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分割版 第1節-3 (PDF形式:1195KB)
第2章 アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み ているものの、海外からの資金流入が拡大しており、 る自立成長の兆候が鮮明に現れていないことから、現 今後も小幅な利上げにより徐々に金融政策の正常化を 状の金融政策を維持するとの見解を示している。 進めていくものとみられる。 金融引締めに転じるタイミングについては、一般的 ⑥タイ 5 に、先進国の場合は、GDP ギャップ が大きい間は低 タイ中央銀行は 2009 年 4 月に 1.25%まで政策金利を インフレ率が続くとみられるため、中央銀行には金融 下げた後、同金利を維持している。景気減速の懸念は 緩和を長期間継続する余裕がある。一方、新興国にお 低まったが、世界経済の動向や国内にリスク要因があ いて、金融緩和が長期化する場合、新興国の高い経済 るとして現行水準が適切と判断している。 成長を見込んだ海外からの投資資金流入と相まって、 資産価格バブルを引き起こすリスクがあるなど、先進 ⑦フィリピン 国と異なった課題を抱えている。こうしたことから、 フィリピン中央銀行は、インフレ率は目標域に留ま 多くの新興国は先進国よりも早く金融緩和策を終える ると見込んでいること、徐々に経済回復が進むことが ことが妥当であると指摘されており 、今後の動きに 期待されていることから、政策金利を据え置いてい 注視が必要である。 6 る。当局は、物価上昇が想定内にあること、内需によ 3 世界で存在感の高まる中国の対外投資 (1)中国の対外直接投資の動向 ①拡大する中国の対外投資 獲得のための国有企業による大型案件が目立ってい る。2008 年末の中国対外直接投資残高の上位企業は、 中国は、これまで海外からの直接投資を拡大し、海 中国石油天然気集団公司(CNPC)や中国石油化工集 外の資金と技術を国内に取り込み成長を続けてきた。 団公司(SINOPEC)、中国アルミ業公司等、資源関連 しかし近年は、これまでの成長によって蓄えた資金 の国有企業が占めている 。 7 力・技術力の向上等により中国企業による海外への直 世界経済危機以降は、海外の投資対象資産の価格の 接投資の動きが強まっている。世界経済危機の起きた 下落を海外企業買収の好機として、技術や経営のノウ 2008 年においても、中国の対外直接投資額(フロー) ハウ、ブランド、販売ネットワークなどの取得を目的 は、559 億ドルと 2007 年の 265 億ドルから約 1.9 倍に とする対外直接投資も増加している。 拡大している(第 2-1-3-1 図) 。 対外直接投資の増加の背景には、中長期的な中国の 成長に対応し得る資源の確保、2001 年末の WTO 加盟 を契機に拡大し続けている中国の貿易黒字や対内直接 投資の拡大に伴う巨額の資金流入によってもたらされ る人民元の増価圧力や国内の過剰流動性の高まり、と いった国内事情がある。加えて、海外の投資対象資産 (株、不動産、資源)の価格が大幅に下落するという 投資環境があり、政府・企業に海外進出を一段と積極 化する動機付けとなっている。 対外直接投資の業種別動向をみると、2003 年以降、 鉱業を中心に対外直接投資が拡大しており、特に資源 第 2-1-3-1 図 中 国の業種別対外直接投資額(フ ロー)の推移 (億ドル) 600 500 400 その他 リース・ビジネスサービス 卸売・小売業 交通・運輸業 300 製造業 200 金融業 鉱業 100 0 2003 2004 2005 2006 2007 2008(年) 備考:2005 年以前は金融業のデータは含まれていない。 資料:CEIC Database から作成。 5 物価の変動には様々な要因が働いているが、基本的には、経済全体の供給力に対して実際にどれだけの総需要が存在するかが、重要な 決定要因であると考えることができる。この「経済全体の供給力」と「総需要」の乖離のことを、一般に GDP ギャップ(output gap) と呼んでおり、物価変動圧力を評価するための基本的な指標の一つ。 6 IMF「World Economic Outlook 2009oct」。 7 竹原美佳(2009) 「備蓄と資産買収による資源(現物)確保を加速する中国」 (石油天然ガス・金属鉱物資源機構 Web サイト) 。 164 2010 White Paper on International Economy and Trade 世界で存在感を高めるアジア ②拡大する外貨準備を背景に増加する中国の海外投資 取り外貨準備としている。この結果、人民元のマネー 中国企業の海外進出増加の背景としては、中国経済 サプライは拡大し、国内の流動性拡大によって、不動 の発展が前提として挙げられるが、中国個別の事情と 産・株式等の資産バブルが発生しかねない状況にあ して、貿易黒字の急増がある。2001 年末の WTO 加盟 る。 に伴い、海外から中国への生産工場の移転が加速し、 なお、中国は、2006 年に日本を上回り、世界一の 貿易黒字は 2008 年まで拡大が続いていた(第 2-1-3-2 外貨準備保有国となっている(第 2-1-3-4 図)。外貨取 図) 。 そ の 結 果、 経 常 収 支 の 対 名 目 GDP 比 率 は、 得に関する規制を大幅に緩和する余裕ができたことも WTO 加盟前の 1%台から 2008 年には 10%へ上昇し、 大規模な対外投資を可能にさせたといえる。 第1節 ③中国の金融緩和政策が中国企業の対外投資を後押し 続いており、国際収支の「双子の黒字」という構造が 中国企業の国際展開が進む要因として、中国の金融 定着している(第 2-1-3-3 図) 。 緩和政策が挙げられる。金融緩和による融資拡大は、 貿易黒字と資本収支の黒字により、人民元高の圧力 中小輸出企業支援が主な目的だが、国有大手企業の資 が生じるが、中国政府は、雇用の受け皿となる輸出産 金調達が比較的容易になっており、対外投資活性化の 業等への影響等を考慮し、為替介入により為替レート 背景となっている。なお、中国の 2009 年の新規融資 を安定に保っている。為替介入にあたり、商業銀行が 額は 9.5 兆元を超え、政府の年間目標である 5 兆元を 企業から、そして中央銀行が商業銀行から外貨を買い 大幅に上回っている(第 2-1-3-5 図)。資金が不振の輸 第 2-1-3-2 図 中国の貿易収支と対内直接投資 第 2-1-3-3 図 我が国と中国の経常収支の対 GDP 比率の推移 (億ドル) 4,000 (%) 12 3,607 貿易収支 対内直接投資 3,154 3,000 中国 日本 8 2,495 2,500 1,500 590 549 −2 −4 2008 2006 2004 2002 2000 1998 1996 1994 1992 資料:CEIC Database から作成。 −6 1990 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 (年) 1986 493 471 442 447 1984 442 0 782 781 1982 384 500 345 340 791 3.2 2 1,478 1980 1,000 4.8 4.3 4 1,384 1,342 10.0 6 2,177 2,000 0 11.0 10 1988 3,500 2 章 からの対中直接投資の増加等により資本収支の黒字も 第 我が国を大幅に上回る水準に達している。同時に海外 (年) 資料:IMF「World Economic Outlook」から作成。 第 2-1-3-4 図 中国の外貨準備高の推移 第 2-1-3-5 図 中国の金融機関貸出とマネーサプラ イの推移 (兆ドル) 3.0 中国 2.39 2.5 前年同月比(%) 40 35 30 2.0 (兆元) 2.0 1.8 金融機関新規貸出(右目盛) 金融機関貸出残高 マネーサプライ(M2) 1.6 27.2 1.4 25 1.5 日本 0.99 1.0 0.5 1.2 25.5 20 1.0 15 0.7 0.8 0.6 10 0.4 5 0.2 0 0.0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 0.0 2003 2004 2005 2006 資料:CEIC Database から作成。 2007 2008 2009 (年) 2007 2008 2009 2010(年・月) 資料:CEIC Database から作成。 通商白書 2010 165 第2章 アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み 出企業ではなく、不動産や株式への再投資に回り、資 8 産バブルが形成されたとの見方もある 。 (b)金融面での支援 主に融資、信用保証に関する支援を行っている。例 えば、海外での原料、部品輸出加工・組立て業務に対 ④投資を加速させる中国の対外投資政策「走出去」 中国の対外直接投資拡大の背景には、経済の拡大に する優遇金利の融資や、一部の資源開発プロジェクト に対する金利の全額補助等を行っている。 伴うエネルギー資源や素材に対する需要の急増が挙げ られる。中国国内の供給だけでは需要を満たせず、供 (c)認可手続 給不足が深刻化しつつある。このため、中国政府は、 審査手続や申請資料の数を簡素化し、対外投資申請 企業の海外での資源開発への参加、投資、企業買収を 書提出後、特段の問題がなければ、3 営業日以内に企 奨励し、資源の確保を図ろうとしている。 業対外投資証書を発給するなどとしている。 また、国際競争力を持つ多国籍企業の育成にあたっ て、先進国との技術格差を埋めるために M&A 等の (d)外貨調達 対外直接投資による技術獲得を図っている。中国は先 中国国家外貨管理局は、2009 年 6 月に国内企業の国 進国との間で技術格差が存在し、技術人材の不足の問 外貸付に関する外貨管理についての通知を公布し、多 題もある。 国籍企業に限定されていた海外子会社への貸出に対す このほか、過剰生産能力の解消や国内市場のグロー る規制を緩和した。また、2009 年 7 月に対外直接投資 バル化なども中国の対外直接投資拡大の要因として挙 における外貨管理規定を公布し、対外直接投資に使用 げられるが、これらの問題への打開策として中国政府 可能な資金の範囲を自己資金のみならず、外貨借入、 が打ち出したのが、海外進出を促す「走出去」 (Going 人民元からの交換外貨、対外直接投資から得た利益な Out)政策である。中国の対外投資政策の「走出去」 どに拡大、対外直接投資に使用する外貨の管理方式を は、第 10 次五か年計画(2001-2005 年)で初めて提起 事前審査から事後登録に変更するなどの規制緩和が盛 され、第 11 次五か年計画(2006-2010 年)にも受け継 り込まれている。 がれている。また、中国第 11 期全国人民代表大会第 3 上記以外にも各地方政府が独自の支援策を講じるな 回会議(2010 年 3 月 5 日)における 2010 年の施策方針 ど、中国の対外進出にかかる「走出去」政策は様々な においても、 「走出去」戦略の実施を掲げ、①海外へ 支援により推進されている。 生産能力を移転することを奨励、②合併・買収の後押 し、海外における資源の互恵協力の深化、③海外工事 の請負と海外労働の質的向上、などについて強調して いる。 中国政府はこれまで、税制や融資の優遇措置、各種 (2)資源確保に向けた中国の取組 中国政府は経済の持続的成長を維持するため、エネ ルギーの安定供給を重視しており、特に資源関連企業 の対外直接投資を奨励している。 の審査・認可手続面での簡素化、法制度の整備や外貨 金融危機直後、資源国が資源価格下落で財政が悪化 使用に関する規制緩和等、対外直接投資拡大に向けた し資金調達に苦しむ中、中国政府は 2009 年 2 月にベネ 一連の支援策を相次いで発表している。 ズエラ、ロシア、ブラジルと首脳外交を展開し、「融 資による原油購入(Loan For Oil)」について合意し (a)税制面での支援 た。基本スキームは中国国家開発銀行や中国輸出入銀 企業が対外直接投資で工場を設立し、海外に原材料 行などの政策銀行を通じて産油国に融資を行い、中国 や部品を持ち込んで加工や組立事業を行い、国内の輸 国有石油企業と相手国の国営石油会社との間で石油の 出を増大させる場合は、輸出戻し税の引上げ又は輸出 長期販売契約を締結し、融資の返済は中国向け原油輸 関税の免除等を行っている。 出代金により行うというものである。その後中国は、 カザフスタンやトルクメニスタンとも同様の合意を行 い、その総額は 455 億ドルに達している。 8 竹原美佳(2009) 「備蓄と資産買収による資源(現物)確保を加速する中国」 (石油天然ガス・金属鉱物資源機構 Web サイト)。 166 2010 White Paper on International Economy and Trade 世界で存在感を高めるアジア 中国が行った一連の資源国への Loan For Oil(Gas) た、中国は、世界有数の鉄鉱石生産国で、鉄鉱石は大 (第 2-1-3-6 表)は、米国債下落や米ドル安に対する懸念 幅増産されているものの、鉄分含有量が低いことか が高まる中で、世界最大の米国債保有国であり、世界 ら、国内の供給だけでは、需要を満たすことはできず 最大の外貨準備保有国である中国の金融資産運用の多 に、輸入にも依存している(第 2-1-3-8 図)。 9 中国の資源の確保にあたっては、中国における原油 一方で、中国の石油輸入量は、1993 年の石油純輸 や鉱物資源などの備蓄積み増しの動きもある。2001 入国への転換以降、急拡大しており、2009 年には、 年に全人代で承認された第 10 次五カ年計画(2001∼ 石油輸入量が国内生産量を上回っている(第 2-1-3-7 2005 年)において「国家石油備蓄」構築を発表後、 図)。また、石油輸入比率は現在の約 50%から 2030 年 政府は備蓄基地建設を 3 期に分けて進めており、国家 10 には約 80%にまで達する見通しとなっている 。ま 第 様化に向けた取組の一環ではないかとの見方もある 。 第1節 11 石油備蓄基地 1 期 4 基地(貯蔵容量合計:1,640 万 kL 章 2 第 2-1-3-6 表 金融危機後の中国の主な Loan for Oil(Gas) 産油国 合意時期 融資銀行 融資契約、融資先、融資額 ベネズエラ 2009 年 2 月 国家開発銀行 ロシア 2009 年 2 月 国家開発銀行 ブラジル 2009 年 2 月 国家開発銀行 カザフスタン 2009 年 4 月 中国輸出入銀行 トルクメニスタン 2009 年 6 月 国家開発銀行 エクアドル 国家開発銀行 2009 年 7 月 長期供給契約 原油購入契約 中国とベネズエラの「共同投資基金」ベネズエラ:PDVSA への拠出額を 40 億→ 80 億ドルに 中国:CNPC 数量:8 万~20 万 b/d 原油購入契約 Rosnest:150 億ドル ロシア:Rosneft Transneft:100 億ドル 中国:CNPC 融資額計:250 億ドル (2011~30 年:30 万 b/d) 原油購入契約 Petrobras:100 億ドル ブラジル:Petrobras 国立経済社会開発銀行(BNDES): 中国:Sinopec 8 億ドル (2009 年:15 万 b/d、2010~19 融資額計:108 億ドル 年:20 万 b/d) 共同資産買収 カザフスタン:Kazmunaigaz 中国:CNPC 融資:17 億ドル (CNPC が Kazmunaigaz に 33 億 ドル支払い、Mangistaumunaigas の所有権 49%を取得) 天然ガス購入契約 トルクメニスタン:Turkmengas 融資:40 億ドル 中国:CNPC (2010~30 年:最大 400 億 m3/ 年) 原油購入契約 融資:10 億ドル (2 年間、10 万 b/d) その他 CNPC、PDVSA と共同 で重質油開発、成熟 5 油 田の埋蔵量評価等で合意 CNPC は Transneft と 太平洋原油パイプライン 中国向け(大慶)支線建 設、運営について合意 Sinopec は Petrobras とブラジル沖合 2 探鉱鉱 区権益付与で交渉中 − − − 資料:竹原美佳(2009) 「ドルから資源へ、金融危機後の中国における石油資源確保の動き」から作成。 第 2-1-3-7 図 中国の石油需給の推移 第 2-1-3-8 図 中国の鉄鉱石需給の推移 (億トン) (億トン) 10 4.0 3.5 3.0 石油生産 9 石油輸入 石油輸出 石油消費 8 2.5 鉄鉱石生産 鉄鉱石輸入 7 6 5 2.0 4 1.5 3 1.0 2 1 0.5 0.0 粗鋼生産 0 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009(年) 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009(年) 資料:CEIC Database から作成。 資料:CEIC Database から作成。 9 中国は保有する米国債について短期債(1 年以内に償還)の比率を 2008 年 8 月末の 3%から 2009 年 5 月末には 26%に高めたとも報じられ ている。 10 IEA(2009) 「World Energy Outlook 2009」。 11 2020 年までに 7,000 万 kL(4 億 4000 万バレル)の備蓄を構築する計画である。(竹原美佳「中国:国家石油備蓄の現状と見通し」) 通商白書 2010 167 第2章 アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み (約 1 億 300 万バレル) )は現在全ての備蓄が完了して 績が悪化する事態や、投資先の政府認可が下りない場 いる。2009 年 6 月には、2015 年までに 300 億元(約 44 合もあるなど、中国メーカーの海外進出は一部見直し 億ドル)で、8 基地(貯蔵容量 2,680 万 kL(約 1.68 億 が余儀なくされる事態も生じている。 バレル) )を建設するという 2 期国家石油備蓄計画が 世界経済危機後は、海外の投資対象資産の価格の下 落により、再び海外企業買収の機運が高まっている。 公表されている。 また、鉱物資源については、中国国土資源部が全国 特に自動車業界の動きが目立っており、吉利汽車は 鉱産資源計画(2008∼2015 年)を 2009 年 1 月に公表 オーストラリアの自動車部品メーカー買収に続き、 し、銅、クロム、マンガン、タングステン、希土類金 フォード・モーター参加のボルボ(スウェーデン)買 属の戦略備蓄を進める方針としている。 収で調印した。 さらに、2008 年の中国の原油輸入量は約 360 万バレ ル/日(約 50 万トン/日)であり(第 2-1-3-9 図)、そ (4)動き出した中国政府系ファンド のうち約 8 割がマラッカ海峡を経由する輸入となって ①中国投資有限公司(CIC)の設立 いるが、喫水の深い VLCC(大型タンカー)の通行の 世界一の規模を誇る中国の外貨準備は、中国国家外 安全性等も考慮して、中国政府はエネルギーの安定供 貨管理局により安全性や流動性を前提に、主に米国債 給という観点から、ロシア・カザフスタンからの陸路 に投資されていたが、為替リスクの高まりなどから、 (パイプライン・鉄道)による石油調達多様化構想も 運用先の多様化等を目的として、2007 年 9 月に資本 進めている。 2000 億 ド ル の 政 府 系 フ ァ ン ド(SWF:Sovereign Wealth Fund)である中国投資有限公社(CIC)が設 (3)海外の技術とブランドの獲得を進める中国企業 立された(第 2-1-3-11 表)。CIC は、企業の対外投資へ の支援等も目的としている。 のグローバル戦略 また、先進国に対する中国の対外直接投資の特徴と して、技術や経営のノウハウ、ブランド、販売ネット ワークなどの取得を目的としている点が挙げられる。 2000 年以降、中国メーカーは技術とブランドを確 保するため、先進国の大企業に対する M&A を増加 させている(第 2-1-3-10 表)。2004 年には、パソコン メーカーのレノボによる IBM のパソコン事業、電機 メーカーTCL によるフランス企業のテレビ・携帯電 話事業と大型買収が相次ぎ、世界的に注目を集めた。 しかし、進出先の労働者保護、法規制等に適応するの は容易でなく、海外事業の不振からグループ全体の業 第 2-1-3-9 図 中国の原油輸入国 (重量ベース、2009 年) ベネズエラ 3% その他 17% サウジアラビア 20% カザフスタン 3% リビア 3% クウェート 3% イラク 4% アンゴラ 16% オマーン 6% スーダン 6% ロシア 7% 資料:World Trade Atlasから作成。 168 2010 White Paper on International Economy and Trade イラン 11% 第 2-1-3-10 表 中国の近年の投資案件 時期 概要 TLC はフランスのトムソンと合弁で TCL トムソン電子有限公 司を設立、両者のテレビ、DVD 製造部門を統合。 新会社の資産規模は 4.3 億ユーロで TCL が株式の 67%を保 有。 2004 年 10 月に TCL はフランスの通信大手アルカテルと携 帯電話事業の合弁会社を設立、新会社の資本金は 1 億ユーロ (約 130 億円)で、TCL が株式の 55%を握った。2005 年 5 2004 年 月に合弁解消。 上海汽車は、韓国の自動車メーカー双竜の株式 48.92%を 5 億 7,400 万ドルで取得したが、双竜は 2009 年に経営破綻。 レノボは IBM のパソコン部門買収を発表。連想は現金と株式 を合わせて合計 12 億 5000 万ドルを支払うほか、約 5 億ド ルとされる同事業部門の負債を引き継ぎ、投資総額は約 17 億 5000 万ドル。 南京汽車は、英国の MG ローパーを推 5,000 万ポンドで買収。 2005 年 ハイアールは、米家電メーカー、メイタグを約 13 億ドルでの 買収を図ったが、米ワールプールが高値を提示したため断念。 結局、ワールプールが 27 億ドルで買収。 華為は米投資会社ベイン・キャピタル・パートナーズと共同で 米通信機器メーカー、スリーコムの買収を図るも、米政府の許 可が下りず、断念。 2008 年 鉄道車両用電子部品メーカー、株州南車時代電気はカナダの半 導体メーカー、ダイネックス・パワー株 75%を 1,672 万カ ナダドルで買収。 首鋼集団や自動車部品の天宝集団などが出資する北京京西重工 は米自動車部品大手デルファイのブレーキとサスペンション事 業を買収。 ハ イ ア ー ル は ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド の 家 電 メ ー カ ー、 フ ィ ッ シャー・アンド・パイケルに約 5,000 万ドルを投資、20% 2009 年 の株式取得。 吉 利 汽 車 は オ ー ス ト ラ リ ア の 自 動 車 部 品 メ ー カ ーDSI を 7,000 万豪ドルで買収。 重機メーカー、四川騰中重工機械は米 GM からの大型スポーツ 多目的車「ハマー」部門の買収で暫定合意。 資料:三菱東京 UJF 銀行経済調査室「経済レビューNo2009-20」から作 成。 世界で存在感を高めるアジア CIC は、 「政企分離」(政府と企業の分離)、 「自主経 分の 1 にも満たないものの、米議会の諮問機関である 営」 、 「商業目的」を目指しており、会社法に基づき設 「米中経済安全審査委員会」は、中国の共産党一党独 立された有限会社であるが、取締役会等の構成メン 裁体制や CIC の運営制度整備の遅れ、投資方針や投資 バーはすべて政府高官となっている。 行動が検証できない点を懸念しており、2008 年 2 月に CIC の投資戦略は、①資本市場のポートフォリオ投 主に中国 SWF を対象にした「SWF 投資の国家安全に 資、②海外のエネルギー・原材料などの戦略投資、③ 与えるインパクトに関する公聴会」を開催している。 第1節 中国企業の海外 M&A 戦略への支援等であると提言 されているが、投資政策はいまだに明確にされておら ③巨額の資金と政府による経営介入が懸念される SWF 外から警戒されている。 IMF によれば、世界の外貨準備総額 5.6 兆ドルに 第 ず、政府の戦略の実施ではないかと先進国を中心に海 12 加えて、SWF の総額は 1.9∼2.9 兆ドルとすでにヘッジ 大のプライベートエクイティファンドのブラックス ファンド(1 兆∼1.5 兆ドル)を上回っており、新興国 トーンへの投資は、議決権無し、売却禁止期間 4 年と を中心として今後も年間 8,000∼9,000 億ドルの外貨資 いう条件で 30 億ドルの投資(出資比率 10%)であっ 産が累積していくと予想されている。SWF はグロー た。ブラックストーンの成長性等を見込んだ純粋な財 バル・インバランスを背景の一つとして、産油国を中 務投資で米国の反発はなかったが、ブラックストーン 心とした資源国や新興アジア諸国に富(外貨)が蓄積 の株価下落に伴う大きな評価損などで中国国内の批判 されたことをきっかけに生まれ、その富を再び世界に は高まっている。最近では、米国の金融機関が抱える 還流させる働きを担っているが、いくつかの潜在的な 不良資産の買上げへの参加など、資源確保中心であっ 問題を生むことが懸念されている。 た中国の対外直接投資が金融業等様々な分野に展開さ 2 章 CIC 設立前の 2007 年 5 月の投資ではあるが、米国最 一つは、SWF における投資運用の不透明性である。 一部の例外を除いて、SWF の投資規模や内容等に関 れている。 する情報はほとんど開示されておらず、SWF の投資 を巡る思惑が市場の価格変動を増大させる懸念もあ ②世界から警戒される中国の SWF 2007 年頃から中東やシンガポールの SWF がメリル る。また、あくまでも政府機関である SWF が、投資 リンチなどに大規模な株式投資を実施したことなどか を通じて企業経営に多大な影響を持つことも懸念され ら SWF に対する注目が世界的に高まった(第 2-1-3-12 る。SWF が投資先に対して、自国企業に有利になる 表) 。世界で最も古いSWFであるクウェートのクウェー ような影響力を行使するほか、被投資国の安全保障が ト投資庁は 55 年の歴史があるのに対して、中国の CIC 脅かされる可能性も指摘されている。 13 は設立から新しい。中国 CIC の運用資産は 2,000 億ド こうしたことから IMF では、SWF が独自に行動規 ル(資本金)で、アブダビ投資庁の 6,250 億ドルの 3 範を定め、その投資の透明度を高めるよう促している。 第 2-1-3-11 表 中国 SWF による投資案件 投資時期 投資先名 投資分野 投資金額 2007 年 5 月 22 日 2007 年 11 月 28 日 2007 年 3 月 19 日 2008 年 10 月 16 日 ― 2009 年 6 月 16 日 2009 年 7 月 3 日 2009 年 7 月 17 日 2009 年 7 月 17 日 2009 年 7 月 22 日 2009 年 9 月 22 日 2009 年 9 月 23 日 Blackstone China Railway Visa Blackstone Tesco Goodman Teck Resources BBMG CITIC Capital Diageo ノーブル ブミ PE ファンド 鉄道 金融 PE ファンド 小売 REIT 資源 不動産 PE ファンド 酒類 商社 資源 30 億米ドル 1 億米ドル 2 億米ドル 2.5 億米ドル ― 2 億豪ドル 15 億米ドル 2,500 万米ドル 20 億香港ドル 2.21 億ポンド 8.5 億米ドル 27.5 億米ドル 資料:大和総研資料を基に各種報道から作成。 第 2-1-3-12 表 世界の主な SWF 国 アブダビ首長国 ノルウェー サウジアラビア クウェート 中国 ロシア 香港 シンガポール シンガポール カタール 規模 (億ドル) アブダビ投資庁 8,750 政府年金基金 3,580 サウジアラビア通貨庁 3,200 クウェート投資庁 2,500 中国投資有限責任公司 2,000 準備基金 1,200 香港通貨管理局投資ポートフォリオ 1,100 テマセク・ホールディングス 1,080 シンガポール政府投資公社 1,000 カタール投資庁 700 名称 財源 原油 原油 原油 原油 外貨準備 原油 外貨準備 財政余剰金 外貨準備 天然ガス 資料:日経 BP 社(2008)『政府系ファンド入門』日経 BP 出版センターか ら作成。 12 「Global Financial Stability Report, Oct.2007」による。 13 国際通貨基金(IMF)の国際通貨金融委員会(IMFC)は 2008 年 10 月 11 日、SWF 国際作業委員会(IWG)が提出した行動規範 「Generally Accepted Principles and Practices(GAPP)― Santiago Principles」を了承した。 通商白書 2010 169