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国民健康保険料の決定要因に関する実証分析

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国民健康保険料の決定要因に関する実証分析
国民健康保険料の決定要因に関する実証分析
人口規模に注目して
櫻井貴太
桑原倫香
慶應義塾大学経済学部
伊藤健太朗
井深陽子研究会
2016 年 11 月 13 日
要旨
国民健康保険の保険料は各自治体の裁量によって決まり、地域差が存在する。地域差
のうち、保険者により制御できない要因は公費により調整されることになっているが、
その調整がうまくいっていないという指摘がある。そこで、本稿ではその要因の 1 つと
して自治体の規模の差を取り上げ、「各自治体の総人口が、国民健康保険の一人当たり
の保険料に負の影響を与える」と仮説を設定した。そして、都道府県別の 10 年分のパ
ネルデータを使用し、固定効果モデルを用いて分析を行った。その結果、都道府県の総
人口が 1 万人増えると国保保険料は年間で約 115 円下がることが示された。さらに、
愛知県、岡山県、兵庫県では市町村別の 8 年分のパネルデータを用いて同様の分析を行
ったが、岡山県、兵庫県においては負の影響があることが明らかになった。これは、都
道府県別の分析結果を支持するものである。これらの負の影響がある原因について、保
険者の規模が小さいと保険料未収のショックが大きく、そのショックを吸収するために
保険料を上げていると考えた。すなわち本稿の結論は国保保険者を広域化することが国
保保険料の地域間格差を縮小する可能性があることを示唆する。
i
目次
第 1 章 はじめに .............................................................................................................. 1
第 2 章 先行研究 .............................................................................................................. 2
1. 国保保険料の決定要因に関する先行研究 .................................................................2
2. 自治体間の国保保険料・医療費格差に関する先行研究 ...........................................3
3. 仮説の設定と本稿の位置づけ ...................................................................................4
第 3 章 背景 ..................................................................................................................... 5
1. 日本の健康保険制度の説明 .......................................................................................5
2. 国民健康保険料地域差の概観 ...................................................................................8
第 4 章 データと分析方法 .............................................................................................. 10
第 5 章 分析結果 ............................................................................................................ 14
1. 都道府県データの分析 ............................................................................................ 14
2. 頑健性の確認:東京を抜いた都道府県データの分析 ............................................ 18
3. 市町村データの分析 ................................................................................................ 19
第 6 章 結論と考察......................................................................................................... 24
ii
国民健康保険料の決定要因に関する実証分析
人口規模に注目して
第1章
はじめに
近年、日本社会の高齢化に伴う社会保障費の増大や、人口の都市部への流入による
地域格差などが問題になっている。特に医療分野での財政に関わる諸問題は大きな課
題であり、具体的課題の解明や制度の見直し、格差の解消が急がれる。本稿で扱う国
民健康保険は、市町村が保険者となり職域保険でカバーされない住民(自営業者や退
職者)が加入する保険である。国民健康保険の保険料は、応益(個人、世帯数)と応
能(所得、資産)の両方を勘案して各保険者により決定されている。本稿ではこの応
益・応能を含めた国民健康保険料の地域差に着目し「各自治体の総人口が、国民健康
保険の一人当たりの保険料に影響を与える」という仮説をたて、検証した。自治体の
総人口は保険者の責めに帰することができない要因のため本来保険料と相関している
べきではない。地方から都市部への人口流出や社会保障の地域格差が問題になってい
る今、総人口と一人当たり国民健康保険料の関連を明らかにすることは、国民健康保
険の仕組み改善や医療保険における地域間格差の実態解明につながるだろう。
本稿の構成は、まず第 2 章で先行研究の紹介と本稿の位置づけを述べる。次に第 3
章で本研究の背景と現在の日本の医療保険制度について説明する。第 4 章では用いた
データと分析方法について説明し、第 5 章で実証結果についてと考察を述べる。最後
に第 6 章で全体の結論を述べる。
1
第2章
先行研究
1. 国保保険料の決定要因に関する先行研究
国民健康保険料の決定要因に関する論文として、林・半間(2012)、今村・印南・古
城(2015)、尾山(2014)があげられる。林・半間(2012)は市町村国民健康保険の支出の
変動が保険料にどの程度影響を与えているかを明らかにした。分析は厚生労働省『国
民健康保険事業年報』のデータを用いて市町村単位で行われ、医療費支出の変動は財
政調整を中心とする収入項目に緩衝されるため保険料の変動は単年度ではほとんど影
響を受けないと結論付けている。ただし、これは保険料が医療費増加の影響を受けな
いということではなく、医療費支出の実績によって保険料が決定される以上継続的に
医療費が増加すれば保険料も上がる。医療費の増加率に関しては今村・印南・古城
(2015)が医療費に関するレビュー研究や国民健康保険中央会発行の『国民健康保険の
実態』を参考に収集した 35 年分の都道府県単位のデータを用いてパネルデータ分析を
行っている。これにより、診療報酬改定や病床規制保険師数、在院日数の短縮化は医
療費増加率を抑制している可能性があること、所得や死亡率が医療費増加率を増加さ
せる可能性があることを指摘している。つまり、高齢化が進む日本社会では医療費・
保険料の増加は必然だということだ。この現状で社会保障制度の水準を維持するため
には医療費等の削減はもちろんのこと、制度自体の効率化も必要になってくる。
現行の制度の問題点について、尾山(2014)では市町村国保に対する普通調整交付
金に焦点を当て、厚生労働省『国民健康保険事業年報』と『国民健康保険実態調査』
を用いて固定効果モデルで推定を行っている。国保の財源は、保険料の他公費負担に
よりまかなわれている。普通調整交付金とは公費である国庫補助金の一つで、市町村
ごとの介護保険財政の調整を行うため交付するものであり、具体的には、「高齢者中
2
の後期高齢者の割合」と「高齢者の所得状況の格差」を調整する。尾山(2014)の分析
により、普通調整交付金は本来調整すべき要因である基準医療費1を調整できておら
ず、保険料は「保険者の責めに帰することができない原因による格差」を反映してし
まっていることがわかった。さらに、過剰医療等によって生まれる「実績医療費-基
準医療費」という本来調整すべきでない要因を調整してしまっているため、各保険者
による市町村国保財政健全化の意欲を削いでいる可能性があることも指摘している。
2. 自治体間の国保保険料・医療費格差に関する先行研究
第 3 章においてより詳細に説明するが、国保保険料は保険者(自治体)ごとに差が
あることが指摘されている。本稿では地域間格差として、総人口という保険者の責任
に帰することができない要因による保険料の差をとりあげるが、保険料の地域間差異
に関する研究も多数行われている。Hayashi(2012)が市町村国保の特別会計のデータを
用いて分析を行っている。分析の結果、地域間の保険料は平等であるとは言えず、国
の補助金や年度間の調整は保険料の地域差を拡大さえしていることがわかった。補助
金の果たす役割や目的整合性については鈴木(2000) 及び鈴木(2001)が「大阪府国民健
康保険事業状況」(大阪府国保団体連合会)の統計を用いて OLS で分析を行っている。
その結果、補助金は所得要因を調整してはいるが、年齢要因は調整しきれておらず、
さらには本来調整対象外である高い医療サービス水準や過剰医療による医療費までも
調整してしまっていることを明らかにした。また、これによって補助金が医療費拡
1
各年度の年齢階級別被保険者等数の一般被保険者数×各年度の年齢階級別一人あたり国
民医療費÷各年度平均の一般被保険者数
3
大・経営放漫化インセンティブを持ってしまっていることを指摘している。岡田・久
堀(2010)は、老人医療費と介護費の適正化を目指す基礎資料として、市町村単位での
医療費と保険料の格差について分析を行っている。国民健康保険中央会「国民健康保
険の実態」や厚生労働省「介護保険事業状況報告」のデータを用い、長野県で国保に
加入している老人を対象に分析を行って、医療費は全体として増加し、長野県内での
地域間の医療費差は拡大していると結論付けている。
3. 仮説の設定と本稿の位置づけ
本稿では「各自治体の総人口が、国民健康保険の一人当たりの保険料に影響を与え
る」という仮説を設定する。1、2 で述べたように、これまでの先行研究から自治体間
の保険料の格差について、補助金が本来果たすべき調整を果たせていないことや、保
険料が年齢要因や基準医療費などの保険者の責めに帰することができない格差を反映
していることがわかっているが、自治体の人口規模が保険料に与える影響については
未だ明らかでない。ここで特に人口規模という要因に注目する理由として、地方にお
いて人口流出が問題となっているという背景に加えて、保険料(税)の未収率の高さ
があげられる。近年、保険料(税)の未収率の高さが問題になっている(厚生労働省
(2016), 松田晋也(2013))が、未収率が上昇すると自治体の人口規模が小さいと財政が
安定せず被保険者一人当たりの負担が大きくなってしまうだろう。このような推察に
基づき、予測では総人口が保険料に与える影響は負、つまり人口規模の小さい自治体
においては、一人当たり保険料が高いことが予想される。分析手法に関しては第 4 章
で詳しく述べるが、固定効果モデルで各保険特有の観察不可能かつ時間に普遍の属性
4
をコントロールしたうえで分析を行い、総人口が保険料の決定要因になっていること
を確認する。
第 3 章 背景
1. 日本の健康保険制度の説明
医療保険制度とは、加入者全員が保険料を払って基金をつくり、加入者のうちの誰
かが病気や怪我で医療費を必要とした際にその基金から医療費を供出するという相互
扶助の仕組みである。国民皆保険制度が実施されている日本では国民全員が医療保険
に加入しており、個々人の職業の状況に応じて加入する保険が決定される。この社会
保障としての医療保険には 2 種類あり、企業などに雇用されている被用者は所属する
企業で自動的に職域保険に加入する。一方、国民健康保険(以下国保)は自営業者や
退職者のように職域保険でカバーされない住民が対象であり、保険者は各市町村であ
る。いずれの医療保険でも個々人の保険料は加入者本人の所得に応じて決定される。
各保健者の加入者の特徴については厚生労働省(2015)から公開されており、表 1 のよ
うになっている。
5
表 1 各保険者の特徴
協会けんぽ、組合健保、共済組合は職域保険であり、後期高齢者医療制度は原則 75 歳
以上の加入者を対象とした保険者である。本稿で取り上げる国保は加入者数 3,466 万
人(2,025 万世帯)と規模の大きい保険であり、その特徴としては加入者平均年齢の高
さや 65 歳以上の加入者の割合の高さが挙げられる。これに伴い一人当たり医療費も高
くなっていると考えられ、実際に 31.6 万円と他の保険者の約 2 倍になっている。
ところで、国保の財政は各世帯が保険者に保険料を納付して成り立たせている他、
公費の投入(給付費等の 50%)により維持されており、その仕組みは図 1 のようにな
っている。住民は世帯ごとに税金あるいは保険料を納め、病気や怪我をしたときには
6
図1
自己負担3割2で医療機関を受診することができる。医療機関は診断・治療後に診療報
酬制度に則って診療報酬請求書(レセプト)を作成し、残り7割を国保連合会に請求
する。国保連合会は提出されたレセプトを審査して医療機関に請求額を支払い、保険
者(市町村)に支払額を請求する。そして市町村が保険料によって賄いきれない医療
費を公費で補助するという構図だ。表 1 で示したように、国保における公費負担は 5
割が原則だが、現在は低所得者等の保険料軽減措置への財政支援等として公費の追加
投入が行われ、結果として国保財政の全体支出のうち約 60%が公費で賄われ、保険料
(税)の割合は約 40%になっている(厚生労働省(2015))。公費には国庫補助金や
普通調整交付金などがあり、保険基盤の安定や高額医療費の補助、療養給付費等の補
2
国民健康保険における医療費の患者負担自己負担割合は
3 歳未満の患者:2 割、3~69 歳:3 割、70~74 歳:1 割(※一定額以上所得者は 3 割)となっている。
(国民健康保険ガイド 保険料・手続きの解説 http://www.kokuho.info/iryou-futan.htm,
月 18 日)
7
2016 年 10
助など、目的に応じて細かく分かれている。国庫補助金の額は医療費に対する一定割
合という規定に沿って目的ごとに交付され、普通調整交付金は事前に算定した医療費
の給付需要額から保険料収入や他の補助金を引いた不足分を補う形で交付される。つ
まり、国の負担が大きいということは給付する医療費に対して保険料収入が少ないと
いうことだが、元々国保は自営業者の公的保険であるだけではなく、無職者・退職者
をカバーする国民皆保険制度のセーフティネットの役割も担っているため、被保険者
の所得を考慮して決定される保険料の収入が他の保険者に比べて少ないのも当然とい
える。このように財政危機に陥っている現状を打破すべく、2015 年に提出・可決され
た医療保険改革法案によって、2018 年度から国保の運営主体が市町村から都道府県に
移管すること等が決定された。移管によって全体として保険料が上がってしまう見込
みであるものの、この改革によって国保の運営規模を大きくし財政基盤を安定させる
という狙いがあり、市町村間の保険料格差の是正も期待されている。しかしながら、
保険料は地域の医療需要額や加入者の所得によって決定され、補助金額は高齢化や高
額医療に起因する格差を調整するという仕組み自体は変わらないため、本稿で問題に
する自治体の総人口が保険料に与える影響については考慮されていない。
2. 国民健康保険料地域差の概観
国保保険料の構成は応能割(所得割)+応益割(均等割)となっており、応能割額は
加入者や世帯の収入、すなわち世帯の支払い能力に応じて決定され、応益割額は年齢
や家族構成、すなわち国保から受ける利益に応じて決定される。これらの計算方法や
計算式は自治体の裁量で定められるため、国保保険料の額には自治体ごとに差異や特
徴が表れる。また、鈴木(2001)で国保補助金について「高齢化率や低所得者率や地域
8
特殊要因といった『保険者の責に帰すことができない格差』の解消を目指して財政調
整する一方、それ以外の『責めに帰すことのできる格差』は故意に残して保険料に反
映させる制度」と述べられているように、必ずしも国保補助金という調整により、保
険料が額面で平等にはならないような制度設計が故意になされている。保険料に関し
て保険者間で実際にどの程度差があるかは、厚生労働省(2016)の「市町村国民健康保
険における保険料の地域差分析」が表 2 のデータを発表している。これによると、都
道府県別の保険料指数3について、2014 年度は標準化指数4で 1.5 倍、応能割指数5で
1.8 倍、応能益指数6で 1.7 倍の差があるとされている。 表の指数は保険料水準を表す
ものなので保険料が高いほど数値は大きくなる。ここで注目すべきは標準化指数と応
能指数で最大値の都道府県である徳島県の総人口の多さが全国 44 位であり、応益指数
が最大値の都道府県である石川県の総人口の多さが全国 34 位であるのに対し、それぞ
れの指数で最小値である東京都、愛知県、埼玉県の総人口の多さは全国 1 位、4 位、5
位であるということだ。データの全貌はわからないため一概には言えないが、人口規
表 2 2014 年度 都道府県別保険料指数
差
標準化
1.5倍
応能
1.8倍
応益
1.7倍
最大
最小
最大
最小
最大
最小
都道府県
徳島
東京
徳島
愛知
石川
埼玉
模が保険料に影響を与え
指数
1.284
0.848
1.444
0.823
1.173
0.686
総人口
44位
1位
44位
4位
34位
5位
ている可能性は推察でき
るだろう。
※厚生労働省(2016)「市町村国民健康保険における保険料の地域差分析」
※総人口の順位は厚生労働省「国民健康保険事業年報」2014年データより
3
全国共通に保険料水準を比較するための指数。「応能割指数」、「応益割指数」及び
「標準化指数」の 3 つからなる。
4
標準化指数:平均所得者の保険料水準を示す指標
5
応能割指数:応能割の比重が大きい中高所得者の保険料水準を示す指標
6
応能益指数:所得や資産のない低所得者の保険料水準を示す指標
9
第4章
データと分析方法
本稿では政府統計の総合窓口 e-stat で公開されている国民健康保険事業年報のデー
タを使用した。分析は都道府県別の分析に加えて、岡山県、兵庫県、愛知県の 3 県に
ついての市町村別でパネルデータを用いて行った。3 県のうち岡山県は県内で市町村
間の人口にあまり差がない県の例として、兵庫県と愛知県は逆に県内で市町村ごとの
人口に差がある県の例として選択した。パネルデータの年数は都道府県別の分析では
2005 年から 2014 年の 10 年分、市町村別では 2007 年から 2014 年 8 年分である。市町
村に関しては 2006 年以前のデータが公開されていなかったため 8 年分のデータで分析
を行った。都道府県別の分析では次の式を推定モデルとして設定した。説明変数とし
て用いた各変数の定義と出典は表 3、表 5 に示す。
国保保険料=定数項+𝛃𝟏 総人口 + 𝛃𝟐 国民健康保険被保険者数 + 𝛃𝟑 人口集中地区比率
+ 𝛃𝟒 老年人口指数 + 𝛃𝟓 後期高齢者人口指数 + 𝛃𝟔 収入 + 𝛃𝟕 一般病床数
+ 𝛃𝟖~𝟏𝟔 年数ダミー+誤差項
国保保険料は一人当たりの平均保険料のデータが存在しないため、尾山(2014)にな
らい、表 3 の自治体の国民健康保険料収入/(国民健康保険被保険者数×総人口)の
計算式で算出した。本稿での分析の目的は、人口規模が国保の保険料に影響を与えて
いるかどうかを確認することであるので、最も関心のある係数は、人口の係数である
β1 である。
10
人口規模に加えて、国保保険料と総人口の両方に関係があると考えられる変数を説
明変数として用いた。総人口に対する国保被保険者の割合は保険者ごとにばらつきが
あるため、総人口とは別に国民健康保険被保険者数を説明変数として用いた。自治体
内でどの程度人口分布が偏っているかは医療機関へのアクセスの良さ等を通じて医療
費に影響すると考えられるため人口集中地区比率を採用した。他にも、高齢化も医療
費に影響を与えうる自治体の要因と考えられるので老年人口指数を入れ、75 歳以上の
高齢者は加入する保険が国保から後期高齢者医療制度に代わるため後期高齢者人口指
数を入れた。個々人の保険料は所得で決定されるため所得の影響もコントロールして
いる。ここでの所得とは県の平均課税所得額のことである。また、各自治体における
医療機関の充実度を考慮するため一般病床数を入れた。ただし、一般病床数と人口集
中地区比率は市町村単位でのデータがなかったため市町村単位での分析には使用して
いない。年数ダミーは基準年を 2005 年としており、2008 年の後期高齢者医療制度の
導入などの年に固有の影響をコントロールするために入れている。基本統計量は表
4、表 6~8 で示される。なお、愛知県データのサンプル数にばらつきがあるのは、分
析期間中に市町村の統廃合があったためである。
11
表 3 変数の定義と出典:都道府県データ
変数
国保保険料(百円)
総人口(万人)
国民健康保険被保険者数(人)
人口集中地区比率
老年人口指数
後期高齢者人口指数
所得(千円)
一般病床数
年数ダミー
誤差項
定義
国保被保険者1人あたりの国民健康保険料
自治体の人口総数
自治体の国保被保険者数
人口集中地区人口 / 人口総数
老年(65歳以上)人口×100 / 生産年齢(15~64歳)人口
老年(75歳以上)人口×100 / 生産年齢(15~64歳)人口
自治体住民の所得 / 総人口
人口10万人当たりの一般病床数
年に固有の影響をコントロールするためのダミー変数
誤差項
出典
(※1)
(※2)
(※1)
(※2)
(※1)厚生労働省「国民健康保険事業年報」の変数を用いて独自に算出
(※2)厚生労働省「国民健康保険事業年報」
表 4 都道府県データの基本統計量
変数
サンプル数 平均
標準偏差
国保保険料(百円)
470
808.57
102.22
総人口(万人)
470
271.59
263.33
総人口(対数化)
470
5.28
0.76
国民健康保険被保険者数(人)
470 85190.88 84324.68
人口集中地区比率
470
1370.37
1703.24
老年人口指数
470
39.56
6.65
後期高齢者人口指数
470
19.92
4.58
所得(千円)
470
2701.14
403.12
一般病床数
470
1180.47
280.82
最小値
最大値
487.23
1001.39
57.00
1339.00
4.04
7.20
14130.30 491752.20
243.10
9602.90
23.60
57.80
9.08
31.86
1987.00
4820.00
685.60
2210.30
表 5 変数の定義と出典:市町村データ
変数
国保保険料(円)
総人口(人)
国民健康保険被保険者数(人)
老年人口指数
後期高齢者人口指数
所得(百円)
年数ダミー
誤差項
定義
国保被保険者1人あたりの国民健康保険料
自治体の人口総数
人口千人あたりの国保被保険者数
老年(65歳以上)人口×100 / 生産年齢(15~64歳)人口
老年(75歳以上)人口×100 / 生産年齢(15~64歳)人口
自治体住民の所得 / 総人口
年に固有の影響をコントロールするためのダミー変数
誤差項
(※1)厚生労働省「国民健康保険事業年報」の変数を用いて独自に算出
(※2)厚生労働省「国民健康保険事業年報」
12
出典
(※1)
(※2)
(※1)
(※2)
表 6 兵庫県データの基本統計量
変数
サンプル数
平均
国保保険料(円)
328
86422.56
総人口(人)
328
136595.60
総人口(対数化)
328
11.06
被保険者
328
36715.06
老年人口指数
328
41.25
後期高齢者人口指数
328
21.13
所得(百円)
328
197370.20
標準偏差
9274.59
253808.10
1.10
69017.28
9.31
7.07
388783.30
最小値
60854.52
12327
9.42
3032
20.03
8.94
12809.00
最大値
110302.30
1555160
14.26
531611
61.51
37.24
2394843.00
平均
80355.38
71944.06
10.16
18511.57
52.90
29.85
89791.74
標準偏差
9842.33
149995.90
1.38
38300.96
11.86
9.23
207474.70
最小値
50087.80
993
6.90
255
30.43
13.76
728.00
最大値
110744.80
704572
13.47
226214
81.93
53.28
1006665.00
変数
サンプル数
平均
国保保険料(円)
452
92169.39
総人口(人)
457
126807.60
総人口(対数化)
457
10.94
被保険者
452
35274.35
老年人口指数
457
35.01
後期高齢者人口指数
457
16.17
所得(百円)
451
214410.00
標準偏差
10182.55
292200.10
1.25
83111.48
14.91
10.90
529622.40
最小値
46717.81
1273
7.15
269
16.92
5.90
1256.00
最大値
119396.20
2254891
14.63
787868
102.26
66.95
4143597.00
表 7 岡山県データの基本統計量
変数
サンプル数
国保保険料(円)
216
総人口(人)
216
総人口(対数化)
216
被保険者
216
老年人口指数
216
後期高齢者人口指数
216
所得(百円)
216
表 8 愛知県データの基本統計量
13
第5章
分析結果
1. 都道府県データの分析
人口規模と一人当たり健康保険料の関係に関する推定結果は表 9 で表される。ハウ
スマン検定を行った結果、「説明変数と誤差項が相関していない」という仮説が有意
水準 5%で棄却されたため、分析の解釈には固定効果モデルを用いている。以下、人口
を万人単位の人口総数で推定したモデルを固定効果モデル 1、人口の対数値をとって
推定したモデルを固定効果モデル 2 とする。
固定効果モデル 1 による推定結果では、都道府県の総人口が 1 万人増えると国保保
険料は年間で約 115 円下がることが示された。これは仮説設定当初の予想通りの方向
性の影響であり、有意水準 10%で統計的に有意な結果である。都道府県の総人口が 57
万人~1339 万人(2014 年度)7であることを考えると人口規模が最大の県と最小の県
の間では、人口規模に由来する国民健康保険料の差は年間一人当たり 147,430 円程度
であると考えらえれ、強い影響を持っているといえる。ほかの説明変数に注目する
と、固定効果モデル 1 では国民健康保険被保険者数、人口集中地区比率、一般病床
数、9つの年数ダミー(基準年は 2005 年)が統計的に有意な結果を表している。それ
ぞれの係数パラメターは、各説明変数がどのように国保保険料に影響を与えているか
を示している。つまり、国保保険料は国民健康保険被保険者数が一人増えると約
0.081 円上がり、人口集中地区比率が 1 増えると約 32 円上がり、一般病床数 1 増える
と約 22 円上がることが示された。係数パラメタ―が統計的に有意だった説明変数のな
かでも特に明確に影響を示していた説明変数は年数ダミーで 9 つすべての p 値が
7
出所:厚生労働省(2016)「国民健康保険事業年報」
14
0.001 未満を示しており、国保保険料において年が持つ固有の影響が確かに存在する
ことがわかる。年数ダミーの係数パラメタ―は 2005 年度に比べて各年度で国保保険料
がどれだけ高かったのかを示しており、その方向性は 2008 年度以外で正であった。
2006 年度では 2005 年度に比べて約 1,990 円高く、2014 年度までほとんど毎年国保保
険料は上がっていて、2014 年度では 2005 年度に比べて約 19,139 円国保保険料が上が
っている。唯一係数パラメタ―が負の値になっているのが 2008 年度であり、この年は
後期高齢者医療制度が導入され 75 歳以上の老人の加入する保険が変わる年だったた
め、一時的に国保の保険料が下がったと考えられる。逆に有意な影響を持たなかった
のは老年人口指数、後期高齢者人口指数、収入の 3 つの説明変数であった。この 3 つ
は「保険者の責めに帰することができない要因」として保険料に影響が無いように国
からの補助金等でコントロールされるべき変数であり、実際に影響が取り除かれてい
ることが確認された。
図 2 都道府県の人口規模ヒストグラム
固定効果モデル 2 では総人口を対数値に置き換えて分析を行った。都道府県の人口
規模には大きな偏りがあるため(図 2)、対数値に置き換えることでより明瞭に線形の
15
関係が出てくると予想したからだ。結果は予想通り、有意水準 1%で有意な結果とな
り、総人口が 1%増えると国保保険料は約 618 円下がるという結果を示した。国民健康
保険被保険者数、人口集中地区比率、一般病床数、9つの年数ダミーの係数パラメタ
―が有意な結果であることは固定効果モデル 1 と同じであったが、加えて後期高齢者
指数も有意な値を示した。国保保険料への影響を示した各説明変数の係数パラメター
の正負の方向性には変化はなかったが、値の大きさには変化があった。国民健康保険
被保険者数、人口集中地区比率、一般病床数の 3 つの説明変数の係数パラメタ―の値
は固定効果モデル 1 に比べて小さく、固定効果モデル 1 に比べ影響が小さくなったこ
とを示している。逆に年数ダミーの係数パラメタ―の値はすべての年度において上が
った。これは国保保険料の決定において、年に固有の影響がより強くなったことを示
している。また後期高齢者指数の係数パラメタ―が 1%有意水準で有意な値になったこ
とから、後期高齢者指数も保険料に影響を与えていることが新たにわかった。
16
表 9 都道府県データ推定結果
被説明変数:国保保険料
47都道府県
東京都を除く
固定効果モデル2
固定効果モデル3
傾きパラメタ―/(標準誤差)/p値
人口
-1.15*
-1.16*
(0.67)
(0.70)
0.088
0.099
人口(対数化)
-618.49***
(173.40)
0.000
国民健康保険
.00081***
.00067***
.00082***
被保険者数
(0.00016)
(0.00016)
(0.00017)
0.00
0.000
0.00
人口集中地区比率
0.32***
0.21***
0.21
(0.10)
(0.051)
(0.16)
0.00
0.000
0.17
老年人口指数
1.22
2.36
1.67
(2.13)
(2.10)
(2.17)
0.57
0.26
0.44
後期高齢者
-3.95
-12.93***
-5.00
人口指数
(3.99)
(4.88)
(4.02)
0.32
0.01
0.21
所得
0.0034
-0.000043
-0.0026
(0.014)
(0.014)
(0.015)
0.81
1.00
0.86
一般病床数
0.22***
0.18**
0.21***
(0.074)
(0.073)
(0.075)
0.003
0.013
0.0054
年数ダミー'06
19.90***
24.54***
20.00***
(5.91)
(6.02)
(5.97)
0.00
0.000
0.00
年数ダミー'07
40.10***
49.15***
40.83***
(7.87)
(8.29)
(7.91)
0.00
0.000
0.00
年数ダミー'08
-107.60***
-94.86***
-107.09***
(10.23)
(10.88)
(10.26)
0.00
0.000
0.00
年数ダミー'09
124.32***
137.51***
124.95***
(12.97)
(13.49)
(13.03)
0.00
0.000
0.00
年数ダミー'10
117.76***
135.71***
119.30***
(15.44)
(16.31)
(15.57)
0.00
0.000
0.00
年数ダミー'11
144.08***
164.56***
144.22***
(17.70)
(18.68)
(17.84)
0.00
0.000
0.00
年数ダミー'12
162.40***
186.60***
162.73***
(20.90)
(22.06)
(21.04)
0.00
0.000
0.00
年数ダミー'13
188.14***
215.35***
188.01***
(24.21)
(25.45)
(24.37)
0.00
0.000
0.00
年数ダミー'14
191.39***
219.38***
190.47***
(27.55)
(28.63)
(27.74)
0.00
0.000
0.00
誤差項
292.34*
3567.14***
481.96**
(158.12)
(952.84)
(195.78)
0.065
0.000
0.014
r2_a
0.9044761
0.9067043
0.9042233
標本数
470
470
460
※***は1%、**は5%、*は10%の水準で有意であることを示す。
出所:厚生労働省「国民健康保険事業年報」
47都道府県
固定効果モデル1
17
東京都を除く
固定効果モデル4
-665.01***
(195.80)
0.001
.00068***
(0.00018)
0.00
0.22*
(0.12)
0.064
2.76
(2.13)
0.20
-14.07***
(5.02)
0.01
-0.0069
(0.015)
0.64
0.18**
(0.073)
0.014
24.65***
(6.10)
0.00
50.04***
(8.39)
0.00
-94.05***
(11.02)
0.00
138.90***
(13.71)
0.00
138.29***
(16.68)
0.00
165.94***
(19.11)
0.00
188.55***
(22.56)
0.00
217.16***
(26.00)
0.00
220.79***
(29.22)
0.00
3848.06***
(1018.84)
0.00
0.9062827
460
2. 頑健性の確認:東京を抜いた都道府県データの分析
分析を進める中で東京都が他の都道府県に比べて極端に人口が多いため、分析結果が
東京都の傾向に引っ張られてしまっている可能性があることが発覚した。具体的には
都道府県の 2005 年度から 2014 年度までを平均した人口規模は最小値 59.1 万人(鳥取
県)、最大値 1299.9 万人(東京都)をとるが、このうち最大値をとる東京都は、人口
規模第2位の神奈川県(897.2 万人)と比べて 1.45 倍程度の開きがある。そこで補完
的な分析として東京都を除いた 46 府県での分析を行った。その結果が表 9 の固定効果
モデル 3 と固定効果モデル 4(人口を対数値で置き換え)である。なお、東京都の各
説明変数の基本統計量は表 10 に、東京都を除いた都道府県データの基本統計量は表
11 に示す。
図 2 でわかるように、東京都を除いても都道府県の人口規模には未だ大きな偏りが
ある。そこで人口の対数値をとって推定を行った固定効果モデル 4 に注目した。結果
は総人口が 1%増えると国保保険料は約 665 円下がるという結果を示している。東京都
を含めた固定効果モデル 2 と比べ、総人口が国保保険料に与える影響はより大きくな
っていることがわかる。国民健康保険被保険者数、人口集中地区比率、後期高齢者指
数、一般病床数、9つの年数ダミーの係数パラメタ―が有意な結果であることは固定
表 10 東京都データの基本統計量
変数
サンプル数 平均
標準偏差 最小値
最大値
国保保険料(百円)
10
806.10
84.68
651.35
929.14
総人口(万人)
10
1299.90
28.92
1258.00
1339.00
総人口(対数化)
10
7.17
0.02
7.14
7.20
国民健康保険被保険者数(人)
10 422106.70 54943.88 369028.40 491752.20
人口集中地区比率
10
9322.09
219.69
9009.50
9602.90
老年人口指数
10
30.18
2.30
26.40
34.00
後期高齢者人口指数
10
13.79
1.62
11.24
16.17
所得(千円)
10
4412.80
277.57
3907.00
4820.00
一般病床数
10
893.15
25.52
864.20
932.10
18
効果モデル 2 と同じであったが、人口集中地区比率に関しては値がほとんど変わらな
かった。また、国保保険料への影響を示した各説明変数の係数パラメターの正負の方
向性には変化はなかったが、値の大きさには変化があった。人口集中地区比率の説明
変数の係数パラメタ―の値は固定効果モデル 2 に比べて大きく、東京都を除いて分析
すると影響が大きくなるということを示している。国民健康保険被保険者数と一般病
床数、年数ダミーは値がほとんど変わらず、東京都とそれ以外の都道府県で国保保険
料に与える影響の大きさにほとんど差がないとわかった。
表 11 東京を除いた都道府県データの基本統計量
変数
サンプル数 平均
標準偏差
国保保険料(百円)
460
808.62
102.64
総人口(万人)
460
249.23
217.49
総人口(対数化)
460
5.24
0.71
国民健康保険被保険者数(人)
460 77866.62 68407.45
人口集中地区比率
460
1197.50
1247.30
老年人口指数
460
39.77
6.56
後期高齢者人口指数
460
20.06
4.54
所得(千円)
460
2663.93
315.14
一般病床数
460
1186.72
280.59
最小値
最大値
487.23
1001.39
57.00
910.00
4.04
6.81
14130.30 334278.00
243.10
6728.70
23.60
57.80
9.08
31.86
1987.00
3588.00
685.60
2210.30
3. 市町村データの分析
ここまでは都道府県のデータについて分析してきたが、ここからは市町村データに
ついて分析する。現在、国民健康保険の財政は各市町村の管轄であり、2008 年度から
都道府県に移管する。本稿での問題意識は財政の規模の大きさが国保の保険料に想定
外の影響を与えるということなので、現時点での市町村間の保険料格差を分析するこ
とで 2008 年度の移管が格差を縮小できるかどうかについても、ここでの分析結果を踏
まえたうえで第 6 章で考察する。
19
図 3 市町村の人口
分析した都道府県は岡山県、兵庫県、愛知県の 3 県である。岡山県は県内で市町村
間の人口にあまり差がない県の例として、兵庫県と愛知県は逆に県内で市町村ごとの
人口に差がある県の例として選んだ。図 3 は 3 県の市町村の人口を 20 万人までは 5 千
人ごと、20 万人以上は 10 万人ごとに度数を分けてヒストグラムにしたものである。
これを見ると確かに兵庫県と愛知県は市町村ごとの人口にばらつきがあるが、岡山県
は大多数の市町村の人口が 5000 人~70000 人の範囲に収まっている。
ハウスマン検定を行った結果、「説明変数と誤差項が相関していない」という仮説
が有意水準 5%で棄却された兵庫県と愛知県は分析の解釈に固定効果モデルを用い、棄
却されなかった岡山県は変量効果モデルを用いている。分析結果を表 12 に示す。
まず兵庫県の推定結果は、市町村人口が一人増えるごとに約 0.06 円国保保険料が下
がることを示し、これは有意水準 1%で有意な結果であった。表 6 から兵庫県の市町村
人口が約 1.2 万人~155.5 万人であることを考えると兵庫県内で人口規模が最大の市
町村と最小の市町村の間では、人口規模に由来する保険料の差は年間一人当たり
20
92,580 円程度国民健康保険料に差があると試算され、人口規模が保険料の決定に関し
て強い影響を持っているといえる。また、老年人口指数と後期高齢者人口指数、7 つ
の年数ダミーの係数パラメタ―も有意水準 1%で有意な結果となった。老年人口指数
と後期高齢者人口指数はどちらも市町村の高齢化を示す指標として入れたが、都道府
県データ分析の際にも述べたように、本来「保険者の責めに帰することができない要
因」として保険料に影響が無いように国からの補助金等でコントロールされるべき変
数である。しかし、市町村データではどちらも有意に保険料に影響が出ている結果と
なった。具体的には、老年人口指数が 1 増えると国保保険料は約 1840 円下がり、後期
高齢者人口指数が 1 増えると国保保険料は約 1664 円上がる。ただし、この正負の方向
性は都道府県分析とは逆の結果であり、単に高齢化の指標である老年人口指数と保険
者が国保から後期高齢者保健制度に移管している人口の割合である後期高齢者人口指
数の性質から考えると、単に補助金等でコントロールできていないという話ではない
と考えられる。また、同様の傾向が愛知県の説明変数の係数パラメターでも示され
た。年数ダミーの係数パラメタ―は都道府県データと同じようにすべての年で有意な
結果が示され影響を持つことがわかったが、年々増加するなどの傾向はみられなかっ
た。
次に、愛知県の推定結果を考察する。人口の係数パラメタ―は、0.03 を示したが p
値は 0.20 を示し、有意な結果でなかった。つまり、愛知県内において市町村人口が国
保保険料に何らかの影響を与えていると示すことはできなかった。年数ダミーの係数
パラメタ―の値は 2008 年以外では 1%有意水準で有意であり、年に固有の影響が存在
した。しかし、2008 年の係数パラメタ―は有意でなく、年に固有の影響は存在しなか
った。2008 年は後期高齢者保健制度の導入開始時期であるため何らかの関係があるか
もしれないと考えられたが、本稿では因果関係の関係解明には至らなかった。
21
最後に岡山県の推定結果について考察する。推定結果は、人口が 1 人増えると国保
保険料は約 0.23 円減少するというもので、5%有意水準で有意な結果であった。この結
果は、今回の分析対象である三県の中で最も大きい。兵庫県の場合と同じように、同
一県内の市町村間の人口差に起因する一人当たりの年間保険料差を算出すると、約
161,690 円であった。人口以外では国民健康保険者数が有意水準 5%、7 つの年数ダミ
ーの係数パラメタ―が有意水準 1%で有意な結果となった。
前述のとおり、岡山県は県内で市町村間の人口にあまり差がない県の例として、兵
庫県と愛知県は逆に県内で市町村ごとの人口に差がある県の例として選んだ。結果
は、有意な影響が確認された岡山県と兵庫県の 2 県について、岡山県は兵庫県の約
3.9 倍の影響を持つことが示された。人口の影響以外で岡山県と 2 県の推定結果の特
徴の差異としては、岡山県の推定でのみ、高齢化の指標として説明変数に入れた老年
人口指数と後期高齢者人口指数が国保に有意な影響を与えていると示されなかったと
いうことがある。なお、所得の係数パラメターは 3 県とも有意な結果でなく、市町村
間の所得差が保険料に与える影響は補助金等で調整されていると考えられる。
22
表 12 市町村データ推定結果
国保保険料
兵庫県
愛知県
岡山県
傾きパラメタ―/(標準誤差)/p値
人口
-0.06***
0.03
-0.23**
-0.02
-0.03
-0.12
0.01
0.20
0.05
国民健康保険
0.06*
-0.04
0.19**
被保険者数
-0.03
-0.03
-0.09
0.07
0.10
0.03
老年人口指数
-1839.88***
-2198.365***
-348.77
-289.01
-329.00
-241.43
0.00
0.00
0.15
後期高齢者
1664.45***
2590.19***
286.97
人口指数
-381.67
-359.81
-303.77
0.00
0.00
0.35
所得
0.02
-0.01
0.02
-0.01
-0.01
-0.05
0.14
0.46
0.65
年数ダミー'06
14994.04***
4939.69***
14080.1***
-1056.80
-979.73
-1516.66
0.00
0.00
0.00
年数ダミー'07
8446.47***
4499.06***
13710.09***
-1056.51
-1185.43
-1528.95
0.00
0.00
0.00
年数ダミー'08
8150.33***
1579.33
11641.57***
-1092.16
-1445.57
-1556.49
0.00
0.28
0.00
年数ダミー'09
9440.61***
4699.49***
12616.87***
-1110.61
-1590.00
-1610.35
0.00
0.00
0.00
年数ダミー'10
11663.84***
6750.18***
14513.18***
-1175.97
-1890.37
-1621.35
0.00
0.00
0.00
年数ダミー'11
16175.86***
9993.67***
17363.9***
-1320.54
-2201.31
-1619.76
0.00
0.00
0.00
年数ダミー'12
18746.39***
11675.00***
16307.69***
-1520.15
-2526.61
-1558.76
0.00
0.00
0.00
誤差項
117496.8***
120788.80***
88852.14***
-5113.39
-9637.11
-12483.26
0.00
0.00
0.00
r2_a
0.40
標本数
328
452
216
※***は1%、**は5%、*は10%の水準で有意であることを示す。
出所:厚生労働省「国民健康保険事業年報」
23
第6章
結論と考察
本稿の目的は、「自治体(保険者)の責めに帰することのできない要因」である自
治体の総人口が国保の保険料に影響を与えているかどうかを確認することであった。
ここで仮説としては、「人口規模が小さいと国保財政の規模も小さいため安定せず、
保険料の未収などの要因をカバーしきれないため保険料が高くなってしまう」ことを
想定していた。結果は、都道府県単位では、10 年分の都道府県パネルデータの固定効
果モデルを用いた分析により、確かに都道府県人口は国保保険料に負の方向性の影響
を与えていることが明らかとなった。この結果は、人口規模において極端な値をとる
東京都を除いて行った分析においても指示され、結果の頑健性が確認された。市町村
単位の分析では、3 県のうち兵庫県と岡山県で市町村人口は国保保険料に負の方向性
の影響を与えており、都道府県の結果と整合的であった。一方で、愛知県では影響は
示されなかった。
都道府県レベルのデータを用いた分析においては、都道府県の人口が1万人増加す
ると一人当たりの保険料が年間 116 円減少するという結果が示された。市町村レベル
のデータを用いた分析においては、影響の程度はより大きくなり、同等の人口増加が
兵庫県では 600 円、岡山県では 2300 円の減少につながることが示された。都道府県レ
ベルの推定結果と都道府県レベルの推定結果に差が出たことの一因として、国保の財
政データが都道府県レベルに集約されたことで保険料への人口の影響が一部小さくな
っていることが考えられる。すなわちこの結果は、国保財政が都道府県で集約され財
政基盤が大きくなると人口 10 万人当たりの国保保険料への影響は小さくなる可能性を
示唆していると言える。
24
ここで、本稿の限界を述べる。本稿では、都道府県単位の分析を行った上で三県の
市町村単位の分析を行ったが、保険者間での相違を日本全国レベルで明らかにするた
めには、47 都道府県のすべてにおいて市町村単位での分析を行う必要がある。また、
市町村単位の分析において医療へのアクセスの良さを示す指標(都道府県分析での人
口集中地区比率と一般病床数)を説明変数に入れられなかったため、同じ都道府県の
市町村間で医療へのアクセスの良さに極端な差がある場合、アクセスの差が医療費に
与える影響を通じて保険料に与える影響を考慮できていない。
最後に、本稿から得られる政策的含意について言及する。本稿で得られた人口規模
の大きさが国保保険料に影響を与えているという結果は、その関係性が何により決定
しているのかというメカニズムを明らかにすることで政策的な含意を導くことができ
る。人口規模と保険料との間の関係が、仮に保険料の未収による影響や大幅な医療支
出の変化の影響が小規模保険者では大きく出るということを反映しているのであると
すれば、保険者規模を大きくすることによりこれらの変化が保険料に与える影響を和
らげることが出来るだろう。このメカニズムが妥当であるならば、2018 年度の市町村
から都道府県への国保財政広域化によって人口規模に起因する保険料の地域差が改善
される可能性は高いと考えられるであろう。人口規模と保険料との間の関係性を規定
する要因については、今後の研究課題とする。
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