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コミュニティ・エンゲージメントの評価 ―カーネギー大学分類の選択的分類
UEJジャーナル第 18 号(2016 年 1 月 15 日号) Japan Organization for the Promotion of University Extension <レポート> コミュニティ・エンゲージメントの評価 ―カーネギー大学分類の選択的分類を手掛かりに― 南山大学短期大学部教授 五島 敦子 はじめに 本報告の目的は、大学と地域の双方向的関係を意味する「コミュニティ・エンゲージメ ント」の評価のあり方を検討することを通じて、日本の大学の地域連携を考える上で示唆 を得ることにある。 「 高 等 教 育 は 社 会 の 中 核 」と 謳 わ れ た 中 央 教 育 審 議 会 答 申『 我 が 国 の 高 等 教 育 の 将 来 像 』 ( 2005 年 )か ら 、す で に 10 年 が 過 ぎ た 。教 育 基 本 法 改 正( 2006 年 ) ・学 校 教 育 法 改 正( 2007 年)では、大学の教育研究の成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与す ることが大学の果たすべき使命であることが明示された。大学機関別認証評価では、社会 貢献あるいは地域貢献は評価項目のひとつであり、大学評価・学位授与機構の評価事業で も選択評価事項に位置づけられている。しかしながら、その評価対象は「公開講座等、正 規課程の学生以外への教育サービス・学習機会の提供」「産業界との協力による地域産業 の 振 興 へ の 寄 与 」「 国・地 方 公 共 団 体・民 間 団 体 と の 連 携 に よ る 地 域 社 会 づ く り へ の 参 画 」 とされている。すなわち、社会貢献は、大学から地域へという一方通行で捉えられ、大学 と地域の相互関係がどうあるべきかが十分に問われていない。 これに対し、知識基盤社会において新しい知を生み出すには、大学の専門知と社会の実 践から生まれた経験知の相互作用が必要と考えられる。経験を省察し、知識が絶え間なく 再構成されることが、イノベーションを生むからである。そのため、大学と地域の関係の 深さをあらわす概念として、 「 エ ン ゲ ー ジ メ ン ト( Engagement)」が 注 目 さ れ て い る 1 。エ ンゲージメントの深さは大学評価の対象となり、選ばれる大学の条件となる。すなわち、 それは競争的な資金配分と結びつく可能性を示している。 以上の事情を背景に、近年、エンゲージメントを測るアセスメントの方法が模索されて いる。たとえば、イギリスでは、科学研究が社会にどう関わるべきかという問題からパブ 1 UEJジャーナル第 18 号(2016 年 1 月 15 日号) Japan Organization for the Promotion of University Extension リ ッ ク・エ ン ゲ ー ジ メ ン ト に 関 す る 議 論 が 深 め ら れ 、2008 年 に「 パ ブ リ ッ ク・エ ン ゲ ー ジ メ ン ト の た め の ビ ー コ ン 」プ ロ ジ ェ ク ト が 発 足 し た 2 。そ の 一 環 と し て 設 置 さ れ た National Co-ordination Center for Public Engagement(NCCPE) は 、 評 価 の 指 標 と し て 、 目 的 ( 使 命 、 リ ー ダ ー シ ッ プ 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン )、 過 程 ( サ ポ ー ト 、 学 習 、 認 知 )、 人 材 ( ス タ ッ フ 、学 生 、大 衆 )と い う 3 領 域 9 項 目 に つ い て 、4 段 階( Embryonic, Developing, Gripping, Embedding: EDGE) で 自 己 評 価 で き る 枠 組 み を 提 示 し て い る 3 。 そ の ほ か 、 早 く か ら エ ン ゲ ー ジ メ ン ト に 注 目 し て き た ミ シ ガ ン 州 立 大 学 の よ う に 、独 自 の 評 価 ツ ー ル( Outreach and Engagement Measurement Instrument: OEMI ) を 利 用 し て 教 員 の エ ン ゲ ー ジ メ ン ト の深さを数値化している大学もある4。このように、多様な評価尺度が開発されているの は、エンゲージメントが大学のパーフォーマンスを評価し、社会に対する説明責任を測る 指標となるためである。 本報告では、こうした評価のあり方を検討する方法として、アメリカ高等教育の機関分 類でよく知られるカーネギー大学分類に注目する。近年のカーネギー大学分類の改訂につ い て は 、 福 留 が 詳 説 し て い る が 5 、 2005 年 に 導 入 さ れ た コ ミ ュ ニ テ ィ ・ エ ン ゲ ー ジ メ ン ト 分 類( Community Engagement Classification )と い う 選 択 的 分 類( Elective Classification ) については、部分的に取り上げるにすぎない。そこで本報告では、選択的分類が登場した 経 緯 、な ら び に 、認 証 に あ た っ て 求 め ら れ る 評 価 項 目 を 紹 介 し た う え で 、2015 年 ま で の 発 展の経緯を検討することにしたい。 1. カーネギー大学分類と課題と選択的分類の登場 カ ー ネ ギ ー 大 学 分 類 は 、 カ ー ネ ギ ー 教 育 振 興 財 団 ( Carnegie Foundation for the Advancement of Teaching)が 設 立 し た カ ー ネ ギ ー 高 等 教 育 審 議 会( Carnegie Commission on Higher Education)に よ っ て 1970 年 に 作 成 さ れ た 大 学 分 類 で 、そ の 後 、数 度 の 改 訂 を 経てきた。本来の目的は、アメリカの多様な高等教育機関を整理・分析するために客観的 データを提供することであった。ところが、次第に、州政府の財政配分や各種財団の資金 援助、あるいは、大学ランキングの基準などに用いられるようになった。そのため、研究 大学を頂点とするヒエラルキーにおいて上位カテゴリーへの上昇をめざす大学が現れ、本 来 の 目 的 と の 歪 み が 大 き く な っ た 。そ こ で 、2005 年 に 分 類 カ テ ゴ リ ー そ の も の の 大 幅 改 訂 が行われたが、その改訂のひとつとして、新たに、コミュニティ・エンゲージメント分類 が選択的分類として設定された。 設定のねらいは、 「 大 学 6 の 多 様 性 と そ れ ら の コ ミ ュ ニ テ ィ・エ ン ゲ ー ジ メ ン ト へ の ア プ 2 UEJジャーナル第 18 号(2016 年 1 月 15 日号) Japan Organization for the Promotion of University Extension ロ ー チ を 尊 重 す る こ と 」に あ る 。す な わ ち 、 「 研 究 、省 察 、自 己 評 価 の プ ロ セ ス に お い て 当 該大学とかかわり、それぞれのプログラムの継続的発展を推進しながら大学 の成果を尊重 する」というように7、高等教育機関の多様性を担保し、独自の取組みを尊重しつつ、大 学全体で地域の発展に継続的に関わっていくことを求めている。カーネギー大学分類の基 本分類とは異なり、各大学が自主的に参加するもので、量的データで測ることができない 質的な活動について、各大学が所定の評価項目に沿って情報を集積する。その情報をもと に作成した自己評価報告書を提出してカーネギー財団の評価を受け、基準を満たしていれ ば 、 コ ミ ュ ニ テ ィ ・ エ ン ゲ ー ジ メ ン ト 分 類 ( Carnegie Foundation , Elective, Community Engagement Classification ) の 認 証 を 受 け る と い う も の で あ る 。 こ こ で い う コ ミ ュ ニ テ ィ ・ エ ン ゲ ー ジ メ ン ト と は 、「 パ ー ト ナ ー シ ッ プ と 相 互 関 係 と い う文脈における知識と資源の互恵的交流をめざして、高等教育機関と幅広いコミュニティ ( 地 方・地 域 あ る い は 州・国 家・グ ロ ー バ ル )の 間 に 結 ば れ る コ ラ ボ レ ー シ ョ ン 」で あ る 。 その目的は、 「 学 問 、研 究 、創 造 的 活 動 を 伸 張 す る こ と 、カ リ キ ュ ラ ム 、教 育 、学 習 を 強 化 すること、教養ある市民を育成すること、民主的な価値と市民の責任を強めること、重要 な 社 会 的 課 題 に 取 組 み 、公 共 の 利 益 に 供 す る こ と 」と さ れ る 8 。分 類 の 認 証 は 受 賞 (award) ではなく、あくまで自己評価と質的向上に用いられた実践を、エビデンスに基づいてデー タを集積する試みであることが強調されている。 2. コミュニティ・エンゲージメント分類の評価項目 2005 年 に 開 始 さ れ た 認 証 プ ロ セ ス で は 、 各 大 学 が 自 己 評 価 報 告 書 を 作 成 す る に あ た り 、 評 価 項 目 と し て 「 I. 基 本 的 指 標 ( Foundational Indicators )」 と 「 II. コミュニティ・ エ ン ゲ ー ジ メ ン ト の カ テ ゴ リ ー ( Categories of Community Engagement )」 と い う 二 つ の セ ク シ ョ ン が 提 示 さ れ た 。 こ の 枠 組 み は 、 概 ね 2015 年 の 認 証 プ ロ セ ス に も 継 承 さ れ て い る。 前 者 ( I) の セ ク シ ョ ン は 、「 大 学 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ と 文 化 」 と 「 大 学 の コ ミ ッ ト メ ン ト 」と い う 二 つ の 項 目 で 構 成 さ れ る 。ま ず 、 「 大 学 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ と 文 化 」で は 、大 学 のミッションの中にコミュニティ・エンゲージメントを含めているか 、その実現に学長を 含めた執行部がリーダーシップを発揮しているか、など、エンゲージメントに対する大学 としての優先度が問われる。評価のメカニズムをもっているか、そのデータをどう集積し 評 価 す る の か 、 と い っ た PDCA サ イ ク ル が 重 視 さ れ る 。 3 UEJジャーナル第 18 号(2016 年 1 月 15 日号) Japan Organization for the Promotion of University Extension 次 に 、「 大 学 の コ ミ ッ ト メ ン ト 」 で は 、 エ ン ゲ ー ジ メ ン ト を 推 進 す る た め の 予 算 配 分 、 インフラ整備、戦略的計画、ファカルティ・ディベロップメント 、トラッキングとアセス メントの方策について文書化するよう求められる。たとえば、コミュニティ・エンゲージ メントのアプローチを用いる教員に対して、学部・学科などの組織レベルで昇進・昇格の 評価対象としているか、インセンティブが与えられているか、また、そうした専門性をも つ人材を積極的に雇用する方針があるかなどについて、組織的な対応ができているかが評 価の対象となる。 後 者( II)の セ ク シ ョ ン は 、取 組 み 内 容 を 示 す も の で 、 「カリキュラムを通じたエンゲー ジ メ ン ト( Curricular Engagement:CE)」と「 ア ウ ト リ ー チ と パ ー ト ナ ー シ ッ プ( Outreach and Partnership: OP)」 の 二 つ の カ テ ゴ リ ー で 構 成 さ れ る 。 ま ず 、「 カ リ キ ュ ラ ム を 通 じ たエンゲージメント」では、学生が市民としてアカデミックな学びを深められるような取 組み、あるいは、教員が優れた研究成果を上げられるような取組みについて、カリキュラ ムを通じた実践が描写されるよう求められる。学生・教員と地域の互恵的な協同関係を生 み出すカリキュラムであるかどうかが評価の対象となる。学習成果に対する評価方法やそ のフィードバックの方法、学位プログラムとしてのカリキュラム全体における整合性、教 員の教育研究活動に与えたインパクトなどが重視される。 次 に 、「 ア ウ ト リ ー チ と パ ー ト ナ ー シ ッ プ 」 で は 、 大 学 の 資 源 を い か に し て コ ミ ュ ニ テ ィの利用に供しているかという点と、大学と地域が双方向的・互恵的な関係のもとに事業 を展開しているかという点の二つが問われる。そのさい、単に事業を地域に提供している だけでは不十分で、組織としてどう関わり、その成果を大学がどのように評価し活用して いるかといったメカニズムが重視されている。 以上をまとめると、地域貢献活動を評価するというよりも、従来の教育研究活動を総括 的に見直し、それらをコミュニティ・エンゲージメントという概念を中心に再構成 したう えで、大学のミッションや事業計画に照らし合わせて評価しているといえるだろう。 3. 2015 年 ま で の 発 展 の 経 緯 2006 年 に 開 始 さ れ た 認 証 プ ロ セ ス で は 、 当 初 145 校 が 参 加 を 表 明 し た が 、 認 証 さ れ た の は 76 校 で あ っ た 。 そ の う ち 、 公 立 は 44 校 、 私 立 は 32 校 で あ っ た 。 カ ー ネ ギ ー 大 学 分 類 の 基 本 分 類 で い え ば 、博 士 号 授 与 大 学 36 校 、修 士 号 授 与 大 学 21 校 、学 士 号 授 与 大 学 13 校 、コ ミ ュ ニ テ ィ カ レ ッ ジ 5 校 、そ の 他 の 専 門 大 学 1 校 で あ っ た 。2006 年 と 2008 年 の 認 4 UEJジャーナル第 18 号(2016 年 1 月 15 日号) Japan Organization for the Promotion of University Extension 証 で は 、「 カ リ キ ュ ラ ム を 通 じ た エ ン ゲ ー ジ メ ン ト ( CE)」 の み 、「 ア ウ ト リ ー チ と パ ー ト ナ ー シ ッ プ( OP)」の み 、あ る い は 、両 方 の 領 域 を 認 証 対 象 と す る 「 カ リ キ ュ ラ ム を 通 じ た エ ン ゲ ー ジ メ ン ト お よ び ア ウ ト リ ー チ と パ ー ト ナ ー シ ッ プ ( CE&OP)」 の 三 つ の サ ブ ・ カ テ ゴ リ ー で の エ ン ト リ ー が 可 能 で あ っ た 。た だ し 、 2010 年 か ら は 、CE&OP の サ ブ ・ カ テゴリーのみでのエントリーとなった。評価は 5 年ごとに行われるが、認証を継続するに は 10 年 の サ イ ク ル で 再 評 価 を 受 け る 必 要 が あ る 。こ れ ら の 認 証 プ ロ セ ス の 管 理 は 、現 在 、 カ ー ネ ギ ー 財 団 の パ ー ト ナ ー で あ る ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ド 高 等 教 育 リ ソ ー ス セ ン タ ー ( New England Resource Center for Higher Education ) が 担 っ て い る 。 2015 年 の 認 証 プ ロ セ ス で は 、 初 め て 参 加 を 表 明 し た の は 241 校 で あ っ た が 、 最 終 的 に 認 証 を 受 け た の は 83 校 で あ っ た 。2006 年 ま た は 2008 年 に 認 証 を う け た 大 学 の う ち 、157 校 が 再 認 証 を 受 け た 。 2010 年 に 新 た に 認 証 を 受 け て い た 121 校 を 含 め る と 、 2015 年 の 段 階 で 計 361 校 が 認 証 を 受 け て い る こ と に な る 。2015 年 に 初 め て 認 証 を う け た 83 校 の う ち 、 公 立 は 47 校 、 私 立 は 36 校 で あ っ た 。 そ の う ち 、 博 士 号 授 与 大 学 29 校 、 修 士 号 授 与 大 学 28 校 、 学 士 号 授 与 大 学 17 校 、 コ ミ ュ ニ テ ィ ・ カ レ ッ ジ 3 校 、 そ の 他 の 専 門 大 学 5 校 で あ っ た 9 。 2006 年 当 初 と 比 べ る と 、 博 士 号 授 与 大 学 の 割 合 が や や 減 っ て い る よ う に 、 必 ず し も大規模大学とは限らず、多様性が保たれていることがうかがえる。 認証を得ることは、大学にとってどのような意味があるのか。コミュニティ・エンゲー ジ メ ン ト 分 類 の 実 務 を 担 っ て き た Driscoll は 、文 書 化 の プ ロ セ ス そ の も の が 、大 学 に 改 革 の 動 機 を 与 え る と 述 べ て い る 1 0 。活 動 を 記 録 し て 可 視 化 し 、さ ら に そ の 手 続 き を 制 度 化 す ることで、システムを評価する方法を再考するからである。また、都市・メトロポリタン 大 学 連 合( The Coalition of Urban and Metropolitan Universities) の 加 盟 大 学 の う ち 2010 年 の 認 証 を 受 け た 21 大 学 の 学 長 ら を 対 象 に ア ン ケ ー ト 調 査 を し た Arfken と Ritz に よ れ ば、新しい分類の認証によって都市大学としてのルーツを確認できた、全米的に認められ る こ と で プ ラ イ ド と 自 信 が 生 ま れ た と い う 回 答 が み ら れ た と い う 1 1 。こ の 調 査 で は 、認 証 プロセスの経験を通じて、多くの大学がコミュニティ・エンゲージメントに対する組織的 関与を強化したことが明らかとなった。ただし、その実践を評価するメカニズムやデータ の集積および利用方法の開発が課題であることも同時に認識された。 4 . 2020 年 の 認 証 に 向 け た 活 動 の 一 例 認証が学生募集や資金配分に与えた影響について、管見の限り、因果関係を詳細に分析 し た 研 究 は み ら れ な い 。 し か し な が ら 、 次 の 認 証 プ ロ セ ス は 2018 年 に 開 始 さ れ る た め 、 5 UEJジャーナル第 18 号(2016 年 1 月 15 日号) Japan Organization for the Promotion of University Extension す で に 2020 年 の 認 証 に 向 け て 動 き 出 し て い る 大 学 が あ る 。 た と え ば 、 筆 者 が 2015 年 8 月 に 訪 問 し た サ ザ ン・メ イ ン 大 学 で は 、2014 年 か ら そ の 活 動 が は じ ま っ て い た 。同 大 学 は 、 学 生 数 1 万 人 弱 の メ イ ン 州 ポ ー ト ラ ン ド に あ る 州 立 大 学 で 、メ イ ン 大 学 シ ス テ ム の 一 部 で ある。金融危機以降、経済的困窮のために働きながら学ぶ学生が増え、学生の平均年齢は 25 歳 を 上 回 っ て い る 。2013 年 に 入 学 し た 学 生 が 翌 年 度 に 2 年 生 と し て 登 録 す る 率 は 67% で あ り 、全 米 平 均 70.9% を 下 回 っ て い る 。2007 年 に 入 学 し た 学 生 の う ち 2013 年 ま で に 卒 業 し た 割 合 は 33% に 過 ぎ ず 、 学 生 の リ テ ン シ ョ ン 率 の 低 下 が 問 題 に な っ て い る 。 こうしたリテンション率低下を背景に、同大学は、学生の学びの質を高め就業力を向上 させることをめざして、学長のリーダシップのもとでコミュニティ・エンゲージメントの 強 化 を 打 ち 出 し た 。具 体 的 に は 、そ れ ま で は 職 員 1 人 と ア シ ス タ ン ト 1 人 で 運 営 さ れ て い た “Office of Community Service Learning”を 、 “Office of Community Engagement & Career Development”に 改 組 し 、専 任 デ ィ レ ク タ ー に 社 会 学 研 究 者 で あ る 教 員 を 配 置 し た 。 さ ら に 、各 学 部 と オ フ ィ ス を 結 ぶ コ ー デ ィ ネ ー タ ー や 学 生 ス タ ッ フ を 9 人 採 用 し 1 2 、そ れ まで学部単位で行われていたインターンシップ、サービス・ラーニング、ボランティアな どを掌握し、キャリア・サービスと結び付けて組織的に展開するようになった。このオフ ィスは、ファカルティ・ディベロップメントも担い、コミュニティ・エンゲージメントの アプローチを採用する教員に対して、資金提供やプログラム開発についての相談業務を行 っ て い る 。現 在 は 、学 部 の 壁 を 越 え た 取 組 み を 増 や し な が ら 、2020 年 の 認 証 に 向 け て 、実 績を可視化するためのデータを集積している段階である13。 おわりに 本報告では、カーネギー大学分類の選択的分類であるコミュニティ・エンゲージメント 分類が設定された経緯、認証の評価項目、発展の経緯を検討してきた。以下では、ここで 明らかにしたことをまとめ、日本の大学との違いに注目して考察する。 従 来 の カ ー ネ ギ ー 大 学 分 類 が 高 等 教 育 機 関 の 序 列 化 を も た ら し た の に 対 し 、2005 年 に 始 まった新しい選択的分類であるコミュニティ・エンゲージメント分類は、高等教育機関の 多 様 性 を 尊 重 し 、大 学 全 体 で 地 域 の 発 展 に 継 続 的 に 関 わ る こ と を ね ら い と し て 設 定 さ れ た 。 質的データを蓄積することで、個々の大学の特色ある試みを評価する仕組みである。評価 項目は、基本的指標と取組み内容の二つのセクションで構成される。 基本的指標では、大学全体としての組織的な対応がどこまで徹底しているかが 重視され、 6 UEJジャーナル第 18 号(2016 年 1 月 15 日号) Japan Organization for the Promotion of University Extension 財政的基盤、教員評価への反映、ファカルティ・ディベロップメントなどが要求される。 取組み内容では、まず、カリキュラムを通じたエンゲージメントについては、学位プログ ラムとしての整合性が重視されている。そのため、学生のボランティアやサービスラーニ ングなどの学習成果をどう測定するか、その成果をどのように生かすのか、また、それら がカリキュラムのどこに位置づくのかを明示する必要がある。次に、アウトリーチとパー ト ナ ー シ ッ プ に つ い て は 、双 方 向 的 関 係 が 構 築 さ れ て い る か が 重 視 さ れ て い る 。そ こ で は 、 単に大学の資源を社会に開放するだけでなく、開放することが大学自身の教育研究活動の 発 展 に ど う 結 び つ く の か と い う 、 い わ ば Win-Win の 関 係 が 求 め ら れ る 。 こ れ に 対 し 、 た と え ば 、 日 本 の 大 学 評 価 ・ 学 位 授 与 機 構 の 選 択 評 価 事 項 B「 地 域 貢 献 活 動の状況」をみると、確かに改善の取組みは必須項目であるが、参加者の満足度調査やニ ーズ調査などにとどまり、教員評価への反映や財政的基盤の確立といった組織的支援には 及んでいない。近年では、学生の地域貢献活動が盛んに奨励されているが、カリキュラム 上の位置づけ、すなわち、それぞれの学位取得に向けてどのような意味をもつのかについ て、十分な議論がなされていないように思われる。その理由として、従来の地域貢献活動 が、 「 正 規 課 程 の 学 生 以 外 へ の 教 育 サ ー ビ ス 」と 理 解 さ れ 、教 育 研 究 活 動 と 切 り 離 さ れ た 文 脈で展開されてきたことが挙げられるだろう。産学官連携の領域では 一定の進歩が見られ る が 、何 を し た か を 羅 列 的 に 挙 げ る に と ど ま り 、教 育 研 究 活 動 の 質 的 向 上 に ど う 生 か さ れ 、 双方向的関係をいかにして継続的に発展させるのかに踏み込んだ評価が不足しているので はないか。 ア メ リ カ で も コ ミ ュ ニ テ ィ ・ エ ン ゲ ー ジ メ ン ト 分 類 の 認 証 が 開 始 さ れ て 10 年 が 経 ち 、 認 証 プ ロ セ ス が 広 く 認 知 さ れ る よ う に な っ た 。 す で に 2020 年 の 認 証 に 向 け て 動 き 出 し た 大 学 も あ る 。た だ し 、2015 年 の 認 証 プ ロ セ ス で 参 加 を 表 明 し た 大 学 の う ち 、最 終 的 に 認 証 を 受 け た の は 約 30% で あ る よ う に 、カ ー ネ ギ ー 財 団 が 要 求 す る 水 準 は 高 く 、認 証 を 受 け る のは容易ではない。認証されなかった大学に対し、財団は、大学全体での組織的対応、学 習成果とカリキュラムの整合性、大学と地域の継続発展的な双方向的・互恵的関係につい て 、エ ビ デ ン ス が 不 足 し て い る こ と を 指 摘 し て い る 1 4 。こ れ ら は 、日 本 の 大 学 も 学 ぶ べ き 点であるといえるだろう。 (第2回 UEJ「 大 学 開 放 研 究 会 」 の 報 告 を も と に 作 成 ) 五 島 敦 子 ( 2014)「 知 識 基 盤 社 会 の 大 学 と 地 域 : サ イ モ ン ・ フ レ イ ザ ー 大 学 の 戦 略 的 ビ ジ ョ ン に 注 目 し て 」『 ア カ デ ミ ア ( 人 文 ・ 自 然 科 学 編 ) 』 8, 南 山 大 学 , pp.51-64. 2 安 達 大 祐( 2012) 「 英 国 の 高 等 教 育 機 関 に お け る パ ブ リ ッ ク ・ エ ン ゲ ー ジ メ ン ト( 国 民 関 与 )の 取 り 組 み 」ロ ン ド ン 研 究 連 絡 セ ン タ ー .独 立 行 政 法 人 科 学 技 術 振 興 機 構 研 究 開 発 戦 1 7 UEJジャーナル第 18 号(2016 年 1 月 15 日号) Japan Organization for the Promotion of University Extension 3 略 セ ン タ ー イ ノ ベ ー シ ョ ン ユ ニ ッ ト ( 2015)「 パ ブ リ ッ ク ・ エ ン ゲ ー ジ メ ン ト に 関 す る 英 国 大 学 の 取 組 み 」『 産 学 共 創 ソ ー シ ャ ル イ ノ ベ ー シ ョ ン の 深 化 に 向 け て 』 独 立 行 政 法 人 科 学 技 術 振 興 機 構 研 究 開 発 戦 略 セ ン タ ー ,pp.113-119. NCCPE, EDGE tool, “Self-assess Your Support for Public Engagement,”https://www.publicengagement.ac.uk/sites/default/files/The%20EDGE %20tool%20V2.pdf, accessed, 2016.1.10. 4 Michigan State Univ ersity, “Outreach and Engagement a nd Measurement Instrument, ” http://oemi.msu.edu/D efault.aspx?ReturnUrl=%2f , accessed, 2016.1.10. 5 2005 年 改 訂 の 全 体 像 に つ い て は 以 下 を 参 照 ; 福 留 東 土( 2011) 「米国を通してみる大学 の 多 様 性 ―カ ー ネ ギ ー 大 学 分 類 を 手 掛 か り と し て 」『 RIHE』 113, pp.45-57. こ こ で は institutions を 大 学 と 訳 す . Driscoll, A. (2008), “Carnegie's Community-Engagement classification: Intentions and insights,” Change , 40 (1), pp.38–41. NERCHE, “Carnegie Community Engagement Classification,” http://nerche.org/index.php?option=com_content& view=article&id=341&Itemid=61 8, accessed, 2016.1.10. 6 7 8 9 Ibid. Driscoll, A. (2014), “Analysis of the Carnegie Classification of Community Engagement: Patterns and Impact on Institutions,” New Directions for Institutional Research , 162, pp.3-15. 1 1 Arfken, D.E. & Ritz, S., (2013), “Engaged with Carnegie: Effects of Carnegie Classification Recognition on CUMU Universities,” Metropolitan Universities , 24 (1), pp.35-46. 1 2 サ ザ ン ・ メ イ ン 大 学 HP に よ れ ば ,2016 年 1 月 現 在 ,当 該 オ フ ィ ス に は デ ィ レ ク タ ー を 含 め て 12 人 が 従 事 し て い る .https://usm.maine.edu/community -engagement-career-development/people, accessed, 2016.1.10. 1 3 2015 年 8 月 に 実 施 し た サ ザ ン ・ メ イ ン 大 学 の 調 査 で は , Office of Community Engagement and Career Development の デ ィ レ ク タ ー で あ る Susan McWilliams 氏 に ご協力いただいた. 1 4 Carnegie Foundation of the Advancement of Teaching, “2015 Community Engagement Classification Application: Common Reasons Submissions Did Not Meet Criteria for Classification,” http://nerche.org/images/stories/projects/Carnegie/2015/2015_Info_Sheet_for_Non Classified_Institutions.pdf , accessed, 2016.1.10. 10 本 稿 は , JSPS 科 研 費 ( 15K04335) の 助 成 を 受 け た 研 究 成 果 の 一 部 で あ る . ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 五島 敦子(ごしま・あつこ) 名 古 屋 大 学 大 学 院 教 育 発 達 科 学 研 究 科 博 士 後 期 課 程 単 位 取 得 満 期 退 学 、 2004年 2月 に 同 研 究 科 で 「 博 士 (教 育 学 )」 取 得 。 愛 知 教 育 大 学 、 三 重 大 学 等 の 非 常 勤 講 師 を 経 て 、 2006年 よ り 南 山 短 期 大 学 助 教 授 、2010年 よ り 教 授( 2011年 南 山 大 学 短 期 大 学 部 に 名 称 変 更 )。主 たる研究領域は、アメリカ大学拡張史、大学の使命に関する国際比較。主著は、『アメリ カ の 大 学 開 放 』 (学 術 出 版 会 、 2008年 )、 『 未 来 を つ く る 教 育 ESD―持 続 可 能 な 多 文 化 社 会 を め ざ し て 』( 明 石 書 店 、 2010年 )「 第 二 次 大 戦 後 ア メ リ カ の 大 学 に お け る 成 人 学 生 の 受 容 過 程 」 『 社 会 教 育 学 研 究 』 50-1( 日 本 社 会 教 育 学 会 、 2014年 ) な ど 。 8