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世界の経済・金融の動き と日本経済

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世界の経済・金融の動き と日本経済
**市町村アカデミー 市町村長特別セミナー・地域経営塾②**
世界の経済・金融の動き
と日本経済
野村総合研究所未来創発センター主席研究員
かつてはあれだけ元気だったアメリカとヨーロッパ
の経済はこの4年で、がたがたになり、ヨーロッパは、
なお危機的状況に直面しています。中国経済もヨー
ロッパへの輸出に大きく依存していたことから多大な
影響を受けており、日本ほかアジア諸国もまた、そう
した中国経済減速の煽りを受けているというのが今日
の構図です。
ヨーロッパにせよアメリカにせよ、先進諸国の政策
はもう混乱の極みで、財政出動を、いや金融政策で、
もっと構造改革を、銀行問題を、といった具合で、
何が正しい政策なのかをめぐって大論争が繰り広げ
られています。
実はこれらの議論は、10 ∼ 15年前、日本で展開さ
れた議論と全く同じです。日本はどのような政策を選
択し、結果はどうなったか。そうした日本の経験をア
メリカやヨーロッパが教訓にすれば、欧米諸国が今
後、どのような方向の政策をとるべきなのか一定程度、
推測できるでしょう。そういう着眼点から今回私は、
アメリカとヨーロッパの経済・金融の動きを日本の経
験を交えて説明させていただき、許す限り日本の現
況にも言及したいと思います。
金融政策の限界
リーマン・ショックから4年間、私は世界各国で
日本の問題とよく似ている という視点から提言をし
てきました。日本を教訓にしてほしいという意図から
ですが、話し始めるとアメリカ人はみな嫌気顔です。
というのは過去20年間、海外の日本に関する報道は、
日本は不良債権処理も構造改革も金融政策もやらず、
財政政策も不十分といった極めてネガティブなものが
多かった。アメリカ人にしてみれば、
「日本がやらな
かったことを俺たちはやる」
「日本というのは反面教
師にすぎず、学ぶべきことはない」といった意識が強
く、聞く必要性を認識していないことが多いのです。
そこで私は、数年前のアメリカの住宅価格動向と
バブル期の日本大都市圏の住宅価格を示したグラフ
を示したうえで話を始めることにしています。両者の
価格動向は、上昇幅、上昇期間、下落幅、下落期間
がそっくりなのです。とたんにアメリカ人は真剣にな
ります。
14
vol.105
リチャード・クー
一方、ヨーロッパも数年前、アイルランドやギリ
シャ、スペインで発生していた大きなバブルがものの
見事に崩壊しました。例外は一国です。ドイツだけ
はバブルが発生しなかったどころか、一時は大きく下
がった住宅価格が、今ようやく十数年前の水準に
戻ってきています。ともあれ、アメリカのリーマン・
ショックとヨーロッパ各国が一斉にバブル崩壊を迎え
たのが、今日の経済・金融問題の端緒です。
リーマン・ショックによるバブル崩壊を受けて、各
国の中央銀行は大幅に金利を下げました。アメリカの
FRB(連邦準備制度理事会)は、FRBの歴史上最も
早い時点で事実上のゼロ金利を実施。既に4年以上
になりますが、まだ失業率は7%台後半という高水準
です。通常、ゼロ金利を4年間も続ければ、今ごろ
大変なバブルになってもおかしくない。ところが
「QE1」
「QE2」
「QE3」という3度に及ぶ量的金融緩
和でジャブジャブとお金を供給しても、にっちもさっ
ちもいかないのはどういうことでしょう。
ここに3つのデータがあります。1つは、中央銀行
が通貨、つまり流動性をどれだけ供給したかを示す
マネタリーベース。2つ目は、民間が使える金がどの
くらいあるかという預金総額、マネーサプライ。最後
は、銀行の民間向け貸出総額。これを比較してみま
す。
一般の経済学の参考書では、この3つは同じよう
に動くと書いてあります。確かにリーマン・ショック
前までは、この3つは同じように動いていました。と
ころがリーマン・ショックの後はもうてんでばらばら、
何の関係性もなくなってしまうのです。
FRBのマネタリーベースは、リーマン・ショック直
後を100とすると316。本来なら300%のインフレに
なってもおかしくない。ところがマネーサプライは134
であまり増えていません。さらに重要な銀行の貸し出
しは97という低水準。銀行ががんがん貸し出してい
けばマネーサプライも増えて経済もよくなるのですが、
銀行がお金を貸さない、または貸せないという状況
なのです。
貸し出しが伸びなければ景気がよくなるはずはなく、
当然のことながらアメリカのインフレ率は全然上昇し
ていない。ということは、アメリカの政策はほとんど
リチャード・クー
【略 歴】
1954年神戸生まれ。76年カルフォルニア大学バークレー校卒業。専攻は
政治、経済。
米国連邦準備制度理事会(FRB)のドクター・フェローを経て、81年
ジョンスホプキンス大学大学院経済学博士課程修了。同年ニューヨーク
連銀入行後、84年野村総合研究所入社。経済調査部、投資調査部等を経
て、現職。日経金融新聞(95年、96年、97年)や日経公社債情報(98
年、99年、00年)のエコノミスト・ランキングで第一位。全米ビジネス
エコノミスト協会(NABE)アブラムソン賞受賞(01年)。
効いていないということです。
ヨーロッパも同じ傾向です。リーマン・ショック後、
欧州中央銀行は懸命に流動性を供給して、マネタ
リーベースは187まで増やしたのですが、マネーサプ
ライも、また民間向け貸し出しも増えていません。当
然のことながらインフレ率も加速していない。ユーロ
圏に属さないイギリスも同様です。イングランド銀行
の総裁、マーヴィン・キング氏は量的緩和に踏み切
る際、 我々は日本のようなバカなまねはせず、一気に
量的緩和をやって一気にマネーサプライを増やして一
気にイギリス経済を回復させる という趣旨のことを公
言しました。人類史上最大の量的緩和で、マネタ
リーベースは437までいきましたが、今、完全な二番
底状態です。ロンドンオリンピックがあったものの、
基本的なところは一向に弱いままです。
日本はどうか。1990年のバブル崩壊のあと、日銀は
2001年から量的緩和を実行しますが、バブルが崩壊
した1990年を100としたときに今、マネタリーベースは
347、マネーサプライは177、民間向け信用が103です。
103というのは、22年前と同じ水準ということです。お
金が回ってないわけですから、インフレ率も加速して
いない。むしろデフレに近いような状況が続いている
のです。
なぜこんなことになっているのか。日本経済のバブ
ル期、民間の資金需要は旺盛で、お金を借りていろ
んなものに投資していた。日銀はオーバーヒートを懸
念して短期金利を8%まで引き上げたのですが、ちょ
うどそのときバブルが崩壊します。日銀はその後、一
気に金利を下げ、以降、実質的にゼロ金利です。と
ころがこの金利ゼロの下でも、民間の資金需要はマ
イナス。つまり、金利がほぼゼロという借り入れ好環
境にあっても、民間全体が借金を返済している事態
が10年間も続いた。
企業の経営者からすればバブル時に企業が買った
資産が大暴落して、借金だけが残るという事態に
なった。つまり、債務超過状態ですから倒産というこ
とになるわけで、帳簿的にはこの時期、日本企業の
大半は倒産していたということなのです。
ただ、倒産にも2種類ある。通常我々が「倒産」
という言葉を使うときには、企業が世に問うた製品が
社会的に評価されず、もう操業できない事態に陥っ
たというイメージだと思います。その一方で、本業の
商品・サービスが売れているのに、経営陣が変な投
資に走り、その資産が暴落して、債務超過になって
会社が存続できなくなったという倒産もあります。
後者の危機に立たされた場合、あなたが経営者な
らどうするでしょう。誰しもが、本業で得たキャッ
シュで借金を返済し、債務超過の状況から脱却しよ
うとする。何年か後には、またもとの経営ができるは
ずだと考える。いわゆるステークホルダーと言われる
人たちからしてみれば、ゼロ金利下でも借金返済が
いちばん正しい政策になるのです。
日本のGDPがマイナスにならなかった理由
ここからはマクロの話です。一国の経済というのは、
誰かが貯金していたら、誰かが借りて使わなければ
うまく回らない。みんなが貯金ばかりしていたら、経
済はどんどんシュリンクしてしまう。通常、預金者と
借金者の間には金融システム、つまり証券会社や銀
行、保険会社が存在します。借り手が多すぎる場合
は金利が上がり、借り手が少なすぎる場合は金利が
下がっていく。しかし、ゼロ金利でも民間が借りない。
借りないどころか借金返済に回ると、金融機関にお
金が滞留し、人々の所得循環が悪化していく。民間
企業が借金返済に回した金は、多い年で年間30兆円
を超えています。これは実に日本のGDPの6%に相当
する。さらに家計の貯蓄、例えば年間20兆円を貯金
すると計50兆円が金融機関に滞留する。ということは、
毎年、日本のGDPは1割ずつシュリンクした可能性が
あるのです。
実際に起きたのが、アメリカの大恐慌です。1929年
10月にニューヨークで株が大暴落し、アメリカは大恐
慌時代に入ってしまうのですが、その前の数年間、
アメリカの人たちは絶対儲かるとして、株、不動産、
いろんなものに投資をした。しかし大暴落で借金だ
けが残り、みんな一斉に借金返済に回る。お金を借
りる人はいない。この状態を放置していたものですか
らアメリカ経済はみるみる変化し、都市部の失業率は
50%超、全体でも25%超、わずか4年間でアメリカの
GDPは半分になったとされています。
実は日本も同じことになりかねなかった。日本の
GDPと商業用不動産の価格動向を重ね合わせてみる
vol.105
15
と、バブルで商業用不動産が大幅に上がっていると
きには、当然GDPも大幅に上がっていった。日本の
教訓としてお話ししたいのは、その後の非連動性で
す。バブル崩壊で不動産価格は全国平均で87%も暴
落しますが、この間の日本では名目GDPも実質GDP
も、一度もバブル期のピークを下回っていないのです。
一体なぜこんなことが可能なのか。理由は、政府
が金融機関に滞留した金を借りて使ってくれたから
です。その結果、お金は民間の所得循環に戻るわけ
ですから、経済が落ちる理由はなくなる。
当時の政権は自民党でした。彼らは、バブル崩壊
で税収がかなり落ちてもいろんな減税措置を講じまし
た。本来、税収が落ちれば支出をカットするでしょう
が、このときは景気対策として財政出動でお金を
使ってくれた。減らすべき支出を増やした分が財政
赤字になりますが、これで日本のGDPはずっとキープ
されてきたということです。
バブル崩壊期から企業が借金返済に奔走した15年
間で、財政赤字は460兆円になります。日本のGDPの
97%に相当する大変な債務ですが、私はこのお金は
極めて有効に使われたと思っております。なぜかとい
うと、もし政府がこういう行動をしなかったら、日本
のGDPはバブル前の水準、いや恐らくもっと下がった
と思います。バブル前と企業が借金返済を終えた
2005年ごろを比較すると、GDPはこの間に累積で約
2,000兆円増えています。ということは、 460兆円の財
政赤字で2,000兆円のGDPを買った わけで、ある意味、
こんなに安い買い物はない。
民間企業のバランスシートはきれいになり、今、上
場企業の半分が実質無借金だそうです。民間のバラ
ンスシートがきれいにならなければ、景気というのは
よくなりません。
財政出動が経済を支えた日本の教訓
赤字覚悟の財政出動が日本のGDPを支えたという
話は、残念ながら多くの方々があまり耳にされていな
いのではないでしょうか。
「政府が何百兆円もの金を
使ったのに、全然、景気はよくならなかった」
「よっ
ぽど変なものに金を使ったのだろう」といった話のほ
うが多いでしょう。
しかし、土地の値段が87%も下がって民間が借金
返済ばっかりやっている国で、政府が何もやらなかっ
たら、マイナス成長必至です。
ゼロ金利でも民間が借金返済に回ってしまうことで
起きる不況という観点から、私は「バランスシート不
況」と呼んでいますが、この種の不況には、政府が
財政出動で対応するしかないと考えています。
そういう意味では、昨今、政府が日銀にインフレ率
2%の達成を要求するのは、全く的外れだと思います。
先に述べたイングランド銀行は、今、日本政府が
日銀に要求していることをやったのです。しかし4倍
という水準の量的緩和をしても、景気をよくすること
はできなかった。このようなイギリスの例やアメリカ
16
vol.105
の例を見ても、金融政策に期待してもしょうがないと
いう結論になる。この点は、実はずっと日銀が主張し
てきた。ところが理解した政治家は少なかった。例
外的に、今回、財務大臣になった麻生太郎さんは、
日銀をたたいてもしょうがないと言い続けていました。
中央銀行たたきというのは、政治家にとって非常に
やりやすい。私はニューヨーク連銀に勤めていたので
よく覚えていますが、ホワイトハウスや議会もちょっ
と何かあると中央銀行をたたく。そういうところが残
念ながら今の日本でもかなり幅をきかせてしまってい
るという気がします。
では、財政出動という日本の教訓がどのくらい海外
で理解されているでしょうか。実はかなり理解されて
います。リーマン・ショックの2か月後、ワシントンで
緊急G20が開催されました。当時の麻生総理は、み
んなここで財政出動をやれば、絶対、世界経済は安
定していくはずだと力説され、
G20で合意された。2009
年、日本もアメリカも中国もドイツも財政出動をしま
す。これでハッピーエンディングになればよかったの
ですが、残念ながら今の話は日本の教訓の前半部分
にすぎません。
財政再建の実行時期を示唆する日本の教訓
教訓の後半部分は何かというと、1997年と2001年、
日本のGDPはマイナス成長です。両年とも財政再建
策が実施された年なのです。97年は橋本龍太郎さん
が、消費税アップ、特別減税の廃止、大型補正予算
見送り、社会保障負担費アップの4点セットで財政赤
字を15兆円減らそうとした。2001年は小泉さんが、国
債発行額30兆円枠を設定して発行を抑制しようとし
た。このとき何が起きたか。97年については15兆円の
赤字を減らすどころか16兆円も増えた。経済が急激
に悪化し、税収は落ち赤字が増えるという構図です。
01年も同様の構図でした。
当然の結果で、政府の支出が唯一経済を支えてい
たわけですから、政府がその役割をやめると一気に
デフレスパイラルに陥ってしまう。同じことが今、イ
ギリスでもスペインでも起きている。民間が、ゼロ金
利でも借金返済に回っているときには、絶対に財政
再建をやっちゃいけない。やったら必ず失敗します。
残念ながら今のアメリカ、ヨーロッパでこの点を理
解している人は少ない。だからこそ、アメリカとヨー
ロッパでは冒頭で申し上げた政策論争の混乱が続い
ているのです。財政再建をするというなら、民間がバ
ランスシートをきれいにするために借金返済を終えて
からであって、アメリカもイギリスもヨーロッパもいま
だ「バランスシート不況」下にあるのです。
資金循環というデータを見ると、一国全体で、誰
がどのくらい貯金して、誰がどれくらい借りて使った
かを把握することができます。貯金の方が多いときに
は資金余剰、逆に借金の方が多いときには資金不足
の状態と呼んでいます。
バブル期の日本やリーマン・ショック前のアメリカ、
イギリスでも「家計」や「企業」がどんどんお金を
借りていろんなものに投資していた。ところが今は
「貯金しないキリギリス」とまで言われた、あのアメリ
カ人が必死に貯金している。銀行貸し出しなんか伸
びるはずがありません。
アメリカもイギリスも日本が経験した資金循環の
まっただ中に立っているわけです。
例えばイギリスの企業部門は以前から資金余剰の
状態にあったのですが、バブル崩壊でさらにその状
態が深刻になった。また家計部門も貯蓄を続けてお
り、これはまさしくイギリス史上最低の金利下での
「バランスシート不況」です。
すると国債の長期金利が下がり、日本国債との金
利差が縮まった。日本からすれば、外国国債の購入
は旨味のある投資ではなくなります。かつては、利回
りの魅力から日本は海外へ投資し、結果、円安という
構図にありました。その構図が崩れたのです。みなさ
ん、資金を運用する銀行や生保のファンドマネー
ジャーの立場で考えてみてください。運用には、リス
ク回避のためいろんな規制があります。元本割れのリ
スクは取れないとなったとき、最後に買える資産は国
債です。多くのファンドマネージャーが国債購入に向
かっていくと、国債利回りが下落、国債価格は上昇し
ます。今、日本の国債の利回りは、ほぼ人類史上最
低、価格は最高値です。同じことがアメリカやイギリ
スでも起きた。国債にお金が集まるということは、
「今は財政出動をやってください」というメッセージ
だと、私は受け止めております。
ユーロ圏「バランスシート不況」の本質
ところが、ヨーロッパでバブルが起きて崩壊したス
ペインやポルトガル、アイルランドでは、国債金利が
上がっています。リスク回避から誰も国債を買ってく
れない事態に、当事国の政府はパニックを起こし、
経済も悪くなっている。
ただしギリシャは例外ケースで、税収はほとんどな
いにもかかわらず、がんがん世界中からお金を借りて
ばらまき政策をやった。しかも、公表数値を偽ってい
た。ギリシャは「バランスシート不況」では説明でき
ない、めちゃくちゃな事例です。
ですがユーロ圏全体では明らかに「バランスシー
ト不況」です。国別に見ても、スペインはGDPの7%
以上ものお金が貯金に回っています。これでは景気
が悪くなるのは当たり前です。アイルランドもGDPの
9.9%相当が貯金され、ポルトガルも同5.4%相当です。
こうした状況下では本来なら国債の利回りは下落
するはずです。ところが実際には先ほど述べたように
利回りは上昇しました。ここにはユーロ圏の特殊な問
題があります。先ほど私は、もしも我々がファンドマ
ネージャーなら、為替リスクや元本割れリスクを回避
するため、自分の国の国債を買うという話をしました。
では、みなさんがスペインやアイルランドのファンド
マネージャーだったら、自国の国債を買うでしょうか。
答えはノーです。自国の国債ではなくドイツの国債を
買う。ドイツはユーロ圏ですから、為替リスクがない
のです。
スペインではバブル大崩壊で、みんなが借金返済
に回り景気が悪化。当然、政府の財政赤字は増え、
一時GDPの10%を超える規模の赤字に膨らみました。
マスメディアは、財政破綻だ、スペインは大変だと書
き立てる。ところが民間の貯金行動によって財政赤
字を余儀なくされていることは、どこも報じてくれな
い。 うそも100回言えば、人は信じる というわけで、
ファンドマネージャーのみなさんも、スペイン国債を
避けて、みんなドイツ国債へと目がいく。結果、ドイ
ツの国債利回りが低下、スペイン国債の利回りは上昇
します。スペインは完全な「バランスシート不況」で
すから、政府はお金を借りて使わなくちゃいけない。
にもかかわらず、これ以上財政赤字は出せないからと、
財政再建へと走る。しかし民間が借金返済に回って
いるときに政府が財政再建をやれば、97年の日本のよ
うに景気は一気におかしくなる。今、スペイン経済は
完全なデフレスパイラルで、若者の失業率が50%超
という大変な事態です。同じことがポルトガルでもア
イルランドでも起きています。
以上のように、バランスシート不況下で自国の国債
にお金が向かわなくなるというのはユーロ圏でしか起
きない問題です。
「日本も下手したらギリシャみたい
なことになる」
「スペインみたいなことになる」と言わ
れた大臣が日本にいるようですが、これは全くのナン
センスです。
財政出動の制約がヨーロッパの足かせ
現実のヨーロッパの経済・金融問題というのは2つ
あります。1つは、指摘したように共通通貨圏の国債
市場間でお金が移動してしまうという問題。もう1つ
は、マーストリヒト条約です。マーストリヒト条約に
は、EU各国は財政赤字をGDPの3%以下にとどめる
ことということが明記されているのですが、これは
「バランスシート不況」には全く対応していません。
スペインでは民間貯金がGDPの7%相当、ポルトガ
ルでは同5%、アイルランドは同10%相当に達してい
ますが、条約では政府はGDP 3%相当以上のお金を
借りてはだめだという。アイルランドの場合、民間は
GDP の10%相当を貯金しています。政府が3%分の
財政出動をしたとしても、残りの7%分はどう対処す
るか、全く言及がないのです。
話はややこしくなりますが、今のヨーロッパの金融
問題というのは、実はドイツが引き起こしたものです。
ドイツ人にこの話をすると、みなさんびっくりされる
のですが、実は2000年、ちょうど通貨がユーロに統
一されたときに、ドイツは大きなバブルにはまってい
た。日本でいうITバブルでドイツでは「テレコムバブ
ル」と呼ばれました。通常は極めて冷静なドイツ人
が狂乱し、みんなIT関係に投資をしたのです。しか
しバブル崩壊で、ドイツ版ナスダックと言われるノイ
vol.105
17
アマルクトは何とピークから96%も株価が下がって消
滅したそうです。その後ドイツは完全な「バランス
シート不況」に入り、
「Sick man of Europe(ヨーロッ
パの病人)
」と言われたくらい経済が弱かった。本来
ならドイツは財政出動で対応しなければならないので
すが、先のマーストリヒト条約にある3%ルールを盛
り込んだのは当のドイツです。ルールを破ることはで
きない。実際は何回か3%ルールを破ったのですが、
それでも積極的な財政出動はできなかった。ドイツ経
済というのはヨーロッパ経済の中心ですが、これがど
んどん悪くなっていくので欧州中央銀行はドイツ救済
のため政策金利を2%に下げたものの、市場は全然
反応しない。先述したとおり、ドイツだけが住宅価格
が下落し続けるのです。早い話、ドイツ人は全然お
金を借りなくなり、いくら金利を下げても反応しない。
その一方でITバブルにはまったドイツに比べ、IT産
業が弱いスペイン、ポルトガル、アイルランドでは、
当時、バランスシートが壊れているわけではなかった。
しかし、欧州中央銀行が金利を2%まで下がったこと
でバブルが起きてしまった。こうしたユーロ圏諸国へ
のドイツからの輸出が伸びたことでドイツ経済は回復
できたのです。
ドイツ経済が回復してからしばらくの後、スペイン
やアイルランドなどドイツ製品を輸入してきた国々で
バブル崩壊が起きます。ドイツはその国々に対して、
「構造改革が足りない」と注文をつけていますが、あ
る意味、その国々はドイツを救うために犠牲になった
とも言える、というのが私の見方です。
私はドイツで講演するとき、
「ドイツはもう少し謙虚
にEU諸国に対応しないと、問題は解決できないので
はありませんか」とアドバイスしています。先の3%
ルールを守ろうとすれば、
「バランスシート不況」に
陥った国はその分、景気を改善できません。中央銀
行が金利を下げると、ユーロ圏のどこかの国でバブ
ルが発生する。したがって私は、
「バランスシート不
況」に陥った国に対しては3%ルールを免除して当事
国は財政出動をすべきだと思います。
お金を国外に流出させない工夫が必要
もう1つの国債市場間でお金が動くという問題にふ
れましょう。金融機関が国債や社債を購入するときに
は当然、リスクを伴います。相対的に国債はリスクの
ウエートが低く、社債はちょっと高い、株はもっと高
く、貸し出しはさらに高い。そこでユーロ圏の中でも
自国の国債を持っている場合はそのリスクのウエート
を低くすることで少しでもお金が自国に残るようにす
れば、金利は下がってくる。今、ユーロ圏で財政再
建の議論がここまで大きくなってしまっているのは金
利が高いからであって、金利が下がればそうした議
論はなくなるでしょう。
以上のことから、ユーロ圏の問題の解消には2つや
らなければないという結論に達します。
「バランス
シート不況」に陥った国に財政出動を許す。許すど
18
vol.105
ころか私は強制すべきとまで思っているくらいです。
もう1つは、外国国債と自国国債のリスクウエートを
調整して、あまりお金が国外へ出ないようにする。こ
の2つをやれば、ユーロ圏は安定すると思います。
財政再建を後回しにする意味が認識され始めた
アメリカは、この「バランスシート不況」の問題を
かなり理解しています。この数か月間、ご承知のよう
に「財政の崖」が話題になっています。言い出した
のはFRBのバーナンキ議長です。彼は「バランス
シート不況」のときには絶対に財政再建をやってはい
けないと気づき、今、彼はこの論の先陣にいます。
かつて、日本をぼろくそに言っていた彼ですが、アメ
リカが日本と同じ状況に置かれて、いかに金融政策
が効かないかということを痛感したのです。
実は私は、バーナンキ氏とアメリカ議会で証言する
機会がありました。彼が午前中で私が午後の担当
だったのですが、何時間も一緒でした。彼は私の著
書から日本のケースを学んだそうで、今は絶対に財
政再建をやってはだめだと主張するようになった。彼
は共和党員ですが、財政再建を推し進めようとする
共和党員が目を白黒させているほどです。彼とは懇
意ですが、
10年前の主張と今の主張とでは雲泥の差が
あります。かれは最近、私がつくった「バランスシー
ト・リセッション」という言葉さえも使っています。
ホワイトハウスでも私の著書は必読書になっていて、
ホワイトハウスもFRBも「今、アメリカはバランス
シート不況だ、だから今は絶対に財政再建をやって
はいけない」という認識を共有しています。ただ悲し
いかな、この話は一般のアメリカ人、または共和党員
の間でほとんど理解されていない。だからまだ大きな
議論が続いているというわけです。
イギリスもここにきて大きく変わっています。かつ
て「私たちは日本のようなばかなまねはしない」と
言っていたイングランド銀行の総裁は、
「バランス
シート不況」
「金融政策では問題解決しない」と明言
するようになったそうです。
ユーロ圏諸国に関しては、まだ一般的な認識には
なっていない。ただ、1月5日にIMFが出したペー
パーには、この種の不況では財政の乗数効果はかな
り大きいという趣旨のことが記されました。この点は、
私が10年以上前から言ってきた論点です。
欧州中央銀行のドラギ総裁は、以前はユーロ圏の
不況の原因を「構造問題だ」と言っていたのですが、
去年の11月から、トーンをがらりと変えて「これはバ
ランスシート問題だ」と言い始めています。ただ残念
なのは、その一方でドラギ総裁はいまだ「財政再建
だ」と言っている。もしドラギさんが、
「ここは財政出
動で対応するしかない」と言い出せば、ヨーロッパの
雰囲気も大幅に変わるだろうと思います。
借金返済で残った日本のトラウマ
日本に触れましょう。バブル崩壊以後、企業は借
金を返済し、2004 ∼5年ごろになるとバランスシート
もきれいになり、日本経済は一応、正常に戻った。し
かしリーマン・ショックで、また民間は借金返済や貯
金を増やすようになった。今、家計部門と企業部門
で合わせてGDPの9.2%相当を貯金しているというの
が現状です。橋本政権が消費税を上げたとき、民間
の貯金はGDPの約7%相当でした。今、9%相当分
も貯金しているのに、消費税を上げるのは非常に危
ない選択だと思います。
恐らく日本企業のバランスシートは、今、世界でい
ちばんきれいな状態にあると思います。せっせと借金
返済に走った結果、民間には借金拒絶症といった症
状さえ生まれた。
「もう2度と借金なんかするものか」
「もう銀行員の顔など見たくもない」と、なってしまう
わけです。
アメリカでは1929年の大恐慌を経験して、借金返
済に追われたアメリカ人は死ぬまでお金を借りなかっ
たそうです。それを見ていた子供たちも借りなかった。
だからアメリカでは1985年までの約半世紀、全ての
金利は税控除の対象になったのです。
今の日本も似たような状況で全然お金を借りない。
そういう意味で私は、今、日本でいちばん必要なの
は財政出動であると考えているのです。ただ、その
財政出動は橋とか道路の修繕・建設だけではなくて、
めちゃくちゃに魅力的な投資減税、またはその償却期
間を大胆に短縮してしまうなどの一手も必要でしょう。
オバマ大統領は、2011年に投資した者は2011年に全
部償却してもいいという政策をやりました。この政策
は日本こそやるべき政策でしょう。日本はバランス
シートの問題を解消しているわけですから、あと残っ
ているのはトラウマだけです。トラウマというのは1
回乗り越えればもうトラウマじゃなくなる。そうだとす
れば1回乗り越えるための、めちゃくちゃに魅力的な
投資減税、超短期償却をドーンと打ち出してはどう
でしょう。やがて財政再建ができる環境ができれば、
消費税を上げるなり、その他の政策をつくればいい。
追われる日本経済が生き抜く道
日本は、もう1つすごく難しい問題に直面していま
す。日本経済史上初めて、後ろから追われている経
済にあるということです。1995年ごろまでの日本経済
というのは、追いかける相手はいっぱいいたけど、後
ろから追っかけてくる人は実質上、誰もいなかった。
ですからとにかくアメリカやヨーロッパに追いつけ追
い越せでやってきました。ところが95年以降というの
は、中国というとんでもない相手が後ろにピタッと
くっついてきた。中国をどうやって振り切るのか、ど
う競争していくかが、今、大きな課題になっている。
ところが日本の企業は、また教育制度も全てそうだ
と思いますが、追いつけ追い越せという考えの下、そ
の効果を最大限に出そうという形で制度がつくられて
いる一面がある。例えば終身雇用などは、その典型
でかつては効率的でした。ところが、背後に競争相
手がピタッといるような状況では、全く違う発想が必
要になる。これを私は「アメリカの70年代」だと言っ
ています。
どういう意味かというと、私が日本からアメリカに
移ったのが1967年、13歳のときでした。当時のアメリ
カ人は本当に自信満々だった。
「そうか日本から来た
か、支援するから頑張れ」という感じでした。10年後、
あらゆる産業で日本製品がアメリカ製品を駆逐してい
き、アメリカ人の自信は消滅しました。1945年に勝利
し、敗戦した日本にやられたということで、もう本当
に自信を喪失したのです。それから20年間、アメリカ
はスーパー 301、201、紳士協定、あらゆる手を使って
保護主義策を検討・実行しました。最終的結論は、
追われる立場になったら、今までよりも早く走らなけ
ればならない というものです。そこで彼らがやったの
が、いわゆる「サプライサイド改革」です。
サプライサイド改革というのは、新しい物、デザイ
ンでも音楽でも色でもいいのですが、新しいことを考
えられる人たちにもっとインセンティブを与えて、頑
張ってもらう。新しいことを考えられる人というのは、
どんな社会でもたくさんいるわけではないので、そう
でない残りの8割の人はそのおこぼれで生きていくよ
うな社会に変えていったのです。変革には20年か
かった。それが今日です。御存じのように、Dell、
Yahoo、Googleまで全部アメリカ発です。
アメリカは背後からの追随を経験していますから、
中国やインドの台頭に、それほど大きなショックはな
い。ところが日本は初経験で、システム変更にいろい
ろと抵抗がある。しかし、やはりここは、新しいこと、
おもしろいことを考える人にインセンティブを与えて
いく社会を築くべきでしょう。おもしろいことを考え
られる人はいっぱいいると思います。今までの組織構
造の中で、新しいことを考える人たちは、どちらかと
いうと窓際に追いやられてしまったケースは決して少
なくない。それでも今まで1億2,000万人が食べてこ
られたからいいものの、これからはそうはいかないと
いう気がします。変革には、当然のことながら時間が
かかります。しかし既にアメリカの実例がある。やろ
うとすれば、日本ではアメリカより短期間で実現でき
るかもしれません。
ちなみにドイツのカメラは日本製品にやられ、1975
年の生産量はゼロです。ヨーロッパもアメリカも1回
日本にやられたので、中国やインドがきても、ある程
度の対策はできている。日本は初めてとはいえ、試練
を乗り越えないことには、本当に中国にのみ込まれて
しまうと思います。
話を整理すると、今の日本経済の課題というのは、
バランスシート解消で生じたトラウマをどうやって乗
り越えるかということと、後ろからついてくる相手と
どう向き合い、以前よりも速く走るかという、この2
つだと思います。
vol.105
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