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硫酸銅浴からの銅電析における各種添加剤の電気化学的挙動と吸着

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硫酸銅浴からの銅電析における各種添加剤の電気化学的挙動と吸着
氏
名(本籍)
やま
ぐち
山
口
ひとし
仁(神奈川県)
学 位 の 種 類
博士(工学)
学 位 記 番 号
甲第92号
学位授与年月日
平成20年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学位論文題目
硫酸銅浴からの銅電析における各種添加剤の電気化学
的挙動と吸着機構の解明に関する研究
論文審査委員
主
査
教
授
山
下
嗣
人
教
授
本
間
英
夫
教
授
香
西
博
明
論文内容の要旨
1.研究背景
銅は電気伝導度が高く、展延性および加工性に富み、耐食性に優れていることから、
古代から現在に至るまで様々な分野で使用されてきた金属である。
電気銅めっき浴には硫酸銅浴、ピロリン酸銅浴とシアン銅浴が使用されており、装飾、
電鋳、電解精錬など様々な用途に用いられている。工業的には、電析皮膜の光沢化や平
滑化、皮膜中の応力減少などを目的として、めっき浴には添加剤が使用されている。添
加剤を用いない場合には、めっき皮膜に要求される表面形態や硬さなどは得られないこ
とから、添加剤の重要性は非常に高いといえる。特に硫酸銅浴は単純酸性浴であるため
に均一電着性に劣り、添加剤無くしてめっきは成立しない。硫酸銅浴に用いられる添加
剤には塩素イオン、ポリオキシエチレン系の界面活性剤、平滑剤、有機硫化物などの光
沢剤、ニカワ、ゼラチンなど、多くのものが使用されてきた。
近年、電気銅めっきの用途は工業分野における用途にとどまらず、エレクトロニクス
分野においても使用されている。特に硫酸銅浴からの銅電析は電解銅箔の製造に使用さ
れており、さらにはプリント配線板の配線形成(ビアフィリング)、MEMS(Micro
Electro Mechanical Systems)の製造といったナノテクノロジーにも応用されている。
それらに求められる皮膜の付き周り、表面形態、結晶構造ならびに物性などは添加剤に
より制御して得られている。
硫酸銅浴に加えられる添加剤として、Cl−、PEG(ポリエチレングリコール)、SPS(ビ
ス(3−スルホプロピル)ジスルフィド)の3成分の併用添加が光沢皮膜を与え、さら
にはビアフィリングに対しても有効であると報告されている。しかし、これらの詳細な
メカニズムや電析皮膜の構造におよぼす影響に関しては不明な点が多い。
2.本論文の目的
工業分野およびエレクトロニクス分野に多く使用される添加剤(PEG、Cl−、SPS)に
ついては、詳細なメカニズムや電析皮膜の結晶構造におよぼす影響に関しては不明な点
が多い。本論文では、硫酸銅浴からの銅電析における添加剤の作用機構について解明す
る目的で、電気化学的解析および電析皮膜の構造解析を通して詳細に検討する。
3.本論文の構成
第1章「緒論」では、銅めっきの歴史的背景および現状を概説するとともに、添加剤
の重要性を解説した上で、本論文の目的を述べた。
第2章「硫酸銅浴からの銅の電析反応機構におよぼす PEG、Cl−の影響とその吸着挙
動」では、銅の電析反応におよぼす PEG と Cl−の影響について電気化学的な検討を行
い、銅の電析反応に対する PEG の反応抑制と Cl−の促進作用について知見を得た上で、
PEG 吸着と反応中間体の関係の電極電位依存性および PEG の平均分子量の影響につい
て解明した。
第3章「PEG および Cl−を含む硫酸銅浴における SPS の吸着機構」では、PEG と Cl−
を含む系での SPS の吸着について解析した。SPS は電析を促進する効果を示し、PEG
と Cl−の共存下でその効果は特に高い。SPS の吸着は PEG との相互作用によって促進
される化学的な吸着で、その吸着量は PEG の電極被覆率に依存する。吸着した SPS
は銅の結晶成長を阻害する。
第4章「銅の電析皮膜の形態および結晶構造におよぼす添加剤の影響」では、SEM
による銅電析皮膜の表面形態観察およびX線回折による結晶構造解析を行った。PEG
との相互作用により吸着した SPS は電析皮膜の優先配向を最も吸着エネルギーが低い
(111)面にシフトさせ、電析皮膜の結晶子径を微細とすることなど、添加剤が結晶成長
におよぼす影響に関する考察を行った。
第5章「結論」では、第2章、第3章、第4章で得られた結論を総括した。
4.研究の成果
第2章では、「硫酸銅浴からの銅の電析反応機構におよぼす PEG、Cl−の影響とその
吸着挙動」について行った。
Cl−を含む浴において、PEG の反応抑制作用は大きく、平均分子量の大きい PEG を
含む浴であるほど抑制作用は大きい。その平均分子量が大きいほど PEG の電極被覆率
が高いと判断された。硫酸銅浴からの銅の電析反応は1電子2段反応で進行し、PEG
と Cl−の両者を含む浴においては電析反応機構に反応中間体 CuCl の生成反応が含ま
れ、この反応中間体 CuCl が PEG 吸着の基点となる。PEG の反応抑制機構としては、
電極界面に吸着して被覆層を形成し、銅イオンの拡散を阻害する。その平均分子量の違
いは被覆層の厚さに影響を与えている。PEG の吸着は電極界面に特異吸着している Cl−
と Cu+により生成した反応中間体 CuCl により促進される。電極電位が−0.
06V vs.Ag
/AgCl より卑へ移行するとともに Cl−の吸着量は減少する傾向にある。吸着の基点とな
る反応中間体 CuCl が還元反応によって消滅して PEG の吸着量が減少することによ
り、電析反応が進行するという PEG と Cl−の吸着状態の電極電位依存性について解明
した。
第3章では、
「PEG および Cl−を含む硫酸銅浴における SPS の吸着機構」について
行い、特に SPS の電気化学的な挙動について論じた。電析電位の測定から、SPS の吸
着量が飽和に達するまで約40分要することを認めた。この挙動から、電極回転速度、電
流密度が SPS の吸着におよぼす影響について解析した。SPS の吸着は PEG との相互
作用によって促進される化学的な吸着であり、その吸着量は PEG の電極被覆率に依存
することを明らかにした。さらに、PEG の平均分子量が大きい系であるほど、PEG の
被覆率は高く、SPS の吸着量も大きくなることが認められた。ターフェル式の b 係数
から化学量論数 ν を求めた。PEG、Cl−と SPS の三成分を含む浴における ν の値は約
3で、電析反応には3つの素過程が存在している。インピーダンス軌跡の形状が3つの
容量性半円であったことと一致している。これらの挙動から、SPS の吸着による結晶
化の抑制と微細化に基づく銅の電析反応機構を示していると結論された。SPS の吸着
メカニズムは PEG との静電的な相互作用によって促進され、電極界面に直接吸着する
際に化学変化を伴う機構である。この段階が律速で、吸着量が飽和に達するまでに長時
間を要すると結論して、SPS の吸着モデルを提案した。
第4章においては、「銅の電析皮膜の形態および結晶構造におよぼす添加剤の影響」に
ついて解析する目的で SEM、XRD による検討を行った。
各種添加剤を含む浴から得られた銅電析皮膜は、PEG+Cl­<PEG<Additive Free<
Cl−の順に金属結晶特有の角張った形状を示し、また、表面形態は電析過電圧の違いに
より異なることが認められた。SPS のみを含む浴と、PEG、Cl−、SPS 三成分を含む浴
から得られた皮膜を比較すると、三成分を含む浴からの皮膜形態は電析時間の経過とと
もに極めて微細な粒子となる。SPS の光沢剤としての作用は PEG と Cl−の共存下にお
いて著しい。SPS は PEG と相互作用して電極界面に吸着し、光沢剤としての作用を示
す機構を提案した。銅の電析は SPS の吸着量が多い系であるほど低い結晶化過電圧の
下で進行して、
(111)面配向および結晶成長が優先的に起こる。平均分子量の大きい PEG
であるほど SPS の吸着量は多く、第3章で得られた知見と一致している。三成分を含
む浴で得られた皮膜の粒子径は PEG と Cl−を含む浴でのそれと比較して、低い過電圧
で得られたにもかかわらず小さい。PEG、Cl−、SPS 三成分を含む浴からの銅電析は、
電極表面に吸着した SPS が結晶成長を制御し、核の発生を促す機構であることを明ら
かにした。
論文審査結果の要旨
銅の電析反応は、装飾めっき、電鋳、電解精錬、電解銅箔およびプリント配線分野な
どへ応用されている。銅めっき浴には結晶の微細化、皮膜の光沢・平滑化、応力減少な
らびに均一電着性などを考慮して、各種添加剤が用いられ、その重要性は極めて高い。
硫酸銅浴は単純酸性浴であるため均一電着性に劣り、添加剤なくしてめっきは成立しな
い。硫酸銅浴に用いられる添加剤としては、塩化物イオン、ポリオキシエチレン系界面
活性剤、平滑剤、有機硫化物などの光沢剤、ニカワ、ゼラチンが使用されてきた。
近年、電気銅めっきはエレクトロニクス分野においても使用されている。特に硫酸銅
浴からの銅電析は電解銅箔の製造に使用され、さらにはプリント配線板の配線形成、
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の製造などのナノテクノロジーにも応用
されている。それらに求められる表面形態、結晶構造および諸物性は、添加剤により制
御して得られている。
硫酸銅浴からの光沢皮膜は、Cl−、PEG(ポリエチレングリコール)ならびに SPS(ビ
ス(3−スルホプロピル)ジスルフィド)の三成分の併用添加により得られ、ビアフィ
リングに対しても有効であると報告されている。しかし、これら添加剤の吸着メカニズ
ム、電析反応機構や電析皮膜の結晶構造におよぼす影響に関しては不明な点が多い。
本論文では、硫酸銅浴からの銅電析における添加剤の作用機構、吸着挙動ならびに電
極反応について、
電気化学的および結晶構造学的に解析した成果をまとめたものである。
第1章「緒論」では、銅めっきの現状と添加剤の役割および最近の開発動向について
述べ、本論文の目的と意義を明らかにした。
第2章では「硫酸銅浴からの銅の電析反応機構におよぼす PEG、Cl−の影響とその吸
着挙動」と題して、銅の電析反応におよぼす PEG と Cl−の影響について電気化学的な
検討を行い、銅の電析反応に対する PEG の反応抑制と Cl−の促進作用に関する知見を
得た上で、PEG の吸着と反応中間体の電極電位依存性および PEG 平均分子量の影響に
ついて解析した。PEG の反応抑制作用は Cl−を含む浴、さらには平均分子量の大きい
PEG が含まれる浴ほど大きく、その平均分子量が大きいほど PEG の電極被覆率が高い
ことを示した。硫酸銅浴からの銅電析反応は1電子2段反応(Cu2++e→Cu+、Cu++
e→Cu)で進行し、PEG と Cl−の両者を含む浴においては電極界面に特異吸着してい
る Cl−と Cu+により生成した反応中間体 CuCl の生成反応が含まれる。この反応中間体
CuCl が PEG の吸着の基点となり PEG の吸着が促進される。PEG は電極界面に吸着
することにより被覆層を形成して銅イオンの拡散を阻害し、平均分子量の違いは被覆層
の厚さに影響を与えている。塩化物イオンの吸着量は−0.
06V vs. Ag/AgCl より卑な
電位に移行するとともに減少する傾向にあり、吸着の基点となる反応中間体 CuCl が還
元反応によって消滅し、PEG の吸着量が減少して電析反応が進行するという PEG と
Cl−の吸着状態の電極電位依存性について解明した。
第3章では「PEG および Cl−を含む硫酸銅浴における SPS の吸着機構」と題して、
PEG と Cl−を含む系での SPS の吸着機構について解析した。
SPS の吸着量が飽和に達するまでの電析時間は約40分を要した。この挙動から、電
極回転速度、電流密度などが SPS の吸着におよぼす影響について解析した。SPS の吸
着は PEG との相互作用によって促進される化学的吸着であり、その吸着量は PEG の
電極被覆率に依存している。PEG の平均分子量が大きい系であるほど、PEG の被覆率
は高く、SPS の吸着量も大きくなることが認められた。
ターフェル式のb係数から化学量論数 ν を求めて電極反応を考察した。PEG、Cl−と
SPS の三成分を含む浴における ν の値は約3で、電析反応には3つの素過程があると
考えられ、インピーダンス軌跡に3つの容量性半円が現れたことと一致している。これ
らの解析結果を考慮して、1電子2段反応による銅イオンの還元プロセスと、さらに
SPS の吸着に基づく結晶成長の抑制過程が含まれる銅の電析反応機構を提案している。
SPS の吸着は PEG との静電的な相互作用により促進され、電極界面に直接吸着する際
に化学変化を伴う機構であり、この段階が律速で吸着量が飽和に達するまでに長時間を
要するものと結論して、SPS の界面吸着モデルを提案した。
第4章では「銅の電析皮膜の形態および結晶構造におよぼす添加剤の影響」と題し、
SEM による銅電析皮膜の表面形態観察およびX線回折による結晶構造の解析を行っ
た。各種添加剤を含む浴から得られた電析皮膜の形態は、Cl−<無添加浴<PEG<PEG
+Cl−の順に微細、かつ均一であり、表面形態は電析過電圧と反応機構の違いにより異
なることが認められた。SPS のみを含む浴と、PEG、Cl−と SPS の三成分を含む浴か
ら得られた皮膜とを比較すると、三成分を含む浴から得られた皮膜の表面形態は電析時
間と共に極めて微細な粒子となる。SPS の光沢剤としての作用は PEG と Cl−の共存下
において著しく現れている。SPS は PEG と相互作用して電極界面に吸着し、光沢剤と
して作用する機構を提案している。
銅の電析は SPS の吸着量が多い系であるほど低い結晶化過電圧の下で進行して、
(111)面優先配向が起こる。平均分子量の大きい PEG であるほど SPS の吸着量は多
く、第3章で得られた知見と一致する。PEG、Cl−と SPS の三成分を含む浴から得られ
た電析皮膜の粒子径は PEG と Cl−を含む浴からのそれと比較して、低い過電圧にもか
かわらず小さい。三成分を含む浴からの銅電析は、電極表面に吸着した SPS が結晶成
長を制御し、結晶核の発生を促す機構であることを明らかにした。
第5章は「結論」として、本研究で得られた結果を各章ごとに総括した。
本研究の最大の成果は、銅の電析における添加剤の作用機構を電気化学的ならびに結
晶構造学的に解明したことである。PEG と Cl−が共存した場合は、電極界面に吸着し
て銅の電析反応を抑制するが、他方、SPS は復極作用を示す。SPS の電析促進効果は
PEG と Cl−共存下で著しく、その吸着量は PEG の電極被覆率に依存している。SPS は
銅の結晶成長を阻害し、結晶核の発生を促して微細結晶とする機構であることを電極反
応過程、各種速度論的パラメータおよび結晶構造学的に解明している。これらの成果は、
銅の電析反応を利用する工学分野へ応用できる可能性を示唆している。
以上のことから、本研究の成果はプリント配線板に要求される高密度・微細化、精密
電鋳および電解銅箔などの最先端分野へ対応できる極めて貴重な知見を提供するもので
ある。
よって、本審査委員会は本論文の著者が博士(工学)の学位を受ける資格を有する者
であると認定した。
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