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月面上にある間
宇宙天気予報 今日では,人工衛星によるカーナビゲーションなどが日常 的に利用され,気象衛星や通信衛星などの利用が日常生 活に欠かすことのできないものになっています。他方で,無 重力などの宇宙環境の特徴を利用した実験を目的とする 国際宇宙ステーションでの有人宇宙活動も開始されようと しており,月面上での有人観測の再開や火星への有人探 査も計画されています。 このように宇宙環境の利用が進め ば進むほど,宇宙天気予報の重要性が高まっています。 過酷な宇宙環境 宇宙環境は,地上の環境とは大きく異なり,過酷です。高エネル ギーの荷電粒子線を放射線(radiation)と呼びますが,これによる 半導体素子や太陽電池パネルなど各種搭載機器への悪影響は大 きな問題になっています。 有人宇宙活動にとっても,事態は深刻です。過去に太陽高エネ ルギー粒子現象が発生したときの静止軌道(高度約36,000 km)に おける陽子線放射量を基に,月面上や火星へ航行中の宇宙飛行 士の被爆量を予測した結果,船外活動をしている宇宙飛行士は被 爆死する可能性があることが予測されています。 このように宇宙放射線の人体への影響が心配されながらも,アメリカ,ロシアとも に安全に有人船外活動を遂行することができたのは,比較的短時間の活動で あったことと,軌道や時期などの飛行計画が注意深くなされたこと,また何よりも 幸運であったことによります。 宇宙環境で予想される被爆線量 〔線量当量〕 放射線の生物学的効果を共通の尺度で表す量で,単位はシーベルト(Sv)である。 宇宙線 宇宙起源の放射線(一次宇宙線)及びそれらが地球大気に入射 して作る放射線(二次宇宙線)を総称して,宇宙線(cosmic rays)と 呼んでいます。 地上で生活する我々の周りには常に自然の放射線が存在し,日本の場合,1 年間に浴びる線量当量は約1 mSv(ミリシーベルト)で,これは胸部のX線撮影3 ~10回分程度に相当します。自然の放射線の内,宇宙線(主に銀河宇宙線と大 気との衝突によって生じた二次宇宙線)からの寄与は1/3程度なので,大気圏が 形成される以前の太古の時代を別にして,地球上の生物は宇宙線の影響をあま り受けて来なかったといえます。 地球大気の放射線を遮蔽する能力は,厚さ約90 cmの鉛に相当します。しかし, いったん大気圏外に出ると,銀河宇宙線に常に晒され,大規模なCMEや太陽フ レアが発生すると,太陽高エネルギー粒子線に晒されることになります。 銀河宇宙線 太陽系外の銀河系で発生し(超新星爆発によるとする説が有力), 加速を受けて,星間空間を飛び交っている高エネルギー荷電粒子 を銀河宇宙線(galactic cosmic rays)と呼んでいます。 銀河宇宙線は地球の高層大気中で二次的な放射線を生成し(二 次宇宙線),それが地上に降り注ぎ,毎秒10個程度の割合で我々 の身体を貫いています。銀河宇宙線の主成分は陽子(87%)で,そ れにヘリウムイオン(12%)やさらに重いイオン(1%)が混在してい ます。重いイオンの量は少ないが,それが地上に到達したとき,生 物への影響は極めて大きいと予想されています。 太陽系内の銀河宇宙線強度は,太陽活動極大期には減少し,逆 に太陽活動極小期には増大します。 磁気の壁 宇宙線は荷電粒子であるため,その運動は磁場の影響を受けま す。そのため,磁気圏は磁気の壁となって,宇宙線の侵入を阻止 する役割を果たしています。 図は,磁気圏磁場のモデルを用 いて,ある場所に外部から侵入す る荷電粒子のエネルギーを計算し たものです。低緯度領域ではエネ ルギーの高い荷電粒子のみが地 表近くまで到達するのに対して,高 緯度領域ではより低いエネルギー の荷電粒子も到達可能です。 高度300~400 kmを軌道傾斜角20゜程度で飛行するスペースシャトルに比べ,同じ高度 であっても軌道傾斜角が約50゜のミールや国際宇宙ステーションでは,高緯度を通過する ため,宇宙線による放射線量が数倍以上大きくなります。 放射線帯 磁場に捕捉された放射線(高エネルギー荷電粒子)が地球を環 状に取り巻いている領域を,放射線帯(radiation belt)又はヴァン・ アレン帯(Van Allen belt)と呼びます。 放射線帯は二重構造になっていて,地球に近 い帯状領域を内帯(inner zone),地球から遠い 帯状領域を外帯(outer zone)と呼びますが,内 帯と外帯との間には,明瞭な隙間が存在してい ます。内帯は10 MeV以上のエネルギーをもつ 陽子が主成分で,外帯は0.5 MeV以上のエネル ギーをもつ電子が主成分です。内帯にも,0.5 MeV以上のエネルギーをもつ電子が存在します。 太陽高エネルギー粒子線 高速のCMEや大規模な太陽フレアにより太陽から高エネルギー 粒子が放出される現象を,太陽プロトン現象又は太陽高エネル ギー粒子現象と呼びます。また,このような現象に伴う太陽起源 の放射線を太陽高エネルギー粒子線(SEP: solar energetic particle)と呼びます。 太陽高エネルギー粒子線の多くは,CMEの 前面に形成される衝撃波面での加速により生 成されます。この現象の一般的な特徴は,太 陽近傍での初期加速から地球近傍での粒子 増加開始までの時間が20~90分であること, 太陽高エネルギー粒子線が最大になるまで の時間が数時間かそれ以上であることなどで す。さらに,低速の惑星間空間衝撃波に乗っ て,2~4日後に地球近傍に達する成分が含 まれることもあります。 南大西洋異常地域 宇宙環境の場所により,放射線の影響に違いがあります。低高 度周回軌道衛星に対する影響に関しては,地磁気の双極子磁場 からの分布のずれにより,放射線帯の下限高度が低くなっている 南大西洋異常地域が最大の注目領域です。 この地域では,衛星搭載機 器の単発現象対策が必要で す。軌道傾斜角が大きくなる につれ,南大西洋異常地域中 の飛行時間が長くなることが 有人宇宙活動に影響し,同時 に,高緯度での銀河宇宙線の 影響も無視できなくなります。 単発現象 単発現象(single event upset) とは,メモリICやマイクロプロセッ サのメモリ部において,高エネ ルギーの重イオンや陽子が1個 の入射することによって,書き込 まれていた“1”や“0”のビット情 報が反転する現象をいいます。 図は,南大西洋異常地域での 単発現象の発生状況を示してい ます。 人工衛星などへの工学的影響 すべての宇宙機(spacecraft)はプラズマ中を飛行するため,異常 帯電が生じます。そのため,衛星上で強い電波干渉が起こり,搭載 電子機器の不具合,特に,トリガ回路やスイッチング回路などの論 理回路の誤動作,テレコマンド異常,衛星のスピン異常などの発生 や,衛星表面の局部間のアーク放電に伴う光に鋭敏な半導体素子 の損傷などが数多く報告されています。材料によっては,帯電その ものが劣化を促進します。異常帯電の起こる確率は,高高度で,か つ地磁気活動が活発なときに大きくなります。現在では,衛星表面 の導電及び絶縁性の設計,帯電防止材料の利用により,多くの場 合,異常帯電による障害を回避することができるようになってきまし た。 深部帯電現象 最近問題になっているのが,深部帯電現象です。これに対処す るため,基板やケーブルの接地設計を綿密に行ったり,実効的な シールド厚を高めたりする工夫がなされていますが,たまに発生 する数MeV以上の電子フラックスの増加現象に対しては,いまの ところ無力です。ここで,フラックスとは,単位時間に単位面積を通 過する粒子数のようなものです。 集積回路は技術開発により年を追うごとに小型化し,集積度が上がってきて います。また,高性能な集積回路ほど小さな電流で動作するようになっており, これは逆に,単発現象の影響を受けやすくなっていることを意味しています。耐 放射線性能の高い機器部品の開発は,製造部品の用途が限定されているだけ に,コストパフォーマンスが悪く,衛星全体の価格を引き上げている要因の一つ となっています。 人体などへの生物学的影響 宇宙放射線の被爆に関しては,解決しなければならない特殊な 課題があります。まず,宇宙放射線に含まれる高LET重イオン線の RBEを決定しなければなりません。特に,宇宙環境で想定される定 常的な0.5 Sv/年程度の低線量率照射によるRBEについて,詳細な 実験と研究が必要とされています。次に,地上の中性子による動物 実験で発見された負の線量率効果(総量で同じ被爆をした場合,低 線量率で長時間被爆した方が高線量率で短時間に被爆するよりも 発癌率が高い。)の機構を徹底的に究明しなければなりません。 〔線エネルギー付与(LET: Linear Energy Transfer)〕 物質中を放射線が通過するときに,その通過経路に沿って単位長さ当たりに失う平 均エネルギーをいう。 〔生物効果比(RBE: Relative Biological Effectiveness)〕 放射線の種類とエネルギーの違いによる生物への影響の度合いを表す量をいう。 宇宙天気 宇宙放射線環境を含む惑星間空間の状態を宇宙天気(space weather)といいます。 電離圏嵐は短波通信やナビ ゲーションシステムに影響を与 え,地球上層大気が暖められ て膨張することで,衛星高度で の大気摩擦(抵抗)が増加し, 衛星軌道が変動します。一方, 磁気嵐は,地球磁場を用いて 姿勢制御を行う人工衛星の姿 勢異常を引き起こします。さら に,送電線に大きな誘導電流 を流し,停電の原因になったり します。 宇宙天気予報 宇宙天気を宇宙空間及び地上での観測により把握し,現況 (nowcast)と予報(forecast)を社会や宇宙で活動する人達に伝え るのが宇宙天気予報(space weather forecast)です。 宇宙天気予報は,世界中の観測データを集め,効率的に利用す ることによって,初めて可能になります。従って,国際協力によって 実施することが求められ,このための国際機関として,国際宇宙 環境情報サービス(ISES: International Space Environment Service)があります。アメリカ,オーストラリア,日本を中心に11ヶ 国が参加しており,独立行政法人情報通信研究機構(NICT: National Institute of Information Communications Technology)が 西太平洋地域センターとして予報業務を実施しています。 ISESの予報センター Webによる宇宙天気情報の提供 NICT宇宙天気情報 センター 宇宙天気予報の問題点 宇宙天気予報の研究は,宇宙科学の分野で一つの大きな潮流 になっています。宇宙天気が研究者の強い関心の対象になるに つれて,大学や研究機関の試行的な予報が,インターネットを通じ て,世界に溢れる状況が生まれました。ISESにとって,この状態は 基本的には歓迎すべきものです。しかしながら,試行的な予報が 無責任に出され,内容が相互に矛盾する状況も生まれています。 矛盾する予報は研究者の関心を呼ぶ役割を果たしますが,一般 の利用者には混乱の原因になります。ISESは宇宙天気予報の唯 一の国際機関として,このような混乱を解消する責務を負っていま す。このため,優れた予報機関をISESのメンバに迎え入れるなど の積極的な活動が展開されています。