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バイオジェニックスの時代へ

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バイオジェニックスの時代へ
バイオジェニックスの時代へ
バイオジェニックス連絡協議会 特別顧問
東京大学名誉教授
光岡 知足
バイオジェニックス
の時代へ
バイオジェニックス連絡協議会 特別顧問
東京大学名誉教授
光岡 知足
バイオジェニックスの発見
バイオジェニックスという用語は実は造語であり、私が作った
のです。それではなぜ、この用語を作ったのかということを申し
上げなければならないですが、それには、今までの私の研究を振
り返ってお話しする必要があります。
私が腸内細菌の研究を始めたのは、今から 56 年ほど前、ヒト
の腸内に、有用なビフィズス菌があることが分かったことがきっ
かけです。具体的には、ヒトの腸内にビフィズス菌を投与するの
ではなく、腸内でビフィズス菌を増やすことが健康寿命に非常に
重要であるとの理論が、私の中で構築されました。そして、今日
までその事実を発展させてきたのだと言っていいと思います。
そうしたことが研究スタートの発端なのですが、実は当時の学
会では腸内細菌の研究は十分にできていませんでした。私は獣医
なのでまずは鶏の腸内細菌の研究をするように指導教官から言わ
れ、そこから始めましたが、腸内細菌の培養方法が確立されてい
なかったので、培養方法の検討から着手しました。そして、14
種類の培養基を使い、研究者であれば誰が行っても大方間違いな
2
い菌種と菌数を決めることができる培養方法を見つけました。こ
れは光岡法という方法で今でもよく利用されています。その流れ
で、ヒトの健康との関係の研究に入っていったのです。
私が研究をスタートした当時は、赤ちゃんの腸内にはビフィズ
ス菌が多いが、離乳を機に腸内からビフィズス菌はいなくなり、
代わりにアシドフィルス菌が多くなることが学会では常識になっ
ており、日本、海外の医学の教科書にはそのように記述されてい
ました。ところが、大人である自分の糞便の腸内細菌を培養した
のですが、私が開発した培養方法の BL 寒天平板で培養してみま
すと、ビフィズス菌が非常に多かったのです。その事実に大変驚
きました。
私は最初、何かコンタミ注 1 させてしまったのではないかと思
いました。そこで今度は、友人の便をもらって培養しましたが、
やはり間違いなくビフィズス菌が多いことは明らかでした。とこ
ろがそれを学会で話すと、私の担当教官ではないある大先生は、
「光岡は何か別のものを見てビフィズス菌と言っているが、ビフィ
ズス菌は大人の腸の中にはいなくて、赤ちゃんの腸の中にいる菌
だ」と言ったのです。当時、私は大学院 1 年生で発言権はまった
くありません。しかしながら、私はこの目で確かに便中にビフィ
ズス菌があることを確認したので、既成概念が間違いだと確信し
ていました。それから研究が本格的に始まったのです。
当初、私は獣医師なので家畜の腸内細菌の研究からスタートし
ました。しかし、やはりヒトの腸内細菌の研究が基本になると思
い、ヒトの腸内細菌の研究にも着手し、家畜の腸内細菌の研究と
対比して行っていきました。そして、私は分類学が好きだったの
で、発見した乳酸菌、ビフィズス菌を分類していくことにしまし
た。当時、分類学は「枚挙の生物学」といわれ、なんら意味のな
■ バイオジェニックスの時代へ
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いものと非常に軽蔑されていました。しかし、その分類をしっか
りと行ったことで研究は、後日大きく発展していきました。
大人型ビフィズス菌の発見
研究をスタートしてから 10 数年経って、腸内細菌のバランス
の変化と推移が明らかになりました。図 1 は 1972 年頃、ドイツ
語で発表したものを、シェマーテックにしたものです。これが、
現在もなお、国際的な学会において、日本の光岡が行った研究で
あるとよく紹介されています。
この図から分かるのは、機能性食品、健康食品をどういう基準
で開発するかということ、そして、腸内細菌は年齢とともにどう
変化していき、老化とともにどのように悪化していくのか、とい
うことです。生まれた直後、離乳期、乳児と成人、老人と、かな
りの例数を収集して、システマティックに調査しました。
図1 腸内細菌のバランスは年齢とともに変わる
4
まず、ヒトの腸内には、生まれた直後に大腸菌が出てきます。
しかし、
その翌日にはビフィズス菌が出始め、
5 日ごろには、
ビフィ
ズス菌が大部分となり、腸内細菌の 95% 以上を占めるようにな
ります。つまり、母乳を飲んでいる赤ちゃんの腸内で菌を 100 個
培養すると、95 個はビフィズス菌になるのです。ですから、母
乳を飲んでいる赤ちゃんはきれいな黄色い便をしています
(図 1)
。
ところが、離乳を境に、大人と同じものを食べるようになると、
このビフィズス菌が減ってきます。以前は、無くなるといわれて
いましたが、私が見つけたようにビフィズス菌はいるのですが、
そんなに数は多くなくなるのです。ビフィズス菌が少なくなるの
は、赤ちゃん型のビフィズス菌が大人型のビフィズス菌に入れ替
わりが起こるためです。もともと、大人型のビフィズス菌は低い
菌数で、すでに新生児の段階で待ち構えています。しかしながら、
大人と同じものを食べるようになると、赤ちゃん型のビフィズス
菌は好きな母乳やミルクが摂れなくなったために減っていき、代
わりに大人型のビフィズス菌が増えていきます。
この減少はヒト特有で、ヒトでのみ、こういうフローラの変化
が起こります。ヒトはビフィズス動物といえます。一方、ブタ、鶏、
牛、馬といった家畜は、ビフィズス菌ではなく、乳酸桿菌が変化
します。ですから、家畜は乳酸桿菌動物と呼んでいます。ヒトは
万物の霊長なりといいますが、どうして、ヒトではビフィズス菌
が多いのかは非常に不思議なことです。ヒトは特殊な動物なので
す。
また、大人になると、ウイルス感染などをきっかけに悪い働き
をする日和見菌注 2 バクテロイデスなどが優勢になり、腸内細菌
全体の 80% を占めるようになります。一方、大人型のビフィズ
ス菌は、量は減るものの、ずっと維持され、健康な大人の場合、
■ バイオジェニックスの時代へ
5
大体 10 ∼ 20% くらいに保たれ、それを維持することが重要です。
ただ、大人もビフィズス菌を保持していますが、赤ちゃんほど優
勢ではないため、便は黄土色、ないし、褐色をしています。黄土
色の糞便の場合、pH がそんなに低くありません。トイレで便を
見たとき、黄土色だったらビフィズス菌が多い証拠です。pH が
中性に近くなると茶色っぽくなり、アルカリになってくると便秘
便、色は褐色になり、さらに悪くなると黒褐色になります。この
ときにはビフィズス菌が非常に減っています。
老人になると、便が非常に臭いといわれますが、それはビフィ
ズス菌が減って腐敗菌が優勢になるからです。悪玉菌の代表が
ウェルシュ菌ですが、健康な状態では菌数は非常に低く抑えられ、
出たり入ったりしています。しかし、
典型的な悪い腸内細菌を持っ
ている老人の大腸では、ウェルシュ菌の占める割合が高くなり、
ビフィズス菌はいなくなっています。
腸内ではビフィズス菌が最優勢
このことを発見したことを機に、私の研究対象は家畜からヒト
に移りました。1969 年、私がファルマシアという薬学の一般紙
に発表した論文で 図 2 のような腸内フローラと健康・病気の関
わり合いについての仮説を立てました。今でも、この仮説は頻繁
に学会で利用されています。この図で分かる通り、腸内細菌は非
常にバランスが取れているのです。腸内細菌の中には有用菌もあ
れば、有害菌があります。有用菌はビフィズス菌、乳酸桿菌、腸
球菌で、中でもビフィズス菌が最優勢とされています。ヒトのビ
フィズス菌は、だいたい腸内に糞便 1g 当たり、1010 個存在します。
また、ヒトに多いといわれているアシドフィルス菌は 105 個程度
ですが、まったくいないケースもあります。ウェルシュ菌やブド
6
ウ球菌は、だいたい、103 個以下ぐらいです。
最優勢であるビフィズス菌の有用な働きとしては、腸管の感染
を阻止、消化吸収の補助、有害菌の増殖抑制、免疫機能促進があ
ります(図 2)。
このビフィズス菌がとても重要で、ビフィズス菌を働かせるこ
とによって、健康維持、健康増進が行われています。一方、腸内
細菌には、有害作用を持つものが非常に多いのも事実です。それ
らは腐敗産物を作り、中には発がん物質や老化物質、毒素を作る
ものもいます。この毒素をつくる菌が、下痢や腸炎、便秘、肝臓
障害、高血糖、高血圧、がん、自己免疫疾患、免疫抑制などの悪
い作用を身体に及ぼします。
一方、腸内の 8 割を占める日和見菌は、日常のストレス、免疫
抑制剤、抗生物質、手術といった外的ストレスを受けると、今ま
図2 腸内フローラと健康・病気の関わりあい
■ バイオジェニックスの時代へ
7
でおとなしかったのに、その病原性を発揮して、日和見感染 注 3
を引き起こします。そのため、手術でがんを取り除いても免疫が
下がった状態にあると、日和見菌が腸から入り、血液の中で増殖
し、敗血症を起こして、患者が亡くなるということはよくあるの
です。ただ、それを臨床の医師はよく知らないために、がんを除
去したのにどうして亡くなるのか理由が分からないままになるこ
とがままあります。それゆえ、腸内の悪玉菌や日和見感染を阻止
するにはどうすればいいのかということを考えていく必要があり
ます。
ビフィズス菌はなぜ有益か
ところで、腸内にとってビフィズス菌は有益であると言いまし
た。それでは、どうしてビフィズス菌は有益なのかというと、そ
れは乳酸、酢酸を作るからです。乳酸と酢酸は、腸の働きを活発
にして便秘の改善、腐敗菌の抑制、便臭の改善、大腸がん予防と
いった非常に良い働きをします。さらに、病原菌・腐敗菌の発育
を抑え、下痢・腸炎を予防することも期待できます。一方、ビフィ
ズス菌には、バクテリアの周りを構成している菌体物質がありま
す。これは、免疫系にとっては非常に重要で、免疫系を刺激し、
それによって体の抵抗力を高めて、感染症やがんの予防に働いて
いるのです。
ところで、先ほどビフィズス菌を増やすことが重要だと言いま
したが、20 年くらい前から、
「ビフィズス菌を増やすのにはプレ
バイオティクスとプロバイオティクスを摂ればいい」といわれる
ようになりました。これが、機能性食品です。ヨーグルトなどの
プロバイオティックスは少しでは意味はなく、たくさん摂らなけ
ればなりません。また、オリゴ糖や食物繊維などのプレバイオ
8
を展開しました。確かにヨーグルトは良いというのは、間違いは
ないのですが、腸内で増殖して腐敗菌を押しのけるというのは誤
りでした。そして、このことをもとに、腸の乳酸菌のアシドフィ
ルスミルクやビオグルト、アコヨーグルトといったヨーグルトが、
次々と作られたのですが、どれもあまり効果がありませんでした。
そこで、やっと 1960 年代に入り、私が赤ちゃんの腸内にも大
人の腸内にも、ビフィズス菌は多いのだと言い出すと、
アシドフィ
ルス菌ではなく、ビフィズス菌を使ったヨーグルトが良いという
ことになり、1968 年にドイツでビフィズスヨーグルトが開発さ
れました。けれども、腸内のビフィズス菌を増やす効果は確かに
ありましたが、さほど際立ってはいませんでした。
一方、日本では、京都の僧侶から仏典に「酪・酥・醍醐」が書
いてあることを聞いた正垣角太郎が、メチニコフの名前のエリー
を取って、エリーという名のヨーグルトのようなものを作り出し
ました。正垣角太郎はエリーをメチニコフの長寿説をヒントに
作ったのに対し、息子の正垣一義は 1936 年、仏典に「乳酸菌と
酵母を共生培養して飲むといい」と書いてあることに着目して、
少し違うものを作ろうとしました。僧侶である大谷光瑞の研究所・
大谷光瑞農芸化学研究所と協力して、仏典に書いてあったものの
実現を目指し、1943 年、12 種類の乳酸菌と 4 種類の酵母で共生
培養した「醍醐」を作り出しました。終戦後、これについて国会
で演説したという記録が残っています。
その演説の中で、「醍醐」に含まれる乳酸菌はすでに生きた
菌ではなく死菌で、そして、乳酸菌を培養してできた上清、す
なわち乳酸菌分泌物が有用だということを言いました。分泌
物というのは、菌体成分を除いたものです。これについて効
果に疑問があると私が言ったことから、ある企業は菌体成分と
10
を展開しました。確かにヨーグルトは良いというのは、間違いは
ないのですが、腸内で増殖して腐敗菌を押しのけるというのは誤
りでした。そして、このことをもとに、腸の乳酸菌のアシドフィ
ルスミルクやビオグルト、アコヨーグルトといったヨーグルトが、
次々と作られたのですが、どれもあまり効果がありませんでした。
そこで、やっと 1960 年代に入り、私が赤ちゃんの腸内にも大
人の腸内にも、ビフィズス菌は多いのだと言い出すと、
アシドフィ
ルス菌ではなく、ビフィズス菌を使ったヨーグルトが良いという
ことになり、1968 年にドイツでビフィズスヨーグルトが開発さ
れました。けれども、腸内のビフィズス菌を増やす効果は確かに
ありましたが、さほど際立ってはいませんでした。
一方、日本では、京都の僧侶から仏典に「酪・酥・醍醐」が書
いてあることを聞いた正垣角太郎が、メチニコフの名前のエリー
を取って、エリーという名のヨーグルトのようなものを作り出し
ました。正垣角太郎はエリーをメチニコフの長寿説をヒントに
作ったのに対し、息子の正垣一義は 1936 年、仏典に「乳酸菌と
酵母を共生培養して飲むといい」と書いてあることに着目して、
少し違うものを作ろうとしました。僧侶である大谷光瑞の研究所・
大谷光瑞農芸化学研究所と協力して、仏典に書いてあったものの
実現を目指し、1943 年、12 種類の乳酸菌と 4 種類の酵母で共生
培養した「醍醐」を作り出しました。終戦後、これについて国会
で演説したという記録が残っています。
その演説の中で、「醍醐」に含まれる乳酸菌はすでに生きた
菌ではなく死菌で、そして、乳酸菌を培養してできた上清、す
なわち乳酸菌分泌物が有用だということを言いました。分泌
物というのは、菌体成分を除いたものです。これについて効
果に疑問があると私が言ったことから、ある企業は菌体成分と
10
代謝産物を一緒にした乳酸菌発酵液を作り出しました。さら
に、これは死菌と乳酸菌代謝物を一緒にし、液としてというより
はパウダーの製品にして販売しています。
一方、カルピスの創始者の三島海雲は 1908 年、ちょうどメチ
ニコフが長寿説を唱えたそのころ、モンゴルのクミスからヒント
を得てカルピスを開発しました。1919 年、日本で、乳酸菌のラ
クトバチルス・ヘルベティカスと酵母を一緒に発酵させた後、そ
こに糖液を加えて殺菌し、瓶詰めにして殺菌酸乳として売り出し
ました。
また、正垣角太郎のもとから永松昇が独立して、ヤクルト菌を
持っていた代田稔と一緒になり、ヤクルトを作り、九州で初め
て乳酸菌飲料「ヤクルト」を売り出そうとしました。実際に代田
稔が特許を取ったのが 1938 年でヤクルトを企業化したのは 1955
(参考)発酵乳・乳酸菌飲料・殺菌酸乳・乳酸菌分泌物・乳酸菌発酵液の系譜
■ バイオジェニックスの時代へ
11
年です。これは今でも生きた乳酸菌として売っていますが、同じ
ように正垣角太郎の「エリー」から枝分かれして生まれた乳酸菌
分泌物も、乳酸菌発酵液もいずれも死菌です。
殺菌酸乳で寿命が延びる
ところで、発酵乳や乳酸菌飲料、殺菌酸乳、乳酸菌生産物質の
違いについて、少し分かりにくいと思いますので、ここで整理し
たいと思います(表 1)。
発酵乳はヨーグルトなどで、分類では生菌になります。ヤクル
トに代表される乳酸菌飲料は生菌、カルピスなど殺菌酸乳は死菌
です。一方、乳酸菌生産物質には、乳酸菌が作った分泌物で、菌
体を除いた乳酸菌分泌物と、培養した死菌とその上清を一緒にし
た乳酸菌発酵液の 2 種類があります。乳酸菌生産物質の多くは、
培地に大豆を使い、糖質を加えて培養しています。そこで注目し
てほしいのが、培養が終わったときにどの程度菌数が上がってい
表1 発酵乳・発酵乳乳酸菌飲料・殺菌酸乳・乳酸菌生産物質の違い
12
るかということです。
発酵乳と発酵乳乳酸菌飲料は ml あたり、107 個以上の菌を培
養できますが、5 日から 7 日培養し、死菌になることを気にせず、
どんどん数を増やすと、死菌を含めて 1010 個 /ml にまでなります。
非常に菌数が高いことを注意していただきたい。
そこで、私は 1970 年代に入り、カルピスの効用を研究しました。
マウスに殺菌酸乳を与えると、マウスは 8% ほど寿命が延びまし
た。この結果によって私の研究はさらに発展することとなります。
死菌を与えると、マウスの腸内でビフィズス菌が多くなります
が、牛乳や普通の餌では増えませんでした。そして、もう一つ、
長生きをする原因を探ってみますと、マウスががんになりにくい、
腎炎を起こしにくい、ということが分かりました。そこでその検
討を行いました。
まずは、エーリッヒの腹水がん細胞をあらかじめマウスに植え
ておき、殺菌酸乳を与えると、対照群と比べ、このエーリッヒの
腹水がん細胞はだいたい 30% ほど発育が阻止されました。その
結果から、何かが免疫機能を刺激して、がんを抑えているに違い
ないとの推論にたどり着きました。これが 1978 年頃のことです
が、それによって殺菌された死菌であっても機能を発揮すると私
は理解したのです。
それから今、25 年も経っていますが、やっとバイオジェニッ
クス、死菌でも機能性があることを少しずつ認めてくれている時
代になってきました。また、殺菌酸乳を血圧の高いラットに与え
ると、血圧が下がるということも明らかになりました。殺菌酸乳
の中に血圧を下げる物質が含まれており、これをよく調べてみる
とラクトトリペプチドであることが判明しました。これをカルピ
スではアミールという健康機能食品として販売しています。免疫
■ バイオジェニックスの時代へ
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を高める、血圧を下げるといった効果のほかにも、いろいろな機
能があり、それがだんだん解明されてくると思います。
「生きたまま腸に届く」 のウソ
ところで、一般的に、ヨーグルトや発酵乳乳酸菌飲料を飲むと、
乳酸菌は生きたまま腸に届くといわれています。これらを飲むこ
とによって、その乳酸菌はどんどんお腹の中で増え、それが身体
に良いと、多くの方が思っているのではないでしょうか。しかし、
それは大きな誤りで、私がいくら間違いであると指摘しても、改
められていません。私が行った実験では、普通のマウスにヒトの
ビフィズス菌をただ与えてもまったく増えないのに対し、ミルク
と一緒に与えれば住み着くことが分かりました。すなわち、ヒト
型のビフィズス菌はミルクが好きで、ミルクを与えれば、住み着
くことができるのです。それが、マウスにミルクを与えるのを止
めて固形飼料に切り替えると、すぐにまた腸内からビフィズス菌
はいなくなってしまいました。すなわち、腸内のビフィズス菌に
は、ミルクといった食べ物が非常に大切であり、これが機能性の
食生活なのです。
もう一つでは、無菌のマウスに次々とビフィズス菌を与えてみ
ました。このマウスにヒト型のビフィズス菌を与え、どんどんい
ろんな菌を与えても立派に定着しました。またこのタイプの別の
マウスに、マウス型のビフィズス菌を与えましたが、こちらも立
派に定着しました。餌に何を与えても、最後まで生きて定着しま
した。ところが、ヒト型のビフィズス菌が腸内に定着しているマ
ウスに、マウスの盲腸内容物を与えると、ヒト型ビフィズス菌は
いなくなってしまいました。これは、もともといるマウスの菌に
よって、ヒト型の腸内ビフィズス菌は駆逐され、定着できないこ
14
とを示しています。この結果から、ヒトの腸内でも、マウスの腸
内でも、外から取り入れた乳酸菌は、よほどではない限り、定着
できないことが明らかになりました。
生体に直接作用するバイオジェニックス
そこで、食品の機能についても触れておきたいと思います。食
品の機能には、直接には栄養になること、おいしいこと以外に、
生体機能を調節する機能があるといわれています。皆さんご存知
の通り、生体調節機能には生体防御、体調リズム調節、老化抑
制、疾病防止、疾病の回復があります。そこで、機能性食品が、
1980 年から 90 年にかけて生まれてきました。
機能性食品は、プロバイオティクスとプレバイオティクス、バ
イオジェニックスの 3 つに分類できると考えられます。プロバイ
オティクスとは、腸内フローラのバランスに有効な生きた菌で、
これが乳酸菌、納豆菌、酪酸菌などです。プレバイオティクスと
■ バイオジェニックスの時代へ
15
は、腸内フローラのバランスを良好にしてくれるものをいい、オ
リゴ糖や食物繊維が代表的なものです。
ところが、新しく私が作っ
た言葉、バイオジェニックスは、生体に直接作用し、免疫機能促
進、抗変異原作用、抗酸化作用といったさまざまな生理活性作用
を発揮します。バイオジェニックスには、乳酸菌の死菌や、ある
いは、発酵して含まれるラクトトリペプチド、フラボノイドやア
ントシアニン、カテキンなどが全部含まれています。
今回、問題にしているバイオジェニックスは、だいたい乳酸菌の
死菌が主だと考えていただければいいです。私は、それぞれの作用
について、プレバイオティクスとプロバイオティクスは腸内細菌の
バランスを整え、改善することによって、いろいろな働きをするの
に対し、バイオジェニックスはそうした働きもするが、むしろ主と
なるのは直接生体に働いて機能を果たすことだと考えます。
表2 発酵乳・殺菌酸乳・乳酸菌発酵液・乳酸菌分泌物の違い
16
もう一度、先ほども説明しましたが、発酵乳と、殺菌酸乳、乳
酸菌発酵液と、乳酸菌分泌物を分けて考えると、発酵乳は生菌
と発酵生産物、殺菌酸乳は死菌と発酵生産物質、乳酸菌発酵液は
死菌と発酵生産物質があります。それぞれの菌数は、107、109、
1010/g となります。ちなみに、大谷光瑞が良いといった乳酸菌分
泌物は乳酸菌生産物のみで、生菌も死菌も入っていません(表 2)。
また、発酵乳・殺菌酸乳・乳酸菌発酵液などの働きをどのよう
に考えるのかを説明しますと、今までの話からだいたいわかる通
り、生きた発酵乳では乳酸菌が腸内で増殖し、それが生体調節物
質を生成するので身体にとって良いといわれていますが、私はそ
うではないと考えます。たとえ生きた乳酸菌であっても、菌体成
分は殺菌酸乳、あるいは発酵乳、発酵液、分泌物と同じように働
いているのです。それらは、腸内菌叢の改善、免疫刺激、いろい
図3 発酵乳・殺菌酸乳・乳酸菌発酵液・乳酸菌分泌物の作用機構
■ バイオジェニックスの時代へ
17
ろな有害物質の吸着・不活化、生体調節など非常に多岐にわたる
ことに関係しているだろうと思います(図 3)
。
バイオジェニックスの今後の可能性
そこで、問題になるのは、バイオジェニックスの機能性のメカ
ニズムです。私は、バイオジェニックスは、免疫系を刺激して、
それがサイトカインを介して、内分泌系、神経系に働き、効果を
発揮しているのだろうと考えます(図 4)
。
それともう一つ、ストレスにも関係していると思います。スト
レスを受けると免疫機能が落ち、交感神経が優位になってアドレ
ナリン注 4 が放出されます。ところが、ストレスがなく、生きが
いや楽しみにあふれ、悟りを開いているといった状況では、副交
感神経が働き、β-エンドルフィン 注 5 が出て、それが健康長寿に
役立っています。このときに、免疫賦活物質などにバイオジェニッ
クスを与えるとその働きが高まって、役立つのだろうと思います。
図4 生体ホメオスタシスと機能性食品
18
それでは、プロバイオティクスとバイオジェニックスは、これか
らどうやって利用すればいいのでしょうか。
プロバイオティクスは、非常に有益なものですから健康のため
に、食生活の中に取り入れていけばいいでしょう。一方、バイオ
ジェニックスはプレバイオティクスなどと組み合わせてサプリメ
ントなどにして飲むと、それが生活習慣病の予防や代替医療に役
立つのだろうと思います。
バイオジェニックスの機能や性質などについては今お話したよ
うなことがすべてではなく、これから解明しなければならない問
題は数多く残されています。一つは、バイオジェニックスを作る
ときに用いる乳酸菌のビフィズス菌、乳酸桿菌と乳酸球菌の間に
保健効果の違いがあるだろうか、ということです。もう一つは、
私は死菌で十分効果があると思っていますが、生菌でなければな
らない効果があるのか、さらに生菌と死菌を同じ菌量与えたとき
に、保健効果に違いがあるかを確認する必要があります。
また、乳酸菌分泌物とそれに菌体を入れたものとの間の効果を
比較したデータがありません。どの程度の菌数を与えればいいの
か、菌量はどのくらい必要かも明らかになっていません。最近出
された論文によると、1 日 2 兆個の乳酸菌を摂ると潰瘍性大腸炎
が改善されるという報告があります。
そして、もう一つ非常に重要なことは、生菌も死菌も含めて安
全性を確保しなければならないということです。生菌の場合、増
殖しないにしても、免疫機能を通り抜けて、肝臓で膿瘍をつくっ
てしまった、あるいは、心内膜炎を起こしてしまったという報告
がいくつもあります。とくに生菌の場合には、それを覚悟しなけ
ればいけないし、死菌は大丈夫だとは思いますが、果たして本当
に大丈夫なのかを確認する必要があります。
■ バイオジェニックスの時代へ
19
◆
用 語 解 説 ◆
注 1 コンタミ
コンタミネーションの略。商品の製造工程や実験で、本来混入してはなら
ない異物や雑菌が混入してしまっている状態を指す。
注 2 日和見菌
普段はほとんど活動していない菌。しかし、悪玉菌が優勢になるととたん
にその味方をして悪さをする。
注 3 日和見感染
健康体であれば、腸内にいても体内に侵入し増殖することはないウイルス
や細菌などによって抵抗力が弱まったために、感染を引き起こされてしま
うこと。
注 4 アドレナリン
副腎髄質より分泌されるホルモンで神経伝達物質のひとつ。低血糖や交感
神経緊張増大などのストレスによって分泌が起こり、心拍数や血圧、血糖
を上げる作用などがある。
注 5 β-エンドルフェン
別名脳内モルヒネともいわれる内因性快楽物質。鎮静作用が強い。
■ 講演者プロフィール
光岡 知足(みつおか ともたり)
バイオジェニックス連絡協議会 特別顧問、東京大学名誉教授、農学博士
[参考]
東京大学農学部獣医学科卒(1953 年)
同大学院修了
東京大学農学部教授
[受賞歴]
勲 3 等旭日中授章(2002 年)
安藤百福賞大賞(2003 年)
メチニコフ賞(2007 年)
20
Fly UP