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本 文 - 防衛省・自衛隊

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本 文 - 防衛省・自衛隊
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
P r i n t edition: ISSN 2187-1868
Online edition: ISSN 2187-1876
海幹校戦略研究
JAPAN MARITIME SELF-DEFENSE FORCE COMMAND and STAFF COLLEGE REVIEW
第4巻第1号(通巻第7号) 2014年6月
学校長の部屋
福本
出
2
平山 茂敏
6
-将来の脅威に対するオフセット戦略-
川村 伸一
27
北極海における安全保障環境と多国間制度
石原 敬浩
44
櫻井
猛
66
-SIPS モデルの分析を通じて-
前山 一歩
87
海戦における文民保護等の考慮
荻野目 学 105
オフショア・コントロール戦略を論ずる
-「戦争を終わらせるための戦略」と日本の選択-
米国のインド洋安全保障戦略
武器輸出三原則の緩和と国民の意識
-「平和国家」と「武器輸出三原則」とのリンクの変化-
〔研究ノート〕
広報活動へのマーケティング・モデルの活用
〔翻訳論文〕
騒がしい海
トシ・ヨシハラ 126
-中国と日本が海で対決-
(翻訳:平賀 健一)
英文要旨
133
執筆者・翻訳者紹介
137
編集委員会よりお知らせ
139
表紙:海上自衛隊幹部学校庁舎(東京都目黒区)
1
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
海幹校戦略研究
第 4 巻第 1 号
学校長の部屋
知は力なり
~創立 60 周年に寄せて~
海上警備隊創設 2 年後の昭和 29 年 7 月に海上自衛隊が発足し、その後まも
なく同年 9 月に誕生した幹部学校は、本年創立 60 周年の節目を迎えます。新
生日本国の海上防衛の根幹を担う次世代のリーダー教育のため、海軍大学校に
相当する機関が必要である。しかし、海軍大学校と同じでよいのか。創設当時
に熟考された幹部学校の理念について、創立 20 周年誌を紐解き、長澤初代海
上幕僚長にすべてを一任された初代校長 中山定義海将(海兵 54 期。海大甲
36 期。終戦時中佐。第 4 代海幕長)の寄稿から一部を抜粋してみます。
『太平洋戦争を、大正、昭和の海軍大学校の教育の総決算という角度から考
えてみると、真珠湾奇襲攻撃とか、ソロモンの夜戦とかに、胸のすくような戦
果を挙げていることは、われわれのせめてもの救いであるが、大観すると(中
略)どんなに甘い点をつけてみても大きい落第点とならざるを得ない。
(中略)
この太平洋戦争の反省こそは、わが海幹校発足当時の、教育方針の最大の手が
かりであり、ポイントであったことは、関係者のひとしく知るところである』
自他共に幹部学校の“生みの親”と認められる中山さんが、
「海大の教育は大
きな落第点」と喝破するところから本校が準備され立ち上がったことに、今更
ながら驚きを禁じ得ません。
2
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
そのような強く厳しい反省の基に中山校長が示された「海上自衛隊幹部学校
の在り方」は、主として教育面に関する7項目からなっていました。紙面の関
係からそのすべての紹介はできませんが、これらを総括し、中山校長は『幹校
教育のポイントは、アカデミック・フリーダムというか柔軟な思考法に置くべ
きであり、飽くまでも真理を追究するということにあった。それは太平洋戦争
の戦訓からの当然の帰結でもあった』と述べると同時に、
『果たしてこの 20 年
間の教育はこの期待にこたえてきたのであろうか。
(中略)要は、不断に、初心
に帰って、これでよいのか、マンネリに陥っていないかと三省をくり返し、客
観的反省の上に立って大きい方向を誤らぬようにして貰いたいものと思う』と
指摘しています。
他方でシンクタンクとしての役割については、高木(惣吉)元少将や、中山
校長も同様の意見だったとして、石黒進先任教官が、
『海軍時代、艦隊と海軍大
学校と海軍省の連帯が必要重要であったが、その考え方の必要は今も変わらな
い。米海軍では海大と艦隊と海軍省の関係はそうなっている。旧海軍でも軍令
部の参謀が海大の教官をしていた。そのように幹部学校は海上幕僚長の幕僚で
あり、そういう関係にしておくべきだ』という考えであったことを回想してい
ます。
世界に冠たる大艦隊を喪失した帝国海軍の反省のもとに誕生した海上自衛隊。
そしてそのリーダーを育む最高学府にして、調査研究を行うシンクタンクたる
幹部学校は、草創期の人たちが思い描いたような機関としてその役割をしっか
り果たしているかどうか、
『不断に、初心に帰って、これでよいのか、マンネリ
に陥っていないかと三省をくり返し』てきたでしょうか。
20 年の節目において中山校長ら創設期職員が当時を回想してから更に 40 年
を経て、昨年、海上自衛隊幹部学校は大きな組織改編を行いました。思い返せ
ばこのプロジェクトは、平成 22 年、小職が副校長当時、ある同期と幹部候補
生以来 30 年ぶりにこの学校で再会したときに芽生えました。若いころから寄
港地等で出会うたび、安全保障問題や海自の戦略について熱く語りあうと同時
に、当時の海上自衛隊からそのような研究や発信がなされていないことを憂え
てきた。しかしここにきて海上自衛隊の最高学府にしてシンクタンクたる幹部
学校がその真価を問われる時代となった今こそ原点に立ち戻り、高度にその使
命を果たさねばならない、と。それから一人、また一人と同憂の士を呼び込み、
現下の国際情勢及び近未来において活動する海上自衛隊に必要とされる幹部学
校の在り方について検討を繰り返しました。
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海幹校戦略研究
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それまでの体制に変革を必要とした第一の理由は、近年のグローバリゼーシ
ョンの進展と技術革新の加速により、
我が国を巡る情勢の変化が大きく、
かつ、
速くなったことにありました。時代の変化の速さと幅に対応した研究をタイム
リーに行うこと、そしてその研究成果を速やかに防衛政策や大部隊運用への助
言、学生の教育に反映することが必要にもかかわらず、それに応じきれていな
かった。これらに対応するために導いた結論は、教育と研究の一元化でした。
それは世の中の大学や研究機関がそうであるように、
「幹部学校の職員が研究し
その成果を教育し発信する」という、ごく当たり前でシンプルなものでした。
先輩方が思い描いた幹部学校のあるべき姿、現下の情勢において果たさねば
ならない幹部学校の役割とその形は明確になりました。しかしそれに応じうる
力が果たして我々にあるのか。組織改編の前に、自分たちの真価を世に問うて
みよう。学校横断的に志ある職員が昼休みに弁当を持ち寄り、様々なテーマに
ついて好き勝手、
自由闊達に語り合う中から、
多くの知見が生まれてきました。
これは実に楽しく豊穣な時間でもありました。この集いは後に戦略研究グルー
プ(Strategic Study Group : SSG)と呼ぶことになります。
取りあげたテーマは SSG のブレーン・ストーミングで揉みに揉まれ、担当
者がねじり鉢巻きで学術論文としての体裁をしっかり整えたうえで、幹部学校
職員による論文として本校の紀要にまとめ世に出す。これが本誌『海幹校戦略
研究』誕生に至る物語です。
本号で通巻 7 号となる『海幹校戦略研究』ですが、この間我々の憂いをよそ
に、国内の大学・研究機関、各種メディアはもとより、海上防衛戦略をリード
する海外の著名な研究者を含め、多くの方々に高い評価をいただくことになり
ました。その価値は偏に「現職海上自衛官による学術論文」にあったと考えて
います。
海上自衛隊研究機関としての再出発は、こうして整いました。そして創立 60
周年を迎える今年、幹部学校はもう一つの大きな役割である最高学府としての
教育改革に着手します。教育改革にかかる指針は、初代の中山校長が示された
7 つの理念を、いささかも色あせてないものとして掲げることができると考え
ています。加えて、国内外の大学・研究機関との人材交流を含めた学術的交流
を更に具体的に推進して参ります。また、グローバル化する世界経済において
高度に発達を遂げた“マネジメント”の知見をいかに海上自衛隊のリーダーシ
ップ教育に取り入れていくかの検討も推進する方針です。
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海幹校戦略研究
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さらには、自衛官が単に「軍事的合理性」のみを標榜した発言をするだけで
は受け入れられない時代であるとの認識のもと、新たに発足した国家安全保障
会議とそれを司る国家安全保障局に制服自衛官が深く関わる時代にあって、軍
民 関 係 (civil-military relations) の 幅 広 い 分 野 に お い て Strategic
Communication ができる人材の育成が必要であることを強く考えています。
そろそろ紙面も尽きて参りました。最後に、私が考える幹部学校の位置づけ
を図に示します。これまでの 60 年余、海上自衛隊は実施部隊である自衛艦隊
(海上作戦部隊)と、防衛政策や予算を司る防衛省海上幕僚監部の二本足でし
っかりと屹立し、その任務を果たして参りました。しかしここに来て、
「知の力」
でこれらを支えるもう一つの柱が欠かせない時代になった。三脚の如く、三点
で支えられる組織は決して揺るがぬものとなるでしょう。
『知は力なり(Scientia est Potentia)』を第二の創業にあたっての格言として
掲げ、海上自衛隊幹部学校は次なる歴史の新たな一歩を踏み出します。
幹部学校の位置付け
海上幕僚監部
演習の評価及び作戦実施上の要務処理
にかかる助言等
海上作戦にかかる方針の明示
自衛艦隊
人材の供給
幹部学校
海 将
海上自衛隊幹部学校長
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海幹校戦略研究
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オフショア・コントロール戦略を論ずる
―― 「戦争を終わらせるための戦略」と日本の選択 ――
平山 茂敏
はじめに
2014 年 3 月に米国が公表した「2014 年版 4 年毎の国防見直し(Quadrennial
Defense Review 2014)」は、中国が軍の近代化を急ピッチで進めているが、そ
の意図について透明性に欠けており、特にアクセス阻止・エリア拒否を用いて
米国の力に対抗しようとしていると述べている1。アクセス阻止の脅威について、
特に強い懸念を示しているのが米空軍及び海軍であり、シュワルツ(Norton A.
Schwartz)米空軍参謀総長とグリナート(Jonathan W. Greenert)米海軍作戦部
長は、冷戦を境に米軍は地理的に固定的な前方展開型からグローバルに戦力投
射を行う軍隊へとトランスフォーメーションしたが、将来の敵は戦力投射で展
開した米軍と戦うのではなく、
展開途上の米軍の行動をアクセス阻止で妨害し、
それでも展開してきた部隊にはエリア拒否で行動の自由を制限する可能性があ
ると主張している2。このアクセス阻止の脅威に対抗するために米国防省が開発
した構想がエアシー・バトル構想であり、QDR2010 で開発が宣言され3、2013
年 5 月に米国防省統合参謀本部エアシー・バトル室から要約版が公表された4。
しかし、米国防省が推進し人口に膾炙したエアシー・バトル構想であるが、
米国の安全保障コミュニティが諸手を挙げてこれを迎え入れているわけではな
く、そこには様々な批判があり、これに代わる代案も提唱されている。この批
判の急先鋒にいる一人が米国防大学のハメス(T.X. Hammes)であり、彼はエア
シー・バトル構想を作戦構想に過ぎず戦略的視点が欠落しているために勝利へ
1 Secretary of Defense, Quadrennial Defense Review 2014, Department of Defense,
March 4, 2014, pp. 4-6.
2 Norton A. Schwartz & Jonathan W. Greenert, “Air-Sea Battle”, American Interest,
February 20, 2012.
www.the-american-interest.com/article.cfm?piece=1212, Accessed September 4, 2013.
3 Secretary of Defense, Quadrennial Defense Review 2010, Department of Defense,
February 2010, p. 32.
4 Air-Sea Battle Office, Air-Sea Battle, May 2013.
http://www.defense.gov/pubs/ASB-ConceptImplementation-Summary-May-2013.pdf
Accessed September 4, 2013.
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海幹校戦略研究
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の理論とはならないと主張し、必要なのは対中「軍事戦略」であり、自らが提
唱するオフショア・コントロール(Offshore Control: OC)戦略がその回答である
と論陣を張っている5。
オフショア・コントロール戦略に関する研究は端緒についたところであり6、
オフショア・コントロールとは何かということが議論されているのが現在の段
階である。平成 25 年度防衛白書は、エアシー・バトルについては僅かに
QDR2010 で示された定義を紹介しているが、オフショア・コントロールについ
ては一切の言及が無い7。防衛省としては、エアシー・バトル構想についてもオ
フショア・コントロール戦略についても否定も肯定も示していないということ
である。一方で、読売新聞はエアシー・バトルとオフショア・コントロール戦略
を「中国封じ込め新戦略」と評した上で、
「日本の安全保障は、こうした米国の
軍事戦略に依存せざるを得ない」と断じており8、産経新聞もオフショア・コン
トロール戦略を紹介した上で、
「同盟国日本は米国内の戦略決定過程をしっかり
フォローする必要」があると提言する9など、日本のメディアはオフショア・コ
ントロール戦略に対して注目を始めている。
本論文は、まずオフショア・コントロール戦略を体系的に分析し、ハメスの
理論を確認する。そして、オフショア・コントロール戦略に対する日本の選択肢
について考察を加え、日本へのインプリケーションを導くことを狙いとする。
1 オフショア・コントロールの体系的分析
(1) オフショア・コントロールの出発点:エアシー・バトルへの批判
オフショア・コントロール戦略はエアシー・バトルに対する批判を出発点と
T.X.Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” Infinity Journal, volume2,
Issue 2, Spring 2012; T.X. Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an
Unlikely Conflict,” Strategic Forum, National Defense University, SF No. 278, June
2012; T.X. Hammes, “Offshore Control is the Answer,” Proceedings, U.S. Naval
Institute, Vol. 138/12/1.318, December 2012.
6 海洋政策研究財団の秋元一峰が、シーレーンの安全保障の見地からオフショア・コント
ロール戦略を論じている。
秋元一峰、
「オフショア・コントロールとシーレーンの安全保障」海洋情報特報、2013
年 7 月 10 日、
http://oceans.oprf-info.org/analysis_ja02/b130710.html 2013 年 11 月 15 日アクセス。
7 防衛省『防衛白書
平成 25 年版 日本の防衛』日経印刷、2013、8 頁。
8 『読売新聞』2013 年 9 月 17 日。
9 『産経新聞』2013 年 11 月 2 日。
5
7
海幹校戦略研究
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しているが、ハメスによる批判の中核は、戦略の不在、核エスカレーションの
不確実性、勝利の理論の欠落、実現のための資源の不足の 4 点に絞られる10。
ア 戦略の不在
ルトワック(Edward N. Luttwak)は、戦略のレベルには下層から技術、戦術、
作戦、戦域戦略、大戦略の 5 つのレベルがあり、究極の目的は最上層の大戦略
レベルで達成されると述べているが11、ハメスも作戦構想だけではその是非を
判断できず、これが支える戦略的枠組みにおいて、その価値が初めて判断でき
ると指摘する。そして、エアシー・バトルは目的を達成するための作戦レベル
の方法論の一つに過ぎず12、上層にあるべき戦略が提示されていないため、対
中戦争を戦うための構想としては不十分であると指弾している13。
イ 核エスカレーションの不確実性
エアシー・バトル構想は宇宙及びサイバー領域の大々的な利用に依存してい
るが、両領域では第 1 撃を先に加えた側が圧倒的優位に立つ。故にエアシー・
バトル構想に依拠すると宇宙及びサイバー領域における大規模な先制攻撃への
誘因が強くなり、事態が急速にエスカレーションする可能性がある。しかし、
この様な指揮統制システムへの大規模な攻撃は、中国をして自らの戦略核戦力
に対する攻撃と誤解させる虞があり、核による反撃の原因となりかねないとハ
メスは批判する14。
ウ 勝利の理論の欠落
ハメスに拠れば、エアシー・バトルは武器システムの戦術的な運用に終始し
ており、紛争終結に至る望ましい道筋が明示されていない15。中国と同様にア
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict,” pp. 2-3;
T.X. Hammes, “Sorry AirSea Battle Is No Strategy,” The National Interest, August 7,
2013.
http://nationalinterest.org/print/commentary/sorry-air-sea-battle-is-no-strategy-8846/
T.X. Hammes, “Offshore Control vs. AirSea Battle: Who Wins?” The National Interest,
August 21, 2013.
http://nationalinterest.org/commentary/offshore-control-vs-airsea-battle-who-wins-89
20/ accessed on September 14, 2013.
11 Edward N. Luttwak, Strategy: The Logic of War and Peace, The Belknap Press of
Harvard University Press, 2001, pp. 87-91.
12 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” p. 12.
13 T.X. Hammes, “AirSea Battle Isn’t about China,” The National Interest, October 19,
2012,
http://nationalinterest.org/commentary/airsea-battle-isnt-about-china-7627/ Accessed
September 12, 2013.
14 Ibid.
15 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” p. 12.
10
8
海幹校戦略研究
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クセス阻止・エリア拒否能力を高めていると言われるイランに対応する場合は、
ホルムズ海峡を通過するエネルギー資源の流れを保護するという明快な目標が
ある。このため、目的と手段の間に明快な一貫性が認められる。これに対して、
中国の場合は、アクセス阻止能力を打倒したとしても、米国に出来ることは中
国本土に更に接近して攻撃することのみであり、この様な攻撃作戦が大陸規模
の国家を相手にどのように勝利へと導くのか、歴史的に見ても実証されていな
いというのがハメスの批判である16。
エ 実現のための資源の不足
厳しい財政状況の下、米国は生起する可能性が極めて低い中国との戦争のた
めの戦略を必要としている。この戦略は中国を抑止し、同盟国に保障を与え、
予算配分の指針となり、必要とあれば紛争を好ましい形で解決へと導く必要が
ある。ハメスは、国防費削減の時代の戦略は、財政的に実現可能でなければな
らないとしているが17、エアシー・バトル構想の具現のためには、中国の重層的
な防空網を潜り抜けるために最新鋭のステルス戦闘機を始めとするハイテク兵
器をそろえる必要があり、現在及び将来の米国にはそのような調達は困難であ
るとハメスは批判するのである。ケック(Zachary Keck)も航空宇宙及び防衛に
関する市場調査会社である G-2 Solutions の報告書を引用して、2023 年までの
エアシー・バトル経費が 5,245 億ドルに達し、その中で最も高額なのが F-35 ジ
ョイント・ストライク・ファイター計画であることを指摘した上で、アクセス阻
止・エリア拒否に対抗する方策として、エアシー・バトルが果たして最適なのか
という議論が米国防コミュニティの中で惹起されていると述べている18。
(2) オフショア・コントロールの戦略的枠組み
上記の批判に立脚したオフショア・コントロールは必然的に戦略となる。ハ
メスはコーエン(Eliot Cohen)の戦略モデルを引用して、戦略に必要な要件とし
て、前提条件の設定、目的・方法・手段(ends-ways-means)の一貫性、優先順
位と実行順序の決定、勝利の理論を挙げているが19、これらの要件がオフショ
ア・コントロールに如何に当てはまるのか、ハメスの主張を概観する。
Hammes, “AirSea Battle Isn’t about China.”
Hammes, “Sorry AirSea Battle Is No Strategy.”
18 Zachary Keck, “Air-Sea Battle to Cost $524.5 Billion Through 2023,” The Diplomat,
December 24, 2013,
http://thediplomat.com/2013/12/air-sea-battle-to-cost-524-5-billion-through-2023/
Accessed December 25, 2013.
19 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy.”
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17
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ア 前提条件の設定
ハメスが設定した前提条件は以下のとおりである20。
前提 1:紛争を開始するのは中国である。
米国の側から紛争を開始する方が条件は容易になるが、中国が紛争を開始し、
これにより中国が主導権を握ると仮定する方が、より厳しい条件を米国に突き
つけることになる。
前提 2:中国との紛争は長期戦になる。
過去 200 年の歴史を見ても大国同士の戦争は月単位ではなく年単位で計られ
る事例が多い。核保有国同士が大規模紛争に至った事例が無いため、核という
ファクターが戦争を短縮化する要因になるのか否かは不透明である。
前提 3:米国と中国の大規模紛争はグローバルな経済に大きな損害を与える。
米軍が多量の死傷者を出している間に、米国民が中国との交易を継続するこ
とを許容するとは考えられないので、米国は中国との貿易を遮断する。中国は
これに軍事、財政、経済面で反撃する。
前提 4:米国は中国の核の使用に関する意思決定プロセスを理解していない。
中国指導部の意思決定プロセス、政軍関係は不透明であり、米国は中国政府
及び軍事指導部における意思決定のプロセスを十分に把握することは出来ない。
故に、米国の戦略的アプローチはエスカレーションを最小化する方向で行われ
る必要がある。エスカレーションが必要な場合、誤解の元になりかねない不意
をつくものではなく、計画的で透明性のあるエスカレーションが望ましい。
前提 5:宇宙又はサイバー領域において、第 1 撃が大きな優位をもたらす。
宇宙とサイバー領域では、先制した側が優位に立つので大々的に先制攻撃を
行う誘惑が大きくなるが、そのような大規模作戦の実施は、必然的に危機を不
安定化させる。また、宇宙又はサイバー領域における大規模な活動を開始する
ことは、中国をして彼らの戦略システムへの攻勢のプレリュードと誤解される
可能性があるので、実施すべきではない。一方で、米国が第 1 撃を行わない場
20 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” p. 11; Hammes, “Offshore
Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict,” pp. 3-4.
10
海幹校戦略研究
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合は中国が先制攻撃を行い、その結果、米国は大きな能力低下を蒙る。
イ 目的・方法・手段の一貫性
国防予算の削減と、新たな兵器の調達単価の急速な上昇の組み合わせから、
米国は武器発射母体やシステムの大幅な増加を期待できない。このため、対中
戦略は限られた「手段(means)」を基に立案されなければならない。加えて、
中国の核兵器は米国が中国を攻撃する方法についても制限を加えることになる。
核戦争に勝者は無いこと、米国は中国の核使用の意思決定プロセスを理解して
いないことから、
米国は核の使用にエスカレートする可能性を最小限にする
「方
法(ways)」で武力を行使せざるを得ない。米国の手段と方法が限定されること
から、
「目的(ends)」についても控えめなものにする必要がある21。
第 1 列島線
第 2 列島線
図 1 ハメスの定義する第 1 及び第 2 列島線22
このため、オフショア・コントロール戦略は作戦レベルでは、現在入手可能
な手段と限定的な方法により、拒否、防衛、支配の 3 つの柱で中国と戦う23。
第 1 に、中国による第 1 列島線内側の海洋の使用を潜水艦や機雷及び限定され
た少数の部隊を用いて「拒否」する。第 2 に、第 1 列島線上の海と空をあらゆ
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” p. 11.
Ibid., p. 11.
23 T.X.Hammes, “Strategy for an Unthinkable Conflict,” The Diplomat, July 27, 2012,
http://thedipolomat.com/2012/07/military-strategy-for-an-unthinkable-conflict/
Accessed November 29, 2013.
21
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11
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る手段を用いて「防衛」するが、防衛の対象には米国を積極的に支援する同盟
国を含む。
ここで、
中国は本土から遠く離れた場所での攻撃を強いられる一方、
米国と同盟国は自らの領域において統合化された海空防衛網を形成して戦うこ
とが出来る。第 3 に、第 1 列島線の外側の空と海を「支配」するが、これには
チョークポイント(図 2 参照)における海上交易の遠距離封鎖を含む。
オフショア・コントロール戦略は、中国経済を支える大型タンカーや超大型
コンテナ船を、海軍及び空軍のみならず、両用戦艦艇に乗った海兵隊や借り上
げた商船に乗り込んだ陸軍も用いて通航を阻止する。中国への経済封鎖が効果
を発揮するにつれ、
中国が消費するエネルギー資源の量も大幅に減少するので、
エネルギー資源のみの封鎖は効果が薄く、中国経済を牽引する輸出貨物に焦点
を当てる必要がある24。これは中国の貿易を完全にシャットアウトするもので
はないが、そのコストをビジネスが中国から逃げ出して、どこか別の国に移転
するまで高めるものである25。中国の輸出入は GDP の 50%を占めるが、中国
共産党の正統性は経済の成長を基盤としているので、経済圧力は紛争の解決に
向けた大きな圧力となるし、封鎖の外側で世界経済が再編されてしまえば更に
事態は悪化する26。
図 2 オフショア・コントロールのチョークポイント27
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” pp. 11-12; Hammes, “Offshore
Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict,” pp. 4-5.
25 Hammes, “Sorry AirSea Battle Is No Strategy.”
26 Hammes, “Offshore Control vs. AirSea Battle: Who Wins?”
27 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” p. 11.
24
12
海幹校戦略研究
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中国の領域に対する縦深攻撃は実施しないが、これは核の応酬へとエスカレ
ートする可能性を低減し、戦争の終結を容易にするための配慮である。オフシ
ョア・コントロール戦略が想定する戦争は、限定戦争である。米中は太平洋で分
断されており、中国本土への攻撃も実施しないことから、コーベット(Julian S.
Corbett)の規定する限定戦争が可能である28。
また、オーストラリアを除き、オフショア・コントロールは同盟国の基地を
必要としない29。オーストラリアの基地にしても、豪州南北、マラッカ、ロン
ボク、スンダ海峡の封鎖に用いられるだけである。米国は同盟国や友好国に米
国の側に立って参戦することは求めない。同盟国等は、米国がこれらの国の海
空空間を中国から防衛することを認めることのみ求められる30。このため、オ
フショア・コントロールは同盟国にほとんど依存せず、米国単独で実行可能で
ある。
ハメスは中国共産党の打倒や、中国の降伏は核の使用に繋がる可能性があり
目的としては余りに危険であると指摘する。オフショア・コントロール戦略で
は中国が経済的に疲弊して戦争の終結を求めるまで中国を経済的に締め上げて、
窒息させる31。この戦略における米国の戦争目的(ends)は、敵対行為を終了さ
せ、戦争開始前の境界線へ回帰すること、すなわち「旧に復する」ことにある
のである。
ウ 優先順位と実行順序の決定
この戦略における優先順位は以下に示すとおりである。
①
米国と共に戦うことを選択した同盟国の支援
②
中国通商網に対する遠距離封鎖態勢の確立
③
第 1 列島線内における中国の海洋利用を拒否する海洋排他的ゾーン
(maritime exclusive zone)の確立
④
中国に対する封鎖を強化し、米国の同盟国による通商は維持するため
の第 1 列島線の外側の海域の独占的支配
実行順序は原則として優先順位のとおりだが、複数のステップを同時並行で
実施する場合もある。この点において、オフショア・コントロール戦略はワイリ
28 Julian S.Corbett, Some Principles of Maritime Strategy, Longmans, Green and
Co, 1911; reprint, BIBLIO BAZZAR, 2007, p.52-53.
29 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict,” p .7.
30 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” p. 12.
31 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict,” pp. 4-5.;
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” pp. 11-12
13
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2014 年 6 月(4-1)
ー(J. C. Wylie) の分類に拠れば、順次戦略 (Sequential) ではなく、累積戦略
(Cumulative) である32。本戦略の成否は平時の準備に大きく依存するが、秘密
のベールに包まれたエアシー・バトルとは異なり、オフショア・コントロール
戦略は透明性が担保されているので、米国は同盟国にその内容を説明し、本戦
略に基づく演習等諸準備を公然と行うことが可能である33。
エ 勝利の理論
オフショア・コントロール戦略は、中国共産党が過去の戦争(中印国境紛争、
朝鮮戦争、中ソ国境紛争、中越戦争)を終結させた時の様に、中国が「敵に教
訓を与えた」と宣言して戦争を終わらせることを狙いとしている。オフショア・
コントロールは中国を降伏させたり、共産党を転覆させることを狙いとはして
おらず、中国に軍事的手段を用いては目的を達成することはできないのだとい
うことを理解させ、紛争前の現状を回復する34。
中国本土に対する縦深攻撃の禁止は、核の使用へのエスカレーションのリス
クを低減させると共に、
「敵に教訓を与えた」と中国が宣言することを容易にさ
せる狙いがある。
オフショア・コントロール戦略は決定的勝利を追及しないが、
これは核保有国に対する決定的勝利という概念自体が時代錯誤的であると考え
るからである。したがって、オフショア・コントロールにおける勝利は、米国
及び同盟国が受容できる条件で紛争を終わらせることであると定義される35。
2 オフショア・コントロールへの批判
(1) コルビーの批判
当然のことながら、オフショア・コントロール戦略も「魔法の特効薬」では
ない。本戦略については、エアシー・バトルの擁護者である米海軍分析センター
(CNA: the Center of Naval Analyses)のコルビー(Elbridge Colby)を中心に、批
判的な分析が行われている。特に、コルビーは本戦略の実現可能性、同盟国へ
の保障、核エスカレーションの過大評価の面で疑問を突きつけており、以下、
彼の批判を概括する。
J.C.ワイリー「戦略論の原点」奥山真二訳、芙蓉書房出版、2011 年、25-38 頁
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” p. 12.
34 Hammes, “Sorry AirSea Battle Is No Strategy.”; Hammes, “Strategy for an
Unthinkable Conflict.”
35 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” p. 10.
32
33
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
ア 実現可能性に疑問
コルビーは、長期的に見たときにオフショア・コントロール戦略は実現性と
経済的持続可能性が疑問であると指摘する。仮に中国が米国はエアシー・バト
ルに代表される近距離戦闘を諦めたと知ったならば、中国は軍事力の整備の方
向性を米軍が封鎖を試みる遠距離での戦闘に向けて適合させることが可能とな
る。このため、ハメスが主張するようにオフショア・コントロール戦略は遠距離
封鎖なので現有装備で実施が可能なので安上がりとなるとは限らない36。
加えて、ハメスが思い描く遠距離封鎖は、幅広い国家の長期的な協力を必要
とするが、それらの国にはロシアのように米国と協力的というわけではない国
が含まれる。北朝鮮やキューバへの経済制裁でさえ困難なのに、世界中の国々
に超成長市場である中国への長期的封鎖への協力を得ることは困難である37。
米海大のホームズ(James R. Holmes)も指摘する様に、経済封鎖とは対象国だ
けでなく、これを封鎖する側にも痛みを与える戦略なのである38。
また、歴史的に見て、ナポレオン戦争でも、第 1 次世界大戦でも第 2 次大戦
でも、封鎖戦略は戦場における勝利と車の両輪の関係にあった。経済封鎖だけ
で勝った国は無いというコルビーの主張は力強いものがある39。この点につい
てはホームズも、遠距離封鎖が決定的要因になるのか疑問を呈している40。
イ 同盟国への保障
コルビーは、米国の西太平洋における基本的戦略は、ギルピン(Robert Gilpin)
の覇権安定論を論拠としており、米国及び同盟国の国益及び領域を西太平洋に
おける軍事的優位、特に海空における(今日では宇宙及びサイバー空間を含む)
優位で防衛していると主張する。このため、米国がアジアの海洋における軍事
優位を維持する必要があり、これこそがエアシー・バトルが実施しようとして
いることである41。
36 Elbridge Colby, “Don’t Sweat AirSea Battle,”
The National Interest, July 31,
2013.
http://nationalinterest.org/print/commentary/dont-sweat-airsea-battle-8804/ Accessed
September 15, 2013.
37 Ibid.
38 James R. Holmes, “AirSea Battle VS Offshore Control: Can the US Blockade
China?” The Diplomat, August 19, 2013.
http://thediplomat.com/2013/08/airsea-battle-vs-offshore-control-can-the-us-blockadechina/ Accessed November 21, 2013.
39 Colby, “Don’t Sweat AirSea Battle.”
40 James R. Holmes, “AirSea Battle VS Offshore Control: Can the US Blockade
China?”
41 Colby, “Don’t Sweat AirSea Battle.”
15
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
一方で、ハメスの戦略は第 1 列島線の内側を塹壕線に挟まれた「無人地帯(no
man’s land)」にしてしまうとコルビーは批判する。また、オフショア・コント
ロールは中国を遠距離で封鎖するが、米国の遠距離は域内諸国にとっての遠距
離ではないので、域内の同盟国とパートナー国は自らの安全と自立に懸念を持
つ。たとえ、米国が日本やその他の同盟諸国に最新の武器を売却しても、中国
の将来の軍事力はいずれこれらを凌駕してしまう。故に同盟国は米国の積極的
な関与を求める必要が生じるが、
オフショア・コントロール戦略が十分にこれに
応えられるかは不透明であるというのがコルビーの主張である42。
ウ 核のエスカレーションの過大評価
コルビーは、ハメスは中国の側のエスカレーション回避のインセンティブを
大幅に過小評価しており、中国が核における米国の圧倒的優位を自覚している
こと、核戦争とは中国が勝てない戦争であることを熟知していることを看過し
ていると批判する43。
また、コルビーは、国内に強大な防空網を構築しようという中国自身の努力
が、中国が通常戦力による中国本土攻撃を予期していることを示していると主
張する。中国本土への米国の通常戦力に対して核で反応するのであれば、この
ような投資は意味をなさないのである44。
(2) ハメスの反論
コルビーの批判に対し、ハメスは即座に反論している。彼の反論の概要は以
下のとおりである45。
ア 実現可能性
オフショア・コントロールは戦争を「終わらせる」
。エアシー・バトルは戦
争に勝つといっているが対中戦争における勝利の定義が曖昧である。一方で、
オフショア・コントロールは第 1 列島線内の利用の拒否という拒否的抑止と、
経済封鎖という懲罰的抑止で中国を抑止する。オフショア・コントロールは経
済発展という中国共産党の正当性に打撃を与えるのである。
エアシー・バトルは航空攻撃に依存するが、第 1 次湾岸戦争、第 2 次湾岸戦
争でも圧倒的航空優勢はサダム・フセインに白旗を上げさせることができなか
Colby, “Don’t Sweat AirSea Battle.”
Ibid.
44 Ibid.
45 Hammes, “Sorry AirSea Battle Is No Strategy.” ; Hammes, “Offshore Control vs.
AirSea Battle: Who Wins?”
42
43
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
った。コソボでもミロシェビッチがあきらめるまで 78 日を要した。
イ 同盟国への保証
オフショア・コントロールは公然と議論できるため、同盟国への保証を与え
られる。エアシー・バトルは秘密のベールに包まれている。米国は「我々を信
じろ」と言うが、それでは機能しない。
ウ 核エスカレーションへの評価
どんなに小さくても、
「核」のエスカレーションリスクは過小評価されるべ
きでない。オフショア・コントロールは中国国内の戦術目標を攻撃せず、中国
経済という戦略目標を攻撃する。これは中国共産党の正当性に直結しており、
中国の指導者はこれを無視することは難しい一方、核エスカレーションのリス
クは小さい。
3 日本へのインプリケーション
(1) オフショア・コントロール戦略に対する中国の対抗策
米国と同盟国がオフショア・コントロール戦略を採用した場合の中国の反応
についてもハメスは予測をしている。中国はこれらの全部または一部を選択し
てオフショア・コントロール戦略に対抗することになるが、
これらを全て選択し
た場合、事態をエスカレーションさせて米国の同盟国の積極的な介入を呼ぶ可
能性があるため、
中国の選択肢はオフショア・コントロール戦略の加える圧力と
同盟国の参戦のリスクの間のバランスの方程式の解となるであろう。以下、中
国の選択肢について、ハメスの分析を基に日本への影響を中心に述べる。
ア 平時の脅迫
中国にとって、米国の同盟国を攻撃することなくあらかじめ脱落させること
が最も望ましい。また、同盟国内の米軍基地の使用を拒否させたり、米軍機の
領空通過を拒否させることができれば、米軍の作戦能力を減殺することが可能
となる。このため、域内の米軍基地が米国の戦略にとって不可欠であると判断
すれば、
地域諸国を脅迫することで米国による基地の使用を妨害しようとする。
中国は特に韓国、日本、豪州に対し圧力をかけることでこれらの国にある米軍
基地の使用を妨げようとするだろう46。
46
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict,” p. 7.
17
海幹校戦略研究
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イ 米国の同盟国に対する航空・ミサイル攻撃
中国は域内の米国の同盟国を直接攻撃することで米国と同盟国に大きな圧力
をかけることが可能であるが、
これは同盟国の脱落をもたらすかも知れないが、
同盟国が更に積極的に参戦するトリガーともなりかねず、この選択肢は中国自
身にもジレンマを突きつける。
オフショア・コントロール戦略を支える基地は米
国及び豪州にあり、在日・在韓米軍基地は不可欠の存在ではないので、中国は
特に日本、韓国及びこれらの国内にある米軍施設を攻撃する価値と、日本と韓
国の軍事的、経済的、政治的パワーが米国の側に加わるリスクを計りにかけて
勘案することになる47。
一方で、同盟国の艦艇や基地が中国本土からの航空機やミサイルで攻撃され
始めた時に、米政府や同盟国が中国本土攻撃を思いとどまれるのか、ホームズ
は疑問を呈している48。
ウ 米国の同盟国の封鎖
仮に中国が米国の同盟国を封鎖するというオプションを選択した場合、米国
側にとっての最大の問題は、長期に及ぶ戦争を通じて、いかに日本と韓国を支
えるかということである。第 1 列島線の内側に中国による海洋利用を拒否する
エリアを設定して通航を禁止することで、韓国全域及び西日本がこのエリアに
含まれることになるが、これは直ちに両国の海上交通を維持できないことを意
味しない。
中国が通商破壊を実施する場合は米国と同盟国は船団護衛で対抗し、
特に韓国東岸及び日本の東海岸と諸外国の間で通商路を維持することになる。
また、第 1 列島線の外側では地理的優位性は米国の側にあり、日本を仕向け地
とする船団を攻撃するためには、中国の海空軍は米国により防衛された第 1 列
島線を突破する必要がある49。
エ 世界規模の海洋使用拒否
現在の中国には沿岸基地の航空の傘の外側で、制海を争う能力に欠けている
が、その一方で潜水艦や通商破壊のための艦船を組み合わせて海洋利用の拒否
を目指した作戦を実行することが可能である。水上艦艇による通商破壊は歴史
的にはしばしば用いられてきたもののその効用は限定的であったが、ドイツの
U ボートに範を取った潜水艦作戦は大きな脅威である50。
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict,” p. 7.
James R. Holmes, “AirSea Battle VS Offshore Control: Can the US Blockade
China?”
49 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict,” pp. 7-8.
50 Ibid., p. 8.
47
48
18
海幹校戦略研究
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オ 米国及び同盟国港湾への機雷敷設
中国は敵対行為の開始前に民間商船を使用して、米国、日本及び韓国の港湾
に機雷を敷設する可能性があり、その場合は敷設された機雷がこれらの国の交
易に大きな混乱を引き起こす51。ただし、開戦後の追加敷設が困難であるため、
長期的に見れば収束していく可能性が高い。米国の機雷戦能力は極めて限定的
であるため、機雷敷設が広範囲に行われた場合には、自衛隊の機雷戦能力に期
待が寄せられる可能性が高い。
カ 無人機による攻撃
無人機の急速な能力向上とコストの低下により、安価な無人機が大量に生産
されており、GPS に誘導され人工知能を搭載した武装無人機が、東シナ海に面
した日本のレーダーサイト等の固定目標の攻撃に用いられる可能性は高い。航
続距離の長い無人機は洋上哨戒及び攻撃にも使用される可能性がある52。
キ 宇宙及びサイバー攻撃
中国の戦略家は宇宙とサイバー領域において攻勢に出ることにより得られる
優位を十分に承知しており、
両領域で中国が先制的に攻勢にでる可能性は高い。
一方で、遠距離封鎖は、水上捜索レーダーと HF 無線があれば実行できるとハ
メスは主張しており、宇宙とサイバーに大きく依存していない。故にオフショ
ア・コントロール戦略を採用した場合は、
中国が宇宙とサイバー領域を攻撃する
インセンティブが引き下げられる可能性がある53。
ク 金融攻撃
中国が巨大な外貨準備を背景に、米国及びグローバルな経済へ金融面で攻撃
にでる可能性は一つの懸念である。ただし、そのような行動を中国自身の経済
に破滅的な影響を及ぼすことなく遂行できるか否かは極めて疑問である54。
(2) 日本の選択肢:4つのオプション
日本は米国と日米安保条約で結ばれた同盟国であり、地理的には米中がせめ
ぎ合う第 1 列島線上に長大に横たわっていることから、オフショア・コントロ
ール戦略の影響を避けることは出来ない。このため、最後に、本稿でのオフシ
ョア・コントロール戦略に関する考察を踏まえて、
蓋然性の高い日本の選択肢と
51
52
53
54
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict”, p. 8.
Ibid., p. 8.
Ibid., p. 8.
Ibid., pp. 8-9
19
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
その際にオフショア・コントロール戦略の実効性がどの程度担保されるのか思
考実験を試みる。
なお、オフショア・コントロールを防勢戦略であり、専守防衛を基軸とした
我が国の防衛政策との親和性が高いとする理解があればそれは誤解である。ハ
メス自身が指摘する様に、
オフショア・コントロール戦略は防衛面に焦点を当て
てはいるものの、その本質は国家の力の源泉である富を生み出す国際交易を遮
断することで相手を経済的に窒息させる攻勢的なものである55。故にエアシー・
バトルを攻勢的であると忌避し、
防衛的であるとの理由でオフショア・コントロ
ール戦略を選択することは本質的な誤りとなる。
まず、オフショア・コントロール戦略に対する日本の対応を、この戦略に参
加するのか否か、その参加形態は全面的か部分的かという視点から、4 つの類
型に分類する。
ア 全面的参加
このオプションは日本が米国と肩を並べて戦い、オフショア・コントロール
の一翼を担うというものであるが、中国が日本の艦船、航空機や在日米軍基地
等への攻撃を実施し、自衛隊に防衛出動が命じられた場合に限り選択可能とな
る。日本はわが国周辺海域における封鎖の支援56、第 1 列島線上における中国
軍への共同対処、第 1 列島線内側へ潜水艦を送り込むことによる海洋利用の拒
否を行い、一方で我が国防衛に関して米国の積極的支援を受けることとなる。
ヨシハラ(Toshi Yoshihara)とホームズが提唱するような、地対艦ミサイルで武
装した陸上自衛隊の部隊を南西諸島に展開することも検討の対象となる57。
イ 部分的参加
米国支持の姿勢を明らかにするが、中国が日本又は在日米軍基地への攻撃を
行わない場合は、防衛出動を命じることができないため、直接的な戦闘活動以
外での支援を行うオプションである。米中間の紛争を我が国「周辺事態」と認
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict”, p. 6.
米国は、戦時においては中国の商船全て(ただし、病院船等保護の対象となる船舶を
除く)を敵性船舶であること理由に拿捕の対象とできるが、日本は国内法上、
「拿捕」は
できず、戦時禁制品等を積載した船舶のみを対象とした取締りに限られる(一般貨物を搭
載した商船を取り締まれない)故に、封鎖における自衛隊の活動は情報活動を中心に、限
定した商船に対しての乗船検査及び行き先変更に限られる。
57 Toshi Yoshihara and James R. Holmes, “Asymmetric Warfare, American Style,”
Proceeding Magazine, Vol. 138/4/1,310, April 2012; トシ・ヨシハラ/ジェームズ・ホー
ムズ「アメリカ流非対称戦争」石原敬浩訳『海幹校戦略研究』第 2 巻第 1 号増刊号、2012
年 8 月、117-119 頁。
55
56
20
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
定することで、米軍に在日米軍基地の使用を認め、後方支援も提供する他、
「遺
棄機雷」に対する対機雷戦を行う。一方で、中国商船の我が国寄港を拒否する。
ウ 部分的不参加
米中いずれに対する支持も表明しない。紛争に際しての中立性を主張し、紛
争に直接参加する米軍部隊による在日米軍の基地使用は拒否し、紛争に参加す
る米軍機に限り領空通過も拒否する。中国との交易において特段の措置は取ら
ず、第 3 国(おそらくロシア他)と連係して中国への経済的封鎖に反対し、交
易の維持を外交的、政治的に追及するが、米国による封鎖に対して実力を伴う
抵抗は行わない。
エ 全面的不参加
米中いずれの支持も表明しないが、在日米軍基地の使用は拒否し、全ての米
軍機の領空通過を拒否する等、実質的には中国寄りの行動を取る。中国との交
易を維持する為に、自衛隊による船舶の護衛を含めた手段で米国の封鎖に抵抗
する。
(3)日本の選択とオフショア・コントロールの実効性
日本が全面的参加を選択する場合、米国は在日米基地を全面的に利用できる
だけでなく、兵力として自衛隊を加算できることになるため、オフショア・コン
トロール戦略の中核である経済封鎖は最大限の効果を発揮する。一方で、オフ
ショア・コントロール戦略は同盟国を防衛することから、
日本の防衛という負担
を背負い込むことになる。日本にとっては中国と直接干戈を交えるコストを負
担する必要が生じ、在沖縄の自衛隊及び米軍の飛行場は中国の弾道ミサイル攻
撃の目標になるほか58、第1列島線を防衛する艦艇等も中国の対艦弾道弾及び
航空兵力による重大な脅威に晒されることになる59。対中貿易は当然のことな
がら中断するが、日本は第1列島線の外側で行われるグローバル経済の再編の
一翼を担い、経済への悪影響の最小化を試みる。
日本が部分的参加を選択した場合においてもオフショア・コントロール戦略
は有効に機能する。なぜならば、オフショア・コントロール戦略は豪州の基地使
用をのぞけば、同盟国に期待せず、同盟国抜きで実施できることを前提とした
58 Roger Cliff et al., Shaking the Heavens and Splitting the Earth, RAND, 2011, pp.
227-239.
59 Ibid., pp. 179-186.
21
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
戦略だからである60。日本は、米国が日本の海空空間を中国の国から守ること
を許可することを求められるだけである61。日本の好意的中立とでも呼ぶべき
部分的参加は、
ハメスが思い描くオフショア・コントロール戦略の有り様に最も
近い。日本経済は中国との交易は遮断されるが、米国との良好な関係の下、第
1 列島線の外側で再編されるグローバル経済に組み込まれる。
日本が部分的不参加を選択した場合、在日米軍基地の使用が大幅に制限され
るが、オフショア・コントロール戦略は豪州以外の基地には依存しないので大
きな問題とはならない。一方で、日本の領海領空における活動が制限されるの
で、オフショア・コントロール戦略の 3 本柱の一つである「第 1 列島線の防衛」
が困難となる。
また、日本が対中貿易の中断に同意しないので、米国は日中間の交易を実力
で遮断する必要が生じる。日本の商船隊(2000 総トン以上の日本海運関係船)
は約 2800 隻あり62、世界の海上荷動き量の約 15%を占め、ギリシャにつぐ世
界第 2 の規模を誇る63。このため、米国は中国の商船隊に加えて、日中間の交
易に従事する日本商船隊に対して実効性のある封鎖措置を講じる必要がある。
東日本から中国に向かう商船の封鎖は容易であるが、九州と大陸との交易を
遮断することは封鎖艦艇を中国の勢力圏内に送り込む必要があり実行が困難で
ある。
これに伴い、九州と大陸を繋ぐ細い交易路が残ることでオフショア・コント
ロール戦略の中核である封鎖の実効性が部分的に阻害される可能性がある。ま
た、米国は対中貿易の中断に加え、対日制裁を行った場合は対日貿易の中断も
余儀なくされる可能性があり、米国経済に及ぶ影響が倍増する64。日本の商船
隊が米軍により拿捕される事態は、日本の朝野に一定のナショナリズムを引き
起こす可能性もあるが、同盟国が戦っているそのすぐ脇で同盟国との関係より
も経済関係を優先するという日本の姿勢に対する否定的な国際的評価により打
60
オーストラリアの基地にしても、豪州南北、マラッカ、ロンボク、スンダ海峡の封鎖
に用いられるだけである。
61 Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy,” p. 12.
62 五十嵐誠
「海技志望者の拡大に向けて」
『海洋政策研究財団ニュースレター』第 309 号、
2013 年 6 月 20 日
http://www.sof.or.jp/jp/news/301-305/309_2.php
63 「Sea Change」The Asahi Shimbun Globe, December 12, 2013,
http://globe.asahi.com/feature/110918/04_1.html, Accessed December 12, 2013.
64 米国の交易相手と順位は、
①カナダ:292,000、②EU:265,743、③メキシコ:216,000、
④中国:111,000、⑤日本:70,043(百万ドル)の順。
“International Trade and Market Access Data”, World Trade Organization
22
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
ち消される可能性もある。部分的不参加では、日本の対中貿易は米軍により大
幅に制限(阻止)される一方、グローバルな経済へのアクセスも保証されない。
オフショア・コントロール戦略に依拠すれば、
対中交易以外のグローバルな交易
に関与する日本商船は拿捕される理由が無いが、中国寄りの姿勢を明確にする
ことで米国を中心とするグローバル経済の再編枠組みから排除される可能性は
ある。
全面的不参加を選択して、自衛隊艦艇による商船護衛により対中交易を強行
するというオプションは理論上可能であるが、その際、日本の「中国寄り中立」
は「中国側参戦」と見なされ、中国と併せてオフショア・コントロールの対象と
して全面的な経済封鎖の対象となる可能性がある。これは必ずしも商船を護衛
する自衛隊艦艇が米軍と戦火を交えることを意味しないが、約 50 隻の護衛艦
が護衛できる日本関係商船は全体の一部に過ぎず、その他の日本船舶はグロー
バルな遠距離封鎖のチョークポイントで拿捕されるリスクがある。全面的不参
加において、日本は米艦艇及び航空機の領空領海の利用及び在日米軍基地の利
用を認めないので、米国は第 1 列島線をオフショア・コントロールの外縁部と
することはできない。米軍は中国海軍と海上自衛隊の混交する戦場で戦う必要
が生じ、負荷が著しく増大する他、第 1 列島線上に長大に横たわる日本の領域
が完全にアクセス不可能になることから、
米国はオフショア・コントロールを抜
本的に再定義する必要がある。ただし、日本にとって、中国と組んで米国に実
力で対抗するというオプションは、中国市場より大きなグローバルな経済シス
テムから日本を切り離すことになるリスクがあり65、日本にとっては対中貿易
の維持というメリットよりも総合的な経済的損失のデメリットの方が大きく、
この組み合わせは非現実的である。
何れのオプションにおいても、中国を経済的に窒息させるという米国の目標
に反する行動は米国が許容しないため、日本の対中貿易は紛争期間を通じて中
断を余儀なくされ(部分的参加及び全面的不参加の場合は対中貿易が一部維持
できる可能性はあるが、グローバル経済から排除され)
、日本の経済は深刻な影
響を蒙る。
オフショア・コントロール戦略に基づく長期的な経済封鎖が、グローバルな
中国は日本の最大の貿易相手国であるが、日本の貿易全体に占めるシェアは 19.7%に
過ぎない(2012 年)。財務省貿易統計「最近の輸出入動向」
http://www.customs.go.jp/toukei/suii/html/time_latest.htm Accessed December 3,
2013.
65
23
2014 年 6 月(4-1)
海幹校戦略研究
経済にもたらす経済的損失の規模についてハメスは更なる深い調査が必要と述
べるのみで、明快な答えを用意していない66。ただし、中国を孤立させること
で世界経済に破滅的な影響が及ぶかもしれないと予想はしているが、これはオ
フショア・コントロールの是非に関わらず、
大規模な米中戦争が生起した場合に
は不可避の結末であるとハメスは結論付けている67。米中戦争に皆が満足する
「良い」戦略というものは無いのである。
全面的参加は中国の在日米軍基地攻撃等が行われた場合にのみ可能となる
が、米国に加えて日本も同時に相手にするという選択は、中国が合理的に行動
する場合、その可能性は低い。一方で、全面的不参加は日本が米国という同盟
国から離反することになるので国際社会における信望が失墜する一方で日本は
得るところが少ないので選択の可能性は低い。現実的選択は部分的参加か、部
分的不参加に限られるが、自主的に対中貿易を中断する部分的参加が、強制的
に中断させられる部分的不参加よりも、グローバル経済へのアクセスが保証さ
れることから日本にとっては望ましい。米国の側に視点を移すと、オフショア・
コントロール戦略を実行するために必要な資源に大幅な差異が生じるため、日
本が米国側参戦或いは好意的中立とも呼ぶべき部分的参加を選択する様働きか
けることが得策となる。
部分的参加と部分的不参加の両者の選択は経済面での得失だけでなく、同盟
国としての責務を果たす日本か、経済的利益のために行動する日本かという日
本のブランドイメージが問われる選択でもある。
オフショア・コントロール戦略
は同盟国の参加を必要としないとハメスは主張するが、自らの旗幟或いは価値
観を鮮明にする必要があるという点で、
オフショア・コントロール戦略は全ての
同盟国に選択を突きつけるのである。
66
67
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict,” p. 13.
Hammes, “Offshore Control is the Answer.”
24
海幹校戦略研究
日本の選択
全面的参加
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日本の対応
中国の対応
自衛隊・米軍基地
防衛出動と日米共同
周辺海域における封
鎖の支援、第 1 列島線
部分的参加
第 1 列島線内に送
等に対するミサイ
り込む潜水艦が増え、
ル攻撃
第 1 列島線上の防衛
封鎖、通商破壊、 兵力が増加し、経済封
上における中国軍への
共同対処、第 1 列島線
OC 戦略の有効性
港湾への機雷敷設
内側へ潜水艦を送り込
レーダーサイト
むことによる海洋利用
攻撃、宇宙・サイバ
の拒否を実施
ー攻撃、金融攻撃
鎖の実効性向上によ
り、最も有効に機能す
る。
米国単独でオフシ
米国支持を明言
平時の脅迫
周辺事態と認定し、
サイバー攻撃
ョア・コントロールを
(金融攻撃)
有効に実施する。
米軍へ後方支援実施
遺棄機雷の除去、在
日米軍基地の使用容認
中国商船の寄港拒否
部分的不参加
日本の中立を歓
米中いずれの支持も
表明せず、中立を主張
迎
オフショア・コント
ロールは可能である
紛争に参加する米軍
が、中国に加えて日本
部隊の在日米軍基地使
商船も封鎖する必要
用、作戦機の領空通過
があり、所要兵力が増
は拒否
大する。
中国封鎖に参加せず
封鎖に抵抗もせず
全面的不参加
日本の中国支持
米中いずれの支持も
表明せず
を歓迎
日本商船の護衛
在日米軍基地の使
用、領空通過拒否
等の支援
第 1 列島線で中国
を封じ込めることが
できないため、オフシ
ョア・コントロールの
中国との交易を維持す
ペリメーターと所要
る為に、米国の封鎖に
兵力を再定義する必
船団護衛等で抵抗
要あり
表 日本の選択と中国の対応並びにオフショア・コントロール戦略の有効性
25
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
おわりに
ハメスは、
オフショア・コントロール論文を中国との紛争に備えた戦略の立案
に係る広範な議論の呼び水に過ぎないと述べているが68、日本にとっては「オ
フショア」のペリメーター(外縁部)が第 1 列島線になるという点は大きな論
点となろう。第 1 列島線とは日本本土から琉球諸島を経て台湾からフィリピン
へと繋がる概念上のラインであるが、オフショア・コントロール戦略では米中 2
大大国がこの線上でせめぎ合うこととなる。尖閣諸島は第 1 列島線の上にある
のか、列島線の内側なのか、列島線の中国寄りである場合、オフショア・コント
ロール戦略の第 1 列島線内には部隊を展開しないという構想の例外的に奪還作
戦を行うのか、それとも中国による勝利宣言後に尖閣諸島の返還交渉を行うこ
とになるのか。台湾と尖閣の防衛がオフショア・コントロールのコンテクスト
でどのように取り扱われるかという点は今後、更なる議論が必要であろう。
新たな装備品を必要としないというオフショア・コントロール戦略は、
米国防
省、米国防産業及び地盤に防衛産業を抱える議員にとっては不都合な戦略であ
る。一方で、支出削減を最優先課題とする政治家にとっては、望ましい選択と
なりうる。今後、国防予算が更に削減されていき、エアシー・バトル構想の具現
が困難に直面した場合69、米国の安全保障コミュニティの中で、エアシー・バト
ルに代わる新たな構想が求められるであろう。
その最右翼にオフショア・コント
ロール戦略があるであろうことは想像に難くない。日本はその場合、いかなる
形でこれに適合していけばよいのか、防衛政策上の方向性を見定める上でも、
米国における戦略を巡る議論についての知的営みを蓄積していく必要がある。
Hammes, “Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict,” p. 13.
2015 年度国防省予算提案においても、2019 年までの F-35 の調達数が 24 機削減され
た。
Chuck Hagel, “FY15 Budget Preview”, Department of Defence, Feb 24, 2014,
http://www.defense.gov/Speeches/Speach.aspx?SpeechID=1831
68
69
26
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
米国のインド洋安全保障戦略
― 将来の脅威に対するオフセット戦略 ―
川村 伸一
問題の所在
クリントン(Hillary Clinton)前国務長官は、
『フォーリン・ポリシー(Foreign
Policy)』誌 2011 年 11 月号に、「米国の太平洋の世紀(America’s Pacific
Century)1」と題し、新たな米国国家戦略を概説する論文を発表した。その中
で、
「政治の将来を決めるのはアフガニスタンでもイラクでもなくアジアであり、
米国はその活動の中心にいる」
、
「アジア太平洋地域は国際政治の主要な推進力
になった」と述べ、アジア太平洋重視戦略(いわゆる「リバランス戦略」
)を明
確にした2。ここで注目すべき点は、
「アジア太平洋地域」とは、
「・・・インド
亜大陸から南北アメリカ大陸の西岸まで広がる。この地域には、海運と戦略に
より結び付きを強めている太平洋とインド洋がある」と述べていることである3。
つまり、日中間の尖閣問題・中比間の南沙諸島問題などで注目されている東ア
ジア・東南アジアだけではなく、インド亜大陸・インド洋も含まれている点に
注目する必要がある。これは、現代の中国をハートランドとした場合のリムラ
ンドに焦点を当てた対中国戦略であることに他ならない。
米国は約 10 年続いたアフガニスタン、そしてイラクから撤退の意図を明ら
かにし、それが今や実行段階にある。また、米国は、財政上の大きな赤字から
軍事費に大鉈を振るう方向にあり、経済的・軍事的に凋落傾向が指摘されて久
しい。その一方で、中国やインドに代表される新興国の台頭は著しく、それは
単に経済だけではなく軍事力の面でも顕著に見られ、今後世界が多極化するの
か、米国と中国との 2 極化に向かうのか議論が継続している4。また、地球規模
の米中協調を通じて「G2」とも言うべき 21 世紀の協力体制作りを目指したオ
1 Hillary Clinton, “America’s Pacific Century,” Foreign Policy, November 2011, pp.
56-63.
2 Ibid., pp. 56-57.
3 Ibid., p. 57.
4 山本吉宣「国際システムの変容と安全保障-モダン、ポスト・モダン、ポスト・モダン
/モダン複合体」
『海幹校戦略研究』第 1 巻第 2 号、2011 年 12 月、4 頁。
27
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
バマ政権の「期待と願望」は、韓国海軍哨戒艦「天安」爆発・沈没事案の対応、
尖閣諸島事案を含む東シナ海問題、そして南シナ海を自国の「核心的利益」と
主張し、強引な海洋権益拡大を進める攻勢的な中国の対外姿勢に対して「失望
と不信」へと変質し、対立を深めながら現在に至っている5。このような国際環
境において、このインド洋地域は米中印の 3 か国を中心としたバランス・オブ・
パワーに着目した地政学上の中心課題となり、ロバート・カプラン(Robert
Kaplan)の著作、
『Monsoon: The Indian Ocean and the Future of American
Power』
(以下『モンスーン』)や、米国防戦略文書、豪国防白書、我が国の防
衛白書のような政府公刊文書でも言及されるようになった6。
特に、インドはこの地域での大国であり、地政学的インタレスト出現の最大
の要因となっている。
中国の台頭とともに、
米国には中国に対する戦略として、
これまで「関与」を主体とした取り組みに対し、ヘッジング論が出現し、イン
ドの長期的発展を見越して、台頭する中国に対するカウンター・ウエイトとし
ての存在として注目されるようになったことが指摘されている7。また、軍事的
側面以外にも、エネルギー分野に目を向ければ、
「シェールガス革命」により米
国はシェールガスの増産に伴うガスや石炭の輸出なども合わせた場合、2035
年頃にはエネルギー全体として純輸入ゼロ、すなわちエネルギー自立が可能に
なることが見積もられている8。このため、米国の中東依存度が低下するととも
に米国の中東地域への関与が薄くなるとの見方も出ている9。このため、長期的
視点に立ち、米国には中国の軍事進出と対決するために「インド洋」を空白に
しないための戦略が求められている。しかしクリントン論文発表以降、
「国防戦
略 指 針 (Sustaining U.S. Global Leadership: Priorities for 21st Century
5
高畑昭男「米中戦略・経済対話(SED)とアジア太平洋回帰戦略」久保文明・高畑昭男・
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト編著『アジア回帰するアメリカ』NTT 出版、2013
年、30-42 頁。
6 ロバート・カプランは、元来、国際ジャーナリストとしてその名を知られ、2008 年か
らは、米国ワシントンのシンクタンク「新米国安全保障センター(CNAS)」の上級研究員
として勤務している。この CNAS は、米国の安全保障問題を専門に扱い、一部のスタッ
フはオバマ政権の要職に就いている。カプランもまた、米国防総省・防衛政策協議会のメ
ンバーを務めている。Robert D. Kaplan, MONSOON: The Indian Ocean and the future
of American Power, Random House, 2010.
7 山本吉宣「インド太平洋概念をめぐって」
『アジア(特に南シナ海・インド洋)におけ
る安全保障秩序』
、日本国際問題研究所 2013 年 7 月、15 頁。
8 富士通総研「シェール石油がもたらす米中再逆転(1)」
http://jp.fujitsu.com/group/fri/column/opinion/201208/2012-8-2.html, accessed Apr 17,
2013.
9 日高善樹『アメリカの新・中国戦略を知らない日本人』
、2013 年 2 月、168-175 頁。
28
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
Defense)」
(以下 DSG(Defense Strategic Guidance))
、
「統合作戦アクセス構想
(Joint Operational Access Concept)」
(以下 JOAC)などの国防戦略文書10が発
刊されたものの、これらをブレークダウンさせた地域戦略文書はいまだ公表さ
れていない。
カプランの分析によれば、米国は対中国戦略として、インド洋圏のバラン
ス・オブ・パワーの変化に着目し、中国との協力路線を謳い、米国一極状態か
ら、米中印の 3 極状態へ平和的な移行を主張した。しかし、その後、情勢は変
化し、中国は対米姿勢をより強硬路線に変更するとともに、米国も対立路線へ
と変更した。地政学的な観点から分析すると、米国はクリントン論文発表を契
機に、DSG や JOAC などの米国国防戦略文書において、将来の中国の脅威を
見据え、インド洋圏をリムランドとして捉え、この安定化の手段としてコーベ
ット(Julian Corbett)の制限戦争論を基盤とした統合軍コンセプトに基づき、台
頭する中国のパワーを、現段階から直接対峙することなく相殺する「オフセッ
ト(相殺)戦略」へと変化させたことが窺える。
よって、本稿はクリントン論文発表を契機とし、これまで発表された関連先
行研究を整理するとともに国防戦略文書から読み取れる米国インド洋戦略を明
らかにし、日本の安全保障・防衛政策への影響について考察するものである。
まず第 1 に、カプランの『モンスーン』を整理し、インド洋圏の地政学上の価
値を米中印の 3 か国を中心としたバランス・オブ・パワーに注目し、米国の対
応を確認する。
第 2 に、
中国の海洋進出を巡る系譜を地政学的観点から分析し、
米中印の競合について整理する。第 3 に、先行研究であるマイケル・グリーン
(Michael Green)とアンドリュー・シェアラー(Andrew Shearer)の論文「米国
のインド洋戦略(Defining U.S. Indian Ocean Strategy)11」と DSG などの米国
防戦略文書からその特徴や背景を、コーベットの「制限戦争論」との関係に基
づき概観するとともに、米国のインド洋安全保障戦略を分析する。最後に、イ
ンド洋において日本が果たすべき安全保障上の役割について、主として軍事的
側面から提言する。
US Department of Defense, Sustaining U.S. Global Leadership: Priorities for 21st
Century Defense, 3 January 2012; US Department of Defense, Joint Operational
Access Concept, 17 January 2012.
11 Michael J. Green and Andrew Shearer, “Defining U.S. Indian Ocean Strategy,” The
Washington Quarterly, Spring 2012 volume 35 number.2, Center for Strategic and
10
International Studies, p. 175.
29
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
1 インド洋の 21 世紀的価値 -『モンスーン』を中心に-
(1) 高まる地政学上の価値
カプランは、
『モンスーン』において「インド洋圏」を軸として、米国の一
極支配後の世界の動向の解読を試みている。カプランの言うインド洋圏は、
「西
は『アフリカの角』から始まり、アラビア半島、イラン高原、そしてインド亜
大陸を越え、インドネシア列島とその先の東側まで広がる12」であり、現在最
も発展中の経済圏を含有している。冷戦が終焉し、世界のグローバル化が進み
多極化へ向かう現在、改めて「シーパワー」と地政学上の「リムランド」の重
要性に着目し、特に、現在のインド洋圏における米中印 3 か国を中心としたバ
ランス・オブ・パワーの変化を分析している。カプランは、中国とインドがユ
ーラシア南部のリムランドの港と、そこへアクセスするためのルートの開拓を
競い合い、
米国が経済不況に陥り、
地上戦に莫大なコストを費やしているため、
米海軍力の未来が不透明になり、過去 500 年継続した西洋の優位がゆるやかに
終焉へ向かい始めた可能性を示唆している13。そして、インド洋圏は、今後の
米国のパワーの将来を考える上で絶対見逃せない場所であり、
米国のパワーは、
最終的には自分たちの戦いを常に「インド洋広域の世界で起こっているもの」
と捉えることで、初めて維持できると結んでいる14。
(2)中国とインド
中国のインド洋戦略とされる、いわゆる「真珠の首飾り」戦略は、ユーラシ
ア南部のリムランドに位置する中国の友好国が保有している近代的深水港への
アクセス確保をその主たる目的としている。中国は、このリムランドの国々に
対して経済支援や外交援助などの多大な投資を行うことにより、インド洋のシ
ーレーン沿いにプレゼンスを確保している15。その根本的な動機として、劇的
な経済成長を維持するために必要なエネルギー需要の増大を挙げている16。そ
して、中国は圧倒的に有利なパワーバランスを作り出すために、巧妙に自国の
パワーをアピールするように計算し、公然と米国と対立するのではなく、米国
12
13
14
15
16
Kaplan, MONSOON, p. xi.
Ibid., p. xii.
Ibid., p. xiv.; and Ibid., p. 323.
Ibid., p. 11.
Ibid., pp. 282-290.
30
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
の行動に影響を与えて対立を回避しようと試みていると分析している17。
インドの台頭について、カプランは、軍事的側面ではインド海軍の台頭の流
れと重なり、陸ではヒマラヤ山脈や不安定なパキスタン、ネパール、ミャンマ
ーなどの国家に囲まれているため、インドが最も効果的にパワーを投射できる
のは海洋のみと分析している18。インドはマダガスカルやモーリシャス、セイ
シェルなどの島国家に艦船の停泊地や情報収集所を設置し、武装関係を強化し
ている。また、中国海軍の艦船がインド洋西部で活動を活発化させるにしたが
って、インド海軍の艦船が南シナ海に出没している。中国に対するヘッジとし
て、インド洋東部の重要地点でインドネシア海軍やベトナム海軍との交流を増
加させ、南西部ではモーリシャスに対する事実上のコントロールによって中国
に対抗している19。他方、インドの地理的位置が、ホルムズ海峡からマラッカ
海峡に至る主要なシーレーンの真ん中に位置しているため、インドは中国に対
する主要なバランサーとしての役割を果たせるとしている20。
しかし、海軍力の観点からはインドはすでに地域の一大勢力であり、今世紀
後半には「グレート・パワー」になれる可能性を持つが、インドのほとんどの
問題は海ではなく、陸にあるとしている。インド国内では中国を問題とする認
識は戦略家という一部の人間のみであり、警察を始めとする治安関係者の間で
は、パキスタンのテロリストがその主要関心事となっており、中国の脅威は「水
平線の向こう側」と表現されている21。そして、インドの脆弱性について、
「イ
ンドは力を遠くまで誇示しようとしているにもかかわらず、すぐそばに弱さを
抱えている」ため、
「インド南部は海のおかげで守りは最も固いのだが、北、東、
西の方向は最も脆弱」と分析している22。
(3) 米国の対応と情勢の変化
上記での論述を基盤に、カプランは、インド洋における「米国が目指すべき
道」として、
「中国との共有点を追求」する協力路線を謳い、
「支配」から「必
要不可欠な存在になること」を目指すべき目標とし、その結果として、中国の
Robert D. Kaplan, “The Geography of Chinese Power,” Foreign Affairs, Vol. 89, No.
3, May/June 2010, p. 38.
18 Kaplan, MONSOON, p. 125.
19 Ibid., p. 128.
20 Ibid., p. 125.
21 Ibid., pp. 129-130.
22 Ibid., p. 132.
17
31
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
台頭による危機の発生を軽減できると分析している23。最終的に、米国の海上
での一極状態が、米国・インド・中国の 3 極状態へと平和的に移行し、他国の
海軍の存在により、中国の動きに影響・制限を与えるとしている24。
中国の海軍力増強は米国にとっても大きなチャンスであり、中国の海軍力が、
過去に米国が実施したように経済や安全保障面での権益を守るためという正統
な手続きを得た形で台頭するのは好ましいとしている25。そして、海賊・テロ・
自然災害などの分野では米国と中国の利益が一致するため協力できるとし、エ
ネルギー分野でも、中東からの石油関連エネルギー依存の観点から両国の利益
が重なっており、この 2 国が必ずしも敵同士にならなければならない運命にあ
るわけではないと分析し、米国が単独でインドや日本などと同盟を組み、中国
と対抗することについては、中国の不必要な反発を招くとしている26。また、
今や米国 1 国では世界を動かすことは不可能であるため、米国はなるべく中国
との共有点を探るべきとしている27。最後に、米国の軍隊のあり方について述
べ、自国の軍隊を、陸に足を踏み入れてイスラム系の内部紛争に巻き込まれる
ような介入のための主な手段ではなく、近くの海上から津波やバングラディシ
ュの例のような人道的緊急支援に備えつつ、ユーラシアの海洋システムの一部
である中国・インドの両海軍と協力して行動するという、海軍と空軍を中心と
した「バランサー」と見なすべきとしている28。
しかし、2010 年に『モンスーン』が出版されて以来、以下に述べる 4 点を
中心に情勢は変化した。まず第 1 に、今や中国の対米姿勢は攻勢的姿勢に転換
したとみなすことが出来る。その理由は、2010 年 3 月 26 日に生起した韓国海
軍哨戒艦「天安」が南北境界水域で爆発・沈没した事件と、同じく 3 月上旬に
中国が南シナ海のほぼ全域を「核心的利益」と見なす意向を初めて米国に通告
したことによる。哨戒艦「天安」事件では、中国は北朝鮮に最も近い安保理常
任理事国という立場にありながら北朝鮮をかばう姿勢を改めなかったために、
安保理は強制力を伴わない間接的表現で北を非難するだけの議長声明で決着す
る結果になるとともに、この状況下で中国の南シナ海を「核心的利益」に含め
23
24
25
26
27
28
Kaplan, MONSOON, pp. 292-293.
Ibid., p. 293.
Ibid., p. 291.
Ibid., pp. 291-292.
Ibid., pp. 292-293.
Ibid., pp. 292-293.
32
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
るという新方針の明示は、オバマ政権の対中不信をより強めることになった29。
第 2 に、エネルギー分野では、
「シェールガス革命」により、米国は 2035 年
頃にはエネルギー自立が可能になることが見積もられている30。このため、エ
ネルギー依存の観点からは米中両国の利益は重ならず、協力関係を構築する理
由が存在しなくなる。
第 3 に、インドと中国の軍事的競合が増加していることである。先に述べた
ように、カプランは「インド南部は海のおかげで守りは最も固いのだが、北、
東、西の方向は最も脆弱」
、中国の脅威は「水平線の向こう側」と評価している
31。しかし、後述するように、インドはインド洋全域に海空軍による戦力投射
能力の拡大を図り、中国との対抗姿勢を明確にし始めている。
第 4 に、これまでの情勢の変化を踏まえ、米国が対中姿勢を「関与」から「ヘ
ッジング」をより強化させた点が挙げられる。国家間関係において協調と競争
が常に見られる関係は、
「協争的な関係」と定義される。山本吉宣は、現在のよ
うな米国と中国のパワー関係が変化していく場合、相対的な力を低下させてい
る国(米国)は、相手(中国)と経済的な関係を維持・発展させつつ(協調)
、
軍事的に、相手のパワーの伸長に対抗して、自己の軍事力を整え、あるいは、
同盟諸国との安全保障協力を拡大・深化させようする「ヘッジング」行動を採
っていると分析している。そして、
「協争的な関係」が構造的にみられる現象が
ヘッジングを広く引き起こしており、このような時代を「ヘッジングの時代」
と呼称している32。
2 地政学観点からみたインド洋 -中国・米国・インドを中心に-
(1) 中国の地政学的戦略 -中国の海洋進出を巡る系譜-
中国が海洋への進出に意欲を燃やしており、これが顕著な形となって現れる
のが 1980 年代後半であった。1989 年以降、約 20 年間にわたり防衛費は 2 桁
の成長を示し、未完成の航空母艦を購入、実用化を着々と進めるなど積極的に
海洋進出を図っている。フィリピンの南沙諸島での事案や、我が国に目を向け
29
高畑昭男「米中戦略・経済対話(SED)とアジア太平洋回帰戦略」
、39-40 頁。
富士通総研「シェール石油がもたらす米中再逆転(1)」
、
http://jp.fujitsu.com/group/fri/column/opinion/201208/2012-8-2.html, accessed Apr 17,
2013.
31 Kaplan, MONSOON, p. 132; Kaplan, MONSOON, pp. 129-130.
32 山本吉宣「インド太平洋概念をめぐって」
、12 頁。
30
33
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
れば、 2010 年 9 月に生起した尖閣諸島沖での海上保安庁巡視船と中国漁船の
衝突事案以来、緊迫した状況が続いている。
その中国において、最近はマハンの理論が広く研究者によって研究され、国
策として取り入れられている33。この事実は、現代中国がマハン主義を推進し
ようとしていることに他ならない。そして、中国は海洋指向国家として、軍事
的観点からだけでなく、資源・エネルギー安全保障や海賊対処などの非伝統的
安全保障の観点から海軍力の増強に努めているのである34。
特に、現在強力に推進している「真珠の首飾り」戦略は、まさにマハン主義
を体現したものであるといえよう。マハンによれば、適切な前方展開の海軍基
地を維持することが必要である35。しかし、現在の中国は、中東・アフリカ東
海岸から自国までのインド洋・南シナ海にかけての海上交通路に海軍基地を保
有していない。このため、民間港湾施設として、パキスタンのグワダル、スリ
ランカのハンバントタ、ミャンマーのチッタゴンなどに資源を投資し、統制下
に置くべく尽力している。
最初に民間施設を建設し、
将来的に政府関連の公船、
最終的に軍の艦船の寄港を目的としていると考えられる。
地政学的観点から幅広く中国の動向をとらえると、現在の中国をハートラン
ドとすれば、中国はマハン主義に基づきリムランド支配を試み、レーベンスラ
ウム(生存権・戦略的辺彊)拡大に向けて着実に実行しているということが出
来る。平松茂雄は、中国共産党は「失地回復主義」という歴史観を有しており、
中国語にはヨーロッパ的な意味の国境概念は存在せず、
「戦略的辺彊」という概
念はかつての「中華帝国」の思想的拠所となった「中華思想」に通じていると
分析している36。これは、地政学的見地から見た中国の戦略を端的に物語って
いるといえよう。
(2) 米国(海洋国家)と中国(大陸国家)
一般的に、海洋国家は陸上の国境が極めて安定しており、海洋へのアクセス
が容易であり、自国外に経済的利益を大きく有することがその特徴とされる。
Toshi Yoshihara and James R. Holmes, Red Star over the Pacific : China’s Rise and
the Challenges to U.S. Maritime Strategy, Naval Institute Press, 2010, p. i.
33
James R. Holmes and Toshi Yoshihara, “China and the United States in the Indian
Ocean: An Emerging Strategic Triangle?” Naval War College Review 61, no. 3,
Summer 2008, p. 41.
35 アルフレッド・セイヤー・マハン、北村謙一訳『海上権力史論』
、原書房、1982 年。
36 平松茂雄「日本と中国の地政学的戦略環境」
『ディフェンス』2001 年 1 月春季号。
34
34
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
その結果、海洋国家は典型的に海軍力に重点を置き、海上交通路の監視・パト
ロール・防衛と、海外貿易の推進・防護、競合国家に対する懲戒的な攻撃・襲
撃・港湾封鎖などを海軍力に依存している。対照的に、大陸国家は領土への永
続的な脅威に常に直面しており、
海へのアクセスが限定されている。
その結果、
大陸国家は陸軍力の増強を第一に考える。陸軍力は自国の領土防衛と領土拡張
に直接的に有益だからである37。また海洋国家は、拡張主義を掲げる大陸国家
との陸上での戦闘が一般的に困難であることを認識している。海洋国家が大陸
国家と比較して、相対的に小規模な陸軍力を保有するだけでなく、大洋を越え
て陸軍力を輸送・補給する必要性も、この量的な不均衡を悪化させる莫大な後
方面での負担を負うことになるためである38。
例として、発展中の大陸国家は、かなりの海軍力とともに陸上での覇権を確
立した時に、現状維持国家にとって極めて危険な存在となる。なかでも、先進
海洋国家の領土・海外基地・同盟国・市場・海上交通路などを脅威にさらすた
めに使用される外洋兵力が脅威となる39。このような状況は、大陸国家が相対
的に自国の領土・国境が安定し、重大な脅威が存在せず、その地域で優勢な軍
事力を保持しているときに生起するのが典型である。この「発展中の大陸国家」
は、まさに現在の中国の状況を示している。
米国を「海洋国家」
、中国を「大陸国家」とすると、ロバート・ロスによれば、
米中相互の死活的な地域的インタレストと軍事力が競合しなければ、海洋国家
と大陸国家との紛争は抑制される40。この具体例として、急激な経済成長に必
要な莫大な量の石炭備蓄などを理由に、中国には絶対的な海洋インタレストが
存在しないとしてシーレーン防御などの海洋能力の発展には結びつかないとし
ている41。しかし、中国のエネルギー需要は急激に増大したため、中東から中
国へのシーレーンへの依存が高まるとともに、現在は中国史上、初めて陸上国
境が極めて安定した状態である42。また、中国が大国という地位とともにエネ
ルギー分野での安全保障の確立を必死に追及し、このため視点を陸から海洋へ
37
Robert S. Ross, “The Geography of the Peace: East Asia in the Twenty -First
Century,” International Security 23/4, Spring 1999, pp. 94-104.
38 John J. Mearsheimer, The Tragedy of Great Power Politics, W.W. Norton, 2001, p.
44.
39 Karen A. Rasler and William R. Thompson, The Great Powers and Global Struggle,
1940-1990, UP of Kentucky, 1994, Ch. 1.
40 Ross, “The Geography of the Peace,” p. 99.
41 Ibid., pp. 107-108.
42 Kaplan, MONSOON, p. 282.
35
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
と向けざるを得なかったという見方もある43。中国にとってシーレーン防御の
ため海軍力の向上は死活的であり、インド洋では将来的に米中相互の死活的な
地域的インタレストと軍事力の競合が存在することになる。
クリントン論文の「アジア太平洋回帰」は、中国をハートランド、中国を取
り囲むアジア周辺国家をリムランドと捉え、リムランドに焦点を当てている。
八木直人は、いわゆる「リバランス」を外交や経済、安全保障分野を含めた地
域アプローチの再構築と評価し、実際に米国は地域機構と周辺国家との関係拡
大の実績を積み上げている。地政学的には、伝統的海洋国家が大陸勢力を背後
に持つ地域に対する積極的関与の再構築過程とも評価できる44。インド洋安全
保障分野では、このリムランドに米国のパワーを海洋から投射するという戦略
と言えよう。前述したように、特にポイントとなるのは「シーレーン」であり、
なかでも「インド洋シーレーン安定化」を中心とした戦略が必要となる。
(3) インド(両生類国家)と中国(大陸国家)
クリントン論文、DSG、JOAC においてもインドの重要性が強調して述べら
れており、米国のリムランド安定化のためのキーワードとなっている。インド
は、スパイクマンによればリムランドに位置する「両生類国家」であり、海洋
国家・大陸国家としての 2 面性を持つ45。
インドという国家の重要性が広く認識されるようになり、各国がその外交・
安全保障政策を立案・展開する際に、インドを重要な一要素として計算に入れ
ることが不可欠となっている。それは、インドが中国とインド洋に接するとい
う地理的特性と、台頭する新興国でありながら民主主義という西側の価値観を
共有するという政治的特性によるところが大きい。インドはいかなる国とも同
盟関係にないものの、単なる友好国としての関係を越えて各国との政治・経済・
軍事交流を深化させる「戦略的パートナーシップ」を「全方位型」で結んでき
た46。全方位外交を展開する一方で、対米関係の緊密化を着実に進捗させてい
James R. Holmes and Toshi Yoshihara, “China and the United States in the Indian
Ocean: An Emerging Strategic Triangle?,” Naval War College Review 61, no.3,
Summer, 2008, p. 41.
44 八木直人「米国の戦略的リバランスと東アジアの地政学-『リバランス』
、
『大国間関
係』
、地域的安全保障」
『海幹校戦略研究』第 3 巻第 2 号、2013 年 12 月、8-19 頁。
45 Nicholas John Spykman, The Geography of the Peace, Harcourt, 1944.
46 伊藤融「変容する国際情勢におけるインドの『戦略』
」
『アジア(特に南シナ海・イン
ド洋)における安全保障秩序』
、日本国際問題研究所 2013 年 7 月、83 頁。
43
36
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
ることが特徴である47。
インドの台頭、つまり経済的発展にともなう国際社会での発言力の増加は自
然に中国へのカウンターバランスとしての行動につながる48。このため、地政
学的にリムランドに位置するインドは米中にとって重要な存在となり、インド
もこれを十分に意識している。
中国とインドは第 2 次大戦後から主に陸上国境問題を抱えてきた。経済成長
がこのアジアの 2 大国を結びつけているにもかかわらず、現在は、海洋面にお
いて対立が強まっている。前述したように、中国は輸出主導経済を支え、増加
する輸入エネルギー資源を満たすためインド洋を中心としたシーレーンに大き
く依存している。米海軍が及ぼす圧倒的な影響力と、ホルムズ海峡やマラッカ
海峡などのチョークポイントが封鎖された場合の影響などについて、中国政府
はシーレーンの安全保障に大きな懸念を抱いている49。同様に、中国はインド
が将来、米海軍と同様な影響力を持ち自国の脅威となる可能性に対しても絶え
ず警戒している。例えば、インド政府はロシアから改装空母を購入し、現在は
2 番艦を建造中である。また、ロシアからアクラ級原子力潜水艦をリースし、
国産初の大陸間弾道弾搭載原子力潜水艦を就役させた。そして、フランスから
スコルペヌ級ディーゼル潜水艦を 6 隻購入予定であり、米国からは P-8I 哨戒
機を少なくとも 8 機導入予定である。そして新たに駆逐艦・フリゲート・コル
ベットを建造中である50。このような装備の近代化の他、インドは基地インフ
ラへの投資により、インド洋全域を通じて空軍力と海軍力の戦力投射能力の拡
張を図っている。インド政府は 2001 年、アンダマン・ニコバル諸島海域防衛
のため極東海軍コマンドを創設し、南アンダマン島のポートブレアに司令部を
置いた。以降、滑走路拡張、大型船舶支援港湾施設の改修、MDA(海上領域認
識)を目的とした UAV と航空機の展開によって、この地域の軍事プレゼンス
を強化するとともに、この海域への潜水艦配備計画を有している51。また、イ
47 堀本武功「変化するインド外交-大国外交を進めるのか」
『現代インド・フォーラム』
2009 年 4 月(創刊)号、24-31 頁。
48 Edward Luce, In Spite of the Gods: The Strange Rise of Modern India, Doubleday,
2007, p. 287.
49 U.S.-China Economic and Security Review Commission, 2012 REPORT TO
CONGRESS, November 2012.
50 Siddharth Srivastava, “India’s nuclear submarine plan surfaces,” Asia Times,
February 20, 2009.
51 Ramtanu Maitra, “India bids to rule the waves,” Asia Times, October 19, 2005;
Vivek Raghuvanshi, “India to boost island defense to counter China,” Defense News,
February 8, 2010; Amol Sharma, “Asia’s new arms race,” Wall Street Journal,
37
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
ンド海軍は 2007 年から多国間海上合同演習「マラバール」を主宰し、印・米・
日・豪・星の 5 か国海軍と難度の高い共同演習を行っている52。そして、イン
ド 洋 海 域 の 海 軍 間 の 新 た な 枠 組 み で あ る IONS(Indian Ocean Naval
Symposium)を主宰している。WPNS(Western Pacific Naval Symposium)や
IONS は、軍事ドクトリンや海軍ドクトリン、海軍間の手順の確立や訓練・技
術上の親和性(プロトコル、情報技術連結性、ロジスティクス)を検討し協調
するうえで有意義である。しかし、WPNS は多国間海軍演習や訓練を有意義な
ものにするまでに長い年月を要したが、IONS は短期間で成し遂げるなど、順
調に成果を挙げている53。
このような懸念への対応として中国は、先に述べた「真珠の首飾り戦略」の
具現化に努めており、インド洋への戦力投射能力の継続的保有を狙っている54。
3 米国のインド洋安全保障戦略 -昨今の戦略文書を中心に-
クリントン論文が 2011 年 11 月に公表された後、米国防総省は 2012 年 1 月
に新たな DSG を発表した。この DSG の大きな特徴は、国防の重点をイラクや
アフガニスタンでの戦争から将来的な課題への対応に転換させたことが挙げら
れる。
インド洋関連記述では、
インドとの長期的な戦略的パートナーシップは、
インド洋地域の安全保障及び経済の牽引に重要であり、これを強化してゆくと
している55。
また、
特に中国については名指しで危機感を明白にしている。
中国の台頭が、
さまざまな形で米国の経済や安全保障に影響を与える可能性について述べ、米
中両国は、この地域の平和と安定に共通する強い利害をもち、協調的な 2 国間
関係の構築に関心を有するとしている。そして、中国の軍事的台頭が、この地
域に軋轢をもたらすことを避けるために、その戦略的意図が明確にされなけれ
ばならず、同盟国や友好諸国と緊密に連携することにより、国際規則に基づく
February 12, 2011.
52 Kaplan, MONSOON, p. 128.
53 Lee Cordner, “Progressive Maritime Security Cooperation in the Indian Ocean,”
Naval War College Review 64, no. 4, Autumn 2011, p. 80.
54 James R. Holmes and Toshi Yoshihara, “China’s Naval Ambitions in the Indian
Ocean,” Journal of Strategic Studies, 31/3, June 2008, p. 378.
55 US Department of Defense, Sustaining U.S. Global Leadership: Priorities for 21st
Century Defense, p. 2.
38
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
秩序の構築を推進してゆくとしている56。
(1) JOAC とコーベット「制限戦争論」
DSG が発表された 2 週間後、デンプシー統合参謀本部議長が DSG を受けた
軍としての作戦構想として「統合作戦アクセス構想(JOAC)」を公表した。ここ
では A2/AD 下での自由な軍事行動、アクセスの確保をどのように達成するか
を作戦レベルで示している。ジェームズ・ホームズは、JOAC について、マハ
ンからコーベット「制限戦争論」へ米国安全保障戦略の転換を象徴しており、
特に、西太平洋やインド洋における戦闘においてコーベットの理論が有効であ
ると述べている57。
JOAC は、
「統合された作戦領域間の相乗効果(Cross-domain
synergy)」を「理念の中枢」とし、
「どの地域における優位も幅広いものではな
く、永続的なものでもない。それは局地的であり一時的なものである」として
いる58。コーベットの制海権に関する主張も、JOAC の記述と一致しており、
海洋は通常の状態において、
「支配された海洋」ではなく「支配されていない海
洋」であり、その理由は、どの国の海軍も地球上全ての場所、時間をカバーす
るほど十分な能力を保持しないためと述べている59。
コーベットは、制限戦争は、島嶼国家又は海洋によって隔てられている国家
においてのみ恒久的に可能としている。そして、制限戦争は、敵対国の軍事力
ではなく、決定的な点に投入、又は投入する意志の強さにあるとしている60。
JOAC では、米海軍と空軍がこれまで以上に協力を深めて A2/AD 脅威を克服
することを狙った「エア・シー・バトル構想(AIR-SEA BATTLE- Service
Collaboration to Address Anti-Access & Area Denial Challenges-61)」
(以下
ASB)について、米国の国防戦略の中で初めて明確な位置づけがなされたこと
も注目すべき点である。ASB は、アクセスに対する新たな脅威、例えば弾道ミ
サイル、巡航ミサイル、先進的な潜水艦と戦闘機、電子戦や機雷によってもた
らされる挑戦を乗り越えるために必要なコンセプト、
能力そして投資を明示し、
56
57
58
ii.
US Department of Defense, Sustaining U.S.Global Leadership, p. 2.
James R. Holmes, “From Mahan to Corbett,” Diplomat, December 11, 2011.
U.S. Department of Defense, Joint Operational Access Concept, 17 January 2012, p.
59 Sir Julian S. Corbett, Some Principles of Maritime Strategy, Introduction by Eric
Grove, Naval Institute Press, 1989, first published 1911, p. 104.
60 Corbett, Some Principles of Maritime Strategy, pp. 57-58.
61 Air-Sea Battle Office, AIR-SEA BATTLE- Service Collaboration to Address
Anti-Access & Area Denial Challenges-, May 2013.
39
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
これらの軍事的脅威により効果的に対抗することを示している62。この ASB
は、インド洋・太平洋全域にわたる構想として高く評価されている63。また、
コーベットは、陸海軍の協調による陸上兵力の投入にも重点を置いている64。
JOAC を受け米陸軍と海兵隊が共同で策定した「アクセス獲得・維持構想
(Gaining and Maintaining Access: An Army-Marine Corps Concept)65」
(以下
GMAC)では、A2/AD 環境下において作戦を可能とする方策として「機動空
間としての海洋の活用」が挙げられており、その具体例の 1 つが、上陸地点を
海岸に限定する必要なく、母艦からチルトローター機などを活用し直接機動す
ることにより、陸上兵力が内陸奥深くの作戦目標地点確保を目指す「母艦=目
標地点機動(Ship To Objective Maneuver)」である66。これらのコンセプトはコ
ーベットの理論を現代に即した形で具現化したものと言え、リムランドに対す
るアプローチの軍事的手段として明確化したものであるといえよう。
(2) 「米国のインド洋戦略」-CSIS の分析を中心に-
グリーンとシェアラー論文によれば、インド洋圏におけるもっとも重要な米
国国益を、シーレーンを安全な状態に維持することとし、戦略的チョークポイ
ントとしてホルムズ海峡とマラッカ海峡に注目している67。コーベットもシー
レーン防御を重視しており、とりわけチョークポイントとなる「端末と集束点」
(例:ホルムズ海峡、マラッカ海峡等)の支配の重要性について繰り返し強調
している68。
このため、インド洋における米軍展開基地については、ディエゴ・ガルシア
島とオーストラリアの基地利用を主張し、インドとの関係では同盟に準じた米
62 General Norton A. Schwartz, USAF & Admiral Jonathan W. Greenert, USN,
“Air-Sea Battle,” American Interest, Feb 20, 2012.
63 Iskander Luke Rehman, ‘The Wider Front: The Indian Ocean and AirSea Battle,’
Policy Brief, The German Marshal Fund of the United States, May 2012.
64 Corbett, Some Principles of Maritime Strategy, p. 16.
65 Army Capabilities Integration Center, United States Army and Marine Corps
Combat Development Command, United States Marine Corps, Gaining and
Maintaining Access: An Army-Marine Corps Concept, March 2012.
66 防衛省防衛研究所編『東アジア戦略概観 2013』
、2013 年、297-298 頁。
67 ホームズとヨシハラも同様にインド洋でのチョークポイントとオーストラリア基地へ
の配備の重要性について論じている。James Holmes and Toshi Yoshihara, “US Navy’s
Indian Ocean Folly?,” The Diplomat, January 4 2011; Toshi Yoshihara, “Resident
Power: The Case for An enhanced US Military Presence in Australia,” LOWY
INSTITUTE, July 4, 2011.
68 Corbett, Some Principles of Maritime Strategy, pp. 261-279.
40
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
印関係強化と同時に、日米豪印を基軸とする 4 か国コンセプトの強化について
述べている。ここで、インド洋の安全保障問題は米国にとって長期的には重要
であるが、
差し迫った危機ではないと分析していることに留意する必要がある。
米国は予算緊縮時代にあり財政削減と効率化を追求する中で対応が検討さ
れている。八木直人によれば、グリーンとシェアラーが述べた問題点は、米軍
の戦力の質的向上とオーストラリアや日本などの同盟国の寄与によって投入戦
力量不足が限定されれば解決されるとともに、日本にとって重要な南シナ海に
おけるシーレーンの保護にも重要な利点を提供すると分析している。また、長
期的課題であるバランス・オブ・パワーの問題は、米国と同盟国、特に日本と
オーストラリアとの補完関係が安定すればインド洋におけるインド優位支持及
びインドと米国の戦略的協力の緊密化によって安定するとしている69。
このように、戦力投射のための基盤として、地理的位置からオーストラリア
への注目が増加している70。また、オーストラリアも対中国を睨んだ自国への
米軍の展開を歓迎している。オーストラリア政府は、米国政府との密接な連携
により、2012 年 3 月に「オーストラリア軍態勢見直し」報告を公表した71。オ
ーストラリアは防衛予算を削減する一方で、米国との 2 国間防衛協力の更なる
強化を強力に推進すると述べている72。軍の施設計画については、海軍基地の
ブルーム、ダーウィン、ケアンズ基地の拡充とともに、主要な水上艦艇を支援
する基地である HMAS スターリングの開発が含まれている 73 。加えて、
KC-130、UAV、P-8 の作戦のため、エディンバラ、ラーモンス、ピアス、ティ
ンダルとタウンズビルの拡充も提言している74。そして、将来の潜水艦と大型
水陸両用戦艦船に使用するため、ブリズベンの東海岸艦隊基地の拡充も提言す
るとともに、スターリングにある西海岸艦隊基地を、
「米海軍の主要水上艦艇と
空母が東南アジアとインド洋への展開・作戦に使用可能する」ことと、
「米海軍
69
八木直人「
『海洋の安全保障』米国の作戦概念とインド洋:地政学的チョークポイント
へのアプローチ」
『アジア(特に南シナ海・インド洋)における安全保障秩序』
、日本国際
問題研究所、2013 年 7 月、51 頁。
70 Center for Strategic and International Studies, U.S. Force Posture Strategy in the
Asia Pacific Region: An Independent Assessment, August 2012.
71 Cameron Stewart, “The Battle for the Pacific,” The Australian, March 29, 2012;
Allan Hawke and Ric Smith, AUSTRALIAN DEFENCE FORCE POSTURE
REVIEW, Australian Government, 30 March 2012.
72 Hawke and Smith, AUSTRALIAN DEFENCE FORCE POSTURE REVIEW, p. 6.
73 Ibid., pp. 21-35.
74 Ibid., p. 43.
41
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
潜水艦が使用可能なものとする」と明記している75。ここでコーベットの制限
戦争論に基づくインド洋圏への米軍の兵力投入基盤が確保される。将来の中国
の脅威に対抗するため、米軍の新たな統合コンセプトと兵力投入基盤が確立さ
れることにより、中国の海軍力増強による海洋への進出意欲が「相殺」される
効果がある。米国のシンクタンク Center for Strategic and International
Studies (CSIS)から、2012 年 8 月に公表された「アジア太平洋地域における米
軍態勢見直し」報告では、
「米国のアジアにおける戦略の最優先事項は、中国と
の紛争に備えることではなく、そのような紛争が決して必要ではなく、そのう
ちに紛争を引き起こそうと考えることもできないような環境を構築することで
ある」と述べられている76。このように、インド洋に焦点を置いたリムランド
安定化戦略実現の手段は、コーベットの理論に基づいている。コーベットの理
論は各軍種の協調を基盤とし、
敵の撃破よりも海上交通の確保を重視している。
結 言
冒頭にも述べたとおり、クリントン論文を契機とした米国のアジア太平洋へ
の「リバランス」における地域毎の戦略は未だ議論がなされているところであ
り、明確化されていない。このため、本研究では先行研究の整理、地政学的分
析と国防戦略文書等に分析により米国のインド洋安全保障戦略を導出するとい
う手段を取らざるを得なかった。インド洋は、今まさに脚光を浴び始めた地域
であり、今後更なる議論の深化をみることができよう。しかし、本研究を通じ
て米国のインド洋安全保障戦略の大きな方向性は明確化することができた。そ
れは、米国は中国の脅威を見据え、インド洋圏をリムランドとして捉え、この
安定化の手段としてコーベットの制限戦争論を基盤とした統合軍コンセプトに
基づき、台頭する中国のパワーを、現段階から直接対峙することなく相殺する
「オフセット(相殺)戦略」へと変化させたことである。米国にとって、イン
ド洋とは地政学的に遠く離れた大洋であり、これまであまり話題となることは
なかった。これに比べ、我が国や中国にとってはシルクロードなどの歴史を通
じ、極めて身近な海であった。米国の各種戦略文書や研究論文でインド洋が主
要話題となることは、米国がインド洋での脅威を明確に認識し始めたことにほ
かならない。
75
76
Hawke and Smith, AUSTRALIAN DEFENCE FORCE POSTURE REVIEW, p. 35.
CSIS, U.S. Force Posture Strategy, pp. 5-6.
42
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
中国の軍事的脅威と米国の軍事力との対峙は、グリーンとシェアラーが述べ
たように、インド洋圏ではまだ直近のものではない。
「ヘッジングの時代」にお
ける将来を見越した長期的な見地からの対応、言い換えれば「備え」であるこ
とに留意する必要がある。
このような米国のインド洋安全保障戦略を踏まえ、我が国としても、インド
洋において海上自衛隊や地域諸国海軍との平素からの協力を通じて、地域にお
ける安全保障環境形成の一翼を担っていくことが期待される。海上自衛隊とし
ては、これまでも継続して実施している「マラバール」などのインド洋圏での
多国間海軍訓練の継続・拡大を基本とした主体的関与や、遠洋航海・ソマリア
海賊対処活動などの各種任務・派遣訓練時を活用し、リムランドを形成する関
係国の港湾・飛行場への艦艇・航空機の寄港・利用訓練の拡大が可能であり、
また、IONS などの海洋協力機構へのメンバーシップ取得などによる海洋安全
保障への積極的な関与が期待される。特に、ホルムズ海峡・マラッカ海峡など
のチョークポイント付近での艦艇・航空機による定期的なプレゼンスは長期的
観点から重要なものとなろう77。一方、2013 年 5 月の日印首脳会談において救
難飛行艇 US-2 に関する 2 国間協力に向けた作業部会を設置することを決定さ
れた。本事例を基本に、防衛装備品の輸出拡大によりインド洋の安全保障面に
おける協力強化に発展することが期待される。加えて、平成 25 年 12 月に閣議
決定された新たな防衛大綱において、自衛隊に水陸両用戦機能保持が明記され
た。コーベットの「制限戦争論」を踏まえれば、自衛隊がこの能力を保持する
ことにより一層の日米同盟の緊密化が図られるであろう。
上記のようなインド洋圏への自衛隊の積極的な活動を通じ、我が国自身も、
海上交通路のみならず、このインド洋全域を「重要な国益」の一翼を担うもの
としての位置付け、自衛隊の主体的派遣を検討する時期にある。
ホルムズ海峡への関与については次の研究を参照。能條将史「イランの A2/AD と米国
アウトサイド・イン構想-『機雷戦』の視点から」
『海幹校戦略研究』第 3 巻第 2 号、2013
年 12 月、62-85 頁。
77
43
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2014 年 6 月(4-1)
北極海における安全保障環境と多国間制度
石原 敬浩
はじめに
冷戦終結後、北極海の戦略的重要性は一旦低下していたが、近年融氷が進む
につれ資源や環境問題、そして安全保障上の観点から再び注目を集める地域と
なりつつある1。2013 年 5 月、北極問題での中心的な役割を果たす北極評議会
(Arctic Council:AC)の閣僚級会議が開催され、日本を含む 6 か国が新たにオ
ブザーバー認定された2。
冷戦終結からの約 15 年間、北極をめぐる国際関係は環境保護問題が中心で
あり、国際的な協力体制が深化する時期であったが、2000 年代後半、融氷が進
むにつれ、北極海沿岸国は経済的利益をより重視するようになり、それに伴う
競争が表面化するという、国際関係の転換期を迎えている3。このような状況下、
各国の活発な活動をどのように解釈すべきかについて、幅広い国際協調の枠組
みの中、国家間が共同し、望ましい形の安全確保や安定化を図るための活動、
安全保障化(securitization)が進みつつあるという見方がある。他方、かつての
敵国あるいは現在のライバル国との間で係争になっている地域をめぐる主権や
領域問題主張のための軍事化(militarization)が進行しているのではないか、と
いう問題が提起されている4。
Heather Conley, Jamie Kraut, “U.S. Strategic Interests in the Arctic, An
Assessment of Current Challenges and New Opportunities for Cooperation”, A
Report of the CSIS Europe Program, CENTER FOR STRATEGIC &
INTERNATIONAL STUDIES, April 2010, p. 1.; Claes, Dag., Osterud, Oyvind. and
Harsem, Oistein. “The New Geopolitics of the High North”, Paper presented at the
annual meeting of the Theory vs. Policy? Connecting Scholars and Practitioners,
New Orleans Hilton Riverside Hotel, New Orleans, LA, Feb 17, 2010, p. 1.
2 “Arctic Council Adds Six Members, Including China”, New York Times, May 15,
2013;外務省報道発表、「我が国の AC オブザーバー資格承認」平成 25 年 5 月 15 日
3 『北極海季報
-第 16 号』海洋政策研究財団、2013 年、1 頁。
4 Christian Le Miére, “Arctic Double speak?”, U.S. Naval Institute, Proceedings
Magazine , July 2013 Vol. 139/7/1,325, p. 32.
1
44
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
そこで、国家間の利害調整や協調のため、北極海でどのような枠組み、制度
が機能しているのか、その中で AC がどのような役割を果たしているのかを明
らかにし、我が国の安全保障へのインプリケーションを得ることが本稿の目的
である。
そのため、第 1 章では北極海の現状を概観し、第 2 章では北極圏に関与する
主要国の動静を概観し、北極への関与姿勢の背景を分析、第3章では関係国の
対立の構造を、安全保障の類型化により分析し、第4章ではこれらの対立を管
理するための多国間の制度、その中核としての AC の活動を分析・評価するこ
とにより、北極における多国間枠組みの考察を行い、我が国安全保障へのイン
プリケーションを論述する。
1 北極海の現状
2012 年 9 月北極海の結氷域面積は、人工衛星観測史上最低、過去 30 年平均
値の約 50%という記録的な減少であった。2013 年には回復を見せたものの、
長期的な減少率は 10 年毎に約 1 割減少というものである5。
%
年
図 1:北極海における結氷面積の変化
(出所 : National Snow and Ice Data Center)
この記録的な減少を踏まえたシミュレーションでは、2020 年夏には氷に閉ざ
5
“Arctic sea ice extent settles at record seasonal minimum,” National Snow and Ice
Data Center, September 19, 2012,
http://nsidc.org/arcticseaicenews/2012/09/arctic-sea-ice-extent-settles-.
45
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
されない北極海が出現するとされている6。このまま融氷が進めば、北極海がま
さしく「海」になるという、地政学的な大変化が生じる。
もちろん、これは短い夏季の状況で、それ以外の季節の状況は別であり、実
際には年間を通じての船舶の自由航行が簡単にできる状況ではないし、近い将
来そうなるとも言えない。しかし問題は、北極海沿岸国を中心としてこのよう
な北極海の環境変化を背景に、非沿岸国・北極圏外国も加わり、様々な思惑を
交差させながら、
北極海をめぐる軍事活動を含めた諸活動が現在進行中である、
という現状である。
北極圏には未発見の石油の 13%、天然ガスの 30%が眠っており、ほとんど
の石油・ガス資源は、水深 500 メートル以浅の海底にあるので、比較的容易に
採掘可能とみられ、沿岸各国の資源開発激化が懸念されている7。非沿岸国の関
心も高く、中国海洋石油総公司や、韓国鉱物資源公社等による開発の動きが進
行しつつある8。
北極海を通る航路としては、カナダ側を使用する北西航路、ロシア側を通過
する北東航路又は北極海航路、2013 年夏、中国の砕氷船「雪龍」が使用し注目
を集めた(北極海)中央航路がある9。このうち、最も開発、使用が進んでいる
のが北東航路である。その利用数は、2010 年にはわずか 4 隻だったのが、2011
年には 34 隻、2012 年には 46 隻と増加、貨物量では 126 万トンとなり、日本
向けの LNG 輸送も実施された10。
地政学的な観点からは小谷哲男が、もし日露戦争当時に北極海航路が開通し
ていればロシアバルチック艦隊が英国海軍の干渉を受けることなく、迅速に日
本近海に進出することができ、日本海海戦の帰趨が変わり、歴史が変わったの
ではないかと、反実仮想を用いて分析し、北極海の融氷がもたらす地政学的意
義を説明している11。同様の分析はロシアでもあり、北極海航路の戦略的重要
Scott Borgerson, “The Coming Arctic Boom: As the Ice Melts, the Region Heats Up,”
Foreign Affaires,July/August 2013, p. 76
7 “Assessment of Undiscovered Oil and Gas in the Arctic”, Science, Vol. 324 no. 5931,
6
29 May 2009.
;Heather A. Conley, “The colder war: U.S., Russia and others are vying
for control of Santa’s back yard”, The Washington Post, December 24, 2011.
8
Page Wilson,“Asia Eyes The Arctic”, The Diplomat , August 26, 2013.
9
北川弘光他、
『北極海航路 -東アジアとヨーロッパを結ぶ最短の道-』
、シップ・アン
ド・オーシャン財団。
、2000 年、8 頁。
;
『日本経済新聞』2012 年 9 月 3 日(夕刊)
。
10
Barents Observer, March 14, 2013;『日本経済新聞 電子版』2013 年 1 月 5 日。
11
小谷哲男「北極問題と東アジアの国際関係」
、
『北極のガバナンスと日本の外交戦略』
、
日本国際問題研究所、平成 25 年 3 月、79-80 頁。
46
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
性を強調している12。
これら融氷に伴う資源開発・北極海航路使用が現実味を帯びるに従い、それ
まで沈静化していたカナダ・デンマーク間のハンス島帰属問題、米・カナダの
ビューフォート海領域確定問題、カナダ・デンマーク・ロシア間のロモノソフ
海嶺(大陸棚延伸)問題等、国家主権や領域確定問題が表面化してきており、
これらが安全保障の認識に影響を与えている13。
それとともに、冷戦構造とは異なった組み合わせの構図が見える。例えばカ
ナダ、ロシアがそれぞれ航路の一部を自国の内水や国内法適用海域であると主
張し、航行の自由を主張する米国と対立する14、あるいはノルウェーとロシア
が 40 年にわたり争ってきた大陸棚問題に関し領域確定に合意し、共同での資
源開発を進める15等がそれであり、北極海では従来のイメージと異なる国家間
関係が進行しつつある。
2 北極圏主要国等の動静
北極に関連する国としては、ロシア、ノルウェー、デンマーク(グリーンラ
ンド・フェロー諸島を含む)
、カナダ、アメリカの 5 か国が北極海に直接面し
ており、北極海 5 か国と呼ばれている16。これにスウェーデン、フィンランド、
アイスランドの 3 か国を加えた 8 か国が、北極圏諸国と呼称され、AC のメン
バー国である。加えて AC 活動への理解と貢献を認められた、英、仏、独等が
オブザーバー国であり、昨年 5 月の閣僚会合で新たに日本、中国、インド、イ
タリア、韓国、シンガポールがオブザーバー国として認定され、合計 12 か国
が非北極圏諸国(non-Arctic states)として参加している17。
『東アジア戦略概観 2013』
、防衛省防衛研究所、2013 年、257 頁。
Christian Le Miére, “Arctic Double speak?”, U.S. Naval Institute, Proceedings
Magazine , July 2013 Vol. 139/7/1,325, p. 33.
14 堀井進吾「北極海における航路問題
-北西航路、北極海-」
『北極海季報 -第 16
号』
、海洋政策研究財団、2013 年 3 月、14-25 頁。
15 『毎日新聞』
、2010 年 4 月 28 日。
16 外務省 HP、
「北極~可能性と課題のもたらす未来」
、
『わかる! 国際情勢』Vol.107,
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol107/index.html、2014 年 4 月
16 日アクセス
17 外務省 HP、
「北極評議会(AC:Arctic Council)概要、平成 26 年 4 月、
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/arctic/hokkyoku_hyougikai.html、2014 年 4 月 16 日
アクセス
12
13
47
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
以下、活発な活動を行っている沿岸国を中心として、各国の動静を述べる。
ロシア
北極海において最も積極的な活動を実施しているのがロシアである。その典
型が、2007 年の北極海遠征と北極点海底への国旗設置であった。遠征目的は、
北極海をめぐるロシアの戦略的な立場の誇示と国威の発揚、資源開発権を主張
できる大陸棚に関し、その延長申請のデータ収集であった18。ロシアは、ロモ
ノソフ海嶺がユーラシア大陸棚の延長であり、極点を含め北極の海底はその延
長であると主張している。国旗設置は、その象徴的な示威行為と見られ、カナ
ダやデンマーク等から非難を浴びる事態となった19。
2008 年には「2020 年までの北極におけるロシア連邦国家基本政策」を公表、
北極海航路の利用確保、北極圏でのロシア連邦の国益保護と沿岸警備システム
の構築、国境警備機関強化等について記載している20。2009 年公表の「2020
年までのロシア連邦国家安全保障戦略」では、「エネルギー資源を巡る争奪戦
の下、ロシア連邦国境付近において均衡を乱すような事態が発生した場合、軍
事力行使による問題解決の可能性も排除しない」と明記、エネルギー資源確保
のための軍事力行使についても言及している21。
この方針の下、爆撃機の定期哨戒飛行や海軍艦艇の行動も活発化させるとと
もに、地上部隊でも、北極対応部隊の旅団を新たに編成するなど積極的な動き
を見せている22。2013 年夏には、原子力巡洋艦を旗艦とする機動部隊による北
極海航路での演習を実施するとともに、プーチン大統領直々の命令に従い、ノ
ボシビルスク諸島基地(図 2 参照)の整備に着手している23。これは冷戦後閉
鎖されていたもので、滑走路の補修等を実施し、北極海航路に対する救難態勢
の向上に資するとされている。また、軍当局者の見解として、中国の資源獲得
18 マッケンジー・ファンク「北極海の資源争奪戦」 日経 BP、ナショナル ジオグラフィ
ック日本版 2009 年 5 月号、
http://nationalgeographic.jp/nng/magazine/0905/feature03/_02.shtml、2014 年 4 月 16
日アクセス
19 ファンク「北極海の資源争奪戦」
20 “Russia to establish military forces for the Arctic”, BarentsObserver, March
29,2009
21 『北極海季報』
、海洋政策研究財団、創刊号、2009 年、29 頁
22 Siemon t. Wezeman “MILITARY CAPABILITIES IN THE ARCTIC “, SIPRI
Background Paper, March 2012, pp. 9-10; Kraut Conley, “U.S. Strategic Interests in
the Arctic,” p. 9.
23 “Naval task force to Northern Sea Route”, Barents Observer, Sep. 4, 2013.
48
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
に対する動きに対する牽制という見方もある24。
さらに、
2014 年 1 月、
ロシア海軍副司令官ビクトル・ブルスク(Viktor Bursuk)
は今年だけで 40 隻の艦艇就役計画を公表した25。その背景には北極海への影響
力確保を重視するプーチン大統領の方針があり、海軍偵察・哨戒機による北極
海哨戒飛行の増強等とも併せて考えると、原子力艦艇の展開はその証左である
と言えよう26。
このように融氷に伴う利権、資源確保への動きは、テロや不法活動への警
戒でも現れている。昨年 8 月には、ロシア国境警備隊が海上石油掘削施設付近
(図 2 参照)において、抗議活動を実施しようとしていたグリーンピースの船
に対し、警告射撃を実施し活動家を逮捕、起訴、その後大統領恩赦により釈放
している27。
『読売新聞』
、2013 年 9 月 18 日
“Russian Navy to Get 40 New Ships in 2014,” RIA Novosti , January 30, 2014.
26 Rich Smith “Russia Builds a New Navy to Dominate the Arctic Ocean,” The Motley
Fool, January 19, 2014
27 “Greenpeace: Russia Expels Our Ship, Threatens to Shoot”, RIA Novosti , Aug 26,
2013.
24
25
49
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
ノボシビルスク諸島
北極点
スバールバル諸島
石油掘削施設
プリラズロムナヤ
図 2:北極海関連地図(出所:“U.S. Navy’s Arctic Roadmap 2014-2030,” Figure
5 を元に筆者加筆28 )
カナダ
北極海に面するもう一方の雄がカナダであり、こちらも北極海での活動に積
極的である。冷戦期カナダは、西側同盟国とともに北極海の防衛を任務として
いたが、冷戦終了後、北極海の戦略的な地位は低下し、1990 年には北極海にお
けるプレゼンス強化活動も終結した。しかし 2002 年以降、安全保障や経済・
資源の観点から北極圏の重要性を再認識し、新たな作戦を開始するようになっ
た29。2002 年夏、目に見える形での関与姿勢を示すために、また主権を誇示す
るために、カナダ 3 軍と騎馬警察、沿岸警備隊、税関等政府機関統合で実施す
28
US Navy Task Force Climate Change, “U.S. Navy’s Arctic Roadmap 2014-2030,”p.
14
29 Rob Huebert,“CANADIAN ARCTIC MARITIME SECURITY: THE RETURN TO
CANADA’S
THIRD OCEAN,” Canadian Military Journal, Summer 2007, pp. 9-11.
50
2014 年 6 月(4-1)
海幹校戦略研究
る演習“Operation Narwhal 2002”を復活させた30。その後、同趣旨の演習が地
域や季節を変え毎年実施されるようになり、2009 年にはハーパー首相が、最大
規模の統合演習 NANOOK2009 を視察する模様が大きく報道され、首相は
「我々は、北極の主権について、それを行使するか、さもなくば失うかである」
と強調した31。
2009 年には、「北方戦略:我々の北、我々の遺産、我々の未来」と題する報
告書を発表し、①北極における主権の行使:北極におけるプレゼンスの強化、
管理の改善等、②社会的・経済的発展の促進、③環境遺産の保護、④北方ガバ
ナンスの改善、について述べている。さらに、北方戦略の国際的側面として、
隣国との協力および AC への対応を優先課題とした政府の施策及び今後の方向
性を示している32。
アメリカ
米国は 1984 年の北極研究・政策法に基づき、北極研究委員会等を設置し北
極政策を推進してきた。2001 年、海軍を中心に、北極海航路や資源を巡りロシ
アや中国が敵対し紛争が生起する可能性、船舶や資源を狙ったテロ、などを検
討して統合運用の必要性を討議した。
2007 年海軍・沿岸警備隊・海兵隊協同で策定された「21 世紀のシーパワー
のための協同戦略」でも北極海問題が取り上げられ、その後海軍の気候変動タ
スクフォースが中心となり、2009 年に「北極ロードマップ」を策定し、2014
年 2 月に改訂版が公表された。その中では来る 10 年間に北極海沿岸・非沿岸
国ともに資源獲得や航路として北極海の利用が増加することを予想し短期、中
期、長期に亘る指針を提示している33。
国家レベルでは、ブッシュ大統領は 2009 年、北極政策に関する大統領令で
「米国は北極海に重要な国益を有する北極の国」と位置づけた34。オバマ政権
も 2010 年の国家安全保障戦略において北極問題に言及するとともに、2013 年
Huebert,“CANADIAN ARCTIC MARITIME SECURITY”, pp. 11-13.
原文「we understand the first principle of Arctic sovereignty is ”use it or lose it.”」カ
ナダ政府 HP, http://pm.gc.ca/eng/media.asp?id=2757
32 Published under the authority of the Minister of Indian Affairs and Northern
Development and Federal Interlocutor for Métis and Non-Status Indians “Canada’s
Northern Strategy: Our North, Our Heritage, Our Future”, 2009, p. 2.
33 Navy Task Force Climate Change, “U.S. Navy’s Arctic Roadmap: 2014-2030,”
February, 2014.
34 “National Security Presidential Directive 66/Homeland Security Presidential
Directive 25, “ the White House, 2009
30
31
51
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
5 月、北極圏国家戦略を公表、米国の安全保障上の国益追求、北極圏管理態勢
の追求、国際協力の強化を掲げ、航行の自由の確保及び紛争の平和的解決のた
めの各国との連携について述べた35。
これは、その直後に開催された AC 閣僚会合に備えて、米国の積極的な北極
関与を明確に打ち出すとともに、議会での国連海洋法条約批准に向けた国内的
な狙いがある。11 月にはヘーゲル国防長官が国防省としての北極圏戦略を公表
し、北極への積極的関与姿勢を述べ、同盟国、パートナー国等との協調、協力
についても強調した36。この戦略が公表された、ハリファックスでの国際安全
保障フォーラムでは、米国とカナダによるアジア・太平洋地域安全保障協力協
定の調印もなされた。積年の米・加同盟関係を強調した上で、新たな時代の安
全保障協力としてアジア・太平洋地域における協力に関し、世界的な挑戦に対
し、相互の強点を活用する梃子として新たな形の 2 国間関係の例であると述べ
ている37。財政や内政問題等を抱える米国として、10 年前のような単独主義は
遠いものであり、国際協調や同盟国、パートナー国との連携を益々重視すると
いう方針が読み取れる38。
そのような中、グリナート(Jonathan W. Greenert)海軍作戦部長が視察する
演習 ICEX2014 が 2014 年 3 月、北極海で実施された。一時は予算不足から実
施が危ぶまれた演習であったが39、米・露の関係がますます冷え込む中、米国
が北極海での米露合同軍事演習と北極海沿岸警備に関する両国間会議をキャン
セルし、演習は実施された。グリナートは、ロシアとの間の緊張が高まってい
るが、北極海での軍備拡張競争は予想されないとし、再び協力できることを希
望していると述べている40。
北極問題に関しては、2013 年から 14 年にかけての AC 議長国はカナダであ
り、その次が米国である。両国の連携姿勢が AC で反映され具体化される可能
性は高まるであろう。北極問題に関しては、米・加で航路航行方式の対立はあ
るものの、全体としては緊密な連携を目指す姿勢であると言える。
“National Security Strategy”, the White House, May 2010, p. 50.
“Department of Defense Announces Arctic Strategy,” U.S. Department of Defense
News Release November 22, 2013,9
37 Karen Parrish, “U.S., Canada Sign Asia-Pacific Cooperation Framework,”
American Forces Press Service, November 22, 2013
38 U.S. Department of Defense, “Arctic strategy,”November 2013, p. 5.
39 Trude Pettersen, “U.S. Navy Arctic exercises threatened by budget constraints,”
Barents Observer, November 13, 2013.
40 Julian E. Barnes, 「北極海下の冷戦―米潜水艦、ロシア潜水艦を模擬標的」
、The Wall
Street Journal、2014 年 3 月 26 日。
35
36
52
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
しかし、積極的な北極圏関与の実行となると、様々な阻害要因が目立つ。
まず、砕氷船の問題である。沿岸警備隊の見積もりでは、北極海で必要とされ
る活動を実施するには大型、中型砕氷船、それぞれ 3 隻ずつ必要とされるが、
現在保有しているのが大型 2 隻と中型 1 隻であり、しかも大型 1 隻はエンジン
故障で使用できない。新たな砕氷船建造についても、まだ予算要求の段階であ
る41。
次に政策の問題として、北極海における権益確保のためには、大陸棚の延長
申請が不可欠であるが、
米国はその根拠となる国連海洋法条約の批准手続きが、
上院の反対により済んでいない。
北極問題に強い関心を示しているのは、アラスカ州、海軍、沿岸警備隊が中
心であるが、政府としては財政問題もあり、政策の優先順位はあまり高くない
と言わざるを得ない。しかし、先に述べたように、次の AC 議長国は米国であ
り、今後具体的な施策が推進される可能性はある。
デンマーク
デンマークも、主権、権益確保のための軍事活動にも積極的である42。2009
年に 2010 年~2014 年の国防計画を公表し、グリーンランドに北極任務部隊
及び司令部を創設すること、F-16 戦闘機の配備、米空軍の基地となっていたチ
ューレ(Thule)基地を北極圏での活動に活用する等、関与姿勢を明らかにしてい
る43。また、グリーンランドは既に自治が認められているが、2008 年には住民
投票で賛成 75%の圧倒的多数で承認された自治権拡大に関する法律が施行さ
れ、新たな自治の時代に入った。デンマークの歴史学者ソレンセン(Lars
Hovbakke Soerensen)は、グリーンランド周辺の天然資源がグリーンランド経
済を支えるだけの規模であることが確認されれば、グリーンランドはデンマー
クからの完全独立へ進むことになる、と独立の可能性を示唆している44。実際
に 2013 年 3 月のグリーンランド議会選挙では、中国資本、労働者を活用し、
41 Borgerson, “The Coming Arctic Boom: As the Ice Melts, the Region Heats Up,” p.
83.
42 Rob Huebert, “The Newly Emerging Arctic Security Environment” Canadian
Defence & Foreign Affairs Institute, March, 2010, p. 10.
43
Wezeman “MILITARY CAPABILITIES IN THE ARCTIC “, p. 5
44
「グリーンランドの自治権拡大、完全独立への鍵を握る天然資源」AFP BB NEWS、
2009 年 6 月 22 日。
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海幹校戦略研究
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独立を目指す第 2 党が勝利し、初の女性自治政府首相が誕生した45。2013 年
10 月に同首相はデンマークからの経済的・政治的独立とレアアース産出への挑
戦として、ウラン採掘禁止の解除を称賛している46。
ノルウェー
ノルウェーは NATO の一員であるとともに、ロシアと直接国境及び管轄水
域を接するという立場から、北極政策も独特である。欧州の中でも資源依存度
の高い経済構造を持ち、スカンジナビア半島国家の中で最も積極的に軍近代化
を進めている47。2007 年公表の対外政策指針(The Soria Moria Declaration on
International Policy)によれば、ノルウェーの国益は急速に変化しており、戦
略的目標地域は北方へシフト、安全保障やエネルギー分野での焦点となりつつ
あると、北方重視姿勢を明らかにしている48。そのため、ノルウェー軍司令部
は南部地域から北極圏に位置するロイテンへ移動、陸軍司令部は更に北方に移
動した49。さらに、新たな時代に対応できるよう、ヘリ搭載型で砕氷能力を向
上させた新型警備艇を 2016 年までに新造する50。現在保有する 5 隻の小型フリ
ゲートを、より氷海作戦能力を向上させた大型化フリゲートに更新する等、作
戦能力向上を進めている51。更に、最近のロシアのウクライナ等に対する強硬
姿勢から、NATO 軍との連携強化を進め、2014 年 3 月には北極海において、
米軍との共同訓練を実施するとともに、約 130 億円を投じ、NATO 軍受入態勢
向上のため新たな埠頭の建設を進めている52。
一方、2010 年 4 月にはロシアとの間で大陸棚の境界画定に関し基本合意し、
9 月、バレンツ海と北極海の境界画定及び二国間協力に関する協定に署名、40
年にも亘った紛争に終止符を打った。さらに 1970 年代に締結された漁業関係
条約の 15 年間の継続、エネルギー・漁業・環境保護の分野での協力、境界をま
45 Livedoor NEWS,「グリーンランド初
女性首相の誕生! 議会選」
、2013 年 3 月 15
日。
46 「レアアースの大鉱脈を待ち望むグリーンランド」
、JB Press、2013 年 11 月 1 日
47 Miere “Arctic Doublespeak?” p. 34
48 Office of the Norwegian Prime Minister, ‘The Soria Moria declaration on
international policy’, Feb 4, 2007
49 Wezeman “MILITARY CAPABILITIES IN THE ARCTIC “, p.7
50 Thomas Nilsen, “Builds new Arctic Coast Guard icebreaker”, Barents Observer,
27 Aug, 2013
51 Wezeman “MILITARY CAPABILITIES IN THE ARCTIC “,pp 7-8; Miere “Arctic
Doublespeak?”, p. 34.
52 Julian E. Barnes, 「北極海下の冷戦―米潜水艦、ロシア潜水艦を模擬標的」
、The Wall
Street Journal 日本版、2014 年 3 月 26 日
54
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
たいだ鉱物資源の共同開発などを定め、共同開発に向け前進している53。
ソーライデ(Ine Marie Eriksen Søreide)国防相は、同国は北極海でのロシア
との捜索救助活動の協力は今後も続けるが、軍同士の協力については見直して
いると述べた54。ロシアとの対立と協調の複雑な関係が見て取れる。
中国
中国の極地域への科学的調査は 1984 年に始まり、当初は南極研究が中心で
あった。北極に注目が集まったのは 1995 年に中国の科学者・ジャーナリスト
合同探検隊が北極点に到達してからであり、その後定期的に北極海の調査を実
施、2004 年には中国初の北極研究所「黄河」をノルウェーのスバールバル諸島
に設置した55。1993 年には、ウクライナから通常型砕氷船としては世界最大の
「雪龍」を取得し、極地観測に使用している。他にも新たな極地調査用砕氷船
の調達を進め、氷海での行動能力向上を図っている。
経済活動に関しては 2010 年夏、ガスコンデンセートをロシアから、鉄鉱石
をノルウェーから、それぞれ北極海航路経由で試験的に輸送し、2013 年夏から
は商業輸送を開始した。中国当局の見積もりでは、2020 年までに中国のコンテ
ナ輸送の約 5~15% が北極航路経由になるとの予想もある56。
北極海沿岸国へのアプローチも積極的で、狙いを定めていると思われるの
が、アイスランドとグリーンランドである。
アイスランド経済危機に際しては通貨スワップ協定を締結し支援、その後も
世界最大級の大使館を設置し、2013 年 4 月には欧州で最初となる FTA を締結
するという様に、関係を深めてきた57。また、中国人実業家がリゾート開発名
目で 300 平方 km(東京 23 区面積の半分弱に相当)という広大な土地購入を
図り、積極的な政界工作を実施した。アイスランドの一部政治家はこれを支持
したものの、世論の疑念を呼び、最終的にはアイスランド政府の決定によりこ
53
“Russia, Norway border agreement opens Arctic up to exploration”, New Europe,
19 September 2010;毎日新聞 2010 年 4 月 28 日;海洋政策研究財団『北極海季報』
第 7 号 2010 年 12 月、3 頁。
54 Barnes, 「北極海下の冷戦―米潜水艦、ロシア潜水艦を模擬標的」
55 Linda jakobson, “CHINA PREPARES FOR
AN ICE FREE ARCTIC”, SIPRI
Insights on Peace and Security, No. 2010/2 March 2010, p. 3
56 Stephen Blank,“Exploring the Significance of China’s Membership on the Arctic
Council”, China Brief, The Jamestown Foundation, Jul 12, 2013.
57 日本経済新聞電子版、2013 年 4 月 15 日。
55
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
の購入計画は頓挫した58。この計画に関しては、その後長期土地貸借契約とい
う形で土地使用を図っている59。中国のアイスランドに対するこの積極的アプ
ローチには、大西洋への出口にハブ港を建設しようという狙いがあるとも言わ
れている。
グリーンランドへも積極的なアプローチを実施し、資源開発に向け活動して
いる。2013 年 3 月のグリーンランド議会選挙では、中国資本、労働者を活用
し、デンマークからの独立を目指す第 2 党を支援、勝利している。デンマーク
本国は中国資本・労働者受入に反対しており、今後の動きが注目される60。
中国は最近、
「北極近傍国家 “near-Arctic state”」
「北極利害関係国 “Arctic
stakeholder”」と自称し、北極問題関与への正当性を主張している。アプロー
チも巧みで、例えば 2009~10 年頃には、北極海の資源は人類共有の財産であ
り、どの国も北極海において主権を有しないと、ロシアなどとは異なる主張を
していたが、AC オブザーバー参加のためこの主張は撤回し、
「全ての沿岸国の
主権を尊重し、将来の決定に委ねることを受け入れる」との立場に変更してい
る61。
中国の北極に対する積極姿勢が何に起因するものか、真意は不明であるが、
資源獲得や北極海航路利用による経済的利得、大国としての当然関与すべきで
あるという姿勢、あるいは戦略潜水艦を北極海に展開させることにより米東海
岸やロシア東部を照準できることによる抑止力の強化等、などが考えられる。
こうした中国の動向に最も敏感な反応を示しているのがロシアである。
例えば 2010 年 10 月に海軍総司令官ヴィソツキー(Vladimir Vysotsky)大将
が、次のように中国への警戒心や不快感をあからさまに述べている。「中国が
北極のパイを求め北極圏の権益争いに参入した」、「特に中国を警戒する」、
「1 インチたりとも譲らない」、「北洋及び太平洋艦隊は新たな艦艇を配備し、
北極海におけるプレゼンスを強化している」。総司令官はこの中国の参入に対
しては、北極海の哨戒を強化していることを明らかにし、その後も中国艦艇の
動向には厳しく対応している62。
MSN 産経ニュース、2011 年 11 月 27 日。
レコードチャイナ、2012 年 5 月 4 日、
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=61005&type=>2012.6.10
60 「グリーンランドで独立目指す動き-中国資本活用計画が背景」
、2013 年 2 月 25 日
Bloomberg.co.jp、原題:China Investment Delay Spurs Greenland Calls to Cut
DanishTies
61 Blank,“Exploring the Significance of China’s Membership on the Arctic Council”
62 Guy Faulconbridge,“ Russian navy boss warns of China's race for Arctic”, reuters,
58
59
56
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
ロシアの対中警戒心の表れは、北極海へのアクセスとしてのオホーツク海で
も見られる。2013 年夏の中露合同海軍演習では、参加した中国軍艦が演習終了
後に、宗谷海峡を越えてオホーツク海に進出し、千島列島から太平洋へ抜け、
日本を一周する形で本国へ帰還した。これに対し、ロシア艦艇が同様に宗谷海
峡を通過してオホーツク海に急行した。そしてこれと並行して、プーチン大統
領の直々の命によって、ソ連解体後最大級といわれる 16 万人規模のロシア極
東全域における抜き打ち演習が実施された。そしてこの演習は、中国軍艦によ
る史上初のオホーツク海進出に対する牽制なのではないかとの見方が浮上した
63。
ロシアは中国艦船の北極海やオホーツク海への進出に対し、警戒心を露わに
しており、その角逐の場は、我が国周辺海域から北極海に至る海域であり、我
が国の海洋安全保障に直接影響する問題である。
韓国
韓国の極地研究は、教育科学技術部傘下の海洋科学研究院に属する極地研究
所により行われてきた。この研究所は1999 年から中国の「雪龍」の北極観測
に同乗しているほか、2002 年にスバールバル諸島に「茶山北極科学基地」を
開設し、様々な国際研究プロジェクトに参加している64。2009 年12 月には、
韓国海洋大学内に北極海航路センターが設立した。2009 年には砕氷調査船「ア
ラオン」が就航し、海洋調査を行っている。また、2012 年7 月、海洋科学技
術院は拡大・改編され、国土海洋部傘下の特殊法人となった65。
近年、拡大しつつある北極海利用に伴い、当地域におけるプレゼンスを確保
するために、韓国は北極海政策を担当する体制と北極海戦略を整備している。
韓国国土海洋部は、2012 年、国家レベルの極地政策における政策ビジョンと
方向性を提示するための「極地政策先進化構想」を発表している。そこでは、
北極航路の開拓、海洋プラントおよび造船業の育成、資源開発への参画等、新
ビジネスモデルの開発、新成長分野の創出が目指されている。北極海における
資源開発のための施策も積極的で、2012年には「新北方政策」を掲げ、ロシア
Oct 4, 2010.
63 兵頭慎治「日露 2 プラス 2 開催へ 深化する安保協力の背景」
、WEDGE Infinity、2013
年 9 月 26 日。
64 海洋政策研究財団、
『北極海季報』第 4 号、2010 年 3 月、1 頁。
65 「最後の機会の地…韓日中の北極三国志」
『中央日報日本語版』
、2013 年 5 月 15 日。
57
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
をはじめとする北極海沿岸諸国との協力を推進している66。
2012 年9 月には、李明博大統領がノルウェー、グリーンランド、ロシア等
の北極海沿岸国を訪問し、資源開発および北極航路の開拓に向けた国家間協力
に合意する等、経済的利得獲得を中心として、北極圏への積極的に関与政策を
進めている67。
日本
わが国の北極への関与は、当初は科学調査が中心であった。国立極地研究所
は、北極圏環境研究センターを1990年に立上げ、1991年にはノルウェーのスバ
ールバル諸島に観測所を開設した68。海洋研究開発機構は、1991年から北極に
おける海洋調査を開始し、調査船「みらい」による観測航海を1998 年から開
始・継続している。2011年には、北極環境研究コンソーシアムが文科省によっ
て立ち上げられた69。
外務省は、2010年に省内横断的に北極問題に対応するため、「北極タスクフ
ォース」を設置し、2013年3月には北極担当大使を任命し70、5月のAC閣僚会
合に向けた体制を構築、オブザーバー国としての認定を受けている71。
国土交通省も2012年、「北極海航路に関する省内検討会」を立ち上げ、気候
変動の影響による北極海航路の利用の可能性について検討を進めている72。
これら北極海に関する課題と対処を総合的かつ戦略的に進めるため、昨年4
月に閣議決定された新たな海洋基本計画に基づき、7月に「北極海に係る諸課
題に対する関係省庁連絡会議」を設置し、海洋政策本部を中心に関係省庁の情
報共有と連携を進めている73。
66 大西 富士夫・黄 洗姫・長尾 賢「北極と非北極圏諸国」、海洋政策研究財団、
『北極
海季報』第 16 号、2013 年 3 月、56 頁。
67 同上
68 文部科学省
科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 地球観測推進部会 北
極研究検討作業部会、
「地球観測推進部会 北極研究検討作業部会報告書-中間とりまとめ
-」
、平成 22 年 8 月。
69 『外交』vol.22、2013 年 11 月号、66 頁。
70 外務省報道発表、
「北極担当大使の任命」
、平成 25 年 3 月 19 日。
71 外務省報道発表、
「我が国の北極評議会オブザーバー資格承認」平成 25 年 5 月 15 日。
72 国土交通省、報道・広報、
「北極海航路に関する省内検討会の設置について」
、平成 24
年8月2日
73 内閣官房総合海洋政策本部事務局「北極海に関する取組みについて」
、8 頁。
58
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
3 北極海における安全保障の類型化 -関係国の対立の構造-
これら各国の軍事動向の背景にある脅威認識と対立、協調の構造をどのよう
に整理すればよいのか。国際システムの変容と軍事力の役割を論じた山本の分
類を援用し、分析を試みる。
山本吉宣は安全保障を人間および人間の集団の核心的な価値を脅かす事象と
捉え、安全を脅かされるものと脅かすものとの組み合わせで分類し、伝統的な
安全保障、非伝統的安全保障、人間の安全保障など、多様な安全保障を示し、
それをモダン(近代)とかポスト・モダンという概念との関係で説明している。
そこでの議論は、安全保障の重点や軍隊の機能は、国際システムの特徴や構造
によって影響されるというものであり、安全保障は、国家と国家の武力を中心
としたモダン(近代)なものから多様化し、また国家からはなれ(たとえば、
国連)、さらに相手を軍事的に打ち破る(victory)ということから、治安とか安
定化という機能が顕著になり(ポスト・モダンの軍隊)、さらに、軍事力とは
まったく関係ない災害救助や防疫などの機能が注目されるようになる。
しかし、
中国などの新興国の台頭により、モダンな面とポスト・モダンな面との両方が
見られるポスト・モダン/モダンの複合体になっている、ということである74。
この思考に基づき、前章までで述べた各国の脅威認識、動向を分類すると、
下表のように整理できる。
74 山本吉宣、
「国際システムの変容と安全保障」
、
『海幹校戦略研究』第 1 巻第 2 号(通巻
第 2 号),2011 年 12 月.
59
2014 年 6 月(4-1)
海幹校戦略研究
非人間
脅かす
非国家
もの
気候変動、
国 家
地震、津波、
脅かさ
国 内
国 際
(恐慌)
れるもの
国
疫病、経済
家
A.
B.
C.
D.
伝統的安全
独立運動(グ
テロ、サイバ
融氷に伴う
保障
リーンラン
ー攻撃(石
災害等のリ
航行の自由
ド)
油・ガスプラ
スク増加
(米)VS 制
ント、パイプ
限(露、加)
ライン)
国家安全
保
障
核抑止(露)
VS ミサイル
防衛(米)
E.
F.
G.
H.
圧制
国内テロ
伝統的生活
環境・生活
非国家(国
(開発に伴
犯罪集団
の破壊(EU
の激変、破
人 間 の
内 )・ 個 人
う)
によるアザ
壊
安全保障
ラシ製品輸
入禁止政策)
表 北極海における安全保障の類型
出所:安全保障の類型(山本)を基に筆者作成
表内の分類に従って、対立の構図を説明する。
タイプA、狭義の国家安全保障については、航行方式に関する、ルール適用
の問題が生起している。例えば、カナダは1973 年に、北西航路域を内水と宣
言した。
ロシアも従来から、
シベリア沿岸の北極海航路を内水と主張しており、
また北東航路通過を企図する船舶に対し、夏季においてさえ、ロシア側への事
前通報とロシア砕氷艦によるエスコートを主張している75。米国と欧州連合は、
この航路は、あらゆる船舶が航行可能な、国際航行に使用される海峡であるべ
75
Conley, Kraut“U.S. Strategic Interests in the Arctic”, p 7.
60
2014 年 6 月(4-1)
海幹校戦略研究
きと反論している76。
またロシアが懸念する核抑止力の低下もここに属すものである。米海軍ロー
ドマップからもその懸念が杞憂でないと言えるが、現段階ではポーランドやチ
ェコへのBMD配備ほどの反発は見えない。さらに、氷海の下での潜水艦の対峙
や哨戒機の活動であるが、これらは冷戦期の作戦と同様であり、互いにルール
を守りつつ、国家としてのメッセージの伝達を務めていると評すべきであり、
そこには冷戦期に培われた偶発事故防止のノウハウが活きていると考えられる
77。
これらの国家間対立の動静を、2008年の段階では「いずれわれわれは軍事的
瀬戸際作戦に遭遇するかもしれない」と危惧していたボルガ-ソン(Scott
Borgerson)は、「悲観論者の予測を覆すかのように、周辺諸国は武力による威
嚇を回避し、協調路線をとり始めた。」と述べ、沿岸国は潜在的利益への期待
からACを中心とし、協調路線をとっていると分析している78。
ただし、域外大国の中国が、今後どのように関与するかによっては、ロシア
の反発にみられるような現象が予想される。
タイプBとしてはグリーンランドが資源開発を梃子に独立する可能性が指摘
できる。グリーンランド自治政府も積極的に海外からの開発協力に積極的であ
り、本国との摩擦の可能性は残る。
タイプCがロシアやカナダが最も懸念する問題であり、開発に伴う脆弱性増
加への対処が必要となってくる。ロシア国境警備隊のグリーンピースへの対抗
措置等がこれに分類できる。
しかし、
この種の脅威に対しては近年各国の協調、
協力が進んでおり、情報共有や共同対処する事が各国独自に対処するよりも有
効であるとの認識は高まりつつある。
タイプDは北極では温暖化に伴う融氷が典型であるが、その主要な要因であ
る温室効果ガス排出規制やブラックカーボン問題は北極圏諸国だけで解決でき
る問題ではなく、国連等で国際協調の下、解決されるべきとされている79。
ユニークなのが、タイプG:海生哺乳動物の保護問題と先住民の食生活・文
化の問題であり、カナダや他の沿岸諸国は、原住民の伝統的生活保護のため、
76
『北極海季報 創刊号』
、海洋政策研究財団、2009 年、2-3 頁。
David F. Winkler, "The Evolution and Signifi- cance of the 1972 Incident at Sea
Agreement”, The journal of Strategic studies, Vol.28, No.2, April 2005, pp. 362-364.
78 Borgerson, “The Coming Arctic Boom: As the Ice Melts, the Region Heats Up,”P 79.
79 Alex Boyd “Arctic Council heads to Kiruna next week”, Barents Observer. May 8,
2013.
77
61
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
アザラシ製品禁輸政策を採るEUの加盟に反対するという構図が見られる。こ
れは北極海特有の問題と言えよう80。
タイプHは気候変動や融氷の影響が世界の人々に影響するという、地球規模
の問題である。
以上の類型化から見て取れることは、世界の縮図のようにあらゆるカテゴリ
ーでの対立が存在するのが北極圏であるが、そのうち最も国家間紛争に直結し
やすいタイプAですら、国家間で協調する動きがあり、その背後には国際制度
が機能しているということである。
4 北極における多国間制度 -中核として機能する AC-
国際制度、レジームという用語は、論者により様々に定義されているが、山
81
本が整理したところによれば、国際制度はレジームよりも広義の概念であり 、
制度化が進んでいるかどうかの指標としては、規範の共有性、ルールの明確化・
82
体系化、機能的な分化等 がある。この観点から北極海の現状を分析してみる。
前述のように、様々な紛争の火種が見られる北極海において、この地域固有
の多数国間の合意(協定)は、目ぼしいものとしては1973 年にオスロで採択
された北極グマ協定くらいのものであった。他には、UNCLOS を中心とした
多数国間の条約と二国間の条約、そして慣習法からなる海洋法があげられる。
そのような中で、北極沿岸海域を適用範囲としている多数国間による一般的
な法的枠組みは、1996年のオタワ宣言で設立されたACであり83。沿岸国、非沿
岸国の思惑と利益確保の動きが交錯する北極海で、最も中心的な国際的枠組と
して注目される存在となっている。2013年5月には日本、中国、韓国等6カ国が
新たな常任オブザーバー国として認定された84。日本でも注目されたこの評議
会は、カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシ
ア、スウェーデン、米国が中心となる国際協議体で、北極圏における包括的な
Patricia Zengerle,“China granted observer seat on Arctic governing council”,
Reuters, May 15, 2013;アザラシ猟と EU の禁輸政策については、小林 友彦「
「EU に
よるアザラシ製品の輸入禁止」事件(カナダ対 EU)に係る WTO 紛争処理手続の動向 :
動物福祉と先住民の権利との相克?」
、
『商学討究』
、小樽商科大学、2011 年 7 月 25 日、
145-164 頁。
81 山本吉宣、
『国際レジームとガバナンス』
、有斐閣、2008 年、42 頁。
82 同上、52-53 頁。
83 池島大策「北極のガバナンス:多国間制度の現状と課題」、平成 24 年度外務省国際問
題調査研究・提言事業『北極のガバナンスと日本の外交戦略』、日本国際問題研究所、
2013 年、63 頁。
84 『日本経済新聞電子版』2013 年 5 月 15 日
80
62
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
環境問題及びガバナンス問題の中心的存在と高く評価されている85。前身は北
極 圏 の 環 境 保 護 を 目 的 と す る 「 北 極 圏 環 境 保 護 戦 略 ( AEPS : Arctic
Environmental Protection Strategy、1989年設立、参加国は現AC加盟国と同
じ)」であり、「オタワ宣言」(Declaration on the Establishment of the Arctic
Council)(1996年9月19日)に基づき、ハイレベルの政府間協議体として設立
された86。目的は、北極圏に係る共通の課題(持続可能な開発、環境保護等)
に関し、先住民社会やNGOの関与を得つつ、北極圏諸国間の協力・調和・交流
を促進することであったが、近年安全保障にも目を向け始めたとされている87。
他方、沿岸 5 カ国の間では、融氷が現実味を帯びるにつれ、排他的経済水域・
大陸棚延伸が重要な問題となり、権利擁護のための軍事力・主権誇示活動が活
発化し、一時的に緊張が高まった88。その後、沿岸 5 カ国で協議し、2008 年グ
リ ー ン ラ ン ド の イ ルリ サット で 開催 された 「 北極 海 会 議 (Arctic Ocean
Conference)」では、北極海沿岸諸国は、北極海の紛争解決には国連海洋法条約
を含む既存の国際法に則ること、南極条約のような包括的な新たな枠組みを拒
否すること等で合意し「イルリサット宣言(Ilulissat Declaration)を採択すると
ともに89、AC を支持することで合意した90。
この AC が制度として機能していることは、2 年に一度の閣僚会合
(Ministerial Meeting)、年最低二回の高級実務者会合(SAO:Senior Arctic
Officials)が実施され、かつ分野別作業部会(WG:Working Group)として北極圏
汚染物質行動計画作業部会(ACAP:The Arctic Contaminant Action Program)
や 北 極 圏 監 視 評 価 プ ロ グ ラ ム 作 業 部 会 (AMAP:Arctic Monitoring and
Assesment Proguram)といった機能別の分化、定期的な活動も実施されている
こと 91 、その成果として、2011 年の北極圏における捜索救難協定(Arctic
Search-and-Rescue Agreement)や、2013 年の北極海油汚染対策協定(Arctic
85 Conley, Kraut“U.S. Strategic Interests in the Arctic”p 13.
;O'Rourke,“Changes in
the Arctic”, p 35.
86 Arctic Council HP.
87 外交政策分析研究所のチャールズ・ペリー副所長に、ハーバード大学客員研究員の吉
田信三氏が、北極海に対するアメリカの戦略についてインタビューした際の発言(2010
年 11 月)
。
『北極海季報 第 7 号』
(2010 年 12 月)
、41 頁。
88 大西富士夫「北極における地域協力」『北極海季報
第 16 号』、海洋政策研究財団、
2013 年、51 頁。
89 THE ILULISSAT DECLARATION. ARCTIC OCEAN CONFERENCE.
ILULISSAT, GREENLAND, 27-29 MAY 2008;Brooks B. Yeager,“The Ilulissat
Declaration: Background and Implications for Arctic Governance”, November 5, 2008,
Prepared for the Aspen Dialogue and Commission on Arctic Climate hange,
90 Borgerson,,“The Coming Arctic Boom, As the Ice Melts, the Region Heats Up”, p 79,
91 外務省 HP、
「北極評議会(AC:Arctic Council)概要、平成 26 年 4 月。
63
2014 年 6 月(4-1)
海幹校戦略研究
Marine Oil Pollution Preparedness and Response Agreement)が条約として
締結されたことにより理解できる92。
また、SAR における共同の深化や情報共有のため、AC メンバー8 カ国を中
心とする、軍首脳が一同に介する北極圏安全保障軍事会議(Arctic Security
Forces Roundtable:ASFR)が、ほぼ毎年開催されており、国際協調のプラッ
トフォームとして機能しつつある93。
SIPRI の報告によれば、北極における各国の軍事力近代化・強化は脅威への
対応と言うより、新たな政治・経済・環境変化への対応と読むべきであると結
論づけている94。
同様に安全保障化が進んでいるのか、軍事化が進行しているのかを議論した
ミエールの研究では、能力よりも意図に注目すべきであるとし、ロシアやカナ
ダの軍事的な能力強化は、武力行使に備える意図よりもアクセスが増加による
不安定化を防ぐための、安全保障の側面が強いものであるとし、AC での協調
や ASFR のような軍同士の関係強化、信頼醸成を地域の安全保障機構の一種と
して捉え、協調可能性を説明している95。
米シンクタンクCNASの報告書でも同様に「北極諸国はルールに則って安全
保障問題を解決する姿勢が強く、紛争が生起しそうには無い。」と評価してい
る96。
このように現状を分析した池島は、
北極の現状においては、AC という既存の枠組みの内部で作成される一定のガバン
ナンスのための秩序と、AC の外で場合によってはIMO などの国際機関を通じて
(その協同作業ともいうべき形で)実現される体系とが相互に併存しながら、沿岸
国を始めとした関係諸国の意思に沿った形で、現実の要請にこたえる試みが行われ
てきている97。
Charlene Porter, “Arctic Nations Plan for Spills, Environmental Change”, May 10
2013, International Information Programs, U.S. Department of State
93 Matthew Willis, “The Arctic Council: Underpinning Stability in the Arctic”, The
Arctic Institute, March 26, 2013.
94 Siemin T. Wezemwn, “Military capabilities in the Arctic”, SIPRI background Paper,
March 2012, p. 14.
95 Christian Le Miére, “Arctic Double speak?”, U.S. Naval Institute, Proceedings
Magazine , July 2013 Vol. 139/7/1,325, pp. 36-37.
96 James Kraska and Betsy Baker“Emerging Arctic Security Challenges,” Center for
a New American Security, 2014 March, p. 2.
97 池島「北極のガバナンス:多国間制度の現状と課題」、73 頁
92
64
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
と評価している。
また、冷戦時代の 1972 年に、海上における軍用機、軍艦の偶発事故を防止
*98
するために締結された米ソ海上事故防止協定
はその後、ソ連・ロシアとカナ
ダ、ノルウェー、韓国、日本といった国々での間で締結され、知識、意識が共
有され、ひとつの制度として機能している99。
このように、北極においては国家間対立も含め、交渉のプラットフォームの
中心として AC が機能し、その他にも交渉や協調の枠組みがカテゴリー毎に活
動している。これらの現状から、北極においては多国間制度が機能しており、
国家間の武力衝突が生起しにくい環境となっていると言えよう。ただし、これ
は予測可能な国々との間だけの状況であり、域外大国として中国が、既存のル
ールに挑戦するような事態があれば、予測不可能な事態の生起も考えられる。
おわりに
北極海の安全保障問題は、世界的なレベルで見れば、北極海を巡るルール作
り、制度の問題である。我が国は AC オブザーバー国としての認定を機に、過
去の科学調査の実績や環境問題への積極的な貢献を梃子に、今後検討され進め
られるであろう各分野におけるルール作りに積極的に参画し、海洋秩序の維持
に貢献することが重要である。
その際留意すべきは、域外国として、露骨な資源獲得活動や沿岸国の主張を
逆なでするような姿勢は避け、既存の制度や枠組み・主張を尊重する制度内優
等生を演じつつ影響力の確保を図るべきである。
一方、中露の角逐の場となりつつある我が国周辺海域から北極海に至る海域
では、モダン国家同士の伝統的安全保障問題の顕在化が懸念される。ここでは
ISR 能力の向上、関係国との情報交換制度等の活用等も図り、シームレスに対
処できる体/態勢を維持することにより、武力衝突を諫止100(dissuasion)、抑止
すべきであろう。
98 “Incidents at Sea Agreement”;INCSEA;米国務省 HP、“Agreement between the
Government of The United States of America and the Government of The Union of
Soviet Socialist republics on the Prevention of Incidents On and Over the High Seas”,
http://www.state.gov/t/ac/trt/4791.htm、Jun 4.2008.
99 石原敬浩、
「
「わが国の海洋戦略について」-海上事故防止協定(INCSEA)の国際制度
化を中心として-」兵術同好会、
『波濤』2010 年 11 月号、通巻 211 号、23-25 頁
100 武力を使う気になっていない段階で思いとどまらせる努力
65
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
武器輸出三原則の緩和と国民の意識
― 「平和国家」と「武器輸出三原則」とのリンクの変化 ―
櫻井 猛
はじめに
世界有数の武器輸入国であり、かつ世界第 3 位の軍事費を有し、自国の武器
保有を肯定する日本は、一方で「平和国家」として武器輸出には厳しい制約を
自らに課している。
「武器輸出三原則」は、1967 年 4 月に佐藤総理大臣が政策
として表明して以来、国会における議論を通じてその具体化が図られてきた1。
佐藤内閣で政策化された武器輸出三原則は、1976 年 2 月に三木内閣におけ
る政府統一見解で部分的強化が施された。その一方、1983 年 1 月に中曽根内
閣で米国に対して「緩和」され2、更に 2011 年 12 月に野田内閣で「平和貢献・
国際協力に伴う案件」及び「日本の安全保障に資する防衛装備品等の国際共同
開発・生産に伴う案件」は「包括的に緩和」された3。また、2013 年 3 月には、
安倍内閣で米国等の 9 か国によって開発中の最新鋭戦闘機 F-35 に使用される
日本製部品の輸出を武器輸出三原則の例外として認める「緩和」の決定がなさ
れた4。
この F-35 は中東紛争に関わってきたイスラエルもユーザー国となる予定で
あり、これにより、これまでの武器輸出三原則の目的とされてきた「国際紛争
等を助長することを回避する」という「平和国家」としての基本理念に影響を
及ぼすことが懸念されている5。武器輸出三原則が制定された背景には、それぞ
れの時期において政権の基盤が不安定であったという政治的要因と、国民の世
論や野党が日本の武器輸出を許さないという厳しい意見を持ち、それを表明し
櫻川明巧「日本の武器禁輸政策」
『国際政治』第 108 号、1995 年 3 月、84 頁。
『読売新聞』1983 年 1 月 14 日(夕刊)
;
『朝日新聞』1983 年 1 月 14 日(夕刊)
;
『毎
日新聞』1983 年 1 月 14 日(夕刊)
。
3 『読売新聞』2011 年 12 月 27 日(夕刊)
;
『朝日新聞』2011 年 12 月 27 日(夕刊)
;
『毎
日新聞』2011 年 12 月 27 日(夕刊)
。
4 『読売新聞』2013 年 3 月 1 日(夕刊)
;
『朝日新聞』2013 年 3 月 1 日(夕刊)
;
『毎日
新聞』2013 年 3 月 1 日(夕刊)
。
5 『朝日新聞』2013 年 3 月 2 日;
『毎日新聞』2013 年 3 月 2 日。
1
2
66
2014 年 6 月(4-1)
海幹校戦略研究
てきた社会的要因があったとする指摘がある6。1983 年に中曽根内閣が米国向
けに「緩和」した際には、国会の空転及び激しい国会論戦がなされるとともに、
世論や主要な新聞各社も「平和国家」として「緩和」に反対する姿勢を示した。
しかし、その後の「緩和」については国会における激しい論戦もなく、今回の
F-35 に関する「緩和」についての主要な新聞各社の賛否は両論(賛成:読売・
産経、反対:朝日・毎日)であった。そして、その「緩和」に否定的な社是の
毎日新聞が実施した世論調査では、「緩和」に「賛成」が半数を超える結果と
なり、これまでの「武器輸出三原則」に関する国民の意識に大きな変化が見ら
れた7。
本稿は、国民の意識形成に最も影響を与えると同時に、それを反映するもの
として国会における議論及び新聞報道に注目した。それぞれにおいて「平和国
家」として「武器輸出三原則」がどのように扱われ、その根底に流れる国民の
意識がどのように変化していったのかを、日本にとって大きな転換点となった
対米武器技術供与(1983 年 1 月)から現在(2013 年 6 月)まで時系列的に考
察する。そして、北朝鮮の弾道ミサイルに対する脅威、防衛装備品等の国際共
同開発のすう勢などの国際安全保障環境の変化に伴う、日米同盟の深化及び国
際協調の必要性が国民の「平和国家」と「武器輸出三原則」とのリンクの意識
を弱めたことを仮説として立証する。
過去の研究において、武器輸出三原則に関する国会議論及び新聞報道を分析
し、国民の意識の変化との相関関係を論じたものは見当たらない。まもなく戦
後 70 年となり改憲議論が熱を帯びてきたこの時期に、戦後日本の出発点に捉
えられた考え方であり、一部の国民には非核三原則と並んで日本の国是と認識
されてきた武器輸出三原則に対する国民の意識の変化を見ることは意義深いこ
とではなかろうか。
第 1 節では、武器輸出三原則が表明されてから最終形成されるまでの変遷を
確認し、第 2 節では、国会(衆議院本会議及び予算委員会)における武器輸出
三原則に関する議論の出現頻度及びその内容を分析する。そして、第 3 節では、
新聞報道を分析し、武器輸出三原則に関する国民の意識の変化との相関関係を
整理する。
なお、1967 年 4 月に佐藤総理大臣が表明した武器輸出三原則に、1976 年 2
松村博行「武器輸出 3 原則の緩和を巡る一考察」
『立命館平和研究』第 6 号、2005 年 3
月、120 頁。
7 『毎日新聞』2013 年 3 月 18 日。
6
67
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
月の三木内閣の政府統一見解を合わせて「武器輸出三原則等」というが8、本稿
では、三木内閣の政府統一見解も合わせて「武器輸出三原則」と呼称する。ま
た、本稿では、国会における国会議員の武器輸出三原則に関する質問及び答弁
は、NHK の国会中継などを通じて国民の意識形成に直接的な影響を与えると
考えられることから、筆者の解釈を付加せずに、国会会議録の表記からそのま
ま引用する。
1 武器輸出三原則の成立過程
本節では、平和主義を根幹とした武器輸出三原則が佐藤総理大臣によって表
明されてから、三木内閣における部分的強化を経て、国民を代表する国会決議
に帰着し、最終形成されるまでの変遷を確認する。
(1) 武器輸出三原則の表明
朝鮮特需を契機に再生したといわれる日本の防衛産業は、朝鮮特需の縮小に
伴って、海外への武器輸出に目を向けるようになる9。そして、1960 年代には、
自衛隊の武器の生産を担った防衛産業は量産効果などを理由に武器の輸出促進
を政府に要望するようになったが、この時、防衛産業の動きをけん制したのは
国民の世論の声であり、また、それを背景に政治的影響力を発揮した社会党で
あった10。
このような防衛産業界の動きは、それまで散発的であった武器輸出をめぐる
国会議論を本格化させ、第 55 回国会(1967 年 2 月 15 日召集)から、議論は
高まりを見せた11。4 月 2 日の衆議院決算委員会において、社会党の華山議員
は、東大が開発したペンシルロケットがインドネシア、ユーゴスラビアへ輸出
された問題を取り上げた。そして、平和に徹する日本国憲法の精神から考える
と、日本において開発し、製造された武器が輸出されるのは絶対にやめるべき
とし、
平和憲法と武器輸出の整合性に関して政府の見解を次のように追求した。
とにかく世界の平和、できるだけ戦争は国際的になくそう、こういう立場に立ちな
佐藤茂樹議員『第 177 回国会衆議院予算委員会議録』第 28 号(平成 23 年 8 月 8 日)
、
25 頁。
9 櫻川「日本の武器禁輸政策」85 頁。
10 松村「武器輸出 3 原則の緩和を巡る一考察」119 頁。
11 櫻川「日本の武器禁輸政策」86 頁。
8
68
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
がら、戦争のために使われるものを日本から輸出するというふうなことは、これは私
は絶対にやるべきではない。何のためにやる。何のために輸出するか12。
これに対して佐藤総理大臣は、
防衛のために、また自国の自衛力整備のために使われるものならば差しつかえない
のではないか、かように私は申しておるのであります。輸出貿易管理令で特に制限を
して、こういう場合は送ってはならぬという場合があります。それはいま申し上げま
したように、戦争をしている国、あるいはまた共産国向けの場合、あるいは国連決議
により武器等の輸出の禁止がされている国向けの場合、それとただいま国際紛争中の
当事国またはそのおそれのある国向け、こういうのは輸出してはならない13。
と答弁し、日本は平和国家として輸出貿易管理令並びにその運用により、武器
は無制限に輸出しないことを確認した14。これがいわゆる佐藤総理大臣が表明
した武器輸出三原則である。また、4 月 26 日の衆議院予算委員会において、佐
藤総理大臣は、
社会党の淡谷議員から武器輸出に関する政府の見解を質問され、
次のように答弁するなど、この時期の国会答弁からは政府の武器輸出に対する
消極的な姿勢を伺うこともできる。
私は、最初から輸出の用に武器をつくる、こういうことはさせない。しかし、いま
国産を許しておるもの、これは自衛隊で使うのが本来の趣旨でございます。しかし、
その設備に余力がある、こういう場合に、生産したものを外国へ送り出す、それが輸
出貿易管理令、この運用上差しつかえないものと、こういうように考えております15。
(2) 武器輸出三原則の政府統一見解
1973 年の第一次石油危機を発端とする石油価格急騰によって、国際経済は長
期にわたって経済的不況と物価高騰のインフレ状況となったため、防衛産業界
からは海外に需要を求めて、武器輸出三原則の緩和を求める声が高まっていっ
12
13
14
15
『第 55 回衆議院決算委員会議録』第 5 号(昭和 42 年 4 月 21 日)
、10 頁。
同上。
『第 55 回衆議院予算委員会議録』第 14 号(昭和 42 年 4 月 26 日)
、7 頁。
同上。
69
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
た16。そして、この緩和を求める要請は大きく新聞報道された17。
第 77 回国会(1975 年 12 月 27 日召集)では、武器の定義を巡って議論は紛
糾し、戦闘用ではない航空機(救難飛行艇 US-1 及び輸送機 C-1)の輸出許可
の要望に理解を示す通産省と、武器の定義の明確化を求める野党との間で激し
い議論が繰り広げられた18。
最終的に、
2 月 27 日の衆議院予算委員会において、
三木内閣は事態収拾のため、野党の要求に応じるかたちで武器輸出に関する政
府統一見解を表明することとなった19。その内容は、次のとおりであり、この
政府統一見解では、新たに三原則対象地域以外の国についても武器輸出を「慎
む」として、以後、武器は原則輸出禁止とされた20。
一、政府の方針
「武器」の輸出については、平和国家としての我が国の立場から、それによって国
際紛争等を助長することを回避するため、政府としては、従来から慎重に対処してお
り、今後とも、次の方針により処理するものとし、その輸出を促進することはしない。
(一) 三原則対象地域については、
「武器」の輸出を認めない。
(二) 三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理
法の精神にのっとり、
「武器」の輸出を慎むものとする。
(三) 武器製造関連設備(輸出貿易管理令別表第一の第百九の項など)の輸出につ
いては、
「武器」に準じて取り扱うものとする。
(中略)
これが武器輸出についての政府の統一見解であります21。
また、第 77 回国会では、衆議院本会議及び予算委員会において次のような
武器輸出に関する質問及び答弁がなされており、政府及び与党内にも、平和国
家として武器輸出に対する消極的な姿勢を伺うことができる。
新聞によれば、欧米諸国の一部で、不況を克服するために、開発途上国に対する武
田家朋子「武器輸出三原則の形成と歴史的展開」
『RESERCH BUREAU 論究』第 6
号、2009 年 12 月、104 頁。
17 『読売新聞』1975 年 12 月 4 日(夕刊)
。
18 渡部一郎議員『第 77 回衆議院予算委員会議録』第 5 号(昭和 51 年 2 月 2 日)
、13-14
頁;正木良明議員同第 7 号(昭和 51 年 2 月 4 日)
、1-3 頁。
19 松村「武器輸出 3 原則の緩和を巡る一考察」120 頁。
20 防衛庁編『防衛白書』第 6 部、平成 16 年度版、346 頁。
21 『第 77 回衆議院予算委員会議録』第 18 号(昭和 51 年 2 月 27 日)
、17 頁。
16
70
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
器の輸出を積極的に行っているということであります。わが国の一部にも、武器輸出
禁止の緩和を求める向きもあるやに伝えられておりますが、少なくとも殺傷兵器の輸
出については、他国民の血液で自国の不況克服をあがなうものと言うべきでありまし
て、この機会にこの問題に対する政府の見解を明らかにしていただきたいのでありま
(自民党 石田博英議員)
す22。
軍需産業を輸出産業として育成する考えはないんだ、また地域紛争をそのことによ
ってあおるような立場はとらない。平和国家としての日本の当然の姿勢としてそうあ
るべきでありますから、三原則というものを厳重に解釈をいたしまして、そうしてい
やしくもそのことが地域的なものであっても紛争を激化さすような場合には、その許
可というものはきわめて慎重な態度をとる23。
(内閣総理大臣 三木武夫)
(3) 武器輸出問題等に関する国会決議
1981 年 1 月、新聞報道により大阪の商社堀田ハガネによる韓国への武器半
製品輸出問題が発覚した24。この問題を重視した野党は、武器輸出三原則の実
効性を問う問題であるとして、国会において再三にわたり武器輸出禁止法の制
定を求めた25。しかし、鈴木内閣は、次の答弁のように新規法律を制定する意
思がないことを繰り返し、現行制度の運用強化で対応することを強調した。
日本が平和国家としての立場からいたしまして、紛争を助長するような武器の輸出
は、これを武器三原則及び昭和五十一年二月二十七日の政府方針に基づいて厳格に、
適正に行っていかなければならない、そのように考えておりまして、今後におきまし
てもチェックその他を十分、一層適正にいたしまして、この趣旨が徹底いたしますよ
うにやってまいりたい、こう考えております26。
また、そうした議論の中で、2 月 14 日の衆議院予算委員会において、田中六
助通商産業大臣は、民社党の大内議員から三原則対象地域以外の地域への武器
輸出を「慎む」という意味を問われた。そして、同大臣は、
「
『慎む』というこ
『第 77 回衆議院会議録』第 3 号(昭和 51 年 1 月 26 日)
、9 頁。
『第 77 回衆議院予算委員会議録』第 9 号(昭和 51 年 2 月 6 日)
、5 頁。
24 『読売新聞』1981 年 1 月 3 日。
25 武藤山治議員『第 94 回衆議院予算委員会議録』第 2 号(昭和 56 年 2 月 2 日)
、12-13
頁。
26 『第 94 回衆議院予算委員会議録』第 7 号(昭和 56 年 2 月 10 日)
、4 頁。
22
23
71
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
とは、やはり原則としてはだめだということ」であると答弁し、武器輸出につ
いて否定的な見解を明確にした27。さらに、別の問題として、公明党の坂井議
員から武器技術の輸出及び武器の国際共同開発についての政府の見解を質問さ
れ、同大臣は、武器技術及び国際共同開発についても「武器輸出三原則」に沿
って対応していくことを明確にした28。このような議論の後、衆議院及び参議
院の本会議において、堀田ハガネ問題と同様の事案の再発防止及び武器輸出規
制をより徹底させる趣旨から、自民党、社会党、公明党・国民会議、民社党・
国民連合、
共産党、
新自由クラブ及び社民連の 7 党共同提案で決議案を提出し、
全会一致で可決した。
なお、決議案の全文は、次のとおりである。
武器輸出問題等に関する決議
わが国は、日本国憲法の理念である平和国家としての立場をふまえ、武器輸出三原
則並びに昭和五十一年政府統一方針に基づいて、武器輸出について慎重に対処してき
たところである。しかるに、近時右方針に反した事例を生じたことは遺憾である。よ
って政府は、武器輸出について、厳正かつ慎重な態度をもって対処すると共に制度上
の改善を含め実効ある措置を講ずべきである。
右決議する29。
このように武器輸出三原則は、それぞれの時期の国会における様々な答弁等
に見られるように、
「平和国家」の原理・原則として位置づけられ、その後、こ
の理念は国民の意識に定着していくこととなる30。
2 武器輸出三原則の緩和をめぐる国会議論の分析
本節では、衆議院本会議及び予算委員会における武器輸出三原則の緩和をめ
ぐる議論の出現頻度を整理するとともに、その議論の内容について分析する。
日本国憲法において、国会は国権の最高機関であって、国民の代表機関とし
ての性格を有すると定められている。すなわち、本来、国会は国民の声が反映
27
28
29
30
『第 94 回衆議院予算委員会議録』第 8 号(昭和 56 年 2 月 14 日)
、30 頁。
同上第 9 号(昭和 56 年 2 月 16 日)
、30-34 頁。
『第 94 回衆議院会議録』第 11 号(昭和 56 年 3 月 20 日)
、1 頁。
『読売新聞』1988 年 8 月 1 日(夕刊)
。
72
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
される場であり、制度的には少なくともそのように機能しなければならない。
他方、国会の衆議院本会議及び予算委員会では、国政の重要事項について審議
が行われるため、テレビ中継が行われることも多く、そこでの議論は国民の声
(意識形成)に影響を及ぼすことにもなる。衆議院本会議及び予算委員会にお
いて武器輸出三原則の緩和が議論の対象になったということは、
「武器輸出三原
則」という政策が「平和国家」としての原理・原則として重要であり、そのリ
ンクが強かったことを示すものであろう。
なお、政府がこれまで例外化措置を講じるとして武器輸出三原則を緩和した
主な案件(国際平和協力、人道支援、国際テロ・海賊問題等への対処といった
案件は除く。
)は、表 1 のとおりであり、その都度、国民に対して官房長官談
話が発表されている31。
・対米武器技術供与(1983 年 1 月)
・弾道ミサイル防衛の日米共同開発・生産(2004 年 12 月)
・防衛装備品等の国際共同開発・生産(2011 年 12 月)
・F-35 の製造等に係る国内企業の参画(2013 年 3 月)
表 1 武器輸出三原則を緩和した主な案件
(1) 武器輸出三原則の緩和をめぐる議論の出現頻度の分析
衆議院本会議における対米武器技術供与に関する案件は、第 095 回(1981
年 9 月 24 日召集)から第 098 回(1982 年 12 月 28 日召集)までの 4 回の国
会回次で取り上げられ、与野党からの質問及び答弁は 20 回である。また、弾
道ミサイル防衛の日米共同開発・生産の案件は、第 159 回(2004 年 1 月 19 日
召集)の 1 回の国会回次で与野党からの質問及び答弁は 4 回、防衛装備品等の
国際共同開発・生産の案件は、第 177 回(2011 年 1 月 24 日召集)から第 180
回(2012 年 1 月 24 日召集)までの 4 回の国会回次で与野党からの質問及び答
弁は 8 回である。しかし、F-35 の製造等に係る国内企業の参画の案件は、全く
取り上げられていない。
なお、武器輸出三原則を緩和した案件ごとの与野党の質問及び答弁の回数は、
表 2 のとおりである。
31 『朝日新聞』1983 年 1 月 14 日(夕刊)
;
『朝日新聞』2004 年 12 月 10 日(夕刊)
;
『朝
日新聞』2011 年 12 月 27 日(夕刊)
;
『朝日新聞』2013 年 3 月 1 日(夕刊)
。
73
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
案 件
回次 自民党 社会党 公明党 共産党 民社党
-
-
-
095
1
1
-
-
096
1
1
1
対米武器技術供与
-
097
1
1
1
-
098
1
4
2
3
計
1
7
4
4
2
弾道ミサイル防衛の日米共同開発・生産 159
-
-
1
1
1
-
-
-
177
1
1
-
-
-
178
1
1
防衛装備品等の国際共同開発・生産 179
-
-
-
-
1
-
-
-
180
1
2
計
-
2
2
2
2
-
-
-
-
-
F-35の製造等に係る国内企業の参画 183
新自由クラブ
民主党
-
1
-
1
2
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
1
-
-
-
-
-
-
計
2
4
3
11
20
4
2
2
1
3
8
0
注1)調査要領
国立国会図書館の国会会議録検索システムを使用(検索キーワード:武器)
注2)回数は、各回次で武器輸出三原則に関する質問及び答弁した号数を示す。
注3)社会党の発言回数は、159回次以降は社民党の発言回数を示す。
表 2 衆議院本会議における質問及び答弁の回数(単位:回)
次に、衆議院予算委員会における対米武器技術供与に関する案件は、第 096
回(1981 年 12 月 21 日召集)から第 101 回(1983 年 12 月 26 日召集)まで
の 4 回の国会回次で取り上げられ、
与野党からの質問及び答弁は 40 回である。
また、弾道ミサイル防衛の日米共同開発・生産の案件は、第 159 回(2004 年 1
月 19 日召集)のみの 1 回の国会回次で与野党からの質問及び答弁は 3 回、防
衛装備品等の国際共同開発・生産の案件は、第 171 回(2009 年 1 月 5 日召集)
から第 180 回(2012 年 1 月 24 日召集)までの 6 回の国会回次で与野党からの
質問及び答弁は 18 回である。しかし、F-35 の製造等に係る国内企業の参画の
案件は、第 183 回(2013 年 1 月 28 日召集)の 1 回の国会回次で与野党からの
質問及び答弁はわずか 2 回のみで、質問及び答弁の内容は自民党の岩屋議員及
び民主党の前原議員から、その緩和を評価するものであった。
なお、武器輸出三原則を緩和した案件ごとの与野党の質問及び答弁の回数は、
表 3 のとおりである。
案 件
回次 自民党 社会党 公明党 共産党 民社党
096
1
6
2
2
2
-
-
-
-
-
097
対米武器技術供与
098
-
7
4
3
2
-
-
101
4
1
1
計
1
17
7
5
5
-
-
-
-
-
弾道ミサイル防衛の日米共同開発・生産 159
-
-
-
-
-
171
174
1
-
-
1
-
-
-
-
176
1
1
防衛装備品等の国際共同開発・生産 177
-
-
-
1
2
-
-
-
-
179
1
180
1
1
1
2
-
計
-
7
2
3
3
-
-
-
-
1
F-35の製造等に係る国内企業の参画 183
新自由クラブ
社民連
みんなの党
民主党
-
-
2
-
2
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
1
2
-
3
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
1
-
-
-
-
-
-
3
1
-
-
-
-
1
2
1
注1)調査要領
国立国会図書館の国会会議録検索システムを使用(検索キーワード:武器)
注2)回数は、各回次で武器輸出三原則に関する質問及び答弁した号数を示す。
注3)社会党の発言回数は、159回次以降は社民党の発言回数を示す。
表 3 衆議院予算委員会における質問及び答弁の回数(単位:回)
74
計
13
1
20
6
40
3
1
2
2
3
1
6
18
2
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
衆議院本会議及び予算委員会における武器輸出三原則の緩和をめぐる質問
及び答弁の出現頻度で特徴的なのは、実際の武器輸出三原則の緩和に従って、
その議論の回数が減少していること、特に野党が議論の対象として取り上げた
回数が著しく減少していることである。防衛装備品等の国際共同開発・生産の
案件では、衆議院予算委員会において武器輸出三原則の緩和を肯定する自民党
及び民主党の回数と緩和に反対する野党の回数がほぼ同数である。また、F-35
の製造等に係る国内企業の参画の案件では、衆議院本会議では議論の対象とな
っておらず、また、予算委員会でも緩和を評価する議論が中心で、反対する議
論は見られない。
このような国会における武器輸出三原則の緩和をめぐる議論の出現頻度は、
国会において自民党や民主党の主張が主流となった証左ではないか。そして、
「緩和」に否定的な社是の毎日新聞が実施した世論調査に見られるように、弾
道ミサイル防衛の日米共同開発・生産、防衛装備品等の国際共同開発・生産な
どの緩和の必要性、
すなわち日米同盟の深化及び国際協調の必要性が国民の
「平
和国家」と「武器輸出三原則」とのリンクの意識を徐々に弱めていったことを
示唆している32。
(2) 武器輸出三原則の緩和をめぐる国会議論の状況分析
ア 対米武器技術供与
対米武器技術供与の案件は、武器輸出問題等に関する国会決議の余韻の残る
1981 年 6 月末、日本の技術力向上及び日米経済摩擦を背景に、米国から日米
間の武器技術を相互交流にすべきであるとの要請を受け、武器輸出三原則に関
して新たな問題を提起したものであった33。そして 1983 年 1 月、中曽根内閣
は、鈴木前総理以来、日米間の懸案であった武器技術の対米供与について、米
国の要請に応じる決定を下した。第 98 回衆議院本会議における中曽根総理大
臣の武器輸出三原則の緩和に関する施政方針演説は、次のとおりである。
政府は、防衛分野における米国との技術の相互交流を図ることが、日米安全保障体
制の効果的運用を確保する上できわめて重要となっていることにかんがみ、このたび
相互交流の一環として、日米相互防衛援助協定の関連規定に基づく枠組みのもとで米
国に対し武器技術を供与する道を開くこととし、その供与に当たっては、武器輸出三
32
33
『毎日新聞』2013 年 3 月 18 日。
櫻川「日本の武器禁輸政策」92 頁;
『朝日新聞』1981 年 1 月 3 日。
75
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
原則等によらないこととすることを決定いたしました34。
この案件では、前述の出現頻度の分析のとおり、連日、国会では野党の厳し
い追及が展開され、政府はその対応に追われ国会の空転が続いた35。特に、衆
議院本会議における野党の対米武器技術供与に反対する主張には、武器輸出三
原則に触れる際には、必ずといってよいほど「平和」という言葉を使っており、
国是である非核三原則と同列に位置付ける発言やイデオロギー的な発言が次の
ように多く展開された。そして、当時の日本国民の安全保障を忌避する意識と
共鳴し、国民は対米武器技術供与に反対する野党の主張を支持した36。すなわ
ち、これは、国民に武器輸出三原則の考えが定着し、国民の「平和国家」と「武
器輸出三原則」とのリンクの意識が強かったことの現れと見ることができる。
総理、日本とアジアの平和を守るためには、日本の国是である非核三原則、武器輸
出禁止の原則を堅持し、平和外交に徹すべきであります37。
(社会党 飛鳥田一雄議員)
武器輸出禁止三原則は、非核三原則と並び日本の平和政策原則の重要な柱であり、
この二つの原則によって平和に徹する日本の姿勢を内外に明らかにしてきたわけであ
ります38。
(公明党 竹入義勝議員)
わが国の平和憲法の存在であるとか、非核三原則、武器輸出禁止の問題等について、
こうした問題の理解のない論評が今日でも広く行われているのは、まことに残念なこ
とであります。
(中略)アメリカを初めとする先進各国の援助があったとはいえ、焼け
跡の中から立ち上がり、ひたすら働き続けてきた国民の血と汗のにじむ努力、商品の
優秀さ、困難な状況を乗り越え、絶えざる活動を続けている人たちについて、まず政
府が正しく認識をするべきであります39。
(新自由クラブ 河野洋平議員)
イ 弾道ミサイル防衛の日米共同開発・生産
朝鮮半島情勢など周辺の安全保障環境の変化や軍事技術の進展に合わせて、
34
35
36
37
38
39
『第 98 回衆議院会議録』第 2 号(昭和 58 年 1 月 24 日)
、2 頁。
『毎日新聞』1983 年 2 月 14 日。
『読売新聞』1983 年 2 月 21 日。
『第 97 回衆議院会議録』第 4 号(昭和 57 年 12 月 8 日)
、2 頁。
『第 98 回衆議院会議録』第 4 号(昭和 58 年 1 月 28 日)
、2 頁。
『第 96 回衆議院会議録』第 4 号(昭和 57 年 1 月 28 日)
、19 頁。
76
2014 年 6 月(4-1)
海幹校戦略研究
武器輸出三原則は更に緩和されることとなり、
「平和国家」とのリンクが弱まっ
ていくこととなる。
1998 年 8 月、日本列島越えに発射された朝鮮民主主義人民共和国のミサイ
ルは、日本全体を射程に収めるばかりか、アラスカやハワイにも届くほどの性
能を有していることが判明し、国民に弾道ミサイルへの対抗手段の必要性を痛
感させた。1998 年 12 月、政府は、弾道ミサイル防衛構想の日米共同技術研究
に着手することを正式に決定した40。その後、2004 年 12 月、政府は、官房長
官談話において、弾道ミサイルにかかわる輸出については、日米安全保障体制
の効果的な運用に寄与し、日本の安全保障に資するとした上で、厳格な管理を
行うことを前提で武器輸出三原則によらないこととする旨を発表した41。
この時期の国会議論で注目されるのは、これまで武器輸出三原則の緩和に否
定的な姿勢を表明してきた公明党の神崎議員の次のような発言であり、また、
国会において緩和に反対する議論が少ないことである。
大量破壊兵器が拡散している今日の状況を考えると、国民の生命と財産を守るため
に弾道ミサイル防衛構想を推進することはやぶさかではありませんが、武器輸出三原
則については堅持すべきだと考えます。
ただ、現在、日米で共同研究している弾道ミサイル防衛構想が開発、配備の段階にな
れば、相互に共同研究の成果を具体化する必要があるので、その限りにおいて三原則の
例外を求めることについては検討の余地があると思います42。
これは、政権与党である公明党として、国際情勢の変化を踏まえ、政策を推
進する必要があるとの認識の下での発言と推察される。また、このような認識
は国民の安全保障に関する意識と共鳴し、弾道ミサイル防衛の日米共同開発・
生産を通じた日米同盟の深化の必要性が国民の「平和国家」と「武器輸出三原
則」とのリンクの意識を徐々に弱めていった現れでもあろう。
ウ 防衛装備品等の国際共同開発・生産
2011 年 12 月、政府(与党民主党)は、
「平成二十三年度以降に係る防衛計
『読売新聞』1998 年 12 月 27 日。
『読売新聞』2004 年 12 月 10 日(夕刊)
;
『朝日新聞』2004 年 12 月 10 日(夕刊)
;
『毎
日新聞』2004 年 12 月 10 日(夕刊)
。
42 『第 159 回衆議院会議録』第 3 号(平成 16 年 1 月 22 日)
、9 頁。
40
41
77
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
画の大綱」を踏まえ、防衛装備品をめぐる国際的な環境変化に対する方策につ
いて慎重に検討を重ねた。その結果、国際社会が大きく変化しつつある中で、
日本の平和と安全や国際的な安全保障を確保していくため、米国との連携を一
層強化するとともに、日本と安全保障面で協力関係にある米国以外の諸国とも
連携していく必要があるとした。
そして、
防衛装備品等の海外移転については、
平和貢献・国際協力に伴う案件及び日本の安全保障に資する防衛装備品等の国
際共同開発・生産に関する案件は、包括的に緩和措置を講じることとした43。
すなわち、
「平和国家」としての武器輸出三原則は、防衛装備品等の国際共同開
発・生産を通じた日米同盟の深化及び国際協調の必要性から緩和が決定された。
この時期の国会議論で注目されるのは、武器輸出三原則の緩和に肯定的な姿
勢を表明する自民党及び民主党の発言が議論の中心であり、緩和に反対する議
論は少ないことである。また、緩和に反対する議論においても、武器輸出三原
則を評価する議論が中心で、防衛装備品等の国際共同開発・生産についての武
器輸出三原則の緩和に対する具体的な反論はあまり見られない44。例えば、衆
議院予算委員会における次のような発言が挙げられる。
この武器輸出三原則の問題というのは、国民の皆さん方はぱっと聞かれれば不安に
思われるかもしれません。しかし、実際にコストも安くなると同時に、同じものを幾
つかの国が持つことによって、これがまた信頼醸成になる。
(中略)相手と違うものを
持ったら、相手の方がいいんじゃないかと思って疑心暗鬼になるわけですよ。それを
お互いが共同開発し合って、そして同じものを持つことによって安定した国をつくる
ということもこれまた一つのポイントですから、ぜひこのことはしっかりと考えるこ
とが大事だと思います45。
(民主党 前原誠司議員)
ここでは、これまでのような「平和国家」としての観念論はない。それでも
前原議員の発言に対して、大きな国民の反発はなかった。このような国会にお
ける武器輸出三原則の緩和をめぐる議論は、防衛装備品等の国際共同開発・生
産などの緩和の必要性、すなわち国際協調の必要性が国民の「平和国家」と「武
器輸出三原則」とのリンクの意識を弱めたことの現れと見ることができる。
43 『読売新聞』2011 年 12 月 27 日(夕刊)
;
『朝日新聞』2011 年 12 月 27 日(夕刊)
;
『毎
日新聞』2011 年 12 月 27 日(夕刊)
。
44 冨田圭一郎「武器輸出三原則」
『調査と情報』第 726 号、2011 年 11 月、10 頁。
45 『第 171 回衆議院予算委員会議録』第 21 号(平成 21 年 2 月 26 日)
、11 頁。
78
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
エ F-35 の製造等に係る国内企業の参画
2013 年 3 月、政府(与党自民党)は、F-35 の部品等の製造への国内企業の
参画は、戦闘機の運用・整備基盤を国内に維持する上で必要不可欠で、我が国
の防衛産業及び技術基盤の維持・育成・高度化に資すること。さらに、部品等
の世界的な供給の安定化は米国等に資するほか、国内に設置される整備基盤に
より米国に対する支援も可能となるため、日米安全保障体制の効果的運用にも
寄与するものであるとし、武器輸出三原則によらないこととした46。すなわち、
「平和国家」としての武器輸出三原則は、F-35 の部品等の製造を通じた国際的
な協調・協力及び日米同盟の深化の必要性から緩和が決定された。
この時期の国会議論で注目されるのは、前述のとおり、衆議院本会議ではこ
の案件が議論の対象となっておらず、また、予算委員会においても緩和を評価
する議論が中心で、反対する議論は見られないことである。例えば、衆議院予
算委員会では、次のような特徴的な発言が挙げられる。
武器輸出三原則という三原則というのは、紛争当事国、共産国、そして国連決議、
この三つに限定しようというところが、三木内閣で極めて全てがだめなようになった
ということでありまして、そういう意味では、私は、原点に戻るべきだと思うんです
ね。
つまりは、死の商人にならない、それは大変結構だ、しかし日本の安全保障も必要、
そしてさまざまな国との関係があるという中で、今総理がおっしゃったように現実的に
対応するということがないと、私は、日本の防衛基盤とか日本の安全保障の足場という
もの、ひいては、それが、さまざまなチャレンジがこれから来ると思いますけれども、
それにしっかりと対応するものになっていかないと思いますので、そこは党派を超えて
しっかりやってもらわなくてはいけない点だというふうに思います47。
(民主党 前原
誠司議員)
また、同予算委員会では、日本維新の会の石原議員から武器輸出三原則に関
する次のような特徴的な発言もあった。
ミサイルの整備も含めて、向こう十年間は、まず、私たちは通常兵器での戦闘でシ
『読売新聞』2013 年 3 月 1 日(夕刊)
;
『朝日新聞』2013 年 3 月 1 日(夕刊)
;
『毎日新
聞』2013 年 3 月 1 日(夕刊)
。
47 『第 183 回衆議院予算委員会議録』第 7 号(平成 25 年 2 月 28 日)
、14 頁。
46
79
2014 年 6 月(4-1)
海幹校戦略研究
ナに劣ることはないというのは、これは日本の専門家、現役の軍人あるいはアメリカ
の DIA、さらには一番情報を持っているイスラエルのモサドといった連中たちに聞い
ても、その評価は変わらないんですよ。
(中略)そのためにも、防衛費というのは大幅
に増加させる必要がある。あの三木武夫というばかな総理大臣がいました。大嫌いだ
よ、あんなやつは。あれが、何を勘違いしてか、武器の輸出を禁止する原則をつくっ
た。それから、何の根拠か知らぬけれども、総予算の一%以内に防衛費をとどめる。こ
んな論拠のないセンチメントに駆られて、こういうものが国是らしきものとしてまか
り通っている現実というのは、私は世界に例がないと思いますよ。これを、毅然じゃ
ない、当然変えることが、私は、安倍内閣の総理、副総理の責任だと思いますな48。
このような国会議論を通じて、自民党や民主党の主張に見られるように、
「武
器輸出三原則」という政策が「平和国家」のあり方として必ずしもそぐわなく
なったこと、すなわち、日米同盟の深化及び国際協調の必要性とともに、その
リンクが弱まったことの証左であろう。そして、この主張は、現在の日本国民
の安全保障に関する意識と共鳴し、国民の武器輸出三原則に対する意識を変え
ていったと言えよう。
3 新聞各社にみる武器輸出三原則の緩和に対する賛否等
本節では、日本において歴史もあり全国的に購読されている『読売新聞』、
『朝日新聞』及び『毎日新聞』における武器輸出三原則に関する社説の論調の
変化、記事の出現頻度及び世論調査を分析し、国民の武器輸出三原則に関する
意識の変化との相関関係を整理する。
(1) 社説の分析
国民は多くの場合、マスコミの報道や論評を通して世論の動静や帰趨を予想
しながら、自らの態度や意見を決定すると思われる49。一方、言論機関を代表
する新聞各社の社説には、その当時の世相などを反映させた社の考えが明確に
示されており、
国民世論を醸成する役割の一端を担っているものと考えられる。
したがって、社説は、武器輸出三原則に関する時系列的な流れをつかみ、国民
の意識の変遷を把握するためには最適な資料の一つであり、その論調の変化と
48
49
『第 183 回衆議院予算委員会議録』第 4 号(平成 25 年 2 月 12 日)
、26 頁。
岡田直之『世論の政治社会学』東京大学出版会、2001 年、15 頁。
80
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
国民の意識の変化には一定の相関関係が存在する。そこで、日本において歴史
もあり全国的に購読されている『読売新聞』、『朝日新聞』及び『毎日新聞』
について、1981 年 3 月の鈴木内閣における武器輸出問題等に関する国会決議
の前後から現在(2013 年 6 月)まで、武器輸出三原則の緩和に関する案件が
社説においてどのように論評されてきたかを時系列的に整理し、考察した。
新聞各社の武器輸出三原則の緩和に関する主な社説の見出しは、表 4 のとお
りであり、朝日新聞の社説では一貫して武器輸出三原則の緩和等には否定的な
論調を継続しているが、読売新聞と毎日新聞の社説の論調には大きな変化が見
られた。
読 売 番
年月日
朝 日
見 出 し
見 出 し
年月日
毎 日
年月日
見 出 し
1
1981.1.12 武器輸出の自粛は賢明な政策だ
1981.1.14 平和国家を支える武器禁輸
1981.1.17 武器輸出のトビラを開くな
2
1981.2.15 武器禁輸法の制定は慎重に
1981.2.8 武器禁輸に効果的歯止めを
1981.12.27 対米武器輸出解禁は慎重に
3
1982.2.7 武器禁輸の政府見解を見直せ
1982.2.8 きびしく守れ武器三原則
1982.1.27 武器開発「覚書」を公表せよ
4
1983.1.5 米国への武器技術供与は当然
1983.1.15 平和政策を崩す武器技術提供
1982.12.9
ミサイル防衛
5 2003.12.20 「北」の深刻な脅威へ必要な備えだ 1983.11.9 疑問消えぬ武器技術供与
対米偏重・軍事優先の恐れ
武器輸出三原則を守れ
1983.1.15 憂うべき重要国策の変更
6
武器禁輸政策
2004.1.16
見直し発言は検討に値する
7
2004.12.3
武器輸出緩和
「ミサイル防衛」だけで十分か
2004.11.20
武器3原則
緩和をあせる愚かさ
2004.1.19
武器輸出3原則
平和国家の理念を揺るがすな
8
2010.1.27
武器輸出3原則
緩和は「平和国家」と両立する
2010.11.21
武器輸出三原則
説得力足りない見直し論
2004.8.6
武器輸出3原則
業界の都合で「理念」曲げるな
9 2010.12.10
武器輸出3原則
将来に禍根を残す緩和見送り
2011.2.28
ミサイル移転
なし崩しではいけない
2005.12.25
MD共同開発
国民的な合意 取り付けよ
10
日米防衛相会談
ミサイル技術協力を深めよ
2011.6.16
迎撃ミサイル
輸出には厳格な管理を
2010.11.19
武器輸出三原則
理念守る歯止めが必要
次期戦闘機F35
最新鋭機の着実な導入を図れ
2011.12.25 武器輸出三原則を緩和するな
2011.1.14
MD第三国供与
なし崩し避ける基準を
2011.12.28
武器三原則緩和
新基準の厳格な運用を
武器三原則とF35
なし崩し形骸化は反対
2011.6.5
11 2011.12.21
2004.1.15 困った防衛庁長官だ 武器輸出
12 2011.12.28
2012.4.16
日英武器開発
平和主義の理念を守れ
13
2013.2.5
F35部品輸出
決定過程が見えない
2013.2.6
2013.3.2
F35部品輸出
三原則を空文にするな
2013.3.2 F35を「例外」に 骨抜きに道開く
:緩和に否定的な論調
:緩和に中立的な論調
14
注1)
輸出3原則緩和
武器の共同開発を推進せよ
F35部品輸出
2013.2.6
3原則の例外扱いは妥当だ
F35部品輸出
2013.3.3
一層の3原則緩和も検討せよ
1983.3.10 武器をめぐる不透明さ
:緩和に肯定的な論調
注2) 調査要領
読売新聞:1985年以前は縮刷版、1986年以降はヨミダス歴史館(検索キーワード:「武器」)
朝日新聞:1984年以前は縮刷版、1985年以降は聞蔵Ⅱビジュアル(同上)
毎日新聞:1986年以前は縮刷版、1987年以降は毎索(同上)
表 4 新聞各社の社説の比較
81
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
読売新聞では、1981 年 1 月の社説までは、他社と同様に「平和国家として
の日本のイメージに傷がつく」ことを理由の一つとして、武器輸出三原則の緩
和等には否定的の論調であった。しかし、1982 年 2 月の対米武器技術供与に
ついての社説以降は、これまでの「平和国家」としての観念論ではなく、
「日米
同盟の強化」
、
「日本の安全保障と国益」などの観点から緩和は当然であると、
一転して武器輸出三原則の緩和を支持し、さらには推進すべきであると論調に
大きな変化が見られた。
また、毎日新聞では、2011 年 12 月の防衛装備品等の国際共同開発・生産に
ついての社説において、これまでの否定的な論調から、装備品の調達をめぐる
環境の変化などを踏まえれば「新基準はおおむね妥当」であると、その緩和に
肯定的な論調が一時的であるものの見られた。
このような新聞各社の社説における論調の変化は、まさに国民の武器輸出三
原則に関する意識の変化の現れである。これは、北朝鮮の弾道ミサイルに対す
る脅威、防衛装備品等の国際共同開発のすう勢などの国際安全保障環境の変化
に伴う、日米同盟の深化及び国際協調の必要性が国民の「平和国家」と「武器
輸出三原則」とのリンクの意識を弱めたと説明できるだろう。
(2) 新聞報道における記事数の出現頻度の分析
新聞報道において武器輸出三原則が記事の対象になったということは、
「武
器輸出三原則」という政策が「平和国家」の原理・原則として重要であり、そ
のリンクが強かったことを裏付けるものである。そして、前述の社説の分析と
同様に、新聞各社の記事数及び記事の取り扱われ方の変化と国民の意識の変化
には一定の相関関係が存在する。そこで、『読売新聞」、『朝日新聞』及び『毎
日新聞』について、武器輸出三原則の緩和をめぐる記事数及び記事の取り扱わ
れ方を整理した。
その結果は、表 5 のとおりである。新聞における武器輸出三原則の緩和をめ
ぐる記事数で特徴的なのは、武器輸出三原則の緩和に従って、その記事数が減
少していること、特に 1 面トップ記事、または 1 面記事として取り上げた回数
及び掲載日数が減少していることである。すなわち、
「武器輸出三原則」という
政策が「平和国家」のあり方として必ずしも重要ではなくなったことを示して
いる。
82
海幹校戦略研究
記事数/掲載日数
200
2014 年 6 月(4-1)
①
①:対米武器輸出供与
②:弾道ミサイル防衛の日米共同開発・生産
①
③:防衛装備品等の国際共同開発・生産
④:F-35の製造等に係る国内企業の参画
150
:記事数
①
:1面トップ及び1面の記事数
: 掲載日数
100
50
②
②
②
③
③④
③
④
④
0
読 売
朝 日
毎 日
注1 ) 記事調査期間(内閣官房長官談話が発出された月及びその前後3 か月間の計7 か月間)
対米武器技術供与:1982年10月~1983年4月
防衛装備品等の国際共同開発・生産:2011年9月~2012年3月
F35 の製造等に係る国内企業の参画:2012 年12月~2013年6 月
弾道ミサイル防衛の日米共同開発・生産:2004 年9月~2005年3 月
注2) 記事調査要領
対米武器技術供与:各新聞社縮刷版を使用
その他の案件:ヨミダス歴史館(読売)、聞蔵Ⅱビジュアル(朝日)、毎索(毎日)を使用(検索キーワード:「武器」)
表 5 武器輸出三原則に関する記事数の推移
このような新聞報道における武器輸出三原則の緩和をめぐる記事の出現頻
度は、前述の社説と同様に、まさに国民の武器輸出三原則に関する意識の変化
の現れと見ることができる。これは、国際安全保障環境の変化に伴う、日米同
盟の深化及び国際協調の必要性が国民の「平和国家」と「武器輸出三原則」と
のリンクの意識を弱めたことを裏付けるものである。
(3) 新聞各社の武器輸出三原則に関する世論調査の分析
新聞の世論調査は、政治的事件・争点への国民世論の反応動向を探り照らし
出す働きを有している50。そこで、これまでに『読売新聞』、『朝日新聞』及
び『毎日新聞』が実施した武器輸出三原則に関する世論調査を整理し、考察し
た。
その結果は、表 6 のとおりである。1981 年 2 月、3 月に実施された武器輸出
に関する世論調査及び 1983 年 2 月から 1988 年 8 月までの間に実施された対
米武器技術供与に関する世論調査では、武器輸出及び武器輸出三原則の緩和に
対する国民の意識は否定的であった。しかし、2013 年 3 月に武器輸出三原則
50
岡田『世論の政治社会学』34 頁。
83
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
の緩和に否定的な社是の毎日新聞が実施した世論調査では、「緩和」に「賛成」
が半数を超える結果となり、これまでの「武器輸出三原則」に関する国民の意
識に大きな変化が見られた。
調査事項
武器輸出に関する世論調査(1981年2月、3月)
対米武器技術供与に関する世論調査
(読売:1983年2月及び1984年12月、朝日:1983年2月、毎日:1983年3
月)
武器輸出に関する世論調査(1988年8月)
F-35の製造等に係る国内企業の参画に関する世論調査(2013年3
月)
武器輸出の拡大に関する世論調査(2013年5月)
新聞社
賛成
反対
読 売
10.7
74.9
朝 日
17
71
21.0
61.2
読 売
16.7
68.3
朝 日
15
69
毎 日
17
56
読 売
16.6
73.1
毎 日
51
37
朝 日
14
71
注) 調査要領
読売新聞:1985年以前は縮刷版、1986年以降はヨミダス歴史館(検索キーワード:「武器」)
朝日新聞:1984年以前は縮刷版、1985年以降は聞蔵Ⅱビジュアル(同上)
毎日新聞:1986年以前は縮刷版、1987年以降は毎索(同上)
表6
新聞各社の武器輸出三原則に関する世論調査結果(単位:%)
また、新聞報道における武器輸出三原則に関する世論調査で特徴的なのは、
武器輸出三原則の緩和に従って、その調査回数が減少していることである。特
に、防衛装備品等の国際共同開発・生産に関する武器輸出三原則の緩和は、衆
議院予算委員会においても次のような発言があるなど、世論調査を実施すべき
案件とも考えられる。しかし、実施しなかった理由または緩和に否定的な社是
の朝日新聞が実施したが新聞に掲載しなかった理由は、国民の武器輸出三原則
に関する意識の変化を推し量り、自明視したのだろうか。もしくは、
「武器輸出
三原則」という政策が「平和国家」としてのあり方として重要でなく、また、
そぐわなくなったと認識した結果かもしれない。
私どもにとっても長年の課題であり、懸案でございました。そういう意味でいうと、
見直しをされたということについては評価をさせていただきたいと思います51。
(自民
党 岩屋毅議員)
武器輸出三原則について、野田政権時代に官房長官の談話を出された。あれは、私
51
『第 180 回衆議院予算委員会議録』第 18 号(平成 24 年 2 月 29 日)
、11 頁。
84
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
は、極めて有意義というか、ある意味歴史的に重要であった、このように思います52。
(内閣総理大臣 安倍晋三)
ただし、2013 年 5 月、武器輸出三原則の緩和に一貫して否定的な社是の朝
日新聞は、憲法第 9 条の改正や国是である非核三原則に関する賛否という設問
と併記するかたちで、「武器輸出の拡大」に関する賛否という設問を設定した
世論調査の結果を掲載している53。
その結果は、表 6 のとおりであり、仮に回答を誘導されたにせよ、国民は武
器輸出の野放図な拡大には否定的な意識を持っているとも言えよう。
おわりに
新聞報道における武器輸出三原則の緩和に関する世論調査などの分析結果
は、本稿の仮説を裏付けるものである。
本稿では、武器輸出三原則に関する国会議論及び新聞報道について時系列的
に分析し、
国民の武器輸出三原則に関する意識の変化との相関関係を整理した。
そして、北朝鮮の弾道ミサイルに対する脅威、防衛装備品等の国際共同開発の
すう勢などの国際安全保障環境の変化に伴う、日米同盟の深化及び国際協調の
必要性が国民の「平和国家」と「武器輸出三原則」とのリンクの意識を弱めた
とする仮説は、その妥当性が高いことを立証した。
1970 年代から 80 年代の初めにかけて、与野党及び財界には武器禁止政策は
これを守り、強化するとの基本路線で一致していた54。これは、「平和国家」
として武器輸出に限らず武器を忌避し、軍事・安全保障を忌避し、ひたすら経
済復興・経済成長にまい進した日本の姿と重なる55。
しかし、こうした「平和国家」の姿は、自らが紛争に関与しなければよいと
いう一国主義的なものであり、自らが国際社会の中で積極的に平和に貢献する
という意味での「平和国家」ではなかった56。ところが、昨今の国際社会にお
いては、国際平和協力、国際緊急援助、人道支援、国際テロ・海賊問題への対
処等を効果的に行うことが各国に求められており、日本は「平和国家」として
52
53
54
55
56
『第 183 回衆議院予算委員会議録』第 7 号(平成 25 年 2 月 28 日)
、14 頁。
『朝日新聞』2013 年 5 月 2 日。
『読売新聞』1981 年 2 月 15 日。
森本正崇『武器輸出三原則』信山社、2011 年、383 頁。
同上。
85
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
国民の同意を得つつ、これらに積極的に取り組んできた。
他方、武器輸出三原則は、冷戦期の産物で当時の国内政治状況を反映した国
会対策的政策であり57、かつ、近年の国際情勢の変化や軍事技術の進歩は織り
込まれていないとする指摘もある58。
本稿のとおり、国際社会が大きく変化する中で、我が国の平和と安全や国際
的な安全保障を確保していくためには、
米国との連携を一層強化するとともに、
我が国と安全保障面で協力関係にある米国以外の諸国とも連携していく必要が
ある。そして、そのための「武器輸出三原則の緩和」には、国民の同意も得ら
れる状況にある。
日本は、まもなく戦後 70 年を迎え、国民の防衛問題に関する関心も高まり
つつある今日59、改めて「平和国家」としてのあり方について再考し、より安
定した国際環境の構築へ向け、「武器輸出三原則」の意義を踏まえつつ、国益
につながり安全保障に有効な武器輸出政策を推進すべきではないだろうか。
(附記)
本稿は、第 66 期幹部高級課程の特別研究として、作成されたものである。
「武器輸出三原則」は、新たな安全保障環境への適合を図るべく、新たに「防
衛装備移転三原則」として平成 26 年 4 月 1 日に閣議決定され、本稿脱稿時(平
成 25 年 12 月)から、大きく変化を見せている。本稿にて論じられた「国民の
意識の変化」は、新三原則の成立と今後を理解する一助となることを期待し、
脱稿時のまま掲載するものである。
57
58
59
『読売新聞』2004 年 1 月 16 日。
『朝日新聞』2011 年 2 月 28 日。
防衛省編『防衛白書』資料、平成 25 年度版、400-401 頁。
86
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
広報活動へのマーケティング・モデルの活用
―― SIPS モデルの分析を通じて ――
前 山 一 歩
はじめに
2007 年 1 月 9 日アップル社は、サンフランシスコにおいて iPhone を発表し
た1。この iPhone の登場は、スマートフォンやタブレット端末を急速かつグロ
ーバルに普及させるきっかけとなり、今や放牧生活をしているアフリカのマサ
イ族もスマートフォンを利用する時代になっている2。また、2011 年初頭から
中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動は、ツイッターや
フェイスブックなどのソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を介して、
かつてないスピードで国境を越え拡大した3。人々は、いつでもどこでもスマー
トフォンやインターネットを通じ世界各地の様々な情報にアクセスできるよう
になり、モノとモノ、人とモノが常時つながり、人手を介さずにデータが生成・
流通・蓄積される時代が始まっている4。
このような時代を支えている情報通信技術(Information and Communication
Technology:ICT)5は、成長エンジンとしてあらゆる分野に活用され、経済成長
戦略や社会課題の解決において重要な役割を果たすようになっている。ICT に
おける技術的進歩は劇的な変化を見せており、最新のスマートフォンは、計算
能力でいうと 2000 年当時のスーパーコンピュータの性能の数倍の能力を持つ
だけでなく、タッチパネルによる操作、高速ネットワークへのアクセス、さら
に音声認識も可能になり、当時のスーパーコンピュータにはなかった多くの機
Apple Japan Press Info「アップル、iPhone で携帯電話を再定義」2007 年 1 月 10 日
http://www.apple.com/jp/pr/library/2007/01/09Apple-Reinvents-the-Phone-with-iphon
e.html, 2014 年 1 月 8 日アクセス
2 日本経済新聞
2012 年 3 月 4 日
2 日本経済新聞
2012 年 3 月 4 日
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO39222170RooC12A3000000/ ,
2014 年 1 月 8 日アクセス。
3 総務省編『平成 24 年度情報通信白書』2012 年、140 頁。
4 総務省編『平成 25 年版情報通信白書』2013 年、6 頁。
5 「ICT 利活用の推進」総務省、
http://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/ictriyou/ 2014 年 4 月 7 日アクセス
1
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海幹校戦略研究
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能を備えている6。ICT 社会は、コミュニケーションの過程のみならず、人と人
との社会関係、さらには社会構造、文化構造など様々な分野に影響を及ぼして
いる。コミュニケーションのプラットフォームであるメディアもテレビ・新聞
といったマス・コミュニケーションのみならず、インターネットやソーシャル・
ネットワークなど多様化、複雑化してきている。
このような社会環境の変化に対し、様々な広報の研究が行われている。代表
的な研究として、インターネット上におけるユーザー同士のやり取りを通じて
危機が形成・拡散することや、情報発信に力を持つ人々に注目することなどを
分析したリュー(Liu)らの「社会調整コミュニケーションモデル(Social-Mediated
Communication Model)」7や、情報発信の方法について、ツイッターの有用性や
新聞情報の信頼性に関する評価などの分析を行ったシュルツ(Schultz)らの研究
があり8、近年世界的に注目が集まりつつある分野となっている。しかし、日本
においては理論的枠組みを用いた研究はあまりないのが現状である一方で、
ICT 社会は留まることなく時代を前進させている。
こうした状況下で、広報にとって重要な情報の伝達、コミュニケーションを
キーワードに視野を拡大してみると、商品・情報を社会に伝達し生活者・消費
者の行動を促すものとしてマーケティング9の研究がある。マーケティングの世
界では、
実社会の変化に適応する実務型のモデルが検討され、
実践されてきた。
この点に注目し、広報活動という視点で ICT 社会すなわちソーシャルメディア
時代の新しい生活者消費行動モデルである SIPS モデル(Sympathize, Identify,
Participate, Share & Spread)を取り上げてみたい。このモデルは、企業と消費
者の相互のコミュニケーションを主眼としたマーケティング・モデルであり、
6 玉井久嗣
「富士通のスマートシティへの取組み」
『FUJITSU』2013-11 月号 Vol.64, No.6,
2013 年, 609 頁。
7 Liu, B.F., Jin, Y., Briones, R., Kuch, B. “Managing turbulence in the blogosphere:
Evaluating the blog-mediated crisis communication model with the American Red
Cross” Journal of Public Relations Review, 24., 2012., pp. 353-370.
8 Schultz, F., Utz, S., & Goritz, A. “Is the medium the message? Perceptions of and
reactions to crisis communication via twitter, blogs and traditional media” Journal of
Public Relations Review, 37., 2011., pp. 20-27.
9 米国マーケティング協会によるマーケティングの定義は
「マーケティングは機関等の設
定、そして創造、コミュニケーション、伝達、意見交換の過程が顧客、得意先、パートナ
ー,そして社会全体に価値ある活動」とされている。American Marketing Association,
“Definition of Marketing” ,
http://www.marketingpower.com/AboutAMA/Pages/DefinitionofMarketing.aspx,
2014 年 4 月 19 日アクセス。
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日本においてソーシャルメディア時代の新しい生活者消費行動モデルとして電
通が発表したものである10。
本稿では、まず、ICT 社会の状況と今後の発展の方向性を分析し、SIPS モ
デルの対話的コミュニケーションを軸に広報戦略の方向性やそのリスクを考察
し、社会とのコミュニケーションに大きな影響力を持つジャーナリズムの特性
や機能を視野に入れながら、SIPS モデルの限界を踏まえつつ ICT 時代の広報
戦略について検討していきたい。
1 ICT 社会の現状と展望
(1)日本の情報通信政策とデジタル化の進展
日本における情報通信政策は、2001 年 1 月に高度情報通信ネットワーク社
会形成基本法が施行され、内閣総理大臣を本部長とした「高度情報通信ネット
ワーク社会推進本部(IT 戦略本部)」が政府に設置されることでスタートした。
当時、日本のインターネットの普及率は先進国の中では低レベルとなってお
り、その利用や活用の取り組みも遅れていたことから、政府の情報通信分野に
関係する制度や体制の整備が進められることになった11。2001 年に「e-Japan
戦略」が策定され、2005 年までに常時接続可能なブロードバンド環境を高速
3,000 万世帯、超高速 1,000 万世帯という政策目標が設定された。その結果、
2005 年の時点で高速 4,630 万世帯、超高速 3,950 万世帯を達成し、世界最先端
の IT 国家を目指した高速・超高速ネットワークのインフラ整備が推進された12。
そして同年には「u-Japan 戦略」、2012 年には「Active Japan ICT 戦略」が
打ち出され、これらは日本の成長エンジンとして経済成長戦略や社会課題解決
の要として位置付けられ整備が推進されている。
これらの取り組みは、インターネットの社会基盤化を背景として、高速モバ
イル通信の普及を推進しており、中でもスマートフォンの普及、クラウド化に
ともなうビックデータやオープンデータの活用が新たなトレンドとなっている。
10 「SIPS~来るべきソーシャルメディア時代の新しい生活者消費行動モデルの概念~」
電通モダン・コミュニケーションラボ、2011、http://www.demtsu.co.jp/sips/imdex.html,
2013 年 12 月 10 日アクセス。
11 大石裕編『デジタルメディアと日本社会』学文社、2013 年、11 頁。
12 「e-Japan 戦略の今後の展開への貢献」総務省
http://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/icu/u-japan/new_outline01.html, 2014 年 3 月 6
日アクセス。
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また、大量に流通・蓄積される情報資源・データの活用は、ICT 社会における
ビジネスチャンスの創出や社会課題の解決へのアプローチとして、期待されて
いる13。
(2)情報通信技術による社会環境の変化
情報通信政策が社会の情報化を推進し、日本における多様なメディアの登場
とその利用は、デジタル技術の進歩にともない、社会に広く普及を始めるとと
もに大きな変化を遂げている。
平成 25 年版の情報通信白書によると、
総務省の通信利用動向調査において、
スマートフォン・タブレットの端末普及状況は、世帯保有率についてはスマー
トフォンが平成 23 年末の 29.3%から平成 24 年末には 49.5%に、タブレット端
末が平成 23 年度末の 8.5%から平成 24 年度末には 15.3%に急上昇している。
端末別のインターネット利用(人口普及率)についても、スマートフォンが平
成 23 年調査の 16.2%から平成 24 年調査では 31.4%に、タブレット端末では平
成 23 年調査の 4.2%から平成 24 年調査では 7.9%に上昇している14。こうした
状況から、ICT 社会における情報ツールとしてインターネットの重要性が高ま
っており、特にその起爆剤となっているのがスマートフォンやタブレットの急
速な普及であると分析することができる。
情報の価値やその流通形態が変化している一方で、テレビは依然として社会
に対する情報の周知度が高いメディアであり、情報伝達のツールとして重要な
地位を占めている15。また、新聞についても一定の評価があり、前述のシュル
ツの研究などからも、インターネットの有用性だけではなく、既存のマス・メデ
ィアの機能や社会的な情報の信頼度は高い信頼性を保持しており、この点は広
報活動を検討する上で重要な問題であり、十分留意する必要がある。
(3)情報通信メディアの利用状況
近年のワイヤレス・ブロードバンドのインフラ整備の拡大とともに、スマー
トフォンやタブレットが急速に普及し、インターネットやソーシャルメディア
等のネットワークサービスへのアクセスが手軽にできるようになった。こうし
13
14
15
総務省編『平成 25 年版情報通信白書』2 頁。
同上、44 頁。
同上、341 頁。
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た環境変化に伴って、個人の情報通信メディアの利用動向やメディアの利用方
法に変化が生じている。
総務省の調査によると、メディアの利用状況としては、テレビ視聴が最も長
く、年代が上るほど長くなり、ネット利用は 10 代、20 代がテレビ視聴とほぼ
同等の時間となっている。また、15 分以上その行為を行う行為者率16において
は、10 代 20 代ではネット利用がテレビを上回っているという調査結果となっ
ている17。
また、テレビとインターネットは一日 3 回利用者の割合が上昇し、テレビは 7
時台、12 時台、21 時台の 3 回のピークが発生し、インターネットの利用も朝・
昼・夕の 3 回のピークがある。インターネットの朝と夜の行為者率では、テレ
ビ視聴の行為者率までには及んでいないものの、9 時台から 17 時台は職場や移
動中の利用が一定割合あり、テレビよりも上回る状況を示していることから、
テレビが視聴できない環境下では、インターネットを利用したコミュニケーシ
ョンがとられている傾向がある。
特にコミュニケーションの視点から注目すべき点として、
表 1 に示すように、
テレビ視聴の行為率が高まる 19 時台から 22 時台までのテレビ視聴者に占める
ネットとの「ながら視聴」の割合が、20 時から 22 時台の 10 代、20 代のテレ
ビ視聴者のうち、3~4 割となっていることがある。このながら視聴は、多くの
メディアが同時に機能している状況であり、情報の伝達や拡散をはじめとする
大量の情報が流通している。
表 1 主なメディアの時間帯別行為者率
出所:総務省編『平成 25 年版情報通信白書』342 頁
16 行為者率とは、一日に 15 分以上利用する人の割合。NHK 放送文化研究所 HP「生活
時間調査」http://www/nhk.or.jp/bunken/summary/yoron/lifetime/015.html, 2014 年 5
月 13 日アクセス。
17 総務省編『平成 25 年版情報通信白書』341 頁。
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こうした状況から、ICT 社会において情報を広範囲にわたり伝達するには、
テレビとインターネットの併用が有効であり、さらに情報発信の時間帯がポイ
ントになることが分かる。特に、テレビとインターネットのながら視聴の増加
は、情報の伝達と拡散が多様化・多層化していることを示しており、メディア
の利用とともに、様々な情報が大量に流通・蓄積され人々の行動に影響を及ぼ
していると考えられる。こうした ICT 時代のコミュニケーションの特徴を踏ま
え、SIPS モデルについて考察していきたい。
2 SIPS モデル
(1)マーケティングにおける消費者行動モデルの変遷
企業、公共団体など多くの組織の重要なマーケティング・ツールの一つとし
て広告がある。広告による消費者の行動パターンは、19 世紀終わりから多くの
研究者によって研究されてきた。
近年まで活用されていたモデルは、マス・メディア時代の消費者行動を反映
した AIDMA モデルで、「注意(Attention)、関心(Interest)、欲求(Desire)、記
憶(Memory)、行動(Action)」という商品・情報を認知してから購買に至るまで
の心理・行動のプロセスを踏まえたコミュニケーション戦略である18。インタ
ーネットが活用されるようになり、現在は消費行動の変化を反映させた AISAS
「注目(Attention)、興味(Interest)、検索(Search)、行動(Action)、情報共有
(Share)」という消費者の行動プロセスモデルが活用されている19
AISAS はインターネットをはじめ家庭におけるメディア環境が進化する中
で情報を検索・比較検討し、友人や仲間たちと共有する消費者の行動を電通が
モデル化したものである20。AIDMA と AISAS の違いは、「欲求」は「検索」
になり、「行動」になるところである。これは、ICT 時代の消費者の特徴であ
る欲しい物に関する情報を自分で調査し、それを最も率的な方法で入手するこ
とを反映したものである。現在の生活者・消費者は、自ら行動し、体験を評価
18
佐藤卓己・渡辺靖・柴内康文編『ソフト・パワーのメディア文化政策—国際発進力を求
めて』新曜社、2012 年、328 頁。
19 秋山隆平・杉山恒太郎「ホリスティック・コミュニケーション」
『宣伝会議』2004 年、
26-28 頁。
20 近藤史人「AISAS マーケティング・プロセスのモデル化」
『JSD 学会誌システムダイ
ナミクス』No.8、2008 年、95 頁。
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し、それを他者と情報共有を図り、自らの情報を発信したいと考え行動する。
それが情報共有のプロセスとなる21。
AISAS は「検索」という情報環境の変化を捉えたものであるが、さらにソー
シャルメディア普及が進展したことに注目した「SIPS モデル」が、電通モダ
ン・コミュニケーションラボから発表された22。電通では、AISAS はなくなら
ないとしながらも、ソーシャルメディア時代の新しい生活者消費行動モデルは
「共感(Sympathize)、確認(Identify)、参加(Participate)、共有・拡散(Share &
Spread)」と整理し SIPS と名付けた23。これは、共感と共有、拡散が現在そし
て将来の消費行動プロセスで無視できないと考えるもので、検索からソーシャ
ルメディアへの移行を中心に捉えている。こうした消費者モデルの変遷は、ICT
社会の発達に連動しており、インターネットの登場とコンテンツの増加、グー
グルに象徴される検索の発達によって AISAS などのモデルが誕生してきた。
すなわち、ソーシャル・ネットワークやメディアのリアルタイム化といった展
開は、メディアを「影響」という視点で捉える広告宣伝領域における消費者行
動モデルに反映されているのである24。
(2) SIPS モデルの概要
ソーシャルメディアの世界では、友人・知人と繋がりやすいことから、様々
な繋がりの中で多くの人々と簡単にコミュニケーションをとることができると
いう特徴がある。また、このコミュニティには、参加する人々の人間関係が持
ち込まれたため、ネット上においても実社会とあまり変わらない社会的行動が
とられるようになっている25。このため、従来ネットは「ネガティブな言動を
しやすい場所」として認知されていたが、ソーシャルネットは「ポジティブな
行動をとる場所」に変化している。
こうした環境条件を踏まえて SIPS モデルは構成されているが、ここではモ
デルの各シークエンスの特徴について分析する。図 1 に SIPS モデルの概念を
示す。
21
同上、95 頁
佐藤卓己編『ソフト・パワーのメディア文化政策』2012 年、328 頁。
23 「SIPS」電通モダン・コミュニケーションラボ、
http://www.demtsu.co.jp/sips/imdex.html、2013 年 12 月 10 日アクセス。
24 佐藤卓己編『ソフト・パワーのメディア文化政策』2012 年、328 頁
25 「SIPS」電通コミュニケーション・ラボ、http://www.demtsu.co.jp/sips/imdex.html、
2013 年 12 月 10 日アクセス
22
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図 1:SIPS モデルの概念
出所:「新しい生活者行動モデル」電通コミュニケーション・ラボ
http://www.demtsu.co.jp/sips/index.html
まず、「共感(Sympathize)」が SIPS モデルのサイクルの入口となるが、こ
の共感には2つの種類あると SIPS モデルでは捉えている。
第一の共感は「情報発信源への共感」26である。これは組織の活動や社会貢
献活動、PR 活動などによって出来上がる組織のイメージがポイントとなる。
ブランドや商品自体に対する共感もこれにあたる。また、その情報を広めてい
る個人に対する共感も大きな要素となっており、信用できる友人・知人、有識
者、有名人等が何を語っているのか、またはその情報について誰が語っている
のかということも共感を生む重要な要素となる。
第二の共感は「情報そのものへの共感」である27。組織から発信する情報を
多くの生活者・消費者に届けるには、いかにその情報に共感してもらうかが重
要となるが、特に、組織やブランドに深く共感した生活者・消費者による強い
リコメンド(共感)を得た情報は広がり易く、拡散するスピードも加速しやす
「SIPS」電通コミュニケーション・ラボ、http://www.demtsu.co.jp/sips/imdex.html、
2013 年 12 月 10 日アクセス
27 同上、2013 年 12 月 10 日アクセス
26
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い。また、この情報を発信する生活者・消費者は、積極的に友人・知人に情報
を広めようという行動をとるため、ソーシャルメディア時代のコミュニケーシ
ョンの鍵は、いかに組織やブランドの応援者、支援者、伝道者になってもらえ
るかということが重要となる28。参加者のエンゲージメントプロセスを示すと
図 2 のようになるが、これらの参加者、応援者、支援者、伝道者へと経ていく
過程は、ライフタイムバリュー(生涯顧客価値)29を高めていく課程と重なる。
これは、広く伝え新規顧客を多く獲得するという従来のマーケティングから、
一度獲得した顧客と「長い関係性(ロング・エンゲージメント)」を構築して
いくことが重要となる。
図 2 参加者のエンゲージメントプロセス
出所:「新しい生活者行動モデル」電通コミュニケーション・ラボ
http://www.demtsu.co.jp/sips/index.html
「SIPS」電通コミュニケーション・ラボ、2013 年 12 月 10 日アクセス
ライフタイムバリューとは、製品やサービスにおける利益の創出に、顧客が生涯を通
じてどれくらい貢献したかを算出する指標。具体的には、一人ひとりの顧客が長期にわた
って支払った購入金額から、その顧客を獲得、維持するための費用を差し引いた「利益」
の額。「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)
」日経 BP コンサルティングスタッフル
ーム、http://consult.nikkeibp.co.jp/staffroom/archives/20130130_372/、2014 年 3 月 10
日アクセス
28
29
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次に「確認する(Identify)」のシークエンスは、共感した情報や商品が本当に
自分の価値観に合致するのか、本当に自分にとって有益であるのかということ
を、検索だけでなく、あらゆる方法で確認するプロセスとなる30。確認の手段
は、友人・知人の意見、専門家の言葉、専門情報誌、マス・メディアなど多岐
にわたる方法が使用されるが、この確認の行動は、情報の内容や真偽、商品の
機能や価格などの客観的・相対的な比較検討よりも、主観的かつ感情的なもの
である。これは、共感という主観的または感情的なものが出発点となっている
ため、何らかの不正や虚偽が発覚すると、その反動、反発というものが非常に
大きくなる。すなわち、不正・虚偽は情報発信元や商品のイメージや評価を著
しく損い、それが広範囲に拡散するリスクが潜在している。したがって、この
確認のシ-クエンスにおいては、情報の透明性の確保や組織や情報発信者の誠
実さ、誠意といったものが極めて重要となる。
「参加する(Participate)」のシークエンスは、共感した情報を友人・知人に
広める行為によって、情報の送り手の活動に参加するものである31。この参加
こそがソーシャルメディア時代のコミュニケーションの特徴であり成功の鍵と
なる。参加は興味喚起であり、友人・知人に伝わった情報は、さらにそこから
発信される波紋型のコミュニケーションとなる。この波紋型のコミュニケーシ
ョンは乗数的に広がるため、大勢に一気に伝えるこれまでのマス・マーケティ
ングとは異なる情報伝搬となる。
最後の「共有・拡散する(Share & Spread)」では、共感によって情報がソー
シャルメディア上で共有されることで、情報そのものが自動的かつ参加者自身
が自覚することなく拡散していく状況である32。これまでネット上で、生活者・
消費者が属しているコミュニティが交わりあうことはほとんどなかったが、ソ
ーシャルメディアでは、前述したように現実社会の人間関係がネット上に持ち
込まれているため、複数のコミュニティが交わり易い構造を持っている。実際
の人間社会は、職場、地域、学校、趣味など、さまざまな人間関係や社会関係
が複層的に構成されているため、それがソーシャルメディア上で共有される状
況となる。このため SIPS モデルでは、母数の拡大が乗数的な情報伝播を生み
出すとともに、このサイクルがループ化し、さらに伝播が拡大していくという
のがソーシャルメディア時代の特徴となる。
30
31
32
「SIPS」電通コミュニケーション・ラボ、2013 年 12 月 10 日アクセス
同上、2013 年 12 月 10 日アクセス
「SIPS」電通コミュニケーション・ラボ、2013 年 12 月 10 日アクセス
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海幹校戦略研究
3 活用への考慮事項
(1) ジャーナリズムの機能と影響
様々なコミュニティや人間関係がソーシャルメディア上で交わることで、情
報が自動的かつ無自覚に拡散していく ICT 社会において、マス・メディア(特
にテレビ)による集中的な情報の大量発信が有効であると電通では捉えられて
いる33。集中的かつ大量の情報発信によって、どこかのコミュニティや人間関
係の繋がりのコアに伝わりその情報に共感が伴うと、その情報は異なるコミュ
ニティやつながりに自動的かつ無自覚に拡散し、SIPS モデルのループサイク
ルがスタートすることになる。しかし、ここでマス・メディアを通じて情報を伝
達する場合、その情報は一般的にジャーナリズムのフィルターを通ることにな
ることから、広報戦略の構築にあたりジャーナリズムの機能と影響について考
慮する必要がある。
社会では常に様々な出来事が発生している。その無数の出来事の中から特に
ニュースとなる出来事が選択され、取材活動、記事作成、編集というプロセス
を経て報道されることになる。その過程には「関門(GATE)」があり、その関
門を通過した出来事だけが、最終的にニュースとして報道される。このゲート
には、ニュースの重要度を判断するジャーナリスト(記者または編集者)がゲ
ートキーパーとしての役割を担い、社会で起きている無数の出来事の中から、
ニュースを選択している34。
情報はこうした関門において、各ゲートキーパーの判断によって次の過程へ
進むため、途中でニュースとしての価値がないと判断されると、情報はそこか
ら先へ進まず、社会に伝えられることはなくなる。ジャーナリストは、ゲート
キーパーの役割を担いニュースを選択することになるが、その価値判断基準と
なるのが「ニュース・バリュー」である。このニュース・バリューの基準によ
って、出来事や情報はふるい分けされ取捨選択される。ニュース・バリューの
特徴をまとめると表 2 のようになる。
同上、2013 年 12 月 10 日アクセス
大石裕『コミュニケーション研究 第 3 版』慶應義塾大学出版会、2011 年、187-188
頁。
33
34
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表 2:ニュース・バリュー
出典:大石裕『コミュニケーション研究』189-190 頁を基に筆者作成
このニュース・バリューには 12 の項目が分析されているが、これらの項目
は、ジャーナリスト達によって社会的・政治的なインパクトや重要性などに応
じて判断されていく。このニュース・バリューの判断基準は、ジャーナリスト
達が専門職業人になる過程で社会化され、画一化していく35。このため、ニュ
ース・バリューが反映されるニュースの生産過程を通じて、マス・メディアが
報道するニュースには、一定の「共通性」が生じることになる。したがって、
ゲートキーパーのフィルターを通り抜けてきた社会の出来事や情報、すなわち
ニュースは公的な問題や世論形成に大きく寄与することになると同時に、共通
性という「共感」を備えており、SIPS モデルにおいて重要な役割を果たすこ
とになると考えられる。
(2)SIPS モデルのリスク
SIPS モデルでは、次の 2 つのリスクが存在すると考えられる。
その第一は、情報や組織の信憑性や透明性に関するリスクで、情報の操作や
捏造、組織等の不正や隠蔽といった事実が明らかになった場合、情報の信憑性
35
大石裕『コミュニケーション研究』2011 年、188-192 頁。
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や透明性が失われ、共感は反感となって組織やブランドの存立に影響を及ぼす
重大な事態をもたらすことになる。
その第二は、情報の伝播が乗数的に拡散することで、流言や情報パニックが
一気に発生するリスクである。流言は、自分の生命や財産が脅かされるような
問題の重要性が高ければ高いほど発生しやすく、情報不足や情報統制によって
真偽が定かではない曖昧な場合に発生する可能性がある。加えて情報が曖昧で
あればあるほど流言は広範囲に伝わるという特性を持っている36。また、情報
パニックは、メディアを通じて流れている情報が誤解や極解されたり、意図的
に虚偽の情報が流されたりすることで社会的な混乱が生じる状態である37。こ
れらの流言や情報パニックは、人々が不安、不満、願望などの強い感情と曖昧
な情報に対して、何とか事態の意味を知りたいという心理的メカニズムによっ
て引き起こされる。
ICT 社会において、これらのリスクによる社会的混乱が発生した場合、短時
間に大規模・広範囲に事態が拡大する可能性があり、こうした事態の発生を抑
止するためには、情報や組織の信頼性や透明性が極めて重要となる。したがっ
て、信頼性や透明性に裏付けられた社会が必要とする情報を、適切なタイミン
グで発信する努力の継続が求められることになる。
(3)SIPS モデルの限界
SIPS モデルは、対話的コミュニケーションとして有用であることは、これ
まで述べてきたところであるが、一方でいくつかの問題点を指摘しなければな
らない。
まず、第一に SIPS モデルは ICT 時代のコミュニケーションについて分析さ
れているものの、定量的なデータ等によってその実際の効果や比較調査の資料
や研究が十分ではない。
したがって、
今後、
具体的な事例やデータによって SIPS
モデルについて検証していくことが必要である。
第二に、SIPS モデルでは情報の発信者や受け手の具体的行動が示されてい
ない。すなわち、サイバー空間を中心とした情報伝達という行動が示唆されて
いるが、「購入」といったような具体的な行動(Action)がどのようにリンクし
ていくのかが不明である。特に、危機管理に携わることも多い広報にとって、
社会や世論、流言や情報パニックをはじめとする様々な行動や反応がどのタイ
36
37
吉見俊哉・花田達朗編『社会情報学ハンドブック』東京大学出版会、2004、30 頁。
同上、30 頁。
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ミングで発生する可能性があるのかということは重要なポイントであり、明ら
かにしていく必要がある。
そして第三に、SIPS モデルを実際に運用するには、広範囲に及ぶ周到な計
画が必要なことである。特に、参加者のエンゲージメントには、各分野に対す
る人的ネットワークや、専門的な知識が必要であり、それ相当の人的・経済的・
時間的コストを考慮しなければならない。
こうしたコストが制約となって SIPS
モデルは、限定的な範囲における運用しか実現できない可能性がある。
以上 3 つの点は、SIPS モデルの活用に向けて、今後の調査研究の課題とし
て明らかにしていく必要がある。
4 広報活動への活用
(1)価値あるメッセージの発信(共感)
SIPS モデルが重視する2つの「共感」のうち、イメージ・ブランドに対す
る「情報源に対する共感」は、ウエブサイト等を活用して、文字、画像、映像
といった多彩なコンテンツを提供し、多様な参加レベルに応じた対応によって
参加を獲得していくことがポイントになる38。特に、参加者、応援者の獲得に
は、組織やその活動に対する分かりやすい説明、簡潔明瞭なメッセージの発信
によって理解を促進させることに留意し、初歩的な参加と共感を得る機会を継
続的に提供することが成功の鍵を握る。また、ICT 社会の特徴からコンテンツ
が提供する情報の賞味期限は重要であり、情報の適切な更新は重要である。
また、「情報そのものに対する共感」は、ジャーナリズムのフィルターを通
して伝達されることから、発信するメッセージのニュース・バリューについて
十分な検討を実施し、内容を構成していくことがポイントになる。特に、ゲー
トキーパーのフィルターの存在とその影響は情報の流通に大きな影響があるた
め、組織や情報の信頼性や透明性の確保に最大限の努力を払わなければならな
い。加えて、マス・メディア(特にテレビ)は、情報源として各年齢層が重視
しており、発信されたメッセージがソーシャル・ネットワーク上のコミュニテ
ィを通じて急速に認知・拡散する性質が有効である反面、誤情報や恣意的な情
報、捏造された情報に対する反感のリカバリーは極めて困難な作業となる。
「SIPS」電通コミュニケーション・ラボ、2013 年 12 月 10 日アクセス
38
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(2)多様なデータ提供と説明責任の遂行(確認)
共感した情報が本当に自分の価値観に合致するのか、本当に有益であるのか
という調査や検索に対し、
周到な事前の準備がポイントとなる。
確認の手段は、
友人・知人の意見、専門家の言葉、専門情報誌、マス・メディアなど様々な方
法が想定されるが、ここでの確認の行動は、情報の内容やその真偽などが客観
的・相対的な比較検討が行われるというよりも、主観的かつ感情的な比較検討
になることはこれまで述べてきたところである。特に、この確認の行動は、共
感という主観的または感情的なものが出発点となっていることから、何らかの
不正や虚偽が発覚するとその反動、反発というものは大きく、ここでも組織や
情報発信者の誠実さ、誠意といったものが重要になる。したがって、情報の発
信に先立ち、コミュニケーション全般の過程についてグランドデザインを検討
し、戦略的な広報活動を実施する準備が必要である。具体的には、迅速な事実
関係の説明、画像・映像情報の提供する態勢を構築し、検索のシークエンスに
おける信頼性を確保しなければならない。
こうした広報活動の計画や実施には、マンパワーと情報の集約・一元化を図
るためのシステムが必要であり、広報センターや報道センターといったものを
状況に応じて設置し、限られた資源を有効に活用するための取り組みが、組織
と社会のコミュニケーションを活性化させる。
(3)参加コミュニティの提供・支援(参加)
SIPS モデルでは、情報の共有に参加することがソーシャルメディア時代の
コミュニケーションの特徴であり、応援者、支援者、伝道者の積極的な行動が
成功の鍵になる39。特に参加者の軽い気持ちでの参加行動はブランド情報を広
めるためにも重要であり、ソーシャルメディア上のコミュニティの提供によっ
て、参加の場やきっかけを創出することがポイントになる。
SIPS には具体的な人々の購買などの行動については示されていないが、サ
イバー空間での参加に加えて、具体的に人々が集い、顔を合わせて触れ合うコ
ミュニケーションの場の設定は、人と人との理解を促進し、関係を構築する貴
重な機会となる。各参加レベルに応じてフォーラムやシンポジウム等の開催、
イベントの企画や他の組織・団体等の企画するイベントへの参加や協力、地域
コミュニティへの参加、各種社会貢献など様々な機会の設定は、人々のコミュ
39
「SIPS」電通コミュニケーション・ラボ、2013 年 12 月 10 日アクセス
101
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
ニケーションを活性化につながる。この活性化は、SIPS モデルを更に効果的
にサイクルさせる原動力となる。
(4)通信・言論の自由の確保(共有・拡散)
共有・拡散のシークエンスにおいて、メッセージの共有・拡散をコントロー
ルすることは困難であることに加え、情報操作という行為は、情報を発信した
組織自体の信頼性・透明性の評価に直結することになり、極めてリスクが大き
いことはこれまで分析してきたところである。すなわち、通信や言論の自由を
確保することは民主主義社会の根幹を成す問題であり、信頼の根源であるとい
うこともできよう。ICT 社会において情報発信をする場合、社会や世論等から
の批判には、逃避することなく、組織全体として真摯に取り組む姿勢が極めて
重要であり、正々堂々とした取り組みが信頼を維持する基本であるのが、ICT
社会という時代なのである。言葉を変えると、組織等による隠蔽は最悪の状況
を深める以外に、何ももたらさない時代なのである。
(5)SIPS モデルのリスクと限界への対応
SIPS モデルの持つ 2 つのリスクに対しては、情報や組織の信憑性や透明性
の確保を維持することである。
また、
流言や情報パニックを防止するためには、
曖昧な情報の排除と、十分な信頼できる情報量の提供がポイントである。
特に、マス・メディアはコミュニケーションの過程において重要な役割を果
たすことから、
ニュースの生産過程やニュース・バリューに関する視点を持ち、
最新の状況を確認し、
適切な情報を適時に提供していくことがポイントである。
また、SIPS モデルが活用されるソーシャル・ネットワークは、敵対勢力等
によるプロパガンダ、サイバー攻撃などの脆弱性を有している。ICT 社会は便
利である半面、いわゆる「なりすまし」による誤情報の発信やコンピュータウ
イルス、ハッキングなど、見えない危険が数多く潜んでいる。また、情報通信
ネットワークは極めて重要なインフラであり、ネットワークの混乱や切断は、
経済活動をはじめとして、社会活動にも大きな影響が生じる。システムの抗た
ん性の向上とともに、複数の情報ソースを活用するなどしたバックアップによ
って、信頼性を維持・向上させていくことが今後の課題と言えるだろう。
102
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
おわりに
ICT は日本の経済成長戦略や社会問題解決のエンジンとして整備されてきた
が、近年の急速なスマートフォンの普及に象徴されるブロードバンド利用の活
性化は、社会生活における新しい情報流通の形態を生み出している。高速モバ
イル通信の普及、クラウド化の伴うビッグデータやオープンデータの活用とい
うトレンドの中で広報活動を効果的に行っていくには、SIPS モデルといった
マーケティング・モデルにヒントを求めていくことも必要であり、実際の広報
活動の現場では、既に実践的に活用され始めている。
世界で最も ICT 社会が進んでいる米国において、外交・安全保障の担い手で
ある米軍は、2010 年に「広報に関する統合ドクトリン(Joint Publication 3-61
Public Affairs)」40(以下 JP3-61 という)を改訂した。この改定では、広報の
位置付けを、それまでの総務・監理のカテゴリーから作戦・運用のカテゴリー
に変更し、次の5原則を示している。すなわち、①事実・真実の公表②適時の
情報及び映像の提供③情報源の安全の確保
(国家機密に関わる情報の保全義務)
④一貫した情報提供⑤国防総省が提供する情報の公表41である。また、興味深
いのは、広報においてプロパガンダは実施しない42と明記し、積極的に正しい
情報や映像を国内や国際社会に発信し、米国の作戦行動に対する理解を促進す
ることで、敵対勢力のプロパガンダの効力を低減させ、国家、戦略、作戦の目
標を達成することができるとしている43。米軍の JP3-61 は、80 年以上に及ぶ
米軍広報の試行錯誤の結果と ICT による社会環境を反映し実用されているド
クトリンであるが、奇しくも JP3-61 と SIPS モデルの双方が「真実・事実」
を最重要としている。SIPS モデルは、ICT 時代の広報におけるコミュニケー
ションの主要な戦略ツールとして魅力的なモデルであるが、一方でその有用性
についての検証はまだ十分とは言えないものである。しかし、最初に述べたよ
うに東日本大震災での教訓を生かした広報戦略の構築には、最も示唆に富んだ
モデルの一つである。
広報は「パブリックリレーションズ」すなわち、文字通り「パブリック(社
40 Joint Chief of Staff, Public Affairs, Joint Publication 3-61, August 25, 2010
[hereafter JP3-61]
41 JP3-61, pp. I-7-8.
42 Ibid.
43 Ibid., pp. I-1.
103
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
会)
」と良好な関係を構築し、維持する重要な活動の一つである44。若き日のサ
ミュエル・ハンチントンは、
「民主主義社会における海軍の任務は、海軍による
社会の支援機能である。海軍はこの必要とされる支援能力を向上させる責任が
あり、これは国家安全保障と連携した明確な戦略概念を所有することによって
なし得るものである。
」45と述べている。技術の進歩とともに社会環境が変化し
ていくというなかで、海上自衛隊が忘れてはならない極めて重要なことの一つ
に、国民や世論、そして米国をはじめとする国際社会からの「理解と信頼」が
ある。ICT 時代は大量の情報が氾濫し、メディアも多様化し情報の伝達経路は
複雑化・多層化している。こうした社会環境を前提とし、国民や世論と率直に
対話し、理解と信頼を得るためにあらゆる努力をする必要があり、それが民主
主義に対する責任である。ジョセフ・ナイ(Joseph S. Nye, Jr.)は、情報化時代
におけるコミュニケーション戦略の重要性を強調している46。すなわち、軍事
力はハード・パワーのみならず、ソフト・パワーの手段を併せて用いることが
必要であり、スマート・パワー戦略には、情報とコミュニケーションの要素を
伴わなければならないとしている47。軍事力におけるソフト・パワーの中核を
担うのは広報であり、限られた予算とマンパワーの中で防衛力のスマート・パ
ワー化に必要なのは、人間の知性と創造力、そして文化である。
“Why join the navy if you can be a pirate.”48とは、スティーブ・ジョブスが
好んで使ったといわれる言葉であるが、ワイルドで大胆な知性と挑戦が、平和
を築いていく原動力となると信じる。
猪狩誠也編著『広報・パブリックリレーションズ入門』宣伝会議、2007 年、12-39 頁。
Samuel P. Huntington “National policy and the transoceanic navy” United States
Naval Institute, Proceedings, No80, May 1954, p. 483
46 ジョセフ.S. ナイ 山岡洋一・藤島京子訳『スマート・パワー』日本経済新聞出版社、
2011 年、42-43 頁。
47 同上、42-43 頁。
48 Paul Tyrrel “The Value of being an underdog”
Financial Times, November 22.
2010,http://www.ft.com/cms/s/0/9fafa89e-f669-11df-846a-00144feab49a.html#axzz2zO
S086OI, 2014年4月20日、アクセス。
44
45
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
海戦における文民保護等の考慮
荻野目 学
はじめに
武 力 紛 争 法 は 、「 軍 事 的 必 要 性 (military necessity) 」 と 「 人 道 の 要 請
(requirements of humanity)」とのバランスに基づく妥協であるとされている
が1、両者は、古くから時代を反映して微妙なバランスの上に成り立ってきた。
戦争が違法とされていなかった時代においては、無差別攻撃や敵国市民の財産
の没収が行われるなど、現代に比して軍事的必要性の比重が大きかった2。
第 2 次大戦の後、1949 年のジュネーブ 4 条約3(以下、
「ジュネーブ諸条約」
)
によって、戦地にある傷病者、難船者、捕虜及び文民等を人道的に保護する義
務が設けられた。中でも「戦時における文民の保護に関する条約(ジュネーブ
第 4 条約)
」は、文民の保護を定めた最初の条約であった4。しかし、同条約は、
保護される文民の範囲がかなり限定的であり、原則として紛争当事国の領域及
び占領地域にある敵国民又は第 3 国の国民で自国の外交的保護を享有し得ない
者のみがその対象であった5。
1977 年、
「1949 年 8 月 12 日のジュネーブ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲
者の保護に関する追加議定書(議定書Ⅰ)
」
(以下、
「APⅠ」
)が採択され、ジュ
ネーブ第 4 条約の射程外であった一般住民等が保護の対象に取り込まれること
によって、あらゆる範囲の文民及び一般住民全体を保護する規定がはじめて明
文化された6。しかしながら、APⅠは、主として陸戦を対象としており、海戦
1 ICRC, Commentary on the Additional Protocols of 8 June 1977 to the Geneva
Conventions of 12 August 1949, [hereafter Commentary AP], pp. 392-393.
2
例えば、絶対主義時代には私掠船、擬制封鎖、敵私有財産の無差別的強奪等が許容され
ていたように、戦争における手段や方法は現代のそれとは大きく異なるものであった。藤
田久一『新版国際人道法』有信堂、1993 年、10 頁。
3 「戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する条約」
(第 1 条約)
、
「海上にあ
る軍隊の傷者、病者及び難船者の状態の改善に関する条約」
(第 2 条約)
、
「捕虜の待遇に
関する条約」
(第 3 条約)
、
「戦時における文民の保護に関する条約」
(第 4 条約)
。
4 藤田『新版国際人道法』154 頁。
5 同上。
6 同上、163 頁。
105
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
には文民の保護等の規定が影響を及ぼさないことが明示されている7。すなわち、
この規定は事実上、海戦においては APⅠの文民保護等の規定が適用されない
ことを意味している。
また、文民保護等についての研究も陸戦法規あるいは武力紛争法全般という
枠組みでは進められているが、海戦に関してはあまり進められていない。国内
の海戦法規の研究については、真山教授が海戦における目標区別原則に関する
研究を行っているものの8、当該研究は、攻撃を合法な目標に限定する目標区別
原則に焦点を当てており、
文民保護等を対象としているものではない。
その他、
国外においても海戦における文民保護等の研究は、一部の例外を除き9、ほとん
どなされていない。
本稿は、このような陸戦と海戦との間で取扱いに差異が生じている文民保護
等について、その背景を確認した上で、現状ではあまり進んでいない海戦への
適用の方向性について検討するものである。このため、まず、APⅠの規定から
文民保護等の構成要素の内容を確認する。次に APⅠの文民保護等の規定自体
の明確さを確認するため、活発に行われている陸戦における議論から、当該規
定自体に内在する解釈の幅についての分析を試みる。
以上の結果を踏まえ、文民保護等に関する陸戦法規と海戦法規との相違点を
明確にした上で、
現状における各国軍隊等のマニュアルへの反映状況を参考に、
文民保護等を海戦に適用する試みの今後の方向性について検討するものである。
1 文民保護等の規定の構成要素
APⅠにおける文民の保護等については、第 4 編第 1 部の 48 条から 67 条に
規定されており、区別原則、均衡性の原則、過度の付随的損害の禁止及び攻撃・
被攻撃の際の予防措置といった要素から構成されている。本稿では、上記 AP
Ⅰの文民保護等の規定全般を検討の対象とすることから、これらを同列に扱う
こととして、
「文民保護等の規定」と呼称する。
7 APⅠ49 条 3 項後段は、
「この部の規定は、海上又は空中の武力紛争の際に適用される
国際法の諸規則に影響を及ぼすものではない」と規定している。
「この部の規定」とは、
第 4 編第 1 部の文民等に対する敵対行為の影響からの一般的保護の規定である。
8 真山全「海戦法規における目標区別原則の新展開(一)
」国際法学会編『国際法外交雑
誌』第 95 巻 5 号、1996 年;真山全「海戦法規における目標区別原則の新展開(二)
」国
際法学会編『国際法外交雑誌』第 96 巻 1 号、1997 年。
9 後述のサンレモ・マニュアル等、詳細については、15-18 頁参照。
106
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
(1) 区別原則
区別原則とは、
「戦闘員と非戦闘員(一般住民)の区別、軍事目標と非軍事
物の区別により、それぞれ後者(非戦闘員と非軍事物)を敵対行為の直接の影
響から保護しなければならない原則」とされる10。区別原則は、APⅠでは 48
条に基本原則として掲げられており、文民保護等の規定の中核的な構成要素を
成している。同条は、紛争当事者が文民や民用物を尊重し、保護することを確
保するため、文民及び文民たる住民と戦闘員とを、また、民用物と軍事目標と
を区別することを常に遵守することを要求している11。文民及び文民たる住民
については、APⅠ50 条において定義され12、民用物及び軍事目標に関しては、
APⅠ52 条 2 項において定義されている13。また、攻撃は、厳格に軍事目標に
対するものに限定するとして、文民及び文民たる住民や民用物を無差別に攻撃
することを禁止すること等により、それらが攻撃からの保護を受けることも明
示されている14。これらの規定は、既存の陸戦における慣習法を再確認したも
のとして一般に認識されている15。
APⅠ52 条 3 項は、建物等が軍事活動に効果的に資するものとして使用され
ているか否かについて疑義がある場合には、使用されていないと推定されるい
10
藤田『新版国際人道法』109 頁。
APⅠ48 条「紛争当事者は、文民たる住民及び民用物を尊重し及び保護することを確保
するため、文民たる住民と戦闘員とを、また、民用物と軍事目標とを常に区別し、及び軍
事目標のみを軍事行動の対象とする」
。
12 APⅠ50 条 1 項は、
「文民とは、第 3 条約第 4 条 A(1)から(3)まで及び(6)並びにこの議
定書の第 43 条に規定する部類のいずれにも属しない者をいう」と規定しており、捕虜の
定義(第 3 条約第 4 条)や軍隊の定義(APⅠ43 条)に規定する軍隊の構成員、民兵隊及
び義勇隊等に該当しない者を文民と定義している。また、APⅠ50 条 2 項は、文民たる住
民について、
「文民たる住民とは、文民であるすべての者から成るものをいう」と規定し
ている。
13 APⅠ52 条 2 項「攻撃は、厳格に軍事目標に対するものに限定する。軍事目標は、物に
ついては、その性質、位置、用途又は使用が軍事活動に効果的に資する物であってその全
面的又は部分的な破壊、奪取又は無効化がその時点における状況において明確な軍事的利
益をもたらすものに限る」
。
14 同上及び APⅠ51 条 4 項「無差別な攻撃は、禁止する。無差別な攻撃とは、次の攻撃
であって、それぞれの場合において、軍事目標と文民又は民用物とを区別しないでこれら
に打撃を与える性質を有するものをいう。(a) 特定の軍事目標のみを対象としない攻撃
(b) 特定の軍事目標のみを対象とすることのできない戦闘の方法及び手段を用いる攻撃
(c) この議定書で定める限度を超える影響を及ぼす戦闘の方法及び手段を用いる攻撃」。
15 Waldemar A. Solf, Protection of Civilians Against the Effects of Hostilities under
Customary International Law and under Protocol Ⅰ, AM. U.J. INT’L L. & POL’Y,
Vol.1:117, 1986, pp. 130-131.
11
107
海幹校戦略研究
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わゆる民用物推定規定を置いている16。
(2) 均衡性の原則及び過度の付随的損害の禁止
「均衡性」という用語は、文民保護等以外にも戦時復仇や自衛権行使の条件
としても用いられている。例えば、戦時復仇に用いられる場合の均衡性とは、
「復仇措置は敵国の事前の違法行為と均衡を失するほど過度のものではないこ
と」とされ17、必ずしもその違反の重大性が正確に等しいことを要求されるも
「均衡性の原則」という用語の明確な定義は存在
のではないとされる18。また、
しないが、武力紛争における現代の慣習法では、予期される軍事的利益との比
較において、巻き添えによる文民や民用物の損害が不均衡な軍事目標に対する
攻撃は、違法であるとする規範(precept)が確認されている19。
APⅠにおいても、均衡性あるいは均衡性の原則という用語は、直接用いられ
ていないが、後述の予防措置を規定した 57 条 2 項(a)(ⅲ)及び 57 条 2 項(b)に均
衡性の原則の概念が表れているとされる20。
付随的損害とは、合法的な軍事目標に攻撃する場合に、巻き添えによって不
可避的に生じる文民の死傷や民用物の損傷をいう21。この点について、APⅠで
は、
「巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷若しくはこれらの
複合した事態」22という記述で示されている。
付随的損害を生じさせること自体は違法ではないが、付随的損害は、攻撃に
より予期される軍事的利益に照らして過度であってはならず、
攻撃に際しては、
均衡性の原則により、巻き添えによる文民の死傷や民用物の被害を最小限に抑
16 APⅠ52 条 3 項「礼拝所、家屋その他の住居、学校等通常民生の目的のために供される
物が軍事活動に効果的に資するものとして使用されているか否かについて疑義がある場
合には、軍事活動に効果的に資するものとして使用されていないと推定される」
。
17 藤田『新版国際人道法』184 頁。
18 同上、191 頁。
19 Yorum Dinstein, The Conduct of Hostilities under the Law of International Armed
Conflict, Cambridge University Press, 2010, p. 129.
20 これらは、57 条 2 項(a)(ⅲ) 及び 57 条 2 項(b)における「予期される具体的かつ直接的
な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷
又はこれらの複合した事態を過度に引き起こすこと」という記述から読み取れる。
ICRC のコメンタリーでは、均衡性の原則の概念について、57 条 2 項(a)(ⅲ)及び 57 条
2 項(b)の 2 つの規定に見られるとしている。ICRC, Commentary AP, p. 683.
21 本稿では、巻き添えによる文民の死亡、傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事
態を「付随的損害」と呼称する。
22 APⅠ57 条 2 項(a)(ⅲ) 及び 57 条 2 項(b)。
108
海幹校戦略研究
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えなければならないとされる23。
(3) 予防措置
攻撃の際の予防措置は、攻撃を計画し又は決定する者が付随的損害を防止あ
るいは最小限に止めるために実施するものである24。また、上述の 57 条 2 項
(a)(ⅲ)では、付随的損害を過度に引き起こすことが予測される攻撃の決定を差
し控えることを規定している25。これらの予防措置に関する規定は、区別原則
や均衡性の原則と密接に関連しており、人道上の要請と軍事的必要性との衡平
なバランスを保つことを目的としている26。
被攻撃の際の予防措置については、APⅠ58 条において、紛争当事国は、実
行可能な最大限度まで、その支配下の文民や民用物を軍事目標の近傍から移動
させるよう努めること、人口の集中している地域に軍事目標を置かないように
すること等が規定されている。これらの被攻撃の際の受動的な予防措置は、実
行可能な最大限度とられればよく、被攻撃側が予防措置をとっていないことを
理由として攻撃側に攻撃の際の予防措置を無視することを認めるものではない
とされる27。
以上のように、APⅠにおける文民保護等の諸規定から、区別原則、均衡性の
原則、過度の付随的損害の禁止及び予防措置といった諸要素は、相互に密接な
関連性をもって、軍事的必要性とのバランスを図って確保されるものであるこ
とが理解できる。
2 陸戦における文民保護等の規定に関する議論
前節で概観した APⅠの文民保護等の規定は、陸戦法規の分野において研究
Dinstein, The Conduct of Hostilities under the Law of International Armed Conflict,
pp. 135-136.
24 APⅠ57 条 2 項(a)(ⅱ)「攻撃の手段及び方法の選択に当たっては、巻き添えによる文民
の死亡、文民の傷害及び民用物の損傷を防止し並びに少なくともこれらを最小限にとどめ
るため、すべての実行可能な予防措置をとること」
。
25 APⅠ57 条 2 項(a)(ⅲ)「予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、
巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度
に引き起こすことが予測される攻撃を行う決定を差し控えること」
。
26 ICRC, Commentary AP, p. 685.
27 藤田『新版国際人道法』116 頁。
23
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海幹校戦略研究
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や国家実行が積み重ねられている。ここでは、文民保護等の規定自体の明確さ
を確認するために、陸戦法規における文民保護等の研究や議論の内容を分析す
る。
(1) 軍事的必要性と文民保護等に関する規定とのバランス
冒頭で述べたとおり、武力紛争法は、軍事的必要性と人道の要請との微妙な
バランスの上に成り立ってきた。APⅠが採択されたことによって、現在におい
ては、
一見両者のバランスがとられているように見受けられる。
しかしながら、
文民保護等を構成する均衡性の原則や予防措置に関する規定等は、抽象的な表
現が多いことに加え、定量的かつ客観的に判断できるものではなく、攻撃者の
主観や判断に頼らざるを得ない曖昧な部分もある28。そのため、赤十字国際委
員会(International Committee of the Red Cross : ICRC)のような人道を重視
する組織は、APⅠの曖昧な規定を中心に判断基準を明確にする取組みを行って
いる。
ア ICRC の見解
ICRC の役割の一つとして、
「武力紛争に適用可能な国際人道法の知識の理解
及び普及に努め、その発展に寄与すること」29がある。これにより、ICRC の
専門家らは、APⅠの不明瞭な規定等の判断基準の明確化に努め、ICRC 主催の
各種国際会議等によって得られた一定の成果についてデータベースや刊行物を
提供する活動等を実施している。
近年では、2009 年に「敵対行為への直接参加(Direct Participation in
Hostilities : DPH)の概念に関する解釈指針」
(以下、
「DPH 解釈指針」
)30と題
し、ICRC が主催した数回の専門家会合を経て、調査分析された成果物が ICRC
の法律顧問であるメルツァー(Nils Melzer)を中心にまとめられた。
「DPH 解釈
指針」は、APⅠ51 条 3 項31の「文民は、敵対行為に直接参加していない限り」
ICRC, Commentary AP, pp. 623-626.
国際赤十字・赤新月運動規約 5 条 2 項 G。
30 ICRC, Interpretive Guidance on the Notion of Direct Participation in Hostilities
under International Humanitarian Law, 2009 (prepared by Nils Melzer) [hereafter
Interpretive Guidance],
http://www.icrc.org/Web/eng/siteeng0.nsf/htmlall/direct-participation-report_res/$File
/direct-participation-guidance-2009-icrc.pdf., Accessed May 1, 2014. は、2003 年から
2008 年にかけて 5 回行われた学会関係者や軍関係者等 50 名の専門家会合を経て、10 の
提言として示された指針である。
31 APⅠ51 条 3 項「文民は、敵対行為に直接参加していない限り、この部の規定によって
与えられる保護を受ける」
。
28
29
110
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攻撃からの保護を受けるという規定を明確化し、文民保護をより確実にするこ
とを目的とした ICRC の見解を表明するものとして位置付けられている32。
ICRC の「DPH 解釈指針」は、ある特定の文民の行為が敵対行為への直接参
加に該当するか否かについて疑義のある場合には、文民の保護に関する一般規
則が適用され、当該行為は敵対行為への直接参加に該当しないと推定されなけ
ればならないとしている33。この理由として、
「DPH 解釈指針」は、文民は一
般的なカテゴリーにおいて直接の攻撃から保護されるのであり、例外に関する
要件が充足されてはじめて軍事目標となるため、明確に敵対行為への直接参加
に該当しない場合には保護されるべきであるとしている34。また、
「DPH 解釈
指針」は、軍事目標か否か判断できないグレーゾーンの状況においては、攻撃
を差し控えることや可能な限り代替手段をとること等、軍事的利益よりも人道
の考慮が優先されるべきであることを強調している35。
他にも「DPH 解釈指針」は、
「回転扉(revolving door)」36という概念を提示
し、文民は敵対行為に直接参加する場合に限り攻撃からの保護を喪失するので
あり、敵対行為をやめた時点で再度保護を回復することを提言している。換言
すれば、敵対行為に直接従事する度に、回転扉のようにくるくると文民が攻撃
からの保護を喪失・回復するという概念である。この概念によれば、軍隊や組
織された武装集団(organized armed groups) 37の構成員でない文民は、自発
的・散発的に敵対行為をしている間にのみ軍事目標として被攻撃の可能性が生
ずるのであり、敵対行為をしていない場合は、攻撃からの保護の対象となる38。
一方、組織された武装集団は、継続的に戦闘任務を負うため、
「回転扉」の概念
は適用されず、軍隊に準じてその構成員であるという理由のみで常に軍事目標
ICRC, Interpretive Guidance, p. 6.
Ibid., p. 74.
34 Ibid., p. 75.
35 Ibid., pp. 74-76.
36 「回転扉」の概念は、2006 年のイスラエル最高裁「Targeted killing」事件判決にも
用いられている。The Public Committee Against Torture et al. v. the Government of
Israel et al., (HCJ 769/02).
37 組織された武装集団は、非国家たる武力紛争当事者に属する反乱軍とその他の組織さ
れた武装集団の両方を含む。反乱軍は、政府に敵対してきた国の軍隊の一部を構成する。
その他の組織された武装集団は、主に文民たる住民から構成員を採用するが、国の軍隊と
同一の手段、規模および練度を持つわけではないものの、紛争当事者のために敵対行為を
行うに十分なほど軍事面で組織化されている集団である。ICRC, Interpretive Guidance,
pp. 31-32.
38 Ibid., pp. 70-71.
32
33
111
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となる39。文民が組織的・継続的に敵対行為を行う場合は、組織された武装集
団の構成員と同様に常時軍事目標となるとしている40。
イ 軍関係者の見解
上記の ICRC が「DPH 解釈指針」において示した見解に対し、主として軍
事的必要性を重視する軍関係者から批判的な意見が述べられている。
「DPH 解
釈指針」に対する意見としては、
「New York University Journal : N.Y.U.J」誌
にいくつかの論文が掲載されている。
シュミット(Michael Schmitt)米海大教授は、
「敵対行為への直接参加の解体
批評:その構成要素」41と題した論文の中で、ICRC の見解と同様に、ある人
物が文民であるか戦闘員であるか疑義がある場合、文民としての地位を推定す
る義務があることは認めている。しかしながら、文民が敵対行為に直接参加し
ているか否かについて疑義がある場合には、文民は敵対行為に直接参加してい
るとみなすべきである42、として ICRC の見解に異を唱えている。すなわち、
文民が敵対行為に従事しているか不明な場合には、軍事目標として攻撃しても
違法ではないとする見解である。
この理由として、
シュミットは、
「文民に対し、
紛争からできる限り遠く離れたところに留まる動機付けとなること」
、
そしてそ
の結果、
「彼らが紛争に参加することをより一層回避することができ、直接的な
攻撃目標となる危険性がより少なくなる」43こととしている。
「DPH 解釈指針」の「回転扉」の概念に関しては、ブースビー(Bill Boothby)
空軍准将が「~している限り:敵対行為への直接参加の時間的範囲」44という
論文によって反論している。
「DPH 解釈指針」の「回転扉」の概念によれば、
自発的・散発的に敵対行為を行う文民は敵対行為を行っていない限り保護され
るため、昼は農民、夜は戦闘員という文民がいたとしても、昼は攻撃の対象と
なることはない45。他方、組織された武装集団は、敵対行為を行っていなくと
も構成員資格のみで常に攻撃対象となる。このことに関して、ブースビーは、
Ibid., p. 72.
Ibid., pp. 70-71.
41 Michael N. Schmitt, “Deconstructing Direct Participation in Hostilities: The
Constitutive Elements”, N.Y.U.J. Int’l L. & Pol., vol. 42, 2010, pp. 697-739.
42 Ibid., p. 720.
43 Michael N. Schmitt, “Direct Participation in Hostilities” and 21st Century Armed
Conflict, in Crisis Management and Humanitarian Protection: Festschrift fur Dieter
Fleck (Horst Fischer et. Al. eds., 2004), p. 509.
44 Bill Boothby, “And for Such Time as”: the Time Dimension to Direct Participation
in Hostilities, N.Y.U.J. Int’l L. & Pol., vol. 42, 2010.
45 ICRC, Interpretive Guidance, pp. 70-73.
39
40
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海幹校戦略研究
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紛争当事者が両者を区別することは困難であることを踏まえ、自発的・散発的
な攻撃が生起し、その攻撃が文民によるものか組織された武装集団の構成員に
よるものか区別がつかない場合、紛争当事者が攻撃を控えねばならなくなるこ
とを危惧している46。また、繰り返し敵対行為に参加する文民を基礎とする「回
転扉」の概念は、敵対行為を繰り返さない文民を危険に晒すことになるという
見解も示している47。
これらの基準に従えば、文民保護を確実にすることはできても、文民を装っ
たテロやゲリラを相手とする非対称戦においては、正規軍をもって交戦する紛
争当事国が著しい制約下で対峙せねばならず、相手国によるテロやゲリラを助
長させるという蓋然性も高まるといえる。
また、パークス(Hays Parks)退役大佐は、
「ICRC の DPH 研究第 9 章:権限
なし、専門知識なし、法的妥当性なし」48という論文において「DPH 解釈指針」
を批判している。パークスは、起草時の専門家会合において、
「DPH 解釈指針」
の合法的軍事目標に対して行使される武力の種類及び程度に関して、人道法に
よって課される制限の記載箇所について極めて批判的な者もおり、必ずしも参
加した専門家の全会一致や多数意見というものではないことを主張しており、
この点については「DPH 解釈指針」をまとめたメルツァー自身も認めている49。
上記のような軍事的合理性を重視する軍関係者である彼らの見解が文民の
保護を優先させる ICRC の「DPH 解釈指針」における見解と一致する可能性
は僅少であろう。軍事的必要性と人道の原則は、相反する利益を追求するもの
である以上、全会一致で採択される規定は期待できず、歩み寄りや妥協の産物
とならざるを得ない宿命を負っている。明文化が進展し、各種研究が深化して
いる陸戦法規においてさえ、文民保護等の規定の明確化の議論が収斂するため
には、さらなる時間が必要とされるであろう。
(2) 国家実行に基づく学説の相克
文民保護等に関する APⅠの規定を実際に適用する際にジレンマに直面する
46 Boothby, “And for Such Time as”: the Time Dimension to Direct Participation in
Hostilities, pp. 757-758.
Ibid., p. 758.
W. Hays Parks, Part Ⅸ of the ICRC "Direct Participation in Hostilities" Study: No
Mandate, No Expertise, and Legally Incorrect, N.Y.U.J. Int’l L. & Pol., vol. 42, 2010.
49 Nils Melzer, “Keeping the Balance between Military Necessity and Humanity: a
Response to For Critiques of the ICRC's Interpretive Guidance on the Notion of Direct
Participation in Hostilities”, N.Y.U.J. Int’l L. & Pol., vol. 42, 2010, pp. 895-896.
47
48
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海幹校戦略研究
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という見解は、多くの国際法学者等に共通した認識である50。APⅠが軍事的必
要性と人道の要請とのバランスに基づく妥協であることを想起すれば必然であ
るともいえるが、国家実行を通じて、不明瞭な規定の具体化あるいは明確化が
図られることがある。例えば、
「橋」が軍事目標となるか否かについて、1999
年のコソボ空爆時の事例を基に一定の議論がなされた。
先述の APⅠ52 条 2 項51によれば、軍事目標は、
「性質、位置、用途又は使用
が軍事活動に効果的に資する物」であって、その物の破壊等が「その時点にお
ける状況において明確な軍事的利益をもたらすもの」とされている。NATO の
作戦計画立案者は、文民に対するリスクを軽減するために途中から交戦規定
(rules of engagement : ROE)を変更し、橋を攻撃対象から外したとされる52。
これに関連して、ボーテ(Michael Bothe)は、通橋することにより物品が前線に
補給されることが確実な場合に限り、橋が攻撃対象になり得ると述べている53。
これに対し、ディンシュタイン(Yoram Dinstein)は、橋を破壊することは、
軍隊や軍需品の輸送を妨害するのに効果的であるため、軍事目標であるか否か
を判断するに際して、必ずしも仕向地が前線である必要はないと反論する54。
また、橋はそれ自体で軍事目標となるのではなく、学校と同様にもっぱら実際
の状況次第で軍事目標になるとするハンプソン(Francoise Hampson)55やカー
ルスホーフェン(Frits Kalshoven)56らの見解に対しても、ディンシュタインは、
ICRC, Interpretive Guidance, p. 5.
前掲注 13。
52 NATO 諸国では、橋等の目標に対する攻撃制限のほか、15,000 フィートの飛行高度下
限の解除やクラスター弾の使用中止(米国のみ)等、文民の付随的損害を回避するために
ROE を変更した。W. J. Fenrick, “Targeting and Proportionality during the NATO
Bombing Campaign against Yugoslavia”, European Journal of International Law, Vol.
12, no. 3, 2001, p. 501; また、NATO 軍によるコソボ空爆自体が安保理決議による授権や
個別的あるいは集団的自衛権に基づく武力の行使ではなく、人道目的のために「違法だが
正当」という国際的な評価を受けていることからも文民保護等に関する規定を過度に尊重
する必要性があったものとも推測される。
「違法だが正当」論に関しては、B. Simma,
“NATO, the UN and the Use of Force: Legal Aspects”, European Journal of
International Law, Vol.10, No.1, 1999, p. 22;掛江朋子『武力不行使原則の射程-人道
目的の武力行使の観点から』国際書院、2012 年参照。
53 Michael Bothe, “The Protection of the Civilian Population and NATO Bombing on
Yugoslavia: Comments on a Report to the Prosecutor of the ICTY”, European Journal
of International Law, vol. 12, 2001, p. 534.
54 Yorum Dinstein, “Legitimate Military Objectives under the Current Jus In Bello”,
International Law Studies, Vol.78, p. 151.
55 F. Hampson, “Proportionality and Necessity in the Gulf War”, R. Gutman, D. Rieff,
ed., Crimes of War, (W.W. Norton, 1999), pp. 45-49.
56 Frits Kalshoven, Constraints on the Waging of War, ICRC, 1987, pp. 100-101.
50
51
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橋を学校に例えるのはまやかし(meretricious)であるとして異を唱えている。彼
によれば、学校は、軍事利用されるという異例な状況によってのみ軍事目標と
なる。一方、橋は、通常その性質、位置、用途又は使用によって軍事目標とみ
なされ、軍事利用される可能性すらない例外的な状況にあるときにのみ、軍事
目標としての地位を喪失するとされる57。
確かに、ディンシュタインの見解のように、軍事目標に該当するか否かの基
準に関して、性質や用途等が異なる学校と橋を同様の基準で判断することは、
APⅠ52 条 3 項58の民用物推定規定に照らしても不適当であると思われる。橋
自体を軍事目標に該当するとして攻撃した場合、対外的に非難されるおそれは
あるものの、正当性を主張することは可能である。
しかしながら、NATO の作戦計画立案者が危惧したように、文民保護等の人
道的考慮が重視される現代においては、未だ見解の一致を見ない基準に則った
攻撃は、その正当性を疑われる可能性が付きまとう。そして、実際に NATO は
圧倒的な軍事技術や情報能力を有するにもかかわらず、軍事目標に該当するか
否かが明確でない橋に対する攻撃を自重した。このことは、今後の武力紛争に
おける軍事作戦に少なからぬ影響を与える可能性を示唆している。
(3) 各国の軍事能力、遵法精神等による差異
NATO 軍や米軍のように軍事予算が潤沢な「持てる国(haves)」であれば、
無人偵察機や偵察衛星の解析等の軍事技術に伴う高度な情報収集能力を有する
ため、適切な軍事目標の識別や付随的損害の見積もりを算出する可能性が高い
こ と が 予 測 さ れ る 一 方 、 軍 事 技 術 や 情 報 収 集 能 力が低 い「持たざる 国
(have-nots)」の場合、攻撃時の判断材料が少ないために誤った判断を下してし
まうおそれが比較的高いといえる59。さらには、攻撃の際にも「持てる国」は、
十分に訓練された隊員が精密攻撃武器等を用いることにより、文民居住地区の
格納庫にある航空機のような軍事目標であっても正確に指向し、被害を極限す
ることが期待できるが、
「持たざる国」の場合のそれは、比較的期待できず軍事
目標以外に攻撃の余波が及ぶ可能性が高いといえる。
したがって、
「持てる国」と「持たざる国」との間において同一の文民保護
Dinstein, “Legitimate Military Objectives Under The Current Jus In Bello”, p. 151.
前掲注 16。
59 Michael N. Schmitt, “The Principle of Discrimination in 21st Century Warfare”,The
Conduct of hostilities in international humanitarian law , Vol.1, Ashgate Publishing
Limited, 2012, pp. 33-38.
57
58
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2014 年 6 月(4-1)
等の基準で戦闘を行う場合、
「持てる国」の無辜の文民や民用物が被害に遭う蓋
然性が高まるというリスクが生じる。軍事技術の差異によって、文民や民用物
の被害が増加する可能性があることは武力紛争法に包摂されていると考えられ
るが、
「持たざる国」が自国の不利な立場を濫用し、攻撃時に得られていた情報
が過少であったことや隊員の練度不足等を抗弁することによって、恣意的に文
民保護等の規定を軽視する可能性もある。すなわち、このような戦闘様相にお
いては、
「持たざる国」が戦闘の勝利に固執することにより、文民保護等の規定
の衡平性が非対称になるおそれがある。文民保護等の規定の判断基準や遵守す
る意識の度合い等については、軍事力、経済力及び政治的思想の差異等によっ
て国ごとに異なり、人道を重視する立場と軍事的合理性を求める立場によって
も解釈が分かれることがある。そのため、現在までのところ、文民保護等の規
定の解釈について不明瞭な点が多く残されていることも事実である。
以上から、国家実行や判例がある程度集積されている陸戦においても立場や
状況によって文民保護等の規定の解釈が異なることは未だ解決されない問題と
して残存しているといえる。
3 陸戦法規と海戦法規との比較
本節では、陸戦法規と海戦法規の成立経緯等を比較し、陸戦法規と海戦法規
との相違点を抽出する。
(1) 成立の経緯
陸戦法規は、1977 年の APⅠの採択によって、ハーグ法の領域にジュネーブ
法の概念が踏み込むことにより60、1899 年の「陸戦の法規慣例に関する規則(ハ
ーグ陸戦規則)
」61等による戦闘手段や方法を規制する方式よりもさらに人道の
原則を重視する趨勢へと移行した。陸戦においては、APⅠ以外にも例えば、
1980 年の「過度に傷害を与え又は無差別に効果を及ぼすことがあると認められ
る通常兵器の使用の禁止又は制限に関する条約(特定通常兵器使用禁止制限条
60 坂元茂樹「武力紛争法の特質とその実効性」村瀬信也、真山全編『武力紛争の国際法』
東信堂、2004 年、34 頁。
61 ハーグ陸戦規則は、1899 年の第 1 回ハーグ平和会議で採択され、1907 年の第 2 回ハ
ーグ平和会議で改正された。
116
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
約)
」及び同附属議定書により62、地雷、ブービートラップ、焼夷兵器や失明を
もたらすレーザー兵器及び他の類似装置の使用を禁止又は制限すること等によ
って、人道の原則を強化させるための条約が締結されている。陸戦法規によれ
ば、戦闘員や敵対行為への直接参加に該当する文民は、合法的な攻撃目標とし
て直接攻撃対象となることがあるため、人道の原則を遵守させるための条約等
によって、文民や民用物を護る仕組みが整えられてきたといえる。
他方、海戦法規は、1907 年の海戦に関するハーグ条約63以後、1949 年「海
上にある軍隊の傷者、病者及び難船者の状態の改善に関する条約(ジュネーブ
第 2 条約)
」以外に明文化された条約規定は、ほとんど存在せず、大半は慣習
法によって形成されてきた64。海戦における慣習法に関しては、批准されなか
った 1909 年の「海戦法規に関するロンドン宣言」や 1913 年に採択された「交
戦国間の関係を律する海戦法規に関するオックスフォード・マニュアル」は、
当時の慣習法を反映していたが、いずれも 100 年以上経過しており、それらが
現代にも信頼できる指針であるかについては疑わしいとされる65。
(2) 戦 域
陸戦は、通常、いずれかの紛争当事国の領土内で行われるため、文民や文民
たる住民の密集した市街地等で戦闘が実施される可能性がある。そのため、紛
争とは関わりのない無辜の文民が戦闘の影響を受けて犠牲となる可能性が否定
できない。
他方、海戦は、紛争当事国以外の第三者に被害が及ぶ可能性の低い広大な海
域での戦闘が中心となるため、狭水道等の船舶が輻輳する海域等の一部の例外
を除いては、合法的な攻撃に際して、軍事目標以外の船舶に付随的損害等が生
じる可能性は低いと考えられる。すなわち、海戦においては、紛争とは関わり
62 特定通常兵器使用禁止制限条約附属議定書Ⅱ(地雷、ブービートラップ及び他の類似
の装置の使用の禁止又は制限に関する議定書)
、特定通常兵器使用禁止制限条約附属議定
書Ⅲ(焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書)
、特定通常兵器使用禁止制限条約
附属議定書Ⅳ(失明をもたらすレーザー兵器に関する議定書)
。
63 開戦の際の敵商船の取扱い、商船の軍艦への変更、自動触発水雷の敷設、捕獲権行使
の制限、中立国の権利と義務等について、6 つの海戦に関する条約が締結された。Wolff H.
v. Heinegg, “The Law of Military Operations at Sea”, Terry D. Gill and Dieter Fleck ed,
The Handbook of the International Law of Military Operations, Oxford University
Press, 2010, p. 347.
64 竹本正幸監訳『海上武力紛争法 サンレモ・マニュアル 解説書』東信堂、1997 年、34 頁。
65 同上、4 頁。
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
のない第三者が戦闘の影響によって犠牲となる可能性は、陸戦に比して少ない
といえる。
(3) 軍事目標
陸戦法規においては、APⅠの規定により、戦闘員と文民、及び軍事目標と民
用物を区別し、戦闘員あるいは文民が敵対行為に直接参加する場合は、個人が
軍事目標となる。また、民用物の性質、位置、用途又は使用が軍事活動に効果
的に資するものであり、かつ、その破壊等が明確な軍事的利益をもたらす場合
は、民用物であっても軍事目標とされる。
一方、海戦法規においては、慣習的に艦船を軍艦(及び補助艦)と商船とい
う 2 つのカテゴリーに大別し、原則として軍事目標となるのは軍艦(及び補助
艦)であり、例外的に、武装商船や敵国軍隊の補助者として行動する商船等が
軍事目標に該当すると認められてきた66。このため、海戦法規においては、陸
戦法規とは異なり、海上にある戦闘員や敵対行為に直接参加する文民であって
も、個人を直接の軍事目標とすることはなく、軍艦や補助艦のような物的目標
が主たる軍事目標となる点で相違がある。
(4) 文民保護等の規定
陸戦法規では、文民保護等の規定が APⅠを中心に明文化されている一方、
海戦法規においては、APⅠのような文民保護等の規定はほとんど存在しない。
しかしながら、文民保護等に関連する人道の原則を海戦法規に適用しようと
する試みがまったく行われてこなかったわけではない。1907 年の第 2 回ハー
グ平和会議の最終議定書において「海戦の法規慣例に関する規則の制定は次回
の会議の議題にあげられること、及びすべての場合に諸国が陸戦の法規慣例に
関する条約の諸原則を海戦においてはできる限り適用するという希望」が表明
されたが、第一次大戦の勃発により、会議の実現には至らなかった67。
また、APⅠ起草時においては、APⅠ49 条 3 項前段における「この部の規定
は、陸上の文民たる住民(中略)について適用するものとし、陸上の目標に対
して、
(中略)適用する」
(下線筆者)という規定の「陸上の」という文言を削
除することが提案されていた68。これは、文民保護等の APⅠの規定を海戦や空
66
67
68
真山「海戦法規における目標区別原則の新展開(一)
」10 頁。
藤田『新版国際人道法』16-17 頁。
ICRC, Commentary AP, pp. 605-606.
118
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戦においても適用することにより、現行よりも望ましい規定とすることを希求
するものであったが、採択の結果、僅差で否決されたという経緯があった69。
上記のような陸戦における文民保護等の規定を海戦にも適用させようとする
試みは、その後、サンレモ・マニュアルによって大きく進展することとなった。
4 文民保護等の海戦への適用
(1) サンレモ・マニュアルにおける文民保護等の記述
慣習法が中心であり、曖昧な状況にある海戦法規のより良き理解と発展を促
進すること目途として、1994 年に「海戦に適用される国際法サンレモ・マニュ
アル」
(以下、
「サンレモ・マニュアル」
)が作成された70。サンレモ・マニュア
ル自体に法的拘束力はないが、同マニュアルは、ある程度の統一性をもった各
国の海軍マニュアルの作成を助長する役割を果たすことを期待して作成されて
いる71。サンレモ・マニュアルにおいては、APⅠで適用除外とされている陸戦
における文民保護等の一部の規定を海戦にも適用すべきという指針が示されて
いるが、APⅠとは異なり、海戦における文民保護等の慣習法を明文化したもの
ではない72。
海戦には適用除外とされる APⅠの文民保護等の規定をサンレモ・マニュア
ルに採用した主なものとして、para. 39「紛争当事国は、文民または他の保護
される者と戦闘員とを、また、民用物または免除される物と軍事目標とを、常
に区別しなければならない」73及び para. 40「軍事目標は、物については、そ
の性質、位置、用途または使用が軍事活動に効果的に貢献するもので、その全
面的または部分的な破壊、捕獲または無力化がその時点における状況の下にお
いて明確な軍事的利益をもたらすものに限られる」74という記述がある。これ
らの記述は、陸戦における区別原則に関する規定である APⅠ48 条75及び 52 条
69 採択の結果は、賛成 33 票、反対 35 票、棄権 4 票であった。O.R. XIV, p. 86,
CDDH/III/SR.11, para. 15; ICRC, Commentary AP, pp. 605-606.
70 International Institute of Humanitarian Law, San Remo Manual on International
Law Applicable to Armed Conflicts at Sea, Cambridge University Press, 1995
[hereafter San Remo Manual] Introduction, pp. 61-69.
71 Ibid.
72 Ibid.
73 竹本『海上武力紛争法 サンレモ・マニュアル 解説書』72 頁。
74 同上、73 頁。
75 前掲注 11。
119
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2 項76と各々ほぼ同文である。また、para. 41 は、軍事目標とされない目標は
民用物であるとする APⅠ52 条 3 項77の民用物推定規定を採用している78。
para. 42 は、
「紛争当事国を拘束する特定の禁止事項のほか」
、
「(a)過度の傷
害もしくは不必要な苦痛を与える戦闘方法又は手段」や「(b)軍事目標に向けら
れていない無差別な戦闘方法又は手段」を禁止する記述を置いている。この記
述は、APⅠにおける区別原則や過度の付随的損害の禁止を包括的に表している
といえる。
para. 46 は、攻撃の際の予防措置等に関する内容を設けており、APⅠ57 条
2 項(a)(ⅱ)79の攻撃の際の予防措置を反映させた表現となっている。他方、AP
Ⅰ58 条に規定されている被攻撃の際の予防措置については80、軍事活動の支援
に商船や民間機を使用する海戦の環境を考慮すると容易に適用できないと判断
され、サンレモ・マニュアルには採用されなかった81。
上記の他にも、サンレモ・マニュアルにおいては、APⅠの海戦に適用されな
い文民保護等の規定を採用している記述が随所にみられる。したがって、少な
くともサンレモ・マニュアルの起草に参加した法律専門家や海軍の専門家に関
しては、被攻撃の際の予防措置以外の APⅠの文民保護等の規定については、
海戦に適用されるべきであると認識していたといえる。
(2) 各国の軍事マニュアルによる文民保護等の導入
本項では、現場部隊の行動に直接の根拠を与える軍のマニュアルにおいて、
海戦における文民保護等がどの程度反映されているかについて確認するため、
各国海軍のマニュアルを分析する。
まず初めに、数多くの戦闘実績のある米海軍について確認する。米海軍マニ
ュアルの NWP1-14M では、
「適切な攻撃目標には、軍事目標としての敵国の軍
艦と軍用機だけでなく、軍の補助船舶、沿岸の軍基地、軍艦の建造・修理施設、
軍の補給庫や貯蔵所、石油類貯蔵地区、ドック、港湾施設、港、橋梁、飛行場、
前掲注 13。
前掲注 16。
78 para. 41「攻撃は、厳に軍事目標に限定しなければならない。商船および民間機は、こ
の文書に規定する原則および規則によって軍事目標とされない場合には、民用物である」
竹本『海上武力紛争法 サンレモ・マニュアル 解説書』77 頁。
79 前掲注 24。
80 本稿 5 頁参照。
81 San Remo Manual, para. 46.4, p. 124.
76
77
120
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(中略)その他軍事行動の遂行や支援に用いられる目標が含まれる」82(下線
筆者)として、海戦における区別原則や軍事目標を具体的に例示している。当
該規定は、用語に若干の議論はあるものの83、サンレモ・マニュアルあるいは
APⅠ52 条 2 項の規定を敷衍した内容を採用している。
NWP1-14M における特筆すべき項目として「軍事目標の中又は付近にある
文民」がある。当該規定は、
「武力紛争当事国は、自国の管理下にある文民(同
様に、傷者、病者、難船者及び捕虜)を敵による攻撃の可能性のある目標付近
から移動させるという積極的義務を負う。敵の攻撃から軍事目標を保護するた
めに、故意に文民を使用することは禁止される。このような場合においても引
き続き、付随的損害の概念の基盤となる均衡性の原則が適用されるが、合法的
軍事目標の中又は付近にある文民の存在が、当該目標に対する攻撃を排除する
ものではない。このような軍事目標は、合法的な選定目標であり、任務完遂の
必要のために破壊され得る。この場合、当該文民の死傷が生じたとしても、そ
の責任は彼らを雇用した敵国に帰する。軍艦に乗艦している技術派遣員又は弾
薬工場の被雇用者のような文民の労働者が軍事目標の中若しくは付近に存在す
ることは、軍事目標の地位を変更するものではない。これらの文民は、均衡性
の検討からは除外され得る。合法的な攻撃を抑止するために、文民が自発的に
その身を人間の盾として軍事目標の中又は付近に置くことは、軍事目標の地位
を変更するものではない。このような状況を想定した武力紛争法は十分に発展
していないが、当該文民は、敵対行為に直接参加しているか、敵の戦争遂行・
継戦努力に直接貢献しているとみなされ、均衡性の検討からは除外され得る」84
と規定し、国際法学者の中でも諸説ある人間の盾に関する見解も含めて、包括
的に APⅠの文民保護等の曖昧な規定についての判断基準を明確にしている。
その他、NWP1-14M においては、APⅠの文民保護等の規定を一層深化及び明
確化する形で具体例とともに規定しているものが多くみられる85。
海戦における区別原則や軍事目標に関する規定のみについていえば、米国以
Department of the NAVY, The Commander’s Handbook on the Law of Naval
Operations, NWP1-14M, 2007 [hereafter NWP1-14M], para. 8.2.5.
82
83 NWP1-14M は、軍事目標を「戦争遂行努力(war-fighting capability)又は継戦努力
(war-sustaining capability)に効果的に資するもの」としている点において、APⅠやサン
レモ・マニュアルの「軍事活動に効果的に資する物」よりも対象が広い。
84 NWP1-14M, para. 8.3.2.
85 紙面の都合上、すべての項目を記載することは控えるが、para. 8.3 文民及び民用物、
para. 8.3.1 偶発的被害及び付随的損害、para. 8.5 軍事目標と保護される人及び物との区
別、等に文民保護等に関する諸規定が APⅠよりも詳細に規定されている。
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
外のイギリスやフランス等の主要国のマニュアルにおいても、サンレモ・マニ
ュアル及び APⅠ52 条 2 項86と同様の規定が置かれている87。
区別原則や軍事目標以外の文民保護等の規定に関しては、カナダのマニュア
ルは、陸戦及び海戦の章において、APⅠ57 条 2 項(a)(ⅲ)
88と同様の規定を設
け89、海戦にも均衡性の原則や攻撃の際の予防措置に関する文民保護等の規定
の適用があることを認めており、ギリシャにおいても、カナダと同様の規定を
置き90、文民保護等の規定が海戦にも適用されることを明示している。また、
エクアドルの海軍マニュアルにおいても均衡性等に関する規定がある91。
その他、陸戦と海戦を区別せず、武力紛争全般のマニュアルとして APⅠの
文民保護等の規定を置く国は多いが、区別原則や軍事目標に関する規定以外の
均衡性の原則や予防措置に関する規定が海戦に適用されることを明確に示して
いるマニュアルは、上述の例以外ほとんどみられない92。
各国のマニュアルをみると、APⅠの文民保護等の規定を海戦に採用している
国は一部存在するが、サンレモ・マニュアルに寄せられた期待に反し、未だ希
少であるといえる。また、文民保護等の明確な基準等を示しているマニュアル
も米海軍を除いては、ほぼ存在しないという現状にある。この点において、米
国は、APⅠを批准していないとはいえ、相対的に最も APⅠの文民保護等の規
前掲注 13。
ICRC, Customary International Humanitarian Law: Vol. 2, Henckaerts &
Doswald-Bech ed., Cambridge University Press, 2005; カナダ Office of the Judge
Advocate General, The Law of Armed Conflict at the Operational and Tactical Levels,
13 August 2001, Chapter 4, para. 8; フランス Ministere de la Defense, Manuel de
86
87
droit des conflits armes, Direction des Affaires Juridiques, Sous-Direction du droit
international humanitaire et du droit europeen, Bureau du droit des conflits armes,
2001, art. “Objectif Militaire”; ドイツ The Federal Ministry of Defence of the Federal
Republic of Germany, Humanitarian Law in Armed Conflicts-Manual, VR3, August
1992, para. 442, 1025; イギリス Ministry of Defence, The Manual of the Law of Armed
Conflict, 2004, para. 13.26.
88 前掲注 25。
89 Canada, Office of the Judge Advocate General, The Law of Armed Conflict at the
Operational and Tactical levels, 13 August 2001, §827.3 (naval warfare).
90 Greece, Hellenic Navy General Staff, Directorate A2, International Law Manual,
Division Ⅳ, 1995, Chapter 7, Part 1, §2(c).
91 規定内容は米海軍のマニュアルとほぼ同一であるため、米海軍に倣ったものであると
推測される。Ecuador, Academia de Guerra Naval, Aspectos Importantes del Derecho
International Maritimo que Deben Tener Presente los Comandantes de los Buques,
1989, §8.1.1, §9.1.2.
92 ICRC, Customary International Humanitarian Law: Vol. 2.; なお、2005 年以降にア
ップデートされたデータは、ICRC のホームページから閲覧可能である。
http://www.icrc.org/customary-ihl/eng/print/v2, Accessed May 1, 2014
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
定を積極的に採用している国であると評価し得る。
(3) 海戦における文民保護等の構成要素
本項では、文民保護等を海戦に適用する試みの方向性を確認するため、海戦
における文民保護等の構成要素について検討する。
ア 区別原則
海上における軍事目標は、慣習的に艦船を軍艦(及び補助艦)と商船の 2 つ
に大別するカテゴリー別選定基準に基づいているが、近年のサンレモ・マニュ
アルや米海軍のマニュアルが採用している機能に着目した選定基準に拠った場
合であっても93、艦船や航空機といったビークル自体が攻撃目標となる点で変
わりはなく、戦闘員や文民を攻撃の対象とすることはない。また、軍艦や商船
等の物的目標を区別することは、海戦における慣習法として伝統的に遵守され
ているため94、仮に APⅠのような区別原則や無差別攻撃の禁止等の規定が海戦
に導入された場合にも、それが及ぼす影響は少ないものと考えられる。
イ 均衡性の原則及び過度の付随的損害の禁止
サンレモ・マニュアル起草段階において、一部の参加者は、ドイツが第 1 次
大戦中に小銃弾等の軍事物資を輸送していた英国客船「ルシタニア号」を撃沈
し、1198 名の乗客と乗組員が死亡した事例を引き合いに出し、同号が軍事目標
であることは間違いないが均衡性の原則に反するという見解を明らかにした95。
均衡性の原則を含む海戦における文民保護等の規定は、サンレモ・マニュアル
にモデルとなる指針が示されているが、現在までのところ、いずれの国の海軍
マニュアルにおいても乗艦する文民を保護するために軍事目標に対する攻撃を
禁止するような規定は存在しない。また、
「文民の存在が軍事目標の地位を変更
することはない」という米海軍マニュアルの記述が象徴するように、少なくと
も国家実行の観点からは、乗船あるいは搭乗中の文民を均衡性の対象とする意
識は希薄であると言える。
こうして観れば、
「ルシタニア号」
は現代においても、
なお合法な軍事目標足り得、陸戦法規よりも海戦法規の方が無辜の文民が犠牲
になることを許容しているように見える。
93 真山教授は、目標となる物を具体的に列挙して目標を特定化する方式を「カテゴリー
別目標選定基準」と称されることに対し、物を列挙するのではなく軍事活動や戦争遂行へ
の貢献といった物の機能に着目して一般的な定義を与える方式を「機能的目標選定基準」
と呼称している。真山「海戦法規における目標区別原則の新展開(一)
」8 頁。
94 竹本『海上武力紛争法 サンレモ・マニュアル 解説書』13 頁。
95 San Remo Manual, para. 46.5, p. 124.
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海幹校戦略研究
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しかしながら、先述のコソボにおける NATO の自重の例に見るように96、現
代のように科学技術が発達し、情報がインターネット等で全世界的に配信され
る状況にあっては、戦闘において人道に疑問を投げかける戦闘手段や方法を採
ることは、相手国に戦略的に利用されることにより、国際社会の反感を買うこ
とで戦局が不利に陥る可能性も生じる。
「ルシタニア号」
の当時においてさえも、
無辜の男女や子供が犠牲になったことにより世論が紛糾したため、暴動にまで
発展し、在英のドイツ国民の生命の危機を招いたことや97、被害者の中に米国
人もいたことからイギリスが米国にドイツ参戦を働きかける等の政治的な影響
が大きく98、ドイツが被った不利益は多大であったといえる。そのため、海戦
における均衡性の原則や過度の付随的損害については、法による制約よりも政
治的理由による制約に委ねられる面が大きいといえる。
軍事目標に該当するが、
攻撃することによって不利益を被るために攻撃を差し控えたいという場合には、
各国の ROE によって制約を加えることにより、現状の海戦法規を維持したま
ま、文民保護を厚くすることも可能である。
均衡性の原則や過度の付随的損害の禁止等の規定を海戦法規に適用するこ
とが文民保護等の観点からは望ましいと考えられるが、陸戦法規から類推する
とそれらの判断基準を設けることは容易ではないため、各国が ROE によって
制約を加える方が現実的であると考えられる。
ウ 予防措置
サンレモ・マニュアルが提言しているように、攻撃の際の予防措置について
は、誤攻撃や過度の付随的損害を軽減するため、利用できる情報に照らして実
行可能なすべての措置をとることは、
文民保護等の観点から望ましいといえる。
他方、被攻撃の際の予防措置については、文民や民用物を軍事目標の近傍か
ら移動させるよう努めること、人口の集中している地域に軍事目標を置かない
ようにすること等は、海上においては困難であることが予想される。したがっ
て、サンレモ・マニュアルが被攻撃の際の予防措置は海戦法規に適用できない
としたように、海戦においては、被攻撃の際の予防措置を考慮する必要性は少
9-11 頁参照。
Oppenheim, International Law, Vol.Ⅱ, Longmans, 1952, p. 308.
98 ルシタニア号には米国の民間人 139 名が乗船しており、うち 128 名が死亡した。米国
民は激怒したが、当時の大統領ウィルソン(Woodrow Wilson)は、戦争準備ができてい
なかったこともあり、当初はドイツに宣戦布告せず抗議文を送ることに留めていた。しか
しながら、ルシタニア号撃沈を祝う記念メダルがドイツで販売される等、反ドイツの機運
が高まり 2 年後の 1917 年に米国は正式にドイツに宣戦布告した。A. A. Hoehling, “The
Last Voyage of the Lusitania”, Madison Books, 1996.
96
97
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
ないといえる。
おわりに
以上のように、APⅠにおける文民保護等の規定が陸戦と海戦において扱われ
方が異なるのは、両者の戦域及び軍事目標の区別方法等が異なる陸戦法規と海
戦法規の成立経緯に由来することは明らかである。そして、その結果として、
文民保護等の構成要素が海戦に及ぼす影響は、極めて限られた範囲にとどまる
ことが確認できた。
現状においては、海戦で文民が犠牲になる可能性は、陸戦よりもはるかに低
いと考えられる。しかしながら、そうした背景があったとしても、APⅠの文民
保護等の規定の一部を導入することを検討すること自体は、無意味なことでは
ないと考える。サンレモ・マニュアルが提言しているように、文民保護等の規
定を海戦に適用することによって、将来の海戦における文民の犠牲を局限する
ことに多少でも繋がるのであれば99、海戦への適用を追求する意義があるため
である。
文民保護等の規定を海戦へ適用することを検討する際には、APⅠの文民保護
等の規定を網羅的に補完しているサンレモ・マニュアルは良き手本となり得る。
しかし、APⅠの文民保護等の規定は、陸戦においても未だ議論が収束していな
い規定が多いため、サンレモ・マニュアルの記述をそのまま国内のマニュアル
に転用するのみでは、
陸上と同様の議論が繰り返されるであろう。
したがって、
米海軍のように、サンレモ・マニュアルを敷衍し、具体化や明確化を図る形で
自国の軍事技術や軍の練度等も加味した実践的な軍事マニュアルや ROE を策
定することが望ましいといえる。もっとも、その際には、軍事的必要性に偏重
して文民保護等の規定を疎かにすることのないよう、ICRC 等の人道を重視す
る立場の見解も真摯に検討し、海戦における軍事的必要性と文民保護等の規定
とのバランスを取る必要があるといえよう。
99
竹本『海上武力紛争法 サンレモ・マニュアル 解説書』12 頁。
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騒がしい海
―― 中国と日本が海で対決
――
トシ・ヨシハラ
(訳者:平賀 健一)
Toshi Yoshihara, “Troubled Waters: China and Japan Face Off at Sea”;
This article first appeared in World Affairs, January/February 2014, is
reprinted with permission. World Affairs is a bi-monthly print and online
journal at <WorldAffairsJournal.org>. It is published in Washington DC.
翻訳の趣旨
本記事は著名な中国に関する安全保障専門家である米海軍大学戦略政策学
部教授のトシ・ヨシハラ博士が尖閣諸島問題の現状を鋭い視点で分析した上、
我が国がなすべき方策を冷徹な視点で論じたものであり、中国の安全保障問題
を考察する者に広く紹介すべき内容であると思料することから、ヨシハラ博士
と出版社の許可を得て翻訳しここに掲載するものである。
なお、ヨシハラ博士は 2014 年 2 月に海幹校に来校し、中国情勢について意
見交換を行う等、当校とも関係が深い。
……………………………………………………………………………………………
日本と中国は今現在、
東シナ海で 1 年以上にわたりお互いに睨み合ってきた。
2012 年 9 月に日本政府が尖閣(釣魚)諸島を国有化して以降、中国の「海洋
法執行艦隊」は同諸島付近の論争中の海域で巡回を継続している。中国は定期
的な巡回は日常的な通常任務であると主張している。日本の海上保安庁の巡視
船は、日本政府が中国政府の法的な要求に譲歩することを避けるべく、昼夜を
分かたず中国による全ての領海侵入を監視、追跡している。
今のところは静かなこの難局が始まる前には、無人島-実際には小島といっ
た方が相応しい-の主権と周辺海域の施政権を実効的に支配してきた日本に対
し、中国が積極的に争ってくる事態になろうとは考えられなかった。さらに、
日本が適切な対応をとるべく懸命に努力するとの考えも少なかった。長期にわ
らり試されている中国の意志について西側諸国でほとんど報道されなくなった
ことが、増大する中国の野心に関する前提が変化したことの証しである。いた
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
ちごっこがアジア海域での新たな常態となりつつあるように見える。
一般的にこうした燻る対決は、衝突する主権上の主張と炭化水素資源や漁業
権を巡る競争に起因するものである。しかし、地理上の戦略的価値、海上にお
ける力の不均衡の出現、及び地域秩序についての競合する考えが危険度を上昇
させている。これらの問題は、争いを長引かせるだけでなく、争いの範囲と意
味をも拡大し、その結果今やまさにアジア海域における日本と中国の将来の地
位という争点を含むのである。今までのところ、日本はその競争において敗者
側にいるようだ。それ故、この競争に潜む原因を理解し日本にとって利用でき
る戦略的な選択肢を導き出すことは日本政府にとって必須であり、我々の緊密
な関係から米国にとっても同様である。
日本と中国は気まずく抱擁する体勢-近隣に位置する陸上国家と島嶼国家
がお互いへのアクセスとして海を跨いだ形-で固定化されている。地図を一瞥
すれば長い島のつながり-日本から南へフィリピンまで-が中国沿岸のすぐ沖
合に位置していることがわかる。日本列島は黄海と東シナ海を囲い込み、最南
端(訳者注:最西端たる与那国島の誤りと思料)の島は、台湾東海岸からわず
か 80NM に位置している。中国にとって、ありのままの地理的な現実は、太平
洋の公海への最短ルートが日本の島々で形成されるチョークポイントを通過す
るものであるということである。多くの中国人戦略家にとって、日本は中国が
大海原への幹線道路へ入域するのを妨害する島のバリアであり、中国の合法な
海洋に対する野望を制限していると映るのである。
急速に近代化された中国海軍がその行動範囲を拡大するにつれて、中国海軍
の艦隊が日本の狭隘な海域を通過し日本の東海岸を航行することはごく普通な
こととなってきている。わずか 5 年前の散発的な太平洋への進出に始まり、こ
うした遠征は今や年間を通して定期的に行われている。2013 年 7 月、水上艦
戦闘グループが(人民解放軍海軍(PLAN)の部隊として初めて)宗谷海峡を通
峡し、日本列島を周航し、沖縄島と宮古島間の国際海峡を通過して母港に帰港
した。また、中国の早期警戒機、爆撃機、無人機が東シナ海上空を満たすがご
とく飛行し始めた。さらに悪いことに、中国政府は 2013 年 11 月、同海域上空
への Air Defense Identification Zone(ADIZ:防空識別圏)設定を一方的に宣
言し、圏内に入域する全ての外国機に対し、中国の航空当局に飛行計画を提出
することを要求した。こうした安定性を損なう動きは、一つには中国政府が他
国を追い詰めたまま争いとなっている海域での独自の運用能力を度強化するた
めに計画された。中国の空域は日本の ADIZ とあからさまに重なっており、尖
127
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
閣(釣魚)諸島にまで及んでいる。もし中国がこうした活動を活発化させ新た
な現状維持に結びつけようと決意しているのであれば、東アジアの海という比
較的狭い空間での中国と日本の軍隊間の頻繁なもめ事は、ここ数年のうちに日
常的なものとなりそうである。
1990 年代初期においては、中国の駆逐艦、フリゲート、潜水艦に西側の基準
で「近代的」と言えるものはなかった。しかしながら、1990 年代中期までに、
中国海軍は一連の準最新鋭艦が相次いで就役するほどに変質し始めた。引き続
く 10 年間は特に全てのタイプの軍艦で多くの新型艦の就役が見られた。2000
年から 2010 年の間に、
中国の近代的な攻撃型潜水艦部隊は 6 倍以上に増大し、
新たに就役した駆逐艦、フリゲートはそれぞれ 3 倍、2 倍となった。これらの
高性能な艦艇は 20 年から 30 年間ほど就役するよう建造されており、日本の周
辺海域で数十年単位のプレゼンスを保つ見込みである。
日本にとっては(中国に)ついて行くのにつらい時期となるだろう。中国政
府の国防予算は 20 年以上 2 桁台の伸びを見せており、経済の減速感が見える
にもかかわらずその軌道を保っている。対照的に、日本の防衛費は安倍晋三首
相が 2013 年に歯止めをかけるまで 11 年連続で減少した。しかし、これは象徴
的に重要ではあったものの、彼が実施した増額-1%以下-は大きな競争力を持
つ企てではなかった。日本の財政における劇的な逆転-その見通しは疑わしい
としか言えないが-が不十分であれば、日本が中国のシーパワーより多くの力
を構築することは望み得ないのである。
中国政府の海洋における要求を保護すべく監視任務と法執行任務を統一し
て実施するため新たに統合設置された中国海警(China Coast Guard: CCG)の
発展は、中国の三叉の戈(トライデント)の一つをなす重要事項である。日本
の海上保安庁は決してひ弱な組織ではないが、中国の準軍事的組織(訳者注:
中国海警)は新たな警備船を定期的に就役させることによりどんどん大きくな
っている。数年前に始まった積極的な建造計画においては、2015 年までに 30
隻以上が進水すると報じられている。2013 年 8 月と 9 月、中国はともに 4,000
トン級の海警 3401 と海警 2401 を進水させた。
この新たな警備船の編入により、
中国政府は主権に関する管轄権を主張するため任意の海域で目に見えるプレゼ
ンスを維持できると確信している。
その強化はうまくいっている。尖閣(釣魚)危機の 1 周年までに中国の警備
船は紛争海域で 59 回の哨戒任務に従事した。それぞれの侵入において、日本
の海上保安庁は巡視船を緊急配備させ中国側に海域を出るよう警告する必要が
128
海幹校戦略研究
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あったが、その際(日本側の)海洋組織の物理的な忍耐力やその決意のほどを
検証していた。そのような間断のない圧力を及ぼす中国側の能力の進展は、海
上保安庁の退役準備ができた老齢船の除籍計画を先延ばしにすることを強いて
いる。海上保安庁の船艇と人員を増加させるという近年の計画が、中国側に傾
きつつある力の均衡を減速することができるのかどうかはまだ分からない。
中国の新しく優れた海洋勢力が有する耐久性から、次の明白なメッセージが
発せられている。
「日本政府は中国のシーパワーとうまくつきあっていくことを
学ばなければならない。
」中国政府はこの点を強めるために、海軍部隊の活動重
点海域を東シナ海周辺に設定するとともに、これはいつも通りの任務に過ぎな
い、と示唆する公式声明を定期的に発している。例えば 2013 年 9 月、中国国
防部の報道官は「中国の軍艦と軍用機が定例の訓練を実施するため西太平洋の
海域に進出するのは、国際法や国際慣習に従ったものである。中国軍の正常で
正当な活動に対しいかなる団体も過剰反応すべきではない。
」と断言した。この
「衣の下の鎧」は、明らかに日本に向けられた意思表示である。
中国海警が尖閣(釣魚)諸島に警備船を派遣するときはいつでも、その派遣
は政府の Web ページで発表され中国メディアが忠実に報道している。2013 年
9 月に発表された政府の公式告示は、海警艦隊を「我が国の関連規則や法律に
従って権利を守り法執行を実施しつつ、釣魚諸島の我が国の領海を継続して哨
戒している」と賞賛している。2012 年 12 月に中国の哨戒機が同諸島上空を飛
行した後、外交部報道官は、日本が領空侵犯と見なした同事案は「全く問題な
い」ものであったと主張した。また政府の報道官は、ADIZ についてその空域
は国際法と中国の国内法に従ったものだと主張することにより、その正当性を
繰り返し擁護している。
そうした公式声明は中国の決意を知らしめるものである。しかし、尖閣(釣
魚)問題の膠着状態を国内法執行の問題と定義づけることにより、中国政府は
危険度を押し上げている。国内問題はまったく交渉できないものである。日本
は領土紛争が存在することすら拒否する立場をとっている。日本も中国もそう
した妥協できない位置から後退できなくなっている。両者にとって完全な勝利
以外は我慢できない敗北と見なされるだろう。外交上の突破口がなければ、同
諸島周辺の哨戒活動と対哨戒活動は継続し、両者は休みのない低レベルの係争
状態への固定化を強いられるだろう。中国はそのような耐久力を要する勝負を
行う余裕があり、物的な力についての趨勢が中国に極めて有利なため、その競
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
争に実際に勝ちつつあることを認識している。
しかしより厄介なのは、日本政府が中国の海洋へ向けた転換に慣れるべきだ
とする中国政府のメッセージではなく、アジアにおける海洋秩序と日本の役割
に対する中国人の不満が増大していることである。中国の軍部や政治組織にお
ける有力な意見は、西側諸国のリベラルな国際主義を激しく非難するとともに
米国による海の管理に不信感を募らせ、中国に有利な秩序となるよう中国政府
が現状の秩序をひっくり返すことを望んでいる。もしそのような世界観が政策
決定プロセスをしっかりと支配した場合、中国を巻き込む海洋における最新の
対決状態が、これから起こることの前触れとなるだろう。中国の優勢を強く求
めるそのような意見は、東シナ海における中国の挑発の結果として勢いを増し
た。
これらの強硬派民間知識人の一部はアジア海域の支配権を巡る争いの代理
人である日本に照準を向けてきた。著名な中国社会科学院の学者である叶海林
(Ye Hailin)は、島を巡る紛争の解決策は、主権の問題を解決するだけではなく、
中国、日本、米国の長期的な「戦略的地位」をも決定するだろうと主張する。
彼は、
もし日本が米国の支援を受けて、最終的に釣魚諸島の主権に関する中国の主張を無
理やりあきらめさせた場合、日米同盟で補強される米国主導によるアジア太平洋の秩
序は、疑問の余地なく再確認されるだろう。同時に大陸国家から海洋国家に変質しよ
うとする中国の夢は、実現されないだろう。一方、もし中国が釣魚諸島に対する主権
の主張を首尾よく全うした場合、米国がその国益と、もっと言えばその先取権に従っ
てアジア太平洋の海洋秩序を支配する時代は、直ちに終わるだろう。その後中国は太
平洋の海洋秩序を開拓し維持する中で、重要な参加者となるだろう。
と主張している。
叶(Ye)の主張は誇張を含んでいるが、彼は明確に島嶼を巡るもめ事はより大
きな大国とのシャドーボクシング(意見の探り合い)であると見なしている。
もしこの主張が中国政府の公式方針となれば、尖閣(釣魚)に関する口論は領
土を巡る論争を超越するだろう。また、中国による東シナ海の戦略的使用に日
本が屈服したとしても、それはより壮大なドラマの前兆に過ぎないかもしれな
い。
10 年前、見下しとは言わないまでも、無関心というのが中国のシーパワーに
130
海幹校戦略研究
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対する日本の態度を特徴づけるものであった。それゆえ、世間一般の見解は、
見通しうる将来、日本は中国に対するほとんど乗り越えられないような質的優
位を継続できるだろう、というものだった。今は違う。日本防衛省が毎年発刊
する防衛白書の最新号では、中国海軍についてますます多くのページを割いて
いる。2011 年以降、防衛省内のシンクタンク(訳者注:防衛研究所)は中国の
安全保障政策に関する年次報告を発刊し、中国の海洋活動に特別の注意を払っ
ている。退役将官たちもまた論争に加わり、大衆紙や軍事雑誌の中で中国の海
上における自己主張の強さに警鐘を鳴らしている。ある種の緊迫感が今や日本
の戦略的な集団を駆り立て、中国との海洋における長期的な競争でのギアを遅
ればせながら上げたのである。
第一に、日本政府はロシア-時代遅れの冷戦の遺産-に向けた北方重視から
離れて、南方側面重視に旋回した。そうして日本はその注意や資源を、日本の
九州から台湾にかけ 600NM にわたって鎖状に伸びる南西/琉球諸島に移行し
た。日本政府は同諸島における陸上守備兵力とともにより多くの航空、海上兵
力を展開することを計画している。日本政府は、琉球諸島づたいの防衛力を増
強することにより、鎖状の島がもたらす中国の公海への進出遮断-かつて日本
列島を利用してソ連海軍を日本海に封じ込めたように-という永久的な地理的
利点をいかした選択肢を利用でき、それがある種の戦略的優位をもたらしうる
だろうと考えている。
第二に、日本はその海洋兵力の(訳者注:相対的)低下に取り組んでいる。
2010 年、
日本政府はその精強な潜水艦隊を 16 隻から 22 隻に増強させ始めた。
この動きは、中国海軍の指揮官たちが長年軽視してきた中国海軍の対潜水艦戦
(ASW)能力の現在の弱点を利用する傍ら、日本の海上自衛隊の年来の強みにて
こ入れするものである。中国政府はこの弱点を補うため、潜水艦を捕捉する能
力に対して今まで以上の配慮を払わなければならないだろう。ASW に対する
支出の増大が、今度は中国海軍が潜水艦やその他の攻撃的な兵器の建造に使え
る資源の減少をもたらすのである。つまり、日本の潜水艦の増強が中国政府に
困難な選択を強いるのである。
第三に、もし、日本政府、米国政府及びその他の利害関係国が現状の海洋秩
序を守ることに重きを置くことを公然と強調しつつければ、日本の地位は強化
されうるということである。2013 年 10 月 3 日、日米安全保障協議委員会(訳
者注:2 プラス 2)が海洋の安全保障に関するコミットメントを再確認したと
き、風向きが変わった。中国を名指しすることなく、同委員会は「海洋領域に
131
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
おける強圧的で不安定化させる振る舞い」を「国際的な規範への挑戦」の一つ
だと指摘した。また、中国が「国際的な行動規範を順守するよう」求めるとい
う目標を繰り返し確認した。翌日、米国、日本、及びオーストラリアは「東シ
ナ海の現状を変えようとするいかなる強圧的或いは一方的な行動に反対する」
という、驚くほど単刀直入な 3 カ国の共同声明を発表した。この 3 つの海洋国
家は現状の配置が将来の現実であると事実上定義したのである。さらに重要な
のは、この同じ考えを持った国家の連合が、現状の海洋秩序の浸食や後退を防
ぐための決意を知らしめていることである。
最後に、日本政府は日米同盟の枠の中で中国に対抗している。2013 年 6 月、
かつてない展開として、日本の陸上、航空、海上部隊が米国本土で実施された
大規模な水陸両用演習に米軍のカウンターパートとともに参加した。また、安
倍首相は、日本が自らに課した集団的自衛権の行使禁止-攻撃を受けている米
軍の援助に日本が駆けつけることを禁じること-を解除すると主張している。
安倍首相の構想を支えるシナリオの中で、一つの海軍の活動を含むものが注目
を浴びている。もし日本の戦闘艦艇が敵の攻撃を受ける米海軍艦艇を助けるべ
き位置にいたとして、憲法上の制約を十分に考慮して何も行動を起こさない、
という場面を想像してほしい。同盟はそのような無為の先に生き延びることは
ないだろう。米軍と一緒に行動していこうという最近の日本の傾向は、同盟に
よる抑止力を強化するだろう。
そのようなメッセージが中国人に通じないはずがない。このような早め早め
の処置は、日本の政治家が渋々ではあるが何もしなければ徐々に中国よりも弱
くなるだろうということを認識し始めたことを示唆している。中国が巨大な陸
上国家であることに満足しているものと仮定する過去の楽天的な思いこみはも
はや通用しない。日本政府は最終的に 2 つの選択肢しかないことを理解した。
-中国政府に恭順するか、或いは素早く対応するとともに長期化することが確
実ないちかばちかの勝負に留まるかである。
132
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
Abstract
Offshore Control and its implication to Japan
HIRAYAMA Shigetoshi
There is a big debate about Air-Sea Battle and T.X Hammes is a chief
critic. He insist Air-Sea Battle is a operational concept but what we need to
beat China is a strategy that define the theory of victory. Offshore Control
Strategy is still new to Japanese national security community so this paper
clarifies the architecture of the strategy. The perimeter of “offshore” in this
strategy is the 1st island chain, therefore Japan have no choice but will be
experience impact of greatest from it. Japan will have choices to embrace
the strategy or deny and some variations. This paper analyses implication
and impact of the Offshore Control Strategy to Japan and propose best
course of action for Japan.
U.S. Indian Ocean Strategy
: Offset strategy against the future threats
SHINICHI Kawamura
Indian Ocean is a dynamic area. China continues military modernizations
and has ‘Pearls of strings strategy’ into the Indian Ocean. China has
financed
the
constructions
of
ports,
roads,
pipelines,
and
other
infrastructure projects in Pakistan, Bangladesh, and Sri Lanka, in addition
to bolstering ties with the Maldives, Seyshells and Mauritius. Moreover, a
combination of ports and access agreements could also provide Chinese
naval forces with the ability to project power into the Indian Ocean on a
sustained basis. India emerges as a counterweight to China militarily and
economically as well.
133
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
To deal with these dynamic conditions, U.S. tries to establish the new
security strategy into the Indian Ocean after Hillary Clinton’s essay,
‘America’s Pacific Century (2011)’. There are numbers of arguments
analyzing and describing it. However, the U.S. government does not open it
officially yet.
This paper examines these arguments from a view point of the
geopolitical theories such as ‘Some Principles of Maritime Strategy (1911)’,
written by Julian Corbett, a British historian. The point is that to impose
local, temporary superiority at critical places on the map at critical times to
the future threats, with allied countries such as Austraria and Japan.
Security Architecture and Multilateral
Institutions at the Arctic
ISHIHARA
Takahiro
There is a growing military presence in the High North, the Arctic
Ocean. This raises the question of whether increasing military presence in
the Arctic is driven by a desire to ensure safety and security within a wider
international cooperative architecture, or by a desire to secure national
sovereignty claims in disputed areas and insure against the activities of
erstwhile enemies and current rivals.1
Russia is carrying out most positive activity in the Arctic Ocean. That
Canada also carries out a military exercises and strengthening military
presence. Other coastal countries are the postures in which it involves
positively. Non-coastal States, such as China and South Korea, are also
involving positively. These non-coastal States also including Japan were
authorized as an observer country of Arctic Council (AC).
In the Arctic Ocean, AC is functioning as a place of negotiation.
Otherwise, the framework of negotiation or cooperation is working for other
1
Christian Le Miére, “Arctic Double speak?”, U.S. Naval Institute, Proceedings
Magazine , July 2013 Vol. 139/7/1,325, p.32.
134
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
field.
On the problem of the Arctic Ocean, it can be said that the multilateral
regime is functioning.
Relaxation of the Three Principles on Arms Exports
and Public Awareness
: Change of the link between the Three Principles on Arms
Exports and Peaceful Nation
SAKURAI Takeshi
There are severe restrictions on arms exports as a peace-loving nation in
Japan.Three principles of arms exports is a concept taken to the starting
point of post-war in Japan.And, it has been recognized as a national policy
of Japan along with the three non-nuclear principles to some of the people.
As those that affect the most to the formation of public awareness, I was
focused on the newspaper report and discussion in the National Assembly in
the paper. And, I discussed the change in public awareness about the three
principles of arms exports as a peace-loving nation.
Apply of the marketing model to Public Relations
-Through the analysis of SIPS model –
MAEYAMA Ippo
Today, ICT (information communication and technology) society has been
growing up rapidly and world wide spread. This article provides SIPS(S:
Sympathize I: Identify P: Participate S: Share & Spread) consumer
marketing model which is framework of marketing theory to apply building
for public relations activity in ICT epoch. Steve Jobs said, “Why join the
navy if you can be a pirate.” JMSDF have made progress, but we should be
doing a lot more.
135
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
Consideration of protection of civilians in naval warfare
OGINOME Manabu
The law of armed conflict consists of compromise between “military
necessity” and “requirements of humanity”. Both reflected the ages for a
long time and comprised on delicate balance.
A rule to protect the civilian of every range was stipulated for the first time
by the Protocol Additional to the Geneva Conventions of 12 August 1949,
(AP I), 8 June 1977.
However, AP I mainly intends for a warfare “on land”, and exhibited that
rules such as the protection of civilians do not have an influence on naval
warfare. In addition, the study on civilian protection is advancing the frame
of law of land warfare, but is not advancing about naval warfare too much.
Both make a great difference.
This paper analyzes such as the civilian protection from a rule of AP I and
reference to the military manual of each country, and then clarify the reason
why is different from both warfare.
Finally, this paper examines the directionality of the application to the
naval warfare about the protection of civilians.
This paper concludes that it is desirable to devise practical military
manual and ROE, like US Navy, in form to plan realization and clarification
on the basis of AP I and Sarema manual.
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
執筆者・翻訳者紹介
福本
出(ふくもと
いづる) 海
将 海上自衛隊幹部学校長
防衛大学校(応用化学)卒。
練習艦隊司令部首席幕僚、
海上幕僚監部防衛課分析室長、
鹿児島地方連絡部長、
掃海隊群司令部幕僚長、呉地方総監部幕僚長、海上自衛隊幹部学校副校長、掃
海隊群司令などを経て、現職
平山 茂敏(ひらやま しげとし)1 等海佐 海上自衛隊幹部学校防衛戦略教
育研究部戦略研究室長
防衛大学校(電気工学)卒。英国統合指揮幕僚大学(上級指揮幕僚課程)。ロ
ンドン大学キングスカレッジ(防衛学修士)。護衛艦ゆうばり艦長、在ロシア
防衛駐在官などを経て、現職。
川村 伸一(かわむら しんいち)1 等海佐 統合幕僚監部計画課統合装備体
系班長(執筆時 海上自衛隊幹部学校幹部高級課程)
中央大学(貿易)卒。海上幕僚監部防衛課兼改革本部、第 51 航空隊、第 32 飛
行隊長、海上幕僚長副官などを経て、現職
石原 敬浩(いしはら たかひろ)2 等海佐 海上自衛隊幹部学校教官(防衛
戦略教育研究部戦略研究室)
防衛大学校(機械工学(船舶)
)卒。米海軍大学幕僚課程。青山学院大学大学院
(国際政治学修士)
。
(株)電通(研修生)
。護衛艦ゆうばり航海長、護衛艦たか
つき水雷長、護衛艦あまぎり砲雷長兼副長、護衛艦あおくも艦長、第 1 護衛隊
群訓練幕僚、防衛局調査第 2 課、海上幕僚監部広報室などを経て、現職。
櫻井
猛(さくらい たけし)1 等海佐 教育航空集団司令部教育主任幕僚
(執筆時 海上自衛隊幹部学校幹部高級課程)
防衛大学校(航空工学)卒。海上幕僚監部人事計画課、第 91 航空隊飛行隊長、
海上幕僚監部装備体系課などを経て、現職
137
海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
前山 一歩(まえやま いっぽ)2 等海佐 海上自衛隊幹部学校教官(防衛戦
略教育研究部課程管理室)
防衛大学校(管理学)卒。第 7 航空隊、第 2 術科学校外語教官室、統合幕僚事
務局第 1 幕僚室、第 51 航空隊、バーレーン連絡官、産経新聞研修、海上幕僚
監部給与室、第 81 航空隊、統合幕僚監部副報道官などを経て、現職。現在、
慶応義塾大学大学院法学研究科政治学専攻ジャーナリズム専修
(修士)
在学中。
荻野目 学(おぎのめ まなぶ)3 等海佐 海上自衛隊幹部学校運用教育研究
部
明治大学(法学)卒。海上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程。神戸大学法学研究科
(法学修士)
。法律事務所研修、海上幕僚監部法務室、護衛艦みねゆき機関長な
どを経て、現職。横浜国立大学国際社会科学府国際経済法学(博士課程後期)
在学中。
トシ・ヨシハラ
米海軍大学戦略政策学部教授
米海軍大学設置のアジア太平洋研究グループ John A. van Beuren 議長
ジェームズ・ホルムズ(James R. Holmes)とともに「Red Star over the Pacific:
China’s Rise and the Challenge to US Maritime Strategy」を共著。
平賀 健一(ひらが けんいち)1 等海佐 海上自衛隊幹部学校防衛戦略教育
研究部
防衛大学校(電気工学)卒、米海軍大学幕僚課程。海上幕僚監部教育課教育班
長兼個人訓練班長、第 1 航空隊司令、第 2 航空群司令部首席幕僚などを経て、
現職
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海幹校戦略研究
2014 年 6 月(4-1)
【編集委員会よりお知らせ】
『海幹校戦略研究:Japan Maritime Self-Defense Force Command and Staff
College Review』は、海上自衛隊幹部学校職員・学生等の研究成果のうち、現
代の安全保障問題に関して、海洋国家日本の針路を考えつつ、時代に適合した
海洋政策、海上防衛戦略を模索するという観点から取り扱ったものを中心とし
てまとめ、部外の専門家に向けて発信することにより、自由闊達な意見交換の
機会を提供することを目的として公刊するものです。
なお、本誌に示された見解は執筆者個人のものであり、防衛省または海上自
衛隊の見解を表すものではありません。論文の一部を引用する場合には、必ず
出所を明示してください。無断転載はお断りいたします。
Japan Maritime Self-Defense Force Command and Staff College Review
is the editorial works of the staff and students’ papers from the viewpoint of
security issues concerning the course of action of Japan as a maritime
nation, and seeking maritime defense strategies and policies suited for
today. The purpose of this publication is to provide an opportunity for free
and open-minded opinion exchange to the experts of security studies all
over the world.
The views and opinions expressed in JMSDF Command and Staff
College Review are solely those of the authors and do not necessarily
represent those of Japan Maritime Self-Defense Force or Japan Ministry of
Defense. To cite any passages from the review, it is requested that the
author and JMSDF Command and Staff College Review be credited. Citing
them without clearly indicating the original source is strictly prohibited.
********************************************************************
福本 出(学校長)
<戦略研究会役員>
会
長 北川文之
副 会 長 高橋孝途
<『海幹校戦略研究』編集委員会>
委 員 長 天野寛雅
委
員 高橋孝途
岡田幸雄
局
局
中村 進
髙橋英雅
髙橋英雅
石原敬浩
<戦略研究会事務局>
平山茂敏
八木直人
寺田博之
長 猪森聡彦
員 三𣘺弘一
『海幹校戦略研究』第 4 巻第 1 号(通巻第 7 号)
発行日:平成 26 年(2014 年)6 月 30 日
発行者:海上自衛隊幹部学校(ホームページ:http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/)
〒153-0061
東京都目黒区中目黒 2 丁目 2 番 1 号
TEL:03-5721-7010(内線 5620)
FAX:03-3719-0331
e-mail:[email protected]
担 当:戦略研究会事務局
印刷所:海上自衛隊印刷補給隊
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