一定規模の農地を持つ担い手育成に重点を置 く,「品目横断別経営安定対策」を進めてい 【関連記事 牛肉のトレーサビリティ】 る。推進組織として,「全国担い手育成総合 BSE 蔓延防止措置として,平成1 5年1 2 支援協議会」が設立され,中小企業診断協会 月1日時点での既存牛およびその後出生し も参画している。さらに,本年度予算では支 た牛のすべてに対し,法令に基づき1 0桁の 援協議会都道府県・地域協議会に,診断士な 固体識別番号 (ID) が与えられ,牛の両耳に ど経営スペシャリストをメンバーとする支援 番号が印字された耳標の装着を義務付けて チームを設置することも認められている。担 いる。この ID により,出生・移動・と殺の い手育成のため,農業経営を支援する診断士 情報が管理され,インターネットで生産履 への期待は大であり,活躍の場面が広まると 歴が確認できる。枝肉,部分肉,精肉・特 の見通しである。 定料理用に加工された場合には,特定牛肉 (またはその容器) に固体識別番号を表示。 生産から食卓までの全過程が固体識別番号 により特定可能となる。 2 農産物トレーサビリティ ISO2 2 0 0 0では「直接の供給者から納入さ 嘉郎 日 (ひだか よしろう) 九州大学法学部卒業後,総合商社およ び食品会社に勤務。貿易業務や経営企 画などを担当。1991年中小企業診断 士登録,2001年独立。農業経営支援 センター副会長。農林漁業金融公庫農 業経営アドバイザー。日本 GAP 協会導入指導員。 企業診断ニュース 2 0 0 7. 6 15