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[449]「サヨナラ」ダケガ人生ダ(三) 成語・ことわざ雑記(47)

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[449]「サヨナラ」ダケガ人生ダ(三) 成語・ことわざ雑記(47)
上野先生と歩こう 中国語遊歩道 『中国のことばと文化Ⅱ』
[449]「サヨナラ」ダケガ人生ダ(三)
成語・ことわざ雑記(47)
(185)但だ願わくは人の長久にして
但愿人长久,千里共婵娟。
Dànyuàn rén chángjiǔ, qiānlǐ gòng chánjuān.
そしょく
この句,ご存じだろうか。中国詩が好きな人なら一度は出会っているに違いない。蘇軾『水調歌頭』
アンソロジー
詞と題して,たいていの詞華集に収められているはずであるから。
テレサ・テン
耳で聴いたという方もおられよう。そう,『但願人長久』はかの台湾出身の歌手鄧麗君の持ち歌の
一つであるから。
『但願人長久』は蘇軾の『水調歌頭』詞を若きシンガーソングライターの梁弘志が鄧の求めに応じ
て作曲したものである。
(186)人には悲歓離合あり
蘇軾の『水調歌頭』詞については以前にも他の場所で取り上げたことがあるが(『ことばの散歩道
し は い
Ⅱ』,白帝社,2010 年),もう一度さらっておくと,「水調歌頭」というのは詞牌(詞を唱う場合の
曲調名)の一種。詞は長短さまざまの句からなる歌の文句で,曲調ごとに一定の句型や押韻法がある。
中唐に興り,五代・宋に栄えた。
『水調歌頭』詞の中の,次の句がいい。先の于武陵の“人生足别离”に通じるものがある。
人有悲欢离合,月有阴晴圆缺,此事古难全。
Rén yǒu bēihuān líhé, yuè yǒu yīnqíng yuánquē, cǐ shì gǔ nán quán.
(187)千里嬋娟を共にせん
大意は,人に悲しみと歓び,別れと出会いがあり,月に晴れわたる時と陰っている時,満ちている
時と欠けている時があるのは昔からのことで,ふたつながらうまくそろう(思う人と満月の夜に出会
える)なんてことは,今も昔も望みえないことなのだ,といったところだろう。
それならば,と先に掲げたところの,
但愿人长久,千里共婵娟。
の句が続く。せめてわが愛する人が末長く元気でいて,千里のかなたにあっても,共にこの美しい月
を眺めたいものだ。
せんけん
「嬋娟」は女性の美しくあでやかな顔や姿態をいう語であるが,ここでは明月を指している。
(188)大酔してこの篇を作り,兼ねて子由を懐う
“但愿人长久,千里共婵娟”は離ればなれになっている恋人や友人どうしが,同じ月を眺めること
によって互いの心が通じ合っていることを確かめるのに,今も使われている。
へいしん
あした
いた
ただし,元の句は蘇軾の詞の序文に「丙辰(1076 年)の中秋,歓飲して 旦 に達り,大酔してこの
か
し ゆ う
そ て つ
篇を作り,兼ねて子由を懐う」とあるように,直接には兄の蘇軾が遠方にいる弟の蘇轍を思いやって
の作である。
だとすれば,“但愿人长久”の“人”も長く別れたままの弟を指していると解さなければならない
が,ここはやはりそのような背景を離れて,「わが愛する人」と読んでも差し支えなかろう。いや,
むしろそう読みたい。
2016/4/22
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